はてなキーワード: 気質とは
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こういった用途にアニメ調のイラストを使いたいとき、正直人間の絵師に発注するって考えはほとんど湧かなくなってきている。
Twitterを見ていれば明らかだよ。
あいつら全員めんどくさい。
一利用者の観点からすれば正直絵の芸術性とかこだわりとか死ぬほどどうでもいい。
とにかくそれなりにウケが良くてそれなりにかわいいイラスト1枚が欲しいってだけの話で、やれ「著作者人格権だ」やれ「産みの苦しみだ」と喚かれるのは苦痛でしかない。
発注者の立場からすれば料金システムが明瞭でなるべく安価、かつ、やり取りがスムーズで後からギャーギャー喚かない人に依頼したいに決まってる。
「すみません、初めてでわかんないんですけど予算2万円でいい感じのイラストが欲しいんです。用途はコレでサイズはコレで……」
こんな感じで適当に依頼して適当な絵をもらってさっさとクローズしたい。それが本音。
交渉の段階で「こいつこんな値段で依頼してきやがった!」「こんな失礼な態度だった!」ってTwitterに晒されるリスクがある。
あとから「契約違反されました!」「こんなことなら仕事を受けなければ良かった!」ってTwitterで喚かれるリスクがある。
単なる意思疎通の齟齬や前提の共有不足ですぐプッツンしてすぐ晒す。すぐ被害者面。
もちろんすべての絵師がそうじゃないんだろうけど、こっちは散々Twitter上の炎上騒ぎを見ているから人間の絵師なんて信用できないんだよな。
まともな社会人だったら仕事上の具体的なやり取りをTwitterに晒してフォロワーによしよししてもらうなんて恥知らずなこと絶対にしないぞ?
それが絵師連中は余裕でやる。
余裕でやる上に少なくともTwitter上では信者によしよししてもらって絵師がかわいそう、発注者が悪いってことになる。
おまけに殿様商売気質というか、別に晒すまではいかなくても発注の段階でなんかモヤッとする言葉遣いだったりなんかイラッとくるものの言い方だったりをする絵師が非常に多い。
「お前それお客に対する態度か!?」ってなるケースを何度も体験してきた。
へりくだれとは言わないけど、絵師って社会人として対等な立場でまともにコミュニケーションしてビジネス上のやり取りを普通に失礼なく行うって意識が欠落している気がするんだよ。
よく言えば芸術家気質ってことなんだろうけど発注側からすれば社会人失格の人間に頼むなんて冗談じゃない。マジで面倒くさい。
パソコンはゴミスペックだしプロンプトだのなんだのを学ぶ気力もない。
でも世の中には「欲しいイラストを説明してくれればAIを使って近いのを生成しますよ〜」ってサービスを提供している人がいるんだよな。
もちろん絵師に頼むよりめちゃくちゃ安価。イラストをどう使おうが文句も言ってこない。
「著作権はすべて譲渡します」「著作者人格権も行使しません」なんて最初から説明欄に書いてくれている人もたくさんいる。
言葉遣いも丁寧だし、仕事用のTwitterアカウントなんてものも(たぶん)持ってない。
だからあとからトラブル化して晒されるリスクも、おそらくほとんどない。
単に何となく映えるアニメイラストが欲しいってときに人の絵師に頼む発想はもうほとんど出てこないんじゃないか?
何度でも言うが人間の絵師はめんどくさい、AIイラスト(とその提供者)はすごく優しい。
個人的な感覚だが、AIイラストのサービス提供者は社会人としてまともな人が多い気がする。
AIに反対している絵師がネット上で馬鹿にされてるのって、法律知識のなさとか過激な言動・思想とかよりも単純にこれまで散々社会性のなさを露呈して好き勝手やってきた反動なんじゃないの?って思うことがあるんだよな。
まともな社会人は仕事で嫌なことがあっても黙って耐えるしそれでお賃金をいただいて生活していくんだよ。
間違ってもTwitterに晒して正義を問う、なんて角が立つことはしない。
これまで絵師の社会性の無さが水面下でいろんな軋轢を生んでいて、AIイラストの誕生をきっかけに溜まっていた対絵師ヘイトがバーっと一気に表に出てきたって側面はないのかな。
元々、一人が苦にならないタイプで、独身のままでもええわって思っていた。
少しでも市場価値の高い若いうちに婚活市場してみるかと試しにやってみた。
そんな訳で相談所に入会して婚活始めて、あと少しで一年となるのだが、
理由は、一緒に過ごすと幸せになれそうな異性と婚活市場で結婚できる可能性はかなり低そうだったから。
もちろん可能性はゼロではないとは思う(というかそう信じたい)のだが、
流石に婚活にかける時間や金銭といったコストに見合うのかというと、婚活を継続する選択肢はないかなって。
相談所を選んだのは女性と会う効率重視のため。アプリは20代の時にちょっとやってたけど、労力かかりすぎて辛かった。
ぼくのスペック
・30代前半
・顔面中の下
・オタクくん
・32歳まで ※最初はもっと上の人とも会ったが、やばめな印象だったので厳しくした
・極度に太っていない
・それなりの容姿
・ライフスタイルが全く合わなそうな超絶アウトドアウーマンでなければよし
それなりのカタログスペックだとは思うので、顔が終わっててもそこそこお見合いは設定できた。
そこから双方のジャッジが入り、互いに交際希望になれば次へ進展する。
僕の方からは、会った人に対して、半分くらいが交際希望を出していた。
ただ、とりあえず交際して考えてみるか、程度の希望度はそんな高くない場合も含む。
そんな感じでゆるく交際希望はしていたのだが、とにかく女性側からはとにかく交際拒否されまくった。
拒否された話の前に、先に自分から交際拒否する際の理由を触れると、
・自分語りが異常に多いor逆に会話が淡白で話題が広がらないなどで、会話面で極端に交際に苦労しそう
といった辺り。
相談所経由で出会った女性とはとにかく会話が盛り上がりにくいような感覚があった。
写真詐欺は意外(?)に少なかったが、たまに超絶上振れのお見合い写真だったりして、
一方、女性側について、交際拒否理由を相談所経由で確認すると、
大体会話のフィーリングといった内容で、会話の盛り上がりに関して触れられることが多かったりする。
お見合いでの会話が受け身の女性に限って、そういった理由を出されたりするので、如何ともし難い。
凄くアバウトな内容なので、1年を通して全然どう対応すべきなのかが分からなかった。
他の男性はどうしてるんだ?僕のコミュニケーション能力の問題なのか?
縁があって何名かと交際に入ったとしても、やっぱり交際に入っても受け身でやりとりが続かないとかはよくある。
そうでない人も、メンヘラ気質でだったりと交際に入ってからキツい部分を見てしまって、
それでも、根気よくお見合いを続けていると
20人に1人くらいの確率で、可愛いくて性格も良くて会話も盛り上がりお仕事もしっかりしているみたいな素敵な女性と出逢えるのだが、
残念ながらやはりこういった女性とも縁がないんですよね・・・。
あとは売春してる人。
個人叩きじゃないから具体的に貼らないけど。結構バズってるツイートも多い。
あの人達の想定はどうも
ニーズは一定なのに取引コストが増大するってことは取引は減るし引合も減るし取引価格は落ちるってことなんだよね。
個人的には同意を明確化して記録しておくこと自体は支払うべきコストな気もするけど
女性側は後から同意をひっくり返すことが出来るって言う話が出てきて
それは女性側にだけ一方的に有利なルールだから賛成してる女性がいるみたいなんだけど
これは結局ニーズ増やしてるのでも供給減らしてるのでもなく取引コストを爆上げしてるわけだから
やっぱり売り手一人一人の実入りは低下する。
具体的に言うと
「あんまり逞しくなくてそんなに目端も利かないけどまんこついてるからなんとかなった人」の多くが
なんとかならなくなる。
自分はそんな生き方しとらん!て思った女性もいると思うけどそれはあなたがエリート側だからで、
現代は昔ほどイエや子供に拘らないし性的コンテンツも進化・充実する一方なので
女性の売り物が「どんなに取引コストを上げても引合のある物」かは怪しくて
またその取引コストを乗り越えてきてくれた客に売っても別に売値が上がってるわけではないから
これは売り手側になんにも利益が無い。
性的なニーズを一般の女性との取引以外で充足することが一般的になれば
一部のプロとコンテンツと非実在女性が総取りをしてそれが常態化した場合
長期的に見て売り手側が1人負けで終わることはあり得る。
市場が歪むし縮小・衰退する。
そのうえ通常取引がなくなっても痴漢や性犯罪者みたいな連中は多分一定数残る。
女性の中だと自分の身体でエロ配信する人、自分の身体でエロコンテンツ作って売る人、がガッポガッポ儲かって
同じ性的資本を持ってても最低保証がなくなって格差がすんごくなると思う。
美人よりも目端の利いたマネタイズ上手の女性が勝つ時代だからそういう意味では新しいチャンスかもしれないけど
取引コストの増大っていうより、廉価販売やめますって言うイメージだけどな
言い分から言葉遣いまで増田の話の裏付け過ぎて自演と思われてもしかたないレベルだけど自演ではない。
という理解でしょこの人。
「男を困らせてるなら女は有利になってるはず」ぐらいの解像度。
500円なら買ってもいいお刺身に消費税400円のっかって900円になってたら買う人が減るよね。
この上乗せの400円は買い手の負担だけど別に売り手の得にもなってなくて
単純に「売り手には500円しか入らないのに買い手から見たら900円になった」ってことだから
売値が上がってるんじゃなくて取引コストが上がってる、ってことが
「買い手の負担=売り手の得」みたいな、まさに”イメージ”で賛成している。
この人の見立ては「取引量が減らない」って言うだけの見立てなので
価格と取引コストの区別がついてないってことがよくわかるでしょ?
性的コンテンツがこれだけ充実していて、結婚や子供もマストではなくなってきていて、
少なくともボーっとした一般女性にはこれまでのようなまんこアドバンテージは維持されないと思う。
取引コストのない店舗型のプロ(客を追跡できない形の)女性とか、
自分の身体でコンテンツを作って上手くネットで売りさばける女性とか、
そういう人以外は自分の性を取引するのが物凄く困難になり値下がりすると思う。
VR技術AI技術が進歩していった時に男性の有限の性欲はほとんどそっちで解消されるようになると思う。
だからこの状況を喜べるのは才覚のあるプロ気質の女性か性的な物を社会から消していきたい人(性嫌悪とか厳格な宗教とか)かどっちかだけ。
女性の売値が上がるのは取引コストが上がる時じゃなくて供給が減る時だから、
そういうときだよ。
正直これくらいまでは経済学勉強してなくても思考力がある人なら辿り着く気がする。
経済学部の1年の前半ぐらいの授業がこんな内容だった気がする。
性犯罪者に対する社会の風当たりは厳しい。 最近、四谷大塚の講師Mが女子生徒をロリコン性犯罪者グループに売ったことで 中学受験業界全体が揺れている。 Mはおそらく大した罪には問われないだろう。 だからこそかも知れないが、「Mを死刑にしろ」という声が絶えない。
なぜだろうか? それはきっと、以下2つの理由によるものだろう。
そもそも、犯罪者とは何だろうか? それは、犯罪を冒した人間のことである。 ではなぜ人は犯罪を冒すのだろうか? それは、犯罪を冒すことがその人にとって有益だと判断されたからだ。
ふつうの人は犯罪を冒さない。 なぜならば、犯罪を冒さなければ平穏な生活が手に入るからだ。 言い換えると、ふつうの人の中では平穏な生活が手に入ること > 犯罪を冒すこと という不等式が成り立っている。 しかし、犯罪者にとってはこの不等式が逆になっているのだ。 特に、性犯罪のように意思を持って行わなければ成立しないものの場合はそうであるといえる。
この不等式は、ふつうの人にとっては絶対に逆にならないものだ。 でも犯罪者にとっては逆になっている。 これが何を意味するかというと、犯罪者は明らかにふつうでない感覚、あるいは人生観を持っている ということだ。
なぜだろうか? それはきっと、脳の気質レベルでなにかがふつうではないからだろう。 だから、犯罪者のこの気質は修正不能であり、 犯罪者はどうせまた再犯するということになる。 事実、性犯罪者の再犯率は極めて高い。
全対象者のうち,調査の対象となった性犯罪事件の裁判確定から5年が経過した時点において服役中等の者を除いた1,484人について,罪名は問わずいずれかの再犯を行った者の比率である全再犯率は20.7%であった。性犯罪再犯率は13.9%であり,全再犯を行った者のうちの約7割を占めていた。
昨今、東大や京大といった難関大学を中退する人間が目立つようになった。 SNSの影響うんぬんの前に、はっきりいって、頭が悪いんだろうと思っている。 ガイジと言っていい。
大学を22歳で卒業し、大学院を24歳で卒業するストレートに失敗する要因としては、 浪人、留年、中退の3つがあるが、 このうち就職における影響は、大きい順から 中退、留年、浪人となる。
中退は、そもそもが高卒と同じ扱いになっているからというのもあるが、 特に難関大学においては別の理由もある。
難関大学を卒業して、例えば京大卒になることと、 中退して高卒になることには大きな開きがある。 人生は全く違ったものになるだろう。 しかし、彼らはそれを放棄して中退という道を選んだことになる。 つまり彼らは、難関大学を卒業して輝かしい学歴を手に入れることより、 中退して勉学の苦しみから解放されることを優先したのだ。 これは明らかにふつうの感覚ではない。 これらの高みにたどり着くために、多くの人は子供の頃から塾に通い、 時には泣きながら勉強して、 それでもなお届かずに諦めたのだ。
日本の大学を卒業することはそう難しいことではない。 だから、あと少しだけ努力すればその高みに届いたはずなのに、 それすら辛いという理由で放棄して中退してしまったということになる。
これは、平穏な生活を手に入れることを難関大学卒の学歴を手に入れることに対応させて、 犯罪を冒すことを中退して楽になることに対応させれば、 性犯罪者の論理と全く同じことに気づくだろう。
これは以下のような理由による。
まず、仕事をするためにはそのプロダクトなりビジネスを ある程度はジブンゴト化する必要がある。 難関大学中退者というのは、自分の人生という最重要プロダクトすら まともにジブンゴト化出来ずに放棄した人間であり、 このような人間が しょせんは他人が定義したプロダクトなどをジブンゴト化することが出来るはずがあるだろうか(いやない)。
次に、なぜ彼らが大学を中退することを選んだかというと、 これは大抵の場合、勉強が嫌だったからだ。 彼らは多く場合、アスペルガー気質があり、 好きなことはとにかく熱中するが、嫌いなことは絶対にやらないという 傾向がある。 このような傾向は、仕事をする上では致命的となる。
一方でふつうの人間というのは そのような近視的なものの見方はせず、 より高い視点で物事を見ることが出来る。 つまり、自分の人生にとって卒業ないし学歴がどういう価値があるかという包括的な視点でものごとを見ることが出来るから、 興味のない科目や授業があったとしても、ある程度は受け入れることに成功し、 単位を落とすまでには至らない。
最後に、彼らは努力出来ない。 これは、嫌いなことに対して努力することが出来ないということでもあるが、 彼らは内心、中退したことを悔いている。 この後悔は、履歴書が門前払いされるごとに深くなっていき、 次第に、こんなはずじゃなかったという思いに支配されることになる。 世の中のほとんどの大人は、もっと勉強して少しでも上位の大学に行けばよかったと後悔しているのである。 であれば、大卒になる権利すら自分で放棄してしまった人間の後悔というのはこの比ではなく、 場合によっては自分を認めない社会に対する恨みすら抱くようになる。
このような人間は、中退せずに難関大学を卒業した人生と、今の人生を比較してしまい、 今の人生をこれ以上改善しようとは思わない。 なぜならば、その努力は、前者の場合に比べて報われる可能性が低いと考えるからである。 池江璃花子は白血病から立ち直り、世界水泳に出場するまでに復活をしたが、 大抵の人間は白血病になったら、仮にそれが治ったとしても、またトップレベルの 選手を目指そうとはならない。 なぜならば、白血病の治療において抗がん剤や放射線治療をした影響によって 自分の身体は確実に弱化しており、努力しても虚しいだけだと考えるからである。 こうした状況において最大の努力をしてトップレベルまでカムバック出来るのは、 池江璃花子が池江璃花子だからに他ならない。 ふつうの人間は、今日ほんの少し疲れているだけでも、今日はお休み明日から本気出すと言って それを繰り返すものである。
では、低学歴はどうだろうか。 低学歴も、高学歴になることを諦めているのだから、 同様の論理が適用出来るのではないかと思うかも知れない。
その考えは、大体は合っているが、性犯罪者というほどにはならない。
東進の林修は、最後の授業においてこのようなことを言うらしい。
「これから一ヶ月間、必死に勉強しろ。 必死に勉強すれば、結果がどうであれ、人生の糧になる。 必死に勉強しなければ、結果がどうであれば、 自分は一ヶ月間すら必死に努力出来ない人間なのだと 生涯苛まれることになる。」
この論理を学歴の高低に適用すると、 仮に必死に勉強した結果が低学歴なのだとしたら、それは別に構わない。 しかし、必死に勉強せずに低学歴なのだとしたら、その人は確実にだめだということになる。 ただ残酷なことに、最大に努力した結果低学歴なのだとしたら、 それはやっぱりだめということになるから、 結論として低学歴はやっぱりだめということになる。
実際、使えるか使えないかは概ね出身大学の偏差値と相関がある。 特に、論理的思考力など仕事をする上で重要な能力は、 低学歴の人には備わっていないことが多い。 生まれつき知能指数が低い場合は受精卵しかやり直すしかないが、 そうでない場合でも、思考力というのは思考しなければ養われることはない。 難関大学の問題は思考力を要求するため、受験生の中には その訓練のために難問を何時間も考え続けたという経験をしたものが少なくない。 中学受験出身者の論理的思考力が高いのは、膨大な量の論理パズルを幼少期に訓練しているからだ。 だから、低学歴は基本的には使えない。
しかし、その使えない度は、難関中退者よりはマシだとは言える。 大学受験は時の運もあるし、環境によって十分な準備を出来なかった人もいるだろう。 それに、大卒と高卒の差に比べれば、大学の偏差値の高低はそこまで大きな問題ではないから、 誰しもが最大限の努力をするという前提には無理がある。 実際、マーチや関関同立レベルで十分に高学歴という価値観を持っている人の方が大多数であることは間違いない。
だから、偏差値が低い大学出身の人間でも、 大学に入ってから努力をして、そこから伸びてくるというケースはある。 しかしそれは決して一般的ではない。
暴力女の中二病「苺」が主人公でまあ問題児なわけなんだがスクールカウンセラー爺さんが将棋させてみたらまぁ覚えがいい。
そして喧嘩上等!な気質をもってる彼女が色んな将棋のプロに喧嘩売りに行く。
そこで勝っちゃったりコテンパンに負けて悔しがったりする中でアマチュアのまま竜王戦に挑む権利を獲得してしまう。
この将棋漫画の主人公はド天才で作中でも頭がおかしい扱いされていて、とても現実的ではない非現実的キャラ設定だ。
もう現実に藤井聡太がいるのでコイツを超えるために生まれたモンスターだと言ってもいい。
主人公の人間的成長や、よくある奨励会などのリアル描写はもちろんキャラのバックボーンなど個性豊かで見逃せないものがあるのだが、
とにかく真面目に1話1話コツコツと将棋対決を描いているのが印象的な漫画であり有名な3月のライオンなどは遥かに凌ぐほどの将棋描写が描かれる。
故に地味に見えがちだが明らかに派手な戦法をとる主人公に読者はどう転がるのか分からない、おそらく将棋が分からなくても試合の内容にハラハラする、そんなゲームが描かれ、駆け抜けてきた作品だった。
そう、だった。
最新話までは。
龍と苺は既にクライマックスの形相(*様相)であり、もう来週にも終わるのではないかという読者の予想を完全に超えており、今週号はなんというか…その…感想をすることを躊躇うというか…今まで見てきた真摯な将棋漫画ってなんだっけって言うか…
ただ分かるのは、龍と苺の作者へのこの胸のドキドキ、ワクワク、ハラハラは主人公に感じていたものと同義であるのではないかということだ。
作者は苺なのだ。前作も似たようにぶっ飛び主人公だったし、まあ作者がぶっ飛んでるのだ。
とんでもない手を漫画というルールの枠内で使ってくる。漫画であればいいのだから。
着地方法はまだ見えない、見えないが実際に今週号のあと今までに無かったくらいに龍と苺の感想がSNSで溢れている。
今週号の葬送のフリーレンはとっても面白くて先週から続き漫画家としての器量が垣間見える、安定してどっしりとした作品だという評価も出始めているが、そんな人たちも二言目にはこう言う。
「それで今週号の龍と苺は何事だ?」「作者は大丈夫か?」「何を見ているのか分からない」「作者は最終回という重さに勝つのか負けるのか」
まるで苺への反応と同じだ。
世間は作者が今何を食べているのか知りたがっている。
先週号までの全話無料公開は今日までです。このタイミング、やりやがったな。間に合わないなら買ってね。
作者のブログ読んだらまだクライマックスじゃないとかクライマックスの空気出してみたとか言いよってコノヤローやりやがったな!受けて立つ!