はてなキーワード: 総監督とは
この文章は主にカドカワだけを叩いて「けものフレンズプロジェクト」を擁護してる人、に向けて書いてます。
カドカワだけが悪者、というのは「けものフレンズ」ファンが一番傷付かない落とし所かも知れないけど、
ヤオヨロズ側に原因があると主張しながら、
何があったのかは仄めかすだけで何の説明にもなってない、
糞みたいな文章を発表をしたのはカドカワではなく「けものフレンズプロジェクト」の公式です。
補足1「たつきのツイートだって仄めかしじゃん」ってツッコミもあるけど、
公式発表では8月に入った段階でヤオヨロズが外れる事が決まってるけど、
たつきの8月以降のツイートを見る限りそれを知ったのは降板報告をした9月末だった可能性すらある。
補足2「何が邪悪なの制作会社切っただけじゃん」ってツッコミには
ファンから見れば作品に特別大きな貢献をしたクリエイターを切り捨てたという事実がまず一つ。
そして切った事実を8月からずっと隠しつづけてた事が、それを重要な事実だと考えてる人達をずっと騙していたという意味で邪悪なんです。
知っていたのと知らないのとでは行動(企業側が気にする部分では金を落とすかどうか)が違った人もいるでしょう。
最悪たつきからの報告がなければ二期のビジュアルが上がってくるまでずっと事実を知らされなかった可能性すらある。
ヤオヨロズが作ったアニメ「けものフレンズ」で見た優しい世界を
「けものフレンズプロジェクト」に投影してしまう気持ちは分かるけども、
ファンなら当然知りたいであろう「ヤオヨロズを切った」という事実を隠し続けて、
「けものフレンズプロジェクト」公式側の行動はむしろ優しい世界の対極です。
嫌な事実だけど吉崎観音も総監督だからヤオヨロズが切られた事は当然知ってたはず。
それで8月以降もたつきをリツイートしたり「けものフレンズパビリオン」の宣伝したり。
けものフレンズにおいてクリエイターとして大きな仕事をしたと言えるけど、
意思決定側に参加しながら事実を隠してたという意味では彼の行動は、とても悲しい。
結局ファンが惚れた「けものフレンズ」は末端のクリエイター達の内面から現れたものであって、
「けものフレンズプロジェクト」の指揮を取る人達の思想行動は全くの別物。
ファンが今、何かにぶつけたい感情を抱えているのは理解するけど、
カドカワだけを叩いて退場させても多分何も変わらない。
今の酷い状況が明らかになった「けものフレンズ」を変えたいなら
今後も続けるならもっと優しくなってくれとひたすら説得するしかない。
それは無理だと感じるなら、せめて惚れたクリエイター達の今後を応援するのが前向きな感情の発露の仕方だと思う。
https://anond.hatelabo.jp/20170825134336
http://b.hatena.ne.jp/entry/s/anond.hatelabo.jp/20170825134336
大半は納得できるが、一部引っかかる物がある。
「話も売上も良かったが一部出演者やスタッフ、キャラデザやストーリーの改変等が気に入らなかった」「話は面白かったが作画や売上が悪かった」「話はつまらなかったが売上は良かった」
こういった少しでも恵まれた要素があるアニメを挙げてる奴、お前はわかっていない。
本当に恵まれなかった作品とはアニメ関係者、声優、ファン、原作、原作者、原作の関係者まで不幸にする。
ここでは俺が目にしたアニメ化に恵まれなかった作品を挙げていきたいと思う。
原作の漫画はアニメ化前から漫画好きや新しいもの好きに好評で、アニメ化発表の際には軽く狂喜乱舞。スタッフにも実績のある人が揃えられ磐石の布陣…に思えた。
始まってみれば原作のイメージから大きく離れたキャラデザや誇張されすぎたギャグで原作の雰囲気は損なわれ、原作派はもちろんアニメから入った人にも大不評。当然売上も不振に終わり静かに展開終了。
そこで終われば良かったものの、アニメ終了直後から原作が休載。長い休載期間を経た後復活したがアニメ化以前より明らかに話はつまらなくなり絵も雑。この頃には熱心なファンしか残っていなかったのに、そのファンすら離れていってしまいました。
それでも連載は続き打ち切りにならないギリギリを低空飛行のまま、最後はちゃんと大団円で終わったのは評価したい。
監督が大ベテランながら違うジャンルで活躍していた人を連れてきた結果、作風に合わず大失敗。ストーリーも原作から大幅に改変されアニオリキャラが大暴れ。理想的なクソアニメとなり、アニメ化に失敗した作品としてよく名前を目にする。
こちらはケース1とは違い原作者がアニメをネタにできるメンタルの持ち主だったのが救いか。twitterで堂々とアニメスタッフを批判してるのは笑った。
似たようなケースに魔法○○がある。こちらも監督は大ベテランで他ジャンルでいいアニメ作ってるのに、ラノベアニメ初挑戦で大失敗。戦争しろよ!
これも漫画原作。問題は制作会社で、総監督曰く「常に新しい映像に挑戦し続ける」「このままではアニメがダメになる」らしいが原作を預かっている以上そんなエゴを通す前に普通に見れて楽しめる作品にしてくれ。頼むからやりたいことはオリジナル作品でやってくれ。原作の雰囲気ぶち壊しのいつもの角度、いつものモブ無しオサレ背景、いつものオサレ部屋、いつもの過剰すぎて寒い演出…。新しい映像どころか見飽きたんじゃ。
原作者がブログでアニメ化を喜々として発表し、打ち合わせに参加するために制作会社に行ったとか、ニコ生番組を直接見たとか楽しそうに報告してたのがせめてもの救いか。
原作は大人気漫画。アニメ化発表前から知名度もありアニメも期待されていた。
いざ始まってみると奇妙すぎるグロシーンの規制や終始暗すぎてよく分からない画面、原作の第一部をカットして始めるという理想的なクソアニメ化だった。
それだけで終わればよかったが、監督のtwitterでのビッグマウスが晒され悪い方向に盛り上がる始末。
スタッフを変えて作った二期もこけたし、実写もこけたし、映像化に恵まれない作品だなぁ…。
本当は原作の密度を1クールでやろうとして大失敗したアレとか、そもそも2クールの企画であったであろうはずなのになぜか1クールになってしまったアレとか、スタッフのお寒いドッキリ企画で炎上して全方位に延焼していったアレとか、たった1シーンの改変で異常に炎上したアレとか、アニオリキャラがうざく失敗した二期代表みたいなアレとか、番組終了後に左遷された監督がPと声優が枕営業してたのをぶっちゃけたアレとか語りたいが長文になりそうなのでやめておく。
企画を立ち上げたヤマカンが完全にいなくなって、監督もキャラデザも変わった新章に対して日々不安が募っている。
ヤマカンが問題のある人物だってのは痛いほどわかってる。ずっとアニメ見てんだから、そりゃそうさ。
「総監督」や「監修」としてクレジットされるのならともかく、全く名前が出なくなったのに何のコメントも出さないって、どういうこと?
黙ってた方がいいってことか。「お察しください」ってか。
まあ黙っておけば、印象最悪のヤマカンが何かやらかしたんだってみんな思うしね。
でもさ、ヤマカンが何か問題を起こしたなら、それこそきちんと彼が不適任であったということを運営がコメントで出してくれよ。
かつての京アニのように。
だんまりよりも、むしろそっちの方が運営はWUGを大事にしてるんだって納得できた。
「WUGちゃんが頑張り続けるのは変わらないから、当然みんな応援してくれるよね。」という考えが透けて見える。
人質を取られている気分。
今まではマイナスな点に対しては全部ヤマカンのせいにしておけばよかった。
ヤマカンも責任をとると発言していたし、少なくともそれくらい本気でやってたと思う。
じゃあ今は誰が責任を取るんだ?誰がプロデュースをしてるんだ?
新キャストの発表会に登壇したのは新章を任された板垣伸監督とMONACA、そして司会の安野希世乃さんだけだった。
運営は出てこないんだ。脚本には「Green Leaves」がクレジットされてるのにね。
そしてまた「監督」を顔にするんだ。
WUGを振り回していたのは本当にヤマカンだけかな?後ろに隠れているのは誰だ?
もし仮に新章がうまくいかなかったら、今度は板垣監督のせいにして、次もまた監督をすげかえてスピンオフか何かで「Run Girls, Run!」を作ろうとかそういう魂胆でしょう。
ずる賢いよね。
ポジティブにとらえれば、不安要素をとっぱらって、商業的に失敗しないようなやり方にして、なるべくWUGが長く続くようにした、と考えることもできるけど。
「ヤマカンがいないだけ遥かにマシだし、WUGちゃんが活動を続けられるのならそれで十分だ」という人が大多数なのかもしれないけど、自分は何かファンが舐められているような気がして、ちょっと嫌だな。
され竜は、創作を読むことでは人は救われないということを繰り返し言っている。
よく言われるリョナ描写とか人が死にまくる展開とか鬱世界観とかよりも、この、本やアニメやその他創作では、人生がうまくいったりするようなことはいっさいないという主張がされ竜の核だなって私は思っている。
され竜の登場人物に
素晴らしい人格の人間なんてほぼいなくて(いるんですが、死んでるか、その巻あるいは章で、死にます)
誰もがどうしようもなく腐った害虫みたいな思考回路でどうしようもなく無様な生き恥をさらし
それでも、ときどき、たったひとつの善をなし、その一瞬を胸に抱えて、死んでいきます。死ぬんかい
大学時代に鬱をやって薬を飲んで治した。
その頃の詳細なんだけど、
ひがな一日、手の甲に塗ったアイシャドウのラメを眺めながらpentatonixとhome freeとgleeの動画を見ていた。
小学校くらいから、人はどうせ死ぬからなーという考えが頭にあって、
どうせ死ぬ→いつでも死ぬ時期を選べる→トリマもうちょっと生きてみようという式にしたがって生きてきた。
どうしようもなく生きていることそのものがつらいなという認識になった瞬間から朝起きることができなくなり、
気がついたら5PMになっているのを半年やった。
お医者さんに行って、「自殺したいと思うことは?」と聞かれて「ありません、自殺したらどうなるかなと考えることはあるんですが、考えた結果するべきではないとなるので、自殺したいというのは、ありません」と答えたらその数分後には鬱病診断出た。
薬でなんとか大好きなされ竜を読めるくらいまで回復して、
され竜の登場人物の、クソ溜のなかでもオレァ善いことをするぜみたいな描写を何度も読んで、
善でありたいなあとぼんやり思った。
正しいみたいなのはその物差しが時代でバコバコ変わるのでもういいけど、それでも、善でありたいな。
され竜に救われた話かというとそうでもなくて
そもそも、人はどうせ死ぬみたいなのが自分の原点になっちゃったのもちょい、され竜の影響じゃあねえかなというのが正直
あるので
(どうせ死ぬ、認識としてはこれ以上なく合ってるんですけど、私は対人関係で嫌なことが起こる度呟いていたので、あんまりやり過ぎるとダメよね)
まあされ竜がなかっても私はどうせ同じことで悩み同じ痛みを感じ同じように復帰していたんだろう
中学生時代わたしが何回誘ってもデュラの原作本を読んでくれなかった女どもがアニメ化してすぐにシズイザだかイザシズだかのケータイ小説サイト作ってたのがマジでトラウマだから、
され竜アニメ化に一瞬アレ反応出掛けたけど、
でも
できるだけ多くの人が
され竜を読んでくれて、楽しんでくれたらいいよね
アニメ作るのは、総監督:錦織 博 監督:花井宏和 シリーズ構成:伊神貴世 キャラクターデザイン:北尾 勝
といった人たちで
同級生にサリンの日に生まれた友達がいる1995年生まれにはピンドラはドンピシャで私たちの物語だったから…
錦織さんは寡聞にしてぜんぜんなんですがwikiの「幾原邦彦に一方的に好かれている」で信頼ゲージ満タンになった
示してくれたされ竜が
『結城友奈は勇者である -鷲尾須美の章- 第2章 たましい』を観てきました。
鷲尾須美の章は、結城友奈は勇者であるの登場人物の1人である東郷美森の前日譚(プリシーケル)で、
秋から始まるアニメの中間的な位置づけらしい。『結城友奈は勇者である』は『魔法少女まどかマギカ』
フォロワーとして臆面もなく登場して、最終回に賛否両論があったものの、そこそこ人気を得て物語は
終了したと認識している。
東郷さんはかなり不安定な性格でしたが、前作はキャラ数が多く真面目さあいまって暗黒面というような
感じだったはず。しかし鷲尾須美では神樹様へのおつとめへの従順を、事あるごとにセリフで表現してる
のです。今作では空母瑞鶴を褒め称えるシーンだったり、下級生に対して国防体操というのを教えたりす
るのですが、森友学園の幼稚園児に洗脳するがごとく、実際歌として聴くとマジ既知で戦慄した。
そして極め付けは登場人物がSNSを利用してメッセージをやりとりするのですが、鷲尾須美の使用してい
るアイコンが他の二人と違って日の丸アイコンなのです。
一応結城友奈シリーズとしては無批判ではなくカリカチュアとして表現しているのだけれど、ツイッター
の日の丸アイコンを使用している人たちを想像してみて下さい。美少女で見た目は愛すべきキャラなのに、
昨今のリアルであまりに醜悪なケースを知りすぎているせいで、風刺具合が中途半端というか居心地の
悪さが上回ってしまっている。
ガルパンは旧軍を扱うと言っても誰がみてもエンタメだし、岸総監督の過去作アルペジオは旧軍の艦船の
モチーフでも、反乱という形でストーリーは対話をコンセプトにしていた。同じく旧軍を扱う艦これ
は今作と同じ異形と戦うという意味で同じはずなのに、全体的にクレイジー過ぎる設定で国防エンタメと
しては、たまにツッコミが入るくらいだったはず。個人的にはアニメ作品だと『GATE(ゲート)彼の地
で斯く戦えり』の方が圧倒的に愛国設定だと思うが、気持ち悪さはゲートを上回ったと思う。
なんだろうな分かりにくい例えで言うと、天然気味で愛すべき声優さんがイベントで北朝鮮のミサイルネタ
を話して微笑ましい笑いに包まれたのに、ガチな声優さんがいきなりブログでクリント・イーストウッド
作品をdisり始めてマジで引いたみたいな。(どちらも実話)
一応フォローしておくと物語のほとんどは日常的コメディが丹念に描かれて、やがて訪れるカタストロフ
に快感を覚えるほどなので念のため。
(追記)
まあ国防体操でなく防衛部体操とかならそういうイメージない気がした。あと同じ瀬戸内作品の『この世界の
片隅に』のよう隙の無さに比べるとね。例えばごごくちほーだとそんなシリアスにならないと思うんだけれど。
http://hirorin.otaden.jp/e437747.html
庵野総監督はこの映画を、右にも左にも偏向しないように配慮して作っている。露骨なイデオロギーなんか入れたら作品がつまらなくなると分かっているからだ。
3.11を模写した時点でそういう観方で見られるのは当然でしょ?としか思えない。
まして消費者の目線でそんな意見聞きたくないというのはまだいいんだけど、創作者がそれを言うのはあまりに無責任じゃないか?
「作者の意図」のとおりに作品を読み取ることを観客に強要するのってただの怠慢じゃん。
大体「怪獣」
これは自分も作品づくりに関わる人間の端くれだから切に感じるけど「作品」ってのは「作者そのもの」じゃなくて「作者の子供」。
それを分かったうえで「好きに」作品を作ったのだから、それを見てどう思われても、それは受け止めなくちゃいけない。
ヱヴァQのシンジ君の罪っていうのはまさにそういう性質のもので、
そんなつもりは全くなくても自分の作品(=エヴァ)で世界を滅ぼしかけてしまったら、それはやっぱりどうしようもない自分の罪。
現実には世界を滅ぼすようなことはないから勝手な勘ぐりをされる程度なわけだけども。
それは辛いことかもしれないけれど、それでも残したい意志があるから作品を作るわけだし、
一方で意図しない希望を見出してくれる人だっているかもしれないわけじゃないですか。
俺は庵野が実際どう思っていようが、旧エヴァから強い勇気をもらっているし、富野がどう思ってようとVガンは面白いと思うわけで、
それが創作物の可能性ってやつであり、作品を作ることの社会的意義でしょう。
みんなが盛り上がっていたので、ファインディングドリー以来、久しぶりに劇場に足を運んだ。以下ネタバレ含む感想。
・くっついた
新海誠は、恋愛映画は最後に二人をくっつけた方がいいとようやく気づいたらしい。
・人以外の絵が綺麗
彗星とか。ご神体の盆地の外縁からの景色みたいな壮大な絵を無理矢理シナリオに盛り込むのも良い。
上映開始前に下らない話を大声でひたすらに続けてくれたお陰でテンション最悪。おっさん本人は片割れに対するひょうきんな俺アピールのつもりだったのかもしれないが、あれは公害以外の何物でもなかったし、おっさんじゃない方は保護者としておっさんを即刻つまみ出すべきだった。上映中もうるせーし何だったんだあの豚。
・手の動き
・主題歌
前前前世がどこで流れてたのかわからなかった。寝てないのに不思議。
実態に即しているかは不明だがリアリティを感じた。各人物の無能有能度合いも極端でなく、戯画化の度合いがちょうど良い。このパートがあんまりにも面白かったので、特別な事件が起きない架空内閣の成立から解散までをだらだらやってくれるだけの映画を見たい。誰か撮って欲しい、もしくは既存の作品を教えて欲しい。
各シーンを地理的に把握することが容易で、感情移入も楽だった。蒲田が吹っ飛んだ時は、蒲田在住の姉に心の中で感謝した。
・ゴジラが怖い
今までに見たのはビオランテ~デストロイアまでの作品だけで、その実内容を殆ど覚えていない。ただゴジラを怖いと思ったことは1度もなかったし、戦隊のロボ戦と区別していなかったと思う。翻って今回、ゴジラが動き、道路や家屋が吹き飛ばされ、都心が赤く染まる光景は心底恐ろしかった。多分それまでの過程で作品のリアリティのレベルを上げるよう苦心した結果だと思うんだけど、これが本当に新鮮で驚いたところ。ジュウオウジャーも週一くらいのペースで大惨事が起きてるんだけど、あれはリアリティを低く保ってるからストレスにならないんだなと改めて気づいた。
石原さとみは別に悪くない。通勤中東京メトロの看板で顔を見かける度にストレスが和らぐし、総監督もそういう狙いがあったんだと思う。
・OP
冒頭は石田がカレンダーでカウントダウンを始める下りから。その後は軽快な音楽にのせて石田と島田と島田じゃないやつの関係性をモンタージュで表現しながら右から左にジャンプしてる例の構図でタイトル。最高。
・永束
一番最初に×が剥がれる人物。登場時点で石田に十分感情移入していたため、終始好感の持てるキャラ。永束も石田によって救われているはずなんだけどそれをあまり意識させない。いわゆる天使。
・結絃
みんな誉めてるけど気にせず誉める。完璧な仕事をした。君の名は。ではどうでもいい仕事をしていたけど差し引きでも大幅にプラス。
・取捨選択
この映画は石田が主人公で自他との関わりがテーマになっている。元々原作者は恋愛ジャンルを標榜していないが、映画はさらにその手の描写をオミットしている。例えば植野の石田に対する感情は原作と変わりないのだが露骨な表現をほぼ削り落としている。寝込みも襲わない。それはラストの違いにも象徴されるように石田西宮間でも同様であり、結果として上手くテーマにフォーカスすることに成功していると思う。恋愛はコミュニケーションの一形態ではあるけれど、一形態にしか過ぎないので。石田や西宮の行動についても、原作では読者が意図を解釈しづらかった部分がスムーズに把握できるつくりになっている。シナリオ各所でなるべく台詞での説明を廃して絵と音で観客に理解させようという姿勢が見てとれて、全7巻の原作を2時間に落とし込む上での問題を上手く解消している。キャラの細かい仕草に気を使って意味を持たせているので何周しても損はしないタイプの映画。川井は描写が減った結果存在が若干マイルドになり、西宮への叱咤を観客が受け入れやすくなった。植野も同様。真柴は少しかわいそうだが本領を発揮されても困る。原作自体が優れた作品だったが、それを2時間の映像作品として昇華した結果一回りも二回りも質が上がった。意義のある映画化だったと思う。
・鯉
パンを食べさせ過ぎて怒られそう。
>総監督である庵野さんから観客へのメッセージとしか思えないのですが。
違います。あのメッセージは誰が言ったものですか? 牧吾郎さんですね。
ここで牧吾郎さんの写真に注目してください。あのお爺さんは誰ですか? 故岡本喜八監督ですね。
故岡本喜八監督と言えば、庵野監督が最も尊敬する人で、その作品が『シン・ゴジラ』にも多大な影響を与えていることが多方面から指摘されています。
つまりあのメッセージは岡本喜八監督からの、庵野監督に対するメッセージです。
その上で、作中「好き」という言葉があと2回出てきます。それが岡本喜八監督に対する庵野監督の返答です。もう1回観てみてください。
さらにその上で、エヴァンゲリオンTV版最終話と、フェデリコ・フェリーニ『8 1/2』を観ると、今回やりたかったテーマがよく分かると思います。
タイトルが言いたいことの全てなのであとは蛇足なのだけれども。
シン・ゴジラ、観た。もうなんていうか最高なのだけれど、他にいろんな人が感想を書いてくれているのでここでは書かない。
ただ、一つだけ思うことは。この映画の動員が多くの人を動員して、興行収入が歴代ゴジラ最高とか、そうはいかなくても今年のトップ収入になるぐらいになってほしいなあ、と。
この映画、徹頭徹尾、総監督・脚本である庵野秀明の考えが注ぎ込まれている。その考えを実現するために、樋口真嗣が、東宝が、その他大勢のスタッフと役者が頑張っている、という構図に思える。庵野秀明の「やりたい!」を、周りの皆が「やろう!」と考えて実現している。
これ、かなり凄いことなんじゃないか。クリエイターの考えたことを思う存分サポートして、こうやって作品として完成させている。ある人物のこだわりを貫き通して、それが形になっている。クリエイターとしては最高の環境だ。
クリエイターが想いを貫き通すことで、商業的にも成功すれば、「クリエイターには金を与えて思う存分やらせよう、スポンサーは口出ししなくていい(しないほうがいい)」という流れができるのでは。スポンサーの政治力によって、クリエイターがやりたくもない要素(取って付けたような恋愛要素、作品に不釣り合いな主題歌、不相応な大根役者のゲスト出演などなど)を強いられる、といったことが少なくなったらいいなあ、と思う。
http://news.livedoor.com/article/detail/11834365/
作品の好き嫌いはあるとは思うのだけれど、とかく多くの人が観て、好きになってくれる人がもっと増えてほしい(その分嫌いな人も増えるのは仕方が無い)。
ネタバレ含む
庵野秀明総監督として制作されたシン・ゴジラの評判が高く、一部では傑作として騒がれている。
しかし、パニック映画としては、途中で被害を受ける一般人の姿が殆どなくなり、怖さの演出がなくなっていき、完全体となったゴジラには恐怖感をあおる演出はなく、強さはあっても怖さはない。
序盤の深海魚的ないびつさも、慣れない人には恐怖かもしれないが、基本的には間抜けな顔をしている。
怪獣映画としても、ゴジラにさほどの強さとしての演出が残念である。硬く大きい、それは原始的で分かりやすい強さではあるが、特別な強さを感じない。
放射火炎は一見強そうだが、よくよく見てるとバーナーであり、色々な建物を破壊するが、あのゴジラならしっぽをぶつけるだけで問題ない。全身からバーナーを出すのも、防御のためで強いというよりは防衛反応の強い生き残ることに特化した存在だ。
それも凍結作戦の推移を見るに、無人機での波状攻撃で防御バーナーを無効化してから、バンカーバスターによる攻撃で破壊できそうに見える。(もちろん細胞の再生機能が強く、解決はしないと劇中で描かれているが、それでも強さを感じない一因となる。)
最終的に転がされて、口から凝固剤流し込まされて活動停止とか見せられては「ああゴジラ強かったな」と言う思いが薄まってしまう。
メインとなっている会議シーンはどうだろうか、今回の会議シーンは日本の行政の手続きこそを大事にすることを皮肉的に描いている。
現場から連絡が数珠つなぎに上がって、総理の命令が数珠つなぎに下されていくなどは、寿限無のような落語的愉快さをもっているとは思う。
しかしながら、会議の展開に緩急がなく急ばかりでメリハリが弱い、最初からクライマックスな展開のためいわばすべて緊急場面の会話で、緊張状況の雰囲気に慣れてラストシーンへの緊迫感ですら冗長になってしまう。
また、終盤の会議で問題発覚→提案→解決の流れが簡単すぎて、その問題を描く必要があったのかと言うシーンが続くのも緊迫感が薄れる原因の一つだ。
解析のためのマシンパワーが足りない!→世界に応援を依頼→日本を信じるわOK!→解決
世界的な協調を演出したいのかもしれないが、無意味だったのではないか。
世界的な展開と言う関連でいえば、今回の映画は日本対ゴジラと銘打たれているが、基本関東vsゴジラであり、もっと言えば霞が関vsゴジラであって、後自衛隊ぐらいでそれ以外は一切戦っていない。(薬剤作成に協力した企業ぐらいか。)
日本の他の地域の描写はないため、東京近県以外にはあまり身につまされない。
今回のゴジラと言うのは、原発事故と津波・地震のメタファーであることが映画からすぐにわかるが、つまるところ東日本大震災なのであり、あの震災を体験した東京の人達には身近な恐怖として心底感じるものがあるかもしれない。
しかし、西の地域からすれば、(それが人間としてどうこうはおいておいて)やはり他人事のように関係のない話にみえてくる。
このように、面白みがない映画ではないが、絶賛するほどに良くできた映画でもない、良作と言う程度と感じられる。
(ここまで飛ばしてOK)
シンゴジラを傑作とすると感想を見ていると、「ようやく邦画として世界と戦える映画ができた」みたいなものが出てくる。
ここらへんの事情は、結構な割合で、「字幕が読めない」「吹き替えが下手でいや」「顔の区別がつかない」などの理由で”邦画以外を見れない層”が結構いて、
この邦画しか見れないような手合いが、今までの、つまらなくつまらなく作られた日本人オンリーのドラマや邦画を、これしか見れないからとずっと我慢して見続けてきた結果、シンゴジラを見て「これは凄い傑作だ」と感じるのだろう。
また、普段映画館に行かず家のテレビで映画を見ていたような層が、庵野秀明+ゴジラと言うことで見に行って、大画面+大音響にいつも以上に心が動かされたのかもしれない。
この辺り、シンゴジラを絶賛している人たちが「つまらないとか○○な証拠ww」とか言って、シンゴジラへ批判する人物の、人間性の否定が始めているところから、
初めてジャンルに触れた時に感動してファンになった人が、普通の批判程度にも噛みついているのと良く似ていることや、特定のジャンルに新規ファンが来た時のアンチとの口喧嘩とよく似ていることから
映画やゴジラでで良いものを見るという経験に乏しい多くの人が見て感動したのではないかと感じられる。
ただ、多くの人を映画館に足を運ばせる誘因力があり、それを、ただ足を運ばせるだけではなく、ちゃんと満足させた。それは重要な出来事だ。
その意味で、シンゴジラは確かに傑作であり、多くの人を映画へと興味を持たせ希望を持たせたという意味で、日本映画界の一つの希望だろう。
以下、ネタバレ感想。未見の人はまず映画館へ。かなりよくできていて、金の無駄だと発狂するレベルではありません。少なくとも「エヴァンゲリオンQ」よりは面白いよ!!!平成ゴジラではナンバーワンだね!(白目)
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【ストーリー】
2004年以来、12年ぶりの国産ゴジラ。いわゆるリブートってやつで、今までのゴジラシリーズをちゃらにしてゴジラ初登場という映画になります。エヴァンゲリオンの庵野秀明が脚本、総監督。
で、ストーリーはだいたい以下のとおり。
自衛隊出すの?鳥獣駆除?防衛出動?関係省庁の意見のすりあわせ大変や~とかステレオタイプの官僚主義会議が続く
まあ自衛隊だしたらワンパンチやろ!と思ったらめっちゃ強いじゃん
当初は「ゴジラで得られる科学的知見はうちがごっそりいただいていくで~」と陰謀たくましくしていたアメリカ、ゴジラが子どもを産んで世界滅亡の危機ありと知るや核ミサイルを東京にぶっこむ宣言
東京を救うべくぎりぎりのところで粘る日本の政治家&官僚、研究者
最後は高層生コン・ポンプ車でゴジラの口にお薬を注入して封印に成功”
映画の枠組みを一言で言ってしまうと、「福島原発事故がこんな感じで解決されていたら良かったね☆」というもの。ポンプ車での冷却とか、米軍の無人機出動とか、放射線気にしながらの作業とかわかりやすすぎ。官僚主義とか御神輿首相とかダメダメ日本だったわけですが、危機に際して覚醒。「この国にはまだ希望がある」(わかりやすく劇中で出てくる台詞)ですよ。棚ぼたの奇跡じゃなくて、人々(といっても政治家、官僚、科学者、自衛隊、土建企業の皆さん、あとトモダチ作戦の米軍有志)の努力で日本は救われる。
映画見ていてちょっと泣いた。あー、こんな風に福島原発事故が解決していたら良かったのに、と。
「日本人にはまだ力がある。このダメダメな現状を変えられるッ!」というエールととらえればすばらしいんじゃないでしょうか。
でもね、もう福島原発事故から5年が立っちゃったんですよ。震災で民草がうちひしがれている時、2012年ぐらいまでにこの映画があったら手放しで喜べたと思うんですよ。私も2011年当時、「この大震災から日本は立ち直るのだ、復興するのだ」とがらにもなく魂をふるわしましたよ。でも結局、日本人は覚醒しなかったし、ダメダメな構造は今も続いている。その状況で「福島原発事故がこんな感じで解決されていたら良かったね☆」っつーのはたんなる自慰行為ではないでしょうか。
日本のなにがダメダメかっていちいちあげませんが、少なくとも映画内でもそのがっかり感はたっぷりとにじみでています。米国が主導する多国籍軍の核攻撃を遅らせる官僚のがんばりが「知り合いのフランス政府関係者に連絡」「首相代理が駐日フランス大使に頭を下げる」だったのにはあんぐり。あと「日本政府は米国の犬なので、米国大統領「東京に攻撃するよ♪」日本首相「I Understand」と速攻受け入れ」とかの単純化を見ていると、問題の本質に向き合おうとしない日本のダメさかげんが反映されているとしか。
首相代理にひたすらお願いされるフランス、ゴジラの解析にスパコンを貸してくれるドイツの研究所の偉い人。そして「安保理は東京への核攻撃に賛成。特に中国とロシアが」「東京に核ぶっこんだら、おわびに各国が復興資金出してくれるんやって」という台詞ベースの説明ぐらい。
でもさ、ゴジラの口にお薬をぶっこむポンプ車ですが、あれって福島原発事故の時に中国の三一重工が供与してくれたエピソードから採用しているわけですよね?なんで中国が出てこないの?台湾もぼくらの馬英九総統(当時)が特番で煽りまくって募金を集めまくってくれたわけですが、そのエピソードも無視。
いや、福島原発事故のエピソードを全部ぶっ込めというつもりはないっすよ。でも日本にとっての国際関係は米国しかないのかい?!とか言いたくなってしまうわけで。この薄っぺらい国際感覚で日本は覚醒できるのでしょうか?復興できるのでしょうか?
【その他】
・さんざん文句をつけましたが、絵作りとか特撮とか最高。予算15億円と聞きましたが、古い怪獣映画らしい雰囲気を出すことで低予算を苦にしない絵になっていると思いました。特に列車爆弾のシーンはスタンディングオベーションしたいぐらい。最高っす。ハリウッド版ゴジラと比べたら100倍ぐらい面白いよん。
・テンポが邦画とは思えないほどいい。会議シーンが多いのに飽きさせない。
・なぜスカイツリーを壊さないのか?!隅田川にこいよ、ゴジラ!
・石原さとみは大好き。妻が見ていたドラマ(洋菓子屋の若旦那と不倫するやつ、坊さんと恋愛するやつ、IT企業の風雲児と恋愛するやつ)を見ていて思ったんですが、あんなにエロさを出せる女優さんは日本にいないんじゃないでしょうか。でも今作は……。石原さとみの英語を聞くたびに発狂しそうに。
この間に「あったこと」が映画になる。
シンゴジラはこれまであったけど省略したところをじっくり描きこれまでの映画であった人の生き死にやドラマをごく薄めにするという手法をとっている。
総理が死んで号泣する長谷川博己。心配する妻をふりきって出て行く長谷川博己。石原さとみと国を超えた愛に落ちる長谷川博己を描くことはできた。でも、シンゴジラではしなかった。
そのかわりにこれまでずっとあっさりと省略され続けていた法の解釈や人や道理や世論を動かすための手順を描いた。その間にもゴジラは東京で破壊活動を続けている。ギリギリの気持ちで総理は東京都内で自衛隊への発砲許可を出した。
「こんなことしてる場合かよ」。若い閣僚がファイルをたくさん抱えながら愚痴る。いろいろなものが手枷足枷になり物語の進行を阻害する。その「いろいろなもの」がこれまでとちがうわけだ。
みているあいだ「アルマゲドン」(的な戦意高揚映画)だったら大統領が3秒で「やっちまえガイズ!」っていうところを40分かけてるなと思ったりした。
上記の話し合いのところも、人の生き死にも、同時にドラマとしてそこにある。
フランスのえらい人がおっしゃってたのを元ピチカート・ファイヴの小西康陽さんがおっしゃっていたのの受け売りなのですが「すべての創造は編集である」と。
ポイントはどこをカットアンドペーストするか。どう編集するか。
庵野監督が「やりやがった」とある方のTwitterで称されたのは、実にそこだ。
オタクらが過去パロディやバカ話で延々といってた「おれらがみたいマニアックなところに着眼点をおいたゴジラ」ってのをやってのけたんだ。
映画『シン・ゴジラ』公式サイト <http://shin-godzilla.jp/>
彼はこれまでのゴジラを「編集」したわけだ。そして描かれなかったところを拾い上げて描いてみた。
これまでのゴジラ映画においても実は各人は物語の裏でこのような策略や話し合いなどを乗り越えてそこに立って作戦を実行しているんだと思いを馳せるとまた感慨もひとしおになる。
シンゴジラのシンとは新でも真でもなく芯だ。苦くて硬くて取り除いたりされがちな芯だけど、ゴジラ愛オタク愛によりそれを美味しく調理した。それはかつて味わったことのないごちそうとなった。
みんなやっぱ任天堂が凄いとか日本の企業が頑張ったとか言ってるけど
http://www.pokemon.co.jp/ex/PokemonGO/#
任天堂はPokemon GOをスマホ見ないでも遊べるPokemon GO Plusを出すから名前として上がってるっていうだけだよね
正直,実情はゲームフリークもポケモンを使うために名前入ってるだけで
たぶんだけどPokemon GOがいくらダウンロードされても任天堂には1円も入らないで
Pokemon GO Plusが売れたら任天堂が儲かるってだけだよね.
で,このPokemon GO PlusもBluetooth4で繋がって光って震えるだけっていう技術力もへったくれもない代物なわけでしょ?
なんで任天堂の株価が上がったり下がったりしてんの?ほとんど関係無いじゃん.
日本国内が後回しにされてるってのが任天堂に主導権無いってのを良く現してるよね
歩き回ってポケモン捕まえるゲームを大の大人が嬉々として遊んでる姿なんてプレゼンしたら総スカン食らうの目に見えるもん
今頃あわててマリオGOとか妖怪ウォッチGOの検討を始めたんじゃないの?
あれは結局,Nianticの作ったIngress 2なんだよ
追記
そういや版権のこと忘れてた
ポケモン使用料としてNianticから売上の何%かを任天堂が得る可能性はあるな
それで株価が上がったり下がったりしてんのかな
「これからの時代は男女でわけて考えるのではなく、性別ではなく、個々としてみないといけないから男女でマネジメントをわけるなんていうのはナンセンスだ。」
と自分に言い聞かせてきましたが、やはり男女は違うという答えに行き着きました。
僭越ながら女性のマネジメントについて書こうと思うのは、女性のマネジメントが得意というわけではありません。
ただひたすら逃げずに立ち向かったことにより見えてきたことがあるということだけです。
・女性を部下に持った数100名以上
・役員選挙投票紙の自由記入欄に「セクハラしないで」と書かれた票が2票(控訴したい)
こんなところです。
「今より前に進むためには争いを避けて通れない」とミスチルも言ってるしなー。と思って深く考えずに生きてきた結果ノウハウがたまりましたので一部公開したいと思います。
本題にはいりますと、女性のマネジメントで一番大切なことは女性という生物の特徴を知ることです。
ここが全てと言ってもいいと思います。
その特徴の中でも大きく3つポイントがあると思っていますのでそちらを紹介させていただきます。
女性は全員「何にでも言いたがりだが責任は絶対に負いたくない生き物」だと思っています。
いきなり香ばしいスタートですが女性はそうなのです。「私はそうじゃない女性をみたことがある!」という方はそれは股間の膨らみが胸部に移動しただけの中身は男だと思います。
で、皆さんも経験あると思うのですが、女性は上司のことを「あれができてない、これがよくない」と言いたい放題言っといて、「じゃああなたがやってよ」と言ったら「それは別の話です。」と突き返して来ます。
企画に関してもそうです。ある企画に対して「これだとターゲットには刺さらないと思うんですよ。」とか「ユーザーの気持ちになるとそこは重要じゃないと思います。」と言っておきながら「じゃああなたが総監督でやってよ。」というと「それは私の仕事じゃないと思います。」と切り返されます。
ここで大切なのがムカつかないことです。
亀が早く歩かないことにむかつかないように女性が責任を負おうとしないことにむかついてはいけません。
そこにむかつくから女性はマネジメントが難しいという話になるのです。
ふたつめは女性は数字だけでは一切燃えてくれない生き物です。男性は「何がなんでも1億円目指すぞ!」と言ったら頑張る人がいますが、女性は「数字を追うというだけで毎日燃えられる意味がわからない。」と思っています。「何のためにこの仕事に取り組むべきか?どのような意味があるのか?」ということの説明が必要です。
女性が活躍する会社をつくりたいのであれば雑な指示はしてはいけないのです。それを「女性はすぐに動かない。」とか思っている方はそのような生き物だと認識することから始めて、丁寧に意味を説明した方がいいです。丁寧に意味を説明できないならそもそも女性の部下を持ってはいけません。
3、解決しなくても共感してくれればいいと思ってる意味不明な生き物
男性は会話とは問題解決の道具であると考えていますが、女性はそんなこと少しも思っていません。女性は会話でつながりを感じて安心感や満足感を得るものだと思っています。昔グータンヌーボというテレビ番組があって、女性3人がただただ喋って同調しているだけの番組を30分流し続けていて、私はフジテレビのプロデューサーは気が狂ったのかとおもったら、まさかの高視聴率に溜飲を下げざるを得なかった覚えがありますが、男性からしたら無駄な会話は無駄ではないので、焦らずに黙って聞くという覚悟を持ちましょう。
・「で、結局何が言いたいの?」
・「じゃあ早くそうしたらいいじゃん。」
・「話が長くてまわりくどい。」
これらは『女性に対してのタブー三大用語』なので、これらを今後一切言わないようにしましょう。
皆様のまわりに男子校に女子をいれようとしているようなマネジメントしている上司に文句を言いたくても、言えない人はそっとどさくさ紛れにこちらをシェアするのもいいと思います。
女性は特徴を理解し、受容したらあとは特にすることと言ったら褒めることくらいでじゅうぶん一生懸命働いてくれます。
またよく面談で女性に泣かれて、「女性は泣くからずるいよなー。」とか「泣かれたらどうしたらいいかわからないよ。」という方もいらっしゃいますが、これも前提条件を理解する必要があって、女の子は「泣いてはいけない」と言われて育ってきていないので、泣きやすいです。ただそれだけです。
私は少年野球やってた時に自打球を足の小指に当ててしまい、泣くつもりなかったですが、涙がでてきたら監督に「男なのに泣いてんじゃねー!!」と怒鳴られましたがそういう経験をしていなく大人になっています。なので泣くのは仕方ないのでそう思ってあげましょう。
女性は男性に比べて気配り目配り心配りと言われるようなきめ細やかなことによく気づくので、顧客満足の発想は男性より豊かですし、「なんとなくそう思う。」みたいな男から言ったら理解できない勘というのも鋭いですし、地頭も良い人が多い気がするし、かわいいしで女性は能力は高いことだらけです。
今後少子高齢化は間違いないので、女性の労働力というのはもっともっと必要になります。しっかりと特徴を理解した上で能力を最大化し国の発展に貢献していくべきだと思っています。
これを読んだ女性から相当な攻撃を受けるとおもいますが、ただただ黙って大きく頷いて共感・受容・支持していきたいと思います。
片切真人
マンガワンって、サンデーが出してるマンガアプリがあるんだけど、野球漫画のメジャーが毎日配信されてるんだよ。
メジャーって連載してた当時は趣味に合わなかったんで立ち読みでも読んでなかったけど、今読んでみるとまあまあ面白い。
「まあまあ面白い」ってレベルだけど、毎日配信されてると読んでしまう。
最初はお目当てのマンガのついでに読んでただけだけど、最近はメインになってる。
逆に、昔はHUNTER×HUNTERが大好きだったけど、休載気味になってからだんだんテンションが下がって、長期休載になったらもうどうでもいいやって感じなった。
マンガって、続けて読むっていうのが読者の心を離さないために超重要な要素だと思う。
平凡なマンガでも毎日配信すれば、かなりプラスに働くんじゃないかと思う。
メジャーはストックが大量にあるから毎日一話配信も可能だけど、新作だと無理でしょ。
だから、上に総監督みたいのを一人置いて、漫画家7人体制にすれば日刊連載が可能なんじゃないかと考えたわけです。
ここまで書いて致命的な欠陥に気づいた。
スタッフの数が7倍になったら、売れ行きも7倍にならないと維持できないか。
いいアイデアだと思ったのに。
先日、渋谷アップリンクでAVメーカー・HMJMの10周年イベントがあったんですよ。んで、その 1日目に友人を誘ったら来てくれました。
普段はAVをほとんど見ないOLさんなのですが、イベントを楽しんでくれたようで、次に会う時にお勧めのAV持って行くよ!という話に。そこで、どんな作品を持って行けばいいかなぁと色々考えた結果を書き残しておきます。
正直この作品だけ見せれば話が終わってしまう気がしないでもない。それくらい完璧。
AVというのはただセックスしている映像が収録されているだけのものではないよ、というのがよく解るだけでなく、誰が見ても面白い!ここでぐだぐだ説明しなくても見てもらえさえすれば解るハズ。
…なんですが、薦める相手が女性だと、実は結構ハズす事があるんすよ。まぁ女性の容姿を笑うような場面もあるし、そもそも女性をあんまり人として扱ってないし。
でも!そういう表現が出来るのがAVの素晴らしい所なんですよ。こんなんテレビじゃ絶対出来ない。ってか女性の目に触れる所では出来ない。女性が入るのに多大な勇気が居る(けど男連れで行ったらそれはそれでサムい)お店に入って、もしくは住所と名前と一緒に「こいつはAVとか買っちゃう女だぜ」って情報を通販サイトに開示して、お金を払わないと入手出来ないという鉄壁のセキュリティがフェミニストから表現の自由を守っております。
そうやって女性の目に触れない所でやってるのをわざわざ見せなくてもいいんじゃないかという意見もあるでしょうが!見せたいんですよ!ってかこの作品を楽しめるようになって欲しいんです!何故かと言うと2月に劇場版 テレクラキャノンボール2013 | オーディトリウム渋谷 が公開されるからです!これに一緒に行ってもらいたい。そして楽しんでもらいたい。その為には?というのがこの記事のテーマです。
キャノンボール2009の賞品のまり子さんとは?という事でこちらのコンプリート版を。顔出しNGの伝説の素人女優まり子さんの出演作全て合計10時間分の映像がDVD2枚組に纏められております。
こちらのDVDのアウトロ部分でも語られていますが、AV業界の中心がレンタルからセルに移行し、男優は映さず喋らせず抜き差し映像中心の「お客様向けの作品」が持て囃されるようになり、松尾監督が撮りたい作品とはズレが生じていました。その状況に反発を感じて「そんなに抜き差しが見たいならとことん見せてやろう」とやけっぱちで製作された作品が『僕の彼女を紹介します』。一時期DVDがリリース出来ない状況まで追い込まれていたHMJMはこの作品のヒットで復活しました。
やけっぱちで製作されただけあって、松尾監督のキャリアの中でも毛色が違う作品になっており、ホントに抜き差し中心。監督は勿論、まり子さんさえも殆どエロい事以外はしていないような形で登場しています(アウトロでも「喋らせると普通にいい子なのでわざと会話は入れず肉体だけを誇張し」とテロップで説明されていました)。
そんな『僕の彼女を紹介します』なのですが、このコンプリート版のDISC2にはまり子さんとの会話や別れのシーンが入っていて(と言ってもキャノンボール2009からの抜粋なのですが)、最後には彼女へのメッセージが。
…この部分がねぇ。評価が分かれる所なんですよ。男性目線だとセンチメンタルなちょっとイイ話風の終わり方なんですが、女性側から見るとね、「何勝手な事ぬかしてんねん」というか「うわーもう何やねんこの男、腹立つわぁ」というか。なんかセンチメンタルな気分になってるのに腹立つwこれは女性同士で見ると見終わった後の感想戦は松尾監督は最低だと言う話を延々する事になりますよ。途中で奥さんからのメールがちらっと見れる部分もあるんすよ。これがねぇもうどうなんすかね。あんなメールをやりとりしてるのにまり子さんとこんな撮影をしている訳ですよ。もう奥さん側としても最悪ですよ。…という感じで、この作品もキャノンボール同様、何の予備知識もないまま後半部分を女性に見せるとアンチカンパニー松尾になってしまいかねないんです。でもねー!でもねー!見て欲しい。見て楽しんで欲しい。
という訳で、最終目標はこの2本を楽しく見て貰えるようになる事です。その為にはどういう作品をお勧めすればよいか、考えまくって以下の作品を見てもらう事にしました。
カンパニー松尾監督がどういう作風の人かという事を解って貰う為に2010年に撮影された3作品を。先ほど『僕の彼女を紹介します』を紹介しましたが、あれはあくまでもイレギュラーな作品で、実は松尾監督という方は自分の人生で起こった事をガンガン作品の中に入れてくる監督なんですよ、というのがよく解ります。
キャリア25年のベテラン監督さんなので色々な作品で様々な事を語ってらっしゃるのでどういう形で紹介しようかなぁと悩んだのですが、長い期間で考えるより、大事件が立て続けに起こった2010年という年に注目した方が解りやすいかなぁという事でこういう形にしてみましたよ。松尾監督の2010年は大変な年でした。
この作品では松尾監督がヘルニアで倒れて、AV監督としてやっていけないんじゃないか?という状態になってしまった時期の事が描かれています。冒頭からそのヘルニアになった時の話と、病院からヨボヨボ歩きで出てくる衝撃映像が。これ、何の予備知識もない人がAVだ!わーい!って見始めて最初あんなんやったら度肝抜かれると思います…
ちなみに、この作品で腰を痛めた状態で撮影された2人はこの後に恥ずかしいカラダ 純情BODY あずさ | SHOP | HMJM | 面白いAVはここにある | ハマジムと恥ずかしいカラダ すっぴん エミリ | SHOP | HMJM | 面白いAVはここにある | ハマジムで再撮影されてらっしゃいます。
こちらの作品では2つ目のチャプターで、松尾監督のお父様が癌に倒れ、自宅でご家族に介護されている様子から最後までが描かれています。AVなのに。
家族の介護や死が描かれてるってだけでも凄いのに、AVとしても良いんですよ。エロシーンの出来がちゃんとしてる。HMJM10周年イベで司会の雨宮まみさんが最初に出てくる駒込の女性が良いという話をされてましたが、ホントに良い。AV見たいなーと思って見始めた人はこの最初の駒込の女性のチャプターで用を済まして満足しちゃうと思う。でもこの駒込の女性とのハメ撮り、冷静に見たら女性が最後までブラジャー外してないんすよ。普通に考えるとあり得ないっすよね。でもすんごいエロい。ブラジャー外しておっぱい撮るの忘れちゃうくらい濃厚なファック。チャプターの最後にテロップが出るのですが、この撮影の3日後に松尾監督はヘルニアで倒れます。
元々松尾監督のAVに出たくてAV女優になったサブカル系女優のましろ杏ちゃん(その辺の経緯は恥ずかしいカラダ DOCUMENT ましろ杏 | SHOP | HMJM | 面白いAVはここにある | ハマジムをチェック!)との2作品目。沢山出ている『恥ずかしいカラダ』シリーズからこの作品を選んだのは、実はこの作品が2010年の松尾監督のお誕生日に撮影されていたからです。あと、南の島への旅行&松尾監督がお気に入りの女優さんにやらせるというカレー作りのシーンも出てくるので。それからましろ杏ちゃん自体がナカナカ面白い女優さんなので大好きだったってのもあります(現在は引退済み)。
あと、終盤の杏ちゃんをホテルに置いて、松尾監督が一人でテントに戻り、誕生日の夜から朝を過ごす場面からアウトロの部分が松尾節全開で最高です。前日に杏ちゃんが作ったあんまり美味しくなさそうだったカレーがめちゃめちゃ美味しそうに見えますよ。
こちらは先ほどの「2010年のカンパニー松尾」関連作品でもありますね。
松尾監督が人気AV女優・JULIAを撮影するという事になっていたのですが、撮影の前日にヘルニアで倒れてしまった為、急遽当時新入社員だった梁井監督を総監督に立て、HMJMの社員が一丸となって製作されたという珍しい経緯の作品です。こちらの作品もオープニングでヨボヨボ歩きの松尾監督という衝撃映像が使われてますね。
この作品、完全に「JULIA」ではなく「前日に松尾監督が倒れててんやわんやで撮影しているHMJM社員一同」の方が主題になっております。監督さん達の普段見れない所が見れて面白い反面、あんまりJULIAを魅力的に写してないんすよ。最後の方にあんな雑談のシーンを入れたりしている所を考えると、梁井監督はわざとそういう風に撮って編集してらっしゃるんでしょうね。
HMJMの社員監督4人が総出演している唯一の作品(一応JULIAの冒頭と最後にも松尾監督はちょろっと出てこられますが)。HMJM専属女優をストリートから見つけるべく名古屋でナンパをするという内容。冒頭の池袋の人のパートは見ないで名古屋へ行く場面から見て下さい。
ソフトオンデマンドで鍛えられたナンパ術で梁井監督が活躍する作品なのですが、HMJM10周年イベントでKENSAKU監督が自分のコーナーで自分が監督した作品を挙げずに何故かこちらの作品を挙げてらっしゃいました。でも、この作品の中に出てくるKENSAKU監督、結構ヤな感じなんですけどそれはいいんすかねwちなみにこちらの作品ではKENSAKU監督のハメ撮りという珍しいシーンも見れます。そのハメ撮りシーンではKENSAKU監督がちんこを出した瞬間の女性のリアクションに注目。「うわー待ってヤバイですね…むっちゃビックリした」と顔を伏せてから「綺麗ですね。うわー」「凄い綺麗。おちんちんが」「ピカピカじゃないですか。綺麗。すごい」「(今まで見たおちんちんは)こんな綺麗なの無いですよ」と綺麗を連発。…綺麗?おちんちんが?一体どんなおちんちんなのでしょうか。超気になります。
以上2本は梁井一監督の作品です。
HMJM作品ではないですが今年の話題作。覚醒剤を使用していて逮捕され、2年間刑務所暮らしを経て復活した倖田梨紗さんを3人の監督が撮影。松尾監督の他に、キャノン2013にも出場する嵐山みちる監督も参加してます。2年間入っていた福島刑務所の近くまでハメ撮り旅行に行く松尾監督、以前付き合っていたAV男優とのカラミのシーンを用意する嵐山監督。文字にするとすげぇ酷い事してる感じだけど実際作品見たらそういう意味でのショッキングさはないですよ!
私、以前、ブログでHMJM作品をちょこちょこ紹介するっていうのやってたんですよ。そこで松尾監督の作品だけでなく梁井監督やKENSAKU監督の作品についても書いてたんですが、実は、今田監督の作品については殆ど書いてないのです。勿論ちゃんとDVD買ってるし、見てるし、書こうとしてはいたんですよ。でもナンカねぇ、発表出来る様なブログが書けないんす。いや、発表してる分も大した事書いてないんすけどそれとは比べ物にならないくらい全然ちゃんと書けない。気持ちの高まりをそのまま書くとなんのこっちゃ解らんくなるし、冷静に書こうとしても書けないしでもうぎゃーってなって…ってのを繰り返しておりました。
それくらい高まりまくる作品を創られる今田監督なんですが、イベント等で出くわすと気さくに挨拶して下さるのです。でもね、そんなんね、憧れの人にね、喋りかけられてまともに喋れるような人間がはてな匿名ダイアリーでこんな文章書いてる訳ないじゃないっすか(泣 もう毎回挙動不審でアワアワ言うてますわ。こないだもね、プラスワンの会計に並んでる時に話しかけて頂いたんですよ、で、「18日のイベ行きます」って話したのです。んで、その次に渋谷のイベの帰りにも話しかけて頂いたのです。んで、その時にも緊張して訳解んなくなってて「18日のイベ行きます」って話してしまったんですよ…もうその帰り道はずっと死にたい死にたいって思ってました。いや、他にいっぱい話したい事あったんすよ。その渋谷のイベの中で今度春原未来ちゃんを撮るって話してはったから「日本ハメ撮り大賞の未来ちゃんとのシーンがすげぇ良かったのでめちゃくちゃ楽しみです!」とか言っときたかったのに!もう!あの時の自分を殺したい!
でもこれは私が特別挙動不審って事じゃないと思うのです。今田監督の作品を見た女性のうち、何割かは絶対私と同じ様な状態になるハズ!そう確信しております。という事で友人を挙動不審人物にすべくお勧めするのはこちら!
ナンカ今まで挙げたのが数年前の作品が多いので最近のを1本。このシリーズでお馴染みの男優さんを使った目隠しプレイのシーンもハメ撮りもすげぇエロいので色々書いてみたんですがかなりキモい感じになってしまったので省略!どうエロくて良かったかは買って見て確かめろ!私が色々書いてるの読むよりその方が話が早い!
メインのエロシーン以外もとても良くて、インタビューで語られる10代後半から20代前半まで付き合ったDV彼氏との話は部外者から見ればナンデそんな状態になっちゃうんだろう?と思っちゃうんですが当事者はそうでもないんやろうなぁというのが解って興味深かった。そしてその彼氏と別れた後に仲良くなった男性との思い出の地を訪れるのですが、思い出の地なのに当時心理状態が酷すぎて記憶が曖昧だというのが結構衝撃でした。付き合う男を間違うとそこまでボロボロになるものなのですね。。。
んで、私がこの作品で一番気に入ってるのはその思い出の地、海に行くシーン。時間にすれば凄く短いのですが、風の音が思いっきり入っていて会話があんまり聞き取れない感じの所があるんですけど、それがね!良いんですよ!頭の中の思い出を反芻してるみたいで。まぁ私の中には全く無い種類の思い出なんですけど。
今田監督の作品でちょいちょいこういう海に行って風の音が思いっきり入ってて会話が聞き取り辛いシーンがあるのですが、これはやっぱ意図的にやってらっしゃるのでしょうか。私ホントにこのシチュエーション無茶苦茶好きなんですが、誰に説明しても全く理解も共感もして貰えないので辛い。多分その話をしてると興奮しすぎて何言ってるか訳解んなくなってるからだと思うんだけど、この「美しい人が自分に語りかけてくれてるけど話が全く聞き取れない」というテーゼってあるじゃないっすか!アレですよ!まさにアレ!と書いてみたけどもしかしてもう既に何を伝えたいのかよく解んなくなってますか?…この辺で止めときます。
テレクラキャノンボール2013の予習も兼ねてボールガールの1人でもある新山かえでちゃんの作品を。この作品もインタビューシーンが凄くて、思わず今田監督が絶句してインタビューが止まってしまうような告白を冒頭でしちゃってます。んで、その後も海へ連れて行ったら「本物の海を見るのは生まれて初めて」(ちなみにこの海のシーンでも思いっきり風の音が入って何を言ってるのか聞き取り辛いという私の大好きな状態になっております)、車に乗ると「デートした事無い。めっちゃドキドキする」、手を繋ぐと「外で手を繋いで歩くのは初めて」、花火をしようとすると「花火をやるのは初めて」と、とても喜んでくれます。お父さんが居なかったりだとか山奥で育ってたりだとか歳の離れたお兄さんしか居なかったりだとかの色々な要因が重なって普通の女の子が経験するような事をしないまま大人になってしまったかえでちゃん。そんな彼女が愛おしくて愛おしくて。何故こんな良いお嬢さんが。今まで彼女の周りに居た男は全員今すぐ死ぬべきです。テレビの前で「俺が幸せにしてやる!」ってなりますよ。まぁ私はおばはんなのでどうやっても彼女を幸せにする事は出来ないんですが。
あと、先日のイベントにゲストでかえでちゃんが来て「今田監督の作品で教えて貰った事がある」という話をしていてそれを聞いた今田監督は「何だっけ?解んない」みたいな感じだったのですが、恐らく始まって40分位の車内での会話で「君の事を今日は恋人だと思うよ」って言ってた事がそれなのかなぁと勝手に思っております。
余談ですが、かえでちゃんについては松尾監督も恥ずかしいカラダ 奇跡のボイン かえで | SHOP | HMJM | 面白いAVはここにある | ハマジムという作品を撮っていて、こちらは松尾監督がバイクで転んで骨折し2012年に行われるはずだったキャノンボールが延期になったという話が冒頭に紹介されています。そして、この撮影が骨折で1ヶ月ほどお休みしていた後の復帰第1作という事で、監督はコルセットみたいなの着けてるわ足に大きいカサブタは出来てるわハメ撮りの途中でかえでちゃんにカメラを何回も取って貰うわとなかなかレアな感じになっているので興味がある方はチェックしてみて下さい。見所は監督がそんな状態なのに濡れまくっているかえでちゃん。…やっぱイイコだ!
ん?あれ?もしかしたらもう10本紹介しちゃった?ヤバイ。だーっと書いてたらすっげぇ中途半端な所で10本挙げてもうた。そして今まで挙げたので削れる作品がない。KENSAKU監督について書きたい事いっぱいあったのに(AV監督なのに素人童貞という事もあって初期の作品は女性に対する憎悪に近い感情が感じられて…みたいな話から)1本も挙げられてないじゃないっすか。あと各監督を知ろうコーナーで梁井監督の作品2本挙げてるけどこういう作風がメインの監督さんじゃないんすよ。うんでもまぁあんまり長くなるのもアレだし、こんな所でイイかなぁ。
という訳で冒頭に紹介した2本を楽しんで貰えるようになるようにと8本挙げたのですが、この8本を薦めた訳はとりあえず監督さんを知って貰おうと。そして好きになって貰おうと。そうすればキャノンもまり子も女性目線でない感じで見れるんじゃないかと。
あと、今田監督の2作品については、今田監督の事を好きになる以外にも女優さんを好きになっちゃう感じを味わって貰おうと思ってセレクトしました(松尾監督の作品でも女優さんを好きになっちゃうような物は多いのですが松尾監督の作品ばっか紹介するのもナンだし、女優さんに対する気持ちの踏み込み方に関しては今田監督の方がえげつないというか毎回ちょっと大丈夫か?って思うくらい踏み込んでらっしゃるのでその辺りを見て貰いたくて)。
監督を知って好きになって監督側の視点から、女優さんを好きになる感じを味わって貰って男性目線で。とりあえず女性としての視点でない所で見て欲しいんですよ。
私はAVとアイドルが大好きなのですが、この2つに共通するのは、ファンはあくまでも受け手・見る側でしかないので、実は男だろうが女だろうが関係無いって事なんです。高齢のキモヲタだろうとアイドル候補生の美少女だろうとOLさんだろうとテレビの前では完全に平等。ただただ見る事しか出来ない。そして見る時の気持ちも完全に自由。高齢のキモヲタがアイドルや女優さんに感情移入して「監督素敵!」と思いながら見るも良いし、女の子が女優さんを愛おしいと思っても良い。女性が完全におっさんの気持ちになって「げへへ」と楽しめる。これこそ女性解放だと思います。男だからとか女だからとかそういうのから一切解き放たれて一人の人間として。女性として見る楽しみと男性の気持ちになって見る楽しみと。完全に女性への訴求を排除した男性向けに作られたメディアだからこそ、そうやって見られるようになれば楽しさが2倍になるんじゃないかなぁと思っておりますよ。
エグザイルは自信満々で狙っているだろうけど、もうその時期はおっさんだろうから落選。
AKB48も、もう駄目だろう。さすがに旬は過ぎてる。
モモクロももうつらいところだろう。もういい年になってるはず。
坂本龍一もなんだかんだでいそうだな。総監督とかちんぷんかんぷんな感じで。
サザンのひとも参加したそうだが健康状態が不安だし、外人に売れていないだろうから却下。
松田聖子もいそう。娘と一緒に歌うとかそういう付加価値をくっつけて。
カタカナとかアルファベット2文字系の女性歌手もウォーミングアップしてるだろうなぁ。誰だか区別付かないけど。
倖田來未(どうしても ぎょうだくみ と読んでしまう)も偉そうなポジションから歌いたがりそうだ。よくわかんないアカペラとかで。
おだかずまさもいるんだろうな。 あのへんの人たちが再結成して世界中をおいてけぼりにしそう。誰それ?みたいに。
ゴジラやウルトラマンはおっさん思考でぶち込んできそうだ。とんちんかんなクールジャパン。
それならガンダムとかそういうのも突っ込んできそう。