2024-11-13

欠如モデルとは何だったのか

https://scicom.c.u-tokyo.ac.jp/activity/415

科学技術コミュニケーションモデル内田 麻理香 先生

科学コミュニケーション論は、欠如モデルへの批判とともに発展してきました。欠如モデルというのは、

次のような考え方のことです:人々が科学を信頼しないのは科学知識が欠如しているからだ。だから、人々に科学知識を与えれば、科学への信頼が回復する。

これは、科学に限らず例えば好きなアニメについて人に紹介するときなど、普段コミュニケーションでも陥りがちな考え方です。

しかし、例えばバイオテクノロジーに関する調査によって(Bucchi & Neresini 2004)「市民科学知識を注ぎ込めば、知識の欠如が解消する」ことと、

市民科学知識を注ぎ込めば、信頼が得られる」という仮説は共に否定されています

そこで、欠如モデルとは異なるさまざまな新しい科学コミュニケーションモデル提案されてきました。例えば、文脈モデル(受け手ニーズや状況に注意を払って科学知識を与える)や、

市民参加モデル(科学者と市民が共に社会的課題解決政策決定などに意見知識を反映させる)などです。

しかし、正解のモデル提示されているわけではなく、それぞれのモデルを状況に合わせて使い分けるのがよい、という議論にとどまっているのが現状です。

福島での原発放射線関係デマHPVワクチン関係デマに対する科学者の態度として

欠如モデルという言葉が何度も用いられてネットリベラルはてサ界隈で批判が行われてきたけどさ…

結局その後10年以上の歴史を見ると

しろそのネットリベラル達がまさに人文学社会学関係欠如モデルな態度を取ってきたよね

まるで人間社会などについて語る時は欠如モデルには何の問題も無いとばかりに

今になって人文学社会学関係専門家知識ある人達が信頼されていないのは

自分達が行った欠如モデルという態度の批判という過去がありながら自分自身欠如モデルのものの態度をとった

まり自業自得の結果なんじゃないか

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