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2021-01-21

政治家世襲は多いのか。

最近世襲政治家が多いという話題twitterで目にした。そこで、現在閣僚がどの程度世襲なのかを実際に調べてみた。ソースは全てwikipediaなので、あしからず

なお、親の地盤を引き継ぐなどして選挙当選した政治家世襲と扱うことにする。大臣複数兼任している場合表記がややこしいので、一つだけに絞ることにする。


内閣総理大臣菅 義偉世襲政治家になる前は衆議院議員小此木彦三郎の秘書を務め、後に彦三郎の選挙から立候補政治の師は官房長官などを務めた梶山静六
財務大臣(副総理)麻生 太郎世襲。もはや貴族のような家系麻生太賀吉(父)、吉田茂(祖父)、牧野伸顕(曾祖父)、大久保利通(高祖父)。
総務大臣武田 良太世襲自民党幹事長などを務めた田中六助の甥だが、地盤引継ぎに失敗している。
法務大臣上川 陽子世襲東大卒三菱総研ハーバード大学修士号取得など、エリート麻原彰晃死刑執行した。
外務大臣茂木 敏充世襲東大卒丸紅読売新聞社を経てハーバード大学修士号取得。やはりエリート尖閣問題ちょっとやらかした。
文部科学大臣萩生田 光一世襲八王子市議会議員東京都議会議員国会議員2009年選挙では落選落選中は千葉科学大学客員教授を務めた。
厚生労働大臣田村 憲久世襲田村 元(伯父)は衆院議長を務めた。田村 秢(祖父)も衆院議員を務めた。娘はTBSアナウンサー田村 真子
農林水産大臣野上太郎世襲。父は元衆院議員野上 徹だが、10年近く落選し続けているので世襲どころではない。祖父新富グループ創業者お金持ちではありそう。
経済産業大臣梶山 弘志世襲。父は自民党幹事長官房長官法務大臣等を務めた元衆議院議員梶山静六菅さん政治の師の息子ということになる。
国土交通大臣赤羽 一嘉世襲。非自民役職はもはや公明党専用ポストになっているが…
環境大臣小泉 進次郎世襲小泉純一郎(父)は内閣総理大臣小泉純也(祖父)は防衛庁長官小泉又次郎(曾祖父)は逓信大臣地盤はかなり強いだろう。
防衛大臣岸 信夫限りなく世襲地盤は明確に引き継いではいないが、安倍晋三(兄)、安倍晋太郎(父)、岸信介祖父)、佐藤栄作(大叔父)を排出している山口で勝てないわけがない。
内閣官房長官加藤 勝信世襲農林水産大臣を務めた加藤 六月は義父。初当選は別の選挙区で、後に義父の選挙区へ鞍替えなので世襲とはいえない。
復興大臣平沢 勝栄世襲東大法→警察庁エリート。連立相手公明党批判しながらも選挙に勝ってしまう剛の者。選挙めっちゃ強い。安倍晋三家庭教師をしていた。
国家公安委員長小此木 八郎世襲。父は建設大臣などを務めた小此木彦三郎。菅義偉とは同じ父の秘書という繋がり。祖父の小此木 歌治も衆院議員だった。
行政改革担当大臣河野 太郎世襲河野洋平(父)は衆院議長自民党総裁。河野一郎(祖父)は副総理河野謙三(大叔父)は参議院議長河野一族の悲願は達成できるのか。
内閣府特命担当大臣少子化対策 地方創生坂本 哲志世襲熊本県議→衆院議員。七十歳にして初入閣
新型コロナ対策担当大臣西村 康稔世襲国家公安委員長を務めた吹田 愰は岳父。地盤特に引き継いでいない。コロナの印象が強いが、一応経済再生担当大臣でもある。
デジタル改革担当大臣平井 卓也世襲に近い。平井 卓志(父)は労働大臣平井 太郎(祖父)は郵政大臣。父が自民党を離党して新進党へ。離党しなければ落選せず世襲できたのでは。
東京オリンピック競技大会・東京パラリンピック競技大会担当大臣橋本 聖子世襲東京五輪(1964)前に生まれたので名前は聖火から。元オリンピック選手
2025年万博担当大臣井上 信治世襲実家医者東大法→建設省ケンブリッジ大学修士号官僚政治家。今回が初入閣

21人中、明確に世襲と言えるのは6名。割合としては約3割。

ほぼ世襲だろうという2人を入れると約4割。これが多いかどうかは感じ方がそれぞれあると思う。

しかし、一つ言えるのは意外と世襲ハードルが高いということ。

地盤の引継ぎに失敗して苦労している政治家も多い。一方で、小泉家や河野家、麻生家などはもはや家業政治家と言って差し支えないだろう。

家業政治家というのも賛否両論あるだろうが、別に日本に限った話ではない。例えばアメリカケネディ家やブッシュ家が挙げられる。

2014-07-07

一人目の夫とは女子中学生のころに婚約が決まった。

はてブオフ会に行こうかなって話。


関東大震災が起こった年、女子中学生であった私は結果的に当時の摂政を銃撃からお守りしたのだけど、その後、宮内大臣から直々の縁談があって、新しくできた丸ビル前で待ち合わせたのがなれ初め。

あの時はまだ民本主義とか、東大新人会に勢いがあって、彼が進歩的な話をしてくれることにときめきを感じたことを今のように思い出す。

けど、あの年は甘粕大尉事件を起こしていた時代でもあり、その後の時代は彼に向いていなかった。進歩的とされた思想弾圧の結果、彼は閑職にまわされ酒と借金におぼれていった。


その時の私の窮状を救ってくださったのも、牧野伸顕閣下。幅広い人脈を持つ閣下のおかげで、私に暴力をふるうようになった彼と私の婚約関係

世間の好奇を浴びることなく解消することができた。そして、早くに妻君をなくしてた海軍のある佐官の下へ嫁げたことは、一生の中でも最大の幸福だった。

その後の戦争で、私と子供一人を残し、帰らぬこと人となってしまったのは仕方ないことかもしれないけど、悲しかったなぁ。実のところ、敗戦が決まって軍人恩給も出なくなるかもということで

今後の一家の暮らしをどうしていくのか本当に心配だったことの方が切実で、あの時のことはあまり記憶にない。なんとか生き残ったことだけを思い出す。


敗戦後何もなくなったどころか、一人目の夫よりもはるか人間的・学問的に劣っていた進歩的知識人たちが政治的にも、学問的にも跋扈しだしたことには天地動転とはこのことかと思ったけど、

その後の日本の成長は目覚ましかった。高度成長期も終わりには、国のために散った二人目の夫と将兵さんのために、南洋諸島慰霊することが出来た。あの時、ようやく戦争が終わったのだと思い、

夫が欲しがっていたゼネラルモーターズ製のシボレー模型と、子供が作っているトヨタ製のカローラ模型をたむけた。


日本と言えばまず後進的で奇形資本主義であることが当然とされた時代からうってかわって、1980年代には日本世界最高の資本主義国となっていた。

NECに勤める孫に半導体というものを説明され、湾岸戦争を見た時に、もう世界は私が知っているものではないのだと思ったものだった。


さて、どんなに年をとってもお迎えは20年前に来ると思っていたのだけれども、100をとうに超えてもまだ生きていて、このまま後2,3年生きれば県で一番長生きらしい。

「はてぶのオフ会」が話題になってるというのだけれども楽しいのかな?

 
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