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はてなキーワード: 絞首刑とは

2022-11-30

anond:20221130132211

dai********さん 2018/7/22 19:16

日本絞首刑は正確には首吊りによる窒息ではなく、落下のエネルギーによる頚椎骨折もしくは脱臼に伴う神経系の切断による即死で、分類別では打撃系に当たりますよね?

 

ベストアンサー

maiiiiiiiさん 2018/7/22 19:18

はいるとおもいます

絞首刑という名前が良くない

今の絞首刑は「首」を「絞」めている訳じゃなくて

頸椎脱臼=神経破断が死因のはず

から違う呼称にするのはアリ

2022-11-29

anond:20221129234408

絞首刑イギリスでやってたやつの模倣で導入時の明治時代には釜茹でだの斬首などよりはたしかに「人道的」で「文明的」だったんだが

そのイギリスもとっくの昔に廃止してるし、もしかすればもしかすると変更はあるかもと思ってる

絞首刑ダメならどうすりゃいいの?

薬で死刑

もしくは無期懲役

死刑に賛成する国民しかいないのに、NHK絞首刑生放送しない。

anond:20221129141449

現行の絞首刑心臓が止まるまでに十五分弱はかかる

首の筋が切れるから蘇生不可能だけど意識がほんとに一瞬で消えてるのかは本人しかわからん

死刑囚絞首刑は残虐であると国を提訴

と言う記事を見たら、数分間意識が保たれると書いてあった。

昔、絞首刑は首の骨が折れるから一瞬で死ぬとか聞いてたけど、都市伝説だったのかな?

ベストセラーになった自殺完全マニュアルと言う本でも、首釣りは即座に意識が途切れて楽な死に方であると書いてあった。

絞首刑は「残虐で非人道的違憲」ってのはその通りだと思う

被害者だって必ずしも首を絞められて殺された人ばかりじゃないんだし

死刑を維持するにしても絞首刑に拘る必要何処にもないだろと思う

薬殺とかで良いよね

その方が片付ける方だって楽だろうし

2022-11-28

ニュルンベルグ絞首刑になった人達ってこんな感じだったんだろうな

2022-10-06

白人抵抗したインディアン英雄たち

タスカルーサ~1540

 ミシシッピ先住民首長スペイン人征服者エルナンド・デ・ソトと交戦し、戦死した。ミシシッピ先住民はチョクトー、マスコギー族の祖先である。 

・ポペ1630~1692

 プエブロ族魔術師スペイン宗教弾圧に対し、1680年一斉蜂起を起こす。スペイン人駆逐したプエブロ族独立国家を築くが、ポペの死後内部分裂しスペイン降伏した。

メタカムフィリップ王)1639~76

 ワンパノアグ族の酋長。ピリグリム・ファザーズを助けた心優しきマサソイト酋長の息子。白人貪欲土地略奪に耐えかね、交戦した(フィリップ戦争1765~66)。白人たちは彼がインディアン君主であると決めつけ、フィリップ王と呼んだが、実際は調停役に過ぎなかった。メタカム戦死遺体戦利品としてバラバラにされ、妻子は奴隷として売り飛ばされた。数千人のインディアンが死亡し、白人勝利に終わった。

・オブアンディヤック1720~69

 オタワ族の酋長英名ポンティアック交易制限したイギリス人たちに不満を抱き、オジブワ族、ポタワトミ族などと連合攻撃しかけた(ポンティアック戦争1763~65)。白人を追い出すことには失敗したが、イギリス政府政策変更を余儀なくされ、インディアン保護区を制定した。オブアンディヤックは白人では無く、対立する部族のピオリア族に暗殺された。

コーンストーク1720頃~77

 ショーニー族の酋長。1774年ダンモア卿の戦争白人と戦った。アメリカ独立戦争ではショーニー族の中立に努め、ランドルフ砦のアメリカ人訪問した際に拘束され処刑された。

・ドラッキングカヌー1738~1792

 チェロキー族の戦士アメリカ独立戦争ではイギリスと組んでアメリカと戦った。独立戦争後は他部族同盟を呼びかけながら、アメリカと戦った。チョクトー族、マスコギー族との同盟を祝う最中心臓発作で亡くなった。

 

・リトルタートル(1747~1812)

 マイアミ族の酋長アメリカ独立戦争ではイギリスと組んでアメリカと戦い、オーギュスタン・ド・ラ・バル大佐戦死させた。独立戦争後はワイアンドット、ショーニー、チェロキー等と北西インディアン同盟を結びアメリカと戦った。(北西インディアン戦争1785~1795)。ハーマー作戦勝利したほか、アーサー・セントクレア少将を破った。しかし、フォールン・ティバーズの戦いで敗北し降伏した。

ブルージャケット1738~1810

 ショーニー族の戦士アメリカ独立戦争ではイギリスと組んでアメリカと戦った。北西インディアン戦争でも活躍し、ハーマー作戦セントクレアの敗北で活躍したが、フォールン・ティバーズの戦いで敗北した。

・バッコンガヒラス1720~1805

 レナペ族の酋長アメリカ独立戦争、北西インディアン戦争アメリカと戦い、セントクレア将軍を破ったが、フォールン・ティバーズの戦いで敗れた。

・エグシャワ1726~1796

 オタワ族の酋長アメリカ独立戦争、北西インディアン戦争アメリカと戦い、フォールン・ティバーズの戦いで負傷した

・テカムセ1768~1813

 ショーニー族の酋長白人侵略に対し、インディアン全体の団結を広く呼びかけた。米英戦争ではイギリスと組んでアメリカ交戦した、ティッペカヌーの戦いでは敗れたが、デトロイド包囲戦で米軍を破った。しかし、テムズの戦いで戦死し、彼の壮大な夢は叶うことが無かった。ちなみにテカムセと米英戦争敵対したウィリアム・ハリソンは1841年9代目大統領就任するが、わず31日で病死した。

ウィリアムウェザーフォード1765~1824

 マスコギー族の戦士。1811年の大地震白人と戦えというメッセージ解釈し、交戦レッドスティックスを率いクリーク戦争(1813~14)を戦った後に降伏した。ちなみにクリーク戦争活躍したジャクソン大統領は後に7代目大統領就任インディアンへの弾圧虐殺を行った。

・メナワ1765~40頃

 マスコギー族の戦士レッドスティックスのメンバーとしてクリーク戦争を戦い、戦後土地割譲同意した酋長暗殺するなど強制移住抵抗し続けた。

ピーターマックイーン1780頃~1820頃

 マスコギー族の戦士レッドスティックスのメンバーとしてクリーク戦争活躍バーンコーンの戦いで米軍勝利した。 

レッドバード1788~1828

 ウィネベーゴ族の酋長白人に対して友好的であったが、鉱山労働者の横暴に耐えかね、1827年ウィネベーゴ戦争を起こした。米軍に敗れ、翌年獄死した。

ブラック・ホーク(1767~1838)

 ソーク族の酋長白人土地侵略に対し、1832年フォックス族、ポタワミ族と結託してブラックホーク戦争を起こした。しかし、この戦いはインディアンが数百人殺される悲惨な結果に終わり、ブラックホークは降伏し、捕虜となった。

オセオラ1804~38

 セミノール族の戦士セミノール族は強制移住に反発し、第二次セミノール戦争(1835~42)が勃発した。ゲリラ戦法に苦しめられた米軍は和平交渉を行い、交渉の場に向かったオセオラを捕らえた。彼はその後獄死したが、セミノール族の怒りは収まらず、戦争は続いた。

ビリー・ボウレッグス1810頃~1859

 セミノール族の酋長オセオラが獄死した後も第二次セミノール戦争継続し、オキチョビー湖の戦いで勝利するなど活躍した。第三次セミノール戦争でも米軍を苦しめたが、強制移住に従った。

・アビアカ1760~1860

 セミノール族の戦士。第二次セミノール戦争に加わり、オキチョビー湖の戦い、ロクサハッチーの戦いで米軍勝利した。

 

バッファロー・ハンプ1800頃~1867頃

 コマンチ族の戦士カウンシルハウスで同朋が虐殺された報復1840年の大襲撃を成功させ、同年プラムクリークの戦いで勝利した。43年テキサス政府と和平を結び、晩年は農夫として暮らした。

マヌエリト1818~93

 ナバホ族戦士1860~66年までアメリカ政府土地収奪強制移住政策抵抗し続けたが、後に降伏し、移住を受け入れた。

マンガス・コロンダス1793~1863

 アパッチ族酋長1830年家族や同朋をメキシコ人虐殺されたため、米墨戦争ではアメリカと組んでメキシコと戦った。後に後述のコーチーズと共に米軍と戦った。和平交渉最中に捕らえられ、処刑された。

コーチーズ1805~1874

 アパッチ族酋長マンガスの義理の息子。1861年入植者の息子を誘拐したというあらぬ疑いをかけらたことがきっかけで1872年に和平が成立するまで白人たちと死闘を繰り広げた。 

・リトル・クロウ1810年頃~63

 ダコタ・スー族酋長白人に対して従順であったが、1862年飢餓に耐えかね一斉蜂起を起こし敗れた。翌年逃亡先で農夫に発見され射殺された。

・ドヘサン1790年前後~1866

 カイオワ族の酋長第一アドビ壁の戦いでアメリカ軍に勝利した。

ホワイトベアー(サタンタ)1820頃~78

 カイオワ族の戦士第一アドビ壁の戦いで活躍したほか、ウォレンワゴントレインの襲撃も成功させるなど戦果を挙げた。第二次アビド壁の戦いに関与し、1874年逮捕され、投身自殺した。

シッティングベア(サタンク)1800頃~1871

 カイオワ族の戦士ウォレンワゴントレインの襲撃など軍事基地、幌馬車、入植地への襲撃を多数成功させたが、1870年逮捕され、翌年逃亡を図り殺された。

・ローン・ウルフ1820頃~79

 カイオワ族の酋長交渉によりウォーレンワゴントレイン襲撃で逮捕されたホワイトベアビッグ・ツリーの釈放を実現した。1873年息子と甥が白人に殺されたことがきっかけで闘争を開始。クアナパーカーと組んでレッド・リバー戦争を戦ったが、降伏した。なお、ビッグ・ツリーは他のカイオ戦士と違い、レッド・リバー戦争に参加していない

 

ローマン・ノーズ1830年代~68

 シャイアン族の戦士1865年ジュールバーグの戦いで白人勝利したが、1868年ビーチャ島の戦いで戦死した。酋長ではないが、勇猛さとカリスマから白人から酋長であると誤解された。

レッドクラウド1822~1909

 ダコタ・スー族戦士ララミーからモンタナへの金鉱に向かう道路建設に反発し、シャイアン、アラパホと結託してレッドクラウド戦争を戦った(1866~68)。米軍道路建設を諦め、砦を放棄したため、和解が成立。レッドクラウド居留地に入り晩年キリスト教改宗した。 

キャプテンジャック1837~1873

 モードック族の酋長居留地への強制移住に反発し、地形を利用して装備、戦力で勝る米軍を苦戦させた。(モードック戦争1872~1873)和平交渉が決裂し、エドワードキャンビー少将殺害されたため、インディアン戦争米軍将軍が殺された唯一の戦いとなった。降伏絞首刑に処されたキャプテンジャック遺体見世物とされた。

・アイアン・ジャケット1790前後~1858

 コマンチ族の酋長スペイン人の鎖帷子を身にまとって戦い、勇名をはせた。しかし、彼の防備はリトルローブクリークの戦いではライフル弾を防げず、戦死した。

・ペタ・ノコナ1820頃~1864

 コマンチ族の酋長。アイアンジャケットの息子。1836年パーカー砦を襲撃し、白人女性シンシアパーカー誘拐、妻とする。1860ピーズ川の戦いで敗れ妻を連れ戻された悲しみと戦傷から亡くなった。

・クアナパーカー1840年代~1911

 コマンチ族の酋長。ペタ・ノコナとシンシアパーカーの息子。1874年居留地への強制移住に反発して、カイオワ、アラパホ、シャイアンと共に白人と戦った(レッド・リバー戦争)。しかし、食料源であるバッファローが狩り尽くされたため翌年降伏居留地入りした後も部族を率い、白人文化を受け入れる一方でインディアン文化も守り続けた。 

シッティング・ブル1831~90

 ラコタスー族ハンクパパの戦士若いからレッドクラウド戦争,ブラックヒルズ戦争などの白人との戦いに従事した。1876年リトルビッグホーンの戦いではシャイアン族、アラパホ族と共にジョージカスター指揮下の第七騎兵連隊を全滅させた。スー族はその後降伏するも彼は頑なに居留地入りを拒みカナダ亡命した。71年に帰国し、捕虜となった。暴動扇動したという無実の罪で逮捕されそうになり抵抗したため射殺された。

クレイジーホース1840~77

 ラコタスー族オグララ戦士レッドクラウド戦争ブラックヒルズ戦争などに従事し、その勇猛さをシッティング・ブルと並び称えられた。1876年ローズバッドの戦い、リトルビッグホーンの戦いで米軍を破った。しかし、物量や装備で勝る米軍に敵わず降伏し、捕虜となった後に銃剣で刺殺された。

レイン・イン・ザ・フェイス1835~1905

 ラコタスー族ハンクパパの戦士レッドクラウド戦争ブラックヒルズ戦争従事し、リトル・ビッグホーンの戦いではカスターの心臓を切り取った。1880年降伏した。

タッチ・ザ・クラウド1830後半~1905

 ラコタスー族戦士クレイジーホースの親戚で2m近い大男であった。リトルビッグホーンの戦いに参加した。

・ゴール1840年頃~1894

 ラコタスー族戦士。リトルビッグホーンの戦いでは騎兵連隊を分断し、勝利に貢献した。シッティングブルの盟友だったが、後に仲違いし1881年降伏した。

レッド・エンド1797~1881

 ダコタ・スー族酋長。兄を白人に殺されたことへの報復スピリット湖畔の入植地を襲撃した。リトルビッグホーンの戦いにも参加し、シッティング・ブルと共にカナダ亡命し、現地で亡くなった。

ラメホワイトマン1830年代後半~76

 シャイアン族の酋長。リトル・ビッグホーンの戦いで戦死した。

・ジョゼフ酋長1840~1904

  ネズ・パース族の酋長平和主義者であり、キリスト教改宗するなど白人に対して友好的であったが、1877年居留地への強制移住に反発し、カナダへの亡命を図り、部族を率いて1600km近い大移動を行った。巧みな戦術白人の追撃をかわし続け、赤いナポレオンと称えられたが、最後は捕らえられ、逃避行は失敗に終わった。

・リトル・ウルフ1820~1904

 シャイアン族の酋長レッドクラウド戦争ブラックヒルズ戦争に参加。その後米軍降伏したが、部族を率いて居留地から故郷への脱走を図り、2000km以上の大移動を行った。途中で降伏するもシャイアン族は故郷への期間を認められた。

モーニングスター(鈍いナイフ)1810~1883

 シャイアン族の酋長レッドクラウド戦争ブラックヒルズ戦争に参加。米軍降伏後、リトルウルフと共に大脱出を率いた。

・ヴィクトリオ1825~1880

 アパッチ族酋長1879年居留地から脱走し、アメリカメキシコに対して挑戦した(ヴィクトリオ戦争しかし、翌年メキシコ軍に包囲され戦死した。

・ナナ1810年代~1896

 アパッチ族戦士。ヴィクトリオの姉と結婚し、ヴィクトリオ戦争でも共に戦った。1886年降伏した

https://anond.hatelabo.jp/20221007130539

2022-09-28

簡単ホロコースト否定論とその反論の紹介(2):誤りを許さな

前回の投稿anond:20220921211202が五個のブクマと一個のツイート確認したので、私は一応支持があるのだなと真に受ける(=勘違いする)ことにしたニヤリ

 

さて、修正主義者ホロコースト否定する方法の一つに、「誤りを断じてさない」方法ともいうべきものがある。そのうちの一つの例が「蒸気説」だ。

ホロコースト否認論:トレブリンカは蒸気で殺された?|蜻蛉|note

 

噴飯物の「蒸気=ウソ」主張

1943年10月8日ニューヨークタイムズに以下のようのタイトル記事が載った。

「200万人のナチスによる殺人事件告発された」

内容は、トレブリン絶滅収容所についてのもので、短い記事の中でそのユダヤ人絶滅方法記載したものであるが、その記事の中に以下のような記載があった。

「小部屋が満たされると、それらは閉鎖され、密封される。蒸気が開口部から強制的に吹き込まれ犠牲者の窒息が始まる。最初は泣き声が聞こえるが、徐々に収まり、15分後にはすべてが静寂に包まれる。処刑は終わった」

修正主義者が目をつけたのがこの「蒸気」だった。現在ではトレブリンカではエンジンガソリン)の排ガスを使った一酸化炭素ガスによるガス処刑が行われたとされている。しかし、修正主義者たちはそんな「修正」は認めなかった。

曰く、「蒸気で処刑? 馬鹿馬鹿しい、そんな処刑方法があるわけがない。最初から嘘だったんだ」なんだとか。

 

この記事ネタ元は、当時ドイツ占領下だったポーランド地下組織イギリス亡命政府(というか亡命していたポーランド組織)に送った情報の中にある報告だった。トレブリン絶滅収容所に送られて脱走した2名の報告が元々の情報源だった。その名を、アブラハム・クルゼピッキとヤコブラビノヴィッチと言う。彼らはポーランド地下組織などにその情報を伝えて、リンゲブルム・アーカイブと呼ばれる地下組織(オネグシャベス)が残した文書集などに記録保管され、それらは戦後ワルシャワ廃墟から掘り起こされた。

 

日本修正主義者たちがそこまで調べた気配はない。最初にこれを日本に伝えたのは西岡昌紀のようであるが、西岡全然調べていない(西岡は単に欧米修正主義説を鵜呑みにしているだけである)。

 

実際には、ワルシャワに伝えられた時点で、彼らは色々な人に情報を話していて、その中で「ガスだったかもしれない」程度のことは述べていることが記録されている。つまりは、彼らはトレブリンカでガス室を見たものの、見ただけでは用いられた方法がなんなのか分からなかっただけなのだ。例えば、その狭いガス室ユダヤ人たちは裸の状態で目一杯詰め込まれるので、その体温の暑さでガス室内が蒸し風呂状態になって、殺害後にドアが開けられた瞬間、その熱気が漏れて蒸気が見えた、それをそのように誤解しただけなのかもしれない。ともあれその程度の誤解であろうと推測するのはかなり簡単な筈なのだが、修正主義者はそれをしない。

 

他にもこれに類する殺害方法に関する誤報はいくつかあり、出所のよく分からないものや、おそらくそ地域で発生した噂に過ぎないものなど、それらについても修正主義者たちは初期に出てきた誤報ネタにして、ホロコーストは結局は嘘から始まっているかの如くに主張するのであるしかし、修正主義者たちは初期の情報の中にも既に「毒ガスを用いてユダヤ人殺害していた」とする情報複数あったことを無視している。例えば有名なアンネ・フランク日記にすら、噂話としてガス処刑の話は登場している。ナチスドイツユダヤ人絶滅を極秘理に行い、ヒトラー命令書すら残さなかったくらいなのであるから、正確な情報戦時中に取得するのは困難を極めたが、それでも地下組織や脱走者の活躍により、戦時中から漏れ伝わってはいたのである

アウシュヴィッツの様々な議論(24):脱走者ヴェッツラーとヴルバ、そしてアウシュヴィッツ・レポート。|蜻蛉|note

 

アウシュヴィッツ収容所所長ルドルフ・ヘス証言矛盾

アウシュヴィッツ収容所所長は歴代で3人いるが、その中で最も長く、そして最初から務めたのがルドルフ・ヘスで、最大のユダヤ人絶滅が行われた1944年5月7月も所長を務めた。彼は戦後逃亡したが、1946年3月イギリス憲兵隊によって逮捕され、1947年4月16日アウシュヴィッツ収容所にて絞首刑に処せられた。彼は、ニュルンベルク裁判国家保安本部長官だったカルテン・ブルンナーの弁護側被告として証言(弁護にほとんど関係なくユダヤ人絶滅の詳細を語った)したり、死ぬまでの間にかなり長い自叙伝を書いたりもした。その自叙伝は今でも普通に日本書店で買える。もちろんユダヤ人絶滅の詳細について詳しく書かれている。

 

従って、修正主義者はなんとしてもこのヘスの証言断じて認めるわけにいかない。そこで、修正主義者はヘスの証言否定方法として二つの方法選択した。一つは、ルドルフ・ヘス連合国拷問を受けて自白強要されていた、というものである連合国、というか逮捕した英国軍に暴行を受けていたのは事実であり、ヘスが鼻血を出している写真なんかも存在する。そもそも暴行を受けたこ自体自分自叙伝に書いている。その同じ自叙伝虐殺の詳細も書いているのだから暴行が本当で虐殺話は嘘――になるわけがない。ヘスはあのアウシュヴィッツ収容所の所長だったのだから、厳しい取り調べがあってもなんの不自然もない。しかも、厳しい取り調べは最初英軍勾留中だけの話であり、ニュルンベルク以降、ポーランドに引き渡されて死刑になるまで、厳しい取り調べを受けたという記録は存在しない。さら修正主義者1980年台初頭に出版された『死の軍団』なる本に、ヘス逮捕時の詳しい内容が書かれていたことを発見し、「やはりヘスは拷問を受けていた!」と主張したのだが、修正主義者があまりにこればっかり主張するので、私はわざわざ『死の軍団』を海外から取り寄せて、読んでみた。詳しい内容は以下にある。

ルドルフ・ヘスの自白強要説の原典、『死の軍団』再び。/Rupert Butler, Legions of Death|蜻蛉|note

これを見せてもまだネット修正主義者は「紛れもなくヘスへの嘘の自白強要証拠じゃないか」とほざくのであるが、そもそもがこれ、ジャーナリストの書いた伝聞情報なので、修正主義者ならば証拠にできないもののはずである案の定、どうやら著者は解釈を一部誤っていることがわかった。仮にそうだとしても、嘘の自白強要については何も書かれていないので、証拠にならない。

 

さてもう一つのヘスの証言否定方法は、証言の中に矛盾・誤りがあるとするものである。詳細は書かないが、明らかにその指摘は単にヘスの記憶の誤りに由来するものしかない。実際、自叙伝をよく読むと、修正主義者が指摘する箇所のその内容以上に、ヘスの記述時系列的な矛盾が甚だしく、どう理解すればいいのか解釈に困るほどの部分もあった。ところが、トータルで証言全体を判断し、さらに他の人物証言、あるいはその他の文書資料などあらゆる証拠から総合的に判断すれば、ヘスの記述の全体については大きな矛盾はないことがわかる。主要な主張の部分では完全に一致するからである修正主義者は以上のような「証拠全体からトータルな判断解釈」なる考え方を全く受け付けない。修正主義者にとっては「誤りがある」はそれだけで嘘の証拠になるからである。私には、記憶混同・混乱等による証言の誤りがありうる可能性を認めない修正主義者の考えが理解できない。

 

その他の様々な証言への「異議あり!」

ユダヤ人絶滅証言証拠は膨大である。単に「ガス殺がありました」のような表層的なものだけではない。例えば、アウシュヴィッツ囚人であったあるポーランド人は、ユダヤ人絶滅管理していた政治部で働いていて、ユダヤ人絶滅の記録を「特別処置」なる用語書類に記録していたことなどまで語っている。しかし、修正主義者にとってはそんな細かい証言であっても全部嘘にしなければならないので、例えば戦後ポーランド法廷でなされた証言であるならば、ソ連支配下共産圏ポーランド裁判など信用できない!などと一括して否定する修正主義者もいる。

ポーランドの戦争犯罪証言記録サイトに見る殺人ガスの証言証拠|蜻蛉|note

よく使用される主要な証言者については、その証言内の矛盾を指摘する。確かに解釈しにくい証言を行なっている証言者は複数いて、ミクロス・ニーシュリという囚人医師は一台しかなかったはずの火葬場内のエレベーターを4台もあったと証言していたりする。同じく囚人医師のジギムント・ベンデルガス室内の高さが1.5mしかないなどと証言していたりする。その他、確かにそうした理解しにくい証言存在し、修正主義者はヘスの証言同様「誤りがある=嘘」として処理している。修正主義者は、その反対に証言内にどんなに正しい部分があっても、全部無視する。

 

以上のように、修正主義者は誤りを絶対に許さないのである

 

読みたい人がいたら:アウシュヴィッツ ガス室の技術と操作(AUSCHWITZ: Technique and operation of the gas chambers Jean-Claude Pressac)

2022-08-24

統一教会問題のおかげで、あいちトリエンナーレ問題で騒いでたやつや「戦争日本韓国迷惑かけたか謝罪するべき」っていう人はすべて沈黙したのでせいせいしている

今この発言するやつ無条件で統一教会関係者だと思われるもんね。

慰安婦問題について大騒ぎするやつは問答無用統一教会関係者レッテル貼られるもんね。

あいちトリエンナーレ問題慰安婦像の話してたやつも全部統一教会関係者だって疑われるもんね。

え、統一教会レッテルを張るのはよくないって?

いやいやいや、それは無理でしょ。

あなたまさか統一教会関係ありませんよね」 社会踏み絵を迫る気持ち悪さ」っていう記事についたはてなブックマークの反応を見てよ。

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/www.fnn.jp/articles/-/404239

ちょっとでもかかわりがあったり結果として統一教会利益になる発言してたやつは全員アウトだっていう論調だよ。

このはてなブックマーク理論でいうなら、

従軍慰安婦問題とか韓国さんごめんなさいっていうやつは真っ先に疑うべきだし

なんなら裁判なしで即絞首刑が許されるくらいの勢いじゃん。

いまさらはいたつばの見込むのやめてもらっていいですか?

https://anond.hatelabo.jp/20220824143343

反論できないか苦し紛れレッテル貼るしかできない雑魚増田さんおっすおっす

2022-05-17

死刑方法として、やっぱり絞首刑って残酷だと思うんだよなあ

死刑囚に苦痛や恐怖を与えない方法として、薬殺とかの方がいいのではないかと思う。

しかし世の中には死刑反対派はいても死刑方法を変えようという意見あんまり聞いた事がない。

2022-03-16

anond:20220316115758

日本東条英機とか言う卑怯者が自分戦犯裁判絞首刑になりたくないがために戦争グダグダ引き延ばしていた

投降の決定をして処刑される覚悟

日本軍の偉い人らは自分日本のために死ぬ覚悟を持たなかったわけだ

2022-02-06

死刑執行ボタンを押す人とテクノロジー

現代は、インターネットで、地球の裏側のサーバにも簡単アクセスできる時代なんだから処刑執行ボタンを現地の刑務官が押す必要ないよな。

死刑執行書類サインした法務大臣リモートで押してもらえばいいんでね?

現場のそのセッティングと後片付けだけすればいい。

なんならネット経由でボタンを押す権利競売で売ってもいいのかも。

もちろん誰を殺すのかを通達することは、逃走防止などの理由からできないだろうが、

指定日時に、アプリからボタンタップもしくはクリックすると、人を殺せるボタンとなるね。

事後にニュース死刑執行を知って誰を殺したか知れるということになるだろう。

まあ、これは流石にやりすぎかもしれんが。

で、話が最初に戻るが、書類サインした法務大臣に、リモートボタンを貰うっていうのが、一番みんなの負担が少なくて合理的でいいのかもって思った。

大臣処刑執行書にサインしたんだから処刑執行ボタンリモート自分で押す。

これでいいんじゃないか。

いつまでも現場負担をかける方法じゃなくていいと思う。

死刑の是非は別の問題として、テクノロジーによって処刑の形も変わってもいいだろう。

今回はボタンの話だが、処刑方法絞首刑ではなくて、なるべく苦痛の少ない薬物とかでもいいのかもね。

その薬物を注入するボタンリモートで押してもらえばいいんだし。

2022-01-11

刑罰っておかしくない?

刑事罰だけじゃなく民事なら慰謝料でも良いのだけど。刑を受ける側のダメージが「元の生活がどれだけ壊れるか」を基準にすると平等じゃないなぁと。

(それなりの額の)財産刑

上流:余裕で払ってハイお終い。ダメージ無し。

下流:払えないので実質ダメージ無し。

中流:もう元の生活には戻れない。大ダメージ

自由刑

上流:機会損失という意味では大ダメージものの、終われば元の資産でまた上流の生活に。

下流:終わったら元の生活に戻るだけ。

中流:もう元の生活には戻れない。

死刑

これは別

なんか中流だけダメージでかくて上流と下流抑止力になってない気がする。

雑に思ったことを書き綴ったのでツッコミどころ満載と思う。何か疑問がスッキリする本とかあったら教えてほしい。

刃牙で言うとドリアン絞首刑にしても意味ないじゃんって疑問。

2021-12-22

厳罰による抑止力の実感

俺は何十年も檻に閉じ込められたり、絞首刑で殺されたり、生涯世間悪人として晒し者にされたりするのが嫌だからやらないだけで、逆に大した罰がなく許されるなら通り魔とか放火とかやっちまいたいと思ったことは何百回もある。

からやっぱり厳罰による抑止力って確かにあるんだなーって感じるよ。

法に限らず私刑なんかも含めて。

はてなーって俺みたいな実行に移す程でもないしょっぼい病んでる感を抱えている人が多そうだし、こういう感覚を持っている人けっこういるんじゃない?

2021-11-15

anond:20211115145703

よこだけど、

トワイライトゾーンだったかな、古いビデオで、処刑執行されると次の人生が始まる奴。

主人公が何らかの刑で処刑されるんだけどさ(絞首刑だか電気椅子だか忘れた)、

気が付くと次の人生が始まっていて、また死刑判決を受けることになって...永遠に繰り返される刑だったかな。

トワイライトゾーンシリーズ物で十数巻有ったように思う。

スピルバーグ監督製作してたんだよな。

1巻にショートものが何話か入ってて、あのシリーズ好きだったんだけどなー、また観たいな。

復刻版でレンタルされてるやつは、そんなに何巻も無かったような気がするんだけど、違ったかな。

2021-11-04

人殺しをして死刑になりたい人 に社会は対抗できるのか

ひとつ思考実験として。

今の日本には死刑絞首刑)はあるものの、その執行手段は人道的なものであり、ほぼ苦しまずに死ぬことができるという。(アメリカのように電気椅子や薬殺の方が人道的という話もあるがそれは置いておく)

さて今回の京王線事件のように、犯人が「人を殺して死刑になりたかった」という事件を抑止するのに、上記絞首刑は明らかに役に立っていない。

そこで今回のような事件に対する刑罰として、凌遅刑や鋸挽きなどの導入を行ったとしたら、抑止力が期待できるのではないだろうかと考えた。

凌遅刑

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%87%8C%E9%81%85%E5%88%91

鋸挽き

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%8B%B8%E6%8C%BD%E3%81%8D

もちろん現実には、非人道的である・残虐である等の批難が国内外から殺到し、そのような刑の導入は不可能だろう。

ただ、ではどのような刑であれば「人殺しをして死刑になりたい人」の犯罪を抑止することができるのか。

刑罰犯罪抑止のためにあるのではない、などという話がしたいわけではない。

人殺しをして死刑になりたい人」も優しく受け入れる社会道徳教育、親から無償の愛を受けた経験理想はそうなのかもしれないけど何世紀後に実現するのだろう。

今後次々と同様の事件が起きたとしても、現実的に手荷物検査や全車両への警備員配置などは不可能だ。

我々はどのような対抗策がとれるのだろうか。

2021-10-25

anond:20211025111913

絞首刑は、比較的安楽に死をもたらす死刑執行方法であると考えられており、1952年に、東京大学名誉教授医学博士古畑種基は、ある事件の鑑定書において、絞首刑によって受刑者は一瞬で意識を失うと論じた。」-wikipedia絞首刑

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E7%B5%9E%E9%A6%96%E5%88%91

2021-10-24

anond:20211024212217

絞首刑は、比較的安楽に死をもたらす死刑執行方法であると考えられており、1952年に、東京大学名誉教授医学博士古畑種基は、ある事件の鑑定書において、絞首刑によって受刑者は一瞬で意識を失うと論じた。」-wikipedia絞首刑

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E7%B5%9E%E9%A6%96%E5%88%91

anond:20211024001159

絞首刑は、比較的安楽に死をもたらす死刑執行方法であると考えられており、1952年に、東京大学名誉教授医学博士古畑種基は、ある事件の鑑定書において、絞首刑によって受刑者は一瞬で意識を失うと論じた。」-wikipedia絞首刑

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E7%B5%9E%E9%A6%96%E5%88%91

2021-08-07

anond:20210807221929

現代に生まれていたらきっと電車内で事件を起こして絞首刑なんだろうな

神様が人を殺せと俺に命じたとか供述しそうだ

2021-07-21

絞首刑ライブ中継って儲かりそう

死刑囚がお世話になりました。って時間稼ぎに刑務官あいさつするあたりからやってほしい。人によって色々で暴れるのもいれば静かなのもいるんだろ。

気になるわ。

ライブ配信広告つきでやればめっちゃもうかりそう

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