はてなキーワード: 単純明快とは
直径1m程のチタンの様な光沢のあるドス黒い球だこの球には様々な武器や道具が収められていて
これらを使用する人間は神にも悪魔にもなれるだろう…と言われていたのはもう昔の話。
人間は必ず死ぬ。俺がそうなった様にまず死ぬことがこの黒い球に選ばれるための最初の条件になる
選ばれると言うのは正しい表現ではないが便宣上使用しているこの件については後述する
次にこの白い布"パンツ"の存在目的について説明するそれは実に単純明快なことである
死者に新しい命を与えて地球上に潜む宇宙人を退治させるという事だ
宇宙人、それは一見荒碵無稽の様におもえるのだがヤツらは確実に、しかも相当数でこの地上に存在していてその姿や形、生態も様々だ。
ヤツらはなぜ退治されなければならないのか?
元増田です
あれこれ言及いただいたので、つらつらと。
今はとてもそう思っている。そして試してたら多分半年位で出てくことになっただろうと思う!
付き合いはそこそこ長いし週5位で入り浸ってたりしたので、結婚までの間で、日常生活を送ることになった場合の状況をちゃんと見極められなかったのは私の落ち度でしかないと思う。
いやーほんと、他人としてみてる(向こうの一人暮らしにはあえて口出ししなかった)のと想像してみるのとやってみるのは違うんですわ…。
えっこんなもんなの…一人暮らしの男女差やばくない?(男なら、ときたので男女で、という言い方をしておく)
ちなみに私の基準は母なんだけど、フルタイムの正社員してて、毎日掃除機&洗濯(4人分)&料理をこなしてる人だったので、今の我が家の掃除機1か月に1回あるかないか・洗濯1週間に約2回(これは一人暮らしならもっと少なくても理解できるんだけど、二人暮らしだと単純に考えて量が2倍ですよと説明してある)・料理週半分くらいって状況が結構心苦しかったんだけど。
でも考えてみれば、その分父の仕事とは…風呂場&ゴミ出し担当?って感じだったし、母も父に対して「何もしない!」って怒っていたので、同じことが我が家でも起きているだけなのか…
世の主婦の方々が「最初が肝心」「旦那を教育」「うちは教育間違ったから…(苦笑)」って言ってくる意味が、今身に染みて理解できるぜ。
旦那は育てよ、というのもよくわかる。が、自我のある成人男性を育てるの、なかなかのハードワークよ?他人を変えるより自分を変えるほうが楽ってくらいに。この一年で思い知った。そもそも言ってもやらないので、やる気があるとも思えないけど…
女性も働く今の時代、いつになったら家庭内ももう少し平等に近付くんだろうな。
単純明快で大変良いと思います。正直にいうと、今まで頭の中を幾度となく過ぎったアイディアでもある。
夜仕事から帰ってきて当たり前のように「今日ご飯何?」って聞いてきて「えっないの?」ってなんとなく機嫌悪くなられるのがとても納得いかなかったんだけど(私だって仕事してきたよ!帰ってきたのついさっきだよ!って思う)、家事に対して対価があるならまぁやろうかなという気分にもなるし。
ただしその分稼いでもらうことになるので、残業代すら渋られる今の状況だとあまり現実的ではなさそうだな…。
でも交渉までいかなくとも、提案の余地はあるね。対価は金じゃなくても、掃除だっていいのよ、ってな。
私の中ではかなりアリよりのアリの選択肢。
他人を変えるより自分を変えるのが楽だとしても、それが我慢や妥協の上に成り立つのであれば、受け入れる必要はないと思っている。だから夫も無理に変わらなくていいと思っているし。
もちろん、ある程度は必要なことだけど。でも体を壊すほどのストレス・疲労を抱える意味ってあるの?っていうのが基準。ブラック企業の離れ時のようだ…
みんな我慢して結婚生活を続けてるんだから、って自分の苦労話をしてくる先輩主婦の方々もたくさんいるが、「えっでもそれ選んだのはあなたでしょ?」って思う。
同じように、この夫と結婚することを選んだのは確かに私で、その責任が私にあることはわかっている。別れるなんて、辛抱強くない我儘な選択肢だなぁと自己嫌悪になりかけるけど、ここまで私なりに足掻いてきたんだよな、とも思う。やってみて駄目だったんだから仕方ないよな、って開き直りたくなることもある。だから将来的な選択肢としてはアリ。
…といろいろ考える間にも夫は風呂にも入らずぐっすりで、自分から後で決めようって言ってたやつはどうするの?って感じだ。他にも話すべきことはいろいろとあると思うんだけど。いろいろ真剣に悩んでること、問題視してほしいこともあるんだけどな。
今回の件、最初の感想は「とうとう来たか」というあっさりしたものだった。悲しいとか、ショックとかではないモヤモヤが心の中にある。ミリオンライブを追っていた人からすればここ1年弱から感じられるコンテンツの動きで予想出来ていて、いつ発表があるのかという域だっただろう。
3月に日本武道館で開催された4thライブの協賛企業の名前からグリーが消えたこと。
突然、シアターライブ編という畏まった展開が始まった時。
シアターデイズがリリースされグリーが関与しないところでアプリ展開が可能になったこと。
任天堂の倒し方を忘れたらしいグリーという泥舟に乗っている限り、コンテンツとしてのミリオンライブではなくゲームとしてのミリオンライブは遅かれ早かれ消えてなくなるとは思っていた。理由は単純明快。数字を持ってこないから。集金できないから。
コンテンツとしてのミリオンライブに興味を持つ人は格段に増えたが、ミリオンライブをまともにプレイしている人は減っていくばかり。
かくいう自分も最近は惰性で続けているだけだったので、あまり偉そうなことは言えないし、悲しんだところで薄っぺらいものにしかならない。冒頭に書いた通りいつ沈むのか、宣告待ちだった。
ムビマスで興味を持って始めたミリオンライブも今や3年半以上。時代錯誤も甚だしいポチポチゲーで正直ゲームとしての面白さは皆無だ。
でも、ぶっ飛んだイベントとアイドル達。お向かいとは違うニッチな層しかプレイしていない分、横のつながりは強固に感じられた。ミリオンライブで知り合って、今では関係なしに付き合える友人もできた。そんな友人たちとクソゲークソゲーと罵りつつ、ドリンクを飲んでイベントを走る。今思い出しても何が面白いゲームかはよくわからないが、ミリオンと関わっていた"時間"だけは楽しく充実したものだった気がする。
文句を言いながらもゲームをするのは楽しいし、自分の心の中で想像を巡らせるのも楽しい。ライブで現地に行けた時は最高に楽しい。ミリオンライブは楽しいコンテンツだ。
勿論今回のように、落ち込む出来事もたくさんあった。
ゲームのシステムが大きく変わった時も、期待していたアニメの発表がされなかった時も、声優さんが休業を発表した時も、お向かいの音ゲーが大ヒットした時も、後発に追い抜かれていくんじゃないかと思ってしまった時さえもあったけれど、ミリオンライブがゆっくりと確実に進んでいると聞いた時は心から安堵したし、ポチポチゲーではない新しい場所も用意してくれた。
声優さんのライブも来年はあのさいたまスーパーアリーナだ。コンテンツとしては着実に大きくなってきているし、ミリオンライブの将来は希望に満ち溢れている。
落ち込むことよりも嬉しいことの方が常に大きく上回っていて、これからの展開を想像すればグリー版が終了してへこたれるようでは自分は3年半もミリオンPをしていなかったと思う。
それでもなぜか、謎の心苦しさがある。理由は正直よくわからない。
3年半付き合ってきたアイドル達との絆だとか、世界観が一新されたミリシタは好きになれないとか、美しく尊いお涙頂戴の理由を付けるつもりもないし、自分は音ゲーが苦手ではないのでミリシタは苦になってはいないし、むしろ楽しめている部類だろう。
アイドルとしての苦悩を描いた綺麗なアイドルものであるミリシタは楽しいけれど、ミリシタには映画やドラマといった様々なシチュエーションでのアイドル達のドタバタ劇・バラエティが無いからというのは少ししっくりくる。
同じようなモヤモヤを抱えている同僚諸君は、どういう感情か教えて欲しい。
グリー自体が火の車でバンナムがグリーと縁を切りたかった可能性も当然ある。可能性。
お向かいはゲーム自体は大きな差がないものの、総選挙という形で集金ツールとしてはまだ機能している。同時に声無しアイドル達の主戦場で、声無しがいなくならない限り続いていくんじゃないか。
日本の就活性は自分の夢すら答えられず快適な制度ばかりを求めてるんだそうだ。
あのさあ、
当たり前だろ。
前者と後者の違いすら分からないとか、どんだけ無能なんだっての。
本当にただ生きて、ただ働いて、ただ自分の周り守ってるだけの人間じゃないと、ここまでの視野の狭い無能にはなれない。
働きたい奴と、働きたくない奴だ。
もちろん、資産家の子供でもない限り、働いて金を稼がなきゃ生きていけない。
その心の底で、働きたいと思っている奴と、働きたないと思っている奴がいる。
やりたいことは、人それぞれあるだろう。
でもそれがナチュラルに、=働きたいと結びついてるとでも思ってんのか。
ただ、それだけの話なんだよ。
だから、本当の本当は働きたくないって奴は、なるべく快適で楽できる職場を望む、
実際の仕事内容なんて、どうでもいいに決まってんだろ。
将来の夢すら持ってないだあ?
どんなに荒唐無稽だろうと、どんなに淡く儚く小さかろうと、人間なら誰だって夢ぐらい持ってるわ。
だから、今の若者にとって重要なのは、いかに義務を最小の労力で流して、自分が本当にやりたいことに注力できるかだっての。
今はそういうことを心の底で思ってる人間の方が、日本人の若者には多い。
それだけだ。
貧乏学生や派遣労働者への負担が大きいから経済的に消費が加速しない原因をまず少しでも取り除くべきではないか
という観点で年金は終わらせるべきではないかという発想をした。
もちろん自分個人の問題として実際にどうやって年金をもらえないで老後生きていくつもりだという話になるんだけど、
今現在年金を受給して生きている人たちには年金という信仰を元に生きているといっても言い過ぎではないと思う。
団塊の世代の中には今も金さん銀さんを目指さんとしている人たちがたくさんいるはずだ。
彼ら彼女らは死ぬまで長生きすることが自分の人生の幸福、終わること、死ぬことに対する幸福だという疑いを微塵も思っていない。
それが起き上がることもままならず、糞尿の始末を人の世話でしてもらい、ようやく気付く。
ああ、これは、楽しくないんだな、と。
誰もがそう思い、そう感じても、口にはできない。
俺は2人の祖母を間近で観察して死ぬときの青ざめた体を見て、表情をみて、話を聞いてみた1つの実体験を元にした結論が、
人間は長生きよりもいかにして幸福に死を選べるのかを考えるのが、
今の年金制度廃止への反発感情は、長生きが全ての幸福であるという洗脳教育が創発させている思想だと断言する。
なぜなら今の国民感情、価値観がそういう風に教育された結果だからだ。
長生きをすることがよい。
生涯現役を目指すのがよい。
そう社会が扇動してきて、だからこそ年金制度は良いという肯定がされ続けた結果、
しかし老人の苦労と今を生きる若者が受けなければいけない苦労と苦悩は決して等価ではないと私は思う。
若者はこの先この国を支える柱となり支え続けなければいけない骨子そのものであり、
これから死にゆく老人たちには決してそれはなしえない偉業である。
支え続けてきた先人、骨子となった老人たちには申し訳ないが、私は見捨てるべきである。
使えなくなった者は捨てるべきである。
国家とは存続すべきものであり、生活を保障するものでもなければ、守るべきものでもない。
若者の幸福を老人の幸福より重要であるということも同時に正とする。
私は死ぬべきであり、
それを選択できるべきでもある。
死ぬことにただただ、不安を産み付け危機感を煽る行為を続けるだけで、
事実現実として目の前に迫る恐怖、死への理解と享受と姿勢を学ばせる機会を老人から一切奪っている。
保護する、補償するという甘い言葉で実質は利権を太らせ続けているだけである。
って意見に対して若者が選挙行けば政治家は若者向けの政策を提示するから
こんな意見をよく見るけどクソだなって思う
こんな事を言い放ちながら投票すれば何かやった気になるのだろうか?無意味だ。
若い世代の投票率がもしも上がれば若者向けの政策を作ってくれるかもしれない
こんなタラレバを期待する浅はかさで長い人生どう生きるつもりなのか?
暮らしが苦しい、国に助けが欲しい若者がするべきことはもっと単純明快であるべきだ
ずばり自分たちで政党を作り候補者を出し議席の過半数当選させる、これしかない!
なぜこれができないのか?
実現させるには若者が大嫌いな政治運動というものを行わなければならないからだ
カッコ悪い事はやりたくない、だからやらない。
区役所に印鑑証明の申請をする流れで全休が取れたので、今回の衆議院選挙について思うところを書く。
当方、電機連合に加盟する労組の組合員であるが、これまでの選挙では民進党(民主党)に投票してきた。
理由は単純明快で、電機連合から組織内議員を擁立している為である。
参議院の石上としおさん、矢田わか子さんは正に組織内議員として立候補し、比例で当選された方。
こういった方が、組合員の声を政治に届けるという仕組みは、非常に分かり易い。
翻って、今回の衆議院選挙では、応援しようにも民進党は希望・立憲民主・無所属にバラバラとなり、
組織内議員の平野博文さんは無所属で近畿、新人の浅野さとしさんは希望の党で茨城・・・
神奈川在住の当方には、電機連合の声を届ける先が不透明な状況であり、義理を果たす必要はないという
そもそも、電機連合の組合員内で、民進党(民主党)の評判は良いものではない。
周知のとおり、リーマンショック後、国内の電機メーカー(特に軽電)は軒並み業績を悪化させ、
リストラを余儀なくされた。
当方の周りでも、この時期に希望退職という名の下に会社を去った方が多くいた。
そんな中、当時政権を取っていた我らが民主党は何をやっていたかと言うと、
せっせと、日本の製造業のフラグシップでもあったスパコン事業なんかを仕分けしていたのである。
さらに東日本大震災を経て、低迷が続く当社からも、同期の面々は次々と転職していった。
そして、2012年の第二次安倍内閣発足後、景況は明らかに好転した。
特に、円安の進展で好業績を連発した自動車業界に引きずられて電機メーカーにもその恩恵が
回ってきたのである。
仕事は増え、給与・ボーナスも上昇し、完全に以前の低迷から脱却していた。
正直、アベノミクスの3本の矢は、金融緩和の1本しか刺さっていないと思っている。
だからこそ、なぜ民主党政権時代に思い切った金融緩和が出来なかったのか、理解に苦しむ。
こういった事情もあって、当方は労組の絡みで民進党(民主党)に投票はしても、
安倍内閣の経済政策への評価を踏まえ、自民党に投票しない理由はない。
むしろ、電機連合の構成労組だという義理で民進党(民主党)に投票していた時も、
実際は会社を去った同僚や、希望退職を請けた上司のことを思い浮かべ、投票をしてきた。
All for allを掲げた前原さん、過去の政権運営の失敗を超えて立ち上がった枝野さん、
それぞれ信念を持って、動かれた点には敬意を表したい。
しかし、私のような電機メーカーの1組合員から見たときに、あのリーマンショック後の
トラウマが蘇り、手放しで応援することなどできない事は、よくよく肝に命じていただきたい。
俺たちの住む町の中心区。
そこには、そこそこの大きさの神社がある。
だがこれといった縁起のいい話は特になく、ほとんどの住人は何を奉っているかすら知らないし興味もない。
かくいう俺もその一人。
そんな信心浅い住人たちの多い場所でも、年に数回ほど賑やかな場所になる時がある。
例えば夏祭りだ。
秋を知らせるような涼しく穏やかな風が吹き始め、我が家のクーラーを消すかどうか悩み始める頃。
俺たちの住む町の夏祭りは、そんな時期に開催される。
理由としては単純明快で、真夏の夜に人が集まると暑さでおかしくなるからだ。
納涼のために酒を飲みすぎて倒れた人。
いつもと違う雰囲気に飲まれてテンションが上がりすぎてしまい、自警団に倒された人が毎年いた。
暑さは人をおかしくさせ、第10回にはそれらの数が合計で三桁を超えた。
それらが風物詩になることもなく、市長の世代交代とともに第11回以降の開催時期は今のようになったわけだ。
俺は、その頃にはティーンエイジャーになっていた。
そして、以前よりも夏祭りに対する熱が冷めていた。
理由は色々と並べることは出来るが、遠まわしに表現するなら「秋になりかけの夜風がそうさせた」ってことなのだろう。
弟は祭囃子の花形だし、両親は自警という名目のもと他の人たちと飲み食いしながらの雑談。
俺はというと家族に誘われようが、クラスメートに誘われようが、何かと理由をつけてやんわりと断っていた。
しかし、そんな俺も今年は久々に参加することになった。
当然、今まで何かとつけていた“理由”が今回は夏祭りにあったというだけの話なのだが。
元気溌剌で、単純明快。
小さい子を可愛がるのがかわいい。
前向きに努力する姿がかっこいい。
悪いことを悪いと言えるのが素敵。
個性を打ち消し合わないよう、
プリキュアで育まれた価値観のもとに子育てをするのかと想像すると、
子供向けの番組は、キラキラ、シャピシャピ、憧れだけではなく、
ハナデカチャラ男社会学者が言うところの感染動機で落とし込んでいく。
月曜になれば、幼稚園や保育園でプリキュアごっこをするのだろう。
あるいは小学生であれば、ロールプレイでキュアショコラをイタコし、
人格を同期することもあるかもしれない。
息を吐くように自分語りすると、幼い頃は仮面ライダーブラックやターボレンジャーの相関図で社会を見、
成長とともに感染源を替え、脱ぎ捨てた殻を粉々にしたり宝箱にしまったりして社会に溶け込んでいく。
アンパンマン、トーマス、プリキュア、仮面ライダー、トッキュウジャー、
こうやって頭と体が発達していき文化が移り変わっていくのかと思うとゾクゾクする。
かっこいいものに触れてかっこつけるのを、
いつから忘れてたんだろう。
深酒して寝過ごしてプリキュア見れなかった。
断末魔でゲントの杖を生み出すチャモロと蘇生カード及び除去カードをガン積みし残りは強力な断末魔を持った高ランクカードで固めたデッキ。終盤までもつれ込まれるとほぼ対処手段がなくなる。ハゲコンと呼ばれるのはチャモロが僧侶だから
マドハンドワンキル
マドハンドの増殖効果をループさせて大量に並べてから全体バフして一気に顔を殴るデッキ。ワンキルといいつつ実際は序盤からひたすらチマチマと顔を削ってくる。第二弾で全体除去の性能が高くなると途端に完全に姿を消すことになる。
スライム系モンスターとそれを強化するカードで組まれたアグロ。スライム系カードで固めて前のめりに組んだだけなのにやたらと勝率が高かったのだがベータテストの段階でカードが何枚も修正されてスライム関連のカードは軒並み腐ることになる。ライバルズ運営はさんすうが苦手という噂が囁かれる原因となる。
はかぶさ
デッキから装備品をランダムサーチするトルネコの効果で手札にはやぶさの剣やもろはのつるぎといった強力な装備品を加えそれを次々に適当なミニオンに装備させるデッキ。強力なパパスの剣を死亡時に残すパパスもキーパーツとなっている。盤面によっては武器を2つ装備したミニオンが凄いダメージを叩き出すためこの名前で呼ばれるがコストがやたら高い破壊の鉄球を使われることはほぼない。重要パーツであるパパス・トルネコをフルで積み込む派と腐るから少し減らす派の対立で定期的にスレが荒れる。
攻撃対象がランダムな遊び人やギガンテスでひたすら殴るだけのデッキ。小型のミニオンを並べられたらまわしげりやベギラマで減らせばよく、中型・大型同士の戦いならコスト比に優れている遊び人等が有利なのでどんな相手にも対応できる。運ゲーとしか言えない決着の付き方の多さや戦い方の単純明快さからパワー系池沼という蔑称もある。ニートと呼ばれるのは盤面を取りたい状況でも顔を殴る遊び人が最初のうちニート扱いされていたから。
カードアドバンテージの高いカードで盤面を除去しつつ手札を魔法カードで埋めてから手札の魔法カードを全て捨てその枚数だけ威力の上がるマダンテを顔に叩き込むデッキ。コントロール色が強く防ぎようのない部分があるため嫌われている。
はぐれメガンテ
カード効果を受けないはぐれメタルやメタルキングにメガンテを使うと自分は無傷なのに盤面にだけダメージを与えられる現象を利用したデッキ。どとうのひつじやパルプンテといった自爆的な全体除去を大量に加えて何度も盤面をリセットしてくるため萎えるので嫌われている。
引換券
断末魔や雄叫びでミニオンを呼んでくれるミニオンとほんの少しの除去カードで作られたアグロデッキ。いわゆるZoo。主に使われるのはライアン・5主人公・カンダタ等であり名前の由来となったテリーは使われていない。単純明快なデッキながら勝率は非情に高くグッドスタッフ的な側面も強いことからデッキに入っているカードのほとんどがナーフを望まれている。
試合中にタイミングよく回線を切ることで試合を無効にする戦術。それまでの苦労が水の泡になることからこう呼ばれる。強いデッキ教えろという質問に対して環境最強勝率100%のデッキとして紹介されることが多い。
東京五輪のロゴ騒動もひと段落したので、ロゴタイプ、及びシンボルについて、思うところをまとめてみようと思う。
まずは、形態としての美しさがある。
これについては、もはやシンボルマークにおける美は死んでしまった、と言っても過言ではない。
シンボルマークに求められる美は、単純の美である。円や三角形のような、これ以上削れない、というところまで形態をそぎ落として行った先に、シンボルマークに相応しい美がある。
ところが、世の中にシンボルが溢れた結果、先行して作られたシンボルは商標登録され、後発は同じようなかたちを使えない、もしくは模倣であるというレッテルを貼られる、という事態に陥っている。
東京五輪の事案で、佐野案ロゴをあまり気に入らないとは言いつつも、ほとんどの見識あるデザイナーが「最初から作り直した方が良い」とは言わなかった理由がここにある。
シンボルにおいて、単純であることはそのまま美に直結する。しかしながら、単純であればあるほど他のシンボルと類似しやすくなる。
このジレンマを理解している人であれば、あのような騒動に加担しようとは思わない。
外野ながら事の進展に全く暗澹としたが、あの泥沼の中から凛然と輝く野老案が選ばれたのは奇跡的といえる。
具象性、と言い換えてもいい。要するに、「この図は何を表しているのか」ということである。
これは、難しい。なぜか。
シンボルはあくまでシンボルであり、決して具象絵画やピクトグラムではないからである。
上で述べた通り、シンボルマークにおける美は、抽象化し、単純明快に切り取るところにある。
これは、具象性とは正面から相対するものである。多くの場合、両立は出来ないが、
良識あるデザイナーはここで「何とか両立できないか」と腐心する。
社会の中でどのように利用されていくのか、ということを考えたとき、引き伸ばして使われる場合、ポスターの一部として埋め込まれる場合、
またはエンボス加工される場合、はたまた布地に印刷される場合など、様々な利用シーンを想定して作られている。
小さなものから大きなものまで、どんなシーンでも一定のイメージを伝えられるシンボルマークの面目躍如といったところだろう。
この様々なものに使っても問題のない設計は、経験者でなければ難しい部分がいくつもある。
小さく使って潰れないように。多少滲んでも形態が認識できるように。大きく使ってもエレガントなように。別メディアで展開しても色等の統一に困難がないように…など、
気を遣うポイントが大量にある。ただマークを作って終わりではないのである。
この、美と具象性と社会性の区別がついていない人々によって、佐野案ロゴは引き摺り下ろされたと言っていい。
氏にとってはとんだ災難だったろう。
また、五輪ロゴにとどまらず、騒動の際に氏のデザイン事例を「オリジナルではない」としてやり玉に挙げる記事が多く出回ったが、
それらがオリジナルかどうかと、五輪ロゴの問題とは切り離して考えなくてはならない。
仮に、氏のデザイン表現にオリジナルではないものがあったとしても、大きな問題があるとは思えない。
先に述べたロゴの問題と同様、デザイン表現においても、何かを「これがオリジナルだ」と認めるのは大変難しいのである。
少なくとも、平面におけるデザイン表現には、必ず先行事例がある。
これは先行事例がない、と言える例はきわめて稀で、
多くの場合、「先行事例はない」=「先行した権利者がいない」というだけの話である。
過去、デザイナーたちが李朝の民画や、琳派などに参考事例を求めた一端には、
この「先行した権利者がいない」ところを求めた結果という、泥臭い理由もあったのではないか。
そして、不幸にも「表現における先行した権利者」がいた場合であっても、
両者間で話がついてしまえば、我々外野が声を上げる理由などどこにもない。
本来、ワイドショーで取り上げるような話ではなかったのである。
五輪ロゴ問題が下火になった後、今度は築地の移転先、豊洲市場の問題がワイドショーで取り上げられた。
現在では次第に「既定路線が(現実的には)正だった」という像が明らかになりつつあるが、どうも話の構図が似ている。
共通点は「素人が、ドキュメントも読まずに、素人考えのままちゃぶ台をひっくり返す」というところだ。
これらから得られる教訓は、
私が敬愛して止まない、ふみふみこさんという漫画家さんがいる。
その方が本日twitterで下記のような事をおっしゃっていた。
発行部数が少なく、書店にあまりおいてない上、Amazon楽天もずっと欠品状態ですが、重版かからないと打ち切りという謎の状況です。ははは(乾いた笑い)どうぞみなさまご協力ください。としかいえません。まずは一話お試し読みを読んで下さい→https://t.co/QhCOic31uS— ふみふみこ@3/25『qtμt①』発売 (@fumifumiko23235) 2017年4月13日
本日はこの
「書店にあまりおいてない上、Amazon楽天もずっと欠品状態ですが、重版かからないと打ち切りという謎の状況」
漫画家(作家)が本を作って中身が完成してそれが世に出る事になった時、
同時進行で出版社内で行われているのが「部数の決定」です。
この本はどれだけ売れるだろう。
我が社の本はどれくらい売れるだろう。
この作者にファンはどれくらいいるだろう。
類書はどれくらい売れているだろう。
カバーの出来はどうだろう。
中身の出来はどうだろう。
事前の評判はどうだろう。
どんな人が買うだろう。
などなどなどなど、
まあ、いろいろ考えるわけですよ。
毎月たくさんの本を扱っているから、
数字のことはおおよそ分かる。
でも、作品のことは実はそんなに詳しくない。
当然だ。毎月かなりの量の本が出ているんだから、
そんなわけで部数はだいたい
・同一作者の過去実績
・類書の実績
さて、部数が決まったら営業は
これを「配本」って言います。
これを決めるのは営業部だったり、
でもわかりにくいのでその辺はスルーしてね。
全国で書店はだいたい13,000店くらいあるので、
この部数が多いのか少ないのかは、なんとも言えないですね。
ケースバイケース。分かりやすくするための数なので気にしないでね。
さーて、ではここで配本をするわけですが、
めちゃくちゃざっくり言って、
・実績配本
・均等配本
・傾斜配本
名前の付け方は仮です。
【実績配本】
その名の通り、実績で配本します。
シリーズ続刊だったら
「前の本が何冊売れたか」
4巻が2冊しか売れなかったのに、
5巻で50冊の注文を出しても2冊しかくれないよ。
読んで字の如く実績で配本するので、
続刊の時がだいたいこれです。
【均等配本】
全部のお店に均等に入れよう。という配本です。
今回のケースで言えば、
13,000店で13,000なので、
全部のお店に1冊ずつ送ろう!
でも、こんなやり方、ほぼ絶対にやりません。
売れる本が同じだなんてことは無いでしょう。
それぞれ得意不得意があるわけです。
じゃあ、得意なところにたくさん入れて、
不得意なところに入れるのやめようぜ。
というのが、三つ目です。
【傾斜配本】
もう、さっきほとんど全部書いちゃいました。
要するに、お店や地域によって配本数を変えるのです。
13,000部の本だけど、秋葉原でめっちゃ人気ある人の本だから、
秋葉原のオタク向けのお店4店舗にそれぞれ100冊ずつ置いてもらおう。
オタク向けのお店は全国展開していて、
それぞれのお店には15冊ずつ送ろう。
1冊か、送らなくてもいいや。仕方ないよね。
的なことをするわけです。
買いたい人と売りたい人のマッチングを考えるとこれがベターですね。
ん?
全部のお店に最低2冊は入れて、その上で秋葉原とかの量を増やせ?
刷って売れなきゃ赤字。
売れても刷った部数の5割は売れなきゃ赤字。
5割売れても5割じゃ続刊も無理。
って話だから、諦めてね?
さーて、そんなわけでいよいよ発売になった本。
当初の予想と少し違って、売ってみたら一般店で売れました。
なんかね、イオンの中に入ってる本屋さんで主婦が買ってるんだって。
ということは往々にしてあります。
でも、配本した時は秋葉原に傾斜をかけていたせいで、
イオンの中の本屋さんには2~4冊くらいしか入ってなくて、どこも完売。
「どこにも売ってないよー」の声があがりはじめます。
「売れてるし買えない人がいる。重版して!」
ところがどっこい。重版はできないのです。
読んで字の如く「市場に出回っているまだ買われていない在庫」です。
実は2,000部くらいになっていました。
池袋とか、大阪の日本橋とか、そのほか色々にも多めに送っているので、
13,000部のうち4,000部がそれらのお店に置いてあるのです。
もちろん、他にも置いているけれど売れていないお店はたくさんあります。
全部合わせて、2,000部くらい売れ残っているとしましょう。
するとどうでしょう。
世の中には「まだ6,000部の売れていない本がある」のです。
んで、これは「売れずに出版社に戻ってくるかもしれない本」なのです。
その状況で追加の重版はできないですよね……。
これが
「発行部数が少なく、書店にあまりおいてない上、Amazon楽天もずっと欠品状態ですが、重版かからないと打ち切りという謎の状況」
の正体です。
では傾向と対策。
そんなこと、言えるはずがないですよね。
「このお店で買うと栞がもらえるよ」
「このお店で買うと描きおろし冊子がもらえるよ」
「このお店で買うとサイン色紙がもらえるよ」
というのは、要するに
「このお店にたくさん本置いてもらうからそのお礼にいいものを付けるよ」
特典が付くお店には他のお店よりたくさん置いてある
=そのお店に行けば本を買える可能性が高い
のです。
この事実を知ってもらって、
店舗特典情報をきちんと出してもらうことがいちばん効果的です。
あと、例えば
「イオンに入れた4冊が1週間で3冊売れた」
と
「秋葉原入れた100冊が1週間で75冊売れた」
やばいです。100冊入れて75冊売れたら、即重版検討案件です。
しかも、秋葉原で売れたのであれば他のオタク街でも売れるのでは。
なので、オタク向けの本を描いていて、それを売りたいのであれば、
是が非でも「秋葉原で買え」というのがいちばんの効果を生むのです。
そうなんですよね。
読者にそこまで負担を強いるの、下の下ですよね。
買ってくれる人になぜ負担を強いるのか。ぷんぷん。
次善の策として、よく言われるのが「予約」です。
効果的な予約は、発売1ヶ月以上前にしないと、ほぼ無意味なのです。
本屋さんで売り切れてる本を予約して
「2ヶ月待ち」と言われたことありませんか?
あれ要するに
「出版社の手元に在庫無いから重版するか売れ残ったのが戻ってきたら送るね」
という状況なんです。
発売前の予約だと、配本時にその分の冊数が優先されます。
実は思われているほど冊数が極端に売れるわけではありません。
300とか500冊くらいで売れている方だと思われます。
なので、在庫切れは頻繁に起こるんですよね……。
みんなで秋葉原に行こう!
ちなみに重版については
http://anond.hatelabo.jp/20161218163305
を参考にするといいんじゃないかな。
私的には書いた人が悪い。
『甘える』というのは(関係性の近さに因り)許されるだろう、迷惑行為を犯すことである。
この時点で
という形式が確定する。
迷惑行為をする以上は『許す/許さない』の判断は被害者によるものであり、被害者は『許さない』を選択した。
感情というのはまず、受けた刺激を『快/どうでもいい/不快』のパラメータで認識する。
本能でその感情に直結した行動がデフォルトで設定されるが、経験や価値観、性格、総じて理性といったもので取る行動を設定しなおすことができる。
書き手はそれをするように求めている。
が、行動の再設定は『判断するリソースがある』時に限る。つまり正常な思考能力と考える時間がある時にしかできない。
状況は「眠くて寝落ちするほど眠たい状況で叩き起こされた」場合であり、また用件は「叩き起こされてまで聞くほどのことではない」ことだ。
(この「聞くほどのことではない」というのは典型的男性脳で思う「解決策を求めない話」「知っておくべき情報ではない話」という類のものである。今回の場合、痛み止めと医者以外に解決手段を持たないし、そもそも話し相手が自分である意味がないため価値を感じない)
ここで
(1)書き手の訴えを聞く(メリット:好感度アップ / デメリット:解決しようがない、睡眠時間が減る)
(2)自分の睡眠を優先する(メリット:充足 / デメリット:怒られる、または不明)
という行動選択になる。
直前まで睡眠を取っていた脳に、(1)のメリットもしくは(2)のデメリットを検討材料として挙げられていたかというと難しいと思う。
となると必然的に(2)を選ぶことになる。
なので私にとって、彼の選択はごく自然で全く非のないことだと思う。
だがお腹が痛かったら迷惑をかけたり法を犯していい訳ではない。
要望は迷惑行為であり受け入れられなかった。その現実を早々に受け入れた方がいいのではないだろうか。
というか『甘えたっていいだろう』という善意の強要をする姿勢(または自分の要望は全て通るものだと思う姿勢)を根本から改めた方がいいと思う。
要望を通すかどうかを決めるのは要望を通せる権限を持つ方である。
世の遍くほどこしを受ける全てに、ほどこす側の善意を強要する権利はない。善意は当たり前ではない。
(なお文句を言う権利はあり、文句を聞くかどうかの権利はほどこす側にある。)
それに世の誰が許しても彼が許さなければ有罪である。であれば罪は償うべきだ
書き手がまずするべきは「寝てるときに起こしてごめん。腹痛はもう大丈夫です」と謝罪することだったのではないだろうか。
もうとっくに手遅れのようだが。
なお、書き手の怒りは自分の要望が自分の思い通りに通らなかったことへの憤りであり、こちらも生理という肉体的苦痛により行動の再設定に割くリソース不足で怒り以外の選択ができなかったための残念な結果である。情状酌量の余地はあったと思う。
が、反省する意思はなく再犯の恐れが増大したため、情状酌量すべきではない(やっぱなし)との考えに私は至った。
書き手自身も、冷静になって考えさえすれば、自分の全ての要求が100%通るなんてことはないということに気付くだろう。(気付かないならそれはそれで。どうせ私に実害ないし)
また立場を逆転させてみて、夜中叩き起こされて唐突に自慢話(典型的女性脳が判断する「聞く価値のない話」)をされれば電話を切り睡眠を優先するのも分かるだろうと思う。
手遅れではあるものの、そういった時に本当は自分がどの行動を選択するべきだったかを考えるべきではないだろうか。
そして次回は受け入れられない甘え方をしないように、経験として蓄積するといいと思う。
なお当カップルが今後も交際を続けるのに必要なのは理解であると思う。
生理の痛みの理解ではなく、痛みを感じているときにとる行動と目的の理解である。具体的には
「生理の苦痛から逃避する手段として甘えたいと思っている。甘えるというのは好きな人に『大丈夫か』などと気遣ってもらう行為などのことを言い、心配されている・優しくされているというのは精神的な鎮痛薬になるため大変有用である。あなたとのコミュニケーションのみで成立するため、是非とも協力して欲しい」
ということだろうと思う。
まぁ共有のみならず理解までを求めるなどというのは大変な手間であり、つまりデメリットであり、それを差し引いてでも恋人でいて欲しいかどうかは当人たちの愛の強さ()によるのではないだろうか。
という訳で通りすがりの他人としては「とっとと別れろよwww」と感想を述べておく。
なお短絡的に『彼氏が己の罪を認めて土下座して謝り「二度と生理中のきみにひどい対応をしない、優しくする」と誓う』という対応が彼女の要望が通りかつ優越感も得られて単純明快だとは思うが、今後DV女になる可能性が高く、また彼氏が浮気か自殺をする要因になると思うので、老婆心ながら選択すべきではない行動だと愚考する。
○朝食:なし
○調子
はややー。
仕事はのらりくらりと適当にこなした。
○お便り返信
よかったー、ここ数日「はややー」がなかった淡々とした日記だったから心配してたよー。
次に気を付ければOKよ。
そうですね、どうも同じプロジェクトに長居する予定なので、今後は対策も含めてやっていきたいです。
type-100 酌するのもされるのもなんか落ち着かないので、気楽に飲みたいよね
death6coin ゲームは?
http://b.hatena.ne.jp/death6coin/20161125#bookmark-309888021
終電のときでも、コマスターのログボ、ポケとるのデイリーイベント、バッジとれーるの台チェックはしてはいます。
ただ、それを書くのが面倒になる感じです。
nagatafe 「てへぺろ」「むきゅー」で通そう
いいですか、島村卯月がアニデレでひたすらに横ステップをしていたのは「前に進めていない」ことの暗示であり、
じっさいにスマイリングやCP全体曲に横ステップがないことはどうでもいいんです。
そういうことです。
(何が何やら)
usausamode セップクモナカをてにいれた
なんのことかわからずググりました。
こういうお菓子があるんですね、そうですね旅行にでも行った時に手土産を差し入れるぐらいは考えておきます。
「なんでミスったんだ」と問い詰められる会議を指して、裁判と言っています。
ちなみに、裁判は淡々と終わりました。
usaginokainushi ポケモンまだ最初の島にいる…。
http://b.hatena.ne.jp/entry/310050536/comment/usaginokainushi
レートを全シーズン満喫したいとかでない限り、自分のペースで楽しむのが良いと思いますよ。
とはいえ、個人的にはポケリゾートはオススメの遊びでかつ、デイリー要素が多いので、早めにそこまではプレイすると楽しそうですが。
次のお便りはちょっと長いので略しました、詳細はURLをクリックしてください。
システムについても語って欲しい
個人的に凄く褒めたいのが「ハッキリしたストーリー」って部分なんですよ。
というのも、ポケモンって良く言うと暗示的、悪く言うととボンヤリしたストーリーが多かったんですね。
例えば第四世代と呼ばれる「ダイヤ・パール・プラチナ」(以下DPt)だと、小さい頃機械が友達だった悪の組織のボスが世界を完全なものにするために今の世界を破壊するとか。
第五世代と呼ばれる「ブラック・ホワイト」(以下BW)だと、ポケモンの解放を謳う悪の組織がポケモンをモンスターボールに閉じ込めることの是非を問うとか。
こう、何か子供に伝えたいメッセージがあるんだろうけど、暗示的な部分が多すぎるせいで、なんかもう宗教の自己啓発みたいなちょっと近寄りがたい雰囲気みたいなのを、僕は感じてたんですよ。
この辺は過去作をプレイしてもらいたいんですけど「なんか難しいこと言ってるけど、要するにどういうこと?」みたいなシーンが多くて、正直子供向けの作品としては歪だったと思っています。
これ、本当は「大人は深読みして楽しめる」と「子供はセリフを追うだけで楽しめる」みたいなのを両立しようとした、スタッフの努力だとは思うんですよ。
なんだけど僕としては、隠しきれてないし、のわりに暗示的すぎてイマイチ意図がつかめない、って感じでした。
ところが、今作は単純明快です。
「傲慢な母親に振り回されるも、最後にはそれを振り切り、自分の冒険を始める『リーリエ』と『グラジオ』」
「過去に主人公同様に冒険をしたが、その結果に納得がいかず今も燻っている『グズマ』」
「『グズマ』と同様に結果は最良ではなかったものの、自分で納得し受け入れ、新しい夢を持ち、そしてそれを叶える『ククイ博士』」
とこの五人の設定が、自立というテーマのもとに非常に明確なんですよね。
と
過去の結果を受け入れその上で新しい夢を持ち、それを叶えるククイ博士
なんかは、作中でも明確に「僕は君と違う」的なセリフがあるので、意識して対比されてる感じでした。
特に文量を割かれているリーリエのエピソードはどれも秀逸でした。
まず興味深いのがリーリエはポケモントレーナーじゃないんですよ。
これって、要するに「ポケモンを持って旅をできるほど、リーリエは親から自立できていない」という意味だと思っています。
ポケモンをプレイするとすぐわかるんですが、町の至る所にいるモブですらポケモンを持っているんですよね。
そういう意味で、あの世界ではポケモンを持って旅をしたり、ポケモンと暮らすのは、当たり前のことなんです。
それはなぜなのか?
というのが、超重要キャラでありリーリエの母親の『ルザミーネ』の性格にあります。
娘のリーリエが自分の命令を聞かないとブチギレ、あっさりと捨てる。
そんな親のせいで、リーリエは本当なら自立できる年齢(※ポケモンの世界の話で、現実で11歳が自立する必要があるって意味じゃないよ)なのに、ポケモンも持てず主人公に頼るしかないんです。
この「親から自立できていない子供のリーリエ」との交流エピソードは、サン・ムーン全体のなかでかなりの文量を割いて描かれています。
これらの細かいエピソードで、リーリエが可愛いことについては、プレイして感じて欲しいですね。
(決別とは書きましたけど、別にリーリエがルザミーネを捨てるわけじゃないのも、良い点だったと思います。
兄のグラジオが「あんなのでも親だからな」と言っていましたが、本当その通りで、このバランス感覚は子供向けながらすごいと思います)
ただ、だけれども、結局この「決別」は、プレイヤーである主人公がルザミーネをバトルで倒すことで完了します。
もちろん、先ほど書いた通り、リーリエはポケモンを持てないほど自立できていないからこそ、誰かが助けないといけないから、これは仕方ないんです。
仕方ないんですが、ここでリーリエにとっては、きっとシコリが残ったんだと思います。
そして、最後の別れに繋がるんですよ。
リーリエは冒険の途中に「主人公に色んなことを教えて欲しい」とか「主人公がいてくれてうれしい」などと、好意を向けてくれます。
だのに、最後の最後で、リーリエは主人公の元を離れて、自分一人で冒険の旅に出ます。
それも、サン・ムーンの舞台になった場所とは遠く離れたところへ。
これって要するに、リーリエは親であるルザミーネとは決別できたけど、それは主人公の手助けによるもので、
結局テーマである「自立」は成し得てないってことだったんですよね。
だから、リーリエは主人公に甘えたくなかったんですよ、きっと。
本当は冒険の途中に何度も言っていたように、主人公と一緒にいたかったんですよ。
けど、きっとそれは彼女にとって「対等な関係」じゃなかったんでしょう。
ちょっと表現が難しいですけど、リーリエが泣くと助けてくれる主人公、リーリエのためならなんでもする主人公、そんな関係の行先が、結局母親であるルザミーネとの関係とかぶったのかもしれないです。
だからこそ、リーリエは主人公からも自立し、最後の最後、旅に出る。
長々と書いてきたけど、リーリエの自立の物語としてとっても面白くて、それでリーリーエがとても可愛くて……
立派なポケモントレーナーになったリーリエといつか再開する続編やリメイクがプレイしたいなあ、と思いを馳せてしまいますね。
・システム
これ、メチャクチャ長くなるわりに、システムだから攻略サイトとか公式サイトとかを見た方が硬いと思うけど、
一応ざっくり。
・種族数:第一世代151、第二世代251、第三世代386、第四世代493、第五世代649、第六世代721、第七世代801(※2016年11月29日時点、例年だとここから三匹ぐらい増える。いやまあ解析情報知ってるけど一応何匹かは伏せときます)
種族ってのは、ポケモンの見た目とかを後述の種族値などを決める要素っていうか、まあキャラクタの数ってことだね。
とはいえ、この数は図鑑NO基準で、中には同じ図鑑NOでありながらも大きく見た目や能力が違うポケモンもいます
・種族値(第一世代では「HP、こうげき、ぼうぎょ、とくしゅ、すばやさ」の五つ、第二世代〜第七世代では「HP、こうげき、ぼうぎょ、とくこう、とくぼう、すばやさ」の六つ)
よく言われる例えだと「人間は知恵がある」「ゾウは鼻が長い」みたいな感じかな。
ちなみに、第一世代から第二世代への移行時に「とくしゅ」が「とくこう」と「とくぼう」に別れました。
第六世代と第七世代では、種族値にテコ入れが行われ、世代が変わるだけで強くなったポケモンもいます。
・個体値(第一世代〜第二世代では16段階、第三世代〜第七世代では32段階)
よく言われる例えだと「同じ人間でもAくんは足が速い、Bくんは足が遅い」みたいな感じ。
この個体値は、第六世代までは絶対に変更できない要素だったんだけど、第七世代からは強化できるようになりました。
・努力値(第一世代〜第二世では全てのステータスが65535まで貯める。第三世代〜第七世代では510を各ステータスに割り振る但し1ステータス255まで)
255までについてはツッコミきそうだな、第六世代からは252だけど、ただし255と252はステータス計算で切り捨てられる都合上実質同じです。
よく言われる例えだと「DNAが同一の双子のAくんとBくんでも、運動部のAくんは運動が得意で、勉強に熱中してたBくんは頭がいい」みたいな感じ。
25個あり、性格によって「こうげき、ぼうぎょ、とくこう、とくぼう、すばやさ」どれか一つが上がりやすくなり、どれか一つが下がりやすくなる。
……ごめん、これメチャクチャしんどいわ、解析情報も含めて完全に伝えようとするから大変なのかな?
まだこの後に
・性別
・進化
・タイプ
・わざ
・特性
・メガ進化
・もちもの
・リボン
とかがあって、その上で、
これらの要素をどう上下させるのか? みたいな遊びの部分にようやく切り込めるわけだから、ちょっとゼロから書くのはしんどいな。
ざっくり赤緑からの新要素を書くと…
ってそれでもしんどいよ、20年前だもんなあ。
・とくせい
例えば「ゴースト」なら「ふゆう」って特性があるから、地面タイプの技が効かないよ。
「カイリキー」なら「ノーガード」って特性で相手に必ず技を当てれる代わりに、相手の技も必ず自分に当たるよ。
同じ「カイリキー」でも「こんじょう」って言って毒とか麻痺のときに攻撃力が上がる特性の「カイリキー」もいるよ。
・Z技
一回の戦闘で一発限りの大技。
このZ技を使える持ち物「Zストーン」を集めるのが序盤の目的だよ。
・ポケリゾート
いわゆる「放置ゲー要素」だよ。
設定すれば電源を落としてても自動でレベル上げや、木の実育てや、有利になるアイテム探しや、ポケモン捕獲をしてくれるよ。
・フェス
オンライン要素だよ。
バトルや交換はもちろん、ミニゲームも遊べるよ。
ちなみに、オンライン交換は
「フレンドと交換」(赤緑の頃の通信ケーブル交換とほぼほぼ同一、ネットを介すだけ)
「GTS」(ソシャゲのトレード要素を自動化した感じ、自分のポケモンを預けて、そこに「○○希望」って設定すると、オンラインのリストに載って、交換が成立すると自動で交換されるよ)
「ミラクル」(オンラインの誰かとランダムで交換。序盤の虫ポケモンが来ることもあれば、超強いポケモンが来ることもあるよ)
これぐらいかなあ、もうちょいこう何が知りたいかを教えてくれると、書きやすいかな。
おくびょうが出たので、残りは
わんぱく、おっとり、れいせい、むじゃきの四つ。
とはいえ、おっとりとむじゃきは別に使用用途が思いつかないので、れいせいが出たら終わりにしようかな。
一本釣りなら、適当な冷静から卵グループ連絡網を使って遺伝させていく方が早いので、明日からはそちらに切り替えよう。
と思ったんだけど、冷静が一匹もいないんだけど、ポケリゾート開拓のためにそれなりに捕獲してるのにこれは面倒臭いな。
そうえばサファリにポロックだかポフィンだかを置くと狙いの性格が出やすくなるシステムが昔にあったよね。(関係ない話だな)
未プレイ。
ノー課金。
ノー課金どころか、欲しい台が一つもなかったので、コンプしてる台をもう一回プレイした。
○ポケとる
・キュレムを捕獲。(レベル4で捕獲できた、すごく運がよかった)
今回開催されてる他のイベント、ファイヤーとゼクロムとバクフーンは捕獲済みなのでスルー。
メガスキルアップ集めやスキルパワー集めみたいなエンドコンテンツにはあまり興味がないしね。
それだけに、そろそろメインステージをせめてメガレックウザぐらいまでは進めないとなあ。
ログボのみ。
主人公は、幼いころからアトピーゾンビウイルスの痒みと痛みと醜い肌に苦しめられ、いじめと虐待を受け続け、さんざんな学生時代を送る。
しかし、ひょんなことから容姿に優れた可愛い女の子と仲良くなり、人生初のデートを経験する。
だが、その人は恋愛詐欺師で、今まで必死に働いて彼女に買ってあげたものは全部質屋に入れられていることを知った主人公は人生に絶望して自殺する。
その後、彼女は主人公の葬式に行かないで、だまし取った金で容姿の優れた他の男と楽しそうにデートしていましたとさ。終わり。というストーリーの漫画が読みたい。
「聲の形」では耳の聞こえない美少女であり性格もいい人がヒロインだ。
なぜ身体障碍者は漫画の中心人物になれてアトピー患者はなれないのか。
痒みや痛みで歪んだ表情、かさついてたりドロドロしていて赤くて不潔な肌、醜い皮膚を掻く動作。
どれも人を不快にさせるものばかりだ。だから漫画の中心人物になることはない。
金を払って不快な気分に浸りたい変わり者は少数だ。
健常者が住んでいる惑星地球という名の健常者ランドでは、身体障碍者は金儲けの道具として使われ、醜い非健常者は迫害や差別や嘲笑を受ける。