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2019-04-15

anond:20190415104041

「ヰ」や「ヱ」については、仮名ができた当初の発音は w だったけれども、その後、日本語の音の歴史的変遷があったので、iseki や yebisu のような事例が出来てきたのだとか。

ヰ wi の音は早くに無くなって実際の音は i になった後も旧仮名遣いとして文字だけ残ったようだけれども、 ヱ の方は当初は we だったのが後で je に変化したので面倒らしい。

詳しくは国語学の本などをどうぞ。(Wikipediaにも概要が載ってます

2018-12-17

糸偏がヘタクソだった(追記

社会人になってからめっきり字を書く機会が減ってしまたから忘れていたんだけど、子供の頃私は糸偏が綺麗に書けなかった。

仕事上なにかを書くときアルファベットなことが多くて、丁寧に字を書くことなんて滅多にないから忘れていた。さっき珍しく部署内の人への書き置きを書いていて思い出した。

小学生の頃、フランス日本人学校に通っていた時期があった。駐在年数の長い子が多い学年で、みんな少し日本語おかしかった。いろんな地域方言や、英語仏語独語単語が滅茶苦茶に混ざったニホンゴで会話していた。珍しく出入り(転入帰国)の少ない学年だったこともあって、とにかく言語への頓着が薄かったんだと思う。

「書き」に関しても同じで、綺麗に文字を書こうという意識が、少なくとも私にはあまりなかった。高学年になれば「日本にいた頃習字教室に通っていました」というような子がひとりふたりいたんだろうけど、残念ながら低学年のクラスには母国スキルを蓄積している子はいなかった。両親がこどもちゃれんじと青い鳥文庫を根気強く与えてくれなかったらどうなっていたんだろうと思うとゾッとする…高かっただろうにありがとう。まだ英語和訳みたいな文章書いちゃうけど、なんとかなってるよ。

小2の春だったかな、そんな学年に日本から転校生がやってきた。訛りのない標準語を話す、おっとりした女の子だった。口数の少ないおとなしい子だったけど、私たちにとって彼女台風みたいな革命児だった。

彼女私たちに「日本」をたくさん持ち込んでくれた。まず、たまごっち。誰かの誕生日パーティーの席で耳慣れない電子音にざわつく私たちの前で、彼女は恥ずかしそうに「ごめん、私のたまごっち…」とポシェットからさなおもちゃを取り出した。衝撃だった。彼女がそれを操作するのを、みんなで息を潜めて凝視した。平城京スマホをいじったらあんな感じの視線を浴びると思う。彼女まさか同い年の子供がたまごっちを知らないとは思いもしなかったみたいで、徐々に衝撃から解放された同級生たちから質問攻めにされて目を丸くしていた。その日から彼女たまごっちは学年中(2クラス35人くらいだったかな)の関心の的で、毎朝進化たかおやじっちは来たか、何か変わったことはなかったかと聞かれていた。私は彼女と同じ通学バスだったので、朝家まで迎えに行くついでに、玄関で見せてもらっていた。いま思うとまじでうざいな。

次に衝撃的だったのが、あたしンち海外生活する子供にとって、日本漫画はとてつもなく貴重だった。小説日本語の発達を懸念した親に買ってもらえるけど、漫画はなかなか入手できなかった。誕生日や、一時帰国中に買ってもらった子はヒーローだった。数少ない母国の娯楽なので、家にある漫画は片っ端から共有した。ガッシュコロッケNANAGALS!犬夜叉コナンボーボボ神風怪盗ジャンヌ、ケシカスくん、フルバナルト、もうとにかくなんでも読んだ。

でも所詮小学生不条理ギャグ漫画とマセた少女漫画ファンタジーバトル漫画しかなかった私たちラインナップに、彼女のお母様が好きだという「あたしンち」が加わった。

ただの日常漫画だけど、それが私たちには衝撃だった。なんせ、知らないのだ、日常を。スーパータイムセールも、放課後の買い食いも、制服給食も、私たちにとっては未知の世界常識だった。おしゃれな少女漫画じゃ描写されない日常ネタは最高のエンターテイメントだった。ディスカバリーチャンネルでも見てるみたいだった。

レモン石鹸ミックスベジタブル、二枚組のトイレットペーパーなんて概念は完全にあたしンちから学んだ。お子さんを連れて海外赴任されるご予定のある親御さんは、日常漫画アニメにすぐアクセスできる環境を整えておくといいと思う。本当にどんな教科書よりためになった。

最後、本筋からだいぶ逸れちゃったけどこれが一番書きたかたことで、彼女は硬筆の書写がとても上手だった。小学校入学から教室に通っていたらしい。

先述の通り「綺麗な文字」という概念がすっぽ抜けてた子供だったので、彼女漢字練習帳はあまりにも衝撃だった。で、「組」だったか「紙」だったか忘れたけど、びっしり並んだ完璧な糸偏を見たとき彼女への憧れがMAXになった。大人みたいな字を、同い年の子が書けるんだ!すごい!かっこいい!私も書きたい!それと同時に、もしかして日本を離れている私は母国の子供に比べて知識技能に遅れを取っているんじゃないか不安にもなった。その日家に帰って最初に両親にその目標を伝えて、大喜びの2人に日本スーパーで小さな漢字ドリルを買ってもらった。糸偏だけじゃなく、苦手だった「女」も「海」も「方」も「子」もたくさん練習した。

日本語を書くことに抵抗がなくなったのはあれがきっかけだったと思う。周りの同級生彼女の綺麗な書き文字オーソドックス標準語に感化されて、国語学習に意欲的になった。本当に、彼女私たちに大きな革命を起こしてくれたんだ。

他にもナルミヤの子供服とかプロフィールシートとか、転校生ちゃん私たちに教えてくれたものはたくさんあったんだけど、どれもあの日本人学校っていう特殊コミュニティにいた私たちには衝撃だった。これが生まれたのが全部自分母国なんだって思うとゾクゾクした。いつか帰るのが堪らなく楽しみになった。そんな8歳の思い出である

………なんてことを、久しぶりにペンで丁寧に文字を書きながら走馬灯のように思い出していた。細田さん、締切日変更の連絡がありました。お席にお戻り次第メールボックスをご確認ください。



12/19 追記

たくさんの反応をいただいて驚きました。訥々と昔語りをしてしまって今更ながら恥ずかしいです。目を留めてくださってありがとうございました。

以下、だらだらと長い蛇足になります。まとめるのが下手でごめんなさい。

日本人学校について

紛らわしい書き方をしてしまってすみません。ひと学年ふたクラス、合計して35人弱でした。正確な人数は覚えていません…というか、何ヶ月かに一度は転校生の出入りがあるので常に変動的でした。日本人学校の規模としては大きい方なのではないかと思います

これは余談なのですが、フランス日本人学校はかなり郊外にありまして、在籍する小学1年生から中学3年生までのほぼ全員がスクールバスで通学していました。大型バスで、人数の多い地域複数台。あんなに大きな国なのに日本人学校は一校しかなくて、かなり遠くから通っている子もいました。渋滞で遅れて3限目にやっと到着、なんてのはしょっちゅうだったように記憶しています

これは後に両親から聞かされた話なのですが、「自分の国の学校があるんだからうちに来なくてもいいでしょう」と日本人の編入拒否する現地校が多かったようです。生徒数が多かった理由ひとつかもしれません。

漫画について

漫画は片道1時間以上の通学バスの中で読みました。先述の通り乗車している児童生徒の年齢幅が広いので、有象無象ジャンルが飛び交います。…飛び交うというのは言葉通りで、読了後は座席に膝立ちをして、「愛してるぜベイベ2巻読みたい人!」と叫ぶとどこかの座席から返事とともに頭がひょっこり出てきて、その子目掛けて投げる、という方法漫画の貸し借りをしていたんです。自分のものですらない漫画を。今思うと血の気が引きます子供とはいえ酷い扱い方…猛省です。何十人規模での読み回しに耐えた漫画は手元に戻ってくるときにはボロボロでした。高学年の男の子たちはアドバンスパワプロやってたなあ。

私が渡仏していたのは2001年から2005年頃までなので、その間もしくは以前の漫画は幅広く読みました。素敵な体験でした。

・現地での生活について

日本人学校に通っていると、現地の子供と接する機会はほぼありません。現地の習い事等に通っていれば別かもしれませんが…。地元サッカーチーム水泳クラブに入っている子もいたような気がします。フランス語の授業もありましたが、あくま第二外国語的扱いで、あまり熱心な内容ではありませんでした。

転校生ちゃんについて

まさしく、私のヒーローヒロイン)です。近所だったこともあってとても仲良くしてもらいました。私が先にフランスを離れてしまい、年賀状のやり取り程度はしていましたが、いつの間にか疎遠になってしまいました。当時の友人たちとはSNSで繋がって十数年ぶりに再会して飲みに行ったりすることもありますが、残念ながら彼女の話は聞いたことがありません。元気にしているといいな。

・不肖、私自身のことについて

渡仏前後に別の国で生活しましたが、それぞれ現地校へ通う機会に恵まれたので日本人学校で過ごしたのはフランスだけでした。あの日々がなければミックスベジタブルどころか起立、気をつけ、礼すら慣れない状態帰国していたことになります。本当にありがたいことです。親からもこどもちゃれんじから漫画からも学ぶことのできない日本独自学校文化、たくさんありますよ…前へならえとか体操隊形に開けとか…。逆上がりや二重跳び、跳び箱なんかは日本人学校の体育でできるようになっておいて心底よかったと思います

それなりの年齢で帰国して普通に大学まで卒業させてもらい、今はメーカー海外営業をしています。いろんな国に住んだし、仕事海外へ渡る機会も多いですが、私には日本が一番合っていると感じています

細田さんの締め切りについて

部署での案件が絡み、1週間後ろ倒しになったとのことでした。優しい先輩ですよ。

2018-02-03

オタクなのに最近オタクと分かり合えない話

私はオタクだ。いわゆる漫画とかアニメとかゲームが好きなやつ。

私は特に漫画が好きで、とにかく漫画時代ジャンルわず読み漁って、漫画でいろんなことを学び、人生観を養われたと言っても過言ではないくらい影響を受けた。

この素晴らしい作品を描く人たちは、こんな大変なことをしてまで何を残したかったんだろう。それを読み取り、その作品が在った意味があったと、私がよりよい人間になって証明しようと心に決めるくらい漫画が好きだ。

そのせいでキャラ萌えシチュ萌えで終わる短絡的なオタクが無理になった。

そういう2次元を崇拝する信者暴言です。私の個人的意見です。異論は認めます




たくさん良い漫画がある。よい名言がある。ここから学べる社会的なことがある。

なのになんか公式厨名乗りながら付き合ってない2人をくっつけてどうたらとか、逆カプがどうとか、公式解釈違い起こしたとか……

なに?!なんなの?!

品性なさすぎじゃない?!

原作が全てだよ!?

そりゃあ私もファンアートは好きですし、二次創作も読みますし、その内容に関して解釈がどうとか言いませんよ。好きだし。

人それぞれ好みによりけりがあるし、そこは固定だの雑食だのは追求しません。

ただね、

公式厨名乗りながらも付き合ってない2名を、公式公式言いながら付き合わせ、いかにも自分が正しいように振る舞うカプ厨

二次創作承認欲求を満たさないと生きてけない絵師(一次創作にもいるけど)

公式解釈違い起こしたとか言って公式を叩き始める自称ファン


これ迷惑だろ!!!これ!!

!?私がおかしい?!迷惑じゃん!!!???


まず「自称公式厨のカプ厨」!

公式じゃねえ!!!!!!!目を覚ませ!!!いかにもお似合いだろうが付き合ってはいねえ!!!

二次創作で付き合わせるのは良いと思うし、そういうファンアートは私も見たいけど、公式じゃねえ!!!

お前は公式の直属の部下でもなんでもねえ!!!!!ただの!!ファン!!!

もう一度言う、ただのファン!!!!!





次!「承認欲求絵師」!

お前のためのキャラじゃねえよ目を覚ませ!!!

いか私たちは恐れ多くも好きな作品キャラを""""お借りして""""絵を描いたり小説を書いたりしてるわけ!!

反応がなかったからどうとかで沼変えするなぶっ飛ばすぞ?!?!お前の承認欲求を満たすための作品じゃないんですよ。

ていうか、あなたの好きなキャラは恐らく少なからずとも努力してるキャラが多いと思うんですけど、あのね、見習えよ。全てにおいて好きというなら見習えよ。学習して。メンタル面も。





次!「公式解釈違い」!

ファンやめろ!!!!!!!!!

普通に迷惑!!!!!!!!!

ファンがワーギャー騒げば騒ぐほど、作品の印象が悪くなるんだよ黙れ!!!!!!

公式とソリが合わないなら黙ってファンやめろ!!本当に迷惑だ!!お前のせいで新規ファンを獲得し損ねてるようなもんだよ!!!

良いところを話そう?本当にファンなら良いところを見つけ出して布教しよ?それで新規ファン増えたら商品展開も広がるんだよ?文句言うだけ不毛じゃない?問題は好きなコンテンツに人が集まるかどうかだよ?

原作がどうなろうが原作自由だし、まずお前は原作者じゃないし、本当なんなんだこの人種

原作を神と崇め讃える私にとって理解し難いわ。

作品面白くなくなったら投資する価値はねえ!見切りをつけろ!



そしてさぁ、最近語彙力ないことをステータスにするっていうか、語彙力ないことを面白がって

「語彙力ないか説明できない」

っていうのやめない?

お前推しのために語彙力学び直すことすらできねえの?国語学び直せよ。好きな作品のために。そのくらいやれよ。

作者が命がけで作品作ってるんだからファンも命がけなんだよ。

いい加減にしてほしい。

自分の好みと近しい作品を貪り漁って、その場の快楽を満たそうとするオタク死ぬほど嫌い。

そもそもオタクってその分野で専門性があるからオタクなんじゃなかった?

オタクですらねえよ。そんなん。

ファン作品の印象を背負ってるんだよ。ほんと、これだけは分かって。

あいう人があのジャンルはいるんだなぁって思われたくないでしょ?

全てにおいて公式が、原作が、作者が、最優先事項だからファンのための作品じゃなくて、作品のためのファンから

身分をわきまえて欲しい。


まじで。なんなんだ。

こう思うと意識高い系とか言われんのか?まじかよ、逆に意識低くて良いこと一つもねえよ。

2016-06-18

悲しみ本線日本海

元増田

この手の話は好きなのでちょいと(だけ)考えてみた。国語学/国文卒論ネタにでも。

仮説

  • 「さ」は性質が全体に行きわたったときの感じ方を提供する
    • 強さ、弱さ、赤さ、うまさ、まずさ、重さ、軽さ、ばかばかしさ、恥ずかしさ、賢さ、痒さ、苦さ、ありがたさ、楽しさ(を取っておく▲)、「夕べはお楽しさでしたね」(×)
  • 「み」は「さ」とは反対に個々の成分に立ち戻った視角提供する
    • 強み、弱み、赤み(がかった)、うまみ、まずみ(△)、重み、軽み(△ 但し芭蕉)、ばかばかしみ(△)、恥ずかしみ(△)、賢み(△)、痒み、苦み(走った)、ありがたみ、楽しみ(を取っておく○)、「夕べはお楽しみでしたね」(○)
    • このときの△に、従来用法に対する揺れ/カウンターが感じられておかしみがある
  • 形容詞の語感が短いと座りの悪さを感じる。特に活用場合
    • 良み(よみ△、よさ○)、悪み(わるみ△、わるさ○)。
  • 形容動詞は「み」と仲が悪い(?)
    • 青し→青み(B)、赤し→赤み(R)、緑なり→緑み(G、△)、黒し→黒み(BK、○)

コメント1

で、元増田に1点だけ答えるとすると「良み(がある)」は、語幹と「み」の付き方は文法上は間違っていないのであり得ると思います。でも気持ち悪みがある。

コメント2

元増田の「そもそも、『さ』(『良さ』、『行きたさ』)からして俺はちょっと嫌だった」はわかる気がする。形容詞自分の、いまここ、このときの感じ方を場に放り投げるもの。それが「さ」によって、せっかくの、いまここ、このときの俺の新鮮な感じ方が第三者化、対象化、抽象化される。それを自らいうかね云々という。きもみ。

2012-11-04

http://anond.hatelabo.jp/20121103120842

そういう疑問は俺も持ったことがあるんだけどさ、国語学習を通じて論理学を学ぶというのはそもそもの設計上の問題があるかのように思う。

国語というのは、つまり日本語

語学

論理学は語学内包されるような学問ではなく、哲学内包されるべき分野なのでさ。

国語って名前だけど、学制がしかれた当初の設計だと、要するにリベラルアーツのトリウィウム(文法・修辞学・弁証法)にしたかったんじゃない?

国語という科目の枠に納める都合上、教材は日本語文学を使わないといけないということで、古文漢文から文法と修辞学を学ばせて、現代文から弁証法を(弁証法は無理なのでとりあえず論理学を)学ばせる、という風にしてるんじゃないかなって思うんだけど、その悪魔合体に無理があるんじゃね?

そもそも、そういうのって国産学問じゃないもん。

ハリウッド映画を通じて歴史を学んでも、それは歴史学と言っていいのか、そんな感じ。

論理的に書かれた文章を読めば、論理が身に付く」ってのは、

物理学やれば数学は身につく」

みたいなもので。

いや、もっと豪快で雑だな、

家計簿をつければ数学は身につくから無問題!」

くらいの感じじゃないかと。

もし、どうしても文学を通じて論理学や弁証法を学ぶというのならば、論理学の基礎になったような文学古代ギリシャの書物とその注釈書あたりから教材をセレクトしていくのが王道なのではないだろうか。

訳本を「国語学習として教えるのはうん、まあ難しいような気がするけど。

はいえ、原著ギリシャ語はい日本語訳されてしまえば日本文学と言えるのか?

英語圏だって古典英語の教材としてジェームズ王欽定聖書を使うくらいなので、それもありなのか?

日本語特殊性翻訳者の地位が比較的に高い日本ならなおのこと。

2011-07-07

http://anond.hatelabo.jp/20110707165810

まず「結果としてそうなっている」という意味の自発の用法が最初にあった

んで昔の敬語の基本は「相手の行動をできるだけ遠回しに表現すること」だから

「話す」→「話される(=実際にそうしたのかどうかは恐れ多くて確認できないが、ともかく我々にはあの御方が「話す」という状況を発生させたように見える)」

というロジックで自発の「~れる」が尊敬にも流用されるようになった

可能と受身も自発から枝分かれしたものと言われている

ソースは知らん

学部生時代に受けた国語学講義で習った気がするけど、確認できないか図書館行って自力で調べてよ

2011-01-19

http://anond.hatelabo.jp/20110119231916

文法をパロールに対するラングとかランガジェって意味で捉えると、言語学的には文法の一種ってことになるかな。

国語学的には勿論文法じゃないですよね。まぁ、言語学国語学も扱う範囲が広いしね。

そもそも「文法とは何か」ってのも国語学的な議論で、あ~・・・。のこの三点ドット言語学的には「文法」だったりするんですよね。

言葉でやっても、あ~の語尾をちょっと下げてイントネーションを出すのも、意味作用が生じるって意味で文法。

「文法生成器官」が脳みそにあるぜ!ってのが最近言語学ですからね。言葉なんて適当に使えばいいんだよ。

http://anond.hatelabo.jp/20110119230528

そこで取り扱う「文法的な正しさ」というのは、矛盾なく日本語を構築できる体系を目指そうというものであって、「正しい文法と間違った文法」を振り分けるものではないでしょ?

いや、だとしたらそれは構造―構築主義者たちの学問で、「国語学」ではな構造主義以降の範疇に入りますよ。

それは普通に言語学」にも通じる、ネオ~系の学問。まぁ、その考え方は構造主義以後にプラグマティズム的な発想をした

研究者達のものでしょう。エスペラント語と発想は同じ。ごく普通言語研究でしょ。

でも、「国語学」と敢えて名乗るならそれは当然そういうものではなく。

敢えて、『正しい国語』を追い求める学派なんですよ。だから国語学(≠日本語学)で扱う文法には「正誤」がある。

あれは自国言語におけるキャノンを問題にする学問から。何度も言うけど、神学なんですよ一種の。

これは文学研究にも言えて、「国文学研究」って言うのは未だに「作品に込められた意味」を探る意味論的批評をやるんですよ。

もちろん、彼ら自身もそれが時代遅れ学問であることはわかっている。しかし、「国家」というイデオロギーが有効に機能している

以上、それは必要とされている。だから存在するジャンルが、国語学であり国文学研究なんですよ。

文学研究」や「言語学研究」と名乗れば済むところをさらに細分化しているのはそういう理由からです

別に、研究者自身の思想が「保守であるとは限りませんが、存在完璧に「保守ですよ。

だって国家イデオロギーなくしては存在しない研究ジャンルなんですから。これを保守と呼ばず何を保守というか、みたいな。

橋本文法が「正しい」わけじゃないんだけど、それを「正しい」と定義する学問が必要なんですよ、国家のために。

よく分からないが

国語学的に正しかろうが誤っていようが(例:ら抜き言葉)「平均的日本人意味が通じる」なら『日本語的に正しい

同様に、「平均的英米人に通じる」なら『英語的に正しい』(≠学校英語的に正しい)んじゃね?

http://anond.hatelabo.jp/20110119223813

いや、教育と分離した国語学」なんて存在し得ないんですって。

例えば「文法」ってのも国語学では扱うけれど、言語学において「文法的に間違ってる」って言葉はありえないんですよ。

ところが、国語学っていうのは「文法的な正しさ」、文学・文法・言語における「聖典」を構築する学派なんですよ。

いわゆる、モダンからポストモダンの移行期に「文学」と言われるジャンルが分派して

保守層国語学へ移行していった。国語学には教育分野から要請が強くあるからね。正しい日本語がなければ日本語教育は出来ない。

から国文学っていうのは教育アカデミズムなしでは存在し得ないジャンルだし、保守こそが存在意義。

それなしで存在している国文学があったら、それは「国文学」ではないです。単なる文学研究です

そういう学問から国文学」とジャンル分けされてるわけで。増田さんのおっしゃるとおりであれば、ジャンルわけいらないでしょ?

国語学国文学言語学文学の関係は、神学宗教学考古学文化人類学のそれなんですよ。

ほんと、いい加減なこと言うなぁ・・・。

ちなみに、「日本語学」は「言語学として日本語に特化した領域を取り扱う」という意味を指す場合もあります

国語学」は国の言葉を正しく構築する(ポストモダンの現代では「理解する」といった語彙は使われません)学問です

昔、ソシュール辺りの構造主義ショックがあったころ学者さんたちが散々大喧嘩して決めた住み分けですよ。

イデオロギーであることを自覚しながら必要に迫られて存在するのが国語学イデオロギーから抜け出すことを志向したのが言語学

これ重要

http://anond.hatelabo.jp/20110119223439

俺横増田なんだよ。元の議論も俺はあんたに賛同しないけど。まぁ、そっちは関係ない。

んで、言語学的に言えば「誤用」って存在しないんだよね。

言語ってのは変化するものだから。だから、「正」とか「誤」っていうタームは

言語学でなく国語学の上にあるものなんだよ。

んで、国語学っていうのは『国』って語が入るとおり、教育アカデミズムと結びついた権威学問で。

その土俵に乗っかってしまった以上、聖典批評と呼ばれるジャンルが適用されちゃうんだよね。

正とか誤を問題にした時点でそれは言語の問題ではな国語の問題だから

というわけで、増田さんの論点に立って「的を得る」は誤用です。でも、言語学的には誤用とかそういうのはないです。

http://anond.hatelabo.jp/20110119223608

(^^)v

  1. 言語運用言語学の範疇じゃない!国語学日本語学の範疇だ(どっちも同じようなもんだが
  2. 自己申告ご苦労様です

国語学解釈間違っとるぞ。

国語学上にも「正誤」はない。

正誤を求めるのは日本語研究する学問としては存在しない(教育学からアプローチで、そういうタームを取り扱うのがあるかもしれんが、そこまでは食手が伸びない)

もしそれがあるという前提で国語学を受けてきたなら、それはよほど保守的教授だったか、学部生時代に何かを幻視したまま今に来てしまたかのどちらかかと。

というか、「国」ということばが相対的なものゆえ、「日本語学」は「国語学」と実際は同じなんだな。

2010-07-21

増田で学ぶ言語学 第一講 げんごってなあに

言語学ってみなさん聞いたことありますか?おそらく、「言語学を学ぶために大学を選んだ」人は極小数だと思います。

言語学は、言語本質を解明する学問のことです。個別言語の解明にはそれぞれ担当する言語名前がついた学問があります(ex.日本語学英語学)が、言語学は、そういう個別ごとの解明ではなく、言語全体に流れる本質を見出す学問と言えるでしょう。だから、日本語学英語学のような学問言語学は相互に助け合って成り立っていると考えてもらってさしつかえありません。

じゃあ言語学がけんきゅーする言語ってなんだよ、という話ですが、当然のことながら定義曖昧です。コミュニケーションを取る記号体系の総称、と言えば聞こえはいいですが、納得しない人もいるかもしれませんね。

例えば感謝の気持ちを表すのに「ありがとう」やら「thx」やらことばを使いますが、それだけじゃありません。感謝の気持ちをめいいっぱいの笑顔表現したり、ハグしたりと、相手に感謝の意を伝えるには様々な手段を使います。

そして言語学はそのあらゆる手段、環境、が考察対象、とも言えます。コミュ学、と言えばウケがいいでしょうか。

手段というのは、要するに日本語のように体系的なものから、それに付随する顔文字や記号の集まり、身振り手振りやデザインなどです。

体系的、というのは要するに正確に意思伝達するにはルールを守る必要がある、ということです。日本語のような自然言語に限らず、手話点字などは体系化されたコミュニケーション手段です。そして意思伝達を図るには体系化されたルールを双方が理解する必要があります。

環境というのはたとえば手紙であったり、たとえば日常の会話だったり。競馬の実況や野球の解説だったり、所信表明演説だったりします。プラットフォームと言えばウケがいいでしょうか。こういうのはどちらかというと日本語学の方が進んでいたりします。言語学でするならば、各国の総理大臣大統領の演説を比較するなどのことが考えられるでしょう。

もちろんそれらの変化も考察するので、歴史的な捉え方もできます。例えば古く日本語では「母」を「パパ」と呼んでいた、なんてのは小話でされますが、これは[papa]のp音が[haha]のh音へとゆっくり変化していったことを意味します。これは「唇音退化(しんいんたいか)」と呼ばれる現象です。「ぱ→ふぁ→は」と発音してみれば簡潔にどういう状態なのか分かるとおもいます。こういったものは音声学や音韻学、国語学などが詳しいでしょう。

次回第二講は「げんごがくってどんなことをまなぶの」です。今回は第二講の導入も兼ねています。


なお、更新は不定期です。

2008-07-08

猿ベージ

http://anond.hatelabo.jp/20080315152400]

これを全部読んでいない人間は「猿」です。

ちなみに猿に人権はありません。ネットで表現をする権利も自由もありません。よく覚えておくように。

プラトン『饗宴』岩波文庫

アリストテレス『詩学』岩波文庫

アウグスティヌス『告白』岩波文庫

レオナルド・ダ・ヴィンチレオナルド・ダ・ヴィンチの手記』岩波文庫

マキァベッリ『君主論中公文庫BIBLO, 岩波文庫

モア『ユートピア岩波文庫

デカルト方法序説岩波文庫

ホッブズリヴァイアサン岩波文庫

パスカル『パンセ』中公文庫

スピノザエチカ岩波文庫

ルソー『社会契約論』岩波文庫

カント純粋理性批判岩波文庫

ヘーゲル精神現象学平凡社ライブラリー, 作品社

キルケゴール死に至る病岩波文庫

マルクス資本論岩波文庫

ニーチェ『道徳の系譜』岩波文庫

ウェーバープロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神岩波文庫

ソシュール『一般言語学講義』岩波書店

ヴァレリー精神の危機』

フロイト『快感原則の彼岸』ちくま文庫

シュミット政治神学』未来社

ブルトンシュルレアリスム宣言』岩波文庫

ハイデッガー存在と時間ちくま文庫, 岩波文庫, 中公クラシック

ガンジーガンジー自伝中公文庫

ベンヤミン『複製技術時代における芸術作品』複製技術時代の芸術, 晶文社クラシック

ポランニー『大転換 市場社会の形成と崩壊』東洋経済新報社

アドルノホルクハイマー啓蒙弁証法岩波書店

アレント全体主義起源みすず書房

ウィトゲンシュタイン哲学探求』大修館書店

レヴィ=ストロース『野生の思考』みすず書房

マクルーハン『グーテンベルグの銀河系みすず書房

フーコー『言葉と物』新潮社

デリダ『グラマトロジーいについて』

ドゥルーズガタリアンチ・オイディプス』河出書房新社

ラカン精神分析の四つの基本概念』岩波書店

ウォーラーステイン『近代世界システム岩波書店

ケージジョン・ケージ青土社

サイードオリエンタリズム平凡社

ベイトソン精神と自然』新思策社

アンダーソン『想像共同体NTT出版

本居宣長『玉勝間』岩波文庫

上田秋成『胆大小心録』岩波文庫

内村鑑三『余は如何にして基督信徒となりし乎』岩波文庫

岡倉天心『東洋の理想』講談社学術文庫

西田幾多郎西田幾多郎哲学論集?・?・?』岩波文庫

九鬼周造『「いき」の構造』岩波文庫

和辻哲郎『風土』岩波文庫

柳田國男『木綿以前の事』岩波文庫

時枝誠記国語学原論』

宇野弘蔵経済学方法論』

海外文学

ホメロスオデュッセイア岩波文庫

旧約聖書創世記岩波文庫

ソポクレスオイディプス王新潮文庫岩波文庫

『唐詩選』岩波文庫

ハイヤーム『ルバイヤート』岩波文庫

ダンテ神曲岩波文庫

ラブレー『ガルガンテュアとパンタグリュエルの物語』岩波文庫

シェイクスピアハムレット角川文庫新潮文庫岩波文庫ちくま文庫

セルバンテスドン・キホーテ岩波文庫

スウィフトガリヴァー旅行記』岩波文庫

スターントリストラム・シャンディ』岩波文庫

サド『悪徳の栄え河出文庫

ゲーテファウスト新潮文庫岩波文庫

スタンダールパルムの僧院』

ゴーゴル『外套』

ポー『盗まれた手紙』

エミリー・ブロンテ『嵐が丘』

メルヴィル『白鯨』

フローベール『ボヴァリー夫人』

キャロル不思議の国のアリス

ドストエフスキー『悪霊』

チェーホフ桜の園

チェスタトンブラウン神父の童心』

プルースト失われた時を求めて

カフカ『審判』

魯迅『阿Q正伝』

ジョイスユリシーズ

トーマス・マン『魔の山』

ザミャーミン『われら』

ムージル『特性のない男』

セリーヌ『夜の果ての旅』

フォークナー『アブサロム、アブサロム!』

ゴンブローヴィッチ『フェルディドゥルケ』

サルトル嘔吐

ジュネ『泥棒日記

ベケットゴドーを待ちながら

ロブ=グリエ『嫉妬』

デュラス『モデラートカンタービレ

レム『ソラリスの陽のもとに』

ガルシアマルケス百年の孤独

ラシュディ『真夜中の子どもたち』

ブレイクブレイク詩集

ベルダーリンヘルダーリン詩集

ボードレール悪の華

ランボーランボー詩集

エリオット『荒地』

マヤコフスキーマヤコフスキー詩集

ツェランツェラン詩集

バフチンドストエフスキーの詩学』

ブランショ『文学空間』

日本文学

二葉亭四迷浮雲

森鴎外舞姫

樋口一葉『にごりえ』

泉鏡花高野聖

国木田独歩武蔵野

夏目漱石我輩は猫である

島崎藤村破戒

田山花袋『蒲団』

徳田秋声あらくれ

有島武郎『或る女』

志賀直哉『小僧の神様』

内田百〓『冥途・旅順入城式』

宮澤賢治銀河鉄道の夜

江戸川乱歩『押絵と旅する男』

横山利一『機械』

谷崎潤一郎『春琴抄』

夢野久作ドグラ・マグラ

中野重治村の家

川端康成『雪国』

折口信夫死者の書

太宰治『斜陽』

大岡昇平『俘虜記』

埴谷雄高死霊

三島由紀夫仮面の告白

武田泰淳ひかりごけ

深沢七郎楢山節考

安部公房砂の女

野坂昭如『エロ事師たち』

島尾敏雄『死の棘』

大西巨人神聖喜劇

大江健三郎万延元年のフットボール

古井由吉『円陣を組む女たち』

後藤明生『挟み撃ち』

円地文子『食卓のない家』

中上健次『枯木灘』

斎藤茂吉『赤光』

萩原朔太郎『月に吠える』

田村隆一田村隆一詩集

吉岡実吉岡実詩集

坪内逍遥『小説神髄』

北村透谷人生に相渉るとは何の謂ぞ』

福沢諭吉『福翁自伝

正岡子規『歌よみに与ふる書』

石川啄木『時代閉塞の現状』

小林秀雄『様々なる意匠』

保田與重郎『日本の橋』

坂口安吾堕落論

花田清輝『復興期の精神

吉本隆明『転向論』

江藤淳『成熟と喪失』

by 柄谷行人、他

追記

必読書150』柄谷行人浅田彰、他(太田出版

http://www.amazon.co.jp/%E5%BF%85%E8%AA%AD%E6%9B%B8150-%E6%9F%84%E8%B0%B7-%E8%A1%8C%E4%BA%BA/dp/4872336569

ネットにはほとんど「猿」しかいないんじゃないかと思うことも多いので、是非、脱「猿」してみて下さい。2chは「猿」の巣窟でもかまわないのですが、はてなが「猿」の巣窟であってはインフラリソースの損失だと思っています。実のありげな議論が起こっているなと思いきや、はてな「猿」が集団でやってきて議論を潰しているケースがほとんどなので。

2008-05-04

http://anond.hatelabo.jp/20080504203433

 なるほど。参考になるな。

 

>だから「日本語の弱点」って何よ。

ごめんよく考えずに書いてた。前述の「国語学概説」の話であって、元スレの弱点の話とは関係なかった。

その本では、膠着語屈折語孤立語の三つを考えて、膠着語が最も合理的であることは疑いようがないとしてる。

そして他の言語膠着語になるのが合理的なんだけど、実際の変化を考察すると、

日本語膠着語)が英語屈折語)化し、英語屈折語)が中国語孤立語)に、中国語孤立語)が日本語膠着語)に変化しつつある。

こんな風に合理的に進化していかないところが面白いっていう話。

 

だからここでいう日本語の弱点は膠着語の弱点っていうことなんだけど、

膠着語は一番合理的って上で書いたから、その点から見る限りやっぱり弱点なかったわw

2008-03-13

http://anond.hatelabo.jp/20080313030006

これを全部読んでいない人間は「猿」です。

ちなみに猿に人権はありません。ネットで表現をする権利も自由もありません。よく覚えておくように。

プラトン『饗宴』岩波文庫

アリストテレス『詩学』岩波文庫

アウグスティヌス『告白』岩波文庫

レオナルド・ダ・ヴィンチレオナルド・ダ・ヴィンチの手記』岩波文庫

マキァベッリ『君主論中公文庫BIBLO, 岩波文庫

モア『ユートピア岩波文庫

デカルト方法序説岩波文庫

ホッブズリヴァイアサン岩波文庫

パスカル『パンセ』中公文庫

スピノザエチカ岩波文庫

ルソー『社会契約論』岩波文庫

カント純粋理性批判岩波文庫

ヘーゲル『精神現象学平凡社ライブラリー, 作品社

キルケゴール死に至る病岩波文庫

マルクス資本論岩波文庫

ニーチェ『道徳の系譜』岩波文庫

ウェーバープロテスタンティズム倫理資本主義の精神』岩波文庫

ソシュール『一般言語学講義』岩波書店

ヴァレリー『精神の危機』

フロイト『快感原則の彼岸』ちくま文庫

シュミット『政治神学』未来社

ブルトンシュルレアリスム宣言』岩波文庫

ハイデッガー存在と時間ちくま文庫, 岩波文庫, 中公クラシック

ガンジーガンジー自伝中公文庫

ベンヤミン『複製技術時代における芸術作品』複製技術時代の芸術, 晶文社クラシック

ポランニー『大転換 市場社会の形成と崩壊』東洋経済新報社

アドルノホルクハイマー『啓蒙の弁証法岩波書店

アレント全体主義の起源』みすず書房

ウィトゲンシュタイン『哲学探求』大修館書店

レヴィ=ストロース『野生の思考』みすず書房

マクルーハン『グーテンベルグの銀河系みすず書房

フーコー『言葉と物』新潮社

デリダ『グラマトロジーいについて』

ドゥルーズガタリアンチ・オイディプス』河出書房新社

ラカン精神分析の四つの基本概念』岩波書店

ウォーラーステイン『近代世界システム岩波書店

ケージジョン・ケージ青土社

サイードオリエンタリズム平凡社

ベイトソン『精神と自然』新思策社

アンダーソン『想像の共同体NTT出版

本居宣長『玉勝間』岩波文庫

上田秋成『胆大小心録』岩波文庫

内村鑑三『余は如何にして基督信徒となりし乎』岩波文庫

岡倉天心東洋の理想』講談社学術文庫

西田幾多郎西田幾多郎哲学論集?・?・?』岩波文庫

九鬼周造『「いき」の構造』岩波文庫

和辻哲郎風土岩波文庫

柳田國男『木綿以前の事』岩波文庫

時枝誠記国語学原論』

宇野弘蔵経済学方法論』

海外文学

ホメロスオデュッセイア岩波文庫

旧約聖書創世記岩波文庫

ソポクレスオイディプス王新潮文庫岩波文庫

『唐詩選』岩波文庫

ハイヤーム『ルバイヤート』岩波文庫

ダンテ神曲岩波文庫

ラブレー『ガルガンテュアとパンタグリュエルの物語』岩波文庫

シェイクスピアハムレット角川文庫新潮文庫岩波文庫ちくま文庫

セルバンテスドン・キホーテ岩波文庫

スウィフトガリヴァー旅行記』岩波文庫

スターントリストラム・シャンディ』岩波文庫

サド『悪徳の栄え河出文庫

ゲーテファウスト新潮文庫岩波文庫

スタンダールパルムの僧院』

ゴーゴル『外套』

ポー『盗まれた手紙

エミリー・ブロンテ『嵐が丘』

メルヴィル白鯨

フローベール『ボヴァリー夫人』

キャロル不思議の国のアリス

ドストエフスキー『悪霊』

チェーホフ桜の園

チェスタトンブラウン神父の童心

プルースト失われた時を求めて

カフカ『審判』

魯迅『阿Q正伝』

ジョイスユリシーズ

トーマス・マン『魔の山』

ザミャーミン『われら』

ムージル『特性のない男』

セリーヌ『夜の果ての旅』

フォークナー『アブサロム、アブサロム!』

ゴンブローヴィッチ『フェルディドゥルケ』

サルトル『嘔吐』

ジュネ『泥棒日記』

ベケットゴドーを待ちながら

ロブ=グリエ『嫉妬』

デュラス『モデラートカンタービレ

レム『ソラリスの陽のもとに』

ガルシアマルケス百年の孤独

ラシュディ『真夜中の子どもたち』

ブレイクブレイク詩集』

ベルダーリン『ヘルダーリン詩集』

ボードレール悪の華

ランボーランボー詩集』

エリオット『荒地』

マヤコフスキーマヤコフスキー詩集』

ツェランツェラン詩集』

バフチンドストエフスキーの詩学』

ブランショ文学空間』

日本文学

二葉亭四迷『浮雲』

森鴎外舞姫

樋口一葉『にごりえ』

泉鏡花高野聖

国木田独歩武蔵野

夏目漱石我輩は猫である

島崎藤村『破戒』

田山花袋『蒲団』

徳田秋声あらくれ

有島武郎『或る女』

志賀直哉『小僧の神様

内田百〓『冥途・旅順入城式』

宮澤賢治銀河鉄道の夜

江戸川乱歩『押絵と旅する男』

横山利一『機械

谷崎潤一郎『春琴抄』

夢野久作ドグラ・マグラ

中野重治村の家

川端康成雪国

折口信夫死者の書

太宰治斜陽

大岡昇平『俘虜記』

埴谷雄高『死霊』

三島由紀夫仮面の告白

武田泰淳ひかりごけ

深沢七郎楢山節考

安部公房『砂の女』

野坂昭如『エロ事師たち』

島尾敏雄『死の棘』

大西巨人神聖喜劇

大江健三郎万延元年のフットボール

古井由吉『円陣を組む女たち』

後藤明生『挟み撃ち』

円地文子『食卓のない家』

中上健次『枯木灘』

斎藤茂吉『赤光』

萩原朔太郎『月に吠える』

田村隆一田村隆一詩集』

吉岡実吉岡実詩集』

坪内逍遥小説神髄』

北村透谷『人生に相渉るとは何の謂ぞ』

福沢諭吉『福翁自伝

正岡子規『歌よみに与ふる書』

石川啄木『時代閉塞の現状』

小林秀雄『様々なる意匠』

保田與重郎日本の橋』

坂口安吾堕落論

花田清輝『復興期の精神』

吉本隆明転向論』

江藤淳『成熟と喪失』

by 柄谷行人、他

追記

必読書150』柄谷行人浅田彰、他(太田出版

http://www.amazon.co.jp/%E5%BF%85%E8%AA%AD%E6%9B%B8150-%E6%9F%84%E8%B0%B7-%E8%A1%8C%E4%BA%BA/dp/4872336569

ネットにはほとんど「猿」しかいないんじゃないかと思うことも多いので、是非、脱「猿」してみて下さい。2chは「猿」の巣窟でもかまわないのですが、はてなが「猿」の巣窟であってはインフラリソースの損失だと思っています。実のありげな議論が起こっているなと思いきや、はてな「猿」が集団でやってきて議論を潰しているケースがほとんどなので。

 
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