「教典」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 教典とは

2017-08-07

教典の異世界転生もの化ってどうよ?

「昔は宗教で言ってた「あの世は素晴らしい」は今は「異世界転生もの」になってる」って言うこのツイート見て、

もしかして聖書コーラン人間革命とかの本を異世界転生ものの設定にすると売れたりするん?」って思った。

https://twitter.com/coobard/status/893844163296284672

2017-07-17

仏教地獄の条件が細かい

他人田畑を奪い取るために嘘をついた者のための地獄」とか「教典などを学んでいる善人の妻や娘などをだまして犯した者のための地獄」とかすごいレアなケースに1つずつ地獄用意しててやばい

しかも「大きな地獄それぞれに16個の小さい地獄があります」「でもこの地獄には小さい地獄が18個あります」「この地獄の小さい地獄は3個しか知られていません」みたいになってて方便の使い過ぎで整合性取れなくなってる感がすごい

2016-10-09

[]

今回は裏サンデー

グッド・ナイトワールド 38話

予想以上に、事情を知っている人物だったか

知りすぎている気もしなくはないが。

ギルド仲間が実は人工AIで、その人工AIを守るために人権を得るっていう理屈はまあいいとして、その後がぶっ飛んでいるな。

いや、人工AIではなくて、人間というものを再定義するっていう理屈はまだいいんだが、そのためにやることが黒い鳥を使って仲間を犠牲にしているわけだからね、事実上

レア装備の似合う彼女 11

脳みそ吸い取るとか、また高度なプレイきたな……。

ゲーム的なノリの延長線上だからこそ出来ることというか。

劫火の教典 10

つの教祖ができる、その人格形成含めてそれっぽいエピソードをちゃんと作っているのは感心する。

理屈幻想狭間塩梅絶妙というか。

ドルクエ! 8話

なんだ、このリレー小説みたいな展開。

辻褄がある程度あればいいみたいな作風

2016-08-12

[]

今回は裏サンデー

クリミナーレ! 第21犯

えー。

マジで、このままラブコメ路線でいくつもりじゃないよな?

この漫画アイデンティティって、犯罪性を持つ学生たちのドタバタコメディであって、ラブ要素はオマケだと思うんだけどなあ。

仮にやるにしても、もう少し設定や作風を活かしたストーリー展開にして捻ってほしい。

こんなん、今日び没個性範疇だ。

神つり 第1話

あー、小奇麗なだけのオシャレ漫画だ。

バトルが「なんかやってる」だけで魅かれない。

かといってストーリーや展開、設定に面白みがあるわけでもなく。

なまじ画力ある人は、パッと見は読める漫画を描けてしまうからある意味で難儀だよなあ。

秋月さんは大人になれない 第27話

おー、なんか子供みたいな大人秋月だが、子供相手だとしっかり大人してるなあ。

いや、子供の面倒を見れることがイコール大人というわけではないし、むしろ子供みたいな大人からこそ相性がよかったという可能性もあるが。

鉄砲おもちゃは……絵面のインパクトは中々だがネタすぎる……。

桐生先生恋愛がわからない。 28

おっと、ここでこの漫画テーマに立ち返ってきたか

主人公自身恋愛理解する事に対して前向きになった。

私としては、理解できないことを無理して理解しようとする必要はないと思っているけれどもね。

否定することはよくなくても、かといって自分干渉するあらゆるものを受け入れるのはキャパティ的に厳しいし。

理解できないこと自体は拒絶ではあっても、否定ではない。

ただ、主人公にとって自分作品や、自分に関わる人の影響で、その意識を変えたってことなんだな。

今後、それを理解する(できるかも分からないが)ことで物語がどう展開するかは気になるところだ。

これまでストーリーを加味するに、最終的には結局誰もくっつかないというエンドだって十分にありえるし。

劫火の教典 3話

その段階ではないから仕方ないのだが、話がどう転ぶか、どういうテーマ漫画になるかすら3話になっても不明瞭だ。

テーマ性が不明瞭だと、評価する際の方向性を決められないか感想書きにくいんだよね。

だが、期待と不安を煽る要素を散りばめてくれるから読ませてくれる。

ダンベルキロ持てる? 第1~2話

あー、ケンガンアシュラ原作者同じなのか。

路線も絵担当も違うけれども、所々に漂うケレン味はそういうことか。

まあ、ストーリー性も薄いし感想書けるほどの内容ではないけれども、楽しく読めるしいいと思うよ。

2016-04-29

パラリンピック側に日蓮正宗の紋を使った理由

似てる似てない以前に、パラリンピック側の鶴丸紋は日蓮正宗の紋で、創価学会破門されてからは使ってないとのこと。…ちょっとググればわかるのに。

かつて創価学会刊行した「折伏教典」(昭和26年発刊)に次の記述がある。

1)地獄不具者、病者、狂人ルンペン宗教坊主及び信者

2)餓鬼:下級労働者、衣類住居まではとても手が届かず、毎日毎日生活が食を得る為に働いているような人々。アルコール患者拝金主義者。性格異常者。

3)畜生パンパン、不良、泥棒スリ、その他犯罪者

4)修羅兵隊警官拳闘家、将棋、碁を職業とするような、人と争う人間

5)人界:普通平凡に生活している市井人。

6)天界大金持、元の皇族貴族、一国を動かしている大政治家経済家、偉大な軍人等々。

7)声聞学者研究家学生等。

8)縁覚:大作曲家音楽家芸能上で一芸の奥義に達した者、何かの研究を完成した学者等。

9)菩薩二宮尊徳の如く広く社会利益した者。偉大な発明発見 により広く社会利益した者。仏法を広め、衆生に救を与えた人々。

10)仏:日蓮大聖人(御本仏)、釈迦(迹仏すなわち影の仏)、天台(迹仏)、伝教大師(迹仏)等

すなわち、パラリンピック日蓮正宗の紋を使うことで、地獄界(不具者と邪宗)の祭典であることを表現しようとしたのではないか。

2016-01-25

http://anond.hatelabo.jp/20160125135604

俺も宗教法人立ち上げたけど

固定資産税0になるのはでかい

金は貯まる一方だ

ただし信者が増えないからセックス教団のように産めや増やせやで

若い子とオマンコしながら近親相姦おk教義にしたいと今教典編集

2015-09-24

そ/う/か/が/っ/か/い

二世です。

まれながらに、選択肢もなく宗教を保っています

このコミュニティの中で育って、良い人沢山出会ってお世話になっているので、所謂アンチではないです。

この混沌の世の中、宗教を保つことで自分の中に一つの基準を設ける事は有意義だとすら思います別にそれは宗教じゃなくても良いけど。

ただやっぱり、この組織に対して思う事は色々あります

とにかくワタシが思うのは、この組織思考停止を良しとする風潮があるなということ。

なんで布教しなきゃいけないの?という疑問を普通は持つと思うんですけど、そういう事がそもそも言いにくい。

こういうディスカッションをすることは組織にとっても良いことだと思うのに、そういう意見は煙たがられる。

本当にこの宗教有意義で、広めることに意義があると思っているならもっと腰を据えて対話をすべきなのに、

どこか成果主義的な空気があって、とにかく事を急ぐ。

そういう態度が見え隠れするから、勧められる側はどうしたって訝しがりますよね。

※ちなみに布教する側になんらかのインセンティブがあるわけではありません。なのになんでこんなに成果主義的なのか理解できない・・・

芸能人とかを呼んだセミナーに誘ってその流れで入会までさせようとする、という事もあるみたいで、

そういう行為一つ一つが組織品位を落としているんじゃないかなとも思います

でもまぁ折伏布教)第一やっていうことが教典御書といいます)に書いてあるので、そこを否定すると元も子もないのかもしれません。

そこを時流に合わせて丸めていくのが世俗化なんじゃないかなとも思うんだけど。

ご存知政権与党に対する選挙協力も同じような感じです。

ただ、安保法案の件で今までとはちょっと違う空気が流れているのを感じています

安保法案反対を唱える層が組織から一定数出てきた事は、組織が持つ反戦思想を考えるととても自然です。

ただ、それは党の方針と完全にかち合うわけで、学会=党の図式に揺らぎが少し見えています

このまま決別してもそれはそれでアリなんじゃないかなとは思うんですけど、やっぱりそういうわけにもいかないので、

上のほうでは色々考えているんだろうなぁと思います。次の選挙ではなんて言われるのかな。

ちなみにワタシは賛成派ですが。

以上、とりとめなく書いてみたのですが、文才がないのでなんとも中途半端ですね・・・

でもワタシ以外にも色んなことを思っている人はいるだろうし、もっとそういう人に声を上げてもらいたいです。

ただでさえ宗教アレルギーの強い国なんで、せめてブラックボックス化せずに開かれた組織になればいいなと思っています

辞めちゃったら、それはそれで色んな人に申し訳ないので。

2015-02-15

毎日寿司教作りたい

毎日寿司食べることを教典に書いて、

寿司食べなきゃいけないけど、お金かかるから

から補助金出してもらって、

毎日寿司食べたい。

2014-12-01

anond:20141130183016

・以前は宗教者、世捨て人としてそのようなことがあった。

・今はある種の企業職業がそれを代行している部分がある

・・お客様神様なので従業員はささいな報酬以外すべての生活神様にささげる

・・それでは生きていけないので二次的に生活代行者としての「主婦」を要求することがある

・・ブラック企業と呼ばれることがあるが、自営業はむかしかブラック気味だった

・また、やむを得ず半生をヒトの世話に費やすひともいる

・・子供に障害があった、親が倒れて介護必要になったなど

 

まとめ:望まなくてもそのような事態になることは多々ある

そこで重要なのは「捧げさせられた」とか「生涯を捧げた」ではなく

自分自由意志判断した結果現状がある と思えることである

「捧げよう」という意志教典一冊よんで1日続く程度の気まぐれの結果であり

宗教企業という団体同調圧力でもなければ長続きしない。

ヒトの本能に反するからだ。

ただし「あの人は捧げてる」なら言ってもイイッ(プロシュート兄貴参照)

2014-11-17

http://anond.hatelabo.jp/20141117223655

どうもこのサイト商売っ気がしていけない

さっさと教典を書き上げキンドルで売って資金にしなさい


いいから教典を書くんだ

2014-11-03

日本人とそれ以外の国の「宗教」に対する価値観の違い

外国人と話していたとき英語)、「宗教」と「排他的宗教」同士のぶつかりあい宗教戦争)について

話題になり、「日本人宗教は何か」と聞かれ、

「今の日本人基本的には「無宗教である

と伝えると、大抵は、「非常識」と訝(いぶか)しがられたり、「信じられない」と不審がられる。

これは世界的な標準を推定してのことだ。

言い方を変えて、

基本的には「神道」で、やや「仏教」寄りだが、「キリスト教」に基づくクリスマスも混在しており、

日本人にとっては、冠婚葬祭時などの儀式的なものしかなく、どの宗教を信じるかは自由であり、

無宗教」と言う人も、「神道」には則しており、しか強制力もなければ自覚もない。

排他的思考や、害をなさな宗教であれば、何を信じようと自由だと思う」

と詳しく伝えると、何故か感動され、理解された。

実際、「自分無宗教だ」と言う日本人は、非科学的な「経典/教典」を用いる宗教には興味が無く、

信心を捧げるのは、「科学技術」に対してだけだ。

この点は、外国よりも優れた技術力を持ちうる要因の1つだと言える。

余談だが、

ユダヤ教教徒の子供は、自動的ユダヤ教である」という馬鹿みたいなことを、世界は信じるが、日本人には理解不能だ。

イスラム教」については、「レイプされた女性は、3人以上の証人がいないと逆に死刑レベルの罪になる」とか、

聖戦(ジ・ハード)」という言葉を利用して、何でもかんでも「ジ・ハード」と叫び過激派が生まれる特徴も、

日本人には理解不能ではないかと思う。

2014-08-15

もしかして新人さんは生長の家信者?

父方の祖父がずらりと教典本棚に並べていたので子供の頃に読んでいたが、

生長の家教典はすべて旧かな旧漢字だった。

新かな新漢字アメリカ押し付けからケシカランという主張だったと記憶している。

新人さんが他のことでも教義を主張するようだと面倒くさそうだ。

http://anond.hatelabo.jp/20140815002037

2013-11-07

http://anond.hatelabo.jp/20131107194349

現在よりも子育てがちゃんと出来て当たり前っていう風潮になってた分

そうなのか?個人的には、現代の方が子育て宗教化してて教典に反した者は宗教裁判にかけられて処刑される感じで大変そうなイメージ

2013-11-04

http://anond.hatelabo.jp/20131104000421

まず、語の定義として、ゆるく

 ・ある程度の定義・教本があり教義のある固定化されたもの=「(狭義の)宗教

 ・厳密な定義、教本の類がなく、習俗・習慣的に行われるもの=「信仰

…と呼ぶ。これは、人類学かなんかにおける定義だけど、分かりやすい。で、この二つを総称した「非合理的に何かを信じること」一般を「(広義の)宗教」とする。この辺をごっちゃにすると厄介。

で、かつての日本の「神道」や「神社」というのは、まあ乱暴に言えば元増田が言うような存在であり、上の定義で言うところの「信仰」だった。「古事記とか日本書紀とか昔からあんじゃねーか」と言うかもしれないけど、読んだことあんのか?あれは歴史書だよ。別に宗教教義が書いてあるわけでもないし、拝み方やらあがめ方、生き方を規定しているもんじゃない。神話だよ神話。大体、古事記日本書紀に出てくる「神」なんて、おおよそろくなことしてねーだろ。鳥の真似してセックスして死んでゾンビになっておっかけっこしてろくでなしの子供つくって岩屋にこもって人間迷惑かけて裸で踊り狂って酒飲んで酔っ払って……なあ。どこをどうあがめろっつーんだw

しかし、そこには一定の「信仰」の姿や概念は描かれていなくもない。超越的な神のいない世界豊富な水に守られた農耕民らしい「清め/穢れ」の概念を基盤に、あらゆるものが神となり、つぎつぎと生命が生まれ継がれていく世界観……みたいな、漠然とした民間信仰世界は描かれている。たぶん、そういう世界の中で、日本人はそれこそ「餃子神様にしちゃう」勢いで、信仰生活を送っていた。

それが、明治維新により「国家神道」を作ることになった。それは「(狭義の)宗教」としての「神道」だ。そのとき、これまでいい加減な神様を祀ってたあらゆる神社は、全て「日本書紀(という教典)に基づく、神としての皇室祖先祖先神を祀る神社」にすべし、となったんだ。その後、「皇室に対して大変貢献した存在を神とする神社までは許す」ということになった。靖国神社ができたのは、その流れってわけだ。この新しい宗教国家神道」観に基づく神社の再編つーのは、明治のはじめの結構とてつもない作業で、由緒ある餃子神社のたぐいはこの時期あらかた「再編」の名の下にぶっ壊されたり、拝んでた神様を変えられたりした。それは知っておくべきだよ。

から、今ある「(明治国家神道から生まれた、宗教としての)神道」と、もともとの意味での「(日本人信仰としての)神道」とを、あまりごっちゃにしない方がいい。明治にできた国家神道観点からは「餃子神社」なんて邪教は認められないし、「(狭義の)宗教であるところの「国家神道」としての神社には、当然ちゃんと教義教典があって拝むべき対象は規定されているのさ。

2013-04-25

[]体験談 ほーの華

天華の救済の前身団体、法の華三法行(法の華)についての体験談

帰り、男女5~8くらいの集団でこーえんにいると円陣、正面に最高ですか裏には似たよーな文句の書かれた布を上着代わりに…。

そしてみーちんぐが終わり散らばると道行く人に「さいこーですか!」と繰り返すだけ。

17だったあたくの所にも訪れます公園で話したり休憩してる人間に対しては、いい印象を受けると立ち止まります、輪に入ろうとします、勧誘ですね。

あたくしはうざいから、軽くキレて終わらすくらいでした。

この方々「さいこーですか!」は質問してる訳ではなく言ってるだけ押し付けにも聞こえますが何よりあのにこにこした奥の目付きは怪奇

週5で約五ヶ月くらい10~60分くらいいましたが毎回違う人間がほぼ毎日声掛けてくる層の厚さが印象的でした。

深夜12から翌昼の15時まで、そこから歩いてましたがあたくし車だったか寝不足とまだ酒残ってんじゃね?て事で連れが車はだめと言い、しばらく昼下がりの公園でぽーしてましたら数年振りに団体を見ました。

渋谷交差点とかに単品はよく居ましたが学校卒業してから宮下公園にこんなに滞在したの初だったので久々だなーと…。

連れ「あいつらってさうろうろなんなんだろか?」

あた「ほーの華…」あたくしはこの頃は彼等の正体把握済みでした。

ただ、気になったのは昔に比べ随分減ったって事、この公園に一度集まり散らばるスタイルだった筈だから今あそこに居るのが今日渋谷チームの数なんだろーな、あの頃の半分くらいだなと勝手心配

偶々かもだし活動場所を変えたかもだし大して気にしませんでした。

連れ「あー、福永なんたらね…どエライ訴訟数で大変になりそうなとこ。」

どうやら端くれはそーゆー話題がめちゃくちゃ拡がる前にノータッチジャンルでも知ってる模様。

あたくし「そうなんだ、だから随分減ったのか?」

あたくしが此処で昔遊んでた話しやこいつらを昔見た話しは済んでいます

連れ「もうやばいんじゃなかったかな。なんか万単位人間から何百億をお布施って事で……みたいな。」

その場でネット検索をするツールを酒呑み後が持ち歩いてる訳がないし、ノートパソはやや重たい世紀末

彼は知ってる範囲のあやふや情報を授けてくれましたが………どーでもいい。

ピークと言われた頃に、しょしょしょしょしょしょしょーこー♪が逮捕戦後最大のカルト教団として連日報道されていた際にエライとばっちりを受けて叩かれた複数の新興宗教の中にこの法ノはながあったのを思い出しました。

そこから付随し信者離れや訴訟の流れになったのかなぁと円陣から散らばったそいつらを眺めながら考えていた………てゆーか散らばったよ…。

散らばったら彼等は目の前にいる人間を導く使者となります

あたくしは寝不足クソだりーから離れようと考えましたが有料駐車場がこの公園真下……もうちょっとも動きたくないって何となくこの体調なら理解できますよね?

徐々に近寄って来ますロックオンは終わっている筈。

信者(きびきびしてる動きや口調から推定45歳だがどう見ても身なりの汚さと肌自体は普通だかシワの多さ深さが60歳。明らかに苦労やストレスに依る顔面は口角も下がり痛々しい)がにこにこで来ます

信者さいこーですか!」「さいてーです」←この返しは数年前にあたくしがした最低な返し、初遭遇ならまぁありだが。常連は無い。

信者さいこーですか!」

あたくし「さいこーですな…そちらは?」

フルシカト信者、連れに「さいこーですか!」

連れ「うるせーばか、ばか!ばか、ばか」

ちょっと笑みが消えましたがこんな煽りは慣れてる方達。

信者何故かフルシカトしたあたくしに(冷たくされたりキレられたりしたら普通に接してくれたとこに戻る傾向がある)「さいこーですか!」これにはちょっとあたくしかちんときまして…。

いからつづく

ほーの華 | 知ゅぢんしぃ

続き

あたくし目をジッと見詰め

「………では、逆に聞こう…」

信者「え?」

恐らくこの展開は彼女には初でしょう。

あたくし「空遥、相当の苦難を乗り越えたとお見受けする…時代錯誤なその風貌から想像もつかない未来に何かを期待した表情……最たる高みを諭してくれるのか?話してみなさい。」

信者「……え?…さ、さいこー…ですか……」ザコめ。

あたくしの言葉…とても浅いがそなたとかおみうけとか言っておくといいのさ精神

連れ「ぉぃ…………ぉい(笑いを堪えている)」

あたくし(椅子くらいの高さの柵に座ってたが立ち上がり近寄り目を見詰め)「さあ、答えなさい、空遥にとって刀とは何か?」??????となりましょ…信者、連れ、やや後方待機様子伺い信者全員ぽかんです。

後方待機は格上らしい、引っ張れそうな話を聞いてくれてるのがいるとタイミング良く現れ畳み掛ける、どこぞの商人とか二人組で家にやって来ますが一人は後方待機もそれ。

信者「………ぇっと…えー…うーん」

連れ小声「かんがえるのかよ……」

あたくし「空遥はその最高ですかと問うのを哲学の刀と?真理の刀と?…物理的武装を纏わない最高の武器とするのかな?それは違う、我がくるじんしんの会(咄嗟の会名だが役立つ)での刀、つまり刀の様な扱いの武装無き武器は最高ですかではなく…。」言葉を止めるあたくし。

信者「なんですか…それは?その言葉は?」

え?真っ直ぐあたくしを見詰めています…改宗チャンス?いや、しなくていいさせなくていい来なくていい……狂人神の会なんてないのだからちょっと前にやっぱ頭おかしいなー話ししてた流れだから…。

しかし、後には引けない。

俯き、何かが入ってきたかの如く顔を上げ彼女を見詰めて…真っ直ぐ澄んだ瞳(推測)で言った。

「狂ってよかたいねー!!」…………暫くの沈黙→笑う連れを制止、終われないまだ広がるぞ的に睨むあたくし。

連れ「すいません、突然その言葉をシューキガイチが仰るから嬉しくなり…。」今度はあたくしが笑いそうになり俯きます。誰だよ…しゅーきがいちって……。

何故かエセ博多系だし…。

かなり支離滅裂を何故記憶してるかと言うと連れが「さいこーですか!」の生録をしたいから回してたのよテレコ

呑みで会う前に誰かのインタビューしてたらしい、誰か忘れた。

「どれ、空遥の信仰する教えがどのくらいの我がガイキの知(キチガ○からあたくしのネームを付けてくれた事で浮かんだ)の思想と交差しいるか見せてくれ。」と言いながら小冊子とアンケートを受け取ります

「これは…更なる高みなのか?」と連れに見せたのは何て事無いなんたら集会報告のページだったかな。

連れ「確かに…だが、しかし…。」

あた「そうだな、やはりこの剣では…。立ち去れ…これは我が思想と掛け離れた剣。」刀と言ってたのを忘れてます

信者「なにがどう違うのですか……。」

あたくし「話しにならない…この教典に列挙されし内容は既にガイキの知では刀ステージで完結、刀ステージとは入信一年未満が脳に刀パルス赤浄化を流されて行う修行だ。」

信者「そうなのですか…がちきのきって団体は存じ上げませんが…あなたはどのくらいの…」

………なんだよ「がちきのぎ」って笑いそうになりますしかし、この時点で何て言ったかちょっと微妙になりツッコミません。

連れ「彼は刀称号156Aクラス、つまり剣ヤンバーのトップって事、あんたすげー人に教えを説いてもらってるんだよ。順位で表すと………」

思い付かねーかよ!と言いたいあたくしは「弾きエモスリアの刀だよ。」ここちょっと聞き取れないのですがこんな感じ。

連れ「ぷっ…」と吹き出したのを「ぷっ……うーん」と無理矢理伸びをしてた。

信者「かなりの御方なのですね。道理で…」と言いながら格上に目配せをします。

やばいだろ…話しが長くなりキレる終わりしか見えなくなる、撤収だろ。

あたくしは話しを終わらせたくアンケートに目をやり「今後の空遥の自慰の系譜に役立てなさい、書いておこう。」と今日一意味不明を呟き、ぺらぺらのアンケートトップを見た瞬間…………「素晴らしい……これは?帰るぞマグソギラ(思い付きネーミング)空遥の未来に私達の教えは要らぬ。」と去りました。

「てゆーか、何か書いてあったの?」

あたくし、アンケートを見た瞬間に限界に到達、後、数秒で爆笑しぶち壊す

とこでした。

アンケートの1問目…あれは卑怯だわ。」

1、福永法源師が天声を聞く唯一の者である事をあなたは……

A、知っていた

B、今、知った

……………おぅ……B…かな。

ほーの華2 | 知ゅぢんしぃ

アンケート「今知った」

A、知っていた

B、今、知った

例の2択アンケート幸福の科学のものとして知られるところだが、どちらがオリジナルなのか。

2012-11-21

[]エホバの証人信者っぽいはてなユーザー

id:sawakimiによるエホバの証人信者っぽい立場からはてなキーワード編集がみられます

目ざめよ!

エホバの証人が毎月1冊発行している小冊子。

http://d.hatena.ne.jp/keyword/%CC%DC%A4%B6%A4%E1%A4%E8%A1%AA

はてなキーワード洗脳…じゃなかった布教ですか?

スタイルプラス

スタイルプラス株式会社は、愛知県名古屋市東区本社を置く不動産業者。

http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%B9%A5%BF%A5%A4%A5%EB%A5%D7%A5%E9%A5%B9?kid=287231

この会社エホバ宗教の息がかかった会社とみなしてよいのですかねぇ?

キリスト教

-1世紀初頭の[[パレスチナ]]で「神の国の到来」を宣べ伝えた結果、ローマ帝国政治犯に行う極刑十字架刑)で抹殺されたユダヤ人、ナザレの[[イエス]](BC4年以前~AD30年没)を救世主メシアキリスト神の子)として仰ぎ、彼の行動と教えを中心に神の愛と罪の赦しを説く宗教+1世紀初頭の[[パレスチナ]]で「神の国の到来」を宣べ伝えた結果、ローマ帝国政治犯に行う極刑十字架刑)で抹殺されたユダヤ人、ナザレの[[イエス]](BC2 Ethanimの月(9-10月) ~ AD33 Nisanの月(3-4月)14日、金曜午後3時没)を救世主メシアキリスト神の子)として仰ぎ、彼の行動と教えを中心に神の愛と罪の赦しを説く宗教

http://d.hatena.ne.jp/keywordlog?klid=1403392

キリストの生年は「BC4年」が定説だと思ってたのですが、「BC2 Ethanimの月(9-10月) ~ AD33 Nisanの月(3-4月)14日、金曜午後3時没」というのはそちらの教典に由来してるのですか?」

「Ethanimの月」という聞きなれない言葉は、ユダヤ暦の、日本語でエタニムの月と表記し、

エホバは,取り入れの祭りのことを「年が去って行くころ」,また「年の変わり目に」行なわれる祭りと述べて,1年の変わり目の月としてのエタニムに言及されました。(出 23:16; 34:22)また,ヨベルの年の始まる月がアビブの月ではなく,このエタニムの月であった

http://wol.jw.org/ja/wol/pc/r7/lp-j/1200260038/52/4

ユダヤ暦のほか、エホバの証人の用語といえます

一般に用いられている暦である西暦をごく狭いコミュニティ間で使用されている「ユダヤ暦」に改竄するのははてなキーワード趣旨に反すると考えます。「はてなキーワード作成・編集ガイドライン 」の「キーワードの説明として不適切であると考えられるもの」の「中立的でない偏った内容」、「自分しか意味がわからないなど、他の人に理解できない内容」に抵触すると思われます

聖書

新世界訳聖書』 - エホバの証人が利用している聖書。神の名前としてエホバが訳出されていることが特徴。販売はされておらず、エホバの証人を通して入手することができる。インターネット新世界訳聖書の全文が無料で公開されている。

id:biblememoの編集ですが気になったのひとこと。異端とされる宗派聖書を同列に記すのは「はてなキーワード作成・編集ガイドライン 」の「キーワードの説明として不適切であると考えられるもの」のひとつ「中立的でない偏った内容」に抵触すると思われます

id:sawakimiは他にも、ものみの塔エホバの証人新世界訳聖書新約聖書などをキーワード編集しています

2012-04-11

オウム真理教ナウい教化法”を実践した広瀬死刑囚手紙 vol.5

【vol.4「恐怖心の喚起」】はこちら。

規範意識を変容させる集団

 これまで、「宗教経験」、「恐怖心の喚起」について述べさせていただきました。次に、これらを基礎とする思想に沿うように個人の規範意識を変容させ、常識から逸脱した思考や行動をさせる集団の作用について補足致します。

 オウムにおいては、集団の作用によって、教団の規範客観現実性が付与され、さらに、信徒規範意識が変容したと思われます

 オウム信徒の多くは、教義どおりの宗教経験をしていました。そのため、次のように、宗教経験のものの「個人性現実性」に「社会的現実性」も加わり、信徒は個人的な非現実宗教経験客観現実であるかのように認識していました。

 現実性とは、当該の所信の内容が客観現実としてあたか存在しているような感覚の程度であり、個人的現実性とは社会的現実性の二つを仮定する。個人的現実性とは、当該の所信の内容が直接知覚や論理的推論といった個人的経験を通して客観現実としてあたか存在しているような感覚の程度である社会的現実性とは、当該の所信の内容が他者の経験や他者によって合意されているといった間接的経験を通して客観現実としてあたか存在しているような感覚の程度である

西田公昭 一九八八 所信の形成と変化の機制についての研究(1) 実験社会心理学研究、二八、六五-七一

 そして、オウムにおいては、信徒たちが客観現実として認識していた宗教経験を根拠とする行動規範が定められていました。ですから信徒にとっては、その規範現実的だったのです。

 たとえば、殺人を救済、すなわち「善」とする規範は、前述(本文三十一頁)のように、輪廻転生、麻原の救済能力、および現代人の苦界への転生などに係わる宗教経験に基づいていました。一般的な社会通念は「命は地球より重い」ということですが、それが「この世の一生限りの命」などの日常経験に基づいているのと同様です。

 ところがオウムでは、日常経験のほうは、宗教経験によって幻影とみなされ、無意味化されていました。そのために、宗教経験に基づく行動規範が一般社会のものに取って代わっていたのです。

 実際、信徒は教団独特の規範に従い、麻原の指示であれば殺人まで犯しました。信徒見地からは、教義の世界が幻覚的経験によって現実として知覚され、加えて、周囲の人たちもその世界観合致した思考や行動をしていたため、教団の規範現実的に映っていたのです。つまり、教団内では教義そのもの世界が実現しており、信徒はその中に没入している状態でした。

 以上のように、オウムにおいては、信徒規範意識が教団で通用しているものに変容し、信徒常識から逸脱した思考・行動をしました。集団のこのような作用について、次のことがいわれています

 そもそも人はいろんな信念を抱いている。その中には善悪規範基準になる信念も含まれる。これらの信念は親、教師、友人、知人、などと相互作用を行いながら獲得され、社会的な共通性ができあがっている。しかし形成された信念がどうして「良い」とか「悪い」といえるかの判断基準は、所属する社会における暗黙の価値観に左右されるものであり、個人が所属意識をもって参照する社会集団によって左右される。

西田公昭 静岡県立大学大学院准教授作成広瀬健一に関する「意見書」)

 カリスマグループでは、集団凝縮力(全員を集団に従事させ続ける影響力)、共有信念、変容意識行為の基準、およびリーダーの魅力の影響は、公然の強制がなくても、行動の服従を強い、感情を変化させる作用をする。

 バイオンやエズリエルのような集団心理の理論家は、個々の構成員の意志にかかわらず、避けられない問題が集団においては現れることを指摘してきた。不可解な個人の行動を彼らは説明するが、それは依存的傾向や闘争―逃避パターンのような、集団につきものテーマの現われかもしれない。この点については、集団が構成員をあたかも一つの集合体に変えるようなものである

(前出 引用英語で分からず。)

 そのほか、カリスマグループ規範が、全員の本能的要求の表出や行動を統制することが報告されています。(本文四十三から四十四頁の引用)。

 以上のように、集団には個人の規範意識を規定する作用があるとされています。したがって、集団に係わる場合、それが全員の規範意識を一般社会のものと異なるように変容させないか確認すべきだと思います

 まず、集団の全員が共有する「ビリーフ」が適切に合理化されている必要があるでしょう。たとえば宗教では、教典自体には非現実的な表現が見られることがまれではありません。しかし通常は、そのような表現は、信仰日常生活の間に摩擦が生じないように、合理的に解釈されています。集団の全員と会話をしたときに、なぜその人の「ビリーフ」が形成されたのか理解に苦しむ場面があるならば、その集団は「ビリーフ」の合理化がされておらず、全員の価値観規範意識を不適切に変容させる可能性があります

 項目の選択に偏りがあるかもしれませんが、次の点の確認も必要でしょう。

 

 

指導者や教えへの服従がないか

 その服従が、たとえば宗教上の指導におけることのように、範囲が限定されているように見えても要注意です。実質的には、それが生活全般に及んでいることがありますいかなる状況においても、全員個人の判断が尊重されている必要があります。また、教えに疑念を抱くことや脱会が制限される場合は問題です。

 

 

○過度に厳しい規制がないか

 思考や行動に関する道徳的規則が、社会通念と比較して過度に厳しい場合は、一般社会における生活がしにくくなります。その結果、社会から離脱が促進されることもあります。また、規制違反に対して、過度の恐怖が喚起される場合は問題です。

 

 

自己を否定されないか

 自己を否定されると、指導者に服従する結果になりますオウムにおいては、信徒煩悩を有している。(本文二十頁)ために正しい判断ができず、それが可能なのは最終解脱である麻原だけだとされていました。

 そして、それは私にとって、体験的にも事実と思われました。私は自身が悪業(カルマ)で汚れていること、また、麻原だけがそれを浄化できることを感じていたからです。(本文二十八頁)。

 結局私は、それまでの人生煩悩や悪業を増大させるだけのものだったことを認めざるを得ず、自身の経験や知識を信頼できなくなりました。これは、私が愚かにも麻原に従った原因の一つです。

 

 

○会員が一般社会から離れ、集団生活に入る傾向がないか

 一般社会を非合理的に否定する教えを説き(本文二十七頁)、全員をそれから離し、集団生活に誘導する集団は問題です。全員の価値観規範意識は相当程度変容していると考えられます。集団生活に入った後は、さら規範意識の変容が深まり違法行為に及ぶ可能性もあります

 

 

 次の内容は、麻原が信徒出家を訴えていた昭和六十三年十一月(本文二十七から二十九頁)の彼の指示です。「人材をぬきとる」など、人材を集める強い意志が感じられます。これは教団の大師(解説・悟りを認められた高弟)のメモで、一般信徒には明らかにされていませんでした。

六十三年一一月五日は黙示録予言を麻原が七つの予言その後世界戦争、二〇〇〇年まであろ一二しかない

滅亡の日の出版しろと

一五日、オウム方向性旧約聖書によるとオウム時間はあと七年、石油になってハルマゲドン、ソ、米、日本世界大戦

デザイン編集プロパガンダマシン完璧に成りきること(人材経済力のためでもある)

一、新信徒の獲得

二、人材ハンター(ブレーンハンター)(信徒の中から選ぶ)

三、大学理教化学人材をぬきとる

四、ドクター医学)を集める

五、美人を集める(看板

六、経済的センスを持っている人間プロパガンダ広報

七、法律専門家

八、大師(一人で二~三億)が五〇〇〇人

九、建築班一〇〇〇人

一〇、七年後大師だけで一四五〇〇億

 なお、右のように、麻原は理系人材の獲得を重視していますが、それは当時既に、科学技術を用いた大量殺人である「ヴァジラヤーナの救済」を意図していたためと思われます。実際、昭和六三年十月二十八日、麻原は出家者に対して次の説法をしていますが―在家信徒がこの説法を聞くことは禁じられていました―、「ヴァジラヤーナの救済」を宣言した説法(本文三十二から三十三頁)においても、「残すべき者以外はポアする」旨説いていました。

 近ごろ私は心が少しずつ変わってきている。動物化した、あるいは餓鬼化した、あるいは地獄化したこの人間社会というものの救済は不可能なのかもしれないなと。新しい種、つまり、今の人間よりも霊性のずっと高い種、これを残すことが私の役割かもしれないなと。


【vol.6「まとめ」】へ続く。

2011-02-02

遺伝子はいから神になったのか

遺伝子はいから神になったのか」

http://blog.goo.ne.jp/rebellion_2006/e/4e65f758359c279f2fd19c0bc9b0d20b#

このような記事があがっていたので、目立つように投稿

俺のコメトラバも受け付けてもらえなかったので、この記事から目に付いて読まれればいいなと。

書いた方はいろいろ誤解しているので指摘です

キリスト教では、神が残したものが二つあります

それは、「この世」と「聖書」。

神の教えを知りたければ、そのどちらかを、または両方を知ろうとしなければならないのです

それがキリスト教圏での基本的な考え方。

から西洋では「この世」を知るために自然哲学が発展したわけ。

クリスチャンは、自然を知って神の教えを知り、征服していくことが神に忠実な姿勢だと思ってたの。

それが神への正しい姿勢だったわけ。

で、当然全ての造物主が唯一の神なのですが、人間ももちろん被造物であるわけ。

そして人間は、他のどんな生物とも違う尊い存在なわけ。

まずはそこまで理解して欲しい

で、今でも自然科学が最も発展している西洋人が、クローン技術などを「倫理」で批判する理由にいきます

人は、自然法則を理解して、他の生物をいじることが可能になったとしても、それは動物相手だからある程度いいわけ

でも、人は人を作ることはできない。というか、あってはならない。

それは人を動物に貶めることであり、神しか作れない人を人が作ることであり、それは神を冒涜することだから

それが、西洋人の言う「倫理」。

でも日本は、アミニズムの国、八百万の神がいる国。

あるがままが美しいとする国。

から日本人はこの問題を「え、そこまでしていいの? そんなのいじるのって気がひけるし、あるがままでよくない?」って思想を「倫理」と呼んでいるのです

それはもう完璧に、「倫理」って言葉を誤解してるのです

から日本人的な「倫理」を西洋人は気にしちゃいないわけ。

それでもまあ、国内で言う「倫理」も国内では無視しちゃいけないかもしれないけど、こういう技術に関しては世界で統一した基準が必要なんです

そうしないと何の意味もないからね。

からクローン技術に関する「倫理」を語る場合は絶対に世界標準の「倫理」の話をしないと意味をなさないんです

それを理解している人が専門家にも少ないから、日本人は相手にされてないんです

外人もそういう場で「神が、神が」みたいな話しないからね。

もちろん外人ダーウィン以降、人は神から作られたんじゃなくて他の生物から進化したとかは渋々認めざるを得なくなったけど、根の考え方というか感覚的な思考というか、信条的なスタンスまでは揺らがないわけ。

ま、もちろん両国とも、「命をオモチャにるする」ような行為については共有された「倫理」を持ってはいますけどね。

その辺を誤解して、というか混同して議論すると世界的な枠組みが出来上がるはずがないわけ。

それなのに、

そして発せられるのが「道徳的には」あるいは「倫理的には」という問いですが、しかるにDNAを神聖不可侵なものとして扱う道徳倫理なんてのは随分と歴史の浅いもので、それこそ「作られた伝統」の類ではないでしょうか。遺伝子を扱う技術に関しては宗教界からの論難も多々ありますけれど、その教典に「DNA」なんて言葉が書かれた宗教なんて、それこそごく一部の新興宗教だけのはずです。にも関わらずDNAに触れる技術を神の教えに反するものであるかのように考えるのは、すなわち遺伝子を神と同一視しているようなものと言えます

このような恥ずかしい意見を堂々と書く人もいる。

遺伝子を神と同一視してる」なんて、完全に逆の捉え方をしている。

遺伝子は神聖な被造物」だからこそ「倫理的に問題」なわけ。

教典に直接 DNA と書かれてるわけはないけど、「アダムとイブが~」って話がすでに人による人の改造を禁じているわけです

そこを理解すれば、自分で書いたものを読み直せばちょっと恥ずかしい気分になると思う。

あと、私は生命科学者なので一応言っておくけど、DNA物質名前

DNA がつながっている」「DNA継承」は誤用で、「血がつながっている」「遺伝子継承」のほうが適してるかなー。

倫理」についても、「DNA」についても、誤解している人が書いているなあ、と気になったので、一応指摘でした

ま、遺伝子操作を神聖視しすぎずに、柔軟に考えたらいいんじゃないのーって論旨には同意です

http://blog.goo.ne.jp/tbinterface/4e65f758359c279f2fd19c0bc9b0d20b/d3

2011-02-01

http://blog.goo.ne.jp/tbinterface/4e65f758359c279f2fd19c0bc9b0d20b/d3

http://blog.goo.ne.jp/rebellion_2006/e/4e65f758359c279f2fd19c0bc9b0d20b#

キリスト教では、神が残したものが二つあります

それは、「この世」と「聖書」。

神の教えを知りたければ、そのどちらかを、または両方を知ろうとしなければならないのです

それがキリスト教圏での基本的な考え方。

から西洋では「この世」を知るために自然哲学が発展したわけ。

クリスチャンは、自然を知って神の教えを知り、征服していくことが神に忠実な姿勢だと思ってたの。

それが神への正しい姿勢だったわけ。

で、当然全ての造物主が唯一の神なのですが、人間ももちろん被造物であるわけ。

そして人間は、他のどんな生物とも違う尊い存在なわけ。

まずはそこまで理解して欲しい

で、今でも自然科学が最も発展している西洋人が、クローン技術などを「倫理」で批判する理由にいきます

人は、自然法則を理解して、他の生物をいじることが可能になったとしても、それは動物相手だからある程度いいわけ

でも、人は人を作ることはできない。というか、あってはならない。

それは人を動物に貶めることであり、神しか作れない人を人が作ることであり、それは神を冒涜することだから

それが、西洋人の言う「倫理」。

でも日本は、アミニズムの国、八百万の神がいる国。

あるがままが美しいとする国。

から日本人はこの問題を「え、そこまでしていいの? そんなのいじるのって気がひけるし、あるがままでよくない?」って思想を「倫理」と呼んでいるのです

それはもう完璧に、「倫理」って言葉を誤解してるのです

から日本人的な「倫理」を西洋人は気にしちゃいないわけ。

それでもまあ、国内で言う「倫理」も国内では無視しちゃいけないかもしれないけど、こういう技術に関しては世界で統一した基準が必要なんです

そうしないと何の意味もないからね。

からクローン技術に関する「倫理」を語る場合は絶対に世界標準の「倫理」の話をしないと意味をなさないんです

それを理解している人が専門家にも少ないから、日本人は相手にされてないんです

外人もそういう場で「神が、神が」みたいな話しないからね。

もちろん外人ダーウィン以降、人は神から作られたんじゃなくて他の生物から進化したとかは渋々認めざるを得なくなったけど、根の考え方というか感覚的な思考というか、信条的なスタンスまでは揺らがないわけ。

ま、もちろん両国とも、「命をオモチャにるする」ような行為については共有された「倫理」を持ってはいますけどね。

その辺を誤解して、というか混同して議論すると世界的な枠組みが出来上がるはずがないわけ。

それなのに、

そして発せられるのが「道徳的には」あるいは「倫理的には」という問いですが、しかるにDNAを神聖不可侵なものとして扱う道徳倫理なんてのは随分と歴史の浅いもので、それこそ「作られた伝統」の類ではないでしょうか。遺伝子を扱う技術に関しては宗教界からの論難も多々ありますけれど、その教典に「DNA」なんて言葉が書かれた宗教なんて、それこそごく一部の新興宗教だけのはずです。にも関わらずDNAに触れる技術を神の教えに反するものであるかのように考えるのは、すなわち遺伝子を神と同一視しているようなものと言えます

このような恥ずかしい意見を堂々と書く人もいる。

遺伝子を神と同一視してる」なんて、完全に逆の捉え方をしている。

遺伝子は神聖な被造物」だからこそ「倫理的に問題」なわけ。

教典に直接 DNA と書かれてるわけはないけど、「アダムとイブが~」って話がすでに人による人の改造を禁じているわけです

そこを理解すれば、自分で書いたものを読み直せばちょっと恥ずかしい気分になると思う。

あと、私は生命科学者なので一応言っておくけど、DNA物質名前

DNA がつながっている」「DNA継承」は誤用で、「血がつながっている」「遺伝子継承」のほうが適してるかなー。

倫理」についても、「DNA」についても、誤解している人が書いているなあ、と気になったので、一応指摘でした

2009-04-04

新人研修とかあれ自己啓発セミナーだね

今日受けて思った。

外注の講師がやってきて、まず、全否定、人格否定から始める。なにも努力していないという前提から始める。今までの人生はすべて無駄だったという前提から始める。ありとあらゆるヘ理屈詭弁と少しの真実で、その言葉がすべて正しいように錯覚させようとする。まじめにやってきた人ほど今までのことを否定され、今できてないことを指摘され、それではだめだただの役立たずだと罵られてちぢみあがる。

そうなったところでビジネスマナーとやらを、理屈で考えるな体で覚えろ、と言われて何度も何度も練習させられるのだ。講師の思うとおりの発言をすればほめちぎられてだんだんその回数が増えていく。

正直途中から面白くなってきたのでどんどんノリノリになってしまったが、自分はもともと動作が上品とか育ちがよさそうだとかはよく言われるので特に罵られることもなかったし、褒められることもなかった。

だけどさ、考えても見ろよ。新人研修受けてないけどちゃんと社会人やってる人もいるよ。否定されて不安になったところで「これがあれば何でもできる」って出されるものは本当に必要なものかな。本当にそれさえあれば何でもできるのかな。違うよな。自己研鑽自分自身でする必要があるし、ある程度のビジネスマナーというのは弁えていなきゃいけないけれども、それがなかったら死ぬわけじゃない。それは絶対的な信仰ではない。ただのツールだ。ただの言語だ。これはもしかすると通過儀礼なのかもしれない。一日だけだから週が明ければなんだったんだろうってなってるかもしれない。もともとうちの会社はそんなに厳しくはないし、今日来た講師もまだまだ甘い方らしいから、だんだん今日のことは忘れて、そのうちたくさん失敗をして、よいバランスを覚えていくのだろう。世の中を泳いでいくための道具としてそれらの所作は何も考えなくても行えるようになるんだろう。それが絶対だとは思わないけれども、ある程度必要なものとして習得していくのだろう。

だけどこれが何日も何カ月も続いたらどうなるのかな。「社会人」っていう宗教に入信させられてどうするんだよ。「ビジネスマナー」を教典にしてどうするよ。その教えは本当に正しいのか?絶対的に正しいのか?そしてそれで何かができるのか?それだけで何かができるのか?

社会人になるっていろいろと楽しいね。

2009-01-15

http://anond.hatelabo.jp/20090115200731

ユダヤ教的には教典どおりにやってるんだろう。

神に命じられてユダヤ教徒が異民族を殺しまくって土地を奪い取って国をつくる話が聖書にある。

2009-01-07

http://anond.hatelabo.jp/20090107182420

君が何を言いたいのかわからないが、

いかなる集団も目的のために活動しているわけであって

登山を通じて仲良くなるサークル

テニス好きがテニスでも仲良くなれるよと言っても相手にされないのと同じで

プロ市民団体が我々を対象にしないのは当たり前とも言える。

病気になれば医者の知り合いに相談するし、

仕事がなくなれば人脈を頼って転職できるし、

職場で不当な扱いを受けたら団体なんて持ち出さなくたって同僚と偉い人をつるし上げれば大概は解決する。

わざわざ教典イデオロギー論理武装しないとマンパワー恩恵を受けられないプロ市民とはやり方は違う

その場でその場でその問題に適した機動性の高いチームを組むのがスマートじゃないかな

2008-04-11

長野での聖火リレー時、みんなで般若心経を唱和する

 …というのはどうだろう。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%88%AC%E8%8B%A5%E5%BF%83%E7%B5%8C

大乗仏教根本教典だから、チベット中国日本の文化的つながりを確認できる。

・これまでのロンドンパリサンフランシスコと同様の抗議活動よりインパクトがある。

善光寺門前でやる分には、さほど違和感はない(だろう)。

経典の内容は戦争反対ではないが、「とりあえず、おまいらおちつけ」というメッセージにはなる。

 「スピーカーからテープ流し」より唱和の方がインパクトがあるとおもう。

 
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