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はてなキーワード: 無色透明とは

2017-10-13

[] アズレン

アズレン (azulene) は10個の炭素原子と8個の水素原子からなる炭化水素で、ナフタレンの構造異性体にあたる。

分子式は C10H8、分子量 128.17融点 99–100 ℃、沸点 242 ℃。

ナフタレンのような特有のにおいを持つ、代表的な非ベンゼン芳香族化合物である

  

アズレンは濃青色昇華性の高い結晶であり、これはナフタレンやその他多くの炭化水素無色透明であることと対照的である

名称スペイン語で「青い」を意味する "azul" に由来する。多くの化粧品に用いられた。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%82%BA%E3%83%AC%E3%83%B3

2017-09-27

ぼくのなつやすみ

もう夏は終わりだバカヤローという声が聞こえますが、たまに出る娑婆空気はまだまだ暑苦しいと思います

会社を休んでいます。長期で。これで在職中二度目になります

二度の長期休職を許してくれるなんて、弊社はなんて懐が深いのだろうと思います

そこそこ規模の大きい会社ゆえに下手なことができないからでしょうか。それとも人手不足なだけでしょうか。

新卒入社してから初めて関わった仕事では、それなりに新入社員らしく、従順仕事しました。

管理職に叱責され、家で泣いたこともありましたが、翌日にはかすかな殺意を胸にしまって仕事をしていました。

ある程度慣れてくると、言われたことに従うだけでなく、おかしいと思ったことに口答えができるようになりました。

おかげで、少しだけ方針を変えることができたり、賛同してくれる味方ができたりもしました。

物理的な辛さで言えば、あのころが一番辛かったと思います精神的にもそこそこだったと思います

ただまぁ、なんで大丈夫だったかといわれれば、少なからず「面白かった」からだったのかなぁ、と思います

しばらくして、異動になりました。まったく畑違いの部署でした。

管理職からは、「お前くらいしか推薦できる奴がいなかった」と言われました。

成長すると見込まれたからでしょうか。それとも厄介払いということだったのでしょうか。

管理職はすぐ定年退職してしまったので、真偽のほどはわかりません。

新人同然なので、おとなしく従順仕事しました。新しい管理職は穏やかで、叱責するような人ではありませんでした。

残業ほとんどなく、始発まで拘束される飲み会もない、ホワイト職場でした。悩める就活生はあそこにいくといいと思います

申し訳程度の繁忙期に、私は疲弊しきっていました。くだらないミスが増えました。

取引先に頭を下げにいった時も、管理職は「そんなこともあるさ」と穏やかでした。

決算を終え、部長から指名で、来期に向けた業績目標を全社員の前で高らかに宣言した次の週、私は会社休みました。

会社にいる間、自分一挙一動すべてに、何の意味があるのか、そんなことばかり考えていました。

今振り返れば、最後まで「面白さがわからなかった」のだなぁ、と思います

しばらく休んで、私は前に所属した部署に戻ることになりました。当時一緒に仕事をしていた管理職が呼び寄せてくれたそうです。

しかし、休み明けであったり、色々と人事上の都合もあり、当時とは異なる担当に配属されることになりました。

私には、休み明けなので早めに帰るように、と指示が出ていました。他の人は、休日仕事をしていました。

また毛色の違う仕事なので、必死仕事しました。新しい管理職は「まかせたいことは山ほどある、期待してるよ」と言っていました。

部署新人が入ってきました。私はその教育係になりました。やったことのない仕事を覚えながら、必死に教えました。

私はそのまま、担当の長になりました。やったことのない仕事を覚えながら、自分より年上の部下に、必死に指示を出しました。

部下のひとりがクビになるかもしれない、と伝えられました。それを知らない部下は、ニコニコお茶を飲んでいました。

今まかせている仕事の出来によっては再考されるかもしれない、とのことでした。一緒に試行錯誤しながら、仕事を進めました。

途中から会社にいくことが怖くなりました。朝準備しても、家を出ることが難しくなりました。遅刻が増えました。

大事な打ち合わせの日、私は欠勤をしました。管理職が何を言っていたか、今では思い出せません。

そのまま、私は再び休むことになりました。部下がどうなったかは知りませんが、今では人はだいぶ入れ替わった、そうです。

今回、私は頑張った、という自覚がありました。そして、もう頑張れない、と心が折れた自覚がありました。

振り返ってみれば、今回も「面白さがわからない」ままだったな、と気づきました。

今回の休みは、面白いことをして過ごそう、と思いました。結果、起きて、ぼんやりして、寝る日々です。

私はゲームが好きです。プレイヤーを楽しませるシステム作りや、質が高く考えさせられる物語は、とても面白いものです。

働いていた頃に興味がありつつ買わずにいたゲームを買ってみました。とても面白かったです。

ユニークシステム、濃密な物語、本当に面白くて、疲れました。クリアは当分先になりそうです。

他にも趣味はありましたが、少しやってみては、疲れて布団に寝転がる毎日です。

二度休んで、自分のこれまでを振り返って思ったことは、「面白いこと」ならやれる、のではないかということでした。

しかし、今、この暮らしを続けて気づいてしまったのは、「面白がることも疲れる」ということです。

結局、働くこと、生きることを面白がろうとして、疲れてたどり着いてしまったのが、この夏休みなのかなぁ、と思います

初めて休んだ時は、暗い気持ちになりながらも、どうやって戻るか、どうやって社会復帰するか、ということで悩み続けていました。

今回は、もうどうすればいいかわかりません。先が真っ暗というよりは、無色透明で何も見えないといった感じです。

会社解雇されるかもしれない、貯金が尽きるかもしれない、親族死ぬかもしれない、そんなことも、どこか遠い世界の話に思えます

面白いことも疲れて考えられないなら、面白くないことにはどう向き合えばいいのでしょう。

なんでも死ぬことは悪いことらしいです。命があるってけっこう面白いことらしいです。いやだなぁ。疲れるなぁ。

テレビで言っていましたが、だんだん寒くなるそうですね。夏ももう終わりらしいです。風邪はつらいので上着を買いました。

時間が流れて、それに合わせて、人は生きます。同じように、人は死んでいきます。それを生活と呼ぶそうです。

久しぶりに文を書いて疲れました。お疲れ様でした。お先に失礼します。

2017-07-16

感情という名の絵の具

◆たぶん胸クソな内容なので注意

新しい感情を知る=感情の絵の具

これが増えると自分世界に深みが増す

しかしそれは当事者になることでしかやすことができないと思う。

その事実に気が付いてから積極的感情が揺さぶられる体験をしようと心がけていたのだけれど、ある時はたと気が付いた。私の増やしてきた色は偏ってないか

厳しい親の影響で割と品行方正に生きてきたので、圧倒的に暗い色がが足りない。

赤に少量の黒を混ぜると深みが出る、黒があるから白が映える。

暗い色を持たないなんてつまらない、色を増やしたい、暗いと思っていた色も案外鮮やかで心躍るような色なのかもしれない。と思い、抵抗はあったけれど手始めとして今まで忌み嫌っていた男遊びをしてみた。

生理的嫌悪がないだけの相手ワンナイト経験して、既婚者の誘いも乗って体の関係を持ってみた。

だけど結局なんの色も増えなかった、既婚者と関係を持てば背徳感で見たこともない色が手に入るかと思っていたけれど実際は無色透明だった。(無色透明と知れただけでも価値はあったと思うけれど)

ワンナイトなんて感情の色のない行為何が楽しいんだろう、ベッドの上だけでは恋人同士設定とか付属してやれば色も増えるのかな。(やらないけど)

本気の不倫なら色も増えるのかな(やらないけど)

どちらにしても所詮「ごっこ」では色は増えないのだなぁ。

絵の具集めは難しい、難しいからこそ手に入ったときの高揚感が癖になるのだけれど。

2017-07-14

https://anond.hatelabo.jp/20170713230847

砂糖って白いやん?

ブラックコーヒーに白い粉を入れたら、ブラックではなくなる気がするんよ。

たとえ、砂糖が溶けたら無色透明になるとしてもね。

2017-05-14

ウソウソと稀に見抜けても、周囲まで説得できるとは限らない

発端

書き溜めと推敲に思った以上に時間がかかったんで、とうに旬が過ぎた話題になるが

「『ウソをウソだと見抜ける人でないと難しい』という格言はもう賞味期限切れ」という意見に同意の声 - Togetterまとめ

…まとめそのものではなく、そこに付いたこブコメ

趣旨には賛成も違和感。「嘘を嘘だと自分けがたとえ見抜けたとしても、その他大勢の見抜けない人に結局巻き込まれて、自分も含め事態悪化する」が現代においては事実だと感じる。自己責任限界を言ってる
2017/01/28 13:12

これを見て痛く共感し、かつて自分がいた勤め先のことをありありと思い出したので、熱量が冷めないうちに書き残しておく。

大元発言は、ただのひろゆき責任逃れの詭弁しかないが、これは何も2chやインターネットの中だけで起きてるんじゃなくて、

Post-truth時代においては社会のどこでも当たり前に起きていることなんだぞ、という警鐘と自戒を込めて。

※本エントリは、退職エントリブラック企業自慢・詐欺まがい商法・愚痴日記キメラとなっております

ミイラ取りをミイラにする職場で

細かく書きすぎて特定される事や、業務上知り得た機密情報の線引き、やれ営業妨害名誉毀損だになると面倒なので書き方は一部婉曲し濁してているが、

前職は水廻り設備全般保守点検業をやってる会社だった。無料マグネットシートの広告をよくポスト投函してくるあれ系列会社の小規模版と思って頂いて差し支えない。

ご多分に漏れず「水のプロ集団」をスローガンに、トイレや台所排水詰まりの24H対応承ります、を謳う、よくある地元中小企業だ。

そこでの何が気に入らなかったのか。起こったことを順に箇条書きにすると、

から下まで地獄である

理科実験並のトリックを見抜けない"水のプロ集団(笑)"

イソジン溶液に含まれヨウ素の茶色を、酸化還元化学反応無色透明にすることは、小中学生自由研究レベル再現可能だ。

ビタミンC錠剤、レモン汁(キャンディも可)、魚飼育カルキ抜きなどを放り込んでやれば済む話である

参考:http://cs.kus.hokkyodai.ac.jp/tancyou/vol.47/iromagic.htm

が、現実に目の前にあったのは、そんな理科実験で素直に「すごーい!」と感動しちゃう事務社員たちと、

目の前の箱でその販売会社の名前をググれば検索候補に「マルチ」「インチキ」がすぐ出るような詐欺師集団を、平気で社内に招き入れる重役と、

その事実を蚊の消え入りそうな声で辛うじて主張しても結局誰一人説得できない、何の現状も変えられない自分だった。

全てを殺したいくらいに腹が立った。

そんなものにGOサインを出す上司たちも、騙されて買ってしまった上で笑ってる部長も、人のためを思っての事なら詐欺っても無罪かい!それで済んだら警察要らんわ!とツッコミ入れたいパートにも、

義務教育大学で学んできたのに、そんな現状を何一つ覆せない、全面対決の構えで公に訴え出る覚悟もない、傾聴してもらえる程の信頼すら得られていない自分自身も。

からずに招き入れてたとしたら、水のプロ集団()失格もいいところだし、

分かった上で招き入れてたとしたら、無知な下っ端に買わせて搾り取ってやろうというそれ以上のドクズ確定、

どちらに転んでもプロとして、人として終わっている。

ただ一人だけ、そんな会社に30年来勤続し続けた最古参のC社員(仮名)が残した自嘲気味な言葉が今も強く残っている。

「ウチは確かに『水廻り仕事を承る集団』ではある。けど、今の現状はお世辞にも"プロ"集団 とは言えんなぁ」

なお、そのC社員は課長職までは上れたが、会社規定に基づいた役職定年により主査となり、管理職手当が無くなる事実上の減給降格の上、

パワハラ課長の属する部署の窓際に飛ばされ、24h緊急対応の出動要員として待機を命じられる人事異動を受けた。分かり易い追い出し部屋である

その他の余罪

もうやる気ないならさ、早急に「水の反社会的団体」か「水のチンピラ集団」に改名してくれませんかね?

阪神大震災当時のインフラ復旧にも尽力し社会貢献したことがご自慢らしいが、公共の福祉改善1件で他の違法行為諸々がチャラになるなら

山口組はとっくに日本最大の慈善事業団として表彰されてるわ。理由面子の張り合いとはいえ、災害時は地元へ我先に物資押し付けするから

じゃあどうすれば良かったのか?

消費者センター案件かと思って調べてはみたが、通報して立件に動いてもらえるのは

証明できないと難しい、とのことだった。今回の場合、参加はあくまでも任意強要はされていないし

参加者リストを作ってる時点で充分気持ち悪いが、かといって不参加者に何か不利益が降り掛かったわけでもない。

よくよく考えると、脳内で吹き上がってキレてたのは自分一人だけで、即決買いしちゃうバカ部長はともかく、

科学根拠には疎いようなママさん女性陣は「すごい商品ね」と口では褒めながら、結局誰一人買ってなかった気がする。

必ずしも正しい知識がなくとも、そこまでカネかける価値がある物かの真贋をジャッジする知恵はあったのかもしれない。

そんな事も知らないのかと、無意識のうちに内心見下している自分いたことは大いに反省すべきだろう。

結局「上から下まで揃いに揃ってこの程度のリテラシーじゃ、この会社も先は長くないな」と見限りを付けて、適当愛想笑いしながら

内心だけで舌を出しさっさと転職活動を検討するのが一番だったのだろう。俺も実際そうしたしな。少し空白期間を作ってしまったが

その後、当該会社はどうなったのか?

参加者を報告させてた当時の社長は、何の成果を挙げたのかよく分からんまま在任3年ほどで退任し、

浄水器を騙されて買っちゃったバカ部長が後釜に就いて社長になってた。今はCSR活動の一環として、

会社向かいの公園ゴミ掃除や花壇の水やりを行ってのうのうと社会貢献していらっしゃるらしい。へー偉いですね(棒)

なお、会社名検索したところ、アルゴリズム変更でネガティブワードサジェスト汚染が表に出にくいように

修正が加わったGoogleYahoo!の結果は平和だったが、bingの方に「会社名 ブラック」が候補に出てた模様。

表立った事件報道もされてない段階の標準サジェスト候補に「ブラック」が出る時点で、普段からどんだけ

人に恨まれる会社経営やってるのかお察しだが、ニュースにも出た名だたる本場ブラック企業の実態に比べれば、

ここの小物ぶりなんてせいぜいが「ダークグレー企業」程度のものだろう。

なお、退職前にメールでこっそり「ブラック名指しされてますよ、なりふり構わないなら"逆SEO"なんてモノもありますよ」

ってこっそり業務改善提案を提出してどう出るか様子を伺ったところ、個人的観測範囲2015年6月頃までは

ブラック」が上位に来てたのが、「カイシャの評判」というen転職系列レビューサイトに、それはそれはもう

綺麗な桜色の美しい書評が沢山寄せられて検索結果が変わっていた。分かりやすっ。

参考:はてなブックマーク - カイシャの評判とかいうクチコミ()サイト

2017-01-09

どうも、労働問題経済問題政治問題ではないと思っている人が多いように思う。

保育園落ちた日本死ね」が盛り上がったのも、待機児童問題は『政治から切り離された無色透明ものと見なされたのも理由の一つだからではないかと思う。

日本人の『政治アレルギー

2016-12-10

心配になる

子どもが横でスヤスヤ寝てるけど、この子が大きくなる20年後30年後、日本世界がどうなってるのかって。

少なくとも日本は、アホのようにくだらない習性または因習再生産され続け、遅効性の毒ガスとして充満してる。それがはてな含めネットで日々可視化されて、この社会空気無色透明ではなくて、薄っすらあるいは濃厚に紫色であることが、自分のような普段能天気人間にも嫌になるほど見えてくる。歴史的あるいは文化的には好きなところがたくさんあって、知らない人に親切にされて嬉しいことも多いのに、そういうことと紫色のガスは、表面の皮を少し剥がしたところで、互いに切り離せないほどばっちり癒着し、太い血管で繋がってると思うと、心の底から悲しく、ガッカリする。

多少嫌なことがあっても、少しも顔に出さずに相手気持ちよく迎えること。

おかしいことにはおかしいと言って、正義に基づいて徹底してそれと戦うこと。

ミスの指摘を受けたら、自分の主張はともかく相手の身になって、それを素直に聞き入れること。

何かおかしいなと感じても、何となく空気を読んで、その中身を真剣に追及しないで無言の同意を繰り返すこと。

おかしいと感じたら感じたで、丁寧な対話ではなく、メディアを使った一方的攻撃相手が崩れるまで続けること。

あるいは、本当は少数しかいないそうした過剰な攻撃者や、それに反射で賛同する中身の乏しい声を怖れ、信念のわからない無難な火消しをいくつもの企業が行うこと。

この対比は実際雑で、それ自体なら悪くない表が、必ずしもこんな残念な裏として現れるとは限らない。それでもやはり、往々にしてこのように裏返っているのを感じる。

もちろん、こんな気分はかなり昔から、"その時代20-30代"とか、何かのきっかけでモヤっとした誰かが、その時代なりに感じてきた気分なんだろうから、おそらく別に新しいことではない。とはいえ、2016年現実にこのように生きているのが自分家族なのだから、昔と比べて新しくない→なのでそんなことは気にしない、とは全くならない。

もう既にひと通りの教育は受け終わってしまったし、自分内面もかなり固まってきてて別に勇気もないし、経済的自由度も下がってるけど、それを理由に諦めて、物事ダメになっていくのをただ見送るのだけはやめる。

自分も世の中の多くの人も、広げれば日本という集団も、もっと引き出せるものを持ってると思う。

2016-09-27

http://anond.hatelabo.jp/20160927112628

まあ落ち着けよ。おまえさんだってたとえば適切な「ゾーニング」に対して文句言うほど狭量じゃないだろう? 子どもの手の届くところにポルノごろごろしてる状況見たら文句の一つも言いたくなる人がいることぐらい理解できるだろう? たとえ「合法的ポルノ」であったとしても。 それに、おまえさんだって、たとえば子供らが行き交う駅前で、「ポルノは最高であります! もっとポルノにあふれた世の中を!」とか大声で叫んだりはしないだろう? 大人有権者相手演説するくらいのことはするとしても、無制限社会全体に対して大声で主張しなくてもいいだろう? だとしたら、この女の言ってることと、それほど立ち位置が違うわけじゃない。

おまえさんがどんな趣味かは知らないが、その趣味の何かを購入するとするだろ? そうするとその業界儲かるだろ? 潤うとそういうコンテンツが増えるだろ? つまり、おまえさんは「購入」という行為によっていわばその趣味について社会的に「一票を投じている」も同然なわけで、それって「一種意思表示行為」だろ、ということをこの女は言ってるわけだ。だから「購入」といった行為自体無色透明自由ではない一種社会的行為だ、だからそれを制限することは「『内心』の自由」の侵害には当たらないのではないか、と。それ自体は、必ずしも間違った主張とは言えないよ。

たとえば……殺人趣味をもち妄想しているヤツがいたとしても、殺人を素材の一つとして扱った刑事ドラマを見て妄想をふくらませて満足しているとかならそれは「内心の自由」としか言いようがないだろう。だが「殺人シーンが好きな人間のためにそれのみを目的とした」スナッフビデオ積極的に買い集め、そういうヤツが増えた結果それが氾濫し、しまいに合法非合法区別すらつきづらい状況が発生してきたら、それはさすがに安寧秩序を乱すとして取り締まられても仕方ないんじゃないのと思わないか。この場合、そういうビデオ製造販売を(場合によっては購入も含めて)取り締まることは「内心の自由侵害」にあたるとして絶対に許されないことか? そういう不幸を生じさせないためには、せめてゾーニング必要だし、見る側にもわきまえが必要だろ。それが、他の人の「安寧に暮らしたい」という気持ち尊重することにつながり、ひいては自分たち良識を示し趣味への理解を広げることにもつながるからな。そのとき内心の自由じゃねえか!」と騒ぎたてるのは、明らかに筋悪な主張だ。

もちろん、どんなに「ゾーニング」をしても、のぞき込むようにしてやってきて「外から見える!子どもにも見える!」と騒ぐ人というのも、まあいる。この女も、そこそこそれに近いとこはあると思う。だが、仮にそう騒がれたところで、事実「外からも見える」し「子どもにも見える」のだとしたら対策するしかないし、そうでないとしたら「見えていませんよ、あるいは見えているとしても現実的には大した量じゃありませんよ」といって、しっかりゾーンを守るしかないんじゃないか。騒ぎ立てる人に対して「中でやってんだから勝手だろ!」と騒ぐのは悪手だよ。ヒートアップして騒ぎ立てられたらますます「外から見える」状態になる以上、弱いのはゾーンの中の方だ。それが分かってるから騒ぐ人は騒ぐのであって、ゾーンを守りたいなら、押さえる点は押さえつつ、ラインを踏み越えないように冷静に対処し続けるのが大事だと思うよ。

2016-03-10

香川ラどん

うどんと思って食べたら、ラどん(Rn)でした。

無色透明だしもう絶対来ないぞ、と思いながら2軒目に。

はなまるうどんといううどん屋でしたが味はイマイチでした。丸亀製麺の方がおいしかったです。

2015-11-06

http://anond.hatelabo.jp/20151106031954

実際そう感じる人は山ほどいて、

結局どうしているかというと、「一人称を使わないように巧妙に話す」。

これが残念ながら最適解になっている。

誰もがそんな話し方を上手にできる訳じゃないので、時に主語曖昧で分かりづらくなる。

それを自覚している人も多いはずだ。

からコミュニケーションをなるべく取らないようになる。

その結果としてホウ・レン・ソウの能力すら欠けてきているような人も一定数いるように思う。

日本人男性に口下手、コミュ障が多いのは、

一人称が多すぎて、どれも独特の色がついており、“I”のような無色透明な語彙がない」

という言語的な問題が一因になっているように感じる。

2015-09-02

[]よくある質問

今回は雑談関連。

真面目に答えず、出来る限り嘘と虚構を織り交ぜて答えていきたい。

Q.果物がたくさん入った、味がほとんどしない無色透明ゼリーが売られていますよね。いつも思うのですが、あれはゼリーを食べているんでしょうか、果物を食べているんでしょうか。

物事多角的に捉えることは君の価値観を豊かにするかもしれないが、本質を見失ってはいけない。

果物ゼリー」を食べているんだ。

薄皮クリームパンなども同じことだな。

Q.仲間内流行っている遊びはありますか。

私たち間内の間では、ゲームの内容を喋ってそれが何のゲームタイトルか当てるのが流行っているね。

例えば、助けた姫がウザすぎて、ブチギレた桃太郎が姫を叩っ斬るバッドエンドがあるゲームは?

正解は「あれ!も これ?も 桃太郎 日本たらればなしツアー いち」とかね。

気分を変えたいときは、内容の中に嘘を交えてそれを当てるクイズとかもやるな。

Q.思考力を鍛えるゲームオススメはありますか。

私がやっているのは「逃げ道ゲーム」だな。

まずテーマを決めて、それから「逃げる側」と「追う側」を交互にやっていく。

例えば「面白そうなゲーム」というテーマだとする。

「据え置き機なのがなあ」

→「パソコン版あるよ」

→「家で腰を据えてまでじゃないんだよなあ」

→「ipadでもできるよ」

→「UI媒体にあわせて最適化されていなくて遊びづらい」

→「更新されて遊びやすくなったよ」

→「お金払ってまでじゃないんだよなあ」

こんな風にどれだけ繋げられるか遊ぶゲームだ。

コツとしては、逃げる側も追う側も返しやすワードにすること。

二人でやるのもいいが、一人のほうが思考力を鍛えられるのでオススメしたい。

Q.この世で最も売れている食べ物は、この世で最も美味い食べ物ですか?

個の価値観が介入する以上、答えはNOだ。

ただ相関関係はないかもしれないが、「売れている」という事実はあるということ。

個の価値観尊重されるべきかもしれないが、事実からみた価値もまた尊重すべきだろう。

まり、この世で最も美味いかはともかく、この世で最も売れているのだから、少なくとも大衆に最も受け入れられている食べ物ではあるということだ。

是非がどうとか、そんなこと私は知らんよ。

2015-07-28

童貞が書いてるのか

彼女はすでに秘部を白濁液で溢れさせていた」

という濡れ場の描写を見るたび不思議に思う。

 

白いのはオリモノ。愛液は無色透明

オリモノは性愛関係なく分泌される。

オリモノ溢れてるのは免疫落ちてる可能性あり。

 

オリモノの粘りは玉子の白身のような感じ。

愛液はオクラの粘りと似ている。こねるとやや泡立つ。

全然ちがう。

 

オリモノ溢れてたら潤滑剤にはなるかもしれないけど

膣が充血してやわらかく潤っていないと痛くなる。

オリモノで勘違いし続けてると女性を傷つける。

愛液分泌されてる膣はふわふわで、中に空洞が出来る。

 

白濁液が」ってドヤ顔で書いてるのを見ると

「それカンジタかもしれないからセックス控えた方がよくね?」

って興醒めする。

2015-05-09

http://anond.hatelabo.jp/20150508103858

正確には容器の色なんてどうでもいいという話なんですよ。

元来は無色透明の器だとしても、今見えている色が全てで、それで判断して間違いないのです。

容器の色の正確性を求めてもメリットがないのです。

2014-08-12

吾輩は女子大生である

特に何かなりたいものもないけど

特になりたくないものもないので


女子大生をやってる


講義をこなし

友人と戯れて

寄ってくる男をかわす日々


特に楽しいわけでもなく

特に悲しいわけでもなく


マツキヨ化粧品を買って

イオンで服を買い

トップバリューのミートソースパスタを食べる日々


特に自由なわけでもなく

特に不自由でもない


来年就職活動を控え

研究室を選び

卒論をこなすんだろうな


特に過去が素晴らしいわけでもなく

特に過去を悔やんでもいない


特に今が充実してるわけでもなく

特に今が困難なわけでもない


特に未来を楽観するわけでもなく

特に未来を悲観してもいない


無味無臭無色透明女子大生


そんな私だけど唯一楽しくて楽しくてたまらない趣味がある


自分じゃない自分を演じ、自分じゃない自分を語る


それに共感や憤りを抱えた人々が私に関わってくれる。


こんな平々凡々な私に。


私はただの寂しがり。

真夏夜釣り楽しいな。

2014-05-23

いわゆるマウンティング女子

の、自分がまさにそのマウンティング女子であることへの無自覚さといったら。

自分がしているのは、無色透明自己分析だと思ってるんだ。

そして自分で使うんだよ、誰かを指して「マウンティング女子」って。さもどこか宙に浮いた概念のように。

お前のことだよ。

2014-02-17

http://anond.hatelabo.jp/20140216162609

生涯の伴侶というなら3がいいと思うけど。

しかし、2もいろいろ考えることができる。

水木しげるの作品に、「影女」というのがあってな。

姿かたちは見えないし、言葉を交わすこともできないのだけど、確かにそこにいる、という女の話でな。


山田みたいなやつが、京都の古びた下宿に住むんだけど、そこには、何かわからないけど、確かに「いる」んだそうな。

ある晩、同宿の男が、それに触れたので、それを捕まえて縛り上げるんだ。

確かに触れるし、心臓のような音も聞こえる。

何かが「いた」わけだ。

その日以降、同宿の男たちはおそれてしまい、すぐに引っ越して誰もいなくなるのだが、山田はそれの石膏型をとってみる。

すると、それの姿かたちは無色透明で全く見えないのだけど、型から絶世の美女だとわかった。

調べてみると「影女」というらしい。

山田はかわいそうになり、縄をほどいてやる。

すると、山田感謝しているのか、家事等の世話をしてくれるようになってな。

姿も見えないし、言葉も交わせないけど、食事も用意されているし、洗濯もしてくれるようになった。

そのうち山田にも運が向いてきて、出世していく。

影女あげまんだったようだ。

そして栄転、本社勤務を命じられて引っ越すんだけど、引っ越し先にも影女はついてきたようで、

変わらず身の回りの世話しくれている、という。


こういう話なんだけどさ。

姿かたちは見えないし、言葉をかわすことも体を交えることもできないのだけど、確かに山田と影女は

心が通じ合っていたんだよな。

こういうのを考えると、生活をともにして、お互いを大切に思える実体がある、というのは、それだけで

愛するに値するものだと思うし、言葉が交わせないからといってコミュニケーションをとれない、と

いうものでもないような気がする。

元増田は、2番の選択肢を性と家事という、わりと性差別的な女性性の役割だけを抽出した意図で設定した

のだと思うけど、ひとつ決定的に他の2つと差があるのは、「意思をもって行動できる」という点だと思う。

それはやっぱり、大きい点だと思う。

家事性差別的な役割かもしれないけど、逆に女性から表現できる大きな愛情でもあると思うんだよな。

まあ、男がやれば男から愛情になるわけだけど。


から、なんだ。

2番の体の動きが、ルンバのように意思を持たない機械的なものならもちろん話になりません。

しかし、言葉は発せなくても、犬よりもっと意思を感じるようなものであれば、2番もかなり愛せると思う。

声だけ、というのも、その人格を愛しく思えるし大事だと思える。

生涯のパートナーという意味で、一生支えになってくれるのは3番なのかもしれない。

でも、その場合は確実に浮気をするでしょう。

2番、案外悪くないんじゃないかなあ。

2014-01-09

最大公約数と最小公倍数

いまの日本社会本質的問題点は、社会の内部が分断されていることにあると思う。

立場の異なる者同士のあいだを埋めるものがなく、異質な者同士では共感が生まれない。以前にはカップラーメンの値段がわからないと揶揄された首相もいたし、いまの安倍晋三君もひもじい思いをして暮らしたことがあるのか、私は寡聞にして知らない。

例えば、御法川氏が朝にテレビで「庶民」の立場でキレていたし、夜には古舘氏が、というのも結局は、「庶民」が自覚している孤立感を代弁してウケを取ろうとしているのだと思う。実際には、「庶民」だとか「官僚」「天下り」「公務員」「東電社員」だとか、そういったカテゴライズでは語れないものだと私には思えるのだが。

47都道府県あれば47通り、さら市町村もっと多いし、人口は1億3000万くらいあって、それだけの相違があるのにもかかわらず、その相違を包摂して溝を埋めようとする努力がなされているのだろうか。例えば、ニュース報道は、47都道府県分の各地のニュースを流しているのだろうか。おそらく地方版はその地方しか載っておらず、在京キー局在京新聞社などは最大公約数的なニュースを流しているだろう。例えば、共同通信社時事通信社というできるかぎり無色透明最大公約数ニュースを配信する通信社があって、そのニュースに多くの新聞社依存している。

例えば東京にいても、福島県民や宮城県民や北海道民沖縄県民高知県民や(以下略)の「声」日常的にはどれほど聞こえてきているのか。あまり聞こえてこないと、私は思う。全国に流すための最大公約数マスコミからだ。

明治時代以後、そして戦後以降もなお、マスコミ広告代理店国家機構最大公約数的な社会づくりをしてきたのではないか。例えば「流行語大賞」だとかいまだに言っているが、「流行語」というのも結局は、相違する人間同士が、溝を埋めていないのにもかかわらず、共感している「気」になっているだけなのではなかろうか。

しろ実際には、少数であればあるほど、その人の「声」はかき消されて聞こえなくなる。例えば少数民族(例えばアイヌ)にしても、性別的少数(ISやGID)にしても、あるいは最下層の困窮者(例えば貧困や障害や傷病など)にしても。実際には1億3000万のマイノリティの集積がこの日本社会であり、そこから最大公約数だけ取り出せば「効率はいいのかもしれないが、まちがいなく取り漏らす。

いま、安倍自民党にしても、いわゆる全体主義的な、あるいは国家主義的だともいうような、社会全体のステレオタイプ化された秩序の押し付けに力を入れているけれど、そうした方法では、社会内部の分断された溝は埋まらないと思う。それで真の秩序が保たれるのだろうか。例えば特定秘密保護法強行採決したり、唐突靖国参拝をしたりしたけれども、そういうやりかたは民主主義的でない、話しあいが欠けているわけで、つまり、溝を埋める努力をしていない。

2013-11-30

真面目系クズという単語があるが、真面目という単語を使って良いのか

目立つ事もなく、悪い事もしない、だが、個性もない無色透明人間と言うべきはないだろうか。
 自分から前に出る事もなく、自分意思意見をハッキリと述べることもしない。
 問題が起きれば、なるべく自分が手を出さなくて済むように、おおごとにならないように祈り、他の人の影に隠れるように、目立たぬように生きる。そんな感じでは無かろうか。
 「出ない杭」とも言えよう。
 グループで昼食を取るなら「あっ、僕もそれでいいです」。コーラウーロン茶どちらを飲むか聞かれたら「どちらでも」。教師に提示された宿題を粛々とこなし、リーダーに提示された仕事を粛々とこなし、家族に言われた事を粛々とこなす。
 創造がないのだ。想像がないのだ。渡された教科書マニュアルが全てなのではないか自分で「世界」という図書館に飛び込み、探し、悩み、仲間と議論し、何度も模索を繰り返し、書いては破りを繰り返しながらレポートを書き上げるのではなく、既に世にでまわっているレポートをつなぎ合わせて提出する。いや、つなぎ合わせるだけでも偉いのではないか。まるまるコピペして終わり。まるで単語の暗記テストをこなすだけのようなものではないか
 迎合でもない。迎合なら、進む道を自分が選ぶこと位はしているだろう。
 ただただ、生まれた時に乗せられた船から降りる事をせず、その船の客人で居続けるだけ。船の行き先に意見をするでなく、行き先について尋ねる事もしない。舵取りや船の維持について積極的に関わろうと前に出ることもない。船でイベントがあれば顔をだすが、かといってイベント積極的に楽しむ工夫をするわけでもない。ただただ、船に乗って船窓から風景を見続けるだけなのだろう。そして、ある日客室の中で死んでいるのを船員に発見されるのだろう。
 人生という旅を、全行程三食付き&オプション無しのパックツアー客のように、添乗員の旗を目印にとぼとぼついて回るだけか。
 平凡な人生は悪くない。だが、人生という道を、好奇心探究心、情動や願いなどによって多彩なものにしていく努力をしないのではと思う。
 人生おいては、腹を割って話さなければならない時があり、往々にしてけんか腰になることもある。それすら避けてしまい、もやもやとしつつも「もめたくないのでそれでいい」と思っているのではないか

真面目ではない。ただの、毒にも薬ににもならなぬ「のっぺらぼう」に過ぎぬ。「受け身君」とでもしておけば良いのではないか

2013-10-24

ガッチャマンクラウズ正義の構想

http://d.hatena.ne.jp/Rootport/20131015/1381840117

 2013年9月でテレビアニメガッチャマンクラウズ』は終了したが、それに絡めて(上記URL)書かれたガッチャマンクラウズの描像に違和感を覚えたので、それをきっかけにして『ガッチャマンクラウズ』について私が考えたことを記しておきたい。尚、本稿は読者が『ガッチャマンクラウズ』を最後まで観ていることを前提に書かれている。

 さて、上述したブログの筆者(以下Rootport氏)の見解一言でまとめるなら、『ガッチャマンクラウズ』とは「社会秩序を守るタイプヒーローが、秩序の破壊と変化を受け入れる物語」ということになるだろう。だが私は、寧ろそうでなかったからこそ『ガッチャマンクラウズ』は面白かったのであり、現代日本ヒーロー像を書くことに成功したのではないかと考えている。つまり、『ガッチャマンクラウズ』に登場するヒーローたちは元々が「社会秩序を守るタイプヒーロー」ではないのではないかということだ。Gメンバーは一ノ瀬はじめが加入するまで確かに襲来する宇宙人から密かに地球を守っていたが、それは単にJ.Jの指揮下で仕事をこなしていただけであり、奉仕していたのは地球とは文字通次元の異った高度な秩序である社会秩序に「人間の理解すら及ばない高度な秩序」は含まないだろう。地球ガッチャマンたちがやらされていたのは全貌を見渡すことのできない「大きな」仕事の一部でしかない。それは結果として地球を守っていたのかもしれないが、積極的に「地球を守る」こととは明らかに違う。『ウルトラマン』が全宇宙的な秩序を守ると言いつつ地球準拠の正義に隷属しているのとは対称的だ。

 だが、はじめが加入したことで、ガッチャマンの内実は明らかにそれまでとは異ったものとなる。敵として認識されていたMESSは無害化され、「本来は手出ししない」はずのローカルな事件へ次々と関与していくこととなるのだ。その中でGALAX開発者:爾乃美家 類と出会いベルク・カッツェとも関わってゆくこととなる。はじめは何を変えたのか?ガッチャマンたちの「社会秩序を守る」という規範意識か?いや、違う。彼女が齎したのは、そもそも彼らが持っていなかった視座、即ちJ.Jが体現する高度な秩序から離れたローカルな秩序への眼差しである。はじめはそれまでのGメンバーの誰もが実は見ていなかった足元に、持ち前の強引さと直観で目を向けさせた。はじめの出現とベルク・カッツェの暗躍を通して初めて彼らはローカルな秩序と結びついたのである。端的に言って、『ガッチャマンクラウズ』は「社会秩序を守るタイプヒーローが、秩序の破壊と変化を受け入れる物語」ではない。変化を受け容れるのは神々の視座に安穏としていたヒーローたちの方で、ローカル社会秩序ネットはGALAXによって既に変化をはじめていた。自分たちの変化を受け容れたヒーローは、受け容れて初めてローカル社会の変化を知りその実感を得るのである自分が大したことないヤツだと思い知らされたからといって不貞腐れている場合ではない、自分能力に怯えてうつうつしてる場合ではないと気づき、彼らはようやく立ち上がった。

 はじめとベルク・カッツェは真逆の方向からそのことをGメンバーに知らしめる役目を負っていた。彼らはインターネットの正負両側面をそれぞれが体現していたのだ。はじめは世代職業を越えた人々と繋がりが生むポジティヴ連帯を、ベルク・カッツェは猜疑心加虐性無限に増幅させて破壊を生み続けるネガティヴ連帯象徴し、各々自らがその先頭に立つことで「流れ」を引き込もうとする。この両者は、決してバランスのとれた均衡の上で争っているのではない。はじめがネットツール:GALAXに依拠しながらもあくまで立川市内という極ローカル連帯を核にしている一方、ベルク・カッツェはネット上にありふれた不満と破壊衝動をほんの少しつついてやるだけで、姿を見せることなく、文字通り「どこからでも」破滅種子をばら撒くことができた。彼(彼女)が立川に拘ったのは、まさに憎むべきガッチャマンたちがそこを拠点としているからでしかない。この圧倒的に不利で不均衡に思える状況の中で、劇中唯一元来の意味ヒーロー活躍をしていたのがはじめだ。彼女は一切ブレることのない精神の有り様でローカルな視座から遊離していたガッチャマンたちの視線を「足下」に惹きつけ、ネットの向こう側に存在する人々と結びつけた。これに対し、ベルク・カッツェは爾乃美家 類の能力:クラウズを奪ってネット内で辛うじて留まっていた憎悪と欲望を直接現実世界へと送り込んだ。両者が別々の形でネット現実接続させ、物語クライマックスを迎える…

 正体を明かし、それまで触れることのなかった他者を知ったガッチャマンたちは、その時はじめてヒーローになった。はじめて守りたいものを思い浮かべ、傷つきながら戦い、己の無力さを痛感するヒーロー入り口に立ったのだ。それまでの彼らは、与えられた力で全貌の知れない「高度な秩序」に奉仕するだけの傀儡だったとも言えよう。だが、各々の意志翼を広げて立ち上がった彼らは、従うべき規範を越え、ローカルな秩序を守ることに全力を尽くす。しかし、立川防衛するという一見ローカルな戦いは、爾乃美家類によってGALAXを通したグローバルなゲームと直接接続された。そのことによって、ローカルグローバルな舞台となり、グローバルな力がローカルに及ぶ。暴走するクラウズとの戦闘に、Gメンバーゲーム参加者達は勝利する…皮肉にも、そしてある意味当たり前のことだが、これはベルク・カッツェが行ったことと表裏一体である。いや、同じことだと言ってもいいだろう。彼が先に仕掛けたのは、まさに類が提案したゲームであり、参加の動機付けけが異なっていたに過ぎない。だからこそはじめは「正義ってなんなんスかね~」と戦いの後で口遊む。彼女は理解しているのだ。理解しているからこそ、ベルク・カッツェとの対話を試みる。

 ネットだけでも、人智を越えた力だけでもダメなのだ。戦いを終え、ようやく彼らは入り口に立った。ゲーミフィケーション世界を救ったようでいて、実は違う。GALAXは、単体では無色透明なツールでしかない。そこに参加する者達がどのような動機を持っているのかによって、はじめにもカッツェにも成り得る。目指すべきは秩序を根底から覆す変革ではなく、既にある秩序の漸進的な「アップデートなのだ

蛇足

 『ガッチャマンクラウズ』は「ヒーローは最早必要なく、世界は我々の手に委ねられている」なんて呑気な話ではない。少し長く引用するが、Rootport氏によれば

 『ガッチャマンクラウズ』では、誰もがスーパーヒーローに準ずるような力を手にした。『キックアス』のように「ヒーローになれるわけがない」と笑い飛ばすのではなく、ほんとうにヒーローにしてしまう。これは現実世界メタファーと見なせるだろう。ネットが一般化して20年あまり私たちは実際に、英雄に準ずるような力を手に入れてしまった。

 世界を変えるのに、肩書きも立場もいらない。

 名も無き個人でも、世界に影響を与えられる。匿名のままでも、世界に向けて発信できる。

ということらしい…言いたいことが沢山ある。まず、Rootport氏が言及している映画版キック・アス』は「ヒーローになれるわけがない」と笑い飛ばしてなんかいない。力(スーパーパワーや金)のない者が現実ヒーローになろうとした時にどれだけの代償を払うのかを冷酷に示して見せている作品だ。勿論、コメディ的要素も色濃く入っているが、本質的には「力がなければ正義をなさなくても良いのか?」という問いに否を突きつけようとして、血塗れになる物語である。そして、コミック版の『キック・アス』は映画版を超え、ヒーローをある種の病気として扱い、その行き着く悲惨さと哀しさを描いてみせた。どちらもアメリカ特有のヴィジランテ文化立脚したヒーロー解体し尽くしても尚、何が残るのかを問うている…大いに話が逸れた。話を戻すが、私達は一般化したネットによって「英雄に準じるような力」を手に入れてなんかいない。決していない。手に入れているのなら、ガッチャマンたちは必要なかっただろう。お役目御免で、そもそも出てこない。人々は手に入れた「英雄に準じるような力」でさっさとカッツェを撃退してしまえばよかったのだ。だが、それはできなかった。代わりに見せつけられたのは、匿名のままでは、名も無き個人のままではダメだということ。匿名でない誰かがインセンティブを与え、ゲーム動機付けを行わなければ動かない現実だ。匿名の誰かによって動かされたゲーム暴走し、手が付けられなくなる様だ。これは何も特別なことがわかったわけではない。ただ、ネットというツールの「当たり前」を見せられただけなのだから。『ガッチャマンクラウズ』は、寧ろ我々が「英雄に準じるような力」を手に入れたわけではないと戒めるような作品だと思っていたのだが…Rootport氏は「世界アップデートする」をただのキャッチーな標語かなにかとして受け取ったのだろうか?

蛇足蛇足 

 Rootport氏は細かい点(その実重要な)について気にしないのか気づかないのか、とにかくざっくりした区分けで語る傾向がある。ヒーローの系譜を何故か『マトリックスから始め、『X-MEN』『スパイダーマン』『V for Vendetta』『まおゆう』『キック・アス』『ダークナイト』『タイガーバニー』『サイコパス』を辿っていく。日本なの?アメリカなの?どっちなんだ。アメコミの方は何故映画ばかりで原作に言及しないのか。日本アニメに触れるなら、何故大元の『科学忍者隊ガッチャマン』含めたヒーローアニメの系譜に触れないのか。ライダー戦隊には何故触れないのか。その辺りが謎である特にローカルヒーローモノに触れないのは、『ガッチャマンクラウズ』が描いてみせた「現代日本ヒーロー像」がそれまでのものとどのように違うのかを明らかにできない点で致命的だ。寧ろ『ガッチャマンクラウズ』が彼の言うような作品なのだとしたら、『東のエデン』にこそ触れて比較すべきではないのか?…このRootport氏が諸作品を引用した部分について言いたいことはまだまだ山ほどあるのだが、虚しくなってきたのでこの辺にしておく。

2013-01-21

「局所最適は全体最悪」という大ウソ

世の中では、何故か局所最適が目のカタキにされておる。なぜじゃ?

いわく、部分にとらわれるな。いわく、局所最適は全体最適とは限らぬ。

あげくのハテには、「局所最適は全体最悪」という噴飯レベル言葉である

はあ?何もわかっとらんな貴様らは。本当にそれで結果が出たのか?全体を最適化なんて簡単に言うがそれが出来たら苦労せんわいッ!

まず、

我々が、すべきことは、

「全体という幻想」、からの、脱却である脱獄である

「全体」「全体」と言うがそれは本当に全体なのか?全部見えている人間なんているのか?偏ってるんじゃないのか?我々は軽々しく全体という言葉を使いすぎたのだ、そうなのだ

考えてもみてよ。お前はホントに全体が見えているのか?ホントホントにか?ホントホントホントにか?自問してよ。

それは全体ではないのだ。全体がわかった気になってるだけ。

い・い・か・ね。

その「わかった気の全体」を最適化しようとするからおかしなことになるんだよキミ!!わかってるのかね!

偏っていて曖昧模糊としていて漠然とした思い込みにまみれた「全体像」を最適化しようとするから、だからおかしなことになる。

現実をみなさい。気にも留めていなかった細部をみなさい。現場をみなさい。

2chが生んだ格言「こまけぇこたぁいいんだよ!」は細部にとらわれるなという意味であって。細部を見るなという意味ではない。細部は見ないと駄目なのだゴミ箱行きにしちゃ駄目。

細部も見ずに全体を語るなど、笑止千万抱腹絶倒、へそで茶がわいては泣く子も黙る。

それはわかったが細部を見てどうすんだYO、って思うじゃん? 細部を見て、細部の最適化を考えるんだYO。細部の最適化。貴方は細部の最適化を考えたことがありますか?貴方の人生、細部の最適化、考えてますか?

細部って言われてピンと来るまい。なぜなら、我々は細部に気を止めて生活して「いない」。気に留めてないから細部の最適化と言われてハトが豆鉄砲を食ってるような顔する人が多い。

具体的に言おうか。細部とは一挙手一投足、一つ一つの思念のことだよ。キミ。はい今キミが一秒間にとった動作。それ。それだよ。(^^)

1秒、1分、1時間

1日、1月、1年。

何事も階層的に(hierarchically)、かんがえねばならぬ。

それをすっ飛ばしていきなり人生全体ガー、俺の人生ガー、今年の計画ガー、なーんて語るから、だからうまくいかねえんだよ!

まず、「今」に集中しなさい。

過去はどう、未来はどう、そんなことは一切考えなくていい。鬼の形相でそう断言したい。過去と比べてなんになる。未来心配してなんになる。

であれば、「今を最適化すること」に集中しなさい。

今この瞬間に、今できること、今すべきことは何なのか?考えうる限りの最善手は何なのか?それをやりなさい。

努力

何の話をしているんだい?もちろん努力はして当たり前だが。しかし我々の言う「努力」とはうんk我慢大会の域をでない。苦しいだけで何も得られない。我慢することでエクスタシーは得られるがその不毛さには誰も気づかない。

そんなものを「努力」と勝手に呼んでおいて、それで「働きたくないでござる」と勝手なこと言っているのがわれわれ日本人の生態なのである。そう、努力とは無色透明の「パワー」にすぎない。

それをなんでもかんでも勝手に「苦しくてマゾもの」と色づけして逃げてる時点で、十分にその人も彼らが嫌うマッチョ主義の一員だというオチであるお笑い草なのである

からそういう人は努力という言葉は捨てたほうがいいよ。さよならガンバリズムこんにちはダイゴメンタリズム

決定、そう「決定」って言葉を使うことをお勧めする。そう、我々は実際には決定しか行っていない。何も「努力」はしてない。なのに努力できると思い込むから不幸になる。そう、私は社長。私がしているのは決定だけ。あとは身体が勝手にやってくれる。

そう捉えてみてはいかが?心の中での決定だけが仕事から楽ちん。そう、これがメンタリズムの神髄。

なんでこんな話したかというと、

努力するとかしないとかそういうことはどうだっていい。そういうこと気にしてる時点では何も局所最適化できてないのであって。そういう人が勝手に局所最適化とはその程度のものだと見切りつけて局所最適化を悪く言ってんだよ。

考えてもみるがいい。最適化とは臨機応変なものなのだ。休むべき時は大胆に休み、働くべき時はストイックに働く。そんな柔軟な対応がだね、

努力について歪んだ信念もったままでそんな柔軟な対応ができると思う?思わないだろう。

もう一つ大切な論点に触れよう。

それは、我々は時系列モデルを扱っているのだ!ということ。人生時系列である。各点が先行する点に依存する。いわゆる、因果関係

ダッカーラ、だから、ある時間帯での局所最適は後続する時間軸においても良い影響を残すということ。わかるね?

きちんと毎瞬毎瞬をいきてる人は、メキメキ力をつけていくんだ。

さらに追い打ちをかける論点がここに。

かいはいいことだ。小刻みにカイゼンしていけば成長がはやい。PDCAサイクルの鬼。

くっだらねえ全体の幻想をふわふわ抱きながら「努力」してる人なんかよりも、今を生きている人のほうが輝いているし、モテモテで、プールのあるような豪華な家に住んでるだろ?浴室もホテルみたいにオシャレ。あれは何?

あれは小刻みなカイゼンのたまものだよ。

時系列システムに生きる我々にとって、小刻みマンがもっとも手強いのだ。逆に言えば、我々が小刻みマンになればいいんだよ。

まりグリーンだよ。

ダッカーラ14世、だから、「局所最適は全体最悪」は最悪の言葉なの。

局所最適をこき下ろす時点で、彼は時系列システムの特性を理解していない。

っていうか、人生という時系列システムのサブシステムだけを見ている。例えば、仕事をうまくやる。リーダーから全体を見なきゃとか。それは人生全体ではなく断片をみてるだろ?

人生80年のうちの1年といった短いスパン成功させることを考えてる。しかも、人生の無数の要素のうち「自分仕事」という狭い部分だけをみてる。

狭いと言っても、別に今を見てるわけじゃないんだよな。今に集中するのでもなく、本当の全体を見るでもなく、フワフワフワフワやっとるわい。

ここまで読んできた読者にはおわかりのように、そういったフワフワした部分を全体と思って最適化しようとするから、だから駄目なんだよな。皮肉なことに全体最適標榜するくせに断片ばかりみている。

じゃあ、なんで今を生きる人は局所最適なのに全体的なのか?ここ、試験にでるよ。

それは「常に」局所最適だからだよ。何してる時もどんな時もどんな状況でも何に向かってる時も何が起きている時も、常に、常に、常に、ベストを尽くしているから。

から最初一年間で全ての部分がまず局所最適化する。ちょっとした金持ちになる。イケメンになる。頭が良くなる。タフになる。別人になる。別人になるんだけど、まだまだ未熟かなという感じ。

しかしだよ。時系列システムの特性により、最適化された各部が良い影響を与えあうのだよ。時間差で相乗効果がくる。

から仕事しか頭にない人間は駄目なんだよ。相乗効果が得られない。昔から文武両道と言うだろう。デキる男は遊びもデキる。そういうことなんだよ。

2011-12-07

コネ採用公務員ダメに決まってるでしょう!

http://b.hatena.ne.jp/entry/blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/1682199.html

dongfang99

みんなは本当にこんなことをやってほしいのか?自分は明らかに狂っていると思う。

そんなに無色透明の清潔な世界が好きなのだろうか。橋下が本当にfairnessなんかを求めているわけがないでしょ。

2011/12/07

意味がわからない。

コネ採用や、そこから発生する能力モチベーション低い職員を嫌がるのは「明らかに狂っている」のでしょうか。

この程度のことが「無色透明の清潔な世界」なのでしょうか。


長年放置されていて中が腐ってる食べ物入れを「嫌だけど掃除しなきゃ!」って言う人に向けて

無色透明の清潔な世界が好きなのかー」「明らかに狂ってる!」って非難する人が居る感じで

困惑します。


「俺の市長がこんなにfairnessを重んてじるわけない!」は内心の忖度なので無根拠だし無意味です

dongfang99

「民間では有り得ない」とか言うのだろうけど、自治体にもよるだろうが、

普通に考えて行政よりも民間のほうがコネ採用が多いだろう。

よっぽど悪質ならともかく、こんな魔女狩りは倫理的に許されるべきではない。

2011/12/07

普通に考えて」というのは根拠ではないと思います

大変な勢いで自治体職員に肩入れするあなたです

自治体にもよるだろうが」と断りを入れなければならないことに注目すべきです

庇いきれないほど悪質な自治体存在することをご自身もご存知のようです

残念ながら大阪はかなりその方面で悪名が高いです


「よっぽど悪質」であるとして疑われているのが大阪市であり、

実際のところどうかは調査報告が厳正に行われればわかるはずです


あとそもそも、「民間でコネ就職があるから公務員コネ就職して良いだろ」は成り立ちません。

民間のコネ就職は主にその会社オーナーであり経営者である社長親族や知人を入社させるもの

こんなのははっきり言って当人の勝手です。どこにも違法性も不当性もない。

更に、そのコネ社員能力が不足していた場合に損害をこうむるのも入社させた社長当人です

株式会社場合でも、経営者自分責任の取れる範囲でコネ採用をしています

むしろ経営判断として合理的なコネ採用は腐るほどあります。(取引先社長の子弟を入れてあげるなど)


翻って、

公務員が内部でコネ就職を横行させた場合

間違いなく職権乱用・背任であって、不当であり何より違法です

しかもそのコネ採用職員の能力が足りなかった場合はその損害が全て市民にかぶせられます

オーナー社長が甥や息子を使ってやるのとは状況も立場全然違います

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