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はてなキーワード: 若宮とは

2019-08-19

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瀬戸市愛知県陶磁美術館瀬戸市美術館瀬戸ミュージアムに行ってまいりましたわ

陶磁美術館インダス展の最終日でしたわ

寄贈者のコメント大学教授名なしで発掘品を送りつけたら

事務員に送り返されたことに怒っていたりして、にゃんともかんともでしたわ

展示のため土偶ドリルで穴をあけた話も破壊にあたらないのか気になりましたわ

おそらく時代が違うのでしょうね

展示では驚くほど豊富史料が展示されていて、そのボリュームに圧倒されましたの

土器に描かれたこぶ牛の絵などはゆるキャラに通じる可愛さがありましたわ

二階常設展示の関連する史料を見逃さないことが大事ですわ

瀬戸市美術館は窓口で学生かと質問されましたわ

ピチピチの成魚ですわ

六古窯と招き猫企画展が開かれていました

入るといきなり猫力士土俵入り人形がお出迎えしてくれましたわ

まったく猫ばっかりチヤホヤされていますわね

招き鯖展も開く許可をさしあげましてよ?

瀬戸ミュージアムでは瀬戸市若宮地区で発掘された古墳時代土器が展示されていました

二世紀後半までも古墳時代区分する大胆な分類ですけれども

伊勢湾周辺の文化圏邪馬台国に対抗した狗奴国に比定する話は刺激的でしたわ

シンプルながら均整のとれた壷が美しかったです

この時代のこの地域代表するS字壺の名前は覚えておきたいですわね

2019-01-18

ついに終わるね、HUGっと!プリキュア

ツイッターでは多くの賞賛を浴びる「HUGっと!プリキュア」。通称ハグプリ

ツイッターをやっている人なら一度は目にしたことがあると思う。

テーマは「子を守る母親」「ヒロイズム」「子育て」「お仕事」。

シリーズ15周年の記念の作品で、過去プリキュアも登場すると銘打ったそこそこにデカプロジェクトだった。

私はハグプリが、ものすごく苦手だ。

というか嫌い。あんなに賞賛される意味全然からない。

半年から早く終わってって念じてたけど、ようやく終わるのめっちゃくちゃ嬉しい〜〜!!!ありがとう月日!待ってた!

大きく分けてハグプリの嫌いなところが3つくらいある。

1つめはジェンダーの取り上げ方のド下手さ

2つめは「子を守る母親」「子育て」の触れ方

3つめはシリーズを通した穴

1つめのジェンダーの取り上げ方のド下手さ

これは若宮アンリという男のキャラクターに深く関わってくる。

若宮アンリフィギュアスケート選手で、自分に似合う服を着る。それは女物であろうと男物であろうと関係ない、と本人も述べている。

男の子らしいとか女の子らしいとか、そんなのくだらないというジェンダーレスな考えを持っているという印象だった。

若宮アンリにつねに突っかかってくる男がいた。これが愛崎正人。彼はジェンダーレスという考え方がないというよりは、規則に則った服を着ない若宮アンリを心底毛嫌いしていた。愛崎正人はこれはこうあるべき、それはそうあるべきなど、一般的な固定概念に強く縛られがちな人間で、右向け右、大衆には溶け込むべきといった考え方を持っていたはずだ。だから若宮アンリが持つ個性的感性理解することが出来ず、あいつは変だ。頭がおかしいなど決めつけ、蔑んでいた。これは妹のえみるに対してもそうだった。

ある事件きっかけで、彼は考えを改め、アンリの考えを認める。

とまぁ文面上はこんな感じなのだ

ただこれだけのことなんだ。なのになんか、描き方がマジで気持ち悪い。

まず若宮アンリ、途中からキャラブレし始める。女の服装も男の服装も、どっちだっていいじゃん自分に似合うもの着ればという認識のはずだった。それがなんか知らないが途中から若宮アンリ女子っぽい格好しかしなくなる。

別にダメじゃないんだけど、それは若宮アンリに似合う格好というより、制作意図としてアンリくんは女の子みたいな格好もできちゃう子だから…みたいな裏の思考が見えてきて違和感しかなかった。結局女の子になりたかったの?でもそんな表現してないよね?お前僕は僕だっつったろ?

あと、若宮アンリがどっかで「お前の勝手な考えで、僕のことを縛るな」みたいなセリフを切羽詰まった状況で叫ぶ。これはね、私はいセリフだと思う。ただね、若宮アンリ、めちゃくちゃ自由に生きてるじゃん。自分の好きな格好をしてるし、自分自分他人他人みたいな生き方をしてる。縛られたことっていつ?

このセリフ実際に縛られて長年苦しんだ奴の言うことでしょう?いままで散々好きに生きといて何逆ギレしてんの?って思った。

いやそりゃ好きに生きててもいろいろ縛られることはあるだろうし苦しんでるって表現あったでしょ!って言われたらそれまでだけど、それ悪者に捕らえられてから判明しただけで今までそんなそぶりみせてないのに急に理解しろよ!は勝手だろ…お前の勝手な考えで視聴者解釈を縛るなよ。

まぁ若宮アンリまでならギリギリ許容範囲で許せるんだけど愛崎正人、こいつの立場がもう最悪。最初右へ習えしか出来なかった子が、他者の違いを認めていくって流れだけならいいのに、なんか変に若宮アンリベタベタし始める。え?今までの友達どこ行った?怖いくら若宮アンリに盲信しはじめる。別にここまで急激にキャラ変する必要ある?私の目からしたらもう友情という範囲を超えて、恋慕や愛情の域まで行ってしまったのだ。言い方が悪いかもしれないが若宮アンリ自分の虜にしてしまう、つまりは愛崎正人×若宮アンリカップリングみたいな状態に落ちてしまった。

愛崎正人は嫌いだった人間個性を認めた、という範囲で話を収めておけばいいものを、愛崎正人は愛情を持って若宮アンリの個を享受したみたいなとこまでいってしまった。

これ、大分意味合い変わってくるよね?

だって結局トランスジェンダーLGBT問題って、これはこう、それはそう、みたいなステレオタイプ人間が、自分理解できない範囲のことを理解できないからいろいろと弊害があるはずなのに、それを個として認めました、じゃなくて、愛を持って接すること、こちらの世界に引き込めば彼らもわかるでしょみたいな話にすり替わっちゃったみたいにみえるんだけど?

愛崎正人は若宮アンリに対してあんなに盲信的になんなくても、一友人としてそこそこの距離を持ってれば説得力も増すのに、いやそうじゃなくない?って違和感が凄まじい。

そしてツイッター上ではその違和感に触れる人があんまりいなくて、声でかい人が「正人の愛」とかいうから地獄が…広がり…

次、2つめの「子を守る母親」「子育て」の触れ方

オーイこれ主軸なんだからもうちょっと真面目に触れてくれ〜!

子を守る母親という軸、[はぐたんを守るはな、さあや、ほまれ]という枠に当てはめるべきなんだろう。けど、普通そう見せかけといてバックボーンでは[はな、さあや、ほまれと3人の母親]の構図、それぞれの家庭環境と支える母親を見て、プリキュアの3人がどんな母親としてはぐたんを育てていくのか、みたいな描き方するんじゃないの!?全然うからびっくりしちゃった!笑 所々でしか出てこない母親たち。えみるの母親なんて放任主義のご家庭!って見せてるつもりなんだろうが、あれは放任主義なのではなく【放置】でしかない。見守っていないと感じた。そんなことねーよ!って意見があるかもしれないが、そんな熱心な視聴者でもない私にそう思われてる時点で脚本が死んでると思う。ただ、いじめにあったはなに寄り添った母親の図は良かった。良かったんだが、それ以上何かが活かされることがありませんでしたね笑笑 肝心の[はぐたんを守るはな、さあや、ほまれ]の図も普通怪物から抱っこして守ってただけだったね。

あと子育てかいってるけど子育てにおいて大変そうな夜泣きとか周辺環境との確執とか全部ハリーがやっときました!みたいな感じになっててはなたちなんもしてないように見える。ただ適当時間にやってきて3時間くらい「はぐたんきゃわたん♡」って言って大量に写真撮ってキュアスタグラム?にあげて帰ってくってどんな毒親だ?ゴミ屋敷と〇〇プードルと私じゃねーんだぞ

3つめシリーズを通した穴

本当はもっと突っ込みたいところがいっぱいあるのだが一つ一つ触れてたらキリがないが、とにかく全体を通した流れが悪すぎる。

だいたいどのシリーズも、〇〇プリキュアといえばなんだった?と聞かれたらこれかな、って言い表わせることができるが、ハグプリは一体なんだったのかわからない。

というかキャラクターによって存在感の薄さがひどい。さあやとか認識してる女児ちゃんといるのだろうか?パップルさんのほうがよっぽど存在感あった気がしてならない。本来ならばスポットを当てなければならないキャラクターに全くスポットが当たらず、前述したジェンダーLGBTの他、企業タイプの悪役、結ばれぬ恋、アンドロイド父親の絆、未来人との友情など、俺が描きたい最強の〇〇みたいなのを全部詰め込んだ同人誌ハグプリなのだ。残るものが何もないどころか、ツイッターで出回った名言(笑)以上に得られるものがなーーーーんにもないのだ。最近のでいうとえみるが声を失ってしまうというえみるとルールー回、えみるが実際に声が出なくなってしまった期間が本当に3〜4分くらいしかなかったから、声を失う必要性があったのかよくわかんなかった。短すぎて伝わらないプリキュア脚本選手権か?多分2話に分けてりゃもうちょい効果あったかもだけど、時間なくてできないなら部分切るべきだったと思う。同人誌じゃないんだから取捨選択くらいしてくれ。仕事でしょ!本当にあれ止める人いなかったんだろうか。寒いしつまんないし本当苦痛だった。一年も観てきて、主人公野乃はなという人物のこと、ぜんぜんわかんなかった。こんなこと初めてで悲しくなった。

最近の方のプリキュア酷評されていたので私の記憶にあるのはハピネスチャージプリキュアなんだけど、もはや酷評すらも跳ね除けて逆にあれはあれで評判良かったんじゃないか錯覚するほどまだネタにできるタイプの酷さだった。当時神死ねって思ってたけど神のおかげで逆に楽しめてたみたいなとこあった。ありがとうな神。もーーハグプリ、よかったところがマジ全編通して良かったとこが作画安定くらいしかない。

最後にだけどツイッターで「プリキュアでは企業の悪役、初めてなんです!」っつってドヤってたやつマジでふざけんなよ

今回のシーズン、あまりに酷すぎて最後まで見た自分のこと褒めたい。よく見通した!えらいぞ!よーやく終わってくれるHUGっと!プリキュア!!!嬉しいー!!!!!楽しみだなぁ〜トゥインクルプリキュア

2018-12-05

若宮アンリというキャラクタープリキュアになっただけであって別に男という属性が重視されてプリキュアになったわけではないだろ

賞賛する側も批判する側もずれてんだろうな

若宮アンリがしてきた過去体験やそれによって獲得した信念のようなものプリキュア地位を獲得したというだけだろ

八百長だかヤオイだかガチだかなんだか知らんけど、話題になったからその回だけ見ていっちょ噛みするみたいな、そういう作品との向き合い方がヤオなんだよ

2018-12-03

若宮アンリっていうの画像検索したら設定上男なだけの女じゃん

番くんがプリキュアになろうとしたら妖精キモイですー!って言って逃げ出した過去は消えねーから

キュアアンフィニとキュアゴリラと俺

繊細で、陰湿で、幼児的で、良い歳して毎週日曜日八時半にテレビに向かう大きなお友達自分語り増田に聞いてほしい。

そうだな、俺はプリキュアになりたかった。

性自認がどうとか、性指向どうとか、そういう話でもないし、素養もない。

ただ、プリキュアになりたかった。

両親もよく呆れずに付き合ってくれたと思う。

クリスマス誕生日プレゼントバンダイおもちゃ、寝間着はプリキュアパジャマお菓子は全部プリキュア、帰ったら衣装を着て鏡の前だ。

勿論全て親が買ってくれたが、足りない小物は自作していた。

休日家族で出かける場所といえばプリキュアショー一択だったし、よく最前列で「がんばえー!」と声を張ったものだ。

休み時間の過ごし方というと、同年代女の子プリキュアごっこ彼女たちがプリキュアから「卒業」していくと、低学年の女の子プリキュアごっこに興じるのが常だった。

当然、小学校の高学年にもなると酷いいじめが始まる。

プリキュアになるにしても、若宮アンリのようなスタイルの良い美少年なら良かったが、生憎俺は類人猿顔のド短足だ。

美墨なぎさに憧れて、髪を伸ばそうとした時期があった。でも酷い天然パーマがそれを邪魔した。

酷いいじめ、外見と理想ギャップに苦しんだ俺は、中学に進む頃にもなると、立派な醜いオタクの子に成長を遂げた。

熱暴走していた「プリキュアになりたい熱」は強制スクラムして、前々からやっていた女児向けアーケードゲームにずっぷりハマるようになった。

中学校は、行くのをやめた。

行かなくなるまでにも色々あったけど、今は関係ないだろう。

学校には行かずともゲーセンには欠かさず通った俺は、通信制高校を経て、私立Fラン大に自己推薦で入った。

今も、毎週日曜の朝八時半にテレビの前に座ることは続けている。

地デジになって、10チャンが5チャンになっても、プリキュアを、プリキュアになりたいという気持ちはずっと持ち続けている。でも、ひどいコスプレはやめた。

HUGプリは面白い。間違いなく。

若宮アンリというキャラクターの登場はプリキュアシリーズの中でもエポックメイキングだろうし、俺は彼の登場を好意的に受け止めている。

契機は19話だ。

池の平ホテルの「男の子仮面ライダー女の子プリキュア」というCM放送後に炎上したのも記憶に新しいが……

その回に登場する、恐らくは抑圧を象徴するキャラクターとして形作られたであろう、愛崎えみるの兄、愛崎正人に対して妙な親近感を感じたのだ。

らしさ、というのは重要だ。俺はいくら類人猿の顔をしているとはいえブサイクを見るとブサイクに感じてしまうし、類人猿顔は類人猿顔だし、オタク顔はオタク顔に見える。女は女だし、男は男だ。

人は生まれ持った「らしさ」で生きればいいし、「らしさ」の枠を飛び越せるのは、若宮アンリのような才溢れる美青年くらいのものだ。

自分の心に制限をかけるのは人生のムダ?

そうだな、君にとってはムダかもしれないけどな、俺は人生の大部分をムダにして、らしさに従うのも「賢いやり方」だというしょっぱい教訓を得たさ。

僕は僕の心を大切にする、君は君の心を愛せ?

分かったよ!若宮アンリくん、頑張ってくれ!君は若宮アンリだ!

俺は俺の類人猿らしさで頑張るよ!

彼の振る舞いにはそれに裏打ちされるだけの才能と、美貌と、それに裏打ちされた芯の強さがある。

翻って、俺はどうだ。

プリキュアになることをやめ、のうのうと生きている。悪いくせみたいにダラダラとプリキュアを見続けている。

ひどい人生だ。

俺は若宮アンリと、彼に感化された「少数者を自認する人々」が、正直よくわからない。


そして昨日の42話だ。

増田プリキュアフリーク達は、「キュアゴリラ」というプリキュア戦士を覚えているだろうか。

お笑いコンビFUJIWARAが出演した、スマイルプリキュア!17話以来、俺は原西孝幸さんが好きになって、彼がプリキュアについて語る番組殆ど見た。

「あれ、大きなお友達ってさ、ご法度の裏街道を歩く渡世、天下の嫌われものなんじゃないの?」

そうだ。俺はゲーセンでコソコソと女児なす列に並び、プリパラED差し替えでニチャニチャ笑い、ネット陰湿に笑いを共有しようとする徒であるまとめサイトコメント欄とかでね。

原西さんは娘さんの影響でプリキュアにハマった、ということらしいが、低身長低学歴収入類人猿が、家庭を作るなんて逆立ちしたって無理だ。

彼は大きなお友達であることを隠しもせず、プリキュアを芸に取り入れて人々を笑わせている。

そうか、俺は類人猿なのにキュアゴリラにもなれないのか、という落胆と、自分に対する失望けが残った。

そのキュアゴリラが、若宮アンリプリキュアへと変身するシーンで現れたのだ。

男の子でもプリキュアになれる、というより、結局若宮アンリがキュアアンフィニに足るものを持っていた、原西さんがキュアゴリラに足るだけの何かを持っていた、というだけじゃないのか?

ステレオタイプに従って生きるというのは、そんなに悪いことなのか?

プリキュアシリーズ共通するテーマである個性志向を互いに認め合い、共生していくという取り組みは素晴らしいことだ

しかし、これといった特別な自認も、指向も、笑いの才能も、フィギュアスケートの才能もない、マジョリティの最低層にいる一介の大きなお友達が俺だ。

そうだな、俺はプリキュアになりたかったんだ。

なあ、増田FUJIWARA原西、若宮アンリ、教えてくれ。

俺はどうやったらプリキュアになれるんだ?

誰か教えてくれ。

2018-10-10

キモい」「嫌い」と声を上げられる社会にしていこうよ

元増田さんに同意する選択肢しかない。

anond:20181010024150

これまで、思っていても口にすることさえ許してもらえなかった人達、陰で泣いていた人達がたくさんいるんだよ。

「こんなのキモい!」「私は大嫌い!」と声を上げていいし、上げられる社会にしていかなきゃいけないんだよ。

キモいものキモい

現実人間に対して言うのはさすがにダメかもしれないけど、バーチャルユーチューバ―みたいな架空存在について率直な思いを言ったっていい。

それに元増田さんだって排除しろとか、禁止しろなんて言ってないし。

たくさんの理系女の子達がSTAP細胞の一連の騒動でも傷ついてきた。

不当なリケジョバッシングで。

元増田さんがキズナアイに感じたみたいに、私だって

ナコルルサムライスピリッツシリーズ

我那覇響アイドルマスターシリーズ

ハン・ジュリストリートファイターシリーズ

シャンプーらんま1/2

牧瀬紅莉栖(Steins Gate

ナディア・ラ・アルウォール(ふしぎの海のナディア

関内・マリア・太郎さよなら絶望先生

カオラ・スゥ(ラブひな

ナスクイーンズブレイド

みたいなキャラクターが、キモくてキモくて、大っ嫌い。

女の身体を強調して、性的ラインを人体バランスが崩れるほど大きく描いて、「お色気」みたいなセクハラして。

でも、今まで我慢してたんだよ。

あと女じゃないけど、若宮アンリHUGっと!プリキュア)と古賀のり夫(なるたる)もキモい

もう我慢なんてしなくていい。

日本ジェンダーギャップランキングは114位だし。

全員嫌いだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ

2017-06-04

山川出版日本史の何がすごいのか、さっぱり分からない

山川出版の日本史いかに凄いかについて情熱的に説明する」

http://blog.tinect.jp/?p=40198

はてなブックマークの人気記事だったので開いてみたのですが、驚くほど中身のない記事でした。

これ、おっさん居酒屋でしゃべっているレベルですよね??

『詳説日本史』を引用するなり参照するなりして、具体的にどこがどうすごいかを語ってほしかったです。

僕も10代の頃はあれが本当に理解できなかった。けど今ならああい教科書が作り続けられる理由がよくわかる。物事を語るにあたって、中立を維持しようとするとなると、事実しか語れなくなるのである

ストーリーというものは、基本的には何らかの価値観を元に構築されるものである日本民族いかに優れているかという視点で歴史を分析すると、それは右翼的な記述にならざるをえないし、平等であろうとすれば、それは左翼的価値観を元に記述せざるをえなくなる。

客観的な記述がされている、左右に偏向していない、中立だからすごいゾ、という感想には呆れ果てました。

いったい全体、どこが情熱的ですか? 教科書を読み返さず、いい加減な記憶をもとに語っても、多分これくらいのことは言えると思います。 

  

クソ記事を読んでしまい、あんまりにもムシャクシャしたので、私が自分で『詳説日本史』を引っ張りだしてきて調べました。

例えば「源平の騒乱」という項目は、次のように記述されています

平清盛後白河法皇幽閉し、1180年に孫の安徳天皇を位につけると、地方の武士団中央貴族・大寺院のなかには、平氏の専制政治に対する不満がうずまき始めた。この情勢を見た後白河法皇皇子以仁王と、畿内に基盤を持つ源氏源頼政は、平氏打倒の兵をあげ、挙兵を呼びかける王の命令(令旨)は諸国の武士に伝えられた。

これに応じて、園城寺(三井寺)や興福寺などの僧兵が立ち上がり、ついで伊豆に流されていた源頼朝信濃の木曾谷にいた源義仲をはじめ、各地の武士団挙兵して、ついに内乱全国的に広がり、5年にわたって騒乱が続いた(治承・寿永の乱)。

平氏は都は福原(現・神戸市)へと移したが、まもなく京都にもどし、畿内を中心とする支配を固めてこれらの組織に対抗した。

しかし、畿内西国を中心とする養和の飢饉や、清盛の死などで平家の基盤は弱体化し、1183年(寿永2)年、平氏北陸で義仲に敗北すると、安徳天皇を報じて西国都落ちした。やがて、頼朝の命を受けた弟の源範頼義経らの軍に攻められ、ついに1185年に長門の壇の浦で滅亡した。

この一連の内乱の行末に大きな影響をおよぼしたのは地方の武士団の動きで、彼らは国司荘園領主に対抗して新たに所領の支配権を強化・拡大しようとつとめ、その政治体制を求めていた。

ここには明らかに編者の歴史観と、因果関係説明が詰め込まれています

  

まず、平清盛後白河天皇幽閉したこと、安徳天皇即位させたことは、この教科書では「平氏の専制政治」と評されています

当時の人たちがそう感じていたのか、それとも教科書の編者がこの評価を下しているのか、どちらなのか判然としませんけど、ともかく本書はこの評価にもとづいて記述がされています

  

次に、この「平氏の専制政治」が地方の武士団中央貴族・大寺院の不満につながって、 以仁王源頼政はそういう情勢を見たので挙兵したと書かれています

これはまさしく因果関係に言及しているわけです。

  

このように、教科書は単なる事実の羅列ではありません。歴史に対する評価因果関係がしっかりと述べられているのです。

そこにどういう学問的な裏付けがあるか、歴史学に無知な私はよく知らないです。あのブログ記事ではそのへんの話を説明していると思ったのですけど、まったくの期待外れでしたね。

  

なお、この教科書とおなじ編者がつくった参考書『詳説日本史研究』(山川出版社)によると、次のように説明されています

治承・寿永の乱は、一般には源氏平氏の戦いといわれている。しか歴史学的にみた場合、この全国的な動乱を単に源氏平氏勢力争いとみるのは正しい理解ではない。以仁王挙兵以降、軍事行動を起こすものが相次いだ。美濃近江河内源氏若狭越前加賀の在庁官人、豪族では伊予の河野氏・肥後の菊池氏である。彼らはあくまでも平氏の施政に反発したのであって、はじめから源氏、とくに源頼朝に味方したわけではない。彼らの背後には在地領主層があり、在地領主たちは自己の要求を実現するために各地で立ち上がったのである

彼らの動向をまとめあげ、武家棟梁となる機会は頼朝以外の人、例えば源義仲源行家、あるいは平宗盛にも与えられていた。頼朝が内乱に終息をもたらし得たのは、彼こそが在地領主層の要望に最もよく答えたからである。この意味で幕府の成立は、時代の画期ととらえることができる。

教科書である『詳説日本史』では、これがたった一文にまとめられているのです。

この一連の内乱の行末に大きな影響をおよぼしたのは地方の武士団の動きで、彼らは国司荘園領主に対抗して新たに所領の支配権を強化・拡大しようとつとめ、その政治体制を求めていた。

こういう史観が妥当なのかというのは、私にはちょっと分からないんですが、この点を強烈にプッシュしているのが『詳説日本史』の特徴と言えるでしょう。

他の教科書を読んでみても、三省堂の『日本史B 改訂版』(日B 015)を除き、この史観はあまりプッシュされていないと感じました。

  

【参考文献】

山川出版社『詳説日本史』(日B 001)

山川出版社『高校日本史 改訂版』(日B 017)

山川出版社新日本史B 改訂版』(日B 018)

東京書籍日本史B』(日B 004)

三省堂日本史B 改訂版』(日B 015)

実教出版日本史B 新訂版』(日B 014)

桐原書店新日本史B』(日B 011)

(このエントリは上記7冊を参照しています。いずれも平成22年ごろ購入。)

  

  

  

余談:教科書の読み比べ

  

山川出版社新日本史B 改訂版』(日B 018)

伊豆に流されていた源義朝の子・源頼朝も、妻・北条政子の父北条時政とともに挙兵して南関東を掌握し、10月には源氏根拠地鎌倉に入った。頼朝は父祖以来の結びつきを背景に、三浦千葉上総氏などの有力な東国武士主従関係を結んで御家人とし

頼朝の挙兵が、東国武士との「父祖以来の結びつき」を背景にしていたものだったということは、他の教科書ではなかなか分からないと思います

三浦千葉上総という武士名前が沢山出てくるのもおもしろいですね。(三浦氏名前が出てくる教科書は多いですが、それはこの時点ではなく幕府成立後、十三人の合議制か、宝治合戦ときに唐突に登場します。)

[寿永二年十月宣旨から義仲滅亡までの]この間、鎌倉の頼朝は没収した平氏の所領(平氏没官領)を法皇より与えられ、経済基盤を固めていった。また御家人を統制する侍所を設置し、その長官である別当には和田義盛を任命した。これに加えて、行政裁判制度を整えるための公文所(のちに政所)・問注所がおかれ、その長官にはそれぞれ京から招かれた朝廷の役人である大江広元三善康信就任した。前後して、義経軍らは一の谷・屋島平氏を追い、1185(文治元)年に壇ノ浦平氏を滅ぼした。

[]は引用者註。

この教科書の特徴は、幕府の政治機構の形成過程を、治承・寿永の乱の進行に併記していることです。

鎌倉幕府の成立が1192年(いいくに)なのか、1185年(いいはこ)なのかという論争は、世間でよく知られているぐらい有名になりました。どちらが正しいかは諸説あるとしても、ただ一つ言えることは、どこかの時点でいきなり幕府が完成したというわけではありません。治承・寿永の乱が続いていた期間に、徐々に幕府の政治機構が形成されたのです。この教科書はその史観が反映されています

  

  

  

桐原書店新日本史B』(日B 011)

北条時政の援助によって挙兵した頼朝は、東国武士たちに支持されて、富士川の戦い平氏を破ったが、その後は鎌倉にとどまって、東国地盤を固めることに専念した。これに対して平清盛は一時、都を福原神戸市)に移して態勢を立てなおそうとしたが、まもなく京都に戻り、1181(養和元)年に病死した。一方、義仲は1183(寿永2)年、北陸方面から急進撃して、平氏一門を京都から追い出した。しかし、義仲は後白河法皇対立したので、法皇は同年、頼朝に東海東山両道(東国)の支配権を認め、義仲追討を命じた。頼朝は弟の範頼・義経らを上京させて、義仲を討たせた。範頼・義経さら平氏追討に向かい、1185(文治元)年、長門壇ノ浦平氏一門を滅ぼした。

この教科書歴史用語の詰めこみを回避しているようで、内容は簡単、文章としても平易です。

上記引用でも分かるとおり、「頼朝に東海東山両道(東国)の支配権を認め」という記述があるくせに、寿永二年十月宣旨というキーワードがありません。治承・寿永の乱、一の谷、屋島の戦いなどは年表に記載されていますが、本文中に記載なし。養和の飢饉、平氏都落ち安徳天皇を伴ったことも言及なし。

というわけで受験生には不向きですが、他の教科書にはない特色もあります

  

鎌倉将軍に尽くして家人となった武士のことを、鎌倉御家人といった。鎌倉御家人になる目的は、将軍面接して(見参)、先祖伝来の所領を承認してもらい(本領安堵)、さらに勲功のあった者は新たな所領を恩賞としてうける(新恩給与)ことにあった。

教科書の中では唯一、桐原書店けが「見参」を掲載しています。これは鎌倉幕府の権威の構造がどういったものであったかを知るための手がかりになるかも。

(他の教科書ではこの用語がないどころか、「将軍面接して」という説明も省かれています

  

["新恩給与"についての註]

土地のものよりも土地に対する一定の支配権と、それにともなう収益権を与えられるのが普通で、そのおもなものが地頭職であった。

これは「職の体系」のことを言っています。他の教科書とは違って、地頭をあえて「地頭職」と見なす視点を紹介し、その意味するところを簡潔に説明しているのがすごい!

所有権が重層的に重なりあっていたというのは、中世土地支配構造を知るうえで一番大切なポイントだと思います

なお、山川出版の『日本史B用語集』には「職の体系」という用語は不掲載で、かわりに「職」の項でそれを説明しています

職(しき)②:一般に職務に伴う土地からの収益とその職務自体を指す。荘園場合、有力者への寄進が何回も積み重なり、下記のような複雑な職の改装秩序を生じた。

本家職①、領家職②、預所職②、下司職②、荘官職①

  

[引用者註:丸の数字はこの用語を掲載している教科書の数]

山川出版『日本史B用語集』より

この説明は悪くないと思いますが、桐原書店は「土地のものよりも土地に対する一定の支配権と、それにともなう収益権」のことと明記しているので、その方が的確です。

しかも、いかんせん、『日本史B用語集』は「職」の用語説明を「院政期の社会文化」のページに掲載しているので、これと鎌倉時代の地頭職との関連が全然分からないです。そして「鎌倉幕府の成立」のページにある「地頭職」の用語説明は、次のようになっています

地頭職(じとうしき)⑤:職とは役職に伴う権益意味。地頭職は御家人が地頭に任命されて認められた兵糧米の徴収や免田(給田)経営などの権利

  

山川出版『日本史B用語集』より

これは間違っていませんけど、この説明を読んで、重層的な土地支配構造があったことを理解できますか? 絶対に不可能ですよね?

せめて「職」「地頭職」という用語同士を紐付けて相互参照させてほしいです。ふざけんなってかんじです。

  

さて、桐原書店教科書に話をもどすと、欄外にこういう豆知識も載っています

幕府とは、近衛府の唐名であるが、転じて近衛大将の居館のことをいった。のちには近衛大将とは関係なく、武家政権意味する語となった。頼朝は1190年に上洛し、右近大将に任ぜられたが、まもなく辞任した。

[ふたつの源頼朝像]

Aについては南北朝時代武将とする説もあり(伝・藤原隆信筆,京都神護寺蔵)、Bも注目されるようになった(山梨甲斐善光寺蔵)。

とてもユニークですね。受験には使えないかもしれませんが、知っておいて損はないです。

  

  

  

東京書籍日本史B』(日B 004)

養和は平氏政権が用いた年号で、これを認めない頼朝の支配する関東では、ひきつづき治承の年号が用いられた。

網野善彦著作『東と西の語る日本の歴史』に、たしかこの話があったと思います

他の教科書には載ってませんが、ピンポイント東大入試に出題されました。

  

源氏鎌倉の関係は、源頼信のころに源氏氏神となった石清水八幡宮を、前九年合戦の際、子の頼義が相模国由比郷に勘請して鶴岡若宮八幡宮前身)を建設したことから始まった。鎌倉は前面に海をもち、三方を山にかこまれた要害の地で、切通によって外部と結ばれていた。

鎌倉という土地をこれだけ情熱的に語っているのは、東京書籍教科書だけです。

上記引用とはまた別に、「コラム 武家の都鎌倉経済流通」というのも掲載されています

東大入試では、「院政時代から鎌倉時代にかけての京都と鎌倉都市の発展」について論述させる問題が出されたことがありますが(1990年)、この教科書はその答案を書くうえで非常に役立つものだと思います

  

  

  

山川出版社『高校日本史 改訂版』(日B 017)

こののち、後白河法皇義経を重んじ、頼朝追討の命令を下したが、これに失敗すると、頼朝はその責任を追及し、逆に義経追討の命令を得た。さらに頼朝は義経をかくまっていた奥州藤原氏を滅ぼそうと朝廷に追討の命令希望したが、法皇がそれを拒否すると、1189(文治5)年に頼朝は追討の命令を待たず、大軍をもって奥州藤原氏を滅ぼした。ここに全国を平定し、その後、法皇死後の1192(建久3)年に頼朝は念願の征夷大将軍に任じられた。

頼朝の悪人っぷりがこれでもか!?というぐらい強調されています

あいつは自分の野望を実現するため、ときには法皇に逆らって圧力をかけたり、朝廷命令無視して独断専行する奴だった、ということを言いたげな記述です。

  

それはともかく、奥州藤原氏を守ろうとした法皇朝廷側と、それを潰そうとした頼朝の厳しい対立がわかるのは、この教科書だけでしょうね。

両者のぴりぴりした緊張関係が伝わってきます

関西にある政権東北地方を使って、関東独立の動きを牽制するというのは、日本の歴史において繰り返し出てくるパターンなので、この視点を漏らさず記述しているところはアッパレ

  

  

  

実教出版日本史B 新訂版』(日B 014)

平氏安徳天皇を奉じて西国に落ちていったが、後白河法皇は京都にとどまり、新たに後鳥羽天皇をたてて政権を維持した。法皇は義仲には平家追討を命じるいっぽう、頼朝には上京をうながして、京都の義仲に対抗させ、武士たちをたがいに牽制させて政局の主導権をにぎろうとした。しかし頼朝は、東国の安定に意をそそいでみずからは鎌倉を動かず、弟の範頼・義経を上京させて、1184(元暦元)年、義仲を討たせ、源氏一族の長となった。ついで義経らは、その当時勢力回復して都にせまっていた平氏を一の谷・屋島などの合戦でやぶり、さらに翌1185(文治元)年にはこれを長門壇ノ浦に追いつめて滅亡させた。

この時代に2人の天皇が同時に存在していたとする視点を取り入れているのがナイス

都落ちした平氏はそのままあっけなく滅んだわけじゃなくて、京都にいる天皇とは違う天皇を奉じて勢力を盛り返していたのです。

どちらの天皇が正統かというのは、つまるところ結果論にすぎません。この教科書はそんな歴史観に基づいて書かれています

  

ちなみに、この教科書の編者は、大半が関西教育機関に属する人たちみたいです。後白河法皇平氏を主軸にした書き方は、編者の関西びいきが反映した結果なんでしょうか。(笑)

例えば奥州合戦について、「奥州進撃のために頼朝は東国だけでなく西国武士もひとまず鎌倉に動員し、これを機会に国ごとに御家人組織の整備をいっそうすすめた」とありますさら西国御家人東国御家人とどう違うかを説明しているのもおもしろく、この教科書関西中心っぽい史観は独特です。

  

  

  

三省堂日本史B 改訂版』(日B 015)

  

……って、おい!? 増田がここで文章を掲載できなくなったんだが??

せっかくこの先が本番なのに、文字数の上限なのだろうか。

つづき→http://anond.hatelabo.jp/20170605001028

2015-08-13

http://anond.hatelabo.jp/20150812145403

あたりまくりだな

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平成27年08月13日09時45分 気象庁発表

13日09時42分頃地震がありました。

震源地千葉県北西部(北緯35.7度、東経140.1度)で、

震源の深さは約70km、地震の規模(マグニチュード)は3.5と推定されます

各地の震度は次の通りです。

なお、*印は気象庁以外の震度観測点についての情報です。

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平成27年08月13日06時11気象庁発表

13日06時07分頃地震がありました。

震源地青森県東方沖(北緯41.3度、東経141.6度)で、

震源の深さは約120km、地震の規模(マグニチュード)は3.5と推定されます

各地の震度は次の通りです。

なお、*印は気象庁以外の震度観測点についての情報です。

北海道  震度1  函館市泊町* 函館市浜町

青森県  震度1  野辺地町野辺地* 階上町道仏

          東通村砂子沢内

この地震による津波心配はありません。

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平成27年08月13日04時33気象庁発表

13日04時29分頃地震がありました。

震源地茨城県沖(北緯36.5度、東経140.7度)で、

震源の深さは約50km、地震の規模(マグニチュード)は3.7と推定されます

各地の震度は次の通りです。

なお、*印は気象庁以外の震度観測点についての情報です。

茨城県  震度2  日立市助川小学校* 笠間市石井* 東海村東海

          常陸大宮市小瀬

     震度1  水戸市金町 水戸市千波町* 水戸市内原町

          日立市役所* 常陸太田市町屋

          常陸太田市町田町* 常陸太田市高柿町*

          ひたちなか市南神敷台* ひたちなか市東石川

          茨城町小堤* 大子町池田* 常陸大宮市北町

          常陸大宮市山方* 常陸大宮市野口* 城里町徳蔵*

          城里町石塚* 小美玉市小川* 小美玉市堅倉*

          土浦市常名 石岡市柿岡 石岡市若宮

          筑西市門井* 桜川市岩瀬* 桜川市羽田

福島県  震度1  浅川町浅川

栃木県  震度1  真岡市田町

この地震による津波心配はありません。

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平成27年08月12日20時41分 気象庁発表

1220時38分頃地震がありました。

震源地岩手県沖(北緯40.3度、東経142.2度)で、

震源の深さは約40km、地震の規模(マグニチュード)は3.9と推定されます

各地の震度は次の通りです。

なお、*印は気象庁以外の震度観測点についての情報です。

青森県  震度2  階上町道仏

     震度1  八戸市湊町 八戸市内丸* 八戸市南郷*

          三沢市桜町* 五戸町古舘 青森南部町苫米地

          青森南部町平*

岩手県  震度1  岩手洋野町種市 二戸市浄法寺町* 一戸町高善寺*

          八幡平市田頭* 軽米町軽米* 九戸村伊保内

この地震による津波心配はありません。

2011-04-14

韓国パチ廃止の理由

http://anond.hatelabo.jp/20110413052526

その「段階踏んで」ってのは具体的にどういうビジョンなんだよ、っていうのを元で書いたつもりだったんだけど…。まあ読み取れないならしょうがない。

まあせっかくだから若宮健とかいう似非が信じる「韓国でパチ廃止できて日本で何でできないんだ」っていうのを解説しておくか。

1 韓国では大きな政治力学が働いたか

http://blog.livedoor.jp/takashikiso_casino/archives/4075194.html

これはソース読んでもらった方が早い。

2 韓国のパチはアホみたいギャンブル性が高かった

http://surokin46.at.webry.info/200609/article_5.html

ちょっとわかりづらいか日本で例えると、今のパチスロって一番出る台で概ね一日10万勝ちくらいになるように定められてるのね。

で、紛れが起こると20から30万くらいの勝ちが起こりうる。

法定上限の200倍って、10万×200倍だから2000万。

韓国パチの法定上限がいくらだったかソースは見つからないんだけど、これじゃあ社会現象にもなるわ。

3 韓国パチは反社会的勢力が好き放題やってたのに対し、日本パチはなんだかんだで警察監督の下法令をわりと守ってる

日本のパチ業界はなんだかんだでメーカーホール問わず「業界が潰れないギリギリのライン」を攻めて営業してるわけ。

モーニング辞めろっていえばやめるし設定公開禁止っていえばほぼ従うし遠隔で廃業させるぞって言われれば従う。

逆に韓国は上記の法定上限200倍の件を見ればわかるように、大きく社会問題化するくらいまでに目だってしまった。

あほぼ1の理由で完結してるんだけどな。

頼むからもうちょっと勉強してくれ。若宮を信じるなんていい笑いものだわ。

2011-02-19

ヒッキーがリーダやってみた

すぺっく

 仕事ソフトウェア開発

 性格ヒッキー

 立場:特定派遣メンバーは自社の人。人事権はない。

 

何の因果か、リーダーとかやるはめになったのでその経験を書いてみる。

技術的な話はない。

■方針:ブチャラティ精神

「任務は遂行する。部下も守る。両方やらなくちゃならないのが『幹部』のつらいところだな。覚悟はいいか? 」

ブチャラティさん!俺やるよ!

…というわけで、尊敬するブチャラティさんの姿勢をすべての行動の方針とした

■実際にやったこと。

○作業日誌を送りつけた。

 本日やった作業とともに顧客と自社の上層部に送りつけた。

 われわれたはちゃんとやってますよという言い訳と、問題が発生した場合上司に詰め腹を切ってもらうため。

 

○朝会

 毎朝、問題点と作業の状況を2,3分で確認した

 これで、問題点を抱え込まない状況を作り出すのと、一体感連帯感的なものを演出した

○作業の目的を語る

 作業の目的を語った。

 これは、会社的なメリットだけじゃなくて、メンバー利益になりそうな目的につなげた。

 例:

  「この技術を覚えると転職有利になるお」

 

 夢見がちなことと、現実的に見込めることの両方をしゃべった。

 ちなみにこのときヘルシング少佐を心の中に飼った。

意識して承認した。ほめた。

 意識して承認したり、ほめ言葉をなげるようにした

 開発フェーズの区切りではメンバーを労うようにした

 人事権のありそうな上司の前でほめてたり、お礼のメールを出す際のBCC上司アドレスをこっそり入れていた。

 ぶっちゃけ報酬私権限で払えない以上、それくらいしかできることはない。

 例:

  「~してくれてありがとうございます

  「あなたのおかげで、XXXがYYYになった。ありがとうございます

  「いいセンスだ」

  「褒美におぷーな購入権をあたえよう」

 あと、注意するときも、承認したあと、注意した

  例:

  「~してくれてありがとう。ただ、ここについては私は、こう思うが、どう考えている?」

○話は聞くが、決めるのは私だ。

 上との関係もありますが、承認をする意味で話は聞きます

 聞きますが、決めるのは私だということだけは徹底させました

  「~の意見は確かにしい。ただし、現状はこういう状況なので、XXしてくれ」

 ちなみに「話はきくが頑固」という称号を手に入れた。

 この姿勢意図としては、

 どのような結果がでようとも、責任の所在は命令者にあるという基本を徹底させるため。

 例えば、メンバーが私の指示での作業中でサーバーデータを壊した場合、その責任は私にあるということ。

○ふりかえりをした

 たまタイミングで、下記のことをみんなで洗い出した

 Keep: いままでやっていることで引き続き続けるべきこと。

 Problem:問題点

 Try :問題点を解決するために、やってみること。

 

 お前のやりかたが気に入らんという意見がいつでるかドキドキしながらやっていた。

 

○将来食っていけるようなスキルを身に着けてもらうに心掛けた

 リーダーの中にはメンバー便利屋のように使う人もいた。

 何年たっても単純作業しか割り当てられなかった。

 その後、そのメンバースキルが低いという理由で会社を追われた。

 なんで、将来の事を考えて、とりあえず、自分とこのメンバースケジュールが守れている限り、新しい事をチャレンジさせた。

 もちろん、任務を遂行するという絶対条件があるので、チェックは行う。

 最初は当然、自分でやるより遅いし下手だ。

 メンバーから仕事を取り上げる判断基準として、自分が土日でてリカバリーが効かなくなった時点で、自分でやるようにした

 おかげで、最後の方は私より、上手くなった。

 あと、派生として、新技術の自社でのプレゼンとか上層部受けしそうな作業はメンバーにやってもらった。

 (もともとヒッキーなのでやりたくなかったという感情は否定しない)

若宮先生の教え通りにした

軍隊において、現場士官というのは、ただ、勇気を見せればいいんです

 誰よりも先頭で勇敢に戦い、撤退の時は最後まで居る。少なくとも、我々兵や下士官にとって理想士官とは、それです

 鼻水だそうが泣きながらだろうが、あるいは何にも考えてなかろうが、常に先頭に立ち、あるいは最後まで粘る、それで満点です

 まあ、頭の足りんところは、我々も同じですからな。そんな姿を見て奮い立たん人間は、おりませんよ。

 そこを良く覚えておいてください。」

 基本、残業させんようにしてたが、メンバーが一人でも残っている間は、残った。

 あと、付き合い残業をさせないため、残っているようなら進捗を確認して問題なければ、帰させた。

 意図はいくつかあった。

 若宮先生のいうように、メンバーの士気的な点。

 次に、作業の責任者がとっとと帰るのはないだろJKという趣味の観点

 最後に疲労度の観点。

 メンバー仕事で感じる疲労度をリアルなところで感じておきたいため。

 当然、疲労度の感じ方は労働時間だけできまるものではないので、次の項目のような細工も併用した

 

○疲労度とかモチベーションのチェック

 ニコニコカレンダーをつけてもらった。

 …これは、強制じゃなくて、こういうのがあるよっていう感じで広めた。

 労働時間とあわせて、疲弊度を観察した

 

 ぶっちゃけ、半ヒッキーで人付き合いが苦手な私にとって数値でメンバーの疲弊を検知できるのはかなり助かったし、実際、大ごとになるまえに、問題を摘み取れた。

結果

メンバーの想定以上の頑張りで、仕事は終わった。

客先の中では異常に高い品質になった。顧客満足度も高かった。

私の権限でできる任務は完了した

でも残念ながら我々は特定派遣だった。

不思議なことに、ドナドナ先の仕事の成果は、あまり、関係ない。

社員の評価をサイコロで決めていたとしても、一向におどろかない。

私はメンバーに報いることもできずに、なんやかんやで、私は会社を去らざるをえなくなり職を失った。

てへぺろ(・ω<)

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追記。

 ブックマーク数が多くてビビました

 暖かいコメントありがとうございます

 この話自体は事実ですが、時系列は、ちょっと前です

 さすがに、直後に書く気力はなかったです

 とりあえず、今は適当フリーで食っています。

 

 また、就職面で、いろいろコメントをいただき、ありがとうごいました

 申し訳ないですが、しばらくは、組織所属するのは無理です

 正直、今の私は当時の私と同じことはできんと思います。

 組織に対する愛着とか、同僚に対する仲間意識とかの結果として、上記のようなマネージメント可能だったのだと思います。

 なお、規模については3~4人の少人数

 工程は開発~運用保守あたりです

 そのため、私たちのところで有効だったことが、他のところで有効とは限らないです。

 それでも、このやり方が有効だと感じていただけるのであれば、それは、そのやり方につきあってくれた人達のおかげであると覚えておいていただけると、助かります

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追記2

「10年以上、『ブ』チャラティさんを『プ』チャラティと思い込むことなんてあるわけないじゃないですか!」

「この味は嘘をついている味だッ!!アリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリ、、アリーベデルチ!(さよならだ)」

2008-11-18

国籍法改正案に反対している議員

味方といえばこの32人。よーく覚えておこう。

国籍法改正案に反対している議員

自由民主党

宮路和明稲葉大和・並木正芳・赤池誠章・稲田朋美・安次富修・新井悦二・井澤京子上野賢一郎・遠藤宣彦・近江屋信弘・鍵田忠兵衛・岡部英明・亀岡偉民・川条志嘉・木原誠二・木挽司・近藤三津枝・篠田陽介・杉田元司・薗浦健太郎・平将明・高鳥修一・永岡桂子萩原誠司・林潤牧原秀樹松本洋平・馬渡龍治矢野隆司・山本ともひろ・若宮健嗣

 
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