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はてなキーワード: ディーゼルエンジンとは

2021-11-09

anond:20211109124416

  1. 中国調子づく
  2. オーストラリア中国距離を起き始めクアッドに前向きになる
  3. 中国キレる。「もうお前んとこの石炭買ってならねーぞ!」とばかりにオーストラリアから石炭輸入を規制圧力をかける
  4. 中国石炭不足になる
  5. 石炭で作っていたいろんなものが作られなくなる。尿素水もその一つ
  6. 韓国尿素水の国内需要の97%を中国からの輸入に頼っている
  7. 中国尿素水が輸出規制されてしま
  8. 国内備蓄が尽きると国内ディーゼルエンジントラック殆ど動かなくなる

こんな感じ

で、日本普通に買える尿素水(アドブルー)を買い占めようとする動きを予見して購入制限するところが出始めた

つか、中国石炭不足になるのは今年初め頃から分かっていた事なので、韓国政府は今まで何やってたんだという話でもある

2021-11-07

転売屋の次のターゲットはアドブルーかな

日本では殆ど話題になってないけど、はてなー大好きな韓国ではアドブルーの枯渇がなんか凄い大問題になっていたりする

http://www.chosunonline.com/m/svc/article.html?contid=2021110580008

 中国の輸出規制に端を発する尿素水の品薄現象で混乱が拡大している。尿素水の原料である尿素の97%を中国産に依存しているため、中国尿素輸出を中断したことで、ディーゼル乗用車133万台、貨物車55万台の計216万台が走れなくなる危機に直面したのだ。混乱が長期化すれば、宅配貨物トラックだけでなく、消防車救急車まで運転できなくなり、物流公共セーフティーネット全体がまひしかねない懸念が高まっている。

要するに、国内ディーゼルエンジントラックの3、4割が動かなくなるかもしれない瀬戸際にきている状態

当たり前だが日本ではアドブルーが不足しているという話はまったく出ていない

なので買おうと思えばそのへんのガソリンスタンドとかカーディーラーとかで普通に買える

なので向こうの連中に転売するためのアドブルー買い占めが近いうちに起きるかもしれない

https://anond.hatelabo.jp/20211107214049

「向こうに転売するための」だよ

別に日本国内でアドブルーが不足するという話じゃない

https://anond.hatelabo.jp/20211107214055

向こうは年末あたりから「どんなにカネを積んでも物理的に手に入らない」って状況になるかもしれない瀬戸際なので、最悪の場合は考えておくべき

2021-10-23

anond:20211023233817

燃費クソ悪のディーゼルエンジンけが正義エンジンで、悪の電気自動車をやっつける

みたいなアニメ作らないと駄目だよな。

世界は間違った方向に進歩してるよ。

2021-08-27

anond:20210827185218

尿素処理システム? SCR のこと?ブルーテックとか、メルセデス・ベンツとその子会社三菱ふそうトラックがやってるよ。本当はすごいテクノロジーだよ。だけど、日本だとディーゼルエンジンのような長距離輸送が少ないから、使えんよ。日本だと、ディーゼルエンジン流行らないよ。基本的に、長距離運転しないでしょう?サンデードライバーの多い日本に、なんの意味があるのさ。

2021-07-28

新自由主義連呼くんとのバトル日記

なんか新自由主義否定する根拠が、出生率の向上には差別必要という主張になり始めて、ネトウヨリバタリアン自分よりも差別肯定主義者でびっくりしている。テクノロジー進化で、過去手法現代に持ってきても失敗する(例えば鉄道国営にしても、ディーゼルエンジン革新トラック輸送競争力は以前のものより勝るため、かつての賑わいは取り戻せないとか)のが理解できるはずなのに、どうして「新自由主義否定」すれば社会はうまくいくと思うのか、まったく理解できない。俺は「新自由主義否定したい」のだけど、今のところ否定する根拠が見つけられないから、一縷の望みかけて彼にチャレンジをしているが、どうやら根負けしそうだ。

2020-12-06

パートナーとしての土木技術者ICBM施設建設

1940 年代後半から 1950 年代前半、土木技術者は、今日技術者と同様の問題経験していた。しかし、1950 年代と 1960 年代の一時期、これは変化した。大陸間弾道ミサイル(ICBM)計画運用計画が始まったことで、ミサイルの地上環境の設計者は、ミサイル設計者と一体となって仕事をしなければならないことが明らかになりました。

第二次世界大戦後、空軍ドイツ科学者採用し、ドイツのV-2ロケット備蓄品を捕獲してミサイル開発に着手した。1953年8月ソ連が熱核爆弾実験成功したと発表するまでは、資金不足がその努力を妨げていた。突然、ドワイト・D・アイゼンハワー大統領は、ソビエトに追い抜かれないようにICBMの開発に向けた大規模な努力を求めた。空軍の Bernard Adolph Schriever 少将は、ミサイルとその地上支援を開発するための努力の先頭に立った。

ICBMs

1.5段のアトラスと多くのサブシステムを交換可能な2段のタイタンの2つのICBMの開発がほぼ同時に開始され、知識ベースを広げ、最短時間兵器を完成させるための競争活性化させました。ICBMの開発と開発へのプレッシャーは強烈でした。推定 13 年かかっていた作業が、5 年以内に達成された。このことは、空軍土木技術者にとって大きな意味を持っていた。時間的な制約よりも重要なのは兵器システムの開発において、地上環境が後回しにされていないという事実であった。"飛行機は最低限の地上支援があれば飛行できるが、弾道ミサイルは適切な発射設備がなければ意味がない」というのが、このプロジェクトを主導した民間技術者の一人である空軍研究開発司令部弾道ミサイル部(BMD)民間技術部司令官ウィリアムレオンハード大将見解である

用地選定

ミサイル特殊要件圧縮されたスケジュールは、建設作業のあらゆる面に影響 を与え、まず候補地の選定プロセスに着手しました。空軍エンジニア工兵隊の代表者建築家エンジニアファームメンバー、BMDの職員構成される数十人の調査チームが、アトラス計画だけでも250以上の候補地を調査するために、全国に散らばっていました。チームはネブラスカ州からジョージア州まで、ニューメキシコ州からニューヨーク州までを調査しました。候補地の適合性を判断する際に使用された厳格な基準には目を見張るものがありました。深さ174フィート、直径52フィートミサイルサイロ、幅40フィート、深さ40フィートの発射管制センターサイロ、2つのサイロをつなぐ人員トンネルケーブルウェイを建設するためには、厳しい土壌と地質条件が必要でした。さらに、距離要件は、サイロがその支援基地から少なくとも18マイル人口25,000人以上の町から18マイル以上離れていなければならないことを意味していました。また、互いの距離は7マイル、人が住んでいる住居から1,875フィート公道から1,200フィートでなければなりませんでした。サイトへの公共アクセス道路は、大型のミサイル運搬車収容しなければならなかった。技術基準評価された後、最終的なサイト選択は、サイト経済的実現可能性に依存した。サイト選択され、承認されると、作業を開始することができた。

地上設備設計建設担当した技術者が直面した困難の一つは、ミサイルとその支援構造物作業が同時進行で急ピッチで進められていたこであるミサイルの準備ができたときには、発射設備を準備しなければならない。ミサイル自体必要設計変更が設備の変更に反映されてしまうため、ほぼ戦時中の緊急性の高い状況下での工事余儀なくされていた。

サイロ建設

ミサイルの保管モード、発射モードミサイル分散度の多様性技術者作業に影響を与えました。例えば、アトラスDの一部のモデルは、サービスタワーで露出した垂直方向に保管されていましたが、他のモデルは水平方向に保管され、風雨から守られていました。アトラスEは半硬化構造の中で水平に保管されていました。アトラスF、タイタンI、IIはすべて、硬化サイロに垂直に格納されていました。

サイロ建設は膨大なエンジニアリング作業でした。例えば、カンザス州シリング空軍基地では、エンジニアアトラスFミサイル収容するために12個のサイロ建設しました。作業は深さ40フィートの掘削からまりました。これが管制センターの基礎となり、トンネルサイロの上部を接続しました。その後、サイロの下部の残りの部分は、開 発部からさらに1.5m下で採掘されました。サイロ自体を構築するために、作業員はスリップフォームプロセス使用しました。フレームサイロの壁から約140フィート上に上がったところで、1時間に約14~16インチの速度でコンクリート連続的に打たれました。作業員は昼夜を問わず、1つのサイロにつき、わずか6日間で500トンの鋼材と5,000立方ヤードコンクリートを打設しました。完成時には、アトラスの1つのサイロには、15階建ての構造用鋼製ビル1棟の重量約1,500トンに相当する複合質量が含まれていました。

電力供給

打ち上げ施設に電源を供給するために、エンジニアディーゼルエンジン原子力燃料電池電池ガスタービン、商用電源との様々な組み合わせなど、いくつかの代替案を評価しました。電源は、信頼性が高く、無停電で、打上げ施設内で自己完結するものでなければなりませんでした。また、核爆発による地上衝撃によって引き起こされる非常に高い加速度を吸収できるか、ショックマウントに取り付けられていなければなりませんでした。システムイニシャルコスト運用保守コストの両方が評価されました。サイトへの動力供給には、信頼性の高い旧型ディーゼルエンジン選択しました。システム設計では,水や流入空気の加熱など,装置から発生する熱を可能な限り利用しました.典型的アトラスサイトでは,各プラントに1,000kWのユニットが4基ずつ設置され,ミサイルクラスターを支えていました.

サイロ上部ドア

サイロオーバーヘッドドア設計は、エンジニアリングのジレンマを生み出しました。300平方フィートの開口部を覆うドアは、極端な天候、核放射線、過圧、構造的な反発からミサイル保護し、ミサイルの発射と誘導に影響を与えないこと、発射合図後30秒以内に完全に開くこと、ミサイルカウントダウン手順の中で連続した項目として動作すること、などが求められました。また、クロージャの構築、完全な組み立て、設置、フィールドでのチェックアウトを可能にするように設計されていなければなりませんでした。シングルリーフ設計やロールアウェイ設計のようなそれぞれの潜在的設計には、それを考慮から排除する独自特定欠点のセットがありました。最終的に、ダブルヒンジ、ダブルリーフフラットドアのデザイン採用されました。2つの半分の間の中央の亀裂の問題は、ドアの特別なくさび設計と、さらシール性を向上させるためにネオプレンガスケットとステップメッシュ使用することによって解決されました。

サイトアクティベーション

様々なミサイルサイト建設アクティベーションに関与する多様な要素をすべてまとめることが、サイトアクティベーションタスクフォース司令官仕事であった。彼は、親コマンド関係なく、与えられた基地弾道ミサイルサイトアクティベーションプログラムに参加しているすべての空軍の要素に対する作戦上のコントロールを与えられました。主に土木工学諜報機関キャリア分野から来た司令官は、現場支援施設住宅建設を指示し、建設監視提供し、サイトの設置、チェックアウト、戦略航空司令部への転換を管理しました。土木機械電気技術者、低温工学、熱応力、衝撃実装専門家資金管理者、広報担当者、議会調査官への説明役などが求められた。要するに、彼らは空軍のためにそれを実現させた人物だったのです。1961 年までに、彼らはアトラスミサイル 120 発のアトラスミサイル11 基地に、タイタンミサイル 54 発のタイタンミサイルを 5 基地配備していた。

おわりに

この記事では、この大規模な取り組みに関わった人々が直面した様々な工学課題について簡単に触れただけです。その規模の大きさは今でも注目に値するものであり、土砂、岩石、泥の総量は3,755万立方ヤードに及びました。これは、ロサンゼルスからピッツバーグまでの深さ10フィート、幅10フィートの灌漑用水路に相当します。現場使用された鋼材は、サンフランシスコからワシントンD.C.までの鉄道線路建設することができました。当時、全国ニュース誌は「ミサイル基地建設計画ピラミッドティンカー・トイの演習のように見せている」と述べていますアメリカ土木学会は、ICBM施設建設プログラム1962年の "Outstanding Civil Engineering Achievement of the Year "に選出した。同様に重要なのは、この取り組み全体が、空軍土木技術者に対する見方の転換点となったことです。空軍技術者自分たちプロフェッショナリズムに対する尊敬認知度の向上を求めていた時期に、ICBMプロジェクトでの彼らの仕事が道を切り開いたのです。

2020-10-13

ホロコーストに関する頭の体操問題シリーズ

え? 1と2はどこにあんの? って? 

1はこれだね。

一体どうやってアウシュヴィッツで大量の遺体焼却したのか?

2はこれかな。

ホロコースト否認論への反論には正確な知識が必要

優秀ブクマカーに捕捉されないと、これだけブクマ数に開きがつくというのは凄いですね。

 

さて、今回の問題はそんなに長文ではありません。皆さんの思考能力を試します。

ゲルシュタイン報告という、これもまたホロコースト否認派が忌み嫌うホロコーストに関する告発報告があります否認派にとっては、少しでも内容がおかしければ全て間違いであり嘘であり捏造であり信用ならないものなのですが、ゲルシュタイン報告には実にたくさんの首を捻る記述がありので、さすがの正史派も取り扱いに困る報告書だったりします。クルト・ゲルシュタインアウシュヴィッツではなく他の絶滅収容所を手伝った人物なのですが、戦後、この報告を書いた後自殺してしまます。ですので余計に謎に包まれた感じもあります

ゲルシュタイン報告それ自体については、ドイツ語ですが、以下をご紹介します。しかしいくつか修正バージョンはあるようで、私自身はこれ以外のバージョンを把握してはおりません。

NS-Archiv : Der Gerstein-Bericht

 

で、何が問題かというと、色々あります。本当にどう考えても間違ってるとしか言いようのない記述もありますが、その中でもこれがよく突っ込まれます

 

 

さて、これは本当でしょうか? 実は正史派もこれを信じてはいませんでしたし、170〜180人の間違いであろうと言った人もいるそうです。

問題段落を、上のリンクから翻訳エンジン直訳で以下に引用しましょう。

そして、電車が動き出す。美しい若い女の子の前では、彼らはすべての裸、男性女性子供義肢のない通りを歩いています。私は、部屋の間のタラップの一番上に ヴィルト船長と一緒に立っています赤ん坊を胸に抱いた母親たちが出てきて、躊躇して、死の部屋に入っていく。- 隅に立っているのは屈強なSSの男で、貧しい人々に向かって牧歌的な声で「あなたには何も起こりませんよ!」と言っていますあなただけの部屋で深呼吸をする必要があります、それは肺を拡張し、この吸入は、病気伝染病のために必要です。どうなるかと聞かれると、「そうですね、もちろん男性は家を建てたり道路を作ったりして働かなくてはいけませんが、女性は働かなくてもいいんですよ。本人たちが希望すれば、家事台所の手伝いをしてくれるだけです。" - これらの貧しい人々の何人かにとって、小さな希望の光は、彼らが抵抗することな会議室までのいくつかのステップを歩くのに十分である - 大多数は知っている、臭いは彼らに自分の多くを教えてくれます!これらの貧しい人々のために、小さな希望きらめき。- そこで彼らは小さな階段を登っていくと、すべてが見えてくるのです。胸に子供を抱えた母親、小さなの子供、大人、男、女、すべての裸......彼らは躊躇しながらも、後ろにいる他の人たちに押し進められたり、親衛隊の革の鞭に突き動かされたりしながら、死の部屋に入っていく。何も言わず多数派。炎のような目をした40歳くらいのユダヤ人女性が、殺人犯の上にここで流されている血を叫ぶ。彼女ヴィルト大尉自身から乗馬鞭で顔面を5、6回殴られた後、彼女も部屋の中へと消えていきます。多くの人、祈りなさい。私は彼らと一緒に祈り自分を追い込み、自分と彼らの神に向かって大声で叫ぶ。彼らと一緒に部屋に入りたかった、彼らと一緒に死にたかった。彼らはその後、彼らの会議室制服を着たSOの役員を見つけただろう - 問題事故とみなされ、跡形もなく消えて処理されただろう。だから私はまだ許されていません。私がここで体験していることを、先に発表しておきます! - チャンバーが埋まっていく。しっかりと荷造りをしろ、それがヴィルト船長命令だ。人はお互いの足元に立っている。45立方メートル25平米で700人から 800人! SS物理的にはありのままの姿で、それを一緒にしぼっています。- ドアが閉まる。その間、他の人たちは裸で外で待っています。言われてみれば:冬でも同じ!?そうだが、彼らは死を捕らえることができる、と私は言う。- そう、それだけのために親衛隊員が日記で語っているのだ。- 今、私はようやく、この機関がヘッケンホルト財団と 呼ばれている理由理解しました。ヘッケンホルトはディーゼルエンジン運転手であり、小さな技術者であり、工場建設者でもある。ディーゼル排気ガスで、人が殺される。しかし、ディーゼルが効かない! キャプテン・ヴァースが来ます 私がここにいる今日だけで、こんなことが起きなければならないと恥ずかしい思いをしているのがわかりますはい、全部見えています! そして、私は待っています。私のストップウォッチは全て順調に登録されています。50分70秒 - ディーゼル始動しない! 人々はガス室で待っている 無駄だ!泣き叫ぶ声、すすり泣く声が聞こえる[13] ... ヴィルト大尉ディーゼルでヘッケンホルト親衛隊員を助けるはずのウクライナ人顔面を鞭で12、13回殴った。2時間49分後、ストップウォッチがすべてを記録した後、ディーゼル始動しました。この瞬間まで、人々はこの4つの部屋、4倍の45立方メートルに4倍の750人の人々が住んでいます! - またしても25分が過ぎていく。そう、多くの人が死んでしまった。電灯が一瞬だけ部屋を照らす小窓から、彼らが生きていることがわかります28分後にはまだ数人しか生きていない。ついに32分後にはすべてが死んでしまった!

 

さて、読者はどう思われますか?

当然こういう問題の出し方ですから、700〜800人入ったという答えを私が持っていると、皆さん想像されるでしょう。でも、取り敢えずはそんなことが可能なのか素直に考えてみてください。どう思われますか?

2020-02-10

anond:20200209170643

ICE効率の点ではEVに遥かに及ばないよ。印象だけでは語るとデマになるので、少し計算した方が良い。

エンジン (ICE: internal combustion engine) 効率

追記: 過小評価していたので熱効率を上げました)

原油⇒精製(90%)⇒輸送(98%)⇒エンジン(30-40%)⇒変速機(80-90%)

=20%-35%程度

効率向上の限界

一番の問題は、熱機関は最良でもカルノーサイクルの壁を超えられないこと。つまり入力と出力の温度差による限界が来るわけ。

エンジンの素材は金属なので、良くても数百度かにしかできないわけで、予算度外視でどんなに効率をよくしても量産車で60%に至ることはありえない。

エンジンアルミか鉄なわけで、そこまで高温にできない。それで30-40%止まりと言うわけ。最近50%近いエンジンができたーとか言うニュースもあるが、もう熱力学上、天井は見え始めている。これは物理学なので、どうしようもならない。

(ちなみに、燃焼温度を上げると今度はNOxなどの問題顕在化してくる。そのため、むしろEGRなどにより温度を下げるのがトレンドエンジン開発はいろいろなトレードオフなのだ。)

ディーゼルエンジン効率比較的高く、CO2排出ガソリンエンジンよりも少ないとされるが、NOx/PMなどの排出が多い問題がある。NOxについてはマツダが頑張って尿素SCRなしのエンジン作ったけど、結局、PMについては、DPFを用いて微粒子を捕獲している。そのDPFの煤焼き運転必要だったりするので、その分の燃料は無駄になるわけだよね。

で、エンジン車の問題として、トルクバンドが上のほうにあるので、クラッチトルクコンバーター等と変速機が必ず必要となる。その際にロスが出てしまう。AT/MT/DCTは段数が少ないとパワーバンドを生かしきれない。段数が多いと重い。CVT滑るし、CVTルードは温まるまで粘度が高くてロスになる(ダイハツCVTサーモコントローラーとかで頑張ってるけど)。

エンジン効率への批判について

エンジンの熱効率50%に達したという記事JSTの「革新的燃焼技術」)で反論する方がいらっしゃるが、そのエンジン実験室の563cc単気筒エンジンだ。もちろん単気筒なんて自動車では振動などで使い物にならないから、最低でも3気筒からとなる。そうしたときに、気筒が増えて動弁系などのフリクションの発生によって効率は下がるはずなので、そのまま量産車に適用することは難しい。実用車では気筒数増加による動弁系の負荷、オルタネーターなど補機系の負荷などもかかってくることも頭に入れておきたい。

日産が45%のエンジンを開発しているとの記事もあるが、これはe-Powerの「発電専用」エンジンだ。ハイブリッドなので、こういう芸当が可能だ。

45%からは数%上げるだけでも相当血のにじみ出るような開発の労力がいるだろう。

燃焼温度についての批判

燃焼温度アルミや鋳鉄の融点よりも遥かに高いと言う指摘があった。その通りです。

しかし、熱力学説明たかっただけで、例えば入口・出口の温度差を数万度にしたならば、熱効率はかなりのものとなるが、そんなものは物性的不可能ということを示したかった。

なので、燃焼温度は限られるという意味

BEV (Battery EV) 効率

原油火力発電(超臨界発電) 50-60%⇒送電 (95%) ⇒バッテリへ充電(90%)⇒変換(96%)⇒モーター(95%)

=39-45%

効率アップの方法

PHEV, BEV場合、上に示したうちで一番効率の悪い「火力発電」の部分を再生エネルギーや水力に転嫁することで、CO2削減を目指せる。もちろん、原発にしてもCO2は減らせる。

なお日本火力発電所のSOx/NOx排出海外に比べてもとても少なく、優秀である

発電所の部分では、現状でも50-60%の効率は稼げる。なぜ熱機関なのにここまで効率が出せるかと言うと、巨大なプラントで高温に耐えるコストの高いタービンを回してるから

それによって熱機関効率が高められるから。車のエンジンは小さくてスケールメリットが働かないよね。でも発電所レベルなら巨大で、コストも充分かけられるのでこう言う芸当ができる。

で、電気輸送に関しては送電線なので一度つなげたらしばらくはCO2を出さない。送電効率も超高圧送電(100万ボルト以上)によって高まっている。

また、インバーターとかモーターに電気を流す部分はパワーデバイス(GaN等)の発展によってどんどん効率が上がっている。

なお、モーターのトルク特性としてエンジン車のように変速不要のため、クラッチトルコン変速機などによるロスはない。将来、インホイールモーターが実用化されれば、モーター→タイヤへの伝達効率さらに上昇する。

回生

ちなみに、xEV回生充電もできるために、ブレーキ時に運動エネルギーICEほど熱に変わらない。

(一方ICEエンジンブレーキを使ったとしてもエネルギーに変えているわけではないので(多少オルタネータの充電制御は入るが)、ブレーキ時には運動エネルギーを熱にしてしまう。せっかく石油を燃やして運動エネルギーを得たのに、そのエネルギーを回収しないで熱に変えるわけ。)

まあxEV回生できるとはいえ回生時にパワーデバイスとかの充電ロスがあるから、実はコースティング回生も何もしない)で空走した方が距離を稼げる。なので、前の信号が赤にかわったときEVに関していえば、ブレーキも何も踏まないで空走状態を維持し、空気抵抗だけで0kmにするのが一番効率が高い。まあ、そんなことしていたらノロノロすぎてウザがられるので、妥協点として回生ブレーキを使ってちょっとはロスするけど、エネルギーを回収しながら止まるってことだね。

ICEだと、エンジンブレーキ積極的に使って、ブレーキを踏まない運転を心がければ良い。やってはいけないのは、Nに入れて空走すること。Nに入れるとエンジンアイドリングを維持するために燃料を消費する。ギアを入れたままエンジンブレーキをかけると、その間は燃料噴射をやめても回転が維持できるので、エンジンは燃料噴射をやめて、実質消費はゼロとなる。)

BEV製造時の負荷は?

製造CO2

バッテリーの製造時の負荷は確かに高い。しかし、製造には電気を使っているので、電力構成によりCO2排出は変わる。つまりグリーンエネルギーを使えば問題なくCO2を減らせると言うこと。

なお id:poko_penマツダのWell-to-Wheel理論を持ち出しているが、あれば古い時代バッテリ製造時のCO2データを使っていて、CO2排出過大評価している。最近テスラLi-ion電池工場では、再エネを利用して製造しているのでCO2は少なくできる。こうした、製造時のCO2排出問題工場や電源構成アップデートしていけば減らせる問題だ。

マツダはBEVよりもICE派で、SPCCI(圧縮着火)とかで頑張ってるからバイアスがかかってるのは仕方ないと思うね。私は内燃機関デザイン周りで頑張るマツダは大好きだけど、SKYACTIV-Xが思ったよりも微妙だったから株売っちゃったわ。)

リチウム採掘

Li-ion電池10%含まれリチウムは、採掘時に水を大量に使ったりする問題はある。ただ、これは「製造時」に限った話であり、内燃機関を使うたび、原油のために油田をあちこち掘り返したり、オイルタンカー座礁して原油を撒き散らしたりするのに比べれば遥かにマシというものだろう。

あと、専門外だけど、海水から抽出する技術研究中とか。

コバルト貴金属

xEVには必要となる貴金属類には依然として供給リスクとか採掘時の「児童労働」とかの問題を孕んでいる。ここら辺は全世界的に解決するしかなさそう。需要が増えれば、世界の目がこう言う問題に向くはずなので、我々技術者はそれを期待するしかない。

地域によるCO2排出量の差

例えば沖縄石炭火力の比率が高いため、EV効率を持ってしてもCO2排出HVとかより高くなる。しかし、それ以外の都道府県ではICEよりBEVの方がCO2が低い。原発が動いていない現時点でもね。

その他xEVとBEVとの比較

HV, PHEV

PHEVはもちろんICEより遥かにCO2を出さないが、BEVには勝てない。ただ、電力構成によっては逆転もありうるが、ほとんどの都道府県ではBEVの方がCO2を出さない。

燃料電池車 (FCEV)

(追記: anond:20200211034316 に FCEV vs BEV効率比較を書いた)

燃料電池車に関していえば、無用の長物と言える。水素製造する場合にも電力が必要だが、まあこれを再エネで行ったとしても、水素輸送タンクに注入する際の水素圧縮時のロスは非常に大きい。その圧縮の際に再エネを使ったとしても、結局そのエネルギーでBEVを充電した方が効率がいいのだ。

そもそもBEVならば、送電線さえあればいいわけで、わざわざ水素のように輸送する必要がない。

また燃料電池化学反応なので、アクセルレスポンスが遅いと言う欠点があり、反応のラグを補うために燃料電池車には結局バッテリーが積まれている。

ただ、航続距離は長いために、俺は現代におけるタクシーとかのLPG車みたいに細々と残るとは思う。航続距離重要トラックバスタクシーなどには燃料電池が使われるかもしれない。

効率以外にも、めんどくさい高圧タンクの法定点検とか、割と問題は多い。水素ステーションは可燃性の水素を貯蔵するわけだからEV充電スタンドよりも法的なめんどくささがあるのも確か。

水素ロータリー

これは燃料電池車より論外。カルノーサイクルに縛られてしまうので、電気分解よりも効率が悪くなる。水素の使い方としては燃料電池よりも悪い。

PHEV, BEVと再エネ

再エネは不安定と言われる。確かに自然相手なので、予測も難しい。しかし将来的にEVが普及すれば、EVバッファとして利用することで、不安定さを吸収しグリッドを安定させられる。

これは再エネを導入する動機にもなる。職場に着いたらEVCHAdeMOを挿しておいて、電力の需給バランスに応じて充電開始、とかが普通になるかもね。

気候

寒さ

BEVは寒さに弱い。リチウムイオン電池特性上、寒くなると容量が可逆的ではあるが減る。そのためテスラにはバッテリーヒーターが搭載されている。(ちなみに、寒いノルウェーでもテスラが爆売れしているし、なんと新車の半分くらいの売り上げがBEVという。もはや寒さは問題ではないのかも?(まぁ優遇政策があるからだけどね))

FCEV寒いと反応が弱まって出力が減るので、そこらへんは考慮されている。

一方ICEも、冬になると燃費悪化するとされる。US DoEによると、理由は、オイルの粘度低下、温度上昇までの暖機、ガソリンの配合が夏と違う(日本でも同じかは謎)など。他には空気密度によるエアロダイナミクス悪化とかがあるがこれはEVでも同じだ。オイルなどが原因となって燃費悪化するのはICE特有だろう。

暑さ

BEVはまた暑さにも弱い。Li-ionは熱によって不可逆的なダメージを受けて、寿命が縮む。そのためテスラにはエアコンを利用する水冷バッテリクーラーが搭載されている。リーフは空冷で、これが問題だったのか、劣化問題でざわついていたリーフオーナーも多かった。今は改善されているらしい。

用語

ソース

URLを多く貼るとスパム認定されるから貼れないけど、US DoEとかCARB、日本だと日本自動車研究所あたりの公開資料を見ればソースに当たれる。

一つだけ、EV vs ICE効率について、13分程度で詳説してある動画URLを貼っておく。英語字幕もないが、割と平易なので、見てみてほしい。論文ソース動画の中でよく書かれている。

製造時の負荷」「化石燃料の発電でEVを使うのは利点あるのか?」「リチウム採掘の負荷」の3つで説明されている。簡単に箇条書きにすると:

https://www.youtube.com/watch?v=6RhtiPefVzM

おまけ&追記

マツダLCAについて

前述のようにマツダEVと自社のICEについて、Well-to-Wheelでライフサイクルアセスメント比較している。その比較におけるLi-ion製造時のCO2排出量のデータだが、2010年〜2013年のデータとなっており古い。しかも、Li-ion製造時のCO2排出量は研究によってばらつきが大きく、いろいろな見方があり正確性があまりないのが現状。また現状を反映していないと考えられる。例えばテスラギガファクトリー」のように太陽電池をのせた自社工場場合などについては考慮されていないのが問題だ(写真を見ると良い、広大な敷地ほとんど太陽光で埋まっている)。

また、マツダ研究バッテリ寿命を短く見積りすぎている点で、EVライフサイクルコストが大きく見える原因となっている。テスラのようにバッテリマネジメントシステムBMS)がしっかりとしたEV寿命が長く、またLi-ionの発展によって将来は寿命を伸ばすことは可能だろう。事実、今まで電極や電解質改善によってサイクル寿命は伸びてきた。

テスラは現時点で最も売れているわけだし、このことを考慮しないのは少々ズルいと言える。

なぜ水素エンジン効率が悪いか ( id:greenT )

"Why Hydrogen Engines Are A Bad Idea" でYouTube検索したらわかりやすいが、噛み砕くと

あと補足すると「エンジン」は爆発によるエネルギーを使っているが、全てを使い切れていないこと。十分に長いシリンダーを使って、大気圧まで膨張させるならエネルギーをかなり取り出せるが、そんなもの実用存在できないので、爆発の「圧力」を内包したまま、排気バルブを開けることになる。この圧力ターボチャージャーで利用することも可能ではあるが、全て使い切れるわけではない。

あーでも、水素エンジンメリットが1つあった。燃料電池(PEFC)は白金必要とするため Permalink | 記事への反応(16) | 01:34

2019-12-04

anond:20191204093331

「モノ化」は、フェミニズム運動の中で「モノ」という分かりやす用語をあてただけ。

 

本当は「客体化(objectification)」のほうが正確だし、誤解がない。

この用語で調べれば正確なことは判ると思うぞ。

 

から君の定義は、ただ間違っているだけでなくて、全く必要がない。

"車とはディーゼルエンジンで動く4人乗りの乗り物"とか言っているのに近く、範囲が狭すぎという点で外れてるし、そもそも本当の定義別にある。

 

なお、ツイフェミもの定義結構間違っていることが多い。

2018-10-15

anond:20181015101041

マジレスすると電気で動く鉄道車両が「電車」なので

ディーゼルエンジン石炭で動く電車

そんなもんはない。節子、それは気動車や。

anond:20181015100732

増田は「気動車」を知らないのかな?

電車電気で動くと思ったら大間違いなんだよ。ディーゼルエンジン石炭で動く電車だってあるんだ。

それらは排ガスを出すので、電車内に排ガス漏れしまうことだって偶にはあるんだよ。

昔の電車ちゃん設計されてなかったんだ。角度とかが。

2017-09-07

マツダスカイアクティブXが

ディーゼルエンジンガソリンエンジンのいいとこ取り、ってことでXにしたのカッコいい

マークXとかiPhoneXは「とりあえず節目とか見た目のカッコ良さ重視しました」感が出ててださい

2016-12-04

死の収容所へ 1

ヨーロッパユダヤ人絶滅の準備

 ドイツ軍ソ連侵攻は「特別行動隊」(Einsatzgruppen :アインザッツ・グルッペン)によるすさまじい組的殺作戦をともなっていた。侵攻から数週間を経ずしてナチスは他のヨーロッパ地域に住むユダヤ人絶滅作戦の準備に着手した。1941年7月31日、ゲーリング( Herman Göhring 空軍相、元帥)はラインハルトハイドリヒ(Reinhard Heydrich SS上級部隊隊長、SS大佐)に次のような命令を伝えている。

「次を命ずる‐貴官は、ヨーロッパドイツ支配圏におけるユダヤ人問題の『最終的解決』に関する組織、実務、そして財務上の必要なあらゆる準備にかかり、… さらに、ユダヤ人問題の『最終的解決遂行にかかわる準備組織、実務、そして財務上執るべき手段計画の全容を、本官に対し速やかに提出せよ」

 この任務遂行の準備を調整するためハイドリヒは1942年1月20日、ヴァンゼー(ベルリン郊外)に会議召集した。会議にはドイツ帝国閣僚の面々、ヨーロッパ占領地域各国のドイツ総督、そして、ゲシュタポ本部ドイツ移民ユダヤ人局長・アドルフ・アイヒマンを含むSSの上級将校たちが出席した。

ヴァンゼー会議」の決定はやがて、政治および軍事面において、全世界に重大な展開を引き起こすことになる。

 1941年12月11日日本軍による真珠湾攻撃を受けてドイツアメリカ合衆国に対し宣戦を布告した。戦争はすでに人類を連合国側と枢軸国側に隔て、全世界を巻き込む総力戦様相を帯び始めていた。この新しい局面は、ドイツ戦争遂行上の衝害から解き放った。ドイツにはもはや政治的配慮や「ユダヤ人の大量殺戮がもう始まっているのではないか」という世界世論に気がねをする必要が全くなくなったのだ。

 ヴァンゼー会議の進行は詳細にわたって記録され、議事録ニュルンベルク国際軍事法廷証拠として提出されている。それによれば、ハイドリヒはまずヨーロッパにおけるユダヤ人問題の最終的解決について自分ゲーリングから全権を委譲されていることを告げて会議を始めた。会議の中でハイドリヒは次のように述べている。

総統意向により、ドイツ移民は目下ユダヤ人をことごとく東方追放し、その跡地に対して行われることになった…

ヨーロッパにおけるユダヤ人問題の最終的解決の中では、各国に散在する約1100万人のユダヤ人が考慮されなければならない。次のとおり…」

 ここでハイドリヒはヨーロッパ33の国と地域ユダヤ人口をリストに揚げている。リストにはドイツ占領国や同盟国とは別にイギリスソ連ヨーロッパ地域、また中立国ポルトガルスペインスウェーデンスイスアイルランドトルコといった、ドイツ占領する予定だった国も含まれていた。

 ユダヤ人大量虐殺の実際の準備はハイドリヒによる組織の準備と同時に進められた。1941年夏、ハインリヒ・ヒムラーアウシュヴィッツ強制収容所所長ルドルフ・ヘスを呼んだ。ヘスは戦後証言で「ヒトラーユダヤ人問題の最終的解決の実行を決断したことを、このときヒムラーから知らされた」と明らかにし、さらに次のように述べている−「事実東部で行われているようなやり方(ソ連地域でのユダヤ人殺害特別行動隊による狩り込みと射殺)では与えられた任務対応できなかった。絶滅という任務のためには、特にアウシュヴィッツ収容所対応させる必要があった」。

 この会談の直後、アイヒマンアウシュヴィッツを視察している。二人は、ソ連で行われている射殺は大量の人間を短時間のうちに皆殺しにするには不向きであり、大量殺戮はガスを使う他はないとの結論に達した。

 ガスを使った殺害ナチドイツにとって初めての経験ではなかった。すでに「安楽死計画」において、ガスが使用されている。この計画1939年9月から1941年8月末まで実施され、7万から9万人にのぼる精神病者と重度の障害者がガス殺された。わずかにユダヤ人も含まれていたが、このとき犠牲になったのはほとんどがドイツ人だった。ナチスはこの「安楽死計画」を、「役立たずの穀つぶし」—ナチは彼らをそう決めつけた—を国家から駆逐し、アーリア人種の優性を高めるための手段だと考えていた。ヒトラーはこの計画にあたり「T-4」という秘密組織を発足させている。「T-4」は総統直属の正式組織として医師を擁する医療関係の諸機関大学研究所病院等)を支配した。不治の病に苦しみ死を待つばかりとなった病人たちの命運が、かれら医師たちの手に委ねられた。

 かくして犠牲者たちはそれぞれの医療機関に用意された気密構造の部屋へ案内され、ガスによって窒息したのだ。死体特殊な焼却炉で燃やされた。このガスを使った安楽死はすぐに外部に露見し、ただちにこの殺害行為をやめさせるための抗議行動が‐特に犠牲者の遺族と教会から‐起こった。ヒトラーは譲歩し、1941年8月末、これら医療をかたる殺人を当面中止するよう命じた。

 しかしこの安楽死計画の中で蓄えられた経験は、「最終的解決」の準備をしていたSS当局に役立つことになったのである

絶滅作戦

 絶滅作戦としての最初のガス実験は1941年9月アウシュヴィッツで行われた。ソ連軍戦争捕虜たちが実験台に選ばれた。彼らは密封された地下室に閉じ込められ、チクロンBによってガス殺された。非常な短時間捕虜たちは窒息死した。以後続けられた一連の実験で、ナチスはガスという新しい殺害方法を開発するめどを立てるに至った。同じ頃「特別行動隊」も、ハイドリヒ指揮下のSS技術局の援助を受けて同様の方法を開発している。ここでは「ガス室」の代わりに「ガス・トラック」が用いられた。この車の外見は救急車冷蔵車に偽せてあったが貨物室は気密構造となっており、マフラーから貨物室まで 延ばされた特殊パイプ排気ガス中の一酸化炭素を密閉された貨物室に直接流し込むようになっていた。犠牲者たちが貨物室に入れられるとドアが閉まり、鍵が下ろされ、そしてエンジンがかけられた。

 「ドライブ」は、全員が死亡するまでに30分も要しなかった。所定の場所に着くとドアが開けられ、死体は運び出されて埋められた。この「ガス・トラック」は、大型のものでは150人を、小型のものはその半数を収容した。ソ連ドイツ占領地域では1941年12月だけで、数千にのぼるユダヤ人が「ガス・トラック」で絶滅させられている。

 1941年12月8日。占領ポーランドのロッヅ管区ヘルムノ村(ポーランド名ウッヂ市ヘウムノ)近郊で最初絶滅収容所が稼働を始めた。殺害には「ガス・トラック」が用いられた。犠牲者たちは主に列車で運ばれ、収容所の近くで降ろされた。そこは一部を公園に囲まれ崩れかかった古い宮殿の中央広場で、人びとは垣根に囲まれ区域に通されると「労働に就く前にこれから車に乗ってシャワーを浴びに行く」と告げられ、次のように言い渡された。「衣服を脱いてこの車に乗るように」

 「ドライブ」が始まった。車が4キロメートルほど走ったころには、排気ガスによって全員が毒殺されていた。「終点」は森の中の柵で囲まれ場所で、そこにはこの仕事のために特別に殺されずにいるユダヤ囚人の一団が待機していた。彼らが死体を車から降ろし、そして埋めた(後には死体は焼却処理されるようになっている)。ヘウムノではこうした「ガス・トラック」が3台稼働し、当局員として150人ほどの警察官とSS隊員を擁して1943年4月に一旦閉鎖されるまで稼働し続けた(その後1944年から3ヵ月あまり再稼働)。ここではロッヅ管区他から連行されたユダヤ人と少数のロマ・シンティヨーロッパ語名ジプシー)の集団、合わせて30万人近くが殺害されている。

 1941年11月ポーランド総督管区内でユダヤ人絶滅作戦の準備が始動した。ヴァンゼー会議ハイドリヒの挙げたポーランド在住ユダヤ人口は228万4千人であるハイドリヒは1942年5月にチェコレジスタンス暗殺されたがそれ以後この暴挙は彼のファーストネームに因み、ドイツ政府より「ラインハルト作戦」のコードネームを与えられた。作戦指揮官には後のルブリン管区SS司令官警察長官、オディロ・グロボチュニクが任命された。グロボチュニクは3つの絶滅収容所計画を実行に移した。1942年3月中旬、まずベルゼック(ポーランド名ベウゼッツ)収容所、次いで同年5月ソビボル(同ソビブル)収容所が、そして7月末には第3の収容所、トレブリンカが大量虐殺を開始した。ドイツ東方植民地に設置されたこれら3つの収容所はいずれもガス室を備えていた。ここでは一酸化炭素ガスが使用され、ガスは屋外に設置されたガソリンまたはディーゼルエンジンからパイプで引き込まれた。それぞれの収容所には2、30名のSS隊員と、90から120名のウクライナ人(もとソ連軍捕虜で、ナチス・ドイツに協力を申し出た者)が 当局員として駐在した。SS隊員のほとんどは「安楽死計画」の要員から抜擢された者たちで占められ、後者ウクライナ部隊はルブリン近郊のトラヴニキにあったSS錬兵場で編成・訓練を受けたので、付近住民からは「トラヴニキ・マン」と呼ばれていた。

 ヘウムノ、ベウゼッツ、ソビボルそしてトレブリンカの各絶滅収容所は、文字に違わぬ殺人工場だった。連行された人々は、そのままガス室直行させられたのだ。何百人かのユダヤ囚人処刑を免れていたが、これは当局員と囚人たちの身の回りの世話のためであり、こういったグループはすべて数週間あるいは数ヵ月ほどで殺され、随時交代させられていた。

 ルブリン近郊のマイダネク収容所ユダヤ人、非ユダヤ人双方を収監する完全な構造を備えた強制収容所で、この地区にある他の収容所は全てマイダネクの補助収容所として機能していた。おびただしい数のユダヤ人がここで殺され、あるいは移送中に通過し、あるいは囚人として収監された。この中にはポーランド軍属のユダヤ人戦争捕虜も含まれている。マイダネクを生き残った者は数えるほどしかいい。

 強制収容所および絶滅収容所のうち最大の規模を持つアウシュヴィッツ収容所は、第三帝国ポーランド南部シレジア地方建設された。1940年、早くもアウシュヴィッツ村(ポーランドオシフィエンチム町)に近い旧ポーランド陸軍兵舎敷地強制収容所が設置されている。これは元々ポーランド軍将校政治犯収容するためのものだったが、I.G.ファルベン社などドイツ軍工業囚人労働力を提供するため、収容所近辺に多数の労働収容所が補助収容所として置かれるようになった。1941年にはビルケナウ村(ポーランド名ブジェジンカ)に最大の規模を持つ絶滅収容所アウシュヴィッツⅡ(ビルケナウ)収容所建設が開始された。ビルケナウはアウシュヴィッツ基幹収容所アウシュヴィッツⅠ)から西へ約3キロメートルの地点にあり、1942年5月に稼働を始めている。チクロンBを使用するビルケナウの4つのガス室は一度に1万2千人を殺害する能力を備えており、死体ガス室に隣接し連動する焼却炉(ナチはクレマトリウム火葬場と呼んだ)で 焼却された。焼却炉は24時間あたり8000人分の死体処理が可能だったが、1日で殺害される人数はこれを上回っており、残りの死体ガス室近くの森の中で野積みで焼かれた。アウシュヴィッツでのガス殺は1944年末まで続けられた。2つの収容所は約2500名のSS隊員を擁して1945年1月まで稼働し、その間に130万から150万のユダヤ人を含む、180万から200万人が殺害された。

 アウシュヴィッツビルケナウ収容所絶滅収容所と同時に強制収容所としても機能していた。殺されるために収容所に到着した人々は「選別」を受けるよう命じられることがあった。若く屈強な男たちは絶滅の集団からはずされ強制労働に就かされるか、他の収容所移送された。他に子ども双生児脊髄障害を持つ遺伝病患者などが選別の対象となった。彼らはドイツ人医師たちの医学実験用に選ばれていたのだ。医学博士ヨーゼフ・メンゲレは、医師団の中でもとりわけ悪名高い。

 生き残った囚人たちも「選別」を免れたわけではなかった。1日に何度も行われる点呼で衰弱したり病気にかかった者、または労働に適さない者が見つけ出され、彼らはガス室に送られた。

 厳格をきわめる制度の下に束の間の余命時間が貸与され、囚人たちはそれを生きていた。飢餓さらす、むち打ちなど懲罰の苦痛を与える−この種の非道所業はすべて囚人たちの心身を消耗させ死に至らせることが目的であり、SS隊員でもなければ思いつかないようなものばかりだった。 恐怖は、囚人たちの日常だった。囚人バラックから毎日、何十体もの死体が運び出されていた。 アウシュヴィッツビルケナウ−ここで心身を全うし得た者は、ごくわずかにすぎない。

2016-05-15

えっおまえらエンジン制御してないのにエンジニア名乗ってんの???

### はじめに

 私はエンジニアです。お仕事エンジン制御するソフトウェアを作るからです。

 えっ、おまえらエンジン制御してないのにエンジニア名乗ってんの??? なんで???

 エンジンって聞いて多くの人が一番に思い浮かべるのは、車のエンジンだよね。ガソリンエンジンディーゼルエンジンかの違いはあるかもしれないけれど、車のエンジンだよね。Googleで「エンジン」って画像検索したら、たくさんの車のエンジン画像が上位に上がったから、この認識に間違いはないはず。

### つぎに

 でも、時々思うんだ。もしかして間違っているのは私の方なんじゃないかって。だってエンジンを扱っていない自称エンジニアの人から仕事の話を聞くと、私がしている仕事全然違うんだ。

 え? なんで? ソースコードの確からしさを検証するために、蛍光ペンで詳細設計書とソースコードを塗りつぶす作業やらないの? 塗りつぶしで品質を上げるんだよ!!!

 え? なんで? モジュールテストとかやってるの? モジュールテスト外注するものでしょ? テスト外注するから仕事モジュールテストなんて一回もやったことないよ。モジュールテストやったことないけどソースコード書くよ。品質大丈夫蛍光ペンでチェックしてるから

 え? なんで? 仕事楽しい? 達成感を得てやりがいをかんじる? 変なの。仕事仕事でしょ。仕事楽しいなんておかしいよ。仕事いくらしてもつらいことばかり、楽しいことがそれを上回ることなんてないと思うんだ。私より仕事ができないくせに高給貰ってる人や、CIAスパイのように仕事を全力で妨害する人がいる。楽しいわけないじゃん。まあ、仕方ないとは思うけれど。年功序列って制度があるからね。

 え? なんで? それならお前のスキル評価してくれる会社転職したらいいじゃないかって? そんなに自信ががあるなら、あるいは誇れるようなスキルを持っているなら、とっくのとうに転職してるっつうの。鬱になんかならないっつうの。

### そのつぎに

 え? なんで? なんでそんな目で私の事を見るの? 別に、そんなことないよ。ちょっと私のメンタルが他の人より弱いだけだよ。普通だよ。最近のニンゲンストレスに弱いんだよ。暴飲暴食で体重が増えたり、会社のことを考えると憂鬱になって涙が出てきたり、会社上司や同僚の前で5、6回泣きわめいたり、苛々して髪の毛抜いちゃって禿げたり、首をつろうとしてストッキングで締めてみたはいもののやっぱり怖くなってやめたり、鬱で2回休職したり、ね。それくらい、みんなもやってるでしょ。私は普通だよ。ふつうふつう。ちょうふつうおかしいのは貴方わたしはなにもおかしくないまちがってないkら・

### おわりに

 本当のところ私は、エンジン制御しているいないのに関わらず胸を張ってエンジニア名乗れる人が羨ましい。妬ましい。そういう人たちのようになりたいと思っている。

 自分の持つ技術に誇りを持っている人。常に学び続ける人。劣等感に苛まれない人。仕事に楽しさを見出している人。将来に希望を感じている人。明確な生きる理由もなく生きられる人。そういう人たちのようになりたい。

 さらに言うなら、そう考えられているうちに死んでしまいたいと思う。私より仕事ができない高給取りの奴のマネをしよう、なんて考えるようになってしま自分未来が怖いんだ。

2016-04-16

富士通20年勤務している側から見たお話

富士通退職した話」を読んで、20年近く努めている側から感想と疑問について書いてみたいと思います

山奥の工場

私も、情報科学大学時代専攻した後、新人で山奥というかむしろ雲の上にある天空工場に勤務してメインフレーム関連の仕事をしていました。

その工場に配属される新人は(希望すれば)寮に入るわけですが、高専卒は工場敷地内にある山頂の寮で二人部屋、学士卒は山の5合目にあるアパートの一人部屋、修士ドクターは街中にあるマンションという感じでした。

街中の下界から工場がある天上界への通勤バスで移動することになるのですが、わたしは、バスディーゼルエンジン排気ガスが苦手なので、頼み込んで工場敷地内にある寮にしてほしいと願い出て、山頂の寮に特別に入れてもらいました。そもそもが2人で一部屋なのですが、学歴関係か私は一人で2人部屋を使わせてもらっていたため、ものすごく広々と部屋が使えました。

わりと頼み込めば、人事や勤労も柔軟に対応してくれる会社という印象です。

メインフレームというレガシー業務

20年前でさえ、メインフレームは古いというイメージがありました。

ただ、私は古臭い部署に配属されたことは不幸とは思いませんでした。電話からスーパーコンピュータまで幅広く扱っている世界でも稀な会社に入ったからには、いろんなことを経験してみたい。

そのためには、そろそろ絶滅してしまいそうなメインフレームを今経験せずにいつ経験出来るのか?くらいな感じでむしろラッキーくらいに考えていました。

最新の流行を追いかけるのもそれはそれで面白いが、そういったものは出来合いのライブラリを組み合わせて流行を少し遅れて追っていく2位集団であるし、やりたければ個人で家でも出来るじゃないか程度の感覚です。

自分意見が割と通る環境

ただ、せっかくメインフレーム部署に来たのですが、私の担当ワークステーションで動作するUNIXPCでの開発が主体でした。

そもそもが、メインフレームを扱っていた部署ですから、先輩の人達はあまりUNIXPCに詳しくなかったので、大学UNIXPC経験した新人が入ってきたことは非常に重宝されました。

その部署では開発言語は、社内の独自言語(Cよりもさら機械語に近い言語マウスグラフィカルに操作してコーディングする言語)を使っていました。もともとはメインフレーム用の言語なのですが、UNIXワークステーションPC用にも

その言語コンパイラはあり、あわやその言語UNIXの開発する羽目になりそうだったのですが、私は猛烈に反対して自分意見を通しました。当時はJavaRubyなどの言語は無くCが全盛でしたが、

その部署の開発メンバーはCをほとんど知らなかったのです。そこで、社内のカイゼン活動として、C言語勉強会を開くことを提案し私が講師になってC言語メンバー習得してもらい、

PCUNIXでの開発は独自言語ではなくC言語を利用することを認めさせました。

元の増田の方は、自分エクセルVBAソースが見れない立場のようだと言っていましたが、ソースをみようとしたらシートにロックがかかっていたのを見て諦めてしまったのではないでしょうか?

元のEXCELを使った業務が非効率であるならば、業務改善活動として提案すれば、それを拒む上司というのはちょっと考えにくいです。

忙しい部署にも、改善活動ノルマが課せられるのですが、先輩はそういったことに関わっている時間が中々取れないので新人がそういった仕事をやると宣言しても拒むのはまずありえません。

案外苦労するゼネコン

下請けプログラマーからみると富士通のような会社中間搾取していて高給をとっているのに、仕事は丸投げという印象があるでしょうが、実際やってみると案外大変です。

私は、富士通本社SE的な立場グループ会社に出向して、そこから顧客先に派遣される4次受け5次受けのプログラマ両方を経験しましたが、はっきりと下請けの方が精神的に楽と感じました。

商売や、自分でやっているわけではない人に依頼した仕事について、責任をとるのは非常に苦しいものがあります。そもそもプログラミングはとても楽しいというのもありますが。

異動の希望はまず通る

私見ている範囲では違う部署に異動したいという希望100%通りました。異動を希望しているのにその部が解散するまでその部署にいる羽目になった人など見たことがないです。

もちろん、「プロジェクトが佳境で君に今抜けてしまわれては困る」というケースはあるのですが、IT業界プロジェクトの開発周期は年々短くなる一方ですから、割と早い段階で異動の希望は通る感じです。

もとの増田の方は巨大プロジェクトだったので大量の人がいるわけですが、こういった部署は異動の希望は通りやすいです。

なぜなら、新規プロジェクトで最も忙しいときは大量の人員を動員しているわけですが、バージョン2、バージョン3あるいはメンテナンスフェーズに入ればそんなに大量の人員必要がないので、会社としてもその部署人員を異動させたいわけです。

けれど、プロジェクトで中核の技術を担っているようなメンバーマイホーム天上界に立ててしまったメンバー、新しい仕事対応しにくい高齢メンバーは異動させにくいので、

EXCELをいじっているだけのような新人は異動の希望が通りやすいのです。

もとの増田も、もう少し我慢していれば希望が通った可能性は極めて高いですが、プロジェクトが佳境でまだ新人で入ったばかりといった状態では、もう少しその部署で頑張れと言われるだろうと思います

ただし、異動先の都合もありますので、ここから出たいはほぼ100%通りますが、あそこに行きたいは必ずしも通りません。

今更「京」スーパーコンピュータをやりたいといっても、人気部署ですし、プロジェクトの最盛期は過ぎているのでその希望が通る可能性は低いでしょう。

嫌な上司はすぐにいなくなる

色々な部署がある大きな会社では、管理職クラスは頻繁に異動が起こりますから、嫌いな上司はわりと直ぐにいなくなります。小さい会社だとそもそも部署が開発部と人事部営業部しかないというかんじなので、上司がやめるか自分が辞めるまで、嫌な上司と付き合う羽目になりがちです。

入社時の部署希望のコツ

新人研修期間が終わった後、人事の面談のチャンスがあるのですが、そこにはコツがあります

「おおざっぱにはっきりと希望を言うこと」です。

いちばん最悪なのが、大学での研究を話し、それを活かせる部署に行きたいと話すことです。

人事の人は技術には詳しくないですから研究内容が最先端であればあるほど、人事の人には通じないです。

キャッシュコヒーレンシが。。とか話すと、「よくわからないけどこの人は基本ソフトウェアに向いているのかな?だったら、自社でOSを開発しているメインフレーム回そう」という感じになってしまます

それよりは、人事の人が、会社組織のどの部署に配属すればいいかわかりやすいように、おおざっぱに希望をいうことです。

例えば、

上記のことを強い口調ではっきりというのが良いと思います

そのうえで、できれば○○製品をやりたいだとか、こういった業種のSEをやりたい等の希望だすと、どの部署に配属すればいいか相手にも伝わり希望が通りやすくなります

私の同期で入社して新人研修で山奥に配属されたバブル時代末裔のようなおねーちゃんとか、数人は、割とはっきり希望をいって、下界に戻っていきました。

2015-09-26

くやしいのうwwwくやしいのうwww

国沢光宏

「僕は常々日本マスコミは残念だと思う。トヨタがやれ1000万台行くとか行かないとか。

トヨタは車を売っているのではなく、白物家電を売っているだけだ。ドイツ車に見られる本当の

車というものを作っていない。今、世界の潮流は完全にディーゼルエンジンになっていることすら

しらないのではないだろうか。走りの楽しさ、そして移動手段としての車のクオリティ

それを保っているのはドイツ車以外に正直、ない。VW大衆車でありながら本物の車を作りづつけている。

トヨタ欧州ディーゼル規制対応できないゆえにハイブリッドというおもちゃでなんとか

対応しているのが実情だが、日本マスコミはそれは報じない。

僕たちのような自動車評論家が『本物』というものを伝えていくのが使命だと感じている」

vwvwvwvw

政治力呪いドイツ自動車メーカーはなぜディーゼルで失敗をするのか

資源呪いという言葉があります

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B3%87%E6%BA%90%E3%81%AE%E5%91%AA%E3%81%84

簡単に説明すると

資源があることで甘えが出てほかの産業への投資が怠る事や、資源があることで紛争汚職がはびこる原因になることです。

資源がある国の多くが途上国であることからそう言われるようになりました。

資源恩恵をもたらすものではなく、甘えや政治腐敗、紛争を引き起こすものであるという発想。

私はこの面白い考えが、今回のVWディーゼルエンジン問題にも言えるのではないかと思いました。

まりドイツ政治力引き起こしたのではないかと。

政治力といえばアメリカです。

日米貿易摩擦の時、ジャパンバッシング日本車をひっくり返すパフォーマンスなどをやっていた時代

関税など、ビッグ3を守るためにあれこれ政治的日本企業妨害していましたよね。

しか結果的ビッグ3がどうなったかみるとわかりますよね。政治力って本当に企業のためになるんでしょうか。

国際的日本企業は、自国国際政治立場の弱さを知っているため、国を当てにしていません。

トヨタなどはそれこそ日本の政治家や官僚以上にアメリカ政治に対して神経とがらせています

おなじくらい気を使っているのは、確かな技術です。技術は誰の目から見ても公平に評価ができる分野です。

なので私は、日本企業がまじめに技術と向き合っているのは、かなしいかな政治力のなさによって起こったものではないかなと思うのです。

なのでそういった理由からなのか日本企業の多くは国際的には技術押しで紳士対応しますが、内政だととたんに横暴な態度とったりしますよね。

政治力が使える相手なら政治で楽に対応する。そんなイメージがあります

かつてのドイツもそうだったのではないかと思うんです。

運よく政治力がなかったと。

僕のイメージするドイツ技術世界一的なイメージというか、

歴史的ドイツ技術力で他国を圧倒するようになるのは第一次大戦以降ではないかと思っています

大航海時代出遅れたために植民地もてなかったドイツが、産業革命出遅れドイツが、第一次大戦に負けたドイツが、

その結果のヨーロッパでの政治的立場の弱さを、技術習得に注力したのではないかと思います

そして、そういったドイツ稲穂の垂れるような態度を作り上げた外的要因が、ことごとくEU誕生、そしてユーロ誕生でなくなったと思います

アメリカロシアに対抗するために誕生したスイミー作戦EUによってドイツ宗主国立場になりました。

ドイツを仲間にすることでヨーロッパの争いを解決するというのもあったわけですが

皮肉なことにユーロのせいでユーロ圏内では、比喩ではなく本当に宗主国状態です。

ナチスに例える人も出てくるくらいですが、けして大げさではないと思いますね。あれはもはや帝国です。

いろいろケチつけましたが、とにかくスイミー作戦EUによってドイツ国際的影響力を持ったわけです。

メルケルもさぞかし楽しい政治ライフを送っていることでしょう。

しかし、その強い政治力が、産業に悪い影響を与えているのではないかという考えが、私のなかにうかびました。

まりドイツEU宗主国立場を利用し、ディーゼルクリーンものだということにして、技術開発競争から目をそむけたのではないかと。

かつてのアメリカのように。アメリカ化とでもいうんでしょうかね。



政治力必要ないとはいいません。軍事産業インフラ分野などは政治力必要なところもあるでしょうね

標準規格の争いも政治ものを言いますよね。アメリカEU、そして中国立場を強めています

日本企業勝手に行動するとむしろ国内の識者からガラパゴスだなんだとたたかますし。

しかし、今のところ一般の車はどこぞの団体が規格を握っているわけではないですし、

政治がかかわるにしても今回のように排気ガス規制などくらいです。

自動車産業自由技術を見せられる分野でうらやましいなと思います

私は家電屋ですが、今になって白物家電がもてはやされているのは規格に縛られずに作れるからだと思います

将来OS重要になり自動運転などが登場したときにどうなるかわかりませんが。

今のところ、日本自動車メーカー大丈夫だと思いたいですね。

日本企業も内政では政治で話を押し通す癖があります原発などもその一つでしょう。

他山の石として考えるべきことだと思います

2015-06-21

マツダ

車歴は、25歳ごろに通勤用で買った中古プリメーラ日産)、しばらくして新車セリカトヨタ)、RAV4トヨタ)、その後に走りに目覚めてレガシィターボなし、スバル)、同じくレガシィターボ)と来ている。セリカを買おうとして、クルマを見て回ってたころ、マツダにも見に行った。ユーノス・ロードスターとかクーペ風のセダンとかでマツダは盛り上がってた。でもマツダって、まともな応対をしなかったんだよ。なんだか接客らしい接客をしてくれなくて寂しい思いをした。その後レガシィに乗るようになったくらいだからマツダのような走りを意識した感じは気になってた。いま、セリカとき以来だけど、マツダを見に行くようになったけど、やっぱりあのとき以来、一向に変わんないんだよね、マツダって。というかマツダの営業のイメージ。店の感じ。新規客に熱心じゃない。

いまのマツダって、大規模なイメージ作戦をしてて、メディアネット情報も相当コントロールされてる。ディーラー改革もすごくて店が新品で、赤い新車が並んでいる。でも、肝心の営業の人がそのままなんだよね。だるい感じで、ひなびた売れない中古車店みたいな感じ。これが、ある地域限定ならわかるけど、セリカを買ったとき神奈川県ディーラー、そして東北の2県のディーラー、同じなんだよね。たまに真面目でこちらを取り込もうとする営業マンはいるけど、店のスタッフごとで新規客を取り込もうという感じは見受けられない。BMWアウディVW外車ディーラーのほうがよっぽど無名新規客に対してやさしい。300~500万円の買い物だもね。いいなと思ってから買うまでに何年もかかるんだから、それがわかってるんだよ。もちろんスバルもそれがわかっている。

マツダ広告イメージはよくなったけど、肝心の店はダメだな。営業マンを大規模に入れ替えたほうがいいな。

スバル最初に取り込まれとき店長さんが出てきて、ほんとに熱心に口説かれたもの。1台目のレガシィを買うまで2年くらいかかったけど、粘り強く付き合ってくれたし。クルマの性能の何たるかということを深く教えてくれたよ。マツダにはそういうところがないんだよな。クルマのものは良く出来てると思うよ。いまのオレは、モノを見ただけで相当判断できるようになってるから。でも、自分RAV4からレガシィになったときのような気持ちの動きは湧いてこないね。ぜったいマツダに来るべきだ、来れば必ず違った世界提供できるっていう意気込みが営業マンにないもの。変わったクルマしか作らないじゃんマツダって。カタログだけで買うような大衆車は作ってないじゃん。

マツダは30年くらい前だったか、自社のクルマがなぜ売れないのかを大々的に調査して、その結果、マツダという社名と隠してユーノスと名乗ることにしたという過去がある。たぶん、電通とか博報堂とかの大手メディア戦略会社に頼んだんだと思うよ。それで順調に固定客をつかんだのかというとそうではなく、現場の営業マンがダメで、けっきょく値引き合戦ばかりでダメだったそうだ。それで今、企業イメージを上げようとして、大々的にメディア戦術を繰り広げている。新開発のディーゼルエンジンはとてもいいと思うよ。ガソリンエンジンは他社に追いつかれて大したことないけど。

スバルディーラーは、この5年くらいでガラッと変わったんだよ。ディーラー拠点の集約化と、スバルなんか知らない新規客の獲得をやった。当たり前なんだけど、接客応対がいいのね。トヨタディーラーと変わんないくらい均等接客するんだよ。前はそうじゃなかったけど。衝突ブレーキのアイサイトを売りだしてから拍車がかかってるね。ここ数年でいちばん売れている国産ガソリンセダンインプレッサもの。1位だよ。月に3000~4000台も売ってた。今までのスバルからすれば信じられん。スバルだって自社製コンパクトカーはないし、軽自動車もやめちゃってOEMなっちゃったし、一生付き合えるメーカーではなくなったんだよ。スバル製のクルマで、年取って最後軽自動車にしようかと思ってもダイハツなんだから。そういうのとスバルマツダは似た環境にある。

まり日本市場を重視できないのはわかる。でも、あのマツダの派手なディーラーを見ると、日本市場でやる気満々という感じに見えるが、なにせどの車種も価格設定が高いし、わざわざ買うならスバルみたいに熱心に口説かれないと買う気にならないだろうし、でもマツダ経営幹部広報とかによると、買う気のある人だけが買ってくれればいいというような感じで書いてあるし、またバブル期の失敗をするのかなあと感じるところもある。マツダディーゼル車が、そのままトヨタディーラーで売っていれば、たちまち買ってしまうだろうという自分いるからなおいらだつ。

2014-03-08

http://anond.hatelabo.jp/20140307164501

ボーカロイドってテストコードに声のせるのがいちいち発声しなくてもいいってモデルだったんじゃない?

あれで歌謡曲つくろうとかいものでもなかったんじゃないかな。

ものづくり的にだと、仮縫いが自動で出来るって機械がでたみたいなもの

仮縫い状態で商品化できるじゃん、自動製品できちゃうじゃんみたいな感じで

なんか見た目には「もうちょっと努力したらちゃんと製品化できそう」に見えるラインボカロサウンドが

「完成」として世に流れてるのが、お気に入りブランド服を仮縫い糸つきのまま着て町を歩いてる

気恥ずかしさみたいなのがあるのかなあみたいな。

服の型だけつけた布をさらして「ミュージシャン」きどりの痛い人もでてきたりとか

抜いた形を自動で服にまで整形してくれるものから、おもったことそのまま抜いて

痛い歌詞になったりとかしてるのかなあと思ったりもするかもしんないみたいな。


ディーゼルエンジンもひどい排ガス撒き散らして走るけど革命的な機械だったとおもうし

ボカロもまだひどい程度かもしれないけど、目的を「歌謡曲作成する」にさだめて

需要研究が進めば、そのうちよくなるんじゃないかなとか思ったりはするかも。

2013-10-29

NTRエロマンガ「神籠りの夜に」後日談復讐SSを書いてみた

りょう おいしいお肉の召し上がり方

http://www.amazon.co.jp/gp/product/4863493762/

に掲載されている作品「神籠りの夜に」の後日談SSを書いた。

実は、SSって苦手で全然書けなかったのだけど、作品の衝撃でどうしても書かざるをえなくなった。どうしても、この作品の続きの復讐劇が無ければ、正義がそこで達成できなければ、私はとうてい精神の均衡を保てなくなってしまった。読み切りエロマンガでこんな気持ちになったのははじめてで、この作品の胸糞の悪さ(これが卓抜していて、きわめて高い評価ができる)。たった数時間で書いたものだけど、とりあえず。置いておく。

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警衛勤務はかったるい。これが弾薬庫となってはなおさらだ。時刻は0220。つまり、午前2時20分。俺はライナーかぶり直しながらドライバー田中3曹に送りを頼むと、警衛司令に向かって敬礼した。

「弾薬庫、上番します」

警衛司令は川崎曹長。来年で定年だ。俺は、これから退職金に触るような大迷惑をかけることに軽く憂鬱さを覚えた。

「おう、ヒロトか。今日は蒸し暑いからな、気を付けて行って来い」

軽く挨拶されると、俺は田中3曹とともにジープに乗り込んだ。実のところ、こいつはパジェロだがジープとみんな呼んでいる。

「本当に今日は蒸し暑いな」

無口な田中3曹が珍しく話しかける。

「そうですね」

同意の返事だけすると、沈黙があたりを包む。深夜の空に響くディーゼルエンジンと路面をひっかくタイヤの音だけが響く。4年前の夏も、蒸し暑かったことを俺は思い出した。

からの蒸し暑さは、この湿地を埋め立てて造ったという駐屯地に深い霧を立ち込めさせていた。ジープヘッドライトはその霧を切り裂きながら進んでいく。

ほどなく、弾薬庫につく。同じ駐屯地の中だ、5分もかからない。中の哨所から人が出てきて、金網で出来た門を開ける。俺は、田中3曹に礼を言ってからジープから降りた。

迎えに出てきた下番者は同期だ。一緒に哨所に入って申し送りを受ける。

「申し送り物品、弾薬5発、双眼鏡。申し送り事項ナシ」

「申し受け物品、弾薬5発、双眼鏡。申し送り事項ナシ」

弾薬は無くなったら大変なことになる物品だ。しっかりと復唱をして申し受ける。

「それじゃあ、あとはよろしく」

同期が言うのに「了解」とだけ返事をすると、弾薬庫の門まで見送って鍵をかけた。俺は同期とあまり仲が良くない。仲が良くない、というと語弊があるが、要するに俺は付き合いの悪いやつだった。これには理由がいくつかあるが、俺には金も時間も惜しかった。そんな俺に警衛司令として上番している川崎曹長は何かと目をかけてくれていた。そんな恩人に迷惑をかけるのは忍びないが、俺にはそうするしかなかった。

「あれから、4年か…」

ひとりごちる。弾薬庫に人は来ない、交代が来るまで孤独な戦いだ。「まだまだと、自分を責める、弾薬庫」そんな落書きが哨所には書かれている。

うずらが居なくなって4年。また、祭りが来る。

俺は、これから大それたことをする。それこそ、大それたことだ。弾薬庫には、小銃弾がある。一人じゃとても撃ちきれないほどだ。これを持って、俺は今日、ここを出る。なぜそれをしなければならないか。それは4年前のことにケリをつけるためだ。

ただ、これには、いくつか問題がある。まず、弾薬庫の周りには赤外線がめぐらされている。交代時はあらかじめ分かっているか警報無視するが、そうでないとき警報が反応すればすぐに警衛から人がすっ飛んでくる。ただ、今日は霧だ。霧が深いと赤外線センサーは誤作動を起こす。霧が出始めた0時頃には警報スイッチを切っている。

次に門だ。出入り口の門は深夜は閉鎖している。出入りはできるが、人に会わないと出られない。当然、同じ中隊である今日の警衛隊にはすぐに分かるし、外出証も持っていない。ただ、自動車で外柵を破壊して突っ切れば、確実にバレるが、銃と弾薬とともに外に出られる。

霧は今日しか出ていない。警衛勤務に上番するのは月に数回。それも必ず弾薬庫につくわけではない。そして、また来週になれば次の犠牲者が――4年前と同様に――出る。

俺は意を決して、弾薬庫の鍵を開いた。

弾薬庫はがらんとした埃っぽい空間だった。俺は手近な7.62mm小銃弾の箱に手を伸ばす。重いが、これを門の近くまで持っていく。夏の雑草は茂るのが速い。弾薬箱はうまく隠れた。俺は腕時計を見る、0250。見回りの動哨は通過しているはずだ。俺は、そのまま門を開けて外に出ると、自分の車に一目散に走った。

駐車場は弾薬庫にほどちかい。息を整えながら自動車に乗り込むとエンジンをかける。ライナーを脱ぎ捨てながら助手席に置いたブルゾンを上から着込む。カンガルーバンパー付きのハイラックスだ。中古車だが、そんなに悪くない。ライトを付けずに車を出すと、弾薬庫にまっすぐ向かう。動哨の経路にもなっていないから見つかることはない。演習場で灯火管制下での車両行進を行った経験が役に立った。

弾薬庫の前に車を置くと俺は、弾薬箱を車に積んだ。俺は、この駐屯地を、出る。

ビィィイイイイイイイイイイイイイイ

けたたましい警報音が警衛所に鳴り響いた。警衛司令である川崎曹長はそれに驚きながらも警報盤を見る。

おい、何かあったみたいだぞ? 外の車でも突っ込んだか?」

そこは、時折外からの車が突っ込む場所であった。特にこんな霧の深い夜は飛ばしている車が突っ込んでくることがある。彼の判断は半分当たっていたが半分不正解だった。車が突っ込んだのは事実だが、それは「外の車」ではなかった。

おい田中、見に行くぞ」

無口な田中3曹は「了解」とだけ言うとジープに向かっていった。彼らは5分後、とんでもないものを目にすることになる。そして、さらに5分後、弾薬庫から隊員が弾薬と銃を持って居なくなっているという大変な事実認識するに至る。

俺は外柵を破った。俺が銃と弾薬を持って居なくなったことを彼らは間もなく知ることになるだろう。そうなれば非常線が張られる。俺は、駐屯地を出た直後に近くの駐車場まで飛ばした。深夜3時だ。車はほとんど通っていない。そこには、カバーのかけられた白いステップワゴンが停められていた。

このステップワゴンは放置されていた車だ。市役所の連中が黄色い紙を貼って撤去すると警告していたものだ。ナンバーは無かったが、これは別の車のものを盗んでナンバーを変える偽造した。当然に実在する白いステップワゴンナンバーだ。そして、俺がこれから行く場所地名ナンバーだ。車は程度が良く、イモビをカットすればそのまま動いたが、念のために自分で整備を行った。そりゃあ、金もなくなるし付き合いも悪くなる。でも、このステップワゴンが俺を逃がしてくれるはずだ。俺は、半長靴と迷彩服を脱ぎ捨てると白いステップワゴンの中にある服に着替えた。

俺は白いステップワゴンに弾薬と銃を積み替えると、すぐさま出発した。検問はすぐに始まる。後部座席を改造して銃と弾薬は隠せるようにしたし偽造免許証も作ったが、検問は避けたい。人着は警察に連絡されているし、免許証ICチップまでは偽造できない。

俺は目的地に向かって走り出した。

高速を走る。俺は四年前のことを思い出していた。

俺の住んでいたところは、山間の村だ。特にこれといった産業の無い、土地の痩せた、ぱっとしない村だ。俺はその村の出身ではないが、余所者として住んでいた。その村には言い伝えがある。オハシラ様という土着の神が村の貧しい男と結ばれてから村は豊かになったというものだ。実際に、ぱっとしない村だったが、それなりに豊かではあった。そして、そのオハシラ様を祀る祭りが4年に1回行われている。

ただ、パッとしない村が単に伝説で豊かになるはずがない。この祭りには裏があった。街に住む金持ちの支援者が気に入った村娘を、祭りの主役であるオハシラ様として祀り上げ、自らの性奴隷として嫁がせるというものだ。さらに、村の有力者が祭りにかこつけてオハシラ様となった村娘を集団で凌辱する。考えるだけでもおぞましい制度だ。

俺は、それに実の姉と、好きだった娘――うずらを奪われた。彼女も俺を好いていた。だが、実家の生活と村のために犠牲になった。その後、オハシラ様を娶った男、柱の男とよばれるやつから、寂しいだろうと凌辱されるうずらのDVDが定期的に届いた。俺は悔しかった。悔しかったが力が無かった。だから俺は高校卒業するとすぐに自衛隊に入った。そして、チャンスが巡ってきた。

明け方、街のインターチェンジに近づいた。時間はない。警察がそのうち俺を捕まえに来るだろう。街に降りると、あの忌々しい村へと車を進めていった。俺が縁やゆかりのある土地に向かうであろうことは、当然に警察や自衛隊も予想しているだろう、なるべく早くことを済ませなければならない。俺はステップワゴンを村の手前にある山への道へ入れると少し奥まったところに止めた。後部座席から銃、弾薬、バックパックを取り出した。バックパックには一人用の天幕携帯糧食等が入っている。ステップワゴンにはカバーをかけた。俺は一人山に入っていた。

あの忌々しい儀式の舞台になるのは村の神社だ。神社は山を後ろに控えていて、禁足地だとしていて人は基本的に入ってこない。あんな忌々しい儀式をやっているのに「禁足地」とはお笑い草だが隠れるにはうってつけの場所だ。

俺は身を隠しながら、神社の裏手まで上がった。双眼鏡とガンマイクをポケットから出す。今年も祭りが行われるなら、朝のうちにオハシラ様がみそぎを行っているはずだ。

案の定、みそぎは行われていた。年のころは18ぐらい。きれいな娘だった。あの忌々しい神主も居た。俺は祭りまで監視を続ける。

その日の晩、俺はラジオを聴いていた。俺のことはニュースになっていた。連中も知ることになるだろう。これで祭りが中止になるかもしれないが、連中は俺のことなんてとうに忘れているのかもしれない。あるいは、思い出しても、まさか自分たちに復讐に来ているとは思わないのかもしれない。俺はラジオを消すと眠りについた。

一週間たった。祭りの日だ。神社を見下ろすと準備にあわただしい様子が見て取れる。祭りのクライマックスレースだ。丸太をかかえて神社の階段を駆け上がり、境内にある台に丸太を置いた者が柱の男となるという、シンプルなものだ。ただ、これが出来レースで村の支援者が絶対に勝利するということを除けば、だが。

一週間の間の監視でいろいろなことが分かった。今回のオハシラ様も村に住む俺と同じような余所者が好意を持っているということ。オハシラ様もまんざらではないが、儀式のために身を費やす覚悟であるということ。また、その余所者はこの儀式真実を知らない様子なこと。そして、今回の柱の男は、姉とうずらを娶った連中の親族で、どうしようもないクソ野郎であること。

祭りの準備は着々と進む。街の土地持ちどもが寄り集まっているところにガンマイクを向ける。

「…で、今年のオハシラ様はどうかね?」

「いや、美人で犯しがいがありますね。あの顔が苦痛でゆがむことを考えるだけで、勃ってしまますよ」

「4年前の娘もよかったがね。ただ、なんせ妊娠しないのがつまらない」

「ああ、あいつのところに嫁にいったやつですか。あんな貧相なののどこがいいんでしょうね?」

「あいつはロリコンなんだろう。まぁ、いい。人の趣味はそれぞれだ」

「では、8年前の娘はどうですか?」

「ああ、うちのやつか。ちょっととうが立ってきたが、悪くない。ただ、これからは肉便器から家政婦だな…」

連中の口をつくおぞましい言葉に俺は、涙を流していた。噛んだ唇からは血が出ていた。

夜になった。無事にレースは終わった。決まった通りに決まったやつが勝利した。間もなく、真の忌々しい儀式が始まる。ぞろぞろと男どもがお社に集まってくる。俺は胸の鼓動と鈍い頭の痛さが抑えられない。俺は、山をゆっくり下りた。ゼロ点規正は祭りでうるさいうちに済ませた。

暗い境内で、黒い戦闘服は目立たない。これが演習場ならバディがいるところだが、今は俺一人だ。全周の警戒は怠らない。片目にFLIR、銃には照準の邪魔にならない場所に暗視装置をマウントしてある。

這いつくばりながら、お社に向かっていく。中から神主の声が聞こえる。

お社の窓から今日の柱の男が見えた。双眼鏡レーザー距離計で測った距離は200m。中は少し明かりがついていて、夜目になれていれば十分に判別がつく。お社の中の配置は頭に入っている。そっと、薬室に弾薬を送り込む。這いつくばりながら、銃を構える。床尾板の冷たい感触が肩に伝わる。柱の男がお神酒にくちを付ける。俺は息を吐いて止め照準をつける。照星がゆらゆらと男の顔の中に揺れる。俺は引き金を霜が降りるようにじわじわと絞った。

ドーン…

静かな深夜の村に7.62mmの太い音が響いた。薬きょうが吐き出され次弾が送り込まれる。男が赤いものと白いものをまき散らしながら崩れていく。ほんの数秒のはずだが、永遠に思えるほどの長い時間だった。俺は人殺しになった。

一気にお社が騒がしくなる。人に来てほしくない。いくらここが村から外れているとはいえ連絡されては計画がぶち壊しになる。俺は走ってお社に向かった。

俺は、扉をけ破って銃を構えながら言った。

「静かにしろ…」

俺は顔を黒くドーランで塗っていたが、神主は俺を見ると。俺が何者か分かったようだ。

「お、お前は… こんなことをしてどうなるか…」

俺はもう一度言った

「静かにしろ」

神主以外のやつらは放心状態だった。いくら銃を持っているとは言え多勢に無勢だ、いまのうちに拘束をしなければならない。俺は銃をかまえたままウェストバッグから手錠を出して投げた。

「お互いの両手足につけろ、死にたくないなら」

放心したまま連中は動かない。

「た、助けてくれるんだろうな?」

一人の男が口を開く。村で唯一の商店の店主。4年前にうずらを犯していた奴の一人だ。

「静かにしろと言ったはずだ…」

俺はそういうと、その男に銃を向け引き金を引いた。銃声が響く。

胸に銃弾を受けて男は倒れた。

「早くしろ、こうなりたくなければ」

そう、言うが早いか連中はお互いに手錠をつけはじめた。ほどなくして、オハシラ様も含めて全員が手錠をつけた。

「よし、いいだろう。見せてみろ」

俺は手足が抜けないようになっているか一人づつフラッシュライトで照らして確認した。

「全員、壁の方向を向け。」

連中は黙ったまま壁の方向を向いた。俺は銃から手を離し一人づつさるぐつわをかけていった。ただ一人、神主を除いて。

「よし、それじゃあ、神主、こいつらに俺のことを説明してやれ」

「わ、わかりました… この方は、8年前のオハシラ様の弟で4年前のオハシラ様を好いていた者です…」

「と、いうわけだ、俺がなんで戻ってきたかわかるな? ニュースで俺のことを放送していたのは気づかなかったか?」

気づきました。ただ、戻ってくるとは思いませんでした…」

「あれだけのことをしておい復讐を考えないとは、頭おかしいな、お前らは。まぁいい、警備を強化しようにも、こんな儀式だ、口外は出来ない。警察にも言えない。駐在は数年ごとに異動する余所者から抱き込めない。だから、見なかったことにした。そんなもんだろう。腐りきっているだけでなく無能な連中だよ、お前らは」

神主は黙った。

「さて、じゃぁ、神主さんよ、今までのオハシラ様の嫁ぎ先を教えてくれ」

「そ、それは… わかりました、隣の部屋に資料があります

「じゃぁ、立って取りに行け、行けるだろう?」

神主は手足に手錠をつけたまま、ひょこひょこ移動して取りに行く。

「変な気を起こすなよ、死にたくないなら」

間もなくすると神主は一冊のノートを取ってきた。俺はそれを受け取るとパラパラと見る。リストには祭りの年、名前、生年月日、住所、電話番号が記載されていた。リスト最初の方から最近まではほとんど線が引かれて消されている。

「この線は何だ?」

「それは…、亡くなった者です…」

生きていれば40代、50代の者までほとんど亡くなっていた。俺はめまいがした。

「本当に、お前らはクソだな… まぁ、ご苦労、それじゃあ…」

俺は腰のケースからフォールディングナイフを取り出すと、神主の胸に突き立てた。

「がはっ… なんで…」

「当たり前だろう、俺は復讐に来たんだ」

さるぐつわをつけた連中が騒がしくなった。殺されることが分かれば逃げるだろう。

「今までやってきたことを地獄で後悔しろよ。ま、俺も後で行くがな」

俺は、そういうと逃げようと這う連中を一人づつ刺していった。最後に、オハシラ様が残った。目を閉じて涙を流していた。

「いろいろ大変だったな。お前は自由になれる。」

そういうと、俺はウェストバッグから1㎝の札束を出すと胸元にねじ込んだ。びくっとオハシラ様が動いた。

「この金は、犯罪で得た金じゃない。お前の好きな男とどこかで暮らすために使え。俺は全員を殺す、だからこの村の資金源は無くなる。家族の豊かな暮らしは無くなるが、働いて仕送りでもしてやれ」

俺はそういうと、お社を後にした。リストを胸に突っ込み、銃を片手に、走って停めておいステップワゴンまで行く。幸いにもステップワゴンは見つからずにそのままだった。街へ降りていく。街までは30分。夜明けになり村が異常に気付くまでは、あと5時間といったところだろう。

俺は一人づつ訪ねて行った。ドライバーで掃き出し窓のガラスを割って侵入し目的を遂げる。コツさえつかめば音はほとんどしない。幸いなことに機械警備は無かった。機械警備があると時間の余裕がなくなる。早ければ10分ぐらいで警備が来るから家が広いと失敗するリスクが上がる。

女は6人しか生き残っていなかった。うち二人は、姉とうずらだ。4件はすでに襲撃した。女には会っていない。全員を助けることは、俺にはできない。

俺は姉が嫁いでった家に向かうと身震いした。だが、確実に仕事はしなければならない。掃き出し窓に取り付くとサッシにマイナスドライバーねじ込みヒビを2か所入れる。ガラス割れると手を突っ込んでクレセント錠を外す。サッシをスライドさせるとゆっくり動いた。補助錠は無い。

入った部屋はリビングだった。豪華だが、趣味が悪い部屋だった。動物の毛皮の敷物、ごちゃごちゃとした飾り棚にならぶ、一つ一つは高級そうだが雑然と並んだ外国製の食器。俺の姉を奪った柱の男が脂ぎった顔でゴルフクラブを振るう写真。どれも趣味が悪かった。

俺はさっそく廊下に出て、一部屋ずつそっと確認をしていった。一階はクリア足音をたてないように上がっていく。二階のドアもひとつづつ確認していく。一番手前… 姉が居た。ベッドに眠っている。おなかは大きく、妊娠しているのだろう。奴を殺すまで起こすことはできない。次の部屋、物置になっている… 一番奥… 居た。

俺はそっと近づくと、口に手を当てると同時に、胸にナイフを突き立てた。男は目を見開き暴れようとしたが、すぐに絶命した。

そのまま、姉の部屋に取って返す、口に手を当てて起こす。姉は襲われるとでも思ったのだろう、暴れだした。

「俺だよ、ヒロトだよ」

姉は驚きの表情になって暴れるのをやめた。

「静かにしてもらえるかな?」

姉がうなづいたのを確認すると、手をはなした。

ヒロト!! どうしたの!!」

小声ではあるが、驚きの言葉を言う。

復讐に来たんだ。姉ちゃんと、うずらを奪い、辱めたあいつらに。あいつは、さっき殺したよ。神主も、村の有力者どもも…」

姉は絶句した。弟から人殺し告白を受ければ誰だってそうなるだろう。

「とにかく、今は時間が無い。一緒に来てくれ」

「わ、わかったわ…」

幸いなことに姉はくるっていなかった。あれだけ凌辱されてもなお、気丈に精神を保ち続けてきた。俺は姉を連れて車に乗り込んだ。

「これからどうするの…?」

「うずらを助ける」

「そんなことをしたら、うずらちゃんの家はどうなるの?」

「どうなるもこうなるも!! 娘を売って手に入れた幸せにどれだけの価値があるんだ!! 村から出て働いて暮らせば豊かではないにせよ生きていけるだろう。俺だって村を出て自衛隊に入って生きてきたんだ」

「…ヒロト自衛隊に行ってたの… 知らなかった」

ニュースでやっているよ、銃と弾薬を持ったまま脱走した自衛官って」

お姉ちゃんテレビ見てないの… 毎日、やることがあるからね…」

ああ、嫌なことを思い出させたと、少し俺は後悔した。

「でも、オハシラ様がいなくなったら、あの村は、村に住む人はどうするの…」

「今更、どうにもならないよ。神主商店オヤジも、議員も、郵便局長も、地主オヤジも、みんな俺が殺したからね。支援者の家も殺した。あんな村は滅びなきゃならない。誰かが滅ぼさなきゃならなかったんだ」

姉の顔が曇る。

「…ヒロトはどうするの…」

俺は車で前を見据えながら、目を細めて言った。

「殺した人数が人数だからね。事情はあるにせよ捕まれば死刑は免れないよ… その前にケリはつけようと思っているけど。で、姉ちゃん。一つ頼みがある」

「…何?」

俺はさらに目を細めた。

「…うずらを助けたら、うずらのことは頼む」

「…」

姉は涙を浮かべていた。

ほどなくして、うずらがいる家に近づいてきた。遠くから見ると、こんな時間なのに明かりがついていた。まずい。車を離れた場所に止める。

「姉ちゃん、ここで待っててくれ」

俺は銃を持つと車を後にした。

家に近づいて、双眼鏡で確認をする。カーテンが引かれた窓には何も映っていない。

地主の家らしく、広い。庭も明るくなっている。裏側からアプローチすることを決めた。家の裏側に身をかがめながら走っていく。高く張り巡らされた塀の上には有刺鉄線が張られている。有刺鉄線を一瞥する。金属の支えに取り付けられて、うなり音はしない。電流は流れていない。弾帯からレザーマンを取り出すと切断をした。懸垂して塀によじ登り、速やかに降りる。着地時に少し音がした。ただ、気づかれた様子はない。裏口に近づく。鍵は閉まっている。紙おむつから取り出したポリマーと、シリンジに入れた王水ウェストバッグから出す。ポリマーを鍵穴に詰め込むと王水を注ぎ込んだ。鍵を溶かして破壊する方法で、溶解破錠という方法だ。しばらく待つ。俺にはこの時間無限にも思えた。

十分に溶けたところで、鍵穴にマイナスドライバーを突っ込んで回す。さしたる抵抗なく回った。銃をかまえながらドアを静かに、しかし素早く開ける。クリア、だれもいない。明かりはついているが。きれいにかたついたキッチンだった。正面にドアが二つ、右と左にある。

家の外観を思い出しながら、右側がリビングの可能性が高いと思い右側を銃を構えながら素早く開ける。照明がなく暗い。ただ、人の気配が無い。FLIRを左目に落とす。人は明らかに居ない。キッチンに戻るともう一つの左側のドアにアプローチする。廊下だった。やはり誰もいない。一階のドアをひとつづつアプローチクリアする。誰もいない。

廊下階段がある。上階の廊下は明かりがついている。音をたてないように素早く階段を上る。廊下に沿って、ひとつづつ部屋をクリアしていく。書斎、物置、客間… 突き当りの部屋まで来た。

聞き耳を立てる。音はしない。同じ要領で銃を構えながら素早くドアを開ける。そいつは、そこに居た。うずらと一緒に。

「おっと、動くなよ」

奴はうずらを脇に抱いて拳銃、おそらく38splのリボルバーを突きつけながら言った。

「お前が銃を持って脱走したってニュースは見たよ。で、復讐に来るというのも予想していた。神主のジジィには俺も言ったんだけどな、聞きゃしなかった。もう、殺ったのか?」

「ああ、殺したよ」

俺は銃をつきつけながら、答えた。うずらは一言も言わず、震えていた。

「うずらもかわいそうだよなぁ… せっかく、俺に嫁いで家族を食わせられるっていうのに、このバカに何もかも無茶苦茶にされてなぁ…」

うずらがぎゅっと目をつぶった。

「まぁ、いい。俺も死にたくないからな。この女はくれてやるから、とっとと出てけ」

「それで済むとでも?」

「済ませてもらわなきゃ困る。お前さんのせいで儀式も村も、俺ら一族も破滅だ。ただ、俺は資産をうっぱらえばあとは遊んで暮らせるぐらいの金にはなる。面倒な親族はお前が皆殺しにしてくれたから相続もあるしな」

「嫌だと言ったら?」

「オハシラ様を殺す」

奴の目は真剣だった。どうしようもないクソ野郎ではあるが、嗅覚の鋭い顔だった。

「わかった。要求を呑む。どうしたらいい?」

「銃を置いてこちらに蹴るんだ」

「先にうずらだ」

「分かった、うずらが半分まで行ったらやれ。やらなきゃ打ち殺すからな」

奴はうずらを離すと、顎でしゃくって俺の方に行くよう促した。うずらが歩いて来るのを確認しながら銃を床に置き、蹴り飛ばす。が、64は重くちょうど奴と俺の中間あたりに止まった。奴は床からこちらに目を向けると言った。

「よし、じゃぁ、死ね

俺は、走り出していた。奴が床から目を上げる瞬間にはもう、動き出していた。うずらを撥ね飛ばす。奴が発砲する。俺に向かって弾が飛んでくる。俺は体を捻じ曲げる。左の二の腕に弾がめり込む感触がする。熱い。焼けるように熱い。そのまま、奴にタックルする。

「ぐあっ」

ベルからナイフを取り出す。サムスタッドに親指をかけて開く。奴の首にねじりこむ。左腕は熱い。奴は目をこれでもかと開き、口をパクパクさせている。首から血が噴出する。奴の右手の拳銃を胴体で抑え込む。

「これが4年間の成果だ。うずらを、姉ちゃんを護れなかった俺じゃない」

奴はそのまま絶命した。

俺はうずらを右腕に抱きながら、車へと戻った。うずらは途中何も言わなかった。

「お姉さん…」

「…うずらちゃん…ヒロト… よかった、無事で…」

うずらは目に涙を貯めていた。

「うずら、悪かったな。迎えに来るのが遅くなって」

「ううん、そんなことない。生きてヒロトに会えてよかった。ずっと、私待ってた。諦めてたけど、諦めきれなかった。でも、家のことや村のことを考えて諦めようとしていた」

「もう、村も儀式もすべて無くなるよ」

俺は満足していた。忌々しい村も、忌々しい儀式も、忌々しい連中も、すべて居なくなった。あとは、俺がすべてにケリをつけるだけだ。

俺は自分の腕に止血処置をすると、後ろのバッグを漁った。分厚い封筒が出てきた。

「じゃぁ、姉ちゃん。さっきのお願いの件だけど、大丈夫かな?」

姉に封筒を渡す。

「500万入ってる。4年間じゃこれだけしか貯められなかったよ。少ないけど、これを当座の生活資金にしてくれ」

「…ヒロトはどうするの…」

「さっき言ったとおり。ケリをつけてくる」

うずらが割って入ってきた。

「ケリをつけるって何!! ヒロト!!」

「俺は殺しすぎた。捕まればPermalink | 記事への反応(1) | 01:37

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