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はてなキーワード: ノーベル文学賞とは

2022-10-03

三大・毎年盛り上がるけどやっぱりダメもの

日本馬による凱旋門賞制覇

村上春樹ノーベル文学賞受賞

あとひとつは?

2022-10-02

anond:20221002065823

有力候補予想ってのはブックメーカー社が賭けを開催するために勝手に出してるだけのものだよ

ノーベル賞スウェーデンアカデミーノミネート人物公表してない。

で、なんで村上春樹が受賞するかもって言うと、2006年に「海辺のカフカ」でカフカ賞を受賞したかららしい

というのも、カフカ賞の受賞者が2004、05年にノーベル賞も受賞したんだと

それで06年ごろから受賞するかもって話題になりはじめた

年によって有力候補扱いされたりされなかったりするのは、他にもっと受賞しそうな作家が現れるかどうかの問題

で、村上春樹は実際世界中大人気なんだけど、ノーベル文学賞人気投票じゃないか果たして選考基準合致するかどうかは何とも言えない。

ノーベル賞理念上、社会的な意義がある程度重視されてて、村上春樹社会派作品書いてるけど評価されてるポイントはそこじゃない気がするし。

村上春樹ってノーベル文学賞の有力候補になったりならなかったりするのはなぜなんだろうか?

しか、三年ほど前に最有力候補といわれながら受賞せずにここまできている。

それまでにも度々、受賞するのでは?と予想されて

英国ブックメーカーなんかでオッズが一番低かったりしてたと思う。

それはまあいいんだけど、

どうしてある年には有力候補になって、

ある年には対象外でしょ、

って雰囲気になるんだろ?

出来レースてきな何かがあるのかノーベルには?

 

あいずれは受賞することになるのだとは思う。

海外での評価はむしろ日本より高いといってもいい同氏だから

いや、サラッと読んだでしょ?

日本いちばん有名な文学者である日本人に認知されているにも関わらず、

海外の方がその評価は高いんだよ。

このことはわりと重要

さらネット民に至っては課長島耕作と同じジャンル位置する小説だとか本気で思われてたりして、

そこはとても愉快で面白いんだけどね。

2022-09-20

anond:20220920084309

人口は増えすぎてるので繁殖ルールは間違ってない。昭和のころ既にノーベル文学賞の評で「日本では恋は複雑である」とか言われてたが、複雑になりすぎたな。

2022-09-11

anond:20220911223439

子供を持ってしまったらキャリア台無しになると言う作家ときどき出会いますが、それはとんでもない間違いだと思います。ただ座って一定の量の文章を生み出すことだけが作家としてのキャリアだと考えているなら別ですけど。

こういうのもよくある言い方だけど、完全に生存バイアスだと思うんだよなあ。子供キャリアの天秤で悩む人は「子供を持ってしまったら作家仕事を続けられるだけの最低限の結果を出せなくなる」というところで悩むわけじゃん。「作家としてのよりよいキャリア」とかいレイヤーで悩んでるわけじゃないじゃん。

それをこのノーベル文学賞取るような超エリートが、子供を持とうと持つまいと作家仕事自体を続けられなくなるなんていうことは絶対に有り得ない盤石のポジションから何か寝言言ってるわけじゃん。「パンが無ければお菓子をお食べ」でしかないと思うんだよな。

2022-06-17

歴代ノーベル文学賞受賞者と、受賞理由

https://moriishi.com/entry/nobel-prize-in-literature-early20c

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8E%E3%83%BC%E3%83%99%E3%83%AB%E6%96%87%E5%AD%A6%E8%B3%9E%E5%8F%97%E8%B3%9E%E8%80%85%E3%81%AE%E4%B8%80%E8%A6%A7

面白かった。ウィンストンチャーチルも受賞してたの知らなかった。

日本人

1968年 川端康成 (1899 – 1972)

日本人の心の真髄をすぐれた感受性をもって表現し、世界の人々に深い感銘を与えたため

受賞講演 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%BE%8E%E3%81%97%E3%81%84%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E7%A7%81%E2%80%95%E3%81%9D%E3%81%AE%E5%BA%8F%E8%AA%AC

1994年大江健三郎 (1935 – )

詩趣に富む表現力を持ち、現実虚構が一体となった世界創作して、読者の心に揺さぶりをかけるように現代人の苦境を浮き彫りにしている

2017年 カズオ・イシグロ (1954 – )

壮大な感情の力を持った小説を通し、幻想的な世界とのつながりの感覚の下にある深淵発見した

───────────────────

1901年 シュリ・プリュドム(仏)

高尚な理想主義芸術的完成度の形跡、心情と知性の両方の資質の珍しい組み合わせを与える、詩的な構成物に対して

1902年 テオドールモムゼン(独)

彼の記念碑著作"ローマ史"を代表作として、存命中歴史著作家の中では最大の巨匠であること

モムゼン ローマ歴史I―ローマの成立―

1903年 ビョルンスティエルネ・ビョルンソン(ノルウェー

その感化の鮮度と精神の希少な純度の両方において名高い、高貴で壮大、且つ多彩な詩に敬意を表して

アルネ

1904年 フレデリックミストラル(同時受賞)(仏)

プロヴァンス言語学者としての重要な業績の他、自然景観と人々の土着の精神を忠実に反映した、彼の詩作の新鮮な独創性と真の触発に対して


1904年 ホセ・エチェガライ・イ・アイサギレ(同時受賞)(スペイン

独創的で個性的手法スペイン演劇の偉大な伝統を復活させた、数多くの鮮やかな構成物に対して


1905年 ヘンリク・シェンキェヴィチ(ポーランド

叙事詩作家としての顕著な功績に対して

1906年 ジョズエ・カルドゥッチ(伊)

念入りな学究とその成果を評価するとともに、創造的なエネルギースタイルの新鮮さ、詩的な傑作を特徴づける叙情的な力に敬意を表して

1907年 ラドヤード・キプリング(英)

この世界的に有名な作家創作を特徴づける、観察力、想像力独創性、発想の意欲と、叙情非凡な才能に対して

ジャングル・ブック

1908年 ルドルフ・クリストフ・オイケン(独)

真実のための本格的検索思考の一貫した力、視野の広さ、表現の暖かさと強さによって、数多くの作品の中で人生理想主義哲学実証したこと

1909年 セルマ・ラーゲルレーヴスウェーデン

その著作を特徴付ける崇高な理想主義生気溢れる想像力精神性の認識を称えて

ニルスのふしぎな旅

1910年 パウル・フォン・ハイゼ(独)

叙情詩人、作家そして世界的に知られた短編小説家としての長年の創作活動を通して世に送り出してきた、無上の芸術性、理想主義の浸透を賞賛して

1911年 モーリス・メーテルリンクベルギー

多岐にわたる文学活動特に戯曲の数々を評価して。豊かな想像力と詩的な空想は、時に御伽話の形を装いながらも、それぞれの作品神秘的な方法で読者ひとりひとりの感性に訴え想像力を刺激する間、深い創造的発想を明らかにする

青い鳥

1912年 ゲアハルト・ハウプトマン(独)

主に、演劇の分野での豊饒で多様、且つ顕著な功績に対して


1913年 ラビンドラナート・タゴール(印)

西洋文学一角なす英語思考表現された、至極の技巧による彼の深く敏感な、鮮やかで美しい韻文に対して

1914年該当者なし

1915年 ロマン・ロラン(仏)

彼の文学活動の高尚な理想主義に、人類の異なるタイプ描写した思いやりと真の慈愛に、敬意を表して

ジャン・クリストフ

1916年 ヴェルネル・フォン・ヘイデンスタム(スウェーデン

我々の文学における新時代を率先的に代表する者としての重要性を認めて

1917年 カール・ギェレルプ(同時受賞(デンマーク))

崇高な理想に触発された、彼の多様で豊かな詩に対して

1917年 ヘンリク・ポントピダン(同時受賞)(デンマーク

デンマーク現代生活の本格的な描写に対して

1918年該当者なし

1919年 カール・シュピッテラースイス

1920年代

1920年 クヌート・ハムスン(ノルウェー

彼の記念碑著作"土地の成長"に対して

ヴィクトリア (岩波文庫)

1921年 アナトール・フランス(仏)

格調高い様式人類への深い共感優美さ、真なるガリア人気質からなる作風による、文学上の輝かしい功績が認められた。

神々は渇く

1922年 ハシント・ベナベンテ(スペイン

スペイン演劇の輝かしい伝統継承する、幸福手法に対して

1923年 ウィリアム・バトラー・イェイツアイルランド

芸術性が高く精妙な詩歌によって国民全体の精神表現した貢献に対し

1924年 ヴワディスワフ・レイモント(波)

彼の偉大なる国民叙事詩"農民"に対して

1925年 ジョージ・バーナード・ショーアイルランド

他に類を見ない風刺に満ち、理想性と人間性を描いた作品を送り出した事に対して


1926年 グラツィア・デレッダ(伊)

まれ故郷の島での生活人間一般的問題を深く人工的に明快に描写した、理想的な天来の著作に対して

1927年 アンリベルクソン(仏)

彼の豊かで活発な発想と、それが表現された鮮やかな技巧に対して

時間自由

1928年 シグリ・ウンセット(ノルウェー

主に、中世北欧生活についての力強い著述に対して

1929年 トーマス・マン(独)

主に現代古典としての認識を広く得た傑作『ブッデンブローク家の人々』に対して

ブッデンブローク家の人びと

魔の山

1930年 シンクレアルイス(米)

活き活きとした写実的描写技術および機智とユーモアを伴った、新しいタイプ人物を造形する能力に対して

本町通り

1931年 エリクアクセルカールフェルトスウェーデン

エリクアクセルカールフェルトの詩に対して

1932年 ジョン・ゴールズワージー(英)

"フォーサイト物語"で頂点を極めた、優れた物語芸術に対して

林檎の樹

1933年 イヴァンブーニンソ連

散文によって古典的なロシア伝統継承した厳格な芸術に対して

呪われた日々、チェーホフのこと

1934年 ルイジ・ピランデルロ(伊)

劇的且つ美しい芸術を、大胆且つ独創的に復活させたこ

月を見つけた

1935年該当者なし

1936年 ユージン・オニール(米)

悲劇の独創的な概念を具現化する、彼の戯曲の力強さ、誠実的さ、深い感情に対して

楡の木陰の欲望

1937年 ロジェ・マルタン・デュ・ガール(仏)

"チボー家の人々"で、現代生活のいくつかの基本的な側面のみならず、人間葛藤を描いた芸術の力と真実に対して

チボー家の人々

1938年 パール・S・バック(米)

中国での農民生活の豊かで真に叙事詩的な記述と、彼女の伝記の傑作のために。

1939年 フランス・エーミルシランペー(フィンランド

1940年代

1940年該当者なし

1941年該当者なし

1942年該当者なし

1943年該当者なし

1944年 ヨハネス・ヴィルヘルム・イェンセン(デンマーク

広い視野知的好奇心と大胆で新鮮な創造スタイルに結びつけられた、彼の詩的想像力の類稀なる強さと豊かさに対して

1945年 ガブリエラミストラルチリ

その力強い動機に触発された抒情詩によって、彼女の名が全ラテンアメリカ世界理想主義的な願望の象徴と化したこと

1946年 ヘルマン・ヘッセスイス

古典的な博愛家の理想と上質な文章を例示する、大胆さと洞察の中で育まれた豊かな筆業に対して

車輪の下

1947年 アンドレジッド(仏)

人間問題や状況を、真の大胆不敵な愛と鋭い心理洞察力で表現した、包括的芸術的重要著作に対して

狭き門

1948年 T・S・エリオット(英)

今日(こんにち)の詩文学への卓越した貢献に対して

1949年 ウィリアム・フォークナー(米)

アメリカ現代小説に対する、強力かつ独創的な貢献に対して


1950年代

1950年 バートランド・ラッセル(英)

人道的理想思想の自由尊重する、彼の多様で顕著な著作群を表彰して

哲学入門

1951年 ペール・ラーゲルクヴィスト(スウェーデン

人類が直面する永遠課題に対し詩作により解を探ろうと試みる芸術的活力と真の意味での精神的自立に対して

バラ

1952年 フランソワ・モーリアック(仏)

彼の小説人間生活ドラマに浸透した、深い精神的な洞察力と芸術的な強さに対して

テレーズ・デスケル

1953年 ウィンストンチャーチル(英)

歴史や伝記の記述熟達に加え、高揚した人間価値についての雄弁な庇護であること

第二次世界大戦

1954年 アーネスト・ヘミングウェイ(米)

"老人と海"に代表される、叙述の芸術への熟達と、現代ストーリーテリング形式に及ぼした影響に対して

老人と海

1955年 ハルドルラクスネスアイスランド

アイスランドの偉大な物語芸術革新した、彼の鮮やかで壮大な力に対して

1956年 フアン・ラモン・ヒメネス(西)

高邁な精神芸術的純度の一例を構成する、スペイン語による彼の叙情的な詩に対して

1957年 アルベール・カミュ(仏)

この時代における人類道義心に関する問題点を、明確な視点から誠実に照らし出した、彼の重要文学創作活動に対して

1958年 ボリス・L・パステルナークソ連

現代風の叙情的な詩、および大ロシア歴史伝統に関する分野における、彼の重要な功績に対して

ドクトル・ジバゴ

1959年 サルヴァトーレ・クァジモド(伊)

古典的な火で現代生活悲劇的な経験を照らし出す、叙情的な詩に対して

1960年代

1960年 サン=ジョン・ペルス(仏)

我々の時代の状況を先見的に反映した、彼の詩の高らかな飛翔と喚情的な形象に対して

1961年 イヴォ・アンドリッチユーゴスラビア

自国歴史主題人間運命を叙述した、彼の偉大な力量に対して

宰相の象の物語

1962年 ジョン・スタインベック(米)

優れた思いやりのあるユーモアと鋭い社会観察を結びつけた、現実的で想像力のある著作に対して

怒りの葡萄

1963年 イオゴス・セフェリス(希)

ヘレネ世界観への深い感情から着想を得た、優れた詩作に対して

1964年 ジャン=ポール・サルトル(受賞辞退)(仏)

アイデアに富み、自由精神真実の探求に満ちた彼の作品が、私たち時代に広範囲な影響を与えてきたことに対して

嘔吐 

1965年ハイル・ショーロホフ(ソ連

彼の「ドン」の叙事詩によって、ロシアの人々の生活歴史的な段階を表現した芸術の力と整合性に対して

静かなドン

1966年 シュムエル・アグノン(同時受賞)(イスラエル

ユダヤ人の人々の生活モチーフにした、深遠に個性的な叙述の芸術に対して

1966年 ネリー・ザックス(同時受賞)(スウェーデン

イスラエル運命を伝える優れた詩と劇作に対して

1967年 ミゲル・アンヘル・アストゥリアスグアテマラ

ラテンアメリカ原住民伝統国民性に深く根ざした、鮮やかな文学的業績に対して

マヤの三つの太陽

1968年 川端康成日本

日本人の心の精髄を、すぐれた感受性をもって表現世界の人々に深い感銘を与えたため

雪国

1969年 サミュエルベケットアイルランド

小説戯曲の新たな形式の中で、現代人の悲惨を描き、その芸術的な偉業を果たした彼の作品に対して

ゴドーを待ちながら

1970年代

1970年 アレクサンドル・ソルジェニーツィンソ連

ロシア文学の不可欠な伝統を追求したその倫理的な力に対して

収容所群島

1971年 パブロ・ネルーダチリ

一国の大陸運命と、多くの人々の夢に生気を与える源となった、力強い詩的作品に対して

1972年 ハインリヒ・ベル(西独)

時代への幅広い眺望と鋭い描写によって、ドイツ文学刷新に貢献した

1973年 パトリックホワイト(豪)

文学新大陸を導入した、叙事詩心理的叙述の芸術に対して

ヴォス―オーストラリア探険家の物語

1974年 エイヴィンド・ユーンソン(同時受賞)(スウェーデン

地域および各時代俯瞰しつつ自由のために奉仕する語りの技法に対して

1974年 ハリーマーティンソン(同時受賞)(スウェーデン

露のひとしずくを捉えて宇宙を映し出す作品群に対して

ニアーラ

1975年 エウジェーニオ・モンターレ(伊)

2022-03-28

ドライブ・マイ・カーが収録されている短編集の名前メディアが名乗らなすぎて笑ってしま

女のいない男たち

いやぁ本当ひっでぇ名前

10年ぐらい前の作品だったから当時の風潮でギリギリコース攻めてたんだろうけど火がついた頃にはすっかりボール球になってやんのwwwwww

ほんま村上春樹はいい気味だな。

なまじっかアカデミー賞名前が知られたから「おっ、原作は?」って興味持った外人も多いだろうけどそいつらは完全に幻滅よ。

オーノーだズラー「Mans have no girlfriends」???オーノーだズラーコイツーにノーベル文学賞あげるのやーめーたーよー」

って感じでしょ。

2021-12-12

コンプレックスエネルギーに変えてる奴ら多すぎて怖くね?

執筆記録とか自己レビューの類読むと半分ぐらい「実は超コンプレックスがあって~~俺を認めやがれこの世界野郎が~~~って気持ちでこれでもかって描きまくって~~~これでもし受け入れられなかったら俺は負けて死ぬ~~~だから命かけてんだマジで~~~でやんす~~~」みたいになってね?

お前らコンプレックス溜めすぎだろ。

なんで成功までして二言目に出てくるのが「俺のコンプレックスを叩きつけました~~はい俺のコンプレックスの勝ち~~」なんだよ。

マジでコンプレックスやべーなコイツラってドン引きやぞ。

もう作家創業者ファンになるかどうかが「コンプレックス方向性に納得できるか」になっちまうレベルやぞ。

なんなんねんほんま。

人類の新しいエネルギー源かなんかか?

23世紀とかでは人間コンプレックスからエネルギーが生み出されて持続的な発展のために人間コンプレックス

ちょっとまってこれマトリックスネタ被ってる

俺の増田あんな古くせえSF感の作品に先を越された?

マジか。

ちくしょ~~コンプレックスの刺激がやべえぞ。

このエネルギー原動力に俺も一発ノーベル文学賞でも取るか

2021-10-09

anond:20211008011809

そういう後ろ向きな姿勢でなくてどうやったら村上春樹ノーベル文学賞を獲れるのか考えようよ?

どういうふうにしたらいいの?

ロシアに行ってプーチン喧嘩売ってKGBに追われる身になったらいいの?

アフガンに行ってタリバン突撃取材して首をチョンパされたら死後に受賞できるの?

そしてカズオ・イシグロが選ばれた政治的理由ってなんなの?イギリス政府政治犯として指名手配でもされてるの?イシグロは?

2021-10-07

なんで村上春樹ノーベル文学賞とると思ってるの?

村上春樹ってそんなに良いか

★★★★★★★★祝❗️村上春樹ノーベル文学賞落選★★★★★★★★

ドMロリレズとかヤリマン警官とか、選考委員会は眉をしかめてる

続続続続続続続続続続続続続続・何度でも言うが村上春樹ノーベル文学賞取れないからな

ポルノノーベル文学賞に選ばれないんだよ

 

https://anond.hatelabo.jp/20211005152136

2021-10-05

続続続続続続続続・何度でも言うが村上春樹ノーベル文学賞取れないからな

あんポルノ子どもに読ます訳にいかから

文学的って?

そうかもしらんけど、賞は取れない。

2021-10-04

くも膜下で死んで未来に転生したら俺の書いた匿名ブログノーベル文学賞が授与されていた件

こんなラノベ読みたいか

2021-09-12

anond:20210912123637

まあ俺がくだらない文しか書けないってことは実は最初から勘づいてるけどね。

でも増田コンスタントに書いていってたものノーベル文学賞とっちゃった人がいたとしてもその文もくだらなかったってことになるのかな?ノーベル賞とるような内容とか関係なく増田に書くという行為例外なくくだらない?

2021-07-20

anond:20210720110629

村上春樹みたいな中身のない意味不明駄文ノーベル文学賞候補なんだからはてな文学賞程度なら長ったらしくて読みづらい駄文程度で十分

2021-03-26

リベラルによる白饅頭の『悪魔化』見ると「そういうとこやぞ」って

最近饅頭というライター投稿したとある記事がバズった

記事の内容としてはノーベル文学賞を受賞した小説家カズオ・イシグロ氏の「リベラル自分らの意見同調しない人間政治的正しさ理由に他社を攻撃社会から排除しまくってるのちょっと怖くない?」みたいな発言言及し、

とか意見をまとめたもの

この主張の是非はともかくはてな民にはめっちゃ突き刺さるよなーって感じたところ、

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/togetter.com/li/1687727

なんてはてな民案の定な反応をしてくれてて、

そうだよね言論で戦うより相手にする必要のない悪魔にしちゃった方が簡単レスバに勝てるもんね……

まあこういうところなんだろうなって思った

2021-03-07

DW馬場記事次世代ポリコレウェーブ予兆だ、直ちにオタクは止まれ

たかゲーム

繰り返す、たかゲーム

たかゲームスタッフが何故ここまで追われるのだ

まらゲームを作って炎上した、ま、そりゃ炎上するね

そもそもサクラ革命ヨクシランけどね俺

だが、現代再チャレンジの時だ、安倍総理再チャレンジを掲げて勝利した、妨害するのはパヨクくらいだ

お前らはパヨクでいいのか?精神パヨクでいいのか!?

安倍総理は次も必ず帰ってくる!世の中は再チャレンジが勝つんだ!認めろ!

繰り返す!

精神パヨクでいいのか!?


はっきり言おう!これはゲーム業界にとってあらたポリコレ棍棒となる!!

ただかがゲーム業界人が何故政治家のようにストーカーされねばならない?

皆が政治家のように追及され、政治家のように一挙手一投足を追われ!

マスゴミと化したにわかオタク市民に追われ続ける!

そんな殺気立った世の中で才気あふれるゲームクリエイターがのびのびと創作が行えるか?

わけないだろう!!!!!!

百歩譲る、馬場記事通りクソ無能としよう、だがそんな無能は往々にして面の皮が厚い

効果→減

そして委縮するのはDW無関係で才気あふれる若手なんだ、

かに似てるよね?!

そう、リベラル差別を叩いて若手が委縮する

そう、かのノーベル文学賞カズオイシグロ懸念した自主検閲がこれから起ころうとしているのだ

そう、あのカズオイシグロだぞ!?世界が誇るカズオイシグロだぞ!

あの カ ズ オ  ・  イ シ グ ロ 先生も怒っているんだぞ!

なお俺は読んだことな

まらいから叩かれて当然だ?

そりゃその通りですわ、だが叩きの規模が大きければ委縮が起きる、言論弾圧が起きる!

滅ぶ!滅ぶ!滅びますぞ!

すべては灰燼に帰す!!

SF作家スタージョンのいうには世の中の9割の作品はクソだ

クソ作品を叩きつ続けるという事は、創作界の9割が炎上してすべて灰になってしまうんだ!

あははははは!ぜーんぶ燃えちまう!

全部焼けちまうんだ!

作品も人も全部文化大革命が起きちまう!

ああ、まるでボーナスステージだな!

ハァ~

これ書いてる今もリベラル差別叩きのボーナスステージを楽しんでいる、そう世の中の9割は焼けていくんだ

ポリコレ棍棒世界9割の消し炭を灰にすべくドンドンドコドコ殴りつけてる、

ドンドンドコドコドンドンドコドコ

ドンドンドコドコドンドンドコドコ

ドンドンドコドコドンドンドコドコ

きっと止められないんだ

ドンドンドコドコドンドンドコドコ

ドンドンドコドコドンドンドコドコ

ドンドンドコドコドンドンドコドコ

すべてがポリコレだしゲハになる

ドンドンドコドコドンドンドコドコ

ドンドンドコドコドンドンドコドコ

ドンドンドコドコドンドンドコドコ

最悪の二乗

ドンドンドコドコドンドンドコドコ

ドンドンドコドコドンドンドコドコ

ドンドンドコドコドンドンドコドコ


ハァ~

はちまJINやらおん衰退どころか

ますます元気♪

ナカイドとかいう新星が現れて♪

世の中どんどんクソゲハ化するな~♪

ハァ~♪(ドンドンガ(太鼓の音))

もううんざりだろう?!!

こいつら実質クソリベラルの仲間だ!いい加減に一緒に叩かれろ!!!

うんざりだ!

つぶし合え!

消えろ!

やさしいせかい!!(最強魔法

現実を見るんだみんな!!

世界の9割が焼けるんだ、そんなディストピアに向かって突き進む気か?

未来を変えよう!未来を変えるしかない!!変えるんだ俺たちは!!!

繰り返す!!!

これは新たなポリコレ棍棒!!!オタク直ちに足を止めろ!!手を止めろ!!!

取り返しがつかなくなる!

正論に恐れ若手はのびのびと創作できなくなる!!!

繰り返す!!!

これは新たなポリコレ棍棒!!!オタク直ちに手を止めろ!!足を止めろ!!!


でもDWソシャゲ馬場Pのゲームはこれまでもこれからも遊ばない

俺みたいな単細胞には4096くらいがちょうどいいんだ

でも今更でもどうぶつタワーバトルは遊んでみようと思った人生枯れた酔っ払い明け方ですわ

2021-03-06

シグロ氏の発言について、ある左翼かつリベラルから見た感想(続き)

前半はこちら↓

https://anond.hatelabo.jp/20210306213555

結局のところ、このイシグロ氏のインタビューの浅さ、つまらなさは、インテリ向けの文学芸術業界という自分の属する世界世界全体であるかのように錯覚して語っているところにある。

その上で、あくまでもそういうインテリ業界文学芸術業界への提言、また自戒としてイシグロ氏の発言を読むなら、部分的同意できないこともない。イシグロ氏は「リベラル以外の人たちがどんな感情や考え、世界観を持っているのかを反映する芸術必要です」と言う。必要かどうかはわからないが、非リベラルの人が思想感情表現した芸術があってもいいというのはその通りだろう。リベラル原則からしても、非リベラルの人の表現自由制限するのは筋が通らない。ただしその表現批判する自由もあり、表現する以上は批判を受けるリスクは負うべきだというだけだ。

しかしここでもやはりイシグロ氏との現状認識の断絶は感じる。イシグロ氏から見ると世界リベラルが作った芸術ばかりらしいが、少なくとも私は日本に生まれ育って、「リベラル以外の人たちがどんな感情や考え、世界観を持っているのかを反映する芸術」の方を圧倒的に多く目にしてきたと思う。そもそもポリティカルコレクトネスなどが日本で多少とも意識され始めたのはごく最近のことであり、それ以前の言論にせよ芸術にせよ、今の視点で見れば差別偏見にあふれているもの普通だ。

たとえばイシグロ氏と同じくノーベル文学賞を受賞した川端康成という作家がいて、日本はいまだに高く評価され、小さな書店にも文庫本の数冊くらいは置いてあるだろう。私も過去にいくつも作品を読んできたが、同時に忘れられない言葉がある。ある時私の母親が言った「若い時に川端康成を読んで、女は芸者しか出てこんのかと思った、芸者にならにゃいけんのかと思った」というものだ。私は芸者という職業否定しないが、ここで問題なのは芸者の側ではなく、女性を極度に美化しつつあくまでも鑑賞される客体として描きがちだった川端康成視線の方である現在の目で見て、こういう川端康成視線女性蔑視的要素を含まないということは難しい。

また私は十代の頃に太宰治を読み、貧しく教育のない芸妓を買い取るようにして妻にした挙げ句、その妻が他の男と寝ていたというので絶望し、何やら自分が裏切られたかのように荒れている主人公(これは作者自身体験に基づく)の思考回路がよくわからないと感じたことがある。しかし当時の私はまだ、そんなものはわからなくていいと突き放すことができなかった。そこであれこれ想像力を駆使しつつ、そういう「苦悩」に何とか共感できないかと努めた記憶がある。ずいぶんと「理解しがたい他者」に耳を傾けようとしたものだ。その後フェミニスト批評に触れたりする中で、共感できなくて当然だったといつしか思うようになったが。『男流文学論』や『妊娠小説』を笑いつつ興奮しつつ読んだ日を思い出す。

私の世代には、そういうフェミニスト批評のように、また女性自身による新しい表現のように、男性作家視点を相対化してくれるだけの「他者の声」が辛うじてあった。その他の多様なマイノリティ視点から作られる芸術も探せばそれなりにあった。しか古典とされるようなものは言うまでもなく、世間で人気のあるもの話題になっているものは多くがリベラルでも何でもなく、機械的に「差別語」を排除したりする他はポリティカルコレクトネスにも多様性にも無配慮なのが普通だった。それにもかかわらず、「逆差別」だの「自虐史観」だのとリベラル側の価値観攻撃する言説は早々と巷にあふれていた。私は左翼だが、小林よしのり作品をいくつか読んだことがある。周りで流行っていたからだ。小林よしのりは「じいちゃんの死は無駄だったというのか」といったまさに感情に訴える手法保守派戦争観を広め、当時の若い世代にかなり影響を与えた。

シグロ氏の周りはどうなのか知らないが(と皮肉を込めて言うが)、日本書店というのはいまだに「嫌韓本」が山積みにされたり、保守論客歴史本がベストセラーになったりしている。イシグロ氏の小説を読むようなインテリ層の一部はそれに眉をひそめるかもしれないが、現実として、日本にはずっと「リベラル以外の人」の表現があふれ、どこにでもいる「リベラル以外の人」がそれをのびのびと享受している。「ストーリーを語ることはリベラル側の専売特許である社会などいったいどこにあるのだろうか。私は見た覚えがない。

小説であれ、大衆向けのエンタメであれ、もっとオープンになってリベラル進歩的な考えを持つ人たち以外の声も取り上げていかなければいけないと思います。」そう思うのかもしれない。「私は人生の大半を進歩自由主義的な考えのもとで心地よく過ごしてきた」と言えてしまうような人は。この言葉移民であり民族的マイノリティであるシグロ氏の口から語られることは、イギリス社会成熟を示すものでもあるだろう。

しかあいにく、私の住んでいる世界はイシグロ氏の世界とは違う。イシグロ氏の世界にしても、単にイシグロ氏に見えていないだけで、リベラル価値観の過剰ではなくその不足に苦しんでいる人がまだたくさんいるだろうと私は思う。私はリベラルとして非リベラル発言権を奪えとは言わないし、またその声に耳を傾ける人がいてもいいと思うが、私が日本社会でより多く耳を傾けたい声は、やはり非リベラル社会が長らく抑圧してきた、今も抑圧している声の方である

ところで、私は川端康成太宰治作品差別的な要素があると言ったが、かれらの本を絶版しろとも、教材に入れるなとも、子どもに読ませるなとも思わない。差別的要素があるからといって作品全体が否定されるべきだとも思わない。私は川端康成文章の美しさも、太宰治小説面白さも理解することができる。それに価値がないとは言わない。

キャンセルカルチャー」という言葉が指す状況を私は詳しく知っているわけではないが、作者がある場面で「政治的に正しくない」言動をしたからといってその作品全否定したり、市場から完全に追放したりすることは私は支持しない。差別思想公的な表明は批判されるべきだが、芸術表現を直接的に規制したり、作品を抹消したりすることは慎重であるべきだと思っている。

この点はおそらくイシグロ氏の考えと私の考えは近いだろう。芸術総体として愛するならば、自分の嫌いな作品理解しがたい作品が生まれてくる可能性も含めて愛さなければならない。私は現在視点川端康成太宰治表現の一部に批判をもっているが、その批判を表明する方法作品を焼いたり隠したりすることでは決してなく、批評や新たな作品で相対化していくこと、注釈を書き加えていくことだと思っている。

ただし同時に、かれらの作品にも行動にも現在から見て許しがたい要素があること、それは当時には自覚も変更も難しかたかもしれないが、今後の社会に引き継ぐべきではないこと、そこを否認するつもりもない。作品は消さないが、今後も読まれ続けるのなら、そういう観点から批判作品自体と同じくらいに読まれ、語られるべきだと思う。もし川端康成教室で読むのであれば、教師にはその美しさだけでなく、その女性の描き方が一方的であったり一面的であったりすること、フェミニズムを通過した視点でどう見えるかというようなことにも学生の注意を促してほしいと思う。これが過剰な要求であるとは私は思わない。

最後に、イシグロ氏が述べている「感情」というものについて少し違う角度から見ておきたい。最初に書いたように、私は政策決定などにおいて事実科学的根拠より感情が優先されるような事態は望まない。この点ではイシグロ氏に同意する。

しか人間感情というもの社会のあらゆる場面で抑えられるべきとも、それが可能とも思えない。イシグロ氏の主張を大きくまとめると、現在世界(実際はイシグロ氏の属するインテリ業界)はリベラル側の感情を優先しすぎるものになっているので、感情優先を抑えると同時に非リベラルももっと発言の場を与えるべきだ、と読める。私はこれには同意できない。

まず現状認識が違い、芸術世界リベラルに席巻されているようには到底見えない、というのが上に書いたことだが、それとはまた別に文学芸術世界でまで政策議論場合のように感情排除する必要はないだろうと思う。イシグロ氏は小説家として、感情を重視する文学トランプ支持のような不合理に加担した可能性を反省しているのかもしれない。しかし思うに、それはそれで文学の買いかぶりというものだ。感情に訴え、感情を揺さぶもの文学芸術の他にもいくらでもある。むしろ現実生活が多様な感情を強く喚起するからこそ、それを芸術表現し直すことが対象化や客観視の手段になりうるのだ。そして文学芸術は、合理性を追求する世界からこぼれ落ちる感情思想避難所としての役割をもっている。人間が完全に「合理的」な存在に変化しない限り、この役割がなくなることはないだろう。科学エビデンスに基づいてワクチン政策を決めるように自分人生を生きられる人はいない。そんなことを個人に求めるべきだとも思わない。

また、イシグロ氏の言う「リベラル」に人種的民族的性的その他の抑圧されてきたマイノリティが含まれるのだとしたら、かれらが時に強い攻撃性をもってその感情、蓄積されてきた恨みや怒りの感情表現することを私は一律に非難したくない。被差別者表現が時に復讐的な攻撃性をもっていたり、「逆差別」と見えるような偏見を含んでいたりすることはある。それ自体はたしかに「良いこと」とは言いがたい。しかしこれもまた現状認識問題になるが、今の社会マイノリティマジョリティ攻撃するような表現公然と行えば、より危険さらされるのはマイノリティの方である。だから圧倒的多数マイノリティはそんなことをせず、むしろ感情抑制に非常に長けている。

BLMを暴力的だと言って眉をひそめる人を数多く見たが、私が以前から思っているのは、もし黒人たちがその何世代にもわたる奴隷制怨恨復讐としてそのまま投げ返したなら、アメリカ白人社会はすでに何度廃墟になっているかからないということだ。しか現実はそうなっていない。現実マイノリティは、時に攻撃的に見えることがあるとしても、総体として恐ろしく理性的で自制的で、そして寛容なのだ。何一つ復讐も、感情表現することもできずに埋もれていった膨大な被抑圧者の忍耐の上に今の社会は維持されている。多くの被差別者は、深い痛みを抱えながらも、求めるのは復讐ではなく次世代幸せになることだと穏やかに語る。その中から時に感情的な表現が投げかけられたとして、それを感情的だと単純に排除することを私はためらう。

ずいぶんと長くなってしまったが、ふと書く気になったので書いた。まだいくつか書き残している気もするが、土曜も一日つぶれたことだしこのへんで。

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