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2021-05-06

念仏宗無量寿寺の実態:保存版】 

社会的地位を利用し、断りがたい立場の人に狙いを絞り、お金は38万必要

 が とてもいい話が聞ける。この様に誘われることすら、得がたいことであ

 り、行けば必ず納得してくれるだろうと、教団名、宗教であることを隠して

 勧誘する。

京都へ行けば、2日間にわたり念仏宗無量寿信者としての(かなり洗

 脳作用を伴う)教育および儀式強制的に受けさせられる。

 このとき念仏宗の秘儀というものも教わるが、(太陽裸眼で見る方法

 化仏、化菩薩を見る方法等で、この秘儀を伝えられたことにより、極楽往生

 が決定し菩薩の仲間になったと教え込まれる。) これは普通生活では経

 験していないことを教えるだけで、同じようにすれば、誰でも見える。また

 徹底した秘密 主義を誓わせ、たとえ家族のものであれ念仏宗無量寿寺で聞

 いたことを他人に話すと、無間地獄に落ちると脅される。

釈尊本来仏教というよりも 浄土系、密教系の複合したもので 開祖、久

 世太郎本名 福井真尚、別称 戸倉貞和)教と呼ぶべきものである。ちな

 みに開祖の前歴は占い師詐欺による訴訟神戸地方裁判所にて起こされた

 こともある。

念仏宗 無量寿寺の会員(同行という)になると、3人を済度信者勧誘

 すること)するノルマを与えられる。

学術的文献によれば一般に 「隠し念仏」と呼ばれている。浄土真宗側から

 異端仏教として排斥されているものである

 仏教歴史学によれば、秘事法門と呼ばれ、 布団被り、御蔵法門、御杓子講

 空也派、天王寺派等、が存在するようだ。念仏宗が、どの派に近いのか、ま

 た、混交したものであるのかは不明である。 いづれにしても 善智識と呼

 ばれるものを立て、自宗の奥儀として儀式を秘匿し、門外に他言すれば地獄

 におちると 信者に言い含めるのが特徴としてみられる。

⑥2チャンネルの「念仏宗無量寿寺」掲示板や、「知りたい。。。」掲示板

 元信者、現信者家族書き込みに寄れば 無量寿寺への入信が原因で、離婚

 や、家庭不和鬱病に悩まされているという報告が数多く寄せられている。

 また、念仏宗幹部、であり、回向相伝を授けられた土屋 悟 氏が(2001

 年)に自殺した。という事実もある。

念仏宗 無量寿寺 信者にかかる費用任意も含む)

 護持費(会費)1口 2000円・・毎月支払い、口数は各信者自由意志

 その他、地方会費(各地区別院、檀信徒会館、等施設維持のため)として

 信者1人当たり1000円 ~5000円/毎月)の支払いがあるようだ。 

 回向 (先祖供養等) 一体1口 10000円 (1年に先祖1人につき6回必要

 集中回向 一体 100000円

 布施 ボーナス月 7月12月に 各10000円 

 法名 100万円

 仏像 一体 100万円

 葬儀に届く花代 100万円

 御文書 200万円

 本堂の柱 寄進 1本 1000万円

 他、林間学校、等への布施

 

念仏宗無量寿寺は昭和54年宗教法人としての認可を監督官庁から受けた。

 平成4年に 日本仏教 第14宗として監督官庁に認可されたと、無量寿

 の月刊誌に書いてあるそうだが、監督官庁が認可した事実は無い。

開祖久世太郎は 真言宗第195代 琳真大僧正の6番目の末弟というふれこ

 みだが、真言宗確認してみると そのような事実は無いとの返答であった。

念仏宗無量寿寺 信者として、六大祭事初詣、大涅槃会観音祭、降誕

 祭、地蔵盆、成道会)への参加が、義務づけられている。

⑪これまでに5回 世界仏教サミットを開催しているが、これは念仏宗のお手

 盛り、宣伝的なイベントであり、 日本仏教からは 全く無視されてい

 る。

 日本仏教会は、全日本仏教会という組織日本仏教会の9割以上が参加)

 があり、これまでに20回以上も 世界仏教会議というものに参加している

 

念仏宗無量寿寺の相伝(階位免許?みたいなもの

 を受けるに当たっては 五具足相伝に300万円、回向相伝には1000万の冥加

 金を支払わねばならない。

⑬「白装束数珠蝋燭

 念佛宗では信者儀式の際に使用した上記のものを死後8時間以内にこれら

 を身に付けさせ、蝋燭を燈さなければ輪廻の輪から解脱出来ず、極楽浄土

 向かう事が出来無いとしている。

⑭不退相伝儀式

 妊娠中に受けるとよいと勧められる儀式で 30万円

 胎内にいる間に、仏との縁を結び、無事にこの世に生まれさせていただくと

 いう儀式 いわゆる、安産祈願、不退は産まれてくる子が 真実の道、浄土

 へ向かう道から外れないという意味を含むようだ。この儀式を受けたあかち

 ゃんは臍のおが白いと云われるが、元、念仏宗信者の言によれば、他のあか

 ちゃんの臍のおと 変わらないとのことである

現在念仏宗無量寿寺を直接運営している幹部

 開祖久世氏をはじめとして、法主宮川氏、善智識:郡氏、清水氏の4名

 かと思われる。清水氏は企業セミナー講師もしているとの情報あり。

念仏宗無量寿寺 同行となったものは 精進しなければならない。(具体

 的には、本山、 別院、檀信徒会館、王堂 関連の 維持、管理、世話等の

 仕事が順番に回ってくるらしい。)

 以上のことを、施主と称する役職名称で義務付けされる。

2019-12-29

anond:20191229125004

そもそも物語感情移入必須ではない。

じゃあお釈迦様の一生をサンスクリット語の大経典勉強して大僧正にでもなればいいんじゃね

普通の人はそこまでの理解力努力マンガとき無駄に費やしたくないね

感情移入というご褒美があるから多少の説明我慢するだけだ

2018-08-14

そういや、イスラム教聖職者呼称って何だ?

仏教なら僧侶とか坊さん、神道なら神主?(よく知らない)、キリスト教なら牧師さんとか神父さんとか。つまり地域宗教施設に常駐してる聖職者呼称ことなんだけど、イスラム教ではなんて呼ぶんだろう?ユダヤ教のも知らない。

大昔のマンガ拳児』の中で、中国回族の間でそのような人を「阿洪(アホン)」と呼んでた記憶があるけど、日本じゃそんな言葉聴かないし。

師かな?ホメイニ師とかの師。でも、~師って呼ばれてるのってホメイニ師とかハメネイ師とか、イラクのムクタダ・サドルサドル師とか呼ばれてるし、仏教でいうならお寺のお坊さんとか言うより大僧正とかそんな感じの使われ方だよね。

う~ん。

2018-04-09

大僧正行尊

もろともに

あはれとおもへ

やまさくら

はなよりほかに

しるひともなし

----------

現代語訳

----------

修行まじだりーわ、

オンナにも会えないわ、

さんざんだけどサクラ見れたか今日はいい日だとおもいてーわ。

てかマジさみしくない?

この感動、わかってくれるの、サクラしかいないんだよ?

4月16日 会食一件。終わってからきみを迎えに行く。一緒に帰宅。☆

4月17日 友人の誕生会。僕が泥酔。覚えてない。たぶん☆

4月18日 新聞仕事。一緒にジムに行った後に、僕の家に帰る。☆

4月19日 深夜、残業

4月20日 仕事が終わってひとりでbar。きみが帰宅したタイミングで、きみの家に。☆

4月21日 趣味の件でbarに。2次会が終わって、帰宅。家にきみがきた。例の件で少し修羅場った。★

4月22日 結局一日中家に。ビデオチャット

☆四

はいつ逢えるんだろう。




4月16日 会食一件。終わってからきみを迎えに行く。一緒に帰宅。☆

4月17日 友人の誕生会。僕が泥酔。覚えてない。たぶん☆

4月18日 新聞仕事。一緒にジムに行った後に、僕の家に帰る。☆

4月19日 深夜、残業

4月20日 仕事が終わってひとりでbar。きみが帰宅したタイミングで、きみの家に。☆

4月21日 趣味の件でbarに。2次会が終わって、帰宅。家にきみがきた。例の件で少し修羅場った。★

4月22日 結局一日中家に。ビデオチャット

☆四

はいつ逢えるんだろう。


4月23日 重要会議。そのあと飲み。朝まで。

4月24日 会食1件。終わってから、きみが家にきた。☆

4月25日 きみと、カフェランチ

4月26日 出張海外へ。

☆壱

はいつ逢えるんだろう。


4月30日 帰国。きみとランチ。夜、きみの家で手料理を食べた。☆

5月1日 昼にジムへ。夜は、バイクで少し離れた場所に買い物に。☆

5月2日 仕事終わり、先にきみの家できみを待つ。ビールを飲んだ。☆

5月3日 川沿いのbarで、友人と。後からきみが来た。一緒にきみの家に帰る。☆

5月4日 趣味練習、会食、のち友人とbarに。きみが来た。一緒にきみの家に帰る。☆

5月5日 朝食をきみが作ってくれた。夜、きみが僕の家に来た。☆

5月6日 DKで打ち合わせ。帰宅資料作り。夜、きみの家に。☆

☆七

はいつ逢えるんだろう。



5月7日 顧客飲み会、のち、ひとりでBar。音声電話

5月8日 飲み会帰りのきみを自宅まで迎えに行く。一緒にぼくの家に。☆

5月9日 飲み会帰りのきみを自宅まで迎えに行く。一緒にぼくの家に。深夜までビール

5月10日 きみが出張に行ってしまった。

☆弐

はいつ逢えるんだろう。

2016-06-14

ブログ名に「徒然なる・・」をつけてるブログ、内容ろくでもない説

卜部左兵衛佐兼好「同感だ。俺様経験から考えても、たいていは碌でもないことしか書いてない」2016/06/13 01:13

誰それ?

風巻景次郎は、尊卑分脈の系図の記載によって、吉田家傍流の兼顕の子で、後二条天皇の六位蔵人となり、ついで五位に叙され、左兵衛佐に任じたと推定し(『西行と兼好』角川選書 角川書店 昭44。初出昭27)、これが通説となってきた。しかし、拙稿「卜部兼好批判―「兼好法師から吉田兼好」へ」(国語国文学研究熊本大学文学部〕49、平26・3)で考証した如く、この系譜と経歴は、戦国時代吉田家当主、兼倶(一四三五~一五一一)が捏造したものである兄弟とされてきた大僧正慈遍とも血縁はない。兼倶はなんらかの方法で兼好が一時卜部氏を称したことを知り、自らの家系に取りこんだらしい。吉田家号室町期に入って用いられたので「吉田兼好」の称が不適当であることは既に指摘されているが、兼倶以前に兼好が卜部氏であることに言及した者はいない。「兼好法師」の称を用いるべきであろう。

 
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