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2021-10-09

anond:20211006200109

Energy, Light, Dawn, Soul, Alive

おお、あのELDSAね! 好きだったわ、バッファロー出身5人組のポジティブメタルコアバンド

5人全員がストレート・エッジヴィーガン、影響を受けたバンドはMinor Threat、H2O、Shelter、Earth Crisis。バリバリハードコアサウンド対照的歌詞が極めて前向きで、自己実現とか社会参加とか、最近だと環境問題気候変動とかまで歌ってた。

3rdアルバムの『Positive Influence』がヴィーガンメタルコア名盤とされていて、未だにフォロワーを生み出している。ちなみに、この印象的なジャケットイラストを描いたラーズ・ムステインは現在テキサスアニメーション会社クリエイティブディレクターをやっている。

ピートVo)とトビー(G)は兄弟で、特に彼らは筋金入りのヴィーガンピートはいつもバンダナに全身黒のフェイクレザーを着ている。咆哮系のヴォイスに緩急つけて地の声色を混ぜて歌うのが特徴。トビーはいつも半袖白シャツに短パンガチガチヘヴィーなギターときおりハーモニクスを響かせる奏法。

もう一人のギターのリノは黒人ヒスパニックハーフで、バンドに専念する前はアメリカン大学弁護士を目指して法学勉強していた。ベースのマットは敬虔モルモン教徒。バンドをやらなければ聖職者になるつもりだった。Drのフランクフォーダム大学哲学科の講師もやっていて、スピノザを専攻している。格闘技のようなバスドラムと、強烈なうねりのあるリズムが特徴。

先日、環境活動家グレタさんの聴いてる音楽プレイリスト流出したけど、Sabatonとかの北欧メタルの中にこのELDSAが混じってたのでも界隈で話題になった。

意外に親日家としても知られていて、ときどきお忍びで来日しては仲のいい原宿アパレルショップの人たちとつるんでいるらしい。ツイッターときどき金をばら撒いて注目を集めてる某有名アパレルサイトCEOとも、彼が現役バンドマンだったときに面識があるらしい。一度だけ来日して高円寺ライブをやったが、ライブハウスでは誰もアルコールを一切飲まず、いかついヘッズたちが帰り際に高円寺の街をゴミ拾いして帰ったのは今では伝説になっている。

彼らのイチオシ日本バンドState Craft

人権問題かに積極的で、数年前はボーカルピートが中心になってウイグルフリーダムコンサートを開催しようとしていたが某国圧力があって中止に追い込まれしまった。

残念ながら、先日ベースのマットがワクチン接種を拒否し続け、コロナ感染して亡くなってしまった。冥福をお祈りする。


(※ すべてフェイクです。)

2021-03-12

いまスピノザライプニッツは「前世代のダサさの象徴」としてかつてのデカルトモンテーニュのように一部の若者に嫌われている?

流石に中年ぐらいになって趣味レベルでも作曲するようになると温故知新というのが分かるようになると思うのだった

2021-02-10

本好きなら高校生までに読破しておきたい古典100

哲学思想

プラトン饗宴

アリストテレス詩学

アウグスティヌス告白

レオナルド・ダ・ヴィンチレオナルド・ダ・ヴィンチの手記』

マキァベッリ『君主論

モア『ユートピア

デカルト方法序説

ホッブズリヴァイアサン

パスカルパンセ

スピノザエチカ

ルソー社会契約論』

カント純粋理性批判

ヘーゲル精神現象学

キルケゴール死に至る病

マルクス資本論

ニーチェ道徳の系譜

ウェーバープロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神

ソシュール一般言語学講義

ヴァレリー精神危機

フロイト快感原則彼岸

シュミット政治神学

ブルトンシュルレアリスム宣言

ハイデッガー存在と時間

ガンジーガンジー自伝

ベンヤミン『複製技術時代における芸術作品

ポランニー『大転換 市場社会形成崩壊

アドルノホルクハイマー啓蒙の弁証法

アレント全体主義の起源

ウィトゲンシュタイン哲学探求』

レヴィ=ストロース野生の思考

マクルーハングーテンベルグ銀河系

フーコー言葉と物』

デリダ『グラマトロジーについて』

ドゥルーズガタリアンチオイディプス

ラカン精神分析の四つの基本概念

ウォーラーステイン近代世界システム

ケージジョン・ケージ

サイードオリエンタリズム

ベイトソン精神自然

アンダーソン『想像の共同体

本居宣長『玉勝間

上田秋成『胆大小心録』

内村鑑三『余は如何にして基督信徒となりし乎』

岡倉天心東洋理想

西田幾多郎西田幾多郎哲学論集Ⅰ・Ⅱ・Ⅲ』

九鬼周造『「いき」の構造

和辻哲郎風土

柳田國男『木綿以前の事』

時枝誠記国語学原論

宇野弘蔵経済学方法論』

海外文学

ホメロスオデュッセイア

旧約聖書創世記

ソポクレスオイディプス王』

唐詩選』

ハイヤーム『ルバイヤート

ダンテ神曲

ラブレーガルガンテュアとパンタグリュエルの物語

シェイクスピアハムレット

セルバンテスドン・キホーテ

スウィフトガリヴァー旅行記

スターントリストラム・シャンディ』

サド悪徳の栄え

ゲーテファウスト

スタンダールパルムの僧院

ゴーゴリ外套

ポー盗まれた手紙

エミリー・ブロンテ嵐が丘

メルヴィル白鯨

フローベールボヴァリー夫人

キャロル不思議の国のアリス

ドストエフスキー悪霊

チェーホフ桜の園

チェスタトンブラウン神父童心

プルースト失われた時を求めて

カフカ審判

魯迅『阿Q正伝』

ジョイスユリシーズ

トーマス・マン魔の山

ザミャーミン『われら』

ムージル特性のない男』

セリーヌ『夜の果ての旅』

フォークナーアブサロム、アブサロム!

ゴンブローヴィッチ『フェルディドゥルケ』平

サルトル嘔吐

ジュネ『泥棒日記

ベケットゴドーを待ちながら

ロブ=グリエ嫉妬

デュラス『モデラートカンタービレ

レム『ソラリスの陽のもとに』

ガルシア=マルケス百年の孤独

ラシュディ『真夜中の子どもたち』

ブレイクブレイク詩集

ベルダーリンヘルダーリン詩集

ボードレール悪の華

ランボーランボー詩集

エリオット荒地

マヤコフスキーマヤコフスキー詩集

ツェランツェラン詩集

バフチンドストエフスキー詩学

ブランショ文学空間

日本文学

二葉亭四迷浮雲

森鴎外舞姫

樋口一葉にごりえ

泉鏡花高野聖

国木田独歩武蔵野

夏目漱石我輩は猫である

島崎藤村破戒

田山花袋蒲団

徳田秋声あらくれ

有島武郎或る女

志賀直哉小僧の神様

内田百閒『冥途・旅順入城式』

宮澤賢治銀河鉄道の夜

江戸川乱歩押絵と旅する男

横光利一機械

谷崎潤一郎春琴抄

夢野久作ドグラ・マグラ

中野重治村の家

川端康成雪国

折口信夫死者の書

太宰治斜陽

大岡昇平『俘虜記』

埴谷雄高死霊

三島由紀夫仮面の告白

武田泰淳ひかりごけ

深沢七郎楢山節考

安部公房砂の女

野坂昭如エロ事師たち

島尾敏雄死の棘

大西巨人神聖喜劇

大江健三郎万延元年のフットボール

古井由吉円陣を組む女たち』

後藤明生挟み撃ち

円地文子食卓のない家』

中上健次枯木灘

斎藤茂吉『赤光』

萩原朔太郎『月に吠える』

田村隆一田村隆一詩集

吉岡実吉岡実詩集

坪内逍遥小説神髄

北村透谷人生に相渉るとは何の謂ぞ』

福沢諭吉福翁自伝

正岡子規歌よみに与ふる書

石川啄木時代閉塞の現状』

小林秀雄『様々なる意匠

保田與重郎日本の橋』

坂口安吾堕落論

花田清輝復興期の精神

吉本隆明転向論』

江藤淳成熟喪失

2019-06-22

独断偏見で選ぶ、動物を使った心理学に関心のある学生に勧める書籍30選

動物心理学」は動物学習、知覚、認知生理機構といった諸形質の放散と収斂の原理過程の解明を目指す心理学の一領域である

心理学全体の中ではマイナーではあるが、国内研究者の集まりである動物心理学会」は、実は数少ない戦前から続く (1933年発足) 学会であったりもする (ただし、悲しいことに、動物心理学が学べる大学は減り続けている)。

だが、動物心理学を学びたいと思った学生が、何から手を取ればいいのか、あまり紹介の記事が世に出回ってない気がした。そこで、独断偏見で、オススメ書籍を挙げてみた。番号はオススメ順とかではなく、特に意味はない。気になったものを読めば良いと思う。

(1) 動物たちは何を考えている? -動物心理学の挑戦- (技術評論社)

藤田 和生 (著, 編集), 日本動物心理学会 (監修)

日本動物心理学の主だった研究者たちが、動物心理学代表的研究について平易に語った本

(2) パピーニの比較心理学―行動の進化と発達 (北大路書房)

マウリシオ・R. パピーニ (著)

日本語で鈍器のような大きさでまとまっているのはこれくらいか

(3) 鳥能力―小さな頭に秘められた驚異の能力 (化学同人)

渡辺 茂 (著)

鳥類の行動とその神経基盤について解説した本

筆致が軽やかで、ベッドの上で寝転がりながら読んでも十分に理解できる。書名通り鳥限定であるが、名著である

(4) ハトがわかればヒトもわかる―比較認知科学への招待― (共立出版)

渡辺 茂 (著),

同著者がハト比較認知科学研究に特化して書いた本

心理学ではハト伝統的によく使われる。

(5) ソロモン指輪動物行動学入門 (早川書房)

コンラート ローレンツ (著)

動物行動学の創始者ローレンツいか動物と向き合い、その行動を観察していたのかを記したエッセイ

ローレンツ論文は難解で読みづらいことで有名だが、一般向けの著書は対照的に驚くほどとっつきやす

(6) タコの心身問題――頭足類から考える意識起源 (みすず書房)

ピーター・ゴドフリー=スミス (著)

哲学者である著者がダイビングタコイカと接することを通じて彼らの生き方

タコとて侮るなかれ。動物心理学を志す者が覚えていてほしい動物との向き合い方がぎっしり詰まった一冊である

(7) 動物心理学史―ダーウィンから行動主義まで (誠信書房)

R. ボークス (著)

動物心理学が、いかなる過程独立した分野として成立したのかを述べた本

傑作である絶版なので図書館で探そう

(8) 種の起源 (光文社古典新訳文庫)

ダーウィン (著)

言わずと知れたダーウィン古典である。いつ読んでも何かしら発見があるもので、それが古典古典である所以なのだ

余談だが、動物行動学の論文ダーウィンが扱った問題を再び取り上げるときは “Charles Darwin once said…” という殺し文句で始めることがある。

(9) 遺伝子から解き明かす脳の不思議世界 (一色出版)

滋野修一 (著), 野村真 (著), 村上安則 (著)

「脳」の起源と、その発生、さらには脊椎動物の脳のデザインいかに生じたのかを、ホヤから霊長類研究者まで多彩な研究者が論じた本

図や動画が手に入るURLQRコードがついてくる嬉しいおまけつき

(10) 感覚器の進化―原始動からヒトへ水中から陸上 (ブルーバックス新書)

岩堀 修明 (著)

はいかにして出来上がったのか?感覚器 (視覚聴覚、触覚、嗅覚、味覚) が現生の形になった進化道筋解説した本

(11) 生物から見た世界 (岩波文庫)

ユクスキュル (著), クリサート (著)

比較生理学の祖、ヤーコプ・フォン・ユクスキュルが豊かな想像力動物生理学的機序からその「環世界」について語った本

名著中の名著である

(12) 動物環境と内的世界 (みすず書房)

ヤーコプ・V・ユクスキュル

同著者が、生物の生きる、その固有な世界像について、当時の解剖学的知見と合わせてより詳しく解説した本

(13) あなたのなかのサル霊長類学者が明かす「人間らしさ」の起源 (早川書房)

フランス・ドゥ・ヴァール (著)

チンパンジー研究者大家、ドゥ・ヴァールの一般向けの著書

ドゥ・ヴァールはかなり擬人主義的な研究者で、研究者によって評価が真っ二つに分かれる。動物心理学一枚岩ではない。氏の著作同意するかどうかは、自分をどのような立脚点に置きたいのかをはっきりさせる意味でも一度は目を通すと良いだろう。

(14) 心の先史時代 (青土社)

ティーヴン ミズン (著)

人間の心はいかにまれたか?スティーヴン・ミズンは「元は個別用途進化させた認知機能が、文脈を問わず適用できるようになった」認知流動性により、高度に柔軟な我々の心が生じたと考える

内容は既にやや古いが、独創的な論考の面白さは色褪せない

(15) 行動理論への招待 (大修館書店)

佐藤 方哉 (著)

行動主義心理学エッセンスが詰まった本。絶版なので図書館で探そう。

「行動主義」的なもの見方は、認知研究では棄却すべき対立仮説として扱われることが多い。しかし、実際にはその対立仮説は多くの場合単なる誤解であり、藁人形を叩いているに過ぎない。

(16) 認知心理学有斐閣ニューリベラルアーツ

箱田 裕司 , 都築 誉史 他

比較認知科学は、動物心理学の中でも、動物認知機能を種間で比較し、その種差や共通性を描出する分野である比較認知科学実験では概念手続き認知心理学のものを援用することが多い

従って、認知心理学についてよく知るのが重要なのは至極当然なのだ

(17) キャンベル生物学(エッセンシャル版)

池内 昌彦 (監修, 翻訳), 伊藤 元己 (監修, 翻訳), 箸本 春樹 (監修, 翻訳), 道上 達男 (監修, 翻訳)

今日科学の分野間の壁はますます小さくなり、生物学と動物心理学をことさら区別する必要性も薄くなりつつある。

とはいえ原書版は鈍器のように重たいので、エッセンシャル版の方が挫折しないと思われる。

(18) カールソン神経科学

泰羅 雅登 (監修, 翻訳), 中村 克樹 (監修, 翻訳)

同様の理由で、自身神経科学を取り入れるか別に神経科学についてもどこかで通っておいた方が良いかと思われる。

そもそも、「動物心理学に固有」な方法論というのは現代にはなく、近隣領域連続的なつながりを持って成立しているのだ。

(19) 流れを読む心理学史 (有斐閣アルマ)

サトウ タツヤ (著), 高砂 美樹 (著)

心理学の成り立ちに関して、コンパクトかつしっかりまとまった本

歴史を学ぶと、どこかで役に立つ。物理学者エルヴィン・シュレディンガー言葉を引いておこう。

歴史は, あらゆる学問の中で最も基本的ものである。なぜなら、人間の持つ知識には、その成立条件や解決してきた問題や, 果たすべき機能が忘れ去られた場合, その学問的意義を失わないもの存在しないかである

サンキューシュレディンガー

(20) 視覚科学 (勁草書房)

横澤 一彦 (著)

別に動物研究の本ではないが、視覚についてよくまとまった本

視覚に興味があるなら、読んでおいて損はない。

(21) メイザー学習と行動 (二瓶社)

ジェームズ・E. メイザー (著), James E. Mazur (原著), 磯 博行 (翻訳), 坂上 貴之 (翻訳), 川合 伸幸 (翻訳)

学習完全に理解したマンになりたい人が必ず読む本。学習完全に理解したマンになりたいなら読もう。

次に読む本としては『オペラント心理学入門―行動分析への道』も良い本である

(22) 古典的条件づけの理論―パヴロフから連合学習研究最先端まで

入門レベルでは「犬とベルと唾液」くらいにしか教わらない古典的条件づけがいかに奥深く、理論的な探求に富んだ領域なのかが概観できる。例えるなら魔術書である

(23) 感じる脳 情動感情脳科学 よみがえるスピノザ (ダイヤモンド社)

アントニオ・R・ダマシオ (著), 田中 三彦 (翻訳)

これも動物研究者の本ではないが、ダマシオは身体性を重視する立場認知神経科学の方向を作った一人だ。

ダマシオは多作で、『デカルトの誤り』『自己が心にやってくる』など、他の著書も面白い。

(24) 盲目時計職人 (早川書房)

リチャード・ドーキンス (著)

進化学流布の急先鋒ドーキンス一般向け書籍。同氏がスリリングな筆致で進化について語る。

利己的な遺伝子』の方が有名だが、オシャレさでは『盲目時計職人』の方が上だ。

(25) 脳の中の幽霊 (角川書店)

V・S・ラマチャンドラン (著), サンドラブレイクスリー (著)

これの動物研究者ではなく、ヒトの神経科学者の本であるが、大変面白逸話がたくさん載っているので挙げた。

続編に『脳の中の幽霊再び』『脳の中の天使』も出ていて、どれも楽しく読める

(26) 鳥たちの驚異的な感覚世界 (河出書房新社)

ティムバークヘッド (著), 沼尻 由起子 (翻訳)

鳥にも我々と同じように目・耳が二つ、舌が一つ、皮膚には触覚受容器が備わっている。しかし、世界の見え方はまるで違うことがわかっている。彼らの感覚世界について、鳥類学者一般向けに語った本

(27) 実は猫よりすごく賢い鳥の頭脳 (エクスナレッジ)

イサンエメリー (著), 渡辺 智 (翻訳)

鳥の代表的認知研究について、各項目2p程度でまとまった入門書。どんな研究が、どのような方法で行われているのか、ざっと知るにはぴったりである

ちょっと邦題間抜けな感じがするが、原題は "Bird Brain: An Exploration of Avian Intelligenceである

(28) 脳科学と心の進化 (岩波書店)

渡辺 茂 (著), 小嶋 祥三 (著)

生物という視点から「心」がどのように形成されたのかを解説した本

まとめ方が独特だが、面白いことには間違いない

(29) 「つながり」の進化生物

岡ノ谷 一夫 (著)

動物コミュニケーションはヒトの「人間らしさ」について何を語るか?

元が高校生向けの連続講義であったらしく、大学生なら誰でも読める。

おまけ

(30) ご冗談でしょうファインマンさん (岩波書店)

リチャード P. ファインマン

ノーベル物理学賞を授賞した天才物理学者ファインマン好奇心に満ちた生涯について書かれた伝記

読めばきっと、未知への興奮と探究心、そして科学への憧憬が刺激されるに違いない

2019-04-13

スピノザといえば

ライプニッツだよね!

たぶん人名だけど何シたひとかは覚えてない!

でも連想だけは忘れない!

ビバ暗記!

2019-03-27

anond:20190327155120

根本的に天道思想かい宗教的発想がまずあって、それから天道に添うにはどう生きるかを問うている。

実はこの人たちの功績は、キリスト教で言えば神学論におけるものなんだよな。

スピノザとかルソー思想無意味でないようなものなんだとは思う。

2019-01-12

anond:20190112091859

スピノザさんやニーチェさんも、言葉こそ違えど自由は難しく、凡人には不自由な方がいいというようなことおっしゃってますからのう。

2018-09-16

anond:20180915031753

>>我思う・ゆえに我あり。疑うことのできない前提のはずだ。

有名なデカルト言葉やね

哲学入り口は万人に開かれていて、そのくせ深い。

大好き^^

ところで、この言葉を疑った人も大勢いる。

詳しくないが、スピノザあたりが代表格らしい。

「我」をなぜ疑わないのか。

この話、チェーンが伸びてる。

やっぱり、哲学や!!

2018-03-11

もし俺が魔法少女に誘われたら、あらゆる存在するものをなくすというか、

スピノザ実体みたいなのがあるならそれをなくす、みたいなことを願うと思うが、

そんなことを願うのは最初から魔女っぽいものか。

2017-12-06

フェミニズムの本、読んでみたけど。

さすがは批判されるだけある。

理論的なところが薄すぎるんだよな。

一番ちゃんと考えてるのが、上野千鶴子。なんだけど・・・

彼女マルキシズムをちゃんと咀嚼してないように思う。

スピノザからヘーゲルそんでマルクスって流れを理解してないように思うんだよな。

一番頑張ってる人でそのレベルからイデオロギー的なところにしか言説は成り得ないし、

イデオロギー的には弱くならざるを得ないよな、

女だし・・・

2017-03-07

カンペキに磨かれるスピノザレンズ 

研磨剤入りスポンジで落とされる僕の垢

2016-08-27

[]

スピノザの『神学政治論』っちゅうのを立ち読みしたら、「聖書記述ってのは恣意的解釈をして相手を屈服させるためにある」とか書いてあって草生えた。

買おうと思ったけど聖書通読してからかな~。

2016-04-26

信じられる宗教がほしい

浄土真宗とか、禅宗とか、葬式の時くらいしか馴染みがない。

祖父母の代なら寺へ行ってありがたい説教を聞いて救われているようだが、

自分がそれを聞いても正直なんのありがたみも感じない。

後世で救われるとか、魂がーとか、

なんか信じらんない。

学校行って進化論とか生物学とか習って、

じゃあ魂ってどの生物にもあんの?とか、

人間だけに魂があるなら進化論のどの辺りから魂ができたの?とか、

じゃあアメーバみたいに分裂で増える生物は魂も分裂すんの?とか、

なんか自分のなかで屁理屈言いたくなるからやだ。

日本の伝統文化としては大事に思うし、

葬式なんかのしきたりも逆らう気はないけど、

なんかもうちょっと信用できる、

心の救われるものがあってほしいと思う。

スピノザとか勉強するべきなのか。

2015-06-19

懐疑主義方式岩波文庫入りか。

スピノザ実体ってのは、

古代懐疑主義疑問形提示したもの

そのまま受け入れちゃったみたいなところがあるよな。

いうまでもないか。

2015-01-27

数年後、あらゆるSNSからBANされてしまったkenokabe氏ははたと気づく。

そうだ、自分SNSを作ればいいのだ、と。

彼は独自プログラミング言語である純粋関数型言語スピノザを駆使し、

かつて彼をBANしたあらゆるSNSを超えるサービスリリースするのだった・・・

2014-02-07

http://anond.hatelabo.jp/20140207113422

スピノザ風の「実体」があって、痛みや苦しみを感じるようにみえない物体も、

別の様態では人間の影響によって苦痛に類似したものを感じているとしたら、

感覚や知性の伴うものが根絶されたとしても、苦痛の最小化という点では多少はましになったに過ぎず、

結局は「実体」がなくなったほうがよりよいということか。

2012-08-15

法学部生の必読書50

 法学部生が読むべきと思われる本を50冊選んでみました。

プラトン法律

アリストテレス政治学

キケロ『義務について』

トマス・アクィナス神学大全

マキャヴェッリディスコルシ』

ボダン『国家論』

スアレス法律についての、そして立法者たる神についての論究』

グロティウス『自由海論』

ホッブズ哲学者法学徒の対話』

スピノザ神学政治論』

ロック『統治二論』

ヴィーコ自伝

モンテスキュー『法の精神

ヒューム人間本性論』

ルソー社会契約論』

スミス法学講義

ベッカリーア『犯罪と刑罰』

バークフランス革命省察

ハミルトン他『ザ・フェデラリスト

カント人倫形而上学

ヘーゲル『法の哲学

ベンサム道徳立法の諸原理序説』

ミル『自由論』

トクヴィルアメリカデモクラシー

バジョット『イギリス憲政論』

イェーリング権利のための闘争』

モムゼンローマ国法』

ウェーバー『法社会学

カフカ『法の前』

モース『贈与論』

ケルゼン『純粋法学

シュミット憲法理論

ベンヤミン暴力批判論』

カントロヴィチ王の二つの身体

コジェーヴ『法の現象学

ハート『法の概念

ハイエク『法と立法と自由』

フーコー『監獄の誕生

ドゥルーズ記号と事件』

デリダ『法の力』

ルジャンドルドグマ人類学総説』

アガンベンホモ・サケル

ハーバーマス事実性と妥当性』

ルーマン社会の法』

ポーコック『徳・商業歴史

パトナム『事実価値二分法の崩壊

ロールズ『公正としての正義 再説』

ドゥオーキン『法の帝国

ヌスバウム感情と法』

レッシグ『CODE』

2012-04-11

オウム真理教ナウい教化法”を実践した広瀬死刑囚手紙 vol.1

オウム信者であり、地下鉄サリン事件実行犯の広瀬健一氏が、平成20年大学生へ向けて書いた手紙忠告)をまとめました。

目次はこちら

【vol.1「カルトに係わる契機」】

【vol.2「宗教的経験(前半)」】

【vol.3「宗教的経験(後半)」】

【vol.4「恐怖心の喚起」】

【vol.5「規範意識を変容させる集団」】

【vol.6「まとめ」】

初めに

Q&Aオウム真理教 ―曹洞宗の立場から― | 曹洞宗 曹洞禅ネット SOTOZEN-NET

上記事は1995年に書かれたそうですが、非常に面白かったです。特に、この宗教界からオウム真理教へのAnswerの一つとして

若者たちの超常的ニーズに応えたオウム真理教ナウい教化法

が挙げられていましたね。同様に

若者宗教志向性は今後どのように展開するのか、それにたいして教義・教学はどう対応するのか。こうしたけっして容易でない問題への組織的取り組みこそが、いま教団内で強く求められているのではないでしょうか。

と前述のエントリで書かれていますが、一般人である私たちこそ(まさに自分も学ぶべきだと)理解すべき項目は全く逆で、特定の宗教比較した“教義や教化法の差”ではなく、それを信じてしま人間側の“信仰生成過程不可思議さ”でしょう。何故なら人は何かを“信じる”ことなしに、決して生きられず、常にオウムのような組織や教化法と隣合わせに生活しているからです。一度信仰を持った人にとって、その世界観は絶対であり、いくら一般的な通念に反した教義だとしても、自分の方が正しい生き方を貫いていると固辞してしまます

では頑な信仰は、一体どのように形成されていくのでしょうか?そして今の時代を生きる若者宗教志向性は、時代によって変化しているのでしょうか?

この問いの核心に迫り、私が最近読んで非常に共感した文章があります。それがオウム信者であり、地下鉄サリン事件実行犯、広瀬健一氏の獄中手記です。

ところで、この文章を執筆している私ですが、昭和平成のちょうど狭間くらいに生まれました。“地下鉄サリン事件”は、平成7年1995年)に起こり、当時から今でも語り継がれている重大な事件です。ただ、私が育って物心がちょうど付いた頃くらいから“オウム真理教”や“松本智津夫被告”という言葉TVから流れており、事件の顛末は当事者としてあまり覚えておらず、どちらかと言うと阪神淡路大震災TVニュースの方が記憶に残っていますしかし、私と宗教との関わりは、大学生活が始まってから急速に近づきました。端的に言えば、一般的に「カルト」と呼ばれる宗教団体出会い(当初は、そんな様子を見せずに近づいてきた)、教えを受け、それを忠実に守る人生を送るところだったからです。途中で教えている内容に懐疑を持ち、ネット検索して団体の性質を知り、自ら関わりを絶って忠実な信徒になることを避けられました。ただ、まさか自分カルトにハマるとは思っておらず、今考えるとかなり勉強不足、世間知らずの人間でした。それから自分でも宗教人間信仰・思考に関する本を読み漁っており、つい半年程前に広瀬氏の文章に出会いました。

『オウム元信者広瀬健一氏の手記「学生の皆様へ」』(2008年公開)

※綺麗な字ですね。ちなみにvol.6の最後に、関係するリンク先を全て記載しています

この文章は獄中に居る広瀬氏が平成20年執筆した文章で、総量はA4で59枚、約3万文字もあります。この手記自体はフェリス女学院大学学生に向けてカルト予防のための講義を行うに当たり、藤田庄市という方がその資料として広瀬氏に執筆をお願いし実現したそうです。昭和63年頃、まだオウム無名の団体だった頃。自らが、“オウム真理教ナウい教化法”にハマり、染まり、ついには地下鉄サリン事件の実行犯になってしまった広瀬氏。オウムと係わる中で、どんな心理状況に陥ったのか。広瀬氏は本や研究論文も参考にしながら自身の宗教経験に言及しています。(実際に読みたい方のために、各項目できる限りAmazonや記事のリンクも記載しました。)オウムと禅の比較や、カルト組織の特徴、スピリチュアルにも言及されており、非常に貴重で興味深い内容です。最近オセロ中島氏と占い師との共依存関係が話題になり、洗脳マインドコントロールの話も耳にするようになりましたね。この文章は長いので、時間がある際にじっくり読んでもらい、もう一度カルト存在洗脳信仰に対する認知を深めてもらいたいです。

そしてできるなら、FacebookTwitterでこの記事をシェアしてもらえないでしょうか?大学に入ったばかりの新入生は、カルト存在にリアリティを感じられないはず。サークルの勧誘期間中は、カルト教団の一番活動し易い時期だからこそ、この警告を全国の大学生にも読んでもらいたいのです。本当に、私の二の舞になって欲しくありません。また、原文を忠実にテキスト化していますが、他人の文章のため間違っている箇所があればぜひ指摘して下さい。(何箇所か英文もテキスト化できていません。どなたかテキストにしてもらえませんか?追記致します。)

最後に、地下鉄サリン事件を通じて亡くなった方のご冥福をお祈りすると共に、オウム真理教、並びに全国のカルト教団を通じて被害を被った方々の苦痛が、一刻も早く和らぐよう祈っています

学生の皆様へ

 「生きる意味は何か」―皆様は、この問いが心に浮かんだことはありますか。

 この質問から私が始めた理由は、それが皆様の年ごろの人たちが抱きがちな問題であり、また、若者が「カルト」に係わる契機ともなるからです。

 オウム真理教による事件以降も、「カルト」に対する警戒の呼びかけにもかかわらず、その被害が跡を絶たないようです。そのために、「カルト」に関する講座が貴公に開設されたのでしょう。そして、講師の方からカルトへの入会を防止するための手紙」を皆さま宛に書くようお話がありましたので、引き受けさせていただきました。それが私の責務と思われたからです。

 私は地下鉄サリン事件の実行犯として、被害関係者の皆さまを筆舌に尽くし難い惨苦にあわせてしまいました。そのことは心から申し訳なく思い、謝罪の言葉も見つかりません。また、社会の皆さまにも多大なご迷惑をおかけ致しました。その贖罪は、私がいかなる刑に服そうとかなわないと存じております。せめて、このような悲惨な事件の再発を防止するための一助になることを願い、私の経験を述べさせていただきたく思います

カルトに係わる契機

 前述のように、「カルトへの入会を防止するための手紙」を依頼されたのですが、いわゆるカルトメンバーとしては、私はオウム真理教信徒経験しかありませんので、主にオウム真理教(以下、オウムまた教団)の話になります

カルトは多様なことがらを提示して入会の勧誘をするそうです。オウムもその唯一の目的である解脱悟りだけでなく、ヨガによる健康法や能力開発の方向からも勧誘するよう私どもに指示していました。そのため、信徒の入信理由は様ざまでした。

 しかし、信徒の入信理由の特徴は、たとえば「生きる意味」に対する問いのような、解決が極めて困難な問題に関係があったことではないでしょうか。ただし、この「生きる意味」は、仕事に対する生きがいなどの日常的なことではありません。たとえば、「生まれてきた目的」に係わるような、形而上的ともいえることです。それゆえ、この問題はこの世における解決が困難です。仕事に対して生きがいが感じられないならば、適当仕事を探せばよいのですが、「生まれてきた目的」などはその存在自体問題になることでしょう。

 ところが、オウムは「超越的世界観」を有し、この類の問題を解決する機能がありました。これは、日常を超えたオウム世界観においては、「生きる意味」や「生まれてきた目的」の解答が与えられており、信徒がその世界観を受容すると問題が解決するということです。他方、この世界観は非現実であるために、それを受容した信徒は一般的社会における生活に適応しにくくなり、家族学校会社から離れて出家していきました。さらに、教団で集団生活をしているうちに、規範意識まで非現実的な教義に沿うものになり、ついに違法行為をするまでに至りました。

 このように、「生きる意味」に対する問いはカルトに係わる契機にもなるので、その心理状態への適切な対処を考える受容があると思います。そのためにまず、その具体例をお話します。

 私自身は、高校三年生とき、「生きる意味」の問題を明確に意識するようになりました。そのきっかけは、家電商店で値引処分された商品を見たことでした。商品価値がたちまち失われる光景を観て、むなしさを感じたのです。ところが、それ以来、私はこの「むなしさの風情」を通して世界を見るようになってしまったのです。事あるごとに、物事の価値が気にかかりました。結局は、宇宙論のいうように、すべては無に帰してしまうだけではないのか…との思いが浮かぶこともありました。そして私は「生きる意味」―絶対的な価値に関心を持つようになったのです。そのときは、それまでは大仰に思えた、「朝に道を聞けば夕べに死すとも可なり」と述べた孔子の気持ちがわかるような気がしました。

 このような心情に関しては、文献を調べますと、古今東西、類似の経験をした人が多数存在するようです。

 スピノザは著書『知性改善論』の冒頭で次のように述べています

 一般生活において通常見られるもののすべてが空虚で無価値であることを経験によって教えられ、また私にとって恐れの原因であり対象であったもののすべてが、それ自体では善でも悪でもなく、ただ心がそれによって動かされた限りにおいてのみ善あるいは悪を含むことを知った時、私はついに決心した。我々のあずかり得る真の善で、他のすべてを捨ててただそれによってのみ心が動かされるような或るもの存在しないかどうか、いやむしろ、一たびそれを発見し獲得した上は、不断最高の喜びを永遠に享受できるような或るもの存在しないかどうかを探求してみようと。

スピノザ『知性改善論』畠中尚志 訳 岩波文庫

 トルストイもその一人です。当時五十歳だった彼は、外面的には申し分なく幸福な状況でしたが、価値観崩壊から「生きる意味」の模索を始めています。そのときの心情を、彼は著書『懺悔』に記しています

 何やらひどく、奇妙な状態が、時おり私の内部に起こるようになってきた。いかに生くべきか、何をなすべきか、まるで見当がつかないような懐疑の瞬間、生活の運行が停止してしまうような瞬間が、私の上にやってくるようになったのである。そこで私は度を失い、憂苦の底に沈むのであった。が、こうした状態はまもなくすぎさり、私はふたたび従前のような生活を続けていた。と、やがて、こういう懐疑の瞬間が、一層頻繁に、いつも同一の形をとって、反復されるようになって来た。生活の運行が停止してしまったようなこの状態においては、いつも「何のために?」「で、それから先は?」という同一の疑問が湧き起るのであった。

 この時分に最も私の心をとらえていた農事に関する考察の間に、突然、つぎのような疑問が起こってくるのだった。

 「よろしい、お前はサマーラ県に六千デシャチーナの土地と、三百頭の馬を持っている。が、それでどうしたというんだ?……」そして私はしどろもどろになってしまって、それからさき何を考えてよいのか、わからなくなるのだ。またある時は、子供自分はどういう具合に教育しているかということを考えているうちに、「何のために?」こう自分に言うのであった。それからさらに、どんなにしたら民衆幸福を獲得させることができるだろうということを考察しているうちに、「だが俺にそれが何のかかわりがある?」突然こう自問せざるを得なくなった。また、私の著作が私にもたらす名声について考える時には、こう自分に向って反問せざるを得なくなった。「よろしい、お前は、ゴーゴリや、プーシキンや、シェークスピアや、モリエールや、その他、世界中のあらゆる作家よりも素晴らしい名声を得るかもしれない。が、それがどうしたというんだ?……」これに対して私は何一つ答えることができなかった。この疑問は悠々と答えを待ってなどいない。すぐに解答しなければならぬ。答えがなければ、生きて行くことができないのだ。しかも答えはないのだった。

 自分の立っている地盤がめちゃめちゃになったような気持ちがした。そして立つべき何物もないような気持ちがした。今まで生きてきた生活の根底が、もはやなくなってしまったような気持ちがした。今や自分には、生きていくべき何物もないような気持ちがした。

トルストイ『懺悔』原久一朗 訳 岩波文庫

 以上の記述は、当時の私の心情に共通する点が多々あり、この種の心理状態の特徴をよく表現していると思います特に自分の立っている地盤がめちゃめちゃになったような気持ちがした。そして、立つべき何者もないような気持ちがした。」という表現には共感を覚えます。それゆえに、絶対的な価値を求める心理になるのではないでしょうか。

 その後、私は哲学書や宗教書を渉猟したり、宗教実践者の話を聞いたりしました。高校三年生ですと、大学受験の時期ですが、私は大学付属高校に通っており、いわゆるエスカレーター式に学部に進学する予定でしたから、時間はふんだんに使えたのです。

 哲学については、話は論理的に進行しているのですが、その根本の部分―数学でいえば公理―は哲学者個人の感性によって「真理」とみなしているように思えたので、私にはなじめませんでした。宗教についても、私に反射的に生じる反応は、「真偽をどのように確かめるのか」という抵抗でした。教義の核心が非現実的に思われ、根拠なしにはそれを受容できませんでした。

 こうして、私の「生きる意味」の探求は行き詰まってしまったのです。そもそも、絶対的な価値を求めることが、ないものねだりであることは半ばわかっていました。しかし、宗教界をはじめとして、それを体得したという人が存在する限りは、自分で確かめざるを得ない心境だったのです。

 結局私は、むなしさを感じなくして済む、実行可能な「生きる意味」を定めることによって、心のバランスをとるようにしました。私は理系の分野に関心があったので、将来の職業はその方面以外考えられませんでした。ですから私は、物理法則を応用して、基礎的な技術を開発する研究を目指すことにしました。理想なのは半導体素子の発明のような研究だと思いました。このような仕事ならすぐに価値がなくなることはなく、また、それなりに世の中の役にも立つとの考えでした。それより先のことについては、これを考えると何もできなくなるので、目をつむるしかありませんでした。

 このように、何年かの間、私は「生きる意味」の問いを棚上げして過ごしていました。しかし、のちに、その問いの影響によって宗教経験が起き、オウムに入信することになりました。その契機については後述致します。

 次に、「生きる意味」の問いが起こる原因についてですが、以下のように、この種の問いは生理的不安定に起因することもあるようです。

 思春期から十代後半(ときには二十代始めに入る)まで、成長しつつある人は重大な生理的不安定(すなわちストレス)を示す。ストレスホルモンは、後の成人時代の安定期に比較して有意に増加する。青年期に典型的な大きな気分の揺れは、この不安定さに結びついている。若者は取るに足らない欲求不満があると、多幸福のある熱狂から自暴自棄的に落ち込むかもしれない

 人生のこの期間に問われる典型的な問いは次のものである。“それが一体何になるのか”“人生より何か重要なことがあるのではないか”このもどかしい衝動自己認識の危機の問いで極まる。“私は一体何か”“何が現実か”

引用英語で分からず。)

 また、心理学者ウイリアム・ジェイムズも、人生のあらゆる価値に対する欲望が失われていく「憂うつ」状態から、心休まることのない問いに駆り立てられ、人が宗教哲学に向かうことを指摘していますウイリアム・ジェイムズ『宗教的経験の諸相上』桝田啓三郎 訳 岩波文庫

 「生きる意味」に対する問いが純粋知的ものならば、それは当人に健全精神の成長をもたらすかもしれません。しかし、以上のような要因のものならば、無意味なことなので、自覚してそれに巻き込まれない必要があると思います。そのような心理に関する知識があるだけでも、ある程度の予防になるかもしれません。場合によっては、専門家相談する必要もあるでしょう。特に、その問いにこだわりや煩わしさを感じるならば、注意すべきです。性急な解決を図りがちになり、それだけカルトに接近する危険があるからです。

 それでも、「生きる意味」の問い―あるいは、ほかの問題―の解決を、宗教をはじめとするある思想に求めるならば、その選択には細心の注意を払うべきです。前述のように、その解決は「超絶的世界観」に訴えざるを得ないので、その現実生活への影響が懸念されるからです。

 ある伝統宗教などはそうだと思いますが、その安全性、有益性が歴史によって検証されている場合は問題ないでしょう。しかし、以下の要素を含むものについては避けるべきと思います


【vol.2「宗教的経験(前半)」】へ続く。

2011-06-12

http://anond.hatelabo.jp/20110612002619

横だけどスピノザ的、の意味じゃないかな。そんな略し方あるのかしらんけど

2009-09-24

http://anond.hatelabo.jp/20090924203025

本当に頭が悪くて迷惑なのは単なるリテラシーを「頭のよさ」と勘違いしてしまう人かなと思う(元増田エントリブコメに変なのが湧いてるような気がする)。

文脈は無視するが手元の辞書によると literacy とは ability to read and write のことでそれ以上でも以下でもない。

科学リテラシー」は科学的な文章なり議論なり論理なりをまともに「読み書き」する技術でしかない。だからこそ早い段階の教育に意義があって、自覚がなくともある程度読み書きできるようになれば「まともでない」ものもある程度判別できるようになる。それが知性のレベルを上げる土台になることは確かだが、内容空疎な美文を弄する輩がままいるように、リテラシーはやはり読み書きを遂行する能力に過ぎない。

逆に「科学リテラシー」の高さをもって「頭のよさ」を自負する者は例えば宗教を話題にまともな議論をする「頭のよさ」があるのか。かのアインシュタインスピノザの神は認めるといったそうだが、理系でも自然観と理神論をめぐる議論くらいは茶飲み話に出てくることもある。その手の議論では、知らず知らずに身に付いたリテラシー論文を量産するだけのハードサイエンス論理や知識だけでは内容のある対話にはならない。要は他者(この言い方は嫌いだが)とか歴史とか(異)文化に対する自分のありようが問題になるわけで、逆にいえば「科学」というものを十分に理解しているか、という問題にもなる。

あくまで個人的な問題として勝手を書かせてもらえば、疑似科学批判の問題は批判者がどれだけ自己を相対化する能力がある(フリをできる)か、というところに説得性の鍵があるような気がする。オカルトを見つけて騒いでいる人々はどうも頭が悪く見えてしかたがない。それはいわゆる「正しさ」に凝集して安堵することとも関係なくて、「センセイ、黒板の式が違ってます!」と声を張り上げて悦にいる「出来のよい子供」のようなものだ。それは間違ってはいないし、「社会」に有益な正しい行いであることは言を俟たない。皆は感謝して彼は尊敬されるだろう。しかし愚かな教師は間違いを繰り返す。そうした指摘は教師にとってまったく恐るるに足らない子供との交流に過ぎないからだ(関係ないが、恐ろしい子供が声を上げるのは得てして国語時間だ。算数のできない教師はいないが、文章が「読めない」教師は昔から案外多い)。そうした交流(人はそれを戯れとも呼ぶわけだが)にはそれほど読むべき空気もないような気もするが、どうだろう。

そこに空気があるときについていえば、その空気を読まないことは発言権を得るためのひとつの出発点に過ぎないということは自覚しておくべきだ。おそらく同席者が「白ける」のは、発言権を得た人間がまともな芸を披瀝することなく不発に終わるからではないか。技術的にいえば、まずは巧みに美しくこなさねばならない。「イタさ」は内容ではなく技術の問題だ。迷惑な存在は場を白けさせる。批判すべき相手は完膚無きまでに叩きのめすべきだが、公衆の面前での議論というのはひとつの劇であって芸でもある。

つまり説得すべき相手は常に第三者と心得るべきだが、注意すべきなのは初めから第三者に向いて語るというのは病的な転倒と自覚すべきだということだ。「はてブ」界隈の腐臭はその辺に関係があるのではないかという気がする。大槻義彦は確かに「クール」でも「クレバー」でもないが、愚直に相手に対峙する健全さ(のフリ)はあった。あのヒドい議論がショーとして放送に耐えたのはなぜなのかを考えてみてもよいかも知れない。

とりあえず血液型性格判断の話題が出たら、それに自分なりの見解を示しつつ、なおかつ盛り上がっている者たちの玩具を取り上げない方法、あるいはそれに代わる新しいおもちゃを提供する用意が自分にはあるのか、とひと呼吸考えてみるというのはいかがだろうか。それがなぜそんなにいい玩具になっているのか、という話題にスムースに移行できれば大成功だが、とりあえずはその話題について思考しようとしている、ということくらいは伝わる程度の演技が必要だ。そういう時に横にいる人と目で困惑を共有できるとストレスも溜まらず演出性も高いのだが、残念ながらそういう困難な場におかれたことがないのでこれ以上はよくわからない。言うまでもないが、少なくともそういった会話の場での演出だとか、話題の移行とか、それに伴う発話者の責務だとか、そういうのはいわば「会話のリテラシー」であって、「科学リテラシー」とも「頭のよさ」ともまったく関係ない。

以上、外野から。

2008-07-08

猿ベージ

http://anond.hatelabo.jp/20080315152400]

これを全部読んでいない人間は「猿」です。

ちなみに猿に人権はありません。ネットで表現をする権利も自由もありません。よく覚えておくように。

プラトン『饗宴』岩波文庫

アリストテレス『詩学』岩波文庫

アウグスティヌス『告白』岩波文庫

レオナルド・ダ・ヴィンチレオナルド・ダ・ヴィンチの手記』岩波文庫

マキァベッリ『君主論中公文庫BIBLO, 岩波文庫

モア『ユートピア岩波文庫

デカルト方法序説岩波文庫

ホッブズリヴァイアサン岩波文庫

パスカル『パンセ』中公文庫

スピノザエチカ岩波文庫

ルソー『社会契約論』岩波文庫

カント純粋理性批判岩波文庫

ヘーゲル精神現象学平凡社ライブラリー, 作品社

キルケゴール死に至る病岩波文庫

マルクス資本論岩波文庫

ニーチェ『道徳の系譜』岩波文庫

ウェーバープロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神岩波文庫

ソシュール『一般言語学講義』岩波書店

ヴァレリー精神の危機』

フロイト『快感原則の彼岸』ちくま文庫

シュミット政治神学』未来社

ブルトンシュルレアリスム宣言』岩波文庫

ハイデッガー存在と時間ちくま文庫, 岩波文庫, 中公クラシック

ガンジーガンジー自伝中公文庫

ベンヤミン『複製技術時代における芸術作品』複製技術時代の芸術, 晶文社クラシック

ポランニー『大転換 市場社会の形成と崩壊』東洋経済新報社

アドルノホルクハイマー啓蒙弁証法岩波書店

アレント全体主義起源みすず書房

ウィトゲンシュタイン哲学探求』大修館書店

レヴィ=ストロース『野生の思考』みすず書房

マクルーハン『グーテンベルグの銀河系みすず書房

フーコー『言葉と物』新潮社

デリダ『グラマトロジーいについて』

ドゥルーズガタリアンチ・オイディプス』河出書房新社

ラカン精神分析の四つの基本概念』岩波書店

ウォーラーステイン『近代世界システム岩波書店

ケージジョン・ケージ青土社

サイードオリエンタリズム平凡社

ベイトソン精神と自然』新思策社

アンダーソン『想像共同体NTT出版

本居宣長『玉勝間』岩波文庫

上田秋成『胆大小心録』岩波文庫

内村鑑三『余は如何にして基督信徒となりし乎』岩波文庫

岡倉天心『東洋の理想』講談社学術文庫

西田幾多郎西田幾多郎哲学論集?・?・?』岩波文庫

九鬼周造『「いき」の構造』岩波文庫

和辻哲郎『風土』岩波文庫

柳田國男『木綿以前の事』岩波文庫

時枝誠記国語学原論』

宇野弘蔵経済学方法論』

海外文学

ホメロスオデュッセイア岩波文庫

旧約聖書創世記岩波文庫

ソポクレスオイディプス王新潮文庫岩波文庫

『唐詩選』岩波文庫

ハイヤーム『ルバイヤート』岩波文庫

ダンテ神曲岩波文庫

ラブレー『ガルガンテュアとパンタグリュエルの物語』岩波文庫

シェイクスピアハムレット角川文庫新潮文庫岩波文庫ちくま文庫

セルバンテスドン・キホーテ岩波文庫

スウィフトガリヴァー旅行記』岩波文庫

スターントリストラム・シャンディ』岩波文庫

サド『悪徳の栄え河出文庫

ゲーテファウスト新潮文庫岩波文庫

スタンダールパルムの僧院』

ゴーゴル『外套』

ポー『盗まれた手紙』

エミリー・ブロンテ『嵐が丘』

メルヴィル『白鯨』

フローベール『ボヴァリー夫人』

キャロル不思議の国のアリス

ドストエフスキー『悪霊』

チェーホフ桜の園

チェスタトンブラウン神父の童心』

プルースト失われた時を求めて

カフカ『審判』

魯迅『阿Q正伝』

ジョイスユリシーズ

トーマス・マン『魔の山』

ザミャーミン『われら』

ムージル『特性のない男』

セリーヌ『夜の果ての旅』

フォークナー『アブサロム、アブサロム!』

ゴンブローヴィッチ『フェルディドゥルケ』

サルトル嘔吐

ジュネ『泥棒日記

ベケットゴドーを待ちながら

ロブ=グリエ『嫉妬』

デュラス『モデラートカンタービレ

レム『ソラリスの陽のもとに』

ガルシアマルケス百年の孤独

ラシュディ『真夜中の子どもたち』

ブレイクブレイク詩集

ベルダーリンヘルダーリン詩集

ボードレール悪の華

ランボーランボー詩集

エリオット『荒地』

マヤコフスキーマヤコフスキー詩集

ツェランツェラン詩集

バフチンドストエフスキーの詩学』

ブランショ『文学空間』

日本文学

二葉亭四迷浮雲

森鴎外舞姫

樋口一葉『にごりえ』

泉鏡花高野聖

国木田独歩武蔵野

夏目漱石我輩は猫である

島崎藤村破戒

田山花袋『蒲団』

徳田秋声あらくれ

有島武郎『或る女』

志賀直哉『小僧の神様』

内田百〓『冥途・旅順入城式』

宮澤賢治銀河鉄道の夜

江戸川乱歩『押絵と旅する男』

横山利一『機械』

谷崎潤一郎『春琴抄』

夢野久作ドグラ・マグラ

中野重治村の家

川端康成『雪国』

折口信夫死者の書

太宰治『斜陽』

大岡昇平『俘虜記』

埴谷雄高死霊

三島由紀夫仮面の告白

武田泰淳ひかりごけ

深沢七郎楢山節考

安部公房砂の女

野坂昭如『エロ事師たち』

島尾敏雄『死の棘』

大西巨人神聖喜劇

大江健三郎万延元年のフットボール

古井由吉『円陣を組む女たち』

後藤明生『挟み撃ち』

円地文子『食卓のない家』

中上健次『枯木灘』

斎藤茂吉『赤光』

萩原朔太郎『月に吠える』

田村隆一田村隆一詩集

吉岡実吉岡実詩集

坪内逍遥『小説神髄』

北村透谷人生に相渉るとは何の謂ぞ』

福沢諭吉『福翁自伝

正岡子規『歌よみに与ふる書』

石川啄木『時代閉塞の現状』

小林秀雄『様々なる意匠』

保田與重郎『日本の橋』

坂口安吾堕落論

花田清輝『復興期の精神

吉本隆明『転向論』

江藤淳『成熟と喪失』

by 柄谷行人、他

追記

必読書150』柄谷行人浅田彰、他(太田出版

http://www.amazon.co.jp/%E5%BF%85%E8%AA%AD%E6%9B%B8150-%E6%9F%84%E8%B0%B7-%E8%A1%8C%E4%BA%BA/dp/4872336569

ネットにはほとんど「猿」しかいないんじゃないかと思うことも多いので、是非、脱「猿」してみて下さい。2chは「猿」の巣窟でもかまわないのですが、はてなが「猿」の巣窟であってはインフラリソースの損失だと思っています。実のありげな議論が起こっているなと思いきや、はてな「猿」が集団でやってきて議論を潰しているケースがほとんどなので。

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