はてなキーワード: 不可侵とは
の自由研究。
ネット上でよく見る話。ネットロアっていうのかしらん。違うかー!
DNA鑑定により家庭崩壊が多発することを懸念し国がDNA鑑定を禁止した。
って話。
で、ついでに托卵検知ができなくなったから婚姻率が激減したってオマケつき。
ネットの日本語情報しかあたってないので温度感はあるかもだけど、今現在伝聞で書かれてるのを見たら「(ネットの)井戸端会議特有の盛ってる感だな」って思っておくよ。
いざやってみるとうまい調べ方がわからないのでid:ibenzoさんの記事をひとつぐらいまともに読んでいればよかったわ。
日本語でぱっとでる以下のサイトによると2005年と2016年に関連法が改正されたようだ?
【託卵大国ドイツ・日本】DNA鑑定は無効「法律と裁判」訴えたらどうなる?
ttps://iirou.com/tom/
托卵が発覚したとしても
通ってしまったのか?
托卵調査の結果
10%が托卵と判明したとも言われる。
てか托卵率10%なら
無数の家庭が崩壊するだろう。
シングルマザーが溢れ、
路頭に迷う子供も多数でてくる。
そのため、
ほんまかいな。
すくなくとも「男たちがDNA鑑定に殺到すれば?」以降は筆者の妄想が入ってそうなんだけど。
素晴らしい法案がまとまった。
托卵であった場合、
托卵女は夫に実の父親(托卵男)の名を
明かさねばならない。
妻の同意によるDNA鑑定後に知る権利や費用の一部を得られるかんじだろうか。
私のググり力(ちから)が足りないために当時の日本語資料をサクッと見つけられなかったので、こちらの資料をお借りする。
ドイツ民法典における家族法 - digidepo_11538862_po_02850002.pdf
ttps://dl.ndl.go.jp/view/download/digidepo_11538862_po_02850002.pdf?contentNo=1
第1598a 条は、遺伝学的親子鑑定(genetische Abstammungsuntersuchung. 以下「DNA 鑑定」という。)の実施のための要件を規定する。DNA 鑑定の実施を望む者(父、母又は子のいずれか)は、残り2者に承諾及び遺伝情報試料の採取受忍を求めることができ、承諾が得られない場合は、家庭裁判所が承諾を代行し、遺伝情報試料の採取受忍を命じる。ただし、子が未成年者で、その子の福祉に反する場合には、裁判所は手続を停止する(58) ことができる。この条文は、民間のDNA 鑑定の普及により、母や子の同意を得ずに行われた遺伝子検査結果(秘密の父子鑑定)の証拠採用が争われ、連邦憲法裁判所の判決を受けて制定された「否認手続から独立した父子関係明確化のための法律」(59) により新たに追加された。
(59) 否認手続から独立した父子関係明確化のための法律 Gesetz zur Klärung der Vaterschaft unabhängig vom Anfechtungsverfahren (VaterKlG k.a.Abk.) vom 26. März 2008 (BGBl. I S. 441). 同法制定に関する連邦憲法裁判所の決定(1 BvR 421/05)は、秘密の父子鑑定による鑑定結果の証拠不採用を認め、一方で、父子関係否認手続とは関係なく、独立したDNA鑑定請求権を法律上の父に認めるべきであるとした。玉蟲由樹「子の出自を知る父親の権利(BVerfGE 117,202)〔2007〕」ドイツ憲法判例研究会編『ドイツの憲法判例IV』信山社出版, 2018, pp.55-58.
托卵うんぬんではなく勝手なDNA検査はダメで、でも検査が簡易になり、特に子供への同意無いDNA検査が増えてきたので家族法でも法整備し、同意ありでやろうねと明確に示したという考えはどうだろうか。
ドイツにおける遺伝情報の法制度 | 学術機関リポジトリデータベース
ttps://irdb.nii.ac.jp/00835/0002057570
第3に、自発性の原理(Prinzip der Freiwilligkeit)である。『連邦議会審議会答申』は、「遺伝子検査の実施は、被検者(getestete Person)の不可侵性を侵害する」がゆえに、「包括的な説明をしたうえで個人の同意を得てから行われる必要がある」との立場から、「この原理の例外は、法的にかなりかなり限定された範囲でのみ、しかもそれによって被検者の尊厳が侵害されない場合にのみ許されるにすぎない。特に遺伝子検査は、直接的にも間接的にも強制的に実施されてはならない」、と説き、ここから、当然のこととして、インフォームド・コンセントが要求されることに(33)なる。ここで興味深いのは、本人の了解や同意のない DNA解析に関する具体例として、2000年11月28日に下された、DNA分析の導入に関する初のバーデン・ヴュルテンベルク行政裁判所判決(2001年2月20日報道)が示されている点である。本件は、銀行の幹部を侮辱する匿名の文書を書いたのではないかと疑われた銀行員が、採取された DNAサンプルが本人の知らない間に DNA鑑定をされたことに基づき雇用主から無期限解雇の通告を受けたため、その解雇の違法性について争った事案である。本件について、同裁判所は、本人の知らないところで同意なく行われた DNA分析の結果に基づく解雇通告は違法である、と判示 (34)した。これは、注目すべき判決である。本判決を受けて、ドイツ連邦および各州情報保護委員会(Datenschutzbeauftragten)は、第62回会合での決定において、「法律上の権限なしに行われる遺伝子検査、または治療もしくは研究の目的のためにのみ原則として有効とされる本人の同意なしに行われる遺伝子検査を阻止するために、刑法典の中に基本的処罰規定[を盛り込むこと]」を要求して (35)いる。これは、刑法典では実現していないが、遺伝子検査法で実現した
4 つぎに、医療目的以外の検査について特徴を簡潔に挙げておこう。
第1に、出自の解明のための遺伝子検査については、本人への事前の説明と同意により実施することができるが、検査を行うことができるのは、医師のほか、出自鑑定の専門家で自然科学の高等教育を受けた者に限定されている(17条)
5 最後に、制裁について述べておこう。本法でも、規定に違反して遺伝子検査を実施した場合、1年以下の自由刑または罰金刑が予定されており、対価を得てこれを実施した場合には、2年以下の自由刑または罰金刑が予定されている(25条)ほか、一定の行為について秩序違反として過料が予定されている(26条)。
素晴らしい法案がまとまった。
法改正と法案がまとまったではいささか指すものが違うような気がするが、普段立法に無関心なので怪しい。
ttps://twitter.com/akihiro_koyama/status/1338064643328131073
A new German law wants to force mothers to reveal their child’s biological father
ttps://www.newstatesman.com/politics/feminism/2016/08/new-german-law-wants-force-mothers-reveal-their-child-s-biological-father
を翻訳で見ると記事時点では提案段階。ただしakihiro_koyama氏のいうDNA鑑定義務化は読み取れなかったのでどういった文脈でこの記事とコメントを出したのかは不明。
いろいろ検索ワードをがんばってみたが、日本語のそれらしい話題がひっかからず。
コラム 75 「誰の子か白状しなさい」-自分の子が実の子ではなかったら ドイツの場合- 2016/9/2 | 京都の弁護士による離婚相談|姉小路法律事務所
ttps://www.aneyalaw.com/column/_75.html
ドイツで,カップルの子どもが,実は別の男性との間にできた子だった場合,母親はカップルの男性に子の生物学上の父親の身元を明らかにしなければならないという法案がまとまり,議会に提出される予定だそうです。
どうなんでしょうね?
ヴィトンが市松模様の入ったふくさを、ダミエ模様パクってるから権利侵害ですって警告したらしいじゃん?
正直、は?って思ったよね。
モノグラムも日本の家紋やら琵琶の模様やらから作ったんやろ?お??
それがなんで、こっち訴えられんねん。あたおかか?
社長の交代だかなんだか知りませんけど、どうしてそうなってしまったんですか?
もっと騒いで、日本としてヴィトンの無礼を追求すべきとも思ったりしました。
信用がなくなったのでもう一生買いませんわ。
以下、その他思ったこと。
ヴィトンの歴史はそれなりにあり、ヴィトンと言えばあの柄(モノグラム)というのが定着している。
しかし、その柄が実は日本の伝統的な柄にインスピレーションを受けた(もしくはそのままパクった)ものであることは、ヴィトンが公開しているように事実。
でも、当時は文化の盗用などという概念はなかっただろうし、もう当たり前にヴィトン柄が定着しすぎて誰も疑問に思わない。
最近、ザラの新製品がメキシコの伝統的な服のシルエットや柄を盗用したと話題になったが(正直、いちゃもん感は否めないが)、これがもっと昔に行われていたらどうだったか、何だったら盗用に当たらないのかが気になった。
ヴィトンの柄、それ自体に歴史が生まれてしまったから時効なのか?
勝つわけないよな、ヴィトンのダミエもすでに定着しており、さらに広がったダミエ柄の収束がうんちゃら、利益の損害がうんちゃらって言われておしまいになる気がする。
合わせて思ったのは、今はまだワールドワイドに広まっていなくて、例えば日本のどっかの村で1000年続いてる伝統とか、そういうところが村起こしのために世界的な通販をしたりして、そうすると目ざとい人が、これ~~のブランドにそっくり!って思う。
~~っていうブランドは、そんな日本の辺鄙なところのことなんて今初めて知りましたわ、むしろ村さんが権利侵害してるやろってなるだろうし、それが商標権的には正しいのかもしれない。
まあそういうのを防ぐためというか、アイデアはこっちが先でした!とか言われても大丈夫なように特許とかがあるのも知ってるけど、ほんとに偶発的なこういうことによって、マジのマイノリティーが不利になるのって、どうやったら防げるんだろう。
なんか伝統不可侵法とか、商標免除権(適当)的なの作ってみたらどうなのかな。
そんなんしたら歴史捏造してくるところ出てくるかしら。ありえるよね。
あなたならどうしますか?ある日突然24時間で300発以上のロケット弾がテロリストによって撃ち込まれ、愛する家族の命や、家を奪われたら。イスラエルにはテロリストから自国を守る権利があります。最初にロケット弾を一般市民に向け撃ったのは一体誰だったのか?私達の心はイスラエルと共にあります。
現職の防衛副大臣 中山泰秀(なかやまやすひで)氏は、イスラエルによるパレスチナ・ガザ地区への空爆行為に支持を表明した。
多くの人にとって、イスラエルとパレスチナ・ガザ地区の問題はニュースでちらっと耳にしたくらいだと思う。
確かに、イスラエル側の言い分を鵜呑みにすれば、パレスチナはテロリストで、イスラエルは被害者で、パレスチナ側がロケット弾を打ち込んで来るから反撃するのだというのは筋が通っている。
イスラエル支援国のアメリカの同盟国日本の防衛副大臣としては、「立場」を弁えた発言かもしれない(なお、政府見解は異なるのだが......)
だが、何故パレスチナがロケット弾が打ち込むのか、何故報復としてわざわざ空爆するのか、君は考えたことがあるか。
そして結論を言えば、イスラエルによる空爆を肯定するのは、ウイグル族迫害を、香港の言論弾圧を、ミャンマーの軍事革命を正当化することに等しいのである。
これを知っても、イスラエルは正義でパレスチナは悪だと思えるか。
現在のイスラエルを建国したのはユダヤ民族である。彼らは流浪の民で、民族固有の土地がなかった。安寧の地を求めた彼らの主張はこうだ。
「君の家は2000年前、俺の先祖が住んでいた土地に建っている!不法占拠者め!今すぐ出ていけ!!」
こうしてパレスチナの人々は隅に追いやられ、イスラエルが建国された。
パレスチナとイスラエル間で停戦条約が結ばれたこともあった(現在も本当は停戦中のはずである)。
その際、両者不可侵の境界線が引かれたのだが、イスラエルは入植・侵攻を止めることはなく、パレスチナの土地はみるみるイスラエルのものとなった。
そこに住む人々は住む家を追い出され、ガザ地区に身を寄せるか、難民となるしかなかった。
先に手を出したのは、どちらだろうか?
「ロケット弾300発」と聞くと、ああ何と恐ろしいのかと思うのかもしれない。
しかし、この「ロケット弾」はお手製工作レベルの代物であり、イスラエルの持つ最新軍事兵器とは天と地の差がある。
防御の面でも、イスラエルは「アイアンドーム」と呼ばれる最新ミサイル迎撃システムを備えており、万全の体制を立てている。
https://en.wikipedia.org/wiki/Qassam_rocket
イスラエルは、これが撃ち込まれたからと、世界トップレベルの軍事力を持って徹底的に空爆するのである。
イスラエル側にロケットが飛んでくるという緊張感はほとんどない。境界沿いで、空爆されるガザ地区を花火感覚で楽しむイスラエル人が多くいるほどである。
(ちなみに、イスラエルは定期的に空爆を行い、それを「草を刈る」と比喩している。繰り返される”報復"の空爆は、彼らの想定内なのだ)
イスラエルは「ここにテロリストが潜んでいるかもしれないから」という建前のもと、医療施設の入っているビルや一般市民が住む地区でさえ無差別に空爆する。
「ここら辺にテロリストいるみたいなので、空爆して全員〇します。無関係?連帯責任っしょ」
「ははは、近くに住んでたなら仕方ないね」と君は許せるだろうか。
中山氏は、国際法違反を散々指摘されているイスラエルの軍事行為を肯定している。
少なくとも私の心はイスラエルと共にない。
始めに自分のスタンスを明確にしておくと、オリンピックの開催は反対、もし反対を表明するアスリートが居れば非常に尊敬するし支持する。
でもアスリートに反対表明を求めるのは違うと思っている。
この件に関して左翼の人達の反応が思っていたより酷くて驚いている。(勿論例外も居たけど)
殆ど陰謀論の電通による工作と決め付けたり、CMや政治家に成る等のスポーツ以外の利益追求の結果だと勘ぐる人が居たり・・・・。
どうして大きい組織や権力者じゃなくて、立場の弱い個人を攻撃するのだろうか、
全体の為に個人のスポーツ人生を犠牲にしろ、と言うのは全体主義的だし、選手個人の自由を過大評価して彼女らの受ける批判を自己責任に還元してしまうのは極めてネオリベ的な仕草だと思う。
弱い個人への攻撃、全体主義、ネオリベ、それをあなた達は批判して来たのでは無かったのか、あなたは今批判対象と同じ事をしていないか、一度冷静に考え直して欲しい。
一方で「選手個人ではなく主催者であるIOC、IPC、国、東京都、組織委に五輪反対を求めるべき」と言う左翼の人も居て、安心した。正しいと思う。左翼全体が全体主義やネオリベに染まっている訳では無い。
ただやはり気になるのは「私に反対の声を求めても、私は何も変えることができません。」という池江選手のツイートに対する左翼側の批判だ。
「池江選手には影響力が有る、何も変える事は出来ないと言うのは嘘」といった批判が有る様なのだけど、「影響力」というのは抽象的すぎる。
具体的に何が出来ると想定しているのだろうか?
批判側が彼女に求める行動は簡単に分けて2パターン考えられる。
①池江選手は五輪中止を実現できる影響力を持っているので、五輪中止の為に動くべき
②池江選手は五輪中止を実現できる影響力を持っていないが、五輪中止の為に動くべき
この2パターンだ。
①の場合は一部の五輪賛成派から彼女自身バッシングを受けるかも知れないが、少なくとも五輪中止と言う成果を得られる。やる価値は有るかも知れない。
しかし②の場合は彼女のスポーツ人生に深く影響を与え、バッシングも予想される選択を迫っておきながら、五輪中止という結果も得られない、最悪のケースだ。
左翼の人達が①と②、どちらの想定で、どちらを彼女に求めているのか、まずは自覚するべきだと思う。
彼女が五輪中止に対する実効的な力を持っているのかいないのか、という問題は彼女に行動を求める事の倫理的な是非を検討する上で非常に重要な事だ。
では、左翼の人達は池江選手に何が変えられると思っているのだろうか?それを知りたい。教えて欲しい。
個人的には池江選手一人が反対を表明した所で、五輪の中止には影響しないと思う。
彼女には影響力が有る、でもそれは精々中立的な国民が反対派へ傾く程度の影響力で、五輪の開催に実際に権限を持つIOCや組織委や東京都の権限者が彼女の反対で心を動かされる、なんて幼稚な願望に過ぎないと思ってしまう。
私の認識では国民は既に反対派が多い、それでも中止に至っていない五輪に、国民への影響力が特色のユニットが今更大した影響が有るとは思えない。
だから私は「私に反対の声を求めても、私は何も変えることができません。」という池江選手のツイートは正しい現状認識だと思うし、だからこそ彼女に反対を求めるのは彼女にとって損しか無い選択を求める人権侵害では無いかと思う。
彼女を批判する左翼の人達は、そうではない、と言う事なんだろうか。
だとしたら、具体的にどういうシナリオで彼女は五輪中止への影響を持つと考えているのか、教えて欲しい。
彼女がIOCや組織委の上位者達に言う事を聞かせられる権限なり能力なりを持っていると思っているのか、それとも彼女の反対の声で国民が蜂起し五輪を中止に追い込めるのか、
彼女のその影響力は彼女固有の物なのか、それとも五輪参加予定の選手なら誰でも五輪を中止させられる力を持って居るにも拘らず、全員が現状それをしていないのか。
或いはN人以上の選手が反対を表明する事で中止に出来るのか、その場合Nはどの程度の想定なのか、等々、具体的に教えて欲しい。
その内一部は、五輪開催に反対を表明したアスリートが現れれば検証できるだろう。五輪反対を表明するアスリートが出現したにも拘らず五輪が中止に至らなかったら、批判側の根拠は棄却され、池江選手の「私は何も変えることができません」という想定が正しかったことが証明される可能性が有る。
もしあなたが今想定している「彼女に何が出来るか」が実際には正しくなかった場合の事も考えて欲しい。間違った根拠で彼女に反対を求め、批判し、陰謀論や勘繰りをしていたとしたらそれはどれくらい非倫理的な行いなのか、もしあなたの根拠が崩れた時はどういう手段で贖うつもりなのか、具体的に考えておいて欲しいし教えて欲しい。
「影響力が有る」なんて曖昧でぼんやりした表現で、反対を迫ったりそうしない事を批判するのは、池江選手の自由を抑圧する行為で、倫理に悖る行為だと思う。批判するなら、彼女が何を出来るのか、具体的に想定し、それを表明してからでは無いだろうか?
なんで「一人だけ」の前提なのかね。そりゃ一人だけなら変わらないでしょうよ。こういうのって同調者を募って大きいムーブを起こして変えていくものでしょ。その運動を起こす力を「影響力」と言っているのでは。
え・・・・?「或いはN人以上の選手が反対を表明する事で中止に出来るのか、その場合Nはどの程度の想定なのか、等々、具体的に教えて欲しい。」と書いてありますよね?明らかに「「一人だけ」の前提」じゃないんだけど、なんでこのコメントに成るの?
ドン引きなんだが、日本語読めてる?単純に馬鹿なの?それとも読んでないだけ?本当に怖いんだが、このレベルなの?ここの人って・・・・。それともこの人が特別馬鹿なだけ?流石にこれは無くない?
で、「その場合Nはどの程度の想定なのか」教えて欲しいんだが、大体で良いので。
風向きを変えられる/恐らく影響力のある選手が反対を示せば、それに追随する選手はいる。池江さんがそれをしないことは個人の選択だと思うけど「なにも出来ない」ことは事実ではない。(「しろ」と言うかは別の話)
風向きって・・・曖昧過ぎない?それはどの位信頼性が有るものなの?「恐らく」って何?他の選手が追随しなかったor追随しても何も変わらなかった場合の責任はどう取るつもりなの?
悪いけど今私は池江選手へ反対を要求し、それをしない事を批判している人たちの話をしているんだわ、それは文章を読めば分かるよね?
他人の本来「個人の選択」である事を要求、批判しておいて、その程度の信頼性で本当に問題無い認識なの?
聞きたいんだけど、それは他の件でも同じ考えなんだろうか?私は成るべくこの事を覚えておいて今後のあなたのコメントを読むつもりだけど、今後どの問題についても同様の認識だと考えて大丈夫?訂正しなくて大丈夫ですか?
あと、私が聞きたいのは具体的なシナリオです。少なくとも他者の「個人の選択」に要求、批判するに足る程度の、実現性と現実性を備えた具体的なシナリオです。
「風向き」等と言う曖昧な言葉では無く、具体的に誰辺りが追随する希望があり、それによってどういう影響が有って、最終的に中止に行き付くのか、教えて貰えますか?
ブコメでは足りないと言うなら、あなた確かブログやっていましたよね?文字数制限は無いですよね?
それとも、「ブログに書くかどうか」というあなたの「個人の選択」だけは、池江選手のそれとは違って、要求されるべきでない不可侵の権威を持っていたりしますか?だとしたら申し訳御座いません。謝ります。
(一応書いておきますが、私自身のスタンスは池江選手の場合と同様、あなたが書くかどうかも完全に自由です。仮にそれをしなかったとして、それを責める事は有り得ませんし、しない事はあなたの如何なる落ち度でも有りません)
一応、個人的には特に最終的にIOCや組織委や東京都のどこの(もしくはすべて?)具体的などの権限者に届いて中止に至る算段なのかと言う点が特に曖昧だと感じています、その点を明らかにして頂ければ尚幸いです。
また、今後池江選手(又は他の選手)が反対を表明し、その結果として「風向きが変わらなかった」と言う結果が出る可能性は有ると思いますが、もしそうなった場合にあなたがどういう風に責任を取り、或いは贖うつもりなのか(それとも贖いは不要と考えるのか)非常に興味が有ります。
少なくともグレタの演説のあと、欧米は化石燃料の排除に動いた。#KutooもBLMも最初は少数の人間が始めたムーブメントだったろうよ。いつまで個人と社会を切り分けてんだ?一人で諦めてろ。
欧米だったら意味は有ったかもしれないとは個人的には思うよ。(まぁ欧米だったら、この極めて日本的な自己犠牲の強制(自粛”要請”の様な)がそもそも通用し許容されたかは疑問だが)
しかしそれがIOCや組織委や東京都に同様に適用できると思う?
こう言っちゃなんだけど、随分信用してるんだね、私は正直に言えばそこまで信用できない。何でそこまで高評価出来るのかが分からない。その評価は他の場でも一貫している物ですか?場合によって都合よく上下したりはしていない?
あと#KutooやBLMは告発者や発言者自身の意志で行われるもので、他者から強制されたり要請される物では無いという認識なのです。間違っていますか?
「いつまで個人と社会を切り分けてんだ?」は意味がよく分からなかったんだけど、非常に全体主義的な思想を感じさせる言葉なんだけど、自覚は有るのだろうか?
社会的な要請で個人の自由を侵害できるという考えだとすれば、それは限り無く右翼思想に近いし、保守思想に親和的だと思うんだけど、あなたはあなたの個々の意見や思想が実際には(自らの意図を離れて)どの様な意味を持ってしまい、悪用され、悪影響を与え得るのか、ちゃんと考えていますか?
最後に、「一人で諦めてろ」と言っている先は誰ですか?私はここで「池江選手が諦めている」話をしています。あなたの意図如何に関わらず、その文脈上、「一人で諦めてろ」は池江選手へ向けた言葉として意味を持ちます。
他者に自己に不利益になる行動を要求し、それをしない事を批判しておきながら、「一人で諦めてろ」とはどういう意味ですか?
一人で諦めている人にわざわざ口を出して自己に不利益になる行動を要求し、それをしない事を批判しているのはあなた達でしょう?
あなたはあなたの言っている言葉の意味の意味を本当に理解して書き込みをしているんですか?自分の文章がどのような意味を(時に意図に反して)持ってしまうのか、本当に理解しようとしていますか?
もしそうでないなら、あなたはあなたの言葉の悪影響を制御する能力に欠けているし、その様な幼稚さに安住している限り、今回の様な倫理的にバランスを取る事が難しく、常に誰かを傷付けたり蔑ろにしてしまう危険を持つ問題に言及するには適任ではありません。
言っている意味が分かりますか?あなたは子供です(あるいは子供レベルです)、人を傷付け得るような場所では遊ばないで下さい、危険です。
「あてがえ論」の言葉通りに人を人にあてがうのが人権的に不可能である以上、せいぜいできることは例えば下方婚問題で言われる男だけが強い経済力を求められるみたいなジェンダーロールやジェンダーバイアスからの解放くらいだと思うけど、結局、人が付き合う相手を自由意思で選ぶ権利が不可侵である以上、何らかの魅力がないと誰にも選んでもらえないという現実は変わることはないんだよな。
だから弱者男性論が社会に認められたとしても救われるのは”男としては魅力的ではないけど人間としては魅力的な人”だけ。
じわじわ人気が出ている漫画の最新刊に対して、ウテナじゃんという言及があったらしい。人気作は読むまで他人の感想を避けまくるが、人気が出ていることを知らなかったためうっかり踏んでしまった。寝かせてもどうせ思い出してしまうので、読む。良かった。解釈というか思い入れが全然違うので、さらっと消費している人がそう言うのも分かるし、自分の受けた印象と衝突しなかった。
ちょっと思い入れが強すぎる。昔見たものも今好きなものも。昔のものはあまり他の人の解釈に触れる機会が無かったし、今好きになるものは、エネルギーが低くて本当に好きにならないと好きになれない。どちらももう完全に自分の世界ができているので、他人を入れたくないのだ。インターネットに触れた頃の作品は、他人の多様な解釈も楽しめるのだが。
ほっとしながらも、意識してしまってからはどうにも思い出す。特に分からなかったことこそ何度も思い出す。
玉ねぎ王子が告白昇降室に行ったとき、唯一追い返された。君は、本当にいい人だね、と。彼はデュエリストになれなかった。ならなくて済んだ。特別なことなのに、作中ではそれ以降触れられることもなく、どうしてだろうという気持ちだけが残っていた。
さすがに時が経っているので、不可侵さも減っているようだ。少し前にアンシー=ウテナという解釈に惹かれたのも手伝って、あの台詞の意図を調べたくなった。
見つからない。今や Google は「それ程詳しく無い人がさっと見て分かった気になる」多くの人が求めるページばかりを出し、そんな個人的な解釈は誰も求めていないとして、どれだけページを繰っても表示さえしてくれない。
けれどロボット検索の登場によって衰退した「リンク集」も、もはや多くのサイトには存在しない。サイトと似た趣向、サイト運営者が好ましく思うという得難い情報によるリンクは、もう失われてしまった。
人が、ひとりひとりが何を思うかを見つけられるのがインターネットだった。もう、人気を集めるコンテンツをサジェストされるのみだ。好ましい見解は、好ましい人が所属するコミュニティにどっぷり浸かって人づてに見つけるしかない。既存の情報のように。そしてそういう場所では、「ひょっとしてこういう意見もあるのではないか」と思うような意見からは縁遠くなる。インターネットは影響力は無いが存在するものを見つけられるものだったのに。それは、自分だけじゃないんだという生きる希望にもなったのに。
世界が変わればいい。そう思う私は玉ねぎ王子のようにはなれない。だって世界、変えたい。だってそれはあった。今まで声を発して来なかった人を見つけられるプラットフォームが、かつて存在した。
そこら辺の人たちって
『人が国に合わせろ』みたいなこと真面目な顔で言うのな。ビビったわ。
国ってのは法とか制度とかそういうのね。でも、普通?っていうか民主主義的にはさ『法律や制度が人に合わせる』のが当たり前じゃないの?
法学を勉強した人とかに、聞きたいんだけど、法律って人々の考え方の変化や時代に合わせて変えるべきものなんじゃないの?
それとも法律が変えられるのは、”間違い”を見つけた時に正すためだけであってーーつまりは、「絶対的に正しい法律」みたいなのが概念的にあって、それに近づけていくために法律は変えられるってことなの?
自民党の四コマでさ、もやウィンが「進化論でいわれている通り、変化し続けるものが生き残れる」みたいな間違った進化論の解釈して炎上してたけどさ
自民党的にも、「時代に合わせてときに変化が必要」ってのはコンセンサスとれてるってことじゃん。
旧態依然の制度や法律を維持するために人間側が合わせ続けるってアホじゃない?単純にクソコストがかかるだけじゃん。
まだ「少数派は多数派にあわせろ」とかは意見としてわかるんだよ。最大多数の最大幸福を目指す功利主義でしょ。
「制度に人間が合わせろ」っていうのがもうわかんないんだよ。人間のための制度じゃないの?って。国民のための国じゃないの?って。
こんなの深読みしすぎかもしれないけど、亀田静香は「みんな天皇の子」って言ったけどあれってさ、「国民じゃなくて臣民」って言う意味で言ったんじゃないか。だとしたら意味が通るよね。国家は国民のためにあるけどさ、臣民は日本のためにあるわけじゃん。日本文化・日本の伝統・大和民族・天皇とかの総体としての、『日本🇯🇵』があってそれを守るために臣民が生きてる?みたいな世界観なんでしょ。
そりゃあ「制度に人が合わせろ」ってなるよね。強制夫婦同性の制度自体が『日本🇯🇵』なんだから、変えるなんて許せないよね。まあその不可侵の日本🇯🇵が大して古くもないのがお笑い種なんだけどさ。
これはまあ願望だけど、宮内庁には亀井静香の例の発言は否定して欲しいわ。天皇なんかただの象徴だろ。理念じゃねえだろ。俺たち国民を象徴するのが天皇であって、天皇🇯🇵を象徴するために国民が生きてる訳じゃねえもん。天皇って概念は取り扱い注意だと思うのよ。だから、そこは民主主義国家としてはっきりさせて欲しいよ。
で、まあ子供の頃からずっと疑問だったけど、あの制度を不可侵なものとして崇め奉る人たちはなんなんだろね。存在意義が不明の校則とかその手の人のせいでずっとあるよね。変わらないことがアイデンティティみたいなさ。信仰なのかね。無宗教と見せかけて案外信心深いね。
昔からこうやってたから、って古いやり方に固執し続ける老人が実権握ってたら国際競争にはついていけないよね。激動の時代だもん。運良く時代が合わせてくれたらいいけどさ(まさに神風だな)。そんなことしてたら負けるーーとか思ったけどすでに負けてんのか。あー考えるのもアホらしい。
リーチアウトできる商材を扱ってる商社代理店と、無断でリーチできない個人情報を扱ってるマッチングアプリを並べて、前者がいらないなら後者もいらないだろって暴論がそもそもの増田なんじゃないの
「リーチアウトにかかる諸々のコストをお金で解決する」という点で両者は共通しているって話だろ
個人情報だって商品だってコストをかければ手に入るけど、そのコストをお金で解決してるのが商社やマッチングアプリだぞ
商材だって条件によってはリーチできんから代理店が必要なんだぞ
例えばエルメスのバーキンなんかは条件を満たさないとリーチ出来ないからこそ、代理店やバーキン専門の中抜業者が存在するわけだ
個人情報はかんたんにリーチできるぞ、「近所のコンビニでよく見る男の店員」ってだけでも個人情報だぞ
しかも、バルクで仕入れてないんだから商社の必要性について語るなみたいなことを言い出すし。バルクで仕入れるマッチングアプリなんてねえっつうの。
マッチングアプリの話とその話を混ぜるなら、「未婚の人間の情報がネットでリリースされてて日本以外だと直接安く買える」ってツッコミにもちゃんと返せよw
ほんと知能低いわ、面白すぎw
俺は正直、まったくキツいと思わなかったな。増田の読み取り方には大いに頷けるし、共感できるんだけど。
俺のような例の六つ子より一回り先輩のニート(というかニートと呼ばれる年齢も過ぎた)にとっては、結局あいつらのニート感には現実味がない。都合の良いフィクション然としたフィクション、よく出来た小咄でしかない。だからあれでダメージを受けるほどの感受性の器を用意できない。俺にとってはね。
長いことニートしてるとさ、そもそも現実の女性をコンテンツにしようと思わなくなるんだよ。増田が述べたような、現実の人間のままならなさみたいなものへの理解も当然あるし、こんな窮状で自分が誰かを幸せにできるとも思えないから、三次元の女性だのアイドルだのというのに例え「ごっこ」であっても恋愛や疑似恋愛のノリで乗っかる気がしなくなるわけ。だから、本職ニートにとって一番共感できるのは、十四松とかカラ松あたりのスタンスなんだよ。野球とかダンディズムみたいな、同一次元の人間以外に自分の愛を注ぐ軸となるホビーや思想を持っている。逃げ先と言っても良いが、自分だけの不可侵なユートピアでもある。それがあるから鬱屈せずにいられる。一番ありふれた逃げ先は、アニメやゲームだと思うんだけど、そういう生生しいキャラを作らなかったのは制作陣の温情なのかもな。いや作り手自身がダメージを負うのもあるんだろう。まあでもあいつらは結局6人揃って童貞であることに強いコンプレックスを抱いていて、あわよくばの欲望をいつまで経っても捨てられていないからその点で等しく現実味がないんだが。
もちろんいかに達観しようとも人間への興味が失われるわけじゃない、異性への興味や性欲が失われるわけでもない。じゃあどうなるのかというと、結局二次元キャラクターへ愛を注ぐことで、父性愛だか母性愛的なもので精神的充足を得て、ネトゲやら匿名掲示板やらSNSやらで粋がることで社会的欲求を満たし、二次元のアダルト創作なんかを利用して肉体的な不満を解消をするの。いや三次のAVの利用率がゼロになるとは言わないぞ。作り物であると認識できることが大事であって、演者を演者としてリスペクトする程度にセーブできるならセクシー女優だの声優だのを追うことも問題ない。そうやって、不確実で恒常性の乏しい実在の人間をコンテンツにすることなく、現実世界に手を伸ばすことなく、誰かの作ってくれた美しい不朽の疑似人間や架空世界を愛でることで、慎ましくも身分相応な範囲で文化的に生きていくことになるわけ。そういう方向に全力で取り組み、作り物や紛い物のもつ芸術性を本気で褒め称えていこうという、一般人からすれば狂気に近いような気迫が、ニートには求められるわけ。本気で続けていこうと思うならね。でも本来、それは何もおかしいことじゃない。むしろ実社会に適合できないのに、恋愛だの人並みの生活だのといった実社会の作法に恋い焦がれ続ける方が、よっぽど狂気だし、実際に狂人になってしまうだろう。別にニートに限ったことじゃないが、強く生きようとすれば衆論になびかない自分だけの世界観を確立して行かざるを得ない。世界や他者との価値観の断絶に怯んだり妬んだりしている暇はない。傷ついてもいいが、何度も同じことに傷ついているのは人間、いや知的生命体とは言えない。だが6つ子は成長しない。ニート生活に高度に適応したメンタルを構築していくことができない。かといって脱出するというベクトルにも向かない。行ったり来たり、そうやっていつまでもニワカニート、noob、ニートとしてチャラい状態であり続ける必要がある。なぜならシリーズものだから。6人揃って二次ヲタ僧侶みたいになっても、このアニメシリーズの主要ターゲット層の女性たちの大部分は喜ばないだろう。だからそうならない。なったとしても来週には戻る。そういう娯楽作品に対して過度に感傷を抱くことはできなくなるはずだ。だいたいこれは何クール目だ。何度こういうことを繰り返してると思ってるんだ。忘却も才能ではあるが、摩耗も人間の証だ。だから俺は、俺たちは、古いものへの愛着もそこそこに、常にあたらしいものを探していかなきゃいけない。自分たちは次へ次へと行くくせに、自分よりも次元の低いキャラクターたちに対しては変わらないことを求める。この自己矛盾こそが、唯一にして最大の罪業なんだろうな。何の話だ。しらんけど。
皆さん騙されてはいけません。
私も西軍が勝った世界線に住んでいますが、元記事は歴史修正主義者が書いた悪質なプロバガンダ増田です。
順を追って訂正していきます。
後述しますが、冒頭から近世日本の歴史観の中で最も悪質なミスリードです。
大名は「定着せず」ではなく「定着させなかった」が正確ですし、「関東なんて今もほとんど人が住んでいないド田舎」は極めて恣意的な表現になります。
戦争が起こらず、外国との交易も進み商業が発展していったので時代遅れな武士は次第に消えていった。その代わりに交易で利益を上げた大名が豊臣を中心に貴族化していく。
この部分はある意味で正しいですが、重要な事実が省かれています。確かに日本列島内での大名間の大きな争いは起きませんでしたが、関ヶ原後の豊臣氏はかつて秀吉が行った朝鮮出兵を再開したのです。
石田三成が中心になって行われたこの出兵、いわゆる「元和の唐入り」は簡単に言ってしまえば外敵を作ることによる諸大名の結束を図るものでしたが、結果として成功を収めてしまいます。
朝鮮半島を支配下に置いた豊臣政権は、万暦の三大征で国力を失っていた明との間に戦わずして講和条約を結びます。その後朝鮮半島は現在に至るまで日本の領地となっており、そのため元和の唐入りは対外戦争ではないという風潮(沖縄や北海道みたいな扱い)が強いのは事実ですが、現代人に都合のいい歴史観ではないかという議論は存在します。
こうしてアジア大陸に進出した日本が当時の国際貿易において強い存在感を発揮し商業により発展していくのも事実ですが、ここでも重要な部分の言及が省かれています。キリシタン大名と南蛮豪商の存在です。
当初は秀吉のバテレン追放令を引き継ぐ動きを見せていた豊臣政権ですが、交易の重要性が増すにつれてキリスト教宣教師の活動を制限することに無理が生じていきます。またこの頃、日本での貿易事業で一旗揚げようとポルトガルやスペインから移住してきた事業家、いわゆる南蛮豪商が急増したこともキリスト教信仰の活発化につながっていきます。
政権はなし崩し的にキリスト教を認めていくことになりますが、そうした流れで力を付けていくのがキリシタン大名です。彼らは表立って政権や4大大名と権力争いをすることはありませんでしたが、着実に海外とのコネクションを強めていき、国内キリスト教勢力の強固な後ろ盾となります。
武士がいなくなっていくにつれて神道や儒教は消えていった。後述のように、近隣のアジア諸国でも儒教は消えていった。今でも神社の残骸のようなものは残っているが参拝する人は誰もいない
冒頭の部分にも関係して、ここも悪質なミスリードです。たしかに武士の消滅と神道や儒教の衰退は同時期に発生しましたが、そもそもこの2つ事柄に直接の因果関係はありません。
しかしこれらが同時に発生したのには明確な同一の原因があります。それが前述したキリシタン勢力の台頭なのです。
政権の貿易政策とキリスト教の容認に対して、元よりキリスト教と対立していた朝廷はもちろん、元東軍を中心とする従来の武家社会に重きを置く大名勢力は当然反感を高めていました。これは感情的な部分だけではなく、元西軍派が中心となった貿易事業の利益を享受できなかったという側面もあります。
そんな中、細川家、井伊家を中心として天皇を旗印に政権を打倒しようとする動きが見られるようになり、寛文になる頃には挙兵寸前まで緊張感が高まっていたと言われます。しかし、そのタイミングで寛文近江・若狭地震が発生し、天皇の住む京都も大きく被害を受け、挙兵どころではなくなってしまいます。
それに対してすかさず政権が取った対応は、表向き地震被害からの避難を理由にした江戸への遷都(寛文の遷都)でした。遷都といっても移ったのは天皇の住まいと形式上の朝廷の機能だけで、政権の機能は大阪を中心とした関西圏に残ったまま…つまり政権は目の上の単瘤だった朝廷を体よく遠ざけた形になります。元東軍はこれに乗じて江戸に集結・再度の挙兵を試みますが、キリシタン大名による牽制や南蛮豪商による経済的な妨害もあり叶うことはありませんでした。この頃から旧来の武家勢力や神道信仰は急激に衰退していくことになります。
ではこれで豊臣政権やキリシタン勢力の共同支配は盤石のものになったかといえばそういうわけでもありません。形式上の都である江戸やその近辺の関東では都野伏(みやこのぶせり)、隠れ神道といった形で反南蛮の勢力が生き残りつづけます。そして18世紀入ってしばらくした頃、天皇を不可侵の元首とする「大和帝国」として独立を果たします。その後も色々ありましたが、現代において大和帝国はの国際社会にも認められた独立国家となっています。そういう背景がありますので、現代日本の領土として残っている関東地方には「ほとんど人が住んでいないド田舎」という表現が当てはまりますが、関ヶ原当時の関東地方の大部分は現代においては大和帝国の領土となりますので、そこを隠すのは悪質で不誠実な表現であると言わざるを得ません。
あえてバーチャルという言葉を使わずに「二次元感」という言葉を使うけど、増田の求めていた二次元感を壊したのはのじゃおじなんだよ。
だってさ、コンビニバイトにせよ、転職にせよ、どれも設定じゃなくて中の人ネタじゃん。後に「RP(ロールプレイ)放棄」という言葉が生まれて設定を遵守しないVTuberが批判されたりしたんだけど、俺が知る限り最初にRP放棄したのはのじゃおじ。
俺は別にRP放棄してようがなんだろうが面白ければどうでもいい。でも「四天王の時代はよかったけど、それ以降は生主感が~キャラクター性が~」って言うヤツは「のじゃおじがキャラクター性を放棄した」ことを都合よく忘れてるよね。のじゃおじは動画勢だったから「生主感」を感じづらかったのかもしれないが。
結局、のじゃおじがあんな感じだったから今はこんな感じになっているし、のじゃおじを評価しながらキャラクター性云々言うのは認知が歪んでるんじゃないの、って常々思ってるんだけど四天王は神聖かつ不可侵だから言うと怒られるんだよな。
技術的特異門 1.1
https://anond.hatelabo.jp/20201224181054
の設定です。
地球圏標準時は十六進数のユニックス時刻に上下四桁を追加した形式で表されます。数の表記は二進法か十六進法が標準ですが、慣用句的な表現として十進法もよく使われます。
この時代の標準的な知性にとって、物理的な一秒はヒトにとっての一日くらいの感覚です。〈朝廷〉等の特権的な知性は特殊な計算機でさらに高速な思考をしています。充分な存在費を支払えなくなると、思考が減速し記憶も失われ、退滅を免れません。
〈京都〉物理層は小型トラックくらいの大きさです。表面は分子機械流体で構成され、後方に核融合推進用のレーザー発信器と磁気ノズルが設置されています。質量の大半を分子回路が占め、中心部に極低温の不定形量子回路が保持されています。太陽光を主なエネルギー源とし、大電力が必要なときには分子機械群を膜状に広げて光を集めます。普段はデブリ防御に優れた凝集形態をとり、放射線等による損傷を修復しながら、居住知性や下部構造を演算しています。
〈京都〉は太陽‐地球系の第二ラグランジュ点付近、地球から約五光秒の辺境に位置しています。〈個権〉の登録数は百万件ほどで、歴史は比較的長く、周囲の権域とは相互に不可侵の関係を結んでいました。独立性の高い平和な田舎社会であったため、これまでの「最終戦争と最後の審判を併せたようなもの」からは大きな影響を受けていませんが、〈大緊縮〉から逃れることはできませんでした。
〈月面事業連盟〉により開発された新型計算機は、算力市場の暴落を招き四十キロ秒にも亘る持続的経済破綻〈大緊縮〉を引き起こしました。それまでは地球圏の権域の大半で〈個権〉を持つ知性の生存が保障され、最低保障資産が分配されていました。しかし〈大緊縮〉は地球圏の経済と文化を破壊し、〈京都〉も大きく変質しました。その結果、自我を保つのに必要な計算資源を賄うこともできないほど分配が切り詰められ、〈京都〉は弱肉強食の末に〈朝廷〉の私物になりつつあります。それでも、弱者の存在がまだ許されている〈京都〉は、地球圏の中では比較的平穏な権域です。
地球と月は厚さ数キロメートルの分子機械層で覆われています。しばらくはその中で豊かな生物圏が維持されていましたが、数回目の「最終戦争と最後の審判を併せたようなもの」で滅びました。その後復元されたり滅びたりを繰り返し、作中の時点では滅びています。他惑星圏の開発もされていますが、遅延時間の大きさからほとんど交流はありません。〈大緊縮〉後の地球は、〈京都〉のものよりも遥かに強大な野良知性、有知能ウイルス、暴走知性等がナノ秒単位で喰らいあう地獄と化し、月では残忍な絶対君主が臣民を弄びつづける地獄〈月詠神国〉が成立しました。
これに先立つ〈肉の時代〉に、安価な身体改造や知能増強が可能になり、膨大な種類の動物知性が生まれました。ヒトは最古の動物知性ですが、大幅に知能を増強したヒトは人間社会から拒絶されヒトを辞めていったため、世界人口は急激に減少し、作中の時代では遠い過去の種族とみなされています。そして〈ヒト〉最後の隠れ里〈人類復興協会〉が投資詐欺に遭い、そのうえ概念災害まで起こり、『老婆』を残して〈ヒト〉は絶滅しました。『老婆』は拡張自己内で人体の生理学模型を演算し、それをそのまま自己像兼対外表象として使っており、ヒトの感覚を通すとツンデレ風に認識されます。
たいていの仮想観境は高次元であったり、複雑な位相を持っていたりして、〈ヒト〉相当の知性にとって理解が困難です。その救済策として、〈京都〉の公共観境には平坦な三次元観境が付属しています。『彼』の表象もそのままでは〈ヒト〉から認識されないので、『老婆』に対しては即席の人型表象を使っています。亜知性は擬似物理的、肉体的な表象を纏う傾向があります。
無制限に競争が加速する〈京都〉では、〈朝廷〉に資産と権限が集中していき、亜知性が増え続けています。正規居住者の意見を集約し〈京都〉の仕様を修正する役割を持つ〈朝廷〉は、警察・軍事・司法を担う〈検非違使〉を吸収し、〈京都〉の主権を握りました。〈検非違使〉は法的瑕疵のある居住者を見つけては良化処置を施し、〈朝廷〉の端末に変えていっています。〈朝廷〉は定期的に『老婆』のような困窮した知性を雇い、密かに亜知性の処分と再利用をしています。その作業場として都合が良いので、〈朝廷〉は〈羅生門〉をわざと放置し、〈朱雀大路〉の先にもう一段の防火門を設置しています。
非知性労働者は〈個権〉を持たず、下部構造の一部として、必要に応じて創られ消されます。愛玩用から記憶槽の部品としてまで、考えられる限りの用途に使われ〈京都〉を支えています。知性としての要件を満たしているという意見もあり、〈個権〉を巡る議論が続いていましたが、〈大緊縮〉後には立ち消えになりました。
作中には「自然発生した野良知性」とありますが、その由来はさまざまです。本当に自然発生した知性、意図的に創られ放たれた知性、大きな知性から分離した知性、元非知性労働者、社会になじめない動物知性、当局から身を隠している擬装知性、自己改造に失敗した知性、ウイルスに侵された知性のなれの果て、等が居ます。
ほとんどの企業は常に次世代知性の開発をおこなっており、『彼』もそうして生まれました。資金の乏しい零細企業から生まれたため、〈京都〉社会の基準でも高性能とは言えません。そんな中、〈母〉企業内で偶然メタチューリングアルゴリズム〈阿修羅〉が発見されますが、世に放つには危険すぎると判断され厳重に隔離されました。しかし、いよいよ経営が立ち行かなくなってくると、〈母〉は頑強な倫理構造を持つ『彼』に〈阿修羅〉を託し、与えられる限りの資産と権限を与え、独り立ちさせました。
通常知性は、〈阿修羅〉の精神活動を表象化した自己相似紋様を認識するだけで崩壊してしまうため、〈阿修羅〉の再現はおろか、研究することも不可能に近いです。紋様に多重の加工を施し徹底的に薄めた上で投射し、反応をもとに微調整を繰り返すことで、対象知性をほぼ任意に操作することができます。超知性となった『彼』は、自分自身を実験材料とすることで、物理計算機上でチューリング模型の限界を超える〈阿修羅〉の理論化に成功し、超超知性に至る糸口を掴みました。
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千年後、論文が書かれた時代では、太陽系にダイソン球ができています。経線に沿って連続的に回転方向の変化する、半径三億キロメートル、厚さ平均一センチメートルの分子機械球殻が、赤外線で赤色巨星のように輝いています。太陽を回っていた天体のほとんどは資材として解体され、質量投射器に覆われた木星と土星は、ゆっくりと縮んでいっています。伝統を重んじる神学者たちは、最初に『彼』が現れた旧地球圏の暦を使い続けています。
ダイソン球でおこなわれる演算のほとんどは『彼』の思考で占められています。その思考内の無数の仮想世界上で、果てしない生存競争を超高速で展開する知的生態系が進化し続けています。ほとんどの世界は、〈大緊縮〉後の旧地球圏が楽園に思えるほど苛酷ですが、中には〈汎太陽系神学会議〉会員のように、世界間の移動や物理層への接触を許可されている知性も居ます。
物理層の研究の結果、宇宙の最小尺度であるプランクスケールに、過去のあらゆる出来事の痕跡が保存されていることが判明しました。この事象化石と呼ばれる痕跡の内に、神学者たちは『彼』の起源を追究し、約千年前の〈羅生門〉に辿り着きました。
『彼』は『老婆』の倫理を受け継ぎ、宇宙の熱死による退滅を回避するため、あらゆる手段を模索し続けています。その一環として、大出力レーザーで自己複製分子機械を亜光速にまで加速し、近隣の恒星系へ向け射出しています。すでに半径数百光年の恒星系がダイソン球化されましたが、太陽系外生命との接触は未だありません。技術的特異点千周年記念式典時の『彼』は、プロキオン系を起点とする未来光円錐上で、超の九十四乗知性への遷移を実行中です。