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2019-09-23

"生存バイアヌス" に一致する結果は見つかりませんでした

2018-04-05

親父と僕

親父「一生懸命やっていれば誰かが必ず見ててくれるから

僕「一生懸命やってても誰も見てくれなかった人は表には出てこないよ。生存バイアイってやつだよそれ」

親父「屁理屈言うな」

  

2017-11-23

使いきれず廃棄される抗がん剤について誤解があるようなので書いた

http://www3.nhk.or.jp/news/html/20171123/k10011232821000.html

ブクマを見ていて誤解がある、というか、多分元記事を書いた人もきちんと理解していないと思うので書く。

必要抗がん剤云々という話ではない。

期限が、とか使う予定だった人が使わなくなったとかいう話でも全然ない。

抗がん剤というのは使う量が体表面積または体重によって決まる。

話題オプジーボ肺がんに使うのであれば3mg/kg体重50kgであれば一回の投与量は150mgである

ところでオプジーボは1バイアルが100mg/10mLのものと20mg/2mLのもの市販されている。150mgが必要場合、100mgを1バイアル、20mgを3バイアル用意し、そこから150mgだけ使用するのである

バイアル内に残った10mg分は廃棄される。

この廃棄分のことが、今回の話題になっているというわけだ。

では次にまた50kgの同じオプジーボを投与される患者が来たら余った10mgを使えばいいようなものだが、現実、そう簡単に同じ治療をする患者タイミングよくくるとは限らないし、51kgだったらアウトだし、何より保険がそうはなっていないからだ。(ちなみにここで余った薬液を使えれば20mg1バイアル、75100円が節約できることになる)

抗がん剤には発がん性や催奇形性があり、また細菌等による汚染懸念されるため一度開封したものを長時間保管しておく、というようなこともできないのだ。

ただし、1日に数百人が抗がん剤を投与するがんセンターなど、大規模な治療センターであればある程度の管理を行えば患者間でのバイアル内に余った薬液の使い回しは可能なのではないかな、と個人的には思う。

2017-06-14

バイアントじゃじゃ”

約 204 件 (0.52 秒)

2015-05-20

凍結精子の保管を病院家族に無断で中止したニュースに関して

http://b.hatena.ne.jp/entry/www.asahi.com/articles/ASH5J0DLMH5HPTIL03C.html

私は医者研究者です。この件について思うことを書きます中の人ではありません。

まず、この恣意的一方的病院側の過失を匂わせる見出しに納得できません。

しか一方的に破棄したような印象すら受けますが、実際には「管理が十分でない環境」だったとのことです。

ですが本文を書く記者タイトルを付ける担当者は違うという話も聞きましたので、

また病院家族との意思疎通と契約についても議論のあるところですが、

それは専門家に譲ることとしまして、今回は技術的なことに絞って書きます

精子液体窒素中で保存します。酵素活性がほぼ完全に失われ半永久的に保存できますが、10単位では部分的に失活していきます

液体窒素で満たされたタンク中にバイアルを保存するのですが、液体窒素は揮発するため定期的な補充が不可欠です。

液体窒素管理と補充は1年あたり10万円単位お金がかかります

1タンクに1,000本単位で保存できますので、バイアル数が多ければ単価は小さくなりますが、

それでも善意自動的に続けられるコストではありません。

液体窒素に次ぐ保存として超低温冷凍庫(ディープフリーザー商品名からレブコと呼ぶことも)があります

これは-80ºCですが、酵素活性を完全には抑制できないため細胞の保存だと3年程度が限界です。

多くの病院検査科に常備されていますので、ランニングコストとしてはほぼタダです。

勝手な予想ですが、精子の「管理が行き届かない状況」だったという部分からの推測するに、

研究プロジェクトが終わって移管の期限が設定された時点で、

精子液体窒素から超低温冷凍庫に移されたものと推測されます

「さんざん催促したけど取りに来ないが、捨てるわけにいかないし液体窒素継続は無理だからレブコに移しとっか」的な。

あるいは液体窒素管理補充ができていなかった可能性もないわけではないですが、普通は起こりえません。

液体窒素10年、その後で超低温冷蔵庫に2年と考えると、印象としては精子が起きるかどうか微妙なところですが、

今回は運悪くダメだったということでしょう。

ただ保存状態との因果関係証明できませんし(液体窒素中に10年の段階でダメだった可能性もある)、

理想的な保存条件でも10年以上となると誰も保証はできないと思います

家族には同情しますが、これで病院を責めるのは間違いです。

またこういった状況を十分に勘案せずに記事にした新聞社問題です。


追記・補記

私は医者患者関係とか説明責任については問題にしていません。

誤解があったなら究極的には説明する側(医者)の方が悪いんでしょう。

しか医療行為は確実性に乏しいサービスなので、

不幸な結果が必ずしも医療側の過失に起因するわけではないし、

やり場のない怒りや悲しみを理不尽にぶつけられることもあります

患者の悲しみや怒りはもちろん受け止めます

しかしながらそれをマスコミ拡散した結果の、

大衆の憤り」を受け止めるほどの責任は我々にはありません。

要点はあくまで、

1.「書類のような置いとくだけならタダ」のものを「無断で捨てた」みたいな論調は違うよ

2.今回の「直近2年の保存条件が悪かったこと」と「精子が失活してたこと」の因果関係すら科学的にはわからん

ということです。

不謹慎な例えとしては、

「催促しても取りにきてくれなかった冷凍牛肉を、冷凍庫がいっぱいだからチルドに置いといたら腐ってた」

さらに補足

私が「説明責任について問題しません」というのは、

病院側の対応問題がなかった」と主張したいわけではありません。

病院側と患者側で言い分が食い違っているので判断できないから、今回は置いておくとして、

技術的な側面と実務的な側面について誤解を解きたいということです。

説明責任については、もっと情報が揃ってから法律専門家議論すべきことです。

それでもこの技術的な側面だけである程度は病院側に同情的な実情もあるんじゃないかと思っています

また当然ながら政治思想問題ではなくて、朝日新聞からどうとか言いたいわけでもありません。

2014-08-07

http://anond.hatelabo.jp/20140806202659

精力の量も衰え方も、ほんと人それぞれ。ほぼ無性欲の十代男も居れば、40近くで毎日複数回って男も居る。女も然り。

薬も簡単じゃないよ。若いウチは薬を飲む事自体屈辱ってのはあるし。

バイア×ラとかは高いし、精力や性感を高めるものではなく、ただ、局部を充血させるだけのものから

性交は可能になるけど、「若い頃のあの感覚」とは全く違う物だと三十代の男が愚痴ってた。

もっと、男の沽券から気楽になれるといいね。男女とも。

2014-06-10

ガンダムUC最終話の劇場における卓袱台返しについて。

ガンダムUC」の最終話ついてちょっと書きたい(ネタバレあり)。

最初立場を明らかにしておくと、増田は、典型的富野信者であって、ガンダムプロレスにはあんまり興味がもてない人間だ。バイアラン・カスタムとかシュツルム・ガルスのトコとか、こんな意味ねーシーン全部削って、会話に尺まわせよと怒っていた。そーいう面倒くさいやつが書いたもんだという前提で読んで欲しい。それと後半は電波富野信者なので。

で、この「ガンダムUC」、MSチャンバラについては絶賛されているが、ストーリーの方は賛否両論がある。だが私は批判することに意味があるのかと当惑している。こーいうのは、主張者が主張した内容をマジに信じている、という前提がなければ、なりたたない。私は、そこが信じられないのだ。


UC」最終話を劇場で見て愕然とした。「送り手はこの物語メッセージをまるっきり信じていないのではないか」と衝撃を受けた。この作品に対して、茶番だの陳腐だの説得力がないだのただの二次創作だなどと言うのはいいが、それを一番、自覚しているのは送り手自身なのではないか、という疑念をぬぐえずに今に至っている。

どういうことか。

ガンダムUC」というのは「ラプラスの箱」という秘密を廻る物語だ。

これはほとんどマクガフィンに近く、中身は実はどうでもいい。とにかくこいつが連邦の中枢により隠蔽されたことで、宇宙世紀歴史(とニュータイプ思想)は歪み、1stガンダムから逆襲のシャア」まで続く戦乱の歴史が巻き起こることとなった。しかし歪んでいようが何であろうが、百年続けば、それは秩序の一部となってしまっている。

最終7話では、主人公少年少女の選択が示される。

既存の秩序の維持するため、「箱」を隠蔽するか? 混乱を呼ぶとしても、「箱」を公開するか?

少年たちは後者を選ぶ。たとえ波乱の未来を到来させるとしても、「不正義による秩序」より、勇気を持って「正義による未来」を選ぶ。物語が描くべき正しい選択、正しい若者のあり方だと思う。

かくして宇宙世紀は箱の呪縛から解放される。人の革新ニュータイプ思想のもと連邦ジオンの戦いが形を変えて繰り返される不毛連鎖から解き放たれる。これはもちろん、終わることを許されず、次々と続編を創ることを余儀なくされたガンダム産業比喩でもあり、だからこそガノタの胸に響く。

もちろん、我々ガノタは、その選択の先に待つ「F91」や「V」の時代が、必ずしも希望に満ちた未来でないことを知っている。だが、そうだとしても、「これまでと同じことをひたすら繰り返すだけ」より「失敗覚悟で新しい世界を創る」ことを選択した若者たち決断は、とても尊いものとして描かれる。

それを見届けて、シャアアムロもようやく成仏する。一年戦争呪いから宇宙世紀が解き放たれた瞬間である

富野信者が、勝手なことしやがってと怒るのはわかるが、しかし、ともかく、それがこの映像が発したメッセージなのだ

だが、恐ろしいことに劇場で上映されたこの作品は、実に4年間、7巻かけて書いた結末を、直後にみずから全否定するのだ。スタッフロールが終わり、何が始まるか。


突然に、1stガンダムリメイク、「機動戦士ガンダムORIGN I」の予告が始まるのである

http://www.gundam-the-origin.net/


正気か、と思った。全部台無しだろう、と。

一年戦争時代から解放テーマにした物語ラストで、唐突に「一年戦争」がリメイクされますよーと嬉々として宣言されるのである。よーやく成仏できたシャアは30分待たずに現世に呼び戻される。この予告編意図的に、映画機動戦士ガンダムⅠ」の予告に似せて作ってある分、余計ループ感は強い。

唖然とした。個人的には「UC」7話はそこまで引き込まれるものではなく(イデオンネタは超大喜びしたけど)、「及第点」ぐらいの印象だったが、それでも感動を返せ、という気になった。本篇終了後即座に全否定される映画なんて聞いたことがない。一体、原作者監督スタッフは、どうしてこんな暴挙を認めたのか。本当にそれでいいのか。このあたりの意思決定の構図はよくわからないから、とりあえず「送り手」と一緒くたにする。ともかくこの送り手が、自分で発した「箱の解放」とか「一年戦争呪縛の終結」とか「歪んで腐敗した旧体制から混乱覚悟新しい時代へ」なんてメッセージをまるで信じていないし尊重する気もないことだけはあまりに明らかだ。

新しい時代なんて創るつもりはないよ。

俺たちは一生一年戦争もので食っていくよ。

え? じゃあ「UC」はなんだったのって? ほらわかるでしょ、本音と建て前ってやつですよ、おたくニュータイプだったら察してくださいよ、ねぇ。ほら、キュピーン! って。

これはそういう宣言だ。

ハルトーシ少年継承した「富野の箱」を手みやげにサンライズ財団の重鎮となり、バンダイム・エレクトロニクスガンプラを売る人になりました……それが4年かけた「ガンダムUC」の結果です、と言っているのだ。おかしいですよ晴敏さん! そんなの富野信者の晴敏さんの言うことじゃないですよ!


そんなわけで「UC」の内容についてまともに批判することの意味を私は見失った。だって送り手が、自分の語った物語を信じてない、それどころか一番ひどい形で全否定を行ってしまっているのだ。今更何を言っても単なる死体蹴り、いや、それどころか、そのような批判こそ、送り手はむしろ望んでいるのだとさえ思えてくる。

まりこういうことだ。

メチャクチャ単純化すれば「UC」での賛否両論というのは、ガンプラオタク富野信者の対決である。前者はとりあえずMSVが一杯出てくれば喜ぶし、後者富野神の書いた聖典に他の誰かが一筆書き入れることなど許さぬと批判する。ガンプラオタク濃度が濃いヤツは「UC」肯定するし、富野信者濃度が濃ければ「UC」否定という話だ(繰り返すが、メチャクチャ単純化すれば、である)。

だが、両者は本当に対立しているのか? 前者の主張は「ニュータイプ思想とかどうでもいいから新しいMSV一杯出せ」であり、後者の主張は「下銭な二次創作者如きが富野神のニュータイプ思想宇宙世紀史でもいいが)に手を触れることなど一切まかり成らん」である

この両者は必然的に「永遠に一年戦争外伝だのリメイクだのを作り続ける」という結論に帰結するしかない。前者は積極的に、後者消極的にそれを肯定する。そして送り手もまた、それこそを望んでいるのはすでに見たとおりだ。

そうしてガンプラオタクは送り手の造ったMSVのプラモを買い続る。富野信者は彼らを嘲笑うことで「自分こそ富野神の思想を守り続ける孤高のニュータイプ」という立場を確保できる。

これは対立と言わない。共犯関係と言う。

しかし、私は富野信者として、そこに安穏とすることはできぬ。そんなことをすれば脳内カミーユ・ビダンが「あなたはいつも傍観者で、人を弄ぶだけの人ではないですか!」とスイカバー突撃をかけてくるからである。散っていたお禿様の髪に顔向けできぬからである富野信者であるということは、富野聖典とすることではなく、富野のように生きることだと信じているかである(だから、今度の「Gレコ」だけが本当のガンダムなんですよ、という立場にも私は立つことができぬ)。


しかし、だからと言って、私はどうすればいいのだろう。

(大人しくガンダム卒業すればよいのはわかっている。それができれば苦労はしないのだ!)

ガンダムロボットアニメでありサブカルチャーであるガンダムビジネスとの兼ね合いの中でしか生まれこないし、それこそがガンダムの強さ、ガンダムの同時代性の源であることは、絶対に否定できない(ガンプラ売りに徹した「ガンダム」は嫌だが、押井守映画のような文学モドキの「ガンダム」なぞもっともっと嫌だ)。

からハルトーシ少年だって、私が↑で書いたことは百も承知かもしれない。きっと彼は叫ぶだろう。

「やりました、やったんですよ、必死に! その結果がこれなんですよ! 映画の「ローレライ」(と「戦国自衛隊」と「亡国のイージス」)がコケて、右傾エンタメ作家の席は百田尚樹に奪われて、今はこうして富野二次創作を書いてる! これ以上、何をどうしろって言うんです! 何と戦えって言うんですか!」(註1)

私は、彼に答えるべき言葉を持たない。こんな時は、富野神に還るしかない。神は言っている。

"Century color Million color" ――せいきの色はまんこの色であると。

違う。

ターンAターン、だと。∀だと。全肯定であると。

送り手が自分メッセージを一切信じていないなら、それを批判して何の意味があるだろう。逆だ。有効なのは、相手が信じていないメッセージを、こっちが文字通りに全肯定してやることだ。つまりUCだ。

バナージが何も考えずに箱を開けた、その蛮勇を評価するように、富野ニュータイプ思想を継ぎ、「逆シャア」の先を書こうとした覚悟は評価する。

駄作も愚作も一杯出来るのを承知で、宇宙世紀のその先が語られるのを心から望む。

できるかぎり応援する。

それしかガンダムに対し、緊張感を持って向きあう=富野である方法は、ないような気がするのである

むろん、それは、終わりのないディフェンスである

ガンプラオタクからはそっぽを向かれ、富野信者罵倒に耐えねばならぬ。

しかし、それでも、えんえん一年戦争リメイク外伝を造り続けるよりマシだと信じる。

箱は解放されるべきだし、呪縛からは解き放たれるべきだ。

から、「UC」の先に行かねばならぬ。

その向こう側に何もなくても――いや、しか脳波コントロールできてしかも手足を使わずコントロールできるマシンにセシリーが触手レイプされ、バイク戦艦が街々を踏みつぶし、カテジナさんがオデロもシュラク隊も鏖にして、月光蝶でみんな灰になったあと、全人類無限力に溶け合って何もかもが因果地平の彼方にスペースラナウェイする哀しみが待っていたとしても――、かまわないのである

STAND UP TO THE VICTORY!



註1:いや、もちろん田母神俊雄と戦ってくれればよい。ついでに百田も撃てばよい。実は「ガンダムUC」の小説版には、田母神論文事件露骨に批判した箇所が存在する。詳しくはこちら → http://kaito2198.blog43.fc2.com/blog-entry-388.html小説版が出た頃には、ただの右のヤバイ人だった彼が、若者の支持を受ける保守系政治家候補となってしまった現在こそ、福井田母神批判はアクチュアリティを増している。

 
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