はてなキーワード: 情報格差とは
俺の実家は(文明がなさすぎて)「ここは本当に日本なのか?」というレベルのど田舎だった。
1990年代に電気・ガス・水道すら半分くらいしか整備されていなかった。汲み取り式のトイレが当たり前で、電気が通っている家庭でもしょっちゅう停電していた。お年寄りは訛りどころか古語を使うので(本当に古語辞典を調べて会話したことがある)何を言っているかわからない。
こんなレベルなのでテレビは半年遅れで当たり前、ひどくなると年末にお正月特番をやっていた。もちろん東京では当たり前のテレビ番組が見れないなんて珍しくない。ちなみに東京まで行こうとすると3ヶ月かかる。
こんなど田舎から奇跡的に東京の大学に進学できたのだが、周りの同期が何を話しているのかさっぱりわからない。これだけ情報格差があるんだから当たり前だ。あれから十数年、いまだにみんな知っていて当たり前のタレントや漫画を知らないということが時々ある。情報格差は恐ろしい。
先日、父が亡くなった。がんだった。
父の呼吸が止まったのが14時半。来てくれた担当医さんが死亡確認したのが15時半ごろ。家族皆が泣いていた。自分も唇を噛み締めながら我慢して、それでも涙が溢れてくる。
訪問看護をしてくれていた看護師さんがとてもいい人で、自分たちも手伝いながら、髭をそったり着替えさせてくれたりして、父の準備をしてくれた。
家族で湯灌してあげて、最後の見送りすることがとても良い時間になるよ。と、いろいろ教えてくれた。
これまでの看病で疲れているし、親族や知人の対応は母することになるの明らかだったので、葬儀会社とやりとりするだけでもと、喪主をかってでた。
闘病中、なくなる数日前に、◯レマの営業さんが来て、契約とれないと来週クビになると言われ、母が契約したとのこと。
父は元教員だったので、教え子含めてある程度の人数が来ることが予想されたので、駅チカの広い葬儀場が使えるのが良いかと決めたそう。
15年ほど前に祖母がなくなった時には、地元の葬儀会社で、自宅葬だった。
在宅療養していた父がなくなり皆が動転している中、母は最後まで地元の葬儀会社にするか迷っていた。
とりあえず契約してるんだからという理由で、◯レマに電話を掛けた。
担当営業と契約担当者と葬儀場で連携が取れておらず、あちらに掛けて、こちらにかけて、折返し待ちして、とたらい回しされた。
加えて、最初に電話をかけた時点でこの時間で決めますがよろしいですか?と念押しされた。
こちらのことを知ってる営業からなんのコンタクトもないのか?と疑問におもいつつも、下手に時間を掛けても仕方がないので、最短の日にちで申し込みをした。普通なら、死亡後3日後が告別となるのが最短になるのだが、3日後が友引だったため、4日後となった。結果的には、日付が伸びたことで運良く救われることとなった。
それが終わると、葬儀のプランや料金についての説明が始まった。
私達は営業さんから貰った資料を確認しながら、プランの詳細を選んでいくが、一つひとつ決めるたびに、営業が話してた葬儀プランと言ってることが違うやんと言うことがどんどん出てくる。
契約時には、一般的な葬儀費用のように見えるこの内容で、事前予約75万のプランを契約していた。
この契約があれば、全部まかなえます。と営業さんは言っていた。追加のオプションは断れば良いとも。
https://cerema.co.jp/funeral/plan.php
・契約の葬儀プランでは、入り口近くの小さい部屋しか使えず、+10万ださないと、50名規模のホールには対応できません。
・プランで出来ると書かれていた花祭壇は、+10万ださないと、できません。
・病院から自宅までの寝台車費用は入ってるが、自宅から葬儀場への寝台車費用は入っていない。
→自宅で亡くなったため、おかしくないか?と問い詰めたら、じゃあプラン内の費用で対応します。と
・周りに飾る花代が最小16万~。無いと困りますと言われる。親戚から送られる分が合っても、親族一同の分が必須ですと。
・棺桶に掛ける布は燃やすために毎回新しいものが必要です。(+4万)
・湯灌できるけど、郊外の施設まで連れて行く必要があり、家族参加は不可。(+7万)
・骨壷も今のママだと貧相なので、アップしたほうがよいですよ。あと分骨するなら、追加費用(+1万)。
などなど、諸々で、事前の見積もりが180万ほどとなった。通夜の来場も50人と、少なく見込んだ上でだ。
契約書の文面を確認し、クーリングオフできますよね?と問いかけると、厳しい表情。
葬儀のトータル費用は相場からは離れてない。でも、言ってることこれだけ変わるというのはオカシイ。ちゃんと湯灌してもらえるのか?葬儀が滞りなくすすのか?
ただ、もう期日の予約はした、場所も親しい友人には伝えてしまった。今更変えるのも・・・・。悲しみに浸る間もなく、不安なまま夜を過ごす。
枕経をあげに住職さんが来る。母は自分の世代だと、珍しいと言いつつ、なんだかんだ年3回の法要を欠かせず行っている。
なので馴染みのある住職さんだ。
住職さんに、これまでの経緯を相談すると、◯レマの色々黒い噂を教えてくれる。噂についてはあとで詳しく述べる。
住職さんが、馴染みなので連絡してみますね。と地元の葬儀会社をあたってくれるが、友引明けなので、空きがないそう。
帰宅後にも別の葬儀会社を探してくれて、隣の市ならホールの空きがあるよと教えてくれた。
母の不安っぷりと、担当者が不審すぎて信用できない。これはキャンセルするしかない。
キャンセルもとい、クーリングオフすることを示すように電話。証拠として、電話の内容は録音する。
「次の予約が入っているのですが、そちらにお譲りして良いのですか?」何度も念を押される。
こういう引き止め工作が本当に手慣れている。
簡易祭壇の設置費用と、ドライアイス代で3万ほどかかったが、サンクコストとして考えれば安いもの。
営業担当の方が来て、説明してくれる。仏壇屋さんだったが、仏壇買いに来る人が葬儀の文句ばかり言われるので、なんとかせねばと作った会社だそう。
・花代は3万~。独自ルートで花を仕入れているのでその値段で胡蝶蘭も入っている。
・謎オプションはゼロ。分骨、フルーツ、棺の布、白装束。全部追加費用は不要。
・会葬返礼品の価格が、2万円ダウン。
・初七日するなら、会場費5万かかります。自宅ですることもできますよ。と教えてくれる。
見積もりは160万ほど。ただし、親族の花代と、通夜の時の親族の食事費用(2万)も含まれている。
費用は下がって、質が確実にアップした。
最初のプランの説明から、会場までの送迎、当日のオペレーション、ナレーション、葬儀後の祭壇設置まで。服装から振る舞いまで、すべてがプロの仕事だと感服する内容でした。
プラン説明時のアドバイスが的確で、常識よりこちらの都合を優先させて柔軟な対応してもらえたのが、ありがたかった。1時間以上かけて車で来る親戚が多かったので、通夜ぶるまいを通夜の前に変更。通夜中にお腹減ることや、通夜に来てくれた人の対応を後回しにせずに済んだ。また来てくれた親戚も早く帰せた。初七日供養後に、食べるのが普通だけど、粗供養品として、食事券を渡して帰ってもらうことにした。
他にも細かい相違点が色々。
・◯レマの線香が化学薬品臭がして、妻が煙たがっていたのが、変えた瞬間に問題なくなる。
・湯灌は家族でやれてよかった。父の体を拭いたりするのは、嫌な人は嫌かもしれないけど、お風呂入って背中流す感覚で、キレイにしてあげれたのは、最後の親孝行でしょう。
・花壇の品質がガッツリ上がった。◯レマの価格を見てたので、安いと思い、親戚からの花もだいぶ増えてしまった。棺に入れれなかった分は、すべて自宅に飾ってあり、1ヶ月近く経つがまだ元気だ。
・姉が嘱託で働いている先の互助組合の提携先葬儀会社だったため、-10万の割引。こちらからは何も言っていないにも関わらず、弔電を見て対応してくれた。
葬儀会社変更して、本当に良かったと思っている。変更の連絡しなおしたり大変な部分もあったけど、満足度が段違い。
結婚式と同じぐらいの金額払うのに、なんで文句言いながら、我慢しながら、サービス受けなあかんのかと。激しく問い詰めたい。
・勘違いさせる前提の資料を元に営業して、キャンセルできない。
・マルチ商法かと思うぐらいに、不安で人を動かそうとする。◯◯するのが普通。◯◯はできません。
・無駄なオプションつけてくる。ってか普通断れへんやろうぐらいの勢いで、オプションつけてくる。
・説明しない。
こうして◯レマをキャンセルして、地元の葬儀会社に変更できたのは、幸運が重なったからだった。
・契約して間もない状況で事前支払いが0円。クーリングオフで押し切れる状況だった。
・友引明けで、日程に1日分の余裕があった。
・付き合いのある信頼できる住職がいて、他の葬儀会社が見つかったこと。
これだけの条件が揃っていてようやくキャンセルできた。
今回は父の葬儀分を母が契約したが、普通はこんな契約はしない。なぜなら、営業担当は自分の葬儀を事前に支払う契約を勧めてくる。ここの情報格差を奴らは狙っている。
過去の噂を聞くかぎり、支払い済みの状況でキャンセルしようとすれば、事前支払い済み分は返金できませんと、そう脅されるだろう。
ちゃんとした式をあげるには+100万かかる状況で、葬儀までの時間はなく、決断は伸ばせない。
親族が亡くなって、気が動転している状況で、あとで事例調べるなり、情報収取するなり、冷静な判断がくだせるだろうか?
すでに親が70万支払いずみの状況で、プランの内容を聞いた後に、キャンセルする覚悟あるかと?
近所にも契約している人いたが、母はすぐ解約するように勧めた。
上にも書いたが、事前契約をメインに営業しているため、後々キャンセルされるケースも多い。
その場合に、解約手数料が掛かる形ではなく、1割も返金しないらしく、訴訟沙汰となっている。
https://www.sankei.com/affairs/news/150122/afr1501220037-n1.html
契約書にも、契約後、180日以後の解約は不可と書かれていた。
・どこかのお寺の檀家ではなかった場合、◯レマから仕事を依頼されることがあるという。
伝えれる範囲は限られるが、あまりタブー視せずに両親と話すこと。
「自分の葬儀代は自分でためておきたい。」「子供に負担を掛けたくない。」
そういう想いに、奴らは付け込んでくる。
なので、早めに話をして、事前に知っておけば、怖くない。
ほぼ悪徳商法なので、早く潰れることを願って、匿名ダイアリーに記します。
ブコメもらえて、拡散したので嬉しいです。(普段のブログでこんなにバズったこと無いので)
もちろん親族や各位には今回のことは包み隠す伝えたのですが、さすがに友達に言いふらすわけにも行かず。。。匿名ダイアリーに書きました。
親族でも、少し大きい規模で、280万という人もいて、葬儀場での話題になりました。
ちゃんとしたものにお金を掛けれた。という印象です。ロウソクや線香一つとっても、ケチるだけケチる姿勢が見えてしまい、なんの信用もできませんでした。5000円のランチ頼んだら、業務スーパーのパウチスパゲティが出てきた感じです。
あのまま乗っかった場合に、普及不要な請求をされそうだったのが一番の不安でした。
確かに160万は安くないと思います。(実際は来場者増えてもう少しかかりました。)満足度は5,000円出して、ちゃんとホテルのバイキング食べれたぐらいの気分です。
消されるの怖いので、反社記述だけ消しておきます。にしてもこんなこと匿名ダイアリーじゃなきゃかけない。
向こうは百戦錬磨でフル武装の営業モード。こっちは虚弱状態からスタートして意思だけで戦わなければいけない状況。
正直オプションを断ることだけに、体力と意思力を必要とします。途中から、やり取り自体が不毛だったので、さっさとやり過ごしてキャンセルできないか相談するモードに入ってました。
当日に葬儀会社まで決めてしまうのも良くなかった。という考えもあるので、決めるのはなくなった翌日でも良かったんじゃないかなと、後から思い返します。ドライアイス代が+1日で、+10,000円ほどかかりますが、4日後でも、最初から問題ないです。葬儀場が相手ないなら、1日ずらすとかでも良いくらい。
ほんとうに何から何まで、助けてもらいました。
看取ってくださったのが、緩和ケアを専門にやっている町医者さんだったので、看護師さんも経験豊富でした。(決して、年配の方ではないのですが)
冷たい対応されると、余計に辛いだろうなと思い返してありがたい限りです。
可能性としてはありえます。上記の通り、緩和ケアは車で訪問診療してますので、尾行すれば。なんの証拠もありませんが。
古めの住宅団地なので、営業さんがかなり訪問してまわっているそうです。
そのとおりですね。自分も、亡くなった父もそういう考え方です。
ただ、亡くなった人のためではなく、亡くなった人の家族・友人・知人・親族に向けてやるという感じでしょうか。息子としては、親がどんな生き方をしてきたのか知る数少ない機会だったので、ちゃんとやってよかったです。
これ、第三者としては「愚かな人だな」とは思うけど、別に醜悪だとは思わない。個人的にはどうでもいい、ごく普通の世間話の一つに見える。しかしこれを以ってして何か「女性性を貶めたい」という空気も感じていて、それは嫌だなぁと思う。
「供養」という表現も含めて、この人はむしろ友人として愛を込めて「笑い話」に昇華しているのだろうとは思う。私が問題視したいのは、それを消費する側の態度。
そもそも「既婚男性と未婚女性の不倫」という構造に非対称性・搾取構造がないとは言えないと思うんだよな。「お金が貰えなくなると生活が厳しくなる」という依存状況も、法制度に無知という情報格差も含めて、「個人の自由。自業自得」で済ませていい問題には思えないかな。
まあまずはポリアモリーを認めろという話ではあるけど、一方でポリアモリーという選択肢が認められた後でも「不倫」問題は残り続けるとも思う。
弁護士だと友人から相談を受けることもままあるけど、今回のは流石に酷過ぎるwww
女性も自分本位な人がいるのか?(笑)
お前が不倫の浮気相手なのに財産貰えるわけ無いやろ!!こんなの弁護士じゃなくても分かるわ!
あまりに面白かったのでツイートして供養します•••幸せなってくれよ••• pic.twitter.com/xmZaRSoDkt— 藤吉修崇@ユーチューバー弁護士(登録者2万人突破!) (@fujiyoshi_ben) November 2, 2019
https://anond.hatelabo.jp/20191030222754
物凄く稼ぐ男ってのは、とんでもないレベルで激務で働いていて、女と付き合うだとかそういう経験がかなり薄いまま来てしまうことが多いので
こういう女に引っかかることが多いので、ママ友セレブ文化みたいなのが構築されてる
別に俺はそれが悪いこととは思わないが、エリートなやつはもうちょっと不真面目にいろんな女ととっかえひっかえして異性というものを知った方がいい(男に限らず女にも言えるけど)
情報格差を利用して騙されるのは、会社の商売なら損害程度で済むけれども、結婚や子育てとなれば子供にまで悪影響や迷惑がかかるってのをよく考えた方がいい
といってもなかなかできるもんでもないんだけどね…
公開直前のインタビューで新海は「賛否が分かれるものを作った」と語った。
それを見て、「あ、いつもの新海に戻るのかな?」と思った。『君の名は。』で釣った客にポエムと自己完結の新海ワールドをぶつけて全面戦争を仕掛けるのか! と。しかしそんなこたー全然なかった。蓋を開けてみれば『天気の子』は単なる劣化『君の名は。』に過ぎなかった。がっかりだ。
ダメな点は色々あるがクリティカルだったのは物語の感情がまだらになってるところ。ようは暗いシーンのあとにやや明るいシーンが来るのだがまた暗いシーンになるためどういう感情でいればいいのかが凄くわかりにくかった。
『君の名は。』はややおセンチなモノローグから始まるが、すぐに入れ替わりのコメディシーンにつながり、テンポの良いそれは見ていてとても楽しい。
楽しい気分にひたっていてやや飽きを感じ始めた頃に瀧と先輩のデートが失敗し、「なぜか。もう二度と。俺と三葉との入れ替わりは起きなかった」という“謎”が提示される。
そして瀧は直に会おうと糸守を訪ねるが、そこで彗星の落下によって三葉がすでに死んでいることを知る(シリアス)、という感じだ。
『君の名は。』のストーリーはこれ以上追わないが、コメディ→謎→シリアス→目的の明確化(彗星が落ちる前に皆で避難する)→歓喜(かたわれ時の再会)→暗転→奮闘→大団円、と今どういう感情でいればいいのかということを物語が迷わせないつくりになっているし、『君の名は。』はそういった完成度を持った作品だった。
RADWIMPSの楽曲も、シーンの移り変わりや強調に使われて非常に効果的だった。
翻って今作である。
冒頭、ヒロインが天気の子になった経緯を説明されたかと思うと、家出してきた主人公が新宿歌舞伎町で世間の冷たさを味わうシーンに続いていく。いきなり説明→暗いシーンをカマされ気分は上がらない。
その後やや明るいシーンになるが、主人公やヒロインの生活環境がアレなので底部に流れるテンションは暗く、そしてそれがやがて表面化(その最たるはヒロインの消失)する。
その表面化も事前に予測がつくように設計されてるため、明るいシーンを見ていても「どうせ後で……」と落ち着かない。つまりずっと消耗させられっぱなしなのだ。これはキツい。
もうひとつキツいのは主人公が幼稚すぎて感情移入しづらいという点だ。
子どもが主人公がなんだからそらそうだろ、という話はあるのだが、“学校”がフィールドだった前作とは違って家出してきた少年のフィールドは“社会”になるためアテもなく家出してきたことやそれが故に困窮しても「帰りたくない」と言い張る姿はやはり幼く映る。
特にコイツやべーとなったのはヒロインが消えた理由を理解しない周りの大人にキレ散らかすところだ。普通こういう情報格差によって周囲が無理解な時、視聴者としては主人公側の心情に立つものだが今回は中々そうなれない。何故か。それは視聴者と主人公の側にも情報格差があったからである。
俺は基本的に主人公と視聴者の情報格差はない方がいいと考えている。視聴者が得ている情報によってこうすべきと思う行動を主人公が取らないと苛立つからだ。もし主人公と視聴者の情報格差を作るならフォローは必須だと思ってる。『天気の子』はそのいずれでもない。
ヒロインが消えると視聴者は早い段階で予測できる。そういう設計になっている。しかし主人公はそれを察しないし、決定的な情報が提示されたときも反応が鈍い。それなのに自分は周囲にキレ散らかすのだけは忘れない。ただのやべーやつである。
主人公がそんなだからヒロインと再会し、気持ちを確かめ合うように互いの名前を呼ぶシーンも冷めた目で見てしまった。『君の名は。』のかたわれ時やラストシーンのよっしゃ感とは雲泥である。
そろそろまとめに入ろう。最初に『天気の子』は劣化『君の名は。』と言ったが、『君の名は。』とは何でどう劣化しているというのか。
『君の名は。』とはひょんな出会いを果たした少年少女が超常現象によって引き裂かれ、残された側は相手ともう一度出会うために必死にもがいてそれを果たす“エンタメ作品”である(『言の葉の庭』と『秒速5センチメートル』以前は“エンタメ作品”ではない)。よく見かける構造といえばそれまでだがいずれにしても『天気の子』はその形を踏襲している。しかし肉付きが圧倒的に劣る。
これまで挙げてきた要素はその筆頭格だし、その他にもふたりが再会するシーンのアイデアや演出にも歴然とした差がある(「かたわれ時だ」は非常に美しい)。「忘れないように名前書いとこうぜ」からの「好きだ」のようなぐっとくる演出(コメディ部分で手に名前や苦情を書いて伝えていた、という点とつながるのが良い)もないし、ラストシーンの拙劣さは『君の名は。』に比べると目を覆わんばかりだ。「天気って不思議だ。ただの空模様にここまで心を動かされてしまう」という主張も正直「だから?」という感じで刺さらなかったというのもある(けっきょく大事なのは天気ではなく大事な誰か、という結論だし)。
『君の名は。』がヒットしたから次もそれで、というのは理解できるし、これ以外でどうやれというのかとすら思う。ただ肉付きでここまで劣ってしまうなら違う構造の話にチャンレジして死んだほうがまだマシだったのではないか。
というわけで『天気の子』はがっかりするほどの駄作だった。クソミソにけなしておいてなんだけど俺は新海誠のファンなので悲しい。
『ほしのこえ』で新海を知り、『秒速5センチメートル』で「これは新海の集大成だ!」と吹き上がった過去を持つ俺でも『君の名は。』のPVを見たとき「あ、これは売れる」と素直に思った。実際その通りになったし(もちろんあそこまでの大ヒットになるなんて思いもしなかったが)、そんなクソウザい古参でも『君の名は。』が新海作品の中で一番面白いと胸を張って言える。
新海誠はいつまでも過去やどうにもならない何かに拘泥する男を描くだけのクリエイターじゃなくなっていた。それはとても喜ばしいことであり、同時に階段をいくつも上ったんだと確信した。『天気の子』のPVを見て嫌な予感はしたが、押し殺して封切り初日に映画館へ向かった。嫌な予感を信じるべきだった。だって『君の名は。』はPVからして面白そうだったんだから。
前作の半分、悪ければ1/3ぐらいの興収だろう。口コミも広がらず、けっこうなコケ方をすると思う。
新海誠は新海的なものとの決着を『秒速5センチメートル』でつけ新境地を切り開こうとした。しかしそうして出来上がったのはジブリの劣化コピーだった。『言の葉の庭』という中編で再起を果たし、『クロスロード』という小品で手応えを得た新海は金字塔を打ち立てた。しかし次に作ったのは前作の劣化コピーだった。
新海はこの先、どこに向かうんだろう。今作が劣化コピーだったという認識なくして前には進めないと思うが本人も周囲もそれをひた隠して次なる場所を目指すんだろうか。
うちの母はアパレル店員で、25の時にはもう支店長任される話が出てたらしいんだけど、その話を蹴って親父と結婚した。
親父はクソな中卒自営業で、最初はうまく行ったはずなのにコロコロ事業変えて借金地獄になった。
兄弟みんなの学費の為に貯めておいたお年玉も全て借金に消えた。
母には死んでも言えないけど、母が働きに行ってる時に親父の浮気相手が家に来たような記憶がある。
こんなクソ親父と居たからか、母はうつ病になって寝込み、心臓病患って、なんか肺に水溜まってやばい事になってた。
そのまま寝たきりの母と一緒に離婚してから暮らしてたけど、泣いて殴られるし、人見知りだから学校も辛かった。
生活保護を受給して1年後、前より治安のマシな所に行ったけど、俺もおかしくなってて家にいたら母と喧嘩するのに家に引きこもってた。
母も医者と何か相談したのか、俺に関わらなくなって来て、頑張って学校には復帰した。それで高校受験も何とかなって大学も入れた。
離婚してから10年、自分の人生が離婚してからの方が長くなった。
親もちょっと抜けてて心配になる所はあるけど、家事もできるぐらいには復活した。
母の味はそんな変わってないと思うし、今の美味しいまま
ほぼ毎日掃除してるから部屋は常に綺麗で、床に埃とか見た事ない。絶対一人暮らししてる自分の部屋の方が汚いって断言できる。
大学卒業して、アパレル支店長の候補になった、給料も30万行くかもってぐらいで
本人も根気があって、なんでもできる、実際に昔家計を支えてたのは母親だって言うぐらいなのに
人の為に戦って、10年病で倒れただけなのに、社会のレールから外れたせいで辛い人生を歩んでると思う。
役所の自立支援に行って、とりあえずMOSを取らされたらしい(普通に難なく取ってた)
んで、働く所は食堂何だけど、話聞く限りじゃブラック。職業に貴賎はないと思うけど、給料はバイト程度だし、同僚の一方的な都合で仕事を負わされたりしてて可哀想だった
朝3時起きて出勤して、昼まで働く
働いた分だけ、保護費は引かれる(まあ申請したらある程度免除とかあるんだろうけど)
仮に正規雇用になっても、そんな労働環境じゃな...って感じだけど、40代後半で空白期間が10年も空いてたらそう言う所しかないらしい。
倒れる前に働いてた会社は、母を買ってくれてるんだけど、その市にクソ親父が住んでるせいで生活保護受給者はその市に住めない。
すげえ遠くまで電車で行くってなると、結局労働環境は変わらない。
なんで人のために頑張った結果がこれなのかよく分からない。親はどうすれば幸せになれるんだろう。
俺も中二病の時は「大人同士の折り合いのなさのせい」とか言ってたけど、でもこれからも地獄なの?
俺は大学に入って、悪くはない成績だけど、国公立って程賢い頭じゃないし(そのせいで今も自活がしんどい)凄いエライ企業で英才教育のツワモノ共と戦える気がしない。
不登校でも独学して何とかなったけど、数学だけは独学じゃどうしようもなかった。
幸い要領と運だけは良かったから、高校も大学も数学で詰むような選択をしなかった。
けどSPIはマジの中学数学じゃん...一応インターンや説明会で人事の人に気に入られて名刺やメアドを頂いたり、バイト経験から正規雇用を狙ったり、詰まない策は講じてるけど正直まだまだ不安だ
ちょっと話が逸れたけど、親の世話(できれば服屋をしたいって言う夢を叶えてあげたい)をできるぐらいの収入っていくらだろう?
社会人の皆さんはどれだけ稼いで、どう家族養ってる?どれだけ収入あれば安心だと思う?(そりゃあればあるだけいいと思うけど)
周囲にまともな大人がいなかったから、親がいくら稼いで子を養ってるのかも貯金額とかも分からん。
初任給22万円あれば万々歳?30、40代で30万円代だとキツい?18万だったとしても大抵無駄遣いしなきゃ奨学金は返せると思う。
将来情報格差で身動き取れない子に情報を知らせる仕事がしたくてYahooとかniftyとか俺でも知ってる会社にエントリーしたけどなんかダメそうだ
増田に嫌われる語りたがりの女オタクだからめちゃくちゃ長くてごめんな。
私が中学生、高校生のころは今ほどSNSは発展していなかった。
当時はmixi全盛期で、一応アカウントを持っていないではなかったが、当時好きだった映画と俳優のコミュニティに入っていた程度で、そんなに使っていなかった。
ということは、基本的に周りにいるのは同じ世代の子たちだけということになる。
私の高校はバイト禁止だったし、高校生はバイトしないのが当たり前で、するひとは特殊な事情があるか、学校まじめに行く気のない人、というのが学校の常識だった。
みんなそれが当然だと思っていたので隠れてバイトするような人もおらず、使えるお金はお年玉とお小遣いだけ。携帯の有料会員みたいなのもせいぜい「二つまで」とか決められてる。
要するに、みんながだいたい同じくらいお金持ってなかった。
当時はあるバンドが好きだったのだが、みんなFCの年会費払って、頑張ってお金ためて年に2回くらいライブに行くのでいっぱいいっぱいだった。
10000円もする初回限定版のアルバムが買えなくて泣く泣く3000円の通常版を買ったけど、周りの子も買ったのは3000円だった。みんなお金がないから。
欲しかったものはみんな持ってなかったし、行きたかったところに行けなかった。
だから誰もその『持っていないもの』の話をすることがなかったので、私の世界では『私の買えなかったもの』は『存在しなかったもの』にできた。
もしこのとき、自分だけお金がなくて全然買えなくて、でも周りの友達はみんな好きなものを買っていた、なんてことがあったとしたら、正直私は相当ひねくれ拗ねていただろうなと思う。
私も限定盤ほしい。私もリリイベ行きたかった、そういう感じで。
面白かったよとか言われたらなお妬んでいたに違いない。
学校という狭く似たような立場・環境の人間ばかりが集まるところなら気にしないでいられた。みんな持ってないのは同じだから。
でも、SNSに年齢と財布、在住地は関係ない。高校生とアラフォーが話すこともあるし、社長の嫁と知り合う奨学生だっているし、都民と離島住まいも仲良くなれる。
「ほしいけどこんなの買えるのお金持ちだけだなー」って思っていたものをバンバカ片っ端から買いまくる社会人のお姉さまの投稿を毎日見ることになる。
社会人になった今は趣味のために10000くらい平気で出せるけど、3000円で必死になっていた当時の私にはそんな感覚分かりゃしない。
自分が一回しか行けなかったツアーで全通する人がいる。何万もするコラボ商品を持ってるひとがいる。
大人になった今だから、働いて稼いでるんだしそんなのは当たり前のことで、羨んだりしたって仕方ない。東京に住んでないのが悪い、って思えるけど、高校生だった自分にそんな割り切り方ができるかっていうと、絶対無理だと思う。
「そりゃそうだろうけどでも悔しい」って思う。
推しが「バースデーイベやります!」とか告知してやったー絶対行く行く!たのしみ!って思ってツイート詳細見ると「また東京ばっかりでずるい」というリプライがついているのを見る。
ときどき地方でイベントをやったら「いつも東京のひとはたくさん行ってるんだから地方勢に譲れ自重しろ」みたいなのが拡散希望とかいってツイートされる。
好きなもの欲しいものにお金を払えるようになって、好きなところへ行けるようになった社会人の身では地獄のような民度だなと思う。
でも、ふと自分の過去を考えてみると、確かに「金を出さない奴が悪い」んだけど、それはそうって分かってても「私も行きたいのにずるい」って思っちゃうだろうなと。さすがに公式には言わないけど。
だからたぶん、そういうリプライを送っているひとたちは、「みんなは持ってるのに私だけ買えなかった」IFの高校生の私みたいなもんなのだと思う。
高校生のころの私の世界は小さかったから「みんな」はせいぜい同学年くらいのもんだったけど、今の高校生の「みんな」はたぶんファン全員なんだろう。
実際は「みんなが持ってる」わけじゃないだろうけど、欲しかった人間からしたらどうしても持ってるひとのほうが目に付く。
このSNS時代、努力が伴っているいないに関わらず、自分より良い環境にいる人間を簡単に見ることができてしまう。それって結構しんどいと思う。
私もそういう風に思われているんだろう。東京に住んでるのでイベントとか行きやすいし。
よく関東民が言う「〇〇(地名)が来い」みたいな冗談が地方民にはすごい腹立つみたいな、そういうのもこれだよね。
とはいえ今の私の立場からしたら「また東京かよ…」とか言ってる奴には当たり前だろじゃあ地方で埋まんのかよって思うし、「また有料かよ」とか言ってるの見たら「慈善事業じゃねえんだよ」って思うから、そういう文句つけてるのが見えちゃうのも結構嫌なものがある。
私は推し活のために東京に引っ越したし、行けるものは行くし買えるものは買う。全部自分がそうしたいから頑張ってる。
どうあがいたって変えようのないことなので解決したいとかそういうことは全く思ってない。
ただ、私が子供だった時代にこういう世界が広がるツールがなくてよかったなと本当に思う。しかもインスタ入れてるのが当たり前、みたいな感じで何もしないわけにもいかないし。私なら絶対心穏やかにいられなかった。嫌な意見だって見ること絶対増えてると思うし。
今なら「給料が低いから転職しよう」「地方だと不便だから首都圏に引っ越そう」っていう選択肢が大変とはいえとれる。それをやらないで文句を言うのは格好悪い。
ハラミ会とか女だけの街とか結構批判的だった人も多かった印象だけどさ
仮にネタバレOK・ネタバレされないと逆に興味が向いてこないタイプの人たちが「ネタバレNGの人たちが入ってこないSNS作って自由に作品の感想とか呟いたりネタバレ含むファンアート投稿したりしたい…」って言って実際にそれを作った、って場合はどうなるんだろ?
ネタバレOK派の人がそっちに作品を投稿するようになって、結果的に情報格差が作られることになりそうだけど、それも理屈的にはダメなんかな。
ハラミ会も女だけの街もネタバレOK派のSNSも、たぶんゲーテッドコミュニティのバリアントだと思うけど、社会的な許容度はそれぞれどう違ってくるんだろう。
というか、ぶっちゃけると、ネタバレNG派の人たちも、最初はOK派だけで集まります!って聞いたら割と賛成すると思うんだよね。
後から「好きな二次創作者があっち行っちゃって見れない…」となって初めて、「OK派はNG側にもアクセスできる」/「NG派は予想外のネタバレ踏む危険を侵さずにOK派にはアクセスできない」という情報アクセスの非対称性に気づくことになるだろうけど。
これは実際なんの問題なんだろう。差別の問題っぽくないし、どっちかというと作品の楽しみ方の権利の話っぽいし、そのスタンスに対する個人の選択の結果として、ふつーーーにあってもいいやつなのかな。
なんかそんな気がしてきたけど、それでも上にあげた二つと実際何が違うのか、ちょっとはっきりさせておきたいな。
個人的には紙で購読していたら1日まるごと見られるのにコストの低いネットだと1本単位になるのが納得いかないけれど。
これによって「最新ニュースに誰でもアクセスできる」というある種のユートピアは終わった。
これから訪れるのは「金がないとニュースも見れない」という渇ききった荒れ地だ。
それによって情報格差は今までと比較にならないぐらい加速していくだろう。
キュレーションアプリを入れておけば主要なニュースには目を通せるという一種の平等の時代は終わったのだ。
集められたニュースを見てクリックしてもそこから金を払わないとニュースを読めないのだから。
新聞離れ、テレビ離れ、そして新聞各社のサイト有料化によって、日本人はいよいよニュースを見ない民族、すわなち土人へと還っていく。
そこから先は「資本家しか水を飲めない」砂漠での、フェイクや嘘松が荒れ狂う狂騒(ポリフォニー)とH・G・ウェルズ『タイム・マシン』的なディストピアだ。
医療サービスが買えないということはすなわち「何も悪くないのに苦しんで死ぬ」ことである。また、大昔は宗教がそうであったのかもしれないが、代替サービスも少ない。よってある程度価格が高くても買われるサービスである。一方、人間年をとるとあちこち悪くなるので、価格が一定程度安いと需要が爆発的に増えるサービスでもある。
要は、価格がニーズや需要を反映せず、言い換えれば価格感応度が低く非常にいびつな需要曲線を形成するサービスである。
(更には、供給が滞ると社会不安を招くので採算度外視で供給されがちであるとか、需要者たる患者と供給者たる医師とのサービスに関する情報格差が激しい、等の特徴もある。)
以上から、医療サービスは自由に市場で売り買いするのが難しいサービスである。米国を除く多くの国では、医療サービスは規制され市場の仕組みに寄らない形で供給されている。
人間年をとるとあちこち悪くなるとはいうものの、壮年までは健康な人の方が圧倒的に多い。一方、医療サービスは決して安いサービスではない。よって、「多くの人から少しづつお金を集め不幸にも病気になった人に支払う」という保険の原理に良く馴染む。
医療サービスは市場の仕組みに寄らない形で供給されており、その供給量は保険金の総額で決まる。保険料が十分安ければ上述どおり需要は増えるので、保険金の総額=供給量=需要量となる。
医療サービスは一般的に決して安いサービスではない。供給側も多くの資源を投入する必要がある。専門性が高く、収入が少なくなったからといって別業種に転換するのは難しい。一方で、ニーズの総体ではなく保険金の総額という制約のもと供給が決まるので、国が医療保険を運営している場合、どうしてもサービス価格に下押しの圧力が掛かる。価格がニーズや需要を反映しないことは供給側資源価格でも同じなので、すなわち、何もしなければ「医師が離散しない程度」までサービス価格は下がることになる。実際、冷戦期の東欧諸国では上記の事態に陥った国もある。
医師会が強力な政治力のもと、(医師の品質管理的な意味合いもあって)医師数を抑制気味に保ち、よって個々の医師の収入を高止まりさせることに成功した。
一方で、価格がニーズや需要を反映しないので、供給者サイドでの人や資源の配分に価格情報(≒優秀な人は高い収入の場所へ、そうでない人はそれなりに)は使えない。よって、基本的には厳しい上下関係の下、医局が各所のバランスを取って独善的に決めていた。個々の医師に自由は少ないが、「若い時には医局に居て激務に耐え年を取ったら開業医になって高収入と余裕を得る」というキャリアパスで報いていた面がある。但し、このキャリアパスの仕組みは本質的にヤクザの鉄砲玉と同じである。
また、このキャリアパスでは常に開業医が大学病院勤務医の先輩になるので、医師会は開業医の発言力が圧倒的に高い組織であった。
医師に自由がなく医局が独善的に全て決めるということはさすがに前近代的だということで、この仕組みは弱まった。
そうなると、医療サービスの特殊な需給構造の中で、個々の医師が自らの経済合理性・医師としての信念でものごとを決めていくことになる。価格がニーズや需要を反映しないこととは、供給者サイドでいえば優秀な医師もそうでない医師も一件は一件で受け取りは同じ、ということである。
ここで生じたことは「中庸への集中」であった。保険金総額の制約があり、品質を過度に磨いても固定価格であることから、リスクを抑えながらその中で品質を保ち十分な件数をこなすことが多くの医師の最適行動になる。
最新情報に数年遅れをとる若いうちの僻地勤務はダメ、高収入でも業務はきつく医療訴訟のターゲットにされやすい外科はダメ、必要性は高くても医療訴訟のターゲットにされやすい産婦人科はダメ、等。これらは社会的意義もニーズも大きいが、そもそも自由に市場で売り買いできない医療サービスでは、「リスクに見合う価格」はもとからない。個々の医師がこれらを行う合理性は全くない。
結果として、個々の信念に頼るか、負担は大きくなっても別枠で予算を確保して充てることになる。
女子が外科等を選ばないということは、女子の方がより合理的な選択をしているということである。もしくはリスク許容量が少ない状況であるということである。
「技術(ハサミやコンパス)」を持つ先進国と「資源(紙)」を持つ途上国など複数の国に別れて遊ぶことで現実世界の貿易経済の理解を深めることが目的。
tweet主は「お金をつくる」と言っていたが正しくは「製品をつくる」。
各国は規格を定められた製品をつくる。「世界銀行」役はそれらを審査し買い取る。
本来の貿易ゲームのルールは tweet されたものよりかなり複雑。
10年の歳月で記憶が風化したのか、それとも先生がアレンジして単純化したのかもしれない。
詳しく知りたい人はこちらをどうぞ:
tweet主の話にあった「出稼ぎ労働」や「属国化」は自発的に起こり得る展開として最初から想定されている。
他にも面白い事例がたくさん載っている。例えば
はてブではCくんの実在が疑われているようだけれども、素直に読むとCくんはゲーム経験者なのだとおもう。
というのもCくんの口にした「長方形の暴落」「世界銀行の存在」はオリジナルの貿易ゲームに存在する重要要素だから。
ゲームが始まると何も知らない参加者は作りやすい長方形ばかりつくっていく。そのうち市場の長方形が過剰になり暴落する → 長方形しか作れない後進国が大打撃を受ける。というのが基本的なシナリオ。ちなみに長方形とは現実における第一次産業のことである。
また貿易ゲームでは情報格差も扱っている。例えば「シールを貼ると価値が数十倍になる」という情報は先進国のみに知らされている。先進国は後進国を騙してシールを買い叩いて行く様が見られる。
先にあげたリンクの事例を読んで行くとC君の行動はとりたてて異常ではないということがわかると思う。まあとにかく面白いからさっきのリンク先読んでみてよ。
余談だけど今回色々読んだ中ではこのブコメがすごいなと思った:
razik 検証乙/元ネタブコメでも書いたけど、勝利条件は「自分のチームの所持金が1位になること」なので『世界連合を作って全員同じチームになることで全員勝利した』回があったと講師に教えられたのが今でもすごいと思う。
全員が一位。国の境なく協力できるから最も効率的に生産できる。このゲームの趣旨からみると最高の解答だろうなと思った。
Windfola 唯一の消費材である紙が無限供給・価格変動がない時点で根本的にゲーム性が異なるよね。まあCがそこら辺逆手に取った可能性はあるとは思うけど。
紙(資源)は有限。道具を持っているが紙1枚の先進国と、紙は8枚あるけれども道具はない後進国。
交渉なく進めると資源のない先進国は複雑で価値の高い製品を少量生産し、後進国は価値が低いが道具がなくても作れる長方形を大量生産して生き延びようとする。
そして長方形が市場に溢れて大暴落。この段階になって道具を借りようと交渉すると後進国が先進国に搾取されてしまう。
みたいなかんじですかね。
これらの記事が話題になっているので田舎出身の私の事をここに書いておこうと思う。
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/55353
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/55505
私は今年で30才を迎える正真正銘、東北の田舎底辺校出身、都内勤務の人間である。
私の両親は共に高卒で父親は土木業、母親はスナックのママという家庭に育った。
勉強しろと言われたことは人生で一度もなく、部活動やアルバイトをして早めに社会勉強をしろといって育てられ、中学生の時から新聞配達をはじめ、高校に入ってからはコンビニ、スーパー、引越し屋のアルバイト等をしながらお小遣いを自分で稼いでいた。
テストが赤点であっても宿題をやらなくても怒られることがなく、お小遣いが貰えなかったため自分でアルバイトし、また勉強を疎かにしてバイトを増やしても怒られない家庭だったので、お小遣いが欲しかった私は勉強はまったくせずアルバイトに精を出し稼いだお金はゲームに費やして過ごした。
さらに遡ると小学校低学年の時に分数の計算でつまづいていた私は家で父親に宿題を見てもらおうとしたが「わからないからオレに聞かないで」と一蹴された事もあった。
さてそんな環境で育った私が高校三年生を迎えた時に進路について考える必要性がでてきた、周りの友人に話を聞くとだいたいが就職するか専門学校に進学すると言い、大学に進学すると答えるものはクラスに1、2人くらいだったと思う。
私も友人同様、当時ハマっていた漫画やゲームの影響で車関連の専門学校に進学しようと思ったが家庭の環境がちょうど悪くなっていた時期でもあり進学するのが厳しかったため進学をせず、また就職するわけでもなく、アルバイトして貯めたお金で東京に上京しフリーターになった。
私は当時、専門学校は自分が就きたい職業の専門性を磨くという場所でとても大切な場所だと思っていたのに対し、大学に行く意味というのが全くわからなかった。
大学に行っても中学のように相変わらず”将来役に立つとは思えない”5教科を勉強する場所と思っていたのだった。
そこで、そもそも大学に行く意味がわからない私が、その大学に入るために1年ないし2年かけて大学に入る勉強をするという予備校生に出会ったのだから私にはとても衝撃的な出来事だった。
しかし、それからそのバイト先で出会うさまざま大学生と仲良くなるにつれ自分の考えがおかしかった事に気づかされていく。
そのバイト先では東大生、慶應生、早稲田生、明大生と、日本で上位に位置付けられる大学生達と出会い、仲良くなり、彼らの頭の良さ、教養の高さ、人間性、将来目指している(自分とはまるで縁のない)職業、育ちの良さを目の当たりにしてしまったのだった。
また彼らと話していて大学というのがどういう場所か想像することができ、その中で私がショックだったのが、彼らには当たり前のように配られている弁護士、官僚、新卒で大企業に入るというエントリーチケットを私は持っていないという事だった。
もちろん全員が夢叶うわけではないが、そもそも私は今のままではそのエントリーチケットすら持っておらず彼らとは全く別の人生を歩まないと行けないんだという事実にその時初めて気が付いたのであった。
そもそもそれまではそんな職業に就く人や、目指す人が自分と同い年にいるという事をまったく想像すらできなかったのだ。
医者や弁護士は元より大企業で働くサラリーマンですらどこか異世界の話、自分とはまるで縁のないものと思っていたのだ。(プロ野球選手や芸能人を思い浮かべればわかりやすいだろうか?)
彼らは小中高と勉強をしてきて、当たり前のように塾に通い、進学校に入学し、予備校に入り模試を受け、入試を受けいい大学に入る。
これらが彼らの周りでは至極当たり前のことで、彼らにしてみれば私の方が異端児だったのだ。
その時19才の私は、例えるならレースをしていてスタート地点から1/3程度進んでから貴方が走っているのはコースではないのでコースを外れた地点まで戻ってレースに戻って下さいと言われているようなとても理不尽な感覚に襲われた。(コースアウトしていたのであれば、コースを外れたその瞬間に教えてくれないとあまりに先行者と差がつき過ぎて追いつく事ができないよと)
私の場合はスタートした時点で明後日の方向に走ってしまったか、スタート地点をグルグルと回っていたのだ。
そして世の中の仕組みを教えてくれなかった両親や生まれ育った田舎を恨むようになった。
誰も世の中のルールを教えてくれなかった、知ってさえいれば努力ができたはずだと涙する事もあった。
間はだいぶ端折るが、その後私は一念発起し世間一般にブラックと呼ばれるような待遇の零細企業に就職し、自分で学費を捻出し国立の夜間大学へ通い、無事卒業し、転職をして最終的に東証一部に上場している業界の大手企業に勤める事ができた。
私はまだ人生のやり直しが聞く時期に、たまたま運良くバイト先でそういった人たちと巡り会うことができ、気がつき、努力ができた為、今はそれなりに普通の暮らしを送ることができているが、もしそういった気づきが今だになければ30才の今フリーターを続けていた可能性もある。
世の中には私が若かった頃と同じような境遇の人が沢山いて、そういう人たちに勉強してこなかった自分が悪いんじゃんと一蹴することは簡単だが、そもそも勉強の意義を知らない人は勉強するはずもなく、単に怠けて努力しない人とは違うということである。
そして私は宝くじに当たったのと同じように運良く気がつくことができた為、そこから脱出できたのである。
もし全員が生まれた瞬間に同じカードを配られていたとしたら、それをどう使おうが(または使わないか)は個人の勝手だが、はなから配られたカードが違うのでは理不尽である。
頑張って主張してるとこ申し訳ないが東京が羨ましいなど1回も思ったことが無い。
15年以上前に大学&就職で上京したが、数年経って実家とは全然違う地方都市へ転勤した。何年か勤めてその会社辞めたけど、東京や実家に戻ることなくそのまま住み着いた。
会社に徒歩や自転車で行ける距離の家賃も大したことないし、賃貸嫌なら買っても安いし、車も普通に持てるし、飲んでタクシーで帰っても1000円くらいだし。
ネットのおかげで情報格差はほとんどないし、アマゾンやネット通販使えば必要なものは大抵何でも手に入る。全く困ったことが無い。
どうしても東京に行く必要があったら(仕事とかイベント?)飛行機行けば良いだけで、別に東京に常駐する必要って全然ないと思うけどな?