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2020-05-18

Twitterをやめて初めて鋼の錬金術師の結末が腑に落ちた同人字書きの話

自己陶酔長文

同人界隈のくだらない話です

ハガレンあくま個人的感想、感慨、そういうものの中で引き合いに出しただけです。こじつけというか、たまたまこういうものの中で自分がしっくりくるのがハガレンだっただけです、うまく言えないのですが。ハガレンが好きな方は閲覧気をつけてください。

※以降、鋼の錬金術師の重大なネタバレを含みます

鋼の錬金術師」という有名な漫画がある。鋼の義肢を持つ兄のエドワード・エルリック通称エド)と、鎧姿の弟、アルフォンス・エルリック通称アル)が、「真理」(神様的な存在)に奪われた自身の体を取り戻すための旅をする中で賢者の石をめぐる壮大な陰謀に巻き込まれていくダークファンタジーである

私はこの漫画が大好きなのだが、一つだけ「あんまり気に入らないなあ」という展開があった。それは、物語最後主人公エドがアルを取り戻すためにとった手段のことである

そもそもなぜ兄弟は体を奪われていたのかというと、死んだ母親を蘇らそうとして人体錬成を試みた結果、錬金術の「等価交換」の法則により、代わりに自分たちの肉体を奪われてしまたからだった。二人の肉体を取り戻すには万能のエネルギーである賢者の石」が必要だったのだが、エドとアルは賢者の石が生きた人間材料にして作られていることを知ってしまう。

経緯をまるっと端折るのだが、結局物語の終盤、エド賢者の石を使わずに二人の肉体を取り戻す方法気づき、実行する。エドの決意に、「真理」は「正解だ」と言って笑う。

エドが全てを取り戻すために差し出したのは、エド錬金術を使う能力のものだった。

私はその展開に正直もやっとしていた。

鋼の錬金術師」の見どころの一つは、エドが繰り広げる巧みな錬金術の数々だったからだ。それに、「最年少国家錬金術師」という厳つい肩書きや手を合わせるだけでどんどん色々なものを作り、意のままに動かすバトル、錬金術知識を使い炭素硬化の能力を使う敵をもろい消し炭に変えてしまう展開……。錬金術エドというキャラクターアイデンティティだった。

実のところ、錬金術のような便利なものに頼らず額に汗して自力で生きろという作者のメッセージは作中で示唆されてはいた。エド師匠のイズミは凄腕錬金術であるにも関わらず、「錬金術に頼っちゃいけない」と言って近所の子供の壊れたおもちゃを手作業で直す。そしてエド最終回、「錬金術がなくてもみんながいるさ」と、金槌を手に清々しい笑みを浮かべる。

だが、やはり読者からすると、「それでいいの⁉︎エドあんたすごかったのに」と思わざるを得なかった。

しかし今、Twitterをやめたことで、エドの清々しい笑みの理由がわかるようになった気がしたのだ。

前置きが長くなってしまった。

私は同人の字書きであるTwitterpixiv二次創作小説をアップするとそこそこバズるジャンルではまあまあ人気の字書きだ。

小説を書くのが好きなぼっちオタクの私にとってTwitterは、ジャンル情報推しの素敵な二次創作、実社会ニューストレンドリアルタイムでたくさんチェックすることができる大切な情報ツールであると同時に同人友達を見つける出会いの場であり、萌え語りができるコミュニケーションツールであり、どのような傾向の話を書けば芳しい反応が返ってくるのがすぐにテストできる巨大な実験場であり、お手軽に承認欲求を満たしてくれる蜂蜜の壺のようなものでもあった。

しかし、同人界隈でTwitterをやっていると、疲れることもたくさん出てくる。人間関係承認欲求ジャンル学級会。三者三様に歪められたキャラ二次創作がどっと流れてくるタイムラインに疲れ、私は果たしてこのキャラを本当に好きなのだろうか?それともみんなで口をそろえて「〇〇ちゃんえっち」とか「可愛い」とか「エモい」とか言わなければいけないような集団意識のせいで好きだと思い込んでいるだけなのだろうか?と悩むこともあった。Twitterキャラグッズを次々と大人買いする人々や、論理が通っているのかよくわからない考察ツイートを見るたび、胸焼けするようになってきた。創作でも、いわゆる「互助会」に組み入れられるのが重荷になってきた。

それでも、同人SNSが私の生活の中心にあり、そこでの中堅字書きという立ち位置が数年の間私のアイデンティティだったから、Twitterをやめられなかった。情報を追えなくなったり、忘れられたりするのが怖かった。

(一応リア友もいないわけではないけど、就職を機に皆地方に散ってしまってあまり会えないし、しょっちゅうはやりとりしないため「居場所」感はあまりなかった)

冴えないぼっち日常生活を送る私の唯一のきらきらしい社交場が失われることへの不安から、私はTwitterを続けていた。

だけど、限界が来た。

きっかけは、私が、おそらくリモート飲み会で、ジャンルの顔的な人の不興をかったことだった。このことについては何を言っても主観になってしまうのでうまく説明できない。特別粗相をしたつもりはなかった。ただ、今まで仲良くしてくれていたその人が、飲み会を境に急に全く絡んでくれなくなったので、何かしてしまったのかな天…と思った、というところだ(他の飲み会メンバーからハブられてはいなかったけれど、わざわざ「私なんかやらかしました?」なんて鬱陶しがられる自意識過剰質問しづらかった)。強いて言えば最初、私のスマホ電波があまり良くなくてもたついたせいで若干場を乱してしまったとか、その人が話しているとき一度トイレに立ったとか、そういうことはあった。もしかしたらとんでもない粗相無意識のうちにしていたのかもしれないし、あるいは全く別の理由かもしれない。

とにかく、その人が絡んでくれなくなった瞬間、その人の取り巻き的な人たちがほとんど反応してくれなくなったのだ。

Twitter彼女たちがワイワイ盛り上がっているのがやたらと目についた。彼女たちの創作をヨイショすれば機嫌を直してくれるかもしれないけれど、不純な動機同人を利用するのはもう嫌だと思っている自分がいた。

私は、何をすればいいのかよく分からなくなってしまった。彼女たちより有名な字書きになって見返してやろうと憤ったり、自分を責めたりと、このご時世において生活に困っていない恵まれた身でありながらバカみたいな理由メンタルがぐちゃぐちゃになった。ジャンルの顔的な人や、それに媚びている取り巻きたちのかい推しを目にするたび、推しのものが嫌いになり始めている自分がいた。

(また、同人界隈がきっかけになって仲良くなり、LINEを交換して旅行などにも行った人たちがジャンル移動していたため、TwitterでやりとりすることがほぼなくなったというのもTwitterをやめるきっかけの一つでした)

楽しいこと、心が慰められることよりも、つらいことの方が上回っていると気づいたとき、やめようと思った。

そして私は、ずっと私の生活の中心にあった同人アカウントを消した。消す前から、このご時世における自分の悩みの卑小さ、不毛さには気づいていたが、消して改めて、自分が長い間スマホの中の小さな世界を首を縮めてのぞきこむばかりで、顔を上げてきちんといろいろなものの広がる世界を見ていなかったのだと気がついた。

思えば、どこかに観光に行っても、何を食べても、Twitter投稿することばかり考えていた。何を書けばウケるかとか、通知の数とか、そんなことで頭がいっぱいだった。いつのまにか自分自身で、同人アカウントしか場所がない状況を作っていた。

世界の命運や肉親の志を背負って闘うエドと、ただの同人字書きの私では月とすっぽんよりさらにかけ離れており、同じ括りで語るのはおこがましいこと限りないということは分かっている。

しかし、そのとき私は確かにエド最終回での清々しい笑みの理由がわかった気がしたのだ。

エドは、錬金術能力を手放すとき、「思えばずいぶん踊らされたよな」と口にした。錬金術師として活躍したエドは、しかし、錬金術母親を蘇らそうとして大切な家族を奪われ、錬金術を使い倫理にもとる悪事をはたらく者たちを数多く見てきてもいた。錬金術は、壊した物を直すこともできるし、武器にもなる、一見万能な術だ。しかし死んだ人間を蘇らせることはできないし、錬金術頼みでは解決できないこともたくさんある。

Twitterも同じである日常のあらゆる情報リアルタイムで発信する。Twitterを使えば全世界の人々と繋がれる。しかし、日常に入り込むそれらは、同時に、日常を強大な「それ」(錬金術/Twitter)なしではいられなくさせてしまう。「それ」を利用しているはずの私たちは、いつのまにか「それ」越しでしか世界を見られなくなってしまう。

錬金術しろTwitterしろ、便利ですごいものは良くも悪くも影響力が大きくて、世界もの見方を変えてしまう。それに振り回され、人間の作った枠組みの中でおだてられて自分はすごい人間なのだと慢心し、甘い汁を吸ったかと思えば虚しい思いもする、そんな力の渦から脱却したから、エド最後、笑ったのだと思う。

Twitterを退会し、同人交流をやめてできた時間の中でやりたいことは意外と早く見つかった。小説映画など色々なものに触れてみたい。資格を取ってキャリアアップしたい。今は難しいが、時勢が安定したら小説カルチャースクールに通いたい。どうにかして、ネット頼みでなく新たな交友関係を築けるよう模索していきたい。

たぶん、徐々にTwitterをやめたことに対する寂しさや後悔は増していくのだろう。それでも、私のなりたい未来の姿は小さな世界局所的人気者ではないから、寂しさを糧にしてふんばりたいなと思っている。

最後に。

鋼の錬金術師は最高だからみんな読もう。

2019-12-13

身体障害者活躍する漫画ってないよね

鋼の錬金術師攻殻機動隊みたいに、

科学義肢をつけて健常者以上になってる漫画

障害者活躍する漫画」と言われても納得しかねるしなあ。

2019-06-18

義肢がエッヂすぎて同じ家に住むのが限界です

 あんまり技術の発達してなかった昔のやつは、関節部にささくれみたいなのがあって痛かったそうです。

2019-02-27

[]なんでもスマート……

アイ・ワナビースマート

2019年現在、みんながスマートフォンを持ってる。

老若男女を問わず子供も持ってる。老人も持ってる。

先進国でも、発展途上国でも、みんながこのハイテクな板切れに夢中だ。

スマートフォンだけじゃない。なんでもスマート

スマートウォッチ!スマートグラス!スマートスピーカースマート冷蔵庫

「さぁ、君もスマート○○を手に入れて、もっとスマートになろう」

現代社会は、賢くなければ生き残れない。

スマートフォンはなにがスマートなのか

スマートデバイスの代表例と言えば、やはりスマートフォンだろう。

スマートフォンはフィーチャーフォン(ガラパゴス・ケータイ)と比べて、どこがスマートなのか?

スマートフォンが登場した当初は既存ケータイと比べて「パソコンライク」に扱える印象があった。

パソコンのようにサイトを見ることができ、パソコンのようにマウスキーボード接続でき、パソコンのようにファイルアクセスができる。

フィーチャーフォンはそれらのことが(基本的に)出来なかった。

ケータイパソコンに著しく劣る」という前提からスマートフォンなのである

成功例はスマートフォンだけ?

比較知名度の高いスマートウォッチやスマートグラス、スマートスピーカーであるスマートフォンほどはヒットしていない。

スマートウォッチやスマートグラスは、まぁスマートフォンの周辺機器のようなものだ。

(スマートグラスに至っては盗撮問題解決されない限り普及は困難だろう)

スマートスピーカーは主に裕福層<ブルジョワジー>や最先端技術愛好家<ギーク>が愛用しているにとどまるようだ。

(裕福層は豪邸に住んでおり手足を使わずスイッチを音声コントロールするためスマートスピーカーを買う)

スマートデバイスは無数にあるが大成功といえるのは実質スマートフォンぐらいではないか

他にはスマートフォン人気にあやかった周辺機器がそれなりに売れている程度だろう。

別にスマートでないヒット商品

最近流行商品はなにもスマートものばかりじゃない。

例えばドローンHMD(ヘッドマウントディスプレイ)、VRヘッドセット3Dプリンタロボット掃除機シングルボードコンピュータなどが挙げられる。

これらは別にスマート○○と名づけられていない点が興味深い。

安易スマート○○と名づけてしまうのは方向性が明確でないためではあるまいか

スマートフォンの特異さ

スマートデバイスのネーミングについて考えているうちに思ったことがある。

実はスマートフォンは、他のスマートデバイスと比べても特異なのではないか

スマートフォン以外のスマートデバイスは「非コンピュータ搭載」→「コンピュータ搭載」というコンセプトのものが多い。

しかスマートフォンに限って言えばフィーチャーフォンコンピュータ(SymbianOSなど)には違いなかったはずだ。

(なおガラケーが本当コンピュータなのかについては知識不足により掘り下げて説明することができない)

スマートデバイスの代表スマートフォンは、しかスマートデバイスの中でも特異なのである

スマートな使命

思いついたスマートデバイスは大抵もうある。

スマートペンスマート義肢スマートカー。スマートバイクスマートエレベータースマート監視カメラスマートインターホンスマートドラッグスマートダスト

無数のスマートデバイスが存在する。

皆さん、いくらなんでもスマートに惹かれすぎでは?

から見るとあらゆる業界開発者スマートな使命感に燃えているようである

それにしても製品を作っている当の本人たちは本当にヒットすると思っているのだろうか?

あるいは「これからスマート時代だ。IoT時代だ」という有難いアドバイスのおかげかもしれない。

スマート椅子取りゲーム

スマート○○というネーミングにはひとつ欠点がある。

スマート○○を名乗れるのは早い者勝ち最初ひとつだけなのである

最初ひとつスマート○○をうまく解釈して、うまく顕在化させて、うまくアピールできればヒットする可能性はある。

しかし、いまいちシックリこないもの最初スマート○○を名乗ってしまえば、そこでおしまいだ。

先に商標などを押さえられてしまえば後続者は身動きが取れない。

スマートの今後

新しいスマートデバイスのコンセプトとして、既にあるものスマートにする方向性は厳しいように思える。

なぜならコンピュータを搭載しないで普及したものは、コンピュータを搭載しないでも普及できたためだ。

もし成功するスマートデバイスがあるとするなら、それは恐らくコンピュータを搭載しないと実現できないものだろう。

個人的には「スマートフォンを制御モジュールとしてドッキングする製品」という方向性シフトしていくと予想する。

規格化されたスマートフォンスロットがあり(ファミコンカセットみたいに)スマートフォンを差し込むことで機能をゲットできるという仕組みだ。

(オーディオインターフェイススピーカーなどのジャンルドッキングする製品はすでにある)

スマートデバイスはスマートフォンの一強だということに、みんなそろそろ気づくだろう。

スマートフォンがすごいのならスマートフォンとひとつになればいいというわけだ。

そして……、最終的に人類スマートフォンは同義語となるであろう。

すなわち「ホモスマート」の誕生である

2018-11-15

3Dプリンタで作った義肢がめちゃくちゃカッコいい。

いろいろあるけど、これとか。

https://pbs.twimg.com/media/DYaiOG9V4AAyaOE.jpg

これだけ義肢がかっこいいと、わざと腕を切断して義肢にするというファッションがあってもおかしくない。

そうだ、もう一般的になりすぎて過激さの足りないタトゥーの代わりに、腕切断して義肢という過激ファッションはどうだろう。ロックだぜ!

2018-08-11

パラリンピックにおけるハンディキャップ

パラリンピックって、実はオリンピック以上に不平等世界なんですよ。

障害の重さごとに種目をカテゴリ分けをしている。

だけど、競技人口が少ないので、そのカテゴリの中でもやっぱり障害の重さはあるんですよね。

障害の重い人が軽い人に勝つのはとても難しい。

車椅子バスケなんかだと、障害の軽い人は点取り屋で、障害の重い人は相手の点取り屋にぶつかって行く手を阻む鉄砲玉の役割になったりします。

それに、そもそも競技用の義肢や道具は高いので競技に参加できる、という人は恵まれた人なんですよ。

なので、パラリンピックオリンピックよりもシビアで、残酷世界です。

2018-06-02

義肢が合わなくてずっと変えてるって話が流れてきたけど

骨と接続しない限りは絶対に合わないんじゃないの? 肉はあくま一時的なクッションで、残った骨との間に肉を挟む限りは肉の上には何も常設できない気がするんだけど。

2016-09-20

http://anond.hatelabo.jp/20160920033845

増田事故って義肢必要になる可能性が余裕で有るわけだけど、それを忘れなければ別にいいんでないの。

2013-05-26

http://anond.hatelabo.jp/20130526202727

乙武さんって義手とかつかわないの?

一言で言えば、あのレベル四肢欠損が補えるような義肢は、まだ実用段階に入っていないのですよ。

別に彼を擁護しようとは思わないけど、技術的にはまだ無理な状態。形だけなら作れるだろうけど、それは「動かない」www

 
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