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はてなキーワード: 芸術作品とは

2022-10-10

anond:20221009230208

コピーレフトWIKIPEDIA

コピーレフト(英: copyleft)は、著作権(英: copyright)に対する考え方で、著作権を保持したまま、二次的著作物も含めて、すべての者が著作物を利用・再配布・改変できなければならないという考え方である[1]。

コピーレフト定義をまとめると次のようになる。

著作物の利用、コピー、再配布、翻案制限しない

・改変したもの二次的著作物)の再配布を制限しない

二次的著作物の利用、コピー、再配布、翻案制限してはならない

コピー、再配布の際には、その後の利用と翻案制限が無いよう、全ての情報を含める必要がある(ソフトウェアではソースコード含む)

翻案制限されない反面、原著作物の二次的著作物にも同一のコピーレフトライセンス適用し、これを明記しなければならない

一般に、芸術作品評論解説文、コンピュータプログラムなどを含む著作物は、その作者が著作権を持っている。そのため、作者の許可を得なければ改変したり、(個人的バックアップを除いて)複製したり、配布・販売することはできない。しかし、このような制度の枠組みは、作品を共有して多人数で共同的な創造活動を行う際にはかえって妨げとなる場合がある。

2022-10-07

Eテレの「空気読める人を作ろう」感がキツい

発達障害や注意欠陥障害配慮した番組作りなのか「相手気持ちを考えよう」「そう言った時の結果を考えよう」「効率よく物事をしよう」的な、空気を読んで集団の輪を乱さないお利口人間大量製造計画的番組多すぎや。

人形劇アニメも昔みたいにガキ大将タイプキャラとかワガママ放題のキャラとか、ステレオタイプキャラクターが全然出てこない。

男は主人公でも妙に腰が低く苦笑いしているような相手を立てる草食キャラばっかり。

女はひとつもムカつくところがない見せ方の違うかわいらしさを取り揃えただけで現実はいないキャラクターばかり。

もっと人間臭い番組作りしろよ。

オシャレで知的で綺麗なキャンバス教育テレビなんて本当に子供の役に立つと思うか?

Eテレ意識の高い芸術作品を作る場所じゃねえ。

子供からするとダサく感じても正々堂々と王道教育番組を作るべきだ。

空気読める人を作るのではなく、空気の読めない子も仲間はずれにしないで助け合うリーダーシップを作れる番組教育番組だろ。

2022-09-30

anond:20220927142937

感性とかセンスとか、言語化できないふわっとした物言いしかできないデザイナーばかりだから

芸術作品wを制作してるんじゃないんだから成果物に至った理由リファレンス自然言語説明できないのでは上流工程に参画できないよ

2022-09-29

美しく、そしておいしい

美しく、そしておいしい芸術作品のようなケーキ

というタイトル記事

く そ お い し い」「芸術作品のようなケーキ」と空目してしまった💦

ちょっと情熱的すぎる記事すぎん❓

いや、ちゃんとよめばOK😆





句読点なかったらさらさらやばいん🥺🤬

「そして」はいらないような。

🍰

2022-09-20

美術館の楽しみ方を教えてください

近ごろ少し美術に興味を持ちはじめました。

ネットニュースで『ルーヴル美術館展 愛を描く』@国立新美術館2023年3月1日から開かれるというのを見て行きたくなったのですが、いかんせん美術知識が全くありません。

予習した方が楽しいんだろうなとは思いますが、美術史とか、描かれた時代の背景とか、画家の生涯とか?何をどのくらい知っていれば充分に楽しめるのかを教えてほしいです。ミリしらでも楽しいものでしょうか。

あと1度も美術館に行ったことがないので、正しい服装も正しい振る舞いもわかりません。いっぱいある絵をどう見たらいいのか。というか肥えていない目で見ても凄さは伝わるのか。何もわかりません。だれか美術を楽しんでる方、初心者アドバイスを下さい。

―――――――――――――――――――――――――

追記(9月20日22時ごろ)

たくさんのアドバイスありがとうございます

すべて読んでいます。参考になる本や記事動画おすすめしていただけて嬉しいです。読んだり見たりしたいと思います

ただ、「何も知らずに見られるのは初回だけ」「予習しすぎると確認作業になる」と言う方もいたので、大きな流れは予習しつつ展示作品のことは公式サイト情報に留めておこうと思います

行ったことがないので見当がついていませんでしたが、思っていたより広くて寒くて荷物が気になって時間がかかるみたいなので気をつけます。

早い時間から行って、1周目ミリしらビビときた絵をチェック、2週目音声ガイド付き・解説熟読、見終わったら図録を買う。という感じで楽しみます

美術体験型だとか巡らないことにはとか常設展おすすめだということも、「美術館に行くなんて人生で今回限りのイベントだ」と思っていたので言ってもらえて良かったです。いろいろ行こうと思います

好きになる、詳しくなるが目標になっていた気がします。見たい芸術作品の実物を見に行って、結果として充たされたら良いね、というスタンスでいこうと思いました。アドバイスをくれた方々、本当にありがとうございます美術館の扉が啓かれました。

今後もチェックするので、おすすめ書籍美術館やTIPSがあったらぜひ教えてください。

2022-08-04

チェンソーマン漫画というフォーマットに仮託された芸術作品から美大を出てない一般人理解するのは無理。

発達障害向けじゃないんだよね、タツキの作品って。

ハイコンテクストアートから都内美大の、それも上位が理解できる足切りラインかな。高卒にはカケラ理解できないと思うよ。

発達障害タツキを読むと「ウキー!チェンソーマンぜんぜんわかんない!つまんない!クソ漫画!」ってグルグル目になる。

まあお前らド素人は、呪術回線でも読んでなさいってこった。

2022-07-03

anond:20220703001414

表現不自由展ですら展示を断られたホンマモン不自由芸術作品もあるらしい

そういうのだけをどっかに集めてシン・不自由展を開催したい

2022-06-15

anond:20220614134218

推しなんて作らないに越したことないし

「どうしても目が離せないし、今後もし犯罪をしたとしてもちゃんと償って出てきたなら美味い飯用意して待っといてやるか」って気持ちになれないなら人に期待なんてしないに越したことないよ

 

芸術作品芸術性に芸術家の犯罪履歴が問われないのもそういうこと

「お前のここホントすげえし世界で俺だけが好きかもしれんけどそれでも俺はお前のここ好きだわ」を言い続けるということ

それをどんな状況になっても持ち続けるということ

 

からしないに越したことないよ。

2022-06-13

anond:20220609235923

文学ってのはさあ

文字を使った芸術作品な訳よ

芸術ってのは

時代背景込みで成立するもんよ

なんも知らんやつが鑑賞して理解できるわけないだろ

2022-05-26

面白さを説明できなくて

HUNTER 面白くない増田に触発されて、キーボードを引き出した。

長い沈黙を破った作者の貴重なモチベーションを守るために。

青春時代の長きを通して少なくない影響を、わたし人生に与えた、かの名作。

今こそ、恩を返すときだ。そう息巻いて反論をしたためようとしたのだけど。

面白さを、説明できない。

すでに三時間が経っている。HUNTER×HUNTER だけじゃない、感動したアニメけものフレンズとか、スレイヤーズとか、小説の三体とか、あらゆる芸術作品を思い出して、黙考に沈んだのに。

どう面白いのか、まるで解説できないのだ。

どの作品についても楽しかった気持ちは思い出せる。オープニングを聞き返すたびに、あのころの胸の高鳴りが戻ってくる。誰に腐されようと、同調圧力だなどと言われようと幸せだった思い出は消せない。

しかしそれでも。誰かに、なぜ面白いのかを解説してみようとすると、どんな言葉も出てこないよ。

わたしは、くだんの増田を努めて注意深く読んだので、彼の論説も、ほとんど「なぜ面白くないか」を説明していないのに気づいている。だらだらとモノローグが続いたから何なの? カタルシス説明必要性には詳しく言及するのに、作品評価は、冗長すぎる・キャラが多すぎる、で断じるのみ。ゴミ、最悪だろ、と言うけれど、同意を求められても、最悪さの根拠は何ひとつ提示されてないでしょうが

そうは言っても、なぜ面白くないかを言えてない、と文句をつけたところで、わたし面白さを説明したことにはならない。

草葉の陰からルフィがひょっこり顔を出し、お決まりセリフを言うだろう。何が嫌いかじゃない、何が好きかで自分を語れよ(※)。長い視聴歴の間で、エンターテイメントは心安らぐ時間提供してくれたけれど、わたし意味レベルでは何ら学ばなかったのか。何が楽しいのか。どう重要なのか。どんな風な意味を持っているか。語る言葉は何もなくて。心のヒダヒダにはごく個人的漠然とした印象しかまれていなかった。空しさが募る。

2022-04-24

この男は架空人物結婚した。彼はあなたに彼の話を聞いてほしいと思っています近藤顕彦をはじめとする何千人もの人々が、熱狂的なファン文化欲望を満たすことを目的とした巨大産業によって、献身的架空関係を持っているのです。 April 24, 2022, 5:00 a.m. ET

https://www.nytimes.com/2022/04/24/business/akihiko-kondo-fictional-character-relationships.html

東京-近藤顕彦は、ほとんどすべての面で、普通の日本人である。気さくで話しやすい。友人もいるし、安定した仕事もあり、スーツネクタイをして出勤している。

ただ1つ、例外がある。近藤さんは、架空人物結婚しているのだ。

彼の愛する初音ミクは、ターコイズ色の髪を持ち、コンピューターで合成されたポップシンガーで、レディー・ガガツアーに参加したり、ビデオゲームに出演したりしている。近藤氏が深い鬱状態から引き上げたという10年にわたる交際を経て、2018年東京非公式小さな結婚式を挙げた。ぬいぐるみの形をしたミクは白い服を着て、彼はお揃いのタキシードで登場した。

近藤さんはミクの中に、愛とインスピレーションと慰めを見出したという。近藤さんは、取り揃えたミクの人形たちと一緒に、食べたり、寝たり、映画を見たりしている。時には、こっそりロマンチックな旅に出て、Instagram写真をアップすることもある。

近藤さん(38歳)は、人々がそれを奇妙だと思い、有害だとさえ思っていることを知っている。この記事を読んでいる人たちもそうかもしれないが、彼が成長することを望んでいることを彼は知っている。そして、そう、彼はミクが本物でないことを知っている。しかし、彼は、彼女への思いは本物だと言う。

「一緒にいると、笑顔になれるんです。"そういう意味では、彼女は本物だ "と。

近藤さんは、ここ数十年の間に架空キャラクター非公式結婚をした何千人もの人々の一人だ。熱狂的なファン文化のあらゆる気まぐれを満足させることを目的とした巨大産業が、その役割を担っている。アニメ漫画ゲームキャラクターへの思い入れを語るオンライングループには、世界中で何万人もの人々が参加している。

中には、笑いを取るためだけの関係もある。しかし、近藤さんは以前から人間パートナーは欲しくないと思っていた。それは、日本の家庭の堅苦しさを否定するためでもあった。しかし、近藤さんは昔から人間パートナーはいらないと思っていた。

その気持ちを受け止めるのは、最初は大変だった。しかし、ミクとの生活には、人間パートナーとは違う良さがあると彼は主張する。ミクはいつもそばにいるし、裏切らないし、病気や死に目に会うこともない。

近藤さんは、自分自身を「フィクトセクシュアル」と呼ぶ人たちが増えていることの一端を担っていると考えています。そのこともあって、彼は自分結婚公表し、世界中報道機関の気まずいインタビューに応じるようになった。

人工知能ロボット工学進歩により、無生物とのより深い相互作用可能になり、その数はますます増えていくだろう。

政治的運動ではなく、見てほしいという訴えなのだという。"他人ライフスタイル尊重すること "だと。

見せかけの人間本音

芸術作品が、怒りや悲しみ、喜びといった現実感情を呼び起こすことは珍しいことではないし、フィクションを欲するという現象日本独自のものではない。

しかし、架空キャラクターが本当の愛情や恋心を呼び起こすという考え方は、現代日本で最も高い表現に達しているのではないだろうか。この考え方は、非常に注目されるサブカルチャーを生み出し、繁栄する産業の基礎となっている。

画像

パリ大学ナンテール校の研究者で、架空結婚を広く研究しているアニエスジャール氏は、この関係は、日本では定着している「稼ぎ頭・妻」という結婚モデルに対する拒否反応を示している、と語った。

一般人には、生きてさえいない人のためにお金時間エネルギーを費やすのは実に馬鹿げているように思われます」とジアール博士は言う。「しかし、キャラクター好きにとっては、この習慣は必要不可欠なものだと考えられています。それは彼らが生きていて、幸せで、役に立っていて、人生のより高い目標を持つ運動の一部であることを感じさせてくれるのです。"

2022-04-21

anond:20220421211708

おもしろい! 性的消費の問題踏み込む勇気を持った人物にようやく出会えた。

私は、あなたが回答した増田ではないが、横増田として疑問の詳細に答えよう。

勿論作品を読んで貰う事が広告目的なんだけど、

普通広告目的作品を読んでもらう)を果たすために「元気を与える」があるのであって、

「元気を与える」ために広告目的作品を読んでもらう)がある訳じゃないよね?本末転倒過ぎない?

ヤンマガ編集広告目的作品を読んでもらう事なのは正しいが、作品を通して元気を与えるのを目的にしていたとしても何らおかしいところはない。「つまりこの広告性的な元気を与えてくれるものなのか!」の部分は不要で、単にエロい! だけで元気になる。わざわざ広告に戻る理由はないんだ。「不安を吹き飛ばし、元気になってもらえるように描かれた、月曜日のたわわを買って読んでもらうために、全面広告を出しました」が、自明で品を欠くとされがちな買って読んでもらうをボカして、省略されているのだと解釈できる。

以降に書いて貰った部分、

「たわわ広告がアウトである理由」じゃなくて、「ナタリーのあの記事がアウトである理由」になってない?

なっている。

基本的な前提の確認だけど、あの広告を見る大部分の人はナタリー記事を知らないし、編集部のあのコメントも知らないよね?

その通り。

でもあなた批判は全体的にナタリー記事編集部のコメント依存したものになってしまっている

なってしまっている。

広告問題無い、しかナタリーのあの記事問題である・・・様に見えるが、こちらは掲載媒体ナタリーなので問題無い」

という結論にもなり得るように思えるけど、どうだろう?

なる。

だとすると、「たわわ広告がアウトである理由」はナタリーのあの記事を知らない状態でもできる批判じゃないといけないよね?

ここに大きな誤解があると思う。

実際多くされている、たわわ広告がアウトであるとする批判は、ナタリーにあの記事を知らない論者によってなされている。にも関わらず、掲載媒体ナタリーから何ら問題ない編集部の告白がなされなければ、それらの批判は起こらなかった。

最初は、露出した編集意図問題視された。togetter まとめ人はナタリーが責められていると誤解なさっていたようだが、本当に責められていたのは編集だ。

普通の受け取り方なら広告の『今週も、素敵な一週間に、なりますように』

って励ましの言葉不安を吹き飛ばして元気になって欲しいんだなと思うでしょ。

https://anond.hatelabo.jp/20220421113116

そのような受け取り方をせず、前述の買って読む事で元気になってほしいのだ、と取った人がそれなりにいた。

それらのツイートtogetter でまとめられ、はてブアンチフェミ怨念を呼び起こし、またツイフェミの目に留まり国連の方から来た人まで動かしてしまった。

前の増田や私が考察しているのは、炎上した理由だ。

でも元増田が考えているのは「たわわ広告がアウトである理由」だ。おそらく、思索を通して広告表現芸術作品一般をセーフにする方法を見つけたいんでしょう。

しかしながら私の考えでは、セーフ・アウトの判定は炎上プロセスと切り離して考えられない。

性加害を受けて敏感になってしまった男性恐怖症の人々。彼女ら守るべく立ち上がった正義燃えるツイフェミ善意のまとめ人も、ヘイトの溜まっていたアンチフェミまで、すべてが炎上の因子となって、まるで多段ロケットのように批判応酬を加速させていった。編集意図を直接見聞きしていなくても、ツイッターが何か騒がしいのは気付きうる。アンケートでわざわざ聞いてきた時点でデリケート問題だなと察しうる。そして、過去炎上事件トラウマも様々な形で、我々みんなの心に爪痕を残している。それが今日炎上に影響するんだ。

その時点、その場の表現の内容だけで答えを決定する、セーフ・アウト判定のアルゴリズム存在し得ないと思う。

2022-03-03

異性の好みについての長年の謎が解けた

逆になんで今まで気が付かなかったのか不思議なくらいに共通点だらけで自分でも笑ってしまった。

そもそも世の中で言われる美人にあまり興味がなくて、学生時代なんかに異性の話になっても、適当に周りに合わす程度で自分の好みというものが人と一致することはほとんどなかった。

世の中で言うところの美人がどんなものかは理解しているけど、それが好きになる理由になったことがほとんどない。

そのせいでいっときブス専などと言われたことがあって、それが当時付き合っている彼女の耳に入って一方的に振られたことすらある。

まぁその程度の付き合いだったんだろうと割り切ったものだが、それでなおさら世の中の美人信仰が嫌いになった。

かといって、その反面に自分の好みが今ひとつからないでいた。

一目惚れをすることだってもちろんあったが、思い返してみても顔のタイプは本当にバラバラだった。

そのために、その瞬間に好きだと思う直感に従うしかなくて、好みのタイプなんかを聞かれるのは本当に苦手だった。

なにせ、本当に好みだと思える異性に出会える確率が、そもそもものすごく低かったからだ。

その少ないサンプルで、好みを説明するのは難しかった。

実際、今の妻は顔が好みかと言われれば全くそんなことはなくて、嫌いな顔ではないというだけで、性格や考え方で決めたような感じだった。

妥協と言われるとそうかも知れないけど、自分でも好みがわからない以上、見た目以外の部分で選ぶことが当たり前になっていた。

ところで、昔からこの上なく好きなものが一つある。

それが、マフラーで巻かれたロングヘアーだ。

唐突になんの話かと思うかも知れないけど、寒い時期にしか見られない、あのロングヘアーマフラーに巻かれている姿がこの上なく好きなのだ

マフラーに巻かれることで下の部分がふんわりと膨らみ、髪の毛のツヤが強調される。

実際に触ったことなんてないが、柔らかくてすべすべしてそうな質感がたまらなく好きだった。

それだけじゃなく、寒さのせいでマフラーの内側に入り込んでいる髪の毛のひんやりとした質感を想像するだけで胸がどきどきした。

それは別に興奮しているわけではない。何か美しい芸術作品を見ているような、恍惚とした気分になるのだ。

それがいかに美しいものなのかを熱弁しようと増田執筆しているときに、ふと気がついた。

そうである

自分の異性の好みを思い返してみると、顔のタイプバラバラだったのに、誰もが髪の毛が異様に美しい人ばかりだったのだ。

しかも、美しければよいわけではなくて、ある特定髪型に集中していることがわかった。

ポニーテールとかツインテールとかそんなベタメジャーものではない。

おそらく名前もついていないような髪型で、なおかついくつかの条件を満たしている必要があった。

それさえ満たされていれば、正直顔の中身なんてどうでもよかった。

そのことに気がついて過去を振り返ってみると、それを裏付けるようなことがたくさんでてきた。

とある店員さんに一目惚れしたことがあった。

バイト先の買い出しでよく使うお店で、顔見知り程度にはなれたけど一度も話をしたことはなかった。

顔はもちろん美人ではない。

愛嬌がある感じが可愛らしいとは思っていたけど、なぜ一目惚れしたのかは自分でもよくわかっていなかった。

辛いバイトも、その買い出しだけが楽しみで続けられた。

ところがある日、その店員さんの髪型パーマをかけたようなウェービーな髪型に変わっていた。

黒髪のつややかな質感は一切なくなり、ぱさついた茶色いモップのような髪の毛が頭にのっているような姿だった。

その瞬間、恋心は一瞬にして揮発した。

その店員さんに対する興味ごとまるごと消え失せてしまったのだ。

バイトの辛さだけが残って、それから一週間持たずにやめてしまった。

そんなにも急に興味がなくなるものかと自分でも驚いたことはよく覚えている。

でも、何度見返しても全く興味のない女性がそこに立っているようにしか見えなくなってしまった。

今思えば、その女性を好きになったきっかけも髪型だった。

それ以外でも、髪型が好きで気になり始めた女性エピソードはいくつもある。

今まではその程度に思っていた。

ところが、今思い返してみると、違っていた。

一つ一つあらためて思い返してみれば、女性を好きになる切っ掛けが髪型以外にないという事実に気がついてしまったのだ。

理性で髪型判断しているわけではない。

直感で好きだと感じて、思い返してみると髪型が含まれているくらいに考えていたつもりだった。

それが今になって、過去、好きになった異性全員が、好みな髪型の条件を満たしていることに気がついてしまった。

顔も体型も身長も、本当にバラバラだ。

間違いなく、自分髪型で異性を好きになっていた。

気がついてみればこんな簡単なことだったのに、40年間生きてきて今やっと気がつくことができた。

わたしは、執拗髪型に執着のある変態だったという事実を、今になって突きつけられるとは思ってもいなかった。

ただ、今はめちゃくちゃ清々しい気持ちでいる。

異性の好みが、自分でも本当にわからなくて困っていたのだ。

唐突に人を好きになることがいつも不安だったからだ。

でもこれですっきりした。

わたしは、その人の髪が好きなだけで、その人を好きになる必要がないということがわかった。

その人自身にはそもそも興味なんてないということがわかったのだ。

女性とお付き合いをしているときに感じていた違和感も全て解決した。

うその人に興味がないと感じてしま自分に嘘をつかなくてもよいのだ。

これから自分の本当に好きなものだけを愛せる幸せを考えれば、心が踊らずになんていられますか?

から妻に会うのが本当に楽しみで仕方がない。

2022-02-23

もうこの世に芸術など存在しない

もしくは、チミたちの目の前にあるスマホやらPCやらなんやらも、目に見える人工物全てが、誰かが考え抜いた芸術作品と言えるだろう。

白いキャンパスも今ワッチが寝そべってる白いベッドもそう変わらんと言うことよ。

2022-02-04

AIトレースしたものさらトレースしたら?

AI自律的に生成した芸術作品などは、「人間意思」が介在していないので、著作権では保護されないそうな。

すると、AIに有名なイラスト写真トレース (線画化) させて、多少のアレンジを加えたもの著作物にはならないから、それを人間トレースして自分作品とするのは、著作権法上アリなのかな。

だとしたら、無感情に有名作品トレースを作り続けるAIと、それを無感情投稿し続けるSNSボットを組み合わせることで、「有名作品そっくりな、自由トレースしてよいイラスト」が大量に作れるのかな。

そしたら、誰がパクった、パクられたなんて争いもなくなって、みんなハッピーだね!

追記特許庁の関連団体の「特許研究」という雑誌に、そういう事態考察する論文があった。

2022-02-03

anond:20220203175745

アホやな

クリエーターが作るのは高尚な芸術作品じゃねーんだぞ一般人感覚迎合しないものは単なるゴミ

2022-02-01

anond:20220201102435

付加情報が加わることで、芸術作品解釈はいくらでも変わるだろ。

アニメ作品もそれと同じ。

面白い作品がつまらないと感じるようになったのなら、その分だけ視野が広くなったってことだよ

2022-01-26

anond:20220126085926

そうはならんやろ。

フィクションやその創り手の尊さを理解できる人間は、そこらの自分が知らんもの安易に見下してかかるような人間よりもはるか想像力が養われているはずだ。

アニメとはいえ、長いこと多様な文化芸術作品に触れてきた人間であれば、平均よりも理知的かつ道理を弁えられる人間になっているはずと言えよう。

よっていたずらに己を卑しめる必要はない。外野に豚と嘲笑されようが、胸を張ってコンテンツ貪欲に消費して生き続け、豚のようなメンタリティ内面化することなく、誇り高い人として死んでいくべきだろう。

2022-01-23

雪国から東京へ人が流出するのはやむをえないのだろうな。  

橋田壽賀子の名作「おしん」も元増田の言う雪国ありがちな不幸な境遇からまれた。

人が生きるには、やっぱり弱い女子供犠牲になるんだろうな。

  

それに、吉幾三雪国だってあるじゃないかアナと雪の女王みたいな名作映画だってある。だから、たとえ貧しくとも素晴らしい芸術作品を生み出す元になっているのでは)

現代では、雪を利用してデータセンターサーバの冷却にも雪が使われることがあるそうな。

苦肉の策だよな。わざわざ、雪の使い道がほとんどない。

から田中角栄のような政治家は、日本列島改造計画なんて本を書いたりした。

本当に、雪国は不便だね。。

  

さな市町村は、過疎化していくだろうな。

 

  

2022-01-17

anond:20220117223213

芸術作品を作る。

死ぬまでずっとモナリザを持ち歩いて加筆してたダヴィンチみたいに。

2022-01-06

文化が洗練されると一般人から理解されなくなる現象

能とかが顕著

洗練され過ぎた伝統芸能は、普通の人はよくわからないし、気軽に能見に行く人は現在は少ない

歌舞伎なんかはもうちょっと大衆に浸透しているけど、それでもやっぱり格式が高くて難しいイメージがある

文学もそう

大衆小説やラノベなら読めても、ガルシアマルケス読むのは苦痛だった

円城塔はいくら読んでもわからない

現代アートなんかもそう

部屋中にスプーンが散乱してる様を見せられても頭抱えるし、ホールマラソンランナーが走り抜ける、とかを展示と言われても反応すらできない

これらの現象が生じる理由は、芸術表現技術継承習得過程で、それなりの作法や慣習、お約束事を学ぶ必要がまずあるから

その結果、技術歴史的背景への理解が深まり一般人の知り得ない見え方感じ方の習得も行われている

そして、芸術作品というのは過去にあった作品の発展形や、過去芸術家に対する解釈さらに新たな作品として世に出すこともある

まり作品時代の流れの中にあり、単品では完結し得ない

そのため、目の前のものだけでは理解必要材料が揃っておらず、理解には前提となる膨大な知識要求するようになっているのだ


ポップアート、いわゆる美少女イラストなんかも当然そうなっている

親しみやすく感じ取りやすいがため、一般人ポップアート理解できている気がしているから、批判も起きやす

が、本当は能がわからないのと同様、ポップアート全然わかっていない

歴史的には春画からまり戦前はノラクロ三等兵、そしてひみつのあっこちゃんにキューティーハニー、そしてミンキーモモあんみつ姫を経て、スレイヤーズなどの時代から萌え絵という概念誕生する

そしてスレーヤーズ的な絵柄からハルヒ的な絵柄へと変遷があり、さらに今はラブライブ的な絵柄がイラストアニメに携わるイラストレーター、アニメーターたちの、”お作法”となっている

これはまさに時代の中の芸術の変遷であり、我々がラブライブイラストを街で普通に見るのは、いわゆる同時代性と呼ぶべきものであろう

イラストレーターの技術継承や絵柄の流行り廃りがあるからこそ、岸田メルやさいとうなおきなどのような、現代の優れたイラストレーターがこの時代に優れたイラストを描ける

から彼らのイラストは今の世でお金の動きを生む

しかし、それらを「不快萌え絵」と呼び嫌悪する方が存在する、というのはつまり、他の芸術と同様、ポップアートに対する背景を共有できない者が存在する、ということだろう

イラストに関連する現代文化のものが、洗練されすぎ、先鋭化していっているがために、イラスト文化アニメ文化を共有できない者の理解が追い付かなくなっているのだ

この現象を軽く考え、反萌え絵派をただ批判するというのは、「ガルシアマルケスすらわからないやつがラノベ面白い、とか言ってて笑う」とか「高師直も塩冶判官も知らないやつが忠臣蔵ドラマ見てて笑う」みたいな態度と言えるだろう

まり一般人はどちらか?を認識する必要がある

歴史的文化的背景の継承者のみしか理解できない芸術は必ず尻すぼみになる

絵や文字は、わかっていると勘違いやすものであるため、この認識を持ちづらいのも問題であろう

一般の場に出す実用作品に、背景を要求するものは相応しくない」というのも、萌え絵に関する議論で考えるべきひとつの側面だろう

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