俺はカン先輩に頼まれて、夏祭りの会場で綿菓子売りの手伝いをしていた。
カン先輩は人格者とは言えないが、俺に労働のイロハを教えてくれた人だ。
多少の恩義は感じているので断れない。
何より、そんな先輩から「ウマい話がある」と言われれば尚更だ。
「マスダよー、つまらん粗探しやめろや。本場でコテコテな喋りするのは少数なんやから」
カン先輩は持ち前の愛嬌で売り子として働き、俺はというと綿菓子を作ることに専念していた。
綿が出始たら、濡らした割りばしをタライの中でクルクルと一定のリズムで回して絡ませる。
ある程度の大きさになったら、ソレを袋に突っ込む。
せいぜい気をつけるべきことは、ほんのりと漂う甘ったるい匂いに頭をやられないようにする位である。
俺はそれを埋めるように、カン先輩に疑問を投げかけた。
「カン先輩、なんで綿菓子がこんなに高いんですか。これ材料は砂糖だけでしょ」
それに出来たての方が美味いのに、わざわざ袋に入れて時間のおいたものを提供するってのも奇妙な話だ。
そんなものに高い金を出して買う奴らがいるのも理解に苦しむが。
「チッチッチ、甘いなマスダ。綿菓子より甘い。お前そーいうとこやぞ、ホンマ」
「どういうことです?」
「物事は、必ずしも本質ばかりに目を向けていて解決できるものじゃないんや」
カン先輩お得意のやり口だ。
自信満々に袋を差し出されて、俺はとりあえず念入りに触ってみる。
「目ン玉ついとんのか。この絵や」
俺の薄い反応にカン先輩は苛立ち、袋に描かれた絵を指差す。
アニメのキャラクターがプリントされており、確か『ヴァリアブルオリジナル』の登場人物だと思う。
「つまり、この袋が高いってことや」
たぶん、それを踏まえてなお割高だと思うのだが、俺はひとまず納得して見せた。
「なるほど。プリントの特注、そしてキャラの使用料というわけですね」
「そ、そうやな。後は綿菓子機のレンタル代とか、ショバ代とか……」
カン先輩の目が泳ぐ。
どうやら、どこかの過程でチョロまかしているらしい。
これは深く切り込んだら面倒くさい案件だな。
周りの出店を眺めてみる。
子供の頃は気づかなかったのか、それともここ数年で様変わりしたのか、阿漕な商売ばかりが目につく。
「何だかすごくグレーなことをやっているような印象が」
俺にとっては至極真っ当な疑問だったが、カン先輩にとっては愚問であった。
やれやれと、溜め息を大げさ気味に吐いてみせた。
「マスダ。こういう所で楽しんでいる客はな、“積極的に騙されている”んや」
「積極的に騙されている?」
「そうそう。夢と希望の国みたいなもんや。愛くるしいキャラたちは実際には着ぐるみで、その中では愛くるしくない人間が汗水たらしとんねん」
「そうや。タネが分かってても楽しめるってことが言いたいねん」
「分かっとるやないけ。つまりはそういうことや。夢と希望なんてもんはな、見たい人間が見れるようにできとんねん」
先輩の言う「積極的に騙されている」っていうのはそういう理屈らしい。
なんだかもっともらしいことを言っているようにも聞こえるが、俺たちがその実やっていることは割高な綿菓子を売っているだけだ。
仮に先輩の言う通りだとしても、人を騙して楽しませる代物としては些かお粗末に思えて仕方なかった。
「この綿菓子袋に、騙されても良かったと思えるほどの夢や希望が詰まっていると? 傍から見ればバカみたいに見えるんですが」
「傍から見てアホだと思われるくらいの方が、楽しんでるって感じせえへん? なんにでも言えることや。ゲームでめっちゃ課金しまくるヤカラおるやろ。ああいうのも積極的に騙されに行ってるから楽しめるんやで」
「楽しもうとする気概が大切、ということですか?」
「そうそう、要は“楽しんだもん勝ち”ってことや」
そもそも勝ち負けで語ることなのか、仮に語るならば明らかに負けていると思うのだが、それ以上は何も言わなかった。
俺たちはそんな人間から利益を得ているので、案外悪い気はしなかったからだ。
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