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2020-08-06

YouTubeもインスタもツイッターも飽きてきた。投稿するでもなくそれらを眺めて過ごしてきたが、いよいよこの時がきてしまった。なにを見ても頭に入ってこない。思考力がポロポロ落ちていく。暇つぶしに見てた占いアプリも占った内容を忘れてしまう。実家県内だがお盆帰省しないことにした。それでも休みはあるので、必ず時間を持て余すだろう。どうやって過ごそうか。ひとり身だから掃除洗濯は1日で終わるだろうし、今の時期外出は避けたい。残るはスマホアプリだけだったのに。

旅行映画外食美術館温泉カラオケ。それらを控えなければと嫌ほどわかった今、今までの休日の過ごし方が通用しない休日が始まる。

2020-08-03

小陰唇縮小手術を受けた

小陰唇縮小手術を受けて、ほぼ全工程終わったのでレポートする。

【手術を受けた理由

ずっと小陰唇の大きさが気になっていて、下着ストッキングで締め付けられると痛かった。

自転車も乗りにくい。

擦れて痒みもあった。

トイレで小が飛び散るのが最悪。

初めてボーナスが全額支給されて、一括で受けられる程度の額だったことが最終的な決断理由

あと在宅勤務中にやったほうが楽そうだと思った。

病院選び、費用

ずっと病院は色々探していたが、同様の手術の口コミ等が良い、女性医師のところにした。

CMとかやってる大手は避けた。

カウンセリング

評判通り、頭の良さそうな話し方の女性医師カウンセリングを受けた。

サバサバしているが、話はわかりやすく、疑問や不安にも親身に答えてくれた。

とても気に入ったし、さっさとやってしまたかったので、3日後に手術を決めた。

早いし一括で払うしで、受付のお姉さんにガチ目に心配された。

費用

副皮の切除、麻酔、薬など込みで40万円くらい。

少し相場より高いが、手術中に静脈麻酔で眠らせて欲しかったので良し。

若干安くなるので、経過の写真学会資料等に使われるモニタープランにした。

もちろん顔や名前は出ない。

【手術当日】

手術は昼なので朝から飲食普通に空腹だった。

かなり緊張しながら病院へ向かった。

歩きやすい靴で、しめつけない服装ノーメイクでということだったので、

コンビニに行くみたいな服で行った。

術前に何故かとても待たされた。

着替えて、荷物ロッカー的なところに預け、自分で手術台に乗った。

BGMは何がいいか聞かれたが、特に思いつかなくて困った。

足を固定して消毒等をしてもらい、テレビでよく見る心拍数が出るモニターがついた。

緊張で心拍数が早くて恥ずかしかった。

静脈麻酔を打たれ、すぐにフワフワし始めた。

エヴァエントリープラグみたいな幻覚を見てから記憶がない。

次に目が覚めたのは、切ったところを縫っている最中だった。

局所麻酔が効いているので感覚は全くない。

尻が蒸れて気持ち悪く、ぼんやりしていて動いてしまったので、尻の下のシートを取ってもらった。

縫っているのが頭上のライト金属部分に反射して少し見えたので、動物のお医者さんを思い出した。

ぼんやりしていると、縫い終わったので切ったものを見るか?と聞かれ見せてもらった。

まあ肉だなあという感じだった。

その後は休憩室に自力で移動し、トイレも行き、出血が止まったので痛み止めを飲んで帰された。

だいたい来院から4時間だった。

【術後0日目】

帰りの電車の中で段々創部が痛くなってきた。

しかし何を思ったかパン屋パンを買って帰った。

かなり痛くて動けず、寝そべるか正座(創部が当たらなくて良い)で過ごした。

止血用のナプキンガーゼの圧迫が少し怖かった。

夕飯を何とか食べ、痛み止めを飲める時間になったので飲んだ。

トイレに恐々行ったら死ぬほど痛くてちょっと泣いた。

風呂にはまだ入れないのでそのまま寝た。

【術後2〜7日目】

痛み止めを飲めば普通生活がある程度できた。

在宅勤務中で本当に助かった。

風呂はかなり怯えながら入ったが、そこまで滲みなかった。

寝返り階段などで足が動くとひきつれて痛かった。

3日目くらいまでは、まだ血が出るのでナプキンをつけて生活した。

4日目は美容院に行ったりできた。

塗り薬を塗るのが怖かった。

【術後8日目〜3週間】

入浴(浸かる方)が解禁されたが、怖くて14日目くらいまではシャワーのみで済ませた。

経過観察で病院に行ったが、15分くらいで終わった。

縫合した糸が、ポロポロ取れ始めた。

溶ける糸って面白いなーとか思っていた。

取れた糸の残りが皮膚に当たるのでちくちくした。

さぶたが痒い感じで痒いので、冷やしたりして誤魔化した。

【術後1カ月】

糸は見えている部分は全部取れた。

痒みは風呂上がりに少し感じる程度になった。

日常生活は全く通常通りになった。

塗ったところは固くなっているが、これから柔らかくなっていくらしい。

むくみほとんど取れた。

【術後の感想

人生初手術だったが、静脈麻酔など面白い体験もできた上、煩わしく思っていたものが取れたので、とてもスッキリしている。

トイレでも飛び散らないし、締め付ける衣服問題ないし、痒みもない。

若い方が術後の経過が良いらしいので、早めに受けてよかったと思う。

唯一気になる点は、もともとの厚みが左右で違ったため、切除後も左右で厚みが違うこと。

元の悩みに比べたらあんまり気にしてないけど。

自分でも終わってスッキリしたので、記念に書き残した。

追記 8/6未明

なんかすごい伸びてびっくりした。

いくつか質問や訂正があったので、追記しておきます

しれっと誤字も直しました。

麻酔について

受けた麻酔全身麻酔じゃなくて静脈麻酔というやつ。

完全に全身の力が抜けるか、意識が無くなるだけかの違いらしい。

途中覚醒するのも事前に説明されていた。

・なぜ自分の小陰唇が大きいことに気が付いたか

高校生くらいから、自転車に乗るとなんか痛いなとは思っていた。

大学アトピーになり、皮膚と皮膚が擦れる部分が痒く、掻いてしまうせいで余計に伸びた。

それで、皮膚と皮膚が当たってるから痒いんじゃないか?と思い、これを小さくする方法無いのかな?と考えて検索したところ、自分の小陰唇が平均より大きいらしいということに気がついた。

・なぜ小陰唇が小が飛び散る原因だと気づいたか

手術について説明している病院HPを読んでいて、小の飛び散りが解消される、という記述があった。

これだ!!!となった。

水撒きをするホースの先をを潰して持った時みたいに、小が広がってしまうのは私の小陰唇が邪魔をしているからだと気が付いた。

サバサバしているが…のこと

個人的に、

サバサバしたお医者さん=あんまり話を聞いてくれない

という印象があったので、

サバサバしてたけど親身だった、と記述した。

でもサバサバしてる人で親切な人も沢山いるので、書き方がよくなかったと思います

すみません

保険適用について

保険適用は、一部婦人科施術してもらった場合できるという噂を聞いた。

しかし、手術に不慣れな医師より、高くても慣れてる医師の方がいいかなと思った。

今後保険適用になったら良いよね。

確定申告について

医療費控除については調べたが、美容整形基本的対象外なので無理そうかなと思った。

沢山お読みいただいてありがとうございました。

2020-07-28

父が死んで良かった

実家燃えてなくなった。

母の話によると父はタバコの吸い殻をダンボールにためていたらしい。なぜ父はそんなことをしていたのかは分からないし、なぜ母もそれを危険視しなかったのかはわからないが、とにかくそのせいで燃えた。

僕の昔住んでいた田舎実家はそうやってなくなった。次に見た時には簡単に整地されており、何を入れているかはわからないが小さな物置だけが建てられていてぽつんと建っていた。整地するためにお金が足りないということで僕も30万円を母に渡していた。

その後、父と母と、一緒に住んでいた次男一時的市営住宅のようなところに住んだ。向かいの家ではうさぎ放し飼いにされていた。しかしボロすぎて辛かったらしく、最終的に家を買った。今もそこに住んでいる。その家は2階建てで部屋もたくさんある広々とした家だが、前の住人が物置で首を吊って亡くなったため1千万円弱で購入できたらしい。

父はぶっ壊れていた。

僕が小さい頃の記憶を思い出してみると、父と一緒にファミコンの難しいステージ試行錯誤しながら一緒に攻略したり、将棋で対戦したりしていた。父の仕事場が家から歩いていける距離にあったため、小さな僕はたまに仕事場まで歩いていき、父が仕事が終わった時に一緒に原付きに乗せてもらって家まで帰ったりしたこともあった。

しかし父は脳に異常があった。その関係で度々入院したり、手術を行ったりしていた。何度も仕事を辞め、何度も新しい仕事をしていた。

そのためうちは母がメインで働いている。働きに出ている母のかわりに家事はおじいちゃんがメインで行っていた。食事洗濯や、子ども病気になった時に病院に連れて行ったり、雪で学校へ行けそうにない時は車で送って行ったり。

父は特に前頭葉に異常があり、理性を保てずふとした拍子に豹変することがあった。僕らがゲームをしていたら急に部屋に入ってきて怒り出したり、部屋で普通に過ごしていただけなのにちょっとした発言で急に説教をはじめたりしだした。

一時期はおじいちゃんが目の敵にされていて、おじいちゃんのやることなすこと全てに文句をつけて自分のやり方を強要したり嫌がらせをしたりしていた。ある日次男は父に「殺いたる!」と言われながら追いかけ回されてトイレに閉じこもって避難したりしていたこともある。僕もある日「ボケてるんじゃないの?」と父にいったらそれは禁句だったらしく、急に後ろから思い切り殴られ、しばらくの間耳が内出血した状態で過ごしていたことがあった。

あとは理性が効かないためパチンコにもハマっていた。生活費ほとんど持ち出してしまたこともあるらしい。そのため家族は色々と対策をしていたようだ。とにかく数え上げればきりがない。家族みんなが何度もひどい目にあっていた。いつ何で発狂するかわからない父と過ごす毎日地獄だった。僕は本当に父のことが大嫌いだった。

中学高校の頃は僕も思春期を迎え、なぜ僕だけそんな境遇なのかと自分人生を呪った。特に僕は人と接するのが不得意だったこともあり、なぜみんな日々学校あんなに楽しそうにすごしているのに僕は何もうまくいかないのだろうかと感じていた。そして僕はきっと父親のせいでこんな風になってしまったのだろうから全てが父のせいだと思っていた。

高校で1日が終わったあと、僕は毎日夕方遅くまで部室でだらだらとすごしていた。やることがあったわけではないが家で父と顔を合わせたくなかったからなんとかむりやり時間を潰していた。そうして父がご飯を食べ終えて2階の自分の部屋に閉じこもるあたりの時刻に帰宅するようになっていた。たしかそのあたりでは父に話しかけられても全て無視するようになっていたと思う。正直、早く父がこの世から消えてほしいと思っていた。

進学は田舎から遠い関東大学を目指した。高校での人間関係は何一つうまくいかないし、家に帰っても狂った父親が家にいることが耐えられなかった。とにかく全てを捨てて新たな地で心機一転新しい生活をはじめたかった。

結局僕は関東大学合格し、そっちで一人暮らしをはじめた。自分以外誰もいない家。好きなことを好きなだけでき、誰からも急に理不尽文句を言われることが決してない、人生ではじめての心から落ち着け空間だった。

外での人間関係が決して完璧にうまくいくわけではなく苦悩も多くしていたが、それでも大学サークルに入ってみんなと普段から活動し、その中でいつも遊べる友達も出来てそれなりに充実はしていた。

そんな4年間を過ごし色々なことを経験する中で、僕の心も徐々に溶けていった。

色んな失敗をした。失敗をする中でなぜ僕はこうもうまく行かないんだろう? と考えた。一生このままで生きていかなければならないのだろうかと思った。そんな人生に何の意味があるのだろうかと思った。何もないのであれば死んだほうが良いのではないかとも思った。何かある度にすぐ父のせいだ、と思った。しかし、父のせいにすることは何の意味もないことにある日気づいた。たとえ本当に父のせいだったとしても、この先幸せになりたいのであれば、僕自信が変わっていくしかないのではないかということに、運良くたまたま気づくことが出来た。

それに気づいてからは父のことが頭によぎることがなくなった。自分にとって重要なことは、今後自分がどうしていくか、ということだけとなった。過去は何も関係ない。ただひたすら未来を描いて進むことだけが重要なこと。ひたすら考えて、考えて、考えるようになった。

そうやって過ごしているうちに、いつの間にか父のことを許していた。正確には、父に対しての興味を一切失った自分がいた。

僕は性格的に、一つのことに極端に集中してしまう傾向がある。大切な物は愛おしい。しか自分に全く関わらないものには興味が無い。ちゃんと考えて話している人の言葉は気になる。しか思考停止で人を傷つけるだけの言葉には全く興味が無い。嫌悪ではない。そんな人は世の中にたくさんいることが当たり前だからどうでもよすぎて興味が持てない。だから父のことも興味が持てない。しかし形はどうあれ、許すことも興味を失うことも同列だったため、僕の中で父のことは全てが解決した。

その後の父

僕は自分普段生活のことばかりを優先して考えていて、あまり実家にも帰らなかった。たまに帰った時やたまたまから電話が来た時に話をするのだが、父は窃盗もするようになっていた。窃盗と言っても数千円を盗むくらいだったらしいが。

とはいえ特に意外性はなかったし、その後どうなったのかなども興味はなかった。しかし一緒に住んでいる母としては大問題だった。家族が盗みを繰り返すのを放置してはおけない。

結局そのあたりから、母は自分が不在の時は時々父を介護施設に入れるようになった。もちろんはたから見れば早くそうしとけばよかったじゃん、みたいな話だろうと思う。事実母も父と離れる時間が増えることで精神的にはかなり楽になっていたのではないかと思う。

しかし、施設費用はそんな安いものではない。時々だけとはいえそれなりの費用がかかる。家のローンに加え、介護費用。そのころ母はもう60近かったがとにかく定年まで働かねばと嘆いていた。

そしてなんだかんだで月日が過ぎ、父はどこかの溝に落ちて負傷してしまったらしく、自分で体を動かせなくなってしまった。完全な要介護者となった。

僕はといえば、そんな話を聞いても全く興味が持てず、帰省したときにも特に会いに行こうとは思えなかった。というかそういった発想すら出てこなかった。もう僕の中では全てが終わったことだったため、このままもう二度と会わなくても別にいいと思っていた。会ったほうがいいんじゃないかと兄弟に言われたりすることもあったが断っていた。

終わりが近づく

それから数年が経った2019年年末ちょっと前に母から連絡が来た。父がもうそろそろ長くないとの話だった。丁度正月前後に亡くなるかもしれないということだったため、喪服などを購入して準備をした。

しかし、年末近くになり、再度連絡が来た。どうも結局峠を超えて今のところ問題ないということだった。

年末になり、実家帰省した。正月はだいたいいつも帰省し、子どもたちを妹の子どもたちと遊ばせたりしている。

さすがに状況が状況だったため、自然と父のところへ行く流れとなった。僕は別に行かなくてもいいと思っていたが、妻が子どもたちと父を合わせてあげたいという事を言っていたため、それもまあ子どもたちにとって何かの意味があるだろうと思い、特に拒否もせず行くことにした。

母と僕の兄弟とその家族でそれぞれ数台の車に乗り、大人数でぞろぞろと介護施設へ行った。

部屋に入るとベッドに横たわっている父がいた。父はもう当然自分では動けない状態で、しゃべることもできないため、うー、うー、とずっと唸ったりしていた。目が合うような気もするが特に変わった反応もなく、何を考えているのかは分からないし、そもそも何かを考えることが出来ているのかもわからない。結構多い人数で来たためぐるっとみんなでベッドを囲み、ぎゅうぎゅう詰めとなる。みんなで父の様子を見て、きっと大勢来ているから父もびっくりしているだろう、とか、喜んでいるときの声だわ、みたいな話をしていた。

父はたしかの子たちを見たことがなかっただろうと思うので、子どもをそれぞれ抱きかかえて父の目線の先に連れて行った。特に反応もなく、自分の孫だと分かっているのだろうか、分かっていないのだろうかもよく分からなかった。

そんなこんなでそこで少し過ごし、写真を撮ったりして帰ることになった。

最後大人たちがうちの子に「早く元気になってね」と言ってあげて、と促した。7歳の長男と5歳の次男がそれぞれ父に、まだ幼い可愛らしい声で「早くおもちゃ買ってね」「早く元気になってね」と一生懸命伝えた。すると突然、父が今までと違うかなり大きな声であー、あー、と言った。みんなびっくりしていた。一応子どもたちの言葉は伝わったのだろうか。詳しくはわからないがそれっぽかった。

父が死んだ

それから半年ほど経った。コロナ流行し、緊急事態宣言が発令されて終了した頃。2020年6月29日、朝起きたら妹からLINEで父が3時頃に亡くなったという連絡が来ていた。月曜日

妹に電話してみたところ、コロナのこともあるし別に来なくてもいいよ、ということを母が言っているとのことだったため、僕は葬儀には行かないことにした。僕も正直葬儀には興味が無いし、それよりも子どもたちに学校に行かせたり普段生活をおくらせてあげたかった。

しかし妻が不安になって再度母に連絡をとってみたところ、そんなことは言っていないらしく、来いと言われた。一体なんなんだ。

とはいえコロナのこともあるし、妻もちょっと体調的にウロウロできる状況ではないため、僕一人だけ行くことにした。

葬儀は7/1。朝からだったため前日に仕事を終えたあと実家に帰った。弟や甥っ子たちも実家に来ていた。大切な父……というわけでもなかったため、みんな普通に過ごしており明日告別式ということも忘れそうだった。

次の日、起きて甥っ子たちはフォーナイトをしたり、みんなでだらだらと朝ごはんを食べたりしていた。そうこうしているうちに時間になり、葬儀場へ向かう。

葬儀

葬儀場は宿泊できる部屋があり、実家にいなかったメンバーはそこにいた。しばらくすると大阪のおじちゃんとおばちゃんがきた。それぞれ父の兄弟で、夏休み冬休みには僕の兄弟と同じくらいの子どもたちをつれて実家に遊びに来ていた。大勢マリオカートをして遊んだりしていた。おじちゃんはいつも海につれていってもらっていたし、おばちゃんは逆に夏休み大阪に泊まらせてもらっていたため二人とも馴染み深い。

おじちゃんによると、父は子どもの頃に事故で頭をうったという。当時は額あたりの怪我治療前頭葉があるため、簡単はいじれず、医師にも難しかったという。誰もしっかりとした治療はできなかったらしい。その後父は元気にスポーツをしたりしていたらしいが、大人になって障害が出始めたのはもしかしたらそのあたりが原因だったのかも、という話をしてくれた。とはいえ母も僕の夜泣きが原因だったのでは、と言っていたりするので何が原因かはよくわからず、おじちゃんの話も懐疑的だった。

しばらくして葬儀が始まった。みんなが部屋に集まる。何もよくわからない状態だったが言われるがままに並んで椅子に座った。部屋が暗くなる。導師さんが念仏を唱え、みんなで繰り返す。

その後も式が進行し、導師さんが話を始めたりした。誰なのかもよくわからないし、何を話していたかももう忘れてしまった。

導師さんの話が終わると、今度は親族代表ということでおじちゃんが話をすることになった。おじちゃんは前に出てきたのだが、マイク全然違うところで話をし始めた。式場のスタッフを見るとあわてておじちゃんのところに駆け寄ってマイクのところに連れて行こうとするところだった。おじちゃんはいわれるがままにマイクのところまで行ったのだが、なぜかマイクを背にしてマイクがない状態で話し始めたので再度スタッフ誘導したのがおかしかった。

おじちゃんはおじぎをしたあと、先程のように事故の話をし始めた。頭をうち、前頭葉があるため治療もできず、でもスポーツをしたりしていた、ということ。

そのあと、父が大勢の人に迷惑をかけるようになってしまたこと、そして、その父のことを母が最後まで面倒を見てくれたことを話した。すると突然、何か急にこみ上げてきたものがあったらしくウッと声を止めて泣き始めた。それを見て母も泣いた。なんとなく空気が変わった。

元々そんな雰囲気はなかったためびっくりした。僕はもらい泣きもしなかったし悲しくもなかった。ただ、みんな何かしらそれぞれ思うところがあるのだなと思った。おじちゃんからすれば身内がとんでもない状態になってしまって、父が元々赤の他人である母にひどい仕打ちをたくさんしてしまたことに申し訳ないという気持ちが非常に大きいのだろう。

母は実際にひどいめにたくさんあい、この年までずっと働き詰めで大変な思いを今もしている。しかし、お見合い結婚だったとはいえ、楽しく幸せな時期も経験し、僕らがまだ生きて経験したことのない年数を父と一緒に過ごしてきた。詳しいことはわからないが、そこには本人にしかからない無数の思いがあるのだろう。自分と妻も一緒に生きてきているが、子どもたちはそこであった多くのことを何も知らない。当たり前のことなのだが、不思議なことだ。

そして、ここにそれぞれの思いを抱えた色々な人が集まったことも不思議に感じた。みんな何を思ってここにいるのか。僕には分からないが、何かを思っている。

その後告別式は終わり、父の棺にみんなで草花を詰めた。父の顔は処理を施されてつやつやしており、蝋人形のようだった。

その後棺を閉じ、それを男たちで車へ運んだ。そしてみんながそれぞれの車で焼却場の方へ向かう。

焼却場は僕が今まで行ったことがあるような汚い場所ではなく、きれいな施設だった。コロナの影響で焼却場には15人だけが入れるということらしい。父に近い15人が部屋に入る。部屋の中にある等間隔に並んだ足のマークの上にそれぞれが立った。

次に、父が入った棺が焼却する空間に納められた。スタッフボタン類をアルコール消毒したあと、閉じるボタンを押した。機械により扉が閉じられる。

そしてどのボタンを押すと焼却が始まるかの説明を受け、準備が出来たら押すように説明があった。しかし誰も反応しないため僕が母に押しなよと促した。しかし、どうも嫌だったらしく、いやいやという手振りをしたので僕が押した。

その後は1,2時間ほど時間がかかるということで休憩の時間となった。密をさけるため、どの部屋も人数制限があり適当バラけることとなった。弁当が用意されていたためそれを食べて過ごした。

しばらくするとスタッフから声がかかったためみんなで部屋に集まった。中央には棺の台を収めるスペースがあり、今は空いている。そのそばに長い箸がたくさんあり、それぞれがその箸を手にした。

しばらくして台が運ばれてきた。まだ熱く、気をつけるよう注意があった。その上には骨が置かれている。葬儀は何度か経験したことがあるため特に新たになにか思うということはなかった。そういえば昔妻が飼っていたうさぎを看取ったのだが、その時に焼却されて出てきた骨を見た時はとても悲しくて泣きそうになった。

スタッフ説明されながら、足から順に骨を入れ物に詰めていく。みんなで行ったり来たりしながらそれぞれ骨を詰めていった。思ったよりもポロポロともろい。頭の方になると、大きすぎるため箸で割って詰めていく。頭には手術の跡の金具がついていたりした。それも母が詰めていた。

そして一通り詰め終わり、葬儀の全ての工程が終わりとなった。皆それぞれ準備をし、帰宅した。僕も一度実家に帰って着替えをして荷物を整理し、車で帰路についた。

思うこと

僕は仕事もあったし、あまり車で長距離移動をするのは事故死ぬ可能性もあるし好きではない。そのためとにかく早く全てを終わらせたいと思っていた。なんとか生きて帰ってくることができたが、かなり疲れ果てていた。とにかくいつ始まるのか分からなかった大変な出来事が一つ終わり安堵した。

父が亡くなったが、母は元々次男と一緒に住んでいる。近くには妹の家族もおり、しょっちゅう甥っ子や姪っ子たちと遊んだりしている。三男もわりと話が好きで母によく電話をかけているらしい。僕は離れていて長期休み以外は音沙汰も無いが、それでも母はみんなのおかげで楽しく暮らしているように見えるため特に心配はしていない。

父がいなくなったことで母は父の介護費用を払う必要がなくなった。だいぶ生活も楽になるのではないかと思う。僕は本当に良かったなと思っている。

昔「家、ついて行ってイイですか?」という番組を見ている時に、一人の若い女性の家に行く回があった。

その女性の家には父親がいるのだが、要介護のため自分では動けない。女性はその父親介護をしていた。自分では動けないため、あらゆる事を補助してあげなければならない。朝起きてから、昼食、夕食、風呂トイレ、あらゆることだ。もちろん生活のため仕事もしている。ヘルパーさんがいたのかもしれないが、それでも何もなく普通生活をしている僕らには想像できないレベルの大変な毎日であることは間違いない。

女性はまだ若く、色々なことがしたい年頃だろう。彼氏を作ってデートをしたり、友達ショッピングに行ったり。インドア派であればゲームをしたり、ゲームキャラにハマって腐女子をしたり、好きなアイドルライブにも行ったりしていたのかもしれない。しかし、全て介護のためできない。ただひたすら介護をしなければならない。夢もあったのかもしれない。でももう諦めてしまったのかもしれない。

父のため仕方がない、と思いながらも、女性毎日どれだけ苦しいか想像をするだけでも苦しくなる。

その父はどう思うだろうか。自分の娘が自分介護のために全てを犠牲にし、尽くしてくれている。ありがたいと思うだろうか? 僕だったら死にたいと思う。一生懸命育てた自分娘。さなから育てながら思うことは、この子楽しいことも辛いことも含め色んな事を経験し、苦悩しながらもそれでもたくさんの素晴らしいことを経験しながら歩んでいき、やりたいことをやって自分未来を掴んで幸せになってくれればいいなということ。どんな未来でも自分が進みたい方向に進んでいってほしい。

しかしその全ての未来自分の手で摘み取ってしまう事になったとしたら。耐えられる自信はない。すぐに死に、失いかけていた大切な未来を与えてあげたいと思う。若い娘がそのような境遇さらされて多くの時間を失ってしまうことは世界にとっても大きな損失だ。

でも、死ぬということは難しい。自分死ぬ覚悟ができるものかどうかは全くわからない。さら介護されている状態自分死ぬこと自体そもそもできない場合もあるだろう。

この世には安楽死必要だと思う。死にたくても死ねない人を助ける制度必要綺麗事だけでは救われない人達がいる。その人達が救われる世界になってくれればいいと思う。しかしどうすればそういう世界にできるのかは壮大すぎて僕にはわからない。とにかく僕にはこうやって苦しむ人達がいるということを文字にして発することしか出来ない。

とにかく、その一つとして父が死んで本当に良かったと思う。

2020-07-15

オンライン授業がしんどい

授業受けてるだけでポロポロ涙が出るくらい鬱状態になったのでここに書く

田舎から上京してきて一人暮らしコロナウイルスじわじわ感染拡大していた2~4月の間ずっとアルバイトしていたため実家に帰ってオンラインで授業を受けるというスタイルはできなかった。それに、そもそも事情があって実家に帰れない。

そんな中オンライン授業が始まった。

Twitterでもさんざん指摘されているが、まあ課題が多くなった。そうなると一人暮らしをしている私は課題をするために、一日中、あるいは数日間家から出ない状態が続いた。

一人暮らしでなくとも、家から出ない状態がどれほどメンタルヘルスに影響を及ぼすかは自粛生活体験した多数の人にわかってもらえるだろう。私の場合孤独だ。家から出るとしてもバイト生活必需品・食品の購入のみの生活で、無駄な会話がほとんどない。コミュニケーションが不足した。人と直接関わり合えない。友達通話Zoomもよくやったが、オンライン上のコミュニケーションではどうしても埋められないものがあると気付いた。そんな風にして誰ともほんとうに関わり合えない生活が続くと、どうしても自分ネガティブな考え方に閉じこもってしまう。

ずっと徹夜をしているうちに眠れなくなった。寝たとしても起きると気分が悪くなる。それに寝てない方が集中力が保てる。食欲はないが何かを口に入れたい。でも何か食べると気持ち悪くなる。

うっかり課題の提出期限を忘れて提出できなかった。これがGPAを落とし、卒業まで残る値になるのかと思うと死にたくなった。ほんの小さな減点にしかならないようなものだが、それだけでもうずっと上がらないんだ、もう自分はだめなんだとさえ思えた。あー嫌だな。死にたいな。

自分自己管理能力が低くて、極端な考えに走りやすいことはわかっている。だからこれは個人的愚痴だ。

後期は通常の授業に戻ってほしい。きっと無理だろうけど。

後期はどんな風に生きればいいんだろう。もう私はオンライン授業なんてやりたくない。つらい。しんどい学校に行きたい。

イオイオ背中すりむけてんよマジ

あかすりしたんだわこの間風呂

いやなんかあせもも良くなるっていうから毎年あせもマンの俺はホントかよと思いながらあかすりタオル買ったんだよ

すごいザラザラしててこれ大丈夫か?と思ったんだけど進めてくれたやつが「ちょっと長めに風呂に浸かってふやかしてから痛い位にこすれ」って言ってたからとりあえずやったのね

最初あれ?出なくねってなってたけどちょっと強めにしたら結構ポロポロ出て小学校の時ねりけし作ろうとして机擦ってた時思い出して楽しくなった

あらかた擦りまくってあとはあせもが一番ひどくなる背中となったんだけど届かねえのよ

いろんなポーズとりまくってたらオカン声かけてきてね

暑がりだからいつもはめちゃめちゃ早く出てくるのにずっと粘ってるからのぼせてるのかと思われたらしい

これはちょうどいいかもしれないと思って体洗う用のタオルチンコ隠して背中擦ってもらおうと思ったのね

オカンなんか「ええ…」って顔してたけどやってくれることになって

「痛い位に擦って」って頼んだのね

 

 

めっっちゃ痛い

 

 

すごい力強く擦ってくる

肩グッて掴んで擦ってくるんだわ鍋でも洗ってんのかなみたいな力でまんべんなく擦ってくるの

もう気分は大根おろし大根

想定外に強くて「ンオアアア」みたいな声出た

ただ変に注文付けたらならじゃあやめるってなるかなって思ってちょっと耐えたんだけど普通に痛かったから早めにギブしてありがとうしてやめてもらった

 

あかすりしたら体を流してもう一回洗って終わりなんだけど体流す時点ですでにちょっとお湯が染みるんだわ

ボディソープとかもっと染みるんだわ

まあ言うていってみみずばれ位だろとそのまま寝たんだけど

 

それが昨日のことなんだけどね

今触ってみたら細かいさぶたみたいなのが肩甲骨の間ちょっと下あたりに集中してバラバラバラっていっぱいできてるっぽい手触りがするんだわ

イオイオ背中すりむけてんよと

これ膿む?微妙に汗染みて怖いんだが

ただねあかすり自体はかなり面白かった

またやるとは思うけどオカンにはもう頼まない 大根になる

2020-06-30

コンクリートジャングル

高い建物の一階が怖い。一階にいると意識して、この階の上にはさらに階があると想像するのが怖い。

この上の階のさらに上にも階があり、そこには人がいて、物があって、何より巨大な構造物、それを作り上げる金属や石の重量感。それらを想像すると恐ろしくなる。

建物は安定した状態にある。それはそうだ。けれども永続的に安定しているなんていうことはあり得ない。今が安定しているだけで、ふとしたきっかけでそれは不安定になる。今この瞬間が、その状態変化の時だとしたら。強靭構造の一部がポロポロと崩れ始めているとしたら。

仕事中にふと一息をつき、窓の外を眺めると、そこに広がるのはミニチュア世界。箱型の構造物が並ぶ、一見安定した風景。ふとしたきっかけで崩れてしまうかもしれない景色の、今は保たれている静寂。

2020-06-29

anond:20200629221756

同じことを旦那がやったと想像してみなよ

「俺の買ってきたボディソープが高すぎるだと…?」

「俺が取引先に怒鳴られた愚痴を言ったらパパが悪いよと妻が追い討ちかけた!…こいつと話すと傷つく…もう絶対口きかない…」

「なぜいまさら俺の機嫌をとる…誰の差し金だ…いま優しくするならなぜあのとき優しくしてくれなかったんだ!…(涙ポロポロ)」

ってただのガキじゃん

2020-06-19

ウォシュレットの良さが分からない

自分の周りでもたまにこのような人を見かけるが、そういう人は良さがわからいから、ウォシュレットは使わないと言ったりする。

肛門位置尋常ならざる所にあるのか、それとも下痢や柔らかいうんこは一切したことがなく、いつも出るうんこは、硬くてポロポロとしたうんこなのか?

からウォシュレットメリット享受できないのか?うーん...誰か教えてほしい。

2020-06-08

anond:20200608232109

納得ずくのポルノならいいけど

女の架空キャラ免罪符に使うことは社会的女性地位搾取にあたります

 

たとえば男がやったら犯罪であることでも女キャラにさせたら無罪放免だろうといって

男性シャワー中に女性キャラを入り込ませ「男性モテ薬を売る宣伝」にする

  

頭が悪いにもほどがあるそういうフィクションポルノに使うのではなく「広告」として広く告げてしまうことは

女性が営々と築きあげて次代の女性に伝えてきた性犯罪防止をないがしろにしており

女性の魅力だけを搾取して宣伝につかっています

フォトショでシミがポロポロ落ちる宣伝とおなじくそれ以前に詐欺でもあるんですけどね

 

よくある普通容姿男性の絵をチー牛といってバカにする広告?に使うことも

おおらかな男性包容力などといった魅力の搾取にあたるといえそうですけど

男性自身はそこまで頭が至らないんでしょうかね

こういう論調はみたことがないですね

2020-05-27

女性漫画家っぽい表現といえば

涙の描き方がポロポロ系:ダーっと流れるやつじゃなく、粒のようにポロポロ出てるのが流行

キャラ同士の手書き文字によるプチ掛け合い:これは鉄板

キャラの頬の紅潮:一気にホモ臭くなる

手足が大きい:フェチな気がする

女体へのこだわりなし:女体へのいやらしく性的な観察眼が欠けているのかエロさが今一つ

他になんかある?

anond:20200526191623

まぁ多いか少ないかは知らないけどいるよね。大学とき友達にいたわ。

まぁまぁかわいいんだけどそういう性癖聞いてドン引きした思い出。

あんまし仲良くなかった俺にもそういう話ポロポロしてたし、当時はまだ下火だったSNSにのめり込んだら、募集はともかくそういう話はしてたんじゃないかな。

都心で生まれ育った増田たちだと満員電車って日常風景なんだろうけど、ド田舎からお上りさんには都会に暮らしてるって実感になるらしいね

の子にもやっぱイベント感あった場所だったんじゃないかな。

病気だよって言ったら話かけてもシカトされたな。でも病気だと思う。

2020-05-22

anond:20200522070250

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あと十把一絡げの人足コード書かせると正常系(しかポロポロ抜けあり)しか書いてこねぇのが問題

特にうちの案件に来た某スクール卒な奴らはみんなそうだった

手配師落ちこぼればっかり寄せたのかもしれんがね

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anond:20200522065801

あと十把一絡げの人足コード書かせると正常系(しかポロポロ抜けあり)しか書いてこねぇのが問題

特にうちの案件に来た某スクール卒な奴らはみんなそうだった

手配師落ちこぼればっかり寄せたのかもしれんがね

2020-05-03

平田オリザ糸井重里鴻上尚史橋本真也

右も左もうさん臭いと前から思ってたやつらのメッキがポロポロ剥がれていってるのが笑える

2020-04-17

anond:20200417203149

じゃがいもの皮がスチールにポロポロ付いて取りにくくならないかな。

芽を取るのも必要から、結局いつも包丁でやっちゃう

2020-04-13

親知らず抜くの大変って聞いてたけど

1本につき1分もかからポロポロ取れた

怖かったから左右に分けて2本ずつお願いしたけど、椅子に座ってたの5分も無かった

抜いたあとも、特に腫れとかなく麻酔切れてもたいして痛くない

出血ほとんどなくガーゼ30分かんでただけで一度も血の味感じなかった

誰だよ大変だって行ったやつ

2020-04-09

最近若い子は豆腐メンタル

パナソニックの子会社の件だが。

なんともやるせないし、新卒指導する可能性がある立場としては面倒な時代だなぁとも思う。

時代の流れに適応すべきなのはオッサンの方で、自殺した子には何ら罪がないと思ってる事は言っておきたい。


内定辞退して欲しくないか連帯感出させるためにやってるはずのSNSで、

参加を強要して、クソしょうもない本の感想文書かせるとかい時代錯誤も甚だしいゴミみたいな課題だしたら、近頃のまともに勉強して来てる大学生は嫌気がさすに決まってる。

その結果として参加をしなくなった学生を責め立てて自殺に追い込んだのは、本末転倒すぎて酷すぎる事件だと思う。

一方で、全く自殺する必要がなさすぎて、死に至った理由が分からない。

「こんなくだらない課題やる意味分からん。こんなんなら内定なんぞ要らんわ。」

位の事を言って、就職しなおしたっていいと思うが、出来なかったんだろうな。



近頃の大学生は、昔と違って真面目で出来がいい子は増えているってのが実感としてはある。

上位の国公立大学出身以外の日東駒専程度の卒業生でも真面目にやってきてる感じで好印象ではあるのだけど

いかんせんメンタル弱すぎて、扱いに困ることがしばしばあるし、割れ物を扱うように新卒指導するのが面倒で中途採用希望したくなる。

研修課題が出来なくて、何が分かってないかも上手く説明できないくらいで、

「何が分からないのかくらい説明できる程度には基本が出来てないと、一か月ではどうにもなんないぞ」

研修中は客だけど、いつまでも優しくはされんよ。これから苦労したくなければ、勉強する習慣をつけろ」

と言おうもんなら、ポロポロと泣き始める。

怒られることに全然慣れてなくて、発破をかける事も躊躇われる事も結構あるので言葉のかけ方から考えないとならん。

そういう意味では、体育会系部活出身上級生や監督に怒鳴られて出来るようになっていく経験のある子は、とても安心する。

「そうか分からないんだね。分かるようになるまで一緒に頑張ってみよう!」

ってアホになって指導する必要がないのは、指導する側としてはやりやすいから、

理系研究開発系の企業であっても、勉強ばっかりの子よりも体育会系が好まれたり

厳しい指導で知られてる研究室の出身者が好かれるのは、自然なのかもしれない。

うちでも同じスペック評価なら、大学まで体育会系部活やってましたって子の方を、温室育ちより優先することになるのは事実だ。

新卒を育てるのは会社としては重要でも、現場で働く個人にとっては片手間の面倒な仕事しかないし、

面倒な仕事をやるならば、価値観が大きく違わない、自分と変わらない指導方法で育ってきた子の方が手間をかけずに知識技術を仕込める。


豆腐メンタル若い子は扱いに困るから要らん、とは言えだ。

オッサンの側も変わらんといかんよなぁ。

氷河期世代直後位の俺の時代は、まだ悪さをしたら近所の大人にすら殴られる事がある位で、親や教師を含めて自分を教える立場大人に恐れと敬意の双方を持って接してたと思うが、近頃は我が子を叩くことすらNGという時代だし、

その流れで扱いに困る子が増えてしまうのは会社としても不可避だが、会社新卒必要とし続けるのも分かってることだし、

厳しくない教育の良し悪しは別の話で自分の子供への教育の仕方も別の話ではあっても、部下となる新卒への接し方を変えるべきなのはオッサンの方なのは間違いない。

笑ってしまうくらい挫折を知らない弱い子が量産される時代の流れは、もう今後は変わらん。厳しく育てるつもりが下手したら殺してしまう事は肝に銘じておきたい。

「そうか分からないんだね。分かるようになるまで一緒に頑張ってみよう!」って児童教育番組のお兄さん方式を、新人教育するならオッサンも出来なくちゃいかんのやな。

ニュースを見て、とりとめなく、そんなことを思った。

2020-03-07

ソースコードがとにかくひどい

何か仕事をする。一応挙動確認したくて少しいじると、バグポロポロと出たり、よくわからない処理をする。

バグはかなりお粗末なものから結構やばそうなものまでよりどりみどりだ。お粗末だけどかなりやばいのも見つけてる。

モジュール名前もついてはいるしドキュメントも書かれているが全く違うことをする。

よくわからない挙動について聞くと誰も知らないし当時のドキュメントもない。と言うか作らないことに誰も疑問を持っていない。

というかその機能5年前に導入したそうだけど誰がどんな決定したの?とかもさっぱりわからいからいまさら仕様を決めている。なんでテスト完了できてんの?

そんなわけで作業はいつも遅れる。コミュニケーションコストがとにかく高い。

ここで疑問がある。

バグ仕様不明な点を見つけるのがどうも俺だけみたいなんだよね。しまいには冗談で「どんだけ仕込むんだよ」とか言われている。入社以前のコードにどうやって仕込むんだよとも思うが何かすると必ずバグ仕様不明確な所を踏む。

ここで考えたことは

1.みんなバグ無視しているか勝手に大したことではないと判断して放置している

2.地雷原に俺を放り込んで他は安全なことばかりしている

3.テストをしてると言いつつテストをしていない現場猫状態

とにかくストレスが溜まるが、こんな状況で俺のパフォーマンスが低い事にされている。

え、そうなの?

不明な点やおかしな点を報告していくとパフォーマンスが低いやつになるの?

いやいやおかしいでしょ、低いのは俺のパフォーマンスじゃなくてソフト品質だよね?俺のパフォーマンスが素晴らしく高いと言う気もないが、その判断するにはまだ10年早いぞ?そんなにコードに自信あるのか?よくゴミ作ってる的なこと言うじゃん?

リーダーに率直に言ったら「言ってることはわかるが時間がない」と言われてそれっきりだ。いやそこの判断するのがお前の仕事だろ?なに理想論扱いしてんだよ?リリーススケジュール守れなかった率10割だぞ?それでなんでお前の立場磐石なんだ?

完全にタスクがうまく行かないことを担当者のせいにしてるだろ?そりゃ俺その会議に居ないもんな、なんで社長は何も疑問に思わないんだ?ボンクラか?

この話は真実だ。日本ではないどこかの国の会社で今起きていることだ。はっきり言うが日本に何か情報が来る会社なんか一軍の超エリートの話だけだからな。

2020-03-03

対案を出す前にとにかく止めるという選択肢を考えられないのかな?

かにつけていちいち対案を出せ、そっちの方が優れてるならやめてやるよみたいなこと言うやつってなんなんだろう?

からお前をぶん殴る

そう言われても対案を出せないので大人しくぶん殴られるんだろうか?

こういうこというといや殴るとかじゃねーしとかいうんだよこういう奴らは。

今やってることが明らかにおかしい時に、それを止めるために有効な対案出すのか?とりあえず止まって落ち着いて考えろというだろ?

今の政府対応おかしい、感染者がポロポロ増えてるし水際対策もうまく行ってないまま突っ走ってる。いったん足を止めて考え直せ、ほど有効アドバイスはないだろうに

2020-02-05

新型肺炎の死亡率が高いのは武漢だけ。他は全然したことない」

国外での死亡者ポロポロ出てきてるけど、結局言われてる2~3%の数字に収まりそうな気配じゃねえか…

やっぱ医療広報自体安全寄りに倒してデマ撒いてるで正解だよ…

信じられるのは統計的数字だけだよ…

女性結婚相手高望みするべき

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/52673

知的障害があり、男性に対して高望みをせず、すぐ妊娠する女性についての記事を読んでほしい。

障害者を多く受け入れているクリーニング店で働いている13歳年上の自閉症男性結婚→1児を出産DV離婚

精神疾患を抱えた無職男性結婚→1児(ダウン症)を出産。育てられないので乳児院へ。

夫婦ともに働いていないため生活費はすべて障害者年金など福祉制度依存

ダウン症ではないほうの子知的障害の母と精神障害の父に育てられて、

劣悪なゴミ屋敷食事も与えられずにいるせいで「皮膚むしり症」と呼ばれる精神疾患発症

支援施設職員子供の将来を案じて施設に預けることを検討するも、両親は「この子だけは手元に置いておきたい」。

行政には強制的に引き離す権利がなく、子供の将来も真っ暗。

これが、高望みしないで無職障害者などの弱い男性を受け入れてポロポロとたくさん子供を産む女性が引き起こす出来事

2020-01-23

ヒゲ脱毛初めて二年が経った(長文)

数日前、毛に関することが話題になってたので、せっかくだし自分ヒゲ脱毛経験について書く

ヒゲ剃りに苦しんでいる人や、脱毛検討している人は参考にしてくれると嬉しい

脱毛に至るまで

自分の体毛事情は以下の通りだ

肌:クソ雑魚

ヒゲ脱毛前):範囲は狭いが濃く剛毛、毎日場合によっては一日複数回)剃る

指毛・腕毛:薄め、放置

脚毛:普通放置

脇毛:普通腋臭予防のため週一剃る

胸毛:産毛レベルに薄い、放置

陰毛:普通放置

と、まあヒゲ以外は大してムダ毛に困ってなかったんだけど

ヒゲ剃り前提の環境だと)ヒゲってのはムダ毛の中で最も厄介なものだと言える

何故ならヒゲは長袖で腕を隠すように常時隠して生活することが非常に難しいからだ

おまけにコンマミリの差がその人の印象を大幅に左右するうえに毛の中でトップラスの強さとしぶとさを持っているのだ(同じ太さの針金と同程度の硬さらしい)

ヒゲ濃いマンかつ肌弱マンにとってはヒゲ剃りというのはもはや拷問に等しい

しかし、前述の通りコンマミリの差が決定的になるのがヒゲなので、その拷問を毎朝やらねばならない

蒸しタオルスキンケア等様々な工夫をこらしてもヒゲ剃り後無数の裂傷により顔面血まみれになってしま

もはやヒゲ剃りに際してはスキンケアより傷薬のほうが必要なくらいであ

脱毛して改めて思ったのはヒゲ剃りという行為は「顔面の皮膚を刃物で削る」非人道的行為だということだ

他の身だしなみのような「めんどくさい」とかそういう次元ではないのだ(もちろん面倒くささも半端ないが)

しかも、これはヒゲに限らずムダ毛処理全般に言えることだが、ヒゲ剃りというのは「マイナスゼロに近づける行為」であり、これだけの苦痛を伴うにも関わらず、髪型や化粧や服装と違い、いくら頑張ってもゼロを超えてプラスになることはないのだ

意味のない穴を掘っては埋めるのを繰り返すような行為である

ともかくそんな苦しみに十年苦しんできた俺だが、たまたまクリニックの近くに引っ越したのをきっかけにヒゲ脱毛を始めることになった




脱毛費用

多分脱毛を考えている人にはこれが一番気になるところではないかと思うけれど

俺の場合は口周りと顎と頬のレーザー脱毛で税込30万円はいかなかった

現状について詳しくは後述するが10回程度施術して抜群の効果は実感しているがまだ脱毛完了には至っていない(≒ヒゲ剃りから完全に解放されていない)

俺の通っているところは一度支払ったら回数無制限で追加料金がかからないので、回数制のところと比べると高く見えるかもしれないが、(どこまで脱毛したいかにもよるが)髭濃いマンだと10回じゃ足りないと思うのでそれを含めて費用検討した方がいい

あとレーザー10回やってもまだ生えてくるので、光脱毛は止めたほうがいいと思われる




施術について

多分費用の次に気になるのは「痛み」だと思う

結論から言うと「死ぬほど痛い」

よく輪ゴムで弾く程度なんて言うがそんな生易しいものではない

レーザー脱毛とはレーザーにより毛を毛根ごと焼き殺すものだが、俺は「その感覚」を明確に感じた

要は(そのまんまの例えで申し訳ないが)「照射範囲の毛のと同じ本数の熱した細い針」で刺されるような痛みである

それを一回の施術で数十回行う

俺は比較的痛みに強いほうだが、ヒゲ脱毛施術後はあまり苦痛に涙と脂汗でぐちゃぐちゃになる

俺は頬の部分はあまり毛が濃くないタイプだったからいいものモミアゲまで青ひげになる広範囲ヒゲ濃いマンだったらと思うと恐ろしい

また、回数を重ねれば毛が薄くなり痛みは減っていくというが、結局レーザー出力もあがっていくので相変わらず痛い

施術前にロキソニンを飲んでいくなどの対策を講じてみたが焼け石に水だった

何故俺は高い金を払って貴重な休日を使いこんな酷い目にあわねばならんのだと怒りとも悲しみともつかない感情が湧いてくる

そんな地獄を乗り越えても翌日からは毛嚢炎と通称泥棒ヒゲ」の地獄がまっている

前者は顔面中に無数の小さなニキビのようなものができる状態

おおよそ3日程度続く

後者については、燃え残った髭が焼け爛れることによって太く見え、施術前よりヒゲが濃く見える状態

施術直後に抜け落ちる毛は全体の2〜3割程度であり、残りはまだ顔面に残ったままになる

不思議ものでこいつらはまだ生きてるのだ。なので伸びる。つまりヒゲ剃りが必要なのである

しかレーザーボロボロの肌に生える焼けカスになった毛を剃るのはなかなか大変なので結果的普段以上にヒゲ濃いマンになる

だいたいこれが二週間くらい続く

なので施術後二週間くらい、特に直後数日は大事用事は入れないほうがいい

逆に2週間すると焼けカスたちがポロポロ抜け落ち、ヒゲ剃り不要ゴールデンタイムに入るので、大事な予定の2〜3週間前に施術するのもいいだろう

ちなみに次の施術の予約は毛の周期に応じてクリニックから「次回は○週間(施術回数を重ねるほど増える)後以降に来てください」と言われるのだが、なかなかこの期間が絶妙で、ちょうど○週間経つと髭が目立ってくる




■現状

脱毛デメリットを多く語ってきたけれど結果的にはヒゲ脱毛して本当によかったと思う

今はヒゲ剃りはしているものの、大して苦じゃない

カミソリで撫でるだけで綺麗になるので、ヒゲ剃りが毎朝の歯磨き洗顔程度の行為になった

ヒゲ密度が圧倒的に減ったからだ(エヴァンゲリオン加持リョウジヒゲの生え方をそのまま実写にしたような密度だ)

どのくらいヒゲ剃りが楽になったかと言うと、「マイカミソリを持たずに旅行に行けた」くらいであ

この行為がどれくらい凄いかヒゲ濃いマンならすぐピンときたかと思うが

マイカミソリを持参せず旅行するということは、もはやただの凶器と呼ぶ方が適切な使い捨てのカミソリでヒゲを剃らねばならないのだ

でも脱毛後なら無傷ですむのだ。撫でるだけで充分だから

また「めんどくさければ1,2日程度ヒゲ剃りをサボれる」程度にもなった

これもヒゲ濃いマン以外には「たった数日」と思われるかもしれないが、清潔感を保てるのが半日までのヒゲ濃いマンにとっては、風呂洗濯が数日に一回で無臭になったくらいの衝撃なのである

また、ヒゲ以外でもニキビが劇的に減った。ヒゲ剃りがどれだけ肌に悪いかを改めて感じる日々である

ともかく安くはない金と激しい苦痛を伴うもの

個人的にはQOLは爆上がりなので、ヒゲ濃いマンは是非ヒゲ脱毛検討して見てほしい

2020-01-10

顔がザラザラしていて、こするとポロポロ出てくる

何これ?

ちゃんと顔あらってるけど、古い角質か何か?

頬の上のほうだけなんだけどさ。黒い消しカスみたいなの出る。

鏡でみても普通

美顔器ピーリング機能でも使おうかな。

2019-12-19

冬になると鼻の粘膜がヤラれるんだよね。なんかオブラートの切れ端みたいな薄膜がポロポロと鼻から出てきて、鬱陶しいし見た目もよろしくいから外に出る前にティッシュを捻ったやつで鼻の穴をグリグリして一網打尽にするんだけど、夕方頃家に帰ってくるともう鼻の中がなんか突っ張ってるような感覚があって、翌朝にはまた同じことになる。

今年も二週間くらい前からそんな感じになってきて、ああ、冬が来たなと実感した。二月末とか三月上旬くらいになると花粉症のせいで水っぱなが出るようになって、春いっぱいはそれが続く。日常生活に支障が出るから服薬したり点鼻薬を使って鼻水を抑制するんだけど、薬を飲んだ時の喉の渇きとか、点鼻薬の甘苦い感じとか、それが春のイメージ

花粉症の症状が落ち着いてくると楽になったなと安堵するのだけど、あっという間に梅雨がやってくる。梅雨時期は偏頭痛に頻繁に襲われるから仕事のペースが落ちるし、好きなことにも集中できない。この時期は閃輝暗点もよく見る。

梅雨が過ぎて暑くなってくると、両手の指の側面に汗疱が出てくる。じんわり痒く、つい触ってしまう。放っておくと数日で表皮がガサガサになって、また暫くすると同じ場所に汗疱ができて痛痒くなる。八月上旬くらいになるとそれが落ち着いてきて、ああ真夏なんだなと思う。

暑さの盛りが過ぎて多少過ごしやすくなってくると、一年で唯一目立った不快感のない時期が始まる。まだ薄着で良いし、食べ物も美味しいし、一年で唯一楽しみな季節が秋だ。ここぞとばかりにアチコチに出かけるので、毎年一回くらいは風邪をひく。

そして気付くと鼻の粘膜が乾燥し始めて、また冬がやってきたと思う。冬を乗り越えても次は花粉症が、それに耐えても偏頭痛、その次は汗疱まみれで手がボロボロになって、そのあとでやっと楽になるんだなと考えて、少し憂鬱気持ちになる。

つのまにか、四季ほとんどで大したことではない程度とはいえ、何かしら嫌な身体症状が出るようになった。そのうち秋は秋で何かなるんだろうなと薄ら感じていて、そうやって一つずつ大丈夫なことを失っていくのが老いなんだろうなと思う。

それを繰り返すうちに中年から老人になって、周囲の高齢者がそうであるようにただひたすら死を先延ばしにするためによく分からない健康法を試したりアチコチの病院にかかったりする様になるのかな。だとしたらあまり長生きしたくはないな。

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