某エントリーから初めてキモズムとか言うのを知ったのでそこから色々と思うところを。
キモズムってそもそも何かと調べたところ、新しい技術は総じてキモい。
そしてそれを超えるとモテる、とか。
それをキモズム超えと呼ぶそうです。
ぶっちゃけ、なぜキモい原因が技術だってことになってるのか正直理解できかねる。
全てにおいて、それがどういう印象を持たれるのかは使う人の問題であって、技術そのものが問題では無いはず。
新技術はキモいものだ、と本気で言ってるのであれば、それはイノベーションでもなければ、ただの「俺こんな新しいことに手を付けてるだすごいだろお前ら遅れてるー()」という自己満足でしかない。
この部分はそう、海外のキャッシュレス事情云々の話にもつながると思ってる。
あれも所詮、「俺海外知ってるし、諸外国は進んでるし、知らないお前ら遅れてるー」程度にしか見えない。
本当にキャッシュレスが便利だと思うのならば、本当に変えたいと思うのならば、今すぐその煽り口調を止めて行動に移すだろうし、本当に変える事のできる人はもう動いているだろう。
それを責任転嫁して、自分の優位性を守るために他を蔑むその姿勢がどうにも受け入れがたいのだ。
仮に本当に技術がキモいと思われているのならば、本当にその状態では変わらないと思うのならば、やるべきことはキモイキモイと言っている自分に酔いしれることではなく、一般に広く浸透するだけのものに完成させることではないのか。
それもできずにただおもちゃとして食い散らかすだけならば、所詮その程度である。
そもそも国内のVR界隈なんかは体験の更なる加速や開発なんかやってるようには一切見えず、今あるオモチャを遊び尽くそうとしてるだけにしか見えない。
その分野を本当に発展させようとしているようには見えず、手っ取り早く新しいからと言って飛びついて、最後にはよくわからないまま食い散らかしていく未来しか見えない。
その行動にやり遂げるほどの信念なんてものはかけらもなくて、何かを大きく変えるだけの要素なんて無い。
私には、承認欲求を他を蔑むことでしか得られないか、手っ取り早く得られるものを乗り換えているのだけにしか見えない。
小さな小さな承認欲求を、必死に追い求めて言えるようにしかみえず、とてもさもしく見える。
人は承認欲求が多かれ少なかれ、必ずある。
その適切なこじらせ方を知らぬがために、大やけどをしている人を結構な数見てきた。twitterなんかその最たる例なのかもしれない。
承認欲求と上手に付き合わなければ、それを求めるがあまり暴走することだってある。
こと技術系の人間たちは認められる環境と言うものが非常に希薄で貴重だ。
絵描きのようにチヤホヤされることもなければ(絵描きを馬鹿にしてるわけではないです)、芸能人のように表に立つこともない。
ただひたすらに裏方に徹する。
ネットを見てみればひと目でその歪みがわかる。
事あるごとに全力で論争が始まる。それが、本質的にはどうだっていいことでも、だ。
直近ならソフト屋にハードを教えることが楽か、ハード屋にソフトを教えることが楽か、だろうか。
たったそれだけで、もう大変なことになる。
お互いのマウントの取り合いが始まる。
こういうタイミングでしか自分の優位性を知らしめて承認されるタイミングが他にないのだ。
「そうね、そういうパターンもあるかも まあでも人によるよねぇ」
程度でいいじゃないか。なんでいちいちありえないとか、その考えは周りが見えてなさすぎるとか、どうして一々マウントを取るんだよ。
なぜそのエネルギーを、もっと色んな人に作品や技術をみてもらうことに使わない。