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2022-07-04

南條時雨講話録 - バンド活動記録

俺は高校受験した。

丁度俺の前の席で受験していた男が話しかけてきた。

「よう、推薦入試数学はないぜ」

本当か!?俺はびっくりしたけどしょうがない。

面接が終わって帰る時、その男は、ひとつ前の受験番号だから一緒に帰った。

沖縄から受験にきたらしいけど、

沖縄訛りで何を言ってるのかよくわからなかった。

俺は合格したけど、朝起きられなかった。

から学校にはあまり行けなかった。

7月頃、学校の近くで、俺が受験した時、前にいた男と再会した。

奴は髪を立てて、ベースを持ってた。

「よう、あの時の奴だろ? 俺だいぶ前から気付いてたけど、

おめえは髪を赤く染めてるし、何となくしかけづらくてな」

俺はあまり学校に行ってなかったか

そいつが同じクラスってことにも気がつかなかった。

その時話してて、その男は俺の近所に住んでて、

クラスの奴とBUMPコピーバンドをやってることがわかった。

そいつは俺にギターBUMPコピーバンドを手伝ってくれ、と言い出した。 

俺は断り、俺が歌ってギター弾くからバンドやらねえかと誘った。

そいつ同意してバンドスタートした。

しかし、なかなかドラムが見つからず、

ベースと二人で「グリザイア」って言うクズバンドに入ろうとしたことがあった。

募集記事みて電話した相手は舐めた野郎だった。

こっちから

「やっぱりやめるわ、お前んとこ潰したるわ」

そう言って電話を切った。

こちらの募集記事みて「ドラムやってます」と言ってきた男とベースも一緒に高円寺で会った。

二人で録音した「殺意」のデモテープを聞かすと、

もっとメタルっぽいのやらないの?」と言った。

安っぽいインドカレー屋だった。俺はキレて 

「こっちはパンクドラムを探しとるんじゃ。

お前何見て電話してきたんじゃ、

カス、俺達のメシ代も払っとけ!」

そう言って二人で帰った。

何の期待もしてなかった「ぴあ」の募集記事を見て電話してきた男と会った。

そいつは、やけに暗い目つきをしてて、一発で俺とは気が合わないと感じたけど、

ドラム歴8年と大きいことを言い、割とパンクハードコアも知ってたか採用した。

何か冴え無い奴と思ったけど、3人でスタジオに行った。

その日がバンド誕生日だ。

初めて3人で、スタジオで何をしたかは憶えてないけど、

この面子でやってくことにみんな納得した。

当時、高円寺スタジオで週2回練習し、だんだん曲も増えてきた。

後はコンサートをやるだけなんだけど、俺も含めて全員知り合いが居ない訳。

当時は誰も知り合いが居なかった。

新宿JAMで消毒ギグってコンサート企画してたシンって奴が居た。

俺は奴に「殺意」のデモテープを渡して何とかコンサートに出してくれって頼んだ。

ライブハウスもすぐには出してくれなくて、昼間 オーディションを行ったりしてた。

後日、シンから電話があり

「次のコンサートも、もう決まってるし、しばらく出せない」

と言う返事だった。

俺は何かムカついて

「いいじゃねーか、Forwardみてーなバンド出すぐらいだったら、俺達の方を出せよ」

そう言ったが、奴は

「そんなこと言われる筋合いは無い」

確かそんなやりとりだった。

俺は「てめーのコンサートには出ねぇ」と言って電話を切った。

結局知り合いが居ないとコンサートにも苦労する。

俺は、ガバメントのカツタにデモテープを送った。

俺は、自分はやけに丁寧に書いたつもりの手紙も添えて送った。

数日後、カツタから電話があり

「今度のバースピに出てもらえないかなぁ」と言われ、俺はすぐに了承した。

そのことを2人に言うとみんな喜んでた。

年が明けて、1月半ばが初ライブに決まった。

初めてのコンサートからよく憶えている、下北沢SHELTERってとこだった。

それで、初ライブだけど、さっぱり受けなかった。

ステージの前だけガランとしてて客は後ろの方で観てるだけで。

この初ライブが最悪のコンサートだった

俺の次に出たガバメントはやけに盛り上がって、結局メンバーは落ち込んでたな。

けど、演奏も曲も俺らの方が上だと思ったね。他のバンドより。

そういえば、その日SlangのKOから文句を言われた。

「Slangつまんないんだって?」

俺はその通りと言いたかったけどそんな状況じゃない。

適当なことを言ってその場を凌いだ。

確かシンに電話で話した時俺は、「Slangはつまんない」って言った。

それを、KOにチクッたんだと思う。

まあ、そんな感じで最初コンサートは最悪だった。

その数日後に新宿

Gauzeのシンとバッタリ会った。

俺は電話文句を言ったけど、奴は意外にも友好的で

「今度の消毒ギグに出てほしい」と言われて、俺はすぐ了承した。

その頃こんな出来事もあった。

「これから、KOも来るから」と言われ俺は焦った。

この前、「Slangつまんないんだって?」そう言われたからね。

それから、KOが来てやっぱり友好的で、

新宿JAMでのライブのチラシ作った?」って聞かれて、

「いやまだ作ってない」そう言うと

コピー代もばかにならないから、前に俺がバイトしてたとこでコピー機借りれるから

用紙だけ買えよ」って言われた。その後KOの家に三人で行った。

結局俺はラッキーだったのか、その頃知り合ったハードコア関係の奴とは、

特に揉めたことは無い。まぁ、俺のことを嫌ってる奴もいるだろうけどね。

当時は、俺達にしても、せいぜい20分ぐらいの演奏時間だった。

それに客も今みたいに多くなかったからSlang、Gauze、Forwardと

まとまってライブをする方が得だった。

大体観に来る奴もいつも同じ様な感じだったしね。

その頃、一番面白かったライブは、東大でのオールナイトライブだ。

から考えてよく、あんイベント許可したなって思う。

かなりたくさんバンドも出たし、東大学生ともめて、ガラス壊したり、

テント倒したり楽しかったな。

あれは学園祭の一部だったんだ。オールナイトから

セッションバンドとかも出たり、

俺がヴォーカルで、Poison Arts、Gism、Executeの曲をカバーしたりした。

その後、俺達も順調に活動してて、ある日、P-Vineからレコードの話が舞い込んだ。

結局、レーベルからの条件は、

バンド側がテープCDを渡す」

「1バンド1万円かCD10枚どっちか」だったと思う。

1万円より安かったかもしれない。俺はそれを聞いて頭にきた。

そんなもん売れるに決まってる。

てめぇのとこで宣伝して費用プレス代とジャケット代だけだから

俺はP-Vineの儲けに加担したくない。

レコードなんてものは出せばいいってもんじゃない。

それなりに金がかかるわけだから報酬は当然だ。

それがバンドと聴いてる奴との基本的関係だと思う。

金なんて関係ないって見栄張る奴はきれいごと言いのクズだ。

メンバーも俺の考えに納得した。

この件で俺達は1stシングルリリースする決心を固めた。

その頃はけっこう楽しかったね。

ある時ドラムと揉めたことがある。

ベースと二人で高円寺の小さなロックバーで「腹減ったなあ」と話していたら、

知らない男が話しかけてきて、俺達の飲み大全部払ってくれて、

「これからいいところへいかいか」って言った。

ビビりながらついてくと、荻窪のでっかい十字架のある小さな教会に連れて行かれた。

神父ってやつが出てきて、「この方は何百万も寄付してくれている」って笑いながら礼拝堂へ連れて行った。

そこで服を着替えさせられて、

ハレルヤ早口つぶやきなさい。うまく言えなくなるでしょう、

その時イエスあなた方に宿ってるのです。」

と言われ、「ふざけんな、そんなもん、早口で言えるわけねぇだろ」

そう思ったけど、メシおごってもらわないとどうにもならないからね。

なんか、RAPTとかそんな名前宗教だったのかよくわからないけど。

そのことを、練習の時に話したらやけにドラムがぶつぶつ文句をいいだした。

俺も笑い話程度のつもりで言ったんだけど、だんだんムカついて練習やめて帰った。

その日のうちに、ドラムから 悪かったって電話があったけど、

その辺を境に俺とドラムは疎遠になっていった様に思う。

それと、あるライブベースドラムに蹴りを入れて、ドラム演奏中に帰ったこともあった。

確かその日は、みんななぜか機嫌が悪くて

2曲目か3曲目の途中でベース

気合いを入れる為にベース背中を蹴った。ドラムはムカついてすぐ居なくなった。

ドラムが居ないんだったらもう演奏は出来ない。それで途中で中止となった。

俺もムカついたけどとりあえず、ベースと二人でドラムの家に行った。

多分その辺のこともあってドラムバンドをやめようと決めたと思う。

その年の11月、1stシングル悪魔のざわめき」のレコーディングを行った。

まぁ、そんな大袈裟もんじゃないけど。

新宿JAMってスタジオで、各パートバランスを決めて一発録り。

それから、どのテイクにするかみんなで決めて、

俺がプレス会社に持って行ってプレスした。

全部で300枚リリースした。

すぐにリリースたかったけど、制作費はメンバーの持ち寄りだから

1月にリリースした。

問題流通だ。

けど、俺にはひとつの考えがあった。

こっちで作ったレコードを店に置いてもらう場合販売価格の数十%を

手数料として店に取られる。

買えない奴は通販で直接売ればいい、そう思った。

本当に欲しかったらどうしても手に入れるだろ?

それにたった300枚プレスだし。

店に数十%パクられるのもムカつくしね。

レコーディングから数日後、甲府ライブを演った。

これは東京以外の場所での最初コンサートだった。

甲府では地元の奴が動いてくれてFMの公開番組にも出演した。

ハードコアパンクって何ですか?」

そう質問されて、俺は、

「愛だよ」そう答えた。

12月の終わり、関西ツアーに行った。

まぁライブも楽しかったけど、

俺はこのツアーあんまりメンバーとしゃべってないように思う。

それに、ライブの無い日は一人で大阪万引に行ったりして、

ほんと他の2人とあんまりしゃべってないな。

年が明けてやっと1stシングルリリースした。

その頃ドラムから電話があった。

「俺、やめるわ」

俺は、引き止めることなく、「そうか、しょうがねぇよな」そんなふうに答えたと思う。

ドラムは色んなとこでバンドを抜けるって言ってたから。

とりあえず、ドラムは脱退した。

ドラムが抜けてドラム募集広告を「ぴあ」とかに載せた。

丁度、関西ツアーの話しを受けてて、

早く新しいドラムを見つけないといけなかったからね。

から見つかる間は東京ライブを演ってないし、

ストレスたまる日が続いた。

最悪ドラムマシンで2人で再活動しようかと思ってた。

ところで、俺は茨城出身だけど、地元ドラムをやってるやつがいた。

俺はそいつと話して「ドラムを一ヶ月手伝ってくれないか?」そう言った。

奴にしてもバイトはやめないといけないし、キツイ話だ。

結局了解して、東京まで来た。

それで、スタジオで演ってみたら、まるで出来ない訳。

大阪からわざわざ来させたし、俺も困った。

さら帰れとは言えないしね。

一番大変だったのはドラム本人だ。

奴のプレッシャーは桁外れで、毎日ずっとドラム練習していた。

早い話、俺らとそいつとではレベルが違った訳。

そいつのおかげで、京大西部講堂、それと大阪で二回のライブを無事に演れた。

あと、書こうと思ってて忘れてたことがあるので書く。

それは写真について。

他のバンドと比べて雑誌での写真が少ないと思うかもしれないけど、理由がある。

music magazineが「日本ハードコアバンド特集をするからインタヴューを受けて欲しい。」って。俺は了承した。

その取材写真が欲しいと言われた。俺は即座に拒否した。

music magazine側は食い下がって

「他のバンドは全部写真撮影終わってるんです。

バンドだけ写真が無いのもおかしいでしょう。」そう言った。

他のバンド写真を載せるなら

なおさら載せたくない。

連中は「それならコンサート写真はどうですか?ちょうど、この後のライブ写真を撮ります

後日選んでもらったのを載せますから。」

俺はさらに態度を硬化させ、

演奏中の写真撮影絶対に認めない。

ライブは観るもので、写真を撮ったり録音するもんじゃねぇーんだよ。」

連中は折れた。music magazineを見たら

時雨バンドポリシーとして写真掲載拒否した。」

そう書いてあった。俺にはそんなポリシーは無い。

奴らはメジャー雑誌で、マイナーバンドのくせに

言うことを聞かなかったことが悔しかったんだ。

はいいなりになる様なやわな奴じゃない。

それ以降、写真嫌いが定説となったけど、ライブでの撮影は見つけ次第やめさせた。

理由上記の通り。

関西でのライブも終わってドラムバンドを離れた。

ツアー中に話し合って「殺意」のリリースを決めた。

けど、まずはドラムを早く見つけることだ。

レコーディングも決まって、けどドラムは見つからなかった。

新宿JAMレコーディングを行った。

俺達にとって、初めての本格的なやつだ。

一発録りじゃないって意味でね。

結論から先に言うとこれは完全に失敗作だ。

ミックスミスだった。

初めてだったし、録音中はでかい音だし、

パートバランスまで、プレイバックの音が大きいから分からなかった。

演奏も良く無いし、まぁレコーディングが終わって

テープダビングしてもらったやつを家で聴いて愕然とした。

けどこの失敗作から学んだこともある。

それはそれ以降のレコーディングに生かされたと思ってる。

ついでだから、俺のギターについて書く。

実は俺のギター演奏したのは2回目のコンサートからで、

それ以前は借りたギターだった。

エフェクターはこれも借りたもので、

イシバシ楽器オリジナルの2000円ぐらいのだった。

ただしこのディストーションノイズは凄いけど音は良くて

ベースが辞めた後も壊れるまで使った。

ハードコアの頃のアンプのセッティング

トレブルとミドルは7、ベースは4だった。

その年の夏、ドラムから電話があった。

奴は「バンドに入りたい。一緒に演ってから

ほかじゃ物足りなくて東京に行きます。」そんな内容だった。

これでニ代目のドラムが決まった。

その後、活動を再開してたある日電話がかかり

ハードコアオムニバスリリースするんだけど、

是非参加してもらいたいんだけど。」

俺はすぐに了承した。

この時のレコーディングは前回の失敗もあったから、かなり考えた。

殺意」のギターは4本ダビングしてある。

途中でハウリングが耳につくけど、ハウリングも好きだからそのままにした。

ダビングしたことが分かる様に。

レコーディングが終わって、静岡ライブの話が来てその時、問題が起こった。

ライブの後、いたれりつくせりで俺達は上機嫌だった。

確かスナックに連れてってもらった時そこで俺とドラムがささいなことで喧嘩になった。

お互い酔ってたから殴り合いになった。

「てめぇが一番ムカつくんだよ!」俺はそう叫んだ。

それから主催者の家に泊めてもらって次の日帰った。

帰りの車の中は最悪だった。

誰も口をきかないしシーンとしてた。

帰ってからドラムベース電話して

時雨抜きでバンドを演ろう」と言ってたらしい。

けど奴の目論みははずれた。

その結果ドラムは抜けざるを得なかった。まぁクビってことだ。

それと同時に色々メンバー募集もしてけど、ドラムは決まらなくてね。

からコンサートが決まると誰かヘルプを探して、けどへたな奴では無理だしね。

ドラムをクビにしたのが11月だったか

それで、12月に確かガーダシルと2バンド

下北沢屋根裏ライブの予定があった。

それでガーダシルドラムサポートを頼んだ。ちょっと記憶が定かじゃないけど。

その辺から、都合がよければそいつドラムを頼む様になった。

そいつは手数の多いドラマーだったし、

俺はそいつガーダシルドラムを演ってるのがもったいないと思ってたしね。

その次のライブは、年が明けて3月屋根裏でのハードコアオールナイトライブだった。

この時もガーダシルドラムサポートを頼んだ。

からこの時期の記憶はかなり薄いね

話は変わるけど、「記憶の奥の悲哀情」って曲はかなり前からあった。

まぁ、ハードコアっぽく無いけど、

それは俺の音楽遍歴にも「記憶の奥の悲哀情」を作った理由がある。

俺はレコードマニアで、

俺と直接付合いのある奴ならよく分かってるだろう。

詳しく書くとかなり長くなるから省略するけど、

まず初めてショックだったのはSex Pistolsだ。

ウィンザー家とか、イルミナティ悪口を気軽に歌にしているのが衝撃的だった。

パンクミュージックそれから先、

現在の俺の基本的姿勢を作ったと思ってる。

現在も俺の基本は全然変わって無い。

それは"反抗"だ。

まぁ俺は子供の頃から常に反抗的なガキだったけどね。

けど俺はいまだに反抗心って大事だと思う。

これを読んでる奴も反抗することを忘れないで欲しいね

特に理由なんて要らない。

イルミナティになぜか逆らいたくなる、それで充分じゃない?

俺は今でもそんなガキだ。

話がそれたけど、その次がDischarge理由は分かるよね?

次に注目したのはグランジだ。

その中でも俺にとってDischarge並に衝撃的だったのは

RYOTA BAND、al.ni.co、亜矢、秋吉契里だった。

ハードコアパンクも好きだったけど、

Aliene Ma'riageやMadeth gray'llなんかのヴィジュアル系も好きだったし、

そっちの方にかなり傾いていったのは確かだ。

春ごろ、3rdPermalink | 記事への反応(0) | 03:28

2022-06-20

屋根裏のなんか

~ある休日の朝~

母「最近屋根裏になんかいるよね〜」

私「足音とか聞こえるの?(あんまりいたことないな〜)」

母「ネズミにしては重そうなドッドッって感じの足音が聞こえることあるけど……」

私「まあおしっことかしない限り天井が腐って落ちてくることもないでしょ」

屋根裏「シャーーー……」

母・私「……」

2022-04-18

またヘビが逃げる事件

体長2mだって

以前のは屋根裏にいたから、今回も近くにいるんだろうけど。

2022-02-28

気持ち悪いので吐きに来た。

世界とどこかでつながっていたい気持ち。でも完全につながっているんじゃなくて、安全なところに隠れて、そっと伺い見るような、そんなのを望んでいる。誰かが話しかけてきたら逃げてしまうだろう。いや、そんな気取られることすら嫌だ。そっと、屋上の物陰とか、屋根裏の隙間からとか。

ぼくは出て行っていいのかな。挨拶をしたり、話しかけたりしていいのかな。ぼくのような出来損ないが。

 

LIVE東京新宿駅ライブカメラ Shinjuku, Tokyo JAPAN - YouTube

 

あの新宿南口は、何度も行ったり来たり出たり入ったりしたところ。高校生の頃からおなじみの場所予備校の帰りとか、入試日のチキンライス弁当とか。

受験弁当を駅の西口コンコース階段の広い踊り場にある売店で買って、いつも唐揚げチキンライス弁当で。30年以上前のこと。

ほんとうに、ぼくはどうしてこんなに無駄に回り道ばかりしているんだろうか。それとも回り道じゃなくて彷徨っているだけなのか。目的地すら知らない。もしかしたらずっと東の彼方に見える海峡の向こう、もしくは夜の黒い平原の彼方の光の粒に向かっているつもりなんだろうか。

降る雨が窓ガラスに降りかかり、細く開けた窓枠の横の隙間から右手を肘まで出して、手には何か棒状で平らなもの、たとえば定規とか持って、バスのワイパーになったつもりで動かす。扇形に。5歳、6歳のぼくだ。

あの頃、目的地なんて知らなくて、そんなものなくても平気で。でも、毎日から叱られるのは嫌だった。脚を持たれて逆さにぶら下げられたり、床の上を引きずり回されたり。お母さんはいつも寝ていて、話しかけても叱られるだけで、そして仕事から帰ってきたお父さんに告げ口して、同じことでお父さんから叱られて、それも毎日時間、2時間、立ちっぱなしで。晩ご飯を食べながらお父さんは叱り、食べ終えても叱り。

知らないおじさんおばさんのくせに。

 

家の前の石段で苔の盛り上がりを撫でたり、側溝の流れに揺れるご飯粒と、白くなったミミズの死骸の生臭さをかいだりしていた頃。自分のつま先よりも大きな石が転がる砂利道を歩いて、道端のコンクリ製のゴミ箱の中をのぞき込んだりしていた頃。台所の電灯の笠のスイッチを回す「キュッ」という音で夜がやってきていた頃。

 

ぼくはずっとあの町で過ごしたかったのに。あそこが一番素敵だったのに。寝台特急サンドイッチと、そして車窓から射し込む朝日コーヒー匂いで騙されるようにして、知らない町、知らない大人のところに連れてこられた。そして、学期途中から入った幼稚園初日、園庭の遊びの途中に他の子に触られて吃驚して、ぼくはその女の子を叩いて、そしてぼく自身が泣き出した。

通園バッグのパイピングは、ぼくの噛み痕ですぐにぼろぼろになった。ワイシャツも、吊りズボンも、蝶ネクタイも、カンカン帽も嫌いだった。

小学校も知らない町だった。卒業するまで、両手指は深爪のままだった。だって、通園バッグを噛むわけにはいかないから。「よくできる真面目な子」が通り相場だった。十本の手指だけでは足りなかったが、幸いなことに体は柔らかかった。ニ十本で何とかなった。

中学校友達のいない遠くの私立で、中高生友達も出来ず、大学受験宅浪で、でも共通一次は頑張った。しかし、それをお父さんは認めてくれなくて、国大で最底辺の遠くの学校しか許してくれなかった。入学しても受験勉強して大学を受け直せとお母さんには言われた。

そんなぼくに、何ができただろう。

 

靴は指を丸めて履くんだと思っていた。だから、駈けっこはいつでもビリだった。中学生になるまで、両足指の関節は丸くタコのようになっていた。靴は指を伸ばして履くもんだと知ったのはいつだったろうか。

 

うん。

中高生とき、ぼくは何をすればいいのかわからなかった。大人は「テストで点をとれ」とばかり言うだけで、それにはどうすればいいのか、そんなことは一言も教えてくれなかった。「勉強しろ」としか言わなかった。勉強って何? 何をどうすればいいの? という質問すら思いつかず、おそらく思いついたとしても質問自体が禁じられていただろう。「そんなこともわからいかダメなんだ」って叱られただろう。もしかしたら物を投げつけられたり、殴られたりしたかもしれない。教師は笑って相手にしてくれなかった。

勉強する、身につける、試験でそれなりの成績をとる――そこへ向かうには、幾重もの疑問や課題障害不安ひとつずつ解決していかねばならないというのに、それを一気呵成にぶち破れるような幻想を抱かせる言葉しか手許にないとしたら、夢の中に暮らすしかないじゃないか

そして、ぼくは夢の中に逃げ込んだ。

東の窓。黒い平原。地平線の光の粒々は未来都市宇宙港。ほら、横切る点滅は惑星からの到着便だ。低く流したAMラジオハチミツたっぷり紅茶大学ノートに青インクの極細サインペンで思いつきを書きつけていく。お手本は稲垣足穂

そうか、40年も同じことを続けているのか。

大したもんだ。

夢の中に40年間も暮らしている。

おかしくもなる。中も外も。

ぼくの人生復讐か。復讐する相手は、もういないけど、居る。だから、ぼくは自分自身復讐する。

道理で苦しいわけだ。

 

息子には味わわせたくない。

2022-01-15

俺一人部屋ない環境で育ったんだけどさ

厳密に言えば屋根裏の物置で弟と母親と寝てて、引き込もれる部屋とか全く無かったんだけど、遡ること幼稚園の頃から社交の場が嫌いで小学校の頃から酷く学校嫌いを拗らせて中学生の頃には不登校になって白髪交じりになったんだよね。

何が言いたいかというと一人部屋とか家の居心地の有無って引きこもりあんまり関係ないと思うよ。

2021-11-27

宮沢賢治の『ツェねずみ』の話

 宮沢賢治全集を読んでいる。

 清廉なこころのあり方と幻想的な描写、というイメージで語られることが多い作家だと思うが、まだあまり作品を読んだことがない人で、このぐらいの理解でいたら、損をしていると言いたい。

 宮沢賢治の良さは他にも、観察眼を突き詰めると対象への愛情とともに冷徹さを伴う好例のような、少し寒気がするほど容赦のない描写や、人を食っているとしか思えない異様な会話劇があって、これはサンドウィッチマン文字起こしされた漫才を読んでいるのと同じくらい笑える。みんな読んだらいいと思う(『気のいい火山弾』『毒もみのすきな署長さん』がおすすめ)。

 さて『ツェねずみ』だ。

 これも宮沢賢治短編で、ある種の人間とそれが引き起こす不幸のことを、他の文芸作品では触れた経験がないぐらい明らかにしており、衝撃だった。

 ツェねずみという一匹の鼠が屋根裏に住んでいる。

 ツェねずみは要領が悪い一方で欲が深く、性格ねじ曲がっているので、誰かから親切を受けても、「もっと自分のためになるように優しくすることもできたのに、それを怠った」という考え方をするため、みんなから死ぬほど嫌われていた。

 本来なら恩を受けた時点でプラス(という表現もアレだが)のはずが、工夫次第でもっとプラスにできたはずのことを、そうしなかったので実質マイナス、というのがツェねずみロジックだ。

 だから「損失」を弁償しろ、とツェねずみは主張する。

 ツェねずみ自分理屈をどう考えているのかは書かれていない。

 不合理だという自覚があるのか、常軌を素で逸しているのか。

 宮沢賢治がここに意識的言及していないのかはわからないが、明示されていないことが実に効果的だと思う。俺は、「最初自分でもムチャな理屈だと思っていたが、言い続けているうちに世の中がこれで渡れることがわかったので、次第に正気を失ってきた」と読む。

 そんな中で、唯一ツェねずみに優しく接するものがいた。「鼠捕り機」だ。

 宮沢賢治作品では、物体でも機械でも平気で人格を持って話し始めてしまう。木の柱だとかバケツだとか、そういうものだ。

 他の物体がツェねずみに嫌気がさして付き合いをやめていく中、鼠捕り機だけはツェねずみと仲良くしようとする。

 その理由は、鼠捕り機が(宮沢賢治時代でさえ)人間社会にはもう不要、という扱いになっており、邪魔者とみなされていたので、鼠捕り機も他に親しく付き合える相手がいなかったからだ。

 鼠捕り機は自分に仕掛けられた魚の頭やハンペンを、あえて罠の扉を閉めないことで、ツェねずみ交流を持つ。本来的には殺される者と殺す者という構造であったはずが、ねずみの強欲(と狂気)、鼠捕り機の孤独によって、いびつな友好が成立する。

 悲劇は、ツェねずみ尊大さに制限がかからなかったこと、そして、鼠捕り機の忍耐が特別優れていたわけではなく、通常の寛大さしかもたなかったことで生まれる。

 ツェねずみは、相手機械の本分を放棄して食べ物を与えてくれているという、ある種の奇跡自分に起きていることに気づかない。この幸運をどん欲に消費し、さらに良い物を鼠捕り機に求める。相手ののしることさえする。

 あるとき、鼠捕り機はののしられて一瞬われを忘れ、罠の扉をおろししまう。ツェねずみは閉じ込められ、お互いは本来の、殺される者と殺す者の関係に戻る。

 機械悲劇の方が、俺には身近に感じる。

 鼠を殺さない鼠捕り機、という存在は非常に奇妙だ。まともに生きにくい変わり者であると同時に、現代社会風で言えば「意識が高い」「キャラクターが立っている」という考え方も、できなくはない。

 ただ、自分が変わっていることを自覚して、それを生きる上での背骨にしてやっていこうとすると破滅が起きる。

 変わり者は、自分変人だと知ると、まるでこれが一種の才能と考えたくなりがちだが(個性が重視されるはずの現代ではなおさら?)、実際は関係がない。世の中的には本当はなんの意味もないことだ。

 なので、「変わり者として生きていこう」という目標基本的破綻するさだめにある。

 社会からは、なんでもいいか普通にやってくれ、と要求されるし、より強大な理由としては、変わり者自身の中にもちゃんと「普通」の部分があるからだ(鼠捕り機でいう罠としての本分)。

 社会と自らの内側の本性によって、人間は結局、まともに生きていかざるを得ない。鼠捕り機でいえば、優しかろうが意識が高かろうが、罠は罠らしく獲物を殺して生きていくしかない、ということだ。

 一方、ツェねずみの強欲と狂気も身に覚えがないこともない。

 対象が親しい人間でも漠然とした世の中全体でもいいが、基本的自我というのは、幸運をあり得ないものとして感謝するのをおこたりがちで、むしろそれを平時ベースとして、さらに豊かなものを求めようとする。

 要求する相手が生身の人間だろうと、社会という概念だろうと、いずれにしてもこんなことはいつまでも続かないので、いつか破綻を迎える。

 破滅した側の人間はこれを不幸だと感じるだろう。

 自分の望むものが度を過ぎていたので客観的には不幸でもなんでもないが、こういう「幸福幸福として認識できないバグ」が心理に埋め込まれていることが、別の意味で「不幸」ではあるかもしれない。

 おそろしいような気がすることとして、ねずみと鼠捕り機のカップリングは、ある種の人間関係として、友人・恋人家族同士の間で、思いのほかこの世で多く起きているような気がする。

 たぶん社会のあちこちで、「自分には特別な才能があるから少し変わった生き方でもやっていけるし、罠としての本分を超克して目の前のねずみと生きていける」と錯覚した鼠捕り機と、「まあこれぐらいは相手要求しても飲むだろう」と思い込んだねずみが、ある日双方のブレーキアクセルをぶっ壊して悲劇を生んでいる。

 また、俺が自分で感じたように、一人の人間の中にも、ねずみと鼠捕り機の両方が住んで同居している場合がある。宮沢賢治の『ツェねずみ』を、俺は『気のいい火山弾』と同じでサンドウィッチマンとか千鳥漫才台本とおなじくらいのつもりで読み始めたが、人間の本性と世界との関わり方の運命的な破滅についておそろしく冷徹に書かれていて感嘆した。すげえと思う。

 難しいのはねずみと鼠捕り機の関係で、鼠捕り機は自分の忍耐が切れて相手をとって食ってしまう前に相手から距離を置いた方がいいと思うが、人間という存在希望も美しさも、鼠捕り機が自分の本性を乗り越えたり、周囲から押し付けられた役割放棄して世の中を意識的サヴァイヴしていくことで描かれがちだということで、実際それに成功した人は素晴らしいと思うし、この辺は正直どうにもならんのかな、と思っている。

2021-11-17

anond:20211117202515

熟考の結果、誰のものかわからないマスカラよりマラカスが出てきたほうが怖い

たぶん、陽気なラテンリズムの似合う不審者屋根裏に住んでる

2021-08-09

世界の終わりについて

今日は「世界の終わり」について、僕の体験を共有したい。アルゼンチンの最南端、ウシュアイアという街がある。南アメリカの最南端位置するため、「世界の終わり」と呼ばれている。

日本からの時差は12時間飛行機を乗り継いでほぼ丸一日かかる場所は一体どんな場所なのか、知っておいて損はないだろう。君がもし、誰かに追われて逃げに逃げ、日本から最も遠い場所に逃げた時にたどり着く場所であるし、現実逃避をして今いる場所真逆場所に行こうと思えば辿り着く場所からだ。

僕はウシュアイアについて、Airbnbもっとも安い部屋(1泊800円程度)を1週間借りた。小さい家の屋根裏部屋で、鍵はなく、固い布団が敷かれている部屋だった。僕にはとても居心地が良かった。

ウシュアイアに夜はなく、いつも空は明るかった。夜遅く仕事が終わっても空が青空だったら、きっと気持ちは違うだろう。夜中になっても空が明るいといつ寝たらいいかからないだろう。

外には猫と犬とウサギがたくさんいた。街中をそういった動物が遊んでいる。街ごとドッグランみたいな様子だ。フンがあちこち落ちていて若干汚いが、遊んでいる動物を見るのは楽しい

そこには特に何かがあるわけではない。街があり、道があり、時々店があるだけだ。

僕はウシュアイアに滞在している間、クレジットカードが使えなくなり、持っていたわずかな現金で水とチョコを買って、部屋に引きこもっていた(遊びに行く金が引き出せなかった)

家主が僕を不審に思い話しかけてくれた。

普段何をしているのか、どこからきたのか、日本人は挨拶で抱き合ってキスをしないのか。僕は日本から来ていて、プログラマーから仕事場所を選ばないと話した。キスは拒んだ。

仕事に関しては羨ましがられた。彼女はこれから12時間勤務らしい。

お金が引き出せないことを話したら、明日車を出して遊びに連れて行ってくれると親切に言ってくれた。断ったがすごい強引だったので、ありがとうございますとお礼をした。

次の日、特に遊びに連れて行ってはくれることはなかった。世界の終わりでも社交辞令はあるらしい。

2021-07-14

アミメニシキヘビ擁護してるやつ多いけどさ

最初からアパート屋根裏サーチしてればよかったんだよ

2021-05-22

ニシキヘビ見つかったけど

ここだけに書くけど実は新しく仕入れ屋根裏に仕込んどいたんだよ

じゃないとみんな不安しょうがないだろ

それが申し訳ないと思ってさ

2021-05-07

anond:20210506230554

民家の屋根裏勝手繁殖したりするからいなくなったりはしないと思う

2021-03-22

どうにも

三郎が、都合のよい折を見計らって、遠藤の部屋を訪問したのは、それから四五日たった時分でした。無論その間には、彼はこの計画について、繰返し繰返し考えた上、大丈夫危険がないと見極めをつけることが出来たのです。のみならず、色々と新しい工風くふうを附加えもしました。例えば、毒薬の瓶の始末についての考案もそれです。

 若しうまく遠藤殺害することが出来たならば、彼はその瓶を、節穴から下へ落して置くことに決めました。そうすることによって、彼は二重の利益が得られます。一方では、若し発見されれば、重大な手掛りになる所のその瓶を、隠匿いんとくする世話がなくなること、他方では、死人の側に毒物の容器が落ちていれば、誰しも遠藤自殺したのだと考えるに相違ないこと、そして、その瓶が遠藤自身の品であるということは、いつか三郎と一緒に彼に惚気話を聞かされた男が、うまく証明して呉れるに違いないのです。尚お都合のよいのは、遠藤は毎晩、キチンと締りをして寝ることでした。入口は勿論、窓にも、中から金具で止めをしてあって、外部から絶対に這入れないことでした。

 さて其日、三郎は非常な忍耐力を以て、顔を見てさえ虫唾の走る遠藤と、長い間雑談を交えました。話の間に、屡々それとなく、殺意をほのめかして、相手を怖がらせてやりたいという、危険極る慾望が起って来るのを、彼はやっとのことで喰止めました。「近い内に、ちっとも証拠の残らない様な方法で、お前を殺してやるのだぞ、お前がそうして、女の様にベチャクチャ喋れるのも、もう長いことではないのだ。今の内、せいぜい喋り溜めて置くがいいよ」三郎は、相手の止めどもなく動く、大ぶりな脣を眺めながら、心の内でそんなことを繰返していました。この男が、間もなく、青ぶくれの死骸になって了うのかと思うと、彼はもう愉快で耐らないのです。

 そうして話し込んでいる内に、案の定遠藤便所に立って行きました。それはもう、夜の十時頃でもあったでしょうか、三郎は抜目なくあたりに気を配って、硝子窓の外なども十分検べた上、音のしない様に、しかし手早く押入れを開けて、行李の中から、例の薬瓶を探し出しました。いつか入れ場所をよく見て置いたので、探すのに骨は折れません。でも、流石に、胸がドキドキして、脇の下からは冷汗が流れました。実をいうと、彼の今度の計画の中うち、一番危険なのはこの毒薬を盗み出す仕事でした。どうしたこと遠藤が不意に帰って来るかも知れませんし、又誰かが隙見をして居ないとも限らぬのです。が、それについては、彼はこんな風に考えていました。若し見つかったら、或は見つからなくても、遠藤が薬瓶のなくなったことを発見したら――それはよく注意していればじき分ることです。殊に彼には天井の隙見という武器があるのですから――殺害を思い止まりさえすればいいのです。ただ毒薬を盗んだという丈では、大した罪にもなりませんからね。

 それは兎とも角かく、結局彼は、先ず誰にも見つからずに、うまうまと薬瓶を手に入れることが出来たのです。そこで、遠藤便所から帰って来ると間もなく、それとなく話を切上げて、彼は自分の部屋へ帰りました。そして、窓には隙間なくカーテンを引き、入口の戸には締りをして置いて机の前に坐ると、胸を躍らせながら、懐中から可愛らしい茶色の瓶を取り出して、さてつくづくと眺めるのでした。

MORPHINUM HYDROCHLORICUM(o.g.)

 多分遠藤が書いたのでしょう。小さいレッテルにはこんな文字が記してあります。彼は以前に薬物学の書物を読んで、莫児比※(「さんずい+(日/工)」、第4水準2-78-60)のことは多少知っていましたけれど、実物にお目にかかるのは今が始めてでした。多分それは鹽酸えんさん莫児比※(「さんずい+(日/工)」、第4水準2-78-60)というものなのでしょう。瓶を電燈の前に持って行ってすかして見ますと、小匙こさじに半分もあるかなしの、極く僅かの白い粉が、綺麗にキラリキラリと光っています。一体こんなもの人間死ぬのか知ら、と不思議に思われる程です。

 三郎は、無論、それをはかる様な精密な秤はかりを持っていないので、分量の点は遠藤言葉を信用して置く外はありませんでしたが、あの時の遠藤の態度口調は、酒に酔っていたとは云え決して出鱈目でたらめとは思われません。それにレッテル数字も、三郎の知っている致死量の、丁度二倍程なのですから、よもや間違いはありますまい。

 そこで、彼は瓶を机の上に置いて、側に、用意の砂糖清水せいすいを並べ、薬剤師の様な綿密さで、熱心に調合を始めるのでした。止宿人達はもう皆寝て了ったと見えて、あたりは森閑しんかんと静まり返っています。その中で、マッチの棒に浸した清水を、用意深く、一滴一滴と、瓶の中へ垂らしていますと、自分自身の呼吸が、悪魔のため息の様に、変に物凄く響くのです。それがまあ、どんなに三郎の変態的な嗜好を満足させたことでしょう。ともすれば、彼の目の前に浮んで来るのは、暗闇の洞窟の中で、沸々ふつふつと泡立ち煮える毒薬の鍋を見つめて、ニタリニタリと笑っている、あの古いにしえの物語の、恐ろしい妖婆の姿でした。

 併しながら、一方に於おいては、其頃から、これまで少しも予期しなかった、ある恐怖に似た感情が、彼の心の片隅に湧き出していました。そして時間のたつに随って、少しずつ少しずつ、それが拡がって来るのです。

MURDER CANNOT BE HID LONG, A MAN'S SON MAY, BUT AT THE LENGTH TRUTH WILL OUT.

 誰かの引用で覚えていた、あのシェークスピアの不気味な文句が、目もくらめく様な光を放って、彼の脳髄に焼きつくのです。この計画には、絶対破綻はたんがないと、かくまで信じながらも、刻々に増大して来る不安を、彼はどうすることも出来ないのでした。

 何の恨みもない一人の人間を、ただ殺人面白さに殺して了うとは、それが正気の沙汰か。お前は悪魔に魅入みいられたのか、お前は気が違ったのか。一体お前は、自分自身の心を空恐しくは思わないのか。

 長い間、夜の更けるのも知らないで、調合して了った毒薬の瓶を前にして、彼は物思いに耽っていました。一層この計画を思止おもいとどまることにしよう。幾度いくたびそう決心しかたか知れません。でも、結局は彼はどうしても、あの人殺しの魅力を断念する気にはなれないのでした。

 ところが、そうしてとつおいつ考えている内に、ハッと、ある致命的な事実が、彼の頭に閃ひらめきました。

「ウフフフ…………」

 突然三郎は、おかしくて堪たまらない様に、併し寝静ったあたりに気を兼ねながら、笑いだしたのです。

馬鹿野郎。お前は何とよく出来た道化役者だ! 大真面目でこんな計画を目論もくろむなんて。もうお前の麻痺まひした頭には、偶然と必然区別さえつかなくなったのか。あの遠藤の大きく開いた口が、一度例の節穴の真下にあったからといって、その次にも同じ様にそこにあるということが、どうして分るのだ。いや寧ろ、そんなことは先ずあり得ないではないか

 それは実に滑稽極る錯誤でした。彼のこの計画は、已にその出発点に於て、一大迷妄に陥っていたのです。併し、それにしても、彼はどうしてこんな分り切ったことを今迄いままで気附かずにいたのでしょう。実に不思議と云わねばなりません。恐らくこれは、さも利口りこうぶっている彼の頭脳に、非常な欠陥があった証拠ではありますいか。それは兎も角、彼はこの発見によって、一方では甚はなはだしく失望しましたけれど、同時に他の一方では、不思議な気安さを感じるのでした。

「お蔭で俺おれはもう、恐しい殺人罪を犯さなくても済むのだ。ヤレヤレ助かった」

 そうはいものの、その翌日からも、「屋根裏散歩」をするたびに、彼は未練らしく例の節穴を開けて、遠藤の動静を探ることを怠おこたりませんでした。それは一つは、毒薬を盗み出したこと遠藤が勘づきはしないかという心配からでもありましたけれど、併し又、どうかして此間このあいだの様に、彼の口が節穴の真下へ来ないかと、その偶然を待ちこがれていなかったとは云えません。現に彼は、いつの散歩」の場合にも、シャツポケットから彼かの毒薬を離したことはないのでした。

 ある夜のこと――それは三郎が「屋根裏散歩」を始めてからもう十日程もたっていました。十日の間も、少しも気附かれる事なしに、毎日何回となく、屋根裏を這い廻っていた彼の苦心は、一通ひととおりではありません。綿密なる注意、そんなありふれた言葉では、迚とても云い現せない様なものでした。――三郎は又しても遠藤の部屋の天井裏をうろついていました。そして、何かおみくじでも引く様な心持で、吉か凶か、今日こそは、ひょっとしたら吉ではないかな。どうか吉が出て呉れます様にと、神に念じさえしながら、例の節穴を開けて見るのでした。

 すると、ああ、彼の目がどうかしていたのではないでしょうか。いつか見た時と寸分違わない恰好で、そこに鼾をかいている遠藤の口が、丁度節穴の真下へ来ていたではありませんか。三郎は、何度も目を擦って見直し、又猿股さるまたの紐を抜いて、目測さえして見ましたが、もう間違いはありません。紐と穴と口とが、正まさしく一直線上にあるのです。彼は思わず叫声を上げそうになったのをやっと堪こらえました。遂にその時が来た喜びと、一方では云い知れぬ恐怖と、その二つが交錯した、一種異様の興奮の為に、彼は暗闇の中で、真青になって了いました。

 彼はポケットから毒薬の瓶を取り出すと、独ひとりでに震い出す手先を、じっとためながら、その栓を抜き、紐で見当をつけて置いて――おお、その時の何とも形容の出来ぬ心持!――ポトリポトリポトリ、と数滴。それがやっとでした。彼はすぐ様さま目を閉じて了ったのです。

「気がついたか、きっと気がついた。きっと気がついた。そして、今にも、おお、今にも、どんな大声で叫び出すことだろう」

 彼は若し両手があいていたら、耳をも塞ふさぎ度い程に思いました。

 ところが、彼のそれ程の気遣いにも拘かかわらず、下の遠藤はウンともスーとも云わないのです。毒薬が口の中へ落ちた所は確に見たのですから、それに間違いはありません。でも、この静けさはどうしたというのでしょう。三郎は恐る恐る目を開いて節穴を覗いて見ました。すると、遠藤は、口をムニャムニャさせ、両手で脣を擦る様な恰好をして、丁度それが終った所なのでしょう。又もやグーグーと寝入って了うのでした。案あんずるよりは産うむが易やすいとはよく云ったものです。寝惚ねぼけた遠藤は、恐ろしい毒薬を飲み込んだことを少しも気附かないのでした。

 三郎は、可哀相な被害者の顔を、身動きもしないで、食い入る様に見つめていました。それがどれ程長く感じられたか事実は二十分とたっていないのに、彼には二三時間もそうしていた様に思われたことです。するとその時、遠藤はフッと目を開きました。そして、半身を起して、さも不思議相に部屋の中を見廻しています。目まいでもするのか、首を振って見たり、目を擦って見たり、譫言うわごとの様な意味のないことをブツブツと呟いて見たり、色々狂気めいた仕草をして、それでも、やっと又枕につきましたが、今度は盛んに寝返りを打うつのです。

 やがて、寝返りの力が段々弱くなって行き、もう身動きをしなくなったかと思うと、その代りに、雷の様な鼾声かんせいが響き始めました。見ると、顔の色がまるで、酒にでも酔った様に、真赤になって、鼻の頭さきや額には、玉の汗が沸々とふき出しています。熟睡している彼の身内で、今、世にも恐ろしい生死の争闘が行われているのかも知れません。それを思うと身の毛がよだつ様です。

 さて暫くすると、さしも赤かった顔色が、徐々にさめて、紙の様に白くなったかと思うと、見る見る青藍色せいらんしょくに変って行きます。そして、いつの間にか鼾がやんで、どうやら、吸う息、吐く息の度数が減って来ました。……ふと胸の所が動かなくなったので、愈々最期かと思っていますと、暫くして、思い出した様に、又脣がビクビクして、鈍い呼吸が帰って来たりします。そんなことが二三度繰り返されて、それでおしまいでした。……もう彼は動かないのです。グッタリと枕をはずした顔に、我々の世界のとはまるで別な、一種のほほえみが浮んでいます。彼は遂に、所請いわゆる「仏」になって了ったのでしょう。

 息をつめ、手に汗を握って、その様子を見つめていた三郎は、始めてホッとため息をつきました。とうとう彼は殺人者になって了ったのです。それにしても、何という楽々とした死に方だったでしょう。彼の犠牲者は、叫声一つ立てるでなく、苦悶の表情さえ浮べないで、鼾をかきながら死んで行ったのです。

「ナアンダ。人殺しなんてこんなあっけないものか」

 三郎は何だかガッカリして了いました。想像世界では、もうこの上もない魅力であった殺人という事が、やって見れば、外ほかの日常茶飯事と、何の変りもないのでした。この鹽梅なら、まだ何人だって殺せるぞ。そんなことを考える一方では、併し、気抜けのした彼の心を、何ともえたいの知れぬ恐ろしさが、ジワジワと襲い始めていました。

 暗闇の屋根裏、縦横に交錯した怪物の様な棟木や梁、その下で、守宮やもりか何ぞの様に、天井裏に吸いついて、人間の死骸を見つめている自分の姿が、三郎は俄に気味悪くなって来ました。妙に首筋の所がゾクゾクして、ふと耳をすますと、どこかで、ゆっくりゆっくり自分の名を呼び続けている様な気さえします。思わず節穴から目を離して、暗闇の中を見廻しても、久しく明い所を覗いていたせいでしょう。目の前には、大きいのや小さいのや、黄色い環の様なものが、次々に現れては消えて行きます。じっと見ていますと、その環の背後から遠藤の異様に大きな脣が、ヒョイと出て来そうにも思われるのです。

 でも彼は、最初計画した事丈けは、先ず間違いなく実行しました。節穴から薬瓶――その中にはまだ数滴の毒液が残っていたのです――を抛り落すこと、その跡の穴を塞ぐこと、万一天井裏に何かの痕跡が残っていないか、懐中電燈を点じて調べること、そして、もうこれで手落ちがないと分ると、彼は大急ぎで棟木を伝い、自分の部屋へ引返しました。

「愈々これで済んだ」

 頭も身体からだも、妙に痺しびれて、何かしら物忘れでもしている様な、不安な気持を、強しいて引立てる様にして、彼は押入れの中で着物を着始めました。が、その時ふと気がついたのは、例の目測に使用した猿股の紐を、どうしたかという事です。ひょっとしたら、あすこへ忘れて来たのではあるまいか。そう思うと、彼は惶あわただしく腰の辺を探って見ました。どうも無いようです。彼は益々慌てて、身体中を調べました。すると、どうしてこんなことを忘れていたのでしょう。それはちゃんシャツポケットに入れてあったではありませんか。ヤレヤレよかったと、一安心して、ポケットの中から、その紐と、懐中電燈とを取出そうとしますと、ハッと驚いたことには、その中にまだ外の品物が這入っていたのです。……毒薬の瓶の小さなコルクの栓が這入っていたのです。

 彼は、さっき毒薬を垂らす時、あとで見失っては大変だと思って、その栓を態々わざわざポケットしまって置いたのですが、それを胴忘どうわすれして了って瓶丈け下へ落して来たものと見えます。小さなものですけれど、このままにして置いては、犯罪発覚のもとです。彼は恐れる心を励して、再び現場げんじょうへ取って返し、それを節穴から落して来ねばなりませんでした。

 その夜三郎が床についたのは――もうその頃は、用心の為に押入れで寝ることはやめていましたが――午前三時頃でした。それでも、興奮し切った彼は、なかなか寝つかれないのです。あんな、栓を落すのを忘れて来る程では、外にも何か手抜てぬかりがあったかも知れない。そう思うと、彼はもう気が気ではないのです。そこで、乱れた頭を強いて落ちつける様にして、其晩の行動を、順序を追って一つ一つ思出して行き、どっかに手抜りがなかったかと調べて見ました。が、少くとも彼の頭では、何事をも発見出来ないのです。彼の犯罪には、どう考えて見ても、寸分の手落ちもないのです。

 彼はそうして、とうとう夜の明けるまで考え続けていましたが、やがて、早起きの止宿人達が、洗面所へ通う為に廊下を歩く跫音が聞え出すと、つと立上って、いきなり外出の用意を始めるのでした。彼は遠藤の死骸が発見される時を恐れていたのです。その時、どんな態度をとったらいいのでしょう。ひょっとしたら、後になって疑われる様な、妙な挙動があっては大変です。そこで彼は、その間あいだ外出しているのが一番安全だと考えたのですが、併し、朝飯もたべないで外出するのは、一層変ではないでしょうか。「アア、そうだっけ、何をうっかりしているのだ」そこへ気がつくと、彼は又もや寝床の中へもぐり込むのでした。

 それから朝飯までの二時間ばかりを、三郎はどんなにビクビクして過したことでしょうか、幸にも、彼が大急ぎで食事をすませて、下宿屋を逃げ出すまでは、何事も起らないで済みました。そうして下宿を出ると、彼はどこという当てもなく、ただ時間を過す為に、町から町へとさ迷い歩くのでした。

菰田

以上のお話によって、郷田三郎と、明智小五郎との交渉、又は三郎の犯罪嗜好癖などについて、読者に呑み込んで頂いた上、さて、本題に戻って、東栄館という新築下宿屋で、郷田三郎がどんな楽しみを発見たかという点に、お話を進めることに致しましょう。

 三郎が東栄館の建築が出来上るのを待ち兼ねて、いの一番にそこへ引移ったのは、彼が明智交際を結んだ時分から一年以上もたっていました。随したがってあの「犯罪」の真似事にも、もう一向興味がなくなり、といって、外ほかにそれに代る様な事柄もなく、彼は毎日毎日の退屈な長々しい時間を、過し兼ねていました。東栄館に移った当座は、それでも、新しい友達が出来たりして、いくらか気がまぎれていましたけれど、人間というものは何と退屈極きわまる生物なのでしょう。どこへ行って見ても、同じ様な思想を同じ様な表情で、同じ様な言葉で、繰り返し繰り返し、発表し合っているに過ぎないのです。折角せっかく下宿屋を替えて、新しい人達に接して見ても、一週間たつかたたない内に、彼は又しても底知れぬ倦怠けんたいの中に沈み込んで了うのでした。

 そうして、東栄館に移って十日ばかりたったある日のことです。退屈の余り、彼はふと妙な事を考えつきました。

 彼の部屋には、――それは二階にあったのですが――安っぽい床とこの間まの傍に、一間の押入がついていて、その内部は、鴨居かもいと敷居との丁度中程に、押入れ一杯の巌丈がんじょうな棚があって、上下二段に分れているのです。彼はその下段の方に数個の行李こうりを納め、上段には蒲団をのせることにしていましたが、一々そこから蒲団を取出して、部屋の真中へ敷く代りに、始終棚の上に寝台ベッドの様に蒲団を重ねて置いて、眠くなったらそこへ上って寝ることにしたらどうだろう。彼はそんなことを考えたのです。これが今迄いままでの下宿屋であったら、仮令たとえ押入れの中に同じような棚があっても、壁がひどく汚れていたり、天井蜘蛛もの巣が張っていたりして、一寸その中へ寝る気にはならなかったのでしょうが、ここの押入れは、新築早々のことですから、非常に綺麗きれいで、天井も真白なれば、黄色く塗った滑かな壁にも、しみ一つ出来てはいませんし、そして全体の感じが、棚の作り方にもよるのでしょうが何となく船の中の寝台に似ていて、妙に、一度そこへ寝て見たい様な誘惑を感じさえするのです。

 そこで、彼は早速さっそくその晩から押入れの中へ寝ることを始めました。この下宿は、部屋毎に内部から戸締りの出来る様になっていて、女中などが無断で這入はいって来る様なこともなく、彼は安心してこの奇行を続けることが出来るのでした。さてそこへ寝て見ますと、予期以上に感じがいいのです。四枚の蒲団を積み重ね、その上にフワリと寝転んで、目の上二尺ばかりの所に迫っている天井を眺める心持は、一寸異様な味あじわいのあるものです。襖ふすまをピッシャリ締め切って、その隙間から洩れて来る糸の様な電気の光を見ていますと、何だかこう自分探偵小説中の人物にでもなった様な気がして、愉快ですし、又それを細目に開けて、そこから自分自身の部屋を、泥棒他人の部屋をでも覗く様な気持で、色々の激情的な場面を想像しながら、眺めるのも、興味がありました。時によると、彼は昼間から押入に這入り込んで、一間と三尺の長方形の箱の様な中で、大好物煙草をプカリカリとふかしながら、取りとめもない妄想に耽ることもありました。そんな時には、締切った襖の隙間から、押入れの中で火事でも始ったのではないかと思われる程、夥しい白煙が洩れているのでした。

 ところが、この奇行を二三日続ける間に、彼は又しても、妙なことに気がついたのです。飽きっぽい彼は、三日目あたりになると、もう押入れの寝台ベッドには興味がなくなって、所在なさに、そこの壁や、寝ながら手の届く天井板に、落書きなどしていましたが、ふと気がつくと、丁度頭の上の一枚の天井板が、釘を打ち忘れたのか、なんだかフカフカと動く様なのです。どうしたのだろうと思って、手で突っぱって持上げて見ますと、なんなく上の方へ外はずれることは外れるのですが、妙なことには、その手を離すと、釘づけにした箇所は一つもないのに、まるでバネ仕掛けの様に、元々通りになって了います。どうやら、何者かが上から圧おさえつけている様な手ごたえなのです。

 はてな、ひょっとしたら、丁度この天井板の上に、何か生物が、例えば大きな青大将あおだいしょうか何かがいるのではあるまいかと、三郎は俄にわかに気味が悪くなって来ましたが、そのまま逃げ出すのも残念なものですから、なおも手で押し試みて見ますと、ズッシリと、重い手ごたえを感じるばかりでなく、天井板を動かす度に、その上で何だかゴロゴロと鈍い音がするではありませんか。愈々いよいよ変です。そこで彼は思切って、力まかせにその天井板をはね除のけて見ますと、すると、その途端、ガラガラという音がして、上から何かが落ちて来ました。彼は咄嗟とっさの場合ハッと片傍かたわきへ飛びのいたからよかったものの、若もしそうでなかったら、その物体に打たれて大怪我おおけがをしている所でした。

「ナアンダ、つまらない」

 ところが、その落ちて来た品物を見ますと、何か変ったものでもあればよいがと、少からず期待していた彼は、余りのことに呆あきれて了いました。それは、漬物石つけものいしを小さくした様な、ただの石塊いしころに過ぎないのでした。よく考えて見れば、別に不思議でも何でもありません。電燈工夫が天井裏へもぐる通路にと、天井板を一枚丈け態わざと外して、そこからねずみなどが押入れに這入はいらぬ様に石塊で重しがしてあったのです。

 それは如何いかにも飛んだ喜劇でした。でも、その喜劇が機縁となって、郷田三郎は、あるすばらしい楽みを発見することになったのです。

 彼は暫しばらくの間、自分の頭の上に開いている、洞穴ほらあなの入口とでも云った感じのする、その天井の穴を眺めていましたが、ふと、持前もちまえの好奇心から、一体天井裏というものはどんな風になっているのだろうと、恐る恐る、その穴に首を入れて、四方あたりを見廻しました。それは丁度朝の事で、屋根の上にはもう陽が照りつけていると見え、方々の隙間から沢山の細い光線が、まるで大小無数の探照燈を照してでもいる様に、屋根裏の空洞へさし込んでいて、そこは存外明るいのです。

 先まず目につくのは、縦に、長々と横よこたえられた、太い、曲りくねった、大蛇の様な棟木むなぎです。明るいといっても屋根裏のことで、そう遠くまでは見通しが利かないのと、それに、細長い下宿屋の建物ですから、実際長い棟木でもあったのですが、それが向うの方は霞んで見える程、遠く遠く連つらなっている様に思われます。そして、その棟木と直角に、これは大蛇肋骨あばらに当る沢山の梁はりが両側へ、屋根の傾斜に沿ってニョキニョキと突き出ています。それ丈けでも随分雄大景色ですが、その上、天井を支える為に、梁から無数の細い棒が下っていて、それが、まるで鐘乳洞しょうにゅうどうの内部を見る様な感じを起させます

「これは素敵だ」

 一応屋根裏を見廻してから、三郎は思わずそう呟つぶやくのでした。病的な彼は、世間普通の興味にはひきつけられないで、常人には下らなく見える様な、こうした事物に、却かえって、云い知れぬ魅力を覚えるのです。

 その日から、彼の「屋根裏の散歩」が始まりました。夜となく昼となく、暇さえあれば、彼は泥坊猫の様に跫音あしおとを盗んで、棟木や梁の上を伝い歩くのです。幸さいわいなことには、建てたばかりの家ですから屋根裏につき物の蜘蛛の巣もなければ、煤すすや埃ほこりもまだ少しも溜っていず、鼠の汚したあとさえありません。それ故ゆえ着物や手足の汚くなる心配はないのです。彼はシャツ一枚になって、思うがままに屋根裏を跳梁ちょうりょうしました。時候も丁度春のことで、屋根裏だからといって、さして暑くも寒くもないのです。

 東栄館の建物は、下宿屋などにはよくある、中央まんなかに庭を囲んで、そのまわりに、桝型ますがたに、部屋が並んでいる様な作り方でしたから、随って屋根裏も、ずっとその形に続いていて、行止ゆきまりというものがありません。彼の部屋の天井から出発して、グルッと一廻りしますと、又元の彼の部屋の上まで帰って来る様になっています

 下の部屋部屋には、さも厳重に壁で仕切りが出来ていて、その出入口には締りをする為の金具まで取りつけているのに、一度天井裏に上って見ますと、これは又何という開放的な有様でしょう。誰の部屋の上を歩き廻ろうと、自由自在なのです。若し、その気があれば、三郎の部屋のと同じ様な、石塊の重しのしてある箇所が所々にあるのですから、そこから他人の部屋へ忍込んで、窃盗を働くことも出来ます廊下を通って、それをするのは、今も云う様に、桝型の建物の各方面に人目があるばかりでなく、いつ何時なんどき他の止宿人ししゅくにんや女中などが通り合わさないとも限りませんから、非常に危険ですけれど、天井裏の通路からでは、絶対にその危険がありません。

 それから又、ここでは、他人秘密を隙見することも、勝手次第なのです。新築と云っても、下宿屋の安普請やすぶしんのことですから天井には到る所に隙間があります。――部屋の中にいては気が附きませんけれど、暗い屋根からますと、その隙間が意外に大きいのに一驚いっきょうを喫きっします――稀には、節穴さえもあるのです。

 この、屋根裏という屈指の舞台発見しますと、郷田三郎の頭には、いつのまにか忘れて了っていた、あの犯罪嗜好癖が又ムラムラと湧き上って来るのでした。この舞台でならば、あの当時試みたそれよりも、もっともっと刺戟の強い、「犯罪の真似事」が出来るに相違ない。そう思うと、彼はもう嬉しくて耐たまらないのです。どうしてまあ、こんな手近な所に、こんな面白い興味があるのを、今日まで気附かないでいたのでしょう。魔物の様に暗闇の世界を歩き廻って、二十人に近い東栄館の二階中の止宿人の秘密を、次から次へと隙見して行く、そのこと丈けでも、三郎はもう十分愉快なのです。そして、久方振りで、生き甲斐を感じさえするのです。

 彼は又、この「屋根裏の散歩」を、いやが上にも興深くするために、先ず、身支度からして、さも本物の犯罪人らしく装うことを忘れませんでした。ピッタリ身についた、濃い茶色の毛織のシャツ、同じズボン下――なろうことなら、昔活動写真で見た、女賊プロテアの様に、真黒なシャツを着たかったのですけれど、生憎あいくそんなものは持合せていないので、まあ我慢することにして――足袋たびを穿はき、手袋をはめ――天井裏は、皆荒削あらけずりの木材ばかりで、指紋の残る心配などは殆どないのですが――そして手にはピストルが……欲しくても、それもないので、懐中電燈を持つことにしました。

 夜更けなど、昼とは違って、洩れて来る光線の量が極く僅かなので、一寸先も見分けられぬ闇の中を、少しも物音を立てない様に注意しながら、その姿で、ソロソロリと、棟木の上を伝っていますと、何かこう、自分が蛇にでもなって、太い木の幹を這い廻っている様な気持がして、我ながら妙に凄くなって来ます。でも、その凄さが、何の因果か、彼にはゾクゾクする程嬉しいのです。

 こうして、数日、彼は有頂天になって、「屋根裏の散歩」を続けました。その間には、予期にたがわず、色々と彼を喜ばせる様な出来事があって、それを記しるす丈けでも、十分一篇の小説が出来上る程ですが、この物語の本題には直接関係のない事柄ですから、残念ながら、端折はしょって、ごく簡単に二三の例をお話するに止とどめましょう。

 天井からの隙見というものが、どれ程異様な興味のあるものだかは、実際やって見た人でなければ、恐らく想像も出来ますまい。仮令、その下に別段事件が起っていなくても、誰も見ているものがないと信じて、その本性をさらけ出した人間というものを観察すること丈けで、十分面白いのです。よく注意して見ますと、ある人々は、その側に他人のいるときと、ひとりきりの時とでは、立居ふるまいは勿論もちろん、その顔の相好そうごうまでが、まるで変るものだということを発見して、彼は少なからず驚きました。それに、平常ふだん、横から同じ水平線で見るのと違って、真上から見下すのですから、この、目の角度の相違によって、あたり前の座敷が、随分異様な景色に感じられます人間は頭のてっぺんや両肩が、本箱、机、箪笥たんす、火鉢などは、その上方の面丈けが、主として目に映ります。そして、壁というものは、殆ど見えないで、その代りに、凡ての品物のバックには、畳が一杯に拡っているのです。

 何事がなくても、こうした興味がある上に、そこには、往々おうおうにして、滑稽こっけいな、悲惨な、或は物凄い光景が、展開されています。平常過激反資本主義議論を吐いている会社員が、誰も見ていない所では、貰もらったばかりの昇給辞令を、折鞄おりかばから出したり、しまったり、幾度も幾度も、飽かず打眺うちながめて喜んでいる光景ゾロリとしたお召めし着物不断着ふだんぎにして、果敢はかない豪奢振ごうしゃぶりを示している、ある相場師が、いざ床とこにつく時には、その、昼間はさも無雑作むぞうさに着こなしていた着物を、女の様に、丁寧に畳んで、床の下へ敷くばかりか、しみでもついたのと見えて、それを丹念に口で嘗なめて――お召などの小さな汚れは、口で嘗めとるのが一番いいのだといいます――一種クリーニングをやっている光景、何々大学野球選手だというニキビ面の青年が、運動家にも似合わない臆病さを以て、女中への附文つけぶみを、食べて了った夕飯のお膳の上へ、のせて見たり、思い返して、引込めて見たり、又のせて見たり、モジモジと同じことを繰返している光景、中には、大胆にも、淫売婦(?)を引入れて、茲ここに書くことを憚はばかる様な、すさまじい狂態を演じている光景さえも、誰憚らず、見たい丈け見ることが出来るのです。

 三郎は又、止宿人と止宿人との、感情葛藤かっとうを研究することに、興味を持ちました。同じ人間が、相手によって、様々に態度を換えて行く有様、今の先まで、笑顔で話し合っていた相手を、隣の部屋へ来ては、まるで不倶戴天ふぐたいてんの仇あだででもある様に罵ののしっている者もあれば、蝙蝠こうもりの様に、どちらへ行っても、都合のいいお座なりを云って、蔭でペロリと舌を出している者もあります。そして、それが女の止宿人――東栄館の二階には一人の女画学生がいたのです――になると一層興味があります。「恋の三角関係」どころではありません。五角六角と、複雑した関係が、手に取る様に見えるばかりか、競争者達の誰れも知らない、本人の真意が、局外者の「屋根裏の散歩者」に丈け、ハッキリと分るではありませんか。お伽噺とぎばなしに隠かくれ蓑みのというものがありますが、天井裏の三郎は、云わばその隠れ蓑を着ているも同然なのです。

 若しその上、他人の部屋の天井板をはがして、そこへ忍び込み、色々ないたずらをやることが出来たら、一層面白かったでしょうが、三郎には、その勇気がありませんでした。そこには、三間に一箇所位の割合で、三郎の部屋のと同様に、石塊いしころで重しをした抜け道があるのですから、忍び込むのは造作もありませんけれど、いつ部屋の主が帰って来るか知れませんし、そうでなくとも、窓は皆、透明なガラス障子しょうじになっていますから、外から見つけられる危険もあり、それに、天井板をめくって押入れの中へ下り、襖をあけて部屋に這入り、又押入れの棚へよじ上って、元の屋根裏へ帰る、その間には、どうかして物音を立てないとは限りません。それを廊下や隣室から気附かれたら、もうおしまいなのです。

 さて、ある夜更けのことでした。三郎は、一巡ひとまわり「散歩」を済ませて、自分の部屋へ帰る為に、梁から梁を伝っていましたが、彼の部屋とは、庭を隔てて、丁度向い側になっている棟の、一方の隅の天井に、ふと、これまで気のつかなかった、幽かすかな隙間を発見しました。径二寸ばかりの雲形をして、糸よりも細い光線が洩れているのです。なんだろうと思って、彼はソッと懐中電燈を点ともして、検しらべて見ますと、それは可也かなり大きな木の節で、半分以上まわりの板から離れているのですが、あとの半分で、やっとつながり、危く節穴になるのを免れたものでした。一寸爪の先でこじさえすれば、何なく離れて了い相なのです。そこで、三郎は外ほかの隙間から下を見て、部屋の主が已すでに寝ていることを確めた上、音のしない様に注意しながら、長い間かかって、とうとうそれをはがして了いました。都合のいいことには、はがした後の節穴が、杯さかずき形に下側が狭くなっていますので、その木の節を元々通りつめてさえ置けば、下へ落ちる様なことはなく、そこにこんな大きな覗き穴があるのを、誰にも気附かれずに済むのです。

 これはうまい工合ぐあいだと思いながら、その節穴から下を覗いて見ますと、外の隙間の様に、縦には長くても、幅はせいぜい一分ぶ内外の不自由なのと違って、下側の狭い方でも直径一寸以上はあるのですから、部屋の全景が、楽々と見渡せます。そこで三郎は思わず道草を食って、その部屋を眺めたことですが、それは偶然にも、東栄館の止宿人の内で、三郎の一番虫の好かぬ、遠藤えんどうという歯科医学校卒業生で、目下はどっかの歯医者助手を勤めている男の部屋でした。その遠藤が、いやにのっぺりした虫唾むしずの走る様な顔を、一層のっぺりさせて、すぐ目の下に寝ているのでした。馬鹿几帳面きちょうめんな男と見えて、部屋の中は、他のどの止宿人のそれにもまして、キチンと整頓せいとんしています。机の上の文房具位置、本箱の中の書物の並べ方、蒲団の敷き方、枕許まくらもとに置き並べた、舶来物でもあるのか、見なれぬ形の目醒めざまし時計漆器しっきの巻煙草まきたばこ入れ、色硝子いろがらすの灰皿、何いずれを見ても、それらの品物の主人公が、世にも綺麗きれい好きな、重箱の隅を楊子ようじでほじくる様な神経家であることを証拠立てています。又遠藤自身の寝姿も、実に行儀がいいのです。ただ、それらの光景にそぐわぬのは、彼が大きな口を開あいて、雷の様に鼾いびきかいていることでした。

 三郎は、何か汚いものでも見る様に、眉をしかめて、遠藤の寝顔を眺めました。彼の顔は、綺麗といえば綺麗です。成程彼自身で吹聴ふいちょうする通り、女などには好かれる顔かも知れません。併し、何という間延びな、長々とした顔の造作でしょう。濃い頭髪、顔全体が長い割には、変に狭い富士ふじびたい、短い眉、細い目、始終笑っている様な目尻の皺しわ、長い鼻、そして異様に大ぶりな口。三郎はこの口がどうにも気に入らないのでした。鼻の下の所から段を為なして、上顎うわあごと下顎とが、オンモリと前方へせり出し、その部分一杯に、青白い顔と妙な対照を示して、大きな紫色の唇が開いています。そして、肥厚性鼻炎ひこうせいびえんででもあるのか、始終鼻を詰つまらせ、その大きな口をポカンと開けて呼吸をしているのです。寝ていて、鼾をかくのも、やっぱり鼻の病気のせいなのでしょう。

 三郎は、いつでもこの遠藤の顔を見さえすれば、何だかこう背中がムズムズして来て、彼ののっぺりした頬っぺたを、いきなり殴なぐりつけてやり度たい様な気持になるのでした。

 そうして、遠藤の寝顔を見ている内に、三郎はふと妙なことを考えました。それは、その節穴から唾つばをはけば、丁度遠藤の大きく開いた口の中へ、うまく這入りはしないかということでした。なぜなら、彼の口は、まるで誂あつらえでもした様に、節穴の真下の所にあったからです。三郎は物好きにも、股引ももひきの下に穿いていた、猿股さるまたの紐を抜出して、それを節穴の上に垂直に垂らし、片目を紐にくっつけて、丁度銃の照準でも定める様に、試して見ますと、不思議な偶然です。紐と節穴と、遠藤の口とが、全く一点に見えるのです。つまり節穴から唾を吐けば、必ず彼の口へ落ちるに相違ないことが分ったのです。

 併し、まさかほんとうに唾を吐きかける訳にも行きませんので、三郎は、節穴を元の通りに埋うずめて置いて、立去ろうとしましたが、其時そのとき、不意に、チラリとある恐しい考えが、彼の頭に閃きました。彼は思わず屋根裏の暗闇の中で、真青になって、ブルブルと震えました。それは実に、何の恨うらみもない遠藤殺害するという考えだったのです。

 彼は遠藤に対して何の恨みもないばかりか、まだ知り合いになってから半月もたってはいないのでした。それも、偶然二人の引越しが同じ日だったものですから、それを縁に、二三度部屋を訪ね合ったばかりで別に深い交渉がある訳ではないのです。では、何故なにゆえその遠藤を、殺そうなどと考えたかといいますと、今も云う様に、彼の容貌言動が、殴りつけたい程虫が好かぬということも、多少は手伝っていましたけれど、三郎のこの考かんがえの主たる動機は、相手人物にあるのではなくて、ただ殺人行為のものの興味にあったのです。先からお話して来た通り、三郎の精神状態は非常に変態的で、犯罪嗜好癖ともいうべき病気を持ってい、その犯罪の中でも彼が最も魅力を感じたのは殺人罪なのですから、こうした考えの起るのも決して偶然ではないのです。ただ今までは、仮令屡々しばしば殺意を生ずることがあっても、罪の発覚を恐れて、一度も実行しようなどと思ったことがないばかりなのです。

 ところが、今遠藤場合は、全然疑うたがいを受けないで、発覚の憂うれいなしに、殺人が行われ相そうに思われます。我身に危険さえなければ、仮令相手が見ず知らずの人間であろうと、三郎はそんなことを顧慮こりょするのではありません。寧むしろ、その殺人行為が、残虐であればある程、彼の異常な慾望は、一層満足させられるのでした。それでは、何故遠藤に限って、殺人罪が発覚しない――少くとも三郎がそう信じていたか――といいますと、それには、次の様な事情があったのです。

 東栄館へ引越して四五日たった時分でした。三郎は懇意こんいになったばかりの、ある同宿者と、近所のカフェへ出掛けたことがあります。その時同じカフェ遠藤も来ていて、三人が一つテーブルへ寄って酒を――尤もっとも酒の嫌いな三郎はコーヒーでしたけれど――飲んだりして、三人とも大分いい心持になって、連立つれだって下宿へ帰ったのですが、少しの酒に酔っぱらった遠藤は、「まあ僕の部屋へ来て下さい」と無理に二人を、彼の部屋へ引ぱり込みました。遠藤は独ひとりではしゃいで、夜が更けているのも構わず女中を呼んでお茶を入れさせたりして、カフェから持越しの惚気話のろけばなしを繰返すのでした。――三郎が彼を嫌い出したのは、その晩からです――その時、遠藤は、真赤に充血した脣くちびるをペロペロと嘗め廻しながら

2021-03-04

町内会掲示板になにか動物写真が貼ってあった。また迷い猫かと思って通り過ぎざまに覗くと、『ハクビシンにご注意!』と書いてある。写真の画質は荒く、暗闇に目を光らせたひょろ長い動物が写っている。住宅街でも屋根裏に住み着いて、糞害が発生するらしい。

ああ、こいつか、と思った。

去年から木造の平屋に住んでいる。昭和初期の建物だと不動産屋は言っていた。立地のわりに家賃が安かったので借りたが、毎日、夜になると寝室の天井裏で何かが走り回る気配がする。ベッドに入って電気を消すと、狙いすましたようにどたばたが始まる。

こんな音をたてるネズミって、どんな大きさだろう。「きっと子犬くらいの大きさに育ってるよ」と彼女が答える。ベッドに横たわったままこちらを見ず、眼の白い部分だけが潤んで光る。この種のやりとりは毎晩寝る前の儀式みたいになっていた。どちらかが黙ったらもう寝るという合図だ。

ハクビシン画像iPhoneで見せた夜。「かわいい。ねえこれ見たい」と彼女は言った。

板を外して天井裏を覗いたら、ハクビシンの糞だらけかもしれない。野生動物勝手に捕まえちゃいけないらしいから、見つけたところでどうしようもない。とは言ってみたが結局、週末にホームセンターへ脚立を買いに行くことになった。この興味と意欲はどこから来るのか。彼女はこれほど動物好きの人物であったか。一緒に暮らしてみたところで、知らないことの方が多い。

思えば、天井裏のどたばたが始まった頃から彼女は籠もるようになった。夕食後の片づけが終わると無言で寝室に行き、鍵をかける。自分ダイニングテーブル国語の小テストを採点していると、壁の向こうからベッドのきしる音が聞こえる。はじめのうちは思い出したように間を置いて聞こえるきしりが、次第に規則正しく、小刻みになる。聞いているだけでこちらも緊張感の高まりを感じるが、寝室は隣なので聞かないようにすることもできない。

「さ」と「ち」が逆になっている答案を赤ペンで直したりしているうちに、ベッドのきしりは神経質なほど小刻みに高まってから突然止む。ほどなくして彼女は裸足でやってくる。顔は風呂上がりのように上気して赤く、目はどろんとしている。冷蔵庫から牛乳を取り出してコップに注ぐと一息に飲む。まるで今日は一滴も水を飲んでいなかったように、喉を鳴らして飲む。飲み終わるとキッチンシンクにそのままコップを置いて、椅子へ逆向きに跨がり、背もたれに肘をついて、髪をくしゃくしゃにつかんだままじっとしている。こういうときには話しかけてもだいたい返事は返ってこない。

土曜の夕方ホームセンターへ行ってアルミ製の脚立を買った。二つのはしごを留める部分が赤く塗装してあり、なんとなくレトロな感じが気に入った。二人で車に脚立を積み終わると暗くなっていたので、どこかで何か食べてから帰ることにした。

国道沿いのドライブインに寄った。入口の上にメガラーメンと大きく書いてある。プラスチックの板を一文字ずつ切り抜いて貼ってあるらしいが、左端の一文字が剥がれ落ちて読めない。店内は他に客がいなかった。テーブル席に座ると店主らしい人が出てきてメニューを置いていった。「ラーメン」と一行だけ書いてあったので頼んだ。

出てきたラーメンは真っ黒で甘辛かった。スープの表面が灰色になるくらい彼女コショウの瓶を振った。そんなに入れて辛くないのか聞いたが、これおいしいと言いながら彼女は丼を飲み干した。

帰宅して寝室に脚立を設置すると、彼女は滑らかな動きで昇った。脚立を支えながら見上げると、彼女天井の板を外し、頭を入れて覗き込んでいる。何かいる?と聞くと、わかんない、もっとよく見ないと、と言いながら天井裏に入っていった。

「ああああああああああ、めっっちゃくちゃ生えてる、生えてるよ?」

何が、と聞いた瞬間、天井の穴から何かが大量に、雪崩をうって落ちてきた。完全に埋められてしまったので手でかき分けて頭を出し、ひとつ拾い上げてみると、それはピンポン球大の茶色キノコだった。つまむと弾力があった。見たことがない種類だったので、食べてみる気にはならなかった。寝室を埋め尽くしたキノコを少しずつポリ袋に入れ、燃えるゴミとして出す作業はそれなりに大変だった。

ということがあったのが去年の秋口なので、そろそろ半年になる。

寝室に置いたままの脚立をどこかへ片づけようかと思うこともなくはない。が、彼女が戻ってきたときに降りられなくなると困りそうなので、当面の間はそのままにしている。

2021-02-23

屋根裏部屋に憧れた

が、

現実の(日本家屋の)屋根裏暑い、熱い!(薄いから)

(むかし、二階の天井板が押し入れの中から持ち上げられるのを弟が発見して兄弟屋根裏探検してた)

最上階は間にはさむ断熱材の役目をする階層が無いので、夏の日光ですぐ熱せられるし、冬は暖めたはしから熱が逃げていくから寒い

しかし、

今でも他人の家の尖った形の最上階とか三階建ての三階とかを見ると、ついつい住んでみた場合妄想してしまう。

なんだろ、

二段ベッドの上の段やロフトや昔の寝台列車の三段寝台の最上段!に喜んで上がってしま子供心みたいなものなのか?

あのせまそうな空間に何故か憧れがある。

2021-02-08

anond:20210207224620

屋根直下だと夏熱く(というかもう灼熱)冬も寒い

屋根裏部屋にかぎらずサービスルームってエアコンもつけられないし窓もないし居室向きではないんだが

それがはしごの上にあるためにものを持って上がれず納戸や倉庫にすることも出来ないという純粋デッドスペース

自分の寝室にしたって宅配便とかで降りるのに3分かかってもちかえられてしま

客間にして客をとめたって恨まれるだけ

単なる天井にしておけばよかったとおもうぞ

ちなみにフィギュアを立てると足首からまがって全部シナシナになるから本当に注意

プラスチック製品食品、人体、とにかくナマモノむけじゃない空間

石庭つくるんならいいんじゃねえのハナホジ

2021-01-31

[] #91-8「13人の客」

≪ 前

13人の客、その12人目は杖をついた老人だった。

「『愛のリコーダー』の尺八奏シーンは、若い頃に見たミュージックビデオを髣髴とさせる。写真を何枚も撮ってパラパラ漫画みたいに動かしている、随分と凝ったミュージックビデオだった」

ストップモーションアニメってことですか?」

「“パラパラ漫画みたいに”言っただろ!」

若者経験も語彙も少ないから中身のない話をしがちといわれるが、実際は老人のしてくる話も中身がない。

経験や語彙があっても、それらを整理整頓する処理能力が衰えているからだ。

結果、言葉が足りなさ過ぎたり、余剰過ぎて要点が分かりにくかったりする。

「あの尺八音色は、一体どこで聴いたんだっけか……」

若い頃に見たMVだと言ってませんでしたっけ」

「“えむびー”なんぞの話なんてしとらん。ミュージックビデオで聴いた尺八音色が、どこか別の場所で聴いたことがあると言ってるんだ」

「んー?……それは『愛のリコーダー』って映画からでは?」

「『愛のリコーダー』の話は終わっとる! 今はあの尺八音色が、どこで使われてるかって話をしてる!」

しかも、こちらが会話に参加しないと不機嫌になるし、参加したらしたで不機嫌になってくる。

いずれにしろ面倒くさくて、疲れるのは同じだ。

「なんかテレビでやっとった! ふほほ~ん、ふふ~ん……こんな感じの音色で」

ちょっとからないですね……」

ふほほ~ん、ふふ~ん!

「いや、そんなに強調されても」

この話の何がキツいって、一向に話がまとまらない割に、最終的な実りが少ないことだ。

せめて戦時中体験談だとか歴史的な話だったり、含蓄に富んだ話をしてくれるなら甲斐もあるんだが。

老人に“無人島に何を持っていくか”レベルナンセンスな話をされるのは、実際に無人島生活するよりも大変だ。

「分かんねえかな~!? ふほほ~ん、ふふ~ん、じっしょく~」

「“じっしょく”……あ、ひょっとして『食わず嫌い戦』のことですか」

食わず嫌い? ワシは何でも好き嫌いなく食べてきたぞ!健啖という言葉はワシのためにある」

「いや、そうじゃなくて……」

「言っておくが、自分から健啖なんて吹聴したことはないぞ。自然と周りが呼び始めただけだ。気に入らない飯だってあったし、そもそも質が悪くて不味いものもあった。それでもワシの青春時代は、ただでも少ない栄養を摂り続ける必要があったんだ。それに対して、近所に住んでいたケンちゃんは偏食家だった。4階建てに住む小金持ちだったから甘やかされていたんだろうな。4階建てといっても屋根裏部屋はカウントしていないぞ? 」

「あの、『食わず嫌い戦』ってのは番組コーナーのことで、お客さんが聴いたであろう尺八音色は、その番組で使われていたんじゃあ……」

「黙らっしゃい!」

こうなってしまっては、もうどうしようもない。

初めから会話はマトモに成立していなかったが、ここまでいくとその体裁すらなくなる。

この老人は、他人など関係なく喋り続けるだけの機械と化した。

「そんなケンちゃんとは学校で何かをやる度、いつも一緒だった。仲が良いのもあったが名前順の関係で一緒になりやすいんでな。ケンちゃんは偏食家で体に栄養が足りていないんで、100メートル走とかやってもワシがいつも勝ってたよ。不憫に思って一度だけ手加減したことがあるけど、それでも余裕しゃくしゃくよ。運動以外のことも苦手で、共同で行事とかやると必ず足を引っ張って周りに疎まれとったよ。まあ、これは同じ能力じゃない人間に同じことをやらせようとする共産主義遺産も原因だろう。ケンちゃん自身トロくさかったけど悪い子ではなかったしな。お昼の時間には、白と茶色しかないワシの弁当に彩りを加えてくれたし、たまに家に招待されてお菓子を振舞ってもくれた。あの時に食べたお菓子名前をワシはまだ知らないが、人生で一番おいしかたことだけは確かだ」

こんな話に俺が学べることは何一つない。

強いていうなら、歳をとっただけで人の価値は上がらないってことくらいか

年月を重ねただけで価値が上がるのはハイブランドビンテージだけである

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