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2019-10-17

血液クレンジングを信じる奴の存在義務教育の敗北」なのか?

そんなら、大学卒業して教員免許持ってるどころか、教育学者として大学の特任教授にまでなったこの人の存在は、いったい何の敗北なのだろうか。

尾木ママ 血液クレンジングで美を追究

https://www.daily.co.jp/newsflash/gossip/2015/01/29/0007699536.shtml

2019-10-01

学力が高いと途端にいじめはなくなる

通学できる範囲内で二番目にランクの高い公立高校に通っていたが、そこでは一切いじめが起こらなかった。

上の学年も、下の学年もだ。

中学時代あれほどあちこちいじめが起きていたのが嘘のようで、そうか、高校生にもなるといじめなんて幼稚な風習から卒業するんだなと思っていた。

でもニュースはいじめを苦にした高校生の自殺が相次ぐ。

大学ちょっとした興味から教育学に手を出して、やはり高校生のいじめは深刻な問題「とされている」ことを知る。

自分体験とのギャップが強すぎて、別の世界の話のようだった。

不可解ですらあった。

大学生・社会人となって交流の幅も広がったので、高校時代いじめ認知したことがあるか、聞ける範囲で聞いてみている。

通学圏内ランク一位の公立高校では、いじめは起きていなかった。

三位、四位でも同様だった。でもその下あたりから、顕著に経験談が発生しはじめた。

それで解を得た。

よい高校、よい大学に入る目的は、よい会社へ入るためだけのことではない。

青春という大事な時期の交友関係健全に保ち、ひいては人生健全に生きるために学力必要なのだ

2019-09-02

anond:20190902153152

伝え方も重要だよね。叱るとき反語表現は嫌味要素しかないので禁じ手にしていいと思う。そういう叱り方ハックは尾木ママなんかが提唱して溢れかえっているはずなのに、バラバラに散らばっていてマニュアル化されていないせいで精神論、気の持ちよう止まりになっている気がする(教育学としては一定の体系を得ているのかもしれないが、畑が違うのでわからない)

一般にまで浸透する『叱り学』とした体系的な学問があったらいいのかも。ビジネス書で既にあるかもしれないけど。

個人的山本五十六

やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ。

が堪らなく好き。

2019-09-01

学校アカデミックではない

学問を教えている学校現場アカデミックではない

理論よりも根性老害経験がもてはやされている

仕事の総量を減らそうとしたり、効率化しようとすると「生徒のためにならない」「今まではこうだった」で済まされる

内地留学教育学を学びに行っても現場フィードバックされることはない

研修に行っても幹部認識は「休めてよかったね」程度

そりゃやる気のある人間ほどすり減るなって話

これから団塊が定年して若手しかいなくなったとしても改革はしないんだろうな

2019-06-20

anond:20190620112936

ピーターの法則ピーターのほうそく、英: Peter Principle)とは組織構成員労働に関する社会学法則

1.能力主義階層社会では、人間能力の極限まで出世する。したがって、有能な平(ひら)構成員は、無能中間管理職になる。

2.時が経つにつれて、人間はみな出世していく。無能な平構成員は、そのまま平構成員地位に落ち着く。また、有能な平構成員無能中間管理職地位に落ち着く。その結果、各階層は、無能人間で埋め尽くされる。

3. その組織仕事は、まだ出世余地のある人間によって遂行される。

1969年南カリフォルニア大学教授教育学者ローレンス・J・ピーター(Laurence J. Peter)によりレイモンド・ハル(Raymond Hull)との共著 THE PETER PRINCIPLE の中で提唱された。

2019-06-08

力学的に暴れる

解析力学的に暴れる

量子力学的に暴れる

熱力学的に暴れる

統計学的に暴れる

流体力学的に暴れる

電磁気学的に暴れる

光学的に暴れる

特殊相対論的に暴れる

一般相対論的に暴れる

天文学的に暴れる

天体物理学的に暴れる

宇宙物理学的に暴れる

宇宙論的に暴れる

音響学的に暴れる

数学的に暴れる

数値解析的に暴れる

計算機科学的に暴れる

化学的に暴れる

物理化学的に暴れる

量子化学的に暴れる

分析化学的に暴れる

生物学的に暴れる

工学的に暴れる

応用物理学的に暴れる

地球科学的に暴れる

地震学的に暴れる

海洋学的に暴れる

気象学的に暴れる

医学的に暴れる

医療物理学的に暴れる

放射線物理学的に暴れる

保健物理学的に暴れる

哲学的に暴れる

自然哲学的に暴れる

心理学的に暴れる

教育学的に暴れる

経済学的に暴れる

量子的に暴れる

量子暗号的に暴れる

2019-05-14

学歴コンプレックス研究概観展望津田容子)

【関心テーマ意図

日本社会は表向き実力主義成果主義を掲げつつ、未だ学歴主義体質が根強いと言われている(渡辺,2006)。そのような社会の中で、大学学者割合が初めて5割を超え(文部科学省,2009)、数十年前と比較して高学歴化が進んでいる。全入時代までは至らないが、志望大学に拘らなければ受験生の9割超が大学に進学できる時代となった。今後は大卒肩書きのみでなく、大学知名度や質を重視する傾向が強まり受験競争さらに激化するとも考えられる。ここで問題となるのが、受験という競争に伴う敗者と勝者の存在である。彼らが過剰な挫折感や劣等感、あるいは優越感に囚われた場合学歴コンプレックスとして諸々の心理的社会的な問題を引き起こす。しかし現状は、定義自体曖昧であるため、研究者独自概念言葉で当問題が扱われている。そこで、今回は心理学分野での学歴コンプレックスに関する研究に注目し、考察と今後の展望を述べることとする。

【先行研究概観

学歴コンプレックスとは、不満足の原因を自己あるいは他者学歴に関連づけることで感じる、劣等感自尊心のこと(鷲田,1995)であり、学歴に対して劣等感を抱く場合学歴への誇大な自尊心を抱く場合の2層に分けられる。両層に共通する主な特徴は、以下の3点に集約される。第1に、自己の実力不足や失敗を過度に学歴帰属すること、第2に、自己だけでなく他者をも学歴評価すること、そして最後に、学歴ばかりに囚われ学業という本来目的を見失いかねないことである。これらの根底には、学歴が高いほど将来は報われると考える「学歴社会意識」(安藤,2007)や有名大学の進学のみに価値を見出す「学校主義」(野田,1996)といった学歴志向存在が窺える。層別に見ると、劣等感層では上述の志向に加え、入試時に第1志望に落ちて仕方なく所属大学に入った「不本意入学」(伊藤、1995)がコンプレックスの主要因となっている。そして、不本意から多浪仮面浪人、退学を繰り返す再受験症候群や、国公立大の進学者優遇する国公立大学至上主義下での私大学者なども本層に含まれる。一方、誇大な自尊心層では、学歴社会の勝者であるがゆえに、学歴に比例して自己過大評価する傾向がある。その裏には人柄や実力よりも学歴イメージが先行する、レッテルとしての学歴の影響が見られる。その他、学歴に見合った社会待遇でないと受け入れられない学歴保証希求や、就職時に多い高学歴者の挫折体験等の問題も挙げられている。これらの学歴コンプレックスに伴い、失敗感、挫折からくる無気力自尊心低下、不本意感に由来する不適応抑うつ状態といった心理的問題に加え、充実感や生き甲斐の欠如、自我同一性拡散の深化など、生き方のものに関わる問題存在示唆されている。また、学歴志向や進学観が親子間で継承される(吉川,2005)ように、親子間でのコンプレックス継承家庭内学歴格差によるコンプレックスなど、個人のみでなく世代間に学歴問題が発展する可能性もある。

【先行研究臨床心理学的意義と展望

先行研究は、学歴コンプレックスを多側面から検討し、日本独自学歴観や学歴の持つ意味学歴認知思考に及ぼす影響について言及した点で、学歴問題の諸相と今後の研究可能性を提示した意義を有する。今後の展望としては、同じ状況下で不適応に陥る人とそうでない人との相違や学歴にまつわる不適応への対処法など、臨床実践に向けた研究を進めていく必要がある。

津田容子引用文献>

安藤聡一朗 (2007).学歴社会意識とスチューデントアパシーとの関係についての考察 学習院大学人文科学論集,16,137-165.

池上知子 (2004).「学歴社会」に対する意識大学自己同一視との関係 愛知教育大学研究報告(教育科学),53,79-86.

伊藤美奈子 (1995).不本意就学類型化の試みとその特徴についての検討 青年心理学研究,7,30-41.

吉川徹 (2005).7-106間移動を考える.日本教育社会学会大会発表要旨集録,(57),44-45.

文部科学省 (2009).平成21年度学校基本調査.2010/02/02情報取得

野田陽子 (1996).学歴観の構良智 (学生とその親の学歴観の分析をとおして― 淑徳大学研究紀要,30(II),87-113.

鷲田小弥太 (2005).コンプレックスに勝つ人、負ける人PHP研究所渡辺山.

渡辺良智(2006).学歴社会における学歴 青山学院女子短期大学紀要,60,87-106

引用元:東京大学大学院教育学研究科臨床心理学コース下山研究室 社会と臨床心理学―研究会活動から見えるその諸相―

2019-05-02

anond:20190502201429

いじめ格好悪い」といかにもくそまじめを絵にかいたような教育学者が言うよりも

イケメンリア充ぽい若者が言ったほうが子供が従いませんか

2019-04-19

企業博士持ちを雇えと言うけど

学者先生博士持ちを企業で雇えって言うけど、

じゃあ大学自体職員採用博士持ちを優遇してたりするんですかね。優遇とまで言わなくてもいいけど、不利にならないような配慮というか。

例えば大学全体の経営に関わる部署教育社会学とかの博士をもった人間を配置するとか、率先してやるべきなのでは?

なんとかセンターの特任助教とかの任期教員ポスト教育学者を置いたり、学部教授先生兼任させたりはよく見るけど、そういうのじゃなくて正規職員としてってのはないのか。

アカデミアからドロップアウトした博士持ちを、大学職員採用する、ってことをまずはやってるのかどうか気になる。

救済措置的な意味での採用なら、別に専門分野が役に立つ分野じゃなくてもいいだろうし。

はっきり行って、学術事情を知ってる人間職員として大学教員と関わるのって、何も知らない只のサラリーマン職員との比較でかなり「役に立つ」

場合も多いと思うんだよなと。もちろんサラリーマン的な人のが上の部分もあるだろうからそこはバランス問題だろうけど。

2019-04-14

anond:20190413114026

女子学生の置かれている現実

その選抜試験が公正なものであることをあなたたちは疑っておられないと思います。もし不公正であれば、怒りが湧くでしょう。が、しかし、昨年、東京医科大不正入試問題が発覚し、女子学生浪人生差別があることが判明しました。文科省が全国81の医科大・医学部の全数調査実施したところ、女子学生の入りにくさ、すなわち女子学生合格率に対する男子学生合格率は平均1.2倍と出ました。問題の東医大は1.29、最高が順天堂大の1.67、上位には昭和大、日本大慶応大などの私学が並んでいます。1.0よりも低い、すなわち女子学生の方が入りやす大学には鳥取大、島根大、徳島大、弘前大などの地方国立大医学部が並んでいます。ちなみに東京大学理科3類は1.03、平均よりは低いですが1.0よりは高い、この数字をどう読み解けばよいでしょうか。
ソースはここhttp://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/detail/__icsFiles/afieldfile/2018/09/10/1409128_002_1.pdfで、六年間の推移が1.17→0.76→1.31→0.95→1.04→1.04でその平均が1.03なので仮説検定をすれば有意でない、すなわち平等とわかる数値なんですが、なんでこんなに持って回った言い方するの?

↑ 「統計的有意でない」というのは「差がない(=平等)」という意味ではありません。

統計大事です、それをもとに考察が成り立つのですから
↑こっちのセリフだわ

意味不明

女子学生男子学生より合格しにくいのは、男子受験生の成績の方がよいからでしょうか?全国医学部調査結果を公表した文科省担当者が、こんなコメントを述べています。「男子優位の学部学科は他に見当たらず、理工系文系女子が優位な場合が多い」。ということは、医学部を除く他学部では、女子の入りにくさは1以下であること、医学部が1を越えていることには、なんらかの説明が要ることを意味します。
↑ここまでの話をまとめると、私立医学部ではどうやら不正入試が行われているが東大では医学部はじめ全ての科類で平等入試が行われている。ということなんですが、これはもはや私大医学部問題(もちろん背景にもっと大きな差別問題はあるのだろうが)で、東大入学式祝辞の一発目に持ってくる話題としては不適当では?

↑「医学部とそれ以外の学部女子の入りにくさに差があるというのには、何らかの原因があるのではないか」ということ。「背景にもっと大きな差別問題はある」からこそこの祝辞東大入学式にふさわしい。

事実、各種のデータが、
↑ここ統計データを示せよ。なんで女子差別されてる話は具体的な数字しまくったのに女子が優れている話は具体的な数字さないんだよ。

↑「女子男子より優れている」とは言っていない。「女子合格率が男子のそれより低いのは、女子男子より劣っているから」ではないと言っている。

女子受験生偏差値の方が男子受験生より高いことを証明しています。まず第1に女子学生浪人を避けるために余裕を持って受験先を決める傾向があります。第2に東京大学入学者の女性比率は長期にわたって「2割の壁」を越えません。今年度に至っては18.1%と前年度を下回りました。統計的には偏差値正規分布に男女差はありませんから
↑これどういう意味だよ。偏差値の平均は女子の方が上ってさっきお前が言ったんだろ。

↑ここは僕も意味がよくわからなかった。

男子学生以上に優秀な女子学生東大受験していることになります
↑まあ偏差値が高い順に受験していたらそうだよね。

↑そうですね。

第3に、4年制大学進学率そのもの性別によるギャップがあります2016年度の学校基本調査によれば4年制大学進学率は男子55.6%、女子48.2%と7ポイントもの差があります。この差は成績の差ではありません。「息子は大学まで、娘は短大まで」でよいと考える親の性差別の結果です。
↑なんで親の性差別って断言してるんだよ。統計どこ行ったんだよ。

↑確かにから調査結果を引用してほしかった。

↑並列された三つの主張から導き出される結論は何だよ。ちゃんと言えよ。
↑ここは僕も意味がよくわからなかった。
↑てか普通に考えたら 第一女子安全志向 第三:親が性差別している を要因として 第二:東京大学入学者の女性比率が二割以下 が発生してるって話になるだろ。なんで並列なんだよ<<
↑確かに
最近ノーベル平和賞受賞者のマララ・ユスフザイさんが日本を訪れて「女子教育」の必要性を訴えました。それはパキスタンにとっては重要だが、日本には無関係でしょうか。「どうせ女の子だし」「しょせん女の子から」と水をかけ、足を引っ張ることを、aspirationのcooling downすなわち意欲の冷却効果と言います。マララさんのお父さんは、「どうやって娘を育てたか」と訊かれて、「娘の翼を折らないようにしてきた」と答えました。そのとおり、多くの娘たちは、子どもなら誰でも持っている翼を折られてきたのです。
↑「娘の翼を折らないようにしてきた」という父親の事例を挙げて得られる結論がどうして「多くの娘たちは、子どもなら誰でも持っている翼を折られてきた」なんだよ。

↑「多くの娘たちは、子どもなら誰でも持っている翼を折られてきた」はつまり「翼を折られなければ羽ばたけたはずだった」ということ。

その一例としてマララさんとその父親教育方針を挙げた。

そうやって
↑どうやって?
東大に頑張って進学した男女学生を待っているのは、どんな環境でしょうか。他大学との合コン合同コンパ)で東大男子学生はもてます
↑突然男子学生を画一化したなお前。性差別って知ってるか?

↑突然も何も、祝辞最初から女子学生男子学生一般化して取り扱ってきたでしょう。
性差別批判する文脈では当然です。

とは言え「東大男子学生がもてる」という言い方も差別的だというのはそうだと思います。「イカ東」みたいな言葉もありましたし。

東大女子学生からはこんな話を聞きました。「キミ、どこの大学?」と訊かれたら、「東京、の、大学...」と答えるのだそうです。なぜかといえば「東大」といえば、退かれるから、だそうです。なぜ男子学生東大であることに誇りが持てるのに、
↑突然男子学生を画一化したなお前。性差別って知ってるか?

女子学生は答えに躊躇するのでしょうか。
↑突然女子学生を画一化したなお前。性差別って知ってるか?
なぜなら、男性価値と成績のよさは一致しているのに、
↑突然男子学生を画一化したなお前。性差別って知ってるか?
女性価値と成績のよさとのあいだには、ねじれがあるからです。
↑突然男子学生を画一化したなお前。性差別って知ってるか?
女子子どもときからかわいい」ことを期待されます。ところで「かわいい」とはどんな価値でしょうか?愛される、選ばれる、守ってもらえる価値には、相手絶対におびやかさないという保証が含まれています。だから女子は、自分が成績がいいことや、東大であることを隠そうとするのです。
↑突然女子学生を画一化したなお前。性差別って知ってるか?
東大工学部大学院の男子学生5人が、私大女子学生集団性的凌辱した事件がありました。加害者男子学生は3人が退学、2人が停学処分を受けました。この事件モデルにして姫野カオルコさんという作家が『彼女頭が悪いから』という小説を書き、昨年それをテーマ学内シンポジウムが開かれました。「彼女頭が悪いから」というのは、取り調べの過程で、実際に加害者男子学生が口にしたコトバだそうです。この作品を読めば、東大男子学生社会からどんな目で見られているかがわかります
↑どんな目で見られてるかちゃんと言えよ。マイナスイメージ持たれてることはわかるが、それが実情に反して不当ということなレイプ事件の話持ち出す意味がわからないし、そのイメージが正しいと言いたい(文脈的にこっち)ならそれは性への圧だろ。<<

東大男子学生は「他大の女は頭が悪い」と思っていそうってことでしょう。ここの部分で何を言いたいのかは僕もよくわかりませんでした。

東大には今でも東大女子実質的に入れず、他大学女子のみに参加を認める男子サークルがあると聞きました。
男子サークルって書き方からして完全に男子悪者にしてるけど他大学女子競争相手を減らすために東大女子を入れないようにしてる可能だってあるだろ。性差別か?お?

↑実情を知らないようですが、そんなことはありません。東大女子が入れないようにしているのは東大男子です。

わたし学生だった半世紀前にも同じようなサークルがありました。それが半世紀後の今日も続いているとは驚きです。この3月東京大学男女共同参画担当理事・副学長名で、女子学生排除は「東大憲章」が唱える平等理念に反すると警告を発しました。

これまであなたたちが過ごしてきた学校は、タテマエ平等社会でした。偏差値競争に男女別はありません。ですが、大学に入る時点ですでに隠れた性差別が始まっています社会に出れば、もっとからさまな性差別が横行しています東京大学もまた、残念ながらその例のひとつです。

学部においておよそ20%の女子学生比率は、大学院になると修士課程で25%、博士課程で30.7%になります。その先、研究職となると、助教女性比率は18.2、准教授11.6、教授職で7.8%と低下します。これは国会議員女性比率より低い数字です。女性学部長・研究科長は15人のうち1人、歴代総長には女性はいません。

↑その原因が東大内の性差別という意味?だったらこんな時代性が交絡するようなデータじゃだめだよね?

↑なぜ?差別とはすなわち時代性でしょう。

↑これを祝辞で喋る意図が明確になるように主張のギャップを埋めて欲しい。

東大オフィシャルな場で東大批判をするのがいいんでしょう。「東大合格おめでとう!東大万歳」なんて祝辞気持ち悪すぎます

女性学のパイオニアとして

こういうことを研究する学問が40年前に生まれました。女性学という学問です。のちにジェンダー研究と呼ばれるようになりました。私が学生だったころ、女性学という学問はこの世にありませんでした。なかったから、作りました女性学は大学の外で生まれて、大学の中に参入しました。4半世紀前、私が東京大学に赴任したとき、私は文学部で3人目の女性教員でした。そして女性学を教壇で教える立場に立ちました。女性学を始めてみたら、世の中は解かれていない謎だらけでした。どうして男は仕事で女は家事、って決まっているの?主婦ってなあに、何する人?ナプキンタンポンがなかった時代には、月経用品は何を使っていたの?
↑これ普通に気になるな

↑確かに

日本の歴史に同性愛はいたの?...誰も調べたことがなかったから、先行研究というものがありません。ですから何をやってもその分野のパイオニア、第1人者になれたのです。今日東京大学では、主婦研究でも、少女マンガ研究でもセクシュアリティ研究でも学位がとれますが、それは私たちが新しい分野に取り組んで、闘ってきたからです。
↑後述の話を先取りするけどお前のは恵まれ環境のおかげじゃなくて努力の成果なのかよ。

↑第1人者を自称しているんですから、そうなんじゃないですか?

そして私を突き動かしてきたのは、あくことな好奇心と、社会の不公正に対する怒りでした。

学問にもベンチャーがあります。衰退していく学問に対して、あたらしく勃興していく学問があります女性学はベンチャーでした。女性学にかぎらず、環境学、情報学障害学などさまざまな新しい分野が生まれました。時代の変化がそれを求めたからです。

変化と多様性に拓かれた大学

言っておきますが、東京大学は変化と多様性に拓かれた大学です。わたしのような者を採用し、この場に立たせたことがその証です。東大には、国立大学初の在日韓国人教授姜尚中さんもいましたし、国立大学初の高卒教授安藤忠雄さんもいました。また盲ろうあ三重障害者である教授福島智さんもいらっしゃいます

あなたたちは選抜されてここに来ました。東大生ひとりあたりにかかる国費負担は年間500万円と言われています。これから4年間すばらしい教育学習環境あなたたちを待っています。そのすばらしさは、ここで教えた経験のある私が請け合います

あなたたちはがんばれば報われる、と思ってここまで来たはずです。ですが、冒頭で不正入試に触れたとおり、がんばってもそれが公正に報われない社会あなたたちを待っています

↑冒頭で不正がある話したの私立医学部だけだろ。

私立医学部入試不正なんて差別の一例に過ぎないってことでしょう。

そしてがんばったら報われるとあなたがたが思えることそのものが、あなたがたの努力の成果ではなく、環境のおかげだったこと忘れないようにしてください。
↑そこ断言するの流石に祝辞としてダメだろ。毒親から逃げて東大来たやついるけどそいつにこれ言えんの?

↑「がんばっただけでは報われなかった。まわりの人や環境感謝しましょう」ということでしょう。こういう趣旨祝辞わりとよく聞きませんか?

あと毒親から逃げてきた人もいるかもしれませんが、ごく少数でしょう。この祝辞最初から最後まで「大多数の」東大生に言及しています

あなたたちが今日「がんばったら報われる」思えるのは、これまであなたたちの周囲の環境が、あなたたちを励まし、背を押し、手を持ってひきあげ、やりとげたことを評価してほめてくれたからこそです。
↑これはまあそういう意見もあるよね。

↑そうですね。

世の中には、がんばっても報われないひと、がんばろうにもがんばれないひと、がんばりすぎて心と体をこわしたひと...たちがいます。がんばる前から、「しょせんおまえなんか」「どうせわたしなんて」とがんばる意欲をくじかれるひとたちもいます
↑だからなんだよ。ここから得られる教訓って何?

↑そういう人たちを助けてやれってことだよ!

あなたたちのがんばりを、どうぞ自分が勝ち抜くためだけに使わないでください。恵まれ環境と恵まれ能力とを、恵まれないひとびとを貶めるためにではなく、そういうひとびとを助けるために使ってください。
↑恵まれない人を助けることに繋がらない学問やっちゃいけないの?ブラックホール撮影しちゃだめ?ニュートリノ観測しちゃだめ?

↑そんなことは言ってないでしょう。ここでは「恵まれない人々を助けるための学問をやれ」ということではなく、どんな(分野に進もうとも)周りにいる恵まれない人々のことを慮る人間になれということです。たとえブラックホールニュートリノ研究しようとも。

そして強がらず、自分の弱さを認め、支え合って生きてください。女性学を生んだのはフェミニズムという女性運動ですが、フェミニズムはけっして女も男のようにふるまいたいとか、弱者強者になりたいという思想ではありません。フェミニズム弱者弱者のままで尊重されることを求める思想です。
↑「環境能力に恵まれ東大新入生はそれを恵まれない人々(=弱者)を助けるために使いましょう。」と述べた後で「弱さを認め生きましょう、フェミニズム弱者弱者のまま尊重されることを求めます。」と締めるの、結局東大生に弱者であって欲しいのか弱者を助ける存在であって欲しいのかが見えてこない。弱者を助ける存在もまた弱者で、だから他の弱者に助けてもらいましょう。ということなのかな?全員弱者なら女子受験生の話をした意味は?

東大生には弱者もいるし恵まれ人間もいるということでしょう。またある面では恵まれていても、別のある面では弱者ということでしょう。

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2019-04-13

現役東大生だが上野千鶴子祝辞ゴミだと思う

女子学生の置かれている現実

その選抜試験が公正なものであることをあなたたちは疑っておられないと思います。もし不公正であれば、怒りが湧くでしょう。が、しかし、昨年、東京医科大不正入試問題が発覚し、女子学生浪人生差別があることが判明しました。文科省が全国81の医科大・医学部の全数調査実施したところ、女子学生の入りにくさ、すなわち女子学生合格率に対する男子学生合格率は平均1.2倍と出ました。問題の東医大は1.29、最高が順天堂大の1.67、上位には昭和大、日本大慶応大などの私学が並んでいます。1.0よりも低い、すなわち女子学生の方が入りやす大学には鳥取大、島根大、徳島大、弘前大などの地方国立大医学部が並んでいます。ちなみに東京大学理科3類は1.03、平均よりは低いですが1.0よりは高い、この数字をどう読み解けばよいでしょうか。

ソースはここhttp://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/detail/__icsFiles/afieldfile/2018/09/10/1409128_002_1.pdfで、六年間の推移が1.17→0.76→1.31→0.95→1.04→1.04でその平均が1.03なので仮説検定をすれば有意でない、すなわち平等とわかる数値なんですが、なんでこんなに持って回った言い方するの?

統計大事です、それをもとに考察が成り立つのですから

↑こっちのセリフだわ

女子学生男子学生より合格しにくいのは、男子受験生の成績の方がよいからでしょうか?全国医学部調査結果を公表した文科省担当者が、こんなコメントを述べています。「男子優位の学部学科は他に見当たらず、理工系文系女子が優位な場合が多い」。ということは、医学部を除く他学部では、女子の入りにくさは1以下であること、医学部が1を越えていることには、なんらかの説明が要ることを意味します。

↑ここまでの話をまとめると、私立医学部ではどうやら不正入試が行われているが東大では医学部はじめ全ての科類で平等入試が行われている。ということなんですが、これはもはや私大医学部問題(もちろん背景にもっと大きな差別問題はあるのだろうが)で、東大入学式祝辞の一発目に持ってくる話題としては不適当では?

事実、各種のデータが、

↑ここ統計データを示せよ。なんで女子差別されてる話は具体的な数字しまくったのに女子が優れている話は具体的な数字さないんだよ。

女子受験生偏差値の方が男子受験生より高いことを証明しています。まず第1に女子学生浪人を避けるために余裕を持って受験先を決める傾向があります。第2に東京大学入学者の女性比率は長期にわたって「2割の壁」を越えません。今年度に至っては18.1%と前年度を下回りました。統計的には偏差値正規分布に男女差はありませんから

↑これどういう意味だよ。偏差値の平均は女子の方が上ってさっきお前が言ったんだろ。

男子学生以上に優秀な女子学生東大受験していることになります

↑まあ偏差値が高い順に受験していたらそうだよね。

第3に、4年制大学進学率そのもの性別によるギャップがあります2016年度の学校基本調査によれば4年制大学進学率は男子55.6%、女子48.2%と7ポイントもの差があります。この差は成績の差ではありません。「息子は大学まで、娘は短大まで」でよいと考える親の性差別の結果です。

↑なんで親の性差別って断言してるんだよ。統計どこ行ったんだよ。

↑並列された三つの主張から導き出される結論は何だよ。ちゃんと言えよ。

↑てか普通に考えたら 第一女子安全志向 第三:親が性差別している を要因として 第二:東京大学入学者の女性比率が二割以下 が発生してるって話になるだろ。なんで並列なんだよ

最近ノーベル平和賞受賞者のマララ・ユスフザイさんが日本を訪れて「女子教育」の必要性を訴えました。それはパキスタンにとっては重要だが、日本には無関係でしょうか。「どうせ女の子だし」「しょせん女の子から」と水をかけ、足を引っ張ることを、aspirationのcooling downすなわち意欲の冷却効果と言います。マララさんのお父さんは、「どうやって娘を育てたか」と訊かれて、「娘の翼を折らないようにしてきた」と答えました。そのとおり、多くの娘たちは、子どもなら誰でも持っている翼を折られてきたのです。

↑「娘の翼を折らないようにしてきた」という父親の事例を挙げて得られる結論がどうして「多くの娘たちは、子どもなら誰でも持っている翼を折られてきた」なんだよ。

そうやって

↑どうやって?

東大に頑張って進学した男女学生を待っているのは、どんな環境でしょうか。他大学との合コン合同コンパ)で東大男子学生はもてます

↑突然男子学生を画一化したなお前。性差別って知ってるか?


東大女子学生からはこんな話を聞きました。「キミ、どこの大学?」と訊かれたら、「東京、の、大学...」と答えるのだそうです。なぜかといえば「東大」といえば、退かれるから、だそうです。なぜ男子学生東大であることに誇りが持てるのに、

↑突然男子学生を画一化したなお前。性差別って知ってるか?


女子学生は答えに躊躇するのでしょうか。

↑突然女子学生を画一化したなお前。性差別って知ってるか?

なぜなら、男性価値と成績のよさは一致しているのに、

↑突然男子学生を画一化したなお前。性差別って知ってるか?

女性価値と成績のよさとのあいだには、ねじれがあるからです。

↑突然男子学生を画一化したなお前。性差別って知ってるか?

女子子どもときからかわいい」ことを期待されます。ところで「かわいい」とはどんな価値でしょうか?愛される、選ばれる、守ってもらえる価値には、相手絶対におびやかさないという保証が含まれています。だから女子は、自分が成績がいいことや、東大であることを隠そうとするのです。

↑突然女子学生を画一化したなお前。性差別って知ってるか?

東大工学部大学院の男子学生5人が、私大女子学生集団性的凌辱した事件がありました。加害者男子学生は3人が退学、2人が停学処分を受けました。この事件モデルにして姫野カオルコさんという作家が『彼女頭が悪いから』という小説を書き、昨年それをテーマ学内シンポジウムが開かれました。「彼女頭が悪いから」というのは、取り調べの過程で、実際に加害者男子学生が口にしたコトバだそうです。この作品を読めば、東大男子学生社会からどんな目で見られているかがわかります

↑どんな目で見られてるかちゃんと言えよ。マイナスイメージ持たれてることはわかるが、それが実情に反して不当ということなレイプ事件の話持ち出す意味がわからないし、そのイメージが正しいと言いたい(文脈的にこっち)ならそれは性への圧だろ。

東大には今でも東大女子実質的に入れず、他大学女子のみに参加を認める男子サークルがあると聞きました。

男子サークルって書き方からして完全に男子悪者にしてるけど他大学女子競争相手を減らすために東大女子を入れないようにしてる可能だってあるだろ。性差別か?お?

わたし学生だった半世紀前にも同じようなサークルがありました。それが半世紀後の今日も続いているとは驚きです。この3月東京大学男女共同参画担当理事・副学長名で、女子学生排除は「東大憲章」が唱える平等理念に反すると警告を発しました。
これまであなたたちが過ごしてきた学校は、タテマエ平等社会でした。偏差値競争に男女別はありません。ですが、大学に入る時点ですでに隠れた性差別が始まっています社会に出れば、もっとからさまな性差別が横行しています東京大学もまた、残念ながらその例のひとつです。
学部においておよそ20%の女子学生比率は、大学院になると修士課程で25%、博士課程で30.7%になります。その先、研究職となると、助教女性比率は18.2、准教授11.6、教授職で7.8%と低下します。これは国会議員女性比率より低い数字です。女性学部長・研究科長は15人のうち1人、歴代総長には女性はいません。

↑その原因が東大内の性差別という意味?だったらこんな時代性が交絡するようなデータじゃだめだよね?

↑これを祝辞で喋る意図が明確になるように主張のギャップを埋めて欲しい。

女性学のパイオニアとして

こういうことを研究する学問が40年前に生まれました。女性学という学問です。のちにジェンダー研究と呼ばれるようになりました。私が学生だったころ、女性学という学問はこの世にありませんでした。なかったから、作りました女性学は大学の外で生まれて、大学の中に参入しました。4半世紀前、私が東京大学に赴任したとき、私は文学部で3人目の女性教員でした。そして女性学を教壇で教える立場に立ちました。女性学を始めてみたら、世の中は解かれていない謎だらけでした。どうして男は仕事で女は家事、って決まっているの?主婦ってなあに、何する人?ナプキンタンポンがなかった時代には、月経用品は何を使っていたの?

↑これ普通に気になるな

日本の歴史に同性愛はいたの?...誰も調べたことがなかったから、先行研究というものがありません。ですから何をやってもその分野のパイオニア、第1人者になれたのです。今日東京大学では、主婦研究でも、少女マンガ研究でもセクシュアリティ研究でも学位がとれますが、それは私たちが新しい分野に取り組んで、闘ってきたからです。

↑後述の話を先取りするけどお前のは恵まれ環境のおかげじゃなくて努力の成果なのかよ。

そして私を突き動かしてきたのは、あくことな好奇心と、社会の不公正に対する怒りでした。
学問にもベンチャーがあります。衰退していく学問に対して、あたらしく勃興していく学問があります女性学はベンチャーでした。女性学にかぎらず、環境学、情報学障害学などさまざまな新しい分野が生まれました。時代の変化がそれを求めたからです。

変化と多様性に拓かれた大学

言っておきますが、東京大学は変化と多様性に拓かれた大学です。わたしのような者を採用し、この場に立たせたことがその証です。東大には、国立大学初の在日韓国人教授姜尚中さんもいましたし、国立大学初の高卒教授安藤忠雄さんもいました。また盲ろうあ三重障害者である教授福島智さんもいらっしゃいます
あなたたちは選抜されてここに来ました。東大生ひとりあたりにかかる国費負担は年間500万円と言われています。これから4年間すばらしい教育学習環境あなたたちを待っています。そのすばらしさは、ここで教えた経験のある私が請け合います
あなたたちはがんばれば報われる、と思ってここまで来たはずです。ですが、冒頭で不正入試に触れたとおり、がんばってもそれが公正に報われない社会あなたたちを待っています

↑冒頭で不正がある話したの私立医学部だけだろ。

そしてがんばったら報われるとあなたがたが思えることそのものが、あなたがたの努力の成果ではなく、環境のおかげだったこと忘れないようにしてください。

↑そこ断言するの流石に祝辞としてダメだろ。毒親から逃げて東大来たやついるけどそいつにこれ言えんの?

あなたたちが今日「がんばったら報われる」思えるのは、これまであなたたちの周囲の環境が、あなたたちを励まし、背を押し、手を持ってひきあげ、やりとげたことを評価してほめてくれたからこそです。

↑これはまあそういう意見もあるよね。

世の中には、がんばっても報われないひと、がんばろうにもがんばれないひと、がんばりすぎて心と体をこわしたひと...たちがいます。がんばる前から、「しょせんおまえなんか」「どうせわたしなんて」とがんばる意欲をくじかれるひとたちもいます

↑だからなんだよ。ここから得られる教訓って何?

あなたたちのがんばりを、どうぞ自分が勝ち抜くためだけに使わないでください。恵まれ環境と恵まれ能力とを、恵まれないひとびとを貶めるためにではなく、そういうひとびとを助けるために使ってください。

↑恵まれない人を助けることに繋がらない学問やっちゃいけないの?ブラックホール撮影しちゃだめ?ニュートリノ観測しちゃだめ?

そして強がらず、自分の弱さを認め、支え合って生きてください。女性学を生んだのはフェミニズムという女性運動ですが、フェミニズムはけっして女も男のようにふるまいたいとか、弱者強者になりたいという思想ではありません。フェミニズム弱者弱者のままで尊重されることを求める思想です。

↑「環境能力に恵まれ東大新入生はそれを恵まれない人々(=弱者)を助けるために使いましょう。」と述べた後で「弱さを認め生きましょう、フェミニズム弱者弱者のまま尊重されることを求めます。」と締めるの、結局東大生に弱者であって欲しいのか弱者を助ける存在であって欲しいのかが見えてこない。弱者を助ける存在もまた弱者で、だから他の弱者に助けてもらいましょう。ということなのかな?全員弱者なら女子受験生の話をした意味は?

↑まずこの弱者って特に女性を指してるの?だとすれば女性は謂れなき差別を受けていてそのために被害を受けているという話だったよね?てことは女性は謂れなき差別を受けたままで尊重されるべきってこと?意味不明じゃない?

東京大学で学ぶ価値

あなた方を待ち受けているのは、これまでのセオリーが当てはまらない、予測不可能な未知の世界です。これまであなた方は正解のある知を求めてきました。これからあなた方を待っているのは、正解のない問いに満ちた世界です。学内多様性がなぜ必要かと言えば、新しい価値とはシステムシステムあいだ、異文化が摩擦するところに生まれからです。学内にとどまる必要はありません。東大には海外留学国際交流国内地域課題解決に関わる活動サポートする仕組みもあります。未知を求めて、よその世界にも飛び出してください。異文化を怖れる必要はありません。人間が生きているところでなら、どこでも生きていけますあなた方には、東大ブランドがまったく通用しない世界でも、どんな環境でも、どんな世界でも、たとえ難民になってでも、生きていける知を身につけてもらいたい。大学で学ぶ価値とは、すでにある知を身につけることではなく、これまで誰も見たことのない知を生み出すための知を身に付けることだと、わたし確信しています。知を生み出す知を、メタ知識といいます。そのメタ知識学生に身につけてもらうことこそが、大学の使命です。ようこそ、東京大学へ。

最後はいいよね。

総評として、全称記号任意記号恣意的混同によってデータ自分の都合のいいように改変して使用する、統計学ひいては学問を完全に馬鹿にした祝辞であったように思える。思想としてのフェミニズムであればこのような「過激な」スピーチにより注目を集めるのも一つの作戦なのだろうが、この人は「学問としてフェミニズムを修めている人間」として「これから学問を修める3000人の東京大学新入生」にスピーチしたわけで、その内容としては甚だ不適当だと言わざるを得ない。

はっきり言って、こんなものを褒めそやす人間は、たとえそれがどれだけメタ的な視点から評価のつもりでも、科学世界を脅かすありふれた権威主義愚か者集団に含まれる一人にすぎないと言えよう。

追記

https://anond.hatelabo.jp/20190414151912

anond:20190411223310

半分くらいは数学教員数学者じゃなく教育学者なことに起因してる気がする

2019-02-09

現在フェミニズムのあり方を解説してみる

フェミニズムの人の言っていることが違和感ありすぎたので、そもそも私は何か誤解しているのでは?と思って色々調べてみたものをまとめる。

あくま主観であり、私のお気持ちの発露と思っていただいて構わない。

調べてみると結構誤解があった。

ちなみに私がしていた誤解は、「フェミニズムは、女性差別実態の解明や、それの解決のための実証的な研究をする」である

フェミニズムってなんで実証研究しないの?

実証研究既存研究のあり方が男性的なので、これまでとは異なるやり方を模索するためだから。

・そのやり方は模索であるが、柱となっているルールが「とにかく誰の主観否定せずに受け止めること」である

・「これ頭のおかしい人の意見だろ」みたいなのを、フェミニズムの本流の人たちが否定できないのもこれが理由

ブコメだと、フェミニスト仲間意識でどんなフェミニスト否定したり非難したりしないと思われているみたいだけれども、それは誤解。

否定できないのは、ただのフェミニズム仕様

・ただし、量的な実証研究をやっている人も少なからずいる。本流ではないけど。

フェミニズムってなんで実証研究しないの?2

そもそも文系しか哲学文学から派生した学問から

・あとは社会学心理学。学際領域ながら文系ばかり。

しかも、最近実証中心の社会学心理学ではなく、「数学をやりたいのならば数学科に行け」と言われていた時代の名残。90年代ぐらいまで。

・ただし、これらの理論研究が全く意味がないと思ってはいけない。

研究は大きく分けると理論実証工学活用)に分けることができる。

理論研究最近軽視されがちであるが決して役に立たないなんてことはない。そもそも実証のための大事な基礎であり、ここを丁寧にやらないとそもそも実証すべき問題ぶれる

・例えば、そもそも純粋数学なんて理論の中の理論だし。

・でも、フェミニズムはここしかやってない。しかアプローチ哲学から派生。他はせいぜいユングとかそういうのの名残。

社会学経済学心理学コンピュータの発展ですごく進歩したのに、女性学だけずっと変わってない。

・あと、ブログtwitterフェミニズムの話している人が内容のわりに、言ってることわかりにくいのも哲学文学が源流のせいかも。

実証エビデンス)でない意思決定なんてどうやるの?

・これはフェミニズムの人の言っていることでなくて、私の主観

・「保育園落ちた。日本死ね。」みたいに共感で動くことだろう。

・実は、これも必ずしも悪いことでない。

・例えば、保育園の倍率が100倍の場合と落ちた家庭が1組だった場合、前者の方が統計的には大きい問題だろう。

しかし、これは統計の間違った使い方で「数が大きくなければ問題でない」となってしま危険性が有る。

統計を扱う者ならば必ず訓練されるが、ほぼ必ず数の問題矮小化され苦しむ人が出てくる。

・この見捨てられそうな1組を大事にすることはやりやすいだろう。

マイノリティーを救うためには相性はいいのかもしれない。

フェミニズムって学問なの?イデオロギーなの?

・これはどちらもある。

・「女性の権利拡大」ってイデオロギーを実現するための、工学的な学問という人もいる。

・これに拒絶反応を持つ人もいるだろうけど、私はいいことだと思っている。

・「学問目的を持つことはいことなのか?」って問いには、例えば「教育をよくしよう」って目的教育学が存在するような者だと思っている。

・「学問イデオロギーと組み合わせていいのか?」に関しては、そもそもイデオロギー学問ぐらいしっかり体系付けて、理屈をしっかりさせてほしい。

フェミニズム目的は?

女性の権利拡大だけど、そのゴールが「女性の権利の拡大」か「男女の権利平等化」かは個人による。

・例えば、男性のみの徴兵制がある国では男女平等ではないと、自ら志願し軍隊に入る女性もいる。

・反対に、女性徴兵フェミニズム団体が猛反対する場合もある。

ちょっと興味深かった話

メガリア、ウォーマドって存在

日本過激派はまだおとなしいね

女性学トランスジェンダーへの差別を許容しているの?

・むしろトランス女性への差別に一番キレたいの主流のフェミニズムやっている人たちじゃない?

クィア理論という、男女の枠組みにない属性の性から改めて性を見つめ直し理論作りましょうってのが最近の主流。

・暴れている人たちは、フェミニズムのあり方である否定しない」をやり、かつ最近イデオロギーの主流である多様性の見つめ直し」を真っ向から否定している。

・でも、フェミニズムを学べば学ぶほどそれを否定することができない。かわいそう。

ここからは私のお気持ち

・新しいあり方の模索って無理だろ。

しかも、主流になっているのが哲学文学なせいで実際に起こっている問題に対する対応力が全くない。

・なのに女性の権利拡張運動のど真ん中にいるせいで、本当に苦しんでいる女性たちの邪魔

・先ほども書いたように、理論を丁寧に作っていくことに対しては全く反対しない。

・でも、それが何かを解決するとしたら何千年後だ。

・例えば「夫婦別姓」は、私は賛成してる。「改正による手続の煩わしさの軽減」って実利があるからだ。

・でも、フェミニズムがそれを推奨する理由が「旧来の男性主権的象徴であるから」だ。個人の苦しみなんて全く捉えられていない。

・先日のグッチのように、「これは差別象徴している」と「解釈」で糾弾することだけを延々繰り返す未来しか見えない。

男性の作り出した旧来の学問のあり方を否定し、模索するのは自由にどうぞ。でも、それに今生きて苦しんでいる女性を付き合わせるな!

anond:20190208134100

まずこの手の問題日本人のような性格がひね曲がった民族には解決できない。

体罰反対派も賛成派も自身矮小経験に基づいて暴走しているだけにすぎない。

よって素直に欧米白人教育学者様のお言葉を頂戴すべき。

2018-11-27

大学食堂限定定食を頼んだ女の子が居たんだけど

食堂の方が「ごめんね。定食売り切れやけど、どうする?」って言った。

当然のように「あー、じゃあ返金お願いします。」って堂々と要求してて引いた。

食堂の方は「はーい、ごめんねー、またお願いねー。」ってニコニコしてたけど

見てていたたまれなくなった。

多分だけどその子教育学部の人。

教育学部心理学科と教育学科があるからどちらか分からないけど

教育学科だったら教員になるんだよね…

たった450円で返金欲求する卑しい人を間近で見てびっくりした。

返金なんてご飯に異物が入ってたとか、食中毒起こしたとか、

失礼なことされた時しかしないでしょ。

さくらんぼ計算って、

さくらんぼ計算という言葉は初耳だったけど、「繰り上がりがある計算をやりやすくするために、加数(a+bのbのほう)を2つに分ける」計算の仕方は自分学校で教わったし、今でも無意識にやっていたりする。

炎上きっかけになったツイートだけでは、教師がどのような説明をしていたか不明だし、どんな原因で減点になったのかわからいから、あまり迂闊なことは言えない。

まあ、理由なく減点してたとしたら論外だし、「さくらんぼ計算しないと減点だからね!」という事前指導があったとしても、ちょっと擁護できない。

ここで思うのは、さくらんぼ計算自体は、ある程度の教育学とかの知見のある人達が、

「繰り上がりの計算のやり方が、児童たちにわかやすい・説明やすい仕組みが無いか

と考えて作ったんだと思う。

だけど、学習指導要領などを通じて現場教師のところまで落ちてきたときに、全ての教師学校に、それを、背景や意図の部分まで咀嚼できていたのかがものすごく疑問。

この辺は、教師労働環境や過重労働がどうのこうのってことになるので、深入りはしない。

さらに思ったのは、このさくらんぼ計算のケースって、「長く続いた会社プロセス」に近いなってことで、会社の中で熟成されたプロセスって、

  • 社内で、頭のいい人が仕事を続けるが、その人達だけでやり続けたら大変になる
  • 頭の良くない人でもできるようにしたいので、そんなプロセスを頭の良い人が考える
  • 最初は一緒になって仕事をしていたが、頭の良くない人でも仕事ができるようになった結果、頭のいい人は、その仕事をしなくなる
  • 頭の良くない人たちに、その仕事の未経験者が加わるが、頭の良くない人たちは、そのプロセスの背景や意図説明できない
  • 次第に、だれもその仕事意味理解できず、延々とそれを続ける

ってことになりがちかと。

「頭のいい」「頭の良くない」という挑発的な表現を使ったけど、これは、「仕事に関する背景や意味や、厳密に行った場合手続きなどを熟知している」か否かぐらいにとらえてもらいたい。もちろん、地頭的な意味もある。

オチはありません。♪あーたしさくらんぼ

2018-10-25

GNUな人と社会問題について話した

GNUとは

詳細は「GNU」とググってもらえれば判ると思うが、正確性を担保せず説明するのであれば「リチャード・ストールマン氏が創設した自由ソフトウェアに関する考え方の1つ」だ。

ジョークとして「GNU宗教である」と語られるほど過激GNU信奉者もおり、GNUに関わる者達はGNU正当性社会へ発信し、そして社会へ貢献している。

GNU自由と密接に関わるため、しばしば左派思想と結び付けられる傾向にあり、そんな自由思想に染まるGNUな人と接触する機会を得たので日本社会問題を色々と感想を聞いてみた。

まりにも長くチャットでやりとりしたため会話形式で紹介すると増田では書き切れないので、GNUな人の意見抜粋する形で紹介したいと思う。

キズナアイはおおむね自由である

キズナアイライセンスGPLではない点について思うところはあるが、キズナアイの成り立ちや活動を見れば「キズナアイはおおむね自由である」と言うのがよくわかる。

キズナアイライセンスに則ることを前提におおむね自由な利用を保証しているため、開かれたキャラクタと言える。これは評価したい点だ。

キズナアイNHKに関わる今回の活動が生徒役に関する性役回り固定化の一つの現われだと見る向きもあるようだが、キズナアイはそれ以前から企業製品PRを受注し、視聴者キャンペーンをした実績に関してキズナアイを良しとしない層が無視しているのは正直なところ馬鹿馬鹿しいとすら感じる。

キズナアイ仕事であるとしても「この製品は良い」と紹介する、これはYoutuberではありがちなシチュエーションだと思われるが、見方を変えればキズナアイは明らかに先生役だ。

キズナアイは、女性は常に先生役に居なければならず生徒役をするなと言うことか?記憶しているフェミニズムの中には女性教育学権利の獲得などがあったはずだが記憶違いだったか

キズナアイが、彼女という一個性が行なったこれまでの実績を無視するのか。先生であった彼女の実績を無視ゼロとするとは中々突飛な考え方だと評価せざる得ない。

女性の実績は評価されなければならない。彼女の実績を無視をしてはいけない。キズナアイの実績を無視したのはどちらなのか?は火を見るより明らかだろう。彼女自由表現を今後も応援していきたい。

安倍政権評価できない

これは別に安倍政権擁護しているわけではない。

歴史学経済学社会学の常として現代では評価しにくい分野の一つだからだ。

個人の考えとして私自身が人間社会所属をすることを希求する。つまり人間社会存在しないと私は非常に困るのだ。

天賦人権ではあらゆる権利保障されている。生きる自由から他者を殺す自由まで、あらゆる自由保障されているのだ。

しか人間社会人間社会肯定するため、人間社会人間社会を維持するために他者を殺す自由を認めることが出来ない。

人間の天賦人権制限することによって人間社会は維持されるとの見方から人間社会への所属希求する私個人としては無制限自由を諦めざる得ない。

GNU人間社会存在が前提として成立するものであるGNU一種アナキズム(支配からの脱却)と見る向きもあるが、アナキズム人間社会否定するものではなく、特定支配者に管理されない人間社会希求する考え方だ。

この考えに則れば私は安倍政権否定するだろう。むしろ安倍政権でなくとも否定する。そしてこれはおそらく求められている答えではないはずだ。

おそらく安倍政権の良い部分、悪い部分をGNU視点評価せよという意図質問だったと思われるが、それはGNUの役目ではない。根本からGNUは「政権」を評価できないのだ。それは後世の歴史学経済学社会学の者へ任せたい。

AI人間社会を滅亡させるかも知れない

AIと言われると非常に範囲が広すぎて答えるのに窮するが、その答えは「AI人間社会を滅亡させるかも知れない」だ。

ただし、ここには前提があるものと考えている。それは「何らかの理由によって人類が滅亡することが確実視された際、人類を滅亡させる可能性のあるAIがそのワクチンとして機能する場合であると考えている。

難解なパラドックスへ陥いっているが、早い話が「人類を滅亡させる病原へ対抗できるワクチン存在するが、ワクチン副作用によって人類が滅亡する可能性がある」ということだと思って頂きたい。

我々人類は高い知能を獲得し道具を開発した。この道具は石器でも何でも良いが、この道具がおそらく「人類を滅亡させる病原へ対抗する人類を滅亡させる可能性のあるワクチン」だ。

人類歴史は道具によって生き延び、道具によって殺し合いをした歴史であり、可能性だけで言えばAIがその副作用あるワクチンポジションになることは否定できない。

義務教育を修めた者なら誰でも理解することだが、AIだけでなく電気だろうが、スマホであろうが何であれその可能性は持つのAIだけを槍玉に挙げるのは不公平とは言える。

GNUの信奉者、とりわけ私のような技術者は道具の可能性を信じて開発しているが、どこか頭の隅には道具の危険性を常に意識しているだろう。

技術者であるからこそ道具の開発がやめられないのは一部の道具の危険を訴える者達には少々申し訳なく思う。

原発を含む原子力技術の開発は続行すべき

原発を含む原子力技術の開発は現代日本で非常にセンシティブ問題である認識しているが、私個人として開発は続行すべきと考えている。

この件に関してはGNU信奉者の中でも意見が分かれると思うが、原子力技術を考えるのであれば反物質・反エネルギー存在原発を含む原子力技術の開発続行を推奨する理由となっている。

現段階では反物質・反エネルギーなどというものサイエンスを通り越してドリーム、人に寄ってはオカルトくらいの評価であると考えられるが、理論上は原発を含む原子力技術デメリットを吸収できる可能性がある。

すなわちデメリット反物質・反エネルギーによる対消滅へ期待しているのだが、当然ながら失敗すると宇宙全体が対消滅する可能性もあるため諸手を挙げた期待というほどでもない。

ただ、反物質・反エネルギー単体を考えると現在原発を含む原子力技術運用の応用の先に反物質・反エネルギー運用があると考えられるので、現段階で原発を含む原子力技術の開発・運用を停めることは些か早計のように感じる。

これも先に話したワクチンパラドックス一種だと思われるので、人に寄っては立ち位置が違うのではないかと思われる。

申し訳ありません

ここまで書いておいて文字数制限に引っ掛かるようなのでココまでにしておきます

個人的にはGNUの人は左派より左派らしく自分他人自由に関して強く意見を持っているのだなと感じた。

2018-10-05

anond:20181005170342

社会学教育学重要学問なんだけれども、

きちんと研究をして論文を書き、評価されている研究者に予算を配分してほしい。

大学先生」という肩書を利用して、なにか別の活動やご商売をしている人を

クビにしてほしい。

日本大学には淘汰がない。

2018-09-29

企業化する人間 市場を生きるパーソナリティ」を受講した

講師京都沖縄東京カウンセリングを行ってきた博士(教育学)・臨床心理士の東畑開人氏。

「感じのいいエリート」が、鬱を排除するための躁的防衛慢性的な虚しさ疲労感、神経症症状、親密な関係の難しさなどを抱えているケースについての話だった。

貧困層カウンセリングでは「今すぐに治して」等の無茶を言われることがあったが、新自由主義適応したエリートのクライエントは行儀が良い。治療者のことを専門職として丁寧に扱う。自主的認知行動療法実践しておりエクセルにまとめて報告してきたりする。カウンセリングを利用するという依存的なシーンですら、相手迷惑をかけないことを重視する。こうした様子に、パーソナリティ自分自身CEOジャックされ、たゆまぬPDCAを励行している印象、あらゆるところに透明性・公平性を求める監査が入りアカウンタビリティ要求されている印象がある。こうしたタイプのクライエントの治療過程について、クライエントが行儀の良い状態→小さな依存が徐々に形成される→治療者に対する不信感・怒りが生まれる(希望があるから怒る)→治療者に対して軽視・軽蔑したり身勝手な振る舞いをする→気持ちの良くない関係を生き残る・やり抜く→クライエントの子供の部分が動けるようになっていく→自己他者の不純(リスクマネジメント不能な部分)に耐えられるようになる、というものらしい。この内容について書籍が出たりしないだろうか。東畑氏本人がまとめるのが一番正確で良いだろうけれども、私はこんな風に受け取り、要約した。

エリートのクライエントは社会的成功出来ているが自分の中の子供の部分が死んでいることによる問題が出ている。それを治療者との依存関係構築によって治療する。依存心が強すぎて社会的に失敗するタイプには認知行動療法効果的かもしれない。「認知行動療法は効かない、精神分析が優れている」という話ではなく、クライアントの状況に合わせた治療法を提案すると、質疑応答で東畑氏は言っていた。

 

福祉国家から新自由主義へ、自意識から市場へ、消費から投資へ、自己実現からサバイブ

これらの時代認識には共感しかなかった。これ自体解決したい人は政治運動に向かうのだろうか。私は政治運動をしたくない(政治が悪いというより産業構造の変化・人口動態によるものなので根本的な無力を感じる)ので、新自由主義への適応を選んでいるんだと思う。社会は助けてくれないので、自意識過剰でいられる・自己実現を求めていられるゆとりがなくなっており、望むこと自体が身の丈に合わない贅沢に感じている。消費と投資についても、弱者からこそ将来の資産価値を考えて不動産の購入を検討しなければならず、強者なら純粋好き嫌いだけの消費的感覚で住む家を建てたり買うことができる。弱いからこそ投資、余剰たっぷり強者からこそ消費する余裕がある、そういう世界観

 

自由で自立した個人自由にやりとりするのが市場市場ロジック内面化されている。

その外側に依存を引き受ける人たちがいるが、不可視化される。

仕事に繋がりやすいのは自立した個人同士の弱いつながり

深いつながりは依存ケアを引き受けるので重たくてお金にならない=経営者にとって正社員が重たい

経営者にとっては正社員よりフリーランス相手のほうが楽だろう。自立しているし、解雇規制もない。そうして誰も依存先を引き受けなくなった結果、ケア依存先の供給が不足する。というよりケア供給者、依存供給者の価値がこれまで不当に軽く扱われていたのではないかと思う。依存先の供給が無くなり、精神的な問題が噴出したことにより、今やっと価値発見されている。

 

市場ロジック適応して経済的にうまくいっている人間価値評価しない、妬むだけで苦労への関心を持たない、ねぎらわないこと。深い重いつながり、ケア依存先の供給を行っている人間価値評価しない、使おうとするだけで苦労への関心を持たない、ねぎらわないこと。自分の苦労にだけ関心があって、自分とは環境能力も全く違う他者の苦労への関心が根本的に無いこと。

そういった、人間の素のわがままさに対して、子供的に・動物的に・自動的他者を軽んじる態度に対して、私は割と狭量で、嫌って憎んでしまう。私がある価値に気づいておらず軽んじていたことに気づいたときも私は私自身に対して狭量になり嫌って憎んでしまう。業務人生経営必要価値判断は、感情面では不幸を産む姿勢ではあるんだけど。

「商取引の脱価値化」言説は私を疲弊させてしまう。家庭において稼ぐ役割を担わされており稼がなければならない立場の人はいる。感情的な極論は対立する勢力の持ち物・貢献の価値を無いものとする。東畑氏は市場ロジックを取り入れたり自分経営する目線が無さすぎると収入面で上手くいかないことや、自分支配するCEO市場適応的で強力だと勝てる、鬱を排除するための躁的防衛が人をバリバリ働かせるので勝てる、という本人の利益にも言及していた。ケア依存だけに肩入れする治療者とは違うバランス感覚が感じられて、そのバランスになんだか救われた。既婚男性一家大黒柱として稼ぐ義務家族に負わされていることが多いし、未婚女性である私も稼いで自分を養う義務から逃れられるとは思えない。

2018-09-19

anond:20180919164125

同じく文系だけど統計をやってる。いろいろこの記事に対して言いたいことはあるけど、

必要なのは統計なのだから理系と完全に同じなコースに乗って「理系数学」を学ぶよりは、統計学そのものから入っていくべきではないかと。

いまのところ、「線形代数」そのものやってなくてもいわゆる「線形性を利用した解析」とか普通に出来てるし。

ただまあ統計のものから入ると行っても統計のものが専門の人向けだと結局理系ってことになる。

ブコメしてらっしゃる理系と思われる方々の観点とはぜんぜん違うと思われるだろうし、変な進め方だと思われたら訂正してほしいけど、いちおう

いまのところネットで調べて、「心理統計学の基礎(南風原朝和有斐閣)」とかが良いのではと思って読んでる。

有斐閣ですよ有斐閣文系にはこっちのほうが親和性あるんじゃないの。


https://www.statsbeginner.net/entry/2014/09/27/194747

具体的にははてなブログにあったこ記事を参考にすると良いのでは、と。ちなみに東大出版の基礎系の話は記事にある通り文系にはまあ、って個人的にも思う。

記事中でも話が出てるので詳しくは直接読んでほしいけれど、心理学という分野は「文系だけど数学を使う」ってことが多い分野。それに沿った統計学の解説は、文系への配慮があっていいと思う。

「橋渡し」という意味では、有斐閣アルマspecializedクラスの本で、「民法」とか「刑法総論」とかと同じ感じ。

Advancedクラスの本に「続・心理教育学の基礎」ってのもあって、同じ先生の本を読んで発展させることもできる。

2018-09-17

anond:20180917221534

教育学にも大きく分けて、頑健なエビデンスを重視する学派と、人権道徳的に優位であることを重視する学派とがあるんだろう。

メディア効果理論から

 メディア全般の子供への影響(殺人ゲームドラマで悪影響があるのか?など)に関して言えば、主要理論の変遷があった経緯がある。

 当初、メディアの影響力は極めて高く見積もられた。「強力効果説」だ。皮下注射モデルとも言われるが、薬物を注射したとき効果が発揮されるように、確実かつ速やかにメディアの影響は発揮されると思われた。有害情報が即子供に悪影響を及ぼす、という教育界隈の話は、この時代認識に基づいていることが多い。

 しかしこれは否定された。研究によって、人々がメディアの言う通りになんて動いてないことが確認されたかであるメディアの影響力は限定的であるとされ「限定効果説」が唱えられた。この説では、例えば、メディア有害情報子供に流れても、それが悪影響を及ぼすのは家庭環境が悪かった場合である。家庭環境のがメディアより先に立つという訳。

 さらにその後には、やっぱりメディアの影響が大きい場合もある、という話で「新しい効果理論」が唱えられるようになった。ここでは、メディア情報が、まずコミュニティリーダーに影響を与えた場合、その影響が拡散することで影響力があがる、みたいな話をしだした。今はここ。(といっても、もう教科書に載ってるような話だが)

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/メディア効果

 個人的には、エロについても、だいたい限定効果説が正しいと思ってるのだが。

 常々変だ変だと思ってるのは、教育界脇はマジでここら辺の話を全スルーして、素朴な強力効果説を採用してることが多い。暴力的メディアを見ると暴力的になり、性的メディアを見ると性的になると思ってるし、そういう論が未だに出回る。だからゲーム脳信じるような人がごろごろいるのよ。

 教育学は、学際的すぎるのか、ハッキリ言って専門分野として怪しい部分が大きいと思う。ソーカル案件ごろごろしてる。この手のエビデンスを探すときは、元の理論の出典にまず気をつける。アメリカ教育学会とかの90年代論文とか、特に気をつけるべし。

 

anond:20180917130856

2018-09-16

anond:20180916172455

社会学教育学だけ誰でも自称して良いという別格な印象がある。

2018-08-27

anond:20180826220500

文系学問って、ちょっとかじったくらいでは、いい加減なものとまともな物の区別がなかなか付けづらい。理系学問なら、全体が分からなくても、明らかにこれはおかしいという説明は初学者にも区別付くだろうけど、文系学問では質の悪い新書レベルの読むだけ無駄学問モドキな情報が世の中に溢れてる(たとえば、真面目な歴史学者匿名で書いた歴史学のわかりやすい考え方や新情報も、いい加減でオカルティなおもしろおかし自称郷土史家」みたいな連中の感想日記うんちく韜晦ブログかに埋もれて消えてしまう)から、あまり意味がない。理系学問知は共有によって磨かれるが、文系学問知はどちらかと言えば手垢がついてどんどんゴミにまみれる印象。一言で言って、文系学問集合知と相性が悪い。


それより、もし学ぶ気があるなら、まともな学者良心的に書き、まともな出版社から出版されたまともな哲学入門とか、法学入門とか、経済学史の簡単解説とか、文学研究本とか、教育学解説本とか……図書館行ってそういうのを一冊でも読むべきであるネット上でその代替物を探す行為には、コストに見合ったメリットがない。

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