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2019-07-10

anond:20190710134016

横だけど、共稼ぎ育ちは大変だね。歪んでて。

スーパー惣菜菓子パンで育ったんやろ。鍵っ子かな?可哀想

2019-07-06

anond:20190706112432

4年生から留守家庭なくなって鍵っ子だった

共働きだったから帰ってもだれもいない

いつも再放送ドラマを見ながらダラダラと洗濯物をたたむのが日課だった

自分としてはたいしたことじゃないと思ってやってたけど、

親はめちゃくちゃ感謝してくれるのでうれしかった

2019-06-25

anond:20190625194109

鍵っ子育ちを馬鹿にするのやめろよ。

かに鍵っ子育ちとか片親はメンタリティ問題あるやつ多いけどやめろ!

もう一度言うが

専業主婦馬鹿にするのはワイの母親馬鹿にすることや

共稼ぎ鍵っ子育ちは黙ってスーパー惣菜でも食ってろ

片親は2人分の愛で育ててくれた親にでも感謝してろ

2019-06-23

専業主婦馬鹿にするのは

ワイのマッマを馬鹿にすることやぞ

共稼ぎ鍵っ子の分際でワイのマッマを馬鹿にすんな

スーパー惣菜育ちはこれだから嫌だわ

2019-06-17

行き場がない

ただ母の興味が欲しかった。

ただ幸せになりたかった。

私には2つ下の弟がいる。10ヶ月になったばかりの頃、父の不注意で弟は頭を強打し、一時期は生死の境を彷徨った。一命を取り留めたが、重い麻痺知的障害が残った。一度とて歩くことも話すことも出来ず、今も体だけが20歳に成長した赤ん坊のまま。

母はこの不憫な弟が可哀想でたまらないらしい。

弟の件があり両親は離婚した。私たち姉弟は母に引き取られた。母には仕事があり、障害を抱えた弟の世話はとてもじゃないが見れなかった。幸いにも面倒を見てくれる施設が市内にあったので、弟はそこに入所した。母は、平日は仕事をこなし、土日には自宅へ弟を帰省させたりしていた。母はとても頑張っていたように思う。しかし母はとてつもなく不器用だった。仕事と弟の帰省。これ以上に何かをこなす事はキャパシティオバーしていた。平日は仕事に疲れ帰ってきて、土日は弟の帰省時間が潰れる。当然家はメチャクチャゴミも片付かず、ご飯は出来合いは当たり前、次の日着る制服は夜に洗濯を回すから乾かず生乾きだった。アイロンなんてかけてもらった事ない。私は鍵っ子で、8時近くに帰ってくる母を1人待つ生活高校卒業まで過ごした。夜や休日であっても母との会話はなく、母は私に興味がないようだった。それもそうだ。母は家族を養うため無我夢中だったし、五体満足の私よりいつまでも手のかかる弟の方が心配だ。幼心より、母に迷惑をかけては行けない、弟が辛い目にあってるから私は甘えては行けないと思っていた。私は自分のことは自分解決する癖がついていた。それに身の回りのことは自分でやりなさい、が母の方針だった。しか方針だけで、教育には意識が向かなかったようで、箸の使い方や横断歩道渡り方、人への挨拶、身嗜みは全て学校、叔母や従兄弟から教えられた。そもそも学校とはそういうところだし、母に世のルール全て学ぶなんてことは私も求めてはなかったが、それでも母から何か教わるなんてことは小学生の時はなかったように思う。そもそも会話が少なく、抱きしめられることも、手を繋いで歩くことも、一緒に歌を歌うとか、そんな親子の思い出が少なく、教育として受けるものも無かった。無関心、ではないけど関心が低い。ネグレクトまではいかないけれど、放置気味。よく自分社会ルールを知って育ったなと自分ながらに思うくらい母からの低関心が酷かった。

話が少し逸れるが、私は少し発達障害の気がある。小さい頃から忘れ物が多く、人とのコミュニケーションが下手くそで、いつも遅刻ギリギリ。でも言い訳をさせて欲しいが、それは親のフォローがあってこそ治るものではないのか。宿題を見てもらったことは一度もないし、忘れ物チェックもない、遅刻は親も常習犯。母と会話しないかそもそも話し方を教わっていない。その気になれば発達障害テストもできるけど、私はこれを不教育による弊害だとして受診を避けている。いや、まあ、単に診断されたらダメージが大きすぎることもあるけど。

イジメられても、不審者に会っても、テストの点数が悪くても、親に相談できなかった。だが自分解決できず、限界が近くなった時、もう学校行きたくないと泣いて親に話したことがある。その時の母の顔と言葉は忘れられない。

「アンタまで、私にどこまで迷惑かければ気がすむの!!!

今まで母のため弟のため自分を殺して生きて、辛いことを悲しいことも抱えて、でもやっぱり母の愛が少ないことから生じる人格の綻びがイジメにつながったと思う。なのに、助けを求めることすらしてはいけないのか。母にとって私は、何か問題が起こるだけで迷惑存在なのか。

それから十数年経って、私は成人して医療系の職種につくことができた。母は仕事を続け、弟も変わらず体の大きな赤ん坊。母の関心は相変わらず弟。成人したので私への関心はさらに減った。母をご飯に誘っても疲れているから嫌だ。遊びも同様。ご飯を作れば冷蔵庫にあるお弁当を食べ、私の手料理には手をつけない。

なにも変わらない。あるといえば、私は彼氏が出来て依存先を変えた。彼氏は優しく、私のことを大好きでいてくれて、いつも私のことを考えてくれている。嬉しい。誰かにこんなに思ってもらったことは初めてだ。聞けば彼はご両親の元、一人っ子としてスクスクと育ったようだ。通りで自信に満ち溢れ、愛は無償なことを知り、人生悩むことはあるけど2人なら幸せになれるよと語れるわけだ。

私はちゃんと彼に愛を返せているか。きっと返せていないんだろうな。彼はよく私の態度を見て不安になるようだ。ごめんね。

フラッと立ち寄ったバーで知らない人から、「貴方言葉に棘があり、人を信頼せず、自分本心も隠しているね。そういう子は幸せになれないよ」と言われた。初対面の人にも分かるくらい、私は歪んでしまっているのだ。そのことを突きつけられた気がして、十数年来の気持ちがブワッと湧き出した。蓋を被せてきた感情が夜毎に強くなった。

私をこんな人間にした全てが憎い。

私に興味を持たない母が嫌い。

母が私に興味を持てなくした元凶の弟が嫌い。

両親と仲良く休日を過ごす友人たちが嫌い。

なんの苦労を知らず日々楽しく過ごす同級生たちが嫌い。

私のなにも知らないのに好きだという彼氏が嫌い。

なにより、いつまで経っても親や環境のせいにして、自分正当化し逃げ続ける自分が殺したいほど憎い。

この感情には行き場がない。誰にも言ったことがない。言い方が分からない。彼氏にも友達にも、家族のことをなにも話していない。私は相当嫌な人間に育ってしまった。笑顔で話してる裏で死ねとすら思ってしまっている。

行き場がない。

私の理性が人のせいにするな、自己責任だろうとストップをかける。感情を飲み込んで、また明日から母に愛される弟を横目に、幸せになれない自分人生を歩まねばならない。

私はただ、母に愛され、そして幸せになりたいだけだったのに。

2019-05-22

anond:20190522112740

今時は帰宅時に家に大人がいない子は学童に行くのが当たり前で、

そうではない子は「鍵っ子」じゃなくて「放置子」と言われて被虐待児扱いだよ。

2019-01-09

anond:20190109223742

アラサーだともう鍵っ子は通らないんだな。おじさんは悲しいよ。

2018-12-25

9歳で痴漢にあった記録

最近痴漢があるって信じてもらえない」みたいな記事が上がってたので、私の経験も書いてみる。

痴漢って結構ひどいんやで、って少しでも共感してもらえれば、

愛しの愛娘が9歳になる頃にはもう少し世の中が良くなってるかもしれない!…と思ってカーチャン頑張って書くよ!

ピアノお稽古の帰りだったと思う。

青と白の縞々のポロシャツ黄色の短パンはいていた事を覚えてるので、多分夏のこと。強い西日が差し込んでいたので16~17時くらいかな。

実家マンションの1階廊下を歩いていた時、「すいません」と男の人に声をかけられた。

グレーのスーツを着て黒ぶちのメガネをかけた人。気弱そうな感じだけど、普通ちゃんとした大人って感じだった。

ちなみに顔は見れなかったので覚えていない。他のことは全部目に焼き付いてるんだけど。

男は「小西さんってお宅がどこにあるか知ってるかな?」と聞きながら私の目の前にしゃがみ込んだ。

「知りません」と答えたら、突然股をモミモミされた。

(あれ、何これ?何してるの?何か小西さんと意味あるのこれ?)

フリーズする私。

男は段々スハーースハーーと鼻息荒くなっていく。

その間「そっかー知らないかー…そっかー」

みたいな事を言っていた。

2分くらいで立ち上がってどこかに消えた。

この時は恐怖とかじゃなく、「は?」って感じだった。

けど、何が後暗いことの標的になってしまった事は判ったので、謎の罪悪感から高校生になるまでこの経験を誰かに話すことはなかった。

これを書きながら何度も消そうと思った所を見ると、未だに恥ずべき記憶と捉えているんだろうな。

匿名から言えるけどこんな話誰にもできないよ(だから痴漢経験談は少ないのかな、書いてて吐きそうである)

夕方実家マンションエレベーターにて。

白いワンピを着て、ピンク自転車エレベーターに乗せて、自宅の階まで上がろうとしていた時だった。

エレベーターを閉める直前に男の人が乗り込んできた。

デニムに白いTシャツ。髪はちょっとボサボサ風で、無精髭を生やしていた。

この時はほんの少し嫌な予感がしたのを覚えている。

エレベーターが動き出して実家の階につくまでの数秒の間に、男は私のそばにしゃがみこんで、ひたすら太ももを撫でてきた。

「ごめんねー ごめんねー」

と何故かずっと謝られていた。

その間私はずっとフリーズしていた。

正確に言うと、男が私の横にしゃがみ込んだ時点で体に電流が走ったみたいにゾゾゾッてきて、「あ、やられる」って一瞬で理解すると同時にめちゃくちゃ体が硬直した。やられてる間はひたすら絶望しかなくて、自転車グリップをぎゅーーっと握りしめてた。

森でヒグマに会って突進された時とかって、ああなるんじゃないかなと思う。

しかも笑えるんだけど、エレベーターが到着して私が降りる時、私は男に「さようなら」と声をかけた。

エレベーターで一緒になった人には挨拶するようにと親に言われていたから。

さっきまで勝手に太もも撫でてきたやつにご丁寧に挨拶してしまうほど私の頭はフリーズしていた。

男が私と一緒にエレベーターを降りて家までついてこなかったのが不幸中の幸いだった。(鍵っ子だったから)

両方とも、やられてる時の事とかもっと詳しく言えるんだけど、20年以上経っても手が震えるから簡素描写になってる。

ちなみに、年齢が1桁だった頃の記憶でここまで鮮明に覚えてるのはこの2つだけ。

多分死ぬボケるかするまで忘れないと思う。

これ以外の痴漢もあるけど、この2つは幼少期だった事もあってか、何か自分自身がグチャグチャに踏み潰された気持ちが強かった。

怖いよね、9歳で自尊心とか全能感とか全部グチャグチャにされるのよ。

性犯罪もっと厳罰にして、GPS埋め込んで更正プログラムビシバシやってもらいたい。

この男達は絶対に私以外にもやってるだろうし。

あと子供に、性犯罪にあった時は罪悪感なんか持たなくていい、1人で抱え込まずにすぐ親や先生に訴えること。って教育した方がいいと思う。

まー長くなったけど、

男の人の協力がないとこういうのは改善されないだろうから、少しでも共感してもらえるといいなぁ。

自分で「ヒグマに突進される」って書いてて結構しっくり来たので(最近見た「レヴェナント」でディカプリオが熊に襲われるシーンに感じた絶望感と似てた)痴漢は捕食される恐怖と似てるかもしれない。

参考までにー。

2018-09-17

暗黒の青春時代を過ごした結果

なのかどうかは分からないけど、相対的にはそこそこ良いポジション社会人に居ることができている。

というのは、この度の中学同窓会に参加しての感想

もともと、教室の片隅でなんとか出席していただけの陰キャラが、他のメンバーの状況を勝手判断しているだけにしか過ぎないけど。

本音を言えば、そう思うことでしか自己解決が出来ないだけだが。

小学生時代はそこそこイケイケ、中学生になるにつれ微妙思春期を拗らせ、周囲とはうまく絡めず

休み時間は寝たフリをして机に突っ伏し、昼休みは自宅に戻ると言う鍵っ子だった。

なので、そもそもこの同窓会に参加したのもある種偶然というか、少なくとも当初の名簿には俺は存在して居なかったの無かったのだけど。

小学生時代の知り合いが名簿に俺を追加してくれたらしく、連絡が来て、同窓会に参加することになったわけだ。

ちょうど仕事地元に戻る都合があったので、まぁついでなら、と思って参加した。

そこでは、昔の中高の青春について語るのがある主目的なのだから、そうなんだろう。

だけど、クラスでウェイウェイ系であった奴ほど、余りい良い現状には居ない。

明確には語りたがらないが、無職だったりフリーターだったり、ブラック派遣だったりする。

これらの境遇差別的にみるわけではないが、ってここでそんな取り繕いに意味はないので、

まぁ、大変だな、って境遇にいるやつばかりだ。

中高と人と余り同級生と関わらず、無駄勉強とかしていたからかどうかは別として

自身は今そこそこのステータスにいる。

今だけを見れば、それでよかったんだ、

そう、あの時のつらさや青春体験できなかったのは意味があったんだ

なんて、そう思う。思いたい。思わないとやっていられない。

結局、現状のステータスで、彼らよりも上だ、そう思わないと何というか、やりきれないんだ。

勝手にそう思って、自分を慰めているだけなんだよね、実際は。


今はそこまでイケていないと勝手に思わざるを得ない彼らの語る青春は楽しそうだし、羨ましい、というのが結局の本音だ。

齢30を過ぎた今は周囲からある程度モテるような現状は認識している。

当然、魔法使いになることは回避した。

だけど、20代後半で初体験をした時に感じたそれは、なんか難しいな、と思うだけで喜びも驚きもなかった。

ネットには慰めのごとく俺に刺さるフレーズがある。

曰く、「青春なんて幻想だ、あんものは実際無いんだ。」なんて。

だけど、同窓会で楽しそうに語る彼らの中には、実際あるように見えたし、少なくとも俺には無いということは分かった。

今こうやって、あこがれていた恋愛だのなんだのに遅れて参加しても、メンドクサイだけに思えてしまう。

それに、今はイケていないにせよ、彼らの多くは家庭持ちだ。

自身、家庭を持つということに対して自由を失うデメリットを引き算すると、あまり積極的になれない。

聞くに彼らは青春の勢いで恋愛し、結婚し、小作りし、家庭を持っているのだ。

価値観多様化した現在において、その手のライフスタイルが必ずしも正道ではない、と言われていたりする。

これもネットを中心に。

まぁ、そうだよなと思う一方で、本当にそうかと思う。

結局のところ、青春謳歌できなかった人間人生において違うルートを歩まざるを得ないのではないか

結婚した奴らが言うに

「この人と一緒に居続けたい、そう思ったから。」

というのが、その理由らしい。本当かどうかはさておいて。

今の俺には、恋愛というらしいことをする相手にそうは思えない、思えたことがない。

それは、出会い問題なのか、俺自身心の問題なのか。

ただ、通れなかった道を振り返ると、思うんだ。

結局、青春謳歌せずに、ジメジメした10代を過ごしたのが結局のところの原因だって

からないけど、あの勢いだけで走り抜けることのできた青春時代に走ることができれば

今がどうあれ、少なくとも大きな思い出という過去を持つことができるんじゃないかって。

結局俺は今のこの職業、そしてそこでそれなりにやれるという思い込みしかない。

過去には何もないんだ、今をすり減らして生きているだけなんだ、と思った同窓会

そして俺は過去もなければ、未来に何かを今後残すこともないのであろう。

社会歯車として今を消費し続けるだけ。

そして、そんな今を言い訳のごとく解釈するのだ

あぁ、あの時青春の道を通れなかったばかりに


と。

2018-07-12

ああ鍵っ子卒業したんだなって

もともとクラナドときからその片鱗はあったんだ

みんなが絶賛してるラスト、ともやの父親がこどもともやと手をつないでる一枚絵が出る瞬間

めっちゃ感動した!ってのがよくみる感想だけど、

個人的には、は?って感じできょとんとなって感動どころか意味不明だった

まずそこでズレを感じたんだよね

それから数年後のりとバス

うそこで完全に俺は鍵っ子じゃいられなくなったんだなって思ってしまった

もうあのノリとストーリーキャラ全然だめでまったく面白くも感動もなかった

リフレインまでプレイしたけど最後までめっちゃ冷めた目で見てた

きょーすけたちが号泣しながらなんかセリフいってるところもヘラヘラしてなにこいつないてんのおおげさすぎwwwって思ったり

ABもアニメみたけどひどかったし

でもいまだにカノンAIRは好きなのよ

そういう意味では卒業とまではいかないのかもだけど、あくまでも思い出の中の鍵っ子しかなくなってしまったんだよね

萌アニメもそうだけどやっぱり年取って趣味嗜好が変わるってほんと嫌なものだよ

あんものに感動できていた純粋自分に戻りたい

こんな斜に構えて馬鹿になんてしたくないのに

これはひがみなんだ

さげすみじゃない

まだあのぬるま湯のような幻想郷にハマり続けていられるピーターパンへの、羨望なんだよ

2018-05-13

親共働きだと子供可哀想って意見

専業主婦批判される世の中になってきた。でも、いざ女性が働きにでてみると、今度は残業で両親ともに仕事が遅くなるのは子供可哀想と言われる。

なんか色々言われるご夫婦は大変だなと思う。

理想は奥さんがパートとか時短なんだろうけどさ。

まあ、別に専業主婦でもパートでも時短でもガッツリ働くOLさんでもいいんだけど。

親が共働きで両親の帰りが遅いと、子供可哀想って誰が決めたの??

私は子供の頃から親共働きで、父も母も夜8時以降にしか帰ってこない生活が何十年も続いているけど、まったく可哀想と思ったことないけど。

十分な教育を受けさせてもらい、部活だって制限されたことはない、朝はお弁当だって作ってくれてる。お夕飯は家族みんなで毎日食べる。

お父さんもお母さんも協力しあって家事を分担しているから、朝ごはんとお弁当(三人分)はお父さん、朝の洗濯とお夕飯はお母さん、ゴミ捨てやお米とぎは私。お掃除はお休みの日にみんなで。

部活が早く終わって帰ってきて、お夕飯までお腹ペコペコでも、軽く納豆ご飯とか食べて、またお夕飯は一緒に食べるし。(ガッツリ体育会系なので、ご飯三杯は普通です)

ずっと鍵っ子ってやつだけど、兄弟いるから寂しいと思ったことなんてない。

しろ余計な干渉がないか自由でちょうどいいよ???

からって非行になんて走らないし。

寂しいと非行に走って不良になるとかないよ、不良になるやつは元からそういうやつなんだよ。

両親が頑張って働いてくれてるって知っているから、別に不満なんてないもの

お父さんともお母さんとも夕飯の時に、毎日沢山話をするしね。

遅い時間ご飯を食べると栄養がって言う人もいるけど、私は高2で身長164cmあるよ!運動沢山しているかお腹割れてるよ!!

成績だってちゃんと良い!まあ、クラスの中の上くらいだから普通だけど。でも部活だって頑張ってて、両親とも仲良くて、たぶんめっちゃ普通の家庭だよ。

から鍵っ子可哀想とか、キャリアウーマンの子供は可哀想とか、子供可哀想からって理由共働き家庭を叩くのをやめてほしい。

専業主婦を責めるくせに、社会で働いて残業かいっぱいしてるお母さんたちを、まるで子供への愛情がないみたいに責めているのを観ると悲しい気持ちになるよ。

親共働きで寂しい思いをした子供張本人ならわかるけどさ、体験したこともないのに、勝手子供を引き合いにださないでよ。

から先生とか近所の人に「鍵っ子は大変ね」とか言われるたびに、勝手に同情して見下さないでって思ってた。

うちの両親は最高なんだから、頑張って働いている二人が可哀想だよ。

2018-04-17

の子供は昔に比べて圧倒的に迷惑をかけていない

少なくとも道路で遊ぶ子供はめちゃくちゃ減っている。

昔はみんなの歌で家の前の道路で元気に遊ぶ子供達の映像が流れてた記憶もある。

親も昔よりずっと子供にくっついて、年長の子供に親が付き添わず近所の公園で遊ぶような、昔なら問題なかったレベルで今なら非常識な親や放置子になる。

赤ちゃんを一人家に残して買い物に行く母親も今ならキチガイだ。

学童もきちんと使い働く母親は激増しているのに鍵っ子は減っている。

なのに、ネット嘘松臭いそんなん見た事ねぇよレベルの子供や妊婦叩きネタが頻繁に上がり、今時の親は躾がちゃんと出来てないですからね、私達の頃は道路で遊ばないようしつけられてたのに今時は、今時の子供は変なのばかりですね等々サンドバッグにされる。

こいつらに子供のころにやらかしてる瞬間の自分を見せてやりてぇ。

ウザいなぁ。

2018-01-19

習字教室

同じアパートに住んでた幼馴染、Aちゃんと妹のBちゃん

めちゃくちゃ可愛くて大好きだった。本当に好きだった。Aちゃんがだいすきだった。

Aちゃんのおばあちゃんが習字教室をやってて、そこに一緒に通わない?って誘われて、幼稚園の時から行くことにした。毎週土曜日、13時くらいから15時くらいまで。AちゃんとBちゃんが前の席、私は後ろ。

よく考えなくても当たり前だけど、私だけ他人。AちゃんBちゃんは大好きなおばあちゃんから教えてもらえて、楽しそうだった。私にとっては知らない人だから、すごく緊張した。けど行き始めたし、Aちゃんが大好きだったから通い続けた。

おばあちゃんからしたらそうなるのは当たり前だけど、私よりAちゃんBちゃんをよく見て、指導して、ひいきした。私は放置が多くて、おばあちゃん!増田ちゃんもみてね!とかAちゃんが言ってた。でもしょうがないよね、先生から見たらAちゃんBちゃんは可愛い孫、私は他人なんだよなって子どもながらにぼんやり思った。

習字教室は学区外にあった。通い方は、私は鍵っ子だったので自転車で来て帰る。雨の日は1時間とかかけて歩いて行く。AちゃんBちゃんはお母さんによる車での送り迎えがあった。

初めは気にしていなかったけど、小学校6年間それが続いたのはけっこうつらかったんだと思う。

AちゃんBちゃんは小学校入る前くらいに大きな一軒家に住み始めた。庭のある大きくて綺麗なおうち。おとうさんの趣味だという豪華なキャンピングカーなんかもあった。お金持ちだ。

対する我が家は当時はかなり珍しい共働き。ずっと鍵っ子だった(クラス鍵っ子は私だけだった)。しばらくアパート住まいだったけど、お金が無くなったり色々あって、恐ろしいほどぼろぼろな平屋に引っ越した。風が吹き込み、トイレのドアは薄くて変な木で出来てて勝手に開いた。毎日サバイバル生活ができる家だった。狭くて、二段ベッドの上しかパーソナルスペースがなかった。でもその家は好きだった。夏休み毎日庭でひまわりと一緒に過ごせたから。

普段遊ばない友達が家に来たいというのであげたら、その子は偵察部隊で、うちのボロ屋をたくさん観察して、帰ってお母さんに報告して、私のぼろぼろのおうちの話は一気に広まった。そんなことするひともいるんだなと思った。

AちゃんBちゃんはすごくかわいい。本当に可愛くて、いい子で、大好き。おばあちゃんにも愛されてて、習字の後の筆もお湯で洗ってもらえる。私は他人から洗ってもらえなくて、たまーにAちゃんが増田ちゃんの筆も洗おうよって言って、洗ってくれた。でもほんとうに申し訳なかったから、大丈夫だよ、家で自分でやるよって断ってた。家はお湯が出なくて、水で洗うからたかった。

雨の日、かさをさして歩いて帰るけど、小学生には習字道具が重かった。AちゃんBちゃんは車でばいばーいって私に手を振ってくれた。家の方向が真逆なので、私も手を振って別れた。早く帰らないと寒いし、重いし、冷たいし、風邪を引いてしまう。雨はしとしと降り注いだ。

おばあちゃんの家にはおじいちゃんもいて、そのおじいちゃんは明らかに私に気を遣ってくれた。帰り際、私にだけこっそりぽたぽた焼を渡してくれたり、ある時はナイショで自転車の後ろに乗せて家まで送ってくれた。すごく優しかった。

Aちゃんは私にもいつも声をかけてくれて、優しくて、可愛くて、お菓子もくれて、きをつかってくれてた。おばあちゃんも、きちんと習字を教えてくれた。そのおかげで今綺麗な字を書けている。おじいちゃんも、ほんとうにすごくやさしかった。

そのはずなのに、その頃のことを思い出すとぼろぼろ涙が出てしまう。大好きなAちゃんとの思い出がたくさん詰まってるのに。いろんなお話も出来て、楽しかったはずなのに。

帰路、なんであんなに泣きながら帰ったんだろう。

Aちゃんちはお母さんがむかえに来て、お休みの日は家にお父さんもいたけど、なんでうちはお母さんの休みの日はなくて、お父さんは週に一度、木曜日20から10分、宅配仕事の合間にしか会えなかったんだろう?

しかたないじゃん。お仕事なんだからさ。

がんばっておしごとしてたんだからしかたないじゃん。お父さんのせいじゃないでしょ。私ががんばって我慢すればよかったじゃん。全然会えなかったけど、どこにも出かけられなかったけど、みんな休み明けにお土産くれる中一度もおかえしできたことないけど、仕方ないじゃん。グアムお土産とか貰いっ放しだったけど、夏休みは家と近くの公園を行き来してたけど、しかたないじゃん!

誰も悪くないよ!だれもわるくない!習字のせいにするのやめろ!悪くないじゃん!悪くないのに

そうやって人のせいにする

そういうところ よくないよ

あなた自己肯定感は全くない、もしくは著しく低い。最近、そんなことを言われた。

みんな悪くないのに、この話が原因かもなんて思ってしまう。今思い出しても涙が止まらなくなる。悪いのはこういう解釈しかできなかった私。みんなごめんなさい。元気になローソン

2018-01-02

FGOが気に食わない

これは、典型的な「自分でやっていない、なにやら盛り上がっている作品を、気に食わないと上から目線批判する文章」だ。

本文は『月姫』と『Fate/stay night』のネタバレを含む可能性がある。特にFate/stay night原作を未プレイで、劇場版Fate/stay night [Heaven's Feel]』の続きを楽しみにしている人は、ネタバレを含むため読まないでほしい。

Blue Blue Glass Moon, Under the Crimson Air.

私が奈須きのこ作品出会ったのは2003年月姫月姫PLUS+DISC、歌月十夜の3作が収められた『月箱』であった。いわゆる型月ファンとしてそれほど古参というわけではない(型月における古参とは、竹箒に連載されていた時代の『空の境界』読者――とまでは言わないものの、最低でも2001年には『月姫』に触れたレベルを指すものだろう)。当時『ONE』『Kanon』『AIR』に心酔する所謂鍵っ子」であった私は、もちろん月姫の噂は聞いていたものの、手を出すきっかけを掴みかねていた。月箱が頒布されたのは、そんなときである歌月十夜まで一揃えで化粧箱に収められたそのパッケージは、初めてのTYPE-MOONとしては最適であった。同時期、彼らが商業へと移行し、次回作Fate」は商業ゲームとしてリリースすることを発表したことも背中を押した。群雄割拠エロゲ界についに鳴り物入りで乗り込んでくる新進気鋭の代表作を、体験しておかねばならぬと考えたのだ。

果たして、私はTYPE-MOONの虜となった。

月姫』は衝撃であった。連綿と積み重ねられてきたビジュアルノベル恋愛アドベンチャーゲーム文法に沿っていそうに見えながら、しかし決定的に異なる「それ」は、私に新しい刺激を与えてくれた。私はシエル先輩が好きになった。この文章を打っている2018年に至ってなお、人生オールタイムベストシエル先輩だと胸を張って言える。もちろんそれだけではない。ファーストインパクトとなったアルクェイドが醸し出す寂しさを、そして、ひまわり畑で微笑む琥珀さんの愛おしさを、今なお昨日のことのように思い出せる。

月姫の魅力のひとつに、不思議ノスタルジーがあると思っている。あの文章グラフィックと音楽には、懐かしいナニカを思い出させるものがある。去り行く少年時代を描いた作品だからだろうか。遠野邸の遠い記憶がそうさせるのかもしれない。

PLUS+DISC、歌月十夜まで一気にプレイした私は、そのまま『MELTY BLOOD』も楽しんだ。シエル先輩を動かせるのが楽しかった。弓塚さつきの話が出ると抜き身のナイフのようになる志貴を思うと切なくなった。琥珀さんが楽しそうで涙が出た。G秋葉ゲラゲラ笑った。

したらばのTYPE-MOON板にも入り浸った。それまで葉鍵板が主戦場であった自分が。当時、すでに「月厨」は鬱陶しい存在として認知されていた。私は努めて無関係な場ではTYPE-MOONの話をしないようにし、型月板でその分、目一杯、楽しんだ。たくさんのアンソロジーコミックにも手を出した。武梨えり佐々木少年磨伸映一郎……(そういえば特に好きだったこのお三方はみな現在商業作家として活躍中であり、同時に、シエル先輩ファンであった。当時、武内崇は「シエル先輩が好きな作家さんは漫画力が高い人が多い」というような趣旨の発言をしていた記憶がある)。

だが。不思議もので、このとき私は『空の境界』にはハマらなかった。もちろん原作は読んだのだが。当時、マルチシナリオ形式のビジュアルノベル未来を見ていたためか。あるいは、純粋に趣味に合わなかっただけなのか。後年、空の境界アニメ映画化され大ヒットを飛ばすことになる。

――――――体は剣で出来ている。

2004年、ついにTYPE-MOON商業作品第一弾『Fate/stan night』がリリースされる。もちろん発売日に予約して買った。事前の雑誌での情報を見ていて、藤ねえお気に入りだった(まさかあんなことになるなんて)。ライダーさんはビジュアルだけ見て絶対アサシンだと思っていた。体験版の段階でクオリティが大幅に上がっていることは明らかだった。心が躍った。世界が変わる瞬間が、目の前にあった。

魔術師英雄跋扈する本作を終えて、私は思った。私は優秀な魔術師でも高潔英雄でもなく、なんでもない、取るに足らない、醜い人間が好きなんだと。だから私は、間桐桜衛宮士郎物語が好きになった。

桜は魔術師ではあるが、本作においては魔術師としてよりも、もっと違う存在として描かれる。衛宮士郎もまた、魔術師ではなく魔術使いとして描かれる。そしてラストシナリオであるルートでは、桜は家族呪縛から解き放たれて人間として生き始め、士郎は正義の味方に憧れたロボットからひとりの人間に生まれ変わる。魔術師英雄が闘い続けた果てにたどり着いたのが、ふたり人間の、人間としての歩みであったことは、とても感動的で、同時にこれが、奈須きのこが幻の弓塚さつきルートで実現しようとした未来なのではないか想像した。

そして絶望する。ご存じの通り、桜ルート批判された。当時の型月板は荒れた。セイバールートと凛ルートが絶賛されるとともに、桜ルートは徹底的に批判されたのだ。

イリヤスフィール物語オーバーラップして主題が分かりづらいという主張には一理ある(一説にはイリヤルートを作るリソースが間に合わず、桜ルートに混ぜた、と言われている)。描写不足であるという批判も、ある意味では仕方ないだろう。だがそれ以上に、ファンたちは、「多くの人間を殺しながら幸せなエンドを迎える桜」と、「正義の味方であることを諦めてセイバー犠牲にした士郎」を批難した(正確には、彼ら2人に対してというより、そのようにある物語を避難した)。私は憤慨した。衛宮士郎の、何を見てきたというのだ。

正直に言うならば、私はセイバールートや凛ルート衛宮士郎が嫌いだ。凛ルート遠坂凛も苦手である。はっきりと言ってしまえば、物語として楽しみながら、登場人物たちに対しては苦々しい思いを抱き続けてプレイした。そんな彼らが、桜ルートで丸ごと好きになった。桜ルートでは、みな、人間として生きている。それが愛おしかった。

同時に、TYPE-MOON作品のふたつの側面のうち、ファンに望まれる側と、望まれない側が見えた気がした。考え過ぎかもしれないけれど、私がより好む側は、望まれていないように見えた。

それは、未来を取り戻す物語

これ以降、私はTYPE-MOON作品と少しずつ距離を置くようになっていく。厳密に言えば『Fate/hollow ataraxia』は心から楽しんだ(アンリマユとカレン・オルテンシア物語はとても好みだ)。だが、『DDD』は未読、『Fate/Zero』は同人誌として頒布された際に1巻だけ読んで断念、『Fate/unlimited codes』『Fate/EXTRA』には手を出さず、期待した『魔法使いの夜』はプレイしたものの、それほど心惹かれなかった。この間、各種メディア展開で楽しんだものは、佐々木少年による漫画版真月譚 月姫』のみであった。パスタ先輩のことは一生許さないよ。

時は流れ、2014年7月27日。もうTYPE-MOONに何の期待もしなくなった私は、それでも「Fate Project 最新情報発表会」をニコ生の中継で見ていた。そこでUBWのテレビアニメ化や『Fate/strange fake』の正式出版化に並んで、ひとつの新作が発表された。『Fate/Grand Order』。通称FGO。ついにソーシャルゲームをやるのか、と私は冷めた目で眺めていた。むしろ発表会本編終了後のサプライズHeaven's Feel劇場版制作決定の発表の方が魂が震えた(今でもあの瞬間の、観客席からの絶叫と、涙を流しながら挨拶をする下屋則子さんの姿をよく覚えている)。

私はソーシャルゲームほとんどやらなかった。手を出してみたことはあるが、純粋に楽しみ方が分からなかった。というよりそれ以前に、私はいわゆるオンラインゲーム全般が合わなかった。だからFGOが楽しめるかどうか不安だった。2015年サービス開始に合わせてダウンロードし、序盤をプレイした。だめだった。まったく合わなかった。どう頑張っても楽しむことができなかった。私はFGOをアンインストールし、Twitterタイムラインに流れてくるFGOプレイヤーたちの悲喜こもごもを眺めるだけになった。年を重ねてしまった、と感じた。

やがて、現実人間関係の中でも、FGOの話題が上がることが増えてきた。2016年末のイベントの様子はTwitterでも見ていたが、彼らはとても熱っぽくFGOがいか面白く、衝撃的で、とてつもないかを語った。私は羨ましかった。もうTYPE-MOON作品でこんなにも熱く語れることはないだろう。そう思った。

私はFGO本編をプレイしていない。いろいろと明かされたアレやソレを、なんとなく知識で知っているだけだ。そうした立場評価するのは御法度であろう。それでも私はFGOが気に食わない。これは負け惜しみだろうか。それともただの老害しかないのだろうか。私が好きだった奈須きのこTYPE-MOONの描く取るに足らない人間たちの物語は、もしかするとFGO本編でも繰り広げられているのかもしれない(琥珀さんルートや桜ルートが好きで、かつFGOのシナリオがそれと同様に面白い、という人がいたら、ぜひ魅力を語ってほしい。皮肉ではなく、ぜひ知りたい)。だけれども、数多くの英雄スマートフォン上で戦い続け、それをプレイするファンたちが嬉々としてお気に入り英雄が引けたことをTwitter上に報告する様子を、どこか冷めた気持ちで眺めてしまう自分に気付く。私がTYPE-MOONに求めていたものは、これだったのだろうか? 幾度となく繰り返されてきた、単に自分が望むような創作から外れていってしまった存在を寂しく思うという、これはきっとただそれだけのことなのだ。つまり、八つ当たりと取ってもらって構わない。

劇場版Fate/stay night [Heaven's Feel] I.presage flower』は、公開初日に映画館に観にいった。素晴らしかった。須藤友徳監督の、間桐桜と桜ルートに対する圧倒的な「理解」に目眩がした。アバンで桜と士郎の「それまでの日々」をたっぷり描いた時点で、完全に勝利だった。FGOで得た利益でこんなにも素晴らしい映像作品が作れるのなら、FGOに感謝すべきであろう、などと思った。第二章も楽しみだ。

なんて無様だ。意味もなく生きてるのはおまえのほうだろ

聞くところによると、FGOの世界には死徒二十七祖(という概念)は存在しないそうだ。私が好きだった奈須きのこワールドとは違う世界がそこにあるのだな、と改めて思った。繰り返すが、これはただの八つ当たりだ。

2017年末も、FGOは盛り上がっていた。きっと酸っぱいに違いないと、私は新年からこのような文章を打っている。2008年4月、月姫リメイク制作決定が発表された。今年、ついに発表から10年が経過する。優先順位があることくらい私だって理解できる。だからもう「月姫リメイクはよ」とは言わない。そのようなファンに耳を貸す必要だってない。FGOを楽しむ人々に向けて頑張っているスタッフの皆さんに、おつかれさまです、と声をかけたい(年始メンテおつかれさまです)。FGOという作品批判する気もない。そもそも批判できるだけの素地すらない。何しろプレイしていないのだから。本当に申し訳ない。

結局のところ、私はTYPE-MOONが、奈須きのこ世界が好きだったのではなく、ただ『月姫』という作品が好きだっただけなのだろう。あるいは、月姫が生まれた、あのころが。

これは八つ当たりだ。私はFGOが気に食わない。ただそれだけの、書き初めである

2017-09-26

anond:20170926182956

元中学校教諭のワイの従兄弟は、知り合った鍵っ子女の子小学5年生)を「可哀想」だと思っていろいろ世話してるうちにラブホでパコパコするようになり、そのあとバレて刑務所行きになっとったな

貧乏女子とか恵まれない女子可哀想っていうおっさんってだいたいカラダ目当てなんやろなw

その従兄弟40代になっても独身だったからもともとロリコンだったんだろうけど

2017-03-08

「○○っ子」の分類と用法

http://anond.hatelabo.jp/20170308115616

この元増田です。

トラバブコメを見て、いろんな○○っ子があるのだなぁと、関心してしまった。

それらを読んでいるうちに、○○っ子という用法はいくつかに分類される気がしてきた。私なりに勝手に分類したので、もっと的確な分類があればご指摘ください。

1.(地名)っ子:江戸っ子博多っ子、浜っ子、都会っ子 など

2.(動詞)っ子:いじめっ子、いたずらっ子、憎まれっ子、売れっ子 など

3.(名詞)っ子:鍵っ子眼鏡っ子テレビっ子 など

4.(家族関係)っ子:一人っ子末っ子、姪っ子、甥っ子 など

5.(形容)っ子:ちびっ子、ドジっ子、秘蔵っ子 など

個人的想像の斜め上を行っていたもの

いぶりがっこマリメッコミスター味っ子

皆様ご協力ありがとうございました。

僕らはみんな、「はてなっ子」ですね。

2017-02-04

http://anond.hatelabo.jp/20170204130919

昔の方がずっとゆるかったよ。

幼児だけで遊んだり、子供達が道路で大声出して遊んだり、赤ちゃんだけ家に残して買い物も普通にやってたし、あとお互い様とか子供のやったことって価値観があって子供のやったことに弁償だなんだと騒ぐ人がそんな居なかった。

子供の声や赤ちゃんの泣き声を騒音と騒ぐ人も居なかった。

学童に行かずに鍵っ子をしてる年少児も普通に居た。

ドラえもんの空地で野球やって窓ガラスを割って逃げる子供達や、壁に落書きをする子供達なんて今はありえない。

親と話してたらゆるすぎてビビるもん、赤ちゃんが寝てる間に買い物行けばとか、子供賠償保険を考えてるって言ったら子供のやったことに弁償なんて言う人いないでしょって笑われりとか。

父親赤ちゃんを見ないしバリアフリーが進んでないから連れて買い物にいけないとか、赤子を背負って和式トイレとか、乳丸だしで公開授乳普通とか、昔のが厳しいところはあるけど、人は今の方がずっと厳しい。

2017-01-03

親不孝息子でごめんなさい。

口に出して言えないから、書く。

10月の半ばごろか、祖父他界した。

俺は両親が離婚していて、母親祖父祖母の家庭で育った。

祖父母親はずっと働いていたが、祖母専業主婦だったので母子家庭にあるいわゆる鍵っ子にはならなくて、祖母感謝である

父親代わりに思っていた祖父には、中学生ぐらいから反抗し、結局高校卒業して東京大学へ行く車の中でも、なんとなく無言だったような気がする。

ウチは決して裕福ではないけども、東京に来ては、事あるごとに親に電話して金を仕送りしてもらっていた。

祖父はなんとなく気まずいから、祖母にずっと無心していた。

東京での俺の生活はひどいもので、週に何人も違う女の子を家に呼んでいたり、

貰う必要のない仕送りを、東京生活はつらいと言って今でも実家から3万円もらいながら社会人をしている。

祖父入院したと聞いたのは、ちょうど亡くなる一年前。

肺がんからの全身転移で、持って半年と聞いていて、急いで帰省した。

自分はもう社会人だけど、帰省する時の飛行機代は母に頼った。

格安航空券を探して、航空会社HPで見た正規料金をもらい、差額で遊んでいた。

春に帰ったときはまだ元気で、思春期ぶりぐらいにまともに話したと思う。

ただ秋口、亡くなる一ヶ月前ぐらいにもう一度帰ったときはもう話すことすらできない状態になっていた。

しっかり受け答えしていた祖父はどこへいったのか、口をポカーンとあけて目をつぶって・・・・・・というだけになっていた。

深くにも手を握ったとき、ぎゅっと握り返されたときは泣きそうになった。

その時は、ちゃんと真面目に生きようと思ったんだ。

祖父がなくなってから初めての帰省が今回。

また飛行機の差額分で遊ぶようになっていた俺。

帰省して、実家で出された飯をたべて、ただ寝るだけ。

おまけに地元元カノと再開してセックスしていた。

時々自分が恐ろしくなるほどの畜生だという自覚はあるが、止められない。

昔、祖父祖母と行ったイトーヨーカドーにも行った。

腕時計がないと言って、腕時計コーナーをみた。1万ぐらいのカシオなら買ってくれそうだったが、20万以上の時計をみていた俺。

さすがに祖母は怒って先にあるきだしてしまった。

ただ、金をためて買うから、といってじゃあ今カシオを買ったことにして1万くれと言った。

からも、ためて自分で買うから、といって小遣いをもらった。

東京に戻ってきてからユニクロのカシミヤセーターが半額のCMを思い出して、これ買っといてと母にLINEしたら、わかったと返事がきた数分後、

ATMお金がなかった、、ごめんね、、来年買ってあげるからねと返信が来ていた。

そのときに、すごく自分が恐ろしくなった。

母がこの先一人になったときに、支えていけるのだろうか。支えていこうという気持ちは生まれるのだろうか。

こんな鬼畜所業を繰り返していて、自分人生はこの先明るくないだろう。

どうか神様、今からでもやり直すチャンスをください。

どうすればいいんだろう俺は。

2016-11-01

http://anond.hatelabo.jp/20161101115710

共働きの家庭で育って小中学校とずっと鍵っ子死語?)だった一人として言わせてもらうと

家に帰って親がいないという自分だけの時間があったことが今になってすごくよかったと思ってる。

山本も読んだし、友達と一緒に遊びに行けたし。

まわりは専業主婦が多くて毎日帰るとお母さんかお祖母ちゃんが待っててくれる同級生ちょっとうらやましいと思ったこともあったけど

逆にいつも家で監視されてるみたいでやだなあとも思ってた。

もっとも当時は共働きといってもそこそこ労働環境がきちんとしていたので、母親は6時ころ、父親も8時には帰って来てたので「待ってれば帰ってきてくれる」という安心感はあったけどね。

裕福な生活はさせてもらえたし。

自分をとりわけ不幸と思ったことはないよ。

ただちょっとしたことで家計が苦しくなって父母がしょっちゅうケンカしてた時期の方がすごく子供心につらかった。

喧嘩しなきゃ両親の不在ってそんな幸不幸に関係なくない?

2016-09-01

だーまえが楽しめなくなった自分が悲しい

はじめてエロゲやった次がAIRだったか最初は大好きだった

中3だった

インストールしたはいいけど、

当時よくあるCDDAによるBGM再生CD持ってなかったらBGMがでなかった

それでも面白かった

Kanon大人になったら絶対やる!って思ってたけど、高校在学中に友達が持ってたから借りてプレイした

AIRほどのインパクトはなかったけど面白かった

タイトル画面から一気に心をぎゅーっと持ってかれる朝影好きだった

大学ではAIRの完全版が出たから買って初めて音楽付きでやった

最初プレイより別に感動しなかった

音がなかったからこその感動・若い時の体験の鮮烈さのほうが大きかったんだろう

それからクラナドを借りてプレイした

だいたいは楽しめたけど、長すぎてちょっとしんどかったのと、最後グランドエンディングっていうんかね、あれで子どものともやが父親と手を繋いでる一枚絵の感動がやばい!!!ってのが世の感想の大半を占めてたけど、自分はまったく感動できなかった

唐突に感じられて、は?としか思えなかった

ちゃんと感情移入してプレイしてればそうはならなかったのかもだけど

そこから

世間一般鍵っ子感覚がズレてきたのは

その後リトバス買ってプレイしたけど、徹頭徹尾まったく合わなかった

薄ら寒いギャグだーまえ野球ネタおしつけ、友達グループ馴れ合い・・・

とってつけたようなネタばらしと感動の押し付け

もう自分だーまえ卒業していた

少しセルフ擁護するなら、リトバス普通恋愛ゲー、ハーレムゲーというよりかは同性の友達多数がいるってのもでかかった気がする

kanonnairクラなどはなんだかんだで同性ほとんどいなかったし、東鳩から始まる親友一人だけ、もしくは同性ゼロとかもザラだったし

こんなゲームをやる人間にとってリトバスはまぶしすぎただけなのかもしれない

そんでリトバスの頃には、それを楽しむオタクライト化・リア充化してて、教室の隅っこで固まってるオタクグループしかプレイしないものではなくなっていたのかもしれない

まあそんなのはどうでもいい

年をとったせいか、他にもいろんなえろげーしたせいかラノベ深夜アニメをよく見るようになったせいか、とにかくだーまえ感性に合わなくなってしまった

AB!のアニメも一応全部みたけど、最初から最後までいまいちだった

おふざけとかギャグレベルがことごとく低く感じられてしまった

リライトプレイしていない

俺の中のだーまえKanonAIRクラナドで終わった

あ、智代アフターは一応やった

ラストラストトンデモな終わり方する以外は空気作品だった

でもこれをきっかけにマルマルアフターってのが一時期増えてた気がする

ああ語れば語るほど思いがあふれてくる

自分にとって大きな影響を与えてくれたのは確かだった

ただ世間ずれしてしまった自分はあまりも無邪気すぎる世界は受け付けなくなってしまった

one同棲MOONも、大学ときに買ったけど結局プレイしないまま終わってしまった

今やるエロゲーといえばたまに出るランスくらいだ

普通恋愛エロゲー深夜アニメラノベマンガ境界ほとんど無いに等しくなってしまった今では、

多くの著名なライター一般に行ってしまい、エロゲーというフォーマット以外で彼らの作品に触れることができるようになってしまった今では、

陵辱とか一部のジャンルのためにしか、わざわざエロゲーをやる意味がなくなってしまった

そして自分は陵辱とかはそんなに興味がない

30で独身なのにこんなこと書いてる場合じゃないのに俺何やってるんだろう

こんなんだからいつまでたってもダメ人間なのに

今はマンガばかり読んでる

2016-05-24

鍵っ子なんていなくなっちまえ

ってな論調鍵っ子社会問題となったのが二昔前。

一昔前には常態化して、今じゃあ社会政府鍵っ子なんて問題にしてすらいない。

しろ鍵っ子を推奨するような政策を支持している。

 

この国はどうなっちまうのかねぇ……

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