はてなキーワード: 希薄とは
お亡くなりになった元自衛官の今井雅之さん脚本のthe Winds of Godっていう舞台が高校の演劇教室であって見たのだけど(演じていたのがどこの劇団なのか調べてなかったし、数年後同じ舞台を見た時に内容がちょっと変わっていた)、
結構うちの高校の人たち感動してて(他の学校の高校生に聞いたらそうでもなかったって言ってた)、
いやー良かった、って一番お世話になってた世界史の先生に軽く言ったんだけど、
その後だったと思うんだけど、経緯はよくわからないのだけど、小林よしのりの戦争論が教室内で流行って、勧められたんだけど、
最初の数ページ読んでこれはやめた方がいいって思ってすぐ閉じた。
世界史の先生が微妙な顔をしていたのはどういう理由からなんだろうとも思った。
うーん、教師に政治的中立性とか言わないで、最初から自分にはバイアスがあるって表明した状態で、授業した方がいいんじゃないかと思った。
あと、戦争の話をマンガで知るのはストレートに入ってきすぎるし、疑問を差し挟む暇がないし、インパクト強すぎると個人的には思っているが。
無意識な部分に入り込むし。
少なくとも、戦争には色んな局面があるし、一冊の本で十把一絡げにして語るのは難しい。
関係者がいなくなることで語りやすくなる部分もあるのかもしれないけど、
関係者がいなくなる前に語るべきことはたくさんあるとも思う。
高校までの歴史学って倫理学が絡む部分があって、大学でやる歴史学とは全然違うよ、とは言っとく。
過去の教訓とかそういうのを歴史学でやるは高校までな感じ。あれは歴史研究ではないと思う。研究の動機にはなり得るが。
日本の高校までの歴史教育は長らく国内国民の被害に終始していたし、市民の視点(主に被害)が大きかったと思う。
そのことが日本人のいい人感を生み出すという功を奏した部分があったという印象を受ける。
なので、近現代史拡充が日本の人の精神性をどう変えるかちょっと気になっている。
頻繁に海外を行き来する国家という単位についての感覚は違うなって。
でもネットでよくわからない情報を元に勝手に思考形成されるよりはいいかなと。
掛け持ちでなんとなく働き出した夜職がはじめは天職だと思ってた。
はじめ一か月は良かった。毎日酒飲んで金貰えるなんて最高だと思っていた。
毎日毎日酒を飲む生活が次第にしんどくなってきて、お客さんにも「お酒を飲んで酔っぱらってる増田が面白い」と言われるようになった。
そう言われたら酔わないわけにもいかないし、無理もするようになる。
この仕事をはじめるまで泥酔したり記憶を失うこともなかったのに、この三か月間で何度も泥酔した。
何よりお酒を飲んでいてつらいのが、夜に眠れないことだ。
たらふく酒を飲んですぐに寝るから夜中に(昼間と言う方が正しいかもしれない)尿意で目が覚める。六時間以上眠れなくなった。だいたい五時間睡眠だ。
夜職勤めする前は八時間は眠れていたのに。
どんなお客さんでも話さなきゃいけないし、どんなに嫌なことがあっても店では明るく振る舞ってはっちゃけないといけない。
そんなことを毎日毎日続けていたら、そりゃあ感情そのものが表に出てこなくなるよなあ。
他のキャストも同じことを言っていたので、私だけの問題じゃなさそうだ。
こんなストレスマッハならやめたらいいじゃないか、と言われそうだが、仕事そのものは楽しいのだ。これまでの人生で一番今が楽しいと言えるくらいには。
店の女の子や常連さんは良い人ばかりだし、やめた後でも友達でいたい人は何人もいる。店そのものの居心地も良い。じゃなきゃ昼の仕事をやめたりはしないし。
それにこういっちゃなんだが、自分は店のキャストの中でも人気が高い方なのだ。自分でも一番キャラが立っている自覚がある。
そりゃあ、面白おかしく振る舞っているのが自分くらいだし、顔も悪くはないから当然なのだが。こう毎日褒められる仕事もほかにないんじゃないか、それが社交辞令だとしても。
だけど、そろそろ限界を感じる。
ここ最近は深夜に出られる子が少ないから高確率でワンオペ営業になるし、何とも言えないお客さんに目をつけられてしまって、わたしが出勤のたびにやってくるようになった。
こんな面白おかしく芸人してる女に変な男が寄り付くとは思ってなくて、戸惑っている。ワンオペのときに二人きりになったらどうしよう。何かされたらどうしようと不安で不安で仕方がない。今日も出勤したくない。
その上、オーナーには「お前が一番上なんだからちゃんと先輩の自覚を持て」とか「1200円という高い時給を払ってるんだから変な客もあしらえるようになれ」「いつか人が入ってくるだろうから、それまで我慢しろ」
「責任のある行動言動をしろ」「売り上げを上げろ」等と言われたり、ふわふわと曖昧な説教を受けたりする。
三か月目で一番先輩になってしまったのは仕方ないけど、そういう言い方はないんじゃないか。1200円だって深夜に働くなら大して高くもないし、それで責任感だのプロ意識だのなんだのと言われて、挙句の果てに我慢しろだなんて言い方どうなんだ。
もっと「ごめんね。今は人がいないから我慢してくれないか」くらい優しい言い方なら、こちらだって突っかかりはしない。
何かあったらどうするんだ。お客さんと二人きりになるリスクを考えられないのだろうか。女一人だと胸倉掴まれたら終わりだぞ。警察すら呼べないじゃないか。
かっとなって「もう仕事やめます」と言ってしまった。それもラインで。
まあ引き止めることもなく「そんな辞め方をされるのは残念です」「増田みたいなメンヘラはたくさん見てきたから」とまた可愛げのない言い方をするし。自分に反論する女を皆頭がおかしいメンヘラだと思い込んでるのもどうなんだ。
オーナーさんがそういう人だってわかっていたし、やり方が横暴で自分勝手なのも我慢していたけど、そろそろ限界だ。
この話をする前に、後輩に「他の子たちやめるけど、増田さんはやめないでくださいよ…」と言われていた後だったから、胸が痛い。
やめたくないんだけど、やめないと壊れそうだ。
母親は子供ともほとんど会話しないくらい寡黙な人で話し相手はほぼ全て父でした。しかし毒親とかそういうわけではなく、母に干渉されないのはとても心地よく、また父は面白いので家庭環境は快適に感じていました。ちなみに母親は矢田亜希子によく似た美人です。(私は父親似ですが)
日本の親子(子の性別は問わず)の大多数は母親とべったりで父親との関係は希薄、って事を考えると
つか、母親が芸能人のだれそれに似ていてどうこうとか言う感覚が特異に思える
母親って子供からしたら当然オバサン(遥か年上の中年女性)だし、芸能人の誰に似てるとかそういうのを考える対象でもないと思う
「男」とか「女」とか考える対象ですらないというか
子供が、父親が芸能人の誰に似てる、とか言うのもあまり聞かないよね
穿った見方だが、父親がずっと妻(増田から見たら母親)が矢田亜希子に似てるとか
ハリウッド映画でも、大作ゲームでもそうなんだけど、なんでアメリカ産のエンターテイメントって「父と息子の物語」が多いんだろうか。
(沢山あるけど、とりあえずスターウォーズEp4辺りを想像してください)
「通過儀礼としての父殺し」、つまり父親を超克することによって共同体で一人前と見做されると言う神話的原型があるのは分かるけど、神話の数多い形の一つなわけで。
父と娘、母と息子、母と娘、の組み合わせはあまりにも少ない。
そして「父と息子の物語」における母親の存在感は希薄だ。離婚しているのは上等な方で、すでに死んだと語られるか、下手すると語られもしない。
そして「息子」に姉妹のいることも稀で、兄弟がいるか、一人っ子。
こう言う物語が多いと言うことは、アメリカ人にはウケるのだろうけど、なんでアメリカ人は「父と息子の物語」が好きなのか、スッキリとした説明が欲しいのだけど見つからない。
https://anond.hatelabo.jp/20170715180955
↑連邦議会・党試案 2
「連邦」は大洋に囲まれた大陸国家である。その大陸では唯一の政府機関。
≪下院の説明≫
≪上院と地方自治の説明≫
連邦州ごとに異なる。
概ね…。
大きな州:3議席、中小の州:2議席、連邦市州:2議席、準州:1議席が与えられる。
選挙制度:自治体(州など)の議会(州議会)にて、連邦評議会の議員を選出する。
②人口が少ないなどの理由で、連邦州に昇格できないが一定の自治を有する「準州」(連邦政府の一定の監督を受ける)。
③連邦政府と「条約」を結んで、傘下に入った「連邦加盟共和国」。
…の三形態がある。
連邦に拠点を置く旧世界(北西大陸及び南超大陸など)の「亡命政府」や
地域の「少数民族集団の代表組織」がオブザーバー(投票権がない「組織」)として
評議会への参加を認められている。
ちなみに各々第一級自治体の議会構成も「連邦」のミニチュア版に近い。
自治体ごとに多少差はあるものの、全ての第一級自治体に「二院制&諮問機関」の形態が存在する。
→第一級自治体・連邦構成主体(連邦州、連邦州、準州、連邦加盟共和国)
地方警察の設置、社会保障の枠組み作り、租税の徴収や公共交通機関や大規模な都市計画などの複合的な公共事業を行う。
→→第二級自治体・地域中核自治体(市政府、郡政府、自治区政府≪少数民族集団の自治区≫)
中核自治体。州政府の干渉が強い群政府と干渉が弱い市政府、そして自治区政府に分けられる。
多くの場合、市政府は人口の多い区域に成立する。群政府は人口希薄区域に多い。
都市計画や選挙事務、大規模な公共施設の管理運営など基礎的な業務を行う。
自治区政府のみ州政府と調整の上、民族区警察を置くことができる。
→→→第三級自治体・基礎自治体(市の区部、郡部の町や村など)
基礎自治体。身近な行政サービスを行う。窓口業務やゴミ出し、インフラ管理、小さな公共施設の管理など。
他には、ある特定の行政目的のために複数の自治体が共同で設立した「特別行政区」がある。
指定組織:連邦議会及び連邦評議会の議決(3分の2以上の賛成)を経て「指定諮問資格」が与えられた組織。
の三種類がある。
→一例
労働組合、産業・商業団体、金融団体、生産者団体、専門職団体。
上記の組織は「指定諮問組織」として議会から諮問を受ける場合が多い
ただ、必要に応じて「指定組織以外の組織」も諮問されるケースもある。
(それ以外の組織も出すことは出来るが…。)に出すことが出来る。
連邦議会内のうち「3分の2以上の賛成」
がなければ、指定を取り消されることはない。
諮問は重視されるが、あくまで「結論は連邦議会の採決によって決定」される。
特別指定諮問組織は連邦議会内では、連邦議会の「諮問・補助」に徹しなくてはならない。
この仕組みは、コーポラティズムから(或いは職能代表制)影響を受けている。
≪議会制度のまとめ≫
下院優先主義。
上院と下院で意見が分かれた場合は、下院で再度議論がなされた後に決がとられる。
下院のみ解散が可能。
解散できるのは議会自らか、政府のみ。解散後速やかに再選挙が行われる。
≪主要政党≫
社会民主党、立憲民主党、緑風共生会議:387(217+107+63)
→民主主義・社会民主主義・自由主義・立憲主義・福祉国家・緑の政治
・進歩主義・ハト派・中くらいの政府・社会包括主義・連帯主義・共生主義
→→労働組合員、各種業界団体(特に社会福祉、教育、出版、芸能系)
(国政の最大与党。
左派リベラル各党が保守党に対抗すべく、3党が協定を結んだ政党連合の形をとる。
3党の中ではそれぞれ党内自治が行われているが、重要法案の際に同盟の中で党議拘束をかけられる。
「同盟」は福祉国家を目指した上で、経済の自由化を目指すことを表明している。
支持母体は自由主義・中道主義系の労働組合や宗教団体や商工業団体。
一部、穏健保守層や役人の支持もある。
支持母体は市民運動、左派系知識人、芸能団体、教育者団体、生産者団体など。
環境主義や農民主義のほか、社会的弱者の保護、多文化共生社会、脱物質主義を掲げている。)
保守共和党:301
(→保守主義・自由主義・共和主義・タカ派・地域分権・小~中くらいの政府
→→宗教保守系、農民団体、各種業界団体(特に建築、発電、製造、輸送、観光など)
(最大規模の野党。
連邦の地方都市や郡部で特に勢力が強く、全国広くに地域支部を持つ。
支持の中心は社会秩序を維持したまま、経済的な自由を促進したい者たち。)
:主要政党 計688議席
≪中堅政党≫
・「自由改革の集い」
自由改新党:42
→中道右派・新自由主義・市場原理主義・自由競争の原理・ベーシックインカム
・中央集権と小さな政府・表現の自由と科学の発展・公共事業の最小化
→→ベンチャー起業家団体、科学者団体、都市部住民、ポピュリスト。
右派の旗を掲げて、保守層に接近している。都市部で支持を固める。
保守党に接近しつつ、自党のテーマを浸透させるのが現状の目標。
リバタリアンの要素もあるが、保守層の理解を得るためその要素をなるべく隠している。)
・「緑の協同体」
大きな政府、協同組合の普及、市場の一部統制、持続可能な全国一律の開発。
連邦協同党は大都市や地方都市、社稷緑風党は郡部に基盤を持つ。
「反新自由主義」の観点から、自由改新党とは互いにけん制し合っている。
民主中道同盟とは関係が深い。事実上の統一戦線を組んでいる。)
・「人民戦線」
:30(23+3+3+2)
→社会主義、共産主義(愛郷同盟は保守・地域主義)・急進主義・労組組合経済論
非正規の組合、衰退した地方層、マイノリティ、アングラや前衛系文化団体。
(「人民戦線」は議会中心主義を掲げているが、しばしば街頭で直接行動も行う。
ただし要所では協力する。
全体的にアクティビストの連合と言う面が強い。
①「人民共産党」は左派貧困層やマイノリティ、反主流派の知識人から熱い支持。
主に都市部からの支持が目立つ。支持母体は急進的な労働組合、退役軍人組合
農民団体、中小企業の商工団体など。都市部に多くの拠点を持っており
支持母体と共同する形で、救貧活動や労働運動などの社会活動も直接行っている。
もともとは「旧社民党」の中で「急進主義」を掲げる者か離党して結成した政治グループ。その後、他の左派の小規模勢力が合流したため政党化した。旧党名は「急進社会党」。「人民戦線」結成を機に党名を変えた。
いくつかの加盟組織の会議体という面もある。
相互扶助や啓発のため、シンポジウムや相談会を良く開いている。
③「愛郷同盟」は、地方政界や一部の右派を取り込むために活動している。
宗教や農民団体との関わりも強く、時には保守系との橋渡しも行う。
④アングラ系のアート集団や知識人、あるいはより個性的なアクティビストの
支持を取りまとめるのが「雑民の党」。彼らは「表現の自由」にも力を入れる。)
中堅政党:計104議席。
≪小規模政党・独立系≫
地域主権合同党:14(12の州で加盟組織が活動中。内、9の州の加盟組織から議員を輩出)
→右派左派混合・主権の地方委譲(徴税権の地域政府への大幅譲渡、地域政府の限定的再軍備)
→→地域主義者、地域系労組、地域系商工組合、地域独立を望む住民。
(地域政党の集まり。反中央集権、地域分権を掲げる。イデオロギーは保革混合である。
「党」よりも加入した連邦議員(或いは地域政党)の緩やかなネットワーク団体に近い。
ただ、党内連合会議は存在しており、最低限度のルールの尊重は義務付けられる。)
独立系議員団「民主中道同盟」海賊党・公正連合:17(13+4)
・表現と情報の自由・民主共助・へき地福祉支援・公正主義・中くらいの政府・社会自由主義・共生主義
独立系業界団体、独立系右派労組、保守系革新層、ポピュリスト。
自由改新党とは互いにけん制し合っている。
緑の共同体は党議拘束がある。こちらには「原則は存在しない」のが特徴。
立場上は「政党」となっているが、事実上の「保守、中道系の無所属系議員の連合」
と言う意味合いが強い。
海賊党を会派に引き込んでおり、左派や若者の支持も集めている。)
・「第三の道」
国家革新党:10
→国家社会主義・国民団結主義・大きな政府と中央集権・反移民政策
→→独立系右派労組、独立系業界団体、神秘主義者、革新アート系、傍流系地方農家
(いわゆるネオナチ。
派手な示威行動のなかで「国民団結主義」と「我らの敵の存在」を呼びかける。
計41議席。
社387+(閣内協力:協32+民17)+(部分協力:人30):466議席
保守301+自改42:344議席
第三の道:10議席
436議席の場合も。
→→準与党:人:計30議席
・地域政党:14議席(地)
各議員の自由度が大きく、党員拘束はされない。)
・野党:343+10議席(保改・国)
:計833議席(過半数:417議席)。
まぁ、西洋的な政治哲学概念において判断すると、という話ではあるけどね。
ずっと二重政治を続けていると公共概念が希薄化する、簡単に言えば誰が悪いのか分かりにくくなって「こんな世の中になったのは○○のせいだ!」と声を上げにくい社会構造
幕末期で言えば、黒船に侵略されそうになってはじめて朝廷が悪い将軍様が悪いと押し付け合って軍力を奪い合って、暗躍するものはそれぞれに暗躍し、薩長同盟からの無血開城になるのだが、
これは一方では、「人的つながりでなあなあで話し合った結果の革命つぶし」だと言える面もある。自民がやってきた政治や、あちこちの会社で見られる「社内政治」みたいなのにも良く見られる密室性。
これは、二重構造の問題に加えて、「暗躍した」というのが、未来に大きな問題を積み残したという見方もあって、
内戦や革命を経なかったことで、結局誰が悪いのか「公共の場」で理論化・共有化することを放棄することになった。国民は公共概念を理解できないままというデメリットが200年後まで残る羽目になってはいる。
内戦や革命は、国体と市民のそれぞれの責任と役割の位置づけを、国(コミュニティ)全体で共有化するためのプロセスだったりもする。
人が死ぬことで身に沁むこともあるんだろう。が日本ではそれ密室で無血開城でやっちゃったからなぁ。
一方で、内戦はどの国においても国力を疲弊させる悪でしかないので、外敵の侵略脅威時期に内戦をしなかったことで世界的な帝国国家期に乗り遅れずに済んだラッキーさは大いにあるが。
坂本龍馬や無血開城については好意的な評価をする人が圧倒的に多いのだが、西洋哲学とか政治哲学とかやってる人だと批判的に読む人も少なくなかったり
単純に心遣いの有無だよ。
ソリューションとして自転車免許制は優れておらず非現実的だからこそ採用されていないわけでね。
自動車に免許制と厳しい規制取り締まり(まだまだ甘いぐらいだが)と罰則があるのはそれだけ自動車が自転車と比べて車内外に有害だから。
自動車の車内でさえ年間約1300人も死亡しており、交通刑務所懲役囚人のほぼ全員は自動車運転手。
クルマ離れして自転車が増えれば増えるほど渋滞も公害も事故も不健康も減るので良いことだわ。
各国の特に都市部は積極的に自動車を減らして自転車を増やす政策を進めているほどだからね。
それに日本においても自動車運転手には歩行者自転車にギャアギャア言わず最大限に保護優先する義務が法律で義務付けられており、それを破れば刑務所懲役もある。
だいたい教習所でルールを教わっておきながら↓このザマはなんだ?という話だ。自動車キチガイはスピード違反の交通犯罪運転がマナーだのセオリーだのいつまで犯罪予告運転をドヤ顔で披露し続けるのかね。
原付以上、自動車等の道路交通法違反 摘発件数。自動車依存者は自転車や歩行者にあーだこーだと言えないほど実はモラルが劣悪な事実。彼らは 車カス クルマキチガイカス などと称される。
http://oshiemuscle-jidoshahkn.com/244/
うち速度超過 205万2719件
うち一時停止違反 116万3453件
うち信号無視 72万1898件
うち整備不良 4万2582件
うち酒気帯び・酒酔い 2万8869件
うち無免許 2万5746件
うち積載違反 1万3455件
総数 708万1632件
自動車交通犯罪 横断歩道、93%の無関心 そのほとんどは速度超過も併せて犯しているという惨状。
http://pon-s.tea-nifty.com/blog/2006/08/zebra_crossing.html
無信号の横断歩道で自動車の9割が減速すらしない無法者だらけな惨状:
http://heritage.cocolog-nifty.com/blog/2010/04/yomiuri-online-.html
http://blogs.yahoo.co.jp/nmiaitjhuaabghna/8409954.html
歩行者がいる横断歩道で一時停止しない自動車ドライバーは運転免許返納しろ!
http://enter101.hatenablog.com/entry/2016/06/02/191316
【許せない!自動車の横断歩道犯罪】フィンランドに行って一番感動したのは"横断歩道で自動車が必ず止まる"こと。鮮明化する日本のドライバーのマナー、モラル、順法意識の希薄さ、劣悪さ。
某エントリーから初めてキモズムとか言うのを知ったのでそこから色々と思うところを。
キモズムってそもそも何かと調べたところ、新しい技術は総じてキモい。
そしてそれを超えるとモテる、とか。
それをキモズム超えと呼ぶそうです。
ぶっちゃけ、なぜキモい原因が技術だってことになってるのか正直理解できかねる。
全てにおいて、それがどういう印象を持たれるのかは使う人の問題であって、技術そのものが問題では無いはず。
新技術はキモいものだ、と本気で言ってるのであれば、それはイノベーションでもなければ、ただの「俺こんな新しいことに手を付けてるだすごいだろお前ら遅れてるー()」という自己満足でしかない。
この部分はそう、海外のキャッシュレス事情云々の話にもつながると思ってる。
あれも所詮、「俺海外知ってるし、諸外国は進んでるし、知らないお前ら遅れてるー」程度にしか見えない。
本当にキャッシュレスが便利だと思うのならば、本当に変えたいと思うのならば、今すぐその煽り口調を止めて行動に移すだろうし、本当に変える事のできる人はもう動いているだろう。
それを責任転嫁して、自分の優位性を守るために他を蔑むその姿勢がどうにも受け入れがたいのだ。
仮に本当に技術がキモいと思われているのならば、本当にその状態では変わらないと思うのならば、やるべきことはキモイキモイと言っている自分に酔いしれることではなく、一般に広く浸透するだけのものに完成させることではないのか。
それもできずにただおもちゃとして食い散らかすだけならば、所詮その程度である。
そもそも国内のVR界隈なんかは体験の更なる加速や開発なんかやってるようには一切見えず、今あるオモチャを遊び尽くそうとしてるだけにしか見えない。
その分野を本当に発展させようとしているようには見えず、手っ取り早く新しいからと言って飛びついて、最後にはよくわからないまま食い散らかしていく未来しか見えない。
その行動にやり遂げるほどの信念なんてものはかけらもなくて、何かを大きく変えるだけの要素なんて無い。
私には、承認欲求を他を蔑むことでしか得られないか、手っ取り早く得られるものを乗り換えているのだけにしか見えない。
小さな小さな承認欲求を、必死に追い求めて言えるようにしかみえず、とてもさもしく見える。
人は承認欲求が多かれ少なかれ、必ずある。
その適切なこじらせ方を知らぬがために、大やけどをしている人を結構な数見てきた。twitterなんかその最たる例なのかもしれない。
承認欲求と上手に付き合わなければ、それを求めるがあまり暴走することだってある。
こと技術系の人間たちは認められる環境と言うものが非常に希薄で貴重だ。
絵描きのようにチヤホヤされることもなければ(絵描きを馬鹿にしてるわけではないです)、芸能人のように表に立つこともない。
ただひたすらに裏方に徹する。
ネットを見てみればひと目でその歪みがわかる。
事あるごとに全力で論争が始まる。それが、本質的にはどうだっていいことでも、だ。
直近ならソフト屋にハードを教えることが楽か、ハード屋にソフトを教えることが楽か、だろうか。
たったそれだけで、もう大変なことになる。
お互いのマウントの取り合いが始まる。
こういうタイミングでしか自分の優位性を知らしめて承認されるタイミングが他にないのだ。
「そうね、そういうパターンもあるかも まあでも人によるよねぇ」
程度でいいじゃないか。なんでいちいちありえないとか、その考えは周りが見えてなさすぎるとか、どうして一々マウントを取るんだよ。
なぜそのエネルギーを、もっと色んな人に作品や技術をみてもらうことに使わない。
障害者は健常者と全く同じように過ごせるべきだ。
企業は何かあったら即座に謝るべきだ。
LGBTは認められるべきだ。
静かな住環境が守られるべきだ。
ゴミはちゃんと持ち帰るべきだ。
あぁ確かに全て正論だ。
だけどちょいと行きすぎてないかい?
インターネットで意見を言いやすくなったし見られるようになった。
それは良いことだけど、2ちゃんの悪意以上に正論の善意という武器を振りかざして暴れるのはどうなのか。
喫煙所は無くなり煙たがれ、
理想は分かるがそこに勤めている人やコストを無視した誹謗中傷、
砂浜で音楽はかけられず、
マナーを守れと怒られ良いこに育てられ、
何もかもが制限されて、
ちょっとでも気に入らないことや
他人が逸脱すると全力で叩きにかかる。
そしてまたルールで縛って抑圧されて、
歩きスマホで周りの人なんかお構いなく、
自分に都合の良いところだけ自己責任だ、社会が悪いといいながら、
ほんの一握りのお金持ちがリスクを減らせる可能性があるだけで、社会全体のリスクは増えているのに。
物理的な暴力などから回避できるかってことだけじゃないよね。自分だけじゃなくて家族や係累もいるし友人や仕事仲間やもろもろに対して、危険回避だけでなく「安心して生活が送れる」状態を確保し続けるのは物理的に不可能でしょう。
例えば、数年前に、食品工場の期間従業員が農薬混ぜて事件になったりしたけれど、格差と分断はこういう社会的リスクも増大させるよ。食べ物、着るもの、暮らす場所、受けるサービス、全てに「誰かの手」が介在するのが現代なのに、それらをすべて「安全」な状態に保つのは無理でしょ。
それなのに、分断すればリスクはないって言い張るから、引きこもりなのかな?って思ったんだけど。社会と接点がもともと希薄だと、簡単に分断すりゃいいって言えるのかなーと思って。
海外ドラマを見ていた時の事。ドラマ上ではある家族が生きるか死ぬかの瀬戸際で、父親は自分の犠牲も問わず家族を守ろうとしている。
父と母は子供の目の前でハグをし、キスをし、愛を囁き合っている。無論両親は子供にも愛を誓い、ハグをし合っている。
日本という国では、人前でキスをすることは美しい事とは言えないお国柄である。
実際私もそこまでしなくてもいいかな~と思う。恥ずかしさとか奥ゆかしさってすごく色気あることだとも思う。
それは全然構わないのだけど、それが過ぎてのことか日本人は愛情を伝えるということを億劫にしすぎなのではなかろうか。
実際私は両親が愛情を伝えあっている図は見たことがないし、自分の彼氏も愛情を伝えるということは希薄であると思う。
そんな状況の中で「自分はこの人から愛されているのだ」と感じることってできるのだろうか?
伝えない感情というのは、あってもなくても同じものなのではないかと思う。自分の中だけで生まれて、自分の中だけで消えていくものが他人の目につくはずがない。
席を譲ろうと思う優しい気持ちも、行動に移さなければ他人の目に触れることはないし、あいつを殺してやりたいと思ったとしても、行動に移さなければ逮捕されることはない。
もともと赤の他人である「恋人」「夫婦」という関係の信頼は、伝えるという手段の他、積み重ねていく方法はないのではないかと思う。
恥ずかしいとか、誰かに知られたらいやだとか、もったいないんじゃないかと思う。
せっかく誰かを好きになって、相手も好きになってくれて、それなのに恥ずかしいからどうのってめちゃくちゃ損してるんじゃないか。
伝えられないことを他人のせいにして逃げまどっているのもどうかと思う。他人の目しか気にして生きられないなら一生そうして大事なものを大事にしないで生きていけばいいと思う。
昨今はまじめなことをすると、過半数を超えた頭の悪い人達が「ウケるwwww」と言ってくる時代なので、
自分の正義を全うして生きることは難しいのかもしれないが、どうかそれが大事なものを守れなくなることにならないといいなと思う。
あと好きとかキスとかしすぎると「価値がなくなる!」と嘆く人がたまに居るが、
もし明日死んだとしたら昨日伝えなかった愛情にどれくらい落胆するのか考えてみてほしい。好きと伝えすぎてもキスをしすぎても何も減るものはない。
などと大口を叩いておきながら、私は愛情を伝えても返ってこないことに落ち込んでいる。
神道って実際どうなんだろうな
天皇=神にできない以上は国教として必要ってのは分かるけど既に墓の形態変化を見ていくと
日本人にとってどれだけ拠り所となる宗教が必要なのか疑問なところがある
既に葬式なんて俺の身内まわりだけでもほぼほぼ家族葬であの世とか仏とか文面で使う固有名詞にしかなってなくて
義務的に形式的にやってる感が年代性別問わず、そんな感じの反応
コスパいいし家族葬でいいか的な感じで一族の繋がりとかも年々希薄になっていってる
友人に聞いてもそんな感じらしい
昔俺のおじいさんの葬式っつったら50名くらいは集まってたもんだけど今じゃ10名前後か
完全には要らないとは思わないけど結局今の平成天皇のカリスマ性って平成天皇個人から来てるから
次の代でも保てるかどうか
誰も指摘しないけどさ、そこそこ知名度のあるアイドルって男ぐらい普通に警戒すると思うわけ。
それで、今回ばかりでなく今までを見ても普通に泊りに行ったりするわけじゃない?
ってことは、男に対する警戒心が希薄になるくらい日常的に男とお付き合いするっていうことが、普通にある環境ってことじゃない。接待だろうが打ち上げだろうが、打ち合わせだろうが。
学校で考えてみ?体育会系の部活のマネージャーとかのレベルでこそこそ付き合ってるって。顧問の先生に見つからないように。
あと、東浩紀だよ。やってる事はそりゃ立派かも知んないけど、ツイッターで世間を知ったような口聞くな、と。みんな頭の中はめちゃくちゃな事考えてるかもしんないけど、普段は真面目に気使って生きてんだよ。
日本人を頭の中だけで考えるとおかしな人達だよな。そりゃ多分100年前ぐらいからおかしな人達って言われてんだよ。でもな、だからってそんな捨てたもんじゃないって。お前が一人で悲劇のヒーローになってるほど、悪くないよ。望めばキリないのはわかるよ。でもね、君が考える世界にもあんまり希望がない気がするよ。
頭の中とは別の居心地の良い世界があるんだよ。これからはわかんないけどね。
いつだってわからないんだけど、日本人の良さは頭で考えてもよくわかんないと思うな。頭は大事だよ。でもそれは道具なの。大事な事は心で決めるんだよ。それが日本人の知性だと思う。君の知性は、正しいよ。正しいけど、嫌いだよ。安いペシミズムに見えてしまうよ。
あとな、太り過ぎだよ。死んじまうぞ?長生きしてくれよな。
いっつも意識高いみたいな顔して賢しらぶってるけど馬鹿ばっかりだよね。
普段税金や保育園やら意見言ってるけど実際に今回ので税金が何ら精査もされずに使われてるクソみたいな事例で。
アメリカはてな民がいたとしたら、連日増田に語り合うと思うんだけど。
政治圧力の告発をした元事務次官が下の話ばかり取り上げられて人格否定をされ実際の告発が希薄されてしまっている、こういう分かりやすい政治とマスメディアのゴミクズさを指摘も問題視してる記事もはてなブックマークに載らないもんね。
興味あるのはpixiv立命事件とBitcoinですか、はいはいって感じ
「あったものをなかったものにできない」と出会い系バーだけタイトルに並べて、まるで出会い系バーへのコメントみたいに見せてるマスメディアを問題視への興味示さず精々キッズドアの渡辺さんのブログだけブックマークに載せる今回の問題への把握レベルの低さ。
結局お前ら世界に興味あるって顔して、自分の半径3キロぐらいの自分の損得ばっかりにしか興味ないん視野の狭いtefuみたいな奴らだったんだな。
2017年春期アニメも折り返しを迎えました。今期は話数の関係で途中総集編の入るアニメがちらほらあり、月がきれいもその一つでした。
今日は、私が今期楽しんでいるアニメの内TOP3に入るこの作品について紹介したいと思います。
紹介といっても7話までのネタバレが入るので未視聴の方は諦めてください。
月がきれいは原作のないオリジナルアニメで、ジャンルは中学生を主人公とした恋愛ものです。
現実世界と全く変わらない世界観の中で、特別な能力も人脈も持たないごく普通の登場人物達の物語がそれでも特別であるのは、このジャンルの強みと言えるかもしれません。
物語の筋それ自体はこれまで連綿と語られてきた恋愛物語とくらべて大きく捻りがあるわけではありません。
主人公である安曇と水野が中学最後の1年間を同じクラスで過ごすことになり些細な出来事を重ねお互いの関係を深めていく、普遍的な物語であると言えます。
では新しい要素とはなんでしょうか、そうLINEです。
作中においてLINEは現実世界と同様に事実上の生活インフラとして登場人物達に活用されており、これは物語の演出上も大きな役割を担っています。
第1話で水野は安曇へLINEのIDを渡し二人のやり取りが始まります。これには同じ体育祭の用具係であるという口実があり、作中の基準においても極めて自然な行動です。
そして二人の距離は体育祭での出来事を重ねて近づいていきますが、体育祭が終わると校内での接点がなくなってしまいます。この間二人を繋いでいたのはやはりLINEでした。
この物語において二人の関係性を進展させるポイントは対面時のアクションにありますが、それが可能なだけの関係性をLINEで醸成していくというのが基本的な構造になっています。
LINEではなくメールでも同じではないかという考えもあろうかと思います。しかし画面上また演出上においてもLINEの特徴が生かされているのが本作品です。
主にはその即時性と一覧性です。2話のラストから3話にかけて、二人のLINEでのやりとりが一つの画面内でポンポンという通知音とともに小気味よく重ねられていきます。
各話のEDでは、ある二人のLINEでのやりとりが描写され、視聴者はそのスマホの画面だけを見て物語を読み取ることができます。
文章の内容だけでなく時間と頻度を一覧できることから会話のログであるかのような情報量があり、それでいて実際の会話とは一線を画しています。
安曇は3話で「LINEでなら(水野と)話せるのに」と一人こぼしますし、4話で水野は安曇に「もっと喋りたい」と答えます。
7話で千夏は宮本と佐藤の前で改めて涙しますが、その後水野へ送ったスタンプの絵柄は愛らしく、実際の感情とのギャップが表現されています。
また、4話では安曇からのLINEに対する水野の返信に既読がつかないことから、トラブルの予兆が水野に与えられています。
先に挙げたような、今我々が用いているツールに関連する描写が物語に現実感を与え、視聴者がキャラクターの心情に寄り添うことをとても容易にしています。
恋愛物語を描くにあたってLINEを排除、あるいはメールと同様に扱うことはまったく難しくなく、実際にそういった作品も多々あろうかと思います。
しかし本作品においては真逆の方針を取り、それが結果として現実に極めて近いリアリティラインを構築しています。これはあるいは順序が逆かもしれませんが。
物語は、主人公が変に優柔不断でウジウジしてみたり強い力によるすれ違いが起きたりといった都合的な動力によらず進んでおり、視聴後は爽やかな気分になります。
キャラデザ・美術・音楽・演技(プレスコです)・脚本といった各要素が同じ方向を向き有機的に絡み合って本作品を構成しており、LINEもその一要素であるという話でした。
ガーン(JT阻止)
医者から言われて1週間ほどは、死ぬのかなぁということも覚悟したけれど、まだ転移とかはないので、まだ死なないらしい。
孫は両家ともいるんで勝手に繁栄も衰退もするんじゃねとは思うけれど、我が子ドリームも元々希薄だけども、
暇つぶしに子ども産んだ人にも、ガンの人は働かなくていいにも、さほどイラっとはしないけど、
方々に大なり小なり迷惑をかけるなぁというのと、わかってくれる人の有難さと、愛しさと切なさと心強さと。
経験談から、健康気をつけなよー? ってしたり顔で言いたいけど、私なら絶対「そーですね」って言っても行かないし、
行かなかったし、行ったけど、まぁ、結局は、今できることを全力でやるしかないのよね。
まあ、元気です、ガンだけど。
諸外国と比べて、日本の左翼は国旗を仰がない、他国に日本を売る売国奴などと聞くが
こういう言説の問題なところは、今の日本の国政と「自分達・自国で作り上げた国」と比較しているところだ
現在の日本の体制は、アメリカによって作られアメリカの規定した国家制度でアメリカの庇護のもとで存在している
つまるところ、おおよそにおいて、国家を象徴するものが「自分たちのものである」と言う点が希薄なのだ
全てにおいても、特に国旗国歌にしても、「アメリカにとって都合が良かったから」と「アメリカに許されたから」でしかなかった
自分たちのものでない以上、自分たちのアイデンティティとはなりえないし、それが象徴として認めえるかは、「自分たちで作り上げた」民主主義国家と比して感情の複雑なものになる
占領から始まり、そこから日本には「アメリカに所属するか」と「アメリカに所属しないか」に分裂していて、ずっとそれが続いているだけの話だ、愛国だの売国だのと言う話ではない
アメリカ以外がロシアであり中国であることはあるがは時代によって変遷するが、結局のところ、両翼の思想において国の主体としての日本と言うものは実のところ存在せず、いわゆる右翼のいう所の愛国と言うものは虚構で
大まかに、アメリカの統治を認めるか=右翼、アメリカの統治を認めないか=左翼と言う構図でしかなく、アメリカを認める=(現在の)日本を肯定する=(虚構としての)愛国となるだけだ
売国奴と言う理屈も、中国やロシアを敵とする前提があって、それに利するから売国奴となるが、そもそも中国やロシアが敵であるというのはアメリカと組するという前提から生じている
アメリカと手を切って中国かロシアと協調すれば、それだけで単純に立場が逆転する
もちろん、中国と組すれば即座に占領地になり、チベットのように虐殺・圧政を受けるという危惧も当然だろうが
北朝鮮、北ベトナム、バングラディッシュと、隣接した社会主義国、中国有効ながら属領とならずにいる国もある
むしろ、チベットは反中国だからこそ攻め込まれ支配されている(勿論、侵略による圧政など否定すべきだが(ここは強調しておく))
個人的に、どっちかマシかと言えば自由主義に組するアメリカではあるのだが
それでもアメリカに所属することを愛国と言い張って、宗主国の選択で競い合ってるだけの相手を売国奴などと、どちらも国を売ってるだけの状況で偉そうに言える言葉ではないように思える
参院厚労委員会で、本日、精神保健福祉法改正案が可決されました。この審議は最初からずっと追ってみたのですが、これほど迷走した法案はなかなか珍しかったです。採決するという情報は先週出ていたので、意外さは無かったのですが、意外だったのは、共産、社民を除く賛成多数での可決となったこと。民進党は修正に応じたということで、内容的には、協議会に本人の文言を確保する、ぐらいしか応じられる修正はないだろうと思っていたのですが、見直し期限を3年と短縮するという簡単な修正のようです。また付帯決議が18ぐらいついたようですね。この修正に応じた背景は、結構複雑な事情があると思ったので、想像してみます。
これはあくまで想像ですが、二つの要因が絡み合ってこの結果になったと思っています。
まず第一に、この法案が参院先議であったことです。現在自民党は衆参両院で過半数を持っているため、はっきり言ってしまえば参院の存在感は極めて希薄です。なぜなら、衆院決めた法案が回ってきて、参院で修正を加えたとした場合、衆院が再度の採決をしてくれる可能性は日程を考えるとほとんどないからです。したがって、参院自民党としては、参院先議の案件については、軽微であったとしても原案に何らかの修正を加えたいという欲求があるからです。
もう一つは民進党の難しい立ち位置です。民進党は、この法案では、石橋通宏議員や川田龍平議員などがずっと反対の立場で議論を進めてきましたが、このまま反対を続けても、採決されてしまえば、何の意味もないというところです。さらに現在は維新が公式野党として、自公と常に協議し、強行採決ではないという演出の為に協力していますが、維新から「維新は修正案を政権に飲ませているが、民進党は何もしていない」というような主張が出ていることを執行部はかなり気にしているということでしょう。ですので、どこかで、自分たちの修正案を飲ませたという実績も欲していたのだろうと思います。現在の民進党は完全に世論の支持を失っているので、反対しても批判され、修正に応じても批判される難しい状況です。
この二つの要因が絡み合って、今回の採決で民進党は賛成に回ったのではないかと思います。
難しいのはここまで延々と論理的に反論してきたはずの、石橋議員や川田議員の立場です。自民党の部会などでもそうなのですが、各議員には「絶対ここは譲れないポイントだ」というところがあります。川田龍平議員などの場合は、医療福祉分野は彼の売りなので、ここは譲れないというところです。自民党の場合は、飴と鞭を使う手法がよく使われます。党の幹部が、譲れない所を持っている議員に、党の部会の中で、延々と反対の論陣を張ることを許します。自民党の場合は、本番は党の部会です。自民党の部会には、利害関係者が大挙してやってきて、だれがどういうことをいったのか、ということをしっかりチェックされているそうです。ですからそこで支持者に向けて、「自分はこの案にこんなに反対だった」ということを存分にアピールします。そして、それでも納得してもらえなかった場合は、党議拘束を外しても成立する場合などは、欠席することを幹部が容認したりします。ここで本当は反対だったんだけど、という所で矛を収めることで、幹部から「○○には借りが出来た」というような評価をして貰えるようになり、今後のポスト等につながっていくのです。だから自民党は、党内の結束が強いわけです。
それに対して民進党は、こういう党の方針によって、各議員に我慢してもらったとしても代わりに与えられるものが何もありません。こういうことが繰り返されていくと、長島昭久議員や細野豪志議員のように不満がたまって変な行動をとることを抑制できなくなっていきます。民進党でいえば、現在の執行部は花斉会、野田グループですが、石橋議員や川田議員は新緑風会、川田議員などはみんなの党、結いの党系列ですので、こういう運営はあまりいい影響は与えないと思います。
まぁ端的に言って、この精神保健福祉法で賛成に回ったというのは、私の中では評価最悪です。
与党の目論見としては、明日安倍総理入り(1時間)で開催するから採決させて欲しい、そして明後日の本会議で衆院通過を狙っているところでしょう。明日は参院の本会議があるので、民進党としては、朝のうちに金田さんの不信任案を出して、本会議採決をずれこませる目的でしょう。民進党の明日の法務委員会は質疑者が確定していないようですので、おそらく土屋議員の質疑あたりでの動議となると思います。私個人としては、当然金田さんの不信任は賛成するしかないですが、当然これは否決されると思います。その本会議採決がいつになるのかが、今週中の衆院通過があるかないかの分かれ目です。今週衆院通過しなかったとしても、会期延長さえすれば、間違いなく成立しますが、今の与党に長々と国会を開いておいても、森友、加計学園等々突っ込まれるだけで、延長のモチベーションがないので、できるだけ延長なしでやりたいと思っているところでしょうから、明日の法務委員会は重要です。
追記:つーか今日の国会ばっか見てニュース見てなかったけど、皇室の婚約ネタリークしてんのか!ろこつやねぇ。
親告罪の規定を書かなかったところで、本罪のほうの要件に親告要件があるものを共謀段階で親告なしで検挙することはそれは当然できないので、意味のない規定だと思いますよ。またGPS捜査の検討に至っては、むしろ与党案より一歩以上踏み込んだ提案ですよ。取調べの可視化も、検討する、というのは、現状維持の意味なので、無意味です。野党が協力した、という事実に比べれば、本当に無意味だと私は思いますが、そこはひとそれぞれでしょう。
また皇族の婚約案件ですが、今朝の相手方の男性の会見を見ても、私としては、本人らが望んでいないリークであるとますます確信しましたが、これは私の感触なので、陰謀論と思われるかもしれませんがほっておいてくだされば。私はNHKが、わざわざ皇族の確定もしていない婚約ネタを報道する必然性をまったく感じませんし、何の公益もないと思います。また雅子さんのときと同様に、相手方男性の自己決定権を完全に喪失させたという意味でも許しがたいと思っていますし、彼本人も、しかるべきときがまだきていないことは明らかにされていたと思いますけどもね。