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はてなキーワード: 自尊感情とは

2021-07-10

しかねこ

猫は割と自分勝手あんな優しいことは性格上言わない。ああい属性は犬のほうだと思う。

かく言う自分はその自分勝手な猫が好きなので、俺をほっとけという猫の存在はとても良い。

猫にとって一番鬱陶しいのはいちいち抱き上げてスリスリしたりする主人。

猫は甘えたいときに甘えて鬱陶しいときには鬱陶しいと表明する。

この気軽さが猫のアイデンティティであって、自尊感情だと思ってる。

そうか、お前はそう生きたいんだな、と思う。

家の外に出せ、餌をくれ、膝に乗らせろ、爪とぎやらせろ。それでいい。

(爪とぎは叱る。本当は子供の頃から爪切りの癖をつけたほうがいい)

2021-07-01

利己帰属

anond:20210630174128

これじゃないの

認知がかなり歪んでしまっているためにやってしまう行動です。他の人の考えやアイディアであるという認識が全くなく一緒にその場にいたか自分が関わって考え出したことだと認識される認知の歪みが起こっています。(利己帰属

本人の中でこのように客観的事実が歪んだ状態であるため、罪悪感などは全くありません。

自己愛パーソナリティ障害の特徴とも重なります帰属はいくつか種類がありますが、利己帰属は行き過ぎた自己防衛からくるバイアス

利己的な帰属とは…

自分成功は、自分の好ましい内的な特性が原因であると考え、自分の失敗は、外的な状況が原因であると考えることである。人々は、自尊心を守るためや、傷つきやす感情を守るために、「悪い人には悪いことが起き、良い人には良いことが起きる」という考えと調和する帰属を行う傾向がある。

https://piano.animatomusica.com/relationship/3906/

自己愛過剰人間」は、見苦しいほどに人の手柄を横取りしたり、人に責任なすりつけたりする。だが、それを意識したら自尊心を保てない。

 そこで、みっともないと思ったり気まずくなったりしないで済むように、認知システム自己防衛にゆがんでいるのである。それゆえに、本人はまったく悪びれもせずに涼しい顔をしていられるのだ。

 先述の手柄を盗む同僚の事例で言えば、Cさんのアイデアだということは認知システムに取り込まれず、本人の中では、Cさんと一緒に話しているときに出てきたアイデアだというような認知になっている。

 そこに利己帰属さらに働いて、「一緒に話していた自分が関与する形で生み出されたアイデアだ」といった認知になる。たとえそうであっても共同の産物なわけだが、ここにまた利己帰属が働いて、自分の貢献の方を過大視する。

 本人の心の中では、このように事実が大きくゆがめられているため、悪びれることもなく、平気で人の手柄を奪うことができるのである

https://diamond.jp/articles/-/221517?page=4

自己高揚動機

自分に関してよい感情を持ちたい、自分価値を高めたいという動機づけであり、自尊感情が脅威に曝されているときに顕著になる。自己防衛衝動と、肯定的感情を得ようという動因の双方が含まれる。セルフハンディキャッピング利己帰属社会的比較などの動機とされる

2021-06-22

なぜVivyは評価割れたのか?

追記みたいなもんです。ほぼ自己満です。

感情移入はなぜ阻害されたのか

この作品の作者は基本的にはタイムリープと人の人生を変える、救うという組み立てを使いたがります。この起源を求めると際限がなくなりますが、とりあえずのところ『シュタインズ・ゲート』に求めることができると思います。多くのタイムリープものが変えることによって世界悪化させるのではなく、変えることによって人々を救うという物語になりがちです。そして、この究極的な選択がすべての人間を救う、という選択肢でした。この前例として宮崎駿の『風の谷のナウシカ』などが思い浮かびますが、宮崎駿自身が悩んで重苦しくなったテーマをそうそう扱えるはずもありません。聖女が一人で世界を背負う、その行く末に待ち受けるのは、聖女自己犠牲にほかならないからです。実際作品はVivyの犠牲によって世界が救われています。ちなみに宮崎駿はこの悲劇的な終末を原作映画ともに避けていますナウシカは戦う女であると同時に、正常な自尊感情他者尊重感情が成長によって獲得された人物であるという立場からだとは思います)。

世界のすべてを救うというテーマの割に、Vivy自身が「心を込めて歌う」ことに最後まで躊躇があった、あるいは無理解があったという点で感情移入ファクター一つが阻害されました。彼女あくまでも人間に近いなにかであったという点で突き放されてしまったのです。第二に、視聴者に伝えるべき人物ダイジェスト扱いだった点が挙げられます。早々と空港で爆死してしまモモカ、長い人生の経過を博物館とのやり取りで済ませてしまうVivyとマツモト博士(以下、オサム)。特にオサムに至ってはうディーヴァとして保管されていたVivyに恋愛感情を懐き、やがて悩みの時期に入ると母代わりになり、そして自身も伴侶を得ると良き人生相談相手となる非常に重要役割を持った人物でした。しかし肝心のオサム登場回は二~三話程度です。実際のところ作者がどう泣いてほしかったのかといえば、このもっともVivyを愛している人物事実上自死強要し、またオサムのなすべき全AIの停止を命じなければならなかったところです。二者択一の苦しみの中にオサムはあったということですね。しかしこれはあまり上手に伝わっていません。個人的別所24構成にすれば解決しただろうと書きましたが、おそらく根本的にそういう問題ではありません。

AIによるAIのための物語

この話はいくつかの構造を所持しています

  1. AIと人との物語
  2. AIAI物語
  3. AI世界物語

この内メインとなっているのはエステラやオフィーリアといったAIAIのあり方に関するものです。これはいわゆるSF的な考察ではなく、人物相関として見るべきものです。AIAIが関わるシーンが多いにも関わらず、Vivyはその他の人間も救おうとしています。こうなるとどうなるかといえば、人間同類AI感情殆どが持ってゆかれ、かつ最重要人物のオサムのエピソードが不十分になるばかりか、トァクの背後も語りきれなくなる、ということです。しかし作者的にはAIインフラ以上になってしまった世界を描きたかった節も感じられます。でなければAIAI関係性をメインにもってきません。そればかりかAIを狂わせ、利用しておかし世界にしているのは人間であるという業も人間側に押し付けています。これはつまりAIという善悪を取り払った像から人間という醜くも美しい存在を浮彫にしたかった、という心象が背景にあると見てよいと思います

どうすべきだったか

この場合AIAI物語である、という構造を減らして、人間AIの関わりを増やすべきでした。なぜならVivyは最後最後まで歌うことに対して逡巡していましたし、人間AI関係のみならAI敵対する人間、支持する人間、利用しようとする人間という様々な角度がより深く追求できたはずです。さらには人間との関係性や対話が濃密であればあるほど視聴者はVivyの成長も理解できるようになります

なぜVivyはフリーズしたのか

Vivyは物語の中である絶望感に襲われて、具体的には冴木教授の自殺によって一度フリーズします。この現象は上述の項目にかかっています。すなわちVivyはAI対人という構造で人を救いたかったわけではなく、全人類及びAIすら本心では救いたかった、というものです(他所ではモモカの死が重なったされていますが、話の根幹から切り取ると作品意図としてこうなる、という話です)。Vivyは常々手の届く範囲は全て救おうとする存在でした。したがってVivyは無機質な感情を持つアーカイブのみが理解できない存在であり、その他のシンギュラリティを達成しているAIに関しては人間と同様の扱いに終止していました。これは作者の意図によるところです。作者は最初からVivyを聖女に仕立て上げたかったわけで、大きな風呂敷の中で終盤を終わらせるつもりだったはずです。その中身こそが「全てを救いたい」というリゼロでは成立しにくかったテーマです。もっとも結果として人間選択してAIを切り捨てていますが、この辺への苦言は終盤にてナビがフォローしています

どう調整すべきか

前述の人間AIという構図を増やし、全てを救うのではなく苦渋の決断AIを停止させるという感情面の描写がより鮮明に描かれるべきでした。これは本来オフィーリアとアントニオ事件ときに行われるべきでしたが、彼らの背後には柿谷が関わっていたため、純粋AI悲劇を描きにくかったように思えます。結局AIAIという構図を減らしてワンクールで収めるべきでした。

実はメッセージ的にはやれることはやっています。例えば先程の人間の業故にAIは悪にもあるし善にもなる。それを処断すべき存在アーカイブであったという話、オサムが二者択一及び悲劇的な立場にあったという話。AI反対派の柿谷がやがて孫の代になってVivyと協力するという大河ドラマも盛り込んでいます聖女であるVivyがその使命を最後までブレずにまっとうするという面も全てです。むしろ盛り込み過ぎと言うべきでしょう。しかし逆に言います12~13話は約5時間ですので、映画一本分と思えばやれないこともないはずです。ではどうすればよいかといえば、感情表現をすべてセリフで済まそうとするのではなく、シーンで伝えきる技術をより先鋭化すべきかと考えます。僅かな感情のやり取りだけ、沈黙だけで意図理解できるようにすべき、ということです。もっともこれは監督仕事ですが。

付け加えるなら

Vivyがあまりにも完全無欠の善人として描かれすぎているように思います。この時代AIは少なくともシスターズに至っては人間レベルですから人間のように不義に逆上する場面があり、その過ちを反省する未熟さもあってしかるべきです。こうした人間的深みの一部がVivyから欠落しているがゆえに感情移入の一つを失ったことは、すでに前出で言及しています

もうひとりの脚本家、梅原英司

ゼロローリングガールズだけ知ってますが、たしかに関わったものを見るとサスペンス系が多いように思えます。かみ合わせ的にどうだったんでしょうか。脚本本数が少ないのでこれからなんでしょう。

おまけ:なぜ『ゴジラ S.P <シンギュラポイント>』は評価割れたのか。

SFサスペンスとしてSF屁理屈言い訳物語を紐解く推理として捉えられる層と、物語全体の展開を見る層、キャラ萌えする層、旧来のファン層に分かれちゃったからです。わたしは上から二番目です。

いいんですよ。怪獣四次元から投射されてるとか特異点自体計算機になる理屈があっても。でもそれメインだと映像では厳しい。そこがすべての人は超楽しかっという。でも楽しんだ観点も間違ってないと思ってます。楽しかった感情までどうこうできる権利もないので。

2021-06-13

anond:20210613190849

IQとか偏差値が低いとか、自尊感情が低いと人に決めてもらった方が、気楽だなって思ってしまうのかな。

決断ってばエネルギーいるしね。。  

2021-06-11

弱者男性本質的に救うには男女平等を徹底的に推し進めるしかない

弱者男性論はフェミニズムへのカウンターミラーリングからまれ概念で、だからこそカウンターミラーリング以上の社会的意義を持たないし目的もないというのは正しいと思うし、そのカウンターとしての意義すら見失ってしまった「あてがえ論」や「女性教育社会進出制限」などという時代錯誤意見は論外だと思う。

そういった過激思想を取り除いたとしても弱者男性論は結局の所かわいそうランキング向上運動しかなく、弱者であるから優遇されるべきだ、弱者なんだから強者女性)への攻撃正当化されるといった外部への責任転嫁に終止してしまい、その「成果」を得るためにますますかわいそうランキングを向上しようと自身弱者性をアイデンティティにしてしま矛盾に苛まされることになる。だからこそ、弱者男性論に解決すべきイシューはなく救いようはないという意見反論もわかる。

そうは言ってもフェミニズムという性別による差別に戦ってきた先輩の方法論に学び、弱者男性という階層集団発見され名前がつけられたことは意義があったんじゃないだろうか。名前があることで初めて対象考察できるようになる。弱者男性存在を頑なに認めない人もいるが、課題があることを認めることはそれを即時解決しなければいけないことを意味しないし、ましてや解決していないからと咎められることもない。人間できること・やれることには限界がある。まずは「弱者男性」という概念があることだけでも認識されれば十分な気がする。

そんな非モテ弱者男性を本当に救うのは、あてがえ論や女性社会進出制限など女性の権利を押さえつけることではなく男女平等を実現することではないかと思い至ったので簡単に書き下してみる。この増田では上でも書いたとおり特に非モテフォーカスした非モテ弱者男性論について書くので低収入等については考慮しない。一般弱者男性モテの話が切り離せない理由弱者男性論が女性に向けられる理由も同時に書こうと思う。

男女の所得格差

フェミニズムや反女性差別本丸の一つは間違いなく所得格差だろう。具体的な数字もありわかりやすく、女性社会進出指標としてよくあげられる。実際のところ、正規雇用社員において女性所得男性の75%程度に留まると言われており、男性と同一の労働でありながら女性であるからという理由所得格差がもたらされているとすればそれは差別的と言える。

たとえば、統計的女性20代後半から30代の離職率が高いので女性という属性によって雇用を渋ったり昇進を阻んでいるとしたら、それは犯罪率が高いという理由男性保育士雇用を渋るのと同様に差別的だ。

グラフデータはほしい結論仮定して読むと見誤る。女性所得が低いのは女性差別されているからというのは本当だろうか?女性自体が高い所得を望んでいないとしたら?日本女性幸福度男性幸福度に比べて著しく高い。目的手段を取り違えてはならない。大金を手にすることが目的ではなく幸せに生きることが本質的であり金はそのための手段に過ぎない。日本女性は稼ぐ必要に迫られずとも幸せになれるからそもそも稼ぐ必要がないということはないだろうか?逆に男性は「稼がされていて」それゆえに不幸で、女性労働から解放されていて「稼ぐ必要がない」ゆえに幸福なのではないだろうか?

仮に実際に稼ぎたかったとしても女性は稼ぐ努力をしているだろうか?非モテ弱者男性悲鳴を上げているとき真っ先に投げかけられる「モテ努力をしていないのでは?」「だからモテないんだ」という言葉、そのまま返ってくることは考えなかったのだろうか?まさかキラキラ文系キャンパスライフみたいなことをしてなんの学も積まずそれゆえに「パンプスを履かされる」ような労働しか選択肢がないことを差別などといっているのだろうか?低い職業能力しかいか容姿が問われるような目にあっているというぐらいの想像力もないのだろうか?女性性を求めず、責任に伴って高い給与を与えてくれる仕事なんていくらでもある。

シンプルな話として、そんなに稼ぎたいならなぜ女性理系を選ばないのか?少なくとも稼ぎたい女性であれば実際的に稼げる能力やそういったキャリアパス投資すべきだろう。理系修士博士女性の知人友人なら年収1000万程度かそれ以上も珍しくない。

成果物を求められる仕事成果物こそが全てだ。愛想笑いでは機械は動かない。そういった世界では性別なんてものは些末で、結果を出す人間こそが正義だし高い対価も支払われる。なぜそれを目指さないのか?「稼げる努力をしていないのでは?」「だから稼げないんだ」と言われても仕方ないのではないだろうか?

女性性的客体化

フェミニズムや反女性差別文脈で特徴的な表現女性性的客体化や性的消費というものがある。性的客体化はものすごく簡単にいえば「女性をモノとして扱うこと」「女性主体性を認めないこと」である

女性に限らずだが同じ人間人間として認めずモノのように扱うのはまったくもって不当であるし、そういう風景を見るのも不快に感じる。そして女性がそのような人間的でない、男性の性欲を満たすためのモノ扱いを受けるといったシーンは見たり聞いたりする。そういった加害者と戦うべきだ。書くのも嫌だがいわゆる「ヤリ捨て」といった言葉などにもあるように、モテ強者男性女性をモノのように扱うような話は枚挙にいとまがない。ではフェミニスト女性モテ強者男性と戦っているだろうか?

これはトートロジーではあるがモテ強者男性女性モテるのだ。すなわち、なぜかフェミニスト女性は自らを性的客体化するモテ強者男性攻撃しない。それどころかモテ強者男性に群がっているのだ。つまり女性性的客体化を積極的に支持しているのは女性自身という矛盾が生じる。そしてなぜか女性には触れることも会話することも早々にかなわない非モテ弱者男性攻撃するのである

フェミニズム文脈ではこの性的客体化の不自然適用がしばしば行われる。いわゆる二次元女性に対して「これは女性性的客体として扱っており、そのような表象女性の累積的な抑圧経験の強化につながる」と。たしかにこういった表象男性ATMに例えたり年収評価するようなことを公の場で発言することで直接的な男性経済的客体化・モノ化と同様抑圧的かもしれない。

このような過激な言説は一部の極端なフェミニストの行動であり大半の女性はそのような攻撃的なことは行っていないと思うかもしれない。しかし様々な研究で明らかになっている通り女性男性の上位2割程度にしか魅力を感じず、そして魅力を感じない非モテ弱者男性8割についてはその行動の如何に関わらず不快だと感じる。席替え非モテ弱者男性が隣の席になったからと泣く女性がいた場合加害者はどちらだろうか?

このような非モテ弱者男性積極的排斥しようという女性本能欲求が、相手を求める男性の「正(+)の性欲」に対して相手排斥しようとする女性の「負(-)の性欲」と表現されたことは記憶に新しい。

この負の性欲と「女性不快と思ったら加虐」とされるセクハラ性的消費という概念の組み合わせは非常に強く、何をやっても女性不快と思われかねない非モテ弱者男性女性の気分を少しでも害したらセクハラだと指弾され社会的抹殺されかねない。

女性男性に対して身体的に弱いため男性が近くにいると恐怖を感じるという話と同じように、非モテ弱者男性女性から中傷セクハラ指摘ナイフによっていつ刺されるか常に怯えながら生活しているのだ。悪いことに、暴力を振るえば逮捕は免れないが、セクハラ指摘なら非モテ弱者男性社会的に殺してもなんの罪にも問われない。

これが弱者男性論が非モテと不可分であることの理由であるモテの量は女性感情的加虐からの盾であり、非モテであることは女性から加虐を受けることを直接的に意味する。そしてその意味において現代日本男性ほとんどが弱者男性であり、結婚していても「本当に結婚たかった男」にはなれずATMとして扱われたり旦那デスノート罵倒されたり托卵されたりなど被虐される立場にあるのだ。あてがえ論は女性人権制限するという意味でもまったくもって荒唐無稽であるが、同時に弱者男性の救済にも値しない。

男女平等弱者男性を救う

ここまでだらだらとフェミニストの主張や女性差別について考察してきた。端的にまとめると現代日本では一般的に女性理性的に行動ができず本能を抑えることができない野蛮で怠惰状態にあるということが言えるかと思う。そしてそれが非モテ弱者男性という女性加虐される被差別階級を生み出している。

しかしここで短絡的に「だから女が悪いんだ!女はダメなんだ!」と思った方々は少し落ち着いてほしい。これは上記あくまでごくごく僅かな例から一般化した話であり、女性のすべてがそのように振る舞うということを意味しない。今短絡的に怒りに飲みこまれあなたより遥かに理性的で、高い成果を上げ人類に貢献してきた女性はそれこそ星の数ほどいるだろう。すなわち「女性であること」は「理性が弱く本能を抑えることができない野蛮で怠惰状態」の必要条件でも十分条件でもない。つまり弱者男性論に散見される女性叩きではなにも解決しない。そうではなく、現代日本女性がそのような野蛮で怠惰な振る舞いをしてしまいがちな構造的な問題があると考えるべきだ。

そしてその構造問題を解消できれば、女性理性的主体的になり男性同様本能を抑えられるようになることが期待できる。そしてそれは非モテ弱者男性にとって本質的な救いになりうる。

社会男性本能抑制するように要請することで近年の社会秩序の発展と女性地位向上がなされてきたように、女性本能を理性によって抑制できるようになれば女性による非モテ弱者男性への中傷排斥加虐が抑えられ、何度も訴えられてきた非モテ弱者男性の消耗した自尊感情社会とのつながりの回復も期待できるだろう。

では、女性本能を理性で抑制できず野蛮になってしま構造問題とはなんだろうか?おそらくそれは男女の不平等だろう。

男女平等を推進するには

未だに「女性高学歴だと結婚できない」「男性自分より所得の多い女性結婚したがらない」「女性家事愛嬌」といった女性に対する社会的抑圧は残念ながら存在する。そしてこのような女性教育社会進出を推奨せず結婚して扶養されることこそが幸せだという価値観の押しつけは女性教育社会進出を阻害するだけでなく、そういった過程で培われる理性的思考主体性女性から奪ってしまう。同時に女性に「私は社会から抑圧された」という言い訳を与えてしま努力するモチベーションを失わせて堕落させてしまう。こうして本能のままに弱者男性攻撃排除被害者面をしながら強者男性に媚びを売る怠惰女性構造的に発生してしまう。繰り返すが彼女らにその責任はない。構造問題構造的に解消されるべきだ。

ではこれらの慣習を打破し、男女平等を実現して女性理性的になってもらうにはどうしたらよいだろうか。高度化した現代では教育の水準がある程度強く所得に影響しており、経済的事由によって教育を受けるインセンティブを設定できる。すなわち女性が「稼がねば」と自ら思うような状況を生み出すことで、必然高い教育を受け理性が鍛えられ本能抑制できるようになることが期待できる。

ではどうやったら女性が「稼がねば」と思うようになるだろうか?わかりやすいのは婚姻制度にメスをいれることだ。しばしば「女性婚姻制度で楽をしている」「理解のある彼くん」と批判されるように、女性男性収入依存する構造女性怠惰堕落させ社会進出を阻んでいる。ひいては最初に上げた所得格差などを温存する結果となっている。

そのため女性男性収入依存できないようにし、女性自身必死に「稼がねば」と思うように法律修正するのが効果的なはずだ。たとえば

このように、女性男性収入依存するための多くの法律制度存在する。基本的にこれらの法律修正をしたとしても「一人暮らしが二人」の経済状況とは変わらないため、女性がきちんと社会進出労働し稼げている限りにおいて女性が極端に不利になることもないはずだ。にもかかわらずこれだけ「女性男性収入依存せよ」というシグナルが法律にまで入り込んでいるのはグロテスクに感じる。女性社会的制度によって強く婚姻男性依存して堕落することを動機づけられてしまっているのは異常だし、社会活躍たかった・できたはずの多くの女性にとって悲劇と言えるだろう。フェミニストとしても解決したい課題のはずだと思う。

もちろん女性出産に伴うフォローのための法改正も同時に必要になるだろう。これだけは男性にはどうしようもない。1年間の法定産休・育休と休職間中給与保証などの大胆な支援策もあるべきだと思う。フェミニストのいう結果平等はこういった形で強力に推進されるべきだろう。

出産後に男性経済的支援があるならとパートタイム等の責務の軽い・時間の短い仕事に移ってしま女性も多いと聞くが、上記婚姻制度改革によって男性依存を断ち切ることで改善が期待できる。男性のように「働かなければ・キャリアを失ったら死ぬ」という緊張感があれば成長意欲も刺激されるだろうし離職率も下がって「女性は30代になると離職するから」などという理由採用・昇進を渋られることもなくなっていくだろう。

このような先進的な男女平等の実現・婚姻制度解体によって女性男性同様社会に参画し、男性に求められるよう女性も理性によって本能を抑え他者への加虐性を抑制することで、弱者男性は初めて「弱者男性」としてではなく「弱者」として男女平等な救済の道に進めるだろう。弱者男性本質的な救済は男女平等推し進めることにあるはずなのだ

2021-05-03

anond:20210503194119

庶民的生活感手に入れても自尊感情湧かないから、背伸びしてでもセレブっぽい生活しろよってことなんじゃないの

女受けもよさそうだし

2021-05-01

anond:20210430165009

なんていうか、ああいう手合いって「通知表で3と4ばっかり取ってきたんだろうな」って思ってる。

ずば抜けてるわけでもなく、明確に劣ってるわけでもなく、平均よりはやや上って自意識を抱えたまま屈折した成れの果てって感じ。自尊感情けが突出していて本人にももうどうしていいかからないんだろう。

学校生活を終えて何年何十年も経ってるのにまだ学校規範しか知らないような人間学力の不足を内申点稼いで補おうとしてる。道徳を振りかざせばパパやママ先生、つまり社会に褒めてもらえると信じ込んでるような人たち。大人になれず良い子を続けるしかない人たち。最近流行りの弱者男性とかツイフェミとかもそうなんだろうなという気がしてる。

元増田は俺が想像しえない苦労をしてきたんだろうし、成人してなお抱えてるものがあるみたいだが、それでも立派に社会の中で生活してると思う。

俺がなんか言ったところで響かないかもしれんが、お前は立派だって言いたい。生まれや育ちを引きずるより今や将来のことを考えていってほしい。俺も親がアレなので難しいのはいくらかわかるつもりだし、古傷みたいに急に痛むことがあるのもわかるが、それでももう生まれて育ってしまったんだから仕方ない。自分自身引き起こした過ちでもないから悔いることもできん。それはそういうものとしてやっていくしかないだろう。体が弱いとか背が低いとかと同じで付き合っていくしかないと思ってる。

今回みたいにムカつくことはあっても、わかりあえない人間とわかりあわなくてもいいと割り切って、人間が昔と変わってしまったように見えても乗り越えていくしかない。ハードだし俺も全部できてるわけではないけど、元増田は俺なんかよりずっとよくやってるように見える。

2021-04-16

anond:20210416011804

子供の頃自尊感情が傷つけられている人は割とこうなりやす

2021-04-12

[]2021年4月11日日曜日増田

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2021-04-11

anond:20210411062041

anond:20210411002841

これ?どこにも「男性のほうが自尊心低い」なんて書いてないじゃん。

感じ方と自尊感情区別がついていない?

anond:20210411061207

日本人自尊感情は低いし男女なら女性のほうが低い。

からそれは否定してないよ。

ただそれは他増田も言ってる通り「容姿自己概念(主観的)」にすぎないけどね。

この時点でやっぱり会話が成立してないな~と思わざるを得ない

anond:20210411055725

ふむ

本書のタイトルは、日本の子もの自尊感情は「なぜ低いのか」となっているが、日本の子もの自尊感情が低い理由や背景については多少触れられているが、詳細な分析検討がなされているとは言い難い。本書のタイトルと内容に、ややズレがある感は否めなかった。

ついでに言っておくと、あなたはどうもITスキルが低いみたいで、こちらがひやひやしてしま

例えばその本であれば

https://www.amazon.co.jp/dp/B00GU4RAEY

で到達できます無駄日本語が入ってるからそんなクソ長いURLになってしまうのです

anond:20210411054206

わたしたちはやせ願望を強く抱く原因として、メディアの影響と自尊感情の2点を挙げた。

ふむ、やはり見た目への圧力メディア自分気持ちが原因であり、男性ではない、と。

2021-03-21

anond:20210321144401

手っ取り早く自尊感情を満たし且つ共同体意識を得る方法が、より多くの人と同じ価値基準に立って、基準に満たないものをあげつらうことだからだよ。

ネットを見てみろ。一行知識や知恵をつけて症状を悪化させたような奴がいっぱいいるだろ。テレビに映る人の見た目の悪口なんて可愛いもんだ。全然可愛くないが。

他に熱中できるものができて心が満たされれば緩和されるだろう。状況が許すなら、そういうのは不快だと告げてみたらどうか。臆病というか善良な部分が残っていれば、少しは遠慮してくれるかも。

2021-01-22

anond:20201224221102

一番軽いベンゾジアゼピン抗不安薬、5mg、3シート食べた。飲んだんじゃなく食べた。甘いんだ。いい大人なのに。

何でそんなにあるのかっていうと、断薬してたから。

断薬理由は後述するとして、あるきっかけで心療内科にかかり、診断書をもらって2年間断続的に休職し、新年度から復帰しようとしたら出鼻挫かれて再度休職か、いや経済的に、といった迷いの時期だった。

その数ヶ月前は、考えすぎて眠れず頭が痛くなると、頓服で薬を飲むようにしていた。薬の効果は、思考スピードが緩くなる、体がほかほかする、入眠しやすくなるなど。反面、思考から論理性がこぼれて溶け出してネガティブな方に感情的になってしま効果もあった。悲しさ、寂しさ、怒りも増幅される。大声で泣いたりした。夜中にダイニングの床を水拭きしながら子どもみたいにギャン泣きしたこともある。攻撃的にもなった。安心できる居場所が欲しくて、大声を出した。

断薬は、迷惑をかけるのは嫌だということを家族で話し合って決めた。

となると、仕事に行くためには体調を管理しなければならないので、睡眠時間の確保が生活の「要」となる。これが家族としての自分責任家族の条件。

話し合いの次の日から、入眠の障害になり得るものを極力避けることに全神経を注いだ。苦手だったのは、考えすぎないこと。フラッシュバックスパークすると、傷口に白血球が集まってくるように思考が沸き立ってしまうので、覆い隠すように作業に没頭する必要があった。計算問題とか、床の拭き掃除とか。

10段階での頭痛怠さ動悸のしんどさ、食事の内容、買ったものトイレの回数、ベッドに入った時間中途覚醒時間、起床時間、考えた時間が多かった事柄などを記録した。読み返してルーティーン改善の参考にした。

まあまあうまくいっていた。最初コケた原因も分かってる。そこから改善してきている。睡眠時間が伸びて、頭痛も弱くなっている。このままうまくいければ、仕事に行ける時間も増やせると確信していた。自分責任をやっと果たせるようになる。

でもダメだった。ベッドに入ったのが23:20頭痛が強くなりしつこいフラッシュバック対応していて結局眠りに入れたのはスズメが鳴き始めた時間帯だった。アラームは聞こえなかった。

車の音、子どもの声、夕方に目が覚めた。自尊感情は尽きてた。当然。当たり前。当然のことができてない。家族を支えていない。普通じゃない。頭が痛い。心臓がうるさい。耳が立つ。腕が重い。

から薬を1シート食べた。頭が痛いのをやめてほしい。心臓がうるさいのをやめてほしい。耳が立つのをやめてほしい。腕が重いのをやめてほしい。普通じゃないのをやめてほしい。家族を支えられないとかやめてほしい。仕事ができないとかやめてほしい。ありえない。家族としてありえない。なんでこんなんになっちゃったんだろう、なんでこんな思いしてるんだろう、いつまで続くんだろう。

いい大人なのに、甘いやつのおかげでゆっくりしてきて、正義酔っ払いになっていた。

家族仕事から帰ってきて、一言も喋らなくて、目も合わせなかった。

頭痛から逃げるために救急車を呼んだ。かかりつけの心療内科にいけと言われただけだった。家族の車とは別にタクシーで帰ってきた。家ではたくさん話をした気もするし無言だったような気もするけど、喪失感ははっきり覚えている。

家族が寝たあと、追いシートを2つして、深夜の県道を歩いて市を跨ぎ、コンビニタバコビニール紐を買って、血圧計算して柵かなんかで首を吊った。

2020-12-25

anond:20201225110837

底辺に寄れば寄るほど、日常的に見下されてるから自尊感情守る為に他人を下げようとする

下手な絵で評価されようとする辺り他に取り柄がなくクラスタ自体の知能が低いと考えるのが妥当

ツイフェミの正体

驚かないで聞いてくれツイフェミの正体は、ご近所付き合いくらしか人間関係のない専業主婦

家事は退屈で、でも金はなくて、時間は有り余ってるがスキルはない

そう考えるとストレス溜まっていくし男を下げないと自尊感情を保てないのは理解出来る

これは霊感だけど旦那デスノートと層が被ってる

2020-12-06

社会人になって自由になっても

育たなかった自尊感情はないままなんだよなー

いっそ貧しくとも寛容で陽気な国に生まれたかった

税が高くても北欧に生まれたかった

日本が何をくれたって言うんだ

2020-09-30

わかる。うちも奥さんがほぼ同じ傾向があるんだよ。

個別喧嘩の発端は…こちらに責があることもあれば向こうに責があることもあるし、最初自分我慢して済むならそれでもいいやと思ってたんだけど、やっぱり理不尽な怒りの暴発を難度も経験すると、徐々にこっちの自尊心が削れてくるし、不機嫌の徴候が見えるだけで心理的に身構えてしまうんだよね。無意識のうちに、相手地雷(どこに埋まってるかわからないんだけど)に触れないように立ち回るようになる。そうすると家庭が安心できる場でなくなってしまう。

もともと彼女自身にも、そういう感情的制御ができないことの自覚はあるし、直したいとも思っているんだけど、キレてる最中に「そういう言い方や態度はよくないよ」と意見しても耳に入らない。「どうせ全部私が悪いんでしょ」「はいはい、また私のせいなんだよね」となって会話を打ち切り、刺々しい振る舞い(ドタドタ歩いたりドアを閉めたりモノを乱暴に扱ったり)して、後には不機嫌な空気けが残る。これがなんともやるせない。一定時間が経って落ち着くと、何もなかったように振る舞うか、一応は「ごめんなさい」と言ったりもするんだけど、そういう殺伐とした感情って人の心を痛めつけるんで、お互い何もなかったように振る舞っていても、やっぱりこっちの心は無傷じゃなくて、刺されたり殴られたりした疼きが残る。たぶん相手の心も無傷じゃない。どっちにもいいことがない。

で、子供が生まれ物心がついてきたのを機に、お互いに真正からこの問題に向き合うことにした。子供が親の逆上や不機嫌に萎縮するようになったら誰にとっても不幸だ、というのはお互いの考えが一致していたので。

実はこの「子供との関係」というのが重要で、結論から言うと、彼女毒親母親)に非常に悪い育てられ方をしてきたことが全ての起点になっていた。母親自分から見ての義母は、幼い頃の彼女を蹴ったり殴ったりした。氷点下に近い納戸に数時間閉じ込めるという身体虐待もあったし、ネグレクト罵倒もあった。理由は、折り合いの悪い義祖母に顔立ちが似ていたから、ということもあったようだし、良家同士の見合い婚で専業主婦になった自分にとって「育児成功させ、娘は良家に嫁がせる」ということが唯一かつ至上の役割になっていたこともあったようだ。それほど受験戦争が激しくない地方にあって小さい頃から娘に複数の塾や家庭教師をつけ、成績が思うように伸びなければ「あんたはなんでできないの」「私が恥をかく」と詰め、娘の夏休み自由課題が賞をもらった翌年からは、傾向と対策を踏まえて母親課題制作し、受賞すればそれを周囲に誇るようになった。義母にとって娘は自己付属物であり、自分能力努力を表示する成果物だった。これは娘側の一方的証言ではなく、義母本人がそのことを問い詰められて(娘以上に感情的に)キレたり、逆に緘黙する状況を自分も見ているので、嘘や極端な誇張はないと思う。

そういう母親との間で育った娘である奥さんは、根本のところで自己肯定感がとてつもなく低く、「自分には価値がない」という強迫観念に苛まれていた。彼女は親元から離れたあと、亡父の尽力もあって学歴にはやや不相応な金融総合職につくことができ、廻りの高学歴人達に揉まれながらも持ち前の根性で「コネ入社腰掛けさん」に留まらない営業成果を出し、職場でも多くの同僚に認められるようになった。でも、これは見方を変えると「自分が無価値人間ではない」ということを自らアウトプットや業績評価によって証明し続けなければいけなかったからそうしていたわけで、その「頑張り」は結局は不安強迫観念によってドライブされてたんだよね。背景にそういう動機があって「頑張り続けなければいけない」人がどうなるかというと、最後メンタルヘルスを崩し、拒食症になり、自己都合で退職した。つらい。

その後いろいろあって彼女自分結婚したんだけど、お互いに落ち着いている時に(感情的チャージされてない状況で)この課題について話し合い、時にはネット情報心理学書籍なども参照しながら考えるなかで、激昂の背後にあるのは自己肯定感のなさだということが見えてきた。彼女は成長の過程で「人間能力や実績によってだけ認められるわけではなく、ただ人間であるだけで価値がある」という確信を得てこなかった。母親から与えられたのは条件付きの愛で、条件を満たさなければ存在自体否定された。だから「認められるために頑張る」という所作が身についた。

頑張りの中には「社会的に認められる人格を演じる」ということも入っているから、ソーシャルマナーちゃん実践できる。人当たりはよく、好感度も高い。しかしそれはあくまで「舞台」に立って「頑張り」を発揮して評価を獲得しなければならない状況での話で、身内にはこのルール適用されない。だから親族家族の中に(彼女基準で見て)頑張っていない人(例:私はこんなに頑張ってるのに、あなたは)、彼女の頑張りを認めてくれない人、彼女の頑張りの成果をスポイルする人(例:頑張って片付けたのにまた散らかして)に対しては、時に制御の効かない怒りを感じ、苛烈言葉や行動を直接ぶつけてしまう。自己肯定感が低いから、他者を無条件に肯定できない。自分に課した高いハードルと同じ評価基準相手にも課し、それを満たさな相手を詰る。そういうメカニズムがあるみたいだった。

ついでに言うと、彼女母親にとっては娘自身が「彼女の頑張りをスポイルする人」(一生懸命教育してるのに成果を出さずに「私に恥をかかせる」から)だったので、娘に対してそうした精神身体DVを繰り返していたわけだ。自己肯定感の欠如と感情コントロール欠如という点では似たもの同士だった母親彼女との喧嘩は、ちょっとした言葉尻の棘を捉えて相手を強く咎める(「それどういう意味?」とか「あなたはいっつもそう!」とか)の繰り返しで、なんでもないやりとりがあっという間に激しい罵倒応酬エスカレートしたりする。まさしく言葉の刃で刺し合うがごとくで、たまたまその場に居合わせ自分もぐったりと疲弊し、時にはあまりの情けなさに泣くこともあった。

ともあれ、我々2人は「こんなことが当たり前ではいけない、子供をこういう『こじれ』に巻き込まないようにしよう」ということをスタートにして、まず彼女母親との関係は明らかに機能不全に陥っていること、彼女母親過去も今も彼女自尊感情を蝕んでいること、自尊感情の乏しさが他者への非寛容や感情制御の困難につながっていること、自分母親承認/不承認にかかわらず価値のある人間だし、他人もそうだということなどをひとつひとつ確認していった。彼女最初は「母親はもしかしたら毒親だったのかも」程度の認識だったのが、あまりにも定型的な虐待パターンのど真ん中に自分いたことを知り、自分感情コントロールの難しさが個人資質というより関係病理に起因していることを学んだ。そうすることで、母親との関係も1:1の差しかいではなく、その関係自体第三者として見る視点を手に入れた。自分はそのとき情報考察の手伝いはしたけど、結局それは彼女自身自己探究の道のりだった。

それでどうなったかといえば、状況は明らかに良くなっている。奥さんアンガーマネジメントを少しずつ理解し、実践している。実際にキレる回数は格段に減った。キレてしまった時はそのままにせず、すぐ言葉にして反省するようになった。YOUランゲージを控え、Iランゲージを使って自分希望意志を率直に伝えられるようになった。母親とのやりとりもベタ足の殴り合いをするのではなく、だんだんと「所詮他人しかない、母親とのやりとりで感情的に消耗したくない」という感覚を持てるようになってきている。無駄に険悪になることもないが、母親から近しくしなければいけないという「演技」からちょっと解放された。やっぱり根本的な原因や構造が見えてきたことで、本人の物事の捉え方も変わってくるんだと思う。

…というわけで、うちの場合子供ができた結果、徐々に状況がよくなってきたんだけど、これ「子供が生まれたから良くなった」じゃなくて「子供いるから良くしないといけない」という問題意識を両方が持ったからだと思っている。逆に言えば、元増田場合子供ができなくたって「この状況を放置するのは2人の心理的安全性にとって良くない、2人の関係健康を損ねる」という意識で話し合うことができれば、だんだん建設的な方向に向かえるかもしれないよ。

さっきも書いたけど、うちの場合は、彼女病理というより関係病理だった。だから時間はかかったけど、こじれた関係を解きほぐすことが解決の糸口になった。元増田奥さんが同じかどうかわからないけど、参考になったらうれしい。お互いがんばろう。

anond:20200928211140

2020-09-13

anond:20200913035706

俺は長年の田中芳樹ファンだけど、残念ながらその頃と今回とでは「当たり前の批判」の社会的意味が違うんだよ。認識アップデートしてよ。

タイトルの通り増田20年来の銀英伝ファンですが、私が銀英伝を知りネット掲示板個人サイトなどを見始めた当時からファンによる「銀英伝女性キャラステレオタイプ過ぎる」とか「田中芳樹女性を描くのが下手」みたいな批判は当たり前のものとしてありました。今回炎上した冒頭のツイートもそれと同系統のものであり、作品内の女性の扱いに対する感想としては見慣れた内容で特に違和感はありませんし、個人としての違和感を述べたうえでリメイクにあたってのアップデート希望するものであって、それ自体問題があるものとは思えません(なお、「Die Neue These」はリメイクではなく「原作の再アニメ化」なので、その点は事実誤認なされているものと思います

うん、銀英伝ファンあいだでは「あいつ女を描けてねーよな」みたいな評は普通のものだったよね。そういう意味で、例の社会学者氏のツイート認識はごくありふれた銀英伝認識を示したものだといえる。それだけを切り取ってみれば特に叩かれる要素はない。

でもさ、

ことと、

こととでは、社会的意味が違うんだよね、残念ながら。

twitterという、簡単に支持者を社会運動に動員できるプラットフォームで、これまでさんざんコンテンツを燃やしてきた社会学者っていう属性の人が、表現の内容を変えるべきだと口を出したら、単なる批評の域を超えて作品へのバッシング煽動してるようにしか見えないんだわ。

ジェンダーがどうこうというのも、そういうバッシングの際によく使われる常套句からね。

「あっ、この状況、キズナアイバッシングで見たことある!」って思っちゃうんだよね。

実際にそれらの描写を変更すべきか否かはそれぞれで判断が異なるのは当然としても、こうした意見に対して「現代にそぐわないから変えろって言いだす社会学者やべえ」などと嘲笑するのは原作者のスタンスを含めて明らかに論点を見誤っていますし、「銀英伝を燃やしに来た」などと反応するのは過剰です。挙げ句社会学者というツイート主の職業フォーカスしてその職業全体を否定するような言説まで行うのははっきり言って異常だと思います

もちろん、昨今のネット社会学バッシングはどう考えてもおかしい。一部のおかし社会学者存在で以て学問としての存在意義まで否定されるべきではない。

ところで、「すべての男がそうじゃない」みたいな言い訳をする男に対してノットオールメンって言ってきたのってどういう人たちでしたっけ?

文系のはしくれとしてはノットオールソシオローグスと言いたいところなんだけど、フェミニズム同調して社会問題に口を出してきた社会学者がそれを言うことは、まあ論理的一貫性問題惹起するよなあ。

本件もそうですが、ポリティカル・コレクトネスを巡る議論においては「過剰なポリコレ押し付けるな!」などと主張する批判側にも個人意見に対して過剰かつ攻撃的な言動を繰り返す「反ポリコレを旗印に個人を抑圧するネット憂国騎士団」みたいな存在も目立ってきており、まともな議論が成立しづらい状況になっているように思います

マトモな議論が成り立ちにくい環境を作ってきた責任を反ポリコレの側「だけ」に求められても困るんですが。

ポリコレが高邁な理想としての側面しか持ち合わせていなかったのであればともかく、実際には他の表現を抑圧する棒として使われてきていたという前史があった上での反ポリコレ側の過剰反応でしょう。

つい最近起きた騒動にだけ目を向けても、ジェンダーを専門とする社会学者によってキズナアイバッシングされ、フェミニズムを掲げる弁護士研究者によって献血ルーム攻撃され、「ミカンはお母さんが買うもの」などと宣うフェミ学者たちがラブライブ農協コラボを焼きに来た、といった話があって、その上で今回の社会学者氏の感想への過剰反応があるわけ。

ポリコレ棒でヒステリックに殴られてきた側がちょっとでもポリコレっぽく見えるものヒステリックに反応するのは自明の理では?

悪いけど、ポリコレ棒を振り回して暴れ回ってきたポリコレ憂国騎士団の皆様にはもうウンザリしてるんだよ。

からといってこちらも憂国騎士団ムーブをしていいことにはならないけど、ポリコレ側の憂国騎士団ムーブのことを棚に上げて反ポリコレ側だけを憂国騎士団と言われても困惑するほかないんだよね。トリューニヒトみたいな詭弁やめろ(憤怒)

ブコメに応答

実際問題2013年の人工知能学会表紙事件以降、表現特にオタクコンテンツ)をネットで叩いて社会問題化し、金と名声を得るというのは、社会学者定番になってる。最も顕著だったのが宇崎ちゃん献血ポスター騒動

社会学者の人、名誉はともかく金は得られてないと思うよ。

いや、ネット表現を燃やしたところで影響力とか声望とか自尊感情とかはともかく金は得られんよ(少なくとも学者世界では)。金目当てで彼らが動いているというのは被害妄想がすぎる。そりゃ有名どころのレーベル新書とか書けばまとまった金は入ってくるかもしれんが、彼らは現段階ではtwitterで吠えてるだけで別に一般向けに売れそうな本を書いているというわけでもないし。

この界隈Twitterさえ見なきゃ起きてない論争多くない?ほぼネットそれもTwitterしか社会学者」を知らなそうな人多くない?

そりゃ、多くの人には表現を燃やしに来る「社会学者」の姿しか見えてませんし……

アカデミアあるいはそれと近いところにいれば、社会学といっても色々あって、ハマータウンの野郎どもを研究する人もいれば聖なる天蓋を論じる人もいて、ジェンダーオタク文化に関心を持っているのは一部であり、表現を燃やしに来るのはさらにその限られた少数に過ぎず、もっと言えば社会学者といっても博士課程の院生から誰もが参照すべき大御所まで「権威」に勾配があることくらい理解しているだろうし「社会学者」を十把一絡げに論じるべきじゃないっていうのは自明の理なわけだけど、燃やされた被害者からはそのごくごく一部の姿しか見えないので。

アカデミアと縁のないそのへんのオタクにとって、哲学者数学者工学者や物理学者言語学者文化人類学者なんてろくずっぽ知らないのが「普通」でしょう。普通の人は良かれ悪しかれそんな学問について詳しい知識は持ってないんだよね(漠然としたイメージは持ってるかもだけど)。だからtwitterオタクがロクに社会学者について知らないってのもある意味当然なのよ。

そんな学問についてよく知らない一般大衆は、まあ、自分たち表現を燃やしに来た一部の社会学者の姿を見て「社会学者」のイメージ形成ちゃうよね。

もちろん「そんな社会学者ばかりじゃない」という異議申し立てはどんどんやればいいと思うよ。「そんな男ばかりじゃない」と同程度には正当性のある反論だろうし。

昨今の風潮でいちばん納得がいかないこと

ムーラン』と『銀河英雄伝説』が同時並行で話題になってホッテントリに出まくってるのに誰も『風よ、万里を翔けよ』の話してないのおかしくない!?

2020-08-16

世間に馴染めないことは必ずしも孤高を意味するわけではないというのは当たり前の話だが、改めてそれを言語化してみると、たとえば自尊感情が強すぎるせいで他者と打ち解けられない人がいたとして、その人がそんな自分を孤高の存在なのだと頑張って自己規定しようとしていた場合、その人にとってそれは都合の悪い話になりそうだなって思った。

そんな人が実在するかどうかなんて知らないが、あくまでたとえばの話として。

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