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2019-08-09

貯金を一億ためてわかったこ

いわゆる仕事人間

ビットコインとか、株式とか、不動産投資には全く興味がなかった。

ただただ稼いだら普通口座に入れるだけの生活を続けている。

老後に2000万円必要だというニュースがあったので、今日、ふと銀行に分けてある貯金を合算してみた。

1億600万円あった。

家買ってないし車も持っていないので借金はない。アセットもない。完全に純金融資産

考えてみれば学生の時と持っているものは大して変わっていない。

身の回りの服と、必要家具。そしてテニスラケット

増えたのは奥さんと犬だけだ。

億万長者っていう言葉子供の頃は心踊ったけど、いざ億のお金自由に動かせるようになったとしても

実はあまり人は変わらないし、生活も変わらないのだね。

多少の安心はあるかもしれないけれないけれど、

僕にとってはお金はあってもなくてもあまり意味がないことがよくわかった。

だってお金があっても使わないから。

そう思ったら、生活必要な分だけあればお金って必要ないということがわかった。

僕にとって1ヶ月に必要お金は25万円。

それが僕が一億ためてわかったことでした。

2019-07-21

選挙だ。

私はこんな理由投票するという記事をたくさん見て、数年前のことを思い出した。

詳しくは言えないけど、当時子供向けの教室のような仕事をしていた。

いろんな子がいたけど、その中でも忘れられない子が2人いる。

1人目のMくんは簡単に言えば乱暴者だった。

の子に手を上げたり、私物をとったりとスタッフ対応に悩んでいた。

の子が言うには学校でも同じような態度で、いろんな人を困らせているらしい。

でもMくんのしたことを保護者に報告すると「私が悪いんです少しでも良くなればと思ったんですけど死にます」みたいな感じで母親は喚くし、父親仕事人間なのか何なのかわからないけど教室コンタクトを取らなかった。

もう1人はRちゃん。RちゃんはMくんと違って大人しい子だった。大人しすぎた。

全てに無反応。頷きも首振りも何もせず、ただ教室時間が終わるまでぼーっとしていた。

Rちゃんは遠くから通って来ていたので学校での様子はわからなかったけど、母親が言うには「人見知りで困る」ということだった。

いや人見知りってレベルじゃねーよっていうのがスタッフの総意だったけど、やんわり伝えても母親が話を全く聞いていないので意味がなかった。

教室では授業の最後今日頑張った記念に飴をひとつずつプレゼントしていた。いろんな飴の袋が入ったカゴからひとつずつ取っていく方式だ。

これがMくんは毎回できなかった。掴めるだけ掴んで持って行くのは当たり前で、隣の子の飴を奪おうとしたこともあった。

注意するとしゅんとするけど、次の回はこっそり手を入れて2つ持っていこうとする。

最終的にMくんの回はスタッフひとつずつ子供に手渡しすることになった。

これはRちゃんにもあって、逆にRちゃんは飴がいっぱいのカゴからひとつ選ぶことができなかった。毎回カゴの前で涙目になって、スタッフひとつRちゃんに手渡すのがいつものことだった。

なんでこんなことを思い出したのかというと、選挙からだ。

選挙では自分の考えと似た候補者を選んで手続きをして投票する。

まだ選挙権はあるかないかというところだけど、飴玉すら選べなかった彼らは選挙に行けるのだろうか。候補者を選ぶ前に、自分の考えを持てたのだろうか。

夏らしく七夕飾りを作った時、Mくんは短冊に殴り書きで「お金がたくさんほしい」と書いた。Rちゃんは泣きながら震える文字で「いい大学に行けますように」と書いた。

彼らなりに幸せであって欲しいと願う。

2019-07-19

おバカ娘の成り上がり

パパ活でいろんなコと知り合って、最近の「そこそこ可愛い」コの成り上がりストーリーがわかってきた。

■前提

・整形が発達して、「そこそこ可愛いコ」なら「相当可愛いコ」にすることができるようになった。釈由美子時代の整形と、深田恭子石原さとみ時代の整形の差。最近の数年で整形技術は飛躍的に進化し、一般人でも100万程度で手が届く。

水商売過激なほど稼げるわけではない。 「そこそこ可愛いコ」がソープデリで働くよりも、整形して「相当可愛いコ」になってキャバクララウンジにいる方が圧倒的に稼げる。

AVはそれ自体稼げない。パパ活海外売春のためのステータス付け。

パパ活の普及はヤバイ。「そこそこ可愛いコ」でも普通に月30-50万は稼げる。「相当可愛いコ」だと、月100万は余裕。 

海外売春は完全にルートができてる。おそらくは反社系のシノギだけど、「相当可愛いコ」なら月に200万稼ぐことも可能


こういう背景の結果、頭やスキルで稼げない、どこにでもいる「そこ可愛い女のコ」の成り上がり術として

以下のルートができた。

ちなみに「そこそこ可愛い」の定義は、高校クラスで上位2-4番目くらい、って感じのレベル

1:デリヘルでもパパ活でも、とにかく50-200万稼ぐ

2:韓国行って整形する → 「まあまあ可愛いコ」になる

3:AV出る、キャバクラ行く、より太いパパ捕まえる

4:さらに200万くらい稼ぐ

5:さらに整形する → 「まあまあ可愛いコ」から 「相当可愛いコ」になる

6:さらに太いパパを捕まえる、海外売春やる

7:1000万から2000万の現金と「相当かわいいアラサー」になる

8:可愛いアラサーとして婚活して、ハイスペ童貞結婚。これまでの経験を活かせば簡単に手玉にとれる。

9:稼ぎが良くて真面目で仕事人間旦那とコドモ作って何不自由なく暮らしつつ、人妻不倫エンジョイ。稼いだ2000万はヘソクリで手堅く運用離婚しても安心

かに合理的には出来てる。

実際、パパ活出会ったある程度将来を考えてるコには1と3の比率がけっこう多かった。

ハイスペ男子各位。

アラサー可愛いコが婚活アプリにいたら、たぶんそいつパパ活整形女だ。

2019-07-13

未来のミライ面白かったな!(≠いい映画だったな)

はじめに 細田守映画には2種類ある

細田守を知らないほうが楽しめる映画

 デジモンサマーウォーズ

細田守を知っているほうが楽しめる映画

 バケモノの子未来のミライ

つの細田守らしさ

描きたい内容を単純化しつつわかりやすい折り目をつけ、誰でもついていきやすい速度でありながら明確な変化を持って描かれる最大公約数的なストーリーテリング。画面を広く使いつつ視点を大きく動かさないようにする雄大カメラワーク日常幻想の間に半透明の敷居を置き両者をはっきり区別しながら横へと並べる非連続的な非日常性。これがいい意味での細田守らしさ。

ショタコンにしてケモナー自意識過剰キャラクター。誰もが承認欲求に飢えているという断定の元に進む構ってちゃんストーリー。全てを自分の口で説明してしまう自信のなさ。ヒステリックさと寛容さの両極端。これが悪い意味での細田守らしさ。

悪い意味での細田守らしさを楽しめるか?

未来のミライ面白かったと言えるかの全ては、細田守の悪癖、性癖嗜癖理解した上で、その発露を作家性として消費することが出来るかにかかっている。逆に、そういったものに対して一切無頓着に、ただ何も考えずに綺麗な映像流れる時間パラパラ漫画だと思って鑑賞するかだ。

未来のミライには細田守内面”だけ”が描かれている。”だけ”である。この映画は主成分が細田守なのではなく、すべての成分が細田守なのだ。全スタッフの労力、作業製作過程で全て細田守分として返還されてしまう。そこに慈悲はない。この映画は全力で細田守であり、それ以外のものが含まれることは認められていない。実際、この映画制作にあたってスタッフ細田家のホームビデオが見せられたというエピソードすらある。スタッフが「家庭」というものに描くイメージを、「細田家の家庭」というイメージで塗りつぶし、他の家庭から異物を混入されることを防ぐ徹底した管理体制である

登場キャラクター全員が細田守である

くんちゃん

甘えん坊でわがまま自分を認めてもらいたくてたまらない子供は当然細田守であり、彼の成長を通して鑑賞者から贈られる称賛を求めているのも細田守自身なのだ。彼が作中では徹底して直接その苦しみを認められることがないのは、そういうふうに世界を見る細田守細田守の中に居るからである電車好きである点などは細田守の実子がモデルとなっている。彼にとってこの映画自分の子供が成長する姿を通して「かつて自分子供だった頃に成長したこと客観的に見ることになった」という事実を描いたものでもあるのだ。ケモナー成分を取り込んだりハチゲームクネクネしていたりと(ショタコンケモナー向け)サービスシーンも多く、彼が主人公であるということは、細田守にとってはケモナーショタコンであることが自己同一性の核であることを示す。

ミライ

客寄せパンダとして使われまくったのに、出てくるシーンは意外と少ない。未来という名前赤ん坊であること、婚期を逃すことを気にする発言、最終的にくんちゃんに血縁上のつながりを思い出させる役目、これらの要素から「男女の関係によって子孫を残すこと」のメタファー、ひいては「(ショタコンではなく)普通人間として生きること」のメタファーであることが伺える。同時に「世間で受け入れられ、未来に繋がる作品」のメタファーでもある。最初キャッチコピーとして登場し、最後クライマックスにおいてただの細田守回顧録であった映画一般向けの娯楽映画へと引き戻す役目を追っていることからもこれが分かる。

父・母

仕事人間であり、子供の親でもある細田守一般役割に対して性別が反転しているのはジェンダーフリーというよりも、それぞれに細田守に繋がる要素をもたせることで、どちらもを細田守にするためである。時折ヒステリックなのも妙に余裕ぶってみせるのも、自分たちが変わってきたと殊更に言うのも、全て細田守独り言なのだ

ゆっこ

オスケモ。王子だったという発言は、細田守の中で最も大事ものケモナー性癖だったことの暴露である。それにかつてという言葉をつけるのは、今の自分はそれを卒業したという自負である

曽祖父

ホモホモしい外見、言動であるのだがそれがハッキリと語られることはない。ここまで赤裸々にショタコンケモナー自己開示してきて、それをあえて語らないのは、細田守の中において自分ホモセクシャルへの興味がまだ疑問の残るものであるからである。逆に言えば「それすらも」赤裸々にスクリーンに映し出したのだ。

ストーリー解説

ミライが生まれる=『普通家族感』に侵食される

上で述べたようにミライは『普通の家庭』や『世間一般価値観』のメタファーであり、それが細田ハウスに持ち込まれるのは、ショタに興奮だけしていればよかった世界の終わりを意味している。ミライファースト生活否定する姿は、一般向け要素を散りばめた映画を作らされてきた細田守の姿である。その中で雑な反逆に出ては怒られる。悪い意味細田守らしい映画を作ってきたことへの反省と、それに対する怒りが描かれる。『自由ショタでケモいアニメだけやらせてくれ』、くんちゃんが繰り返すミライ否定発言はつまる所こういうことなのだ・

雛人形を戻す=結婚して家庭をもつ

雛人形を毎年1日ずつ出し続けていたら1年ずつ婚期が伸びる』という会話は、ずっと結婚できないということを意味している。それを片付けてミライちゃん未来結婚できるようになった。これは、細田守自分の中で幼少期から積み上げてきた結婚感を今一度棚卸しして、普通恋愛をして普通結婚をする人生を受け入れたことを意味している。作中に置いて、未来ちゃん過去にやってくるのは、細田守の中で過去細田守と共に今の細田守気持ちの整理をつけた経験を描いているのだ。そこに犬が加わっている理由は、それが彼の性癖に置いて重要意味を持つからである普通に見ていると何がしたいのかわかりにくいシーンも、このように整理していくと理解できる。これが未来のミライ面白さだ。

父や母と喧嘩したり和解したりする

これもうそのまま細田守自分の親に対して「心の中で」やっていたことです。自分が親になって子供を持つ身となってそれで子供の頃の両親の大変さとか知って感謝してーっていうアレです。そのままかよ!そしてその中で全部セリフにしちゃうのかよ!このシンプルさ!観客への信頼の無さ!そして自分表現への自信の無さ!これもまた細田守なんですわー。自分ちゃんと愛されているか不安だとそのまま口にするのは、自分映画ちゃんと観客に伝わっているのか不安だっていう宣言でもあったりするわけで。メタいぜー。

曽祖父自転車練習

ホモホモしいアンちゃんとの初体験。遠くを見据えろと語られるが、そのさきに見えるのは廃墟。この道の先に未来はない。細田守も分かっている。ショタコン一本では子孫は残せない。アニメだって歴史に残らない。分かっている。分かっているけど、そうして進んだ先で結果を出したのが今の細田守だろ?そんな叫びが聞こえてくる。補助輪無しで突き進むには、遠くに廃墟を見据えなきゃいけなかったんだ。そうしてバケモノの子が生まれしまったんだ……。

迷子ホーム

自分を見失ったとき、戻ってくるためには家族名前を呼ぶ必要がある。自分流れる血の繋がりを思い出す必要がある。そして、そのためにはミライを認める必要がある。ミライは「普通の家庭」「普通価値観」のメタファーであり、自分がそれと深くつながっていることを認めることが、自分を取り戻すためには必要だと、最後最後で認めることになる。途中からひたすらショタキャラメインで妙な話ばかりしていた映画が、ここで突然なんとも一般受けしそうなキャラと共にさもストーリーがしっかりとある映画であるかのような物語へと戻っていく。細田守の敗北宣言だ。人間としての細田守がここにいるには、彼の父親祖父ショタコン一本で通さなかったかである映画監督としての細田守がここにいるのは、デジモンサマーウォーズといった一般向けに迎合した作品を作ってきたかである自分が今ここにいるなかで、ケモナーであったことや、同性愛的な面を抱えていたことはたしかにあったが、それでも『普通』を受け入れてきたからだ。そう認めることで、見失っていた自分は取り戻される。そして、和解は結ばれた。ケモノショタへと一度は預けられた細田守界の王位継承権は、最後には『普通未来』へと託された。

これは、細田守が『普通』と和解するまでの物語だったのだ。

凄まじい映画だった。「作家性の塊」と呼ばれる映画はいくらでもあるが、純度99%作家性の劇物はそうそうはないだろう。アニメ映画というと娯楽作品ばかりで、文学性や哲学性を謳っておきながら結局は娯楽作品に片足と重心は置きっぱなしにした作品ばかりな中で異彩を放っている。そんな世界にこんなものが現れたらそりゃ受け入れられないだろうな。ましてそれを作った人間の最大のウリ文句サマーウォーズ時をかける少女なんていう痛快娯楽一般層向け作品なら。サマーウォーズ時かけ期待してこれ見に行ったら羊頭狗肉も良いところだって怒りたくもなるだろうな。

この作品には作家性以外を求めちゃ駄目なんだよ。日本広告業界映画業界はそれを頑なに伝えようとしなかった。そこは紛れもなくEVILだね。

ミライちゃんがただの客寄せパンダであり、その使われ方も「はいはいこのへんでパンダ投入すれば良いんだろ?」っていう態度で行われることに、細田守の中に渦巻いた鬱憤を感じ取ろうっていう気概最初から持って見る分にはね、いい映画なんですよ。

そこは分かってあげて欲しい。

でも娯楽映画としては本当に駄目だけどな。俺はこれを娯楽として楽しむことは出来たけど、それは正しい意味での娯楽じゃなくて単に俺の見方が捻くれてて性格が悪いから娯楽に出来ただけだわ。素直な心の持ち主が素直に楽しめる娯楽映画を作った方が最大多数の最大幸福だよ。新海誠君の名はと、細田守未来のミライ。このコントラストある意味美しいけどね。

2019-06-06

anond:20190606113534

こういう仕事人間の為にお見合いあったのに、いつのまにか見合い結婚ダサいとか言う風潮に

あれは一部のブサイクフェミ共の自爆テロだが

2019-06-03

一年前に転職した。

転職した理由は色々あるけど、案件の土壇場になって上や外部の人間ちゃぶ台返しされることが多くなってきてむしゃくしゃしてたのが一番だったように思う。

前職はホワイトだった。給料も悪くないし、なにより仕事が楽だった。自分からしてみればいるだけで給料が上がった。ただなんで給料が上がるのかわからないので、外部から感じる業界スピード感に対してこのままぬるま湯で腐っていくのではという感覚もあった。うちの会社は本当にこのまま潰れないのか?潰れた時にちゃんと他の会社仕事ができるのか?という漠然とした不安があった。

転職した。給料も上がった。業界でも評判の高い会社だ。何か見つかる、成長できると思った。

この一年仕事は辛く大変なものだと久し振りに思い出した。仕事好きの人間が集まっている会社で、強要はされないけどそれが普通なので肩を並べて評価されるにはそれ相応の戦い方が必要だ。優秀な人たちがプライベート無視して稼働するんだから当たり前だ。ブラックではなく個人尊重されているが、アウトプットへの要求はかなり高い。

一年経って、何も見つかってない。ずっと憧れていた仕事人間になれてはいない。喰らいついてはいて、現時点ではそれなりに評価されている気はするが、ギリギリだ。いつ見限られるのかと、不安焦燥感が消えない。

自分は根っからの不真面目な人間だ。昔から楽な方へ流れるのが大好きである。幼少から両親に根性がないと何度も言われた。だけど、今の職種に関してはなんとなくだけど才能がある気がしていた。だって頑張らなくても給料あがってたし。そしていつか自分も何かを見つけて仕事に打ち込める人間になれるのかもしれないと夢を見ていた。そんなのは幻想だった。

自分はいつも貴重な財産をぶち壊してからその価値に気付くタイプだ。人間関係だってそうだ。社会人になってから10年経って、やっとそういう自分を認めるときがきた。

今の職場は成長はできるだろうけど、その前に心折れてしまう気がする。怖い。根性なしであることは認められるけれど、無能なことを認めるのはまだ怖い。

転職、しようかなあ。

2019-05-22

電車で口の中がウンコみたいな味のオジさんが正面に来た時の絶望

今日は朝から気合いを入れて臨みたい会議があったので、いつもより早く家を出た。

そして電車に乗った。最寄りの次の駅だった。目の前に来たおじさんの口がウンコみたいな味だった。

悪魔20分間。なんで今日に限って・・・

この一日を生き抜けるか強烈な不安に襲われた。別に仕事人間じゃないけど、会議にかける強い気持ちがなかったら本当に死んでいたかもしれない。

今、生きていることが奇跡だと思う。

2019-05-13

結婚してから月曜日が待ち遠しくなった

独身時代憂鬱だった月曜日が、結婚してからは待ち遠しくなった。

妻が妊娠してからは、これらの事がより酷くなった。先々月に安定期に入ったみたいだが、未だに何を言っても悪く捉えられキレられる。反論すると「お腹が張って子供が苦しむ。虐待だ。」と言われるので、ただひたすら耐えるしかない。妊娠初期に私の無知から始まったケンカを未だに怒られるが、妻に昔言われた鋭利言葉は全て古い話と一蹴される。出産後の事を考えると憂鬱食事が喉を通らない。結婚前は21あったBMIが今は17を下回る。夜も寝つきが悪くなった。市の無料男性相談電話したら、相談員の優しい言葉に思わず泣いてしまった。会社で人と普通に仕事の話ができるのがとても嬉しい。許されるならば、仕事人間として生きていきたい。しかし、残業の年間の上限が360時間しかなく、それも難しい。

2019-03-22

anond:20190322135744

それはあなた旦那経済的精神的にサポートしてくれたから心に余裕があったからでは?

旦那亭主関白上等の子供興味なし仕事人間場合と、妻のサポート仕事だと割り切ってる滅私奉公ドM人間では妻の感じ方も全然違うはず

2018-12-22

anond:20181222162402

ガンダムの題材には多面的ものがあるが

顕著なものひとつとして

アムロ父親仕事人間人間味がなく冷たかったりその後頭おかしくなったり

母親戦場で戦うアムロのことをいつまでもやさしい少年のようにみていたり

そんな親からの悲哀を伴う自立が描かれてるところとか

2018-11-03

anond:20181103150808

仕事人間でいる事に耐えられなくなるんだよ

インドア趣味はまとまった時間いらないし、寝る前に嗜むぐらいでいい

2018-10-22

自称ブラック企業」の恐ろしさ

 少し遅くなったがビ・ハイア関連の諸々を読んで思い出したことがあったので。

 今回の件で話題に上がったものの一つが清水氏本人によって書かれた会社説明である。その文章ではハードワークであることを前面に打ち出し、残業のことを隠そうともしていない。その文章を見たとき今回の件とは全く関係ない会社のことを思い出したのである

 といっても増田はその会社に関わりのある人間ではない。その会社(A社とする)はビハイアと同じようにYOUTUBE等で配信積極的に行っており、増田が当時ファンだった人物がその配信に出演したこと存在を知ることになる。

 A社は自虐的に「うちはブラック企業」を繰り返し、採用情報にもそれを前面に打ち出した文章だった。社長はいかにも「出たがり」な人物で、社員はそれにつき合わされているような雰囲気だった。夜10時過ぎに社長配信のために社員を居残りさせる姿は今考えると異常でしかない。その上その会社はみなし残業制度採用していた(配信の中で社長がはっきりといっていた)ので配信のための居残りには対価もなかったはずであるさら仕事中もずっと社内を生配信していた(視聴者数はもちろん少なかった)。一部屋だけとはいえ監視に近い状況である

 配信を見始めたとき、「この会社は異常だな」と思ったのは事実であるしかしそのことを積極的問題視しようという気にもなれなかった。A社が「ブラック企業」を明言した会社である以上、社員も居残りに喜びを感じて生きている酔狂人間なのではないか、と思えてしまたかであるブラック企業に自ら飛び込んでいく人間仕事が生きがいのすべてで、それを問題とすることは逆に彼らの生を奪ってしまうのでは?とすら思えたのである

 というか社長も同じ事を考えていたのではないか。彼は典型的仕事人間で、仕事のためなら何でもできる、社員も同じ気持ちでいてほしい、というようなことを言っていた。彼にとって社員は「自分スタンス賛同してくれた人たち」であり、「自分目標のための指示には無条件で従う人」だったのだろう。

 ビハイアの社長も、「ブラック企業」を打ち出すことで同志を集めたかったのだと思う。実際に「仕事人間」を集め(もしくは仕事人間になるよう洗脳し)、常軌を逸した労働を強いていたのだろう。 (余談だが個人的会社側が主張する「被害者毒親育ち」という話は本当ではないかと思っている。そういう人に「君の存在価値は仕事しかない」と植え付けるのはたやすいだろう)

 やがて自分の目当てはA社の配信に出なくなったが、増田のA社への興味はしばらく続いた。社長とある大きなチャレンジ会社をここではぼかしたいから詳しいことは書かないが)に挑戦し、社員を巻き込んだうえで失敗し(社長的に失敗だったのかは知らないがはたから見れば失敗だった)、それと前後してその会社から20代社員がいなくなった。辞めた理由は本人しかからないが、個人の推測だとその「チャレンジ」と、社内配信によって小さなコミュニティの中でアイドル化された女性社員へのネットでの罵詈雑言コメントが原因だったのではないかと思っている。今思えば「辞める」という形で抜け出せた彼らはまだ幸運だったのかもしれない、と今回の件を受けて思う。

 社員たちが辞めたあたりで完全に興味をなくしていたA社を今回の件で思い出し久しぶりに社長Twitterを見に行ったが、ビハイアについては一つも触れられていなかった。HPには相変わらず「ブラック企業」の文字があり、社長酔狂しか思えない新たなプロジェクトも始まっていた。社員は増えてないみたいだ。増田が見ていたころはパワハラらしきものは見えなかったが、実際はどうだったのだろう、今はどうなっているのだろう。ただのウォッチャーとしては「これから死者がでませんように」としか言えない。社長よ、あまり社員を巻き込みすぎないであげてくれ。

2018-08-26

今日ニュースで晩婚についてあってたんだけど家族って何なんだろうな。

最近母親が将来について話すんだよ。「私は父親人生拉致されたようなものだが、私だって人間からこれ以上振り回されるのは嫌だ。」って。初めて話を聞いた時は(拉致か…すごい表現したな…)って思ったが、確かに父はギャンブルの為に働いているような仕事人間空気も読めず、おまけに何事も顔にでるタイプの人だから血の繋がらない子供は気に入らないし、その溜まった愛情は成人も過ぎ母となった実娘と孫に注ぐ人だ。

母は父の正直な所・結婚当初から数十年続いた子供に隠されたDV依存レベルギャンブル、とりあえず全てがもう嫌だが夫婦を続けている理由は様々な同情(自分に父を押し付ける事が嫌)かららしい。

正直父にも母に対して思う事は沢山あるとおもうが、正直もうどうしようもなくね? どうすればいいんだろう? 母は父とは血の繋がらない子供の元へ行きたいけれど自分に父を押し付けるのが嫌だと言う。押し付けられるのは仕方なくね?そんなの気にしてたら何も出来なくね?

母にとっては人生拉致犯でもこっちには父親からどうしようもないんだよ。父親によく似た金にしか興味が湧かない実娘が定期イベントの如く、ろくでもない旦那と別れ話しては子供を預け夜中までYouTube見られても、子供の面倒みて俺がバイトに行けなくても兄妹だから仕方ないんだよ。

貴方押し付けるのが嫌だと理由を作るけど、もうどうしようもないんだよ。もう早く好きなことしなよ。

普通に仲良い家族なんだよ。

だけど個々、互いへの言葉が重いんだよ。もう互いに好きなことしてもらったほうが人間らしくて幸せだ。家族ってなんなんだろうな。「孫を見るまで生きてるかな」って言われても夜中までYouTube見る孫で満足してくれ。俺どうすればいいんだろう。これ以上何をしてあげれば互いに人間らしく生きていけるんだろう。YouTubeがうるさくて寝れないよ。

2018-08-18

女「高齢KKO孤立しているのは仕事人間威圧的なせい」

まさか、女にとってホームレスの男は威圧的仕事人間のせいでホームレスになるとか思ってる!?

女にとって性犯罪を犯すのはオタクらしいし(実際は既婚コミュ強者が多い)

性的に好ましい人が悪いことするはずがないとか思っていて認知がゆがんでいるのが女なのだなあ。

2018-08-07

最近上手いなぁと思ったアニメネタ

大ヒットというか何回目のブレイクなんだ名探偵コナンの話。

今年の映画喫茶ポアロ看板娘 梓さんが出てて(出番は短いんだが)

今年のメインキャラ安室透に「安室さんは人気なんだから軽率発言をされると私が炎上ちゃうでしょ!」って言うシーンがあるんだよ。

安室が人気キャラなのは結構知られてると思うけど、今のところ女の影が無い仕事人間ってキャラ

唯一近くに居るのがその「梓さん」なんだが

いわゆる「ラブコメ要員」なので安室ファンが黙っちゃいない。

ちょっとラフ絵で匂わせただけでスピンオフ作者に特攻してくるファンが居る。

でもここで生まれるのが「炎上ちゃうでしょ!」発言メタネタになってて

安室と梓関連で炎上するたびに「アニメで見たことが現実になっている…!!」と楽しむことができるんだよ。

多分作者は映画以前から、二人がそういう風に見られてファンがざわつくことがあったのを知っててやってるんだけど

それにしても人気キャラに対しての女ネタってすごく難しいところがあるのに

現実漫画世界を融合しちゃったのが本当に上手いなぁ…って。

さっき炎上してるの見て現実ってなにかな?って気分になったから書いた。

2018-08-03

医者になれなかった(元)女子ぼやき

はじめに

大学(※1)の医学部入試問題について、どうしてもぼやきたくなった。

あくまでも個人意見ではあるが、随分と乱暴意見だとも自覚しているので、その所予めご了承ください。

あと、これは個人の雑感なので、読み易さは期待しないで下さい(※2)。

最後に、二重括弧で脚注付くって言うからせっせとつけたけど何故か脚注付かないので、手打ち脚注を付けました。もしもミスを見付けても、この間抜けについてはどうか(鼻で)笑って許して下さい。

※1:伏せる意味は欠片も無いが、様式美だと思ったので付けた。他意はない

※2:(意訳)クソ長ェ意味の無い文章が続くけど素人感想文だから許して下さい

増田について

ごく普通田舎(※3)生まれ田舎育ち。

基本的には親戚含め概ね一般家庭であるが、父親とイトコと義大叔父とがそれぞれ医者という、何故か不思議な縁がある。(※4)

タイトルの通り、本人の性別は女で、そして医者では無い。既に女子と名乗る年齢は過ぎたので、(元)女子コメント一言

※3:七大都市圏外に生息。県庁所在地ではあるが、当県には新幹線が通っておらず、未だに女子は親元にいて当然、みたいな思考がまかり通る程度の田舎

※4:何故か世代ごとに一人医者がいる。所謂、偶然の産物

ニュース(※5)についての感想第一声)

「まぁ当然じゃない?何で叩かれてるの?」

※5:伏せる意味は欠片も無いが、様式美だと思ったので付けた。他意はない(二回目)

増田医者になれなかった理由

入試を受ける許可が降りなかった』ので『医学部受験が出来ず』に『医者になれなかった』『元女子である

因みに偏差値は何とか足りてた。まぁ何とか、レベルだったのでもしかしたら国試に受からずに医者になれなかった未来もあるかもしれないが、そこは今は割愛する。

入試を受ける許可が降りなかった話

ただの自慢だが、高校二年の頃までは、随分と増田の成績は良かった(※6)。

高校一年までは、まだどうなるか分から模試の結果にも志望校にも何も口を出さなかった親が、二年最初模試の結果を渡した時、初めて話し合いの場、というものを設けられた。

結論から言うと、増田はその話し合いを経て『医学部を受けない』事を確定した、という話である。(※7)

事の次第はこうだ。

その模試の結果が返って来たその週末、『模試の事で話したい事があります』と親子三者面談が行われることとなった。

滅多に家に居ない父親がわざわざ昼から家に帰って来ての三者面談であったので、非常に緊張もしたし、内心『エライコッチャ』と思った。

先の通り、まだその頃(※8)は別段叱られる様な成績を取っていたと思っていないので、何故呼び出しを受けたのか分からない、という混乱もあった。

「こないだの模試の事なんだけど」と、母親が口火を切った。

「この志望校は、どういうつもりで書いたの?」

その時まで、得点偏差値といった所について怒られるものとばかり思っていたから、返答が「へぁっ?」という間抜け極まった返事になった。この面談が何の為に行われているのか、全く理解が追いつかなかったのもある。

娘の間抜けな返答にに、両親は特に叱るでもなく、母は言葉を重ねた。

増田あなた医者になりたいの?」

母の指先が示していたのは、志望校の欄に書かれた、地元医学部の欄であった。

「いや、そういう訳では…」

それまでのほほんと『まぁ今の偏差値ならこの辺りの学部書いとけばいいだろ』と志望校を書いていた増田は、母親言葉で『自分が本当に医者になりたいのか』という事を初めて、真面目に、考える事になった(※9)。

我が家勤務医であったので『実家病院を継ぐ為に、何が何でも医者にならなければならない』という家庭の事情も無ければ、『パパみたいにおいしゃさんになるのー!』みたいな可愛らしい夢も無く、『医者になりたいのか』という問いに悶々と悩んだが、すぐに答えが降って湧いて出る訳も無い。

いつまで経っても(※10)返答をしない増田に、母は再度口を開いた。

「じゃあ先に、私達の意見を、聞きなさい」

うろうろとテーブルの片隅に置かれていたコップの辺りで彷徨っていた視線をふっと上げると、母の強い視線に当てられた。残念ながらスローモーションにならなかったが、それでも随分と怖い顔をしていると思った。

「定年まで勤める覚悟が無いならば、医学部受験は認めません」

それまでずっと黙っていた父親は、やっぱり黙っていたけど、母の言葉追従する様にうんうん、と首を縦に振っていた。

※6:大見得を切った。自慢して歩ける程良くは無かったが、教師や親から叱られる程悪くも無かった

※7:(意訳)クソ長ェ意味の無い文章が続くけど素人感想文だから許して下さい(二回目)

※8:何の反動か知らないが、この話し合いの後一切勉強をしなくなったので、その後当然成績は真っ逆さまに落ちた。高校二年の頃まで、と書いたのはそのせいであ

※9:人生舐め過ぎである

10:とはいえ、今考えても三分も経っていない。カップラーメンは待てても娘の返答は待てないらしい

医者になるには、という話

両親の主張は、主に二点であった。

借金と返済の問題

医学部、それも国立医学部に入る、という事は、日本国民から借金をする(≒投資を受ける)と同義である

これは防大についても同じ事が言えるが、極論、医学部学生というのは『将来的には国益になる』と信じられているから、通常よりも多く『投資を受けている身分である

原資は何か?当然、国民血税である。その投資を受けた以上は、医者になったならば、労働を通して国民へ返さねばならない。

医学部に入って6年、専門を決め、安定した独り立ちをするまで更に数年。

10年近く投資を受けるのだから、同一年数は働かないと、その投資に見合った返済が出来たとは言えない。

最低でも46歳、そこまで働く気がないなら、税金泥棒になるのだと自覚しろ、と締め括られた(※11)。

資質問題

『どこでも眠れる』『すぐに眠れる』『すぐに起きれる』『寝溜めが出来る』の何にもかすっていない増田には向いていない。増田はどれも欠落しているか資質が無い。とばっさり切られた

何を想定しているか?無論、当直時、あるいは緊急時即戦力として対応出来るか否か、という事である

尚、緊急時には『有事』も含むからな、国立大卒なんだから当然、とも言われて、己の命の使い方も本気で考える羽目になった。

11:据わった目で『国益』という単語が出た時に、九州女性の腹の括り具合怖ェ、って思いました(感想文)。尚、両親は特定の党も支持していなければ、右の話も左の話もした事が無かったので、余計ビビりった

試みた細やかなる反論と、切り捨てられた回答

・私よりも成績の悪い医者が生まれるかもしれない(※12

→最低限の国資を通った以上、四十歳半ばで辞める優秀な医者よりも、定年まで働く普通医者の方が国益に勝る

看護師女性が大半だけど回ってる

→総数比を考えろ。数が少ないという事は、医師一人に対しての負担看護師比率分だけ上がると自覚しろ

別に定時で帰れる様な小さな病院に勤めれば良くない?例えばアルバイト医師(※13)とかさぁ

→甘 え ん な 阿 呆 (※14)

12自分がドベの成績で国試に受かるかもしれない、という思考を持たない愚かな小娘の僅かばかりの抵抗

※13:その当時、我が家の父は副業で日勤のアルバイト医師もしていたのでそういう発想に至ったのだが、若い頃はアルバイト医師として当直ばっかりしていた為、余計家に帰って来れなかったそうである。そりゃ人が居ない時間を埋める為のアルバイトであるんだから当然である

※14:地雷を踏んだ

終始大半を黙っている父親と、それを取り巻く家族の話

さて、以上の話は全て母親が話をした。

父親はずーっと『そうだぞ』とか『お母さんの言う通りだ』とか、合いの手しか入れなかった。

口下手、というのもあるが、彼は『父親ではない』というのが大きな理由である

一行で起こったこ矛盾であるが、彼は『生物学上における父親であるが『家族構築関係上における父親』でない、という人なのである

私が幼い頃、まだ医局という所は随分と力があり、若手医師の勤務先は医局の鶴の一存で決まる様なレベルであった。ペーペー医師である父は一週間の大半は家にいなかったし、弟は帰ってきた父親父親だと理解出来ず、抱かれた瞬間火の点いた様に泣いた、という古典的エピソードである程、家に帰ってこなかった。

ペーペーを脱しても主流医師でない(※15)父は、時には単身赴任も交えながら、随分と家から遠いあちらこちらの病院転々としていた。

結局、父親我が家根城に出来る様になる頃(※16)には子供達は反抗期を迎え、ちっとも父親として接していなかった父親は、子供とどんな話をして良いのか分からない、という状態に陥っていた、そんな時期がこの事件の頃合いである。

所謂、『仕事人間家族と関わって来なかったお父さんが定年を迎え、家族との接し方が分からない』という状態になっていた為、結果娘に何と言えば良いのか分からなかった、というやつである

彼がそうなった原因の一つに『田舎医者が少ない』という点がある。

圧倒的に『全体数が足りて無い』が故に、『一人当たりの当直数が多く』なり、またそういう人数が少ない病院ばかり転々としていた(※17)のも相まって、父親はいだって住まい病院です』みたいな生活を送っていた(※18)。

たまに家に帰って来て『今日はお父さんが帰ってきたから、家族四人で外食に行こう!』となっても、たった二時間もしない食事最後に彼のポケベル(※19)がけたたましく鳴り、家族団らんが解散になった事は数えきれない程あった(※20)。

当然、盆暮れ正月関係無く、少なくとも我が家帰省冠婚葬祭も含め父親を交えて一泊二日以上の旅行に行った事が無い(※21)。

そういう訳で、我が家は常に『母子家庭』と同等であった。何せ基本的家族行事に、父親はいだって居ないのである入学式卒業式も発表会も、父親がいた記憶が無い。

幸いにして母親専業主婦ではあったが、代わりに田舎ならではの『旦那(=増田父親実家の面倒』を見るという仕事はあり、最近流行り(?)のワンオペを当時より当然の如く強いられてきた。

別段その事については特に思う事は無かったそう(※22)だが、そういう母を間近に見ていながら『私の仕事の穴を他の人が埋めてくれれば良くない~?』みたいなニュアンス発言を娘が行った(※23)のは、流石に看過出来なかったらしい。

という事で、此処からは若干説経と、あと当初の想定通り偏差値について幾ばくかの説経が入ったので、ここで一端幕を降ろす。

※15:と父親本人が言っていた。本当の所は知らない

※16:医局の力が弱くなってきた事と、勤務先について本人の希望を汲んで貰える程度には中流層に入った頃合い

17:「していた」のか「させられていた」のかは、今はもう分からない

※18:一度だけ父がインフルエンザに罹った時に、『入院していい?』と聞いたら、師長さんに『(いつも病院生活してるんだから、)病気先生の面倒まで見たくありません』と断られ、そのまま家にいた母親に迎えの要請電話が来た(実話)

※19:少なくとも、私が小学校を上がる頃まではポケベルが主流であった

20とある店に行くと、なぜか謀った様に毎回毎回鳴るので、仕舞いには弟と『今日ポケベルが鳴るか鳴らないか』という賭け事(掛け金:翌日のオヤツ)をやっていた(※現金の絡む賭博行為違法です)

※21:いわんや海外旅行をや

※22:父と結婚するにあたり、ワンオペ育児を行う事になると重々言い含められ、了承の上の結婚だった、と後に語る

23自分の穴埋めをしてくれる人(=他の医師)を全力でバックアップする人間(=その医師家族)に対して軽視し過ぎであり、礼を失した態度である、というお怒り

後日談

その後、別日ではあったが、もう一度話をされた。

その時に言われたのは、

増田が本当に医者になりたくて且つ子供も欲しいなら、孫(=増田の子供(※24))が一人で留守番が出来る年齢になるまでは私がフォローする。私の体力が追いつかなくなったらシッター代も出す。だからそれも踏まえた上で、自分が『医者』になりたいのか、『母親』になりたいのか考えろ

・ただし、その場合増田就職は(地元)県一択になるだろうから、そこを前提に考えろ

田舎から出ていきたいと思うなら、専業主夫になってくれる男性結婚か、或いは子供を持たない夫婦二人暮らし選択する事になるが、家事労働を金で買うかのどれかだが、そういう考えに賛同してくれる相手は数が少ないと心得よ

医者になる幸せと、(増田)の人生幸せ(※25)と、よく考えてから志望校は決めなさい

そういう話をされ、『そこまでして医者になりたいか?』と考えた結果、以降増田志望校から医学部名前を書かなくなった。

24:結果として、母親の想定年齢を超えても増田は一人身だし当然の様に孫も産んで無い為、このくだりを書きながら無駄な気苦労をさせてすまない…、という気持ちで一杯である

※25:生活力の無さを見抜かれた上での発言であり、別に子供を産むことを推奨はしていない。30歳を超えたある日、電話口で母に『孫いなくてごめん』と謝ったら『子供なんて、居たら居た形の幸せがあるし、居なきゃ居ない形の幸せがあるんだから比較も出来ないし、(母)に謝る事ではない』と叱られた。本当にすみません

第一声について

此処まで書いてこんな事を言っても信じて貰えないだろうが、別段増田は『女性医者になるな』と主張したい訳ではない。

ただ、医者になりたいのであれば『自分が誰に投資をされたのか』という事を忘れないで欲しいし、その投資に対して最低限ペイをする気が最初から無いならば、その道は他に譲ってくれないだろうか。(或いは、現場医師ではなく、研究職といったルート選択するとか、兎角ペイを出来る道筋を立てて欲しい)

そして、医者の総数が少ない以上、途中で辞めてしまう優秀な医師よりも定年まで働いてくれる平々凡々な医師の方が有難い、と思う程に、医師の少ない地域があるのだ、という事実に少しで良いから目を向けて欲しい。

産休・育休をしても尚女性医師が長く働ける職場を、と言うならば、お互い様精神で、男性医師だって同じ様に休ませて欲しい。女性医師休みは認めろと声高に叫ぶならば、同じ様に男性医師にも同じ期間だけ育休を取得する権利を声高に叫んでくれ。

女性妊娠出産するから優遇されて当然でしょ!』ではなく、女性であろうが男性であろうが同じ様に当直を行い同じ様に休みを取り同じ様に昇給して同じ様に家族との時間を持てる様にと主張して欲しいだけである

が、現状、当然比較論ではあるが妊娠出産を機に投資に見合ったペイもせぬまま医者を辞める女性は多く、その穴埋めを男性医師が当然の如く行っている以上、男性下駄を履かせたり、女性を少なく取ったりしたって『当然だよなぁ』と思うのである

少なくとも、医者になりたいし母親にもなりたいの!と思うならば、実家フォローパートナーフォロー(※26)/民間(例:シッター)のフォローなど、両立出来るだけの道筋を立てられるかどうかを、一度考えてみて欲しい。

※26:我が家場合は『奥さんに丸投げ=パートナーフォロー』なので、真面目に女医を成立させるならで自分の代わりに家庭を全て回してくれる人を探す案をおすすめしたいし、現状それで男性医師の家庭は回っているのだから女性医師が真似ても上手く回る例なのでは?と本気で思っている

当該の迫害されている女性医者(或いは医学部志願女性)では無くて、けれど『女性差別だ!』と怒れる方へ

まずは一人一人が己の健康を顧みて、医師負担を減らす事で、医師仕事量の総数が減り、結果男女共に産休・育休を取りやすくする事を目指しませんか?

具体的には

・無茶なアルコール飲酒をしない(急性アル中患者を減らす)

・無茶な運転をしない(交通事故患者を減らす)

・日々歩く、と言った最低限の健康管理を行う(成人病リスクを下げる)

・(今のシーズンだと)熱中症予防をきちんと行う(急患の数も減らし、重篤熱中症患者を出さない)

予防接種を受ける(風疹騒ぎ、よもやお忘れではあるまいな…?)(※27)

健康診断を受ける(数年に一度脳ドッグオプションを付けたり、市町村区フォローしてくれるガン検診を受けたり、早期発見早期治療を目指す)

みたいな。

少なくとも、そういうフォローの仕方もあると思うので、ご一考頂ければ幸いです(※28)。

※27:予防接種については、医学的に受ける事も出来ない人(例:妊婦風疹ワクチン)もいるのだから、少なくとも飛沫感染・蚊を媒体にした血液感染系の予防接種医学的に問題が無いなら受けて欲しい。接触型感染である子宮頸がん、みたいな類のワクチン医師家族相談の上自己判断で良いと思うけど、少なくとも不可抗力他人うつしてしま可能性があるならば、皆で予防する、というのは基本的な事ではないか

28:これ、医者に限らず例えばサービス業に対しても同じだと思うのですが。と申し添えておく。お金も払わずサービスだけを求めるのを止めて、サービスに見合った対価を払うか、或いは対価を払いたくないのであればサービス求めないとか。まずは等価交換が基本でしょう?

おわりに

この間、実家に帰ったら父親にぼそりと『(増田)を医学部にやれば良かった』とか言われた。

オメェ、あの時散々反対したじゃねーかよ。と殴ろうかと思ったけどやめた。

属性医者』をようやく辞める事が出来た彼は、ようやく『属性父親』の練習を始めたばかりであり、目下家族との対話練習中なのであり、まだまだ足りない日本語(※29)をフォローし、行間を読む日々は続きそうである

※29:我が父は日本語も下手だし自力で読解出来ない文字を書く為、転々

2018-07-06

anond:20180704215009

おまえ、なんか思い込みが激しくないか

投票に行くやつのほとんどは、選挙自体にも政治にも熱くもなんともなくて、単に淡々投票してるんだよ。

自身政治には大して期待してない浮動票ノンポリ(?)のIT系バリバリ稼ぐ仕事人間だけど、投票なんて費用もかから時間も労力も殆ど不要重要権利行使ができる機会なので、投票しとけばいいじゃんというくらいの感覚なんだがな。

2018-03-29

母が躁鬱になった~寛解した記録

ドワンゴを二回やめた人のブログに対し

鬱じゃなくて躁鬱なのでは、躁鬱は統合失調症と並んで不治の病というブコメがあったので、

そういえば躁鬱って不治なんだっけ?どうなんだっけ?と不思議に思った。自分思考整理と記録のために書き残す。

なまえをかくしてたのしいにっき。

母が躁鬱になってからかれこれ10年がたった。

■誤診期

「誤診」と書いたが、診断確定の難しさは他でもない私が知っているので、「誤診」よりもイメージの良い、精神科医名誉を傷つけないワードがあったら教えて欲しい。

時期:十年前~七年前

症状:元々パワフルで仕事人間しかし分配された家事はきちんとやる母であった。共働きフルタイムだったが、食事ははおいしかったし、稼ぎもそれなりにあり、仕事も好きだった。趣味があまり無かったが、車は嫌いではなく毎日通勤に乗っていたのでストレス発散の手段ゼロではなかったと思う。

母は突然、朝起きれなくなった。仕事に行けなくなった。

涙を零すとか不満をぶちまけることはなく、全てのことに無気力になってしまった。

休職期間が切れ退職扱いになるまでの一年はあっという間で、家族(父、増田を含む兄妹二人)は通院をはじめとした外出に抵抗を示す母を引きずって病院に通いながら、減った収入補填すべくがむしゃらに働いた。

診断:鬱病。加齢によりが少し体のある器官のせいで、全盛期に比べ仕事効率が目に見えて落ち、生きがいだった仕事への活力が失われたことが原因ではないかとの意見

まだ地獄ではなかった。


躁転期(地獄

時期:六年前

症状:何をするにも無気力食事を採らせるのも一苦労、10キロ以上体重が落ちほぼ寝たきりの状態だった母から仕事中の増田電話がかかってきた。

内容は「お前を大富豪にするビジネスプランを考えた。今すぐに実行しろ、金は私が出す」。

我が家に金なんてない。

妹に対しては「お前を玉の輿にのせるプランを考えた。」という電話があったらしい。

その後、仕事中に着信が1分1件ペースで入る。

躁鬱に対する知見が全くないので家族パニックに陥り、全員が仕事を早退し家に帰ると、見違えるほど元気な(元気すぎる)母がいた。

躁転時にやらかしたことは下記に箇条書き

投資マンション契約をしようとする(一番やばかった、本当に手付け金が帰ってきてよかった)

キッチンをめちゃくちゃにする

風呂場に調味料をぶちまける

アドレス帳のすべてに電話を何度も何度もかけまくる(母本人の希望で疎遠にしていた人含む)

テレビを壊す、壊れたからといって過剰に大きいサイズテレビを買う

・そのほか高額なものを買いまくる

・「私の考えた最高のビジネスプラン」を話しすぎて、喉が切れて血が出る。血が出てもまだ話すので、口元からずっと血が垂れ落ちている

などなど。今から考えると「自殺こころみる」が含まれていないのは、本当にラッキーしかいいようがない

診断:「わたし鬱病は治った」と言い切る本人をなんとかだまくらかして病院に連れて行くまで半月、その間に家の中は大惨事。様々なものクーリングオフ迷惑をかけた方々へのお詫び行脚に明け暮れる。

医師は「躁鬱の波が長いタイプ。鬱が最初に来てしまったので、診断できなかった」とのこと。

なんと躁鬱に効く薬と鬱に効く薬は全く別で、医者家族も効くわけもない薬を無理やり嫌がる母にのませていたのである。「効果ありませんね~」じゃねーよ、とこの時は思った。暴れるのを抑えるための措置入院を経て、三年間見たこともなかった名前の薬に変わる。

回復

時期:五年前~

症状:正しく躁鬱の薬を処方されてからはかなり早く、措置入院は1カ月、その後はテンション上下自体はあるものの、順調にその波はおさまっていった。勿論きちんと薬を飲むか等、かなり細かく監視必要はあったが、「鬱だな」「躁だな」と判断出来るようになったことで、家族全員がだんだんそれぞれのパターンでより刺激しない接し方を覚えていった。

また、この頃、自分が通院する必要性について自分でやっと理解できたように見えた。激しい鬱期は被害妄想が強く、躁期には「治った」と思いこんでいたため。

少しずつ少しずつ安定した生活習慣を取り戻し、知り合いのツテで仕事にも一部復帰。(突発的に休む可能性がかなり高いにも関わらず専門性の高い仕事に復帰させて貰えたのは奇跡しか言いようがない。復帰後の職場の皆さんには、今でも、母も自分も頭が上がらない)仕事をするようになってからは、自己肯定感が増し、安定している頻度が増えたように感じた。働くことはプレッシャーであると考えていた自分には意外だった。

寛解

時期:三年前

診断:「寛解

精神病には、基本「全治」はないという。

骨がくっつきました、とかと違って明確な基準がないため。

勿論再発しない限り、引き続きの治療必要ない。

が、家族から見ると、一度病気を経た母は少し罹患前より変質しているようにみえた。9割5分、記憶のままのマトモな母だが、やはりどこかしら違ってしまたことがあるように感じた。

私が好きだった母と全く同じものは、もうどこにもいないかもしれない。それは少し寂しかったし、それこそが「寛解」と「治癒」の差かもしれないと感じた。再発のリスクは、限り無く少ないが、ゼロではない。


最近

おまけ。

寛解から三年たってようやく、「あのころこうだったね」等の振り返りを当人含めてできるようになってきた。妹は良く「玉の輿に乗る方法」の話をして笑いをとっている(※妹は未婚)。

しかしたら病気になるまえの母はストレスを押し殺していて、本当の母ではない=今の母が本当の彼女の姿なのかもしれないと漸く思うことができた。確かに記憶の中の母よりもほんの少しだけセンシティブである

でも我が家はこれを乗り越えられてよかった。家族みんなが、自分ストレス閾値を考えられるようになり、出来ないことを頑張りすぎないようになった。そして家庭の外でも、頑張り過ぎようとしている人に優しく出来るようになった。人間的成長ではなく、壊れたらより損失が大きいことを身を持って知ったかである

結果、皆母のために暫くの間キャリア犠牲にはしたが、最終的には職場での評価はあがった。

振り返ると家族の中に三人働ける人間いたこと、子供二人はまだ未婚で家族以外にかける迷惑が最小限で収まったこと、そして三年の膠着期間を経たとはいえきちんと正しい診断がおり寛解に至れたこと、様々な幸運に助けられたんだなと思う。

かなりベストに近い形だとは思うが、それでも躁に転じたとき二段回目があるのか、この先もっともっとおかしくなるかもしれないという底知れない恐怖ははかりしれない。母がどうこうというより自分だっていつかは、ああなってしまうかもしれないと恐ろしかった。

これはただの日記から伝えたいメッセージとかは無いけど、

周りにもし近い状況になっている人がいたら情報共有したい経験ではあるし、我々のように幸運が重ならなかったとしても、何からセーフティーネット患者家族がなんとか生きていける社会であればいいなと思う。

2018-03-25

anond:20180324234416

しかに妻は仕事人間なんだろうなと感じます仕事しなくて良いから、家事育児に専念してくれなんて言ったら火に油を注ぐ事になるのが目に見えています。もともとが貧乏性なので、お金を使ってサービスを買う事にも抵抗があるようです。

2018-02-28

年上の彼氏

6歳年上の彼氏仕事人間実家ぐらし。

私は少し遠いところに一人暮らししていた。私の家に来るたびに「遠いから来づらい」と言っていた。1週間に1、2回来てくれていた。

から更新を機に引っ越した。彼の家から自転車10分程だろう。

今日も彼は仕事

引っ越しから2週間経つけれど、

近くになったけれど、

まだ3回しか泊まってくれない。

強欲な生き物は今日もひとりで

この広い部屋のシングルベッド

やすや寝る。

今日可愛い服を着て待っていたのになあ。

2018-02-09

反抗期だった頃の兄とその後について振り返る

私と兄は3歳違いの兄妹です。あれです、入学式とか卒業式被って困る年齢差のやつです。

題名の通りなんですけど、兄の反抗期だった時について今でも消化しきれてないことがたくさんあるのでつらつらと書いておこうと思います推敲もしてないので乱文長文です。

兄の反抗期は大体中1から高3くらいまででした。これが長いのか普通なのかはわかりませんが、この期間私は地獄でした。

もともと兄妹とても仲良し!という訳でもなかったので、まぁどこにでもいる仲が良くも悪くもない兄妹でした。

そんな兄が反抗期を迎えたころ私は小4。

色々なことがわかり始めた年齢ですね。

兄は壁や扉を蹴りはじめ、家は穴だらけ。窓ガラスを割るという行為をし始めました。

私はなんでそんなことをするのかわからなく「やめてよ!」と言ったところ殴られて首を絞められました。

兄が家を蹴るのに飽き始めた(?)ころは言葉での攻撃にハマりだしました。

リビングにいるだけで、「死ね」「消えろ」「クズ」「ゴミ」「ブス」と言われ続けました。

私の方が先にリビングにいて、兄が入ってきたときは舌打ちされるのが普通、たまに皿やリモコンなどそこそこ硬いものを投げつけられました。

私が後からリビングに行くと「出いてけゴミ」と暴言を吐かれました。

休日母親が早朝から仕事ときは大体兄がリビング占領していたので朝食を食べずに部活に行き、昼に帰ってきても兄が怖くて昼食もとることが出来ず体重ガンガン減っていってました。それで母親に「なんでご飯食べないの!」と怒られました。懐かしいなぁ。

そのころ私は、兄よりも頭の出来が良く兄が入れなかった高校に私が入れたのとかも反抗期ヒートアップした原因なんでしょうかね。知らんけど。

そんな感じが6年続いていたのでほとんどまともに会話したことはありません。

母に「なんで怒ってくれないの、」と泣きついても「お兄ちゃんは反抗期から仕方ない。ほっといたら収まるから。」の一点張りでした。

父親は私が6歳の頃から県外へ単身赴任に行っていて年に2、3回会うか会わないかだったので頼りになりません。もともと仕事人間で家庭にあまり関わらず一緒に遊んだ記憶はありません。なんていうか私の感覚では「父親」という肩書きの知らない人です。

ちなみに家族旅行は小3のときの一回きり。それ以前も以降も一度も、日帰りすらありません。

話が逸れましたね。

兄に暴言を吐かれるたびに「いつか絶対にやり返してやる」と思っていましたが、母親には「人にやられて嫌なことはするな」と何度も何度も繰り返し言われたので、結局一度もやり返したことはありませんでした。

「人にやられて嫌なことはするな」

いい言葉ですね。心無い言葉暴言、傷など私の受けてきたもの、傷付いた感情、それら全て私は一度もやり返したことが無いので、兄は一生それを感じることなく生きていくんでしょうね。羨ましいなぁ。

母親の教え「人にやられて嫌なことはするな」を遵守した結果、私の中の劣等感は未だ消えずに心の奥深くで、真っ黒で、ドロドロと粘着質に、そして確実に今も増殖しています

なんていうか、この兄の行動、言動を「反抗期」って言葉だけで片付けてもいいんだなって思うと虚しいですね。

私は6年もの精神的に傷つきへとへとになっていたのに、反抗期から仕方ないんですね。私は兄から受けたこれらをいじめだと認識してたけれど、世間がこれは反抗期というなら多分ただの反抗期なんでしょうね。

それなら、兄の反抗期に振り回された、私のこの状況にも名前が欲しいです。なんだろうなぁ。「とばっちり」かな?「しょうがない」かな?それとも「みんなが通る道」とかかなぁ?

全国の妹や弟、みんなが通る道だから傷つかないとでも思ってるんでしょうかね。私は19にもなっていまだあの頃のこと思い出しては怖くて不安で惨めでぼろぼろ涙がでてくるんですけれど。これがみんなの通る道ならそんな道はやくなって欲しいです。それか全国の反抗期の奴らの道に続いて欲しいです。

でもそんな兄も大学合格し、家を出て行きました。もうハッピーでした。兄が家にいない高校生活ほんとうにとっても楽しかったです。

まぁでも兄も全く帰ってこない訳じゃありません。長期休みになると帰ってきます

帰ってきてびっくりしました。反抗期終わってるんです。暴言も吐かないし殴らないし私の大事にしていたもの勝手に捨てたりとか、とにかくそういうの全くしなくなったんです。漫画などでみる優しい兄でした。

とても気持ち悪かったです。私に死ねと言っていた人間が数ヶ月で「高校生楽しい?」と笑顔で聞いてくるんです。どういう風の吹き回しなんでしょうか。あんなに暴言いってきたのに、今更普通の兄妹関係に戻れるとでも思ってるんでしょうか。

無理です。私は兄にやり返さないことだけに全力を尽くしたので、兄を許すだけの心の空きがありません。でもせっかく兄が笑顔で話しかけてくるので、機嫌を損ねないように私もなんとか笑顔で話を合わせています。殴られるのは痛いので。

しかしたら大学でよほどいい巡り会いがあったのか、もしくは心境の変化でもあったのか、反抗期のことを悪いと思ったのかもしれません。だからせめて今からでも妹と仲良くしようなどと思ったのかもしれません。

でもそれなら、一言だけでいいから、あの頃は悪かった、と謝って欲しかった。謝ってくれたら、許せたかもしれなかったのに。

謝るのが恥ずかしいのか、それとも謝るまでもないと思ってるのか、わたしにはわからないけれど、もし後者なら、やっぱり兄とは一生分かり合えないと思います

そんな兄も春に大学卒業し、社会人として働くようです。

私は母親と折り合いがつかずに望まない進学先で精神面を壊しそこから身体も崩し短大を辞めました。精神内科先生からは「うつ状態」と言われ薬を飲んでいましたが、精神的な薬に良い印象を持っていない母親に薬を捨てられました。ウケる。今はだいぶ回復しましたが、それでも外に出る気力もなく、こんな意味のない文章を書き連ねています

好き勝手に生きてきた兄は大学に進学し就職しているのに、兄の裏で沢山のことを我慢して自分気持ちを抑圧してきた私はうつ学校を辞め今や引きこもりですよ。笑っちゃいます

こんな人生になるんならあの時母親のいうことなんか聞かないで殴り返してやれば良かったなぁ。

2018-02-08

高次脳機能障害者の介護がクソ地獄だ。

私は20代、男。

学生ときに、父が重い病気になった。

くも膜下出血だ。

小室哲哉の奥さんと同じである

病後、例に漏れず私達の家庭も「高次脳機能障害」と付き合っていくことになった。

あれからもう5年以上も経過して、父は依然として

約束(決められた時間場所にいく等)を覚えていられなかったり、

ちょっとしたこと感情が爆発してしまったり、

記憶や話の整合性が取れなかったりすることがある。


「妻が女の子になってしまった。」

小室氏の表現は、まさに言い得て妙だ。

から罵詈雑言を浴びたり、記憶の抜け落ちにより息子だと認知されなくなったりするのは、悪意がないとしても(無いからこそ余計につらいのだが)相当、精神的に堪えるものである

今回、KEIKO氏の高次脳機能障害が世の中のトピックにあがったこタイミングで、タイムリーなことに私の父にも進展があった。

決してハッピーものではないため、増田にて書かせてもらう。長文雑文になるが、どうか一読いただければ嬉しい。



当時、いわゆる夢追い人だった私は、残された家族のため(高齢祖母、まだまだ10代半ばの弟)

父に代わって、なんて格好のいいものではなく、なし崩しなのかなんと言うか、泣く泣く人生軌道修正をすることにした。

肝心な父の状態は相当ひどいらしく、生きるか死ぬかの瀬戸際だった。

「生きても半身不随になるかも」

そう医者にいわれた。

わかっちゃいるが、お医者さんもすごい慣れた喋りクチだ。そのせいか、えらく事務的に聞こえる。

自分のこと、家族のこと、父のこと。私が死ぬわけでもないのに走馬灯のように色んなことが、しかも最悪の形で頭で展開されていき、

それと同時に、ただでさえパニックになっている頭の中を、物凄い情報量が通過していく。

まともに読みもしていない手術に関する合意書等、沢山の書類サインをしていく。こんどはこちらが事務的にこなす番だった。

ふと気がつけば、手術がはじまっていた。

その時になってはじめて、あんなにキライだった父のことなのに、思いきり泣いた。


手術は成功だった。

見事に父は快復。重篤的な意味で。

術前に医者から聞いていたとおり、父は高次脳機能障害とよばれるものを抱えながら生きていくことになった。

まり障害者だ。

パッと見、ちょっと痩せて目がトロンとしているくらいなのに、障害者だと思うのは不思議感覚がしたが、それも始めだけだった。

開口一番、「おまえ、誰や?」。

ああ、父の病気はまだ続いているんだと悟った。

発症から数ヶ月ぶりにコミュニケーションがとれたこともあり、必死に状況を説明してみた。

うんうんと理解したような素振りをみせたと思いきや、「なんで俺はこうなってるんだ?全部のお前のせいだ!」と怒号を飛ばされる。

悪意がない、あたまが混乱しているだけだ。と周りには慰められたが、当時まだ二十歳そこそこで、ここまで自分なりに夢や時間やと犠牲にしてきたのに、あんまりだと思った。

この段階でまた泣いた。

リハビリ施設に入って半年、父は退院することになった。

聞こえはいいが、後に詰まっている患者を入れるため、心太式に入れ替わることが制度で決められているだけだ。

要は強制退所である

怒号はなくなったが、兄弟の人数を間違えたり、架空人物を作り上げたりする父をみて、私は「これで大丈夫なのか?」と医者に問うたところ、

「これ以上の治療はできないかリハビリして現状維持するしかない」と返ってきた。

絶望だった。

もう私は一生、この現状に縛り付けられるのか?こんなあっけなく、自分コントールできないところで審判がくだされるのか?何度も自分に問いかけた。

その後しばらくして、父はなんとか勤めていた会社に復帰するまで持ち直した。奇跡的だった。

私の絶望は、どうやら杞憂だったらしい。

父は、昔みたいにバリバリ仕事はできなかったが、会社事情を汲んで軽作業仕事を与えてくれた。

うそれだけでも充分だった。やっと終われる。そう思った。

それから5年経ち、個人的にも家族的にもバタバタした時期がすぎて、なんとか人生プランを立て直す段階まできた。

そのタイミングで、また事がおこる。

つい先日、僕の電話宛に、父がいる会社社長さんから電話があった。

嫌な予感がした。どうやら5年前の絶望杞憂ではなかったらしい。

聞くと、実は1年前から仕事中だけ様子がおかしい。症状が酷くなっている。と言われた。

正直にいうと、「またか。」と思った。

もうこれ以上、振り回されたくないのが本音である

世間は、血のつながりだとか、産んで育ててくれた恩人だとか押し付けがましいことを勝手にいいやがるが、クソ食らえである

リハビリ施設からは、外来は受付してないと断られる。

ソーシャルワーカーに紹介してもらった施設は、結局のところただの相談窓口で、抜本的な解決につながらない。ガス抜きにもならない。温度間がちがう。

いまの会社では働けないのに、障害者手帳をもらうには程度が低いので認定できないと言われる。

障害者用の雇用枠では賃金が安すぎて自立した生活ができない。

基本的に周囲からは「健常者」としてみられるのだが、自分のケツをふけなくなったくせにワガママだし、仕事もできない。

この細かい矛盾が本当に納得いかない。

あんなに強かった父が、若いから「ジャマだジジイ」だなんて蔑まされてるだなんて、聞きたくなかった。

泣いてたらしいし。もうつらいです。


■追記

深夜にどうしようもない心持ちになり、完璧に勢い任せな投稿だったのにも関わらず、反響があって驚いている。

コメントをみると、私みたいな物でも誰かの役に立てそうな気がしたので、返事を書いてみる。

>>>anond:20180208054807

本当にお疲れ様ですとしか言えないな。あなたの感じる細かい行政上矛盾が少しづつでも解消することを祈っているよ。

私も二人、子供がいるんですが子供迷惑かけたくないな、と強く思う。健康大事だな。。。君も(抜けないかもしれませんが)手を抜く事に躊躇しないで欲しいです。

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ありがとうございます

父は元々仕事人間プライドが高い人だったので、いまの状況が本当にもどかしいです。

一身上のことですが、祖母と父は養子縁組だったので血が繋がっていません。

本文では割愛しましたが、実は父には血縁関係の無い姉がいて、軽度のダウン症を患っています

そんな家庭でも、父は恩を感じているようで、私に常々と「家のことは俺が全て最後まで面倒みるから、お前は心配するな。」なんて言っていました。

なんとも救えない。皮肉な状況です。

お互い、ご飯と睡眠は大切にしたいですね。

>>>anond:20180208054807

嫌いをキライって書くやつ嫌いだわ。 苦しめ。

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不快にさせて申し訳ない。だけど、少しでも読んでくれて嬉しいです。

ありがとう

>>>anond:20180208104709

一言余計だわ。 その一言が人を殺すかも知れないのに…。

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気遣いありがとう

いまのところ死ぬ気はないです。

件のおかげで、「嫌われる勇気」は読まずとも身についたのでラッキーだったかもしれません。笑

>>>anond:20180208054807

今までと、これから先の自分を見ているようだった。

自分が関わらないことで「見捨てた」と思いながら自分だけの人生を歩むのと、

積極的に関わって「自分人生を生きられなかった」と思う人生を歩むの、

どちらの人生が良いのかとときどき考えるが、私はまだ答えが出せないままズルズルきている。

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その気持ち、すっごくわかります

当時は経済的にもすごく不安定でしたので、よく「自分死ぬくらいなら、全員見捨ててでも生きる。」と思って日々を過ごしていました。

いまでもそれは変わっていませんが、自分のできる範囲でなにか手伝おうというスタンスでやろうと模索しています

しかし、何か在ればや私のところに連絡がきてしまうのかもですが。

>>>anond:20180208054807

障害者手帳すら出ない程度なら、後見人でもないと思うけど、本人ではなく家族退職勧奨なんてするかなあ。

もし本当なら、退職勧奨は受け入れず、解雇通告された場合には会社に対し解雇通知書もしくは退職理由証明書の発行を依頼して。

そもそも後見人でもない増田がやることではないはずだけど。

障害者枠の仕事では自立できないって言うけど、障害者枠の仕事子育てもして自立してる人もいるので、「障害者枠の仕事」と一括りにしないでほしい。

会社で勤務中だけ様子がおかしくて、主治医増田悪化が把握できないなら、会社から具体的な症状を聞き取りして主治医へ伝えることで障害者手帳を取得できる可能性はある。

そもそも介護問題というより労働問題ではないのかなあ。

大変だった時期もあるだろうけど、現在障害者手帳が出ない程度だし、具体的にどんな介護をしてるか書いてないし。

行政支援が受けられないなら、距離を置くか、イライラ溜め込まないよう増田自身メンタルケアを優先してみては。

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なるほど、そもそも後見人概念を知らなかったので勉強します。

様子については、基本ちょっと抜けているのですが、仕事や非日常イベントなど緊張する場面になると急に症状が酷くなるみたいでした。

タイトルについては、私自身も介護問題なのか労働問題なのかは上手く切り分けられていないのですが、小室さんの件もあり介護先行で書きました。

障害者枠の仕事」も含め、相談員の言うことを鵜呑みにして思考停止している部分もあるかもです。

色々とご指摘、ありがとうございます

2018-01-06

anond:20180106074727

女うなんだ…初めて知りました。確かに、「惚れた女性・目ぼしい女性」を落とす場所では、ないですもんね。

でも、メッセージのやり取りから、私が仕切る、というよりも、他力本願おんぶにだっこ状態に続き、追加でリクエスト五月雨式で着ます。「色々なチョイス、ありがとうございます、返信が遅れてすみません」と前置きをした上で、「12時半ごろにしましょうか」「待ち合わせ場所、そこは嫌なので、店の前で待ち合わせで!」とか「12時半に予約を入れておいてくださいね」とか。私はもしかしたら、品定めというよりも、ナメられているのかな、と思う様に感じてしまいました。

その方は、ずっと研究分野は理系畑だそうでした。学歴が自慢で、その点を自己主張なさる方でした。仕事人間を自負していて、かつ、子どもは欲しい…といった方です。

初対面のアポが来た段階で「仕切る気はない文面だな」とは思いました。面倒くさがりなのかもしれませんが、どちらかというと「ちゃっかり」という印象です。使える者は使う、使えないと解ったら、ようやく自分で動く、といった形で。自分が気に入らないのみ、リクエストをだし、要望に対する指示を出す、といった形です。

来週お会いしますが、すでに精神的な負荷を感じています。会ってみないと解らないし、男性から見たとして、女性にも悪い人が居るから警戒しているのかもしれないのに。面倒くさがりというの男性というならば、そういった類の男性対応できない余り者の私の方が「面倒くさがり・面倒くさい女」なのかもしれませんが(笑)

まとまらない返信になってしまい、すみません。でも、確かに「面倒くさがりな男性か否か」は今後において重要な点だと思うので、気を付けたいと思います。ご指摘、本当に有難う御座います

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