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はてなキーワード: 教育学とは

2021-08-01

anond:20210801130942

まじでこれ。中途半端専門学校に行くぐらいなら Fランに行って、その空いた時間に全力で絵を書きつくすほうがマシだ。良くも悪くも、日本新卒採用なんだから文系に入って、てきてうに進級しつつも、それ以外はやりたいことをやる時間としてベットするという生き方可能だ。それに、芸術系だけじゃなくて、教育学リベラルアーツには芸術も含まれいるから、未来の安定性と創造活動を両立するのは可能だ。是非とも、大学を勧めたい。

2021-07-28

今年のイグノーベル賞医学教育学賞はバッハとスガちゃんだな

バッハの受賞コメントが例の少女に遮られるとこまでやってほしい

2021-06-18

初めてカウンセリングに行ったのでメモ

anond:20210402183101 の続き。

心療内科は、もう別の医者を探す気力がなかったので引き続き通っている。すごく良くもないがヤバい医者ではなさそうと感じ。他に行ったことがないので比較しようがないが。

カウンセリングに毎週通いだしてもう2ヶ月以上経つ。といっても大学カウンセリングルームだけど。

話を聞いてくれるのは、自分場合50代くらいの優しそうな男性(50代くらい)だ。

他のカウンセラーとか、他の大学カウンセリングとか、大学以外のカウンセリングに行ったことがないので比較できないが、

自分場合カウンセリングに通ってからものすごく精神的に楽になった。

カウンセリングを受けたいが、どうすればいいのか

実は、自分最初からカウンセリング継続して受けようと思っていたわけではなかった。というかそういうシステムがあることを知らず、1回きりの相談だと思っていた。

一度、大学学生相談のページのメールフォームで「こういう悩みのせいで辛い、鬱状態である(診断済)」と書いて送ったら、

カウンセラーの人から都合のいい日を聞かれて、電話で1時間くらい泣きながら話して

(この時は結構色々聞かれた。心療内科の初診と似ていた。家族や交友関係なども細かく聞かれる)、電話が終わるとき

「進路や学業の悩みなどを学生相談室で相談しますか?」

と聞かれて、今のがそうだったのではないのか?と思いながらとりあえず悩みが何も解決してないため、お願いしますと言ったら

つの間にかカウンセリング継続して受けることになっていた。

から、受けたいと思った人はまず自分大学学生相談のページを見てみると良いと思う。悩みを訴えることのできるフォームがあるはずだから

実際のカウンセリングはどんな感じなのか

カウンセリングは、電話か対面で約30分間受ける(初回は1時間)。

心療内科では先生と5分くらいしかさないのだが、カウンセリングに行っているからあまり不満がないのかもしれない)

現状はどうなったとか、悩んでいることとか、辛いことをぽつぽつと話す。

カウンセラーさん(といっても、心理とか教育学研究者先生のようだが)は主に傾聴している。

自分は、過去教職課程を取っていて、傾聴の仕方を学んでいるので、「あっ今傾聴されてるな〜」と思う。

自分は「○○で辛い」「××がショックだった」「〜をやりたくない」と言えば、

「○○が辛かったんですね」「××がショックだったんだね」「〜をやりたくないと思ってるんですね」などと言う。

文字で書くと、おうむ返しのように思うし、実際おうむ返しなんだけど、

本業カウンセラーに傾聴されると、自分の悩みをあたたかく受け止めてもらっているように感じて気持ちが軽くなる。スゲェ〜

おうむ返し以外の傾聴としては、自分のまとまりのない話を、整理して「〜ということかな?」と聞いてくれたりもする。

ただ、普通カウンセリングと違う?のが、タスクを抱えすぎてパニックになっていたり、ガチでどうしたら良いかからない悩みがあったりすると、「〜するのはどう?」とアドバイスをしてくれることだ。

自分は今うつ状態で、セロトニンを出す抗うつ剤を上限いっぱいまで処方されているが、まだ集中力とかやる気とかが回復していないし、頭がうまく回っていないなという感じがある。そのような状況なので、アドバイスがすごく助かっている。

以上の盛りだくさんのカウンセリングが、ただ大学所属しているというだけで無料で受けることができる。




とりあえずこんな感じだ。

もっと早く行っていればよかったと思う。しかし、限界を迎えなければ行く勇気も湧かなかっただろうなとも考える。

辛い大学生・大学院生には是非利用してもらいたい。

2021-04-29

アメリカってメンヘラじゃね?

黒人白人アジア人自分自傷して他の人種に傷付けられたって騒ぐだけ騒いで解決した気になって悪化してるンゴ

最近日本にもそういう輩が増えてきて日本アメリカメンヘラ仲間になりつつある

アメリカってヤンデレも含まれてて嫌いだけど好きって言いながら銃撃つし

ちゃん教育制度が無い国は大変だよな

アメリカって平等意識しすぎて馬鹿になって、生徒が頭悪いと先生給料下げるから問題もっと簡単に解けるようにしてる

から生徒はちゃん教育学べてないし、先生先生おかしい事を受け入れないとクビ

しかちゃんとした教育人種で変に分けるから黒人は頭悪い学校ばっかりだ

一般白人が悪いわけでもなくて、上層の金持ち白人達が悪いのに黒人教育ちゃんと受けられないか学力が低い

それを他の国の人は詳しく知らないかアメリカ問題は上層の金持ち白人達が見せている情報しかない

日本人は人種関係なく日本に外から来た人はみんな「外国人」だし

そこに人種意味はなくて「外の国の人」だから外国人は「外国人」でいる事を誇れる

たまに外国人が何か許せなくて差別する日本人もいるけど、人種というより「外国人」って言葉の中で嫌いなんだと思う

今は昔よりも外国の血が入ってたり、そのままの外国人でも平等日本社会の中でそれなりの教育が受けられる

もちろんその背景には沢山の日本育ちの外国人や混血の人達日本人に気持ちを教えたからなんだけど

教えられたら全部ではないけどちゃんと聞くのは日本人っぽい

アメリカアメリカの影響が強い国は「人種」で聞いて「人種」で否定する

そもそもアメリカは「人種」と「文化」の言葉距離ありすぎる

日本は「人種」と「文化」は同じ意味に近い

国、歴史、考え、見た目、自分の心の性格などそういう意味含めで一般的に日本人は理解してる

から文化」を受け入れる事は「人種」も認める事に繋がるって理解してる

アメリカは「人種」は遺伝的な「見た目」だけ、「文化」は国、歴史だけ

どういうわけか人種文化全然違うものって思ってて

その中でRace(人種)の話は本当にタブーなんだよ

ただ「人種」の意味なのにアメリカ人はそこに悪い意味を入れ込んでしまった

皮肉とか悪意のある認識人種を悪い言葉にして

文化」を良い言葉にした

本当に意味からないけど、ずさんな教育システムからこんな意味不明な思考になる

皆まともな教育を受けられないか自分安心させるまともな考えが出来ない

最近日本でも似たようなことが出始めている

ゆとり教育学力が低下してそこから理解力が上手く育たなくて

小さい頃に何でそういわれるのかを理解出来なくて解決に導けなかった

そういう大人がいっぱいいて意味わからん事を沢山悩みまくってる

鬱だー、精神疾患だー、自分は異常だー!

自分が何か問題があるのに病気のせいにして解決に導けない

その負の連鎖に入りつつあるし自分もやってたけど抜け出した

学力の低下は問題解決する能力を下げて何かの原因を責任転換をさせる

グローバル化してきて日本人が日本人としての意識が薄れてくると

アメリカの二の舞になりそうだ

教育をどうにか見直して、子供達がもっと学べる楽しい空間を作る必要がある

じゃないとメンヘラアメリカみたいになる

2021-04-17

anond:20210416120237

そんな風に考えたい気持ちも分かるけど、教育学的に考えれば、そのモデルが正しい保証はない。

たとえば偏差値による階層化が進んだ地域高校を例にとれば、ある中学校から上位1/3がA校、中位1/3B校、かい1/3がC校ときれいに分かれて進学するとする(塾などの指導で実質これに近いことは起きる)。では、A校は優等生だらけ、B校は普通の子だらけ、C校は不良だらけになるか? …と言えば、そうはならないんだな。面白いことに、どの学校でも、それなりの割合優等生、それなりの割合普通の子、それなりの割合の手のかかる子……と分布する。B校にもC校にも、「その学校なりの優等生」は必ずいるし、A校にも必ず「手のかかる子」はいる。

まり学校におけるいい子悪い子というのは、かなりな程度、社会的に生み出されるポジションに左右されるということなのだ。考えてみれば分かるが、全員を混ぜていたら、B校で優等生になるはずだった子、C校で優等生となるはずだった子には、ずーーーっと光が当たる機会はなかっただろう。逆に、A校で手がかかるようになった子も、C校に行っていれば「開校以来の天才」として持ち上げられたかもしれない。

「じゃあA校に行かせる理由なんてねーじゃん」となるかというと、これはそうではなくて、多くの親は漠然と、もう一つの影響である競争効果」に期待しているのだ。つまり一般的に言って「競争」は、競い合いにふさわしい相手によってその効果高まる。「とても敵わねええええ」という相手競争心を発揮できるのはメンタルお化けくらいであって、普通の人は競争そんな風に考えたい気持ちも分かるけど、教育学的に考えれば、そのモデルが正しい保証はない。

たとえば偏差値による階層化が進んだ地域高校を例にとれば、ある中学校から上位1/3がA校、中位1/3B校、かい1/3がC校ときれいに分かれて進学するとする(塾などの指導で実質これに近いことは起きる)。では、A校は優等生だらけ、B校は普通の子だらけ、C校は不良だらけになるか? …と言えば、そうはならないんだな。面白いことに、どの学校でも、それなりの割合優等生、それなりの割合普通の子、それなりの割合の手のかかる子……と分布する。B校にもC校にも、「その学校なりの優等生」は必ずいるし、A校にも必ず「手のかかる子」はいる。つまり学校におけるいい子悪い子というのは、かなりな程度、社会的に生み出されるポジションに左右されるということなのだ。考えてみれば分かるが、全員を混ぜていたら、B校で優等生になるはずだった子、C校で優等生となるはずだった子には、ずーーーっと光が当たる機会はなかっただろう。逆に、A校で手がかかるようになった子も、C校に行っていれば「開校以来の天才」として持ち上げられたかもしれない。(※)

まして、今回の場合選別が行われているのは小学校入学時点である。正直なところ、その国立以外の2中学校問題が起きるのは、やはりそれらの中学校が作り出してきた指導体制、学風といったものが大きく影響していると思う。あるいは「どうせ俺らは公立…」的な意識を作り出してきた地域全体の問題ではないか


(※)

「じゃあA校に行かせる理由なんてねーじゃん」となるかというと、これはそうではなくて、多くの親は漠然と、もう一つの影響である競争効果」に期待しているのだ。つまり一般的に言って「競争」は、競い合いにふさわしい相手によってその効果高まる。「とても敵わねええええ」という相手競争心を発揮できるのはメンタルお化けくらいであって、普通の人は競争心を失うし、雑魚ばかり相手にしてもそれは同じだ。一般的に言えば、やはりA校の力をもった子はA校に行くのが一番「伸びる」。

2021-04-14

サンデルアンチリベラルに追いついたわけではないよ

サンデル教授新刊は、能力主義批判

学歴など能力に基づく格差に対して、批判するものだ。

Twitter上では、アンチリベラル勢が、「サンデルが俺らに追いついた」と声を大きくしている。

かに最近アンチリベラル勢は、学歴などの能力主義に基づく格差階層について、リベラル勢が当然視し、懐疑の念すら持たないことを批判してきた。

だが、能力主義批判のものは、教育学障害者についての社会学のなかで、数十年前から行われてきたことだ。

能力主義検索すると、それらの書籍論文がいくつもヒットする。

から能力主義批判は、実はオールドな左翼的言説であるとすら言える。

しかし、ヘイトスピーチに対抗する過程で、リベラル勢が、国籍民族人種についての差別差別だが、学歴は持って生まれものではなく後から変えられるので、学歴差別差別ではない、との理論採用した。

以後、インターネット上で、能力主義批判するのはアンチリベラル勢ばかりになる。

敵味方の敵対関係のみがあるインターネット政治言説が、能力主義批判アンチリベラル勢の手柄に変えてしまったのだ。

2021-04-10

ケーキの切れない

非行少年って本が話題になったよね。僕は読んだことないけど教育学やってたのでどういう内容かはなんとなくわかるよ。

でね、女の子場合はどうなるかという話。私の前から消えた知的障害者っていう本があって、高校の頃に読んだのだけど、それによるとね。

男は半グレとかヤクザ鉄砲玉になるオチケーキ・・・と同じじゃない?

でね、女の子結婚するんだって!まあ旦那さんが優しくないというハズレもあるけど。

そう、ケーキが切れなくても結婚すれば良いという、アイロニーなんです!!

2021-04-04

元Googlerの謝罪文のまずい点と教育者として言いたいこと

前提として、以下を読みました。

1. 元記事 https://nuc.hatenadiary.org/entry/2021/03/31

2. chokudaiさんの返信 https://chokudai.hatenablog.com/entry/2021/04/01/115755

3. nucさんの謝罪(?) https://nuc.hatenadiary.org/entry/2021/04/02

ふだんはインターネットのあれこれについてROM専ですが教育教育倫理に携わる者の端くれとして3の記事に対し、このような方が教育を大声でかたることの危険を感じたため筆をとった次第です。

教育者?

私は教員ソフトウェアエンジニアとして数社→公教育ではないとある教育機関で勤務、といった経歴にあり、大学で学ぶ程度の教育学と小中高領域教育に関しては多少通じています。ちなみに務めた会社Googleは含まれず、競技プログラミングについてはソフトウェアエンジニア時代ちょっとかじった程度で歴史コミュニティに詳しいわけではありません。

1の記事についても賛同異論含めていろいろあるのですが、そちらは各個論点についての意見が異なる程度の話ですので割愛します。なお、両者の知り合いでもないので通りすがりによるネット怪文書程度の位置づけで結構です。

謝罪文としてまずいと思うこと

いきなり教育の話から逸れて恐縮ですが、謝罪慣れしていない方がやりがちな失敗がいくつもあり、謝罪文として看過できない点をいくつか指摘します。

教育哲学児童心理などを学んだり活用する立場にある私にとって、トラブル対応謝罪について考え実践する機会は山程あるのでその経験から思ったことでもあります

相手のためを思ってやった

ちょくだいさんには、かなり感謝配慮をした文章を書いたつもりでした。

宣伝までしたくらいの気持ちでしたよ。

他人のためを思ってやったことが相手に対して失礼だったとき、傷つけたとわかったとき、「そんなつもりはなかった」と言い放つことがどれほどひどいことか、私は見てきました。

ハラスメントやそれらにまつわる謝罪で最も悪手の1つです。間違えた側にできるのは一切の言い訳なく謝ることです。

相手自分は違う人間から自分がしでかしてしまたことで相手をどれほど傷付けたのか、自分にはわからない。

から「これくらいの謝罪OKでしょ」なんていう自分基準相手に当てはまるとは限らない。大体の場合は当てはまらない。

https://note.com/tm88817/n/ne5025239f31a から私が肝要と思っている節を引用しました。

この文章タイトルに示されるような謝罪であるならば、この一点においてすでに重大な間違いを犯しています

余談ながら、謝罪本質中学生ぐらいの子どもにそのように教える機会があります経験上、成績がよく普段問題を起こさないが内実プライドが高く誤り慣れていない子どもは「そんなつもりはなかった」「相手勘違いした」といった言い訳をする傾向にあります。私の個人的体感ですので一般化はできませんが。

誤解した側が悪い

これについては、意図せず失礼なことを書いたとお詫びしたいと思うと同時に少し背景の説明本来意図をご説明させてください。

先述と同様です。失礼なことを書いたと自覚しているなら本来意図説明不要です。

背景と意図説明するのは「自分に過失がないと確信しており、誤解を解くために誠意を尽くす」場合です。過失が誰にもなくても誤解やすれ違いというのは生まれものですから、そのとき真摯に伝え直すのみです。

誤解した側が悪いという論法になっています

第三者を巻き込む

私は、このけんちょんさんのために仕方ないと思って記事を書いたのですよ。本当に面倒で書きたくなくて、他に書くものもあり、ツイッターで書こうかなと宣言して自分鼓舞までしたのに、2ヶ月以上かかりました。

nucさんがchokudaiさんを不快にさせる文章を書いたことについて謝るために、矛先を向けさせるような形で第三者を巻き込む必要もなければ、あなた事情説明する必要もありません。

また、自分鼓舞までして2ヶ月以上かけて書いた事実があったとして、謝罪を受けた側に何の意味があるでしょうか。過失を避けるように努力したのであれば法的にも情状酌量余地はありますが、「努力をしてやったことだから引き起こしたことの罪が軽くなる」、なんてことはないのではないでしょうか。

教育者として避けてもらいたいこと

言いたいことはたくさんあるのですが、「教育者として避けてもらいたいこと」に焦点を絞ります

結論だけ言うと、これだけの悪手を悪意なく行う人に、教育者として後進の育成に関わってほしくないと感じました。成功者だけでなく被害者が生み出されることを危惧しています。直接指導でなくとも、技術力を活かして別の形で関わって頂くこともできるのではないでしょうか。

自身常識他者常識と思いこむこと

そりゃそうじゃないですか、「競技プログラミングをする」という表現は当時はなくて、「プログラミングコンテストに出る」と言っていたわけです。だから競技プログラミングといえば、自分たちが大学生の頃の集まりを指すわけです。

発端となった1の記事では田舎初段といった言葉を用い、まさにそのことをご自身で説いておられたかと思うのです。

特に後者の「競技プログラミングといえば、自分たちが大学生の頃の集まりを指す」は少なくとも私にはまったく自明ではありません。ある程度客観性を持った事実なのかどうかを確認するためGoogleで「競技プログラミング」について検索をかけてもnucさんと同じ解釈を見つけることはできませんでした。

過度な一般

5歳くらい歳が離れると一部の言葉が通じなくなることがあるのは、少し前に「アンチ」という言葉で強く実感したことがあります。これもそうなのでしょう。

唐突に、。穿った見方をすれば、今回のコミュニケーションの失敗の原因を年齢差に帰しており、自身には過失がないといった主張に読み取れます

歳が離れると一部の言葉が通じなくなることは、年の離れた相手教育に携わっていればどうやってもわかることです。

ですがこれを理由にしてこちから対話を閉じたり、「言ってもわからないだろう」といった態度をとるような方に教育を声高に語っていただきなくないです。

自分とは異なる環境にあり、関わらないであろう人間への想像力の欠如

Google 入社は、えらくもないし、すごくもないし、むずかしくもない」と我々は心から思い、言い続けています

私がかつてドラゴン桜に対して抱いた印象を思い起こさせます東大に入るのは「かんたん」、かんたんには但し書きのカッコが付きます

ただし適切な素地があり適切な対策を十分かつ継続的に行えた場合、です。場合によっては家庭からの適切なサポート障害ハンディキャップを持っていないこと、も条件に含まれます

1の記事で以下のように述べられており、大学院に行くことが人生選択肢にない人の存在にショックを受けたとありますが、そのときに培われた想像力を今一度働かせて頂ければと思うのです。

まさか戦後まれ大学院に行くことが人生選択肢にないことがあるとは思わなかったので、私は本当にショックでした。30を過ぎるまでこれにまったく気が付かなかった自分自身への怒りで、視界がおかしくなっていました。

自分が関わるであろう人間への想像力の欠如

とある医学部教授から「読んだよー。文章はいいけど、お前が卒業生をひょいひょい適当エンジニアにすると教授会で問題になることがあるから、するんだったら出来の悪いのにしてよね。いいね。ほんと頼むよ。特にそこにいる生徒会長みたいなのはめだから。」ということなので、今後は、あらかじめ「出来が悪いかを問い合わせる」約束をしてきました。

ちょっとした怒りが湧きました。

今後nucさんに面接対策を依頼し、OKをもらえた学生医学部教授が出来が悪いと認定した医学部生になる、ということとなります

このような文書を公開し、残し続ける限り、nucさんの生徒・元生徒が目にする可能性があります

教え始める前にせよ後にせよ、もし私がnucさんの生徒としてこの一文を見たらと思うと激しい動悸がします。

この一文をどんな思惑があって追加したのかわかりませんが「諸事情により今後は医学部生の生徒を取ることを控える可能性がある」程度で良かったのでは。

狭量な教育論をバズるための方便として利用すること

「かわいそうなことに、りりあんさんは、いかれた3人の模擬面接官が今まで何をやっていたんだと慌てふためいたことにより、2週間のリアルタイムアタックを宣告され、無理やりクリヤーさせられました。コスパがよかったですね。でも、こっちの胃までおかしくなるから真似しないでね。」で終わるのですが、これだけ書いてもぜんぜん広まらなさそうですよね。そこに、フィロソフィー教育関係問題意識の話を突っ込むとこうなります

1の記事における教育関係問題意識の話については首肯できる箇所もあり、志の高い方という印象を受け共感もありました。しかしながら1の記事で持ち込まれ教育関連の話が、自身記事を広めるための方便・道具であったことをここで暴露しておられます

自身教育論を手段として使われることは主張自体価値正当性毀損するものではないですが、3の謝罪文の端々にあらわれる不味さから教育を声高に語らせてはいけない方だという印象に修正されました。

特に教育一言に言っても指す領域は広いことを認識されておられない点。アカデミック領域についてはnucさんは私などより遥かに広く深い見識をお持ちなのだと思いますが、それが全てであるかのようには誤解されたまま教育問題バズるための方便として喧伝することは事実認識を歪めることにつながります

以上が教育関連で私が主張したいことです。

他にも読解に失敗している箇所や、知人であれば看過できない・諌めたい箇所も多々ありますがここまで。

2021-02-28

社会学より教育学の方が意味不明

教育学再現性への問題視教育学への批判が調べても調べても全く出てこない

社会学よりは学部レベル学習者が多いはずなのに

2021-02-26

anond:20210225124344

t-tanakaです。気がつくのが遅れました。

別人が答えてくれたのを私の返事として反論されているようなので。私も書いておきます

文部省定義は確かにそうかもしれませんが,いじめ本質集団行動であり,単なる犯罪行為集団理論肯定される状況である,というのは多くの教育学者や社会学者が指摘しています。たとえば,内藤朝雄著「いじめ構造―なぜ人が怪物になるのか」とかがわかりやすい本なので,このへんに興味があるかたはおすすめです。

これが事実であることは,多くのイジメ被害者体験談を聞いていただければわかると思いますいじめられていることそのものよりも,誰も助けてくれなかった,特に先生が助けてくれなかったことに傷ついた,というのを多くの人から聞けると思います

2021-02-15

anond:20210215210134

狭い見識で馬鹿なことばかり言ってないで

教育学とか行政学に少しは関心持ったほうがいいよ

現代社会文章読解能力知識の幅というのは非常に大きい

情報を伝えることは非常に難しい

2021-02-02

[]2021年2月1日月曜日増田

時間記事文字数文字数平均文字数中央値
0013515428114.363
018914363161.459
02384427116.586.5
03527183138.161
04345550163.252.5
05982791.959
06424376104.268.5
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0888787489.551
091111036793.445
101551485495.850
111581411089.348.5
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151411342895.246
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171751477784.448
181511398692.638
1914414753102.540.5
2014117463123.948
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222191947388.943
231441325292.039.5
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2021-02-01

anond:20210201125659

というか一応「教科教育学」と言って、特定教科を「教える」ための専門分野ってのがあるんだけどなと

数学専門家教育学専門家も、「数学教育学」の専門家に比べたら準専門程度だったりしないのかな

anond:20210201125504

例えば算数数学教育だと最終的には教育学ではなく数学が引き受ける話になるから教育学はあまり関係なかったりすると思う。

掛け算の順序問題はもろ「数学は知ってても教育学についてはど素人な人が教育文句つけてる」事例だったが…

anond:20210201124510

教育学(ペダゴジー)の場合は被教育者を脱した人間には正直あまり関係いか教育学者が何言おうとどうでもいいけど、社会学は生きてる限り直接的に自分に関わってくる可能性があるというところが違うんじゃないかな。あと、教師にあーだこーだいいたい人はめちゃくちゃたくさんいると思うけど、例えば算数数学教育だと最終的には教育学ではなく数学が引き受ける話になるから教育学はあまり関係なかったりすると思う。

anond:20210201124621

教育学は基本文系か、文系よりの文理融合だし、掛け算について数学的に高度な議論ができる人はあまりいなさそうだからなあ

どっちかというと数学専門家に出てきてほしいって感じだな

anond:20210201124510

掛け算の順序問題とかもろそういう感じだけどな

でも教育学専門家twitterには出てこない印象

子供の扱い方が分かってるんだろうか

anond:20210201124154

そういうのは「教育」におおい印象。でも教育学だとあまり社会学みたいなことになってない気がするから不思議

anond:20210201003948

そのあたりは専門分野を「社会学」じゃなくて「教育学」と標榜するひとが扱う場合も多いし

社会学者」の肩書でない事例が多いからではないかと。

2021-01-19

55歳共通テスト受験者だが

https://anond.hatelabo.jp/20210118203758

40代共通テストを受けるというだけで非難されるとか高卒と断定する人がいると知ってガッカリしている。編入情報が少ない上に実施している所も少ない。自分知識編入後のカリキュラムにも大きなギャップがあって、どうせなら最初から入り直した方がやりやすい。数は少ないが、夜間学部なら就労とも両立可能

この人に関して言えば他の挙動から弁護の余地は無さそうだが、同室者のツイートにもなかった年齢情報メディアで報じられているのは違和感ある。報道機関側にも、40代共通テスト受験者に対する偏見があるからだよな。

自分趣味教育学で今回の受験はその一環。

定年後は大学学部入学も考えている。

マスクもしたがお咎めはなかった。

追記:

もし監督官からマスクをやめるよう指示があったら従った?

そりゃ従わざるを得ない。眼鏡が曇るから裸眼で受けることになるが。

追記その2

室内なのにメガネ曇るの?

実際曇った.試験会場はとても寒い

当日は,ヒートテックの上にズボン二枚重ねで靴の中にはホカロンを入れた.

これでも思ったよりはマシだった.一日目の朝と昼しか窓開けていなかったからね.

2021-01-13

求められる教員

教員養成系課程の大学四年。

元々私は保育士志望なので初めから教員には全く興味がないが、卒業条件なので取らざるを得なかった。

一・二年まで受けてきた講義はどれも初等科教育学演習。

おもんない。

そういえば小学校時分ではそんなんやったな~とか、そういう意味合いがあったんだなと懐かしさもあって随分気楽に受けていた。

三年は幼児教育系の講義が多く、初等教育から随分離れた。

四年になって急に「副免」なるもののおかげさまで小学校へ実習。

おもんない。

元々こういう閉鎖的な空間押し付けられる価値観と考え方の風潮が合わない。

小中高とロクに学校生活を送れている気がしない。

しかも今年はコロナ関係児童たちとのかかわりも最低限で、実習生は横で突っ立って授業を見るだけ。

模擬授業実習生の間でだけ行われるという無味乾燥さが砂漠

果てには後期に教員養成講義があり、「教員とはかくあるべき」といったご立派な教師像を突き付けられる。

リフレクションには不祥事絶対起こさないという決意を書けなどどいう。

何を言ってるのだろう。この方たちは。

どうやって言葉を尽くし、教材研究を行い、児童・生徒たちを導くのか。

このこと自体は非常に面白いと思うが、学級経営基本的な指針が腐っている。

子どもたちの能力ややる気を伸ばすだとか思考力がどうだとか言っているが。

面白いか?勉強

俺はそう思えん。

なんならギムナジウム的にしてしまえとすら思ってる。

早いでしょその方が。

一対多でどれだけ効率よく子供たちを六年ないし三年いなすか、そんなことしか考えてないように感じる。

加えて、教師像が精練聖人かを作るべきだとでも思ってんだろうか。

イイじゃん人間臭い教師がいても。

宿題?やってきたのえらい!」

宿題忘れたの、じゃあ成績は下がるだけだねえ」

これでええやん、もうはっきりと言えばええねん。

先生悲しいよ」とか「~のため」とか言うとる場合か。

何故この教育の皆さんは自己責任と言ってやらないのだろう。

無論そんなことが分からんような子どもに行ったって無駄からそれをしろと言ってるんじゃない。

「○○のため」

「みんながそうしてる」

「決まりから

この文句が本当に嫌い。

その言葉の裏に見える「俺はめんどくさいことしたくない」という言葉が見え隠れして嫌い。

本心で話せや。

言い方で何とでもなるでしょう?こんなものは。

言わせたい言葉を引き出すような言い方止めろ。

はっきりと、何を主張したいか、言え!!!!!!!!

あーダル

2021-01-09

教育押し付けの失敗

教育学者様と現場先生様が決めた完璧カリキュラムなんだから間違ってるはず無い

あれを無くせ、これを追加しろとど素人が言ってんじゃねえ」

みたいなこと言う奴いるけど

当の義務教育完了者が「学んだけど必要なかった」「学ばなかったけど必要だった」と言ってるのを無視する方がわからない

教育利益は生徒に還元されるべき」みたいなこと言ってたドイツ人だかの人いたけど、その通りだと思う

結局学んだ人間が学んでよかったと思える内容、学んで人生に活かせたと思える内容じゃないと教わる意味がない

「これは教養から身につけるべき」「これぐらいは知っておくべき」ってのは、教えたい人間押し付けしかない(裏を返せば、「教える以上学んでよかったと最終的に思わせられるようにすべき」ってことなんだが)

というか究極的に「学びたがっていない人間に教える」こと自体、ある種の悪だと思う

公園で遊びたい小学生自由を奪って机に縛り付ける悪行は、小学生が将来学んでよかったと思わせることで帳消ししないといけないんだよ

学習者の利益にならない教育なんて、国ぐるみ思想身体自由を(事実上)奪う行為しかない

つか教育側がカリキュラムを組む行為パターナリズムなんだよ

パターナリズム人間子育てする生き物である以上必要もので、それ自体は全く悪いものってわけじゃないけどさ

リベラル的には、学ぶ側が何を学ぶか取捨選択出来るようになってるべきなんだよ

英語、体育、音楽美術は4割減くらいでもいいかな。古典は8割減で。現国も1割くらいは削れそう。」なんかこういう安直リベラルアーツ軽視・実学至上主義みたいな考えにこそ薄ら寒さと危機感を覚える。

教養強要した結果、「リベラルアーツ要らね」って人間を作っちゃったのは教育者側の失敗なんだよね

受験が終わったら95割人間が全部忘れるような古典単語をひたすら暗記させたり、生徒がやりたくもない合唱練習を延々とさせたり、そういうことを生徒に意義を示せないままに続けてきちゃったから「古典8割要らねえ。美術音楽体育要らねえ。」って思われるようになっちゃったんだよ

危機感を覚えるならそれこそ、教育の方を改革すべき

リベラルアーツ重視・実学軽視」の価値観こそが正しいのだと生徒に押し付けるならば、リベラルアーツ万歳と思わせられるような素晴らしいリベラルアーツを用意するのは教育者の責務だ

anond:20210108232516

2020-09-03

白井聡氏の記事が全く理解できない

こんにちは大学政治学を学んでいる学生です。白井聡氏の論考が、鋭い指摘をしていると一部で話題になっているそうです。無料公開分を読んでみたものの、私にはどこが鋭いのか全くわからなかったので、疑問に感じた点をまとめました。

以下の引用は、論座掲載されている『【1】安倍政権の7年余りとは、日本史上の汚点である』(白井聡)に基づきます

(1)

本稿で私は、第二次安倍政権2012年12月に発足し現在に至るまで続いたその間にずっと感じ続けてきた、自分の足許が崩れ落ちるような感覚、深い喪失感とその理由について書きたいと思う。

タイトルには「日本史上の汚点である」とあり、これまでの政権比較した上で安倍政権が汚点であるとの主張がなされている。しかし冒頭の段落で「深い喪失感とその理由について書きたい」とあり、タイトルと内容が乖離しているように読める。

(2)

「[多くの日本人安倍政権を支持してきたという]事実は、私にとって耐え難い苦痛であった」とあるように、記事の1ページ目全てを使って、白井氏は己の「知性と倫理基準」を満たさな政治家が支持されている現状に対する深い失望感を述べている。

しかし、白井氏が評価に用いた「基準」が明らかにされることはない。これは学術論文ではないことは重々承知だが、仮にも学者を名乗りメディア寄稿する者が、印象論を展開すべきだと私は考えない。

(3)

無論、あちこちで指摘されてきたように、どの領域においても安倍政権は長期安定政権にもかかわらずロクな成果を出せず、ほとんどの政策が失敗に終わった。

私の知る限りでは、安倍政権政策には賛否両論あった。例えば、政権代表的政策であるアベノミクスは、株価の上昇をもたらした一方で、日本経済の実力を示すとされる潜在成長率は低水準に留まっているし、デフレの脱却も達成されていない(「アベノミクスの8年とはいったい何だったのか」東洋経済オンライン)。外交についても、日米同盟を強化し安定的ものにしたという側面もある一方、拉致問題は進展を見せなかった("The Abe Era Ends, Cheering China, Concerning Washington", Foreign Policy)。これは評価問題であるから、「ほとんどの政策が失敗に終わった」と結論づけるならば、その理由を示すべきではなかろうか。少なくとも、「あちこちで指摘」されているのなら、それらを引用すべきである

(4)

こうして腐敗は底なしになった。森友学園事件加計学園事件桜を見る会問題などはその典型であるが、安倍政権は己の腐りきった本質さらけ出した。

白井氏は腐敗の例として、伊藤詩織氏に対する性的暴行事件森友学園事件加計学園事件桜を見る会問題を挙げている。これらに関しては、新しい政権の下で調査を行うことが必要だろう。流行語にもなった「忖度であるが、私には構造的な問題に思えた。というのも、忖度があるのならば、それは官邸の強い人事権、また中央省庁を頂点とするピラミッド型の組織を背景とするはずだからである官僚組織官邸から独立しているのであれば、何も官邸の顔色を伺う必要はない、また強い分権型の組織であれば、中央省庁忖度を汲む可能性も減る。つまり忖度組織構造がもたらすものであり、政権担当者関係なく起こりうるものではないか。腐敗が疑われる事例があったことは間違いないが、それを政権固有の問題として片付けるのは、政治学者としてあまり稚拙であると考える。

(5)

例えば、新元号の発表と改元の時の政権の振る舞いを思い出してみれば、それは明白だ。先の天皇(現上皇)の譲位意思に対しては執拗抵抗を試みたくせに、新元号の発表となれば、安倍は前面にしゃしゃり出て、「令和」に込めた自分の「思い」を滔々と語った。

私は年代的に平成改元とき事情を知らないが、これは比較することが必要ではないか。小渕元首相は「平成おじさん」と呼ばれていたと聞くが、それは白井氏のいう「抑制的」な振る舞いだったのだろうか。パフォーマンスとしての側面があったとするならば、今回は譲位という形をとり、準備に時間があったことも理由としてあるだろう。

(6)

十分に機能してきた制度センター試験)をわざわざ潰して民間業者を導入する主たる動機は、安倍の忠実な従僕たちの利権漁りである安倍自身の知性に対する憎悪がそれを後押しした。

「十分に機能してきた制度」、「安倍自身の知性に対する憎悪がそれを後押しした」という主張には根拠必要であると考える。両者ともに白井氏の印象ではないか特にセンター試験については、教育学等の知見があるのではないか

(7)

安倍政権下で失われたもの、すなわち公正と正義をめぐる議論が提起され、それが実行に移されなければならない。

3ページ目に入る。この引用では、安倍政権下で公正と正義をめぐる議論が失われたとあるが、果たしてそれはそもそも存在していたのだろうか?卑近な例を挙げるならば、雇用環境性差別をめぐる問題は、安倍政権以前からあったと記憶している。

(8)

体調不良とこれまでの政権運営における責任問題は、完全に無関係である

この箇所には同意できる。政権全体への評価必要だろう。

(9)

私たちの再出発は、公正と正義理念の復活なくしてあり得ず、その復活のためには、総理自身違法脱法行為の究明が絶対的必須である

この箇所には同意しかねる。(4)でも述べたように、不正為政者個人問題ではなく、構造的な側面を持つものだと私は考えるからだ。政府という巨大な組織を、その頂点にいる者が意のままに動かしていると考えるのは、あまりにも非現実的ではなかろうか。総理個人だけを追求するのは、非本質的な結論しか導かない。

(10)

どの事件にも、その背後で進行する社会構造の大変化などを感じさせるものは何もなく、ただひたすら凡庸ケチ臭い

引用文を含む前後段落意図が掴みかねる。政治家スケールの大きな不正をする方が大物だと言いたいのだろうか。

全体を通して

政治には腐敗がつきものであり、安倍政権もその例外ではないはずであるから政権の終わりを調査の終わりとしてはいけないという意見には納得できる。しかし、政治と腐敗を特定政権と過度に結びつける白井氏の論調は、腐敗・不正を許しうる構造への追求を妨げるものだ。

また、この文章を「学者」として公開することの意義は何なのだろうか。少なくとも私は「学者」という職業に就く方には、その他大勢の「評論家」とは一線を画する議論を求めたい。

評論家」ならば、印象論で語ることも、明確な根拠を示さず何らかの主張を行うことも大目に見られるであろう。しかし、専門家としての訓練を経たはずの「学者」は「評論家」とは異なる論理展開をすべきである。主張には適切な引用があるべきだし、用いる言葉定義を明確にすべきである

もしも、本来ならば専門家たるべき「学者」が、都合よく「評論家」の顔を使うのであれば、それこそ知性の劣化ではないか

記事には直接関係ないが、白井氏はFacebook上で人の生き死に関する発言を軽々しく行なったと聞く。白井氏には、そして日本大学の全ての大学人の皆様には、是非とも学者としての矜持を持った発信をしていただきたい。印象に基づく議論は、分断と対立を深めるだけである

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