はてなキーワード: 結果的とは
英語版での名前はRoge Fastfinger(GB版のみLagos)。「Fastfinger」=素早い指捌き、という意味なのでこれは名字というより二つ名のようなものだろうか。
水門のカギは【満月の塔】に行くのに必須、さらに言えば敵地【ロンダルキア】へ乗り込むために必要なアイテムの中の一つであるため、このラゴスを探すことが【5つの紋章】探しと並ぶ中盤の大きな目的となる。
捕まって【ペルポイ】の町の【牢屋】にブチこまれた、という所まではあちこちの人の話で足取りを掴むことができる。
やたらと強い【バピラス】や、やたらと弱い【サマルトリアの王子】との格闘の末、ようやくペルポイに辿りついた【ローレシアの王子】に向かって看守が言い放つのは、
という絶望的な一言。町の中でいくら聞きこみをしても、その後の足取りはさっぱり掴めない。
FC版ではここで詰んでしまった人や、ここの謎解きだけに数週間を要した人も少なくないという。
ラゴスを追って【ザハン】へ来た男がいることからザハン内を探し回ったプレイヤーもいるだろう。しかもこの町の隅にいる男、わかりにくいところにいるうえ「オレはラゴス…」の出だしで話し始めるため、一瞬喜んだプレーヤーもいるかもしれない。
【ベラヌール】の看守も、特定の囚人を厳重に匿っていながら意味深な台詞を吐くので、【ろうやのカギ】入手後はこちらを探したプレイヤーもいるかもしれない。
本当のラゴスの居場所、それは「ペルポイの牢屋の壁の中」である。
右側の牢屋の中に入り、上から2マス目の黒い壁に向かって右に進むと突如画面が【屋根】の外に切り替わり、そこにラゴスがいる。また、その上のマスで右を向いて【はなす】を実行することでも話しかけられる。
ラゴスの脱走したマスだけなにか壁に目印があるなどの配慮は一切なく、まるでノーヒント。真っ黒な壁のうち1マスだけ壁の中へ進入できるなどと、誰が思っただろうか?
同じ仕掛けはダンジョンなら山ほどあるが、通路の構造がまったく違う町中で同じようにこの仕掛けに気付くのは、ほとんどの人にとって意外に、そして相当難しい。場所にとらわれることなく分け隔てせず判断する視野の広さと、疑り深さが問われる。
前作では攻略必須の【ガライの町】で同じ仕掛けがあったが、DQ2が初プレイの場合かなり難解な謎解きとなる。見張りの【兵士】の台詞を鵜呑みにして牢屋の中を自分で調べず、ここにラゴスはもういないと頭から信じ込んでしまえば詰みである。逆に、「脱走?一体どこから…」と疑問を抱ければ解決は目前。
一応、間接的なヒントとしては各地のほこらの構造がある。【旅の扉】でワープした先の扉を開けてみたら、外からは見えない黒い壁の中だった、という例がある。また、牢屋のカギ自体も同じペルポイで購入できるというのも配慮された結果かもしれない。
しかし厄介なことに、牢屋は屋根の下にあって、近付くとマップ切り替えが起こるのだが、このときラゴスのいる部屋の一部がぎりぎり見えていて、そこは何もない壁。つまり無意識に、ラゴスの部屋の向こうは押しても何もないと誤認してしまうのである。実際にはもう少しだけ上のほうにラゴスが隠れているわけだが。
上述の通り発見が非常に難しいためか、ラゴスの居場所については当時様々なファミコン雑誌や少年誌にヒントが掲載されていた。
あるラジオでもラゴスに関わる話をしているが、攻略をヒントにしたラジオドラマではダンジョンのBGMを流すことでダンジョンにいるものだと引っ掛けている。
【完全攻略本】には手描きによる町のマップが掲載されたものの、恐らくネタバレ配慮のためかラゴスがいるはずの場所は普通に壁として描かれているため、このマップを見ても仕掛けはわからない。
当のラゴスという人物についてだが、なんでも壁をブチ抜いて脱走を試みたものの、壁の中で引っかかって動けなくなってしまったらしい。
看守に逃げられたと思われている状態で食事やトイレはどうしていたのだろうか?
また、話しかけると潔く観念して水門のカギをくれるが、看守に没収されずに済んでいた理由も不明のままである。
投獄される直前に飲み込むなどして体内に隠したか、他人の目からは価値があるように見えないカギだったせいで看守にも見逃されたのだろうか。
というのも、水門のカギはテパの村民から見れば非常に重要な品だが、ラゴスが持っていても何の役にも立たない代物。
それは他の商人たちにとっても同様で、売却しようとしてもFC版の頃から値段はつかない。
鍵を盾にとって村を恐喝するという手法も考えられるが、ラゴスが村を脅した様子は特になく、犯行動機が全く見えてこないのである。
本人は見つけられたときに子供じみた軽い台詞を吐くので、ただの悪戯や愉快犯的に盗んだのだろうか。
あるいは、「本来のお目当てである金品をごっそり盗んだら結果的に水門のカギも一緒に盗んでしまった」など、ラゴスにとってもある種の事故だったのかもしれない。
返してもらった後の台詞もまるで無垢な少年そのものの口調で話す。
アイテム欄が満タンで持てない場合でも、そのスキに逃げようともせずその場で待ってくれている。余談だがその時の台詞が、よりにもよってそれに似つかわしくない人物に使い回されており、ちょっとしたネタになっている。
SFC版Ⅰ・Ⅱの公式ガイドブックには「人々の耳目を驚かすためだけに盗みを働く」と紹介されている。ただ単純にテパの人々を困らせたかっただけの愉快犯であろう。
さすがに意地悪すぎると思われたのか、リメイク版ではラゴスがハマっている壁の前の床にヒビが入っており、ノーヒントでも割とわかるようになっている。
ただし居場所が牢屋の右上から右奥に変わっているため、画面を切り替えずに「はなす」だけで見つけることはできなくなった。
ガラケー版以降では優遇され、SFC版【公式ガイドブック】のイラストに準じた専用グラフィックになっている。
そしてスマホ版は縦長画面のため、なんと彼の居場所が建物の外から丸見え。そもそも謎解きですらなくなった。FC版と比べると異常なまでのヌルゲー仕様である…。
生理前、マジで血の出る前の日くらいに、必ずと言っていいほど突然の居ても立っても居られない程の腹痛〜下痢ミサイル〜トイレ籠城1時間みたいなことがここ数年続いて結果的に異所性内膜症という病気らしいことがわかった
患部を切除することもあるらしいけどとりあえず薬で抑えるらしくて、この先ずっと低容量ピルを飲むことになった
毎日決まった時間に何かをするのが死ぬほど苦手だからマジで忘れずに飲める気がしない
朝は平日バタバタしてて時間ないし土日は昼まで寝てるし、昼間は平日休日の外出時に薬を持ち運び忘れる自信があるし、じゃあ夜寝る前って話だけど気がついたら朝まで床で寝てることもあるし旅行とか絶対持って行くの忘れちゃうし、毎日夜寝る前に飲む漢方とか処方されてた時も高頻度で忘れて薬の残数が想定より多いことがかなりあった
ピルケースもお薬カレンダーみたいなだっせーのも服薬補助グッズ色々あるけど、自分みたいな不注意属性つきだと服薬管理まじでできない
薬飲むためのアラームかけてても、すぐに飲めない状況だと止めた後完璧に忘れるし、お薬カレンダーとかピルケースに入れる行為がまずダルく、飲んだつもりになってるから確認しないとかもあり、ピル飲むのと合わせてなんかそういう障害の診断もらってそっちに効く薬も飲めるようにして欲しい…
でもそっちの薬を飲むことも忘れそうだから無理だな
・著作権法は第一条でこういっとるやんけ「思想や感情を表現したものが著作物」 AI創作がそれをクリアしているかがまず一つ目
・著作権法はこうもいっとる「思想感情が含まれてる著作物をつくるにあたってだれかの著作物を丸ッとパクるのはあかん」 (複製権、二次的著作物の許可強制)
入念なプロンプト選定によって「思想感情表現性」を得るにいたった創作物が、結果的に、有名なだれかの著作とまったくおなじことをしてたら?
そらAIつかって選定したものを「これ俺がつくった」つって出したやつに責任が生じるのはあたりまえなんよ
ピカソの絵っぽいもの、ならピカソ死後70年たってるからええよ
アンパンマンっぽい、あるいはコナン・鬼滅・呪術・ポケモンっぽいもの、これは創作者生きてるし大山鳴動するやろなあ
・実在人物のアイコラ これは著作権ちゃうけど実在アイコラとおなじ肖像権侵害あるいは名誉棄損やろなあ
・ドエロマンコ絵暴力絵のだしっぱなし これはピクシブにしろXにしろ規約違反で即垢BAN 繰り返せば単なる中華表現やくざ、まあ自分だけでもってる分には素材集めご苦労さん
これらは判例によりほぼ確なんよ
それが結果を見る目がない・予測できない中学生が初めてPC買ってもらって浮かれて「AI通せばなにを公表しようが無罪」とおもいこむのをとめてやるのが大人の役目
===
追記:「っぽい」に引っかかるやつが増加してるようなので追記するけど、
「弱小絵師Aっぽい」なら公式などないので「弱小絵師A本人の作っぽい」とよみかえることになる。
https://twitter.com/gamerokuda/status/1670940661481357313
ここでいわれている「本質的特徴」ってやつだ
まあこないだの階段の絵みてわかるように、AI絵師wは目の数と指の数だけはようやく気を付けられるようになったレベルだからどんなに上手っぽくても違和感は残るけど
宅配の再配達を無くしましょうっていうから、確実に受け取れる時間にしようとすると、
昼間は仕事や買い物の外出があるから結果的に夜の時間になりがち。
中学生の時にバイブルのように読み漁っていた小説家がいたんだけど、高校受験のシーズンに入ってからと高校時代は勉強で心に余裕がなくて小説自体あまり読まなかった。大学生になって溜まった未読本を読もうと思って手を出したら作風とか、あとおそらく作家のメンタリティが結構変わっていた。解釈が変わったらなんだか中学時代に読んだ分まで遡って好きでなくなってしまいそうで、それがあまりにも寂しく感じ、自分の中学時代とその作家の蜜月を密封するために新作は一切読むのをやめた。
大人になってからは、すでに読んでいたものに対してさえ卑屈な感情を抱くようになった。知識が増えた目でその人の作風やエッセイを捉え直すと、あっ なかなか上流階級ですね…ということが見て取れるようになったからだ。そして本人はあるあるネタとして書いているものも、結果的にそういう階層内での内輪ネタにしかなっていないように感じるものが増えた。卑屈な気持ちになるし、それをいつか自分も体験するんだと無邪気に信じていた中学生の自分が馬鹿みたいで情けなくなった。
自分の感性や考え方の土台は明らかにその作家に追随し、模倣する形で作られたのに、それを基礎にした思考体系の1番上にいる現在の自分は、彼の書くものをテーマからしてしゃらくさいとしか思えない。不相応な世界観をそうと気付かずに取り入れた自分が恥ずかしい。そう考えている今の自分の思考はそこから生まれていることも苦しい。彼のことを考えると自己否定に繋がる。
まあだからあまり考えないようになって10年は経ってたんだけど、さっき彼とは関係ないラジオ番組を聞いてたら作家名がでて少し触れられていて思い出した。
俺は忙しいんだよ。
休んで遊んで掃除して医者行って映画見てネットに書き込んでプラモ作って釣りをして旅をしてゲームして作り置きして図書館行って手続きして勉強してよく寝て筋トレしてとにかく色んなことをクソほどやらなきゃいけないんだよ仕事以外に。
そんな時間をこれ以上奪われるわけには行かないんだ。
単に職場で知り合いだとか昔同じ学校に通ってたとかその程度の理由で。
むしろ「アイツのためにハブってやった優しさに感謝して欲しい」とハッキリ言葉にして欲しい。
俺はそれに対して「いやー忙しかったんで助かっちゃってますね本当」や「いやーその日は都合が悪かったから気まずい思いをせずに済んで結果的にWIN-WINっすね」みたいのを空気読んで使い分けてくから。
頼むぜ。
俺はわざわざ断るのさえ面倒くさい。
そっちはわざわざ誘うのだって面倒くさい。
だろ?
それでいいんだよ。
あと基本的に、足場を組む場合は可能な限り足場を必要とする工事をまとめてやる方が合理的なので、どうせ足場を組むならとあれこれ入れ込むと結果的に大規模になってしまう、というのが一つ。
例に挙げてる外壁塗装なんかは、ピンポイントでやるにしてもゴンドラ吊れるマンションならいいけど、吊れないならやる面積小さくても足場組むしかない。
あと塗装は経年劣化するから、どっか一カ所が明らかにダメってなると他のとこも数年以内にダメになるので小分けにやる意味が正直あんまない。
ピンポイントでやった方がいいのはピンポイントでやれる内容か、金額的に不合理でもやらないとまずい(ほっとくと人が死ぬ可能性がある)内容に限られるよ。
docomoの配信サービスで配信されている、とあるアイドルオーディションサバイバル番組にどハマりしてずっと見ている。過去シリーズまで追って、そこからデビューしたアイドルを推すほどハマっている。
そんな番組に出会ってしまったことをきっかけに、自分の人生について、過去に無いくらい考えて悔やんで分析して、を繰り返している。
両親のことは大好きだ。
奨学金なんて必要ないくらいの収入があった父親に専業主婦で毎日「おかえり」と言ってくれる母親、3食おいしいご飯、たまの家族旅行、何一つ不自由なく育ててもらった。
中学入って以降は、私のやりたいことが私の成長に繋がるのならばと、できる限りを尽くしてやらせてもらった。
親ガチャとかいう言葉だって必要ないほど恵まれた環境で育った。
根暗で、卑屈で、俯瞰してて、ひねくれていて、粘着質で、冷めていて、僻みがちな中身の問題だ。
少なくともまだ年齢の数字が1桁だったときは、明るくてよくしゃべる、放課後は毎日遊びに行くような友達の多い子だったと思う。
それなのに変わってしまったのは自分の中で明確なターニングポイントがあって、それが「中学受験」だったと思っている。
身バレしたらしたで仕方ない。
ずっと抱えてきた贅沢な息苦しさを誰かに聞いてほしい。
今から話す私の生い立ちがとんでもなく恵まれていることなんてわかってる。今から話す全てがとんでもなく甘いことなんてわかってる。無いものねだりの高望みだってことだってわかってる。だから、この長くてまとまりのない文章をもし読んでくれるのであれば、この親不孝ものが、甘ったれが、クズが、って、思う存分バカにして反面教師にして笑ってほしい。
物心ついたときから、歌ったり踊ったり楽器を演奏したりするのが大好きだった。
私の通っていた郊外の幼稚園にはたしか必須のクラブ活動があって、年少さんのときは親の意向で「お作法クラブ」に入れられた。お着物を着てお茶の飲み方を教わったり毛筆の書道を並んで書いたり、素敵なことなんだけれど、3歳の私は幼いながらにかなり堅苦しさを感じていた。
クラスで一番仲の良かったおともだちがバレエクラブに入っているのがとても羨ましかった。ことあるごとに私もバレエクラブがいい、来年は変えて!と主張し続け、年中になった時には晴れてバレエクラブに入れてもらえたが、年長に上がった段階ではなぜかもとのお作法クラブに戻されていた。
幼稚園の3年間はクラブ活動とは別で習い事をしていた。英会話教室と、今は無きn田チャイルドアカデミー(n=7)だ。英会話教室は5歳になっても何のために何をやっているのかわからなかったのと、言葉が先生に通じないのとでかなりストレスを感じていたと思う。
n田は、英会話教室なんかよりもはるかに何のために何をやっているのかわからなかったのと、毎日課される難解な宿題プリントと、自分の習い事をどういうふうにおともだちに説明すれば伝わるのかがわからなさすぎて、何が何だかよくわからないまま終えた。
ピアノやバレエを習っているおともだちがそれはそれは羨ましかった。
小学校に上がるタイミングで関東の割と都会な地域に引っ越した。その地域から無理なく通える範囲に高偏差値な私立の中高一貫校が2つもあり(以下A中学•B中学、A中学のほうがレベルが高い)、どうやら親はその学区の良さに惹かれてその地域に引っ越すことを決めたようだった。
n田の難解な宿題プリントはなぜか小学生に上がってからも続いた。学校の宿題とは別で、毎日のノルマを課されていた。新しい学校で持ち前の明るさを発揮し、近所に友達もたくさんできて、遊びたい盛りだった低学年の私には、異常に難しい問題を怒られながら泣きながらこなすのは相当な苦行だった。
小学2年生になってからは、年に2,3回、大手中学受験塾のオープンテストを受けるようになった。気づいたら申し込まれていて、気づいたら受験票があって、気づいたら当日その塾に連れて行かれて謎のテストを解いている、そんな状態だった。n田の毎日のプリントのおかげか、成績は相当良かった。
あなたはこれからA中学を目指すのよ、みんなと同じ隣の中学校にはいけないの。地元の中学校に行くのはちょっとばかなのよ。と言われる(刷り込まれる)ようになる。
地域のお祭りに行った時にステージで見た、小学生のダンスチームの発表がとてもかっこよく見えて、釘付けになった。家に帰ってから親にそのことを話し、「私もダンスやってみたい、習い事したい」とお願いをしたら、「5年生くらいになったらいいよ」と言われ、私はその言葉を信じて3年待ってみることにした。
お風呂でオリジナルの歌を歌ってみたり、適当な踊りを作ってみたり、自分がカリスマアイドルとしてデビューするような妄想をしていたのもこの時期だったと思う。
小学3年生になってもオープンテストは言われるがままに受け続け、2月には「新4年生」としてついに入塾していた。ちょうどこの頃、近くの高校(中高一貫ではない、以下C高校)の合唱部が私の小学校に演奏会をしに来てくれて、その演奏の素晴らしさに感動し、ほのかにC高校に行きたい!という思いが芽生えた。
4年生になり、中学受験がはじまった。目標はA中学。県内屈指の進学校を目指して塾通いが始まった。事前の数年間のオープンテストの結果、クラスは一番上になり、受験が終わるまでクラスが落ちることは一回も無かった。
塾自体はとても楽しかった。10数年経った今でも連絡を取り合うような大事な仲間もできたし、なにより当時は小学生にして他校に友達がいるという事実が誇らしかった。
常になにがなんだかわからないままテストを受け続けてついに始まった中学受験生活だったが、私の意識は常に「親に怒られるから仕方なく勉強している」だった。
今までは存在しなかった授業ごとの予習•復習の行程、難しい問題で躓き、とくに算数は強敵だった。ほんとうに難しかった。
わからなくて、理解できなくて、私の勉強のあまりの進度の遅さに怒られ、毎日のように殴られ、教科書を破られ、ノートを破られ、こっそり楽しんでいたニンテンドーDSliteは見つかって真っ二つに折られ、悔しさと意味のわからなさに泣き叫び、近所から苦情が入り、さらに怒られ、テストの点が悪いとため息をつかれ、そんな日々が3年間続いた。
受験直前にはもう燃え尽きていて、自習と嘘をついてショッピングモールに出かけたりもしていた。当然バレて、さらに怒られた。口も悪くなったし、このあたりから私も何かあるとすぐキレてしまうような難しい性格になった。
小学4年生ともなるとだんだん人間味を帯びてくる。ヒソヒソ話や悪口や友達のグループ化が激化する。塾に行くようになってからは遊びに行くことも減り、放課後も付き合いがあるような友達も減った。
塾に行くようになったことで、授業中の発言や普段の言動に対して「いい子ぶってんじゃねーよ」「頭いいからって偉そうにしないでくれる?」と言われるようになった。
自分に問題があるんだと思い、明るかったのが嘘のようにあまり話さない子どもになった。実際何かしら偉そうに聞こえるような言動はあったんだと思う。
5,6年生のときはクラスの3分の1が中学受験をしている子たちだった。
学年の受験生がほぼ固められているにもかかわらず、次の担任は中学受験に対する理解がまるで無かったので、日記帳を1日見開き1ページ書くという宿題が毎日出た。
大体の日はそれにプラスしてワークなどがあった。当然、学校の宿題の量と塾の与復習の両立に苦戦した。家ではそれが原因でさらに怒られた。
周りの受験生も学校の宿題が大変と愚痴をこぼしていたので、私だけじゃないと知って安心した。
クラスで私を仲間はずれにした女子のことを陰で女王様と揶揄っていたら、誰かにそれを担任にチクられ、授業をひとつ潰してまで説教された。
泣いて謝り許しを乞うまで説教は終わらなかった。世の中には私の味方なんていないんだと思った。
そういえば、2年生だったあのときから待ちに待っていた5年生になったので、めちゃくちゃダメ元で親に「ダンス、習わせてくれるんだよね…?」と聞いたら、何わけわかんないこと言ってんの勉強に集中しなさいと一蹴された。
中学受験中にダンスなんてやってる場合じゃないのはわかってはいたけど、それはそれでつらかった。
頭打ちの成績、勉強に対するやる気の無さ、新しいクラスでできた友達とも遊びたい、そんないろいろな要因が重なって、家庭内でも勉強をしたがらない私に対する怒鳴り声は常に飛んでいた。
怒られない日の方が珍しかった。
自分の気力、体力、学力には到底合わない高いレベルの内容には正直ついていけていなかった。
当然勉強は嫌いになった。少し理解できない問題が続くとなんでそんなにできないのと怒られ顔を引っ叩かれ毎日泣いて、ある日勇気を出して「受験をやめたい」と言ってみた。
親にはA中学B中学に行くとこんなにいいことがあるんだよお前の将来の選択肢が広がっていい大学にもいけるしいいところに就職できるんだよ、それはみんなは高校受験で競争率が高い中やることだから、中学のうちにやっておいた方がいいんだぞ、それでもお前は受験をやめるのかと言われたが、私はある日にはC高校に行きたいと自分の意思で思ったんだから高校受験でそこを目指したいんだと強い意志を持って受験をやめる選択をした。
地元の中学に行く奴はバカと言われて育って来たので少しプライドが許せなさそうだったが、それよりもこの受験生活が、「私のため」の名のもとに暴言と暴力の飛び交うこの異常な家庭が嫌だったので、受験をやめる決断をできたことにほっとしていた。
後日優しい口調の親に丸め込まれ、なぜか受験は続行することとなった。正直どうしてこうなったのか何も覚えていない。
結局中学受験は完遂し、A中学は落ち、B中学はそもそも受験せず、家からは少し遠い第3志望のD中学に入学することになった。
B中学よりはレベルの高い進学校だったので、A中学に落ちたことによってプライドが傷つくこともそこまでなかった。
中学に上がり、かねてより部活というものに、特に運動部に憧れがあったので、そのまま運動系の部活に入った。
チアリーディング部はあったが、正直ヒップホップ系のダンスがやりたかったのと、小学生の時にあてられた記憶で女子の集団が完全に苦手になってしまったので、チアリーディング部には入らなかった。
毎日の練習が楽しくてヘトヘトになって帰ると、勉強する体力とやる気なんて残っていなかった。
最初は地頭で乗り切っていた定期試験もだんだん順位が落ちていき、高校に上がってからは留年スレスレを彷徨うこととなった。
中学受験で完全に捻くれた性格が災いし、人間関係の構築は部活以外では皆無であった。
内向的になりかけていた自分の性格がさらに内向的になり、何重にも殻に閉じこもるようになった。
順調に過ごす周りの同級生を見て、どうしてこの子達は同じ壮絶な受験を経験しているはずなのにこんなに真っ直ぐで明るいのだろうと疑問に思っていた。
中高一貫校の性質上、入学早々にやらかすとそこから卒業までは取り返しがつかなかったので、本当に部活の仲間以外の友達はいないに等しかった。
進学校の勉強についていけないことと友達のいないストレスが相まって、学校の授業は休んだり遅刻したりすることが多かった。それでも部活の時間には必ず練習場に行って、毎日練習には参加した。その甲斐あって、部活の方は最終的には目標だった県の上位層に食い込むことができた。
家庭では大学受験を見据えろとか勉強しろとかは一切言われなくなった。
流石に留年が危ぶまれた時は進級できるくらいにはなってくれとは言われたが、それくらいだった。希望ではないものの進学校に入れることができた満足と、あと妹の中学受験が始まっていたのも一因だったと思う。
結果的に妹は黙々と学習を重ね国内トップレベルの中学に入学したし、私は大学受験の勉強を相当サボりつつも、運良く上位校と呼ばれるような私立の大学のよくわからない学部に現役で合格した。
私の中学受験生活が酷すぎたぶん、妹には重い重い期待がかかっていてプレッシャーだったと思う。妹は妹で家庭でもあまり感情を出さずおとなしくして親の言うことを素直に聞いているように見えた。
姉のふり見て我がふり直せ、だったんだろう。
申し訳ないことをしたと思っているし、やはり我が家は中学受験なんて向いてない家庭だと思っている。
半年に一回くらい、ボイストレーニングの無料体験に申し込んで、無料体験レッスンだけ受講したことが何回かあった。ボーカリストのオーディションとか受けてみたいなと思い調べることもあったが、一回も応募したことはなかった。
そして今、私は大学生をしている。
持ち前の勉強嫌いを発揮していくつかの単位を落としながら、中高でやっていた運動は続けながら、アカペラサークルやミュージカルサークルの所属してステージに立ってみたこともあった。
お金が想定よりかかったり、思ったよりも本気で音楽に向き合う人がいないいわゆる形だけのサークルだったりで、どちらもすぐ辞めてしまった。
そして、とある前世持ち練習生の存在をきっかけに、冒頭に書いた某アイドルオーディションサバイバル番組の配信に辿りついた。
が、その番組や前シリーズやそこからデビューしたグループを見ていくうちに、自分と同年代の子達がデビューに向けて取り組むのを見ていくうちに、何か動悸がするような、焦るような気持ちが抑えられなくなっていた。
大きいステージに立っているアイドルを見ていると涙が出てくる。
私もそっちに行きたいって。
アイドルを目指していたなんて言えるほどの努力は一切していないけど、ステージで表現して人の心を掴むということに対する強い憧れはずっと持っていて、悔しさがこみ上げてきて。
私の好きなアイドルは10年を超えるダンス歴で、とにかくいろんなステージに立っていろんなオーディションを受けて大きな挫折も味わって、そんな長い下積みの末やっとデビューした。
その人が「小学生の時にダンスを習い始めて、そのおかげで内気だったのが明るい性格になった」とたびたび話していて、でもそれを聞くたびにすこし胸が苦しくなる。
私は音楽が好きで、自分で何かを表現したかったという気持ちは絶対にずっとあって、それを無理に抑えてこなかったら?
中学受験の時のあの地獄のような家庭環境が無かったら、ダンスというずっとやりたかったことで自己表現ができていたら、もっとまっすぐな明るい子だったのではないか。
小学校からダンスや歌を本格的にやらせてもらっていたら、私もあの番組のステージに立てたのではないか。
私の勉強嫌いは完全に中学受験からきているわけで、それが無かったら別に高校受験からでもこの大学に入ることはできたんじゃなかろうか。勉強を自発的にできるようになって、もっと良いところに行けてた可能性もあったんじゃなかろうか。逆も然りだけど。
今考えたらあの習い事もクラブ活動も全部親の決めたもので、私の意思なんてこれっぽっちもなくて、全てが勉強につながるようなもので、だから今の私は勉強がとてもとでも嫌いだし、大学生になった今でも勉強は自分のためではなくて新卒大卒獲得のためにやらされるものだと心の底では思っている。
中学受験の時の生活は今考えたら虐待だったね本当にごめんねと親は言ってくるけれども、明るかった小学3年生以前の私の性格はもう帰ってこない。
元の形の記憶を失うほどにねじれて拗れてズタズタになってしまったあの時の私から変われる気配なんてない。今から明るく優しい子になんてなれない。
家庭内でたまに言い方がきついと怒られそれがきっかけで大きな喧嘩になることもあるけれど、あの多感な時期に毎日怒られ怒鳴られ殴られ続けて親の口調が移らないわけない。私の口調と親の口調はびっくりするほどそっくりだ。
私のために全力でサポートしてくれたんだと思う。でも別に中学受験させてくれなんて頼んでなかった。あんな怒鳴り声と泣き叫ぶ声と暴力の絶えない家にしてくれなんて頼んでなかった。あんなんなるなら、地元の中学でもよかった。
やりたいことなんて何もできなかったし私の話なんて微塵も聞いてくれなかったなと思ってしまう。
それでも、ここまで育ててくれて、私のことを考えて人生設計の手助けをしてくれて、中高大10年間の私立の学費を惜しみなく出してくれた親には本当に感謝している。本当に恵まれた家庭で何ひとつ不自由なく育ったと思う。
それに、本当にダンスや歌がやりたかったなら、中学に上がったタイミングで部活に入らずに、今度こそダンスを習わせてほしいボイトレに通いたいと親を説得することだってできたはずだ。そうしなかった段階でそこまで本気じゃなかったんだと思う。このことに気づいて、初めてあ
docomoの配信サービスで配信されている、とあるアイドルオーディションサバイバル番組にどハマりしてずっと見ている。過去シリーズまで追って、そこからデビューしたアイドルを推すほどハマっている。
そんな番組に出会ってしまったことをきっかけに、自分の人生について、過去に無いくらい考えて悔やんで分析して、を繰り返している。
両親のことは大好きだ。
奨学金なんて必要ないくらいの収入があった父親に専業主婦で毎日「おかえり」と言ってくれる母親、3食おいしいご飯、たまの家族旅行、何一つ不自由なく育ててもらった。
中学入って以降は、私のやりたいことが私の成長に繋がるのならばと、できる限りを尽くしてやらせてもらった。
親ガチャとかいう言葉だって必要ないほど恵まれた環境で育った。
根暗で、卑屈で、俯瞰してて、ひねくれていて、粘着質で、冷めていて、僻みがちな中身の問題だ。
少なくともまだ年齢の数字が1桁だったときは、明るくてよくしゃべる、放課後は毎日遊びに行くような友達の多い子だったと思う。
それなのに変わってしまったのは自分の中で明確なターニングポイントがあって、それが「中学受験」だったと思っている。
身バレしたらしたで仕方ない。
ずっと抱えてきた贅沢な息苦しさを誰かに聞いてほしい。
今から話す私の生い立ちがとんでもなく恵まれていることなんてわかってる。今から話す全てがとんでもなく甘いことなんてわかってる。無いものねだりの高望みだってことだってわかってる。だから、この長くてまとまりのない文章をもし読んでくれるのであれば、この親不孝ものが、甘ったれが、クズが、って、思う存分バカにして反面教師にして笑ってほしい。
物心ついたときから、歌ったり踊ったり楽器を演奏したりするのが大好きだった。
私の通っていた郊外の幼稚園にはたしか必須のクラブ活動があって、年少さんのときは親の意向で「お作法クラブ」に入れられた。お着物を着てお茶の飲み方を教わったり毛筆の書道を並んで書いたり、素敵なことなんだけれど、3歳の私は幼いながらにかなり堅苦しさを感じていた。
クラスで一番仲の良かったおともだちがバレエクラブに入っているのがとても羨ましかった。ことあるごとに私もバレエクラブがいい、来年は変えて!と主張し続け、年中になった時には晴れてバレエクラブに入れてもらえたが、年長に上がった段階ではなぜかもとのお作法クラブに戻されていた。
幼稚園の3年間はクラブ活動とは別で習い事をしていた。英会話教室と、今は無きn田チャイルドアカデミー(n=7)だ。英会話教室は5歳になっても何のために何をやっているのかわからなかったのと、言葉が先生に通じないのとでかなりストレスを感じていたと思う。
n田は、英会話教室なんかよりもはるかに何のために何をやっているのかわからなかったのと、毎日課される難解な宿題プリントと、自分の習い事をどういうふうにおともだちに説明すれば伝わるのかがわからなさすぎて、何が何だかよくわからないまま終えた。
ピアノやバレエを習っているおともだちがそれはそれは羨ましかった。
小学校に上がるタイミングで関東の割と都会な地域に引っ越した。その地域から無理なく通える範囲に高偏差値な私立の中高一貫校が2つもあり(以下A中学•B中学、A中学のほうがレベルが高い)、どうやら親はその学区の良さに惹かれてその地域に引っ越すことを決めたようだった。
n田の難解な宿題プリントはなぜか小学生に上がってからも続いた。学校の宿題とは別で、毎日のノルマを課されていた。新しい学校で持ち前の明るさを発揮し、近所に友達もたくさんできて、遊びたい盛りだった低学年の私には、異常に難しい問題を怒られながら泣きながらこなすのは相当な苦行だった。
小学2年生になってからは、年に2,3回、大手中学受験塾のオープンテストを受けるようになった。気づいたら申し込まれていて、気づいたら受験票があって、気づいたら当日その塾に連れて行かれて謎のテストを解いている、そんな状態だった。n田の毎日のプリントのおかげか、成績は相当良かった。
あなたはこれからA中学を目指すのよ、みんなと同じ隣の中学校にはいけないの。地元の中学校に行くのはちょっとばかなのよ。と言われる(刷り込まれる)ようになる。
地域のお祭りに行った時にステージで見た、小学生のダンスチームの発表がとてもかっこよく見えて、釘付けになった。家に帰ってから親にそのことを話し、「私もダンスやってみたい、習い事したい」とお願いをしたら、「5年生くらいになったらいいよ」と言われ、私はその言葉を信じて3年待ってみることにした。
お風呂でオリジナルの歌を歌ってみたり、適当な踊りを作ってみたり、自分がカリスマアイドルとしてデビューするような妄想をしていたのもこの時期だったと思う。
小学3年生になってもオープンテストは言われるがままに受け続け、2月には「新4年生」としてついに入塾していた。ちょうどこの頃、近くの高校(中高一貫ではない、以下C高校)の合唱部が私の小学校に演奏会をしに来てくれて、その演奏の素晴らしさに感動し、ほのかにC高校に行きたい!という思いが芽生えた。
4年生になり、中学受験がはじまった。目標はA中学。県内屈指の進学校を目指して塾通いが始まった。事前の数年間のオープンテストの結果、クラスは一番上になり、受験が終わるまでクラスが落ちることは一回も無かった。
塾自体はとても楽しかった。10数年経った今でも連絡を取り合うような大事な仲間もできたし、なにより当時は小学生にして他校に友達がいるという事実が誇らしかった。
常になにがなんだかわからないままテストを受け続けてついに始まった中学受験生活だったが、私の意識は常に「親に怒られるから仕方なく勉強している」だった。
今までは存在しなかった授業ごとの予習•復習の行程、難しい問題で躓き、とくに算数は強敵だった。ほんとうに難しかった。
わからなくて、理解できなくて、私の勉強のあまりの進度の遅さに怒られ、毎日のように殴られ、教科書を破られ、ノートを破られ、こっそり楽しんでいたニンテンドーDSliteは見つかって真っ二つに折られ、悔しさと意味のわからなさに泣き叫び、近所から苦情が入り、さらに怒られ、テストの点が悪いとため息をつかれ、そんな日々が3年間続いた。
受験直前にはもう燃え尽きていて、自習と嘘をついてショッピングモールに出かけたりもしていた。当然バレて、さらに怒られた。口も悪くなったし、このあたりから私も何かあるとすぐキレてしまうような難しい性格になった。
小学4年生ともなるとだんだん人間味を帯びてくる。ヒソヒソ話や悪口や友達のグループ化が激化する。塾に行くようになってからは遊びに行くことも減り、放課後も付き合いがあるような友達も減った。
塾に行くようになったことで、授業中の発言や普段の言動に対して「いい子ぶってんじゃねーよ」「頭いいからって偉そうにしないでくれる?」と言われるようになった。
自分に問題があるんだと思い、明るかったのが嘘のようにあまり話さない子どもになった。実際何かしら偉そうに聞こえるような言動はあったんだと思う。
5,6年生のときはクラスの3分の1が中学受験をしている子たちだった。
学年の受験生がほぼ固められているにもかかわらず、次の担任は中学受験に対する理解がまるで無かったので、日記帳を1日見開き1ページ書くという宿題が毎日出た。
大体の日はそれにプラスしてワークなどがあった。当然、学校の宿題の量と塾の与復習の両立に苦戦した。家ではそれが原因でさらに怒られた。
周りの受験生も学校の宿題が大変と愚痴をこぼしていたので、私だけじゃないと知って安心した。
クラスで私を仲間はずれにした女子のことを陰で女王様と揶揄っていたら、誰かにそれを担任にチクられ、授業をひとつ潰してまで説教された。
泣いて謝り許しを乞うまで説教は終わらなかった。世の中には私の味方なんていないんだと思った。
そういえば、2年生だったあのときから待ちに待っていた5年生になったので、めちゃくちゃダメ元で親に「ダンス、習わせてくれるんだよね…?」と聞いたら、何わけわかんないこと言ってんの勉強に集中しなさいと一蹴された。
中学受験中にダンスなんてやってる場合じゃないのはわかってはいたけど、それはそれでつらかった。
頭打ちの成績、勉強に対するやる気の無さ、新しいクラスでできた友達とも遊びたい、そんないろいろな要因が重なって、家庭内でも勉強をしたがらない私に対する怒鳴り声は常に飛んでいた。
怒られない日の方が珍しかった。
自分の気力、体力、学力には到底合わない高いレベルの内容には正直ついていけていなかった。
当然勉強は嫌いになった。少し理解できない問題が続くとなんでそんなにできないのと怒られ顔を引っ叩かれ毎日泣いて、ある日勇気を出して「受験をやめたい」と言ってみた。
親にはA中学B中学に行くとこんなにいいことがあるんだよお前の将来の選択肢が広がっていい大学にもいけるしいいところに就職できるんだよ、それはみんなは高校受験で競争率が高い中やることだから、中学のうちにやっておいた方がいいんだぞ、それでもお前は受験をやめるのかと言われたが、私はある日にはC高校に行きたいと自分の意思で思ったんだから高校受験でそこを目指したいんだと強い意志を持って受験をやめる選択をした。
地元の中学に行く奴はバカと言われて育って来たので少しプライドが許せなさそうだったが、それよりもこの受験生活が、「私のため」の名のもとに暴言と暴力の飛び交うこの異常な家庭が嫌だったので、受験をやめる決断をできたことにほっとしていた。
後日優しい口調の親に丸め込まれ、なぜか受験は続行することとなった。正直どうしてこうなったのか何も覚えていない。
結局中学受験は完遂し、A中学は落ち、B中学はそもそも受験せず、家からは少し遠い第3志望のD中学に入学することになった。
B中学よりはレベルの高い進学校だったので、A中学に落ちたことによってプライドが傷つくこともそこまでなかった。
中学に上がり、かねてより部活というものに、特に運動部に憧れがあったので、そのまま運動系の部活に入った。
チアリーディング部はあったが、正直ヒップホップ系のダンスがやりたかったのと、小学生の時にあてられた記憶で女子の集団が完全に苦手になってしまったので、チアリーディング部には入らなかった。
毎日の練習が楽しくてヘトヘトになって帰ると、勉強する体力とやる気なんて残っていなかった。
最初は地頭で乗り切っていた定期試験もだんだん順位が落ちていき、高校に上がってからは留年スレスレを彷徨うこととなった。
中学受験で完全に捻くれた性格が災いし、人間関係の構築は部活以外では皆無であった。
内向的になりかけていた自分の性格がさらに内向的になり、何重にも殻に閉じこもるようになった。
順調に過ごす周りの同級生を見て、どうしてこの子達は同じ壮絶な受験を経験しているはずなのにこんなに真っ直ぐで明るいのだろうと疑問に思っていた。
中高一貫校の性質上、入学早々にやらかすとそこから卒業までは取り返しがつかなかったので、本当に部活の仲間以外の友達はいないに等しかった。
進学校の勉強についていけないことと友達のいないストレスが相まって、学校の授業は休んだり遅刻したりすることが多かった。それでも部活の時間には必ず練習場に行って、毎日練習には参加した。その甲斐あって、部活の方は最終的には目標だった県の上位層に食い込むことができた。
家庭では大学受験を見据えろとか勉強しろとかは一切言われなくなった。
流石に留年が危ぶまれた時は進級できるくらいにはなってくれとは言われたが、それくらいだった。希望ではないものの進学校に入れることができた満足と、あと妹の中学受験が始まっていたのも一因だったと思う。
結果的に妹は黙々と学習を重ね国内トップレベルの中学に入学したし、私は大学受験の勉強を相当サボりつつも、運良く上位校と呼ばれるような私立の大学のよくわからない学部に現役で合格した。
私の中学受験生活が酷すぎたぶん、妹には重い重い期待がかかっていてプレッシャーだったと思う。妹は妹で家庭でもあまり感情を出さずおとなしくして親の言うことを素直に聞いているように見えた。
姉のふり見て我がふり直せ、だったんだろう。
申し訳ないことをしたと思っているし、やはり我が家は中学受験なんて向いてない家庭だと思っている。
半年に一回くらい、ボイストレーニングの無料体験に申し込んで、無料体験レッスンだけ受講したことが何回かあった。ボーカリストのオーディションとか受けてみたいなと思い調べることもあったが、一回も応募したことはなかった。
そして今、私は大学生をしている。
持ち前の勉強嫌いを発揮していくつかの単位を落としながら、中高でやっていた運動は続けながら、アカペラサークルやミュージカルサークルの所属してステージに立ってみたこともあった。
お金が想定よりかかったり、思ったよりも本気で音楽に向き合う人がいないいわゆる形だけのサークルだったりで、どちらもすぐ辞めてしまった。
そして、とある前世持ち練習生の存在をきっかけに、冒頭に書いた某アイドルオーディションサバイバル番組の配信に辿りついた。
が、その番組や前シリーズやそこからデビューしたグループを見ていくうちに、自分と同年代の子達がデビューに向けて取り組むのを見ていくうちに、何か動悸がするような、焦るような気持ちが抑えられなくなっていた。
大きいステージに立っているアイドルを見ていると涙が出てくる。
私もそっちに行きたいって。
アイドルを目指していたなんて言えるほどの努力は一切していないけど、ステージで表現して人の心を掴むということに対する強い憧れはずっと持っていて、悔しさがこみ上げてきて。
私の好きなアイドルは10年を超えるダンス歴で、とにかくいろんなステージに立っていろんなオーディションを受けて大きな挫折も味わって、そんな長い下積みの末やっとデビューした。
その人が「小学生の時にダンスを習い始めて、そのおかげで内気だったのが明るい性格になった」とたびたび話していて、でもそれを聞くたびにすこし胸が苦しくなる。
私は音楽が好きで、自分で何かを表現したかったという気持ちは絶対にずっとあって、それを無理に抑えてこなかったら?
中学受験の時のあの地獄のような家庭環境が無かったら、ダンスというずっとやりたかったことで自己表現ができていたら、もっとまっすぐな明るい子だったのではないか。
小学校からダンスや歌を本格的にやらせてもらっていたら、私もあの番組のステージに立てたのではないか。
私の勉強嫌いは完全に中学受験からきているわけで、それが無かったら別に高校受験からでもこの大学に入ることはできたんじゃなかろうか。勉強を自発的にできるようになって、もっと良いところに行けてた可能性もあったんじゃなかろうか。逆も然りだけど。
今考えたらあの習い事もクラブ活動も全部親の決めたもので、私の意思なんてこれっぽっちもなくて、全てが勉強につながるようなもので、だから今の私は勉強がとてもとでも嫌いだし、大学生になった今でも勉強は自分のためではなくて新卒大卒獲得のためにやらされるものだと心の底では思っている。
中学受験の時の生活は今考えたら虐待だったね本当にごめんねと親は言ってくるけれども、明るかった小学3年生以前の私の性格はもう帰ってこない。
元の形の記憶を失うほどにねじれて拗れてズタズタになってしまったあの時の私から変われる気配なんてない。今から明るく優しい子になんてなれない。
家庭内でたまに言い方がきついと怒られそれがきっかけで大きな喧嘩になることもあるけれど、あの多感な時期に毎日怒られ怒鳴られ殴られ続けて親の口調が移らないわけない。私の口調と親の口調はびっくりするほどそっくりだ。
私のために全力でサポートしてくれたんだと思う。でも別に中学受験させてくれなんて頼んでなかった。あんな怒鳴り声と泣き叫ぶ声と暴力の絶えない家にしてくれなんて頼んでなかった。あんなんなるなら、地元の中学でもよかった。
やりたいことなんて何もできなかったし私の話なんて微塵も聞いてくれなかったなと思ってしまう。
それでも、ここまで育ててくれて、私のことを考えて人生設計の手助けをしてくれて、中高大10年間の私立の学費を惜しみなく出してくれた親には本当に感謝している。本当に恵まれた家庭で何ひとつ不自由なく育ったと思う。
それに、本当にダンスや歌がやりたかったなら、中学に上がったタイミングで部活に入らずに、今度こそダンスを習わせてほしいボイトレに通いたいと親を説得することだってできたはずだ。そうしなかった段階でそこまで本気じゃなかったんだと思う。このことに気づいて、初めてあ
ところでいつも思うのだが、
分譲マンションの大規模修繕の「大規模」って言葉に違和感を覚える。なんでいちいち大規模にやらなきゃいけないの?
10何年もほったらかして外壁荒れ放題になってから大規模修繕するより、
毎年とか半年とか定期的に、モニタリング計測場所を決めて、問題があるところを逐次修繕したほうがいいのでは?
特に外壁塗装や防水工事の場合、こまめに問題個所を修繕したほうが建物の維持管理上も効果的だし、結果的には修繕費のコスト削減につながると思うが。
虫歯になってから歯医者いくんじゃなくて、こまめに歯科検診したほうがいい話と同じで、コンクリまでダメージがいってしまうほど外壁を放置するほうが悪いんで。
またガバナンスの点でも、デカい修繕に合意をとるのは大変でも小規模な修繕には合意が得られやすい。
橋梁や道路など公共営造物の維持管理事業を想像してみると、分譲マンションの大規模修繕のような考え方をしているとはとても思えない。
優先順位を決め定期点検をし、健全度ランクに従って維持管理費を運用していると思う。
おおげさに営造物全部に派手に足場を組んでいるのも見たことない。だいたい今どきはドローン飛ばして、劣化箇所突き止めて、ピンポイントで修繕している。
サンフランシスコの無人タクシーのニュースとかその反応みてておもったのは
なぜか日本でやるときに東京に置き換える意見がくっそ多いんだよね
無人タクシーの事故のニュースなんかでは「こんなんじゃ人の多い東京じゃ無理だな~」とかいうのよ
なんで東京でまずやるの?
地方のほうがタクシー運転手足りないとかいうから地方でやったらいいのに
って思うよね
需要は少ないかもしれないけど人も少ないし熊がいるだけだからまぁ問題も起きづらいだろうって思うんだけど
例のホンダと米GMの無人タクシーもやっぱり東京からやるんだってさ
東京君が暴力はたらいたんで、日本高校は自動運転甲子園出場できません!
みたいな
スイカが世界で普及しなかったのって東京の駅の改札レベルの人数を裁く必要がなかったからだよね
結果的に日本の都市部にしか普及せず、田舎では使えず世界でも香港とか一部だけで、普及しなかった
そのくせQRコードが登場したら都会のはてブ達がスイカがいいとかいうんだよな
20年間ほったらかされたっていうのにそれを知らないんだよな
理由がなんであれ、というかやった理由も糞みたいな理由だけども。
小説を書いて人に認められない。小説を応募したらパクラレタ気がする。
そんなことを勘違いするのは創作やってりゃ大なり小なりあるだろう。
必敗の状況の状況からすれば京アニに就職できるような人間を恨むというのはわからんでもない。
人が人を羨ましいと思い嫉妬して恨むというのはよくあることだが、
そんな感情とは折り合いつけて普段の生活に勤しむのが一般的である。
京アニ就職できるような人間は大抵親ガチャで当たりくじだろう。まあ、実家は太いだろう。
勿論そうじゃない人もいるだろうけど。何事に例外はあるが平均すれば親の年収は高い家が多い。
だとしても、親ガチャ失敗した人間が親ガチャの当たりの人間を恨んであまつさ殺してしまうなんてことはあり得ない。
ガソリンぶちまけて火をつけるなんて正気の沙汰じゃない。常識的感覚がおかしい。
火傷の痛み苦しみを考えたら他人にそんなことができる人間はまともじゃない。
そんなあり得ないことなんだが、やる奴がいた。
ようにも感じる。
京アニの人はなんも悪くないけど。
死者帰ってこない。
青葉に燃やされなければ少なくとも青葉被告よりは幸せな人生を歩めた確率が高いだろう。
ルールの範囲内で生きて幸せになれないならルールなんてしるかぶっ殺してやるという個体がでる。
なのでこの事件は結局のところ、今の社会で起きうるバグである。
社会システムに対応して生きることができない誰しもが陥るバグであると言える。
そして、バグ的に発生するので防ぐのが難しい。
なので、そういう個体を救済するか撲滅する手段が必要なんだろうなと思う次第である。
救済手段は生活保護を受け取りやすくする法整備をしっかりするとか
ベーシックインカムとか毎年生きてるだけで、くじ引きで当たりがでたら1000万もらえる!
とか、生活費を稼ぐために苦労しない+生きる希望みたいなんがあればバグを起こす人は減ると思う。
なにか言いたかったわけでもないんだが、どうしても京アニ事件についてはモヤっとする。
まあ、誰も読まない増田だしな。
気にしないで忘れてほしい。
いい加減いつまでこの話を続けるんだ?と言われてしまいそうだが、
このツリーの感想を読んでいて思ったことを性懲りもなく付け加えてみることにする。
水星の魔女は若者向けを目指したと言われているが、あまり若者向けの作りになっていないのではないか?という話だ。
ツリー内に共感できる感想が多かったので、引用が多くなることを許してもらいたい。
この投稿の「スレッタが酷いことを言われても耐えるキャラのまま終わった」、
この投稿の「スレッタとグエルの毒親受容」「ウテナ要素の中途半端なサンプリング」に同感である。
特に、決闘による花嫁争奪戦という現代の価値観では人権侵害でしかない制度を否定せずに終わったのはいただけない。
スレッタとミオリネがお互いの意思で一緒にいようとする・グエルが自分の意思でミオリネをスレッタに譲るという展開では駄目だったのだろうか?
そもそも何故そんな制度がまかり通っているのかということにも、制度に反対していたのがミオリネ一人だけという異常な状況にも、詳しい背景の説明がない。
正直なところ、本編の描写だけではべネリットグループやレンブラン家が政略結婚を必要とするほど切羽詰まっているようには見えなかった。
ミオリネだけではなくスレッタやグエルも当事者なのだからデリングに制度のことを問いただすシーンがあっても良かったし、
最初はデリングに反抗的だったミオリネも制度は父なりに娘を思ってのことだったと納得してしまったように見え、非常に残念だった。
この投稿の「格差描写が無意味、作品としての倫理観が粗末だった」、
中でも子供ばかりが罪を負い、大人は罪を償ったはっきりした描写がなかったことが引っかかる。
(オリジナルエランは自分の影武者として作られたエラン4号や5号ら強化人士たちの扱いをどう思っていたのか?
ラウダが学生たちの乗った宇宙船を攻撃し、グエルを殺害しかけたことはどう処理されたのか?という点も確かに気になるのだが)
デリングはテロ事件で一時昏睡状態に陥り、プロスぺラも体が不自由になり、一応痛い目に遭っていると言えるかもしれない。
それに比べてペイル社の4人のCEOたちは、財産は失ったらしいもののなぜか私服でティータイムを過ごしているシーンで終わった。
この4人にネタ人気が出たせいなのか分からないが、非道な人体実験を行い(少なくとも)4号を殺害した罪を曖昧にしてはいけないだろう。
御曹司のグエルがやたら視聴者に持ち上げられる脚本になっていて
(それこそスレッタが落ち込んで行動不能になるのを繰り返していた2期中盤などは、グエルこそが真の主人公だ!貴種流離譚だ!なんて言われていた)、
シャディクの掘り下げがなかったことで、「イスラエル可哀想!パレスチナ人は死ね!」の目線だけで終わった感があるんだよな水星の世界観。
シャディクが学園の生徒を殺したのは犯罪だが、スペーシアンがアーシアンを一方的に搾取する構造がなければシャディクは何もしていなかったわけで。
その辺りの掘り下げがなさ過ぎて、ただ視聴者のヘイト集めて終わって、水星の魔女って何が言いたかった物語なんだ?になってしまってる。
フィクションには、特に子供が見るようなアニメには、「愛人の子なだけあって全部がグエルに劣ってる」といった差別には反論できるように作る義務があると思うんだわ。
しかし本編を見る限り、ラウダを擁護できない。ラウダを擁護している人々は憶測と願望といった本編に無いものが主な根拠になっている。
フィクションは意図によってコントロールできるものなのだから、現実で差別や不利益に晒されがちな非嫡出子の扱いはもっと考えて欲しかった。
愛人の子だからジェターク姓でなくニール姓を名乗らされ、23話で「ラウダ・ジェタークが!」と叫んだのに、
客観的には「状況が分かっていない人による迷惑な横やり戦闘」でしかなく、3年後でも当たり前みたいにニール姓のままだったのは酷い話だよ。
兄は正妻の子なのにスレッタに振られ、弟は愛人の子だけどペトラに好かれているようだという点以外、一切の救いがない。本当に酷い。
ある程度年齢の行った視聴者なら、「紛争地帯出身の孤児でスペーシアンとアーシアンのハーフであるシャディク」
「正妻の子・グエルと同い年の異母弟で愛人の子であるラウダ」という設定を聞いた時点で
シャディクやラウダがどんな目に遭ってきたのか、これまでの知識や経験から何となく想像できる人が多いのではないかと思う。
シャディクは「アカデミー」に入るまでは貧困生活に加えて危険と隣り合わせの毎日だったかもしれないし、
ラウダはジェターク家に引き取られてからも「愛人の子」という本人には責任のない中傷に苦しんだかもしれない。
こう考えればシャディクがテロを起こした理由や、ラウダが神経質で他責的な性格になった理由にもある程度納得が行く。
ただこれらは本編に描かれていない以上想像にすぎないので、「そんな描写はない」と言われてしまえば反論できない。
個人的に、兄のグエルと比べて弟のラウダは大した苦労をしていないかのように言われがちなことにも無情を感じる。
ラウダも兄のグエルが行方不明になり、そこへ父親のヴィムが死亡し、10代にして経営が傾いた大企業のCEOに担ぎ上げられるという
なかなか壮絶な経験をしているのだが、何せ絵的には地味であり直接的な命の危険はなかったため主に若者の共感を得にくかったのだろう。
(恐らくペトラはそんなラウダをそばで見ているうちに助けたくなり、それが恋に発展したのだと思うがこれも描写がないので想像でしかない)
寮を追い出されて野外でキャンプをする、家出をして偽名でアルバイト生活をする、事故で父親を死なせてしまう、地球でテロリストに監禁される、と
視覚的にわかりやすくバズりやすい描写があったグエルの方が同情を集めたのも無理もないのかもしれない。
制作側としては「シャディクやラウダの過去を詳しく描くと生々しいのでカットしてしまおう、
描かなくても視聴者が何となく想像で補ってくれるだろう」という考えだったのかもしれないが、
果たして若い世代が本当にそれを想像できるのかどうか、もっと熟慮してほしかったところだ。
大人であれば「御曹司で純血スペーシアンで正妻の子であるグエルが視聴者に持ち上げられ、
そうではないシャディクやラウダがグエルと比較されて叩かれる」という状況の倫理的なまずさに気が付いても、
若者であればそれが分からず無邪気にグエルを持ち上げシャディクやラウダを叩くこともあり得る。
(というか、実際ネット上でもこのツリーの中でもそれが起こってしまっている)
グエルのような(中略)キャラクターに自己投影して持ち上げて、それに比べて貧困アーシアンを鉄砲玉として使い捨てして学生大勢殺したテロリストシャディクや
例えば15話なんて、グエルはもう他に充分良いシーンをもらっているのだから
それこそシャディクやラウダ、スレッタのフォローに時間を使った方が良かったんではないか?
最終的に、こう言われても仕方がない脚本になってしまったと思う。
シャディクやラウダへのヘイトも酷かったが、グエルは人気キャラクターであるのと同時に
「主人公であるはずのスレッタを食っている」とアンチも多く、グエル役の声優がSNSで攻撃される事態にまでなっている。
人気キャラだからと言って持ち上げすぎても作品のバランスを損なってしまうのだ。
本題からはズレるが、特定のキャラクターを活躍させすぎるとプラモやキャラ商品の販売にも支障が出る。
できるだけ多くのキャラクターを魅力的に描いた方がそれだけ多くの種類のプラモやキャラ商品が売れることに繋がるはずだが、
シャディクやラウダは本編内の描写だけを見るとさながら「お星様(グエル)の引き立て役B」になってしまっており、
(グエルと比較されることこそあまりないが)やはり悲惨な境遇であるエラン4号や5号も目立った活躍や掘り下げが少なかった。
その割にスレッタ・ミオリネ・グエル以外のキャラもそれなりの人気を獲得しているのは、ファンが想像でキャラの過去や長所を補っているからだろう。
だからと言って制作側は視聴者の想像に頼りすぎず、必要な描写はアニメ本編内でしっかり描くべきだったと思う。
・子供が大人から受けた酷い仕打ちを許し、大人の分まで罪を被ってくれるという大人に都合のいい形で終わったアニメだった
・「信賞必罰」「勧善懲悪」があやふやであり、血統による差別を推進する、道徳的に子供や若者にふさわしくないアニメだった
と言わざるを得ない。
制作側に良心があるなら、今からでも作中の大人の罪やモラハラ行為をきっぱりと否定し、
作中で不遇だったキャラクター(特にシャディクとラウダ)について何かしら擁護できるような情報を出してほしい。
そして次回こそは上記のようなことに気を配った、一本筋の通ったアニメを制作してほしいものである。
人生経験の話を聞くのが好きだ。ねほりんぱほりんとか、ドキュメント72時間たのしいよね。
そんなノリで美容整形Youtuberの動画を見た。動画どれくらいあったかなぁ…100くらいあったのかな、古いやつから興味のあるものだけ見ていった。
最初は、いかにも整形な顔とか、へぇこんな風に手術するんだ~とか興味深く見ていた。
なん本も見ていると、だんだん整形の顔にも見馴れてくるし、Youtuberにも愛着がわいてくる。
そして、なぜか、うんざりしてくる。
うんざりしてくる気分は、AIが作ったというアルプスの少女ハイジの動画を見た時とかなり近い。なんだかおかしく楽しいと思えるのに、最後には生理的に嫌な気持ちになる。
AIが作った、一瞬存在してそうな綺麗な人間の顔なのに、同時に絶対自然界では現れない奇妙な相違点がある人体。
美容整形Youtuberは、確かに存在しているししていそうな美しい顔に仕上がっているのだけど、絶対人工的に作ったなと思わせる顔をしている。
整形だな、と思うだけではなく、何とも言えない奇妙な、うんざりした気分になってしまうのは、本能的に、自然界であまり見ない=出現度が低い=良くない形質を持っている、と認識してしまうからでは。この認識が嫌悪感となって、結果的に集団で生存に有利な遺伝子を維持させる仕組みになっているのでは。
自然界でアルビノが出た時に、なぜつまはじきに合ってしまうのか分からないので違う理論があるのかもしれないが。
ロボットやアニメも、人間と似せていても結構違うな、と思うものには嫌悪感がないのに、かぎりなく精巧に似せられていればいるほど、気持ち悪さが増える。
NHKの人工音声でのニュース読み上げも、奇妙で気持ち悪く感じる。余りにも人間っぽいのに、決定的に人間ぽく無い特徴があるからだ。
嫁は下でゲームをしている
FANZAで抜いても良いのだろうか?
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追記: 結果的にはしておりません。やっぱりなんか引け目を感じた。ちなみにもう3年オーバーのセックスレスです。レスが続くと何しても嫁で勃たなくなるからホント嫌
よく恋愛で「失敗しながら成長」みたいなこと言われるけど、今は恋愛で地雷踏んだり、こっちに全くその気はなくても相手を不快にさせたらSNSでLINEやインスタの内容も言動も全て晒される。
そんで女のマウンティング社会では、コミュニティ内においてある女性が男を拒絶したとして、その男と番うということはその男を拒絶した女性よりも自分の格が下がるということになる。結果的に全ての女性はその男性を拒絶するようになる。
だから現代の恋愛において、男が重視すべきなのは失敗しないこと。
そして失敗しないためには、まず容姿。超絶イケメンでなくてもいいし超高身長でなくてもいいから、平均+3、4センチの身長と歯並びと髪型。これがクリアしていたら恋愛にチャレンジしよう。
以前「これから出生率を上げるのはかなり厳しい」という文章を書いたことがあったので、この機会に乗じて投稿します。
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戦時中は全体の半数ほどあった第一次産業が、平成17年では5%、つまり10分の1ほどに減少しています。
https://www.stat.go.jp/data/kokusei/2005/sokuhou/03.htm
農家にとって子供を産むと言うことは明確な動機づけがありました。
しかも、その労働力は、学力などの「投資」を行う必要がありません。
ですが、現在、日本の労働構成の多くを占めるサラリーマンにとってみれば、子供を産む動機づけが農家などよりは低いのは否めないかと思います。
つまり、昔の農村部の人にとって子供は「資産」であったものが、現代の人にとっては「投資対象」になってしまったということであるかと思います。
また、そうして第一次産業が減少することで、人々が地元から離れ、都市部に移動します。そうすることで核家族が増えたのも、ひとつの要因かと思います。
核家族になる前は、子育てを祖父母、近所の親戚、近所の人たち等で負荷して、その負担を分散させていましたが、核家族になってその負担が親に集中してしまった。そうなると以前のように多くの子供を育てるのは物理的に困難になるでしょう。
ちなみに、人間は閉経後の寿命が他の哺乳類に比べてかなり長く、「おばあさん」の存在があるのは人間だけだそうです。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%8A%E3%81%B0%E3%81%82%E3%81%95%E3%82%93%E4%BB%AE%E8%AA%AC
次の原因としてあげられるのは、「見合い結婚の減少」ではないかと思う。
お見合いが減少した理由として考えられるのは、若者が農村部を出ることで、核家族が増え「ご近所付き合い」や「親戚付き合い」等が減少したこと。価値観の変化で「自由恋愛」の価値観が向上したことなどがあるかと思われます。
では、なぜ「見合いが減ったことで少子化になったか」の理由です。
恋愛結婚は、個人の自由意志で結婚できると言う側面がありますが、もう一方は「弱肉強食の世界」であると言う側面を持ちます。
https://neputime.com/wp-content/uploads/2020/07/20200722_1.jpg
これはマッチングアプリの縮図を表したものですが、だいたい現実もこんなもんかと...
つまり所謂「非モテ」の人たちは、ある程度の妥協をしないと結婚することは結構難しくなっている。
しかし、「じゃあ妥協して結婚しよう!」と簡単にそうならないのが現実ではないかと思う。
テクノロジーや娯楽が発達した現在、結婚せずとも有意義な時間を過ごす方法はたくさんあります。
「独身貴族」と言う言葉があるように、むしろ結婚しない方が幸せに暮らせると言う考え方も一理あるでしょう。
以上のように、少子化になっていったのは、元は「第一次産業が減少したのがそもそもの始まり」と言えるかもしれません。
しかし、それも元を正せば、18世紀にヨーロッパで起こった産業革命が起源と言えるでしょう。
つまり、少子化は世界の歴史の流れの中での必然の出来事なのかもしれません。
https://president.jp/articles/-/49555
この記事によれば、原因のひとつとして「子供の死亡率の改善」を上げています。
つまり、「子供の死亡という不幸な出来事が減ってきたことが結果的に少子化につながった」と言うことです。
「幸福を追求した結果、少子化につながった」とは皮肉なことです。
以上、まとめるとこうなります。
②技術の進歩や、娯楽の充実、個人尊重の流れが少子化を加速させた
②に関してですが、別に個人の尊重を否定しているわけではありません。
そもそも、価値観に絶対は無く、時代や文化や環境など様々な要因によって変わるということを言っておきたい。
---------------------
以上
多くの日本人の意識が「個人の尊重より国の発展が大事!」みたいな「そういう空気」になったら少子化は止まる可能性はあると思うよ。よっぽどの事だと思うけど。
https://anond.hatelabo.jp/20231021204144
支持者側が「表3」」「実際」の事を割と意図的に無視しているってのは話半分なんだけど
(トラバのnoteも見たけど、専門家では無い&かなり強烈な暇アンチポストを連投してる人だからこちらもバイアスあるだろうし話半分)
「赤字事業で超過分は全て持ち出しだから問題無い」というのがColabo(及び擁護派の)ざっくりした主張という訳。
一見一理はあるけどでもよくよく追ってくと、そもそもの支出の中身自体にも
「会計がいい加減過ぎて報告内容もあまり信用性が無いんだけど大丈夫?」
という異議が出ている以上、超過してるから無問題にはならないと思うんだよね。
例えば家の家計で年間240万の予算でやり繰りしてとお願いした。
でも不審な支出があり問い正したら「実は家計は赤字で400万使ってた!残りは自分の貯金から出したから問題無いよね!」
と言われて、「はいそうですか分かりました」にはならないと思うんだよね。お前その辺野古旅行誰と行ったんだよ、とかさ。
Colaboの話に戻すと、パソコン代がエアコン代として計上されてたり(普通間違えないと思うしパソコン代にしては高すぎない…?とか)
タイヤやドラレコ購入費も実際には購入してないのに予算として計上されてたりして
https://note.com/clean_daphne896/n/n26f911ef8b7f
こういったガバガバ会計があると、実際には4300万使ってました!って言われても本当に使ってるのか内訳出してよとか
予算超過してるから何も問題無いだろってのは余りにも無理筋だと思うんだよね。
普通の会社だとこんな経理してたら、普通担当は外されるし最悪クビになるでしょ。(実際Colaboは今年度から外された訳だけど)
例えば辺野古基地反対運動等の「政治活動」の為の旅行(合宿)費用とか、お高いオーガニック購入費が計上されてるとか、高額の交際費(飲食店)があるとか
色々ある訳だけど、個人的な感覚で言ったら政治活動の為の費用なんて完全にアウトでしょ。
これは政治活動自体の是非じゃなくて、政治活動を主体とする団体はそもそも事業に関われないし主体としてなくても政治活動には使うなってのは法律で明記されてるから。
一般的に考えても、被保護者を基地反対運動みたいな暴力的排除も有り得るし逮捕される可能性もある、かなり危険な活動に連れ出すなんて完全にアウトでしょ。
例え被保護者の少女が本当に心から参加したいって言っても全力で止めるべきなんだよ。せっかく保護した少女を危険に晒してどーすんの?
(若い女性という人間の盾に使っていた、という見方はさすがに酷すぎるので考えたくない)
これはマジで自費でやれよだし、事業の経費に混ぜてるのならこれも返金しろって話だし。
お高いオーガニックだって普通に考えれば自分で買えよって話だし(保護事業にもさすがに不用だと思う、オーガニック必要な時点で「支援が必要な困難女性」では無い)
飲食費だってまあ保護女性+事業に関わった大人達の面々で行って飲み食いして本来であれば分けなければいけない所を全額計上したんだなーありがちーとは思うが
突っ込まれた以上はこれもきちんと分けた方が良いんでない?とは思う訳で。
結局色んな所で支援事業だからってガバガバでやってたんだから「実際」とかいう代物だって正直完全に信用には足らないし
Colabo側が用意したものだから好き様に出来るでしょ、ってのもあるから、この辺の是非は裁判できっちり決着つけては欲しい。
どっちが勝てよ負けろって言う話じゃなく、こういった非営利法人特有のガバ経理がどこまで認められるか?というのは純粋に興味がある。
後さ、これは去年の段階からずーーーーーーーーーっと言われてる事だと思うんだけど
社団法人やNPOの会計がガバガバなんてのはColaboに限った話では無いんだよね。
昔その手の団体をちょっと手伝った事があるけど、ひでーモンだったよ。
代表が家族で旅行行った時の費用や自分家のテレビの購入費用を経費として申請してんじゃねーよって思ったね。
ハッキリ言ってそこらの中小ですら多少のガバさはある訳だし(下っ端はともかく部長クラスになると怪しい領収書出してきたりする)
ましてや非営利社団法人とかNPOなんてのは学生サークル上がりみたいな所や出自の怪しい山師みたいなのがやってる様な所も多く
良くも悪くも一般的な社会人とは乖離した人達が集まる所なんだから、そこにまともな会計やれって言う方が野暮というか酷な訳。
小さい所だと代表やその関係者の奥さんが主婦感覚でやってる様な所の方が多い訳だし。(Colaboはプロの会計士ついてたらしいけど…)
まあそこら辺は出す方も分かっててある程度ガバってるの承知でそれでも予算の消化とか行政じゃ出来ない範囲での活動を期待して出してる訳だし
多少のお目溢しは必要悪だと個人的には思うよ。すごく思う。まともにきっちりやったら多分半数以上の団体がアウト食らうんじゃねえかな。知らんけど。
Colaboに落ち度があるとしたら、団体というか代表?顔役?前面タンク担当?の言動がとにかく悪目立ちし過ぎて
特に草津町長冤罪事件や温泉むすめ騒動なんかで関係者や諸団体に結構な迷惑かけてたりもあって、敵を作ってしまった事だよね。
ついでに言えばフェミニスト寄りの人やColabo擁護派ですら「活動は擁護するけどあの人の全部を支持してる訳じゃない」とか苦言呈されるぐらいには
言動が過激かつ先鋭的になっていて敵どころか味方すら削ってる刹那的な活動が結果的に目をつけられる「きっかけ」を作ってしまった事だろうね。
後政治活動臭をちょっと隠せてないというか寧ろ隠す気無かった様な所も迂闊過ぎたよね。
結構な予算が出てる訳だけど、それを当たり前だと思ってる様な発言も反感を買うよね。
100円ショップを使う事で少ない経費をやり繰りしています凄く大変です、なんてアピールされても
いや普通の家庭は当然でそれなりの企業ですら物買う時は100円ショップ普通に使うけどねって思うよ、一般的にはさ。
自分だって団体の活動自体には特に反対も無いし行政じゃ出来ない事をやってるとは思うけど
じゃあその為に色々ガバい会計見逃せって言われたら「じゃあ他の似たような団体に変えたら?」ってなるし
公金が出ている以上、お金の使い途に口出されるのは当たり前を超えた当たり前。
自分らが政府や県・市の金の使い方に口出したりするのと一緒じゃん?
なんかそこら辺「自分達は素晴らしい正義の活動をしているんだから見逃せ」という様な態度(これは支持者が多いかな?)も
結局の所、悪目立ちしたが故に本来は見逃されてたガバくて痛い腹を探られてるのだから、これはもうしょうがないよねって思わなくも無い。
まあ、この問題の大正解は初手で「誤りがありましたある程度返金しますすいませんでした」って謝っちゃえば
税務調査と同じ様に許されてたし暇だって大義名分を無くして失速してたと思うんだけど
初手でやったのが議員会館でのリーガルハラスメント会見だからね……
多分あの時点でColaboも自分らも暇の人がどういう人間かまるでさっぱり分かってなかったからだと思うんだけど
ちょっと調べれば、良くも悪くも一昔前のネットユーザーで喧嘩も売るし売られた喧嘩は絶対に買う様な類の相手で
しかも資金力もありFIREした独身一般人だから(それは一般人というのか?という疑問ああるけど)継戦能力も高いという
喧嘩かましたらやべー相手だってのは分かったと思うんだけど、まあその辺りの迂闊さとか
第三者のサイレントマジョリティからどう見られるかという視点がマジで欠けているという活動化特有の性分が
本来であれば頭下げて済む話をここまでの大事にしたのかなって個人的には考えてるよ。
ってかマジで何で謝れねーのかなー。頭下げれば済んだ事も多かっただろうに。