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はてなキーワード: 中高生とは

2019-05-22

テレビアニメぼくたちは勉強ができない』の古橋文乃というヒロインに対する女性差別が酷い

事あるごとに貧乳だ胸がないだとイジメ

貧乳が悪い良いの問題ではなく、胸の有無で女性差別を繰り返して良いんだろうか

中高生で胸の大きい小さいで悩む人はいるかもしれないが

それをネタに何度も繰り返して貧乳がどうたらこうたらとやるのは女性に失礼じゃないか

ぼく勉の作者はそこまでして貧乳女性敵愾心を抱くのには何か原因があるのでは?

そうとしか思えない程に胸の事で執拗問題にされてる気がしてならない

アニメスタッフ面白おかし女性の胸を使ったイジメのような事を毎週行っているが

どうして誰もそれを可笑しい事だと思わないのだろう。甚だ疑問である

2019-05-20

anond:20190519204318

札幌大通に「やきそばや」って店がある。

味付けしてない焼きそばで、好きなソースかけて食べるの。

並290円から1王増やすごとに50円追加と安いか学生大人気。

おっさんには少々ヘビーだが、中高生時代札幌に住んでいたらハマっただろうなあ。

おっぱい揺らす乳首出す、アニメこんなんばっか

いくらおっぱいデカいからって芸がなさ過ぎる

ましてや女スタッフえこれだもんな

お前らの学生時代ゴム毬みたいに全く揺れない跳ねない硬いおっぱいだったことはなかったのかと

何で軟乳ばっかなんだよ、ババア乳じゃねえか

世はそれをスライム乳なんていうけど、少なくとも中高生の乳(巨乳場合)は揺れる度に痛がるんだよ

そういうのを全く描写しないから嘘臭く感じるんだよな

もっとおっぱいを大切にしろ

2019-05-19

自殺は本当の本当に最後の手段にしてほしい

いじめ実態みたいな番組見て

ふと思ったことがタイトルそのまんま

いじめられたり嫌がらせ受けたりしたら

もう死にたい、終わらせたいって思うよね

けどそれで自分未来断ってしまうのって

めちゃくちゃ勿体無いよね

ある程度年取った人たちはこう思うだろうけど

たぶん小中高生とかはそこまで考えらんないと思う、

私がそうだったか

そんなこと考える余裕無いもんね

ちょっと話逸れるけど

特に中学校って、公立に通うとなると選べないし(地方人間経験ものを言ってるからあんまここ突っ込まないでほしい)

精神的に未熟な"子供"の集まりだし、

親がヤのつくお仕事してる子がクラスメイトにいたりだとか

しかも高確率クラスカースト上位にいる)

マジで色んな人間の集まりでした

いじめが起きてる学校が全部こんな感じではないだろうけど

ほとんどに当てはまるのが"子供"だけで起きてる問題だと思うんだよね

しかしたら教師も関わってるかもしれんけど

いじめられてる人で

偶然これを読んでる人

相手はしょせん"子供"なんやから

相手にせんでいい

まずは"近くの大人"を頼って

なるべく子供同士で解決しないでほしい

近くの大人が頼りにならないかもしれない

どうしても解決できない時は"遠くの大人"を頼って

幸いにも今の時代ネットがあるからうまく活用するべき

もう本当に辛くて身体が動かなくなったり

リアルで誰にも相談できなくなったら学校なんて行かなくていい

いつか後悔するかもしれないけど

死ぬよりは絶対にマシ

学校行かずにしばらくネットしてていいか

自殺っていう選択肢だけは選ばず取っておいて

「しんどくなったらいつでも死ねるんだ」って思うだけで気持ちが軽くなるならそう思えばいいか

ほんとに、自殺だけはしないでね

私達遠くの大人はいつでもあなたの話を聞いてあげるから

anond:20190517211633

原宿

少しだけ不良系です!目一杯のお洒落して来ました!な中高生ぐらいの男子集団

集団歩いてる時点で子供田舎者だってバレてるんだけどなあ)っていつも思って、いたたまれない

2019-05-18

うちの祖父普通じゃ無さ過ぎて困る件。

高齢者なんて、そりゃ曲者ぞろいなのはわかってる。

80年とか生きてるんだもん、30年しか生きてない自分理解しようというのがおこがましい。

祖父普通じゃないんじゃないかとうすうす思っていたのだが、そもそもうちがだいぶおかしいのではないかと、設定盛りすぎなんじゃないかと思うので、ちょっと判断してほしい。



祖父の話である



近畿のド田舎暮らしている。

電器屋40年、自営業で半生を過ごす。祖母は元芸子、ものすごくよく働く。自営業もかなりの部分を支えた。

息子は一人。自分はその一人息子の子供。



ここまでは経歴的に普通だと思う

問題祖父副業にある。

祖父副業霊能者なのだ

本人、副業というと怒るんだけど、お礼にお金もらってる時点で、副業だったと思う。今は本業だけど。



ゆえに、霊の話がほぼ食卓に上がる。

趣味狩猟(今は引退済み、マツタケ取りと山菜取りくらい)と同じ温度で、霊の話と神の話をする。

子供の時からそうなので、あまり疑問に思ったことがなかった。

中高生の時は、毎回のように祖父祈りを受けるんだけど、あまり実感したことはなかった。

祈りというけど、祖父言葉でいうなら、神霊治療という

昔はあまり実感できなかったけど、今はすごく助かるのでまあ、霊も神さんも普通にいるんだなぁと今は思ってる。


ところが、世の中だと、このジャンル、どうも詐欺しか横行してないっぽくて、何それと思うお祓い方法とかお祈りに、ドン引いてしま

自分最初からちゃん効果があるお祓い受けて育ってきたけど、それが普通じゃないどころか、やっばいジャンルだと知った時のアレ

創〇〇会とか幸〇の〇学とか、そういうお祓いやってるから人気なんだと思ってた。

隠居で家にいることが多くなった祖父とは話す機会が増えて、あんなもんにお金払う奴狂ってると言うようになり、自分でも調べたら、なんでこれに人が集まるんだ?と思えるレベル


しかし、だ。


世間的には、自分のほうがかなりおかしい。

というか、祖父何者なの。

祖父はどう考えても、どこにでもいる爺さんである

なんだったら、かなり偏屈差別主義者で、熟年離婚されなかったのが奇跡レベルのクソ野郎と言ってもいい

祖母に対してDVモラハラてんこ盛りである



それが、霊能者で、人を救うというのだ。わけがからぬ。

何度か他人のお祓いを受ける姿も見るし、自分も受けるけれど、元気になるので効果はあるのは確かだ。

10代のころ、母親が死んだり、こいつが育てた父親があまりにも同じくクソ野郎なので、神とか霊とか嘘なんじゃないか妄言なんじゃないかと疑ったこともある。

神は人間に興味がないのだ、と祖父の言ってることから理解したので、最近はそんな風に思うことはない。

神、と言ってるのは、ただのファンタジーで、人間を救う前提ではないのだ。

科学者が、自分好奇心から病気を解明するのと同じ。ついでに人が救えたというだけのアレ。

できることが多い人間と考えれば、見ず知らずの人間なんか、救うわけないじゃんね



というわけで、祖父はかなりの選民差別モラハラの塊でありながら、他人に憑いた霊を取り除く



こんな不可思議家族がいて、自分普通に育つはずがないのだが、まあ、そんなことはどうでもいい

こういう話を家族しかできないので、鬱憤がたまっていた。世間評価としては嘘だというんだろうな。

30年も交流してきた家族を嘘つきとは言えないから、本物だと信じると思うなら、他人から見れば滑稽だろうな。

自分父親がかなり嘘つきだったので、本人が妄想を信じているだけなのか、その場しのぎで嘘ついているのか、けっこう検証しているつもりなので、祖父詐欺師ではないと思ってる。事実、お祓い結構きく。プラシーボだと言われたらそれまでだけど

自分が、祖父を本物だと確信した出来事がある。

一週間雨が降り続けた時期だった。

「雨が多くて困る、晴れるよう頼むか」と、祖父が言った次の日に、その集落だけ、晴れたことだ。

ぽっかりとまるく晴天がのぞいていた。ほかはどんよりとした雲が覆っていたのに。

自分の子供はちゃん教育できずに嘘しかつかないのに。短気でカッとしやすく、すぐに祖母を怒鳴るのに


神か何かわからないが、視えない何かと、祖父交流を続けている。

2019-05-15

00年代エロゲが好きだった三十路女と婚活

00年代エロゲが好きだった。2005年は出るゲームが名作だらけで凄い一年だったと思う。

その頃お前高校生だろ?って?「学生」だから大丈夫だ。合法合法

さて、そんなオタク女だが20代(昨年)のうちに友達が全員既婚者になってしまった。

オタクイベントペンライトを振ったりサイン会に行ったりコミケの売り子の手伝いをしていた一方で友達は皆彼氏デート写真を撮りセックスしたり結婚へと向かって行ったのだ。

このツイートを見て思う事があったので書き残す。

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さて、結婚するとなると日常から出会いを期待出来ない環境人間が行き着く場所婚活だ。

婚活は数年前からしていて、男性とも何人か付き合った。

だが、心の底から好きになれない。

……困った。

どうやって好きになるんだ?好きって何?

婚活から出会い日常パートがない。数回デートと言う名の面接をして告白されたら付き合う流れだ。

悪い人ではないと思うけど、好きでもない人と付き合っていいのだろうか。でも付き合うしかない。

周囲の既婚者や彼氏持ちの女性も「告白されたなら断るな。まずは付き合え。そのうち情が沸くから」と口を揃えて言う。

そのうち情が沸くを信じて付き合う。好きになれない。

男は不満が溜まり増田ちゃんもっとイチャイチャしたい!」「そろそろシてもいいよね?」と迫られる。

いや、無理だろwwwセックスしたくなるほど好きでも何でもない奴とセックスするなんて。

男と違って女はセックスと愛を割り切れない。

「ごめん…ちょっと酔い過ぎたみたい…」と逃げるようにして何回タクシーに乗っただろうか。

そのうち情が沸くを鵜呑みにしていたが、ここでようやく「女は寝たら情が沸くだけ」なんだと気が付く。

エロゲみたいな紆余曲折からの涙、涙の大号泣セックスとまではいかないけど、やっぱり好きがあってのセックスがしたい。

17歳くらいのうちに処女は好きな相手と捨てておくべきだったんだ。今更気が付いた所で奇跡が起きて謎空間からの邂逅でループしたりなんてしない現実

それに気が付かず処女喪失した女子が羨ましい。

別に処女について価値があるとは思っていない。

ラブプラス中古を買った奴www」と発売日に新品を買い逃したオタクを煽っていた処女厨も三十路処女よりか若くて可愛い非処女いいんじゃない

お金持ちじゃなくていいか自分が好きだと思う人と付き合いたいな。

こんな歳になって女子中高生みたいな悩みが生まれるなんてホラーかよ。

割り勘でも共働きでもいいから、誰か、好きな人……

結局は相手を受け入れるか否かなんだろうな。私を好きになってくれてありがとうって。

好きな人処女を捨てたい人生だったけど、諦めて今のうちに猛アピールしてくれてる人に流されてしまおうか。

それこそ寝てしまえば情が沸くかも知れないし。やだな。

当たり前の話だけど、婚活って「結婚する為の活動」だから何気なく出会ってなんとなく気が合っての日常から溶け込む恋愛とは正反対なんだよね。

全然覚悟が足りなかった。

もう一度、自分自身を見直したい。

ベビーカー通勤を1ヶ月間してわかったこと(都内30代男性の話)

いつもはてブは、見るだけだったのですが、

こんなブログがプチ炎上していたので、初めて書いてみました。

https://anond.hatelabo.jp/20190514225348

「そんな意見おかしい!」という反論や、

「こうした方がいい!」という提案性もない文章ではありますが、

1人のベビーカー通勤者(男性)の視点で、その実態を知ってもらえたら嬉しいです。

自分の状況

自分の住んでいるエリア保育園には入れず途方に暮れていたところ、

会社近くの保育園に空きがあることがわかり、急遽入ることに。

赤ちゃんは0歳児の娘です。

出勤時には父であるぼくが連れて行き、

帰りは時短できる妻がお迎えをしてもらっています

ちなみにぼくは、朝9:30出勤の夜は8:00退社。

ただある程度フレックスで出勤できる日もあります

から会社へは、東横線東京メトロを乗り継ぎ、40分ほど。

それを赤子を連れて、ベビーカーで出勤する生活がはじまりました。

約1ヶ月間やってみて見えてきたことを簡単に綴ってみます

ベビーカー通勤の困難

・超満員電車は乗れない

もはやこれが結論というか日本の実情なのですが、

8〜9時のピークタイムはどうやっても乗れるわけありません。誰も降りてくれないし。

そのため早朝出勤することにしました。

・6時台にピークシフト

まだ眠そうな我が子を起こし、支度して一緒に出勤しています

かなり早く着きますが、会社近くのスタバで1〜2時間仕事して過ごしています

6時台〜7時前半はまあまあ空いていますが、

それでもガラガラではなく(乗客率60%くらい?)

ある程度早朝から出勤通勤している人がいるので、いろんな問題があります

ちなみに早朝眠そうな我が子には、

目が覚めてきた電車の中でこっそりミルクあげていたりします。

(もちろん周りに迷惑からないように・・・

車椅子/ベビーカー優先ゾーンを空けてくれない

つの電車に1〜2車両ほど優先ゾーンが設けられていますメトロ東急には。

その車両に乗るように、何車両目か覚えて乗り込むのですが、

数人必ず陣取っている人たちがいます

彼らに共通性はなくて、

おじさんの時もあるし、OLの方や中高生ときもあります

そしてベビーカーを見て、優先して空けてくれる人は30%前後です。感覚的には。

おそらく車椅子の人が乗り込んできたら、空けてくれる人は多くいるのでしょうが

いまの東京ではベビーカーに対しての意識はそこまで高くないと感じます

ホーム乗り換えエレベーターも満員

東横線から東京メトロに乗り換える時にエレベーターで移動するのですが、

そのエレベーターが、いつも満員です。

もちろんご老人の方や、重いスーツケース持った方がいることもあるのですが、

普通サラリーマンや、大学生っぽい若者学生などなども乗っています

「歩ける奴は頼むからエスカレーターを使ってくれ・・」と

いつも目で訴えかけていますが、

今まで一度もエレベータ優先されたことはありません。

乗り込んでいる全員がベビーカー認識しているくせに、

目を伏せてエレベーターが登っているのを待っています

【お年寄りや、体の不自由な方、ベビーカーの方を優先しましょう】的な張り紙はありますが、だれも見てないですね。

ピークシフトしても満員電車はある。

毎朝6時前に起きて、支度して、電車に乗って、、、と頑張ってはいるのですが、

深夜まで働いた翌日などはちょっと寝坊して、その時間に乗れないこともあります

それでも7時過ぎくらいに電車に乗るのですが、

しかタイミングによっては満員電車が来ることも。

そのときは、とにかく空いている電車が来るまでホームでいくつも見逃します。

数台見送ると、少し空いている電車が来ることがあるので、乗り込みます

結果通常40分の通勤が、1時間くらいかかります。これが地味にイライラします。

・朝からすみません」を10回以上言う。

電車に乗り込み邪魔にならないスペースへ移動する時、

電車から降りるに人の間を通る時、

エレベータに乗る時、開ボタンを押してもらったとき、、、

とにかく「すみません」を何回も言います

こんなことでいちいち落ち込んだりはしない性格なので大丈夫なのですが、

育児疲れたママが、

ベビーカー押しながら「すみません」と

暗い顔で何度も言っているときの心情は理解できます

もちろん人の好意には「ありがとうございます」と返しています

ベビーカーの人がもっと堂々としていて、

すみません」ではなく「ありがとうございます」という

好意が溢れる世の中になれば良いのにと思います

・舌打ち、めっちゃされる。

もうね、これはしょうがないですが、ほんと悲しくなります

ちょっと靴にベビーカータイヤが当たったりしただけで「チッ」みたいな。

こちらも最善の注意を払ってベビーカーを押しているのですが、

それでも当たることはあります。そんなイライラぶつけなくても、、、

いたって普通男性であるぼくでさえ、そんな目にあうと言うことは、

世のママたち女性の方々に向けられる視線や態度は、想像できます

から通勤で、みんなイライラするのはわかるけど、

なぜ他人に当たるのか。

もっと心穏やかにベビーカーの人に接することはできないのだろうか。

◯それでも、良い人もいっぱいいる。

まさに今日

電車を待っていたら、先に並んでいたサラリーマンが道を譲ってくれました。

ある日には。

女子中学生が席を譲ってくれました。

2日に1回は。

おばあちゃんが満面の笑みで娘に話しかけてくれます

最後に思うこと

働くことは、えらいことです。

優秀な人たちが頑張って仕事をすることで、社会が回っています

より便利に、より快適に、世の中が豊かになっています

でも、その社会って誰のためにあるのだろうか、と最近よく考えます

結婚をするもしないも個人自由です。

子供を産む産まないも自由ですし、いろんな理由で産めない人もいます

それは価値観だし、尊重されるべきです。

から「みんな子供産んで、育てよう」とは言いません。

だけども。

社会みんなで、赤ちゃんを大切にしようよ。」

子育て頑張っている人に、もう少し優しくしようよ。」とは言いたい。

ほんのちょっとでいいから。

誰もが自分仕事だけに必死になって“社会”を回していたら、

結果赤ちゃん1人すら育てづらい“社会”を作り上げていた。

それは悲劇だし。それは社会矛盾です。

少なくとも、

自分の出勤の邪魔からベビーカーは乗るな、とふと思ってしま

そんな社会に向かっていたら悲しい。

普通にオシャレな人」になれるかどうかは周りの人間で決まる

オシャレな人

世の中には「オシャレな人」と呼ばれる人種がいる。その人たちはモデルかもしれないし、流行に敏感なのかもしれないし、はたまたた自分の好きな格好をしているだけなのかもしれない。

しかし私からしたら、「オシャレな人」までいかなくとも「普通に可愛いorカッコイイ格好ができてる人」「普通に自分に似合う格好ができている人」はみんな「オシャレな人」なんだと思っている。

なぜなら、私は「“元”ダサい人」だからだ。今でも不安になるが、「普通にオシャレな人」くらいにはなれていると思っている。

なお、ここでは「そもそも普通とはなんなのか?」という議論表題とかけ離れるため追求はしないでいただきたい。

きっかけという名の実体

私の過去:中高編

興味ねぇーよ!って方も多いと思うが、しばしお付き合い願いたい。

私は三姉妹の長女で中高一貫女子校に通っていた。(先に言っておくが、決してお嬢さまなどではない。読めばわかる。)そんな女子にまみれた生活をしていたにも関わらず、洋服にも化粧にも何一つ興味を持てなかった。

興味があるのは漫画アニメ声優だけという所謂オタクであった。類は友を呼ぶもので、仲の良い友人たちも基本的には私と同じようなスタンスであった。そして残念なことに私はオシャレな同級生からはことごとく遠巻きにされるタイプであったのだ。

自宅では中高生が化粧は早いという母親の考えから化粧に関する知識は何一つもたらされなかった。服装のダサさを母親と妹たちから罵倒されることはあっても、だからと言ってこういうのが似合うとか、今の流行りはなんだとか、そういうことは一切教えてくれなかった。

そんな状況でオシャレが好きになれるはずもなく、オシャレに興味もなければ、何がオシャレなのかわからないまま中高時代を終えてしまったのである

大学

そんな私に転機が訪れた。大学入学である

中高と違い毎日私服で通う大学は新鮮だった。一目で誰がオシャレなのかわかったし、ほとんどの同級生が化粧をしていることにも驚いた。化粧品が好きで集めるのが趣味、なんて子もいた。カルチャーショックである

そもそも化粧品にまともに触れてこなかった私には<化粧品が好き>という感覚がわからなかった。え?そもそも化粧品なんてファンデーション口紅しか知らないですよ?

から、聞いてみた。なんで化粧品が好きなの?「お母さんが好きなんだよね〜!」

そんな私にさらに衝撃の走る事件が起きた。なんと、久しぶりに再会した中高の友人たちがみんな化粧をしているではないか!なぜ!

から、聞いてみた。どこでお化粧を覚えたの?「お母さんが教えてくれたよ〜!」

母親という存在

(そうか…みんな母親の影響を受けるんだな……女の子にとって母親の影響ってすごいんだな……)

私はしみじみとそんなことを思っていた。では、私の母親はどうであろうか。

私の母親はあろうことか、私が大学生になった途端に

大学生にもなって化粧もしないなんて!せめてバイトぐらいはしていきなさいよ!」

正直、意味がわからなかった。

高校生が化粧しているのを見てグチグチ言っていた母親の口からそんな言葉が出るなんて。

しかも、「そもそもやり方がわからない…」そう答えた私に彼女は何も教えてくれなかった。

後日判明したのだが、母親は化粧は高校で習ってきたと思い込んでたらしい。母親時代高卒就職する子も多く、学校オフィスメイクの授業があったらしい。しかもわざわざ資生堂の人を呼んで。しかし、中高一貫進学校にそんな授業はあるはずもなかった。とんだ思い違いである。

そして「普通の人」へ

しかしそんな私も今は「普通にオシャレな人」になれたと自負している。きっかけは友人たちだった。

大学、そして社会人になってからできた友人たちは、オシャレに関心のある子たちが多かった。その子たちは私のオシャレへの興味の無さを心配して、似合う格好や最近流行り、化粧品知識などなど私に叩き込んでくれたのである

の子たちに感化され、私もオシャレに興味が湧いたし、何より楽しいと感じることができた。今ではちゃん自分情報収集もするし、自分に似合う格好や色も知っているし、お化粧だってする。友人たちには感謝しかない。

普通にオシャレな人」になれるかどうかは周りの人間で決まる

大抵の女の子は一番身近な母親から、または私みたいに友人たちから、オシャレとはなんぞや?ということを学んでいくのだと思う。男の子だって例外ではないだろう。

もちろん、母親や友人だけじゃなく父親の影響を受けた人もいるだろうし、雑誌テレビモデルに影響された人もいるはずだ。

そうやって影響されて、自分なりのオシャレをしてみた時の周りの人たちの反応が私は一番重要だと感じている。

自分なりにオシャレを頑張るのって結構大変だ。

今日すごくオシャレだね!」

最近毎日お化粧がんばってるね!」

その一言にとても救われる。たとえ微妙だったとしても

「その格好も良いけど、私はこの前会った時の方が好きだな!」

と、そう“ポジティブ”に返してくれるだけで嬉しいのだ。

そういう言葉かけをしてくれる人が周りにいるか。それはオシャレをする上でかなり重要で、そうやってその人なりのセンスが磨かれていくのだと思う。それに、ただその一言が、その人の肯定感にも繋がってゆくのだ。

ここまでを通して私は

普通にオシャレな人」になれるかどうかは周りの人間で決まる

と感じたのである

もし自分の周りで、最近オシャレを頑張ってるな、いつもオシャレに気を配ってるな、と思う人がいるなら、ぜひ一言声をかけてあげてほしい。

今日ステキだね!」

2019-05-14

anond:20190514092544

ほらこれよ

「そういうのは馬鹿丸出しだからやめろ」に対し

言われたことを反省するんではなく「キーーッ!ウヨ!」ってなるの。


君にしてもいまなんで俺がウヨだと思った?

ウヨ的なことなんか何にも書いてないんだけど。

「ボクたちに苦言を言うなんてウヨ」ってことだろ?

ガキじゃなくてなんなのよこれ


中高生ぐらいのリアルのガキならそういうメンタリティもあるけど

いいおっさんがこれなんだもん

anond:20190514090642

女性専用車両できるきっかけとして痴漢を止めた女性痴漢達に引きずり降ろされて連れて行かれ強姦された事件とかがあるし

から何?

何十年も前の犯罪者連帯責任をなんで全男性が負わなきゃならんの?

公共交通機関女性の多くが結構な頻度で犯罪にあうリスクを背負ってるわけで

根拠なし。

警察統計では交通事故よりはるかに低い確率しか起こらない痴漢が「結構な頻度」?

から笑わすな。

そしてどれだけ頻度があろうが関係ない。痴漢をしない無実の男性には一切関係ない。

なんの権利があって性差別を行い、男性排除してるの?

まさか男性なら痴漢責任を全員でとるべき」とか思ってるの?

それとも「女性被害者からヨシヨシされて当然だ」とでも思ってるの?

まだ抵抗しにくい小中高生等は狙われやすい傾向まであるし逃げ場は必要では

必要なし。

若いうちから抵抗通報のやり方を学ばないから男に甘えて男を排除するんじゃないかな。

anond:20190514085535

痴漢あいたくないにつきるんじゃない

女性専用車両できるきっかけとして痴漢を止めた女性痴漢達に引きずり降ろされて連れて行かれ強姦された事件とかがあるし

公共交通機関女性の多くが結構な頻度で犯罪にあうリスクを背負ってるわけで

まだ抵抗しにくい小中高生等は狙われやすい傾向まであるし逃げ場は必要では

人生で一度も痩せたことがない

自分ではかなり大層なタイトルではあると思うが、私は一度も痩せたことがない。

正確に言うと、幼稚園の頃から常に何かしらを食べているような子供であったから、ストップがかかることもなく

その年齢帯において周りより数十キロプラス体重であった。

中高生とき運動部に入っていたこともあって、

そこそこの運動量毎日こなしてはいたが

大学受験を堺にして部活をやめ、しかしながら食べる量は減ることはなかったので

体重のみが増え続けもうそろ大台の100キロに乗りつつある。

痩せたい。いつも頭の中には痩せたとき自分の姿を想像している。

たことはないので具体的な姿はわからないけど、、

なぜ痩せないんだろうか本当に不思議でならない。

中途半端デブからだろうか。

デブに突っ切ってるわけでもないし、ぶっちゃけ服を選べばそんなに太ったようには見えないかもしれない。

最近はそうも行かない体型になってきているが)

からこそ「自分はまだそんなに太ってるわけじゃない」と自分を慰めてすぐにダイエットをやめてしまうからのかもしれない。

でも正直もうしんどい。中高の同級生に会うとどうしても体型や顔を比較してしまう。自身が見にくいからこそそういう部分により鋭く反応してしまう。

子供の頃はよく親に、成長期になれば身長が伸びるから大丈夫と言われていたのに今となっては痩せろだのダイエットだのうるさくてしょうがない。そんなことはわかっている。

とりあえずなんだか人生が鬱なのだ。やる気がわかない。もし痩せていたらもっとやる気が湧いているはず。俺がお前らの体型ならそんなに怠けたりはしないとすら思う。

デブデメリットだ。損しかない。何をするにしても制限がかかる。

顔の良し悪しは生まれ持ったものからしょうがないけど、デブは本人が怠けてるだけなんてよく目にする(これも自分デブからよく目に入るだけかもしれない)が、食べる量が同じでも太りやすい体質の人もいるわけで。

とまあ言い訳を並べても結局自分でもわかってるけどな原因は自分しかない。

デブの何が醜いかって、同族嫌悪をしているところなのだ自分と同じ体型の人を見て嫌悪し、自分より太っている人を見て安心する。そうすることでなんとかプライドを保っている。

こんな一般論を俺は語りたいんじゃなくて、

最近人間関係が辛い。正しくは自分相手デブとして認識されて嫌悪感や笑われている、見下されているんじゃないかという被害妄想に追われる。

旧知の仲だとなおさらで、ラインが来ても未読無視ちゃうし、人間との関わりを徐々に断っている気がするのだ。

こうして俺は無事自分クズさをデブという身体的特徴に押し付け責任転嫁してるわけだ。

本当に太っているせいでその人の社会性が損なわれるか検証するので今日からダイエット一日目始めたいと思います

(以下無限ループ

2019-05-13

完食強要現実

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20190513/k10011911391000.html

小学校給食の完食強要経験した、今は大柄な男。完食強要経験してなくて現実知らない人だと思うんだけど、はてブ肯定的コメント特に問題視しないコメントがチラホラあるの、経験からすると身震いする。申し訳ないが、園児2人が車に轢かれて亡くなったあの大津事故報道を見ながらテレビの前で楽しそうにゲラゲラ笑う、人が苦しんだり死んだりする話が大好きな異常人格者レベルに、人の心を持っていないバケモノに見える。

目を覚ましてもらえるように、完食強要経験してない人がわかっていない勘違いポイント解説していく。

給食うまい/まずいの問題ではない。給食の味=流し込みに使う飲み物との相性になる。

これ勘違いしている奴が多すぎる。完食強要があると、食べるのが遅い子が時間内に間に合わせるには、牛乳汁物など、用意された飲み物でおかずを流し込むしかないので、「飲み物で流し込むときの味」が重要になる。例えば、牛乳パンみそ汁ご飯はよく合うので、良い給食牛乳ご飯みそ汁パンが出てきたときは、牛乳ご飯を流し込むしかなくなる。

牛乳かけご飯みそ汁パン

想像してみてほしい。まずそうだろ?「食べるのが遅い」というだけで、週に何日もこの味を経験しないといけなかった。あまったご飯牛乳で流し込んだり、ボソボソして食べられないパンみそ汁で流し込まないといけなかった。まずかった。ひたすらにまずかった。まずかったが、自分からわざとまずくしても15分の時間内に食べたくなるほど、「時間内に食べ終わらない」ペナルティは大きかった。

食べるのが遅いと、周りが掃除している中で完食するまで食べさせられる

給食の後は教室掃除がはじまる机をがーっと一番後ろによせて掃除が始まる。クラスの皆がホウキを掃いたり雑巾がけしたり、黒板消しでチョークのかすをパンパンはたいている中で、一人だけ完食するまで残される。周りの机が全部片づけられ、自分の机しか残っていない状態で、一人だけ完食するまで残される。「なんであいつだ掃除をサボっているんだ」という目で、「あいつだ自分勝手にのんびりたべたうえ、さら掃除までサボるのが」という目で、クラスの皆に睨まれながら、とにかく食べる。

ほこりチョークのかすが漂う中で、とにかく、自分おかした「食べるのが遅い」という罪を償うために、「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」と心の中で叫びながら、食べる。何か言葉にしようものなら、「喋ってないで早く食べて皆の掃除を手伝え!」と言われるので、何も言えず、何も反論できず、泣くこともできず、ただただ心の中で謝りながら食べる。「自分は皆に迷惑をかけている悪い人間だ」という罪悪感が膨れ上がる。小学生は素直だからね、自分人殺しと大して変わらない罪人だと思ってた。

植えつけられる罪悪感:給食を食べるのが遅い子は、「本人が実際にどう思っているかに関わらず」、給食のおばさんを悲しませ周りの皆に迷惑をかけている悪い子。

自分小学校教員を今でも許せないのはこれ。自分小学校の時の担任はずる賢く、口にものを無理やり詰め込むような完食強要はしなかった。そんなことやっても、子供は呑み込めなくて吐くだけだし、親からクレーム来ると思っていたのだろう。だから、「完食できない子は、たとえ実際には給食を作ってくれた人に感謝していたとしても何を思っていたとしても、結果的には周りに迷惑をかけている悪い子なんだよ」と言って、食べるのが遅い子に罪悪感を植え付けることで完食を促そうとした。今考えると、罪悪感を使って人を操作する、典型的マインドコントロールだよね。

勉強に置き換えて想像みてしてほしい。解けないテストを出され、「このテスト問題が解けない奴は、どういう気持ちであろうと何を考えていようと、結果的には社会迷惑をかける悪者なんだ」と言われたら、小学生はどう思うだろうか?中高生なら「あの先生バカだろ」ですむだろうが、小学生なら、素直に「自分は生まれてこないほうがよい人間だったのか?」と思わないだろうか?

自分はそう思った。小学校6年間、給食のせいで「自分は本当は他人迷惑をかけているのではないか」という恐怖にさいなまれた。

自分は本当は生まれてこないほうがよかったのではないか」「ただ、たまたま成績がいいから、生かしてもらっているだけなのではないか」と思いながら過ごした。そう、自分は成績はよかった。だから、生きていていいと思えた。自分は、給食を食べるのが遅い社会迷惑な要らない人間だが、成績がいいか担任自分に笑いかけてくれているのだ、そう思いながら小学校高学年を過ごした。成績がよくなかったら、当時住んでいたマンションから飛び降り自殺していただろう。「給食を食べるのが遅い、悪い人間に生まれてごめんなさい」と遺書を書き残して。実際、小5ぐらいのときに、そう思って当時住んでたマンションから飛び降りようとしたことがある。親に「何やってんだ!」と言われて引き戻されたけどね。自分が生きているのは偶然だと思う。

完食強要子供自殺に追い込む

自分経験からすれば、完食強要された子は自殺したくなって当然だと思う。だって、食べるのが遅い、というどうしようもないことで「お前は迷惑人間だ」というレッテルを張られるのだもの担任からも、クラスからも。しかも、理屈立てて考えられない小学生の時期に。

すでに、遺書を書かずに、何も言わず自殺しちゃってる子がいても、全く不思議だとは思えない。

完食強要してる小学校教員はすぐにやめてほしい。あなた人殺しになるよ。

自分にも子供ができ、親になった。自分の子小学生になった時、小学校担任が完食強要したら、いかなる方法を使っても非難する。担任人間の心を持たないバケモノだ、異常人格者だと小学校に広めて徹底的に戦うぞ。

ファンミラージュ可愛い

3歳娘がいて、ウルトラマン仮面ライダー戦隊ものプリキュアと一通り見てるけどファンミラージュに私がはまった。

ヨツバちゃん可愛いサキちゃん開脚決めポーズ、ココミちゃんの変身ダンス可愛い

ドラマ撮影以外にも歌、ダンスイベントとかもあって中高生で大変そう。

一度でいいか応援に行きたいけど、地方過ぎてイベントどころか地上波再放送すらない。あにてれが頼み。

体に気を付けて頑張ってほしいなあ。

2019-05-12

性的快楽ってどういうのなんですか?やったことある人おしえてくださ


女性でも男性でも、自慰行為の話でも性行為の話でもいいので、それがどういう感じなのか、やったことない人にも分かるように経験説明してもらえるとうれしいです。

書いている人間:24歳女 恋人いない歴=年齢

もともと雑食・軽度のオタクだったのですが、二年ほど前から人生を曲げる勢いであ作品の沼に落ちて、本気で二次創作BLを読みまわるようになりました。身体性がちゃんと取り扱われている作品なので、わたし推している二人組はぜっったいセックスするし、そういう身体コミュニケーションを好むと確信していますしかしながら困ったことに、わたし自身セックスしたこともないし性的快感というのが何かよく分かりません。彼らはセックスが好きだと思われる、この「セックス」というものは、成人向け作品規範においては快感を生むものとして設定されている要素であるらしい・・・・・・という以上に思考を進めることができない現状では、わたしが行うことのできる考察はとても制限されてしまます。なので、やったことがある人に教えてもらうのがいいだろう、と思い、みなさまのご経験についてお話伺いたく存じます

せっかく匿名なので、以下、性というものについて現時点で私が分からないこと・考えたことについて書きました。

1.性欲について

まず最初の謎。性欲って存在するんですか?

寝ないと死にますし、食べないと死にます。でも、性的なことをしないと死ぬってわけじゃないですよね。「性欲」という言葉で呼ばれているものが一体どのような状態なのか、ということが分かりません。

仮説1-1 男性の体をもった人には生得的に性欲があり、第二次性徴によって発現する。

仮説1-2 性別によらず、生得的に性欲がある人間やそこそこの人間や皆無の人間多様性をもって存在し、第二次性徴によって発現する。

仮説1-3 性欲とは社会的構成物であり、訓練や習熟によってこの概念を獲得した人間自覚される。

仮説2-1 性欲は性行為自慰行為といった身体行為によって充足される

仮説2-2 性欲は性行為自慰行為といった身体行為または、恋愛感情の保持や成人向けコンテンツの鑑賞といった精神行為によっても充足される

仮説2-3 性欲は(上記の)身体行為精神行為の結合によって充足される

 

なんでそもそも性欲というもの存在自体を疑問視ちゃうかというと、睡眠欲や食欲のような身体欲求の形で自覚される性欲というものが私のなかに存在しないからなんですよねえ。でもわたし中高生ぐらいの頃から二次元成人向けコンテンツを見て回る、みたいなことはやってきており、なんとなくそういうことしちゃうのが「性欲」って言うんですよ、と言われるとそうなんですか~知りませんでした、って思うかも。

個人的に仮説1-1は、男性にの主体性を認めるジェンダー的な社会構造の結果生まれているような考えにも思えて眉唾なのですが、じっさいもんだい女の身体をもっている私に性欲が分からない以上、論理的には立てて置かざるを得ないなあという感じです。あっ、でも二次創作の参考にしたいので男性身体を持っているひとは定期的に性行為自慰行為をする必要性があるのかどうか教えてください。女性身体を持っているひとは最初から自慰行為のやり方が分かっていたのか練習してできるようになったのかとか知りたいです。

あと仮説1-3もちょっとそんなことはないようには思われますね。種の保存につながる行動を発現させる遺伝子の方がより受け継がれそうなので。もちろん、人間というのは自ら構築した社会文化によって本能を裏切るようにしながら暮らしているわけですが。

2.身体について

行為自慰行為って快感なんですか? 快感ってなにがどういう感じなんですか?

この文章の本題です。これについてはもはや誰かやったことある人教えてくださいとしか言えないのですが・・・・・・

成人向けコンテンツにおいては、性的なことは気持ちいいものだって価値観を前提にして大方の表現がされていますよね。でもやったことない人間からしたら、どこまでが形式的表現上のお約束なのか、真実そういうクオリアのようなもの存在しうるのかが分かりません。でもわたし推しセックスをまじめに書きたいんだ!!助けてくれ!!! まあそもそものところ身体的なクオリア認識して表象するのってめちゃめちゃ難しそうですよね。インドア引きこもり人間には身体認識することからして難しい。私がいま認識して言語化できる身体快楽って、寒い日にこたつに埋まるとか、暑い日に手首を水で冷やすとか、二度寝しようと何もかもあきらめるときとか。あるいはこの辺はかなり本命に近いんじゃないかと思っているのは、虫刺されあせもなどで皮膚をを掻きむしっている瞬間、排泄の瞬間。アダルトビデオを見てるとなんだか痒みとか摩擦とかが大事なのかなという仮説が立てられそう??

もっとアダルトビデオを見れば、真実さらに近づけるんじゃないかとは思うものの、インターネットの絵とか小説を主に摂取してやってきたので、三次元はぜんぜん探し方も分からないしあんまり楽しくもないんです、なんかこれはやや問題ある気もする。

自分でやってみれば分かるのでは、と自慰行為のやり方をググったりもしたのですがなんかぽいところには接近しつつもそんなにうまくできないです。練習がいるらしい。たいへんだな。

3.精神性について

机の上だけで考えるならなんとなくこっちの方が近づきやすい気がします。こう、犬猫じゃあないけど、お互いの信頼関係の表出としての接触を楽しむということですよね。いくらハグ好きな人間でも満員電車は好きじゃないだろってことはまあ机の上からでも簡単想像できます。ここから精神的なことが身体快楽に結びつくっていう仮説を導くことができるし、これはけっこう確からしい仮説だと思うのですが、人体って不思議ですね。ここからSMとか(『ナナとカオル』を読んだ)特殊プレイ的なものはなんとなく接近できそうな気もするのですが、そしたら逆に人間がなんで性行為をやる必要があるのか分からなくなってきました(そして性欲とは何かという問いへ戻る・・・・・・)。

性的経験についてつぶさに述べているインターネット上の文章などでも、おすすめのものがあれば知りたいです。あらゆる情報を求めていますが、人と交際してみて確かめろというコメント必要としていません。性的なこと(や人間の二者関係のあり方)について知識を得るために、じっさいに恋人を作ってみるという考えを抱いたことがなかったわけではないのですが、特に好きでもないひとに時間を使うなんてばかみたいですし、人生経験を増やすために誰かと交際したいというのは、相手人間人格否定するのに等しい考えですからね。交際ではなく仲の良いお友達で、わたしセックスやってみてもいいよって人がいるといいんですけれども。しょうがないので文献情報収集することで自分認識更新したいと思います

愛という概念について考えるために『饗宴』を読んでおり、次はフォイエルバッハの双数性についての何かを読もうと思っているのですが、こういう哲学方面でも愛や性についておすすめの文献も求めています。)

子どもの頃は大人軽蔑してた

最近募金活動をしている学生をよく見かける。

何らかのチラシをお願いします!と手渡す中高生を見て、見つからないように隅っこを逃げるように歩いている自分に気付いた。

そういえば昔やらされたことあったなあと思い出す。

休みの日や朝や夕方に。

退勤ラッシュ大人たちに必死募金を呼びかける。

その募金が、自分達の活動が世の中に良いものだと信じて疑わなかった。

から自分達に一瞥もくれず歩いていく大人を見て、軽蔑した。

けど、わたしは今その大人になっている。

あの時、一瞥もくれず通り過ぎていく大人を全員悪だと決めつけていた。

困ってる人を助けるために、1円でも10円でもこの箱に入れてくれれば良いのに。

困った時助け合うのが人間だと教わったのに。

この人たちは自分勝手で自己中で、人のことを考えられない残念な想像力の持ち主だ。

そう思って軽蔑した目で睨んだ。

でも、自分大人になってわかる。

君たちが目にしている大人達は全員が人を助けられる余裕があるわけじゃない。

毎日預金残高を見ては、次の給料日まで自分いかに豊かに無理なく生きられるかを考える。

家賃は?食費は?光熱費は?誰が払う?

それは全部自分だ。

仕事に行くために洋服だって買わなくてはいけない。どこに行けば安く手に入る?

付き合いの飲み会費用はどこから出せば良い?

お金に困ったら誰が助けてくれる?

病気をしたら?怪我をしたら?

毎日そんな不満に苛まれている。

自分ひとりが無理なく生活できるだけの収入はあるはずだ。

だが、困った時誰が助けてくれる?

たまにそんな不安から逃れられないのだ。

今見ず知らずの人への募金をすすめている君たちは、助けてくれる?

長い目で見ればとか、自分の老後を支えてくれるのは君たち中高生かもしれない。

けど、ごめん。

私は今君たちを助けられない。

やっぱりどんなに言い訳をしても、私は想像力の乏しい可哀想大人だ。

ごめん。

わかってるんだ。だからそんな目で見ないで。

他を当たって。

今日も、君たちの横を急いでいるふりをして通り過ぎる。

明日もきっと。自分の財布が逃げないように握りしめて、君たちから逃げる。

どうか、大人になった君たちがこんな思いをしないように。

こんなみじめで醜い大人にならないように。

それだけを祈ってる。

2019-05-11

anond:20190511021607

中高生の頃、母親がその辺にエロレディコミ放置する人だったけど気にならなかった。

ってかこっそり読んでた。

同性だと気にならないのかもしれない。

かに父親だったら嫌かも。

2019-05-09

anond:20190507100141

中高生くらいのとき読んだ「赤川次郎の作文術岩波ブックレット

検索しても出てこないので題名覚え違いかもしれんが

短編だか中編だかに作者のコメンタリーがついていて、

から書いていき、中盤くらいまでは犯人トリック決めず、誰が犯人になってもいいように怪しげな行動描写をしておく。終盤で「このへんで犯人絞る」みたいなコメンタリがついてて、衝撃だった。

作品だけ読むと、結果的犯人トリックは首尾一貫してるように見え、犯人から除外された容疑者の行動は迷彩に見える。そういう読み方しかできなくなってしまう。

いや赤川次郎推理小説じゃなく青春小説だ、キャラ小説だ、みたいなツッコミもあるかもしれないが、

こういう例もあるということで一つ。

イジメをした側の苦しみについて

ここを見る小中高生がどれだけ居るのかわからないが、

自分学校イジメが行われている少中高生に届いて欲しいと思って書く。

私は、今話題不登校小学生YouTuberに関する記事を見る度、思い浮かぶものがある。

かつて自分が加担したイジメによって不登校になったクラスメート達の顔だ。

私がいた小学校では、イジメが行われていた。そして私は、それを止める事はおろか静観する事もなく、自己防衛のためにある種それに加担さえしていた。

「そうしなければ自分が標的になっていた」という自己弁護もできるかも知れないが、大方のイジメはそういった種類の人間によって支えられているものだと思う。

自分イジメの首謀者ではない」あの時の誰もがそう言うと思うが、私を含め全員が首謀者であったのだ。

イジメの種類としては、呼び出して暴行を加えたり、どこかに閉じ込めたり、物を隠したりといった積極的ものではなく、

陰で「○○菌」など言って避け、存在無視するといった、陰湿ものだった。

そしてその標的となったのは2人の女子であった。

そのうち1人はイジメ理由に市内のどこかの小学校へ転校していった。大学生の頃Facebookで見つけたが、楽しい生活を送っているようだった。

それによって私の罪が軽くなる事は決して無いが、非常にホッとしたのを覚えている。実に身勝手感情だと思う。

もう1人は、不登校になった。正確には覚えていないが、小学校6年間のうち数年間に渡って不登校になった。卒業アルバム写真は、1人だけスナップ写真が使われていた。

中学に入り、一時期学校に来ていたが、小学校時代ほどあからさまではないものの、本質的には変わらない私達の対応で、またすぐに不登校になった。

その後彼女がどういう人生を歩んでいるかはわからない。

中学校を共に過ごした私達は、中学校を卒業し、各々の学力に応じた高校に散らばった。

過去数年間の学年と比べて高校の進学実績が良かったため、親や教師は「この学年は出来が良い」などと言った。

各々が部活恋愛で思い出を作り、自分中学生活肯定し、晴れやかな顔で卒業式を迎えた。寂しさで涙を流す者もいた。

皆、自分達がその人生を壊した"彼女ら"の存在を、忘れていたり、忘れたフリをしていた。

その後、成人式などの機会で何度か顔を合わせる場があったが、"彼女ら"の事は一度も話題に上がらなかった。

誰もがその話題を避け、決して話そうとしなかった。

私の犯した罪は、15年以上が経った今、どういった手段によっても贖えるものではないだろう。

そして、今私がどういった種類のアクションを起こしても、誰の得にもならないだろう。

だがもし、何かのめぐり合わせで、"彼女ら"と同じ職場になったり、子供同士が同じクラスになったりして、

"彼女ら"と顔を合わせる事があったら、私はどうするだろうか。

きっと、何らかの形でアプローチし、許しを乞うだろう。

許されるはずもないのに、罪の意識に耐えられず、許しを乞うに違いない。

私達は、自らの手で"彼女ら"の人生を壊したのだ。

幼いゆえに最も残酷なやり方でもって、"彼女ら"の人生を壊し、「幼いゆえに」という方便を使い、その責任に向き合う事を放棄してきた。

しかし、私にはその責任に向き合わなければいけない時が来た。

娘ができたからだ。何事もなく成長し、来年には小学校入学する年になった。

公園で遊ぶ娘の笑顔を見た時、遠い記憶の中の"彼女ら"の顔が、自分の娘の顔に重なった。

その瞬間、身の毛もよだつほど恐ろしくなった。今目の前にいるような少女人生を、無慈悲に踏みにじり、その事実に目をつぶってきた自分が、酷くおぞましいもののように思えた。

自分には子供を育てる資格はないのでは。いや、幸せになる資格すら無いのでは、と思った。

その日から小学校時代の夢をよく見るようになった。

未来ある小学生人生自分の手で壊した」という否定しようのない事実に、私は今この瞬間も苦しみ続けている。

そして、一生苦しみ続けるべきなんだろうと思う。それしか、私にできる事は無いのだと思う。

もし、これを読んでいるあなたが、イジメに加担しているのならば、

いつか必ず、その罪に向き合わなければならない時が来ます

そして、その十字架を一生背負って生きていくという重みについて考えてみて欲しい。

その十字架を背負わない為には、今から行動を起こすしかありません。

またもし、これを読んでいるあなたが、イジメを受けているのならば、逃げて下さい。

そして、自分肯定して下さい。イジメを受けているのはあなたが悪いのではなく、学校クラスメート等の環境が悪いのです。

転校するのも良いかも知れません。フリースクールに通うのも良いかも知れません。家でできることを探すのも良いかも知れません。

不登校YouTuberの言う通り、不登校は不幸ではありません。学校に通うことは、幸せになる唯一の道ではありません。

とにかく、信頼できる大人相談して下さい。そしてその大人が助けてくれなくても、別の大人を頼って下さい。

あなたは悪くないのだから

2019-05-07

AED使われるぐらいなら死にたい

女だけど外でAED使われるぐらいなら放っておいて殺してほしい。裸がすっごく恥ずかしい。幼稚園パンツで泥遊びも嫌で見学プール水着も嫌でたまらなかったし、なんなら体操服も短くて嫌だった。内科聴診器のために脱ぐのも嫌で嫌で嫌で、注射より嫌だった。手術よりも手術着が嫌だった。修学旅行合宿も、大浴場が死ぬほど嫌だった。3ヶ月不正出血が続いた時も、産婦人科どうしても行けなかった。彼氏の前で脱ぐのも嫌。絶対無理女子同士の温泉旅行生理と嘘ついて部屋の風呂

きっと私のような人は他にもいると思うし、中高生なら尚更だと思う。外で倒れて心肺停止して、上裸にされるのなんか絶対嫌だ。術後の尿道の管を、おばちゃん看護師2人に抜かれた時、すっごく嫌だった。今でもトイレで思い出して泣きたくなる(書いてる今も死にたい)。きっと高校生なんかで、学校AED同級生先生の男に使われたら、命の恩人であってもその人を学校で見かけるたびに、死ぬほど恥ずかしい気持ちになるし、廊下を歩くたびに思い出してしまうのではないかと思う。尿道どころじゃ無いと思う。

脱がさなくても大丈夫とか言うけど、AED講習で脱がさなことなんかあんまり無いし、その辺の素人が胸を隠す気をつかってくれるかなんてわからないし、脱がす人には確実に見られるし、それぐらいなら放っておいてほしい。いい機会だから死んどくよ。命は助かっても手遅れのケースも怖いし、知らない人に裸見られてまで生きていたく無い。人それぞれなんだろうけど、少なくとも私はそう思う。

死ぬよりはマシと思える人でも、脱がされることに抵抗ない人いないだろうし、逆に男性女性脱がすのは抵抗あるだろうし、AEDはその辺のもう少しなんとか出来ないんだろうか。医療関係者からしたら裸なんて回転寿司寿司ぐらい見慣れたものでも、一般人からは裸は裸なのに。現行のAED文化に即してないと思う。命と安全が一番大事なのはわかるよ、わかるけど…使用率が低いのは少なからずそのせいなわけじゃん?そこになんか対策もないわけじゃん?着衣での使用法もちゃん説明するとか、簡易テントも一緒に置いとくとか(放電中に近くにものがあるのは危険なのかも)何とかしてあげて欲しい。そんな理由女子中高生が死んじゃうのはやっぱり良くないと思う。

二次創作とは声のデカ大手に気に入られた者が勝つ

二次創作してる分際で声がでかいオタクは何様だよって話だけど事実そうなのだ

拡散力のある声のデカ大手に好まれなければ自分作品は数あるオタク二次創作の中に埋もれていってしまう 勿論輝く才能を持っている人はそれだけで注目されるだろうけど全ての人間がそうではない

ここから自分語りになるが私も大手に気に入られて作品拡散されて一時舞い上がっていた それでと段々自分が書きたいものと違っていると感じ始めたことと、その大手趣味方向性と異なり始めたのでブロ解で縁を切った が、その後はそこそこにいたフォロワーはポツポツ減り始めて作品のビューワー数も落ちていった 結局自分は有名どころの○○さんの推している人だからという付加価値しかなかったんだと酷く落ち込んだが自分なんかその程度だったんだと落ち込んだけど冷静にもなれた そして今年私は二次創作界隈から足を洗う

この世界には中学生から十年ほど浸っていたが昔に比べて横繋がりが重視されているように感じることが増えた コミケなどの即売会は基本サークルの仲間と来てサークルの仲間と帰るようなものだったが最近は会場前の挨拶回転寿司に始まり終了後の大規模アフターなどオフでの関わりが積極的に行われている 内輪ノリと言えば昔からあったがその内輪の規模が大きくなっているのだ 例えるなら中高生グループ活動するテンションがそのまま二次創作オタクの中で行われているのだ 何度か参加したが初めて会うような大勢人達食事をしてもあまり楽しくなかった 正直公共の場オタクトークをし散らかすことに抵抗があったので酒やつまみを飲みくらいながら高速・オタク・語りをするオタク達には少しだけ引いた それでも根はい人達だと思って最後までいた

ここまで書きたいことを思い付くままに書いたせいでまとまりのない文章になってしまったがここまで読んでくれた人にはお礼を申し上げる これはただオタク・横繋がりに辟易して大手と縁を切ったらその囲いにもブロックされ界隈を撤退するはめになったつまらない二次創作オタク独白である 二次創作オタクなんて出版社に見逃してもらってる分際で他人の褌で相撲を取りながら一丁前に産みの苦しみ面をするヤバい奴等(全ての二次創作オタクがそうとは限らない)なのだがもしそんな世界に足を突っ込みたいと思ったら大手に気に入られることをおすすめする

高速・オタク・語り、終わり

2019-05-06

[]【4】2019 春、韓国釜山・光州

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anond:20190506092812




4일



4日目

強者韓国」と「弱者韓国


チェックインした当日に見つけられなかったアメニティは、不注意で見落としていただけで、実は室内の革のバッグに収納されていた。

芸術の都らしく、こういったところもオシャレだ。

遅めに起きたが、チェックアウトが12:00なのでまだ余裕がある。

散歩と軽い朝食ついでにロッテマートお土産インスタント麺を買う。

緑豊かな光州の午前の空気気持ちよかった。


広いとは言えない韓国地域対立意識が強く、特にこの光州の人達は他の地域の人々から嫌われているらしい。

曰く「手先が器用で芸術の才能がある。日本人に似ており、社交的でソツがないが、計算高く、最後には裏切る」

近世新羅百済高麗対立からともいわれているし、朴正煕時代選挙戦の影響とも言われている。

観光ちょっと撫でただけ、その上言葉不自由なので、深いところは全く分からないが、顔つきは日本人に似ている人が多いし、ソフトムードの人が多いなとは感じた。

韓国社会に深くコミットすれば、違う印象も持つのかもしれないし、逆にそれが偏見だと感じるのかもしれない。


ホテルをチェックアウトし、地下鉄バスセンターに向かう。

しばらくすると中高生の一団が賑やかに乗り込んで来た。

男同士で楽しそうに談笑していたが、やがてオバちゃんの一団が乗り込んでくると、座っていた一人が席を譲る。

青年は非常に自然に席を譲ったが、オバちゃん日本だったらまだ席を譲られるほどの歳ではない。

歳上を大事にする韓国社会の一面を見た気がした。


バスセンターに到着して、釜山への切符を買い求める。

しばらく待つと釜山行きのバスがやって来た。

光州を出発したバスは東に向かい、窓の外の景色は再び緑豊かな山道となった。

バスの車内では、民主化運動に参加し、5.18の時には予備で拘束されたという現職の文大統領について調べる。

5.18民主化運動の地を訪れた後、テキストを読んで感じることは、韓国社会には「強者韓国」と「弱者韓国」の2つがあり、彼のアイデンティティが一貫して「弱者の味方」であるということだ。

日本韓国双方の財閥日韓間の慰安婦合意否定的なのも、「弱者韓国」にとっては日本や旧日本統治時代の流れをくむ財閥は「開発独裁主義弱者を顧みなかった強者」であり、そこで立ち上がってくる彼の願いが「強者に虐げられた弱者を救う」事だからだろう。

大統領権力集中にも否定的で、権限の縮小や任期の変更も主張しているというし、地域対立の解消も目指しているという。

上手くいけば、韓国行政の積弊である大統領悲劇的な破滅歴史に終止符がうたれ、光州の人達への差別意識も和らぐかも知れない。

うまくいかなければ、諸外国に振り回され、経済を停滞させ、反動韓国社会の分断をさらに進めるかも知れない。

果たして彼を待っているのは、改革英雄未来か、理想主義者蹉跌か。


実際に地域を訪れて、テキストの背景の感覚が色彩を帯びて見えてくることもある。

日本人にとってメジャー観光地とは言えない光州だが、是非訪れて見たほうがいいと思う。



釜山


3時間半の乗車ののち、バスは最終目的地に到着したようだった。

乗客がどんどん降りていく。

釣られて降りたのだが、2日前に乗った場所全然違う。

しまった、周りの動きに合わせて降りてしまったが、実は釜山に着く前に降りちゃったかな?」

さっぱり分からないので、チケットカウンターに行って、お姉さんに状況を説明した。

「I'm going go to Busan, but I had mistakes. I had put down bus.

Do you mind teach me How to go to Busan?」

お姉さんはキョトンとして下を指差して答えた。

「Busan.」

西部バスターミナルとのあまりの違いに驚いたが、自分が降りたのは釜山北部郊外総合バスターミナルらしい。

比較的街中にあって小綺麗な西部バスターミナルと違って、総合バスターミナルは山間にあり、設備も古め。

駅前ではオバちゃん路上で芹を売っていた。

ともあれ、釜山市内であれば地下鉄で市の中心部アクセスできる。

駅前東横インに再びチェックインしよう。



デブは歌が上手い・世界真実


釜山駅に着き、東横インチェックイン

東横イン日本語が通じるので、ホテルの免税の手順や、空港の早朝便に間に合うようなタクシーの手配など複雑なコミニュケーションを取ることができた。

これで不安はかなり減った。

夕食を食べに行こう。

目指すは若者の街、西面にある「ソンジョン3代クッパ」だ。


地下鉄に揺られ、西面駅で降りる。

地上に出るとすごい活気だ、夜の西面は若者でごった返している。

そうか、そう言えば今日は金曜の夜だ。

ネルギッシュな街を歩いていると、ゲーセンがあった。

韓国E-Sports強国である。入ってみよう。

対戦筐体を見ると、鉄拳では対戦が繰り広げられていた。

日本では下火になりつつあるゲーセンだが、韓国では若者の娯楽として健在だった。


西面のメインストリートの反対側、飲食店街を歩くと「ソンジョン3代クッパ」は見つかった。

中に入って人差し指を立てると、にこやかに迎えられる。

韓国語で聞いてくるオバちゃんに「テジクッパ ジュセヨ」と伝えると、すぐにお盆に乗せられた一式がやって来た。

豚肉入りのスープご飯小皿薬味を混ぜて、自由に取れるキムチつまみながら食う。

名店の名物だけに間違いなく美味かった。

美味くて一気に食ったために、詳細な味の分析は忘れた。

そしてキムチは光州のものほど辛くない。

やっぱアレは特別辛かった。


一気に食い終わって、会計を済ますと、レジのおじさんがアメちゃんを勧めてくれた。

釜山韓国大阪と言われるらしいが、こんなところもなんだか似ている。


22:00を過ぎた西面はまだ若者でごった返している。

というか、この時間からが本番という感じだった。

黒いマスクをした10代の若者からワンレンパットのお姉さん(マジでいる。しか結構いる)、恋人たち、果ては迷彩服青年兵まで、ありとあらゆる若者エネルギーで通りは充満している。

日本10代の特に少女韓国カルチャーが人気な訳が少しわかった。

センスというより、このエネルギーの量だ。

韓国社会では、まだ若者存在感が大きく、ユースカルチャーを駆動しているエネルギー絶対量が多い。

その様は、日本で例えるなら、バブル末期に似ている。

そのさきにあるものを少し思いながら西面の街を歩く。

メインストリート入り口では、2人組デュオストリートライブをしていた。

白いイケメン風と黒い恰幅のいい兄ちゃん

2人とも上手いのだが、太っているほうがより歌が上手かった。

デブは歌が上手い」のも万国共通なのかも知れない。


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[]【2】2019 春、韓国釜山・光州

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anond:20190506090011




2일



2日目

クルクルパーマと韓国女子


旅行初日はいつも眠れない。

疲れて深夜のチェックインになってもいつも通り眠りは浅かった。

チェックインしたばかりの釜山東横INN2だが、10:00にはチェックアウト予定。

初日釜山には1泊だけして、西部バスターミナルから、光州に向かうことになっていた。


近代化している韓国からなんとかなるだろう」と、ちょっと緊張感が薄いまま成田を発ったが、初日の予定外でやはり外国である事を思い出した。

今日はまず昨日手に入れることができなかったT-moneyカードを入手しないといけないし、西部バスターミナルに向かう前に、西面の両替所で両替しなくてはいけない。

ついでに西面でうどん風混ぜ麺、カルグクスで昼食をとろうと思ったが、予定通りに食事が取れるとも限らないので、いつもはスルーしがちなホテルの朝食をしっかりいただくことにした。

どこでも一緒の東横INNの朝食でもキムチがあるあたり、やはりここは韓国だ。


チェックアウトして釜山駅へ。

近代化している韓国」ではあるんのだが、朝9:30の釜山駅前には路上にゴザを引いて人参ナムルを売っているクルクルパーマのオバちゃんがいる。

昨日は気づかなかったが大気汚染もまあまあだし、そこかしこ工事中で、全体的な印象としては1980年代後半から90年代前半の日本という感じがした。

ネット環境K-popなど、一部は日本より先をいっている部分もあるものの、90年までは軍事政権だった国でもある。

社会経済もまだ発展の途上にあるんだろう。

絶賛工事中釜山駅のコンビニに入って、クルクルパーマのオバちゃんに声をかけると、昨日とは違いあっさりt-moneyカードを購入できた。

これで移動が便利になって一安心だ。

コンビニを出ると、迷彩服青年が歩いていた。

うそう、韓国名目上は今も戦争なのだった。


釜山駅で一休みした後、レートが良いと評判の西面、ナヨン両替所へ。

地下鉄は昨日のような匂いはしなかった。

路線時間帯によるのかもしれない。

西面で降り、繁華街路地裏にある両替所に向かうと、行列の奥ではクルクルパーマのオバちゃん作業服っぽいなりのオジちゃんの老夫婦が古びた紙幣カウンターと缶々を前に次々と客を捌いている。

路地裏の20㎡ないんじゃないかという店の夫婦2人が近代的な大銀行の向こうを張って大行列を作っている様はなかなか格好いい。


両替も済んだので、モウモウと湯気を上げている混ぜ麺の店、「キジャンソン カルグクス」で昼食。

カルグクスは刀削麺的な汁そばで、青菜ニンニクゴマトッピングされた麺が赤いスープに浮いている。

見た目ほど辛くはなく、塩味も薄め。

味の強い印象のある韓国料理も多くは辛味や酸味で、塩味は強くない。

良く韓国人が日本料理を「しょっぱい」というが、あれは多分本音だ。

韓国人がという問題ではなく、日本料理はアジア圏ではやはりかなりしょっぱい。

昼時ともあって客は引きを切らず、赤い麺は次々とサーブされ、店内では老若男女が麺をかっ込んでいた。


腹も満たされたので店内を出て西面の路地を歩くと、路地にはおでん屋台が軒を連ね、おでんを煮るクルクルパーマのオバちゃんの前で、お姉さんがおでんを食っていた。

屋台で出されたもの屋台の前ですぐ立ち食いする」という光景は其処彼処で見られ、それが小綺麗なお姉さんだったり、中高生だったりするのは面白い光景

社会を平すと1980-90年代あたりの日本」という印象はここでも感じるところで、「日本から見る韓国って、なんかある意味、変に期待値が高すぎるんじゃないかなぁ」と思った。


西面駅から地下鉄に乗って沙上駅で降り、最寄りの釜山西部バスターミナルで光州行きのチケットを買い求める。

メモを見せて買い求めると、指示されたバスの出発は10分後だった。

異国の地だというのに時間の余裕がなくて焦るが、なんとか乗車。

バスは直ぐに発進した。


窓の外に連なる緑の山々を見ながら、度々遭遇するオバちゃんクルクルパーマや韓国女子ファッションについて考える。

若い子たちは男も女も洗練はされているのだが、どうもテイストが一緒で、オバちゃんの高いクルクルパーマ率にしても、どうも社会の均質性が高いように感じられる。

よく聞くのは熾烈な受験戦争や、男がひたすらに目指し、自慢するという高スペック

この社会で、勝てる奴やハマれる奴は過ごしやすいのだろうが、そうでない奴にとって、韓国社会はキツそうだなぁ。



光州へ


3時間の乗車の後、バスは光州 バスターミナル U・SQUAREに到着した。

熱気と緊張感あふれる釜山と違って、降りた瞬間になんとなくユッタリとしたムードを感じる。

韓国第4の都市とは言っても、街の様子も釜山とはまあまあ差があるようで、バスターミナル最寄りの農城駅からホテルのある尚武駅まで地下鉄で向かうと、地下鉄も空いていて、街行く人もまばらなノンビリした地方都市という感じだ。

すれ違う人のファッションも違いがあり、釜山よりはリラックスしていて、素朴だが小綺麗なナリをしている。

自分のしたい格好を勝手にしているという意味ではこっちの方がオシャレなんじゃないかなぁ」と感じる。

そしておそらくは、だが、光州、全羅南道の人は、きっと釜山と血の意味で、人種ちょっと違う。

ことなく顔がより日本人に近かった。

かつて日本にやってきた渡来人は、この地方朝鮮人だという話を聞いたことがある。

日本ではあまり有名とは言えないこの地は、実際はより日本に近縁なのかもしれない。


ラブホと見まごうばかりにオシャレなデザイナーズホテル hotel stay 53にチェックイン

部屋もベッドも広くて清潔で、「この値段でいいのか」と思うほどリーズナブルだったが、オシャレすぎてアメニティがみつからなかったので、最寄りのロッテマートで買い出しに行き、ついでに市内散策


地下鉄で数駅移動して見て気づいたのだが、光州は夜が早く、大方の店は22:00には閉まってしまう。

夕食にあてにしていた店もラストオーダーに間に合いそうもなかった。

予定を変更し、バスターミナルのあった農城駅に引き返して徒歩15分ほどの場所にあるらしい24時間営業食べ放題の店に向かう。


地図を頼りに歩くが、沿道の小規模な店舗は尽く閉店しており、ほとんど人とすれ違わない。

「本当にここであってるのかな」と思った矢先に、ガソリンスタンド脇にその店があった。

オロジベッパンマン(ひたすら白飯のみ)」

どうも殆どタクシーちゃん地元の人しか来ないような店らしい。

席に座ると、自動的にオバちゃんご飯スープとデジカルビを持ってきてくれる。

あとは中央にあるお惣菜を自ら盛って食うシステム

何をいくら食べてもお値段一緒、6000ウォン

ビュッフェといういうにも素朴すぎるスタイルだし、店内もオッさんとオバちゃんしかいない学食といった雰囲気だが、食の都、光州の惣菜はどれも美味しく、食べ放題白飯が進んだ。

初めて訪れた街の夕食としては上出来だろう、会計を済ませて、レジのオジさんに覚えたての韓国語で感想を伝えた。

「マシッソッダ(美味しかった)」


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2019-05-04

中高生がボクちんもう大人だもん!と言い出すのも常

それが大人咎められるのも常

んでそんな中高生大人になると「中高生はただの子である」って事が分かるようになるのも常

歴史は繰り返す

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