「太田出版」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 太田出版とは

2021-09-17

太田出版(Quick Japan)村上清のコメント欺瞞について

 太田出版サイトで、Quick Japan村上清が欺瞞に満ちた自己中心的な弁明を公開したので、筆を取ることにする。

 先ずは、村上コメントから引用する。

引用ここから

記事中にも書いております通り、もともと本企画は「いじめた側といじめられた側の対談」という趣旨でした。しかし今思えば当然なのですが、「いじめられた側」の方に応じていただくことが叶いませんでした。対談という形が不可能になり、

引用ここまで=

 実に奇妙と言うか不可解な弁明である

 村上清は、彼自身が"いじめサバイバー(凄絶なイジメ被害経験して生き延びた人間)"という『設定』だったはずである。ならば村上清は、自分自身いじめていた同級生などを探し出して連絡を取れば「いじめた側といじめられた側の対談」を実現できたのではないだろうか。

 村上清は、何故、自分いじめ加害者との対談を実現させるために行動しなかったのか?これには、仮説としての理由が幾つか考えられる。

【仮説その1】

 村上自身コメントでも明らかなように、いじめられた側の被害者にとって、いじめた側の加害者との再会・対談など、大きな精神的苦痛以外の何物でもない。だから村上清も嫌がったという理由である

 この場合村上清は、いじめられた側の人間に対して、加害者との再会は大きな苦痛を与えることになると理解・予想した上で、注目を集めるような記事を書いて手柄を立てたかたからという動機で、そのための精神的な負担他人押し付けたということである。つまり村上清は、実に自己中心的人間だということである

【仮説その2】

 これは仮説その1に、もう一つ別の理由を付け加えたものである

 ある暴力的事件被害者の立場だった人間が、別の場所で起きた別の事件では、加害者立場ということは屢々ある。そのようなケースでは、被害者としての鬱憤を紛らわすために、加害者になろうとすることも珍しくない。村上清も、そのような「加害者になろうとした被害者」だったのではないか

 村上清は、いじめ加害者被害者の対談をセッティングし、被害者が苦しむ様子を見て楽しむことで、学生時代自分には所属することが叶わなかった"いじめ加害者グループ"に仲間入りしたかったのではないか?それによって村上清は「今(記事執筆当時)の自分は、もうイジメ被害者ではないのだ!」と、鬱憤を晴らしたかったのではないだろうか?これが第2の仮説である

【仮説その3】

 村上清が実は"いじめサバイバー"ではなかったとしたら、どうだろうか?

 この場合村上清をいじめていた加害者実在しないということになり、それならば、村上自分自身のケースの加害者を探し出そうとしていなかったことも、説明がつく。

 そもそも村上清が"いじめサバイバー"というのは、村上自身自己申告に過ぎず、何か証拠が有る訳ではない。

 もしも、いじめ紀行の記事批判された時に「記事を書いている自分(村上清)も、いじめ被害経験者なんです。だから記事には馬鹿にする意図は有りません」と言い訳することが出来れば、これは非常に便利で都合が良い。こう考えると"いじめサバイバー"を名乗ることにはメリットが、つまり名乗る動機が有ると言える。

 村上清が、自分いじめ加害者との再会と対談を行わなかった理由は、何だろうか?

2021-08-04

日本サブカルビートたけし80年代の亡霊

 そもそもQuick Japan を出している太田出版は、ビートたけし太田プロダクションに在籍していた当時の80年代半ば、たけしの本を出版する目的太田プロ出版から有限会社として独立したもの前身である。したがって日本現代サブカル的な価値観には、ビートたけし的な価値観センスが脈々と息づいていると言っても、強ち間違いではない。

 では80年代半ば、そのビートたけしが何をしていたのかと言えば、ある男性俳優高層ビルから飛び降り自殺した事件の際、彼と愛人関係にあったとされる男性マネージャー記者会見関係を追及されて、号泣しながら「もういいじゃないですか!」と取り乱す様子を滑稽な感じで物真似したり、多数の死傷者が出た羽田旅客機墜落事故を「逆噴射!」「機長やめてください!」と茶化したり、ロクなことをしていなかった。要するに、同性愛者や精神疾患罹患者などの社会的弱者嘲笑していただけである

 念の為に言っておくが、当時もビートたけし批判する人間存在した。単に、マスメディアビートたけしサイドに立っていたから、批判の声が黙殺されたというだけである

 Quick Japanの『いじめ紀行』で村上清がやろうとしていたことは、新しいことでも何でもなく、80年代から代わり映えしていなかった、質の悪い悪ふざけに過ぎない。善悪倫理を抜きにしても、そもそもの出発点から村上清がやろうと目論んだことは古臭いカビが生えた代物だったのである一般人批判的な声を黙殺したことまで、焼き直しであり、独創性に欠如している。

 日本芸能人サブカル業界人は「自分たち時代の先端にいる」と思っているのかもしれないが、実際は四十年近く前の価値観センスのままで時代に取り残されているのだから、滑稽と言う外ない。

 「二十代だがビートたけし面白さが分からない」と書いた増田は、正常なのである

2021-07-21

Quick Japan』95年3号 「いじめ紀行 第1回ゲスト 小山田圭吾の巻」 2

anond:20210721172728

小山田圭吾=いじめっ子

小山田圭吾といえば、数年前にアニエスb.を着て

日本一裕福そうなポップスを演っていた、

あのグループの一員だ。

ソロになった今でも彼の音楽は裕福そうだが、

そんな彼は私立小・中学時代いじめる側だったらしい。

ヤバい目つきの人だなあとは思っていたが。

全裸にしてグルグル巻きにしてオナニーさせて、

バックドロップしたり」とか発言してる。

それも結構笑いながら。

僕も私立中学高校エスカレーターで通っていたので、

他人事とは思えなかった。

僕の当時の友人にはやはりいじめ加害者傍観者が多いが、

盆や正月に会うと、いじめ談義は格好の酒の肴だ。

盛り上がる。私立って、独特の歪み方をする。

小山田さんは、「今考えるとほんとヒドかった。

この場を借りて謝ります(笑)」とも言っている。

だったら、ホントに再会したらどうなるだろう。

いじめっ子は本当に謝るのか?

いじめられっ子はやっぱり呪い言葉を投げつけるのか?

キドキしてきた。

対談してもらおう!

最終的にはいじめられてた人の家の中まで入った。

しかし結局この対談は実現せず、小山田さんへの個人インタビューとなった。

以下、この対談の準備から失敗までを報告する。

2月22日

*14時、太田出版で『QJ』赤田・北尾両氏と会う。

いじめ対談のことを話す。

面白いね、やってよ。和光中学の名簿探してみるから

――まず、いじめられっ子を探すことにする。

20時、ボアダムズライヴを観に新宿リキッドルームへ。

終演後、何と観客の中に小山田圭吾発見

運命的なものを感じる。何か挨拶しとかなきゃ。

しかし、カヒミ・カリィと一緒の小山田さんにいきなり

「昔、いじめっ子だったんですよね」

という訳にもいくまい。

とりあえず『月刊ブラシ』を手渡す。

ミニコミ作ってるんで読んでください」

「あ、ありがとう

この間、約二秒。

ちなみに僕は普段いつも自分ミニコミを持ち歩いている訳ではなく、

この日持ってたのは本当に偶然だった。

ますます運命的なものを感じる。

2月25日

当時の和光中学の名簿を思いっきり入手。

太田出版バイトたまたま和光出身の人が入ったらしく、

そのルートから運命的なものを感じる。

いじめられてた人の名前まで判明した。

西河原法夫さん(仮名)といい、

「学年を超えて有名」だったとか。

対談依頼の手紙を書く。

3月15日

原宿の西河原さんの自宅へ交渉に。

住所を頼りに昔いじめられてた人の家に行く、

しか自分全然初対面。

この時の気分はうまく説明できない。

現実舞台ファミコンやってるような気になってくる。

よくよく西河原さんと話してみると、

自分消しゴムを隠される程度のいじめしか受けていない。

(前出のように)ハードいじめられてたのは別の人ではないか

とのこと。

じゃあ、本当にいじめられてたのは誰なんだ?

3月23日

太田出版ルートでは、

「もはや誰が小山田さんにいじめられていたのかは判らない」

とのこと。

間抜けな話だが、小山田さん本人に聞くしかなくなった。

所属事務所「3-D」に電話

事前に手紙は送っているが、反応はよくない。

当たり前か。

next: anond:20210720235609

2021-07-20

五輪ETVは責められて、小山田を参加させていたフジロックの罪を問わないのか!』

五輪ETVは責められて、小山田を参加させていたフジロックの罪を問わないのか!』

障碍者福祉とか児童教育を謳わない「不道徳イベント」ならば、不道徳人間の参加も許されるかもね。

1995当時だって太田出版」というマイナー出版社から許されてた訳で、

これが「小学館」「学習研究社」など児童教育出版社だったら、たぶん見逃される事はなかったかもしれない。

年代でも雑誌カラーがあって、小山田くんもエログロ出版社に合わせた話をした部分はあっただろうな

「『Quick Japan 第3号』掲載小山田圭吾記事についてのお詫び - 太田出版」に連投ブクマがついていたから、まとめた

より陰湿で目だたなくはなったといえ1980年代家庭内暴力や校内暴力全盛時と比べるとイジメのものは減ってはいる。

先に指摘したとおりわれわれはすでに(良し悪しは別として)「学級の強い結びつき」を解体してきてる。

イジメの温床とされてきた詰めこみ教育クラスごとの『近すぎる』人間関係はなくなっていき、

「各人が自由で快適な学習環境」を選択できるようになり学校は昔の『駅前カルチャースクール』の集合体になった。

もちろんそこで払うべき代償は(核家族化のときと同じような)人間関係希薄化であり、

イジメ差別暴力ハラスメントをなくそう」という善意結果的に『ひとはみんな他人ネオリベラル社会を生み出してる。

「当然イジメは減るが余計なお節介(ハラスメントとのボーダーライン)も減るし助けあいも減る」と書いたとおり、

しばしば勘違いされがちだがハラスメントイジメ副産物が助けあいであってその逆ではないので、

余計なお節介なしでは助けあいもない。断られても気にせずどんどんナンパしてかないとモテないのと同じ。

最初から適切な相手に適切に交わって相手もそれを返してくれるなどという都合のいい話はありえない。

特筆すべきは(これも指摘したとおり)『余計なお節介』の一例であり同時に『失敗した(上手くいかなかった)助けあい

すなわち一般的には「嫉妬」と呼ばれる感情のいきどころ(人間関係希薄になれば嫉妬も減る。

「『イジメを減らす』っていうのは『ライバル意識を減らす』ことだぞw(わかっとんのか?ww」と書いたとおり。

人びとが「学級」という概念にとらわれてた世相では『よいライバル関係とは何か?』成功譚として

まんが道」のような作品が生まれ自由で快適な学習環境」だと「やるだけやったがバッドエンド」が大衆の夢になる。

「でも…わたしは決して後悔しない…」みたいな(話の内容それ自体は)ヒデー話(誰も幸せにならない)に

人びとが感動するのは単純にこれこそがおとぎ話(現実セカイでありえない)だから。要はないものねだり。

学級が解体されカルチャースクールと化しイジメは減るしこうした作品に描かれてる余計なお節介ハラスメントも減るし

当然『ガチンコでぶつかりあう』ライバル関係みたいなのもありえなくなる。

はいものの「(ガチンコライバル関係は確かに美しいかもしれないけど)人間関係めんどくさいからな~

都会の暮しのほうがお気楽だよ(孤独かもしれないけど自由がある」みたいなノリでは済まない。

イジメやイビり(例の「いちどだけしますあの大泉時代少女マンガ世界でアタシがどんなヒドイめにあったか」的な)

嫉妬嫌がらせと不可分なライバル関係なくしてはいかなる学習教育もありえないから、

ひらたくいうとイジメを減らそうとするほど人間バカになるしもともとあった生得的な能力から逃れられなくなって社会格差が進む。

自分ひとりのマイプロジェクトがあって淡々と才能を伸ばしてけるひとなどいない。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

一応、書いてあることを羅列して句読点改行適当にやっておいた。

というのも、全部読んでみたけど何言ってるのか微妙だったからなんだが、

結局、こうやってまとめて読んでみても、やはり微妙かも知れない。

言っていることが端的に分かるようならツリーにぶら下げてくれると嬉しいぞ

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

2021-07-18

Quick Japan

Quick Japan1994年太田プロダクション系列太田出版から正式に創刊

サブカル誌としては異例の速さで『新世紀エヴァンゲリオン』に注目したり(1996年)、全国メディアではほとんど知られていなかった『水曜どうでしょう』を50ページ以上に渡って特集2004年)。ブレイク前のクレイジーケンバンド2002年)、菊地成孔2001年)、Perfume2007年)、ももいろクローバー2011年)を表紙・巻頭特集で大々的に取り上げるといったように、ネタ選びの嗅覚があった。

歴代編集長

赤田祐一飛鳥新社を経てエディトリアルデパートメントの雑誌スペクテイター編集部。元・雑誌団塊パンチ編集長)創刊準備号 - 18号

村上清[要曖昧さ回避](現在太田出版書籍編集部編集長) 19号 - 22号

北尾修一 (太田出版を経て百万年書房代表23号 - 50号

森山裕之(ヨシモトブックスを経てスタンド・ブックス代表取締役。元・雑誌マンスリーよしもとPLUS』編集長) 51号 - 72号

藤井直樹 73号 - 123

続木順平 124号 -

小林翔 (続木の長期休暇により、編集長代理として就任)146号 - 149号

 

https://news.yahoo.co.jp/articles/ad96b4c53db7b4265b199d5b6222ccbcc461c81c

障がい者いじめていた学生時代を、サブカル誌「クイック・ジャパン」(太田出版)95年8月号の「いじめ紀行」で告白

2021-07-17

Twitterに入ってから相当の時間が経ちました。この頃は必ずしも楽しい場所とは言えなくなったし嫌なこともあるけれど、それでも繋がれる場所としてはありがたいなと思ってきました。でも常々苦手に思っていた人たちのこの二日の書きようを見て、ブロックまたはミュートをしました。さようなら

https://twitter.com/makiji/status/1416098113870188544?s=19

牧村G憲一

@makiji

共著『渋谷音楽図鑑』(太田出版)、坂本龍一監修『コモンズスコラ』第16巻「日本歌謡曲ポップス」、『ポップ・ミュージックを語る10視点』監修など。music is music 毎週日曜日23InterFM897慶應義塾大学アートセンター訪問所員。緩やかなレーベル主宰。felicity+オーディション受付中。

なに被害者ぶっとんねん

2021-07-16

村上清は今こそ改めて小山田圭吾インタビューするべきだ

現在太田出版書籍編集部編集長らしいが。

取材を終えた村上清は、次のような感想を述べます。「今回僕が見た限りでは、いじめられてた人のその後には、救いが無かった。でも僕は、救いがないのも含めてエンターテイメントだと思っている。それが本当のポジティヴってことだと思うのだ。」"

あらためてインタビューを行うことで「村上 清の“いじめ紀行”」が見事に完結する。

anond:20210716113928

正直「虚言だろ」というのも分かる気がする。だからこそ「あれは虚言でした」と今、声明を発表しなければ小山田は終わりだしそれすらしないならもう擁護できないよね。

太田出版迷惑をかけることにはなるだろうが、それこそ25年前の記事ウソまみれだったなんて話は「時効」でしょう。

どちらにしろ、ここまでのどこかのタイミングであの時代を総括してこなかったサブカル界のツケがたまたま今回ってきただけで、全てが自業自得、自滅。オザケン電気グルーヴ石野もいつか未来のどこかでこういうカウンターを食らう宿命だと思っている。

2021-03-08

映画秘宝』の記憶(6)

今回は、町山智浩に迫ります

2006年太田出版から出された『オタク・イン・USA』(著:パトリック・マシアス、訳・編:町山智浩)は雑誌映画秘宝』その他の日本メディアにマシアス氏が寄稿した文章を集めた本です。この本の後書きから町山智浩パワハラ体質」を示唆する記述を紹介します。(p268〜269)

引用ここから

でも、トモ(※注:町山智浩のこと)の企画ガイド日本オタク文化を僕が見聞する本『クルージングアニメ・シティ』を作るためにみっちり付き合うようになると、彼は本性を露にしてきた。

「てめーの意見とか、くだらないアメリカンジョークなんか誰も読みたかねーよ!」

「てめーの文章は単調で、生き生きとした描写に欠けてる!それに文体が退屈で、やたらもったいぶってて、ノロノロしてんだよ!」

ある日、トモがとりわけ「退屈でもったいぶって」いると思ったコラムを僕が書いて渡したときなんか、電話中に激怒したトモが受話器をガッシャーン!と叩きつけて切ってしまった(この文章をトモが読んだらまた怒るだろうな)。

これでおしまいだ。その時、僕は思った。僕は彼の紹介で日本雑誌にも書き始めたばかりだったのに、それももう終わってしまった。

アメリカ人友達は「何だそいつは。嫌なやつもいるもんだなあ」と、同情してくれた。サンフランシスコ普通以上に平和的な人間ばかり集まった土地柄だから、トモみたいなキツい態度を取る人間はめったにいない。ラブ&ピース世界なんだ。でも、事はそんなに単純じゃない。その答えは僕の女神観音である彼女が教えてくれた。

「トモとあなた日本的なセンパイとコウハイ関係なのよ。もしも彼があなたのことを何とも思わなかったら、こんなに厳しくしないって」

彼女言葉で急にわかった。僕は日本マンガアニメしかたことがなかった世界に足を踏み入れてしまったのだ。『巨人の星』で星一徹が息子の飛雄馬拷問器具みたいなギプスをつけて徹底的にしごいたり、『あしたのジョー』で丹下のおっちゃんが矢吹丈クロスカウンターを体で教えたりするような世界に。

(中略)

トモ、どうもありがとう。僕の「退屈でもったいぶった」文章日本の読者が読みやすいように手直ししてくれたことに感謝する。でも、そのために本の出版が予定より一年も遅れたことには感謝しないけどね。頼むよ、マジで

引用ここまで=

ユーモアコーティングされてはいますが、

(1)怒鳴りつける、受話器を叩きつける等の具体的な描写

(2)スポ根アニメや「センパイとコウハイ関係」と云う言葉を用いた比喩

(3)一般的米国人の目から見て「異様な行動」と捉えられる様子

といった記述から「既に当時から町山智浩言動アメリカ人の目から見ると立派な『パワハラ』と見なされていたのではないか」と推測されます

それから、後に春日太一などから指摘を受ける事になる「仕事の遅延グセ」も見てとれます

ところで、本書の著者であるパトリック・マシアス氏は、現在も日米両国を股に掛けて精力的に活動を続けています

翻って、町山智浩どうでしょうか。日本人向けの仕事はしていますが、町山智浩が「アメリカ出版から本を出した」と云う話や「アメリカマスメディア寄稿した」と云う話を、寡聞にして聞いた事がありません。町山智浩が渡米してから随分と長い月日が経過しましたが「日本事情に詳しい有識者」としてアメリカマスメディアに居場所を得ることはできなかったのでしょうか。

これは一つの仮説に過ぎませんが、早稲田出身者同士の人脈を活用したり、パワハラ的な言動相手威圧するといった「日本国内ではそれなりに通用する(した)手法」も、アメリカでは通用しなかったのではないでしょうか。

こんな話をご存知でしょうか。

或る日本プロ野球監督日本選手根性を入れる為に拳で殴っていたところ、アメリカから来た助っ人外国人選手に見咎められて、次のように言われたそうです。

「そんな事をするのは止めろ。彼を殴るなら俺も一緒に殴れ。ただし、俺は彼と違ってあんたを殴り返すけどな」と。その後、その監督は『少なくとも』その助っ人外国人選手がいる前では乱暴狼藉を働かなくなったそうです。選手には根性要求するのに、どうやら監督本人には根性が無かったみたいですね。

現在パトリック・マシアス氏は、町山智浩との関係が疎遠になったように見えます。その「理由」の一端が、マシアス氏の著書の後書きから窺い知れるように感じるのは穿ち過ぎでしょうか。

アメリカでは「町山さんの事が好きだから、俺の女の胸を揉んでもいいですよ」と言って媚びてくれるような、物分かりの良いカワイイコウハイを作れなかったのでしょうか。

また気が向いたら、何か書きますね。ヘイル、サタン

2020-12-08

宅八郎死去」を完全スルー出版業界の闇

宅八郎死去」について

宅八郎死去」について、

日刊スポーツなど新聞社や、出版社系でないネットメディアは報じているが、

ポストセブンSPA!、文春、新潮講談社など出版社メディアは一切報じていない。

噂の真相系のリテラや、朝日系のJキャス、ブブカ系のBUNKAタブー、そしてナックルズまでも無視

Twitterなどで宅八郎の思い出を語っている著名人も、宅八郎とそれほど接点がなかった人ばかり。後は、軽く付き合いがあった編集者ぐらい。

宅八郎に振り回された作家田中康夫や小峯隆生(元週刊プレイボーイ編集)、SPA編集長だったツルシカズヒコ(今は共産党シンパに)などは一切無視している。

週刊ポスト編集部への乱入事件や、田中や小峯に対するストーキングなど、香ばしいエピソードが満載なのだが、小学館集英社にとっては触れられたくない過去なのか。

文春や新潮など、宅八郎とはあまり繋がりがない社まで無視なのは異常だ。

テレビワイドショーも大々的に取り上げるか、と思ったら、出版社に倣って?取り上げず。

TBSサンジャポ」なんて、宅はほぼレギュラー出演者だったはずだが。

宅は小学館事件以降、大手出版社出禁で、書籍刊行できたのも「太田出版」。

それにしても業界ごと「完全無視なのはどうよ。田中や小峯に、当時の心境を聞きに行くメディアライターはいないのか。

2020-07-19

anond:20200719174532

「あたしたちの漫画道」って題名漫画ネーム切って出版社持っていけば何かになりそうな気がする。同人王との対比にもなるしな。太田出版かな

2019-03-12

anond:20190307215624

元増田である

週末に不動産屋に連絡を入れてみた。

件の家賃17000円の物件を下見していたところ、

不動産からネットに乗っていない家賃12000円の別物件を紹介され、そちらにすることにした。

ほんの少しだけ狭いけれども、ほとんど同じ間取りだ。

トラバにある通り、田舎の古い空き家の多い地域ならではのテクニックなのかもしれない。


ちょっと問いに答えます

トランクルームはいけないのか?

始めはトランクルーム検討していたのだが、ブコメなどでご指摘いただいている通り、部屋にして本棚に並べて参照して通覧する必要がある。

たとえばの本を出すと、たとえばの話だが

足柄下郡誌』(伊勢書店、1899)、『北巨摩郡誌』(山梨教育会北巨摩支会, 1915)な感じの古さとレアリティ地域性の共通テーマを持った本が沢山ある。

これらは実際にはそれぞれだいたい国会図書館デジタルコレクション電子化されているのだけれど、それだと項目ごとに通覧しにくいため、原著で持っていた方がいい。

そして、トランクルームだと取り出して参照して……だと手間がかかる。

ということで、テーマごとに本が並んでいると調べるのに都合がいいのです。

部屋を借りた方がトランクルームと同じくらいの値段でずっと広く使うことができる、と今回発見があった。


図書館で借りればいいのかもしれないが、もう一つ持っている本のジャンルサブカル系のあるジャンル(たとえばの話『大技林』とか太田出版みたいな)で、

これはサブカルの亡き先輩から引き継いだもの地域図書館にはないし、コレクションとして保持・増長させたいと思っている。

ということで男のロマン「別荘」を企図することにしたのだった。

2018-05-04

山本直樹と「分校」第三巻のこと

山本直樹が好きである森山塔も大好きである

三十数年前、森山塔作品に偶然出会った。フランス書院から出ていた文庫版のあとは寝るだけであった。小さな本屋何気なく手にしたその黒い単行本に衝撃を受けた。衝撃を受けたまま一旦家に帰り、翌日学校帰りに買った。淫行かしらも、とくべつのあわも素晴らしい。いまだに名作であると思う。刷り込まれたからであろうか。いまだにコーフン模様とかにはしびれさせられる。僕がクンニ大好きになったのは森山塔の影響が大であると思っている。

その後、はっぱ64がビッグコミックスピリッツで連載されていてその画風が森山塔のものなので混乱した。同一人物であった。山本直樹は今も好きである

先日、分校の三巻が出た。すごく楽しみにしていたのだが、ウェブで連載されていた頃に比べて消しが濃くなっている所が大いに不満である。ドバシと先生の絡みがすごく良かったのに残念である

作品のものは素晴らしい。けっこうな御歳であるはずなのに、あのリビドー作品全体に満ちているような画風、リズムは素晴らしい。凄い。太田出版から出ているのだから堀田レベルでの画、消しの薄さ、消しの無さを期待していたのだが、前巻が有害図書指定を受けたこから、守りに入ってしまったようだ。

分校の第二巻も素晴らしかったのだ。まずはKindle版を買った。一読してちょっとやばいかなと感じるところがあったので、急ぎ紙版の本も注文した。その後、悪い予感は当たり有害図書指定となったわけだが、これはそのような指定を行った大人の方が感性が鈍っていると言うほかない。

2017-08-30

雑記①】

雑記①】

真木よう子炎上→鍵垢名「騙された」→ツイ消し

北尾修一:コミケ写真集編集。8/31太田出版退職予定

CAMPFIREクラウドファンディング北尾転職先?

太田出版酒鬼薔薇聖斗絶歌出版したクソ会社

万年書房:9/1に北尾が立ち上げ予定(炎上HP削除)

6/28真木よう子Twitterデビュー

7/3:フォロワーのリプに反応し松クラ度をアピール

7/23:一松アイコンで寝ている画像ツイート

8/14:視聴率暴露ツイート(1時間後にツイ消し魚拓無し)→東スポ記事化

8/25:コミケ参戦表明、クラウドファンディングスタート

(追加:8/12コミケを見に行く)

以降、ネット上でオタクアンチオタクコミケ参戦についての泥沼抗争。

8/27:真木よう子Facebook謝罪

8/28:突如鍵垢になりアカウント名が「????騙された????」になる

8/29:アカウント削除。百万年書房ホームページ閉鎖

真木よう子の件

キャンプファイア北尾氏と太田出版北尾氏が何らかの血縁で、「独立したいけどカネがない、信用状態がマズくまともな金融機関に金が借りられない」と借りるつもりで相談したら「じゃあ誰か自己顕示欲強くて頭弱い芸能人立ててインパクトある本作る前提で企画してうちで集金すれば?多めに見積もって募っておいて、本作って売った経費の残りと売上を運用資金にしたらいいじゃない」で真木よう子に白羽の矢が立って「今までOK出なかったやつ集めて本作ろうよ!コミケなら内部に顔が利く奴がいるか芸能人待遇シャッター前の枠取ってくれるし、叶姉妹やら小林幸子にすりよるくらいだし、オタクなんかちょっと優しくすればチョロいからボロ儲けだよ、資金クラウドファウンディングがあるから大丈夫!」って唆してTwitterアカウント持たせてこまめにリプさせてたなら地獄しかないな

2017-08-29

写真担当:鈴木心さん

https://twitter.com/SUZUKISH1N

特に話題に触れず

インタビュー担当:吉田豪さん

https://twitter.com/worldjapan

※ブレーンじゃないですを連呼

編集担当:北尾修一さん

https://twitter.com/kitaoshu1/status/902371042340904961

"いろいろお騒がしていますが、誤解なきようご報告です。既に発表されている「真木よう子、フォトマガジン出版プロジェクト」は、私が個人で依頼され、今後請ける予定のお仕事です(私は8月末日で太田出版を退社予定です)。誤解を与えたことを太田出版にお詫びします。取り急ぎ。"

2017-08-26

真木よう子の話、「編集者 北尾修一」ってQuickJapanの編集人じゃねえか 太田出版から出せよ

出版社を通さず出したいって、これ太田出版で出せるもの

ネタにするためにコミケで売るって言ってるだけじゃねえか

つーか、コミケに出せないか太田出版で出します、太田出版さんありがとうまで織り込み済みのクラウドファンディングなんじゃねえの

2017-03-22

日本ポスト主義化と経済成長のまいた種

20世紀公共交通一強の時代が長く続いた。交通手段公共交通こそが超大国だった。世界から評価される、エコ経済的バリアフリー…多くのヒト・モノ・カネが鉄道界隈に集まり鉄道を中心に都会が動いていた。この流れからの大転換が日本人ポスト主義化だろう。

新自由主義を掛け声に、公共交通破壊蔓延する。貧民の末裔権力を手にした公共交通はあまりにも汚物象徴になってしまいそうだ。その一方で、自動車バスオートバイの躍進はそれを象徴としていて、過去には暴走族があったが日本人努力によって脱却している。

都会の宝、交通象徴という特性をより伸ばしていくことで発展を続け、世界中の人に優れた都市交通の手本を示し続けた日本だが、逆に言えば、その普遍的テーゼを失ってしまえば価値は大きく低下することになる。鉄道だけとっても他の国の方が優秀そうで、利益公益バランスが取れているように見えるのが、事実だ。

今はまさに分岐点を通過した直後だが、今後はさらに鮮明になりそうな気がする。日本私鉄がそのまままるごと公営化されたりとか、自転車であふれている都会の繁華街などが、いつの間にかバスオートバイに変わったりとか。日本の古きよき光景も変わることになる。

2010年代以降のメインカルチャーがまるで低迷する一方、今日繁栄する文化には共通点がある。どれも経済成長期に台頭した文化だということだ。自動車オートバイだけではない。たとえばオタク文化なんかまさにそうだろうし、特に漫画アニメが目覚ましい発展を遂げた。

最近息を吹き返した据え置き機ゲームも、ソシャゲと言われているオンラインゲーム台頭前は主流だったし、日本大衆ゲーム文化京都花札屋が原点にある。素晴らしいゲーム一見価値があるので、中古ショップオンラインで買って一度遊ぶといいよ。

急激な経済発展を遂げている商業出版界隈だって高度経済成長多様化した。太田出版と言えばサブカルチャーイメージで、過去には完全自殺マニュアルの苦い歴史があり、元少年Aの出版を引き入れたと言われてはいる。しかし、それを除けば普通サブカルチャー本ばかりだ。

すべては「高度経済成長のまいた種」である日本の文化自体がそう。たまたま20世紀には、メインカルチャーが一強構造だったが、21世紀にはそれがサブに、下層に、未知の領域にすら分散しているということ。これをどう付き合うか、私たちも考える必要がある。

同人誌販売オートバイを利用する若者は今では当たり前だという。いずれも昔は有り得なかったものだ。今でこそ中高生でもできるような商業デビューアプリ作成も昔なら不良文化(私の父が高校時代小説出版で当時のお金で何十万円数百万円かもらって停学になりかけたことがある。)で、そのイメージを払拭したのが1980年代2000年代若者たち。これが今の現実の礎を築いたんだろう。

2016-08-05

Kindle Unlimited何気に喜んでいるのはアフィリエイトブロガーで…

業界では前々から噂されていたらしいが、月額980円で電子書籍読み放題

Kindle Unlimitedが遂に日本でもサービスを開始した。

該当作品は14万タイトルものぼり、直後から

イケダハヤトやそのほか、「

Kindle Unlimitedお勧め作品一覧(随時更新)」なんて記事が多数出ているけど、

このサービス上陸何気に喜んでいるのってこういうアフィリエイトブロガーなのかもな…

作品リストからめぼしい、有名っぽいもの適当ピックアップしてリンク貼りつけときいいわけだし。

って何気に喜んでいるのはブロガーとして、もう一つ、何気に炙り出されているのは、各出版社作家電子書籍への姿勢のような気がする。

出版系の就活を考えている学生とか、電子書籍サービスで一旗揚げたろうみたいな人はラインナップをよく見るといいと思う。

日頃からKindleセール情報ランキングをチェックしている人ならよく分かると思うが、

そもそも、Kindleセールで前から1巻無料とかよくやっていたタイトルが多かったりして、つまり、元から電子書籍への拒否反応が薄く、無料セールにして読者を集める売り方にアレルギーが弱い版元や作家が参加している…って、まあそりゃあ、当たり前か。

西東社(歴史書籍を100円にしてランキングをほぼ全占めしたりしたことがある)、ぶんか社(ここは電子コミック1円とか5円とかよくやっている)、日本文芸社既存無料読み放題アプリなんかにも作品を卸している)、太田出版(270円セールをよくやっているが読み放題に出しているコミック結構それとかぶっている)

あたりの版元が数を揃えているのはかなり納得だし、

11セールでかなり儲けた佐藤秀峰、また、権利元がプロダクションになっている青木雄二、こちらも、既に既存無料読み放題(マンガBANG!みたいなのね。無料っつっても勿論広告から利益分配される)に作品を出している新井英樹作品があるのも、さもありなんという感じ。

GooglePlay(電子)での配信にいち早く参入した講談社タイトル雑誌を中心に比較的多くて、

一方、GooglePlayでの配信参加がかなり遅かった集英社は、Kindle Unlimitedにも名を連ねていないっていうのも、物凄く案の定。

しかし、日本ではどうして電子がなかなか主流派にならないんでしょうね。

本を買うという行為には、ただ単に内容を読みたいという「読書の欲求」のほかにも、「所有の欲求」(こんな本持ってるぜ)、「顕示の欲求」(こんな本読んでるぜ)があり、電子では後者2つが満たされないからかしら。

2015-06-24

金に困った前科者は太田出版GO

幻冬舎に取り次ぎ頼むのもありや

2015-06-20

馬鹿じゃねえの。<中川淳一郎の『絶歌批判について>

始めに、この文章は「元少年A」や『絶歌』に対する世間の大多数と反応と「真逆の主張」であることを先に示しておく。

中川淳一郎の『絶歌書評に思うこと

馬鹿じゃねえの。

この中川淳一郎っていう奴の『絶歌』の書評( http://biz-journal.jp/2015/06/post_10431.html )を読んで、正直こう思った。

ハッキリ言うけど、お前に元少年Aや太田出版外道だなんて糾弾する資格なんてないだろ。正義ぶって勝手書評を書く前に、我が身を反省してみたらどうなんだ。

おそらく、中川淳一郎はこう思ってるんだろうな。

「この記事に誰も文句なんて言ってこない」

元少年A」は叩かれて当然の「極悪人」で、それを一刀両断している中川淳一郎は「正義告発者」だからな。

世間感情同調している中川淳一郎はきっと、どれだけ「元少年A」を扱き下ろしても大丈夫だと、そう思っているんだろう。

フザけんな。

非難してやる。ネット上の他の全員がお前の書評を褒めちぎっても、俺だけは非難してやる。

元少年Aを「外道」だと罵るお前の方がよっぽど「外道」だと、この場で主張してやる。

「人の言葉」を踏みにじる中川淳一郎

俺が最も中川淳一郎書評で怒りが沸いた部分は、元少年Aが「どうして人を殺してはいけないのですか?」という問いに対して答えた箇所に、コイツが吐いた感想だ。

一応、元少年Aの言葉引用しておく。前述の問いに対して、元少年Aはこう答えた。

引用

『「どうしていけないのかは、わかりません。でも絶対に、絶対にしないでください。もしやったら、あなた想像しているよりもずっと、あなた自身が苦しむことになるから」』(註:原文では「あなた自身が」の部分に傍点あり)

絶歌』の関連記事を漁っているなら見飽きた文章だろう。

で、これについて、中川淳一郎はこんな風に言っている。

引用

 あぁ、何もわかっていない……。どうしてこうも自分本位なのか。「あなた自身が苦しむから殺人はいけない」と言い、まるで自分悲劇主人公かのように「重い十字架」というエセ文学的表現を使う。人を殺してはいけない理由は、これである

「誰もが他人人権蹂躙することはできないから」
「殺された人に近しい人が悲しむから

 酒鬼薔薇被害者とその遺族よりも、自分自身加害者)の側の論理でいまだに語っている。そしてこれがやっと見つけた唯一の答えとは、非常識かつ幼稚もはなはだしい。

ハッキリ言って、頭にきた。

なんて身勝手文章だと怒りを覚えた。

何も分かってないのはお前の方だろう?

人の「本気の思い」をこんな風に平然と踏みにじる、お前の方がよっぽど外道だ。

確かに、元少年Aの答えは自分本位だよ。凶悪殺人を犯したくせに、いまだに自意識の中でしかその理由を語れてない非常識で幼稚な答えかもしれない。

だけどな、ここにあるのは『本気の思い』だよ。事件の後の全人生を通じて、元少年Aが自分の頭で考えて言葉にした「人殺しをしてはいけない」ことへの『本気の思い』だ。

どれだけ自分本位で幼稚でも、本人があの事件を起こした後に見つけてきた『自分の答え』だ。

それを、お前は踏みにじった。

「あぁ、何も分かってない・・・・・・。」なんて、さも悲哀ぶった言い方で、お前は元少年Aの言葉から耳を塞いで、「自分意見」で踏みにじったんだ。

人殺しをしてはいけない」ことに、お前の考えや正義があるのは分かったよ。客観的に見れば、お前の考えの方に正当性があるんだろう。

でも、だからって踏みにじって良いわけじゃないだろ?

他人自分の全人生をかけてたどり着いた『本気の答え』を、そんな風に無価値だと切り捨てて良い理由にはならないだろ? お前にとっては「何も分かってない」ような幼稚な意見でも、それが元少年Aにとっては「やっと見つけた正しさ」なんだぞ。

婚約者」が『自殺』している

まあ、元少年Aの「答え」なんて、他人から見たらボロ布くらいの意味しかないのは分かってるよ。

ネット上の大多数、「元少年Aや『絶歌』に対する怒りを燃やす人々」はそれでもいいよ。

だけど、中川淳一郎。お前は違う。

お前は、婚約者を亡くしているんだろう?

正直、俺には信じられない。婚約者鬱病の末の自殺で亡くしているにもかかわらず、あんな身勝手書評を書くだなんて。

一応、読んでない人のために書く。

中川淳一郎書評には、その昔、当時の婚約者自殺で亡くなった件について書かれている。

そして、その際に本人が参考にしたのが『完全自殺マニュアル』・・・・・・『絶歌』の担当編集である落合美砂が、93年に世に送り出したベストセラーとのことだ。

これだけ書くと、まるで中川淳一郎が「『完全自殺マニュアル』のせいで婚約者自殺した!」って主張してるみたいに誤解しそうだけど、そこまでは思っていないらしい。

ただ、その本が自殺した婚約者本棚の中にあって、そこに書かれた「最も推奨されている方法」で自殺したという、それだけらしい。

中川淳一郎は言っている。「彼女が死んだのは鬱病のせいである。それは間違いない」と。

そう、その婚約者自殺したのは「鬱病」のせいなんだ。

これは完全に憶測になるけれど、鬱病みたいな「心の病気」の最たる原因は「孤独」だ。

自分の抱えている問題を誰にも打ち明けられない、誰とも共有できない、そういう風に「一人でどうにかしなきゃ」という状況に追い込まれときにこそ、「鬱病」みたいな精神病に人は陥る。

もちろん、実際にその婚約者が「孤独」だったかどうかは憶測の域を出ないけれども、誰にも相談できなかったことは間違いないだろう。

そうでなきゃ、『完全自殺マニュアル』なんて買うわけはないからな。

ここで『完全自殺マニュアル』について確認しておく。

当たり前だけど、この本は自殺の「方法」を書いているだけであって、自殺を「推奨」しているわけではない。中川淳一郎引用していたけれど、太田出版の紹介文ではこうなっている。

引用

世紀末を生きる僕たちが最後に頼れるのは、生命保険会社でも、破綻している年金制度でもない。その気になればいつでも死ねるという安心感だ! 自殺方法を克明に記し、さまざまな議論を呼んだ、聖書より役に立つ、言葉による自殺装置。」

この文章で注目すべき点は、二つ。

一つ目は、「世紀末を生きる僕たちが最後に頼れるのは」という部分。この箇所から、この本は「生きる僕ら」が「頼れる」ものを示したものであることが窺える。

二つ目は、「その気になればいつでも死ねるという安心感」という部分。この箇所からあくまでこの本は「安心感」を提供するためのものであることが窺える。

以上の点から、この『完全自殺マニュアル』はあくまで「生きるための本」であることが分かる。具体的には「自殺という『逃げ道』を示したから、後は安心して生きればいい」という本だということだ。

イメージが掴みにくい人は、『完全自殺マニュアル』を「精神科医」に喩えてみてほしい。「『いつでも安心して、私を訪ねてきて下さい』そう患者に言ったら、二度と患者は訪ねてこなかった」一度くらいこういう話を聞いたことはあるだろう。要するに、「いつでも訪ねられる」という「安心感」が重要なのであって、実際にその選択肢を取るかはさほど重要ではというないのだ。その「安心感」を提供されただけで、患者心の問題は半分くらい解決しているらしい。

おそらく、『完全自殺マニュアル』も、そういう「安心感」を提供することが目的書籍なのだろう。事実、前書きや後書きの部分には「いざとなれば自殺してしまってもいいと思えば、苦しい日常も気楽に生きていける」旨が書かれているようだ(https://ja.wikipedia.org/wiki/完全自殺マニュアル)。

というわけで、この『完全自殺マニュアル』はそういう、精神科医的な「安心感」を提供する本だ。

そんなもの本棚にあったということは、そんな「安心感」に頼らなくてはならないほど、その婚約者精神的に追い詰められていたのだろう。

普通ならば、『完全自殺マニュアル』は買って読まれた時点でその役割を全うする。

「いつでも死ねるという安心感」さえ提供してしまえば、いつでも精神科医相談できる患者のように、「生きる日常」に帰って行けるからだ。

ところが、その婚約者場合、そうはならなかった。

完全自殺マニュアル』に書かれている方法を実行して、本当にこの世から「逃げ」てしまたからだ。

その婚約者がいつ亡くなったかは分からないが、おそらく『完全自殺マニュアル』を読んですぐというわけじゃないだろう。

一度読んで、一度「日常」に帰って、そこで何かしらアクションがあったのだと思う。

そして、そこで「上手く行かなかった」からこそ、まるで精神科医に再び相談しに行く患者のように、その婚約者は『完全自殺マニュアル』に頼ってしまったはずだ。

先ほども言ったとおり、鬱病の最たる原因は「孤独」だ。

そして『完全自殺マニュアル』に頼ったことからも明らかなように、その婚約者も「誰にも相談できない」状況に陥っていたはずだ。

それが行き着くところまで行き着いて、自殺だ。

何が言いたいかっていうと、その婚約者の死因は「周囲の無理解」だということだ。

中川淳一郎本人が語っている、「(自殺の)予兆に気づけなかった」という話が象徴的だろう。「婚約者」という最も近しい立場人間ですら、本人の抱えている「問題」に気がつけなかった。

婚約者の男が居てもこの世を去らなくちゃいけないほど、自殺したその女性は「分かられていなかった」のだろう。

以上のことから、俺が言いたいのはこうだ。

他人言葉に耳を塞ぐ」ってのは、こんな風に人を鬱病になるまで追い込んで自殺させることもあるってことだ。

それを中川淳一郎は、「予兆」に気がつけず婚約者自殺させてしまったお前は、知ってるはずじゃないのか?

他人への共感理解」の欠落

にもかかわらず、中川淳一郎はよくも平然とあんな風に「人の思い」を踏みにじれるものだ。

自分婚約者を殺したかも知れない「人の話に耳を貸さない」ことを、あんな風に実行できるものだ。

元少年Aの「問いへの答え」へ呟いた感想もそうだし、『完全自殺マニュアル』の「大義名分」を語ったこともそうだ。

確かこんな風に勝手に決めつけてたな。

引用

自殺する自由はある」
「苦しい時の選択肢として、自殺もあっていいのでは」
「命の大切さを伝えたい」

 こういった大義名分は『完全自殺マニュアル』発刊にあたってはあったのだろう。

きちんと紹介文を読めば、この発言的外れであることが第三者にも明らかだろう。

完全自殺マニュアル』は、「生きるための安心感」を提供する本なんだよ。本当は自殺のためじゃない。

自分引用した箇所に書いてあったことだろうが。

婚約者が亡くなった後、「本当に後追い自殺をするつもりになり、彼女が愛読した『完全自殺マニュアル』を再度読んだ」ときに目にした前書きと後書きに、ちゃんと書いてあったはずだろうが。

どうして、他人の言っている言葉に耳を傾けない?

そういう態度にこそ自分婚約者が殺されたかも知れないことに、どうして気がつかない?

中川淳一郎の「書評」に見る、元少年Aの『絶歌』との同一性

元少年Aは外道だと、いまだに悲劇主人公ぶる幼稚な男だと、中川淳一郎はそう言った。

だけど、ハッキリ言うぞ。

お前の書評元少年Aの『絶歌』と何も変わらないからな。

元少年Aの「なぜ人殺しはいけないか」っていう問いへの答えを、お前は「自分本位」だとか「非常識」だとか「幼稚」だとか非難するけどな、お前の書評だって全く同じだ。

完全自殺マニュアル』や落合美砂への「自分本位」の勝手な決めつけ、記念パーティでの「非常識」で「幼稚」な不謹慎発言。これらは元少年Aの態度と何が違う?

酒鬼薔薇被害者とその遺族よりも、自分自身加害者)の側の論理でいまだに語っている。」ってお前は非難するけどな、だったら自分はどうなんだ?

自分婚約者自殺予兆に気がつけなかったのを棚に上げて、『完全自殺マニュアル』や落合美砂という「外的要因に」文句をつけるしかないお前の態度はどうなんだ?

「『完全自殺マニュアル』を参考に恋人自殺された、可哀想自分」を気取っているお前は、「いまだに『罪の十字架』に苦しんでいる、可哀想自分」を演出している元少年Aと何が違う?

 「悲劇主人公ぶっている」のはむしろ、今のお前の方じゃないのか。

他人言葉に一切耳を貸さない、身勝手な「自分本位さ」にまみれているお前の書評は、いまだに被害者遺族の心情に寄り添うことのできない元少年Aの「自分本位さ」と良い勝負だ。

から、まるで奇っ怪なモンスターみたいに言ってんじゃねぇ。

最後

ハッキリ言っておく。

中川淳一郎。そして、元少年Aや『絶歌』を叩きまくっているネット上の大多数の諸君

お前らがやろうとしていることは、れっきとした人殺しだ。

絶歌』という本人の言葉封殺して、元少年Aの人格否定して悦に浸るその行為は、間違いなく「一人の人間」を社会から抹殺しようとしている殺人行為だ。

かつて、どこかの誰かの婚約者自殺に追いやった「他者への無理解」を、今度はお前たちがやってるんだ。

かつて、どこかの十四歳が、か弱い十一歳の少年を殺したようなことを、今度はお前たちがやってるんだ。

元少年Aのことをお前らは「殺人犯だって言って罵るけどな、今ではお前らの方がよっぽど「元少年A」に見えるよ。




正直な話、『絶歌』なんていう「ポエム」を出版「しなくちゃいけない」くらい元少年Aを追い詰めたのは、俺たち社会の方だと思う。

本当にこの書籍出版を憎んでるなら、こんなものを出さなくて大丈夫なくらい元少年Aを社会の方が受け入れてやれ。

これが、俺の精一杯だ。

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん