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2024-11-08

[][]量子コンピュータについて彼らがあなたに語らない事

漫画家エナガの複雑社会を超定義」の「量子コンピューター」の回がこの後1:20からNHK総合再放送するようなので、本放送を見たとき自分感想を改めてここにまとめる。

 一般メディアにおける「量子コンピューター」の取り上げ方はいつも、専門知識を持っている人間から見たらとんでもない誇張と飛躍で充ちている。もはやSTAP細胞詐欺か何かに近い危険性を感じるので、こういう話に接する時の注意点、「ここを省略していることに気づくべき」要点を解説する。

 

 メディアにおける「量子コンピューター」の説明は、大体いつもストーリーが似通っている。

  1. 量子ビットは重ね合わせの並列計算が出来る
  2. 量子チューリングマシンには素数暗号を高速に解けてしまアルゴリズム存在する
  3. Googleなどが量子コンピュータを開発した(と称している)
  4. 量子コンピュータは我々の未来を一変させるかも知れない

 件の軽い調子番組だけでなく、ニュートンだろうと日経サイエンスだろうと、まあおおよそ複素関数論の「ふ」の字も紙面に出したら読者がついてこれなくなる程度のメディアではほとんど同じ構成である

 これはこの20年ほど変わらない一種パターンになっているが、実はこのそれなりに繋がっているように見える一行一行の行間すべてに論理的問題を孕んでいる。

 この行間に実は存在する論理の省略、あるいは嘘と言っても良い誤摩化しをひとつひとつ指摘していこうと思う。

 

行間1→2:量子コンピュータは「並列計算が出来る」わけではない

 量子ビットには重ね合わせの状態が保持できる。これに対して計算処理をすれば、重ね合わせたすべての状態に並列に計算を実行できる。ように見える。

 しかし、これも一般的に聞いたことがあるはずなので思い出して欲しいが、「量子力学の重ね合わせの状態は、『観測』により収束する」。

 つまりどういうことか? 量子ビットに対する処理が並列に実行出来たとしても、量子コンピュータの出力はそれをすべて利用できるわけではない。

 量子コンピュータの出力とは、量子ビットに対する並列処理の結果の、確率的な観測に過ぎない。

 なので、手法的な話をすれば、量子アルゴリズムとはこの「確率確率振幅という量子状態パラメータ)」を操作して、望む入力に対する結果が観測されやすくする、というちょっとひとひねりした考え方のものになる。

 単に並列処理ができるから凄いんだという説明は、増田自身一般向けの説明に何度も繰り返したことがあるが、まあ基本的には素人相手の誤摩化しである

 ここさえ踏まえれば、知識がなくともある程度論理的ものを考えられる人には、量子コンピュータに対する色々な期待も「そう簡単な話ではない」となんとなく感じられると思う。

 

行間2→3:暗号解読のできる量子チューリングマシンは開発されていない

 量子コンピュータキラーアプリとされている暗号解読は「ショアのアルゴリズム」という非常に巧妙な計算を通して得られる。

 上で説明したように、量子コンピュータは単に「並列計算から」なんでも高速な処理ができる訳ではない。暗号解読については、この「ショアのアルゴリズム」という自明でない計算手法高速フーリエ変換の応用)が見つかってしまたからこそ問題になっているのであって、このアルゴリズムの実行が出来なければ暗号解読ができるとは言えない。

 さてここから量子力学というより計算機科学の話になるが、あるチューリングマシン上のアルゴリズムが別の計算モデルで実行可能かどうかは、その計算モデルチューリング完全であるかどうかによるというのはプログラマには常識である

 これは量子コンピュータにおいても変わらない。量子コンピュータ一般に知られる多くのアルゴリズムはドイチュの量子チューリングマシンを前提に作られており、チューリング完全でないアーキテクチャでは実行できない。できるはずがない。ショアのアルゴリズムも当然そうだ。

 しかしながら、この20年弱、D-Wave社が最初の「自称量子コンピュータ」を開発したと発表して以来、さまざまな企業が「開発に成功した」と発表した「量子コンピューター」の中で、このチューリング完全ものは何一つ存在しない。

 これらでは、今後どれだけ「性能」が伸びようとも、暗号解読の役には立たないのである

 

行間3→4:量子コンピュータ可能性は、あるとしても非常に限られたものである

 以上の議論から総合すればわかると思うが、量子コンピュータ世界が一変するなんてヴィジョンははっきり言ってSF以下のファンタジーというレベルしかない。

 第一に、量子コンピュータの利用できるドメインは非常に限られたものであるし、第二に、その中の最も宣伝されているものである暗号解読の可能な量子チューリングマシンの開発の目処などまったく立っていない。どころか、業界ほとんど誰も挑戦することすら本気では考えていない。

 現状の「自称量子コンピュータ」(量子情報システム、とでも言おうか)にも利用の可能性はある。何より量子状態のものが作れるので、物理学化学領域の量子システムシミュレーションするのに適しているのは言うまでもないだろう。しかし、まあ、現状あり得る比較現実味のある用途というのは、それくらいではないか

 

 このように、メディア量子コンピュータについて語るとき、そこには非常に多くの誤摩化しや飛躍が含まれる。これは結構業界の根幹に関わる問題なのではと思うが、時間が来たので総括は後述にでもすることにする。

 何か質問があればどうぞ。

2008-03-15

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