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はてなキーワード: アニメ監督とは

2021-04-24

anond:20210424151652

漫画家としてはともかく、アニメ監督(製作者)としてはたつき監督どころか、素人に毛が生えた様なレベルでしょ…

(ケロロ時代から制作会議には呼んでも無いのに顔出してたらしいけど)

IPクオリティコントロール出来無かったのだから、少なくとも総監督としての器は無かったんだろうな。

2021-04-23

[]ハルタコミックスいくつか

読む前にamazonレビューである程度評価が高いことを確認したけど、全部自分には合わなかった

嵐田佐和子 青武高校あおぞら弓道部

弓道漫画

2巻まで読んだ

地味で展開もありがち(弓道部いか部員集めるとか屋上練習するとか)

キャラも魅力を感じない

主人公だけだといまいちからキャラもいれとこう的な安易さも嫌い

嵐田佐和鋼鉄奇士シュヴァリオン

勇者アフターならぬ戦隊モノアフター

敵倒したのに変身がとけなくなったレッド主人公

いろいろちぐはぐな行動したりする

弓道部漫画とおなじ作者

うーん・・・悪くはないんだけど、パンチがよわい

変身がとけない=マスクしたままだから表情、目つき、口元がまったく見えないせいで、

絵とセリフから読み取る必要があるのがやっぱネックになってるように感じる

かといって他の変身とけてる元戦隊メンバーが表情豊かかというとそうでもなく、総じてギャグ漫画としていろいろ考慮が足りてない気がする

ズミツカサ 世界の果てにも風は吹く

ファンタジー世界のお役人が、各地の昔話を集める名目で困りごと解決したりするタイプのやつ

説明文字が多いのと展開もありきたりでつまらいから流し読みしておわり

ハルタ系列ならもっと絵や空間で語ってほしいわ

山本和音 星明かりグラフィクス

美大女子大学生の話

人間関係ダメ天才と、才能はないけど社交力はある人間が組んでいろいろやる

絵は好きだしマンガとしても読みにくくはないと思うけど、キャラストーリーが壊滅的

感情移入できないしひたすらストレスフラストレーションたまるばっかの展開が続く

美大あるあるオリキャラマンガにするのはいいけど、エッセイでもないのにただマンガにしてもつまらないだけ

福島聡 バララッシュ

2017年時点ではすでに成功したアニメ監督アニメーターが1話でえがかれる

2話から30年前の回想、というか本編になって、二人の出会いが描かれる

アニメ関係以外のシーンがかなり多くて冗長で見るのがタルい

はやくアニメつくれやと思ってしま

2021-04-13

使徒の話であさりよしとお氏が出ないだと

まとめサイトからとはいえスレ1つに丸々あさり氏の名前が出ないのはどうよ…

自分リアルタイムテレビエヴァ観てたけど、やっぱり最初使徒観て思ったんだよ

あさりさん?!って

自分宇宙家族カールビンソンときはあまり読んでなくて、

でも知ってたというかキャプテンが置いてあれば読んでたぐらいで、

どちらかというとワッハマンとかるくるくの方が読んでる方だと思うのだけど、

エヴァ使徒は本当にズッコケたというか、

ガイナックスエヴァかいアニメをやると雑誌で読んで観ることにしたら、

のっけからテレビあさり氏が描きそうな巨大なクリーチャーが暴れてて、

なんか形状が違うけどウルトラマンしか思えない青いのと戦ってる

巨大だし、猫背だし、バッテリーとはいえ活動時間制限されてるとかカラータイマーだし、

使徒名前はともかく、最初のと、あと短冊みたいな両手で切るのがあさり氏だった気がする

短冊で切るアイディア面白かった

というか、こういうのが漫画アニメの違いというか、

ウルトラマンだって脚本怪獣デザインに多人数で関わっていたはずで、

そうすると自分の頭にない意外なアイディア他人の頭からもたらされる訳で、

これがよりいっそう作品カオスにするというか、良い意味統一感がなくなるというか

宮崎駿的な絵コンテ絶対主義みたいにまでなってしまうと、

もう現場の人たちは単に宮崎駿氏の望んだ映像を実現するための装置に過ぎなくなってしまって、

そこに現場アイディアが取り込まれることはなかなかない

思うんだけど、これを成立させてるのは宮崎駿映画作品だけを手がけているからで、

宮崎駿氏に週単位アニメ映画と同じように取り組ませたら、

宮崎氏が倒れたら一気に破綻してしま危険がある

からコナンとか若さで乗り越えていたのかもしれないけど、

ドライ仕事として考えると、書店普通に入手できる宮崎駿氏の絵コンテはスゴいけど、悪い見本のようにも思う

あれはできすぎているし、士郎正宗氏が宮崎駿氏の絵コンテを参考に作ったM66はあれはあれで面白いのだけど、

あれもチームワークで作ったアニメというより、士郎正宗脳内再現したアニメになってる

色々なスタッフの色々な意見が混ざることで生み出されたものではない

多くの意見を取り入れるべきか、責任者独断偏見ガンガン決めて進めるべきか、は場合によるが、

映画OVAでは独裁者破綻しないというか、破綻したらその一本が消えるだけだ

しかし、ウルトラマンのような作品を週単位継続するとしたら、独裁者一人の脳内ではやっていけない

寧ろ独裁者の頭にないアイディア怪獣が作られ、設定へのアイディアもあり、

そういう良い意味統一感がないことで良い意味カオス、悪くいえばいきあたりばったりになることで観ている側もハラハラする

ジャンプの長期連載漫画と同じである

次週どうなる?!というのは、実は漫画家も編集も考えてなかったりさえするw

ど根性ガエルの作者である吉沢やすみ氏は、自分の敗因として、

できるだけアシスタントなしで他人を介在させずに漫画を描こうとしてしまったようなことを言っていた気がする

このへんにコミュ症っぽさがある

疾走日記で、吾妻ひでお氏はアシスタントからアイディアを貰うと現金を渡していたと思う

ギャグ漫画はとくにこういう姿勢大事に思う

悲しい話だが、一人でギャグ漫画を描いていると煮詰まってしまうのだろう、

漫画家が疾走や自○してしまうことも意外とギャグ漫画の方が多いのではないだろうか、とさえ思う

調子が良いときはいくつもアイディアが泉が湧き出るように思いつくかも知れないが、

調子が悪くなることを予期しておくなら、アシスタント編集からアイディアを貰うことで自分の頭を休ませるのも大事に思う

これはどんな仕事にも通じる、マラソンみたいな仕事なら寧ろ他人の助けなしでは成り立たないからだ

しかし、どうしても他人の介在が許せないという人もいるだろう

そういう人は、自分もそうだが、やはり小さい仕事しかできないということなのだろう

大きくて長距離マラソンのような仕事はできないと諦めるのも大事なように思った

考えてみれば、庵野氏はあんまりガンダムは持ち上げないんだよなあ

イデオンは持ち上げてたけど、ガンダム微妙というか、学生時代あん動画を描いているのに…

なんだかんだヤマト世代だというのもあるのだろうけど

アニメ監督って映画監督とまったく仕事が違ってくるわけだけど、

庵野氏や富野からすれば、使徒とかモビルスーツデザインとか一体一体にはあんまり執着はないんだろうなあ

庵野氏が自分怪獣には思い入れがない、

あるならウルトラマンだけどウルトラマンさえ登場しなくてもいい、そんな作品が作りたいと言っていたけど、

自分はどうしてもウルトラマン怪獣を描くレベルから考えてしまうのだけど、そういうもんなんだろうなあ

からクリーチャーロボットデザイン複数で雑多に持ち込むことで寧ろ作品カオスにすることで現実味を増すというか

あと、鬼頭莫宏氏も新しいエヴァでは使徒デザインに関わってたのかな

なるたる繋がりとかなんだろうか

エヴァクリーチャーデザイナー総出演みたいになるのも面白いというか、週単位構成やす物語ってこういうもんなんだよなあ

もしくは最後までカッチリ決めて取り掛かるのが理想なんだろうけど

2021-04-06

anond:20210406092229

ここまでくるともはや劇場匿名日記ソーシャルブックマークだよな

アニメ演出だけ云々えらそうにかたっとけばプロアニメ監督がはいはいってあしらってたのに

オタクの枠をはみだして

コウモリのごとく現実のこの先だの困ってる人とかどうなるかもかんがえずその場その場で文句をつけやすそうな側をみつけては

全力でゴネることにだけ存在意義を見出すタイプ人類(=増田)ってほんまクソいわ

2021-04-04

anond:20210403221810

そもそもアニメ監督名前で見る奴なんてほとんどいない

鬼滅のアニメ監督名前なんか誰も覚えてないだろ

鶴巻で問題ないよ

別にオリジナル作品を自社で手掛けなくても多作品のパート引き受けだってやる

カラーガイナックス化するなんて妄想するならもう少し説得力ほしいな

やり直し

2021-03-31

anond:20210331125918

どっかのアニメ監督が、自分仕事はいろんな作業をしている人たちの交通整理だと言ってたし、めちゃめちゃ素晴らしい作品を作る能力だけじゃなくコミュニケーション能力監督仕事には必要なんだろうな

2021-03-17

『月とライカと吸血姫』 アニメ監督が筋金入りのネトウヨな件

今日の昼にアニメ化が発表されたガガガ文庫の『月とライカと吸血姫』。ヒロイン役の声優林原めぐみさんということで興味を持ったのだけど、監督名前を見て冷めた。

監督横山彰利氏は、湯浅政明監督作品によく参加して、ウルトラマン好きとしても通っていて、日本アニメ(ーター)見本市 の「ザ・ウルトラマン」を手掛けており、注目してtwitterフォローしたのだけど、自ら何も発言はしないものの、頻繁にネトウヨ論壇(DAPPIなど)のつぶやきRTいいねをしていて、中にはデマ差別的ものもあり、一体ウルトラマンから何を学んだんだ…と呆れてフォローを解除したことがある。

最近作品のこともあってか、RTはしていないようだけど、割といいねはしてるし、消していなければ過去つぶやきを辿れば、色々アウトなものが見つかると思う。

とりあえず、フォローしてる有名な界隈の人を挙げると、石平太郎政治知新、ほんこん高須克弥和田政宗有本香share news japan三原じゅん子河村たかし北村晴男ゴンゾー、竹田恒泰黒瀬深、平井文夫、阿比留瑠比櫻井よしこといったメンツ

2021-03-10

でも、どう取り繕っても『シン・エヴァンゲリオン劇場版𝄇』は凡作の類だよね

ファンにとってそうじゃないってのは分かるよ?意地でもつまんなかったなんか言わないでしょ。

成仏したとか言ってる奴はただの信者なわけ。「何で庵野は俺たちを救わなかったんだ!!!」って方向に振り切れちゃった狂信者もいるみたいだけど、その人達の方がこの作品凡庸さに向き合ってるだけまだ誠実だと思う。エヴァのことは神格化しているけど、シンエヴァのとこは神格化してない。


世間一般の人にとっちゃ「現実大事」「現実もいいもんだ」「向き合ってみよう」なんて無茶苦茶当たり前だし、何の目新しいメッセージでもないよね

アニメ業界だって富野とか宮崎駿とかが散々そんなこと言ってそうじゃん。

社会から隔絶されてるオタクアニメ監督にとっちゃ驚きの新事実なのかもしれないけど、普通の人がこんなん言われても何言ってんだコイツ??ってなるだけ。

普通の人は、鬼滅の映画見てあー面白かったねご飯食べに行こ、って物語物語として楽しんでさっと現実に帰っていくんだよ。そういう意味じゃ鬼滅の方がよっぽど良くできてる。カッコいい人がカッコよく活躍して、泣きの要素もあって、別に観念じみてもいない。誰でも楽しめる良い作品だ。

エンタメとしても退屈、作品としても凡庸なんよ。映画館も張り切って何回も上映してるけど、悪いこと言わんからすぐ鬼滅にリソース戻した方がいいと思うな、この映画絶対売れない。

anond:20210309164507

庵野が昔からオタクども、彼女作れ!現実見ろ!アニメ趣味やめろ!」ってメッセージを発信してるのは分かるよ

でも旧劇の時の庵野は30代の鬱病男性でこれからアニメ監督として軌道に乗れるか未知数で

当時のファン庵野煽りに元気に言い返したり夜通し考察したりヒロイン論争する体力のある若者だったけど

シン・エヴァ庵野は60歳、理解ある嫁ちゃん持ちで鬱抜けして新劇シン・ゴジラは大ヒットでウルトラマンっていうでかい仕事内定してる

一方でかつてのファン40代くらいのおっさんになってて

シンジくんくらいの歳の子どもがいる人もいればコロナ禍で貧困にあえいでたりもはや周囲も何も弄れなくなるほど独身こじらせてたりする奴もいるわけで

その状況で昔と同じノリでオタク結婚しろって言われてももう同じようにプロレスできないわけよ

分かってやってるのかね

そもそも異性愛繁殖押し付けも時流に合ってないし

多様性どうこう言われる時代になる前に完結させるべきだったよな

ちなみに地元で上映されてないのでシン・エヴァまだ観てません

2021-03-09

シン・エヴァンゲリオン劇場版:||は弱者オタクを救えるのか

ネタバレあり!】


結論としては、少なくとも僕の心は救えなかった。

制作側がこの作品に込めたメッセージを僕は最終的に拒絶した。

僕はまだ現実和解できない。

この映画が示すような大人になれないし、なりたくない。


上映後、一瞬だけ前向きな気持ちに、爽やかな気分になったが、考えれば考えるほどそれが間違いに思えてきた。

だって最初は旧劇の「気持ち悪い」から成長したなと思ったよ。

だけど違うんだ。

この映画を観て前向きに、背中を押された気持ちになれるのは、もともと自分肯定できている人間だけなんじゃないか

そう思わざるを得なくなってきた。


僕にはレイアスカも、ましてやマリさえいない。これまでもいないし、これからもできる見込みはない。

ヒロインがいないだけじゃない、ミサトや加持のようなまともな大人さえいない。

リアル世界では、自己保身ばかり責任逃ればかり板についた大人しかいない。

もちろん、命懸けで何かに取り組む人間なんていやしない。

すぐに自分限界を設けるくせに、そのくせ自分よりできる人を妬む。

「碇君がもうエヴァに乗らなくていいようにする」と言って、初号機のなかに14年もの間、残り続けたレイのように、美しい自己犠牲の精神を持っている人間が令和の時代にどれほどいるのだろうか?

また、ゲンドウを追おうとするシンジ危険人物として処分しようとしたサクラミドリから、その身を挺して庇ったミサトのような人間リアル存在するのか?

さらにはシンジ自身も、幼少期に母と死別、父に捨てられ、14歳世界の命運を懸ける戦いに駆り出され、14年間も宇宙空間で眠り続け、その間にトウジやケンスケ、委員長は成長して大人になってましたって、不遇としか言いようがないよね。

現実なら愛着障害PTSDを、何十年も患っていてもおかしくないほどのショックを受けている。

そのシンジ映画クライマックスで、ゲンドウを救って、カヲルを救って、アスカを救って、レイを救うんだぜ。

全くもって、その心境やいかに、としか思えないよ。


唯一、リアリティを感じるのはシンジの父、ゲンドウだ。

劇中でゲンドウはシンジに対して自身が怯えていることを自覚しただけで終始、シンジへの愛情を示すことはなかった。

心理描写さえない。

逆にシンジゲンドウを理解して、ゲンドウがやっとユイを求め続ける呪縛から解放される始末だ。


シンジのように不遇でも最終的に救済されたり、世界を引き受けるほどの度量を身につけるなんて、不自由空虚孤独現実世界を生きる僕には想像できない。

庵野監督が言いたいのは「現実と向き合え、和解しろ大人になれ」ということ。

それは今まで彼の作品応援してきた、非モテコミュ障オタクのこれまでの人生全否定するようなものではないか

アニメ監督として評価され、売れっ子漫画家結婚カラー設立と、どんどん庵監督リアルが充実していくごとに、弱者オタクからどんどん乖離していって、非モテコミュ障心理なんて想像できなくなったのではないか


パートナー子供のいる、かつてオタクだった人達は、この映画から受け取ったメッセージ追い風にして、これから日常を生きていけるのかもしれない。

また、夢や希望燃える少年少女達にエールを送れる映画かもしれない。

でもみんながその段階に至っているわけじゃない。

他者評価依存して挫折して現実逃避している人間の、生きているというよりまだ死んでいないだけの人間の、報われない戦いはまだ続いているんだ。

神木隆之介くん愛されすぎ

宮崎駿監督細田守監督もそれに庵野監督も。

アニメ監督を惑わすフェロモンでも出ているのか?

2021-02-20

anond:20210218062316

このくらいの時代からエヴァぐらいまでは、いかにしてオタクシメるか?というのがアニメ監督の腕の見せ所みたいな部分があったから仕方がない。

2021-02-05

アニメ監督って大体絵が上手い人なんだね

絵も描けて

演出もできて

絵コンテも描けるとかすごくね

漫画家も同じような能力あるから漫画家ってコミュ力があるならアニメ監督の才能実はあったりするのかも

2021-01-18

EX-ARM

EX-ARMスポンサーロイヤルリムジン社長が、びっくりするぐらい自称アニメ監督山本寛そっくり血縁がないとは思えない。

あの顔つきはアニメ業界に関わるとろくなことがないということなんだろうか。

2021-01-08

世界ピクニックアニメ微妙だった

世界ピクニック原作が好きだ。洒落怖が好きだし、百合も好きだ。勘違いだと分かっていても「私のために書かれた」と思えるくらい自分の好みにストレートだった。

コミカライズも好きだ。『スパイラル』、『天賀井さん』の水野英多だ。さすがに原作に比べると……と思いつつも、おおむね満足できるものにしてくれている。

なので、裏世界ピクニックの評判を下げたいという意図はない。

この先はただただアニメ版の内容について罵倒しているので、どうか原作を5巻まで買ってから読んでほしい。というか、原作だけ買って、この日記は読まないでください。

プライムビデオ

https://www.amazon.co.jp/dp/B08RHTTWFD

GYAO!

https://gyao.yahoo.co.jp/title/5fe5aa72-7dda-40e2-8b9b-d79a5f694f5e

原作電子版の1~4巻の合本が1月17日まで1375円(1冊340円!)なので今すぐ読んでください。

https://www.amazon.co.jp/dp/B08QCS76K1

アバン

空魚と鳥子の初接触

空魚が「人間!?」と口パクで喋る。何かおかしいな、と思った。

原作に当たると、“不意を打たれて、言葉が出なかった”とある別に原作一言一句まで覚えているわけじゃなく、「声を出して反応ならぬ反応をする、しかもその際頭が動く」というシーンに違和感があった。心理ネーム口パクで処理するのはアニメ的な演出ではあるので、目くじらを立ててとやかく言う場面ではないけど。

人間です」というおうむ返しも微妙。人語を介しているなら人間だし、あるいはそうでなかったとしても判別はできないので、原作のとおり「生きてます」の方が自然

くねくねの見た目

私はなんとなく、人間かかしヒトガタ・ニンゲンムーミンの「ニョロニョロ」辺りを混ぜたような見た目を想像していた。が、アニメだと『ハルヒ』の神人のようなデザインになっている。

自分解釈が唯一の正解だ、などと驕るわけではないのでそれ自体別にいいんだけど(神々しすぎて田んぼにいそうじゃないなとは思うけど)、『ガンバ』のノロイみたいになるのが残念すぎる。くねくねの怖さって、「不思議ものがいる」「不意に見てしまい、見続けてしまう」「その結果、壊れる」というものであって、「攻撃的な見た目の『敵』に攻撃される」というものではないと思う。『不安の種』みたいな「気持ち悪い」であって、「怖い」ではあってほしくなかった。

見返していると、冒頭から違和感に気付く。1カット目が「ウルトラブルーなのだくねくねに当てられたファーストカットは、無力なまま死んでいくことへの恐怖が描かれているはずだ。それを「裏世界の深部」と表現するのは誤っている……というか、情緒理解していない。

空魚がくねくねに呑まれるシーン

ここもひどい。原作にはこうある。“止まらない目眩の渦に呑み込まれるように意識が落ちていく。”

アニメでは、水たまりが突然深くなり、そこに溺れていくさまが描かれる。溺死ではなく、地面に足がつかず溺れるような描写はまだ、イメージ映像として理解できるけど、その次のカットが鳥瞰で、水たまりには誰もいない。つまり、本当に「落ちた」と表現している。

鳥瞰のカット鳥子がいないのは、カメラ的に丁度切れているんだろうけど、切る意図が分からない。目の前で沈んだのなら助けられるけど、人がいることが見えないまま水たまりに呑み込まれても、動けないだろう。

鳥子嘔吐

このシーンは、完全なギャグだ。原作だと、「うえっ」と言い、舌を出すにとどまっている。今まさに敵に襲われている、という場面で、二人して背を向け、四つん這いになって吐き真似をしている(もしくは、ギャグ的な演技だが実際に吐いている)。リアクションが大げさすぎて、真実味が削がれている。

OPCHiCO with HoneyWorksであることからも、また「ハヤカワ・ジュニア・ブックス」という新レーベル原作1巻を刊行することからも、子供向けアニメとしての側面があることがうかがえるので、この「翻案」を悪いと言ってしまうのはよくないのだろう。

モノローグが少ないのもこのためと思われる。『鬼滅の刃』がアニメであそこまで子供から人気を得たので、子供向けに焦点を合わせるという売り方は間違ってはないと思う。それが裏世界ピクニックでやることなのかは疑問だけど。

ラスト鳥子が足を滑らせるシーン

これは原作を読み返して気付いたのだけど、原作だと水たまりに嵌りそうになっている。これは最初から嵌っていた空魚との対比であり、ある種、「助け合うことでイーブンになった」と読み取れる。

アニメでは崖から落ちるよう改変されている(一応、その下に水たまりはあるのだけど)。何故こう改変したのかというと、「滑る」「滑り落ちる」ことを分かりやすビジュアル化したかったのだろう。子供が見ると定した場合アニメ版描写の方が分かりやすいだろうし、これに関しては一概に悪い改変とは言い切れない。

Aパート

冒頭

ちょっと絶望的な始まり方だった。まんま原作と同じ流れだ。小説受け手想像力に依存するのである程度場面を飛ばしても問題がないけど、映像化するのならその辺はちゃんと補完してほしかった。

前述のとおり(というのは私が勝手に思っているだけなので見当違いかもしれないけど)、モノローグが大幅にカットされているので、余計に理解しづらくなっている。

六面体のアップ→OP→走る二人という唐突な場面転換ののちに、埼玉大宮ロケーションが映し出されるが、不自然に人がおらず、そこが表世界なのか裏世界なのは判別がつかない。無意味に確定できない情報視聴者不快にさせるので、アバンからAパートをまともに繋ぐ気がないのなら、せめて人の営みを描写してほしかった。

怪談くねくね』」という紹介

私が1話で一番引っ掛かったのはここ。そもそも私は「くねくね」を「怪談」だと思っていない。実話怪談洒落怖)については原作自身単行本で記しているので譲るが、少なくとも、「怪談くねくね』」と演目のように言うようなものではないと思っている。

リッチアニメだったなら、くねくねの紹介の際にイメージカットではなく、書き込みをそのままアニメ化とかしてくれたのだろうけど、それを望むのは贅沢すぎか。

六面体について

空魚は「私たちだけ映っていない」と述べる。

アニメでは、アバン最後とこのシーンで二回、六面体を描いている。その二つの場面で模様(?)が違うので、映像的に語れたと判断したのだろうけど、「鏡面なのに私たちだけ映っていない」くらいは言ってもよかったのでは。ほんのり光っているし、CGを貼りつけて背景を描画し続けているわけでもないし、一見して鏡面だと分かるのかな。「自分たちが映っていないことを除けば何の変哲もないキューブ」と原作から読み取っていたので、ちょっと違和感があった。

鳥子が扉を開けるシーン

緊張感がない。空魚は棒立ちで、ゲートに無頓着。そのまま次のカットに移るが、今度は空魚が茫然自失で立ち尽くしている。アニメなのだから、ここは「大慌てする空魚」と「扉が開いて=ゲートが消滅してしま憮然とする空魚」で対比させてもよかったのでは。

扉が開いても、前述のとおり商店街に人がいないので、現実世界に引き戻されたという絶望感もない。

空魚のモノローグが削られているので、この時点で裏世界が空魚にとって特別ものだったと、視聴者には分からないのに、次のカットはいきなり鳥子が空魚を慰めている。極力モノローグ排除したいのなら、ここでこそイメージカットを使うとか、原作どおりに進行させるのではなく回想なりを入れるとか、空魚に鳥子に対して語らせるとかしてもよかったのでは。ただ原作をそのままなぞってアニメにするのは、誠実な仕事とは思えない。

空魚のスマホ文字化けしているシーン

アップで画面を映して、点滅しているだけなので、「ちょっと調子が悪いときスマホ」くらいにしか見えない。もうちょっと引きで撮るとか、平常時の画面をフラッシュバックさせるとかしないと、どんな異常が起きたのが分かりづらい。

六面体もそうだけど、裏世界のもの・裏世界に触れたものをやたらと発光させるので現実味がなくなってしまっている。日常侵食されていくふうには演出できなかったのかな。

大学構内でカラテカが二人の会話を聞いていたというアニオリ

うーん。いやあ、まあ、そういうこともあるだろう。「こいつ、後の話で出てくるんだぜ!」って、知ってたら自慢できるだろう。オッドアイ前の空魚と偶然出会っていた可能性もあるだろう。これは……ねえ。別にそんな、全然あれじゃないんだけど。遊び心だし。なんか、変に必然なっちゃったというかさ、ねえ。

鳥子勧誘シーン

金銭についての会話が丸々カットされている。あくまで空魚は打算で動いた、という建前があるからこそ、二人の関係は成り立っているのではないか

終電、なくなっちゃったね」は別に事実を口にしているわけじゃなくて、「帰りの足がなくなったから、ここで泊まるのも仕方ないよね」ということだ。大金に目がくらんだからあの危険な裏世界にまた行く、初めて会った人間と行動を共にする、そういう言い訳があるから空魚は動いたんじゃないのか。

アバン授業料奨学金の話をしているのに、ここでリアリティのディティーである携帯電話の修理なんかをカットして、主人公動機づけができていないのは問題だ。

エレベーターでの会話

「空魚ならそんな話、聞いたことあるんじゃない?」に対して、原作では返答しているが、アニメでは無言で、頷きもしない。くねくねについての知識があるのなら、ここでも語るのが自然……だけど、モノローグを使いたくないか無視させたのかな。

5階で乗り込もうとしてくる人物は、くねくねビジュアル以上に残念。このシーン……というより類話の怖さというのは、「何の変哲もない人間」というのが肝だと思っている。あくま日常範疇に、怪異存在侵食している、というのが怖いのであって、発光して明らかにお化けですって面した化け物が走ってきても、それは全く怖くない。

心霊写真だ、と言って渡されたのに骸骨が浮かんでいたら笑ってしまうだろう。一見すると普通の人なのによく見たら首が180度捻じ曲がっていた、という不和が怖いのだ。

Bパート

くねくね考察カット

個人的に、怪異同士や無関係神話群を結び付けて考えるのが好きなので、ここがカットされたのは悲しい。私は裏世界怪異たちを「人間意識をハックした結果、最も効率的に恐怖を感じさせるもの洒落怖だったので、そのテキスト抽出し、対象に見せている」だと思っているので、その場合だと「くねくねの正体」なんかを考えても何にもならないから、カットしても問題ないんだけど。

くねくねとの戦闘

くねくねのせいで目眩や倦怠感がある、ということだと思うんだけど、アニメでは空魚が銃声に驚いて身をかがめ、鳥子は銃が効かないことでへたり込んだように見える。くねくねと「目」が合った瞬間に空魚をアップにするとか、くねくね特性を分かりやす描写したカットが欲しかった。

現状把握のシーンでは、二人にくねくねが迫ってくる。くねくねって別に直接的な接触攻撃してくるわけじゃなくて、「遠目で見ていたらいつの間にか気が狂っていた」というものであって、原作にある遠近感が狂うというのも、アリス症候群的な話なんじゃないのか。悠長に二人で会話している間に攻撃的な見た目のくねくねが直接襲ってくるという、よく分からない絵面になってしまっている。

「分かる」シーン

原作を読んだ限りだと、オカ板の書き込みと「わかった! わかった! わかった! わかった!!」は、空魚が実際に声に出している。アニメではどこまでが心理ネームでどこから発声しているのか分かりづらい。

ただ、ここは私が原作特に気に入っているシーンなので、過剰に意識しているだけかもしれない。錯乱した感覚、脳を内側から侵食されていく不安定さが、テキスト表現されているのが好きだったので、映像化するとその辺の演出が変わってしまうのはしょうがない。

ラストカット

鳥子の「打ち上げってしたことないんだ」がアニメではカットされているが、冴月-鳥子-空魚という関係性で鳥子処女性を描いているので、百合的にはここがカットされたのは残念。

次回予告

打ち上げギャグとして処理されてしまっている。非日常である世界との対比として、表世界リアリティを保たなければならないのだけど、商店街のシーンといい、配慮が足りていない。

OPでは普通作画打ち上げが描かれているし、「ファイル5」では中間領域のために必須の場面なので、おまけとして、意図的にギャグで崩しているのだろう。

前述のように子供向けアニメとして作られたという私の読みが正しかった場合、このコーナーの存在理解できる。『鬼滅の刃』も本編とは関係のないギャグ風の次回予告をしているからだ。

その他

引きの絵がCGなのは何も言わない。『ラブライブ』はライブシーンで作画CGを組み合わせていたのが特徴的だったし、『裏世界ピクニック』もそういうアニメ、ということなのだろう。

アニメ監督の川崎逸朗氏によると“2021年アニメ新番組(中略)その全てがコロナ禍で作業されてきたもの”とのことなので、何なら、今後もこういった形式アニメは増えていくのだろう。

https://twitter.com/itsuro_k/status/1346667359788879874

空魚と鳥子、声逆じゃない? 別に不満とかではないんだけど、空魚の方が高音で鳥子の方が落ち着いた感じだと思ってた。そりゃまあ、オーディションりあるわけで、そこで逆パターンもやって結果こっちになったんだろうけど。これは完全に私の好みです。

いいところ探し

OPCHiCO with HoneyWorks

さすがに私でも知っている。ティーンのことはよく分からないけど、これはいいことなのでは。

オフィーリアと土佐衛門

オフィーリアと土佐衛門はいいアニオリだと思う。ただ、汚い例を先に出して、「オフィ―リアと取り繕ってみたけど本心では土左衛門呼びしている」の方がよかったと思うけど。

子供原作を読ませている

ウダウダと書き連ねてきたけど、アニメ化に際してこうやって実際に子供原作を読ませているだけで満点なんじゃないかな。子供ネットロア知らんでしょ、と思ってたんだけど、どうやら普通に知っているようでよかった。「日本おかし現代妖怪図鑑」なんて本も出ているらしく、妖怪都市伝説と同じくらいの認知度があるんでしょうか。

https://www.hayakawabooks.com/n/n194591ad11e3?magazine_key=m109bc51b7ac7

原作を読んでいるので不満が爆発したけど、初見だと楽しめるのでは。洒落怖ベースにした創作なんつーものを広めていいのか(面白さが理解してもらえるのか)とは思うけど、アニメ化で間口が広がるのはいいことだと思う。

所詮私はツイッターで騒いでる人なので、全然、みなさんは原作読んだりアニメ見たりしてください。裏世界ピクニックは最高に面白いので。

2020-12-06

ヒプアニ 10話の感想

ヒプアニ (ヒプノシスマイク Rhyme Anima10 話を観て思ったことを書きました。


ファンが築いてきた歴史へのリスペクト

こちらはコミックナタリー掲載アニメ監督さん、シリーズ構成さん、プロデューサーさんによる座談会でのお言葉です。

バトルの勝敗原作のBattle Seasonと同じにするというお話の流れで出てきたお言葉でした。

この言葉を、まさにバトルに参加して投票していたファンとしてとても嬉しく思っていました。


始まったアニメは、原作ファンでも「そうなの!?」と驚く表現演出があり、それはそれで楽しかったです。

シナリオについてもオリジナル展開はアニメならではですし、後で出すことでよりインパクトが強くなる言動を早めに出すことはアニメ化にあたっての素人にはわからない判断もあるのだろうと、後半でそのあたりの辻褄をどう合わせるかへの期待も含め楽しんでいました。


シナリオでは、キャラクター間の因縁付けをちゃんと描いていこう』

こちらも前述の座談会でのお言葉です。

6話~8話のあたりで、残りで因縁付けと、その前提となるキャラの掘り下げをする時間はあるのかな、と少し不安はありました。

それでも遂にバトルが始まるのだと、わくわくしていました。


私は最初のバトル時から投票に参加しているヒプマイファンです。

推しディビジョンには300票以上いれました。

そのくらい本気に真剣にバトルをして推しを勝たせたかったファンです。


しかし、10話を見た感想は「ヒプノシスマイク馬鹿にされている」でした。

これは今だからそう表現できるだけで、リアタイ時はあまりのことに頭が真っ白でした。

そのくらい、大切にしてきたものをズタズタにされたことがショックでした。


ファンが築いてきた歴史へのリスペクト』がどこにあるのかわかりませんでした。


シンジュクは優勝チームです。

もちろんどこが優勝してもおかしくなかった、という状況ではありましたが、結果としては優勝したチームです。


しか10話のシンジュクは優勝チームに相応しいものが何一つありませんでした。

10話のシンジュクに優勝チームらしい絆はまったく感じられませんでしたし、シンジュクが優勝チームだと納得できる強さもまったく感じられませんでした。


9話は駆け足で色々とカットされた部分はありましたが、ちゃん原作コミカライズ通り中心キャラであるイケブクロヨコハマリーダーが戦い、結果左馬刻が一郎に力を見せつけて、ヨコハマが勝ち上がりました。

カットについては尺が足りなかったのだろうと素人ながら理解しました。

(6話〜8話を短縮できたのでは?とは思いましたが、過ぎた話数のことはどうにもならないので…)


しか10話では原作コミカライズの展開を大きく変更して、シンジュクが非常に弱いチームに描写されていました。

シブヤに実力は圧倒的に劣るけどたまたま独歩が力を発揮したから勝てただけ、という弱く情けないラッキーチームになっていました。

この描写必要だったのでしょうか。

そして乱数V.S.寂雷で決着をつけさせなかった必要性はなんだったのでしょうか。


一番違和感だったのは、寂雷が最弱レベルに弱かったことです。

絆の感じられなさやバトル前の描写キャラ性格など他にも「?」と思った箇所はたくさんあります

しかし何より、シンジュクのリーダーである寂雷をあそこまで弱く描写することは、シンジュクだけではなく、このバトルの魅力およびヒプノシスマイクのものの魅力を下げてしまうことだと思いました。


寂雷は、原作コミカライズではボロボロになってもマイクスタンドを支えにすることすらせず、自立して勝利することを意識しているようなキャラです。

そしてアビリティ中央区マインドハックしてでも欲しがるレアアビリティです。


そのような寂雷率いるシンジュクが接戦で優勝したから、他の3チームも強かったしディビジョンバトルは激しい戦いなんだ、という説得力に繋がるのではないでしょうか。


11話はヨコハマV.S.シンジュクでしょうが10話のこんな弱くて情けないシンジュクがどんなバトルをしようと少しも格好良く見えないんじゃないかな…と思っています

そのシンジュクに負けるヨコハマも、そのヨコハマに負けたイケブクロも同じくです。


ファンが築いてきた歴史へのリスペクト』をした結果がこれなら悲しすぎます


かに独歩は人気キャラです。

ですが、そんなに寂雷や一二三ファン勝利に貢献していないように見えたのでしょうか?

そんなに寂雷や一二三優勝チームメンバーに値しないキャラに見えたのでしょうか?


そんなに寂雷ファン一二三ファンはシブヤの各ファンよりもバトルに貢献していないように見え、ヨコハマやイケブクロファンはそんな寂雷ファン一二三ファンよりももっとバトルに貢献していないように見えたのでしょうか?

そんなに寂雷や一二三ヨコハマ・イケブクロの各キャラはバトルに貢献していないように見えたのでしょうか?


絆も実力もない何もないチームがラッキーで優勝していく描写が『ファンが築いてきた歴史へのリスペクト』だったなら悲しすぎます


シンジュクは決勝戦があるから今回はシブヤに見せ場を作りたかった、というのはわかります

しかしこのシンジュクが個人としてもチームとしてもあまりに弱いことにより、これに負けるヨコハマ、そしてそのヨコハマに負けたイケブクロ、更にこのようなチームが優勝できるディビジョンバトルそのものの格、ひいてはそれをコンテンツとしているヒプノシスマイクの魅力が下げられてしまったように私は感じました。


ファンが築いてきた歴史へのリスペクト』を感じるどころか、ヒプノシスマイクのものがチープで馬鹿げたもの描写されたと、投票をしていたファンである私は感じてしまいました。


シンジュクが負ける描写が嫌だっただけでは?と思われるかもしれませんが、むしろあの演出であれば普通にシブヤの勝ちで良かったと思っています

ここまで原作から変更するなら、原作と違うという意味では同じくらいの変更度だと私は思いました。

アニメはこれまでの歴史とは関係ない別作品である、と示していただく方が、真剣にバトルをしてきたファンへのリスペクトになるんじゃないかな…とさえ思ってしまいました。


願望としては、10話をシナリオの大筋だけでも原作通りに作り直してほしいですが、それは無理なのはさすがにアニメ制作門外漢でもわかります

なのでせめて円盤では、寂雷が倒れている描写と、一二三の「僕たちマズくないですかね?」という台詞だけはカットしてほしいです。

せめて寂雷が倒れている描写だけでもカットしてほしいです。

いや本当はもっとあるんです、あるんですけどせめて、せめてディビジョンバトルの格に関わるシンジュクの弱さが決定的になる描写だけでもどうにか。

どうかよろしくお願いします。


アニメ化は本当に嬉しかったです。

たくさん新曲を聴けて動くキャラを観ることができて本当に嬉しかったです。

毎週金曜夜にアニメがあるから頑張れました。

ありがとうございました。


ただ、今はあんなに大好きで毎日リピートしていたOP曲さえ聴くことができなくなってしまいました。

正直これが一番堪えています

アニメ自体に対する自分感情がどうであれ曲は愛せると思っていたのに、いつも通り再生したOP曲が無理でした。

ショックでした。

そのくらい、大切にしてきたものがズタズタにされたショックが大きかった、ことがまたショックでした。

ライブで取り戻せたらいいなと思っています。取り戻せるはず。コロナ消滅してください。


声優さんインタビューでこれからも楽しみにしてくださいと仰っているので、アニメ最終話まで見届ける気持ちはございます

円盤は一回キャンセルしちゃいましたが、今後の展開次第では購入すると思います

10話が事実として存在する限り、そういう気持ちになれるかはその時が来てみないとわからないんですけど…


10話って円盤の4巻に収録されるんですよね。

特典のビジュアルコメンタリーは既に情報が出ている3巻までの特典と同じなら、一郎役声優さん監督さんとシンジュク役の声優さんが出演されることになります

一体どんなコメントになるのか、内容によっては私は本当にヒプマイを降りることになってしまうと思っています

アニメは別作品だと思うことができますが、声優さん言葉はなかったことにできないです。


どうか『ファンが築いてきた歴史へのリスペクト』というご自身のお言葉を裏切らないでほしいなぁ、と思っています

が、言うまでもなく全てあくまで私の感想主観ですので、そもそもお前みたいなファンのことは想定していないよと言われたらそれまでです。もちろん黙って去ります


オタクの戯れ言をお読みいただきありがとうございました。



雑誌インタビューを読んで続きを書きました

https://anond.hatelabo.jp/20201212165901


★★★


ヒプノシスマイクCD原作ジャンルですが、脚本百瀬氏がシナリオ担当しているコミカライズについても原作であるという認識のもとこの投稿を書きました。


もし原作コミカライズってどういうものだろう?と思っていただけましたら、是非、ゼロサムコミックスの『ヒプノシスマイク -Division Rap Battle- side F.P & M』を読んでください。

今回書きたかった趣旨と若干ズレる(というかそこまで触れてしまうとキリがなくなる)のでシブヤの話をしませんでしたが、コミカライズでは、アニメでは省略されていたシブヤの三人が絆を深めていく様子や、バトルでの乱数葛藤も丁寧に描かれています乱数の本気ラップもみられます

もちろんシンジュクの三人の絆や強さも感じられます

限定版のCDにはラップも収録されています

2020-11-18

クリエイティヴな才能について

 ライターをしている。政治からオカルトまで、仕事なので書けるものは書いている。珍しいものでは、数年前に知名度をあげた某作品シナリオを手掛けたこともある。ふと、その作品のメイン・クリエーターのことを「あぁ、あれは悲惨だな…」と思い出した。本人は「クリエイティヴな才能」あるクリエーターのつもりだ。が、しかし、彼はそうではなかった。

 一般に、クリエイティブな才能を用いたコンテンツ・ショウビジネス世界では、以下のように大雑把な3工程をたどる。

 ①アイデアが出る(アイデアだけなら誰でも浮かぶ

 ②作家が手を動かし、自分でかたち=作品を作る。(クリエイティヴな才能が必要となる)

 ③作品を周囲に認めてもらい、商業化していく。(編集者プロデューサー等、企業仕事

 以前、仕事を一緒にした彼は③の人間だった。つまり、①と③はやるが、②ができない。②の部分を外注して作品を作っていた。本人の自画像は、①と③を行うことで「クリエイティヴな才能」を発揮する「作り手」のつもりだった。しかし、絵もイラストも書けない、文字世界を構築できない人だから、結局、才能ある人々に頼って「作品を作る」ことになっていた。③の人間から交渉や折衝の力はある。しかし、②が致命的に足りていない。

 言い方を変えれば、要するに、ただの企画営業サラリーマンなのだ。誰でも出来るアイデア出しを行い、それを流通に乗せる。簡単仕事だとは思わない。尊い仕事だ。しかし、いわゆる「作家」としてのクリエイティヴとは質が違う。無論、こんなもの定義問題から、個々人の好みではある。

 では、具体的に、この「作家(のつもりのサラリーマン)」が何をやっていたか。たとえば、こんなことがあった。仕事の内容は、既存シリーズ作品複数話を書くこと。馴染みのない設定とストーリーなので、可能な限り、本人がOKをし、すでに配信されたモデル脚本を忠実に再現した。正直にいって大学レポートで出せば、ほぼコピペを疑われるレベルシンクロ率である。するとリテイクの指示があった。そのリテイクいわく「テンプレ過ぎ」とのこと。いやいやいやいやいあいあいあ^~

 申し訳ないが爆笑してしまった。「テンプレ過ぎ」というのは、事実上、本人の過去作に対する評価なのだ。同時に確信した。あぁ、この人は自分文章客観的に読む能力がないんだな、と。また「作家」然としているが、実際は、ただの企画営業マンなのだ、と。

 既に存在する作品について、あーだこーだ言うのは、視聴者仕事である。つまり誰でも出来るのだ。クリエイティヴな才能が求められるのは、その大元製作する工程である飲食店で考えれば分かりやすい。こんな料理が出る店があればいいな、というのは経営者仕事であるしかし、実際に料理の味を決めるのは、料理人の手腕なのだ。だからオーナーシェフは敬意に足る存在である。一方、自分で手を動かしたこともないのに、経営者が「料理人」として振る舞うのは無理がある。誰でも分かることだ。

 もちろんビジネスから文句愚痴を言っても始まらない。作業は進み、数字は動く。仕事仕事なのだ

 数年前の話ながら、ふと「クリエイティヴな才能」について考えた。周囲の友人たちは、ドラマ化したりアニメ監督になったり、または本を数冊出している。ひとりライターであるのは肩身が狭くもあるが、自分にはクリエイティヴな才能があると思っていないので、それは構わない。ただ、才能がないゆえに、勘違いしている人物仕事をしてしまうと気づいてしまった。そんなお話

2020-11-04

もう、我慢できない。爽快すぎてヤバイ

ここ最近おたくカルチャーの躍進が俺の心にカタルシスを与えすぎてヤバイ

ゴミゴミタレント俳優起用擁護勢もアニメ馬鹿にしてる実写勢もことごとく叩きのめしてあまりにも爽快すぎる。

もう自然な演技(笑)だの半沢直樹で実写勢内部からすら自己崩壊してるしいよいよ趨勢が決まってきたな。

碌に見てもらうことすらできない邦画実写映画ごみどもよ消え去れ。

多様性黒人監督にするアニメ制作会社)でもジェンダー関連(日本一興行収入稼いでる女性映画監督アニメ監督)でもすでにアニメに負けてるのに全く気付いてないし。

気づかずに偉そうな馬鹿だらけ。

ざまぁみろ。キモオタどもに地に這いつくばらされる気持ちはどうだ。

きもちいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい。

2020-08-24

某国代表するアニメ監督と「女」

 先日、友人から聞いた話。それがあまりにも面白かったから、別の友人らにそのまま話したら、新たな視点も加わって、さら面白かったので、ここに記す。あ、ちなみに、全部嘘なんで、そこんとこよろしくね。

 かの国を代表するアニメ監督とは誰だろうか。

 

 パッと思いつくのは、M崎、T野、A野だろうか。MもTも、どうやら学生時代、本当にモテなかったらしい。結果、M作品に出てくるのは「女」になる前の少女や老婆、または「母」ばかりとなる。

 一方、モテなかったTは、とにかく「女」が分からなかった。結果、Tの作品世界に登場する女性は不可解な行動原理に基づくヤバい人物が多くなる。

 他方、学生時代よりモテまくったA野作品においては、「女」はつねに何かしらセクシャル主人公を狙うような配置で描かれている。それゆえ、主人公は「逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ…」と言いながら踏み出して、しかし「キモっ」と言われてしまう。

 それぞれの作品世界に現れる「女」の描き方に、無意識人間理解が表明されているように見える。もちろん、作品人格をつないで考えるのはアレがアレでアレだからね。それは前提のゲスパー解釈ね。

 で、そんな代表アニメ監督のM崎に対してマウントを取れるのが、T畑監督。この二人を並べてヒヒョーしたO塚によれば、M崎の「森の中に昔から住んでる」作品場合、駆け抜けた道の先には大きな毛玉がいる。しかしT畑作品場合、そこには人の死体があった。

 M崎作品では、煤玉の妖しをパンッと手で叩くとファンタジーが広がるが、T畑作品では、虫の命の光が奪われている。

 M崎の最近作品だと機械オタクに付き合わされた「女」は赦しの方便として描かれていた。一方、昔話を再構築したT畑作品では、容姿だけに価値を置かれて主体性を奪われた「女」の救済は「月へ向かうこと≒死」のみである

 とまあ、こんな話をネット仲間にしたら

唾液にこだわりを見せた「異常性癖」の若手最有力のS海はどうか、と聞かれた。果たして、この並びに置けば、どう見えるだろうか。

 以上、架空の国の、架空代表アニメ監督を「女」で読むゲスパーお話である

 解散

2020-07-05

アニメ監督って仕事ないあいだどうやって食ってんの?

アニメ監督って何年も作品が空くことが珍しくないけど、そのあいだってどうやって食ってるの?

生原も何年も空いてたし、渡辺も空いているし、大地も空いてるじゃん。

2020-07-03

宮崎駿映画を100回みる人もいるし。むしろ母集団が多いか絶対数も多いんだよなあ。

押井守がどんなアニメ監督か知らない人のために、有名な監督である宮崎駿比較した言葉がある。

宮崎駿映画100人が1回は見る。

押井守映画は1人が100回は見る。

2020-06-26

りんたろう監督ほど凄いのか凄くないのかよくわからないアニメ監督はいない

メトロポリス駄作

999→傑作

さよなら999→凡作

幻魔大戦→傑作

火の鳥凡作

X→なぜ全滅させる

2020-05-19

漫画家とか小説家アニメ監督検察法改正に反対したのにキレてる連中って

ちょっと文芸クリエイターを舐め過ぎなんじゃないだろうか

もちろん、自分と違う意見を持っていた、ということでそれに論駁するのは健全だと思う。しか

政治的発言なんかするな」って言ってる連中は、彼らが自分のための快楽製造機か何かだと思っているんだろうか

なんなら、我々を楽しませている作品は、多くの場合において、その作家人生において得た知性や価値観を総動員し、必要関係各所に取材し、テーマなども綿密に考慮して描かれている

よっぽどの天才でもない限り創作活動とは痛みを伴うものだ。文句を言う連中が何も考えずに消費しているかもしれないその作品は、実はとんでもない知的生産行為の元に生み出されたもの

文句を言う連中よりも遥かに社会について勉強したことのある彼らが、社会についてなにか言ったときに「政治的発言するなんて」と失望するのは、そいつらが何も考えずに享楽的作品を消費し続けてきたことの証左にすぎない

それがとくに「おたく」を自称する連中の間で多数派になってしまっているであろう日本斜陽っぷりよ

おふねのゲーム流行るのも無理はない

2020-05-13

日本一有名なアニメ監督だけどエロゲが衰退した理由について説明する

おまんこ舐めたくなるキャラがいなくなったか

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