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2018-11-25

anond:20181125091849

日本フェミニストの一部は未だに母親団体悪書追放運動に参加してるからフェミニスト自身母親団体悪書追放運動を総括し非難させなきゃいつまで経ってもフェミニスト表現規制は切っても切り離せないと思う

思想運動の主力になるであろう30代・40代母親世代からどうしてもフェミニズム運動母親団体の影響を強く受けてしま

2017-08-07

リベラルであることとラディカルであること

1. リベラル自由平等

個人自由絶対なのだから恋愛対象結婚対象選択に関して、政府はもちろん、それ以外の何ものも、社会的圧力をかけるようなことは許されないという立場

・「リベラル」という原理原則を、個別問題適用するだけなので、異なる利害集団共闘可能。また、「リベラル」の立場から特定政治的主張をする人は、他のリベラル政治的立場を取る場合が多い。たとえば、「リベラルフェミニスト」であり、LGBT結婚に賛成であり、中絶に賛成であり・・・・といった具合。

常識的。ただ、常識的なので運動としては弱くなりがち。

・結果として、悪しき伝統を維持し、社会的不正義を許容することになるという批判を受ける。

2. ラディカル(平等自由

個人のパーソナルな領域絶対だと言ってしまうと、さまざまな差別是正されない。個人のパーソナルな領域に立ち入ってでも、人間平等という価値を守らないといけないという立場

・有名なところだと、「若くて従順女性を好む男性」を批判したり、「特定属性を持つ者との結婚を嫌がる人間」を批判したりする立場

・ラディカル・フェミニズムスローガンである個人的なことは政治的なこと」という言葉が良く知られている。

欠点は、あくまで「政治運動」にしかなりえず、一般化された思想運動にはなりえないということ。あくまで、特定の利害集団利益のための政治運動であることを自覚した主張であり、異なる利害集団の間での共闘原理的には不可能。「私は○○の利害を代表して主張する。お前たちは、お前たちの権利を主張するべきだ。そして敵として戦うことで社会をより良くしよう」という立場。「ラディカル」の主張に普遍性を求めてはいけない。

リベラルはラディカルを「政治的自由」の範囲擁護する。ただし、本来リベラル原理では、それぞれの政治的主張の是非には立ち入れない。

3. バランス自由平等

個人のパーソナルな領域は、絶対ではないが、個人のパーソナルな選択が、純粋にパーソナルな問題であるうちは、やはり尊重するべき。ただ、それをパブリックな場で発言するなら、それはパブリック問題として扱われるべき。「特定属性を持つ者と結婚をしないのは個人自由だが、それをパブリック場所公言するのはアウト」というような立場

・「ラディカル」な政治的主張に、「強きものは弱きを助けなければいけない」というような伝統的・保守的価値観が融合して、本来「ラディカル」な政治的主張に過ぎなかったものが、普遍的な「リベラル」の問題であるかのように扱われているケースがある。これは、本来リベラル原則と反する。(例:アファーマティブ・アクション

本来の「ラディカル」が「政治的主張に過ぎない」ことを明確にするのに対し、バランスに取り込まれた「ラディカル」では、「政治的主張に過ぎない」ことが覆い隠されてしまい、対立する利害集団からの反発を受ける。

保守リベラルから見ると、ぶっちゃけ原則なき本音と建前の使い分けに見える。ラディカルに取っては、「政治的運動成功」とも言えるが、一方で穏健的過ぎるという批判もある。

まとめ

最近ネットでの言論を見ていると、ラディカルな政治的主張リベラル混同が見られる。特にラディカル独自の考え方(たとえば、個人性的指向政治的批判対象になるという考え方)をリベラルとして批判するのは完全に誤解であり、間違いである。

ただ、今日、広く受け入れられている、「バランス」の立場は、リベラルとラディカルの両方に、保守の考え方も取り入れることで成り立っている、そもそも、内部に矛盾を抱える考え方である。これは「保守」「リベラル」「ラディカル」の全てから批判を受けているし、その批判はいずれも議論として正しい。「保守」は「バランス」や「ラディカル」を「リベラル」だと思って批判するし、「ラディカル」は「バランス」を「保守」だと思って批判する。「リベラル」は「ラディカル」や「保守」だとして批判する。

今日の「保守」「リベラル」「ラディカル」をめぐる問題は、こうした混乱を解きほぐすことから始めないといけない。

2017-08-03

https://anond.hatelabo.jp/20170803151344

そこの理解が甘いってのも日本フェミの良くないところなんだけど、「弱者同士が連帯する」必要があるのは、前述したとおり、「そうしないと弱者の主張の論理的正当性担保できない」からなのね。

決して、数を揃えて強者に対抗するためじゃないわけ。っていうか、ぶっちゃけ弱者の数を揃えて権利勝ち取ろうというのは、むしろ勝ち負け理論世界自分から飛び込むようなものなわけ。数を揃えて強者を打倒するほぼ唯一のルート武力革命なわけだけど……てーか武力とか言葉ごまさないで言うと暴力なわけだけど、そんな段階になった時点で弱者でもなんでもないでしょ? 単純に暴力という武器を備えた新しい強者が(集団として)誕生しただけなわけね。

弱者連帯によって数で上回って強者脅迫して権利をもぎ取る物語」なんてのは、弱者が夢見る「俺が支配者になった世界妄想であって、倫理論理関係ない、ただの欲望なわけっすよ。もし仮にそれで何らかの権利がもぎ取れたにせよ、それは「弱者強者になったから、現在強者から権利(や財産自由生命)を奪うことが可能になった、奪った」という話であって、それは革命ではあるかもしれないけれど、思想運動ではないわけですよ。

これは別に革命が悪で思想運動が善という話じゃないのね。思想運動の成果的なもの革命が成し遂げることはままある(南北戦争の結果奴隷解放がなされたように)。ただ、その種の暴力革命権利確立した場合、「さらなる暴力革命でその権利さらに覆す自由」を他者にも認めないと自己矛盾するだろうという話なわけです。

本来弱者同士が連帯する」必要があるのは「たとえ自分弱者立場であろうが、弱者を見捨てるということはしない、そういう社会こそが全員の希望なのだ」と高らかに宣言し、それを守り続けることで「この宣言は信頼できるものなのだ」ということを示すためなのね。その信頼を持って、現在強者である人々から権利を正当に移譲してもらうってのが思想運動要諦なわけ。すごくざっくり言っちゃえば「弱者強者に信用してもらうために、財貨や権力ではなく、倫理次元で気高さを見せる」ためにこそ連帯必要なの。

そういう意味では「どんなに強者に見える人であっても弱者だという自己申告があれば弱者同様の手助けをする(そもそも本当に強者であればその手助けはささやかすぎて意味が無いわけだし)」「むしろ社会構成員はその全員が何らかのジャンル弱者なのだ、敵はひとりもいない。すべての人々は未来の仲間なのだというスタンス活動する」のが弱者救済思想であって、「弱者かどうかの判定踏み絵」とかやってる時点で、ニセモノなのよ。

2016-11-06

腐男子だけど腐女子からBL読むな」って言われた

小さい頃から兆候はあったんだけれど中学に入って間もなく、もしかして俺って男が好きなのかなと思うようになって、

それからもうちょっと経ってから男だけじゃなく女にも興奮するとわかってから、俺って何なんだろうと思って、

そんなときたまたまブックオフで読んだ、スラダンスピンオフかなと思って手に取った本が二次創作ボーイズラブだった。

しか最初は「こんなものがあるなんて」と驚いたけれど、もっと続きが読みたいと思って、気がつけばこっそりBLを買うようになって、

俺ってやっぱり男が好きなのか、バレたらみんなから嫌われるかな、気持ち悪いと思われるかなと思い悩むようになった。

大学生の従姉妹の家に遊びに行ったときBLマンガを見付けて、もしかして理解者になってくれるかもと思って、

とにかく一人で思い悩むのが辛かった自分は従姉妹に、自分が男を好きかもしれないこと、BLをこっそり読んでいることを打ち明けると、

俺を否定せずに受け止めてくれて、それからBLマンガをこっそり読ませてもらうようになって、

うれしいな~と思うようになってからしばらく経った頃、従姉妹が俺をある場所に連れて行ってくれた。

いわゆる腐女子同士のオフ会で、そこにいけば俺の理解者がもっと増えるかも、という従姉妹心配りだった。

俺はとにかく緊張しっぱなしでオフ会に参加した。当日に突然の参加だったからみんな俺の存在に驚いていたし、

俺がBL好きであることを従姉妹がみんなに告げてから、しばらく口論っぽい感じになっていて、俺はだいぶ肩身が狭かった。

中でもひとり、大人の女性がすごく怒っていて、従姉妹も説き伏せるのに困っているようだった。

どうもその人にとっては、男の俺がこの場にいることが不快らしく、やっぱり男がいると変なのかなと思ってビクビクしていると、

その人が俺に向かって「もうBLを読まないでほしい」と言ってきた。なんでだろうと思っていたらその人によると、

「男はみんな、いつも女を性的に観て暴力を与えたり搾取したりしている」

BLにハマるというのは、性的搾取され続けた女が、自分意志で誰にも迷惑をかけず男を性的に消費することができる機会」

ボーイズラブにハマるのは女だけの特権。男がBLをハマるのは女から機会を奪うのと一緒。搾取行為である

「男がBLを読むのは間違っている」「男が男との恋愛に憧れるのは誤り」

といったことを、子供向けに噛み砕いた感じで言われてしまった。もちろん一字一句一緒というわけではないけれど、概要はこんな感じだったと思う。

見ての通り偏ったフェミニズムなんだけれど、なにぶん俺はそのときまだ13とか14そこらの子供だったから、

男が女を性的搾取とかフェミニズムとかこれまでの人生で考えたことなんて一切なかったし、そのときは緊張もしていたもんで、

しかも目の前で年上の女性が怒っているし、とにかく自分が悪かったんだと思って、「わかりました。ごめんなさい」とだけ謝って、従姉妹と一緒にそそくさとその場を後にした。

雰囲気は最悪だったので、従姉妹は俺に謝ってくれたんだけれど、俺はとにかく頭の中がこんがらがっていて、とにかく怖かったということだけ覚えていて、

それから家に帰ってひとりでいるときにあのことを思い出すと、急に胸が苦しくなって、喘息のように咳と涙が止まらなくなった。

パニクっていてよくわかっていなかったけれど、その頃は自分セクシャリティに関して思い悩んでいたこともあって、

面と向かって「男がBL読むな」「男が男を性的に観るのは間違っている」と言われたことはかなりメンタルに響いていたようで、

しかも「俺は女にも興奮できる男だから女の人に迷惑をかけていて、そのうえでさらに男を好きになるという悪を上塗りしているんだ」と思うと、

自分否定され、存在を誤りだと言われ、悪者にされた悲しみと、自分「悪」であることの自己嫌悪とがないまぜになったような感覚に落ちて、

誰に謝ればいいのか、これから自分はどうすればいいのかなんてことを考えて、とにかく胸が張り裂けそうでずっと咳き込みながら泣いていた。

その日から今まで親には内緒で買ったBLを、夜中にこっそり遠くのゴミ捨て場やどこかの側溝に捨てたりして全部処分した。

大学に入った頃には、自分がはっきりとバイだと自覚して、そもそもあの人の考え方がおかしいんじゃねえかとわかるようになり、またBLを読むようになった。

気持ちが上向けば幸せがやってくるのか、理解のある腐女子彼女もできたのでそれなりに充実するようになったのだけれど、

昔あったことを彼女に話すと、本当にわずかではあるけれど腐女子の中にいると、そんな主張をしている人を時折見かけるとのこと。

ネットで調べてみたら、あの日俺の前で怒っていたあの人と同じ主張をしている人がゴロゴロ出てきてビックリした。

てっきり、あの人はかなり特殊存在で、似たような人は二人といないだろと思っていたくらいなので。

ゲイバイ親でも殺されたのかってくらいの恨み節や、自分達のおかげでゲイ権利を獲得できたのだといった主張が並んでた。

これらの主張を読んでいるとあの日のことを思い出して、心臓がドキドキいって落ち着かなくなり気分も悪くなる。

考えてみればあの人にとって「男は女を性的搾取する存在」なので、「女を性的に見ない男」の存在自分達の主張を脅かすことになるんだろうし、

今ならあの人に反論することも可能だけれど、当時は子供だったのでしょうがない。

もちろんそんな主張をする腐女子なんかごく少数、多分フェミニストの中にだってごく少数なんだろう。

彼女が多少フェミニズムに噛んでいる関係上、フェミニスト人達意見を聞くことが多いけれど、

「私達のフェミニズム女性の権利向上や搾取撤廃は掲げているだけであり、男性から権利を奪ったりLGBT否定するなんてもってのほか

 とはい思想運動である以上、そういう主張が過激な人たちの存在否定できず、こちらとしてもとてもわかりあえず、悩みのタネ」と話していた。

女性が歩んできた歴史や現状を考えれば、俺は男性蔑視といった極端でないもので限りフェミニズム思想にはわりかし肯定的なほうなのだけれど、

それでもあの日のことを思い出すと胸がざわついて呼吸が荒くなるし、そのためフェミニズムを支持したくても複雑な気分になってしまい、心が折れてしまう。

まあフェミニズムがどうとか腐女子がどうとかに関係なく、俺はそんなに頭がよくないんで知識や考えが足りているわけじゃないけれど、結局言いたかったことは、

自分がどんな思想を持っていても、あんまり悪辣に他人セクシャリティ否定しないでほしいってことだけなんだよ。特に子供相手には。

俺は口が裂けても腐女子に対し「BLを読むな」なんて言えないし、そんな気もさらさらない。

時々、腐女子を叩くゲイも、本当にごく少数見かけるけれど、それもやめろよな。

ここまで書いて結構スッキリしたよ。吐き出すのって大事だねやっぱ。あんまりこういう長い文章書く機会ないんで、文章ヘタでごめんな。

2016-10-17

http://anond.hatelabo.jp/20161017181423

実存主義って日本だと人生哲学みたいに言われているけど、実は本質(とか観念主義に対する反対概念で、

英語圏だと実存存在も同じ exsistence だから分かりやすいけど、ようは空想産物立脚しないで、

今ここに認識できる物事立脚してモノを考えようぜ、っていう思想運動ことなんだよ。

今確かに認識できるモノって究極に突き詰めると自分存在だけじゃね?

デカルトが主張したことの延長線上にある考え方なんだよね。

でも、日本だとどういうわけか人生哲学として消費されるのがメインだから

実存主義人生哲学みたいに言われちゃうのよね。

2015-05-27

フェミ棍棒

フェミニズムには現在残念ながらふたつのおおきな側面があって、ひとつはもちろん「女性社会的地位向上(男性との権利バランス)を目指す」ってものです。この運動思想ってのは否定されるべきものではない。でももうひとつには「社会的地位において搾取されてる女性スカッとする」ってのがあって、こっちはもう、どうにもならんほどただれて瘴気を放ってしまってる。

これはけっして諦めろという意味ではないんですが、日常生活を送ってる「社会的地位搾取されてる女性」個人が、その個人の搾取された状況を変えろって無理ですよね。たとえば企業勤めの女性上司の「そろそろお嫁に行かんのかね」発言をやめさせようとしたって無理がある。「そんなの訴えろよたれ込めよ!!」っていうかもしれないけど、そんなことしたら職場にいづらくなるだけでしょ? 職を失ってまで戦えっていうのはやはり現実的じゃない。もちろんだからこそ、そういう発言はよくないですよ、という社会風潮を形成するために前者のフェミニズム運動があり、それは必要だと思います

しかしながら「ド許せない犬畜生にも劣るハゲ爺だしね」なんて言い放つってのは、特に実際体面もしてないネット炎上ってのは、それはもう、なんというか、自分をすっきりさせるための行動なんですよね。そんなセリフいってどうなるの? といえばすっきりするだけです。まあ居酒屋愚痴みたいなものですね。

思想運動政治運動ってのは時間のかかるものです。10年、いや歴史をみれば100年越しの運動なんてのも珍しくないわけです。

ですからそういう運動というもの果実を受け取る期待とは無関係にすべきなのだと思います。つまり利益が直接自分がえられない、自分自身はすぐさまは救われない。「しかし」それが正しいから賛同し、運動する。次の世代のために地ならしとして粛々と進めておく。そういうスタンス思想運動には重要です。なぜかといえば、自分自身利益を即座に受取ろうとすると往々にして後者ヒステリーになるからですね。

前述したとおり、個人がその個人の置かれた周囲数百人の思想を個人のちからだけで一晩にして解決するのは難しい。ほぼ無理だといっていい。誰もがそんなことは言葉にしなくても肌で感じている。そうである場合、個人にとっては「目先でスカッとする」ことのほうが重要利益があるように感じる)になってしまうわけです。現実自分の置かれた苦痛麻痺させるために、言葉の棍棒を振り回して自己慰撫するような状況です。

最近出ているアンチフェミってのは後者に対する反発運動だと考えれば理解がすっきりします。まあ仕方ないですよね。誰だってこん棒で殴られたくはないです。「これだから男性優位社会なんだ、男性優遇されてる、男性世界を支配してる、みんな死ね!」みたいなことをサービス残業計算したら最低賃金割ってました本当にありがとうございましたみたいな弱者男性にいったとしても「こっちくんなよキチガイ。ほっとけ、俺は自分サバイバルで手いっぱいなんだ」としか返答のしようがないです。

日本における思想運動家ってのは人気商売なので(っていうか要するにTVタレントなので)、前者の「粛々運動を進める」スタンスと金になりません。後者炎上発言をして、女性の「うんうんそうだよね、よく言ってくれた、スカッとした」みたいなのを集めないと生活が立ち行かないという構図もあります。そんなわけで、こん棒的な発言人材には事欠かないわけです。

しかし中長期的に見れば、フェミニズム運動(前者)の障害は後者であるという結論になりかねない、なりつつあるというのが現状ではないでしょうか?

 
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