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はてなキーワード: セクシャルハラスメントとは

2022-11-21

anond:20221121193422

法律上定義一般用語上の定義が食い違うのはよくある話なので

なんで法律上セクシャルハラスメント限定してんの?

まあ元増田性的嫌がらせって表現に変更したんでほぼ意味ない応酬なんだが。

どちらとも限定していない場合はどの意味で使っているか確認をしてからじゃないと何とも言えんよ。

  

わかりやすい例でいえば、通称ヘイトスピーチ解消法でヘイトスピーチ定義したといわれているけど

2条

この法律において「本邦外出身者に対する不当な差別的言動」とは、専ら本邦の域外にある国若しくは地域出身である者又はその子孫であって適法居住するもの(以下この条において「本邦外出身者」という。)に対する差別的意識助長し又は誘発する目的公然とその生命身体自由名誉若しくは財産危害を加える旨を告知し又は本邦外出身者を著しく侮蔑するなど、本邦の域外にある国又は地域出身であることを理由として、本邦外出身者を地域社会から排除することを煽動する不当な差別的言動をいう。

このヘイトスピーチ定義一般的な定義とは違うんよ。

日本法出身国、地域対象としているけど、本来人種性別宗教等をも対象とした幅広くへの憎悪発言ヘイトスピーチ対象だろ。

これはどこを見てもそうなっていて、日本法定義が超オリジナルしか言いようがない(ついでに言えばそうなった理由を考えれば納得も行く)。

ヘイトスピーチについての話し合いをするとき日本法定義を使われて困る局面も当然出てくる。

からセクシャルハラスメントといった場合男女雇用機会均等法上のと言われればその土俵で話し合いをするし、

そうでない場合定義のすり合わせが必要になってくるんだよ。

あそこで元増田セクハラなので違法性がとか言い出したら、法律上セクハラに該当するかが重要なので均等法がでて来るけどそこまで言っていなかったしね。

  

これは私にとってはセクハラではないと言ってもいいけど、そうじゃない使い方もされてるのを無視されても困るってだけの話。

anond:20221116060802

kotobuki_84です。

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/anond.hatelabo.jp/20221116060802

wuzuki 「ズリネタ云々と女性相手に言ったらセクハラになるはず」というの、ハラスメントや性加害についての解像度が低そう。/ そもそも批判すること、文句を言うこと」ら「表現の自由」によって守られてる権利なのにね。



どういうニュアンス全然わかんねえ

ハラスメントや性加害についての解像度が低そう。

いやまあ僕もその辺に詳しいつもりは全然ない、単なるいちょ噛み素人ですけども。

みたいな話? 流石にこれくらいはわざわざ書いてないだけで分かってるし、ズリネタとか言ってるブコメ(以外にも類型は無数にある)がいずれにも当て嵌まらない事も明白だと思うけど。

この辺の話じゃないんなら勉強不足でごめんね。解像度が低く知識を持たない素人直感的にセクシャルハラスメントを感じても軽々しく告発できないし、下手な事言ったら専門家とか詳しいっぽい人とかに嘲笑される世界観は辛いすね。

この言葉セクハラか否か

この手の話題になると類型ブコメはいくらでも付くし、★もいっぱい付くので、これはあくまでも本件での一例だけど。

連中は街中でズリネタを拝みたいだけで本質的には表現の自由が欲しい訳では無いからな。

少なくともこの言葉が「性的な、嫌がらせ、では無い」は、流石に無理では? 「性的嫌がらせではあるけど、セクシャルハラスメントでは無い」みたいな、なんかそういう専門用語によくあるやつがここでも起きてる感じ?

それとも「これがセクハラなのは否定して無い。単に僕の不見識を論ってるだけ」とか? それくらい文意を汲んで見逃して欲しいんですけど。めっちゃ嫌われてるとかならしゃあない(心当たりしか無い)けど、それならもう非表示にでもしてくれんすかね。

ズリネタレッテル貼り付け遊びが表現の自由によって守られる、それはそう

そもそも批判すること、文句を言うこと」ら「表現の自由」によって守られてる権利なのにね。

僕は、誰がしか表現の自由侵害しているわけでは無く、表現の自由行使した結果のセクハラ(単に今回出ただけとかじゃなく、日常的に横行している)を指摘しているだけです。

1つの攻撃に2つの技術を盛り込んで来るやん。

そして、なんかこの言い様、ヘイトスピーチ表現の自由擁護する青識亜論みたいですね。アカハック食らってなりすまされてる?

追記

いくつか反応を見るに、

>「性的嫌がらせではあるけど、セクシャルハラスメントでは無い」みたいな、なんかそういう専門用語によくあるやつ

これっぽいですね。

それくらい見逃してくれや。「性的嫌がらせ」とかに置き換えて読んでくれ。俺に優しくしろ

2022-11-12

anond:20221112074428

単なる能力主義の延長上にあるものからでは?

容姿能力

 

ただ容姿人種障害セクシャルハラスメントと密接な関係があるから

公的な場では活用を控えて頂きたいところ

2022-10-29

anond:20221028070846

女性警官コスプレをして痴漢待ちをする。

このへんに日本人女性痴漢に対する心理がよく現れている。

日本人にとって間違った欧米人価値観であるセクハラなるものが導入されたあたりで完全に日本女性の性欲は拗れてしまったのだ。

 

本来女性の性欲は痴漢職場でのお触り行為で適度に発散されていたものである

昭和時代作成されたドラマ映画を見てもらえばわかると思うが、

部長課長役の男性お茶くみの女性のお尻にタッチしてそのことを女性が喜びながら怒るというのは定番のシーンである

 

ポイントとなるのは喜びながら怒るである

女性というのは性欲があることや性欲を満たされることに対する喜びを素直に表現できないものである

これは様々な要因によるものがあるが基本的には金銭に換算できるような対価を要求できることを無料男性側に提供することに対する不条理に対するものである

 

まり女性側としてはお尻を触られるのはうれしいのだが、

しかし、これはお金を貰えることだよね?

という矛盾により発生する不条理に対する無意識の不満によるもの

怒りながら喜ぶという行為を呼ぶのである

 

本質的女性はお触りを喜ぶ生き物であり、

昭和時代にはそれは広く一般常識として知られており、

その間には女性普通生活の中で性欲を発散することが出来平和であった。

 

しかしながら1990年代前後米国からセクシャルハラスメントなる概念が導入されることになる。

その原動力になったのはフェミニストと呼ばれるようなある種の主義に凝り固まった人々が社会運動化することにより自らの立身出世に役立てようとする活動によるものである

わかりやすくいうと

セクハラをバズらせて

自分有名人になりたい

という欲求によるものである

 

人というもの不思議な生き物である

ある価値観提供されると、本来的な自分気持ち差し置いても、その価値観のもの自分意志を委ねるということをする。

セクハラ、という概念が紹介されたときに一様に昭和の人々は困惑した。

まり日本人には馴染みの薄いバター臭い欧米人の極端に個人主義を発展させた上での屁理屈のようなその理論と、

その主張を声高にする人々の本音のようなものが薄ら見えて気味悪く感じられたのだ。

しかし、人はひとつの目新しい価値観提供されるとその正否は別にして、ただ新しいと言うだけで魅了されるものでもある。

とくに若い人々、当時の自らの性欲の発散のさせ方をよく理解できていない女性にとってはそうであった。

 

本来、適切なタイミングで行われる痴漢やお触りは喜ぶべきスキンシップであった。

大人たちはそのことをよく理解していたし、だから社会的に黙認されていたことであったのだ。

社会というのは杓子定規で捉え過ぎるとうまくいかない、

この場合女性の適度な性欲発散を社会的容認するというやや風俗的に如何なものか?

と問われる部分においても柔軟に解釈して女性の喜びを保持するべきであるという社会的なやさしさがあったのだ、昭和には。

 

しかし、そのことを理解する前に新しい概念を吹き込まれ女性たちは、

自らの欲望と、ある種の屁理屈のような主義主張にとの間で葛藤することになる。

それが警官コスプレをしながら、痴漢待ちをする、というような第三者から見れば摩訶不思議行為によく現れている。

 

女性専用車両なども、その一種である

本質的痴漢待ちをしたいという強い願望を持つの女性であるが、

拗らせたきった間違った価値観後天的学習してしまたことと、

あいも変わらずの消費社会に染まりきった金銭的な損得とで、

まるで痴漢をされるのが「損」であるなどという自らの首を締めるような考え、

自分自分を鎖で縛るような考え方に染まりきってしまって最早身動きがとれなくなっている。

 

から、おおよそ痴漢にあうはずもないような

年齢

容姿

を備えきった女性まで女性専用車両に乗ることになる。

あれなどは全く意味のない行為であるし、

ここまで技術が進んでいるのであるから

女性専用車両に乗るためには

認証と年齢確認のためにマイナカードをかざすようにすればよいのである

 

そうすれば、女性専用車両に乗るべき人だけが乗ることにより

本質的自分たちの行動が間違っていると気づく端緒にもなるというのに

今の運用方式では、ただ単に一般車両よりも空いているから、という理由で使われており

その間違った運用方式のために「便利さを生み出し」、

それがゆえに廃止すべき女性専用車両廃止すべき理由意識されないのである

 

ここまで書いても理解できない人は多数いることはわかる。

から、我々はプーチンロシアを笑えないのだ。

人々の価値観コントロールするというのはそういうことなのだ。

痴漢は悪、と、欧米NATOが悪、は一緒のことだ。

ある種の人々の凝り固まった主義主張により広げられた価値観による行動様式制限誘導

それは独裁政治と同じことなである

からこの文章はただ虚しいものとなることはわかる。

でも、それでも、と思うのは人としての悲しさであるのは理解している。

2022-10-24

anond:20221023234502

はい

欧州ASD研究で「ASD男性女性セクシャルハラスメントに会いやすい」という記述を見た時、「女性はともかく男性も?」と疑問に思ったけど、欧州では「キモい(creepy)」と女性男性に言うこともセクハラとして定義されてる

https://twitter.com/Shanice79540635/status/1584134564943106049

2022-10-12

ワールドトリガーは胸のカップ表記をやめてほしいという話(B面

ワールドトリガーは胸のカップ数(バストサイズ表記をやめてほしい。

 

1.前提として

A面もレスポンスも読んだうえで、下記の通り意見する。

A面は、ワールドトリガー単行本カバー裏記載されている女性オペレーターのみ胸のカップ数が表記されていることに対して、やめて欲しいと記載している文章である

大本のページは削除されている。魚の拓本については御察しください。

A面に対するレスポンスは、A面が個人気持ち表明だとしつつも権威化するために個人気持ち以上のものを持ってきていることはいかがなものかという文章である

<A面に対するレスポンス

https://anond.hatelabo.jp/20221010163416

 

 

2.なぜやめて欲しいか

私が、なぜやめて欲しいかについて語る前提情報として、基本的コンプライアンスのおさらいを挟む。

 

基本的コンプライアンス

コンプライアンスという概念アメリカで生まれ日本に持ち込まれた。

英語表記Complianceと書く、Comply(従う、応じる)の名詞形のことを指す。

アメリカでは「法令遵守」の意味で広く使われる。

<参照資料コンプライアンスとは何か>

https://www.astron-japan.co.jp/pdf/chapter_01.pdf

一方、日本における「コンプライアンス」は「法令遵守」だけではなく、「その背景にある精神価値観倫理観社会規範に従うこと」の意味で使われる。

まり、「法令」だけではなく「規範」「社会常識」「倫理」「道徳」ひいては「CSR企業の社会的責任)」をも守る必要があるといえる。

<参照資料CSRとは何か>

https://www.bandai.co.jp/csrkids/whatscsr/

また、「社会常識」「倫理」「道徳」はその時代により変化していく。現代においては「ハラスメントをしてはいけないこと」も含むだろう。

 

 

女子オペレーターバストサイズのみ、単行本裏表紙記載すること」は、コンプライアンス違反に値すると思う。

現実世界でもあるだろうが、創作作品上でバストサイズを「胸の大きさを女子が気にする。大きいと男子が喜ぶ。胸の大きさという本人の努力でどうにもならない部分のある容姿からかうネタにする」ことがある。「バストサイズネタ」と言えば、だいたいの人がどういう内容か想像できるのではないだろうか。

 

私は、バストサイズネタにすることは、現実の子供たちが「バストサイズネタにしていいことなのだ」「バストサイズは気にするものなのだ自分サイズはどうなのだろう」「(周りがからかってくる場合からかわれても仕方がないことなのだ」と判断することが嫌だ。バストサイズからかうことはセクシャルハラスメントである。それを善しとする社会になって欲しくない。

その上で、ワールドトリガー商業誌として株式会社出版する書籍である。広く流通するし、年齢制限がある訳ではなく、子供主人公なこともあり、沢山の子供たちも読む。子供教育に影響を及ぼすと考えられないだろうか。

ここで関わってくるのが、「CSR企業の社会的責任)」である

 

子供顧客層に持つ漫画等の作品を多数取り扱う会社」には「子供たちの教育に対して社会責任がある」のではないだろうか。私は「子供たちの教育」とは、「現代社会」の「社会常識」でいくと、「ハラスメント防止」が含まれると思う。

 

私は、ワールドトリガーという作品が好きだ。作り込まれ世界観やランク戦のルール、読んでいてストレスの溜まらない精神年齢の高い子供たちのやりとり、キャラクター立ちしている登場人物違法行為をしていそうなのに表向き明るい雰囲気企業、そのどれもに魅力を感じている。

そのように好きな作品であるからこそ、私から見て「ハラスメントに繋がりそうなことを、CSRを守らずに行い続けている」、コンプライアンス違反しているように感じるから嫌だ。また、CSRを口に出していることからもわかるかもしれないが、出版社が企業としての責任を果たすためにも(作者の同意を得たうえで)掲載しないことや年齢制限を設けることで子供への影響を減らすなどの対応もっともだと考えている。

 

同人自費出版であればバストサイズ記載していただいて何の問題もない。好きにすればいいと思う。しかし、自費出版でも一般書店流通を持ったり、何万部も頒布したりするような大きな力があれば、企業まではいかないにしてもそれなりの責任を持つ必要があると思う。

 

 

3.どのように対応して欲しいか

なぜやめて欲しいか記載したため、どのような対応を望むのかについて記載していく。

 

第一に、「今まで女性オペレーターだけバストサイズを載せていたけれど、考えてみたらバストサイズを載せる必要は無かったので、今後は取りやめる。過去の分は削除する」と発表したうえで、新規掲載しか過去分削除することである

 

第二に、何も言わず新規発行の巻や増刷から削除していくことである

上記パターン理想的パターンである

 

第三に、男性オペレーターも登場させてバストサイズ記載したり、そもそも性別関係なくスリーサイズを載せることが挙げられる。

 

第四に、過去の名作たちの本の冒頭ページに挟まっているような「本誌は掲載当時の価値観で描かれたものであり、差別意図はありませんでした云々」というような但し書きをつけて販売することである

 

いずれも、作者に対応させるのではなく、企業として企業対応する必要があると考えている。作者の趣味時代にそぐわないステレオタイプ描写があったら、編集者が変更させるべきだと思うのだ。

 

 

4.その他の描写はいいのか

正直、バストサイズも嫌だが、それ以上に「オペレーター女性技術職員男性」「迅悠一のセクハラ」について引っかかっている。

 

バストサイズ以外の描写であればコンプライアンス違反していそうでも問題ないだろう、なんてことは勿論ない。

特にセクハラである同意なく他人のお尻を触る」ことは「強制わいせつ罪である

それも、「旧ボーダー」「S級」「未来視」といった「組織にいなくては困るような重要な人物からされたら、断れない人もいる。その上で「断れない相手を選んで行っている」ことは最悪である

 

 

5.その他の描写にどのように対応して欲しいか

オペレーター女性技術職員男性」はしれっと削除して欲しい。

 

「迅悠一のセクハラ」は犯罪でありコンプライアンス(広義)ではなく(狭義)で完全にアウトなため、何も言わず削除するという選択肢はないと考える。「今まで放置していたが、欠点や親しみやすさを醸し出すためのキャラ付けとして描くには軽率選択だった。今後真似する子供が出たり、行っても良いのだと思われたりしても困るため、削除することにした」と発表のうえ、削除して欲しい。

 

いずれも、作者に対応させるのではなく、企業として企業対応する必要があると考えている。作者の趣味時代にそぐわないステレオタイプ描写があったら、編集者が変更させるべきだと思うのだ。

 

その他事項についても、作者に対応させるのではなく、企業として企業対応する必要があると考えている。まだ刊行の続いているかつ、アニメ化をするような勢いのある作品であれば、作者の趣味時代にそぐわない描写編集者が変更させるべきだと思う。

 

 

6.蛇足

私は休載後にハマった新規勢だ。ハマってすぐに迅悠一が最推しになった。

しかし、どうしてもセクハラに大して拒否反応が出てしまい嫌だと思った。セクハラさえなければ悩むことな完璧に好きになれたのにと思ったこともある。

インターネット上で迅悠一のセクハラについて書いている人がいないか検索し、文章を探して読んでは大きく頷くこともあった。好きなキャラからこそ受け入れがたかった。(勿論、読者が無理にキャラクターを受け入れる必要などない)

2022/10/12現在修正も何もないので、作者の中では現実世界のようにハラスメントは厳しく罰せられることだと社会常識が変わろうとも、迅悠一というキャラクターセクハラを続けるのだと解釈している。それでも私は迅悠一が好きだが、罪には罰をと考えているため、企業内の就業規則等に従い、厳格な処分が正常に下されていることを願っている。

 

2022-08-31

anond:20220831133407

セクシャルハラスメントになる可能性は否定できません。

厚生労働省ホームページ等において一般に公開されている「職場におけるセクシャルハラスメント」において記載されている定義(主に雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律による)は以下の通りです。

1.職場において、労働者の意に反する性的言動が行われ、それを拒否したこと解雇、降格、減給などの不利益を受けること(対価型セクシュアルハラスメント

2.性的言動が行われることで職場環境不快ものとなったため、労働者能力の発揮に大きな悪影響が生じること(環境セクシュアルハラスメント

本件において増田氏が行った取り扱いについて、全ての部分に問題があるとは考えにくいものですが、

NGワードを削除しました」だけだと上の人に詳細に伝わらないので削除した単語一覧と削除した理由も追加しておいてねって報告書添削をしたら

この部分の言動について、配慮が一部不足しているという答えはあり得るものと思われます

具体的には、少なくとも当該部下が

労働者として不適切・不合理な取り組みであることを理解した上で、なお卑猥単語について到底耐えられないほどの嫌悪感を抱いている」という状況を少なくとも増田氏が認識することができたことは客観的推認可能ものと思われます

これは、つまるところ(能力の適正であるとか、プロフェッショナルとして求められる業務に対する姿勢であるとか、問題の外にある事項が多々あることは見受けられますが)当該作業を到底許容し得ないということを、部下は一定程度行動で示していた側面があり、これに対し当該作業を命じることは配慮が不足している、という形で受け取られる可能性が否定しきれないものと思われます

もちろん、これについて「クソアマ意味不明なこと言ってきて仕事邪魔しかなってねぇのにそれの尻拭いを自分でさせることすら配慮が足りねぇってされんのかよ」というようなお考えはあるのかもしれません。

それについては「はい」とお答えします。

それが法律であって、権利として定義されているからですね。

極端な例ですが、「取引先のお金をくすねた部下に対し、取引先が『土下座させなければ取引を辞める』と言ってきたとき、部下に対し土下座を命じることはパワーハラスメントか」と言われれば、パワーハラスメントに該当しない可能性は極めて低く、適切な対応とは言えないでしょう。

たとえ取引先との契約を失えば会社が潰れ路頭に迷う労働者が多数出ようとも、定義を尋ねられ権利について回答するのであれば、そうです。

パワーハラスメントを受けたことによる権利侵害に対する損害賠償請求がなされこれに企業が応じた場合に支払うべき金銭補償取引先を失ったことによって発生する損害とを比較衡量し経済的合理性において土下座強要したほうが遥かに経済合理的であろうとも、そうです。

そういうものからです。

みんな本当は無能はいなくなって欲しいんですよね。

でも、今のところ法律は一応、そうできています

たぶんそのうちそうじゃなくなるかもしれないですね。皆さんそうあってほしいってあんまり思ってないみたいですし。

2022-08-09

ele-kingのWhitearmor - In the Abyss: Music for Weddingsのレビュー担当三田格だったけど案の定自民統一ネタをしてる

それは結構だが三田さんはいつになったらDerrick Mayセクシャルハラスメント疑惑に何らかの声明を出すのだろうか?

このまま逃げ切るつもりなのだろうか? だが真のクラブミュージックリスナーから三田さんは黒人アーティスト性的暴行には目を瞑るレイシストだとみられてる現実からそろそろ向き合うべきなのでは?

2022-08-05

清水晶子(東京大学)「学問の自由キャンセルカルチャー」Part2 〜ポリティカル・コレクトネスという言説戦略

目次

anond:20220805225632 Part1 〜学問の自由とその濫用

anond:20220805225835 Part2 〜ポリティカル・コレクトネスという言説戦略

anond:20220805230017 Part3 〜Academic Bill of RightsとProfessor Watch List〜

anond:20220805230307 Part4 〜キャンセルカルチャー批判

anond:20220805230534 Part5 〜Ahmedが見立てキャンセルカルチャー批判メカニズム

anond:20220805230705 Part6 〜質疑応答

学問の自由キャンセルカルチャー」Part2 〜ポリティカル・コレクトネスという言説戦略

https://www.youtube.com/watch?v=FP8rL7KfisI&t=2904s

48:24~53:05

ポリティカル・コレクトネス

伝統的な大学制度における性差別人種主義同性愛嫌悪などに挑戦する改革側を、自由を抑圧する権力者として描き出す

アラン・ブルームアメリカンマインド終焉』(1987)

ニューヨーク・タイムズコラム政治的正しさという覇権の高まり」(1990)

ジョージ・H・W・ブッシュ大統領(当時) ミシガン大学におけるスピーチ(1991 (自分の考えを口に出す自由を脅かす不寛容さとしてのポリティカル・コレクトネス

報告タイトルにもなってるキャンセルカルチャーというのは、まさにこの文脈で作り出され拡散されてきた用語です。

これは学問の自由だけに関わるものではなく、幅広く文化活動一般に関して使われていますが、

学問の自由がその射程に含まれることもまた間違いはない。

ただ2010年代、後半ですね特にから急激に広まってきた「キャンセルカルチャー批判」についてお話をする前に、

その文脈ていうかその前身とも言える、いわゆる「ポリティカル・コレクトネス」っていうものについて少し確認をしていきましょう。

ポリティカル・コレクトネスという語自体は、

元来共産党が打ち出す公式路線に過剰に忠実な思考や行動を指す、ある左派の間の内輪の自嘲的な用語として使われていたものです。

ところがこれアメリカ文脈ですが、古典学者であるアラン・ブルームによる1987年の『アメリカンマインド終焉』、

1990年ニューヨーク・タイムズコラム政治的正しさという覇権の高まり」、っていうここら辺を契機として、

各種メディアなどにおいて、ポリティカル・コレクトネスを巡る議論というのが沸き起こる。

1991年5月には、当時のジョージ・H・W・ブッシュ大統領ブッシュ・シニアミシガン大学におけるスピーチで、

ポリティカル・コレクトネスというのは自分の考えを口に出す自由を脅かす不寛容さだ」というふうに言及するに至ると。

現在日本ポリティカル・コレクトネスというと、

専らポップカルチャーでの表現みたいな、映画とか漫画とかそういうことをイメージされるかもしれませんが、

そもそもポリティカル・コレクトネスについての議論というのは、大学という場をその主要な舞台の一つとしていました。

1980年代アメリカ大学では、女性学アフリカ研究など新しい学部プログラム設立

それからアファーマティブ・アクション採用それから大学におけるセクシャルハラスメントへの対応の開始、

それからコースとかカリキュラム見直しなどが一気に進んでいくことになります

これらは全部具体的な制度的変更なんですけれども、それと同時に大学における教育研究というものが暗黙の前提としてきた、

性差別人種主義ホモフォビアなどの検討修正とを迫るものでもありました。

こういう変革への抵抗や反感というものを、単に大学という限られた場所における制度上の闘争という形で提示したら、

それはあんまりアメリカの広い一般大衆の興味を引くことはなかったかもしれない。

けれどもこれをアメリカ価値の根幹に関わる、思想言論の自由危機として提示することで、

保守派側は一般の注目と関心を引きつつ、

伝統的な大学制度覇権に挑戦する改革側のほうをこそ、逆に自由を抑圧する権力者なのだというふうに描き出すことに成功します。

合衆国全土で言論の自由攻撃されている」

「この国土において不寛容さが増大していること、論争を解決するのに理性ではなく威嚇を用いる傾向が強まっていることに、私たちはみな警戒心をもつべきだ」。

実際に当時、先ほど申し上げたブッシュ・シニアミシガン大学演説ではこういう言い方がされている。

合衆国全土で言論の自由攻撃されている」と。

「この国土において不寛容さが増大していること、論争を解決するのに理性ではなく威嚇を用いる傾向が強まっていることに、

私たちはみな警戒心をもつべきだ」と。

1980年代から続く共和党政権なんですが、ブッシュ・シニア共和党政権は、

例えば女性の性と再生産に関わる健康権利の獲得に向けた運動というのを、はっきり言って足踏みさせた政権です。

またHIV/AIDS流行に対して同性愛嫌悪に満ちた対応で、LGBTコミュニティに深刻な打撃を与えてきた政権でもある。

人種主義に関して言えば、国内人種差別問題というのも当然温存されていて、

このミシガン大学演説の翌年92年には、ロサンゼルスでの人種暴動というものが起きてる。

にもかかわらずこの演説では、政府共和党によるそういう長年に関わる差別や抑圧が一切問題にされないんですね。

この演説暴力的な抑圧者だとして名指すのは、そういう差別とか抑圧を指摘して批判してきた側のその差別に対する不寛容

その差別に対する不寛容暴力だと抑圧だというふうに名指していく。

ポリティカル・コレクトネスという言説戦略

大学という特定組織における性差別人種主義同性愛嫌悪などに対抗することを目的とした取り組みを、思想言論への検閲であるかのように見せる

ポリティカル・コレクトネス」なる強権的な弾圧から思想言論の自由を守って闘う被抑圧者としての多数派

まり右派が持ち出した「ポリティカル・コレクトネス」というのは、

大学という特定組織におけるセクシズムやレイシズムホモフォビアなどに、対抗することを目的とした取り組みというのを、

逆にあたかマッカーシー旋風の再来を思わせるかのような、思想言論への検閲であるかのように見せる、

非常に巧妙な言説戦略だったというふうに言うことができます

この枠組みは既存体制に内在する差別や抑圧から人々の目をそらす、

しろ多数派こそが「ポリティカル・コレクトネス」なる強権的な弾圧というものから

思想言論の自由を守って闘う被抑圧者なのだというふうに主張することに成功したわけなんですね。

anond:20220805230017 Part3 〜Academic Bill of RightsとProfessor Watch List〜

2022-06-15

たったひとつの冴えた少子化解消

[B! はてブ] 『20代独身男性「4割がデート経験なし」内閣府の調査』へのコメント

たとえば距離感を掴むのが苦手な男がいたとして…

彼が好意のままに職場女子告白すると、『告ハラ』になる。

友だちとして信頼関係を築いた後に告白しても、ビックリされて『ぬいペニ』と呼ばれる。

失敗した恋愛アプローチは、現代ではハラスメントになる。

恋愛の「リスク」などと表現するのさえ、DV予備軍・性犯罪者予備軍とみなされる。

いまや恋愛的な好意を育むのも難しい。

“ 男女がドアの閉じた部屋で二人きりにならないようにする ”

最初は、敏感な塾講師教師が保身のために気をつけはじめた事だった。しか最近ではエレベーターに乗り合わせたときにも、譲ったり降りたりしてほしい、という声が支持される(私はその状況を『エレベーター同衾』と名付けた)。

会社飲み会を不意のセクハラ発言を防ぐために男女別で行って良いとする意見が人気になるのも無理はない。女性を「かわいい」と褒めることさえセクシャルハラスメントと言われてしま時代なのだから

若い人はもう、大半が恋愛経験はなく、男性の半数はデートの機会にさえ恵まれない★。

男女の距離感を掴むのが苦手な人は練習する必要があるハズだ。だが未熟なままに不器用アプローチ実践すれば、誰かは必ず傷つく。

先進的にアップデートされた価値観の元では、もちろん女性犠牲にするなどは許されない。

かと言って義務教育で恋愛術を教える方針も不人気だ。ひとりぼっちのままでいる選択尊重されねばならない。内向的な子を無理に引っ張り出して傷つけるなど以ての外である

個人権利尊重したい。しかし国を支えるために子どもたちは必要だ。

結婚支援として経済的サポートを拡充したとしても、コミュニケーション能力を欠いた男女では結婚生活は早期に破綻するだろう。状況の深刻さ★を鑑みるに、子持ち既婚者に第二子を期待するのではまったく足りない。

から精子バンク活用シングルマザー支援 が不可避の選択肢になる。

女性他人の身勝手さに振り回されずに、自分女性性を自由活用できるチャンスのある社会へ。

この方法は、恋愛を介さずに将来を担う人材を確保できる、日本に残された唯一の希望なのだ

精子を選ぶのは個人レベル優生主義だと思うが🤔

かにそうかも知れないが、それを言うなら恋愛だって個人レベル優生主義だ。本質的には同じだよ。

2022-06-01

X氏への公開書簡のようなもの

 私に対する告訴検討しているという人物、ここでは仮にX氏と表記しますが、X氏及び第三者の方々に対して、以下の点について説明します。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

1 私が「X氏の元・妻である」と自称したとするX氏の主張に対して

事実(1):私は、一度も「私はX氏の元・妻である」と自称していません。

 まず明白な事実から述べると、私は「X氏の元・妻である」とは、最初から一言も書いていません。

 これは、はてな社のログ確認できる立場担当者ならば、直ちに確認可能事実であります

 したがって「私が自分のことを、X氏の元・妻である自称した」という指摘は、明白な虚偽であります

事実(2):私の記事には、特定人物を想起させうるような、言外の情報は含まれていません。

 或いは、X氏の側は「それでも私が書いた記事は、言葉による明記はしていないものの、X氏の元・妻であるかのように誤認されうるものであった」と主張されるかもしれません。

 しかし、仮にそう言われたとしても、それは無理のある主張と言わざるを得ません。

 私は、セクシャルハラスメント被害を受けた人間立場として記事執筆しましたが、そのセクシャルハラスメントが行われた場や年月日、関係者個人情報(年齢・職業居住または就業場所など)を一切記載していません。

 また、元・配偶者が、私の受けたセクシャルハラスメント被害について、理解共感被害回復の手助けや協力を示してくれなかったという話についても、ハラスメント被害者のパートナーや伴侶が被害者の苦痛について理解共感をしてくれなかったり、被害回復の手助けをしてくれないという事は、多々あるハラスメント被害事例の中では(悲しいことに)ありふれた話です。

 さらに、セクシャルハラスメント加害者が、夫婦カップルの公私に渡る知己の人物であることも、これもまた(悲しいことに)ありふれた話です。

 セクシャルハラスメント加害者が、年長者であるケースについては、指摘するまでもなく、ありふれた話です。

 つまり、私のセクシャルハラスメント被害について書いた記事には、そもそも「言外の情報」と呼びうるような、特定人物を強く示唆したり、想起させたりするような、特異な描写が含まれていません。

 故に「私の執筆した記事は、言外情報によって、私をX氏の元・妻であると誤認させる内容であった」とする主張は、万が一なされたとしても、それは全くの言い掛かりに過ぎず、不合理で妥当性に欠ける主張と言わざるを得ません。

補足(1):曖昧記述による告白相談は、ハラスメント被害者が二次被害回避するための正当な防衛行為です。

 私の書いた記事が特異な記述を避け、また曖昧さを有しているのは、二次被害回避するように心掛けた結果です。そのような曖昧記述は、ハラスメント被害者が自身を護るための正当な行動であると私は考えています

 セクシャルハラスメントを含めた様々なハラスメント被害は、一次的な被害のものが非常に苦しいものであり、そうであるにも関わらず、その苦しみについての理解共感心理的な救いを他者に求めようとすれば、自分の顔や名前などの個人情報を知られることを伴って、二次的な被害を被る可能性も増大するというジレンマが有ります

 そのようなジレンマ二次被害苦痛回避しつつ、匿名性を保ったままで被害者が自らの苦しい胸中を吐露して他者理解共感を得ることは、私が利用するはてな匿名ダイアリーの果たし得る貴重かつ社会的な意義のある機能であると、私は認識しております。これは、かつて、はてな匿名ダイアリーに「保育園落ちた、日本死ね」と題する匿名記事投稿されたことによって、日本社会全体で議論改善の動きを促進した事例を思い出していただければ、容易に理解していただけうるものと私は信じております

 私がはてな匿名ダイアリーの機能活用して、私自身の個人情報を推察されないように曖昧性を持たせ、匿名性を維持したまま、私自身のセクシャルハラスメント被害およびその苦しみについて告白したことは、他者から何ら非難されることではないと私は考えています

補足(2):仮に「私の記事は、X氏の元・妻ではないと識別可能な程度の具体性を伴って執筆されるべきであった」という要求がなされたとしたら、それは不当且つ過大な要求と言わざるを得ません。

 具体的記述をすることによって、私が何者であるかを私自身のハラスメント事例における加害者や私の近しい人たちに察知され、私が二次被害を被る可能性が増大します。そのような、私の危険に繋がりかねない具体的な記述要請されたとしたら、それは私の意志権利に反する不当かつ過大な要求であると私は考えます

 当初は明言を避けてはいものの、既に私は「X氏の元・妻ではない」ことを明言しております。この明言は、訴訟可能性を示すという手法によって、X氏から精神プレッシャーを加えられたことによって判断力が低下したために、不本意ながら行った明言です。不本意というのは、一旦このような明言を行うと、それに続いて、覗き趣味的に「お前が被害を受けた事件とは、事件Aのことか?」「それとも事件Bか?」等々と、人物特定目的とした質問が次々と発生することを誘発しかねず、そうなると包囲網が徐々に狭められて、ついにはセクシャルハラスメント被害者としての私が誰であるのかを個人特定されて、世間の好奇の目に曝されかねないからです。

 仮に、私がX氏の元・妻と第三者に誤認されたのだとしても、ハラスメント被害者に対して個人特定可能証言記述強制して、被害者の負担を増大させるようなことは避けるべきと考えます

事実(3):「私がX氏の元・妻ではない」ということが即ち「私がセクシャルハラスメント被害者ではない」ということを意味するということはありません。

 X氏は、些か奇妙な主張として「この文章を書いた人間(私)は、自分(X氏)の元・妻ではない。したがって、この人間(私)が書いている内容はデタラメである」という主旨の論理を展開しています

 既に述べたとおり、私は最初から一言も「自分はX氏の元・妻である」と言っていませんし、言外情報によって「自分はX氏の元・妻である」と示唆したり想起させることもしていません。また、私はX氏の元・妻ではないことも(明言することで不利益危険性が増大するため不本意なのですが)明言もしています

 これも既に述べたことですが、この社会においてセクシャルものセクシャルものわずハラスメント被害の事例は、悲しいことに「ありふれた出来事」と言ってもいいほどに頻繁に見られ、発生件数も多大なるものです。町山智浩氏の虚言を記録したインタビューの中で語られたセクシャルハラスメント実在しなかったと判明したからと言って、世の中に起こっている多数のセクシャルハラスメントまで実在しなくなるわけではないことは、容易に理解できるはずです。私は、この社会ごまんと存在するハラスメント被害者たちの中の一人なのです。

 一つ喩え話をしますが「こいつ(私)はX氏の元・妻ではない。だからセクハラの話はデタラメだ」という論理構成は「この動物は犬ではない。だから哺乳動物ではない」というのに似ていますしかし「犬ではない哺乳動物(ネコネズミetc.)」がいくらでも存在するのと同様に「X氏の元・妻ではないが、セクシャルハラスメント被害である人間はいくらでも存在することは、すぐに思い至るはずです。論理学の基本を学ばれた方ならば「P→Q」(PならばQである)を否定するのは「¬Q→¬P」(QでないならばPでない)であって、決して「¬P→¬Q」(PでないならばQでない)ではないことはご存知のとおりです。

 X氏が「こいつ(私)は自分(X氏)の元・妻ではない」ということを根拠にして、私のセクシャルハラスメント被害まで虚偽であるかのように結論づけようとされていることは、かなり無理があると私は思います

 謝罪すべき点は謝罪し、しかし、それとは別に誤った理解をされているおそれが有ると思った点については、説明すべきと思い、筆を取りました。

 とりあえず、この記事は以上です。

2022-05-31

町山智浩の虚言インタビュー記事について

 「雑誌映画秘宝』の記憶」を執筆している者です。既にご存知の方もいらっしゃると思いますが、町山智浩が、過去雑誌インタビュー記事で「後輩男性の元・妻の女性に対してセクシャルハラスメントを行った。それは、後輩男性から申し出たことだった」と語った内容は、事実無根であることが既に判明しております

 謝罪言葉anond:20220530192850に記しました。

 このため、私が過去執筆した「雑誌映画秘宝』の記憶」と題する一連の記事のうち、事実無根と判明した情報、その誤った情報を前提として記した人物評価を含む記事について、公開し続けることは問題があると判断し、はてな社に対してこれらの記事削除依頼を私から申請しておりましたが、このたび2022/05/31に削除措置を済ませたとのご連絡をはてなからいただきましたので、ここに報告いたします。

 過去記事を読み直して問題が有る箇所をチェックする作業に手間取ったために、町山智浩が虚言を告白してから削除依頼申請するまでにタイムラグを生じ、速やかな対応ができなかったことをお詫び申し上げます。誠に申し訳ありませんでした。

 誤った情報を伝播したことと誤認情報に基づいて誤った人物評価を行ったことにより、X氏の元・妻の女性たち及びX氏御本人に精神的苦痛を与えてしまたことを、改めて深くお詫び申し上げます。誠に申し訳ありませんでした。

 私自身が誤認情報拡散した一人なので、このようなことを今さら申し上げるのは誠に手前勝手承知しておりますが、これを読まれた方は、町山智浩の虚言に基づいて形成された誤認情報が、これ以上拡散されることのないように何とぞ御協力をお願いいまします。

2022-05-30

「『映画秘宝』の記憶執筆者から皆様へ・2

 anond:20220530192850の続きになります

 (はてな社に問題記事削除依頼申請した結果、2022/05/31削除措置を済ませたとのご連絡をいただきました。対応して下さったはてな社の方々にご迷惑をおかけし、誠に申し訳ありませんでした。)

 私が、町山智浩の後輩男性(以下"X氏"と表記します)の元・妻の女性たち及びX氏に精神的苦痛を与えた記事を書いた当時の、動機心理を思い返すと、自身ハラスメント体験に重ねて情報を捉えていたのが大きな要因だと思います

 ハラスメント被害のものの苦しみだけではなく、私の身近にいる人間の中には、私の苦しみに対して理解共感を示してくれない人、被害回復の手助けをしてくれない人が存在し(もちろん、理解共感や手助けをしてくれた人も存在しましたが)、そのような心無い人たちの存在は、深い無力感孤立感を私に与えました。

 そうした無力感孤立感に苦悶していた時、私は町山智浩インタビュー記事情報に接しました。今となっては、そのインタビュー記事の中で語られたセクシャルハラスメント被害現実のものではなかったと判明していますが、その情報を知った当時は本当の話であるものと私は思っていました。私は、その記事の中のセクシャルハラスメント被害者を、私自身に、被害者を助けようともしないで町山智浩の側に付いている(という誤ったイメージを、町山智浩の虚言によって付与された)X氏を、私の助けになってくれなかった人たちに、それぞれ重ねていました。

 加害者町山智浩に苦しめられるだけではなく、家族・伴侶であるX氏すらも加害者の側に立っていて、セクシャルハラスメント被害である元・妻の方は、孤立無援で苦しんでいる。そのような(今となっては誤りと判明している)イメージが、私を強く捉えて離さなくなり、居ても立っても居られなくなりました。

 ハラスメント被害経験である自分には、加害者町山智浩と、町山の味方となって彼女たちを顧みない(と誤認していた)X氏を批判する義務権利が有るのだ。抗議の声を上げられない彼女たちのためにも自分だけは代わって抗議の声を上げるべきだ。たとえ他の人たちが彼女たちを顧みなくても、せめて私は彼女たちの何らかの助けにならなくては。そのような思いを私は抱きました。

 言論である町山智浩が、自発的意志によって、広く販売される雑誌の誌面に掲載されるインタビュー記事として公開した情報なのだから、それをピックアップして公の場で批判することには十分な道理が有ると考えたことも、私の行動に拍車をかけました。

 MeToo運動我が国へ波及する様子も見て、何かが変わるような、私でも変えられるような気もしました。

 しかし、私が町山智浩インタビュー記事ピックアップして情報を伝播したことは、実際にはX氏の元・妻の女性たちを助けるどころか、却って苦しめる結果にしかなりませんでした。

 X氏についても、もし私が冷静になれていれば「本当は、町山智浩インタビューに抗議などをしたいのに、権力勾配の存在マインドコントロールなど何らかの理由によって、町山に対する抗議の声を上げることが困難な状態に置かれているのかもしれない」という可能性も考慮して、仮に誤認情報に基づいてX氏に対する批判非難をするにしても、もう少し抑制の効いた、精神的苦痛を与えたり名誉を傷つけずに済むような書き方が出来たのではないかと思いますしかし実際には、既に明らかになったとおり、私はそれが出来ませんでした。

 私は、X氏を悪魔化していたのだと思います悪魔化することで、あのような筆致で記事を書くことも正当な行動なのだと、私は勝手に思いこんでいました。非常に身勝手独りよがり正義感であったと思います

 今でも、セクシャルハラスメントパワーハラスメント、それ以外にも人間としての尊厳を踏みにじるような行為について、それらを他人が行っているのを認知したならば批判するべきであるし、抗議の声を上げてそれらを止めさせるべきであるという考え自体には私も変わり有りません。しかし、たとえそうするべきであったとしても、やはり冷静さを欠いて感情的になったり、節度を失ってはならないのだと、今さら遅きに失することではありますが、改めて痛感しました。

 はてな匿名ダイアリーは、かつて「保育園落ちた、日本死ね」と題する記事によって、日本社会全体に議論空気改善の動きを促したことがあることを、私は知っていました。

 ハラスメントの苦しみについて理解共感を得ようとしたり、抗議の声を上げようとすると、個人情報を知られて二次被害を受ける可能性を考えて、被害者は躊躇するものです(これは、経験者の方々にならば共感してもらえると思います)。しかし、はてな匿名ダイアリーならば、二次被害可能性を回避することと、私のような弱い人間でも抗議の声を上げることの両立が可能かもしれないと考えました。

 ここ数ヶ月、日本実写映画業界の周辺では、監督俳優によるセクハラパワハラ性的暴力が露見して報道されることが増加しました。明らかに道理がないそれらの事案に対してですら、被害者の人たちに対して「自業自得だ」というような心無い声を浴びせる人たちが少なくありません。あるいは「それらの監督俳優は、才能の持ち主なのだから、少しばかりの過ちを犯しても寛大な処分で済ませよう」と言う人たちもいました。町山智浩インタビュー問題発言に対しても「町山さんのことだから」と言って、問題視せずに済ませる人たちが少なくありませんでした。

 こういった著名人立場の強さと非・著名人立場の弱さの差によって、押し潰されているハラスメント等の被害者は少なくありませんし、弱い人間に対する理解共感を示さない人たちから二次被害を受けることもあります。それらに負けずに抗議の声を上げることを弱者でも可能にする、はてな匿名ダイアリーのような場は貴重であると私は考えています

 しかし、私のように身勝手で誤った正義感に基づいた独りよがり断罪の振る舞いは、はてな匿名ダイアリーの価値を損ないかねないものであり、そのような意味でも私は罪深いことをしたと思います

 思いつくままに筆を進めてきたために論理性に欠ける文章となりましたが、X氏の元・妻の女性たちやX氏に対して私がしたことは、何ら正当化できないことだけは言うまでもありません。たとえ、私がハラスメント被害者であったとしてもです。

 こうして書き連ねたことも、結局は自己正当化に過ぎないのかもしれません。まだ私は本当の反省ができていないのだと思います

 いったん筆を置きます

「『映画秘宝』の記憶執筆者から皆様へ

 一連の「雑誌映画秘宝』の記憶」という記事執筆した増田から、以下のとおりお伝え申し上げます

1 謝罪

 初めに、町山智浩の後輩男性(以下"X氏"と表記します)の元・妻である女性たちに対して、私の記事によって名誉を傷つけたこと、精神的な苦痛を与えたことを、心より謝罪します。誠に申し訳ありませんでした。

 次に、X氏に対して、事実とは異なる情報事実であるかのように流布し、また、誤った人物評価を行い、名誉を傷つけたこと、精神苦痛を与えたことを心より謝罪します。誠に申し訳ありませんでした。

 私は、町山智浩批判しているつもりでいながら、実際には町山の共犯者となっていました。これは、私の大きな過ちでした。X氏の元・妻の女性たち、X氏御本人に対して、お詫び申し上げます。誠に申し訳ありませんでした。

2 私は、どのようなことをしたのか

 大きく分けて、次の二点になります

(1) 町山智浩雑誌インタビュー記事で語った「X氏が町山に対してX氏の妻(※当時、現在離婚成立済み)の身体を触ってよいと持ちかけてきた。自分(町山)はそれに乗って彼女身体を触った」という主旨の話を、事実であると誤認した上に、その誤認情報他者へ伝播した。

(2) その誤認情報に基づいて「X氏は配偶者を町山に献上するような人物である」という人物評価を行い、それをはてな匿名ダイアリー記事として発信した。

(3) しかし先日、町山智浩が「インタビューの内容は盛って話していたことであり、事実ではない」とTwitter上で告白したこと、また、町山の告白を受けたX氏も「事実ではない」と証言したことから、私の事実誤認及びその誤認に基づいた誤った人物評価が明らかになったため、この度、上記1のとおり謝罪するに至ったものです。

3  過去投稿した「雑誌映画秘宝』の記憶」と題する記事について

 一連の記事のうち問題の有る箇所(*)、すなわち「町山智浩が実際には行っていなかったセクシャルハラスメントについて言及した箇所」や「X氏に関する誤った人物評価を私が行った箇所」を含む記事について、この記事投稿した後、はてな運営担当者宛に削除依頼申請する予定です。

 私自身の手で削除しない(できない)理由ですが、一連の「雑誌映画秘宝』の記憶」と題する記事に付記した番号で示しますと、これらのうちNo.60までについては、記事執筆した当時のはてなアカウントの退会手続きを既に済ませていることから私自身の手で削除作業を行うことができない状況にあります

 また、町山智浩告白から削除に着手するまでにタイムラグが生じたのは、全記事を読み返して問題箇所(上記*印を参照)の有無を確認する作業に手間取ったことが原因です。本来は、町山智浩告白及びX氏の証言を受けて、速やかに記事を削除するべきところを、それをしなかったことについても心よりお詫びいたします。

 また、削除申請対処していただく、はてな社の方々に対しても、御手数と御迷惑を心よりお詫びいたします。(2022/05/3112:26、はてなサポート窓口 法務連対応チームから問題記事の削除処理を済ませたとのご連絡をいただきました。担当者をはじめ、はてな社の方々には御手数を取らせてしまい、誠に申し訳ありませんでした。)

 なお、問題箇所(上記*印を参照)を含まない記事については、削除申請をしない方針ですが、問題箇所を含む記事を私が見落としている可能性もあります。もしも、それらについてお気づきの方があれば、コメントなどで通知していただければと思います。なにとぞ御協力をお願いいたします。

 取り急ぎ私から皆様にお伝えすることは、以上になります

 現在問題箇所を執筆した動機や当時の心理についても、私の反省するべきところを考察して、別記事に分けて説明することを考えています

anond:20220530213745に少しだけ、考えたことを書きました。

2022-05-29

ある女のセクハラ体験談の続き

 2つ目の追記が長くなったことと修正部分があることから独立して記しておく。元の文章を書いた時の私の気持ちと、今の私の気持ちである。元の文章は、いくつかの修正を加えたが、次のようなものである。→anond:20220527204733なお、最初から私は、誰それの元・妻ですとは一言も書いていない。その点に関してだけは明確にしておく。

2022/05/30告訴をちらつかせている人物がいるが、私はその人物の元・妻ではない。繰り返しになるが、最初から私はそのように称していない。本来ならば、セクシャルハラスメント被害者として、特定されたり好奇の目に晒されるような二次被害を防ぐために個人情報曖昧にして書いた。それなのに、告訴をちらつかせている人物からは「自分の元・妻ではないから、このセクシャルハラスメント被害の話は虚偽」と言われ、私は非常に苦痛を強いられている。痴漢冤罪ピックアップすることで痴漢被害者の声を掻き消そうとする人たちがいるが、それと同じことをセクシャルハラスメント被害者に対して行っていると、告訴をちらつかせている人物には自覚して欲しい。

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 元の文章で私は、自分が誰なのかも、文中に書いた登場人物が誰なのかも書いてはいなかった。私は誰それの元・妻ですとも書いていない。

 では何故、私はフィクションと銘打って、人物特定しない書き方をしたのか。それは、これが「普遍的物語」だからだ。被害者となる人間、なった人間は、私だけではなく誰でもあり得るし、加害者もまた同じく誰でもあり得る。被害者の側に立たないで、加害者の側に立つことを選択する第三者も、同じく誰でもあり得る。だからこそ、読み手に「これは自分のことを書いているのでは」と自問自答して欲しくて、自省を促すために、そういう書き方をしたのだ。そういう意味でならば、読み手に「自分のこと」という思いを抱かせる狙いが有った。想像力がある読み手ならば、性別を入れ替えたりセクハラパワハラに置き換えたりして、より考えを深めてくれることだろうと、淡い希望も抱いていた。

 しかし、それを「これは自分のことを書いているに違いない。だから自分に対する名誉毀損だ」と決めつけて、法的な措置をちらつかせることで圧殺しようとする人間が出てくるとまでは思いもよらなかった。それはまるで『ホテル・ルワンダ』の公開に対して「これは関東大震災朝鮮人虐殺を描いていて、日本人攻撃している。日本人に対する名誉毀損だ」と言うようなものではないか

 自分のことではないならば「この文章に書かれた人間同類にならないように、自分は気をつけよう」と省みれば済むことではないか

 私が「ある人物の妻ではない」ことによって、何故「私がセクハラを受けた話」まで無かったことにされねばならないのか。ルワンダ虐殺被害者でなければ、虐殺被害者ではないと言うようなものではないか自分たち以外に、この社会構成している人間存在しないとでも思っているのか。

 仮に、ある痴漢事件冤罪により罪を問われている人間がいたとしても、それとは別の痴漢事件被害者に対してまで、被害を訴えたり加害者批判したとしていることを「これは冤罪で苦しんでいる自分のことを書いているに違いない」と決めつけて「痴漢冤罪を作るのは止めろ」と言うのは、いくらなんでもおかしいではないか

 セクハラを含めたハラスメント被害を受けるのは、とても苦しい。それ自体が苦しい上に、顔や名前を出せば好奇の目に晒されて、さらに苦しむ。その一方で、その苦しみを誰か他人に分かってもらいたい、共感してもらいたいという思いも湧く。以前、はてな匿名ダイアリーでは「保育園落ちた、日本死ね!」という記事が書かれたということを知っていた。だから、ここでなら匿名を保ったままで、自分の辛い気持ちを吐き出して理解共感を得られると思ったのだ。

 それを今、私は「お前は自分の妻ではない。だから、お前のセクハラ被害の話は嘘に違いない。正体を暴く」と脅されている。理解共感を示してくれる人ばかりではないだろうとは予測してはいたが、まさかSLAPP訴訟によって口を塞ごうとする人が出てくるとは思わなかった。

 私は、私が救われるために、私自身の物語を書いた。私自身の人生尊厳を、無かったことにされたくなかったから。セクハラだけではなく、ハラスメント全体を減らしたい、無くしたい気持ちがあったから。たとえ過去自分は救われなかったとしても、未来の他の誰かが同じような苦しみを味わうことは防げるかもしれないと思ったから。

 「この文章自分のことを書いている。だから許せない」と言う人間は、私が私自身の話を書く行為について、許可や不許可を下す権限が有るのか。例えば「今、そんな文章を書かれると、自分が誤解を受けて困るから止めろ」とでも言うつもりなのか。では、私は、いつになれば声を上げることを許可されるのか。一年後か?五年後か?十年後か?その日は、やって来るのか?文章修正し始めて理解したが、そんな日が私に来ることはなさそうである

 この文章を書いた人間である私が、ある特定人間の妻ではないからという理由で、嘘つき呼ばわりされて、勝手に私の苦しみが無かったことにされるのは、極めて心外である

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 上のようなことを追記として書いたが、今となっては全てが空しい。

 元の文章に「実在人間団体事件には一切関わりは無い。」という一文を、私は修正として挿入した。そのような修正を施したのは「この文章自分のことを書いている。許せない」と主張する人物が、弁護士に頼んで告訴すると言っていることを知って、怯んだからであるセクハラを受けた時も自分には弁護士を頼る資金力は無かったが、今もそれは変わらない。仮に告訴されたら、赤子の手をひねるよりも簡単に私は敗北するだろうと思った。

 「実在人間団体事件には一切関わりは無い」と書き添えたことで、私の文章から普遍性が失われた。私の文章を読んだ人間の誰もが皆、セクハラを含めたハラスメント問題自分自身のこととして受け止めて欲しいという思いから書き始めてアップしたはずの文章だったのに、私は「一部の人間はこの問い掛けの対象から除外される」ことを意味する一文を書き加えたのだ。また「実在人間団体事件には一切関わりは無い」と書くことで、私は自分セクハラ被害も無かったと宣言したのだ。

 私は、セクハラを含めたハラスメントを無くしたいと思っていたはずだった。しかし土壇場になって、我が身かわいさの保身に走った。こんな私に、ハラスメントを無くすことはできそうにないと思い知った。この先、何があろうと、仮に誰かが何か慰めを言おうと、私は私自身が怖気づいて逃げたことを知っている。ずっとそれを忘れないだろう。

 私は、何も変えられない。私は、他人どころか私自身をも救えない。ハラスメントを無くしたいなどと、身の程知らずの願望を抱かなければよかった。私は私自身にとっての裏切り者だ。

2022-05-27

ある女のセクハラ体験談(追記)(更にいくつかの追記修正あり)

 現在ネット上で私に対する告訴をちらつかせている人物は、その人物の元・妻であると私が称したと主張している。しかし、文章修正の前も後も、私はそんなことは一言も書いていない。その点に関してだけは明確にしておく。

 2022/05/30告訴をちらつかせている人物がいるが、私はその人物の元・妻ではない。繰り返しになるが、最初から私はそのように称していない。本来ならば、セクシャルハラスメント被害者として、特定されたり好奇の目に晒されるような二次被害を防ぐために個人情報曖昧にして書いた。それなのに、告訴をちらつかせている人物からは「自分の元・妻ではないから、このセクシャルハラスメント被害の話は虚偽」と言われ、私は非常に苦痛を強いられている。痴漢冤罪ピックアップすることで痴漢被害者の声を掻き消そうとする人たちがいるが、それと同じことをセクシャルハラスメント被害者に対して行っていると、告訴をちらつかせている人物には自覚して欲しい。

 以下の話は、フィクションである実在人間団体事件には一切関わりは無い。

SLAPP訴訟を準備している人に対する注釈ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 最初に発表した時点では無かった「実在人間団体事件には一切関わりは無い。」という一文を、上のとおり書き加えることにした。後に続く部分でも同じ書き加えをした。この、たったの一文を挿入することが、私には耐え難い苦痛だった。私自身のハラスメント被害を無かったことと、皆の前で宣言しろと言われているような気持ちになったからだ。私は今、トイレに行って嘔吐してから、この部分を記している。結局、あの頃と同じく今の私も、保身のために自分の主張を引っ込めたことになる。

SLAPP訴訟を準備している人への注釈・終わりーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 元・夫が、ある場所で「離婚したとはいえ、元・妻が傷つけられるのは許せない。何らかの対応検討する」と言っていることを知った。この元・妻というのは、何を隠そう私のことだ。はてな匿名ダイアリーに書いているのだから、隠すも正体を明かすもないが。

 「傷つけられる」と元・配偶者が言っているのは、かつて私がある人物から受けたセクハラについての情報が広まって、私が心無い言葉を浴びたり、中傷される状態を指しているようだ。

 しかし、である

 今になって「元・妻が傷つけられるのは許せない」と言い出すぐらいなら、何故あの頃、言ってくれなかったのか。そう思って、元・配偶者ながら、というか元・配偶者からこそ余計に、私はゲンナリしている。

 私にセクハラをした加害者は、元・夫の仕事上で付き合いがあり、仕事以外のプライベート時間や場でも私たち交流が有った、私たちよりも年長の男である

 加害者は、私にセクハラしただけでなく、そのことを仕事仲間などに自ら話したりもしていた。懺悔としてではない。愉快な話としてである。つまりセクハラをされた時にだけでなく、その後にも継続的に、私は傷つけられ続けている状態に置かれていた。

 セクハラされた時、私は「そういうことは止めて下さい」と加害者に対して言ったのだが、私の憤りや恐れや嫌悪感情をまるで理解しようともせず、軽い口調で「ゴメンゴメン」みたいな感じで誤魔化されただけだった。今でも「もっと強い口調で言えば良かったのでは?」「いっそ殴ったり蹴ったり物を投げつければ良かったのでは?」「何故あの時、もっと適切な反撃ができなかったのだろう」と、自分自身に対して不甲斐無さを覚えて、自己嫌悪に陥ることが度々ある。

 さらに私が苦しむ原因になったのは、その頃は婚姻関係にあった現在の元・夫が、私の側に立ってくれなかったことだ。

 加害者から私がセクハラを受けたこと、それに対して私は憤りや恐れや嫌悪を感じたこと、加害者へは私に対する謝罪をするように要求して欲しいことを、その頃は夫であった彼に訴えた。それに対する彼の反応は「あの人も悪気があった訳ではない」とか「あの人は昔気質の人だから」とか「あの人は冗談のつもりだったのだから、怒るのも大人げない」とか、概ねそういった言葉だった。漫画寄生獣』でパラサイトと会話する主人公・新一が、昆虫か何かと話している気分に陥る描写があったが、私も新一と同じような気分だった。つまり元・夫は、加害者の側の人間だった。だったという過去形ではなく、であるという現在形で言うべきだろうか。

 会社勤めとか役所勤めの仕事などであればその組織に訴え出て処分要望するとか、金銭知識を持っていれば弁護士などに相談するとか、何かしら対処の仕方があったかもしれないが、私は上手いやり方を思いついたり実行したりすることは出来ず、そうこうしているうちに私たちは、元・夫と元・妻という関係になった。

 あの頃、彼は「馬鹿馬鹿しい話だ」と言った。近頃の彼は「これまでは馬鹿馬鹿しい話だから取り合わず放置していたが、いい加減、噂を広められて元・妻が傷つけられるのは許せない」と言っているようだ。私にとっては、あの頃も現在も、少しも馬鹿馬鹿しい話ではなかったのに。

 私の元・夫が「馬鹿馬鹿しい話」として放置できなくなったのは、決して私が苦しんでいることが理由ではないことを、私は知っている。元・夫が黙っていられなくなったのは、加害者の男が批判されているかである。元・夫は、あの男のことが大好きなのだ

 最近では、何処の業界職場でも大なり小なり、セクハラは良くないことであり、するべきではないし、セクハラをする人がいれば止めたり批判するべきであるという意識が浸透し始めた。私にセクハラしたことを愉快な話として吹聴していた加害者の男と、私を救ってはくれなかった元・夫が関係している仕事世界にも、少しは変化があった様子で、私に対するセクハラの話を愉快な話とは受け止めてはもらえなくなったと聞いている。

 このため、加害者の男は「大袈裟に話して誤解を招いた」と言うようになったらしい。大袈裟?誤解?私にしたことを、そのまま本人が言い触らして回っていたのに、いったい何が大袈裟で何が誤解なのだろうか。

 元・夫は、誰に対して、どんな対応をするつもりなのだろうか。私がされたセクハラの話を誰よりも他人に広めたのは、ほかならぬ加害者本人なのに。元・夫は、加害者批判したり止めたりしてくれなかったのに。まさか加害者批判する人たちに対して「元・妻が傷つくから許せない。セクハラについて語るのを止めろ」と言うつもりなのだろうか。仮にそうだとしたら、それを何故あの頃、加害者に対して言わなかったのだろうか。元・妻である私を救おうとしなかったことが知れ渡ると、元・夫としては困るのだろうか。

 セクハラ被害者が、セクハラ加害者に対する批判を食い止めるために、よりによって元・配偶者から利用されるという救いの無い境遇を知ってもらうために、理解してもらうために、自分気持ちを吐き出すために、はてな匿名ダイアリーに書いた。

 以上の話はフィクションである実在人間団体事件には一切関わりは無い。最初に書いた時には、ここに「どっとはらい」という言葉を記したが、それは、めでたしめでたしという意味らしいので、この先の未来の私に少しでも幸いが有ればと願いを込めていたからだ。しかし今は、私は少しも救われなさそうだと理解したので、その言葉を消すことにする。

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追記修正2022/05/29

 このフィクション日記に書かれた人間関係が、具体的に誰のことを指すのかに関して、はてブで推察と特定が試みられている。それに対する答えのようなものを記しておく。

 以下もまた、フィクションである実在人間団体事件には一切関わりは無い。

 私は、人物特定に関する推察を肯定否定のいずれもするつもりは無い。答えは無い。それが答えである実在人物団体事件には一切関わりはない。

 そもそも特定可能ならば、匿名ダイアリーに書いたりする必要は無く、私も現実世界対処しているはずだからだ。

 一次的なセクハラが反復的に行われていれば、それを例えばボイスレコーダーで録音するなどして証拠を固めて私も反撃できただろうと思う。しかし、一次的なセクハラが突発的・単発的なものであった場合被害者は驚きやパニックなど心理的な硬直状態に陥って、証拠固めなど実行できずに終わることが多い。たとえ複数回継続的に行われるセクハラであっても、被害者が恐怖心で萎縮するなどして理性的思考するのが困難な状態に陥り、やはり証拠固めをできないことは珍しくない。

 私に対するセクハラを愉快な話として加害者が吹聴していたという、二次的な加害行為に関しては、その話を聞かされた人たちの記憶にも残っている。しかし、一次的な加害行為のものに関する証拠が残されていない状態では、加害者が今になって主張する「大袈裟に話していただけで、事実ではない」という言葉を覆すのは、極めて困難だ。

 二次的な加害行為だけに関して言えば、それ自体セクハラなので、その被害司法機関などに訴え出ることは理論的には可能かもしれない。しかし、それを仮に私が実行したとしても、やはり加害者は「大袈裟に話していただけで、事実ではない。しかし、たとえ事実ではなかったとしても、愉快な話として触れ回ったことは被害者を傷つけた。だから、そのこと(二次的な加害)については謝罪する」といった、一見すると謝罪に見えるが、肝心の一次的なセクハラ行為については否定する言葉を述べるという手法をとるだけであろう。

 私が、何よりも加害者に認めて謝罪して欲しいのは、一次的なセクハラ行為についてなのだ。それなのに、加害者にとっての都合が良い主張を、それを覆す手段も持たないままに聞かされて、挙句の果てには「一次的なセクハラ行為については、認定が困難である」と公的結論づけられるかもしれない。そう考えると私は、とても精神的に耐えられない。もっと悪い方向に想像を巡らせ、加害者が「むしろ自分の方こそ、セクハラしたと誤った情報を流されて苦しんだ被害者立場だ」と、SLAPP訴訟などで私を攻撃してくるかもしれないとも思って恐怖すら覚えた。元・配偶者ですら助けにならなかったという、孤立感も私を動けなくした。

 こうして私は、自分が受けた一次的なセクハラ被害を決して忘れたわけではないのに、無力感や恐怖感から口を閉ざすことを選ばざるを得なかった。私が口を閉ざしているから、どうせ何もできないと高を括って「大袈裟に話していただけ」と言い張ることで、加害者は乗り切ることにしたのだろう。元・配偶者からセクハラと思われるようなことは無かったよね?」と誘導され、無力感孤立から沈黙することを選んだので、加害者が私のことを何もできない人間と値踏みしたのも無理はない。

 加害者の男は、私に対するセクハラを無かったことだと言っている。つまり、私に対して行ったセクハラの話は、加害者の男にとってはフィクションというわけだ。私を登場人物にして作り上げた、馬鹿馬鹿しいフィクションだ。

 ならば、と私も考えた。

 私が私自身にとってのフィクションを作ったとしても、特に問題は無かろう。今度は私のターンなのだから、私の周囲の人物登場人物として、馬鹿馬鹿しいフィクションを書いたというだけのことだ。柳美里作品とは異なり、人物特定もできないように最低限の配慮もしてある。人物特定ができないということは、私の受けたセクハラ日本社会でありふれた話なのだ。それに、加害者とは異なり、私は私のフィクション現実の周囲の人たちに言い触らしたりなどしていないのだから、私の配慮に少しは感謝してもらってもいいぐらいだ。

 世の中のセクハラ加害者たちは、私たちのような被害者たちが沈黙しているからといって、セクハラした過去を全く無かったことにできるなどとは思わない方がいい。京極夏彦の『姑獲鳥の夏』の中で、法的に罪に問えない人物に対して京極堂呪いを掛ける描写があったが、このフィクション呪いとして書いたようなものだ。呪いが在るのか無いのか私には分からないが。

 以上もまた、フィクションである実在人間団体事件には一切関わりは無い。一つ目の追記を書いた時には、ここに「とっぴんぱらりのぷう」という言葉を記したが、それは、めでたしめでたしという意味らしいので、この先の未来の私に少しでも幸いが有ればと願いを込めていたからだ。しかし今は、私は少しも救われなさそうだと理解したので、その言葉を消すことにする。

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 2022/05/29さら修正して追記

 私は、自分が誰なのかも、文中に書いた登場人物が誰なのかも書いてはいない。私は誰それの元・妻ですとも書いてはいない。

 では何故、私はフィクションと銘打って、人物特定しない書き方をしたのか。それは、これが「普遍的物語」だからだ。被害者となる人間、なった人間は、私だけではなく誰でもあり得るし、加害者もまた同じく誰でもあり得る。被害者の側に立たないで、加害者の側に立つことを選択する第三者も、同じく誰でもあり得る。だからこそ、読み手に「これは自分のことを書いているのでは」と自問自答して欲しくて、自省を促すために、そういう書き方をしたのだ。そういう意味でならば、読み手に「自分のこと」という思いを抱かせる狙いが有った。想像力がある読み手ならば、性別を入れ替えたりセクハラパワハラに置き換えたりして、考えを深めてくれることだろうと淡い希望も抱いていた。

 しかし、それを「これは自分のことを書いているに違いない。だから自分に対する名誉毀損だ」と決めつけられて、法的な措置をちらつかせることで圧殺しようとする人間が出てくるとまでは思いもよらなかった。それはまるで『ホテル・ルワンダ』の公開に対して「これは関東大震災朝鮮人虐殺を描いていて、日本人を攻撃している。日本人に対する名誉毀損だ」と言うようなものではないか

 自分のことではないならば「この文章に書かれた人間同類にならないように、自分は気をつけよう」と省みれば済むことではないか

 私が「ある人物の妻ではない」ことによって、何故「私がセクハラを受けた話」まで無かったことにされねばならないのか。ルワンダ虐殺被害者でなければ、虐殺被害者ではないと言うつもりなのか。自分たち以外に、この社会構成している人間存在しないとでも思っているのか。

 仮に、ある痴漢事件冤罪により罪を問われている人間がいたとしても、それとは別の痴漢事件被害者に対してまで、被害を訴えたり加害者批判したとしていることを「これは冤罪で苦しんでいる自分のことを書いているに違いない」と決めつけて「痴漢冤罪を作るのは止めろ」と言うのは、いくらなんでもおかしいではないか

 セクハラを含めたハラスメント被害というものは、とても苦しい。それ自体が苦しい上に、顔や名前を出せば好奇の目に晒されて、さらに苦しむ。その一方で、その苦しみを誰か他人に分かってもらいたい、共感してもらいたいという思いも湧く。以前、はてな匿名ダイアリーでは「保育園落ちた、日本死ね!」という記事が書かれたということを知っていた。だから、ここでなら匿名を保ったままで、自分の辛い気持ちを吐き出して理解共感を得られると思ったのだ。

 それを今、私は「お前は自分の妻ではない。だから、お前のセクハラ被害の話は嘘に違いない。正体を暴く」と脅されている。理解共感を示してくれる人ばかりではないだろうとは予測してはいたが、まさかSLAPP訴訟によって口を塞ごうとする人が出てくるとは思わなかった。

 私は、私が救われるために、私自身の物語を書いた。私自身の人生尊厳を、無かったことにされたくなかったから。セクハラだけではなく、ハラスメント全体を減らしたい、無くしたい気持ちがあったから。たとえ過去自分は救われなかったとしても、未来の他の誰かが同じような苦しみを味わうことは防げるかもしれないと思ったから。

 「この文章自分のことを書いている。だから許せない」と言う人間は、私が私自身の話を書く行為について、許可や不許可を下す権限が有るのか。例えば「今、そんな文章を書かれると、自分が誤解を受けて困るから止めろ」とでも言うつもりなのか。では、私は、いつになれば声を上げることを許可されるのか。一年後か?五年後か?十年後か?その日は、やって来るのか?文章修正し始めて理解したが、そんな日が来ることはなさそうである

 この文章を書いた人間である私が、ある特定人間の妻ではないからという理由で、嘘つき呼ばわりされて、勝手に私の苦しみが無かったことにされるのは、極めて心外である

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 「実在人間団体事件には一切関わりは無い。」という一文を、苦渋の決断とはいえ書き加えたことで、私の文章から普遍性が失われた。私の文章を読んだ人間の誰もが皆、セクハラを含めたハラスメント問題自分自身のこととして受け止めて欲しいという思いから書き始めてアップしたはずの文章だったのに、今の私は、一部の人間をこの問い掛けの対象からは除外しようとしている。とんだ腰砕けだ。私は、セクハラを無くしたいと言いながら、土壇場になって、我が身かわいさの保身に走ったのだ。このクソみたいな自分自身のことを許せない。私にはセクハラハラスメントを無くすことはできそうにないと思い知った今、絶望しかない。

2022-05-17

anond:20220517050106

全く違うな

日本性的魅力とハラスメント区別できないからだ

アメリカセクシー褒め言葉として成立するのは、セクシャルハラスメント性犯罪を徹底的に糾弾する土壌が民間にあるから


月曜日のたわわに問題を感じない人が大量にいて、痴漢について触れれば痴漢冤罪の話題が出て、性的自己決定権尊重するのが当然であるという合意がなく、積極的性的同意理解できない人がいて

セクシャルハラスメント性犯罪社会糾弾されるコンセンサスが浸透し切ってない社会で「セクシー」という言葉を聞いたら?


アメリカ人でも日本に住めば、セクシーと言われれば警戒するようになるだろう。プライベートからではなくて、プライベートなことに口出しをしないのが当たり前であることやハラスメント理解しない人があまりにも多いから。

2022-05-15

海外性犯罪との違い

すごい不思議だったんだよ。

海外性犯罪者って、言葉の話せない移民だったり、浮浪者みたいな格好で何日も外をウロウロしていて髪も髭もボーボーだったり、目が座っててずっと変なことブツブツ言ってたり、もう「いかにも」「THE犯罪者」って感じの人なんだよ

普通の人では絶対ない感じ。

貧困層スラム街の人ですら「強盗はしてもレイプはしない。女性暴力を振るうなんて最低だ」と言う。

黒人差別理由には、「黒人男性女性暴力を振るい、子育て積極的に手伝わず子供ができても父親として家庭に関わらない傾向があるから」というのが一つとしてある。


普通の人は、絶対セクハラ性犯罪を許さない。

お客さんから少しプライベートな話を聞かれただけで「危ないしセクシャルハラスメントかもしれないから次からは教えて」「今のはセクハラから必ず上司相談して」「女性をいきなり誘うの?絶対ありえない、君が本当に行きたいときじゃなければ行かなくていいよ。僕相手でもね。」って注意してくるような。


でも日本は、会社勤めや学校にいる普通の人がセクハラしてくる。ごく普通風貌普通の人が痴漢して性犯罪していて、上司相談しても「それ本当にセクハラ性犯罪なの?」って信じてもらえない、誘われて断ると圧力をかけられる、断れないように権力を振り翳して誘うのが当たり前になっている、相談した上司からセクハラされる、ごく普通会社でも子供の世話をしない男は山ほどいて、痴漢毎日のように発生している。

普通の人が性犯罪者なんだよね。普通会社で信頼されるような会社勤めの父親子育てを手伝わないし(海外で生きてたら、そんなこといったら、ぶん殴られて唾を吐かれて生きてられないだろう、どころか、黒人差別のように、ハッキリと差別対象なんじゃないかと思う。性犯罪に寛容な男性女性暴力を振るう男性子育て放棄する男性への風当たりはそれくらい厳しい)

現代日本男性江戸時代キリスト教弾圧したこと痴漢性犯罪レイプ的なエロ動画の温床になる重要ファクターだったのでは?

anond:20220514235030

2022-03-02

anond:20220302153114

セクハラに関する罰則

質問:Are there criminal penalties or civil remedies for sexual harassment in employment?(雇用におけるセクシャルハラスメントには、刑事罰民事上の救済措置がありますか?)

サブ項目1:Criminal penalties(刑事罰

NG理由1:No applicable provisions could be located(該当する規定は見つかりませんでした)

サブ項目2:Civil remedies(民事上の救済措置

NG理由2:No applicable provisions could be located(該当する規定は見つかりませんでした)

これは直接の規定はなく、不法行為使用者責任傷害名誉毀損などで処理されるっぽい。ここはNGだね。

救済措置NGは分かるんだけど、刑事罰は間接的には規定がある(から実際に処罰裁判が行われている)ではダメなんかな。

とにせよ、元記事から思ってた印象とは完全に違ってた。ありがとう

世界銀行の男女格差調査の中身を見てみた

世界銀行による男女格差調査日本順位が80位から103位に落ちたとのこと。

https://nordot.app/871377521626415104

具体的な内容がわからなかったので、世界銀行が公開しているデータを見てみた。

データ

プレスリリースこち

https://www.worldbank.org/en/news/press-release/2022/03/01/nearly-2-4-billion-women-globally-don-t-have-same-economic-rights-as-men

このリンクから各国別のデータが置かれたページに飛ぶことができる。

日本はこれ

https://wbl.worldbank.org/en/data/exploreeconomies/japan/2022

このページを見るとわかるとおり、得点はMobility, Workplace, Pay, Marriage, Parenthood, Entrepreneurship, Assets, Pensionの8項目がそれぞれ100点満点で評価されており、日本はPayとWorkplace評価特に低い。

というわけで、中身を見ていく。

Pay

評価項目が4つあり、日本はそのうちひとつけが該当している。

NGとなった項目とその理由は以下のとおり(以下、日本語の意味機械翻訳を参照している。理解が違っていたら教えてほしい)。

同一労働同一賃金

質問Does the law mandate equal remuneration for work of equal value?(法律では、同じ価値仕事には同じ報酬を与えることが義務づけられているか?)

NG理由:No applicable provisions could be located(該当する規定は見つかりませんでした)

これ、パートタイム労働法労働契約法労働者派遣法における同一労働同一賃金原則は該当しないのかな?男女の話じゃないから?

だとしても労働基準法にはこんな条文があるんだけど…

(男女同一賃金原則

四条 使用者は、労働者女性であることを理由として、賃金について、男性差別的取扱いをしてはならない。

https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=322AC0000000049_20200401_502AC0000000013

危険業務への従事

質問:Can a woman work in a job deemed dangerous in the same way as a man?(危険とされる仕事でも、女性男性と同じように働けるのでしょうか?)

サブ項目:Jobs deemed hazardous(危険とみなされる仕事

NG理由:Labour Standards Act, Art. 64-3.2(労働基準法第六十四条の三②)

該当する条文は以下のとおり。

危険有害業務就業制限

第六十四条の三 使用者は、妊娠中の女性及び産後一年を経過しない女性(以下「妊産婦」という。)を、重量物を取り扱う業務有害ガスを発散する場所における業務その他妊産婦の妊娠出産、哺ほ育等に有害業務に就かせてはならない。

② 前項の規定は、同項に規定する業務のうち女性妊娠又は出産に係る機能有害である業務につき、厚生労働省令で、妊産婦以外の女性に関して、準用することができる。

https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=322AC0000000049_20200401_502AC0000000013

で、この②で準用されている対象は「妊娠中の女性及び産後一年を経過しない女性以外の女性(64条3と合わせると、要は全ての女性ってことかな)」で、業務はどうやらこの2条1,18っぽい。

https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000001263j-att/2r985200000126hg.pdf

これを女性にも解禁したらスコアが伸びると。

やったほうがいい…のかな…?

工業業務への従事

質問:Can a woman work in an industrial job in the same way as a man?(女性でも男性と同じように工業系の仕事ができるのでしょうか?)

サブ項目:鉱業

NG理由:Labour Standards Act, Art. 64-2(労働基準法第六十四条の二)

該当する条文は以下のとおり。

(坑内業務就業制限

第六十四条の二 使用者は、次の各号に掲げる女性を当該各号に定める業務に就かせてはならない。

一 妊娠中の女性及び坑内で行われる業務従事しない旨を使用者に申し出た産後一年を経過しない女性 坑内で行われるすべての業務

二 前号に掲げる女性以外の満十八歳以上の女性 坑内で行われる業務のうち人力により行われる掘削の業務その他の女性有害業務として厚生労働省令で定めるもの

https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=322AC0000000049_20200401_502AC0000000013

で、この厚生労働省令はさっきと同じPDFの「女性労働基準規則」の部分かな。

https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000001263j-att/2r985200000126hg.pdf

Pay4項目のうち2項目が危険業務・重労働への従事ってことは、世銀はここをかなり重視してるんだと思う。ただ、いまいち意図がピンとこない。

「(特に途上国において)稼げる仕事男性限定されていないか」みたいなことなんだろうか…?

Workplace

こっちは4項目中2項目が該当、残りふたつはNG

NGとなった項目とその理由は以下のとおり

セクハラ防止

質問Is there legislation on sexual harassment in employment?(雇用におけるセクシャルハラスメントに関する法律はありますか?)

NG理由:No applicable provisions could be located(該当する規定は見つかりませんでした)

男女雇用機会均等法11条はダメなんだろうか…(長いので条文の本文は省略)

第十一条 (職場における性的言動に起因する問題に関する雇用管理上の措置等)

第十一条の二 (職場における性的言動に起因する問題に関する国、事業主及び労働者の責務)

第十一条の三 (職場における妊娠出産等に関する言動に起因する問題に関する雇用管理上の措置等)

第十一条の四 (職場における妊娠出産等に関する言動に起因する問題に関する国、事業主及び労働者の責務)

https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=347AC0000000113

セクハラに関する罰則

質問:Are there criminal penalties or civil remedies for sexual harassment in employment?(雇用におけるセクシャルハラスメントには、刑事罰民事上の救済措置がありますか?)

サブ項目1:Criminal penalties(刑事罰

NG理由1:No applicable provisions could be located(該当する規定は見つかりませんでした)

サブ項目2:Civil remedies(民事上の救済措置

NG理由2:No applicable provisions could be located(該当する規定は見つかりませんでした)

これは直接の規定はなく、不法行為使用者責任、傷害名誉毀損などで処理されるっぽい。ここはNGだね。

おわり

というわけで、とりあえず大きなところだけ見てみた。

個人的にはなんか釈然としないところがあるけど、まあ判断は読んだ人がそれぞれすればいいと思う。

少なくとも得点だけを見るのとは少し印象が変わるんじゃないかな。

他の項目とか時系列での変化なんかは追えていないので、誰か教えてくれると大変ありがたいです。

2022-02-04

anond:20220204122432

男性が家で家事に手を出したときにされる扱いについて、セクシャルハラスメントとして訴えられる窓口が欲しい。

会社女性に対しては到底できないようなことがまかり通っている。

2022-01-19

オープンレター瑕疵を指摘されると体調が悪くなるらしい

https://font-da.hatenablog.jp/entry/2022/01/18/223359 より引用

 直接のきっかけは、例の「オープンレター」です。はてなもやはり、その話題で持ちきりのようですし、見るたびに精神状態が悪くなるので距離を置こうと思いました。また、今も私が書いた記事に反応がありますし、揶揄的なコメントがつけられたりすることもありました。誰を責めたいわけでもなく、コップに注がれていった溜まりに溜まって水が溢れてしまったように、「やめよう」と思ったに至ります。これまで何度も炎上してきた私が、なぜ、この件に関してだけひどく落ち込むのかは、大学外の方にはわかりにくいと思います。とにかく、私にとってはこの件は受け止めきれない出来事でした。女性研究者として日本アカデミアで生きていくことの困難を突きつけられたからです。

 また、これまで個人的に関わったセクハラ問題でも、同じようなことを目にしてきたことがあります。みな、最初被害者に同情的ですが、だんだん被害者の行動を咎め始め、そのうち「加害者こそが〈本当の被害者なのだ」と言う人が現れます最初は両手をあげて被害者を支持すると言っていた人たちが、次々と沈む船から逃げるネズミのごとく離脱していきます。「被害者に寄り添う」というのは美しい言葉ですが、最後までそれを完遂する人はほとんどいません。いつも同じことが起きます。みんな、「声をあげてほしい」と被害者に言うのに、いざ、自分に火の粉がかかるとわかれば手のひらを返すのです。わかっていても、それを目にするのはしんどいことです。

いったいどこの誰が火の粉が降りかかるとわかれば手のひらを返したのか。

沈む船を沈めたのは誰のどういった行いだったか、本当に理解できているのか。

セクシャルハラスメント被害者であればいついかなる時も無謬永久保証されるのか。

自分の思い通りにいかなかったから、自分の間違いを指摘されたからといってすべてをセクシャルハラスメントに結びつけるのはおかしい。

呉座勇一氏のセクシャルハラスメントはそれ相応の非難をされてしかるべきだが、北村紗衣氏やid:font-daオープンレター無断名義使用問題に対する態度も非常に度し難い。

呉座勇一氏のふるまいに怒りを覚えていた人ほど腹が立つのではないか

2021-11-20

anond:20211119213507

法律改正され変動する。法律の前に社会的合意があり世論がある。環境セクシャルハラスメントなんて概念も、昔は無かったからね。

ここで考えるべきは、そうした社会的合意のエッジ部分だ。現在の法で罪に問われなければなんでもいいのか?被害者となる人は本当にいないのか?では誰かや自分の感じる違和感は、気持ち悪さは何なのか。

話がずれてるのはそっち。はじめから法律や罪の話ではなく、傷つく人がいることが有り得るという思いやり・マナー問題ゾーニングが不十分な領域で「イキりオタク」的なクリエイティブ世間の目に触れ続ければ、いつか規制対象にもなり得る。自主的ゾーン判断して無駄な指摘を回避すべき。

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