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はてなキーワード: 正岡子規とは

2018-04-21

anond:20180421095134

どうでも良いと言えばいいが、ブコメ昭和後期から平成前期の風俗として認識していてそれを疑いもしない人がほとんどというのがちょっと気に食わない。

この表記はかなり昔から続いてきたもののはずだ。青空文庫からサンプルを持ってきてみる。

幸田露伴 (慶応3年-昭和22年) 例 「鵞鳥」 https://www.aozora.gr.jp/cards/000051/files/4109_7964.html

「そんな無茶なことを云い出しては人迷わせだヨ。腕で無くって何で芸術が出来る。まして君なぞ既にいい腕になっているのだもの、いよいよ腕を磨くべしだネ。」

正岡子規 (慶応3年-明治35年) 「初夢https://www.aozora.gr.jp/cards/000305/files/50396_39302.html

「なに今朝から立ったのだヨ。今朝立って見たら君、痛みなんどはちっともないのだもの。」「そうか、そりゃ善かった。大変心配していたんだヨ。もうとてもいけないだろうッて、誰れか言った位であったから。」

橘外男 (明治27年-昭和34年) 「雷嫌いの話」 https://www.aozora.gr.jp/cards/001397/files/50076_37659.html

ゴロゴロと遠くの方でやり出すと、大丈夫だヨ、大丈夫だヨ、お父さん! 今日はこっちの方角だから、そう大して、鳴らないよ!

2015-07-31

モダンデザイン俳句

http://d.hatena.ne.jp/oxyfunk/20150730

丸・三角・四角といった抽象的な図形の組み合わせでしかないモダンデザイン表現が出尽くしたかのようにも見えてきた


個人的なことだが、自分俳句を作るのをちょっとした趣味にしてた

新聞とかに俳句投稿して、自分作品が載るのが嬉しかったのだ

だが今はしてない

どうしてかと言うと、大分前に、自分で傑作だ!と思った作品が一つ出来た

自分としてはなかなかの出来なので、すぐには投稿せず、ちょっと一人で眺めていて、一人でニヤニヤしていたのだ

気持ち悪いと思うかもしれないが、とにかくその句を独占して眺めるのがとにかく楽しかったのだ

そんなおり、ある有名の方の句集が出たというので、いつものようにそれをを買って読んでたら、思わず目が止まった

自分の例の俳句と良く似た俳句があったのである

まったく同じではないが、一部の語が同じで使い方も同じ、非常に良く似ていたのである

もちろん、有名な方が私の句をパクったわけではない

しろ家族以外に誰も見せてないのだ

そもそも、作った時期だって違うだろうし、有名な方が私の俳句を知る機会なぞまずない

ようするに、たまたま似てしまったのだ

https://ja.wikipedia.org/wiki/正岡子規

俳句の前途より

日本和歌俳句の如きは、一首の字音僅(わずか)に二、三十に過ぎざれば、(中略)その数に限りあるを知るべきなり。語を換へて之(これ)をいはば、和歌(重に短歌をいふ)・俳句は早晩その限りに達して、最早この上に一首の新しきものだに作り得べからざるに至るべしと

子規は、この後、明治俳句は出尽くし終わるみたいなことを言ってる

私が俳句を作るのをやめたのは、この子規の話を急に思い出してしまたからだった

私が傑作と思って作った例の俳句は、どこかへ投稿すればきっと、パクリと言われるに違いない

そのことをどんな抗弁しても、きっと酷く中傷されるだろう

でもそれが嫌で、俳句を辞めたわけではない

私の中で、俳句と言う芸術が、もう限界なのではないかと思った瞬間、ふっとあれほどあった情熱が冷めてしまった

消えてしまった

アマチュアの私は、簡単に逃げられるが、プロの方はどうなんだろうなと時々思う

まだ新しいものを生み出せるとロマンティックに信じているのか、それとも惰性か

佐野研二郎さんはどう思っているのだろうか

話を聞いてみたいもの

2015-05-30

http://anond.hatelabo.jp/20150530190223

明治時代の20歳って、平均余命40年もあったんだ。。。

正岡子規とか石川啄木とか樋口一葉とか、短命な文人が多かったから、せいぜい20歳+30年=50歳程度のイメージだったんだが。

夏目漱石わずか12年で文豪上り詰めた

夏目漱石って、作品を発表していた期間が実はあっという間の短期間だったと聞いて目ウロコ。

 初作『吾輩は猫である』を書いたのが37歳、未完作『明暗』を書きながら死んだのが49歳。

 わずか12年間も活動で、千円札の表紙に上り詰める文豪地位を獲得。

 てっきり、20~25年は活動してるイメージがあったのだが。

★「夏目漱石わずか12年間の活動文豪の座まで上り詰めた」ということは、

 60歳で定年退職して、『小説家になりたい、という若い頃の夢を果たしたい』というシニアが遅咲きデビューしても、

 72歳まで活動すれば文豪になり得る、という夢のある話な訳です。

夏目漱石クラス知的リテラシーを持ってる人って、明治時代だと日本で数万人程度だったんだろうが、

 現代日本では数百万人程度はいるだろう。

 つまり「その気になれば、60歳で夏目漱石デビューできる潜在可能性がある人」が、日本では数百万人はいる訳だ

夏目漱石時代との最大の相違点は『平均余命』だろうな。

 明治維新当時、日本人平均寿命わずか37歳だったらしい。

 (さすがに明治末期には50歳程度には伸びたとは思うが)

 「明治維新当時の20歳より、今の日本の60歳の方が、平均余命は長い」、ということか。

 現代人の『60歳定年は、第二の人生の始まり』という比喩は、比喩でもなんでもなく、

 明治維新当時から考えれば『成人人生期間より長い』訳です。

★当時は正岡子規のように、文才がありながら早世した文人も多かったからな。

 正岡子規とか、もっと長生きしてたら、夏目漱石とは比較にならないくらいの超文豪になってた可能性もあった訳で。

 その他、文才あったのに20代で結核で死んで、記録にも残ってない文豪タマゴも多数なんだろうな

★逆に考えると、夏目漱石文豪になったのは、

 『当時としては珍しく、12年間の活動期間を得られた位に、長生きできたから』かもしれない。

 夏目漱石より文才があったのに、結核とか種痘とかコレラとかで死んで、文豪に成り損なった文才も多数いたんだろうな。

夏目漱石が、40代になってから続々と作品を発表できるようになったのは、彼自身の文才と49歳まで生き延びた生存力のおかげでもあるが、

 『朝日新聞』という小説発表の場をうまく利用したのが最大の理由じゃないか?

 朝日新聞文豪を産み、職業小説家という職業を産んだ

2010-12-04

あー

坂の上の雲正岡子規の妹フューチャーしてて

何でだろうなあと思ってたけど

病に苦しむ兄を7年間「介護した」ってことで出してるんだね

今が介護問題大変だから、ってことで原作にもあんまりでてこない人間

NHKってほんとあざといよなあ

2010-05-04

http://anond.hatelabo.jp/20100504002105

主な生涯、童貞だったと言われている偉人だけでもニュートンプラトンカント正岡子規吉田松陰宮沢賢治ルイス・キャロルetcだよ?

アリストテレスは40歳まで童貞だよ、自信持って愛する人の為に童貞大事にしろよ。

生涯童貞だった偉人の数より、非童貞だった偉人の数の方が桁違いに多いけどな。

http://anond.hatelabo.jp/20100504002105

主な生涯、童貞だったと言われている偉人だけでもニュートンプラトンカント正岡子規吉田松陰宮沢賢治ルイス・キャロルetcだよ?

正岡子規って童貞だったのか。

それはさておき、変な人ばかりな気がしてならない。臭そうというか。

愛する人に童貞ささげよう

1920年代日本では童貞は男の誇りだった。愛する人に童貞をささげるのだと、童貞を大事にしていた。

しかし今の男は童貞を恥とし、愛もなく風俗で捨てる穢れた行為を好んでやる。ここ数十年で男の貞操観念破壊されてしまった。

童貞だからウジウジ無駄に過ごすとか、んな事ないよ。

主な生涯、童貞だったと言われている偉人だけでもニュートンプラトンカント正岡子規吉田松陰宮沢賢治ルイス・キャロルetcだよ?

アリストテレスは40歳まで童貞だよ、自信持って愛する人の為に童貞大事にしろよ。

2009-07-24

娘九つの場を占めて

大正野球娘。を見ていてなんとなく感じる違和感

あ、そうか。

野球が楽しそうじゃないんだ。

いちおうサブタイトル正岡子規野球を詠んだ「九つの人九つの場を占めて ベースボールの始まらんとす」

とかを引いて見てるけど、野球の楽しさを主人公たちが感じてないからなんとなくヘンに見えるんだな。

「まり投げて見たき広場や春の草」

「春風やまりを投げたき草の原」

同じく子規の俳句だけど、

「ここ広いなあ。キャッチボールしたら楽しそうだなあ」

という情感が伝わってくるよね。

アニメでもこういう「ボールを投げたら楽しい。そのボールを捕れたら楽しい

っていう楽しさが伝わってくれば面白いアニメになるとおもう。

2009-07-22

古人の糟粕を嘗めまくり

たとえば新房作品が古人の糟粕嘗めまくりで陳腐である、と正岡子規ばりの批判を展開するとして、

我々の感じる作品の陳腐さ(洗練度合い)のうまい指標はあるか、と考えると、エンディングテーマ

カバー曲を使っているか否かというのは有力な候補に思えるし、ましてエンディングテーマカラオケ

大会にするとかいうのはそれこそ糟粕の糟粕の糟粕ばかりに御座候、と切り捨てることができる。

たとえば「ぱにょデジ」はでじこ本編よりも陳腐さが高い、という判断ができる。

作品テーマが陳腐、とか、ドラマツルギーが安易である、というのは古今を否、万葉を是とする立場から

すれば問題とはならないのであって、同工異曲といわれても新規に書き起こし意識的に何か固有の著者を

もつ作品からの引用を行っていないことが重要となる。最悪、誰か他人の作品を丸コピーしたとしても

そこに原著者のクレジットが一切なければこれは万葉型の表現ということになる。

マーケティングの結果最終的に選ばれる表現が万葉型になるのか古今型になるのか、というのは

主に対象年齢層と作業(典拠の確認や権利処理等)のコスト、企画者のリスク回避度によって

決まってくる(おっさんにウケる作品すべてが必ずしもおっさんホイホイではないけれども、

リスク回避的な企画者は当然おっさんホイホイを選好する)。ただ、「ゆとり伝統を教えてやる」と

いうことで意図的に古今型の表現が選択される事例も多い。これはアーカイブの権利者に近いほど

やりたくなる戦略でもある。

いや、とくに結論というのがあるわけではなく。

追記:ええ、一連の「歌よみに与ふる書」をちゃんと読んでいませんが、日本酒醸造工程

アナロジーで、現代でいうところの「劣化コピー」に相当する語であることは理解しています。

楽曲の再利用のさらに再利用をしているわけではないので確かにあまり的確な表現ではないのですが。

追記:たとえば『トレインスポッティング』でキルケゴール言及されている(記憶によれば)

からといってそれが古今的な作品だということにはなりません。あーうまい説明ができない。

2009-05-30

連続SS

 唐突だが、席替えだそうだ。

 ゴーフルの缶に入れられたクジを引いた俺は、窓際後方2番目というなかなかよろしいポジションを獲得した!

 窓際後方2番目といえばあまり有名ではないかもしれないが知るものぞ知る良席なのである。 春は暖かい日差しが程よく当たってかの極楽浄土が現世に顕現したかのごとくであるし、夏は日差しがキツくなるとはいえ窓際ということもあり涼風にありつける可能性が非常に高いので遥かな尾瀬が近い空だし、秋は秋で授業中に眼が疲れたなら遠くの山の紅葉を見て眼の保養をするとともに日本人感性を育むことができて正岡子規が開発した俳句用の色紙(正岡子規式色紙)に一句読みたくなるし、冬ともなると暖かい教室の窓から深々と雪が降るのを眼にしてセンチメンタルアンニュイな気分でメランコリニスタな気分に浸って若干ハイで眠れないのだ。ならば窓際の一番後ろの席でも良いじゃないかという反論をするものも必ずいるだろうが、その考えは甘いダダ甘い高校3年2学期から受験勉強を始める奴並みに甘いと言わざるを得ない。何故ならば一番後ろの席というのは一見教師の眼が届かなさそうなイメージがあるが決してそんなことは無くむしろ逆であり例えば舟を漕いでいたりすると教師というものは目ざとく見つけてくれやがる。そう考えると後ろから2番手番手というのはまさに忍術で言うところの木陰の大事であり木を隠すには森の中人を隠すには人の中といった具合なのであるからして良席なのだ。こんな良席を手に入れられるとはそろそろ運が俺に向いてきたといって何ら差し支えは無いであろうしこれでハルヒと疎遠になるだろうことは想像に難くなく俺はいつに無く浮かれた調子でハルヒへの別れを告げんとした。さらばーハルヒー、フォーエ

「7番でごわす」

「うむ、涼宮山関の座席は窓側一番奥でごわすな」

 こう宣告されたときの俺の表情は一体如何なるものだったのであろうか生憎自分の顔は鏡が無い限り見ることができないので想像するしか手段が無いのであるがそれは例えばブルータスに刺されたカエサルもしくは仮面に謀られた時の育ちのいい坊やはたまた覚醒した戦闘種族の息子に劣勢に立たされた完全体もかくやと思われるものだったのではないか、まあ俺はとりあえず世界確率法則が酷く薄情にできていることにもう逆に感心しつつそれを支配しているかもしれない超越存在に向かって喧嘩を売りたいというか叩き売らせてくれよーし神とやらちょっとここに来て座りたまえああいややっぱ座らなくていい久々にキレちまった一緒に屋上へ行こうかボコボコにしてやんよ

 席替え後の休み時間谷口がニヤニヤしながらやって来た。

「ほれ、有名な時代劇の曲にもあるだろ? “人生苦ばかり”」

「虹が出ないだろがそれじゃ!」

 渾身のチョップを谷口の頭に痛恨の一撃クリティカル)させた。

2009-04-21

http://anond.hatelabo.jp/20090421043701

ちょっと休んだら。

俺はどうにもダメなときは、根岸の子規庵いって、

正岡子規の庭を、小一時間眺めたりするよ。

2008-07-08

猿ベージ

http://anond.hatelabo.jp/20080315152400]

これを全部読んでいない人間は「猿」です。

ちなみに猿に人権はありません。ネットで表現をする権利も自由もありません。よく覚えておくように。

プラトン『饗宴』岩波文庫

アリストテレス『詩学』岩波文庫

アウグスティヌス『告白』岩波文庫

レオナルド・ダ・ヴィンチレオナルド・ダ・ヴィンチの手記』岩波文庫

マキァベッリ『君主論中公文庫BIBLO, 岩波文庫

モア『ユートピア岩波文庫

デカルト方法序説岩波文庫

ホッブズリヴァイアサン岩波文庫

パスカル『パンセ』中公文庫

スピノザエチカ岩波文庫

ルソー『社会契約論』岩波文庫

カント純粋理性批判岩波文庫

ヘーゲル精神現象学平凡社ライブラリー, 作品社

キルケゴール死に至る病岩波文庫

マルクス資本論岩波文庫

ニーチェ『道徳の系譜』岩波文庫

ウェーバープロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神岩波文庫

ソシュール『一般言語学講義』岩波書店

ヴァレリー精神の危機』

フロイト『快感原則の彼岸』ちくま文庫

シュミット政治神学』未来社

ブルトンシュルレアリスム宣言』岩波文庫

ハイデッガー存在と時間ちくま文庫, 岩波文庫, 中公クラシック

ガンジーガンジー自伝中公文庫

ベンヤミン『複製技術時代における芸術作品』複製技術時代の芸術, 晶文社クラシック

ポランニー『大転換 市場社会の形成と崩壊』東洋経済新報社

アドルノホルクハイマー啓蒙弁証法岩波書店

アレント全体主義起源みすず書房

ウィトゲンシュタイン哲学探求』大修館書店

レヴィ=ストロース『野生の思考』みすず書房

マクルーハン『グーテンベルグの銀河系みすず書房

フーコー『言葉と物』新潮社

デリダ『グラマトロジーいについて』

ドゥルーズガタリアンチ・オイディプス』河出書房新社

ラカン精神分析の四つの基本概念』岩波書店

ウォーラーステイン『近代世界システム岩波書店

ケージジョン・ケージ青土社

サイードオリエンタリズム平凡社

ベイトソン精神と自然』新思策社

アンダーソン『想像共同体NTT出版

本居宣長『玉勝間』岩波文庫

上田秋成『胆大小心録』岩波文庫

内村鑑三『余は如何にして基督信徒となりし乎』岩波文庫

岡倉天心『東洋の理想』講談社学術文庫

西田幾多郎西田幾多郎哲学論集?・?・?』岩波文庫

九鬼周造『「いき」の構造』岩波文庫

和辻哲郎『風土』岩波文庫

柳田國男『木綿以前の事』岩波文庫

時枝誠記国語学原論』

宇野弘蔵経済学方法論』

海外文学

ホメロスオデュッセイア岩波文庫

旧約聖書創世記岩波文庫

ソポクレスオイディプス王新潮文庫岩波文庫

『唐詩選』岩波文庫

ハイヤーム『ルバイヤート』岩波文庫

ダンテ神曲岩波文庫

ラブレー『ガルガンテュアとパンタグリュエルの物語』岩波文庫

シェイクスピアハムレット角川文庫新潮文庫岩波文庫ちくま文庫

セルバンテスドン・キホーテ岩波文庫

スウィフトガリヴァー旅行記』岩波文庫

スターントリストラム・シャンディ』岩波文庫

サド『悪徳の栄え河出文庫

ゲーテファウスト新潮文庫岩波文庫

スタンダールパルムの僧院』

ゴーゴル『外套』

ポー『盗まれた手紙』

エミリー・ブロンテ『嵐が丘』

メルヴィル『白鯨』

フローベール『ボヴァリー夫人』

キャロル不思議の国のアリス

ドストエフスキー『悪霊』

チェーホフ桜の園

チェスタトンブラウン神父の童心』

プルースト失われた時を求めて

カフカ『審判』

魯迅『阿Q正伝』

ジョイスユリシーズ

トーマス・マン『魔の山』

ザミャーミン『われら』

ムージル『特性のない男』

セリーヌ『夜の果ての旅』

フォークナー『アブサロム、アブサロム!』

ゴンブローヴィッチ『フェルディドゥルケ』

サルトル嘔吐

ジュネ『泥棒日記

ベケットゴドーを待ちながら

ロブ=グリエ『嫉妬』

デュラス『モデラートカンタービレ

レム『ソラリスの陽のもとに』

ガルシアマルケス百年の孤独

ラシュディ『真夜中の子どもたち』

ブレイクブレイク詩集

ベルダーリンヘルダーリン詩集

ボードレール悪の華

ランボーランボー詩集

エリオット『荒地』

マヤコフスキーマヤコフスキー詩集

ツェランツェラン詩集

バフチンドストエフスキーの詩学』

ブランショ『文学空間』

日本文学

二葉亭四迷浮雲

森鴎外舞姫

樋口一葉『にごりえ』

泉鏡花高野聖

国木田独歩武蔵野

夏目漱石我輩は猫である

島崎藤村破戒

田山花袋『蒲団』

徳田秋声あらくれ

有島武郎『或る女』

志賀直哉『小僧の神様』

内田百〓『冥途・旅順入城式』

宮澤賢治銀河鉄道の夜

江戸川乱歩『押絵と旅する男』

横山利一『機械』

谷崎潤一郎『春琴抄』

夢野久作ドグラ・マグラ

中野重治村の家

川端康成『雪国』

折口信夫死者の書

太宰治『斜陽』

大岡昇平『俘虜記』

埴谷雄高死霊

三島由紀夫仮面の告白

武田泰淳ひかりごけ

深沢七郎楢山節考

安部公房砂の女

野坂昭如『エロ事師たち』

島尾敏雄『死の棘』

大西巨人神聖喜劇

大江健三郎万延元年のフットボール

古井由吉『円陣を組む女たち』

後藤明生『挟み撃ち』

円地文子『食卓のない家』

中上健次『枯木灘』

斎藤茂吉『赤光』

萩原朔太郎『月に吠える』

田村隆一田村隆一詩集

吉岡実吉岡実詩集

坪内逍遥『小説神髄』

北村透谷人生に相渉るとは何の謂ぞ』

福沢諭吉『福翁自伝

正岡子規『歌よみに与ふる書』

石川啄木『時代閉塞の現状』

小林秀雄『様々なる意匠』

保田與重郎『日本の橋』

坂口安吾堕落論

花田清輝『復興期の精神

吉本隆明『転向論』

江藤淳『成熟と喪失』

by 柄谷行人、他

追記

必読書150』柄谷行人浅田彰、他(太田出版

http://www.amazon.co.jp/%E5%BF%85%E8%AA%AD%E6%9B%B8150-%E6%9F%84%E8%B0%B7-%E8%A1%8C%E4%BA%BA/dp/4872336569

ネットにはほとんど「猿」しかいないんじゃないかと思うことも多いので、是非、脱「猿」してみて下さい。2chは「猿」の巣窟でもかまわないのですが、はてなが「猿」の巣窟であってはインフラリソースの損失だと思っています。実のありげな議論が起こっているなと思いきや、はてな「猿」が集団でやってきて議論を潰しているケースがほとんどなので。

2008-05-20

学生のうちに一ヶ月単位旅行をしろ! 今しか出来ないんだぞ!」とか言われても、

確かにそうだなぁとは思うんだけど、いざ実行に移そうかと思うかというと、そうでもない。

例えば愛媛県とかに一ヶ月旅行に行くとしても、

道後温泉に毎日浸かる。松山城に行く。カラクリ時計見る。正岡子規記念館みたいなの見に行く。

せいぜい一週間しかもたない。

愛媛県だけじゃなくて四国をあっちこっち回れ、フェリーとか使って瀬戸内海も回れとか、とかそういうことなんだろうか?

「今しか出来ない」からって「なぜやるべきなのか」が伝わってこないっすよ

見聞が広まるから?

2008-03-13

http://anond.hatelabo.jp/20080313030006

これを全部読んでいない人間は「猿」です。

ちなみに猿に人権はありません。ネットで表現をする権利も自由もありません。よく覚えておくように。

プラトン『饗宴』岩波文庫

アリストテレス『詩学』岩波文庫

アウグスティヌス『告白』岩波文庫

レオナルド・ダ・ヴィンチレオナルド・ダ・ヴィンチの手記』岩波文庫

マキァベッリ『君主論中公文庫BIBLO, 岩波文庫

モア『ユートピア岩波文庫

デカルト方法序説岩波文庫

ホッブズリヴァイアサン岩波文庫

パスカル『パンセ』中公文庫

スピノザエチカ岩波文庫

ルソー『社会契約論』岩波文庫

カント純粋理性批判岩波文庫

ヘーゲル『精神現象学平凡社ライブラリー, 作品社

キルケゴール死に至る病岩波文庫

マルクス資本論岩波文庫

ニーチェ『道徳の系譜』岩波文庫

ウェーバープロテスタンティズム倫理資本主義の精神』岩波文庫

ソシュール『一般言語学講義』岩波書店

ヴァレリー『精神の危機』

フロイト『快感原則の彼岸』ちくま文庫

シュミット『政治神学』未来社

ブルトンシュルレアリスム宣言』岩波文庫

ハイデッガー存在と時間ちくま文庫, 岩波文庫, 中公クラシック

ガンジーガンジー自伝中公文庫

ベンヤミン『複製技術時代における芸術作品』複製技術時代の芸術, 晶文社クラシック

ポランニー『大転換 市場社会の形成と崩壊』東洋経済新報社

アドルノホルクハイマー『啓蒙の弁証法岩波書店

アレント全体主義の起源』みすず書房

ウィトゲンシュタイン『哲学探求』大修館書店

レヴィ=ストロース『野生の思考』みすず書房

マクルーハン『グーテンベルグの銀河系みすず書房

フーコー『言葉と物』新潮社

デリダ『グラマトロジーいについて』

ドゥルーズガタリアンチ・オイディプス』河出書房新社

ラカン精神分析の四つの基本概念』岩波書店

ウォーラーステイン『近代世界システム岩波書店

ケージジョン・ケージ青土社

サイードオリエンタリズム平凡社

ベイトソン『精神と自然』新思策社

アンダーソン『想像の共同体NTT出版

本居宣長『玉勝間』岩波文庫

上田秋成『胆大小心録』岩波文庫

内村鑑三『余は如何にして基督信徒となりし乎』岩波文庫

岡倉天心東洋の理想』講談社学術文庫

西田幾多郎西田幾多郎哲学論集?・?・?』岩波文庫

九鬼周造『「いき」の構造』岩波文庫

和辻哲郎風土岩波文庫

柳田國男『木綿以前の事』岩波文庫

時枝誠記国語学原論』

宇野弘蔵経済学方法論』

海外文学

ホメロスオデュッセイア岩波文庫

旧約聖書創世記岩波文庫

ソポクレスオイディプス王新潮文庫岩波文庫

『唐詩選』岩波文庫

ハイヤーム『ルバイヤート』岩波文庫

ダンテ神曲岩波文庫

ラブレー『ガルガンテュアとパンタグリュエルの物語』岩波文庫

シェイクスピアハムレット角川文庫新潮文庫岩波文庫ちくま文庫

セルバンテスドン・キホーテ岩波文庫

スウィフトガリヴァー旅行記』岩波文庫

スターントリストラム・シャンディ』岩波文庫

サド『悪徳の栄え河出文庫

ゲーテファウスト新潮文庫岩波文庫

スタンダールパルムの僧院』

ゴーゴル『外套』

ポー『盗まれた手紙

エミリー・ブロンテ『嵐が丘』

メルヴィル白鯨

フローベール『ボヴァリー夫人』

キャロル不思議の国のアリス

ドストエフスキー『悪霊』

チェーホフ桜の園

チェスタトンブラウン神父の童心

プルースト失われた時を求めて

カフカ『審判』

魯迅『阿Q正伝』

ジョイスユリシーズ

トーマス・マン『魔の山』

ザミャーミン『われら』

ムージル『特性のない男』

セリーヌ『夜の果ての旅』

フォークナー『アブサロム、アブサロム!』

ゴンブローヴィッチ『フェルディドゥルケ』

サルトル『嘔吐』

ジュネ『泥棒日記』

ベケットゴドーを待ちながら

ロブ=グリエ『嫉妬』

デュラス『モデラートカンタービレ

レム『ソラリスの陽のもとに』

ガルシアマルケス百年の孤独

ラシュディ『真夜中の子どもたち』

ブレイクブレイク詩集』

ベルダーリン『ヘルダーリン詩集』

ボードレール悪の華

ランボーランボー詩集』

エリオット『荒地』

マヤコフスキーマヤコフスキー詩集』

ツェランツェラン詩集』

バフチンドストエフスキーの詩学』

ブランショ文学空間』

日本文学

二葉亭四迷『浮雲』

森鴎外舞姫

樋口一葉『にごりえ』

泉鏡花高野聖

国木田独歩武蔵野

夏目漱石我輩は猫である

島崎藤村『破戒』

田山花袋『蒲団』

徳田秋声あらくれ

有島武郎『或る女』

志賀直哉『小僧の神様

内田百〓『冥途・旅順入城式』

宮澤賢治銀河鉄道の夜

江戸川乱歩『押絵と旅する男』

横山利一『機械

谷崎潤一郎『春琴抄』

夢野久作ドグラ・マグラ

中野重治村の家

川端康成雪国

折口信夫死者の書

太宰治斜陽

大岡昇平『俘虜記』

埴谷雄高『死霊』

三島由紀夫仮面の告白

武田泰淳ひかりごけ

深沢七郎楢山節考

安部公房『砂の女』

野坂昭如『エロ事師たち』

島尾敏雄『死の棘』

大西巨人神聖喜劇

大江健三郎万延元年のフットボール

古井由吉『円陣を組む女たち』

後藤明生『挟み撃ち』

円地文子『食卓のない家』

中上健次『枯木灘』

斎藤茂吉『赤光』

萩原朔太郎『月に吠える』

田村隆一田村隆一詩集』

吉岡実吉岡実詩集』

坪内逍遥小説神髄』

北村透谷『人生に相渉るとは何の謂ぞ』

福沢諭吉『福翁自伝

正岡子規『歌よみに与ふる書』

石川啄木『時代閉塞の現状』

小林秀雄『様々なる意匠』

保田與重郎日本の橋』

坂口安吾堕落論

花田清輝『復興期の精神』

吉本隆明転向論』

江藤淳『成熟と喪失』

by 柄谷行人、他

追記

必読書150』柄谷行人浅田彰、他(太田出版

http://www.amazon.co.jp/%E5%BF%85%E8%AA%AD%E6%9B%B8150-%E6%9F%84%E8%B0%B7-%E8%A1%8C%E4%BA%BA/dp/4872336569

ネットにはほとんど「猿」しかいないんじゃないかと思うことも多いので、是非、脱「猿」してみて下さい。2chは「猿」の巣窟でもかまわないのですが、はてなが「猿」の巣窟であってはインフラリソースの損失だと思っています。実のありげな議論が起こっているなと思いきや、はてな「猿」が集団でやってきて議論を潰しているケースがほとんどなので。

2007-03-18

Re:童貞だから馬鹿にされるのではない

その通り。

だから正岡子規ニュートン童貞でも異人なのだ。

逆を言えば……、非童貞でも童貞的発想というか、精神的に未熟な人間もいるにはいる。少ないけどな。

2007-01-20

平気

余は今迄禅宗の所謂悟りといふ事を誤解して居た。

悟りといふ事は如何なる場合にも平気で死ぬる事かと思つて居たのは間違ひで、

悟りといふ事は如何なる場合にも平気で生きている事であつた。

 

正岡子規『病牀六尺』)

 
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