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2018-05-08

30代で年収千万達成して10年経った

結婚して子供は二人。妻は専業主婦都内の持ち家に住んでます

旅行は年に平均3回。国内2回、海外1回。

いかにしてそこに至ったかの話に興味はありますか?

よほどの物好きでなければ読みもしないでしょうが、よほどの物好きのために書き起こします。

3人兄弟末っ子

少し年の離れた兄が2人。

父親高度経済成長期に鉄くずで一山あてて、わたし物心ついた頃には外車を乗り回して手広く商売を始めていたいわゆる実業家だった。

兄たちは私立高校に通うも大学には行かずに親が与えた飲食店のそれぞれのオーナーになった。

すぐ上の兄から5つ離れた自分はその頃はまだ中学生

学校が終わると遊びに出かける友人たちを尻目に店を手伝わされる毎日

日付が変わる頃家に帰ることもあって遅刻常習犯。授業中も居眠りが基本。

ところが与えられた商売がうまくいくはずもなく、飲食店はいつも閑古鳥

それをいいことに給料はろくにもらえず、そのくせ毎晩の様に遊び歩く兄を見てフラストレーションを貯める毎日だった。

エスカレーター式で高校に行くも、そんな生活サイクルでは勉強がうまく行くわけもなく高2で単位をとれず留年せずに中退

ところが世はまさにバブル崩壊直後。

手堅い商売だけを続けていればいいものを、株式投資に手を出した父親は持ち家から事業の全てを一瞬にして失う。

兄たちの飲食店も当然のように廃業兄弟それぞれがそれぞれに肉体労働を始める。兄弟とはこの頃に絶縁状態になった。

自分は親戚の工務店職人として就職

修行期間という理由でボロアパートの一室を与えられた以外に、給料は3万円のみ。

朝5時に迎えが来て、夜20時に帰宅する毎日

免許を持っていなかったので現場までの移動はかろうじて眠ることが許された。

ところがこの仕事も、1年後に職人がこぞって夜逃げしてしまったために職人部隊のみ解散

退職金(とはいっても今まで手渡されてなかった自分給料だが)を80万受け取って、補償もなしに家を追い出される。

財産を失ってから口を利かなくなった両親が住む葬儀場のようなアパートに身を寄せるも、口を開けば喧嘩が始まる両親に挟まれることが限界になり自室に引きこもる。

その時、退職金で当時まだ高価だったパソコンを一式購入。

ダイヤルアップテレホーダイインターネットを始めて昼夜の生活が逆転する。

引きこもりを始めて1年。夜間の日雇いで食いつないぎつつも20歳になったとき貯金が底をついてしまったために日中就職を考える。

まだ個人パソコンを持っているのが珍しい時代だったために、ハッタリだけでソフトウェア系の会社入社

アルバイトとは言えはじめてのまともな就職だった。

プログラマーではなく営業職だったために、そこでタイピングから文書作成などの基礎をみっちり教わる。

しかし務めていくうちに社長キャッチセールスソフトウェア抱合せ販売就職斡旋詐欺)方向に傾倒しはじめ、会員からの指摘で警察が介入する事態になりあえなく倒産

22歳にて再び露頭に迷う。

その後再び1年間引きこもり。フレッツISDNが始まった頃で、起きたいときに起き、寝たいとき眠る生活をするうちに日にちの感覚を失う。

その後、パソコンを使えるという話を聞きつけた親戚(工務店とは別の親戚)からちんこ事務を頼まれる。

急遽事務員が長期間入院をすることになり替わりの人間を探しているとのこと。

当時、ぱちんこのものを見下してはいたが、寮を与えられ正社員として採用してくれるという言葉に心が動いた。

一日でも早く家を出たかったし、高校中退引きこもり自分正社員として働ける日がくるとは思ってもいなかったからだ。

入社して早々にわかたことは、会社全体としてかなり管理杜撰ということ。

オーナーものすごく人がよいのだが、その人の良さにつけ込んで働いている人間かかなり好き勝手やっている状態だった。

一応引き取ってもらった恩があるのでできることから少しずつ改善を始めるも、当たり前のように古参と衝突した。

効率化されると働いてないのがばれるからだ。

人は人、自分は自分精神で、自分の受け持った仕事だけはきっちりと無駄なく効率化した。

当然働いているふりをしていた人間はそれが明るみになり、オーナーも少しずつおかしいことに気づき始める。

入社して1年で事務周りの全てを見直して最低限度の効率化を達成。

それと同時に働いているふりをしていただけの人間勝手に居場所を失いいなくなった。

その頃には自分がいなくても事務が回るようになっていたので、その実績を買われてか今度は店舗に異動。

20店舗近くのチェーン店を持つグループ企業の、旗艦店リニューアルがあるということだった。

いざ入ってみるとここも上から下まで相当腐敗していることがわかる。

ちんこ業界としては最も隆盛の頃で黙っていてもお金がどんどん入ってくるような時代だった。

はいっても競争が激化してきていることもあり、そのままでは当然おいていかれてしまう状況だった。

リニューアルを目前にして、やらなければならないことは山積みのまま。

オープン直前の2週間は職場で数時間の仮眠を取るだけの生活が続いた。

リニューアルはなんとかうまく行ったものオープン後も課題は山積みのままで誰よりも早く出社して誰よりも遅く帰る日々が続く。

そんな時、突然古参数名が一度に退職を申し出る。

当時はなんて無責任な!と憤ったものだが、今思えば働いているフリをしていれば守られていた地位が突如脅かされたのだから当然のことなのかもしれない。

ここだけの話だが、教えられる相手もいないまま手探りでぱちんこの釘を担当することになったことで、この旗艦店ではしばらくの間、全くの素人が釘を担当していた期間が存在する。

当然毎月の利益は破茶滅茶で、リニューアルの人気だけで売上が保たれていたような状況だった。

ただ、そのせいで、今度はとうとう休みすらまともに取れなくなってしまった。

毎日出社して数百台の釘の打ち替え、勤務日はホールシフトに組み込まれしまうため、事務作業は公休日に行った。

(一応断っておくが、釘の打ち替えは直ちに違法ではない。無承認変更にならないために適正を維持することもホール義務といえるからだ。)

広告の手配から店舗販促、部備品発注からセキュリティまで事務作業のほぼ全てを一人で行っていた。

休み無し、一日の労働17時間を超える日が3年ほど続いた頃、とうとう身体を壊した。

その頃には店舗ナンバー2まで歴代最速で上り詰めていたが、逆を返せばまったく後戻りができない状況に追い込まれていた。

その後は一ヶ月間自宅療養になった。

絶対に休めないと追い込んでいたのは自分だけで、休みから明けてみると(満足できるか出来ないかは別として)業務ほとんどは滞りなく行われていた。

それをきっかけに、部下を信じて、6割の完成度でも容認できるようになったことで、やっと休みを取ることができるようになった。

そのさらに1年後、28歳のときに新店舗立ち上げのリーダーに選ばれた。

準備期間を経て新店オープン直前の1ヶ月から1年間、再びまともに休めない生活が始まったが、以前のように一人で背負い込むのはなく、部下たちにうまく割り振ることで精神的な負担はうまく分散することができた。

営業も安定したオープン2年目、十分に下が育ったと実感できた31歳のとき本部に異動になり店舗業務から外れ、グループ全体のマネジメント担当することになった。

そこで私生活を見直す時間が出来、その2年後33歳で結婚

家族手当や住宅手当などを含めて初めて年収が一千万円を越えた。

ただ、結婚するまで貯金はなかった。ほとんどが部下たちとの交際費で消えてなくなっていた。

自分上り詰めると同時に居場所をなくした上司達が次々に辞めていったために、今では親族役員を除けば実質社内で1番の地位本部長を務めている。

ただ、ぱちんこ業界の先行きは暗く、今のままではこの収入を維持することは難しいだろう。





ここまで目を通してくれた物好きな方はお分かりの通り、わたし人生から学べることなんてものはない。

学歴なんてものは持ち合わせていなかったし、かと言って中退後に真面目に働いたわけではなく、むしろ社会と断絶した生活を送っていた。

成人した後、必要に迫られてがむしゃらに働いた時期はあった。しかし、今思えばそれは行き過ぎていたし、実際に身体を壊す直前には死ぬことばかりを考える毎日だった。

今の生活なんて、結局は運の結果でしかないということだ。

あの時、ぱちんこを見下したまま誘いを断っていれば、今の自分絶対存在していないだろう。

こんな人生でも羨ましいと思うなら、それはもう個人勝手だ。

ただ、自分の後にも先にも、この会社でこんな働き方をした人間は一人としていなかった。

それが自分生き方他人の模範にはならなかったことを端的に表していると言えるのではないだろうか。

言いたいことは一つ。

どんなに成功していようとも年寄りの話なんて良くも悪くも半分も聞いていれば十分だということだ。

なぜなら、彼らは努力の結果生き残ったのではなく、生き残った結果、自らを肯定しているだけだからだ。

どんな道を進もうとも、そこには必ず運がいたずらをする瞬間が存在する。

そのちょっとしたいたずら次第で、人の人生なんてもの簡単に変わってしまものなのだ

努力はその運をすこしだけ左右してくれるものしかない。

努力無駄とは言わないが、努力に見返りの約束を求めることだけは無駄だと断言できる。

ただ、もし付け加えるなら、何かの選択を迫られた瞬間、それが自分にとって燃え上がることのできる選択かどうかを考えて欲しい。

その覚悟がなければ、運によってもたらされた結果に後悔を繰り返す人生になってしまうからだ。

自分にしてみれば、今の生活がどうであれ、青春時代を親兄弟台無しにされたことが今でもくやしくてならない。

あの時あの瞬間しか味わえないものはいくらお金を積み上げようとも買い戻すことはできないからだ。

なぜあの時にもっと兄弟と戦わなかったのか。その結果が例え無駄だったとしても、戦うという選択をしなかったことだけが今でも一番の後悔として自分を苦しめ続けている。

他人関係ない。自分がより輝ける選択を続けられることが、辛くても苦しくても、例え早々に死を迎えることになったとしても、幸せと言えることかもしれない。

2018-03-18

大好きな作家がいた
私はその人を傷つけた気がする
その人はコミケにはしばらく来ていない
プロとしての仕事が忙しいだけかもしれない
確かにアレやコレで時々名前は見る
しか自分存在があるからこそコミケに来ないのかもしれない
このアカウントツイートされないのかもしれない
全て自分のせいではないか、そんなことをここしばらく考えていた
今考えるとその人に対してずいぶん気持ち悪い行動をしたと思う
その人がかつて運営していたサイトイラストをかき集めた
それから数年後にコミケまでその人に会いに行った
その人のイラストを使って作ったものプレゼントした
失礼なこともしたと思う
メールでその人に対する熱い思いを語ったつもりだった
DM感想を伝えたつもりだった
返信がない以上その人は自分のことをうっとおしく思っていたのではないか
私は明るく振る舞うその人のツイートが眩しかったのだろう、だんだん敬愛すべき作家なのか昔の思い出にすがってるだけなのかわからなくなってきた
気がついたらミュートしていた
もっと交流すればよかったのに、出来なかった
ただその人の絵は美しい
漫画だってとても上手く、面白い
それだけは私の心に確かに焼き付いている

もう15年ほど前のことになるだろうか
パソコンを買ってもらって1、2年ほど経過した頃、私は例によってオタクだったのでアレやらナニやらいろんな作品同人サイトを巡っていた
当時は年齢が年齢なので18歳以上は云々のサイトに入れないはずだが、ギンギラギンの性欲を持つ厨房がそんな文言にたじろぐはずはない
まぁどうせ作者も厨房工房である
悪影響といえばファックしたりされたりしているキャラクター原作漫画アニメで見るのが恥ずかしくなった程度である
まぁとにかくいろんなサイトを巡った
掲示板メールでの交流はしなかった
長ったらしい文章を書くのがクソ面倒だったしネットに疎い親がメールを教えるなだのなんのかんのうるさかったためである
まぁ私自信もメールアドレスで住所割られたらどうしようとか考える程度にネットに疎かった
イラストサイトの閲覧はダイヤルアップというのだろうか、パソコンの横にぶっ刺すカードのおかげでクソ遅かったのもあるし恥ずかしいのもあってあまりしなかった
代わりに様々なテキストサイトを巡っていた
私が当時手にとっていた紙の本とは違い、拙いながらも熱を感じるめくるめく官能世界が繰り広げられていた
それはそれはすごかった
今読むと素人もええところだなオイと思うだろうが当時はそれで興奮していた
正直今も興奮する

そんな中、当時あるゲームに夢中になっていた私はいわゆるリンクだかリングだか同盟だかでとあるサイト出会った
イラスト漫画サイトだった
そのサイトでは少しマイナーキャラを中心に取り扱っていた
見る
絵がめっちゃれい
線、構図、色使い、その他諸々、私は絵に詳しくないが非常に美しいと思えた
漫画もこれまた面白い
ギャグからシリアスまでなんでもありのストーリーセンス!
遅い回線の中、イラストダウンロードさえ待つのが楽しみだった
後でわかったことだが当時そのサイトの作者は高校生だったようである
私はあっという間にそのキャラが大好きになった
そして当時はそういうのが流行りだったため、裏ページなんてのもあった
見た
更にすごかった
SMから四肢切断に女体化まであらゆる責め苦がそのキャラクターを襲っていた
しかしそれでも崩れることなくその人の筆使いや話の運び方には熱が入っていることがありありとわかった
掲示板には感想などは書かなかった
今考えると一言二言書いといたほうが良かったと思う
その人は同人活動もしていた
本の中ではWeb上を超えた更なる甘美で耽美世界が繰り広げられていることは間違いないだろう
しかしその人は主に東京国際展示場辺りで開かれるイベントに参加しているようだった
当時の私はどうにか親をごましまくって年に1回か2回、御茶ノ水あたりの損保会館とかいうところまで行くのがギリギリだったので会うことは叶わない
それ以前に厨房の肉体でエロ本下さい☆なんて言えるほど豪気ではない
なら通販はどうだろうか
親に何を買ったか説明責任存在する
住所を知らん人に教えてこれまたあーだこーだ言われるのも嫌だ
仕方ないから諦めた
少し後に秋葉原のどっかの同人誌取り扱い書店で年齢を聞かれずにエロ同人誌を買えたことをここに告白する
店員が悪い

そのうちサイト更新されなくなった
日記を読む限り専門でいろいろやったとかどっかの会社就職したとかそんな感じだったと思う
後にインターネットアーカイブで読んでみたところとあるゲーム会社就職したようである
もう潰れたけど
そして私は堪え性がないのでまた別のゲーム漫画に飛んだりしていった
たまにその人のことは思い出していたがその後の動向がわからないのでどうしようもない
でもある日サイトを見に行ったらエンターページは残っていたものトップページは消え去りブログになっていた
記事はあまりなかった
例のゲーム同人誌出すとか書いてあった気もするけどもうよく覚えていない
気づいたときにはかなり前の日付で、もはやその作家の本を買う方法存在しなかった
書店委託もしてないし通販を頼む方法だってあったはずだが親が親なのでやめた
結局その作家への愛なんてその程度なんだと思ったよ
その辺りだろうか、せめてその人のサイトイラストを出来る限りアーカイブしようと決めたのは
今考えると気持ち悪いことをしたもんである
こんなもん作家に見せたら卒倒するわ
サイトアドレスを残してたりイラストを上げっぱなしにしてた作家インターネットアーカイブも悪い
改めて見てみるとこれが本当に美しい
HTMLとか文章とかはもうめんどくさかったのでひたすらイラストのみを保存していった
そしてCD-Rに焼いた
今はHDDにはなぜか残っておらずロムもどっか行った
それでいいんだろう

そして2011年である
私には地獄のような苦しみが絶えず襲ってきた
正直思い出したくもない
書くけど
まぁなやかんやあって熱は冷めてきたものの例のゲームオンリーイベントがあったので行ってみた
秋頃だっただろうか
会場内でうろうろしていたところ、上記作家が入れ込んでいたであろうキャラクターアンソロジーが発行されていた
こいつも大きく取り上げられるようになったなぁ、なんてすこしほっこりした
ふとその作家を思い出し、主催者っぽい人に冗談半分でその作家のことを聞いてみた
「この本に描いてますよ」
「そちらの方のスペースに合同誌がありますよ」
耳を疑った
すぐさま私はそのアンソロジーを買った
そしてすぐ横のスペースでテーブルに並べてある本をすべて購入した
読む
見つけた! この人だ!
絵柄は多少変わってはいたがキレッキレのギャグセンスは間違いなくその人のものだった
合同誌も同様だ
えらいものを手にしてしまった
もはやあの日から長い年月が経ったというのに

この辺からおかしくなってきた

アンソロジーサイトURL現在ペンネームが載っていた
早速アクセスする
極彩色イラストが私の眼前に広がった
相変わらずその人の絵はすごかった
仕事内容を見て更にびっくり、詳細は省くがとにかく驚いた
あんたこんなデカ仕事してたのか、と

冬の祭典コミックマーケットの季節が近づいてきた頃、その人のサイト更新された
コミケには当然サークル参加するという
絶対行こう、あわよくば色紙も描いてもらおう、差し入れも持ってこう、いろいろ考えながら当日を楽しみにしていた
とはいえいろいろ回るところはあったのでその人のサークルに着いたのは昼も大きく回った辺りだった
スペースに人がいる
あの人だろうか、ドキドキする、本を買う、〇〇さんはいらっしゃいますか?
「あぁ、今買い物に出てます」
まぁそんなもんである
他のところをうろついて数十分後、再びサークル前に戻る
別の人が座っている
先程買った本を見せ、〇〇さんですか?
ビンゴだった
差し入れを渡す
そして、
「先日☓☓のアンソロを買ったんですけど、数年前に☓☓のサイト運営されてた〇〇さんですか?」
その人はひどく驚いた顔をしていた
ビンゴだったのだ
本人に会うことは予定事項だった
しかし私は固まった
敬愛するその作家が目の前に現れたのだ
正直何を話したかもはや思い出せない
ただガチガチに緊張し、どうにか色紙を頼み、受け取ったときそこには美しい筆致で例のキャラクター存在しており、最後握手をした
それだけだった
そのコミケでは他に、自分勇気づけてくれた漫画を描いたある作家に会いに行ってサインもらったり握手したり、また別のある作家に大好きなキャラの色紙を頼んだところ、ものの2、3分で色紙を仕上げるというような曲芸じみたことをやってもらえたりもした
地獄のような2011年奇跡のような思い出で締めくくられた

当然のように次の夏コミに行った
思い切ってその人に当時発行していた本の在庫があったら売ってくれないか聞いてみた
了承してくれた
震える字でメモ自分の住所と名前を書いた
もはや親はいないので通販など自由だ

ひと月くらい経ち、郵便物が届いた
可愛らしいテープで封がされており、漫画で使われているものと変わらない字がそこにあった
数冊の同人誌が入っていた
メッセージも添えられていた
何が書いてあったか忘れたが、嬉しさで床をのたうち回ったことを覚えている
その日のうちにメールを送った
その人に出会ったきっかけや応援メッセージを書いた
今見たらゲロみてぇなこと書いてあんだろうなと思ったが思ったほどではなく安心している
とはいえヘッタクソな文であることは間違いない
返信は来なかったからだ
しかしどうやって料金を支払えばいいのか?
郵便為替とかそういったものが頭から抜け落ちていた自分は次の冬に会った時に支払いをしよう、ついでに冬で悪くなりにくいだろうしちょっといい菓子でも持っていこうか、なんて思っていた

念のため言っておくが封筒にはその作家の当時のものであろう住所と本名が書かれていたものの、突撃するとか年賀状を送るとか、そんな恐れ多いことはとてもじゃないが出来なかった
以前ワンフェスガレキ買ったとき部品が一個足りなくてディーラーメールを送ったが、送られてきた封筒には一つのパーツとディーラー名以外何も書かれてなかった
私ごとき自分名前も住所も書く必要ないんだよ、今になって思う

次の冬コミ、例によってその作家サークルへ向かう
もはや優先順位トップクラスになっていた
差し入れ菓子を渡し、その人に同人誌送付のお礼と感想を述べ、料金について尋ねた
昔のものだし別にいい、そんなことを言われた
なんだかものすごく申し訳ない気持ちになった
絵も漫画も良ければ人間性もいいのか
まさに「神」だった

この辺から記憶曖昧になっている
毎度のようにコミケではその人のサークルに行き、本を買う
それだけである
その程度の距離感のほうが良かったのではないか、今になって思う

その人は別名義でこれまた別のジャンルでも活動していた
当人Pixivかなんかに書いてあった
本のほかにグッズかなんかも頒布するらしい
初めてその人に出会った冬コミの一ヶ月後くらいのオンリーに参加するとのことだった
コミケでは「必ず行きます!」みたいなことを言っていた
しかし後から見直すとこのグッズ類が結構いい値段している
まぁどうせ相手自分の顔なんか覚えてないだろう、そもそも自分はこのジャンルに触れたての人間なんだからそこまで深いところに行く必要はなかろうよ、なんて思っていた
クズである
正直今は後悔している
実際にオンリーに行ったところ、確かにその人は来ていた
こっちからその人を伺う形になってなんか申し訳ない気がした
結局その人のところには行かなかった
とはいえ向こうだって約束した人が病気かなんかで来られなくなることがあることだってわかるだろう
その人が私の姿を見ていない限りは

心にそんなしこりを残したまま、その後のオンリーに赴き、その人の新刊を買う日々が続いた
まぁこれがエグい
当時サイトで見た性癖と変わらないものがそこにあって感動した
それでも美しいんだこれが
スペース前で軽くおしゃべりする程度で茶を飲みに行ったりだとかそんなことはない
自分自身コミュ障を患ってるのでそんなことはしないほうが正解だとは思っていた

しかしその沈黙は破られた
あるオンリーの日、例によって新刊を買った私は何を思ったのか
「ツイッターアカウントフォローしていいですか?」
なんて抜かしていた
「いいですよー」
当然ながらフォローするもしないも当人自由ではあるがなんかその人に対しては遠慮していた
鍵垢だからどんなことが書かれているかからない、いつも来やがるあの野郎また来やがった畜生め、みたいなこと書かれていたらどうしよう、などと考えていたが、了承するということは相手にすべてのツイートを見せるというわけで、そんなこと書いてたらそもそも「え…ちょっと…」という話になるじゃないですか
だから問題はない
帰ってその人に申請する
許可が来た
アカウントの中には太陽のように眩しい世界が広がっていた
ネガティブものなど一つもない、生きとし生けるものに愛を注ぐようなツイートが溢れていた
なんかもう自分がみじめになってきた
この文を書いている今も

まぁでもさ、人間現実世界では悲しくとも、せめて電子世界では気を確かに持って元気よく行こうよ、なんてことをする人もいるじゃないですか
だから気に病む必要なんてなかったんだよ
話を戻すが、さっそく交流を図った
ポップでキュートで元気なリプライな送られてきた
自分はなんと返信したらいいのかわからず、当たり障りのないことしか書けなかった
なんて自分は愚かしいのだろう、不器用なのだろう、申し訳なくなった
漫画と同じくらいその人のツイート面白かった
追随して自分もなんかリプライ送ってみようってなった
しかし恥ずかしくなってすぐに消すこともあった
別の人へのリプライはさっさと返してるのに自分だけ遅いこともあった
この辺は相手交流が深い人だから距離感もわかってるのだろうが、自分なんて最近話し始めた人間からどんな感じで返したらいいのかわからないんだろう、少し考えればわかることである
だいたい親しき仲にも礼儀ありとはいえ、ツイッターなんてある程度適当交流でも許されると、今になって私は理解している
当時の自分はそれが出来なかった
相手相手からというのもあるだろうが
だからサークルにいつも行くだけの人、という立場になっておけば良かったのだ

その翌年辺り、あることを思いついた
その人が描いた好きだというキャライラストを使って何か作って、それをプレゼントしてみよう、と
詳細は伏せるがまぁいい感じに出来たんじゃないかと当時は思った
本人の誕生日から数ヶ月過ぎていたが、オンリーが少なかったり仕事が忙しいのか本人に会う機会がなかなかなかった
そしてオンリー当日、その人にプレゼントを渡した
ついでにそのうちお茶しましょうとか調子乗ったこと言った
夜、リプライが届いた
来客用に使うと喜んでいたようで嬉しかった
また、ツイート上ではその日にもらったプレゼントなんかも紹介していた
私のものはなかったがまぁ私以外と繋がっている人などその人のフォロワーの中にはいないだろうし仕方ないだろう

正直この辺りから不安になってきた
この人私のこと嫌ってんじゃないだろうかと
私自身も現実世界でいろいろあり頭がおかしくなってたので余計に不安感が増して妄想が激しくなっていったのかもしれない
お茶しようと数カ月かけてようやく決めた日の少し前、その人に会うのが急に怖くなり、私は腰をやったと嘘をついて約束をフイにした
今考えてもまともじゃないよ、こんなこと

気がつけばその人は別ジャンルに移行し、新しくアカウントを作ってそっちでわいわいやっているようだった
ファンとして私はその人のアカウントを追いかけるべきだったのかもしれない
しか自分では触れようとも思わないジャンルだし、もしその人が本当に私のことを鬱陶しく思って私が今もフォローし続けているジャンルアカウントから姿を消したのだとすれば、その人の健康上に良くない
私はそれ以上追いかけることをやめた
とはいPixivは定期的に見て本は買いに行っていた
キャラのこととかよくわからないがその人の絵が見られるだけで満足だった
しかし本を買いに行ったときのその人の反応はどうもよそよそしく思えた
これやっぱ来ないほうが良かったんじゃないか、そう思わざるを得なかった

オンリーではなくコミケの、その作家にとっての表ジャンルとでもいうんだろうか、そちらでも引き続き新刊は出し続けていたが、私は遠くからその人の存在確認し、買い物に行っているときなど、その人がスペースにいないときに本を買うようになっていった
とはいえいつも来ているし、売り子と作家が「あの人また来てたよ」「マジかよ…」なんて会話を繰り広げている可能だってある
それでも私はそんな妄想上の反応を振り切って、その人に会いに行くことはあった
本を買って「いつも応援してます! じゃあまた!」それだけである

気がつけばその人がコミケに出る機会は少なくなっていった
やはり私が来るからだろうか?
でも、表でのツイッターアカウントを覗いてみると、ちょこちょこと様々な仕事をしているようだった
就職したという会社は潰れる前に抜けてフリーになっていたようだった
つまるところ仕事が忙しいのか、あるいは病気でもしたのか、ならばコミケに来るのは難しくなる
私はそうやって自分を納得させ続けていた

もうリプライでもDMでも「お誕生日おめでとうございます!」というメッセージは送っていない
私のアカウントを目にすることがなくたっていい
だがそれでも私はその人の活躍を祈り続けている
表に名前が出ない仕事をしている可能だってあるし、病気などをしているのかもしれない
しかしその人は素晴らしい作家であることは間違いない
15年に渡って自分の心にその人の存在が刻まれ続けているのだ
絵で食べていくという選択をしたのだから、苦労だってあるのだろう
ツイッター上で明るく振る舞うはいわゆる空元気なのかもしれない

だが、せめて、祈らせてくれ
あなたに幸あらんことを、と

2018-01-30

ネット現実は繋がっている

自分が初めてネット接続した時はダイヤルアップで、見ていたサイト個人ホームページで、

そのホームページコンテンツ管理人趣味でできていたのが多かった。

当時はネットが今のように子供から大人までが利用し、インフラにまでなるとは想像力が足りないせいで、

想像できなかった。ネットテレビ雑誌ができないことを発表できるマイナーメディアだと認識していた。

現在新聞テレビの影響力が落ちて、YouTubeNETFLIX存在感が増している。ネットマイナーメディア

なんかで終わらなかったのは自分には想定外だった。

ネットマスメディアになり、SNSで人と人が繋がっている現在の状況は昔と比べると随分と変わった。

anond:20180130123047

2017-12-18

[]さよなら日本インターネット。私達にウェブ異文化過ぎた。

インターネット空っぽ洞窟出版されたころ、ダイヤルアップ接続ウェブ空間に来た。

感動した、未来を見た。希望を感じた。

きっと世の中にとってプラスに働くだろうと感じた。

それから早四半世紀。

はてなは残念」と創業者に切って捨てられ随分立つ。

2ちゃんリンチ装置になったのは21世紀になって比較的早い時期だったし、

高尚な理想があったはずの日本語版Wikiインテリ崩れの自己顕示欲発露の為だけの空間になったのも早かった。

どんなサービスサイトが生まれても数年もしないうちに2ちゃん化し、

かつて隣組や五人組を連想させる息苦しい空間へと変質し日本語ウェブ圏は底質化していった。

スマホが現れ一億総ネット社会になったこの7-8年はもう語るに落ちた感がある。

この間テレビを見ていたら、

その原因の一部を担ったであろう西村博之はとうの昔に仏国暮らしと聞いて呆れると共に、

国内にいたら暗殺逮捕危険があるんだろうなと感じた。 

無責任匿名暴力というパンドラの箱を開けた当事者なんだから責任取れよと思う反面、

当事者が逃走するほど制御できない流れになったんだなと感じてる。

どこを見ても暴言人種差別ワード、消えたはずの差別単語だらけ

広告ポルノスキャンダルであふれかえるウェブ空間

国営放送有象無象のツイカスの戯言を下部に表示するようになったのも何時だったか

真面目に長文を書けば罵られ、おちょくられ、人格否定される。

ひどい時はプライベートを平気で攻撃してくるクズだらけ

炎上毎日のように起こり、どこかで誰かが人生破壊されてるこのウェブ空間

もうたくさんだ。

もううんざりだ。

商売ウェブから離れられないが、損害を被ってもいいか日本人相手ネットビジネスするのはもうやめよう。

そう感じて数年前からウェブは極力英語ドイツ語などに限定して使用するように心掛けた。



ここどこよ?

ってくらいの異次元空間

かにトロールと呼ばれるキチガイ粘着はいるが、同時にそれを許さないという人達もいる。

「長文はバカ」と言い放つ底辺ツイカスもいない、自己顕示欲丸出しの勘違い顔本バカもいない。

ある時南米人にきいたことがある。この差はなんだと。

日系移民である彼の言葉的を得ていた。

日本人倫理意識他人に見られることを前提に成立しているからじゃないかな」

神と自分関係倫理が成立する欧米集団の中での位置関係倫理が成立する日本人とでは

一人ぼっちで誰も見てないウェブでのモラルには根底から違いがあるじゃないかと話していた。

実際彼の親世代日本語がわかる日系二世)の顔本は、三世の息子が見たら軽蔑するたぐいの内容らしい。

 

日本人が、日本文化が悪い・劣っているとは言わない、言いたくない。

ウェブと私達はあまりにも相性が悪かった・馴染まない文化を持っていた。

俺達は欧米人のような民主主義国も、言論の自由も望んではないなかった。

圧倒的大多数の人は、ウェブ憂さ晴らし快楽暇つぶし相手程度のものしか求めていなかった

マスゴミと罵るネットクズは顔出し名前出しのテレビ関係者よりも一億倍もゴミだと言うことに気づかない

レベル馬鹿だった。

日本語ウェブ空間は終わった。国が中国みたいに規制をかけたほうがいい。

匿名リンチ文化を止めないと、早晩悲劇が続発して社会不安に一役買うのは間違いないだろうなと思う。

でも俺はもう知らん。日本人同士で憎み合って殺し合って社会不安煽り続けなさい。参加することをえらんだのは貴方だし

書き込んだのも貴方選択だ。他人のせいじゃない。

俺は反対した、拒否した抵抗はした。だからその時貴様らに死ねと言おう。

「彼らが最初共産主義者攻撃したとき」の感覚だ。

そう遠くない将来、ウェブ悲劇を生み出す装置となって多くの人に襲いかかるだろう。

結局21世紀の共産主義だったんだろうな。

この間ウェブアーカイブグーグルも含めて。日本語圏での自分関係する情報は全部消し終えた。

さよなら日本インターネット。二十年近くの間夢を見せてくれてありがとう

俺の日記反論を書き込むヤツ、お前は精神病だ。狂う前に病院へ行け。

賛成して書き込まないヤツ、英語勉強しろ英語が使えればまだウェブへの希望を捨てるのは早い。

真面目に語り会える人は英語圏はいる。彼らは得意な文化を持つ日本人尊敬の念を持って待ってる。

さようなら、私が好きだった日本インターネット

https://anond.hatelabo.jp/20171218162425

さよなら日本インターネット。私達にウェブ異文化過ぎた。

インターネット空っぽ洞窟出版されたころ、ダイヤルアップ接続ウェブ空間に来た。

感動した、未来を見た。希望を感じた。

きっと世の中にとってプラスに働くだろうと感じた。

それから早四半世紀。

はてなは残念」と創業者に切って捨てられ随分立つ。

2ちゃんリンチ装置になったのは21世紀になって比較的早い時期だったし、

高尚な理想があったはずの日本語版Wikiインテリ崩れの自己顕示欲発露の為だけの空間になったのも早かった。

どんなサービスサイトが生まれても数年もしないうちに2ちゃん化し、

かつて隣組や五人組を連想させる息苦しい空間へと変質し日本語ウェブ圏は底質化していった。

スマホが現れ一億総ネット社会になったこの7-8年はもう語るに落ちた感がある。

この間テレビを見ていたら、

その原因の一部を担ったであろう西村博之はとうの昔に仏国暮らしと聞いて呆れると共に、

国内にいたら暗殺逮捕危険があるんだろうなと感じた。 

無責任匿名暴力というパンドラの箱を開けた当事者なんだから責任取れよと思う反面、

当事者が逃走するほど制御できない流れになったんだなと感じてる。

どこを見ても暴言人種差別ワード、消えたはずの差別単語だらけ

広告ポルノスキャンダルであふれかえるウェブ空間

国営放送有象無象のツイカスの戯言を下部に表示するようになったのも何時だったか

真面目に長文を書けば罵られ、おちょくられ、人格否定される。

ひどい時はプライベートを平気で攻撃してくるクズだらけ

炎上毎日のように起こり、どこかで誰かが人生破壊されてるこのウェブ空間

もうたくさんだ。

もううんざりだ。

商売ウェブから離れられないが、損害を被ってもいいか日本人相手ネットビジネスするのはもうやめよう。

そう感じて数年前からウェブは極力英語ドイツ語などに限定して使用するように心掛けた。




ここどこよ?

ってくらいの異次元空間

かにトロールと呼ばれるキチガイ粘着はいるが、同時にそれを許さないという人達もいる。

「長文はバカ」と言い放つ底辺ツイカスもいない、自己顕示欲丸出しの勘違い顔本バカもいない。

ある時南米人にきいたことがある。この差はなんだと。

日系移民である彼の言葉的を得ていた。

日本人倫理意識他人に見られることを前提に成立しているからじゃないかな」

神と自分関係倫理が成立する欧米集団の中での位置関係倫理が成立する日本人とでは

一人ぼっちで誰も見てないウェブでのモラルには根底から違いがあるじゃないかと話していた。

実際彼の親世代日本語がわかる日系二世)の顔本は、三世の息子が見たら軽蔑するたぐいの内容らしい。

 

日本人が、日本文化が悪い・劣っているとは言わない、言いたくない。

ウェブと私達はあまりにも相性が悪かった・馴染まない文化を持っていた。

俺達は欧米人のような民主主義国も、言論の自由も望んではないなかった。

圧倒的大多数の人は、ウェブ憂さ晴らし快楽暇つぶし相手程度のものしか求めていなかった

マスゴミと罵るネットクズは顔出し名前出しのテレビ関係者よりも一億倍もゴミだと言うことに気づかない

レベル馬鹿だった。

日本語ウェブ空間は終わった。国が中国みたいに規制をかけたほうがいい。

匿名リンチ文化を止めないと、早晩悲劇が続発して社会不安に一役買うのは間違いないだろうなと思う。

でも俺はもう知らん。日本人同士で憎み合って殺し合って社会不安煽り続けなさい。参加することをえらんだのは貴方だし

書き込んだのも貴方選択だ。他人のせいじゃない。

俺は反対した、拒否した抵抗はした。だからその時貴様らに死ねと言おう。

「彼らが最初共産主義者攻撃したとき」の感覚だ。

そう遠くない将来、ウェブ悲劇を生み出す装置となって多くの人に襲いかかるだろう。

結局21世紀の共産主義だったんだろうな。

この間ウェブアーカイブグーグルも含めて。日本語圏での自分関係する情報は全部消し終えた。

さよなら日本インターネット。二十年近くの間夢を見せてくれてありがとう

俺の日記反論を書き込むヤツ、お前は精神病だ。狂う前に病院へ行け。

賛成して書き込まないヤツ、英語勉強しろ英語が使えればまだウェブへの希望を捨てるのは早い。

真面目に語り会える人は英語圏はいる。彼らは得意な文化を持つ日本人尊敬の念を持って待ってる。

さようなら、私が好きだった日本インターネット

2017-10-30

スマホ

ツイッターとインスタとまとめサイト増田エロ動画しか見ていない奴手上げろー!

ソシャゲー!


いやあネット内での行動範囲が狭くなったわ。

ダイヤルアッププラジルやロシアエロサイトまで行ってた時代が懐かしい。

旅費を5万円程取られたけどね。HAHAHA!!

2017-09-28

ドットiは、NTTドコモiモードとは違い、専用のサーバーではなく、ダイヤルアップ接続で直接インターネットサービスプロバイダ接続する形式採用している。POP3SMTPメール対応。4つまでのパソコンメールアドレスを利用する事もできた。

https://ja.wikipedia.org/wiki/AJ-51

ドットiの特徴は、一言で言うなら「インターネット特性を生かしたオープン仕様サービスである、ということでしょう。

 ドットi端末は標準でインターネットのさまざまな標準的プロトコル対応しています。具体的には例えば、電話線などを使ってコンピュータネットワーク接続するためのPPPや、インターネット上のメールサーバーからメールを取り出すためのPOP3などに対応しています

 つまり簡単に言うと、ドットi端末では、インターネットへの接続パソコンなどでアクセスしているプロバイダアクセスポイントに直接ダイアルアップ接続ができ、また、メールに関しても、あるいは、アステルの用意したものでなくても、インターネット上の自分プロバイダーのメールサーバーや、(インターネットからアクセス可能なら)会社学校メールサーバーメールドットi端末で簡単に見ることができるのです。

http://k-tai.watch.impress.co.jp/cda/article/keyword/3002.html

キャリア依存せず直接ネットにつなぐことのできる携帯電話としては世界初ということなのかしら

まり後ろ手に縛られた白瀬慧メテオリックスリーシスターズを発動する時に使った携帯電話アステル

2017-09-21

世間ネットで追い抜かれた

昔はさ

アーリーアダプターっていうの?

ダイヤルアップ時代からネットに張り付いて

最新の情報技術サービスに(自分なりに)すぐ適応してたわけ

大げさな言い方になるけど

例えば出身小学校公式ホームページ作ったら

「今更かよ遅れてるなー。3年前の俺のほうが上手くホームページ作れるぞ」

とか思ったり

企業YouTubeインターネット上での宣伝に力を入れるようになったら

やれやれ。とっくに新聞テレビ時代は終わってるということにやっと気づいたか

みたいに思ったりね




でも先週のことだけど

勤務先が「公式インスタグラム作りました」とか言い出した

多分ナウなヤングからすれば

「今更になってインスタグラムつくってんのかよ」

って感じなんだと思う

でも俺はインスタグラムアカウントすらもってない

ってかインスタグラムがどんなものかも正確に把握してない

写真たくさん上げれるツイッターみたいなやつなのか?

それとも画像用の共有オンラインストレージみたいなものか?


歌ってみた」やら「YouTuber」が話題になったころから薄々感じてたけど

俺はすでにネット最前線はいなかったのだ

2017-08-29

コミケって昔はネットが普及してなかったから楽しかったんじゃ

ダイヤルアップとき画像でさえダウンロードに苦労したでしょ

SNSもないし

2017-05-14

anond:20170514050750

さら原因って、なに言ってんだ?

から「毎回、通信障害が原因だった」って最初から本文に原因が書いてあるじゃねーかよ。

本文を読んでもそれが分からない奴には、説明するだけ無駄っぽいけどな。

本当に天然のアホなのか?

一応補足すると、2006年発売の新車プリウスに搭載してるトヨタ純正カーナビのG-BOOKの通信回線は、ブルートゥース経由で携帯電話ダイヤルアップ回線を使った貧弱通信

インターネット回線は使ってないし、パケット上限も関係ない。

回線は遅いか時間はかかるけど、CDタイトル程度の小さなデータなら問題なく使える物。

カーナビブルートゥース携帯電話問題なく通信出来てても、G-BOOKの情報センターシステム通信障害が起きてたり、メンテナンスでダウンしてれば通信できないのは当たり前。

ここまで説明しても、見当違いな妄想ばかりしてるお前には理解できないだろうけどな。

それとも何か?通信障害の原因になった部品の品番や製造番号まで答えてみろ!とでも言いたいのか?

もっと詳しく知りたいなら、トヨタお客様センターに聞いてみれば?

2017-04-07

インターネット

ピーヒョロロ

鳶ではない。ダイヤルアップ接続の音だ。

初めてネットしたのいつだっけなと、月がきれいを見てふと思った。

あぁ中学生の時だ。もう20年も前になる。

当時オアシスが好きだった僕は、Be here now以降全く情報が入って来ないことにもどかしさを感じ、姉が親に買ってもらったパソコンを借りてoasisホームページに直接アクセスすることにした。

IEを開いて、カリカリタカタ音を立てながらゆっくり読み込まれ表示されるページを見た時に、私は発狂する程興奮した。

セカイを手に入れたと。※

中二病だったんです!

その後私は目を盗んで色々なページを見ていたのですが、その当時好きだった漫画二次創作サイトを、姉の履歴から発見してしまったのです。

私はそのページを見て発狂しました。※

※近所の人に心配されました!

思い返してみれば、小学校の低学年の時にカップリングに目覚めていた私なので、そういったサイトを見て興奮しないわけなかったのです。

そして、その時感じた興奮は、偉大なる先人に会えた喜びだけではなく、誰も来ないような場所で目を盗んで分かる人だけで楽しむ、というある種の特別感だったのです。子供の頃秘密基地で見たエロ本とか、親の目を盗んで吸った煙草とか、お酒とか、何か大人になった気がしました。

しかし、それから直ぐにインターネットが出来ない状況になり、気が付けば20歳になっていました。

その時は携帯から二次創作小説投稿出来る魔法のiらんどフォレストが全盛期だったので、そこでこっそり楽しむことに喜びを感じていました。

だがしかし、今度は仕事私生活が忙しくなり、数年間そういった活動から離れることになりますしかもその時パソコンを持っていなかったので、あのこっそりアングラ感をしばらく味わうことはありませんでした。

そんなこんなで2006年。私は自分お金無駄に性能の良いパソコンを買い(ネットしかしないのに!)、電脳世界自由に飛び回りました。

翌年iphoneが発売されると、益々ネット上での活動?は活発になりました。ツイッターもその頃始め、やはりその当時はこっそりアングラ感があって随分と楽しかったです。

でも今は違いますインターネットは昔以上に全世界を繋げ、情報の発信源となっています。最早テレビ必要ではなく、スマホタブレットさえあれば様々なコンテンツサービスを楽しむことが出来ます

あのダイヤルアップ接続の間に感じだダイブ感※

※例えが色々ブレているけど気にしない!

はもうありません。どんどんオープンになっていきます

「それにしても、ネットは広大だわ

この言葉を呟いた草薙素子さんの気持ちがよくわかります

はいえ実生活では奥さんに怒られ、中間管理職として奔走する日々なのです。

これから先、色々な世代から色々なカルチャーが生まれるんだろうな。

酔っぱらいの戯言

2017-01-04

ADSLの乗り換え:さようならhi-ho

プロバイダをhi-hoeaccess 12M)からNiftyeaccess 39M)に切り替えることにした。

「なぜいまどきADSL?」と思う人もいるかもしれない。自宅が電話から近く(500メートル以内)、12Mの一番安いコースでも動画の閲覧を含め、何も問題がなかったためだ。理想的ADSL環境だった。しかし、ここしばらく夜間や休日の速度が遅く、ひどい時は懐かしのダイヤルアップ並の体感速度となる。また、遅いだけでなく、頻繁に切断される。

様々な方法を使って調べると、eaccess問題というよりは、hi-ho問題のようだ。ネット上の口コミも最低レベルである口コミ信頼性問題承知しているが、少なくとも私のおかれた状況や体感とは矛盾しない(うちは東京23区です)。

http://kakaku.com/bb/providerview/providerview.asp?bb_pagetype=4&bb_provider=20&bb_type=2&bb_linetypegroup=1003#searchBarLink

hi-hoは"Panasonic hi-ho"時代1990年代から使ってきた。信頼の「松下ブランドでありながら、接続料が3時間500円と安かった。hi-hoという風変わりな(?)ネーミング以外は何も不満がなかった。当初は今はなきNTT PersonalのPHSから接続し、その後ADSLに切り替えた。2007年Panasonic hi-hoIIJに売却され、ただの"hi-ho"になったが、比較最近までサービスは良好に感じていた。この間、光回線の普及も進んだが、特に不満がなかったため、私はADSLのままできた。

この年末年始、とにかくスピードが遅かった。12月22日eaccessが増速工事を行ったようだが、hi-hoの状況を好転させるには繋がらなかったようである我慢限界に達したため、まずはhi-hoから脱出することにした。前述の事情から光回線に変えることは考えていないが、ADSLサービスは縮小傾向にある。乗り換え先の情報が十分ではないため、「失敗したらいつでも変えられる」ことを優先し、「NTT工事無料」「縛りなし」(解約手数料無料)のサービスを行っているプロバイダをいくつかピックアップし、Niftyを試してみることにした。うまくいくといいのだけれども...

この書き込みも、何度もエラーが出ながらやっと登録成功。困ったものです。

2016-06-11

2016年新卒入社で、会社ネット接続ダイヤルアップだったんだが

6月12日追記)

トラバ、はてぶありがとうございます

空気が大変参考になります

回答いただいた方もありがとうございます

増田に書き込む前に、一般における現在ダイヤルアップ接続使用状況について

ネットで少し調べてありました。

そのためある程度予想の範囲内でしたが、今の状況はかなり特殊ということがよく分かりました。

業界について。これは金融ではありません。

またシステム専門の部署はありますが、私自身は直接接点がないため、話を聞いたことがありません。

小学校低学年の頃に少し歳の離れた兄がいたので、ダイヤルアップ接続経験はあります

読みたいサイトを全部読み込んでから接続を切ってオフライン接続で閲覧などをしていました。

心はおっさんですが体(年齢)はおっさんではありません。

毎日、心の中で「何のメリットがあるの? 何のメリットがあるの?」と

連呼しながら仕事をしています

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上司からレクチャーを受けたときに表情が固まってしまった。

万一、今の環境がかなり特殊で、特定できてしまうとよくないので

業界は詳しくは言えないが、IT関連ではなく昔からある業界だ。

会社規模は社員数50人100人ではなく、もっと大きい。

メールのやり取りもするがサイズは小さいものだけでなくて

結構大きなPDFファイルExcelファイルも受信したりする。

他の会社がどうなのか知らんが一般的メールのやり取りの量だと思う。

検索してもダイヤルアップ使用している例はないようだし、特殊なんだろうか。

無知から発言申し訳ないけど「ダイヤルアップとかバカか?」と思ってしまった。

もちろん仕事上のブラウジングすらままならない。

賃貸オフィス関係で導入できないとかあるのだろうか。

一部の若手の先輩方は私物ノートPCを持ち込んで、

WiMAXテザリングなんかで通信している。

それってセキュリティ上危なくないか、というのと、

業務必要環境を自費で賄うっておかしくないか、という疑問がある。

質問二点。

今もダイヤルアップ接続が使われているケースはどんなものがありますか?

今の時代ダイヤルアップを使うのは何のメリットがありますか?

2016-05-24

写真嫌いには生きづらい社会

写真嫌いってのは正確じゃないな

旅行なんて行けば一眼レフカメラで何百枚って写真撮ったりするし

しろ好きな方かもしれない

ただ

写真を撮らるのが嫌いなんだ

妻もそれは同じであり

そもそもその「写真嫌い」の大きな原因は自分容姿に対する自己肯定感が欠けているところだ

さらにいわゆる「写真写り」なんてものは撮る側よりも撮られる側の習熟度が大切であり

「撮られ慣れていない」我々夫婦写真写りはそれはもうひどいもの

さら夫婦揃ってダイヤルアップ接続の頃からインターネットに入り浸っていたタイプなので

ネット上に自分写真を上げることはフリー素材になること」という印象を持っており

SNS写真を上げる習慣もない

私としては妻の容姿特別ひどいとも思わないし

是非写真におさめたいと思うのだが

写真を撮られたくないという気持ちはよくわかるので

お互いにお互いの写真はなるべく撮らないようにしている

でもたいてい「こないだ妻と旅行に行った」という話をして

写真見せて」と言われたら

それは

旅先での綺麗な風景や珍しい物の写真

ではなく

嫁(あるいは自分と二人)が写ってる写真なのだ

ないものを見せろと言われても困るので

「ない」と答えるか

なんとか探し出して何かの拍子にたまたま妻が写ったような写真を見せるのだが

周囲の人たちには「旅行に行ったのに人(妻やあるいは自分)の写真を撮らない」

ということが理解できないようで

私が頑なに写真を見せたくないと思われているようだ

ついには「増田の話している妻とは想像上の人物なのでは」と噂される始末だ

カメラ付き携帯電話ほとんどの人、ましてや私のような20代ともなるとカメラついてる上に容易に画像を交換できるスマートフォンをほぼ全ての人が所持している時代になった

そしてその時代がもたらしたのは

「人物の写真を撮らない人間変人

という風潮だったのだ

2016-05-16

http://anond.hatelabo.jp/20160511000626

人工知能とか、チャットボットとか、VRとか、いろあろあるけど、楽しい感じはしつついまいちクワクしないなー、昔みたいに、と思ってしまうのは、全てなんだかんだ昔からあるものの焼き直し繰り返しパターンに見えてしまうからなんだろうなあ。。

90年代後半にインターネットがでてきてからweb2.0ぐらいのちょっとの間に語り尽くされたコンセプトの新しさを自分の中では超えることがない。ダイヤルアップテレホタイム個人サイトで感じたPCの大きな画面の向こうとの匿名コミュニケーション文化ダウナーな高揚感。

いや、この記事にいわれるまでもなく老害だってのはわかってる。その90年台後半の中途半端アングラ的新しさだってたぶんもっとからいる政治的時代を超えたヒッピー世代とかには新しくなかったようなきがする。おたくとかニューアカ世代ギリギリわかる人もいただろう。

当時のおっさんはどう乗り越えたのかなと想像する。ピンとこない新しい文化を。若者同調できてインターネットの到来をワクワクできたひとたちもいたのだろうとおもう。でもやっぱりワクワクしきれずアナログな楽しみに拘泥した人もたくさんいただろう。

でも同調できなかったとしても、おじさん文化に軸足を置きつつ、自分たちにとってワクワクすることを追求しまくったおじさんが当時から今にかけていたはず。イメージ的には糸井重里とか大塚英志とか。

まあそんなかんじで、ワクワクしきれないときに、表面上同調してワクワクするふりをして内心ストレスためるより、また逆に諦めて懐古主義にはしるより、自分のなかのドキドポイントを追求し続けて自分感覚で新しいものを探しつづけることが自分精神衛生上よさそうだなあと思う次第。

2016-04-14

俺が用足したあとにトイレ使うのやめてくれ

当方シェアハウス住み。

から西に『俺の部屋、ベトナム人女性の部屋、トイレ』の順で並んでるのね。

トイレ無茶苦茶汚い。

便座下ろしたまま立ちションする馬鹿がいて、便座や床が小便まみれ。

から、使う前にお掃除するわけ。

トイレットペーパー(ホルダーに入れとくと盗まれから自室から持ち込み)で拭く。

まり俺が使ったあとはトイレが綺麗になる。

問題使用後。

俺が自室のドア開け閉めする(古い家だからうるさい)、トイレ電気付ける(同時に換気扇がウンウンうなり始める)、トイレのドア開ける(やっぱりうるさい)、致す、流す、電気消す(換気扇鳴り止む)、自室のドア開けて閉める。

すべての音、隣室に住むベトナム人女に丸聞こえ。

俺が致したこと必ず分かる。

で、汚れたトイレ使いたくないベトナム女は、俺が致したあとを狙ってトイレ使うわけ。

だいたい80%くらいの確率で女が俺のあとに続く。

間髪入れずにコンボが決まる。

おにゃのこ尿道が短いから、たぶんめっちゃ我慢してるんだろうね。

すごく興ふ……恥かしいのよ。

野菜中心の食生活から、俺のあとはすっきりフローラルで臭くない。

でも、心はまだ多感な青少年のままだから、やっぱり興h……恥かしい。

この話、友人にしても全く共感してもらえない。

いかがわしい奴らだから、俺のピュアな悩みが理解できない。

からこのエントリー純粋無垢はてなーに訴えてるわけ。

とりわけその道のプロである増田たちなら""分かって""くれるよな?

読むだけで心が洗われるようなブコメトラバ待ってるぜ……

レイシズムトイレ改善されたようで良かったですね。

うん。

レイシズムBBAは出て行ったよ。

今、シェアハウス基地外はいない。

だけど、便座下ろしたまま放尿する野郎はいるの。……あ、基地外いるね。

空室あり

三畳〜四畳半家賃約3万。

住人の間で「きっとここが管理会社だろう」と予想されている会社はここ( http://www.lit-house.net/site/index.php?mid=home )

満室(成増だょ)じゃないよ。空きいくつもある。

頼む住んでくれ。

住人の家賃光熱費滞納でよく電気が止まるんだよ。

俺がちゃんと払ってても全部屋・全共有スペース止まる。

Wi-Fi完備。20部屋以上あるのに回線一本だからダイヤルアップライクな環境だょ。

2016-03-07

うわあああああああああああああ昔のネットに戻りたいいいいいい

薄暗い雰囲気

洗練されて無いUI

ホームページビルダー全盛期。

アングラサイト

お礼は3行。

相互リンク

キリ番

xeroxフォルダに怯える。

学校パソコンルーム

クーラーが効いてる部屋の香り

ダイヤルQ2にかかりかけて急いでコンセント抜く。

ブラクラを踏んでいっぱいウィンドウが出てくる。

ダイヤルアップネットやり過ぎてお母さんに電話料金をとがめられる。

またパソコン博士パソコン変なふうにした。

ヤフージャパン

ISDNはじめちゃん。

2016-01-23

はてなのおじさん、おばさんたちに質問です

どうして、はてなのおじさんおばさんは、おもしろ文章をみつけると、まるでテキストサイトのようじゃ!テキストサイトテキストサイト彷彿とさせるぞい!侍魂みたいじゃのう!ヒャッホー!といってはしゃぐのですか。

なぜ往年のテキストサイト特集記事をみつけるとテンションあがっていっぱいブクマちゃうのですか。

パソコンつうしん、ダイヤルアップテレホーダイときくとたくさんのおじさんおばさんがぐいぐい食いついてくるのはなぜですか。

おじさんおばさんのいちばんかがやいていたころを思い出すからですか。

成熟インターネットにほんろうされた青春時代に目をほそめ、しずかになみだをながしながら「テキストサイトみたい」とタイピングしているのですか。

テキストサイト全盛期を想起するとむねがきゅんとするのですか。

馬鹿不可侵領域だったインタあネットがなつかしいですか。

21歳児にもわかるようにおしえてください。

2015-07-13

TML5

18年前、エロ同人サイトを作りたくてなんの知識もない自分出会い系広告などひしめくパソコン雑誌をあさったりして必死ホームページを作ろうとしていた。

ただ単に、承認欲求が先走った行動だった。

当時、タグの知識もかけらもないパソコン初心者

マック?なにそれ?りんご?え?

ウィンドウズ?なにそれ窓?そういえば、あのとき、なんであんな並んで買ってたんだみんな。ドラクエくらいしか並ばないでしょ

とか思いながら初めて買ったFMVでダイヤルアップ接続して、エロサイトテレホーダイ時代必死で見ていた。

やがて、毎晩徹夜してエロ小説を書いては厨専用ヤフージオシティーズ無料HP作れるやつ)のどっかの町におんぼろ小屋をたてていた。

あそこは、初心者エディタがあってタグの知識が不完全な俺でもなんとか必死コピペして打ち込んで更新更新

週1でエロ小説更新して週2で触手記念日とか勝手に盛り上がって月一でかならず連載を終了しては凌辱のかぎりをつくし、T-Cup掲示板という無料レンタルBBSを使ってマニア達の要望に応えていた。

テレホーダイ時間になると必ず接続して今日エロはとか語りだす。

ロリコンの話をすると止まらなかった。

IRCだっけ?なんかその手のチャットツールがあってな、ある日、触手愛好会のメンバーがどうやってサイト作ってるって話になった。

ネスケ」がどうのこうの、「ホームページビルダー」で作れるよなどいろんな知識を自分メモりながらエロ小説必死で作り上げていた。

それから大学に進学してしばらく忙しくなってネット同人エロサイトからいったん離れた。

放置してたジオシティーズはいつのまにかなくなっていた。つうか、IDとパスワードわからんくなって放置して、問い合わせ先もわからなくなってしまった。

ヤフージオシティーズ?なにそれ?ヤフーのこと?

とかね。

そんで、最近になってまたエロ変態小説を作って当時のようにサイト作ってみたいと思ったんだが、、、

TML5になっていた。

そこまでにはXHTML1.0とか2.0などで、厳格にHTMLの曖昧さが砕かれてしまって

俺の好きな・・・

center,blinkも色もpinkとかも・・・・・・・なにもかもが否定されていた。

なんで?って一瞬思った。

そしたらWeb Application1.0とかになって今やHTML5。ついていけなかった。

つか、

ここ10年ほど離れていたらこんなに進化していたのか。

エロ同人サイトをやっていた頃から、、、そういえばもう17年以上たつし・・・生物大学院でて必死こいてPCRやって電気泳動して毎日ピペット奴隷大学獄卒をしている間にこんなに変化するとは。

と、かなりおいてけぼりを食らった感がはんぱない。

いや。でも。うちの研究ラボでも進化足跡は多々感じられた。

あのDNA増幅するPC装置がすごくスマートで簡単になったし、貧乏ラボ特有培養液を粉から混ぜて作る面倒さがなくなって今は既製品培養液もある。

調整なんてしなくていいものが多い。

似たような進化なんだろうか。でも、バイオ系は手探りの日常空間科学してるだけでなんていうのか、履歴あいまいに残ってるくらいで大きな変革を感じない。

生物系は日に日にシコシコと飼育当番しながら小銭をもらって生きていてるけど、プログラミングはそれ以上の進化を感じる。

よその畑は青いとかい次元の話じゃない気がする。

これは、自分エロ同人にのめりこまなかった17、18年ほどで、ネットの中で何かでかい革命が起きたんだろうかとか・・・1か月ほどショックが否めなかった。

もっとエロ同人で週一で触手しとけばよかった。続けてればこんな置いてけぼり感味わうこともなかったんだろうか・・・

どうして俺は触手職人を極めなかったんだろう。

ネスケも終わっているし、ホームページビルダーとか当時高くて買うのに涙を呑んでた時代ものすごく遠い。

からエロ同人サイトをどうやって開こうかかなり試案してる。

HTML5にすごい違和感を感じる。

だが、エロのためには馴化するんだろうな。自分

2015-05-23

ノエル君みたいにならなくてよかった

自分学校には慣れず、孤立して成績もどんどん下がっていった

相談できる人もいなくて、困って困っていろんな局面に立たされたけど、なんとか頑張った。

卒業だけはできたし、大学にも行けた。

あの頃の自分ネット放送がなくてよかった。

中学入学から15歳までってすごい影響受けやすいし、自分人格すらまだできあがっていなかった俺には、人の悪意を読み取るセンサーなんてなかった。

ただひたすら自分は、こんな自分申し訳ないとおもいながらぼっちでもコツコツ頑張ってただけだった。

ちょうどwin95発売されたころで、自分がはじめて手にしたパソコン大学生協入学時に購入した26万のくっそおもたいモニターとはじめてのFMV。

ダイヤルアップ接続を初めてした頃の感動と、検索メールだけに限定された頃で、特にはまるものかいってもネットで好きな漫画エロ同人サイト読みあさることくらい。

ネトゲには手を出さなかったし、PSセガサターンもなにもゲームもやったことな自分で良かった。

19年くらい前の話だけど、あの頃の自分愚鈍でよかったって思う。

他人に入れ知恵されて家庭崩壊一直線とか、当時はあやしい宗教団体くらいだと思う。

俺は、ひたすら。普通にぼっちでもがんばって卒業できて、目標ややりたいことを定められる過程を得て幸運だった。

きっとあの頃の自分に、ネット配信生放送他人とつながることが流行ってたら、俺は彼のようになったとおもう。

インターネットが生きがいになってしまってネット依存精神を病んでしまってたとひたすらおもった

2014-10-28

別・本当にあったやるせない話「BUMP OF CHICKENって知ってる?」

とある男とは、また別の男の話。

90年代後半。男はギターロックが好きだった。ちょっとポップな、弾ける感じのギターロック

日々ラジオロキノンを漁って、素敵な音楽を探していた。

ある日、小さなレコードショップ試聴機で聞いた歌声歌詞に感銘を受けた。

「これは素敵な僕のバンドを見つけた!」と思った。

BUMP OF CHICKEN

ハイラインレコーズか、さすがだな!

いたことの無いバンドだ。また、こんなバンド出会えた!

アルバムを買った。ランプ、ガラスのブルース、K、続・くだらない唄、アルエやばいやばいやばい

ライブがあるとのことで、十三ファンタンゴに駆けつけた。泣いた。笑った。叫んだ。泣いた。

十三ファンタンゴもいいライブハウスだけど、もうちょっと大きなところでやりたい。クワトロは大きすぎるけど」

そんなボーカル藤原MCに、会場の男たちは「クワトロでも狭いわ! ゼップクラス以上やろ!」と笑った。

ライブから帰ってすぐ、その感動を自分ホームページにしたたるためにホームページビルダーを立ち上げた。

BUMP OF CHICKEN公式サイトにあるBBSにも「ライブ良かったです! 感想をまとめたので良かったら読んでください」と、男のホームページURLを貼った。

翌日、カウンターCGIが壊れたのかと思ったぐらい回転した。

今まで誰も書き込んでくれなかった男のBBSに、知らない人から「良かったです」「ライブ、行きたかった」「東京も良かったですよ」と100人以上の人が書き込んでくれた。

泣いた。バンプ好きな人がたくさんいると、嬉しくて泣いた。

でもこのバンドはいつかメジャーになって変わってしまうんだろう、と確信めいた感覚があった。

それからと言うもの、男は会う人会う人にバンプを勧めた。変わってしまう前に。

最近良いバンド見つけたんだよ!」

「ふーん。インディーズなの」

「この曲「ランプ」って言うんだけど、最高なんだよ!」

「へー、今度聴いてみるわ」

「今から送るよ!」

ダイヤルアップ接続の遅いスピードで、ICQを使って送った。数分の曲を送るのに2時間近くかかった。勿論、歌詞も一緒にテキストにまとめて送った。

「これ、いいね! すごい元気になれる!」

「あー、若い時に聴きたかった。今の僕はナイフに代わる自信を仕事で手に入れたよ。でも、いい歌だね」

みんな、喜んでくれた。

男は嬉しくて、でも「ランプ」だけを送りプロモーション活動を続けた。無料で配るのは気が引けるから、この1曲だけ。本当に気に入ってくれたら、きっとアルバムを買ってくれるはずだと。

こんなにも良い音楽なんだもん、本当に多くの人に届く! 嬉しい!

どこか勝手な使命感にかられてたのかもしれない。自分ごとのように必死だった。自分のことじゃないのに。

ある時。

転機は急に訪れた。

「見えないものを見ようとして」

大好きな歌声で、なんだか、ちょっと違和感を感じる、乗り切れないメロディが飛び込んできた。

メジャーデビューが決まったと聞いた時、すごい不安だった。変わってしまうと思ったから。

ボーカル藤原だけじゃなくメンバー全員が「俺ら、変わらないから」そう何度も言ってたけど、そんなの無理だって分かってた。

モテない、女心も分かってない童貞全開な歌詞。いつも通りのバンプなのに……。

天体観測

さながら打ち上がったロケットが、大気圏突破して宇宙(そら)に消えて行くようだった。

中途半端なヒットで、それでもバンドの知名度を押し上げた。

男は黙り込んだ。

これで、もうバンプの話ができなくなるかもしれない。

この前までバンプのことを完全スルーしてた人たちも、男と同じように自分ごとのように喜ぶんだろう。「これは素敵な僕のバンドを見つけた!」と。

それは、もう男にとっての「僕のバンド」ではなくなっているだろうけど。

ほどなくして、そんな知人に会う機会があった。

その日は珍しく知人のほうからこう切り出してきた。

最近良いバンド見つけたんだよ」

「おっ、そうなん?」

BUMP OF CHICKENって知ってる?」

(終)

元ネタ本当にあったやるせない話「BUMP OF CHICKENって知ってる?」

http://rhal.hatenablog.com/entry/2014/10/27/223050

2014-08-03

求む 2005年現在までのブレイクスルー

http://anond.hatelabo.jp/20140803210149

最初に↑元記事を読んだとき

「世の中をろくに知らない高校生が、技術を語ってるんだか」

と一笑にふそうとしたが、待てよと。

しかしたら本当に今の高校生若い世代技術進歩を目の当たりにしていないのではないか?

と思い、いろいろと調べてみた。

2014年現在高校生(15~18歳)ということは

1996年1999年生まれ。

物心つくのは2000年2004年ということだが、

そのころのテクノロジーはというと・・・

家庭用ゲーム機

http://ja.wikipedia.org/wiki/PlayStation_2

おお、物心ついたときに、プレステ2かよ・・・

確かにファミコンスーファミプレステのような劇的変化は感じられないよなあ・・・

ロボット

AIBOの発表は1999年

http://ja.wikipedia.org/wiki/AIBO

まり元増田物心ついた時にはロボットとは、一般家庭にこそ普及してないが、

現実には存在しているものであったわけだ。

携帯電話

1999年にはiモード日本スタートし、インターネット網への接続が可能となり、通信速度が向上し、画像Javaを使用したゲームなどの利用が可能となった。

ネットパソコンでやるものではなく、ケータイでやるものなわけだ。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%90%BA%E5%B8%AF%E9%9B%BB%E8%A9%B1

ネット環境

2000年2002年頃にかけて、ADSLによるサービスが普及しはじめる。既存電話線が使用できることや、価格競争による低価格化により、現在ブロードバンド回線の主流となっている。

知ってるかい?昔はダイヤルアップと言って、ネットへの接続時間に応じて料金がかかっていたんだぜ?

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%96%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%89%E3%83%90%E3%83%B3%E3%83%89%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%83%8D%E3%83%83%E3%83%88%E6%8E%A5%E7%B6%9A

新幹線

1999年平成11年

3月13日700系による「のぞみ」が運転開始。

東京大阪?2時間半で行けるのが普通だよね?」

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%AE%E3%81%9E%E3%81%BF_%28%E5%88%97%E8%BB%8A%29

まとめ

なるほど、確かにこうしてみると、元増田物心ついてから現在に至るまで、

子供心をときめかせるようなブレイクスルーがないのかもしれない・・・

(自分のチョイスの仕方が悪いだけかもしれないが)

俺が「かがくのちからってすげー」と感動しているものに対して、

高校生が感じるのは、物心ついたときからある当たり前のものしかないのだ。

そんな当たり前のものがここ10年近く、ブレイクスルーなしに改良を重ねていっているだけのように見えてしまい、

人類技術進化頭打ちなのかも。

などと思わせてしまうのではないだろうか?

誰か、高校生経験したと思われる2005年現在までのブレイクスルーを知らないか!?

2014-06-21

練り込みが足りん

頼れるのは自分自身の年収、勤務地、出身校などの「スペック」のみ。

とあるから元増田を仮に24歳としよう。

すると元増田小学1年のときとは、1997年

ダイヤルアップ全盛の時代である

そんな時代に、

帰ってからインターネットをするのが小学一年生から趣味

親が不在気味の家庭で育ったため、様々な情報が手に入れ放題だった。

とか、あり得ない。

そもそも、ブロードバンド普及前と普及後のネットコミュニティを知ってる人間が、

それら二つを「お前ら」という一つのカテゴリとして認識すること自体おかしい。

http://anond.hatelabo.jp/20140621003128

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