はてなキーワード: bgmとは
○朝食:なし
○昼食:鳥カツご飯
○夕食:納豆ご飯、減塩野菜たっぷりみそ汁(フリーズドライ)、コロッケ
○調子
むきゅー。
なので、火曜日と水曜日の二日いけば、六日間も休みなのですむきゅー!
月曜日までにしとこうかな……
いや、違う! 夏休みむきゅー! で、むきゅー! むきゅー! する!
ぐひひ、実は夏休みむきゅー! の特別企画は幾つか考え中なのです!
がんばるむきゅー!
欲しいのが無かったので、ノー課金。
このゲーム、やり始めるとダラダラ課金しちゃうから、意識的にちゃんとしたい。
○ポケとる
ジラーチをゲット。
これは中々レアいらしいし、はがねタイプのメガ進化と相性が抜群みたいなので、嬉しい。
が、明日のランキングイベント次第では、メガハガネールがゲットできないのか。
うーむ、このランキングってシステム楽しいけど、少し緊張するね。
かといって、仕事中の昼休みとかにテザリングで繋ぐわけにもなあ……(ってか、3DSはBluetoothもUSBもついてないからテザリングは無理か)
アトランティス(三つ目のジム的なステージ)の「10:デデンネすりすり」まで攻略。
のじゃロリにツンデレに、と女の子キャラがわかりやすく可愛いし、秘密を抱えている的なイケメンのお話も続きが気になる。
それと、BGMのクオリティが凄い良い、とくに今攻略中のアトランティスの「ヒョウキンな悪者のBGM」的なBGMが凄く良い。
ちょっと、ハマりかけてるな。
そうやあ、全ポケモン集める途中で名探偵ピカチュウが発売されて中断してたなあ、と思い出し再開。
それまでは「自分はメンヘラだな」って思うときはあったけど、特に対処とかはしてなかった。
AVとかは見るのはいいけど、生身のセックスアピールやセックスが怖い。
メンヘラになったきっかけと恋愛がトラウマになった理由ははっきりしている。
10年以上前の当時、遠距離恋愛として自分が付き合っていた(と思っていた)彼女が、
同じコミュニティの男たち全員とセックスをしてたことが判明したから。
俗にいうサークルクラッシャーってやつだった。
僕は本当に彼女のことが好きだった。
それなのに、彼女の心も、体も、全て、自分の物ではなく、他人の物でもあったということに、最高に気持ち悪さを覚えた記憶がある。
彼女と遊びたかったから大学も東京の大学にしたようなものだったし(彼女が同じ大学を志望していたというのもあったけど)、
実際に大学では単位を取るやる気が無くなって留年して退学した。
当時電話で会話してた時のBGMに掛けていたRADWIMPS(当時の僕はロキノン系にハマっていた)は、今でも聴くだけでも吐き気がする。
Twitterの現在の彼女のアカウントは鍵垢になってるし、ブロックもされてるけど、定期的にアカウント名で検索して、どんなリプライを受けていて、どんな会話をしているのかを想像したりする。
そんな彼女は今では有名企業に就いて、結婚もして、子供も居て、はてなで育児ブログも書いて、順調にまともな人間としての人生を歩んでいるようだ。
かたや僕は無職で、メンヘラで、まともな人間としての人生を歩めていない。
正直、そんな彼女が今でも憎いと思ってるし、なんで自分がこんな人間のせいで10年経った今でも苦しんでるんだろうと思うし、
僕以外の関係者や彼女とその子供は全員悲惨な目に遭って死んで欲しいと思ってる。
今、面と向かって彼女と会って話をしたら、どんなことを話すだろうか。
今までの話を「思い出」として昇華出来るのだろうか。
直接、相手の首を絞め、頸動脈を絞めて、殺そうとするのだろうか。
そんな気持ちで僕は今アルコールを飲み、睡眠薬を舌下投与してこの文章を書いている
こんなことは普通のペルソナをかぶっている自分では書けないだろう。
「一般人であり、常識人であり、今ではポケモンGOにハマって、合計30kmは歩いている」というペルソナをかぶっている僕がいる。
そのペルソナを剥がした途端、恋愛のトラウマに対して向き合った結果、トラウマ起因の吐き気を抑えながら、過去を振り返り、トラウマを吐き出しているのである、
以上のことは、「吐き出したいが自分のペルソナが邪魔をして吐き出せない」と「吐き出して楽になりたい」の相反する気持ちがあって、書きたかったが書けないでいた。
吐き出す場所としてのはてな匿名ダイアリーを利用しているだけであるのだが、はてな匿名ダイアリーを立案した人物はこういうことを望んでサービスを作ったんだろうか。
結論:一週間くらいでなんとかなった。
金曜の夜から飲むのをやめ、土日は引きこもり、月曜日は無理やり起きて会社に行った。
支障はあまりなかった。
という話をダラダラと書いています。
まぁ自分語りをさせてくれ。
睡眠薬の世話になって4年半。
はじめはエバミール半錠だったのが最終的にはマイスリー5mgと を飲んでいた。
併用して鬱病の薬 サインバルタ30mg飲んでいたが、こちらも止められた。
が、これは急激に止めたというより、飲むのを忘れるときがちょくちょくあり、それなりになくても大丈夫なのではと思ったから緩やかに止めていったというのが正しいのだろう。
鬱病であると診断されてなんの疑いもなく飲んでいた睡眠薬だったが、
脱ニートして(というか大学卒業後)働き始めてから規則正しく6:30に起きなければならなくなり、無理やり起きると薬が残っていて強烈な眠気がくる、というのが問題だった。
睡眠薬をグッドミンから変えたばかりで、やっぱり合わないのか…と思ったが
効かないような気も少ししていたし、効果が半減する時間になれば目がさえる時すらあったからだ。
悩んだ結果、「一度飲まずにいよう」と思ったが、土日に試せば眠れず、「やっぱり睡眠薬は必要なのだ」と思うループ。月曜日に眠れない/起きられないのが怖くて、睡眠薬に手を出してしまった。立派な依存だ。
そこで目に留まったのが、「睡眠薬を5日で止めた」という知恵袋のノート。
麻薬と同じで断薬すれば良いのでは、実際私も云々と詳しく書いてあったが、記憶に残ったのは「5日」
5日我慢すれば良いなら…と三連休が近かったので決行することにした。
やけだったかもしれない。
が、今となってはよかったのだと思う。
とある週末の記録
…案の定、眠れない。
眠れないので、撮りためたアニメを見たり、動画サイト見たり、ツイッターしたりする。
眠い。結局最後に時計を見たのは4時くらいだったと思う。そこから記憶がない。
…そしていつも通り6:30に自然と起きる。悲しい。
開き直ってご飯を食べ、またベッドでごろごろする。
土曜夜、一応23時には部屋を暗くする。眠れるはずもなくアニメ。してたら寝落ちしていた。
しかし6:30に起きる。
昨日眠れなかった分寝ようとはしないらしい。私は社畜か。
土曜日に眠れなかったぶんか、日曜日は細切れで寝る。寝られる時に寝なければ。
日曜夜、3夜連続の薬無しに挑む。
月曜日が多分一番辛かった。
まぶたは開けられないのに寝付けない。挫折と思われたが正直薬を手にするのも面倒だった。
買い置きの菓子パン(目を閉じていてもなんとなく袋を開けられたら食べられる)も底を尽きる。
起きられないかもしれない不安とか、逆戻りするんだろうかとか諸々。
起きてる時間は解脱症状についてぐぐりまくり、この最中だ抜いてる最中だ耐えろと念じていた。
最後になんとかアラームの確認をし、眠れないとぐずつく自身と戦う。不安もあるのか、4時を確認した覚えがある。
火曜日朝。
…6:30起床。
身支度もほどほどに、家を出た。
その日は仕事中に寝ることもなく、定時退社。
そして、帰ってほぼすぐに眠くなった。
お風呂だけはと入ったが、髪を乾かすのもそこそにエアコンつけてバタンとベッドに倒れた。
若干の寝付けなさはあったが、30分以内には寝ていた。相当疲れがきたのだろうか。
少なくとも30分ほどの動画をラジオ代わりに聴いて寝たが、後半の覚えがない。
水曜日、すっきり目覚める。
途中覚醒もなし。カフェオレドーピングはしたが、ほぼ問題なく勤務。
時折眠くなったが、トイレで3分突伏したりシュレッダーかけたりしてしのいだ。
そして定時退社(ありがとう周りのみんな)(優しい会社です)(なお定時退社のツケをいま払ってます残業代おいしー!!!)
ご飯を食べ、お風呂に入る余裕あり。しかし眠い。23時に暗くして、24時ごろには寝たのではないだろうか。
人間、寝る力は備わっているというが復活してきたような気がする。
いつも通り起床。5時ごろ一度覚醒、のち寝むれた。奇跡かと思った。
眠さはつきまとうものの、睡眠薬が残っているようないまにも寝落ちそうなのに寝られない…という感覚ではない。
もしかしてこれ、単に寝不足でねむーい…なのでは…と仕事中なのにちょっと嬉しくなった。トイレで突っ伏す。
72パーセントカカオのチョコが良いらしいと聞いて午前中に投入。少し楽になった。
6:30起床。
…もしや、これはもう成功したのではないかと感激する。寝辛さは若干のこるし、眠いは眠い。
ただ、睡眠薬を片手に唸る夜の方が辛かった。
飲んでも眠れない辛さに比べたらこちらの方が圧倒的にマシである。
わりとすっきり過ごせた。
この1週間お世話になったもの
1位 カフェオレ
セブンのノンスウィートを愛飲。現在はコスト減のため、ペットボトルのアイスコーヒー+牛乳となっている。
時間がない朝でもコンビニで買って飲めるのは助かった。多分薬代より安い。…そんなことはないか?(計算したくない)
2位 アニメ
撮りためを引っ張り出してBGM代わり。内容を覚えているため耳で聞いても脳内で映像再生余裕でした。
3位 菓子パン
片手で食べられる。汚れない(あまり)。頭を使わなくても安全に食べられるものを用意する必要がある。本当ならばタンパク質とかそこら辺とったほうが良いのだけど数日は気にしなくて良いと思う。
何かお腹に入れていたほうが眠れる、と思うので買っておくと良いと思う。引き籠もろう。
カップ麺はお湯を沸かさなくてはいけない=火を使うのでNG。虚ろな目で食べられるものを。
その他
周囲の協力。
働いているならば早出なし残業なしが難しい人もいるかもしれない。
正直後半、職場に行く必要性で起きて、寝るために体力を使ったおかげもあると思う。 引きこもり時代はこれがない。そして眠れない悪循環とあった。
最後に。
これは独断で行った睡眠薬断ちである。本来ならば医者と相談して少しずつ減らしていくべきである。実際結構辛い5日(以上)であった。
大手を振ってこれを推進しようとは思わない。
しかし、もし不眠で薬が手放せなくなっている人が、この文を読んで少しでも役に立ったと思ってくれたら嬉しい。
http://m.youtube.com/watch?v=8QagXc3uc1E
曲を聴くと、あのシーンのためだけに、
もう一度、観に行きたくなるから(行ってきた)
是非は別として、この書き手が明確に見間違えている、あるいは見落としていることについて
この映画は「ゴジラという災害」と「日本」の戦いであり、明らかにそれを意識した作られ方をしているということ。
つまり登場人物は誰一人ヒーローではない。フィクショナルな意味でのスーパーヒーローは出てこない。
作中でも語られる通りに代替可能なキャラクターであり、しかし彼らが活躍するからこそ「一人の英雄」ではなく「日本」が見えてくるのだ。
さんざん指摘されているように、ヤシオリ作戦の内容は「ヤシマ作戦」と酷似している。
(①敵がエネルギー充填のため停止中 ②空撃は自動的に追尾破壊 ③日本中が集結)
「シン・ゴジラ」の作中に明確なヒーローとヒロインがいれば、エヴァンゲリオン同様に世界はシンジと綾波の笑顔に集約されてしまう。
熱く盛りあがりたければ自己犠牲を出せばいい。感動的なBGMを流せばいい。スローモーションをかければいい。
感情移入を誘発させて、画面に向かって叫ばせればいい。むしろ観客を感動させようと思うのなら、こんなに簡単なことはない。
それを「ないからダメ」ではなく、「なぜそうしなかったんだろう」という疑問を持って本作と向き合ってもらいたい。
そのうえで、内容が気に食わないのなら仕方がない。自分の好きなものと違うからだめ、という見方はあまりにもったいない。
矢口、カヨコ共に親の七光りであることは強調されているし、なによりあるキャラクターの薬指には指輪が光っている。
だが本作で書かれているのは理想の国家であり、登場するのは理想の公務員たちだ。
ゴジラが本性を発揮し、津波、地震、原発とその表すものが明らかになっていくうち明快になるが、
言ってしまえば彼らは「こうあってほしかった」とされる東日本大震災と原発事故に対応する日本国家だ。
だから彼らには徹底的なリアリティが必要とされ、ストイックさが求められる。
悲劇に立ち向かうたびに恋人に電話して、励まされて頑張る、だとか
田舎に帰って親に説教されて立ち直る、とか 死にゆく前に子供の顔を思い出す などの
よくある展開に飲み込まれない、強靭でありながらステレオタイプに寄り過ぎない国家公務員だからだ。
書き手が疑問に思っている「出世の野心」についてはもっと明快で、これは彼らの軽口にすぎない。
「国のため!」「私たちがやらなければ誰がやるんですか!!」といったような言動は安易にナショナリズムを刺激し、
また誰もが聞き慣れており、その言葉は嘘と虚飾にあふれている。なにより非常に陳腐なのだ。
それこそ書き手が「言わせるなよ」と評した「ゴジラより怖いのは人間」といった表現と同じように。
詳しくはゴジラ(1984)をご参照願いたい。
朝起きれば津波。昼休みに流される車。倒壊する学校。鳴り止まないサイレン。
街が泥水に覆い尽くされ、数えきれない人々が瓦礫の山と共に砕かれていく。
バラエティ番組は自粛、CMは自粛、連日の黙祷、増え続ける犠牲者、行方不明者。
確かにこの頃「何度でもやり直せる!全然OK」等と唱えていたら、書き手に同調する人は多かっただろう。
だが震災より既に5年半が経過している。また先日の熊本大震災、あるいは津久井やまゆり園の例に見るように、
悲しみは絶え間なくやってくる。
そういった中で明るい展望を見出し、これからの立ち直りを示唆することが悪いとは到底思えない。
また繰り返すように、本作は理想の国家公務員たちが作り上げた理想の災害対処である。
書き手が腐るほど見てきたという作品群は、恐らく以下のようなカタルシスの産み方を目指していたものだろう。
→④予期せぬアクシデントが発生する
→⑤とっさの機転で切り抜ける
が、本作はその点を利用していない。しようとしていない。それは映画を見ればわかる。
まずは②にあたるものが本作にはない。作戦の目的以外、つまりどう実行するか?の点について、
本作では最後まで伏せられている。
発破をかけたビルでゴジラを押しつぶすという作戦を観客に提示する、その絵だ。
ビルと鉄道に「日本の技術力、ひいては日本そのもの」を読み取るのもいい。
(今までゴジラに破壊されてきたものの逆襲という背景を深読みしてもいい)
もし書き手が少しでも頭を使って本作を見ていれば、流石にゴジラを東日本大震災と重ねているはずだ。
そこから何も読み取ろうとせずに、フィクション世界の物差しで本作を「ご都合主義だ」と言っているのであれば
読み取り方を完全に間違えている。
本作はリアリティを追求しつつ、観客に「これは東日本大震災のメタファーですよ」「そして彼らは非常に有能な公務員たちですよ」と
前半までに否応なしに畳み掛けることで、
本作の、少しでも間違えたら全てのシーンが冗談になってしまうヤシオリ作戦について「嘘」を認めさせるという高度な作り方をされているのだ。
書き手は「私は震災で家族を亡くしている」などという設定があれば、
・押し潰される団地
・頻出するガイガーカウンター
・明確に原発封鎖を目的としたコンクリートポンプ車に似せたゴジラ沈静化作戦
ここまでされても「ごく自然にゴジラを震災や核と重ねることもでき」ないのであれば、
ここまで書いた文章はすべて無駄で、純粋にリテラシーの問題だ。
褒める褒められないの視点に立ててすらいない。
問題文が読めていないのだから、出した答えが正解しているわけがない。
もちろん、書き手を否定した文章すべての答えが正解であるはずもない。
だからもちろん、こういう人にこそブルーレイを買って何度も見なおしてもらいたい。
映画は何回も見れば見方が変わるものだし、繰り返し話すことで理解は当然広がっていくはずだ。
一回で全てを理解してしまい自分の中に全てを落としこんでしまった人よりも、この書き手は本作を何倍も何倍も楽しめるのだから。
デジタルリマスターされたのがBSで放送されてたの録画して見た
終戦から10年立たずに撮られたせいか(よくこんな映画取る余裕あったなあ)、各所に戦争の記録映画?と思わせる描写がたくさんあった
平成ゴジラしか見たことなかった自分としては結構ショッキングなシーンも多かった
その後孤島にくる
芹沢博士のオキシジェンデストロイヤーでゴジラを骨にする
でもまた水爆があれば別のゴジラはいくらもでいるんだ・・・END
避難所で怪我した人がうんうんうなってるシーンとか、避難(というより疎開)シーンは、もろに戦時中を髣髴とさせる描写の仕方だった
特撮がミニチュアとかオモチャ丸出し、ミサイルがロケット花火丸出しだったのは愛嬌だったけど
伊福部さんのゴジラゴジラゴジラがやってきた♪のBGMとゴジラの声が最初からこれだったんだなあと思ってちょっと感動した
オキシジェンデストロイヤーっていう言葉が、時代に似合わずめちゃくちゃ進んだSF用語に聞こえた
なんとなくゴジラ対デストロイアで初出のイメージだったから、初代から出てきてたのかーと驚いた
でもミニチュアのちゃちさとかに目をつぶれば(つーか時代かんがみればしょうがないよね)、映画としては80、90年台のゴジラよりも面白く見れた気がした
単純にエンタメを重視するのもいいとは思うけど、たまにはこういう市井の人々について描いてるのもいいね
あとはエヴァ→シンゴジのオマージュがたくさん言われてるけど、初代ゴジラで海からやってくるゴジラに対して戦車が順次出動して海岸際で迎え撃つシーンとかは、エヴァ1話(序の最初)とそっくりだなあと思った
街を見渡しても、お見合いパーティに参加しても、どの女が攻略可能キャラなのか判別できない。
うっかり「あ、これ攻略できそう」と思って声かけたら、一言話してその場を去るNPCでしたーってオチしかないし、
仲良くしてもらえる人でも、実は攻略ルートなしのサブキャラでしたーって判明するパターンもあるある。
(でも、攻略ルートないキャラに限って根強い人気あったりするよねー)
普通の人ってどこらへんで異性が攻略可の対象かどうかって見分けてるの?
ギャルゲーなら攻略可能キャラは大体出会った瞬間にBGMが変わるもんなんだが。。
俺の耳が悪いのか?
◆シン・ゴジラみてきた話
シン・ゴジラ。見てきました。
12年ぶりのゴジラ復活であり、エヴァなんかで有名な庵野監督であり、進撃の巨人でやらかしたらしい(みてない)特撮監督であり、と。いろいろな意味でキャッチ―な話題を振りまいてきたシン・ゴジラを、見てきました。
ファイナルウォーズで子供ながらにちょっとがっかりしたままゴジラと別れ、ちょい前のハリウッドゴジラで大興奮し、こんどのゴジラははたして大丈夫なんだろうかと個人的に心配してたシン・ゴジラを、見てきました。
とりあえずの感想として、面白かったです。そこに嘘はないです。
ただ、見てる途中で引っかかる部分はあったし、あるシーンでは完全にがっかりしきってました。そこからテンションを持ち直せてよかった。
こっから先はネタバレを加えながら、具体的にどう感じたのか突っ込んで書いていきたいと思います。
本題に入る前にもう一つだけ。この文章を書いてる人間のゴジラ歴、ゴジラ観(というほどのものでもない)を共有しておきます。
生まれて初めて見たゴジラは、ゴジラVSデストロイヤーで、4歳か5歳のころに映画館に連れられて見た記憶があります。話は覚えてません。父親が好きだったので、一緒に連れてこられただけという感じだと思います。
ただ、幼少期にゴジラだったりデストロイヤーのおもちゃで遊んでた記憶はあるので、気に入ったんだとは思います。
ちゃんと、映画館でゴジラを鑑賞したと自覚のある記憶は、「巨大イグアナNYに現る」が最初のゴジラ映画になりますね。これも小さかったので、なんとなく楽しんだ記憶はあります。レゴで作ったビルをゴジラのフィギュアで貫通させて遊んだりはしてた記憶があります。と、いうわけで、本当にちゃんとゴジラを見たのはミレニアムからです。その後のいわゆる5代目ゴジラは大体父親と弟と一緒に映画館へ見に行きました。ハム太郎との同時上映なんかもありましたが、小さな妹もいた我が家的には、正直ちょうどいい組み合わせでした。そして、ファイナルウォーズを観てしょぼめのマトリックスみたいだなと思ったところで、一旦ゴジラが途絶えます。
僕が見てきたゴジラってのは、結構イケメン顔でマッチョ体格なヒーロー怪獣なんですよね。日本にやってきて暴れますけど、結局もっと悪い怪獣が他に出てきて、そいつと戦うこと自体が結果的に日本を救ってたりすることもあるような。
そういうゴジラをずっと見てきて、それが普通だったので、ハリウッド版のゴジラ(ちゃんとしてる方)は正直大好物でした。興奮しまくって映画館で立ち上がらなかったのが奇跡なレベルで。
ハリウッドが完璧にゴジラを再現した!と思ってたところで日本のゴジラ復活、監督は庵野!
最初はあまり深く考えずに面白そうだねーなんてへらへらしてましたが、だんだん変なわけわかんない展開にならないだろうかと不安になったりもしました。
予習として、進撃の巨人を見ておこうかと思ってGEOまで行って、パッケージがなんか無理って思ってスパイダーマンを借りました。2回目はバットマン。
そんな感じの、あまりがっつりゴジラオタクというわけではない平成生まれが見てきた感想です。
あまり事前の情報収集をしていなかったので知らなかったのですが、今回のゴジラはすごいネタバレ対策が徹底されていたとか。関係者試写会で誓約書を書かされたとかなんとか。
パンフレットにも思いっきり「ネタバレ注意!」なんて帯が付いていましたし。
ただ、誤解を恐れずに言うのなら、映画の大筋自体には、ネタバレするほどの情報もドンデン返しもないよな、と思います。
ゴジラが出てきて大暴れ。それに対して核攻撃したいアメリカ。何とかしてそれを阻止するためにゴジラを倒すぞ日本!すごくシンプルなストーリーです。
そういうシンプルなストーリーを、庵野監督が徹底的にリアリティにこだわって世界観を作ってゴジラというフィクションを成立させる。その手腕を楽しむという意味でクラッシック音楽ぽいかな、と思いました。
たぶん、これが突拍子もないストーリーで、かつあのテンポで話を進められたらついて行けてなかったと思います。
理解しやすいシンプルな話だからこそ、会議シーンみたいな細かい情報の芸術を楽しめたと思っています。
実際の日本にゴジラが出てきたら政府はどう対応するのか、を大真面目に検証した「空想会議読本」って感じでした。
◆あの音楽の話とあのシーンの話
あの音楽の話です。巨災対チームのシーンで流れる、あのエヴァのやつです。正直、勘弁してほしかったです。結構何度もしつこく流れますし。
僕なんか、特撮おじさんの方々と比べたらゴジラファンなのかどうかも怪しい浅さですが、それでも、「ゴジラを見るために」映画館に足を運びました。
そこでこう、デンデンデンデン、デンデンとされてしまうと、どうしても違和感を感じたというか、冷めたというか。俺は今ゴジラを観てるのか、庵野を観てるのか。見たかったのはゴジラなんだけど、今見せられてるのは庵野なのではないだろうか、というか。別に庵野監督の作品が見たくない訳ではないんですが、それはあくまでゴジラの内側に収まる範囲の話であって、その音楽のせいで庵野ワールドへと飛び出し過ぎてしまってる感じがどうしても引っかかりました。
エヴァの人が監督だからエヴァの音楽を使いました、じゃちょっとギャグになってしまう。シーンとしてはシリアスで、音楽の意図もシリアスさを出すためだったはずですが、映画への没入感が急激に薄れていきました。
同じ音源使いまわしでも、過去のゴジラシリーズのものはやはりゴジラの内側なので、しっくりくるんですよね。エヴァの音楽は単に庵野監督という存在のみをハブしている外の音楽ですから。
正直、これは自分の中で予想外だったのでかなり面食らいました。そして、この後も何かやらかしてくるんじゃないだろうかという不安が、以後鑑賞中頭から離れなくなります。で、あのシーンです。放射熱線。
ゴジラが紫色に輝いて、放射熱線撃つぞってシーン。急にBGMが声楽になって、なんかすっごいお洒落感出てしまいました。これは、正直覚悟してました。なんかそういう、山場のシーンでお上品な音楽は使いそうだなっていう勝手なイメージ。絵がスゴイかっこよかっただけに、既にデンデンデン攻撃でちょっと冷めてたのもあって結構堪えました。これに関しては、ゴジラの内側外側とはあんまり関係ないので、単に好みの話だと思います。デンデンデンが無ければもう少し前向きに受けとれた可能性もあります。最終的にここは、「翼をください」が流れなかっただけよかったな。と思うことにしました。
個人的にはこの2か所が、この映画を観ていて引っかかった部分です。
ここらへんで結構下降してたテンションは、その後のゴジラとの決戦、新幹線爆弾にビル崩し、在来線爆弾といった最高の作戦によってみるみる回復しました。
こういう「現在の日本でどうゴジラと戦うか」に対する回答はさすがに見事だなと思います。
平成生まれで、特にシリーズを深追いすることなくなんとなくゴジラを観てきた僕にとって、初めて「世界にゴジラがいなかったゴジラ」の映画でした。
娯楽映画として楽しく、ゴジラが登場したらという思考実験として興味深い映画だと思います。全体として、庵野監督がものすごく誠実にゴジラに対して向き合って作った映画だとも感じます。
だからこそ、上記2シーンはやや誠実さに欠けた、監督のエゴが行き過ぎた故に引っかかってしまったのかなと。
なので、ツイッターなんかで見かける「ここ10年で最高傑作の邦画!」とか、そういう評価感想がどうしても行き過ぎてるように感じます。そこまでじゃない、とはとても言わないですけど、デンデンデン気にならなかった?あそこだけゴジラちゃうよ?と。「ゴジラはいいぞ」くらいならわかるけど、って感じで。
自分が慣れ親しんできたゴジラのテンプレートに近い物、というひいき目こそありますが、ハリウッド版ゴジラの方が個人的には誠実なゴジラ映画だったなと感じます。
良くも悪くも、庵野ワールド全開な映画だったということでしょうか。
ゴジラ>庵野監督な僕としては、その分だけターゲットからズレていったんでしょうね。逆になにも知らなかったらそれはそれで素直に楽しめたんでしょうけど、浅いファン故に感じた違和感のお話でした。
http://potato.2ch.net/test/read.cgi/game/1469279374/
409 : 名無しさんの野望 (ワッチョイ 77f6-B+Zk)2016/07/31(日) 18:39:47.41 ID:M5j5fUKg0
https://www.twitch.tv/baseballdogs/v/80942215
これの2:20:5辺りから流れるちょっと軽快なBGMとOrdinary game?っていうセリフが
何に対応した演出なのかわからないんですが、誰か教えてもらえますでしょうか
410 : 名無しさんの野望 (ワッチョイ 9cba-xLev)2016/07/31(日) 19:02:20.10 ID:APuOLcOR0
BGMとOrdinary gameってのがどれのことを指してるのかよくわからん
これのことでいいんか?
https://hydra-media.cursecdn.com/dota2.gamepedia.com/2/27/Death_Ward.mp3
https://hydra-media.cursecdn.com/dota2.gamepedia.com/0/0a/Bris_ann_kill_dominate_01.mp3
411 : 名無しさんの野望 (ワッチョイ 77f6-B+Zk)2016/07/31(日) 19:05:56.50 ID:M5j5fUKg0
>>410これで合ってると思います。ありがとうございます。
①」Witch DoctorのDeath Wardを使ったときのBGM
②Bristlebackのボイスパック内「Dominating!」の音声
筆者は半分くらいしか観てないので間違いとかあったら指摘してください。
・庵野秀明『エヴァ(旧世紀版&新劇場版)』 : 同じBGMを使用している。ヤシオリ作戦の内容・名称の元ネタ。
・岡本喜八『日本のいちばん長い日』 : 激しいカット割りの元ネタ。日本が危機に直面した時の官僚・政治家の動向を描く点は同一。監督岡本喜八の写真が本作に登場する牧吾郎の写真として使われている。
・本多猪四郎『ゴジラ(初代)』 : 冒頭に映る古い「東宝」画面、第2形態時の咆哮音、冒頭に襲われる船の名前(「栄光丸」⇒「グローリー丸」)はこれが元ネタ。
・押井守『機動警察パトレイバー the Movie』 : 『シン・ゴジラ』に登場する牧吾郎のあり方が、『機動警察パトレイバー the Movie』に登場する帆場暎一と被る点が多い。①冒頭で海に消える、②事件解決の鍵を握るが、本人は既に死亡しているため、彼の思考の解明に主人公たちが翻弄される、③東京を破壊する動機が匂わされる、等。
・福島第一原発 : ①ラストシーンで凝固剤をクレーンで投入するシーンは、福島第一原発にコンクリートなどを流し込む姿を模しているとの指摘あり。②また、ラストにおいてゴジラは死亡せず凍結されるに留まるが、これは福島の原発事故の現状を表してるとの指摘あり。すなわち、冷温停止状態ではあるが、これからもきちんと処理を続けないと、また放射能汚染の惨禍を生むということ。
・長谷川和彦『太陽を盗んだ男』 : ラスト、石原さとみと長谷川博己が語り合う建物が、菅原文太とジュリーの決戦の場と同じ。ヱヴァ破でこれのサントラを使っていたため、意識して使用した可能性がある。また、制作中の仮題が『日本対俺』であり、これは『シン・ゴジラ』のキャッチコピーである『現実(ニッポン)対虚構(ゴジラ)』に類似する。
・庵野秀明『巨神兵東京に現る』 : 終盤、ゴジラの尻尾から出てくる人型が、『巨神兵東京に現る』に登場する巨神兵に酷似している。
・橋本幸治=中野昭慶『ゴジラ(84年)』 : 今回のシン・ゴジラと同じテーマ(危機に直面した日本がどう対応するか)を扱った作品。第4形態時の咆哮音の元ネタ。『シン・ゴジラ』のキーマンである牧吾郎の初出。
・本多猪四郎『宇宙大戦争(59年)』 : ヤシオリ作戦シーンのビーム作画、ビームSE、BGMの元ネタ。ただし、マーチについては、直接の元ネタは『怪獣大戦争』ではないかとの指摘あり。
・富野由悠季『イデオン』 : ゴジラが、背びれから全方位ミサイルを出し、尻尾からソードを出しているのは、これが元ネタではないかとの指摘あり。
・岡本喜八『沖縄決戦』 : 上述した『日本のいちばん長い日』と同じ理由。ただしこちらはシン・ゴジラと違って民間人の視点からも事件を描く/人の死亡シーンまで描く。また、『シン・ゴジラ』のラスト付近に登場する第32普通科連隊の丹波一佐は、『沖縄決戦』で第32軍長勇参謀長を演じる丹波哲郎が元ネタ。
・佐藤純彌『新幹線大爆破』 : 東京駅で作戦をするシーン、新幹線に爆弾を積んでぶつけるシーンの元ネタ。
・赤井孝美『八岐之大蛇の逆襲』 : 「ヤシオリ」という名称(ヤマタノオロチを酔わせた酒)からすると、ヤシオリ作戦の元ネタはエヴァではなくこちらを挙げるべきであるとの意見あり。また、血液凝固剤を注射ではなく経口投与にしたのは、ヤマタノオロチの伝承に倣ったものか。なお、これに登場する八岐之大蛇は第2形態に似ている。
・山崎豊子『白い巨塔』 : 財前正夫(國村準)、大河内清次(大杉漣)、里見祐介(平泉成)、花森麗子(余貴美子)、東竜太(柄本明)、柳原(矢島健一)、金井(中村育二)の”苗字”の元ネタ。たぶん探せばもっと出てくる。
・安野モヨコ作品 : 矢口蘭堂(長谷川博己)(⇒『ジェリービーンズ』)、カヨコ・アン・パタースン(石原さとみ)、尾頭ヒロミ(市川実日子)、花森麗子(余貴美子)(⇒『ハッピー・マニア』)の”名前”の元ネタ。たぶん探せばもっと出てくる。
適宜追加します
その1はこちら。
We watched the first 10 minutes of Kingsglaive: Final Fantasy XV
By André Mackowiak on July 11, 2016
こちらは、最初の10分間のみの映像を観た人のレポートですが、ネタバレが含まれます。
先週フランスで行われたJapan Expoで大きな出来事となったのが、Final Fantasy XVだ。イベント中、ファンは「KINGSGLAIVE FINAL FANTASY XV」(以下キングレ)の最初の10分のワールドプレミア特別上映などの新しいコンテンツに触れる栄誉に浴した。ちょっとしたサプライズとして、映画を監督した野末武志氏による90分にもおよぶ講演もあった。
壇上で野末氏は、キングレの開発について一歩踏み込んだ解説を行い、アドベントチルドレン(FF7ACC)よりも格段に大きな役割をどのように果たしたかを語ってくれた。
以下のレポートには、ちょっとしたネタバレや、記憶を頼りにプロットを要約したために起きる矛盾が含まれる可能性がある。というのも、最初の10分間にはかなりたくさんの情報が詰まっているからだ。
映画は、いくつかのフラッシュバックから始まり、観客は、ルシス王国を守り続けてきた最後のクリスタルの魔力の概要を知ることができる。
しかし、このクリスタルが敵対するニフルハイムの嫉妬を生むこととなるのである。
開始後すぐ、ニフルハイム兵によるルナフレーナ・ノックス・フルーレの故郷であるテネブラエ自治区侵攻が描かれる。
ここで我々は、幼いノクティスが重篤なケガから回復中であり、車いす生活を余儀なくされていることを知る。
敵兵たちが空から雨のように降下してきたとき、ノクトとルーナは2人とも森におり、周りを取り囲まれてしまう。
強力な相手に二人は追い詰められ、あわや斬り殺されようかというところで、レギス国王が現れ、剣をふるい強力な炎の呪文で敵を蹴散らして彼らを救う。
レギスは素早く意思を固めるとノクトを肩に担ぎあげて、ルナフレーナと共に逃げる。
呪文による炎に逃げ道を塞がれたルーナの兄レイヴスは、倒れた母を救ってくれるようレギスに懇願するが、敵兵が背後に迫っているレギスには届かない。
このままでは逃げ切れないと判断したルーナは突然立ち止まり、引き返して自らニフルハイムに捕らわれ、友人たちが逃亡するための時間を稼ぐ。
それから月日が経過し、物語の時点ではニフルハイムの軍勢はルシス王国の首都インソムニアのすぐそばに展開している。
この「王都」はクリスタルによって維持される強力な魔法障壁によって保護されているが、どれだけそのバリアが攻撃をしのげるのかはわからない。
都市を取り囲むエリアは、すでに帝国軍に制圧されており、城壁部分は空からの攻撃にさらされている。
ニフルハイムの揚陸艇が兵士を降下させ、戦場では銃弾が飛び交い、廃墟と化した建物の周りに死体の山が築き上げられていく。
敵軍は機械や魔導アーマーだけではなく、FFシリーズでおなじみのモンスターさえも操ってルシスに攻撃を仕掛けてくる。
混沌の中をべヒモスが突進すれば、通り過ぎた場所にはルシスの兵士たちが斃れる道が残る。
そうかと思えば別の場所では、巨大な蟲の大群が戦場を横切っていく。
巨大なファイアストームが地平線のかなたに出現し、インソムニアに向かってゆっくりと近づいてくる。
壁の上では、王の剣(Kingsglaive)の魔導マスターであるクロウ・アルティウスが仲間たちと共に町を覆うバリアを維持しようと必死の努力を続けている。
主役であるニックスの親友リベルト・オスティウムは、敵に奇襲をかけようとしている。身につけた制服や装飾品は、FFシリーズのジョブ「忍者」を思わせる。
リベルトは、隠れて相手に知覚されずに複数の敵を倒す術を使う。
空襲が激しさを増すと、地面が打ち震え、建物が崩れ、足元にひびが走る。
嵐が近づく中、我々は敵軍の飛空艇がさらに増え、ケルベロスなどのより危険な敵が出現したことを知る。
嵐の向こう側には、まだ奥の手が隠されていたようである。鎖につながれ、煙に包まれた巨大なモンスターが飛空艇によってインソムニアに向かって引きずってこられる。
モンスターは暴れだし、いくつかの飛空艇を破壊すると、鎖を引きちぎって地上の兵のもとへと落ちてくる。
リベルトは、突進してくるべヒモスの首もとに強烈な一撃を放つことに成功する。一方クロウは最後の力をふりしぼっているが、もはやこれ以上バリアを維持することができそうにない。
王の剣を率いるドラットー将軍は敗北を悟り、撤退命令を下す。リベルトは炎を吐くケルベロスと遭遇し、呪文を使って気をそらそうとするが失敗に終わり、崩れたガレキに挟まれ、刃も手の届かないところに転がるというピンチに陥る。
ニックスは、ドラットーの命令に背き、倒れたリベルトを救うために走り出す。ニックスは、投げた刀のところにワープ魔法を使って移動することができる。
ケルベロスを警戒しつつ、ニックスは戦闘区域外へとワープできるようにリベルトの剣を拾う。
後方に戻った王の剣の隊員は無事を喜び合うが、ドラットー将軍はニックスの命令違反を咎め、彼の力はレギス国王から借りたものであると諫める。
たった10分間の映像だったが、おそらく何時間でもいかにキングレの映像が素晴らしかったかを語り続けられるだろう。それぐらい圧倒的な映像美だった。
何年もの昔、初めて「Final Fantasy: The Spirits Within」を劇場鑑賞したときですら、スクウェア・エニックスがCG業界でトップクラスの才能を揃えており、あの映画が写実的な表現への彼らの最初の一歩となったことは明らかだった。その数年後、アクション満載のFF7ACCでその路線はさらに深まり、ついにこのキングレですべてが結実した。信じられないほどの視覚的なクォリティを実現するために、スクウェア・エニックス内のチームであるビジュアルワークスは、「アサシンクリード」、「ジュラシックワールド」、「ゲームオブスローンズ」などで知られるDigic PicturesやImage Engineなどの欧米のスタジオにも協力を仰いだという。
映画に登場するキャラクターは、あまりにも人間らしいため、うっかりするとコンピューターで生成されているのだということを忘れてしまう。
このまとまりの良さがあるからこそ、合成用のグリーンバックの前で俳優が演技をする従来の映画に比べて映画の世界の説得力が増しているのだ。
べヒモス、ケルベロス、呪文の効果などの見慣れたFFの要素の取り入れられ方も素晴らしい。
個人的には、特にワープのエフェクトが気に入った。ゲーム本編のものと似ているが、人物のまわりに火花が散り、効果音も非常にマッチしているのでとにかくスタイリッシュなのだ。
キングレは、「現実に基づくファンタジー」というコンセプトを驚くほどうまく体現している。
建造物、衣服、技術、車などの中には現実世界を思わせるものもあるが、呪文や魔導アーマー、モンスターとの親和性もある。
2つの世界の融合が、FFXVを単にゲームとしてではなく、より広い観客を対象とした映画として非常に魅力的な存在にしている。
始めのうち、John R. Grahamが下村陽子とのコラボレーションで制作したというサウンドトラックについては不安を覚えていた。
プレビュー映像では、音楽が少し単調で陰鬱すぎるように思われたのだが、最初の10分のBGMは、控えめに言って非常に堅実な出来だった。
ほんの短い時間のうちに、キングレで展開されるストーリーが複雑でワクワクするものになることがわかった。
アクションシーンは「ゴジラ」のように素晴らしく、徐々にモンスターや召喚獣が明らかにされていく手法も良かった。
キャラクターが物語のカギを握るようなので、ニックスとルーナが映画やアニメ、ゲームの中でどのように関わっていくのかが楽しみだ。
これだけのプロジェクトである。映画館で観るのが正しいというのは明らかだ。
10分間見ただけでこの把握力。
訳者は実際に映画を観たので、ちょっと解釈が違うところもあるのですが、あえて訳注はつけないでおきます。
いや、この言葉がポリティカリーコレクトでないことは知っているのだけど、正しい病名を存じ上げないので。
お店の近くに、後ろ姿からでもそれとわかる気違いさんが突っ立っていて、このくそ暑い日に勘弁してくれよ、と思ったことは覚えてる。
ところが私がご飯を食べ始めた頃、その気違いさんがご入店。カウンターの店員に向かって大声で絶叫しているではないか。
手に持っていたスマホでとっさに110番するべきか、それとも逃げるべきか一瞬迷った。その間にも並んでいた女の子連れは逃げ出していった。
まずは店員の反応を見ることに。すると男性店員は距離を取って即応体制を取りつつ、女性店員がなんとか対応している。一見の客ではないのかもしれない。
その後、トレーを受け取った気違いさんは席について、通常ではあり得ない音を立てながら食べ始めたのだった。騒がしかった店内は水を打ったように静まり、BGMだけが鳴り響く。
大前提として、こういった方々に差別的な視線を向けてはならないとか、むしろ優先席を譲らなければならないというのが道徳的な考え方だろう。
だが、もしこの人が包丁を持っていたとしたら? 釧路のイオンのような事件が目の前で起きようとしているかもしれない。東京だからテロが起こらないとは限らないご時世だ。コーランの暗唱でもできるようになっておくべきだろうか。
だからといって、具体的な暴力行為や器物破損は何もしていない気違いさんを「不審だから」という理由だけで通報できるものだろうか?
そんなことを考えながら、じっと身を縮めて様子をうかがっていたが、それ以上のことは何も起こらず、食事を終えたらしい気違いさんは足早に去っていった。
店内には安堵感が広がり、そのうちに経緯を知らない客が何人か入ってきて日常を取り戻した。わたしは食事どころではなく、そのまま席を立ったのだが。
やりきれない気持ちのまま店を出て歩いていると、今度は別の気違いさんが路上で叫んでいるではないか。ああ、今日は猛暑日だったな。
なにかトラブルがあったわけでもなく、誰彼構わず当たり散らしている様子。しかも有名ホテルの目と鼻の先で、家族連れや外国人観光客もたくさんいるというのに。
どうなることか遠巻きに見ていたら、ホテルの警備員が駆け寄ってきて「ご案内」となり事なきを得た。
百歩譲って公道なら、何をしようと勝手かもしれない。だがお店に入ってきて迷惑行為をするような人が、お日様の下を歩いていいのだろうか。私の700円という昼食代は、誰が補償してくれるというのだろうか。
ネタバレ注意。
・突っ込みどころ多いけど全体的には良かった。とても良かった
とても面白いアニメだったと思う。自分の中では今期の中でもかなり上位に入る。
ただ、話の展開の仕方や突っ込みどころ多い設定など、非常にもったいない点が多かった。
中盤以降での艦長、しろちゃんの成長っぷりは見てて感動だったし、戦闘シーンも迫力あって良かった。
終わり方もなあなあに終わらせるのでなく、武蔵を助けてハッピーエンドで終わったのは非常に良い。
登場人物が一人ひとりかわいい。艦橋メンバー以外はそんなに描写されないかと思ったら、所々でちゃんとスポット当たっているのは良かった。麻侖ちゃんと美波さんが特に可愛い。万里小路さんは出てくるだけで面白い。
そして、回を重ねるに連れて艦長やしろちゃんが成長していくのが見えて良かった。5話6話の意見無視単独突撃から、7話で艦橋からしろちゃんを見守る立場になってようやく艦長が艦長らしくなったのは良かった。そこから比叡、シュペーとの連戦に繋がるし、艦長として成長してるのが見えたのは本当によかった。9話でスキッパーに乗る時にしろちゃんに帽子預けるシーンとか、まさにこれが見たかったんだよって感じ。
しろちゃんも艦長の良き相棒って感じで良かった。しろちゃん優秀だけどリーダーになると判断遅くて脆い、ってところがまた良いと思う(海難救助時にあたふたしていたり、シュペー戦で艦を任されたら判断遅くて被弾したり)。暴走しがちだけど即断できる艦長と相性いいじゃん。完璧だ
個人的にくろちゃんは離反するんじゃないかと途中思っていた。艦長の単独突撃にものすごい批判的だったり、「宗谷さんが艦長だったらよかったのに」とか言うし。結局は宗谷さんLOVEなだけだったけどね
1話2話で猿島やシュペーがなぜ攻撃してきたのか、その説明が遅い。ネズミの登場は4話だったけど、もっと早くにそれを匂わせた方が良かったと感じた。3話でミーちゃんが「シュペーの皆が命令を聞かなくなった」とは言ってたけど、船員全員が何者かに操られているとはこの時点では気付かないと思う。あと潜水艦は結局良くわからなかった
3話までの感想は「日常パートと戦闘パートがごっちゃになっていて話が進んでいない」だった。結局その後もシリアスシーンと日常シーンごちゃまぜにして緊張感あるのかないのか分からないように描写していたし、戦闘シーンとかに呑気なBGM流してたけど、脚本や監督はこのアニメで何を伝えたいんだ。どこをオススメしたいんだ。これじゃ分かりづらいよ
4話以降からネズミ云々の話が進むけど、ネズミの話ももう少しなんとかならなかったのかと。はいふりがバトル寄りのアニメだったらネズミを作ったような悪役がいてもおかしくないよなーと思う。実験艦が事故って海底に沈み、火山活動で浮き上がってきたら謎の生物兵器ネズミが誕生、というのはちょっと無理やりすぎるかと。
その反動か、中盤以降は展開がとても良かった。海難救助、比叡とシュペーとの連戦は熱い展開だった。艦長も立派に成長したし、万里小路さんとマッチが完全にネタキャラと化していて面白かった。突入はもう二人と美波さんだけでいいじゃん。竹の水鉄砲は何だったんだ。最終話かわいかったけどさぁ
艦長の成長物語なのでその辺目をつぶるべきなんだろうけど、1話から3話で晴風乗員を守るために戦ったのに5話でスキッパー単独突撃はどういうことなの。しろちゃんの言う通り晴風乗員よりもかちゃんが大事ってなる描写がちょっと弱い(もかちゃん優先になる理由を納得できるエピソードがない)。
そして、スキッパー単独突撃をちゃんと反省していないことがもっと良くない。6話の機雷でも艦長が副長の意見無視するし、そりゃあ気まずくなるよ。乗員の意見聞かず自分の判断で単独行動しまくりなんだもの
あと11話で艦長が戦闘不能になった描写も気になった。8話9話あたりでは何故平然としてたんだろう。もっと早くに気付くべきでしょう。比叡だってシュペーだって一撃当たれば轟沈するのに。武蔵とは危険性そんなに変わらないだろうに。
ただ、11話で艦長が戦闘不能になるのは9話10話から伏線引っ張ってるので、突然戦闘不能にならないだけ良いとは思う。9話で晴風はボロボロになり、10話で皆と仲良くなって信頼関係築けて、そうしたら失うのも怖くなるよね。それ以前に皆を何度も危険に晒しているのはもう突っ込まないぞ
ネズミの扱いが最初から最後まで雑。最終話でも拾われなかった。もう少しなんとかならんかったのかな。設定自体は結構練られてたと思うんだけどなぁ
はいふりが第二のガルパンになりそこなった、みたいな意見をちらほら聞くけど目指すところが違うからなりそこなうも何もないと思う。比較対象として間違ってる。スタッフが一部同じとか似たようなミリタリーものってだけで比べてる人が多い印象。
ガルパンは「スポ根もの+ミリタリー」だし、戦車道はスポーツだから人は死なないし血も流れない。
はいふりは「成長ドラマ+ミリタリー」だし、砲撃されたら死んでもおかしくない設定だ(シュペー戦MVPはエアバッグ)。
ガルパンは最初から「戦車道の大会で優勝する」ことが目的として掲げられている。
はいふりは最初から明確な目的はない。攻撃されたから戦うし、近くで暴走している船が見つかったから戦闘不能にさせようと頑張るし、もかちゃんが助けを求めているのが分かったから武蔵相手に無茶する。
あと、はいふりは成長ドラマだ。正直、西住殿は最初から完璧すぎる指揮官だ。成長の要素がほとんどないレベル100の存在なんだよ。成長してレベル上がっていく艦長と比べるのは酷だよ
ということで再度結論。
・突っ込みどころ多いけど全体的には良かった。とても良かった
あれこれ突っ込みどころに触れたけど、もっと面白くなる余地があったのにもったいないなと思って書いた。
でも、最終回までの持って行き方と最後の展開は本当に良かった。しいて言うなら最終回でもっとミーちゃん出してほしかった。あんなに一緒にいた家族なのに……。
あと、最後に晴風が沈んで終わるのは良かった。乗員だけじゃなくて、晴風も一緒に戦っていたんだな、と
。本当にお疲れさま。
本当に良いアニメだった。OP、EDも良かったけど本編だって良かったよ。
追記:二期があるなら嬉しいし見たいと思うけれど、終わり方的に続かなさそうなのは少し残念。
でも、とても良い終わり方だったから、無理に続編作ってほしくはないなぁ……
追記その二:竹鉄砲について。海水がウイルスに効くのは覚えてました。「マッチは性能良さそうな水鉄砲使ってるのに、竹鉄砲でいいの?」という事を言いたかった。言葉が足りなかった
雨の中早く帰りたいのはわかるよ。
かと言って歩行者の間を減速もせずに縫うように走るのは本当にやめてくれ。
前からベビーカー押した主婦がつらそうに歩いてきてたら道路の右左関係なくまともな人間なら避けるだろ。
それなのにおれが避けたところめがけて後ろから減速もせずにベビーカーとの隙間を通るか?
後ろから自転車が近づいてる音がしたの分かったから、俺も避ける距離小さくしたろ。
だったらそこは一番外行けよ。外。
なんであえて一番狭い隙間を、しかもそんなスピードで抜けていくんだよ!
心底怒鳴りたかったけど、その状況を知ってるのは自分とベビーカーの主婦だけだし、ばばぁもさっさと行ってしまったから死ぬほど我慢したよ。
主婦が怒鳴られたみたいになったらフォローさせるのも可哀想だし。
なにこれ。どうすればいいの。
せっかく電動自転車で生活が豊かになるのに、自分のことしか考えない暴走ばばぁのせいでなんでギスギスしなくちゃならないの?
いや、ほんととにかくばばぁだけ滅びろ。
今から6年前に発売されたアドベンチャーゲーム
ミーハーなエロゲライターヲタだった俺は、あの「書淫、或いは失われた夢の物語。」のライターの新作!?しかも予約特典の小説がロミオに瀬戸口廉也!?ってだけで、後でプレミアついたら困る!!!と思って、
基本すげーケチで中古しか買わん自分からしたらすげー思い切ったよ
まあ結果がどうだったかっつーと、プレミアどころか値崩れしまくりングでただのカネドブだったんだけどね・・・
今じゃ特典つきで1000円くらいだもんなー・・・
結局買うことが目的で、当時は他にいろいろRPGとかもやってたからずっと積みッパだったんだよね
後回しもここに極まれりって感じだな
パソコンとiphoneアプリのギャルゲーに慣れてるせいか、すげードットが荒くて字が読みづらい
そんで立ち絵とかSEとかBGMが切り替わるときにシャーシャーロードがうるせーしおせーしのダブルコンボがすげー地味にストレス
PSPでギャルゲーやるの初めてだけどこんなうざいもんだったのか・・・
なんかひぐらしのtipsみたいなちゃちいゲーム性があって、ただ読めばいいってだけじゃなくて地味にめんどいのもストレス
でもこれだけはクリアしたい
この前焼き鳥屋で初めて出会ったおじさん(子連れ)が、特に会話もしてなかったのに帰り際に急に
「あぁぁぁ!お兄さん! ロック!ロックどうです!ロック好きっすか!? 僕は今年もフジロック行くんですよ!!あぁーーッ!!」
ってがっちりと両手でこちらの手を包むような握手をしながら言ってきたけど、あのおじさん、ちゃんと子供に迷惑かけずに家帰れたのかなあ……?
ロックってやっぱヤベェのかもしんねぇなってゴツゴツした大きな手のぬくもりを感じながらちょっと思いました。
音楽のジャンルとか気にして聞かないから、この人がロックですよ一覧表みたいなのがないと「あ、この人の曲好きです」とも言えなくて申し訳なかったなあ。
ナルトの主題歌になりそうなやつで速いのは大体ロックなんじゃねーのぐらいの認識だから、音楽自体は好きだけど音楽を通して語りたい人とは結構な断絶がある。
そういえばビートルズってロックなの?中学の音楽の授業でヘイジュードだけ聞いてなんか静かだしゆっくりだし辛気臭いなあって思ったけど。