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2019-07-19

きょうの逸材

鈴木雄介 Suzuki Yuusuke

@suzukiyuusuke3

今日までアニメはある種の人々(一般オタクと呼ばれる)の信仰対象になっていた。それは新興宗教だった。以前、あるアニメをみろとそういう人達に奨められ、なんとか苦労して全話みてみた上で、おもに美術批評言語を使って率直に批評したところ、その種の狂信者から大変しつこく誹謗中傷された。

それで私は気づいた。アニメは或る一部の人々にとっての正真正銘宗教なのだと。信者の中に批評言語は持ち込まれない慣行になっている。だから私がちょっとしたきっかけ(アマゾンプライムビデオに入ってみた)で一時的にひきずりこまれたその業界中では、同調か全拒否どちらかしかできないのだった。

アニメ手塚治虫ディズニー辺りから流行しだした新たな映画形式といえるだろうが、その商業芸術が主な客にしているのは一般大衆の中でも子供や、特に幼稚な大人である宮崎駿でさえ子供向けを前提にしていたから、総じて知的障害に近い社会不適合者を大勢ひきつける結果になるのは必然だった。

私が何とか苦労してあるアニメを全編みてみたのは、そのアニメファンネット上で制作陣を執拗脅迫していたのを知っていたからだ。アニオタによる猟奇的事件引き起こしている作品とは何かを確かめてみたのだ。結果はひたすら幼稚な中身で、反社会的知的障害ボーダー層を煽っていたのだった。

京アニ作品は1度もみたことがないから中身については何もいえないのだが、昨今アニメとりまく状況は嘗てのものとは全然様変わりしている。それは上述のよう反社会的精神遅滞に近い人々が大勢新興宗教として崇める対象になっているという点で、過去アニメ界とはまるで質が違うのである

アップルCEOティムクック氏が京アニに同情の様なツイートをしていて私はこの事件について知ったのだが、彼はアイフォンの主要な顧客である日本人全体の中でも、京都に新たな店舗を設置したところなどから現代アニメ界をとりま社会病理をまったく無視して単なるテロとして扱っていると思う。

他の大衆娯楽、たとえば(これも京都本社がある任天堂に縁が深いが)テレビゲームとか、映画とか、漫画小説みたいなものアニメが「サブカルチャー」として近い位置づけにあるのは確かだが、現時点のアニメはほぼ深夜テレビなどで提供される無料の娯楽で、いってみれば下流の慰み物なのである

村上隆氏はアニメの無教養(Lowbrow)な性質を、知的文脈操作欧米美術史に皮肉位置づけで乗せることで有名になった。端的にいうとアメリカのポップアーティスト漫画に素材をとったのを日本ネタで流用したのだが、一時的に彼の援護的唱道者だった東浩紀氏らも、アニメ公民権を与えた原因だ。

なにがいいたいか日本政府が麻生大臣や、東氏に親しい猪瀬都知事が在籍していた時期に、クールブリタニアを表層的に猿真似した文化政策であるクールジャパンでアニメにお墨つきを与えたのは、間接的に東京圏スーパーフラッターが影響している。要はアニメの暗黒面は意図的無視されていたのだ。

アニメは「わかりやすく」「子供に愛されており」「みなが大好きな」「誰にとっても望ましい」「外国人にも大人気で」「日本文化象徴」といった凄まじい厚化粧で美化されてしまった。背後には労働集約的手描きの不合理な制作過酷長時間労働地獄があり、知的ボーダーの客層による退廃があった。

たとえば同人誌という分類がある。二次創作という名目アニメキャラに、変態性欲の性行為をさせる独自制作漫画アニメ作品販売するとんでもない退廃主義世界が、東京コミックマーケットを中心に勃興していた。石原都知事時代には一部は18禁化されたが、堂々と非実在児童の性を含んでいる。

美術史の中ではバルテュスを筆頭に、その種の児童性愛表現や、ギリシア美術とか江戸春画などに由来した変態性欲的なエロス表現は多かれ少なかれ容認されている。つまり同人誌サブカル派生物として、未来では昭和平成・令和期の主に東京での大衆芸術の姿と歴史化されてはいるだろう。

京都中世、「上方」と称し、大衆蔑視の高踏的な文化傾向を自認していた。が上述の任天堂や今回被害にあった京アニはそうではない。京都府民の一部は東京文化を自らとりこみ、多かれ少なかれ低俗大衆芸術販売しはじめた。これは質的変容でもあるし、アニオタによる炎上事件伏線にもなっている。

サブカルなるもの低俗で無教養一般大衆相手に客商売するところに発生した。しかアニメは単なる売り上げの為ますます大衆の中で最も愚かな者」を最大公約数の客層にしようと幼児退行じみた卑俗化を極めていった。その極点に起きたのが某アニメ制作陣への脅迫事件や今回のガチ炎上事件なのだ

今日アニオタと呼ばれる人々には、おそらく東京キー局によるテレビニュースコメンテーターが訳知り顔でいいそうな「犯罪者予備軍」といった客層が確かにまれている。それは例えば高IQ知識人とかハイカルチャーの客層(日本ではほぼ絶滅しているが)に比べてより多めに含まれているだろう。

なぜなら、上に述べたとおり、東京京都アニメなるものは金儲けを目的に、できるだけ量的に俗受けする為、どんどんと卑近表現に自らを変質させていったからだ。要は、下流相手に客商売しているので、当然ながら犯罪者反社会的知的ボーダーの部類もアニメファンには含まれしまうことになる。

なぜ彼ら下流的な知的ボーダー層に昨今のアニメ宗教とみなされているかだが、私のみたかぎり、彼らは知識社会全然ついていけていない。当然ながら幼稚極まりない娯楽作品しか理解できない。資本主義の手順に従い広告費やグッズ販売などを目的に次々流される深夜アニメが彼らのたまりなのだ

ニコニコ動画は、今では国際レベルビリビリ動画にお株を奪われたが、嘗ても今もこのアニオタ層と極めて親近していた。2chねらー誘引した西村博之氏らが匿名コメント機能をつけたので、名誉どころか恥も外聞もない反社会的犯罪者との境界例にとって極めて居心地のよい居場所になったからだった。

もう一つ、注目すべき事件があった。悠仁親王アニメエヴァンゲリオン』内で引用された、ロンギヌスの槍とほぼ同じピンク色に塗った二股刃物で、或る被疑者脅迫した事件だ。この槍は神学上、磔刑後のイエスを突いて聖性を否定した遺物とされており、王権神授説の否定意識した事件だったろう。

アニメオタクそもそもが、虚構現実と多かれ少なかれ混同し易い脳の性質の持ち主が大半であろう。さもなくば作り話にいつまでも夢中になるわけもない。いわゆる偶像崇拝禁忌という私徳が弱い人達といいかえてもいい。この点では、ポケモンGO等を禁止した一部のイスラム法学者正見を述べている。

そして虚構現実混同し易い脳は、一般子供の時点でそうなり易いのが経験的に明らかなかぎり、いわゆる精神年齢の低い人々により多くみられるはずだ。つまりアニオタは単に批評言語が拙いだけではなく、アニメ内で表現された思想宗教的に鵜呑みにしがちで、かつ知的ボーターも相当混じっている。

から、多かれ少なかれ類似の退廃がみられる他のサブカル(例えば小説とかも)含め、一切近づかないことにした。その内部にいる人々は特定宗教信者とほぼ類似エコーチェンバー残響室)内にいると自覚し、サブカル批判を進んで行うのが賢明だ。

https://twitter.com/suzukiyuusuke3/status/1151922241971478528

2019/07/19

アニオタ炎上

現実アニメ混同発狂偶像崇拝悪しきアニオタ

金儲け俗受けアニメ流布しつつオタク炎上悪しき京都

中華思想自文化中心差別していなか蔑視の悪しき京都

国内外うろつくアニメオタクらが偶像崇拝広め媚び売る

同調圧力加えアニオタの下衆な妄想流布し炎上

https://yuusukesuzuki.blogspot.com/

2019-07-02

anond:20190702160331

エステティシャンとのマッチングサイト代替可能なのかね?

それとも学校が良かったんだろうか

 

エステとかマッサージとか美容師とかの

労働集約ビジネス+始めやす産業っていうのは大体ブラック度が高くなっちゃうから

学校法人経営で乗り切るっていう会社結構ある

でも卒業した人を食っていかせるのはまあ無理だわな

割り切りがどうの言ってる割にそこは割り切れなかったのかもね

 

まあ気持ちはわかる

2019-06-11

ITって現代ポルノ女優じゃん (続ITって現代農業じゃん)

長すぎたので、3行でまとめます

~~~~~~~~~~~

ITは要件定義とかしてIT技術以外を効率化してるだけの人海戦術型の集約労働だよ

将棋とかポルノ女優とかは人間限界値まで飽和させて終了させてるじゃん。農業緑の革命みたいに。なんで次々それができないの?(疑問)

個別要件をIT技術者が理解するのではなく、個別組織にIT技術者がIT技術を教えたり、AI個別案件理解したらいいんじゃない?(提案

~~~~~~~~~~~~

ITって現代農業じゃん』(https://anond.hatelabo.jp/20190610220324

を書いた増田です。

いろんな意見を貰えてありがたい。

特に、『IT産業は何で人がいっぱいいるのか?(何で労働集約的なのか?)』http://otihateten.hatenablog.com/entry/2019/06/11/120521 は、大変勉強になりました。思わずブログ記事を読み漁っちゃいました)

  

どうも、農業ではなく、建築業界だ!という意見が多かった。は~なるほどぉ~。ピラミッドをひたすら作ってるわけですね。エンパイアステートビルとか、ヒカリエとか、そういうわけですか。

  

でも、なーんか、違うんですよねえ。

門外漢からしてITって、もっとポテンシャルあるように見えます

  

イメージ的には、ポルノ女優

昔は酷かったじゃないですか。こんにゃくと、裏ものとか言ってよくわかんないおばさんとか。

それがですね。今じゃ、もう凄いじゃないですか。pornhubがすごいじゃないですか。色々なサイトがすごいわけです。

女優さんも、整形手術(形成外科)のレベルが上がって、もう乃木坂中位レベルじゃないですか。そろそろハシカンも量産か?というような。

で、結局どうなったか

消費するのは人間ですから、もう飽和しちゃってるじゃないですか。飽和。

そうなんですよ。ITって飽和が可能なわけですよ。

  

あるいは、将棋ソフトとかも、人類超えちゃったーとか。動物将棋リバーシは完全解析ですっけ?(こっちはハード問題だけど)そういうことなんですよ。

リアル物質限界があるから、ITも限界まで行けるっしょ」って思うわけです。

終わったら、終わりじゃないですか。それがゼンゼン来てないのが、不思議だなーと思っております

農業だって人類の飯の量が決まってるから緑の革命農業人口が一気に減らせたわけじゃないですか。

  

で、なんか、そういう話での、それができない何らかの限界ってあるのかな。って思ったんですよ。

予想してた限界としては、

・「AWSは原発1個の電力を使ってやってる!世界電気消費の通信などの電力がうなぎ上り限界がある!」とか。

・「グーグルとかAWSにビッグデータ情報工学サーバー管理が移行しまくって、日本研究室とかじゃ絶対無理だ!研究室の数十倍研究速度でGAFAが来て無理だ!企業でもサーバー保守は消える!」とか。

・「光を絞れる限界は波長の半分までだから集積回路シリコンウェハーの加工自体が300nm程度までしかできないかムーアの法則がきつくなってる!」とか。

そういう限界があるのかなーってのが第一印象だった。

でも、そういう話じゃなくて。

マジで個々の案件に対してのIT効率化が大量にあって処理が難しいって話なんですねー。

  

IT効率化が難しいってのが、どーも、個々の要件に対して、要件定義が難しいとかって話らしい?

でも、それってどうなんでしょうねえ。

やたら工学とかでは、

「背景理解 ⇒ 要件整理 ⇒ 要求仕様 ⇒ 実装提案 ⇒実装手段

みたいなのを工程把握してやるみたいですが。

この考えというか、フレームがイケてないように感じるんですよねえ。

  

そもそも、ITの人たちって、背景の理解ってする必要あるんですかね。

いや勿論、あるんですけど。そのあたりって、それを使用する人たちが決めるわけじゃないですか。

だって自転車とか乗る人が使うためのプログラムをするときに、ITの人たちが自転車のる感覚からないじゃないですか

そんで、要求仕様とかって立てますけど、自転車乗ってる人が、要求仕様とか考えて運転してるでしょうか?

もちろん、そうしないと、コンピューター言葉になおせないってことなんでしょうけど。

それこそ、AIにやってほしいなあって思うわけですよ。

要求仕様どうこうってか、それすら、AIに解析させて欲しいっていう。

要件整理とかを人間に任せてるっていう状況が、違和感あって。

しろ自転車乗りの人たちに、ソフトの使い方を教育して、自転車乗りの人たちと共同で開発しながら、オブザーブするっていう感じのITの人が出ないものですかね?

  

そう考えると、ゼンゼン本質的じゃないところで、「ITは限界を迎えていない」という話ばかり。

なんというか。

車の効率化とかで、現在の年間6000人の交通事故亡者を激減させるとか、絶対できるじゃないですか。

なんで、自動車起動時に、アルコールチェックすらできてないんですか?(やっちゃう田舎の店がつぶれちゃうから飲食から批判が出ちゃう?)

どう考えても、IT側の怠慢じゃないですか。

そういう感じで、「え?なんでこんな実装もできてないの?」っていうものが、世の中多すぎて。

どこら辺が問題なのかなーってのがマッタク見えてきませんでした。

残念。

それとも、個人で、キャンプファイアーみたいなので、「廃墟ロボットドローン設置して探索できるようにします!!」みたいな欲しいと思ったサービス自分で作る時代なのかな?

  

最近とある偉い東大あたりの先生複数に聞いたところでは、

「できるIT技術者は、金融とか自動運転とか衛星システムとか行っちゃう。そこでアーリーアダプターになりたいから。昔からの分野にはイケてないIT技術しか来てくれない。だから発展しない」

からしいけど。本当なのかなあ?

なんか、AIコンテストとかも、ハーバードとか、グーグルとかがそういう系の問題出してる(TopCoder マラソンマッチとか。)し、噂は本当なのかな。

arxivとかも、企業研究者が出してくる分野はそういうのばっかりだしね、確かに

  

農業は、ある程度、限界まで行って、人類卒業まで行ったのに。

世俗のITはまだまだなんですかねえ。未来世界のITバカリ進んでるんですかねえ。

はぁ。庶民は救われないものか((+_+))

2019-05-02

anond:20190502230500

それで言うと変な人を雇うこともできないから無理なんだわ。

誰でもできる労働集約型の仕事でもないから。申し訳ないけど。

2019-04-02

仕事が好きというだけでマイノリティになる

労働集約型の仕事ではなく年収400-600ぐらいの一般リーマンなんだけど。

周りと会話するとき仕事愚痴とかしか不満しか言わない人たちが多くて。

『いや?仕事好きだし、そんな不満もない』っていうと驚かれる。

業務内容が好きとかじゃなくて、仕事自体が好きなんだけど。

なんなら空いてる時間使って新しい仕事したい。副業とか率先してやりたいけど・・。

やっぱりもっと仕事したいって気持ちマイノリティなのか?

2019-02-05

労働集約型の仕事が終末期

残業無くなってる?

しろ増えてる?

2019-01-06

anond:20190106114125

コンピューター機械化による労働集約) → 人口減少 → (農業家事育児介護など機械化できない業種における)分業不可能性 → 衰退

2018-10-22

Webエンジニアマナーが悪いところ

Webエンジニアリングというのは労働集約産業で、人の上に構築された体制実体の大部分を占めている。半導体の上に構築された秩序は従属的立場である

そのために以下のような問題を抱えがちである:

からWebというタコツボの外でもコンピュータは話を長くすれば言うことを聞くものだと思い込んで「組み込みエンジニアは話が短く、技術の話ばかりして無礼である」とかい明後日の方向からの指摘を思いつく。なんか事実と違うとこある?

2018-09-28

正社員って労働集約度(時間依存度)低いよね

残業代ないところとか

月に150時間働いても、250時間働いても同じ額なんだぞ

もちろんアルバイトとかは圧倒的に時間依存度高い

フリーランスとかは依存度低いように思われてるけど、正社員ほどではない、すごく時間気にする

2018-09-15

労働集約型の産業でありながら従業員に十分な賃金を払わないのは雇用ではなく搾取

2018-08-26

anond:20180826153557

そんな単純なもんじゃないよ

労働集約的な発想を全てに適用するとどっかでおかしくなる

2018-08-09

無職としての学問

 特に文系において、大学研究を取り巻く環境が厳しいので、少し愚痴を書かせていただきたくお邪魔します。

* * *

 研究生活が実生活、ことに家庭生活に対し極度の不安定性を与えることは、今日に始まったことではない。

 例えばかの有名なマックス・ウェーバーによる1919年の講演の中では、「大学に職を奉ずるもの生活はすべて僥倖支配下にある」と語られており、「精神的に打撃を受けることなくこうした境遇に堪ええたためしは極めて少ない」とまで言われている。

 このような状況は、100年の時と洋の東西とを超えた今日日本においても、同様である。むしろ人口減少と学問に対する軽蔑——それはおそらく、ウェーバーが講演の中で強調した、学問がなんの「救い」も「啓示」ももたらさないということを、多くの人々が正しく認識たからに他ならないが——に直面している極東島国の方が、研究生活を取り巻く環境過酷であるといえるだろう。

 博士号を取ったとしても多くの人々には就職先がなく、あっても有期雇用で、しか低賃金であり、長期的な研究生活の途を描くことは全く不可能である

 日本より恵まれ研究環境を有する国、例えば博士課程から給与が出るアメリカや、高等教育がほぼ無償であるフランスの例を持ち出すことは簡単であるしかし、研究生活はその研究者が根ざしている言語文化、あるいは人的ネットワークにある程度は依存せざるをえない。また、他国研究環境は、一部だけを切り出せば外面的には羨望の的になりえるが、実際は、給与と引き換えに研究テーマ選択制限されたり、あるいは無償で得られる研究環境には限りがあったりするのである

 当然のことながら、研究者における研究成果はそれぞれのおかれた研究生活の諸条件に左右されるのであり、それは資本的な制約を大きく受ける理工学系のみならず、人文系についてもそうなのである

 ハンナ・アーレントのように、生地での生活を根こそぎ奪われ、新天地で大きな研究成果を挙げる例もないわけではない。大学官職への道を閉ざされてから活躍したカール・マルクスそもそも学歴のなかったピエールプルードンなども、偉大な思想家としてのちに崇められる存在であるしかしながら、すべての人が偉大な人、指導者のような人、あるいは預言者になることを目指して研究に励んでいるわけではない。実態はむしろ逆であり、陽が当たらない部屋で日がな一日、誰も読まないような古雑誌の1ページをどう解釈するかについて考え、その謎を解けた時に無常の喜びを感じる、そういう人が研究生活に入るのである。そのような、全くつまらないことこそ重要研究成果なのであり、むしろ大きな社会的反響を呼び起こす御宣託が科学的な研究成果とは全く呼べないようなものであることは、ウェーバーの指摘するところであり、歴史が度々証明してくれたところでもある。いずれにせよ、研究生活とは社会的名声や富と全く関係がないどころか、資本主義社会ではしばしばそれらは相反するものとなるのである

 尤も研究者も所詮人間であるからして、研究のものの「客観性」や科学位置付けとは無関係に、それぞれの求める研究生活上のあり方というのは存在する。名声や富を求めて研究に取り組む人もいるのかもしれない。しかしそれは明らかに悪手だ。羽生名人でも挽回できないぐらいの悪手だと思う。

* * *

 さて、反面、家庭生活はまさに「経済」の必要に駆られるところのものであり、十分な収入、定住可能な住居、そして可能な限り多くの家事労働自動化が進んだとはいえなお労働集約的だ)が投入されて、初めて成り立つものである

 収入がないなどもっての外であり、亡命収監失踪放浪なども、家庭生活とは相容れないものである

 歴史を顧みれば、自死発狂、子捨て、虐殺に至るまで研究に身を置いた人々の末路は様々であるが、なんとかしてそのような事態は避けたいと誰しもが願うところであろう。

 できれば平穏無事に、昭和時代理想とされたライフスタイル、すなわち夫婦円満子供と共にマイホームに住み、安定した立場で働き定年後は年金生活という人生を歩みたいところである(これは皮肉である)。

 しか今日の若き研究者は、子供はおろか結婚もままならず、マイホームマイカーも持たず、年金制度破綻を前に怯えながら年老いるのである

 もしあなた結婚したとすれば、それはパートナーの全く寛大な心によるものか、パートナー無知蒙昧で完全に誤った選択をしたかのいずれかであろう。

 さら子供がいるとすれば、当然あなた研究生活放棄するか、あるいはなんらかの安定した不労所得に拠って研究生活と家庭生活の両立を試みねばなるまい。(あるいは、あなたが非常に体制時代に順応的な研究をなしていたとすれば、すでに十分な収入に恵まれいるかもしれない。これこそウェーバーの言った「僥倖である。そういう人には心から祝福を送ろう。願わくば同じような僥倖が数多の迷える研究者たちにあらんことを。)

 多くの研究者たちにとって、結婚出産研究生活首にかけられた縄である

 女性研究者の研究生活性別役割分業的発想や家庭生活に対する支援パートナーから十分に得られないなどの理由によりすぐに縛り首になってしまうが、男性研究者の研究生活も同様に性別役割分業的発想や金銭支援パートナーから十分に得られないことですぐにギロチンにかけられてしまう。

 いずれにしろ他者にとって金にならず有用性のわからない行為としての研究は、家庭生活に直面すると挫折する公算が大きいのである

 だからといって、家庭生活を全く否定してしまうことも困難である穂積陳重来日本の身分法学者は、日本国民の位置付けを次の三つの身分のいずれかあるいは複数に属するもの定義した。すなわち、夫婦、親子、親族である

 しかし、親が死に、結婚もせず、親族との紐帯も弱いとなれば、その人は社会的にも法律的にも、全く孤立した存在となってしまう。

 その人は十分な社会保障の対象にならないことはもちろん、社会生活上の様々な面で制約や不利益を受けることとなる。

 実際上の問題として、社会的要請として家庭生活に入ることを我々は求められており、多くの人はその生活が全く不幸であり耐え難く絶望的なものだと感じていたとしてもなお、家庭生活に甘んじているのである

 当然、研究をしていなければ家庭生活が楽になるとは全く言うことができない。しかし、少なくとも研究生活が家庭生活と激しく対立することであることは自明であることのように思われる。

 あるいは「家庭」という理想像の崩壊高齢者二人世帯や単身世帯シングルマザーの増加、生涯独身者の増加などによって、家庭生活という名付け自体空虚ものになっているという批判があるかもしれない。

 しかし反面で、なお結婚出産経験する人は半数を占めており、「家庭」に代わるほど普遍化された結婚出産を前提とした私的領域生活モデルはいまだに存在しないわけだから、やはり家庭生活という呼称を用い、特に若い研究者たちにとってはそれを重視せざるを得ない現状もあるのだ。

* * *

 収入、定住、家事労働を求める家庭生活は、無収入、度々の転職と転居をもたらし、にもかかわらず時間の余裕を求める研究生活とは、完全かつ深刻に対立する。

 では、この間の解決はどのようにしてもたらされるのか。非研究であるパートナーの忍耐によってであろうか。あるいは研究生活の適度な抑制によってであろうか。

 前者はこれまでの男性研究者がしばしば採用した方法であり、女性人権がない時代であればよかったが、21世紀にもなってこの方法採用しようと思っている人がいるなら、その人は妻を見つけることができないであろう。

 後者方法は、実際には採用し得ないものであり、つまりそれは相撲レスラー炭水化物摂取を控えるとか、プログラマーが1日3時間しかモニターを見ないようにするとかいう話であって、研究生活を「適度に抑制する」などということは単に研究生活否定しかない。

 研究者はその人をして全的に研究に没頭せしめなければ、素晴らしい「霊感」を得られないものである。そうでなければ、特に人文学研究においては、それは単なるジャーナリズムに陥るであろう。

 そして、これもウェーバーと同じく声を大にして言いたいところであるが、そのような素晴らしい「霊感」、今日言葉であれば「イノベーション」などというものは、研究のみならず仕事や様々な形の労働の中でも、それに没頭し専心していなければつかむことの能わざるものであり、行政府が旗をふって労働時間の長短や職業訓練の有無をいくら弁じ扇動しようとも、生まれてこないものなのである

 家事労働ワークライフバランス長時間労働問題は、まさにこの没頭の可能性にあるのであり、特に家事労働時間を細切れにしてしまうために人をして何かに没頭させることを妨げること大であるワークライフバランスも、結局その目的とすることが明らかでないか低賃金かつやることのない中途半端余暇をもたらすだけである長時間労働改善しても、人々が自ら欲するところのものに取り組めるような労働時間の設定でなければ、それが長かろうが短かろうが、人々の不満は変わらない。いくら労働時間が短いとしても過労死は起こりうるし、長く労働していても過労死しない場合があるのは、この理由によるのである

 とにかく、家庭生活の求めるもの根本的に否定しなければ、研究生活は成り立たないのである

* * *

 では、解決方法は何か。家庭生活問題点は、それが夫婦という二者で成立するように想定されていることである。それゆえ、収入と定住を男性が支え、家事労働女性が支えるという構図が出来上がった。

 しかしこの想定は噴飯ものであり、シングルマザーは全て一人でやらざるを得ず、あるいは逆に親族から支援収入不安が軽減されたり、実家を譲り受ければ定住も可能というように、家庭生活の諸条件の実現は夫婦という関係性の外部で決まっていることが多い。

 もし家庭生活に関与してから研究生活継続するためには、家庭生活を成立するためのリソースを外部から調達することが最も望ましい。(逆にいえば、外部からリソース調達できなければ、ついにここで研究生活のお墓を立てるしかない。自分研究というアイデンティティよ、さようなら、と。)

 ただ、ここには二つの問題がある。一つは、リソース調達である大川周明のように徳川家から調達したり、大杉栄のように政治家からぶんどってくることができれば最高だし、あるいは明治時代のように女中を置いたりできれば最高だが、なかなかそういうわけにはいかない。もう一つは、その調達個人能力に帰せられることで、研究能力とは別にそれに取り組む環境規定されてしまうということである

 この二つの問題解決するためには、若い研究者同士で研究生活を支えるための生活ネットワークを構築するしかない。あるところには金がある人もいるだろう、あるところには手が余っている人もいるに違いない。

 どうせ研究生活に勤しんでいる人以外に若い研究者に対して同情を寄せてくれる人はいないのである

 アカデメイアリュケイオンがどうだったかはわからないが、古今東西大学に併設されている寮や大学街(カレッジ)では生活上でも学術上でも研究者のコミュニティ形成されていたはずだ。修道院のようなものである

 いま、若い研究者は官僚主義的な大学制度によって互いに分断され、地方に散住し、有能なもの国外へ出て行ってしまっている。もう最後タイミングである

 いま我々若い研究者が団結して助け合わなければ、この国の研究はすぐになくなる。もし研究のなくなり方が緩やかであれば、日本語で達成された学術的成果を、多少なりとも国際的に、人類のために遺す時間猶予が生まれるかもしれない。あるいは、国外から救いの手が差し伸べられるやもしれぬ。「タコツボ」を脱しなければならない。近くで助け合って生活し、なんなら雑誌なども出して(いまであればブログでいいのかもしれないが)、特に文系では消え掛かっている研究の灯火を、なんとか引き継いでいかねばならぬ。ならぬと思う。

いや、それとももう、研究生活を諦めるべきなのか。

2018-07-01

anond:20180630150652

労働集約社会って、結局、蜂とかアリのようなシステムにならないかぎり、最大効率にならないんだよな。

そこまでして効率を求めなきゃならないほど人類文明に追い詰められているとも言える。

2018-04-21

中小企業って、限界集落でしょ。

中小でマッタリ」って"極稀"にはあるだろうけど、基本的貧乏暇なしだよな・・・

下請けが多いから上に振り回されるし利益率低いし労働集約型になるし、

法務部とかの部署別に専門性のある武器が持てないか経理事務兼任営業やったりクレーム処理してたりするし、

余剰金の余裕ないか取引先が飛んだら連鎖倒産もあるし、研究開発とかい人材呼んだりできないし、よって下請け続行だし、

時間の余裕がないかパワハラ根性論に寄っていくし、そんなところに来るやつの質はお察しだし。

中小企業がユートピアなら人手不足になるわけないんだよなぁ。

買い叩かれようと、さっさとどこかに買収してもらえるだけハッピーだよな。

2018-03-21

anond:20180321182842

? いや、指示を受けて労働集約的なタスクをする人間は全部機械に置き換わるから

今後も知識集約産業化は進み、人間が考えていかないといけないのでは?

anond:20180321150609

自分理解が間違ってた

AIによって労働集約的なタスク人間がしなくてもよくなるから

元増田が言うように労働集約型にしなくても、大規模システムのスピーディな開発はできるよって話

という理解であってますかね?

anond:20180321142140

逆じゃないよ。少なくとも人間よりも遥かに労働集約的。多くのコンピュータを緩慢なく動かすので。

anond:20180321135649

労働集約型に移行するためにAIだのディープラーニングだのが発達しているんだと思うが

知識集約産業労働集約的に回したい

日本の巨大システム開発の話である

リプレースでも新規でもいいけど、どちらも人数をかけなければ作れない時点で、少数精鋭の「知識集約型」ではダメなわけで、むしろいか労働集約的に回すか」って話になる。

少なくとも少数精鋭ありきで成功した大規模プロジェクトなんて聞いたことないし。

まあ実際には一部の出来る人に負荷が集中しまくってる現実があったりするし、それも加味して全然上手く回ってない。

で、IT技術プロジェクト管理ノウハウアメリカ主導だけど、例によってどれも「知識集約型」作業が前提の話になっていて、現実の大規模開発では全く役に立ってない。

かにクラスライブラリフレームワークの話は大事なんだけど、反面実際にコードを書く人間以外にとっては心底どうでもいいというか、どうでもいいってことにしたいわけじゃん。

心理的安全性とか言うけど、大事なのはどこの誰ともわからない専門家の知見じゃなく、目の前の相手に対する観察力だし、技術よりもそういう「人の問題」にフォーカスしたいわけで。

これが日本独自なのかは知らんけど、そういう文化では「バカでも人をかき集めれば何とかなる」反知性主義前提のスキームで回せるのが最強なわけよ。

それこそ大昔のフローチャート書く→コード翻訳する→テスト一発合格→完成という流れの集合体みたいなのが最高に効率がいい。

から必要なのは業務要件が複雑かつ目まぐるしく代わっていくビジネスの現状でも、変化に追従できて短納期の開発を、人集めれば出来てしまう仕組み。

この点について、IT先進国アメリカは全く頼りにならない。

かといって、メンバー全員を情報大学出身でまとめるとか、日本人の反知性主義を変えていくとか、全く非現実的な解決案は答えになっていない。

何か上手いやり方ってないのだろうか。

2018-03-17

社長融資を受けたがらないのだけどこの会社が大きくなることは今後ありえるのか。

ないならひたすら労働集約的な仕事が続いていくのみでありまして。

なんといいますか、給料はそこそこ安定してるしそれなりにもらっているけど、時間が欲しい僕としてはもっと経営資源の配分を考えて欲しいところなのでございます

2018-03-14

anond:20180314155705

低学歴・低スキルだと労働集約型になりがちで長時間労働デフォから

そういうことを教えてくれる人も居ないから"層"が出来上がっていく

学歴ないならせめてスキルを、って思うけど長期雇用されづらい職しかないっていう悪循環

2018-03-02

anond:20180302021159

酔っ払った頭で書いてること差っ引いてもアーキテクチャに夢見すぎ、プログラマに夢見すぎ。

要件がクソなのは要件作る段階でどうにかするもんで、アーキテクチャかんけーねーし。

そもそもどうやったらプロジェクトが上手く回るかなんて考えたくもない。そんなのプログラマ仕事じゃねーから

特に大規模開発は、本来知識集約型の業務労働集約型のスキームでなんとかするのが核にあるので、そこではセクショナリズムが超大事で、プログラマ立場ライン工レベルしかないし、その職分は越えちゃなんねーの。

当然、上がクソだったら全員死ぬ。これはどこまで行っても変えられない。

から大手に頑張ってもらうしかねーんだわ。頑張れるポジションにいるのはあいつらだけなんで。

2018-02-28

天候不順で早めに出社することって、フォローないのかな

会社から『天候不順だから早めに出社してね』という通達が出ることってあるよね。

これってどうなんだろうか。

まず、我が社にはこの通達を出す正当性がある。

我が社は労働集約型のサービス業提供しており、

業務開始時間に相応の人数が揃っていないと、

言わばサービス不全の状態に陥ってしまう。

企業として提供サービス品質担保する目的で、

このような通知、つまり業務開始時刻に間に合わせてくれ」に至ったのだと思う。

我が社でなくとも、同様もしくは近しい事情で、似たような通達が出てる企業もあるだろう。

そこに事情正当性があることは理解している。

気になるのは、法規上どうなのか?ということ。

従業員プライベート時間を、イレギュラー理由で、無償提供せよと言っているわけだから

例えば、それに見合う待遇制度がある場合

(もちろん労使間の合意があれば)問題ないと思う。

普段より早く出た時間数に応じて手当を出すとか。

だけど、そういう待遇制度がない場合はどうなんだろう?

例えば、労働基準法では「業務準備の時間給与支給対象」と定められていたはず。

ちなみに片付けの時間も同様。

から公務員って、窓口が9:00-17:00でも、勤務時刻が8:30-17:15だったりするよね。

『天候不順による交通機関の遅れを考慮し、平時よりも早めに出勤を開始する』

ことに対しても、これが適用されたりするのかな。

でも通勤時間給与支給対象ではないわけだから、なんのフォローもないのだろうか。

だけど、平時よりも早く出ることに対しては違う対応があってもいい気がする。

どうなんだろう?

2018-02-13

アニメーターが詰んでる3つの理由

1 労働集約産業である

2 人気産業である(成り手が多い)

3 成功モデルがほぼない

 

これが解決できるなら世の中の大半の産業解決できる

ってくらいに難しい状態

保育士介護より詰んでる

飲食とどっちが難しいだろう?同じくらいか

2017-08-12

カレーなる辛口Java〇lackさんいつまでも転職せずにSI業界にしがみついてる間に、俺は3度目の転職間近だし、SIとか労働集約ソフトウェア開発とかとっくに離れられた。

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