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はてなキーワード: 家路とは

2022-09-26

人魚の肉と不老不死関係についての話

人魚の肉を食すると不老不死・不老長寿となる」という物語は、八百比丘尼伝説・昔話として有名でもあるし、仮にそれらを読んだり聞いたりしたことは無くても、高橋留美子連作漫画人魚の森』シリーズを読んだから何となく知っているという人も少なくない。

しかし、そもそも何故、人魚の肉を食したら不老不死・不老長寿となるのか?その理由というか説明については、知らない人も多いのではないだろうか。

これを書いている増田が、その理由らしきものについて書かれたもの最初に読んだのは、神話学者大林太良の著書『神話の話』(講談社学術文庫)であった。この現物を、確かに所有しているはずなのに本棚倉庫の中から見つけられないので、ここでは記憶を頼りに大林説を書き起こすが、もしも『神話の話』の現物を持っている人は、そちらを見た方が早い。図書館で探してもよい。

まず、八百比丘尼伝説概要は、大同小異、以下のようなものである。「龍宮の主を助けた漁師が、龍宮に招待されて主から宴などの歓待を受け、家路につく際に主から土産として、人魚の肉を貰い受ける。聞けば、それを食した人は、不老長寿となるという。家に持ち帰ったはいものの、人魚の肉を食べるのに怖気づいた漁師は、いったん戸棚にそれを保管する。しかし、漁師の留守の間に、彼の娘が人魚の肉を食べてしまう。人魚の肉のことを父から聞かされるが後の祭り。はたして、娘は不老長寿となってしまう。父親である漁師も、娘が結婚した夫も、近所の人たちも、漁師の娘が愛した人たちは皆、寿命が尽きて世を去るが、彼女だけは不老長寿の若々しいまま、この世に取り残される。その孤独境遇を嘆いた娘は、仏門に入るものの、その後も長く若々しいままで生き続け、とうとう八百比丘尼(八百歳の尼僧)と呼ばれるようになり、最後洞窟の中に籠もり、人々の前から姿を消す」

大林太良によれば、これと殆ど同じ内容の話が、朝鮮半島平壌仏教寺院伝説として残るという。但し、日本八百比丘尼物語には見られないディテールとして「結婚して夫を迎えたが、子宝に恵まれない」という描写が、朝鮮半島版の物語には有る。

まり人魚の肉を食することによる不老不死・不老長寿の獲得は、生殖能力喪失するというトレードオフになっている。このような不老不死性と生殖能力トレードオフは、八百比丘尼物語にだけ見られることではないことを知っている人もいることだろう。

例えば日本神話では、人間寿命に限りが有る理由として、ニニギノミコトオオヤマツミノカミから娘の女神を嫁に迎える物語が語られる。オオヤマツミには二人の娘、姿形が麗しくないイワナガヒメ、姿形が麗しいコノハナサクヤヒメがいた。ニニギノミコトは、見た目を重視してコノハナサクヤヒメを選ぶが「イワナガヒメを選んでおけば、不老不死でいられたものを」とオオヤマツミノカミから言い渡される。花が咲き、実を成し、種を残して枯れる植物のように、こうして人は有限の寿命となった。岩石のような、長い年月が経過しても残るような不老不死性は、こうして人から失われた。

女性差別侮辱する古語として「うまずめ(=子を産まない・産めない女)」というものがあるが、これを漢字で書けば「石女」である。言うまでもなく、この言葉にはイワナガヒメ(岩石の女神)とコノハナサクヤヒメ(植物女神)の嫁取り物語と同じ考え・物の見方が、素朴な形で反映されている。

昔の人たちが呪術的な発想として、生殖能力の有無と不老不死性を結び付けて考えたであろうという仮説自体は、現代人も自然と受け入れられるであろう。

問題は、何故、人魚イメージ生殖能力の有無が結び付けられたか、その点が定かではないところである。これについて『神話の話』の中で大林太良は、一つの示唆として、中国の人・袁枚(えんばい)の残した『子不語(しふご)』という書物に収められた、次のような挿話を紹介する。

「袁枚の甥が、地方役人として赴任する旅の途上で立ち寄った集落で、住人たちが騒いでいた。何があったのかと尋ねると、その集落に住む或る夫婦の妻の下半身が魚になってしまったという。彼女証言によれば、昨夜は夫と同衾し(夫婦の夜の営みを行い)、眠りについた。夜更け、下半身がむず痒くて堪らず、手で搔いていた記憶があるが、疥癬のように皮膚がポロポロと剥がれ落ちる感触が有った。朝になり、彼女が目覚めた時には、下半身は鱗の有る魚のものになっていたとのことである。剥がれ落ちていたのは、どうやら鱗だったようである

大林太良は、この『子不語』の挿話について、わざわざ夫との同衾について言及しているのは「下半身が魚になる前の女性は、二本の脚を開いて男性を迎え入れる性行為可能であったが、下半身が魚になったことで、脚を開くこと、すなわち性行為不可能状態になった」と言っているのだと考える。そして、人魚の肉による生殖能力喪失も、これと同じ発想なのではないかと言うのである

個人的には、この大林太良説を初めて読んだ時は「ううん、ホンマかいな?」という半信半疑感想であった。しかし『神話の話』を読んでから暫く経過した後、大林説を補助するような話を、別の学者著作で見かけた。が、やはりこの著作も、本棚倉庫で見つけられずにいた。それがつい最近、その本を古本屋発見して再入手した。嬉しい。だから舞い上がって、ここで記念にメモを残そうと思い立ったわけである

件の大林太良の説を補助する記述が載っていたのは、金関丈夫著作木馬と石牛』(岩波文庫)である。ちなみに、解説大林太良その人である

この『木馬と石牛』に収められた「榻(しぢ)のはしがき」という論文が、人魚による不死性と生殖能力喪失イメージの結び付き仮説を補助するような記述を含むものである。この論文は何について書かれたものか、簡単説明すれば、国文学におけるオナニー文学について論じたものである。これは、悪巫山戯で書いているのでも、嘘を書いているのでもない。本当のことである。初めて読んだ時は「お硬い岩波文庫で、こんな珍論文を読めるとは」と、かなり吃驚したものである

本題に入ると、金関丈夫によれば、天明六年の自序がある東井春江による『譬喩尽(たとへづくし)』という俚諺(りげん)辞典の「い」の部には「一夢二千三肛四開(いちむにせんさんこうしかい)」という俚諺(ことわざ)が収められている。その意味は「性行為の中で快感が大きいものランキングベスト4」である。念のために言うと、男性立場でのランキングである。4位の「開(かい)」が「女色すなわち男女の営み」を指す。この「榻のはしがき」の一節を初めて読んだ時「なるほど、『開(かい/ひらく)』の語と『男女の性行為』のイメージは、昔の人の頭の中では自然に結び付いていたのだなあ」と納得し、大林太良説も納得して受け入れられるようになったと、そういった次第である

何?ベスト3の意味が知りたい?いちいち言わなくても、字を見れば薄々察しがつくだろうからかい説明は書かない。なお、同「榻のはしがき」によれば、戦国時代頃に来日したポルトガル人宣教師たちが、布教活動を行うために編纂した日本初の日本語/ポルトガル語翻訳辞書『日葡辞書』には「Xenzuri」という単語が収録されているとのことである

とりあえず『神話の話』も『木馬と石牛』も、どちらも非常に面白い本なので、機会があれば図書館などで探して一読することをお勧めする。

また、人魚の話に関しては、椿のモチーフなど海女文化八百比丘尼伝承などにおける人魚イメージに影響を与えた可能性の話、人魚の肉はフケツノカイ(キュウケツ[9つの穴]ノカイ)すなわちアワビのことではないかという可能性の話など、色々ほかに面白そうな話が有るので、興味が有る人は調べてみることをお勧めする。

木馬と石牛』再入手で舞い上がっている状態で書いたので、乱文になり申し訳ない。とりあえず以上である

2022-09-04

anond:20220904213404

ワイは出掛けた先とかで夕方~夜更けに住宅密集地をフラフラ出歩いて、灯りのともったリビングやらキッチンの窓からもれてくる様子を眺めて、なんかの拍子に産まれ変わったりもしも産まれたのがこの家庭だったらどんな感じの生活だったんだろ…

てな妄想ボンヤリしとながら自分家路へ戻るときロマンにひたってるやで

2022-08-14

女性としての人生を進めてほしかった

まれからずっと実家暮らしで今年34になる

学生時代勉強は程々になんとなくで短大に入り、卒業した後は転職すること無く、大学先生に進められて入った中堅メーカー営業所でずっと営業事務をしている

残業は無いから定時後は即家路につき、夜は母親ご飯を食べたあとはダラダラNetflixを観ながら過ごすだけで無為毎日を反復している

20代の頃は同じ独身友達ランチ夜ご飯に行ったりしたものだが、

歳を重ねるにつね周りの友人も結婚し始め、今はもう遊びに声をかけてくれる人もいなくなった

仕事では中堅メーカー営業所レベルなので事務女性は欠員が生じない限り採用はせず、入社してから誰も辞めなかったため事務の中では私がずっと一番下だ

入社当時からの先輩・大先輩も同じフロアにいるが、私と同じでみんな実家暮らし独身には変わりない

昔はお昼休憩のとき事務同士で少しは会話があったかと思うが、時が経つにつれて自然と会話がなくなり、誰が何しているとかもう知る由もない

仕事場の男性は全国転勤ありで、各地から営業所に配属されている

でもみんな各々家庭を作っており、先週は2年前に配属されたばかりの新人君が朝礼で結婚報告をしていた

仕事でもプライベートでも、歳を重ねるごとに孤立感を感じて心が段々と締め付けられていくのを感じる

普通の人は進んでいくのに、私はマスの無いすごろく無意味に止まれを繰り返している気がする

かといって特に何をするとかは考えていない

私はこれまでのように誰かが私の人生を進めてくれる、流してくれるのを期待しているのかもしれない

2022-06-28

anond:20220620015545

美和子は何とか呼吸を整えようとしたが、うまくできない。息苦しい上に全身から汗が流れ出し、立っているのも辛くなった。

ちょっと、だいじょうぶぅ?」と心配そうに尋ねる時江に対して美和子はかろうじて、声を出した。

大丈夫……」

とだけ。そしてなんとか落ち着きを取り戻すことに成功した。

時江は美和子が落ち着くのを待っているようだ。そして再び話を始めた。

それによると、この黒魔女伝説の発端となる話は約四百年前まで遡るそうだ。この黒魔女伝説の話は様々な文献で紹介されているらしいのだが、古い文献では旧石器時代隕石落下事件に関する記述が最古のものとされているという。この話によると、ある日突然空の彼方から隕石のようなものが大量に降り注いだ。そしてその中には人間死体が含まれていたという話である。当時の人々は混乱状態に陥ったに違いないのだが、その後の調査により、隕石の正体は人間遺体であったということが分かってきた。さらに興味深いことに、この隕石には不思議な力が備わっていたのだ。例えば死者が蘇った事例があるとか……。

この話を聞いたとき、美和子は背筋が凍る思いがした。しかし、この程度の話ではまだ序の口だ。

時江の話によれば、実はこの事件とほぼ同時期に、世界各地で奇怪なことが起こっていたという。ある地域では火山噴火が多発し、また別の地方では巨大竜巻が頻繁に発生した。しかもそれらの自然災害と同じような時期に、ある地域で奇妙な儀式流行したのだという。時江が調べたところ、この謎の流行現象は後に当時そこに生息していた類人猿に引き継がれた、と言うことだ。

まり、時江が見せた凶暴なボノボ写真は、彼女が話した黒魔女伝説元ネタのものということだった。

美和子は恐るおそる聞いてみた。

――それで結局、そのボノボって一体何なの? 時江は言った。

ボノボはかつて類人猿の生き残りであり、黒魔女呪いで凶暴化した、という事だ。時江が見せてくれたあのボノボの群れの中心に映っているのは自分だと確信したが、それを時江には言わないことにした。

時江に余計なショックを与えたくなかったかであるしかし美和子はあることを思い出していた。確か父さんの部屋にある本の中に書いてあったわね……。

それはこんな文章であった。

かつて世界各地の古代遺跡発見された壁画に描かれた怪物達は全て人間脳みそが巨大化したもので描かれており、この巨大な脳内人間を捕食するためのものであって、人間に恐怖を与えることを目的としていたと考えられる……。

美和子は父から教えられた知識必死になって手繰り寄せていた。

そう言えば、この『黒魔女伝説』と『黒魔女の秘法書』が記された時期は一致するんだっけ? 確か、黒魔女人類の天敵のような存在で……そして、『黒魔女の秘法書』の内容は黒魔女に対する畏怖の念が込められているものばかりだったような……

――つまり、黒魔女伝説とは、元々あった『ボノボ伝承』が何かしらの影響を受けて変化してできたものだ、ってことなのね。

美和子はそう考えたのだが、これは大きな間違いだった。そもそもボノボ存在自体がなかったのだから

しかし、時江にとってはどうだったのか分からない。彼女何気なく口にした言葉なのだろうが、この言葉は美和子にとって衝撃的だった。

「じゃあ、あたし、そろそろ失礼するわね」

そう言うと、美和子は部屋から出て行った。

美和子は時江の自宅から逃げるようにして出て行くと、家路についた。

その途中、美和子は違和感を感じていた。誰かに尾行されているような…――誰よ!あたしの後をつけてるのは!! 不安感が頭をもたげてきた。

そして後ろを振り返ると、そこには……見たこともない男が立っていた。

美和子はその男を見てギョッとした。その男は全身黒ずくめなのだ

そして、時折この世のものとは思えない動作を繰り返す…――まるで幽霊みたい……。それに……この目つき……どこかで見覚えがある……。そうだ……あの時のボノボと同じ目をしている……まさか……この男、まさかボノボなの!? その瞬間、美和子は激しい頭痛に見舞われた。

2022-06-20

誕生日。都会で野糞彼女デート

タイトルの通りなのだが、一昨日野糞をしてしまった。

一昨日、私の誕生日ディナーを彼女が開いてくれた。

美味しいお肉をワインで食し、うふふわははと最高のひととき

食事を終え、小雨の中帰りの駅にいっしょに向かう時にそれは起こった。

やつがなんの予告もなしに、ただ物凄い殺気を帯びて出口に忍び寄ってきた。

ヤバい、これは一撃で殺されるやつだ。

すぐに足をとられた。むやみに動くと一気にやられる。動けない。。

「ごめん無理だ」と彼女に告げ、

比較的大きめな道路のに沿った植え込みに

ぷりんと尻を出し、放出

傘をお互いに刺していたので、2本の傘でうんポーズの姿周りは隠せた。

彼女に見守られながらひと通り出し切り、お尻の処理をハンカチで済ませた。

そのあと、近くの某コーヒーショップで、第二波を無事に対処し、糞の後処理をして家路に向かう。

今日は新しい自分誕生日だ」と強がったけど。

涙がこみ上げたので、「手を握って欲しい」とお願いしたら、優しい笑顔で握ってくれた。

色々あったが幸せな30代後半の誕生日だった。

2022-06-04

大麻レビューCherry Pie

はいハイブリッドです。

私の周りの多くは、吸った後行動力を維持できるという理由でindicaではなくsativaを好むようですが、

私にはどちらもすぐ眠くなってしまうのでハイブリッド問題なしです。

購入し、家路に着く前にポチ袋を開けて一呼吸。良い香りです。色合いも期待が持てます

家に帰るといつもの様にヴェポライザーにセット。

ジョイントにはしません。

準備ができて、いただきます

ほのか大麻香りがするだけでクセはありません。

効き目も上々です。

前回はAK47というものを頂いたのですが、香りが悪く(ケミカル臭がする)、効きもあまり良くありませんでした。

栽培方法が悪かったのかもしれませんが、とにかく今回はいい感じで良かったです。

しっかりハッピーな気分になれました。

あと、飲酒時と同じように、大麻を吸って寝落ちすると大体変な時間に起きてやや冷めた頭で水を飲んだり散らかった部屋を片付けたりするのですが、

そういうこともなくぐっすり眠れました。

冪等性があるか、今夜も試してみたいと思います

2022-02-22

anond:20220222152411

試合を終えて家路へ向かうサッカー部員達。

疲れからか、不幸にも

黒塗りの高級車に追突してしまう。

後輩をかばいすべての責任を負った三浦に対し、

車の主、暴力団員谷岡に言い渡された示談の条件とは・・・

2022-02-17

サブカル女子女の子への情愛が醒めた話

話の中で、映画1984」のあるシーンを知らないということがわかって「こんなもんか」と思ってしまった。

サブカル女子として振る舞うならもっと勉強しろよとか思いながら家路についたものだ。

その後、自分自身のこうした考え方に嫌気がさして、私はサブカルの殺し合いの螺旋から降りた。

2022-02-15

近所にできたタコ焼き

年末タコ焼き屋ができた。

割引のチラシがポストに入っていたか

散歩がてら店を覗いてみた。

オープン直後だったので、それはそれは物凄い人が集まり

行列ができていた。

そこまでタコ焼き情熱を持っているわけではないか

まぁ、ここはしばらく経って落ち着いてから買いに行こうと

その日は退散したのであった。

月日は流れ、そろそろ空いてるかなとお店を見てみると

まだまだ大行列ができている。

近所にこんな隠れカンサイジンがいるとは思わなかった。

タコ焼きを定期的に食べないと死んでしまうとは

カンサイジンってなんて不便な生き物なんだろうと

僕はため息をついて、家路に着いたのであった。

2022-01-04

タクシーうんこ漏らしかけた。

年末のことである。私は県をまたぐタクシーに乗って家路を急いでいた。

電車は通っているのだが、親戚に挨拶にうかがおうとしたところ、「コロナが怖い。頼むからタクシーで来てくれ」と懇願された。正直なところ、週に三日は満員電車に乗っているのだから、あと一回電車で行ったところでさほど感染リスクが上昇するとも思えないし、自分はどれほど運転がうまくてもタクシーには酔ってしまう体質なのだが、リスク感覚個人によって違うのだし、ここで言い争って互いに嫌な思いをしてもしかたがない。相手交通費を出すから折れた面もある。私は具合を悪くしながら、「隣の県? あんまり自信ないなあ」などと優しそうだけれども頼りないことを言う運転手さんに道を教えつつ、何とか親戚の家にたどり着いた。

さて、親戚も高齢のためあまり長居して疲れさせてもよくないので、早めに失礼することにした。帰路もタクシーだ。またしても酔った私は、なんとか気分が悪いのをやり過ごそうとぼんやりしていた。すると、みるみる腹が重くなってきた。

特に悪いものを食べたわけでもないのだが、思い当たることがある。私は便秘薬を処方してもらっている。それが月に一度くらい、いったいどうしたのかというほど効く日があるのだ。体が冷えたせいか、何か消化に悪いものを食べたせいかはわからない。ただ不定期的に猛烈にうんこが出るのだ。

職場や家ならそのままトイレに行けばいい。電車なら降りればいい。しかしここは密室である。私は訪れた猛烈な便意に脂汗を流していた。外の景色を眺め、スマホ地図を呼び出し、あと何分で駅にたどり着けるかを考えていた(帰りがてら買い物をするつもりだったのだ)。ここで漏らしたら運転手さんにどんでもない迷惑をかけることになるだろう。クリーニング代を払わなければならないし、うんこ臭い車に乗った運転手さんもつらい。困ったことに私は体調の悪さが顔に出ないものから運転手さんはいたって冷静に運転している。

どれほど経ったことだろうか、景色が見慣れたものに変わってきた。しかしま安心はできない。どこで渋滞に巻き込まれるか分かったものではないからだ。とはいえ、この日の私は幸福だった。まもなく駅にたどり着き、震える手で運賃を払い、スーパートイレへとぎこちない足取りで急いだ。こういうとき肛門に刺激を与えると暴発するので走れない。だから奇妙な足取りとなる。

踏ん張るどころか、ちょっと肛門を緩めて出てきた便ははじめが硬く、中ほどは適度、終わりはひょろひょろとした軟便だった。いつものパターンだ。どう頑張ってもこういう悪玉菌の多そうなうんこばかり出る。それから私は便座に座ってしばし呆然とし(外に並んでいる人はいなかった)、運転手さんには、有料道路に乗っていたとはいえ、途中で降ろしてもらうように頼めばよかったと判断ミスを悔やんだ。

その夜は便秘薬を一回分スキップした。

2021-11-01

彼は自分の思っていることを一切言わなかった。というより何も思っていなかったので、主張して伝えることが一切存在しなかった。

お前の考えていることがわからんと口々に言われた。実際何も考えていなかった。

持ち前の勘の良さと運の良さだけでもって生れてから現在までの時間を流されてきた。

ある時オズの魔法使いの劇を観た。自分も何かが欲しいような気がしたが、何かを記憶するのは彼にとっては大変難しいことだったので、家路を歩いている間に劇を観に行ったことすら忘れていた。

彼は17の時に兄に連れられ風俗街で童貞を捨てた。と言っても、娼婦の思わず賞賛拍手が巻き起こるほどの意地の力でわずかにそれに使える硬さを得た逸物を強引にねじ込まされ、そしてそのまま引っこ抜くついでに突き飛ばされただけだったが。

彼の仕事はといえば、市長代理議会椅子に座らされ、だれが作ったかからない台本に書かれたYESやNOやSUREなどのごくごく短い文字を誰だか知らない連中から質問に対して上から順に読み上げていくことだった。なぜこんな役職についているのか彼自身も周囲の人々も知らなかったが、ただ彼の第六感が粛々とすべての運命を決めていた。

彼の22歳の誕生日の日、その茶番を終わらせるべく怒れる市民たちが議会なだれ込んできたが、その凶兆10年前から受け取っていた彼だけはその日自宅で妹相手カメムシ触角を使ってでっちあげた数学を教えることで免れていた。

30歳の春の日、彼は妹の結婚式最中に、突然走って出て行って、町の西側にある断崖をよじ登り、そのままそこで暮らし始めた。誰にもその行動の意味は分からなかったが、とにかく何かの前触れだということで、町はそっくりそのまま断崖の上に移動した。

その頃ようやく彼の頭の中に記憶を留めておくための文鎮や何かを感じたり思ったりするための風見鶏が置かれ始めた。それをこしらえたのも第六感の仕事だった。

彼は言った。

「この崖は町の重さに耐えきれずもうすぐ崩壊する。皆必要ものだけ持ってできるだけそっと降りるように。」

そうして断崖は乗せていた家々もろとも粉々になった。崩れる土砂からくる風で、彼はオズの魔法使いのことを思い出した。夜になって家を失った人々が肩を寄せ合ってふて寝しているのを横目に、崩れた土砂を登って姿を消した。

2021-09-24

はじめて風俗に行った話

スペック



9月ともいうのに真夏のような日差しが照り付ける日だった

私はこの日、その場所に向かうために徒歩を選択したこととても後悔していた

流れゆく汗は私の視界を奪い、それを抑えるためにコンビニポケットティッシュを買ったほどだ

それでも時間には少し早く到着してしまったため、一度ゲームセンターに赴き、「機動戦士ガンダムエクストリームバーサス」をプレイする

……メイン横特射特射後BD格闘CSメイン、そんな単純コンボさえもう当たらないこのゲームを私がいまだにやる意味があるのだろうか、そんなことを考えながらいつもプレイする

せっかくだから追加された特格のアシストも使ったり、もうちょっと下サブのフィンファンネルバリアをうまく扱えればよいのだが、私の脳では、もはや無理だ

2プレイほど終わらせた後、急いでラブホに向かう

約束時間を経過しようとしているためだ

この向かっている間にも燦燦と照り付ける太陽がにくましい

ラブホに入り、受付で部屋を用意してもらう

受付のお姉さんが安い部屋と高い部屋のどちらにするかと訊いてくる

200円ほどしか違いがない、それなら別に高いほうを選んでもよいだろう

適当会計を済ませ、部屋の鍵とレディース用のポイントカードを貰って部屋に向かい、お店へ電話する

その女性は、すぐ向かうそうだ

女性が到着するまでの20分ほど、私はいろいろと考えた

このままの恰好でお会いしてもよいだろうか

そもそも今日については男装をするべきではなかっただろうか

この二の腕のムチムチ感はいつになったら消えるのだろうか、はたまた消えるようなことはあるのだろうか

部屋にファミマ入店音が鳴る、どうやら女性が到着されたようだ

私は部屋の鍵を外し、扉を開ける

こんにちは

第一声はそんなものだったと思う

その女性は、ひどく驚いた顔をして言う

「え、女性の方ですよね……?」

この最初の反応も、私はもう慣れている

この声のほうが理解いただけますか?」

あえて作った、輪るピングドラム渡瀬眞悧のようなテイストの声で返す

その方が、シビレるだろう?

「あ、なるほど……」と言ったような顔をし、そのままその女性は部屋に入ってくる

入室後から、まず決済を行い、そこから女性はお店へ連絡する

そして、他愛のない会話が始まる

私が昔ニューハーフヘルスの嬢だったことも話したし、私の肌がきれいと褒められたり

あるいは、女性洗顔方法をこだわっている話をしたと思う

私は女性と話すたびに、いろいろな美容の話が聞けるのが好きだ

少なくとも私は能動的にそのような情報を取り入れに行ったりはしないが、他人からそういう情報を取り入れて、自分の中でアッセンブルしていく……

そういったインプットからアウトプットまでの一連の行為が好きだ

今日、どうなさいます?こんな風にしゃべって終わりにします?」

女性がそう尋ねる

私は正直、こんな風にダベって終わりでもよかった

でも、「せっかくだから」と魔が差し

私は、弱い

せっかくだから、お風呂入れますね」

はい

私はその辺はどうでもよかった

でも、大きく脚が伸ばせるお風呂というのはい

「それにしても本当に綺麗ですね」

この女性、いろいろと褒めてくれる

正直、照れる

「でも、二の腕とかもうプロレスラーみたいになってしまっていて、どうにかしようと、今ダイエットしているんですよ」

そんな話をすると、いろいろとダイエット美容知識を授けてくれた

ジムに週3通って、食生活も見直すこと

それがしんどいなら、「オートファジー(16時間断食ダイエット)」をすること

アトピー性皮膚炎がひどいなら、小麦のようなグルテン性の食べ物よりも、白米を食べること

どれもすべて、わかっている

わかっているけど、改めて指摘されると、そんなこともできていないんだなぁという気持ちになる

私は、弱い

一緒にお風呂に入る

さすがに二人並んで入るには狭いお風呂だったので、私が下で、女性が上になる

私は、純粋に、女性を抱きしめる

私が求めていたのは、純粋にはこれだけではあったのだから

きっと、寒かっただろう、なるべくお湯をかけてあげる

ひとしきり湯舟に浸かったあと、洗体に入る

洗体とは重要だ、その人の性感帯を簡単にチェックすることができるし、使用することになるであろう性器のものにケガなどがないかをチェックできるためだ

少なくとも私はそう教えられてきたし、彼女もまた、おそらくそれにならって洗体している

風呂から上がった後、そのままベッドに入る

女性は部屋の電気を消していく

一つずつ、その灯りを落とす照明たち

そのまま、私はその女性身体にすべてを委ねていった……

私は行為中、何度も女性に「これして大丈夫ですか?」「痛くないですか?」と確認していた

とうとう、それにその女性が笑い出した

私もそれにつられて笑ってしまったが、そのまま行為を続けていく

女性が達した後、こんなことを言われた

あなたは優しいから、人以上の気配りをしようとしてしまう、それがあなたのつらさの原因じゃないの?」

そう言われてハッとした

私は表面上でしか優しくないのだと思っていた

から、私の手のひらは焼けるように熱いのだと

そして、私は、やはり達することができなかった

今に始まったことじゃなくって、男性相手でも女性相手でも、達したことほとんどない

それについては諦めていた

私は、ハグさえあれば、ほんとうはそれでよかったのだ

終了の電話が鳴る

気の毒なように私を見る女性

でも、私は主目的を達成できたので、もはやそれについてはどうでもよかった

ラブホを一緒に出て、先ほどのダイエットの話の確認と、今晩の鬼退治アニメ特集の話をして、別れた

私はもう一度、この女性時間を買うことができるだろうか、そんなことを考えながら私は家路についた

私は俗にいうスケベの部類だと思う

主原因は父親にある、と私は思っている

朝起きてリビングに行けばテレビではAVが流れていたし、それを勝手に止めると父親が何を言うかがわからなかったため、そのままにして朝食を摂ることもしばしばだった

から父親と同じ巨乳女性性的趣向を持ったし、しかし一方で、ち〇この大きい、細マッチョ男性にも惹かれた

そして、父親母親も私を愛さなかった

私の妹は昔から文武両道を地で行くような女だった

おそらく、私が父方の祖父母に贔屓されていたからだと思う

そんな妹のことを、両親は厚く応援した

私に渡された昼食が、500円玉だけのこともあった

妹が旅行に行くといえば両親はついていき、私がペットとの留守番を行うだけの日もあった

父方の祖父母の元から離れて引っ越しをした後、それらは顕著になった

しかたらこのころからかもしれない、私が女性であればと強く思うようになったのは

破綻した夫婦関係も、もしかしたら私が父親とヤれば、なんとかなったかもしれないとさえ思った

はいつのころからか、他人を抱きしめ、抱きしめ返されないと心が疲れるようになってしまった

今、確信をもって言うとすれば、私は両親からそれをして欲しかったのだと考える

でも、私にはそんな両親はもうどこにもいない

私はこのハグ無償で受けられるようになるまで、きっと月一程度で今回のようなことを繰り返すのだろうと思う

私は、弱い

でも、誰かを傷つけるよりはマシなのだろうと思えればこそ、この選択を行うだろう

2021-06-12

黙食

1年以上ぶりで好きなラーメン屋に行ったんだが、神妙に全部のせのラーメンを待っていると、隣に座った二人組の阿呆がベラベラしゃべった挙句ラーメン食べながら咳き込んだりして気が気ではなかった。

ラーメンは美味しかったが、とても沈んだ気持ち家路についた。

2021-06-07

anond:20210607105039

万引なんてしなさそうなやつがなぜか盗むからリアリティあるんだ

ビックリマンに興味もない姉がいきなりビックリマンシールを盗もうと提案したという馬鹿力の投稿ネタがいまも忘れられない

小2の時仲のよかったHと悪ガキの柿崎の3人で僕の家で遊んでいました。Hはたくさんビックリマンシールを持っていて、その日もたくさんビックリマンシールのあるアルバムを持ってきていました。Hが熱心にファミコンをしているときに急に僕の小5の姉が部屋に入ってきて、僕と柿崎廊下に呼んで「あいつのビックリマンシール、ぬすまねえ?」と言い出しました。柿崎はすぐに了承に、僕もHのビックリマンシールは魅力的だったので、こっそり抜き取り山分しました。その後のHtono関係結構普通でした。今不思議に思うのは、なぜビックリマンシールに何の興味もない姉があのとき悪魔のようなささやきをしてきたのかのみです。

スペイン太郎さん)

http://ijuinmania.blog84.fc2.com/?m2=form&no=1258



てかビックリマン子供犯罪者にしすぎ

小学校6年生の頃、その頃はよく甥っ子の年下のR君の家で遊んでいました。その日R君の家で遊んでいるとその頃大流行だったビックリマンシールが大量に出てきました。僕が「へえ、こんなにたくさん持ってるんだ。あ、僕の持っていないヘッドもある」というと、「ヘッド以外だったらダブってるやつあげるよ」と言ってくれ、僕の持っていない天使・お守り・悪魔などをもらいました。そのときはそれで家に帰ったのですが、しばらくしてどうしても欲しいヘッドがあり、必死チョコを買いシールをゲットしていったのですがどうしても出ません。少ししてR君の家に行くと僕の欲しかったヘッドはそこにあります。その夜R君のおばさんから電話があり、「ビックリマンワンダマリアとやらがないんだけど知らない?」と言われました。僕は「知らない。ワンダマリアなんて見たこともない」と言ってその電話は終わりました。ワンダマリアはいまだに僕の宝箱の中に大切に入っています。ちなみにR君の家とはいまだに交流があり、R君はこの番組をきいています。R君、本当にごめんなさい。本当に。

(イクオさん)

5・6年前の小学校ンのときビックリマンが僕ら小学生の間で再びブームとなっていました。休み時間の話は「ビックリマンスーパーゼウスがでない」や「帰りに駄菓子屋協同で箱買いしよう」という話。しかし興味もお金もなかった僕はその話についていけませんでした。ある日教室はいると男子の人だかりができています。なんだろうと見てみると、貧乏でそんなに目立たないS君の手にきらきらしたものがもたれています。そう、それはめったに出ず、店に行くと高額で取引されているスーパーゼウス。僕とS君は貧乏仲間で「俺たちはあんブームには流されない」と言っていたはずなのに。S君はたまたま母親のお遣いでいった買い物のお釣りでかったビックリマンで1発ゼウスを引き当てて一役ヒーローになっています。それにくらべて僕はちょろちょろはえてきたチン毛を風呂場でそったりそらなかったり。そりゃ体育の時間に「腹痛いかトイレいってきます」というフリをして忍び込んで盗みますわ。その後帰りの会で僕が疑われましたが「あいつはビックリマンを集めていないから違う」という理由でシロと断定されました。

フランケンさん)

(上記URLと同じ)

 私は、両親のお金に手を付けた事はありませんが、強いて言えば私が小学校低学年の頃、当時の私の頭の中はビックリマンシールで一杯でした。友達と話す事もいかにたくさんの種類のビックリマンシールを持っているかでした。

 しかし、1個30円とはいえ小学生の私のお小遣いなどで買える数はたかが知れていました。

 そこで結成したのが『ビックリマン盗賊隊』。友人2人とコンビニに入り、パンツの中にビックリマンチョコを忍ばせて出てくる、これを繰り返すおちゃめな隊でした。

 運がいい事に半年ほどやって1度も捕まった事はなく、気を良くした私たちはいしか大胆になっていきました。

 そんなある日、家の近くのこども銀行のお札を「毎度どうも」と言って受け取る老人のお菓子屋さんで、私はいもの行動に出ようとしていました。

 これまでも何度かやった事がある通り、その老人の目を盗み、いつものように物色。パンツに5個のビックリマンを入れ、出口を出ようとしたその時、老人が静かに言った言葉

 「お姉ちゃん今日はいくつパンツに入れたの?今日は見てなかったから教えといて。あとでまた、お母さんの所にお金もらいに行かなきゃならないから。」

 みんな知ってたのかぁ…。

 次の瞬間、老人の前でパンツからビックリマンを出すと、涙をポロポロこぼしながら「でもね、私にも色々あるから…。」と訳の分からない事を言い、近くのほら穴で泣きました。

 (江東区PN:生肉)

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 あれは私が小学校2、3年生ぐらいの時です。当時私たちが集まっていたら、それはビックリマンシールの交換会でした。学校男子生徒のほとんどが集めていましたが、私とそのT君を含む6、7人ほどのグループが一番熱狂的でございました。

 ある日、緊急招集がかけられ、私は弟を連れてその公園に行きました。そこでT君が皆に見せたのは伝説と化した『お守りシール』でした。その『お守りシール』はうちの学校では誰も持っていない物で、もう船橋市にはないと言われておりました。

 「手、手にとって見せて。」と言う僕に「ああ、いいよ。」T君は迷わず貸してくれました。

 手に取った瞬間、これまでの苦労が走馬灯のように甦りました。バカな噂に流されて隣町のガードを越えたデイリーストアーのレジの横に置いてある箱の右の列の後ろから5番目のチョコを買ったり、そういった事でした。

 そしてその苦労と同時に私の中に1つの考えが浮かんでしまいました。

 「何で、何であんなに苦労した僕が手に入れられなくて、Tは手に入れられたんだ。」

 そう思うや否や、私はそのシールを持って走ってしまいました。

 逃げおおせて、アパート階段の下に隠れて、改めてそのシールを眺めました。と同時に凄い事に気が付きました。

 明日学校に行ったら、T君や他の皆に出会ってしまうじゃないかということです。この疑問は幼い僕を悩ませました。

 そして5分後、今日の夜12時までに取り返されなければ時効だと自分を納得させました。つまり今日1日安全な所にいればいいんです。

 私は家路を急ぎました。

 家まであと数mとなった時、後ろで叫び声が。

 「いたー!追いかけろー!」

 なんと、私包囲網が出来ていたのです。

 後からわかったのですが、その包囲網はT君達5、6人がクラスの皆に声をかけ、この時既に20人ほどに膨れ上がっていました。

 1時間ほど逃げましたが私は逮捕され、窃盗品は押収されました。

 しかしT君は泣いていました。僕も自分が悲しくなったのでしょう、涙を流して「ゴメン、もうしないから、もうしないから」と謝りました。それ以来、「もう人の物は盗らない」と心に決めました。

 僕は心晴れ晴れと家に帰りました。

 しかし、「ただいまー。」元気良く家のドアを開けると、なぜか母親閻魔様の乗り移ったような顔で仁王立ちです。

 「あんた、T君のビックリマンシール盗ったんですって?」と言います

 僕は「お母さんがその事を知ってるわけはない、お母さんがその事を知ってるわけはない」と思い、

 「知らないよ。」

 そう言った瞬間、私は玄関に倒れていました。

 「本当の事を言いなさい。盗ったの?」

 母親の顔はマジです。もし「盗った」と言ってしまったら、もう1発、今度は正拳が飛んできそうな雰囲気でした。幼い僕はもうシラを切りとおすことを選択しました。

 「違ーう!T君のシールを宝物ということにして、皆で軽ドロ、軽ドロをしてたんだ!」

 完璧な話だと思った瞬間、弟が後ろからナイスアシスト

 「違うよ、クラス人達が言ってたよ。お兄ちゃん盗ったんだよ。」

 私は倒れました。

 「あんウソまでつくのかい!あたしがいつこんな事を教えたの?今から一緒にT君の所に謝りに行くんだよ。」

 私はつい20分前に泣いて友情を確かめ合ったT君の家に、また泣きながら謝りに行くという惨めな思いをしました。

 私はこの事件の後、人の物を盗む事・ウソをつく事を絶対にやらないと誓いました。

 (北区PN:スタン大先生)

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寒い夜だから

耳が凍るほど冷たい夜

街灯の光も温もりがない

足早に急ぐ家路

爪先がじんじんする

マフラーの間から零れた息が白く染まる

はやく家に帰らなきゃ

自販機に小銭を入れて

ホットココアを買う

ガコンという温かさを

喉の奥に流し込んで

しまい忘れた今日の悲しみを

そっとポケットに戻して

玄関のドアを潜ったら

じんわり体が痛くなる

今日の夕飯なあにと言うと

油がパチパチ鳴り響く

食卓にあるのは

大皿山盛りの唐揚げ

白いご飯に熱々唐揚げ

から冬はやめられねえぜ

2021-04-16

マンボーが神奈川に来る前にっていうことで飲みに行った帰り道

電車では学校帰りの高校生家路についてる頃なわけよ。

こいつらは緊急事態宣言だろうがまんぼーだろうが毎日学校行って帰ってを繰り返すしかやりようがない。

いったい今学校日本社会に対してどんな思いを抱いているんやろうな。

まれ時代が悪すぎたんやな…

2021-04-01

anond:20210401185322

試合を終えて家路へ向かうサッカー部員達。

疲れからか、不幸にも増田社長に追突してしまう。

後輩をかばいすべての責任を負った三浦に対し、増田が言い渡した示談の条件とは・・・

2021-03-23

俺がかずさで雪菜が奴で

初めて、好きな人ができた。

ファーストコンタクト。垢抜けない奴らばかりのこの大学で、彼女はひときわ輝いて見えた。一生交わることのない生き物だと本能が感知していた。それなのに……

気づくと彼女は側にいた。人生のままならなさを共に嘆き、互いのアイデンティティについて語り合った。僕はいつの間にか彼女のことしか考えられなくなっていた。

初めての恋を自覚した瞬間、僕の精神は入れ替わったかのように組変わった。僕はエロゲーマーとして覚醒していた。オタクとして限界を感じていた当時の僕。自分の好きそうなアニメ漫画ほとんど触れてきたという感触があった。残った領域エロゲ。何をやってもハマれないのに積みゲーけが増えていった。それが恋愛感情がわかった瞬間、突然アクセス可能になる。水を得た魚のように貪った。

WHITE ALBUM2は三本目のエロゲだった。

「嫌ってないくらいであたしの心を乱すな! あんな、期待させるような、手を伸ばせば届くって錯覚させるような…」

「想い続けることに意味価値も望みもなくて、だから、いい加減疲れて馬鹿馬鹿しくなって、そう思えたらあとはもう懐かしい笑い話だって…」

かずさが紡ぐ言葉は、まるで僕の気持ちを代弁してくれてるかのようで、夢中になってテキストを読み進めた。

かずさは、俺のことを全部わかってくれてるんだ……。かずさは……俺だ!俺はかずさだったんだ!

かずさとの繋がりを感じる日々。そして、彼女彼氏がいることがわかった時には僕のかずさとのリンクは完成された。

僕は雪菜でオナニーをした。雪菜の女性としての魅力とあの子彼氏男性としての力の大きさを重ねながら。雪菜の方に行ってしまう春希の心をかずさの身体に持ち帰る。無力感に苛まれて火照る身体。かずさ、君もこんな気持ちだったんだね。雪菜には僕も勝てそうにないよ。

かずさの苦しみをこの身に引き受けて、僕の精神は次第に悪化していく。抗うつ剤も効かなくなった。そう、想い続けることに意味価値も望みもない。春希は雪菜を愛してるんだ。雪菜なしでは生きていけないんだ。そのことに本当に気づいたとき、あの子と別れて家路を急ぎながら大声で泣いた。

頭が逆さになる感覚。どっちが右でどっちが左なのかもわからない。俺は……誰だ……?かずさはどこにいるんだ……?

かずさ!かずさかずさかずさ!!

気づけばかずさがどこにもいなくなっていることに気づく。そうか……俺はかずさじゃなかったんだ。かずさは最初から他人だったんだ。

僕は泣いた。かずさを失ってしまたことが悲しくて悲しくて……。いつも隣にいたかずさ。僕と同じ気持ちを感じてくれていたかずさ。みんな全部幻想だった。長い夢に過ぎなかった。

翌日、あの子に対する恋情がきれいに無くなっていることに気づいた。かずさを失った喪失感けが心を占めている。どうして俺がかずさと分かたれなきゃいけないんだ。かずさとずっと一緒にいたかった。

僕のあの子への恋はとっくの昔に終わっていたんだと思う。かずさとのリンクを保ち続けたばかりに僕の感情の中心は気づかないうちにかずさの方に移動を完了していたのだろう。これを書いている今となっては、かずさを失った悲しみが懐かしさに変わりつつある。

かずさと繋がっていたあの幸福―――。

雪が降りしきる。全てが凍った世界でただ一つ、ただ一人だけが僕を暖めてくれていた。あの人肌の温もりを、繋がりを、次はいつ感じることができるんだろう――――――。

2021-03-22

赤い部屋

異常な興奮を求めて集った、七人のしかつめらしい男が(私もその中の一人だった)態々わざわざ其為そのためにしつらえた「赤い部屋」の、緋色ひいろの天鵞絨びろうどで張った深い肘掛椅子に凭もたれ込んで、今晩の話手が何事か怪異物語を話し出すのを、今か今かと待構まちかまえていた。

 七人の真中には、これも緋色の天鵞絨で覆おおわれた一つの大きな円卓子まるテーブルの上に、古風な彫刻のある燭台しょくだいにさされた、三挺さんちょうの太い蝋燭ろうそくがユラユラと幽かすかに揺れながら燃えていた。

 部屋の四周には、窓や入口のドアさえ残さないで、天井から床まで、真紅まっかな重々しい垂絹たれぎぬが豊かな襞ひだを作って懸けられていた。ロマンチック蝋燭の光が、その静脈から流れ出したばかりの血の様にも、ドス黒い色をした垂絹の表に、我々七人の異様に大きな影法師かげぼうしを投げていた。そして、その影法師は、蝋燭の焔につれて、幾つかの巨大な昆虫でもあるかの様に、垂絹の襞の曲線の上を、伸びたり縮んだりしながら這い歩いていた。

 いつもながらその部屋は、私を、丁度とほうもなく大きな生物心臓の中に坐ってでもいる様な気持にした。私にはその心臓が、大きさに相応したのろさを以もって、ドキンドキンと脈うつ音さえ感じられる様に思えた。

 誰も物を云わなかった。私は蝋燭をすかして、向側に腰掛け人達の赤黒く見える影の多い顔を、何ということなしに見つめていた。それらの顔は、不思議にも、お能の面の様に無表情に微動さえしないかと思われた。

 やがて、今晩の話手と定められた新入会員のT氏は、腰掛けたままで、じっと蝋燭の火を見つめながら、次の様に話し始めた。私は、陰影の加減で骸骨の様に見える彼の顎が、物を云う度にガクガクと物淋しく合わさる様子を、奇怪なからくり仕掛けの生人形でも見る様な気持で眺めていた。

 私は、自分では確かに正気の積りでいますし、人も亦またその様に取扱って呉くれていますけれど、真実まったく正気なのかどうか分りません。狂人かも知れません。それ程でないとしても、何かの精神病者という様なものかも知れません。兎とに角かく、私という人間は、不思議な程この世の中がつまらないのです。生きているという事が、もうもう退屈で退屈で仕様がないのです。

 初めの間うちは、でも、人並みに色々の道楽に耽ふけった時代もありましたけれど、それが何一つ私の生れつきの退屈を慰なぐさめては呉れないで、却かえって、もうこれで世の中の面白いことというものはお仕舞なのか、なあんだつまらないという失望ばかりが残るのでした。で、段々、私は何かをやるのが臆劫おっくうになって来ました。例えば、これこれの遊びは面白い、きっとお前を有頂天にして呉れるだろうという様な話を聞かされますと、おお、そんなものがあったのか、では早速やって見ようと乗気になる代りに、まず頭の中でその面白さを色々と想像して見るのです。そして、さんざん想像を廻めぐらした結果は、いつも「なあに大したことはない」とみくびって了しまうのです。

 そんな風で、一時私は文字通り何もしないで、ただ飯を食ったり、起きたり、寝たりするばかりの日を暮していました。そして、頭の中丈だけで色々な空想を廻らしては、これもつまらない、あれも退屈だと、片端かたはしからけなしつけながら、死ぬよりも辛い、それでいて人目には此上このうえもなく安易生活を送っていました。

 これが、私がその日その日のパンに追われる様な境遇だったら、まだよかったのでしょう。仮令たとえ強いられた労働しろ兎に角何かすることがあれば幸福です。それとも又、私が飛切りの大金持ででもあったら、もっとよかったかも知れません。私はきっと、その大金の力で、歴史上の暴君達がやった様なすばらしい贅沢ぜいたくや、血腥ちなまぐさい遊戯や、その他様々の楽しみに耽ふけることが出来たでありましょうが、勿論それもかなわぬ願いだとしますと、私はもう、あのお伽噺とぎばなしにある物臭太郎の様に、一層死んで了った方がましな程、淋しくものういその日その日を、ただじっとして暮す他はないのでした。

 こんな風に申上げますと、皆さんはきっと「そうだろう、そうだろう、併し世の中の事柄に退屈し切っている点では我々だって決してお前にひけを取りはしないのだ。だからこんなクラブを作って何とかして異常な興奮を求めようとしているのではないか。お前もよくよく退屈なればこそ、今、我々の仲間へ入って来たのであろう。それはもう、お前の退屈していることは、今更ら聞かなくてもよく分っているのだ」とおっしゃるに相違ありません。ほんとうにそうです。私は何もくどくどと退屈の説明をする必要はないのでした。そして、あなた方が、そんな風に退屈がどんなものだかをよく知っていらっしゃると思えばこそ、私は今夜この席に列して、私の変てこな身の上話をお話しようと決心したのでした。

 私はこの階下のレストランへはしょっちゅう出入でいりしていまして、自然ここにいらっしゃる御主人とも御心安く、大分以前からこの「赤い部屋」の会のことを聞知っていたばかりでなく、一再いっさいならず入会することを勧められてさえいました。それにも拘かかわらず、そんな話には一も二もなく飛びつき相そうな退屈屋の私が、今日まで入会しなかったのは、私が、失礼な申分かも知れませんけれど、皆さんなどとは比べものにならぬ程退屈し切っていたからです。退屈し過ぎていたからです。

 犯罪探偵遊戯ですか、降霊術こうれいじゅつ其他そのたの心霊上の様々の実験ですか、Obscene Picture の活動写真や実演やその他のセンジュアル遊戯ですか、刑務所や、瘋癲病院や、解剖学教室などの参観ですか、まだそういうものに幾らかでも興味を持ち得うるあなた方は幸福です。私は、皆さんが死刑執行のすき見を企てていられると聞いた時でさえ、少しも驚きはしませんでした。といいますのは、私は御主からそのお話のあった頃には、もうそういうありふれた刺戟しげきには飽き飽きしていたばかりでなく、ある世にもすばらしい遊戯、といっては少し空恐しい気がしますけれど、私にとっては遊戯といってもよい一つの事柄発見して、その楽しみに夢中になっていたからです。

 その遊戯というのは、突然申上げますと、皆さんはびっくりなさるかも知れませんが……、人殺しなんです。ほんとうの殺人なんです。しかも、私はその遊戯発見してから今日までに百人に近い男や女や子供の命を、ただ退屈をまぎらす目的の為ばかりに、奪って来たのです。あなた方は、では、私が今その恐ろしい罪悪を悔悟かいごして、懺悔ざんげ話をしようとしているかと早合点なさるかも知れませんが、ところが、決してそうではないのです。私は少しも悔悟なぞしてはいません。犯した罪を恐れてもいません。それどころか、ああ何ということでしょう。私は近頃になってその人殺しという血腥い刺戟にすら、もう飽きあきして了ったのです。そして、今度は他人ではなくて自分自身を殺す様な事柄に、あの阿片アヘン喫煙に耽り始めたのです。流石さすがにこれ丈けは、そんな私にも命は惜しかったと見えまして、我慢我慢をして来たのですけれど、人殺しさえあきはてては、もう自殺でも目論もくろむ外には、刺戟の求め様がないではありませんか。私はやがて程なく、阿片の毒の為に命をとられて了うでしょう。そう思いますと、せめて筋路の通った話の出来る間に、私は誰れかに私のやって来た事を打開けて置き度いのです。それには、この「赤い部屋」の方々が一番ふさわしくはないでしょうか。

 そういう訳で、私は実は皆さんのお仲間入りがし度い為ではなくて、ただ私のこの変な身の上話を聞いて貰い度いばかりに、会員の一人に加えて頂いたのです。そして、幸いにも新入会の者は必ず最初の晩に、何か会の主旨に副そう様なお話をしなければならぬ定きめになっていましたのでこうして今晩その私の望みを果す機会をとらえることが出来た次第なのです。

 それは今からざっと三年計ばかり以前のことでした。その頃は今も申上げました様に、あらゆる刺戟に飽きはてて何の生甲斐もなく、丁度一匹の退屈という名前を持った動物ででもある様に、ノラリクラリと日を暮していたのですが、その年の春、といってもまだ寒い時分でしたから多分二月の終りか三月の始め頃だったのでしょう、ある夜、私は一つの妙な出来事にぶつかったのです。私が百人もの命をとる様になったのは、実にその晩の出来事動機を為なしたのでした。

 どこかで夜更しをした私は、もう一時頃でしたろうか。少し酔っぱらっていたと思います寒い夜なのにブラブラと俥くるまにも乗らないで家路を辿っていました。もう一つ横町を曲ると一町ばかりで私の家だという、その横町何気なくヒョイと曲りますと、出会であいがしらに一人の男が、何か狼狽している様子で慌ててこちらへやって来るのにバッタリぶつかりました。私も驚きましたが男は一層驚いたと見えて暫く黙って衝つっ立っていましたが、おぼろげな街燈の光で私の姿を認めるといきなり「この辺に医者はないか」と尋ねるではありませんか。よく訊きいて見ますと、その男自動車運転手で、今そこで一人の老人を(こんな夜中に一人でうろついていた所を見ると多分浮浪の徒だったのでしょう)轢倒ひきたおして大怪我をさせたというのです。なる程見れば、すぐ二三間向うに一台の自動車が停っていて、その側そばに人らしいものが倒れてウーウーと幽かすかにうめいています交番といっても大分遠方ですし、それに負傷者の苦しみがひどいので、運転手は何はさて置き先ず医者を探そうとしたのに相違ありません。

 私はその辺の地理は、自宅の近所のことですから医院所在などもよく弁わきまえていましたので早速こう教えてやりました。

「ここを左の方へ二町ばかり行くと左側に赤い軒燈の点ついた家がある。M医院というのだ。そこへ行って叩き起したらいいだろう」

 すると運転手はすぐ様助手に手伝わせて、負傷者をそのM医院の方へ運んで行きました。私は彼等の後ろ姿が闇の中に消えるまで、それを見送っていましたが、こんなことに係合っていてもつまらないと思いましたので、やがて家に帰って、――私は独り者なんです。――婆ばあやの敷しいて呉れた床とこへ這入はいって、酔っていたからでしょう、いつになくすぐに眠入ねいって了いました。

 実際何でもない事です。若もし私がその儘ままその事件を忘れて了いさえしたら、それっ限きりの話だったのです。ところが、翌日眼を醒さました時、私は前夜の一寸ちょっとした出来事をまだ覚えていました。そしてあの怪我人は助かったかしらなどと、要もないことまで考え始めたものです。すると、私はふと変なことに気がつきました。

「ヤ、俺は大変な間違いをして了ったぞ」

 私はびっくりしました。いくら酒に酔っていたとは云いえ、決して正気を失っていた訳ではないのに、私としたことが、何と思ってあの怪我人をM医院などへ担ぎ込ませたのでしょう。

「ここを左の方へ二町ばかり行くと左側に赤い軒燈の点いた家がある……」

 というその時の言葉もすっかり覚えています。なぜその代りに、

「ここを右の方へ一町ばかり行くとK病院という外科専門の医者がある」

 と云わなかったのでしょう。私の教えたMというのは評判の藪やぶ医者で、しか外科の方は出来るかどうかさえ疑わしかった程なのです。ところがMとは反対の方角でMよりはもっと近い所に、立派に設備の整ったKという外科病院があるではありませんか。無論私はそれをよく知っていた筈はずなのです。知っていたのに何故間違ったことを教えたか。その時の不思議心理状態は、今になってもまだよく分りませんが、恐らく胴忘どうわすれとでも云うのでしょうか。

 私は少し気懸りになって来たものですから、婆やにそれとなく近所の噂などを探らせて見ますと、どうやら怪我人はM医院の診察室で死んだ鹽梅あんばいなのです。どこの医者でもそんな怪我人なんか担ぎ込まれるのは厭いやがるものです。まして夜半の一時というのですから、無理もありませんがM医院はいくら戸を叩いても、何のかんのと云って却々なかなか開けて呉れなかったらしいのです。さんざん暇ひまどらせた挙句やっと怪我人を担ぎ込んだ時分には、もう余程手遅れになっていたに相違ありません。でも、その時若しM医院の主が「私は専門医でないから、近所のK病院の方へつれて行け」とでも、指図をしたなら、或あるいは怪我人は助っていたのかも知れませんが、何という無茶なことでしょう。彼は自からその難しい患者を処理しようとしたらしいのです。そしてしくじったのです、何んでも噂によりますとM氏はうろたえて了って、不当に長い間怪我人をいじくりまわしていたとかいうことです。

 私はそれを聞いて、何だかこう変な気持になって了いました。

 この場合可哀相な老人を殺したものは果して何人なんぴとでしょうか。自動車運転手とM医師ともに、夫々それぞれ責任のあることは云うまでもありません。そしてそこに法律上処罰があるとすれば、それは恐らく運転手の過失に対して行われるのでしょうが事実上最も重大な責任者はこの私だったのではありますいか。若しその際私がM医院でなくてK病院を教えてやったとすれば、少しのへまもなく怪我人は助かったのかも知れないのです。運転手は単に怪我をさせたばかりです。殺した訳ではないのです。M医師は医術上の技倆が劣っていた為にしくじったのですから、これもあながちとがめる所はありません。よし又彼に責を負うべき点があったとしても、その元はと云えば私が不適当なM医院を教えたのが悪いのです。つまり、その時の私の指図次第によって、老人を生かすことも殺すことも出来た訳なのです。それは怪我をさせたのは如何にも運転手でしょう。けれど殺したのはこの私だったのではありますいか

 これは私の指図が全く偶然の過失だったと考えた場合ですが、若しそれが過失ではなくて、その老人を殺してやろうという私の故意から出たものだったとしたら、一体どういうことになるのでしょう。いうまでもありません。私は事実上殺人罪を犯したものではありませんか。併しか法律は仮令運転手を罰することはあっても、事実上殺人である私というものに対しては、恐らく疑いをかけさえしないでしょう。なぜといって、私と死んだ老人とはまるきり関係のない事がよく分っているのですから。そして仮令疑いをかけられたとしても、私はただ外科医院のあることなど忘れていたと答えさえすればよいではありませんか。それは全然心の中の問題なのです。

 皆さん。皆さんは嘗かつてこういう殺人法について考えられたことがおありでしょうか。私はこの自動車事件で始めてそこへ気がついたのですが、考えて見ますと、この世の中は何という険難至極けんのんしごくな場所なのでしょう。いつ私の様な男が、何の理由もなく故意に間違った医者を教えたりして、そうでなければ取止めることが出来た命を、不当に失って了う様な目に合うか分ったものではないのです。

 これはその後私が実際やって見て成功したことなのですが、田舎のお婆さんが電車線路を横切ろうと、まさに線路に片足をかけた時に、無論そこには電車ばかりでなく自動車自転車や馬車や人力車などが織る様に行違っているのですから、そのお婆さんの頭は十分混乱しているに相違ありません。その片足をかけた刹那に、急行電車か何かが疾風しっぷうの様にやって来てお婆さんから二三間の所まで迫ったと仮定します。その際、お婆さんがそれに気附かないでそのまま線路を横切って了えば何のことはないのですが、誰かが大きな声で「お婆さん危いッ」と怒鳴りでもしようものなら、忽たちまち慌てて了って、そのままつき切ろうか、一度後へ引返そうかと、暫しばらくまごつくに相違ありません。そして、若しその電車が、余り間近い為に急停車も出来なかったとしますと、「お婆さん危いッ」というたった一言が、そのお婆さんに大怪我をさせ、悪くすれば命までも取って了わないとは限りません。先きも申上げました通り、私はある時この方法で一人の田舎者をまんまと殺して了ったことがありますよ。

(T氏はここで一寸言葉を切って、気味悪く笑った)

 この場合危いッ」と声をかけた私は明かに殺人者です。併し誰が私の殺意を疑いましょう。何の恨うらみもない見ず知らずの人間を、ただ殺人の興味の為ばかりに、殺そうとしている男があろうなどと想像する人がありましょうか。それに「危いッ」という注意の言葉は、どんな風に解釈して見たって、好意から出たものしか考えられないのです。表面上では、死者から感謝されこそすれ決して恨まれ理由がないのです。皆さん、何と安全至極な殺人法ではありませんか。

 世の中の人は、悪事は必ず法律に触れ相当の処罰を受けるものだと信じて、愚にも安心し切っています。誰にしたって法律人殺しを見逃そうなどとは想像もしないのです。ところがどうでしょう。今申上げました二つの実例から類推出来る様な少しも法律に触れる気遣いのない殺人法が考えて見ればいくらもあるではありませんか。私はこの事に気附いた時、世の中というものの恐ろしさに戦慄するよりも、そういう罪悪の余地を残して置いて呉れた造物主の余裕を此上もなく愉快に思いました。ほんとうに私はこの発見に狂喜しました。何とすばらしいではありませんか。この方法によりさえすれば、大正の聖代せいだいにこの私丈けは、謂わば斬捨て御免ごめんも同様なのです。

 そこで私はこの種の人殺しによって、あの死に相な退屈をまぎらすことを思いつきました。絶対法律に触れない人殺し、どんなシャーロック・ホームズだって見破ることの出来ない人殺し、ああ何という申分のない眠け醒しでしょう。以来私は三年の間というもの、人を殺す楽しみに耽って、いつの間にかさしもの退屈をすっかり忘れはてていました。皆さん笑ってはいけません。私は戦国時代の豪傑の様に、あの百人斬りを、無論文字通り斬る訳ではありませんけれど、百人の命をとるまでは決して中途でこの殺人を止めないことを、私自身に誓ったのです。

 今から三月ばかり前です、私は丁度九十九人だけ済ませました。そして、あと一人になった時先にも申上げました通り私はその人殺しにも、もう飽きあきしてしまったのですが、それは兎も角、ではその九十九人をどんな風にして殺したか。勿論九十九人のどの人にも少しだって恨みがあった訳ではなく、ただ人知れぬ方法とその結果に興味を持ってやった仕事ですから、私は一度も同じやり方を繰返す様なことはしませんでした。一人殺したあとでは、今度はどんな新工夫でやっつけようかと、それを考えるのが又一つの楽しみだったのです。

 併し、この席で、私のやった九十九の異った殺人法を悉ことごとく御話する暇もありませんし、それに、今夜私がここへ参りましたのは、そんな個々の殺人方法告白する為ではなくて、そうした極悪非道の罪悪を犯してまで、退屈を免れ様とした、そして又、遂にはその罪悪にすら飽きはてて、今度はこの私自身を亡ぼそうとしている、世の常ならぬ私の心持をお話して皆さんの御判断を仰ぎたい為なのですから、その殺人方以については、ほんの二三の実例を申上げるに止めて置き度いと存じます

 この方法発見して間もなくのことでしたが、こんなこともありました。私の近所に一人の按摩あんまがいまして、それが不具などによくあるひどい強情者でした。他人が深切しんせつから色々注意などしてやりますと、却ってそれを逆にとって、目が見えないと思って人を馬鹿にするなそれ位のことはちゃんと俺にだって分っているわいという調子で、必ず相手言葉にさからたことをやるのです。どうして並み並みの強情さではないのです。

 ある日のことでした。私がある大通りを歩いていますと、向うからその強情者の按摩がやって来るのに出逢いました。彼は生意気にも、杖つえを肩に担いで鼻唄を歌いながらヒョッコリヒョッコリと歩いています。丁度その町には昨日から下水工事が始まっていて、往来の片側には深い穴が掘ってありましたが、彼は盲人のことで片側往来止めの立札など見えませんから、何の気もつかず、その穴のすぐ側を呑気そうに歩いているのです。

 それを見ますと、私はふと一つの妙案を思いつきました。そこで、

「やあN君」と按摩の名を呼びかけ、(よく療治を頼んでお互に知り合っていたのです)

「ソラ危いぞ、左へ寄った、左へ寄った」

 と怒鳴りました。それを態わざと少し冗談らしい調子でやったのです。というのは、こういえば、彼は日頃の性質から、きっとからかわれたのだと邪推して、左へはよらないで態と右へ寄るに相違ないと考えたからです。案あんの定じょう彼は、

「エヘヘヘ……。御冗談ばっかり」

 などと声色こわいろめいた口返答をしながら、矢庭やにわに反対の右の方へ二足三足寄ったものですから、忽ち下水工事の穴の中へ片足を踏み込んで、アッという間に一丈もあるその底へと落ち込んで了いました。私はさも驚いた風を装うて穴の縁へ駈けより、

「うまく行ったかしら」と覗いて見ましたが彼はうち所でも悪かったのか、穴の底にぐったりと横よこたわって、穴のまわりに突出ている鋭い石でついたのでしょう。一分刈りの頭に、赤黒い血がタラタラと流れているのです。それから、舌でも噛切ったと見えて、口や鼻からも同じ様に出血しています。顔色はもう蒼白で、唸り声を出す元気さえありません。

 こうして、この按摩は、でもそれから一週間ばかりは虫の息で生きていましたが、遂に絶命して了ったのです。私の計画は見事に成功しました。誰が私を疑いましょう。私はこの按摩を日頃贔屓ひいきにしてよく呼んでいた位で、決して殺人動機になる様な恨みがあった訳ではなく、それに、表面上は右に陥穽おとしあなのあるのを避けさせようとして、「左へよれ、左へよれ」と教えてやった訳なのですから、私の好意を認める人はあっても、その親切らしい言葉の裏に恐るべき殺意がこめられていたと想像する人があろう筈はないのです。

 ああ、何という恐しくも楽しい遊戯だったのでしょう。巧妙なトリックを考え出した時の、恐らく芸術家のそれにも匹敵する、歓喜、そのトリックを実行する時のワクワクした緊張、そして、目的を果した時の云い知れぬ満足、それに又、私の犠牲になった男や女が、殺人者が目の前にいるとも知らず血みどろになって狂い廻る断末魔だんまつまの光景ありさま、最初の間、それらが、どんなにまあ私を有頂天にして呉れたことでしょう。

 ある時はこんな事もありました。それは夏のどんよりと曇った日のことでしたが、私はある郊外文化村とでもいうのでしょう。十軒余りの西洋館がまばらに立並んだ所を歩いていました。そして、丁度その中でも一番立派なコンクリート造りの西洋館の裏手を通りかかった時です。ふと妙なものが私の目に止りました。といいますのは、その時私の鼻先をかすめて勢よく飛んで行った一匹の雀が、その家の屋根から地面へ引張ってあった太い針金に一寸とまると、いきなりはね返された様に下へ落ちて来て、そのまま死んで了ったのです。

 変なこともあるものだと思ってよく見ますと、その針金というのは、西洋館の尖った Permalink | 記事への反応(0) | 22:33

2021-01-18

SNS下手すぎて推しを失った話

昔、私にはガチ恋している推しがいた。初めは3枚目キャラで好きになったが、よく見たら顔も良いことに気づきそれから全てが好きになってしまった。周りに異性が居ない環境なこともあり、恋にまでなってしまった。バレンタインデーには事務所ファンレターを送った。チョコは送れないか文房具をつけた。推し勉強に役立つように。


そんな推し配信を始めた。最高だった。推し一挙一動を見守りつつコメントすれば、HNとはいえ自分名前を呼んでくれるのだ。なので私は仕事の合間を縫ってパソコンに齧り付いた。配信には常連もおり、その人達にも「○○アイコン増田さん」と認知されるようになった。

ある日、いつものように推し配信を見ていると、気になるコメントを見つけた。

配信始まるの、ファンクラブの皆で待ってたよ!」

おかしい。事務所には公式ファンクラブなどない。その発言した人のSNSを辿ると、どうやらファンクラブという名のLINEグループがあるらしい。その方は常連さんで、SNSプロフィールでも、「○○君ファンクラブLINEグループ有。興味のある方は連絡下さい!」との事。

当時はLINE黎明期アカウントを持っていなかった私はいそいそとLINE登録し、SNS常連さんに「ファンクラブ興味あります!」と連絡した。

すぐさま「わっかりました!少々お待ち下さい!」と連絡が来た。その後、いくら待っても返信が来ない。何回も確認した。何も無かった。ファンクラブの為に作ったLINEトーク画面にはずっとブラウンが佇み、紙吹雪を散らし続けていた。

今考えたら、LINEグループなんて結構プライベートな繋がりである推し配信しか絡まない、SNS相互でもない私は無かったことにされた訳だ。

その当時の私は、弾かれたなと察し、まあ仕方ねえなと思った。同時に「少々お待ち下さい」と嘘をついてブッチする常連さんに少し腹が立った。そして、その後悲劇が起きたのである

推しイベントが開催された。終盤に握手会(サインとか写真撮影も付く)があり、ここで少し推しと話が出来る。

私の番が来た。しか対応が雑だったのを感じた。「はい握手ね。サイン書くよー。はい写真撮るねー。」って感じで、いつもより雑に感じた。その原因は私の次の人にあった。

次の人は、例のLINEグループを作った常連さんだった。推しは、その人の番には私よりテンションが高く、「お待ちしてました!」って感じの対応だった。それを目撃した瞬間、とても悲しくなった。推しは人が良く真面目キャラだったので、良くも悪くもファン平等に扱われていた。しかし、今日はそうでは無かった。私は失意の内に家路についた。

帰ってSNSを眺めると、常連さんは「ファンの皆で作った記念品、○○君に渡したよ✩」と投稿していた。何がファンの皆だ。私的な集まりの癖に。と思った。そして、様々な感情が頭の中を駆け巡った。LINEグループという割と私的な集まりファンクラブ扱いされてる事への怒り、私がもっとSNS常連さんと仲良くしておけばこんなことも無かったのにという後悔、そして何より推しに雑に扱われた事への悲しみ。


イベントの日以降、私は推しを推せなくなった。最近久しぶりに配信を見ていたら、常連さんは居なくなっていた。何処へ行ったのだろうか?

これが、SNS下手すぎて推しを失った私の顛末である。まあ、そもそも私がもっと推し配信推しに絡めば認知もされ、雑な対応も避けられたのかもしれない。しかし、ネット交流という意味では一緒だと思う。

狭い界隈だった為、フェイクは入れてあるが、これあいつじゃねーかと思っても言わないで欲しい。まあ相互でもない人間を覚えてはいないだろうけど。

なんだかんだ後付けしてしまったが、この文章により何年も溜めてた辛い気持ちを供養することが出来そうだ。ありがとう増田

2021-01-12

市営自転車置き場で起きた事件

事件がやっと解決したので、ここに吐き出してみる。

登場人物

ワイ

30代 子なし ベンチャー企業エンジニアアニオタ

地方のそこそこ大きい市に住んでる

小遣いをなんとかやりくりしてアニメBD原作を買う日々

30代 ベンチャー企業事務 腐女子

よく腐女子仲間とイベントに行ったりしていたが新型コロナ渦でイベントが無くなり、ゲーム重課金するようになった(←課金するなら俺の小遣いもっと増やしてくれないかなぁ......)

1. 嫁に初めて土下座をしたあの日

2020年8月 夏のボーナスを手にして、ワイは嫁に「電動アシスト自転車を買わせてくれ」と懇願した。

ワイの自転車新卒の時に買ったホームセンターで1.5万位のもので、最低限のメンテはしていたが10年近く経ってあちこちが錆びて、汚くなっていた。

また、結婚を機に引っ越し土地は坂がキツく、それまでデスクワークをしていた我が身にはキツかった。

そこでワイは嫁を説得し、子供が出来たら保育園の朝の送りだけでもワイがその自転車でやることを条件に、電動アシスト自転車の購入許可下りた。

ワイは早速、近所のホームセンターへ向かい15万弱の電動アシスト自転車を手に入れた。

1週間ほど経ち、ホームセンターから商品の用意が出来ました」と電話が来たときには、これでもう毎朝の心臓破りをしなくて済むと天にも昇る気分になったことを覚えている。

待ちに待った自転車が納車された後の初出勤は電動アシストの偉大さを噛みしめ、いつぞやにみたルビコンの決断ヤマハ電動アシスト自転車の開発の回を思い出し、静岡に足を向けて眠れないと思ったほどである

2. それは突然起きた

2020年11月 ワイはいものように家路についてた。最寄り駅を降り、自転車置き場へ向かうと異変に気づいた。

「ワイの愛車がない......」

自転車置き場においてある自転車をすべて確認しても愛車はどこにもなく、嫁に「愛車がない......どうしたらいい......?」と電話した。

嫁に自転車置き場の管理人相談しろと言われて、ワイは大急ぎで管理人室へ向かった。

管理人自転車がなくなったことを伝えると、半分あきれられた様な表情で紙を渡された。

その紙には「放置自転車撤去のお知らせ」と書かれていた。

この自転車置き場では無断駐輪や駐輪期限が過ぎた自転車を月1で市の保管所に回収される事になっているようで、今日がその日だったわけである

だが、ワイは8月に愛車用にここの駐輪代を1年分まとめて支払い、駐輪シールも後輪の泥ハネに貼っていたはずである

そのことを伝えたところ、だったら警察に行ってくれと言われ、駅前交番に向かった。

交番盗難届を提出し、徒歩で自宅に帰った。

3. 愛車発見

愛車が無くなり数日が経った頃、警察から自転車が見つかったと連絡が入った。

見つかったのはなんと、市の自転車保管所だった。

警察からの話によると、回収した自転車盗難だったりの可能性があるので、一度登録番号を調べているらしい。その過程でワイが出した盗難届が引っかかり、見つかった。

警察がしてくれるのはそこまでらしく、自転車自分で取りに行かないとならなかった。

保管所は平日しかやっていなかったので、有休を取りバスを乗り継ぎ、保管所に向かった。

保管所で自転車の受け取り手続きを進めるととんでもないことを言われた。

「回収代と保管代で1万円頂きます

と。ワイはぶち切れそうになった。期限が切れてないのに勝手に持っていったあげく、回収代と保管代まで取るのかと。

だが保管所にはシルバー人材派遣しかおらず、責任者がこの場にいないことも厄介だった。

保管所の人が責任者電話をしてくれたらしく、とりあえずワイは責任者と話をするために市役所に行くことになった。

4. 役所職員がクソすぎた

またバスを乗り継いで役所に着き、責任者と話をすることができた。そこで責任者謝罪するどころか、こっちが思いもよらぬ事を言い出した。

「1年契約してる人があまりいないし、シールの年の表記が小さいから期限切れで持って行かれてしまったんでしょう。でも年間払いで、安くしてるんだから少しくらい不手際があってもまぁご愛敬ってことで」

これを聞いてワイはブチ切れて窓口で大声を上げてしまった。

わざわざバス代を払って、時間をかけて保管所まで行き、役所まで来て、この対応かと。

大声を上げたせいで警備員が来てしまい、別室に移された。

別室に行きしばらく待っていると、窓口の職員と別の職員が入ってきた。

その職員も物腰は丁寧でちゃん謝罪はしてくれたが、1万払えという部分だけはどうしても引けない様子だった。

なんでも過去に事例が無いらしく、規約に沿った対応しか出来ないということだった。

ワイは自転車が手元に戻ってこないと困るので、渋々なけなしの1万を払うことにした。

役所から保管所までは役所の車で送ってもらえることになった。

5. これ終わる訳がない

保管所に着き、愛車と数日ぶりに対面したのだが、その姿は知っている姿とは違っていた。

外装が割れ、中身が見えているバッテリーパック、傷が入り塗装がはげてしまっているフレーム、それ以外にも様々なダメージが入っていた。

ワイは役所電話をかけ、さっきの職員を呼び出し、修理代を出してもらえるのかと訊いたが、それはできないと言われ大激怒した。

とりあえず自転車の状況を写真で記録した後家に帰り、リビングで嫁の帰りを待ちながら安達としまむらを見ることで精神落ち着けていた。

嫁が帰還したので事の顛末を伝えると相当お怒りになったらしく、二人で相談して弁護士に入って貰うことになった。

6. 嫁ネットワーク強し

幸運なことに嫁の知り合いに弁護士事務所に勤めている人がいて、その人経由で弁護士を紹介してもらえた。

弁護士に事のすべてを伝えたところ、引き受けてもらえることになった。

とりあえず、自転車は修理に出し、その修理代と回収・保管費用、その他を含めて民事訴訟解決するという形になった。

7. 裁判所に初めて入った

テレビでよく見るようなところでやるのかと思ったら普通会議室みたいなところに市の担当者とワイと弁護士が通され、そこで話し合いをすることになった。

訴訟という言葉に怯んだのか、こちらの要望はほぼ通りで和解になることになった。

和解した後すぐに市から請求金額が振り込まれた。

弁護士費用を払っても若干プラスになったので嫁と焼き肉に行った。

8. その後

さすがにこの市に住み続ける気がゼロになってしまったので、転居シーズンが終わった頃にどこかに引っ越そうかと思っている。

市を相手取った訴訟がこんなに簡単に終わるとは思っていなかったが、思いのほか楽に終わったので何よりである

2020-09-28

[] #88-11「マスダの法則

≪ 前

勝負は決戦前から始まる。

その日の俺は学業を終えた後、夜遅くまでバイト従事していた。

家路に着く頃には、肉体的にも精神的にも神経的にもクタクタだ。

時間も真夜中近く、明日学校が待っているから今すぐ寝てしまいたい。

しかし、この時の俺は空腹だった。

寝たいのに腹が減っているというのは、日常における最も煩わしい状態だろう。

空腹感は微睡みを掻き消すが、そのくせ食欲は判然としない。

何か食べる必要はあったが調理する気力なんて残っていないため、インスタント食品しか選択肢はなかった。

となると、自宅にあるもので手早く作れるのはプレートの冷凍食品だ。

しかし手軽に作れるからといって、軽い料理であるかは別の話である

1つの皿に押し込められた料理群は腹を満たしてはくれるが、いずれも消化に悪い。

シャワーを浴びた後も胃腸には溜まったままだ。

これだけでも堪ったものではないが、ダメ押しは就寝前に流し込んだエナジードリンクだろう。

ケミカルな味わいはホットミルク代替品としては不適切であり、カフェイン砂糖が織り成すハーモニー本末転倒だ。

そこに、いまだ腹に残ったままの未消化物が合わさるのだから強力無比といえよう。

しかし人体というものは意外と丈夫なのか、これが若さというやつなのか。

俺はそのままベッドに横たわり、十数分ほどで夢の世界へ迷い込んでいった。

…………

俺は地平線に立っている。

たことも来たこともない場所だったが、ここは地平線という確信があった。

地平線上には、人がまばらに行き交っている。

人々は互いに目もくれず、俺の視界を右から左へ過ぎ去っていく。

なぜか誰も服を着ていなかったが、俺は意に介さない。

ふと、自分も服を着ていないことに気づく。

鏡がないので全体像は分からないが、その裸体はマネキンのように無機質に見えた。

突如、風が吹きすさぶ

纏わりつく空気を阻むものはなく、俺はただ逃げるしかなかった。

しかし体が上手く動いてくれない。

何も着ていないはずなのに、何だこの鈍さは。

からの「動け」という命令に、四肢が渋々と従っているような感じだ。

このままでは風に殺されてしまう。

危機を感じ、俺は近くにあった川辺へ倒れこむように潜り込んだ。

水の中ならば風にはやられないだろう。

しかし、いつまでもそうしてはいられない。

呼吸ができず息苦しくなっていく。

かといって、水面から顔を上げれば風が待ち構えている。

まらず水を吸い込んだ。

……肺に酸素が行き渡る感覚

なんと、水中でも呼吸ができている。

これならば逃げられるぞ。

俺は風をやり過ごすため、更に奥深くへと潜っていく。

つの間にか、川は海となっていた。

この時点で、俺の目的深海の果てを目指すことだ。

潜る、潜る、どんどん潜る。

だが、その最終地点に待っていたのは太陽の光だった。

深海の果ては地上。

俺は潜っているんじゃなくて上がっていたんだ。

その事実に打ちひしがれる間もなく、海から高負荷の斥力が襲いくる。

抗う術もなく、俺は地上へと放り投げ出された。

その先には“無”が溢れており、自分が落ちているのか、それとも昇っているのかすら分からない。

前後左右、四方八方、全てが不明空間

何も分からなかったが、もう助からないという諦念だけはあった。

俺はそっと目を瞑る。

その時、ふと一つの考えが浮かんだ。

「あ……夢か」

そう自覚したと同時に、俺の意識現実世界へと引き戻された。

次 ≫

2020-09-22

[] #88-5「マスダの法則

≪ 前

今朝から俺の身に降りかかっている謎の不調、不幸。

それらに対する漠然とした気がかりは、放課後になっても俺の中で燻り続けている。

原因がハッキリしていないからだ。

なので何が問題かも、何をどうすればいいのかも分からなかった。

逆に言えば、原因さえ判明すれば、解消方法も自ずと見えてくるってわけだ。

そして、その解法は「法則」にある。

から俺は、この出来事に何らかの法則を見つけなければならない。

決して簡単なことではないし、そもそも可能なことかすら怪しいだろう。

それでも、この得も言われぬ“何か”を、得も言える“何か”にするんだ。

俺は決心を鈍らせないよう、そそくさと家路についた。

…………

当たり前のことだけど、法則というものには法則性がある。

特定の要素で構成されていて、それを一定の条件で行ったのなら同じ現象にならないといけない。

から法則を見つけ出すには、その「特定の要素」と「一定の条件」を探し出す必要があるんだ。

翌日、俺は起床すると、すぐさま昨日の出来事をシミュレーションしてみた。

「思い立ったが吉日」ってやつだ。

まあ、俺のやってることは吉日というよりは凶日の再現といえるが、大事なのはそこじゃない。

これは、その吉凶にどれだけの意味を持たせられるかという検証なんだ。

「ごー、ろく、しち、はち……っと、次は弓引きサイドランジだ」

俺は今朝の行動を同じように再現する。

ストレッチ洗顔歯磨き

意外なところに要因があるかもしれないので、関係いであろう行動も出来る限り模倣した。

「母さん、この歯磨き粉もうすぐ無くなりそうだ」

「ええっ? 昨日、変えたばかりなのに」

「うん、キトゥンの餌はもうやったよ」

「今の流れで、なぜその話にシフトするの」

家族に奇異の目で見られつつも、セリフも出来る限り同じにした。

噛み合わないところが出てくるかもしれないが、それで結果に違いがあるならば要素や条件を絞ることに繋がる。

こうして、俺は自宅での行動をほぼほぼ再現した。

残りはあの、十二星座占いだけだ。

俺はゆっくりと立ち上がると、テレビリモコンを手に取る。

昨日と同じく、自分運勢確認するまでもなく画面を消した。

もちろんチャンネル10に、音量を10にはしていない。

さて、これが吉と出るか、凶と出るか。

次 ≫

2020-07-13

酒飲みに行きたい

田舎に住んでる。

別に不自由はないんだ。

リモート仕事も出来てるし。

ネットの娯楽で十分だし。

でも、酒飲みに行きたくても近くに店がないんだ。。。

車じゃないと飲みにいけないんだ。

飲みに行く=泊まり前提

お金も、拘束時間も長い。

2日間絶体に仕事しないって割り切れて、且つ、余裕があれば行きたいけど、現状じゃどっちも無理。

ぼっちから知り合いはいないけど、やっぱりちょっとお酒飲みたい時もある。

上京していた頃に、仕事がひと段落終えた後にビザを焼くバーワイン飲んでほろ酔いながらピザ食ってる時の幸せ感を味わいたい。

ほろ酔いになりながら家路につく感覚をまた味わいたい。

2020-06-30

[] #86-5「シオリの為に頁は巡る」

≪ 前

水出しホットコーヒーを飲み終わり、家路に着いて、飯を食って、出すもん出して、ベッドに突っ伏しても、俺の言い知れぬ違和感払拭されることがなかった。

しろ、あのブックカフェに通うたび、それは徐々に顕在化していく。

…………

「マスダくん、いらっしゃい。今日アイス? ホット?」

アイスで」

数週間ほど経った頃、店では緩やかな変化が起きていた。

店内にいる客は平均2~3人だったのが、ここ最近10人近くまで及んでいたんだ。

「ここも随分と賑やかになったな……」

マスターいわく、最近の繁盛っぷりは栞サービスのおかげらしい。

特に好評だったのが、栞に本の感想を書くという独自文化だった。

当初は一部の客だけがやっていた行為だったが、それが他の利用者の目にも留まった。

すると本を読む常連客の間で慣習化し、それを聞きつけて新規客も増えているんだとか。

「何がウケるか分からねーもんだな」

そう呟いたのは、古参常連であるタケモトさんだ。

彼はこの栞サービスに少しだけ懐疑的だった。

感想書くんなら、あんな小さい紙切れより、もっといいものいくらでもあるだろうに」

「まあ、あれくらいコンパクトものの方が、彼らにとっては丁度いいのかもしれませんね」

タケモトさんの隣席には、同じく常連のセンセイが座っていた。

理解に苦しんでいるタケモトさんに対し、センセイは違う視点から分析を試みているようだ。

「丁度いいって何だよ。ああいうのを他人の目に入るところで書く奴ってのは、自己顕示欲とか承認欲求の強いタイプだろ。短い文章でそれを満たせんのか?」

「うーん、もしかしたら“そこまでのものじゃない”のかもしれませんね」

あん? どういうこったよ」

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