はてなキーワード: マイルストーンとは
1 戦国時代終了
15 江戸幕府終了
→その他
の順だと思うんだが、学校の授業だと家茂の暗殺はサラっと触れて終わりで、その代わりに家光・綱吉・吉宗をやたらクローズアップするから違和感すごいわ。
政策にしたって日本の政治経済史として重要な事柄について中身の解説もせず「生類憐れみの令」とかを名前だけ覚えさせてキャッキャッしとるやん?
理科や数学の授業で習ったことについては限られた枠の中で詰め込むならベストの内容だったと思うんだが、日本史に関しては無駄な寄り道する割には大事なこと教えて無くねと思ってしまう。
丸暗記の受験勉強に教科書まで乗っかって、丸っと暗記科目に成り下がっていた印象が強い。
それでも意味のある部分をひたすら覚えさせて真剣に学ぼうとしたときの足がかりにするつもりなら分かるんだが、「歴史を好きになって欲しい」みたいな助平心からかおもしろエピソード必死に紹介してたのがアホっぽいなと。
人類が少しずつ人間らしくなっていく過程を追うのが面白さじゃん。
神が皇帝を定め、皇帝が己の人民となるを認め、皇帝は神に祈りを捧げることを仕事にするクソバカの時代から少しずつ科学的で文化的で人道的に変わっていくのをマイルストーンを辿って追うのが面白いわけじゃんか。
他の科目は頑張ってた。
ただそれだけ。
専業主婦の妻。結婚前から専業主婦になりたいといったから専業主婦になってもらった。
結婚前は普通の体型だった。でも段々と太っていって数年後にはお姫様だっこも無理というレベル。四肢や顔に脂肪がついてるな。力士じゃないほうの太り方だなと想像してもらえればいいかと思う。
掃除洗濯は手伝えても冷蔵庫の中身やお菓子を増やさないことや食べる量を減らすことは(増田が料理を作っても)専業主婦が持つ裁量では制御不可能だった。
そもそも、増田に妻の体型をコントロールする気はないから制御を強いたこともなかったはず。お互い、いい大人なので自己コントロールを尊重していて体型もそのひとつだ。
ただ、トータルで愛する妻であっても部分部分ではご要望に応えられない部分もある。
許容限界になった当時、妻には「今の体型ではセックスはできない」と伝えていた。妻はわかった痩せるねと言ってくれたが、現状はそのままずるずるとセックスレスになっていた。
妻は結婚当初もセックスできない宣言の後も子供が欲しいと言っていた。面と向かって緊迫した雰囲気ではなくてテレビや街中で子供を見かけて「子供ほしーね」ぐらいのトーンだ。増田も同じ気持ちなので毎回そうだねと返していた。
もちろん、通常の手段では夫婦でセックスしなければ子供はできない。今のままではセックスはできないし、仮に増田が性的に抱けても増田は今の体型の妻が妊婦になること(さらに体重が増えること)に母子共に悪影響がありそうで怖い。
増田が抱けないことは伝えた。妻は子供が欲しい。現状のボールは妻の手にある。ゴールは妻が痩せること。だから増田としてはつどリマインドするしかできなかった。
落ち着いた雰囲気のときに定期的にそれとなく「痩せなよ」とマイルストーンをお知らせする。それだけ。特に行動の強制はしない。
増田は性的にみられない以外は妻を愛してるから仮に痩せなくても・子供がいなくてもいいけど、妻の目的の前提条件に妻が痩せることがあるなら「こちらの条件・応援する気持ちは変わっていません。共同作業に進めるのをお待ちしております」としか言いようがない。急かすつもりもないし、責めるつもりもない。ただ忘れないでねとだけ。
だけど妻にとってはこれすらも増田が妻を責めていることになっていたようだ。痩せない私をずっと責めていると言われてしまった。痩せていないことを突きつけている、と。
怒りながら喋る妻の話を完全に理解することはできなかったが、咀嚼するに「痩せられない・太っている私を直視したくないのに指摘してくる」ことがストレスになっていた……のだと思う。あと、それとなく低カロリーな食べ物を欲しがったり休日に歩きを含む外出に誘ってみたり「増田がしたい」アピールをするのも負担だったらしい。
体型については自己コントロール、自主性に任せると書いたが、夫婦なのでもちろん協力できることで協力するつもりだった。二人で話し合い増田や環境によくない所があるのか、増田に手伝えることはあるのか聞いたことがあるが、歯切れが悪い感じではっきりとした返事はもらえず、結局、私が頑張るから。わかった。という形に終わった。
それでも上記のようにしたいアピールをしていたことはコントロール欲を抑え切れなかったと言われてもしかたないかもしれない。
太った妻に痩せろと怒鳴ることは増田もDVだと思う。しかし増田としては寄り添う姿勢を見せてきたし「待ち」の文脈で痩せたほうがいい気持ちを伝えてきたつもりだ。
正直に言って効果が薄くとも増田が何も言わなければ妻は痩せないだろうという気持ちはあったけれど……。
そしてなにより悲しかったことは増田ができるだけオープンな関係を築きたいと頑張ってきたのに妻の中で一人相撲されて爆発されたこと。なぜ言わないでと言ってくれなかったのか。増田がずっと何も言わずにいることが正解だったのか。八つ当たりの一時の感情だと思うが、家庭のために頑張ってきたことは無駄だったのかという気持ちが生まれグルグルしてしまっている。
お互い頭を冷やそうと言い聞かせたが、増田ができることはもう体型に口出ししないことしかないのではと考えている。
妻は痩せなくてもいいし子供を持てなくてもいい。増田にとっては現状維持になるし、そうなるだろうと思っていた未来が確定しただけ。
ちゃんと話し合ったことはなかったが養子縁組を考えてみてもいいかもしれない。
そしてこうやって書き出して気づいたが、そもそも妻は本気で子供を欲しがっていたわけではないのかもしれない。子供が欲しいは他愛無い常套句だったのかも。
すると増田の痩せろはイコール「セックスさせろ」と聞こえていたのかもしれない。これは盲点だった。性行為をしないのも離婚理由だし過度に迫るのもそうだろう。もしそう聞こえていたのなら釈明しなければ。
とにかく、増田としては夫婦心穏やかに過ごせれば幸いなので、もっと受身の人間になろうかとも思う。自分ではわからなかったが書き出すとこれでも自主性を重んじるといいながら口出ししすぎなのかもしれない。
③思いつきで設定を増やさない
④起承転結を「1~2話毎」「5~10話程度の一塊」「各章毎」「各キャラ1人ずつ」でそれぞれつける
漫画の作り方やコマ割りの仕方は真似っ子でも結構できちゃうけど、物語の構造そのものを作る技術が身についてないように思う。
まず意識して欲しいのは「この漫画がもし100話続くとしてどんな話にしたいのか」という道を最初に組み立てること。
「人権問題について扱うけど最初は軽めに段々重くしていく」とか「100話あってもシリアスなんて一回も挟まずひたすらナンセンスギャグで笑かし続けたる」とかの大筋が見えてくるだろう。
そしたら次はそのテーマの重さに合わせて世界観を作り込んでいく。
テーマが軽いのに世界観をみっちり作り込んでも読者はついていけないし、重たいテーマを扱っておきながらフニャフニャの設定を毎回書き足していくようでは読者が呆れて去っていく。
たとえばトマトイプーのリコピンなんかは100話も続いているけど未だにキュートピアが実際にどういうものなのか良くわからないし、設定が毎回好き放題に増えていくが、そのフニャフニャっぷりがあの漫画と噛み合っている。
もしもガッチリキッチリ杓子定規に設定を練り込まれてしまったら、読者の中からあの世界が持つ妙なリアリティの無さが失われてしまうだろう。
連載が長くなればギャグ漫画でもドンドン設定が増えてしまうが、そこで世界観を作り込みすぎ定期的にスクラップ・アンド・ビルドしていくのか、固まってきた設定に合わせてシリアスへと転換するのか、それを最初に決めておかないと途中で作品が空中分解してしまう。
最初に方針を決めておけば、序盤は読者から見れば何でもありの世界観に見せつつギャグをやり、中盤からは散りばめた設定を繋げていくことで世界にリアリティを持たせつつテーマをシリアスにしていくという流れもスムーズに行える。
まず100話連載できたらどうするのかを考えて欲しいと言ったが、実際には多くの漫画が20話程度で打ち切られてしまう。
そもそも「100話読み切れば面白いんです!」と言われても、相手がベテランだろうと読者はついていかない。
ひとまずは毎回ちゃんと盛り上げて欲しいし、山場の波は10話ぐらいの単位で用意して欲しい。
起承転結を作る時に、最も大きな塊、章ごとの塊、章を更に区切った塊、数話単位の塊と段階的にしていくのは絶対に必要だ。
そのためには物語の流れを作者がちゃんとコントロールする意識が必要になる。
「キャラクターが勝手に動いちゃいました」と大御所が口にすることはあるが、それでも大筋は決まった上でキャラクターの動きに逆らわないのであって、キャラクターの判断に全てを任せて鵜飼のように構えているわけではない。
場当たり的にならないように各物語をゴールから逆算しつつマイルストーンを決めて動かしていかなければいけない。
作者の脳内で作っている時はゴールが既に見えているので「最高のゴールに向かうための経過」としてどんなシーンも映ってしまうが、読者の側にその盛り上がり画は存在しないことを把握しよう。
物語をコントロールするに辺り気をつけなければいけないのは「設定を一度増やしたら戻せない」ということだ。
なぜそこを意識する必要があるかと言うと、「設定同士は相互に干渉しあうので慎重に配置しなければいけない」からである。
一度「このキャラクターには兄弟がいます」と設定したのにあとになってから「一人っ子でした」と設定を変更することは出来ない。
同じようなことをやっているように見える作品は、実際には作者の中で「一見兄弟がいるように見えるが、本当は一人っ子である」という設定が決まっていて、そこに合わせて読者にミスディレクションを仕掛けているのだ。
新人漫画家の作品は次々に設定を増やしてしまってから相互干渉に苦しめられ、無数の矛盾を解消しきれないまま勢いで誤魔化しきれずに作者が潰れてしまうパターンが多く見られる。
作品を作る時に最初に全部の設定を決めてしまうのは現実的ではないが、設定を増やす時に「これがあとになってから問題になることはないだろうか」と振り返る癖はつけた方がいい。
また、物語を描いていると絵やその後の繋がりばかり優先して「差別と黒人が大嫌いなキャラクター」のような単品で矛盾した設定が出てきてしまうこともある。
フィクションを作るということはどのようなデタラメでも描こうとしまえば描けてしまうため、その整合性は自分で取るという意識が必要だ。
先程の例でも「自分に客観性のないクズなので差別と黒人が大嫌いなキャラクター」という設定なら成立する。
漫画を描く上で重要なのは「読者が納得するかどうかが最優先」という意識だ。
読者が納得すればどんな設定も描写もセーフになるし、読者への説得力作りが足りなければ作者の自己満足で終わることも多々ある。
気をつけて欲しいのは「どんなに作品に好意的であっても、無理のある説明をすれば一発で読者は冷める」ということを忘れないことだ。
マジシャンは自分から種明かしをするまで自分には超能力があるのではないかと思わせられなければいけない。
計画外のタイミングで観客の魔法を解くことがないように最新の注意を払うのはエンタメの基本だ。
最近ジャンプラで新人に説教しても速攻でアンチ認定されて消されてしまう。
近頃は読者のメンタルも弱っているのか「僕の好きなものに文句をつけるなんてきっと悪い奴なんだ!」という感じですぐに癇癪をおこすようだ。
やれやれ。
そうやって甘やかしても漫画家は育たないぞ。
・現在の預金口座と株式の割合をどれくらいにしたいか考える(預金口座10万 積立NISA90万、預金口座20万 積立NISA80万・・・・・・預金口座80万 積立NISA20万、預金口座90万 積立NISA10万)
・参考指標として、直近3カ月の支出金額を見て、その3カ月分を預金口座分で問題なく賄える分貯金し、それ以外を積立NISAに回すことにする(例として、「預金口座50万 積立NISA50万」をマイルストーンにする)
・証券会社でアカウントを作り、積立NISAで「全世界オールカントリー」または「SP500」の投資信託を探して積み立てる設定をする
・最初のマイルストーンは「預金口座50万 積立NISA50万」なので、いったん積立NISAが50万になるまで積立を開始する(3万3333円の積立NISAを設定する。今からだと8月スタートで8~12月の5回で投資額が16万6665円になる)
・2024年、新NISAが開始されて年間360万円まで積立投資が可能になるが、いったん50万円になるまで3万3333円で積立を続ける
・計算上、2024年10月まで続けることで積立NISAの額が約50万円になるので、2024年11月になったら預金口座と積立金額の割合を確認する(おそらく5:5にはなっていないはず)
・預金口座6:積立NISA4の場合は、もし12月に3万3333円を積み立てれば5:5になりそうなら何もしない。もし12月を過ぎても5:5にならない場合、預金口座から積立NISAに移動させて5:5のバランスをとる
・預金口座4:積立NISA6の場合は、積立NISAの1割を売却して預金口座に入れる。あとは何もかも忘れて2025年11月に5:5になっているかを確認、調整する。毎月調整しても1年ごとに調整してもOK~お財布事情によってバランスを変えてもいい。あとはこの調整を繰り返す
とりあえず大声で叫んでおけばキャラが立つという安っぽい演技指導をいい加減卒業しろよ。
「一見すると口は悪いけど情熱的なだけ」みたいなキャラ付けで数人分稼ごうとするような舐めた製作態度もいい加減卒業したら?
登場人物に奥行きがなさすぎる。
雑にキーワードを設定して話が繋がっている感を演出するのもやめろ。
ゴールとマイルストーンをちゃんと設定してちゃんと走ってるの?
毎週毎週思いつきでやってるようにしか思えん。
記号的な行動をキャラクターが繰り返すだけでは感動もへったくれもないよ。
何もしなくても作り続けられるという立場に甘えてすっかり中身が無くなった。
商売としての圧がかかってないと駄目なのか?
その割には保守的な態度の作りを感じるのはなぜだ?
今は少子化真っ最中だから「最大限の子育て支援を!!」って声がデカいけど、出口戦略もセットで考えとかないとダメだよね。
「総人口がマイルストーンに到達する度に段階的に支援削減します」ってのも含めて法制化するぐらいかな?
でもそうするとマイルストーンに近付くにつれて既に子育てしてる人達がこれから子供産もうとする人達を迫害するようになるかな?
でも、国土の限られた島国じゃ永久に子育て支援し続けるわけにもいかんな。
結局、終わりを明確化せずに支援拡大して、人口が増えすぎる段階に入りそうな時点でだまし討ち的に打ち切るしかないのかな?
そんな仕事押しつけられるとなれば、将来政治家になる人は大変だし、世襲が常態化した今の日本では将来の禍根を生まないためにトンチンカンで効果の薄い子育て支援でごまかそうとする政治家だらけになるわけだな。
これらにはでも、「人間が作ってないから面白くない」とかいうのもわかる。
「生成AIの美女はえっちじゃない」ってのも、自分は抜けるから微妙だがわからなくもない。
この壁を越えるのは、「ゼルダの伝説64」の新ステージができるかどうかな気がしている。
もし、「ゼルダの伝説64」の新ステージが出てきて、プレイできたら、多分、「AI生成でもいいじゃん!」ってなると思う。
「ゼルダの伝説64」どころじゃなく、生成AIの消費が一気に進むんじゃないかなあ。
で、思ったんだけど、
に至るまでのマイルストーンをどう設定するか?どうやって投資を集めてそのマイルストーンをクリアするか?
「ゼルダの伝説64」の新ステージができたら、そりゃこれまでのゲーム開発を塗り替えちゃうだろう。
各人がやりたいゲームの続きや新ステージを永遠に出せたら、そりゃ、今のダウンロードコンテンツで新要素みたいな売り方が成立しなくなるんじゃないか。
そうすると、「イノベーションでこれまでの市場を刷新します!!!」みたいになって、夢が見えて、投資が集まるんちゃうかな。
これだけ被害を与えて何一つ責任も謝罪もしないLGBTに税金を入れたらだめに決まっている。
https://twitter.com/wallstwolverine/status/1647251477260271620?s=20
El CEO de Bud Light se disculpa por el patrocinio de la activista transgénero Dylan Mulvaney:
“Nunca tuvimos la intención de ser parte de una discusión que divida a las personas”, dijo el director ejecutivo de Anheuser-Busch InBev, Brendan Whitworth, en un comunicado de prensa.
これでインフルエンサー?
ビール会社は、新しく発表されたバドライト缶に彼の写真が登場したマルバニーと提携していると発表した後、ここ数日で激しい批判に直面している.
土曜日の朝の時点で、Bud Light の「TGIF」投稿には 11,600 を超える返信と 1,000 近くの引用ツイートがありましたが、約 250 のリツイートと 2,600 の「いいね」しかありませんでした。
https://www.foxnews.com/media/bud-light-blasted-twitter-tgif-post-amid-dylan-mulvaney-controversy
これがESG投資。
アンハイザー・ブッシュは、バド・ライトのディラン・マルバニー協定が怒りを引き起こしたため、約50億ドルの価値を失いました
2022年にLGBTQ問題についてバイデン大統領にインタビューする機会を与えられたときに注目を集めたトランス活動家でソーシャルメディアのインフルエンサーであるマルバニーは、今月初め、ビール会社が彼女の顔が缶に印刷されたバドライトのパックをキャンペーンの一環として送ったことを明らかにしまし た 。ビール会社のマーチ マッドネス コンテストの広告であり、1 年間の「少女時代」を祝う方法として。
ただ女性を詐称する嘘つきおっさんを缶に印刷?嘘をつくだけでお金を貰って大儲け?気持ち悪い嘘つきの写真入り缶で飲めとかふざけるな。
Anheuser-Busch は、さまざまな人口統計のオーディエンスと確実につながるための多くの方法の 1 つとして、ブランド全体の何百人ものインフルエンサーと協力しています。時々、ファンやディラン・マルバニーのようなブランドのインフルエンサーのために、ユニークな記念缶を製造しています。この記念缶は個人的なマイルストーンを祝うための贈り物であり、一般に販売されるものではありません」とアンハイザー・ブッシュの広報担当者はフォックス・ニュースに語った.
いや売る気だったろ。あと作るな。
「今、キング オブ ビールは、トランスジェンダーの活動家ディラン マルバニーにお金を払って、ビールを飲みながらオードリー ヘップバーンのような服装を大人の男性に促すことで、最新の文化的時代精神に敬意を表しています。これは、勝利を収める販売戦略ではありません。それは、CEO が自分の美徳を示す一方で、大声で言うのを恐れる顧客ベースを遠ざける方法なのです」と Ramaswamy 氏は書いています。
はあ?あれがオードリーだと?
前回のあらすじアルバムで音楽を聴くというのがやはり理解できない
とにかくお前らの言い分を把握するために一通り聞いてみることにした。
どうせ家では一日中パソコンの前にいるからゲームしたりSNS見ながら聞いてりゃいつの間にか大体消費しきれたぞ。
最初に言っておくが12勝8敗であったとこっちは思ってる。
こっちの勝利条件は「これは単なる詰合せであり単品で買えば良いものがお得に集まってるだけだ」とこっちが思ったかどうか。
逆を言えば「このアルバムの曲はこの曲順と組み合わせじゃないと駄目っぽいな」と感じたらそっちの勝ちだ。
そもそもなんで勝ち負けなんか決めなきゃあかんのかは知らんが、お前があんまり反論してくるせいでこんな感じになっちまった。
これがコンセプトアルバムだ!みたいに言う割には似たような曲を揃えて最初と最後にそういう設定を入れただけじゃんっていう。
これこそまさに「詰め合わせセット」だ。
なんだろうな……まさしくアルバム単位で売る以外のやり方が存在しなかった時代の遺物って感じ。
「交響曲というシステムをパクってみせることで抱き合わせセットを売りつける」というアイディアを持ち込んだのは凄いと思う。
だが今の時代にこれを聞かされても「その市場に他所のアイディアを持ち込んだ事が凄いだけ」としか思えんね。
むしろ「コンセプトアルバムのスタート地点はこの程度だった」という意味で、音楽業界が歩んできた距離の長さを感じた。
まあ「参考」にはなったよ。
「100年前、100m走の世界記録は10秒6だった。この100年で人類はそれを1秒丸ごと縮めたのだ」みたいな「感動」もね。
これも普通に詰め合わせパック。
ある程度時代が固まっているけどその中でも方向性がいくつかあるんだなーって感じで終わってる。
まあ「一時期を切り取っている」というコンセプトの公式プレイリストとしては成立してるんでファンがCDラックに並べてニンマリして時折聞くためのファングッズとしてありなんかもだが、それシングルでもよくねっていう。
izumiya1948 例えばベートーヴェンの第九を第4楽章から聴く(第4楽章しか聴かない)、なんなら「歓喜の歌」だけでいい、ようなやつなんだな。
単品で聞いちゃ駄目なのか?
それなら駄目な奴ばっかだぜ日本人は。
音楽オタク様にゃそういう粗雑なイエロモンキーと同じ血が流れていることがずいぶんと恥ずかしいらしいねえ?
進歩はしているがサージェント・ペパーズの域を出てない印象だ。
ある種の時代を切り取っている感はいいが、その背景にある時代の物語を描ききれているかという微妙。
未来趣向をテーマにした結果として発売当時の時代感の再現が弱まっている気がする。
うーん……シングルで聞いた場合との違いがあんまりわからない。
異世界冒険譚とか人生の底でファイティングポーズみたいなコンセプトの曲だけで固めていれば……と言う気もしなくはないがそれでも単なる詰合せになりそう。
まあお得ではあるとは思う。
mamemaki こういう人がいるからプリンスのlovesexyは曲送り出来ない形でリリースされたんだよね。「黒人の命のようにアルバムも大事」とはプリンスの言葉。
この曲は売れてるんだろうなあってのがあるのはいいんだけど、そこまでの流れにきちんと相乗効果があるかって言われると微妙な気がする。
当たりと微妙が入り混じった福袋をそれっぽく並べ直しただけというか。
ランダム再生よりはちょっと上なんだろうけど、アナリーゼ100%の作者本人が並べ直した割にはって感じ。
これなら当たりの曲だけで聞く側が自分でプレイリスト作ればよくねって気がする。
ただ詰めているだけじゃない気はするけど、この順番で聞かせることを推奨するだけの何かがあるのかという疑問が。
anepan 椎名林檎のアルバムの曲構成が線対象になってる話とか曲名の頭文字を拾うとアルバム名になってるプロトタイプナナクジャクの話する?
だから何?って感じが凄い。
単にパッキングされた曲を聞いてるだけなのにLIVEにおける曲感のMCやちょっとした特殊な入り、繋ぎに似た感覚が得られる。
ライブ・ビューイングの缶詰を開けたような体験だ。
なるほどこれはアルバムじゃなきゃ無理だな。
だが逆を言えば、この感覚がない大部分のアルバムはシングルをユーザーがプレイリストにしたものと大差はない「詰め合わせパック」でしかないということなのでは?
映画のようなある種の段取りに合わせて何か長い物語のイメージが共有されていくような錯覚がある。
音楽によって表現したい世界観をいくつもの曲を組み合わせることで多角的に伝える感じか。
相互に作用し合うことで一つ一つの曲の解像度が単品よりも上がっているな。
単品で聞くと「あの映画の曲だ」にしかならなかったモノが、その奥にあるTMの世界観に意識を向けられるようになる。
なるほど、ドラクエ1~3を詰め合わせて一気に遊べば世界観の解像度が上がるに決まってるだろという話か。
単品で聞いても意味わかんねになるような曲をいくつも聞くことでいつの間にかノリが見えてくるこの感じはアルバムじゃねーと無理だわ。
強烈なクセや世界観があるアーティストにとっては束ねることによって理解度を深める機会を得られるアルバムは追い風になるか。
レイン・ドッグと比べると単品でも成立しやすい曲は多いがシナジーの効かせ方はそれ以上にさえ感じる。
この辺は公式推奨プレイリストとしてしっかり仕事してるのでアリだと思う
narukami ユニコーンの風を聞いた後忘れた頃に風IIがかかるからいいのであって風IIが先に来たり連続してたりするとあまり笑えないので
はい。
実物聞いたらまさにその通りでした。
初めて聞いたがいいバンドだな。
表題曲を聞かせるための下準備に1/3を使って、その後もマイルストーンになる曲によってアルバム内でサビの曲みたいなのを作っていってる。
捨て曲があるという程ではないけど盛り上がる曲とそれ以外にやはり別れるんだが、その中でいい感じにカタルシスを得られる。
単に好きなものを詰めただけの個人制作プレイリストではやりにくい、「公式から押し付けられたプレイリストだから貯めを委ねられる」みたいなノリだなあ。
「三部作のセットは、ただの詰め合わせではない」とでも言いただけだな?
どうやらそうらしいな。
なんだったんだこの戦いは……
ここまでやられると「コンセプト」を認めるしか無い。
「コンセプトアルバムっていうけど似たような曲詰めてるだけだよね~~~」ぐらいの奴多すぎるから油断してたわ。
本当にコンセプト突き詰めるとここまで尖るのね。
味が定期的に変わるすげー長い千歳飴食ってるような気分だ。
いやいやこれは映画のストーリー通りに音楽が流れてくるだけでしょ。
……いや……それでいいのか……。
物語にそって流れるサントラはそれ自体が巨大な物語を表現した一幕のオペラか。
いやいや……それは反則だろ。
あーでもアルバムの定義次第だからサントラが無しとは言えないんだよな。
じゃあとりあえず負けでいいや。
あちこちで言われているだけはあるな。
噂の「猫背の虎」とやらを一番最初にやることで「どういうコンセプトのバンドであるのか」を紹介してくるのか。
最初の数曲は全体的に基礎コンセプト紹介しつつ万人受けしそうな感じの曲が並んでいて、「まずは名刺配りますんでよろしくお願いします」みたいな礼儀正しさがある。
そういう態度を取られるとこっちもまあ残りも聞いてやろうかなってなるな。
いきなり「忘れてやんない」とか言われたら「は?お前がそもそも誰?」にしかならんかったと思うし。
アルバムという形に込めた一つのライブという感じだが、押し付けがましいようなコンセプトもなくただ満足した気持ちで聞き終わった。
単純に出来がいいアルバムは単純に出来がいいので単純に評価が高くなる。
オタク君に人気のスパロボ歌手だと思ってたけど、オタクくんもライブ行ったら最後の曲で肩組んで「ララ~~ラ~~ララ~~~ラ~~~」って脂ぎった体でやるの?
というイメージが浮かんできた時点で今回のルール的には完全にこっちの負け。
曲順によってこういう曲単品で聞いただけでは存在してなかったであろうビジョン見せられるアルバムの例として良かったぞオタク君。
この話題でそれ出されても「そりゃそうだろ」にしかならんと思う。
ああいうのは一つのミュージカルを章ごとに分けてるだけだからアルバムって名前だけど実際には「長大なシングルに近い」と思うぜ?
こっちは別に「スターウォーズなんて三部作最後の3と6だけ見ればいいじゃん。どうせ途中の話は前回までのあらすじって感じで分かるだろ」みたいなことは言ってないぜ?
同上。
音と向き合える素晴らしい名盤だとは思うが、「この組み合わせ、この曲順でなければいけない」と言えるかというと微妙に思う。
まさに「お中元用の定番セット」のような……最高が揃っているが、最大公約数的な組み合わせには凡庸さがあるという印象だ。
まあ期せずしてベストアルバムみたいになってしまった物の一種として考えれば最高にお得だし、これを買った当時の人達は盛り上がったんだろうなと思う。
今の時代になってから戻ってきて「こんなの自分でプレイリスト作れば~~」と言っているこっちがおかしいのは分かるが、「アルバムってのはよ~~単なる詰め合わせじゃなくてよ~~~」で上げてくるのもなんか違うと思う。
さてまあ今回色々と紹介してもらったわけですが、アルバムごとに個性ってやっぱあるもんですね。
そもそも個性のあるアルバムみたいな題で聞いてるんだからそうなんですけど、どういう形を目指すかっていうのが色々あったと思います。
アルバムってシングルと違って「始まり」と「終わり」があるわけで、そうすると勝手に他のも「始まりからいくつ」とか「ちょうど真ん中ぐらい」とかになるわけで、するとそこに何らかの意図が絶対産まれるんですよ。
シングルだと結局はメインとサブっていう真っ二つの役割だけになりがちで、何故この流れでこの曲を流すのかの意味が単品で感じさせにくくなる。
もちろんアーティストの歴史の中で曲を出した順番やタイアップ、近況とかも把握して追っているファンであればそれぞれの中に意味を見いだせるんでしょうけど、そういった意味をキャッチアップするのは音楽を日常的に聞くほどではない人間には厳しいです。
アルバムはその点において構成によって意味を補ってくれるというか、「曲を単品ではなく何らかの奥行きを持って味わいたいけど、そのために調べるほどの気力はない」って人間にマッチする部分があると感じます。改めて感じました。
「お得な詰め合わせ」というのも単に悪い意味だけでなく「シングルにあの値段を出すほどの熱意は音楽に持てない」という人間でも新しい体験にドンドン踏み込んでいける緩さがあると感じます。
ただ、そうして手に取ったアルバムがただ「とにかく最近のを入れました」だと、ずっと追ってきた人なら「最近はこういうのが増えたんだね」と感じ取れたとしても、そうじゃない人間は順番に曲を聞くだけ、それもシングルほどには気合の入ってない、時には捨て曲のようなものが混じった体験をすることになるわけで。
この辺がちょっと悔しいと素人は思ってしまうんですが、音楽が好きな人はそういった「シングルなら世に出られなかったような曲」も味わせることにも価値を感じたり出来るのかなと羨ましくもあります。
今回漠然と「勝ち」「負け」なんて決めたわけですけど、実際にはそれぞれの価値観において音楽との向き合い方があり、そこに他人をいちいち踏み込ませたくないようなパーソナルスペースのようなものもあると思うと、ちょっと言い過ぎたのかなと思いますので最後に一言誤ります。ごめんね。m(_ _)m
社会人になってから長年システムエンジニア(に近い)仕事をしてきたのだが、同時並行的にやる仕事がメチャクチャ多くなってきたことと上司の無理解が重なった結果、
年甲斐もなくキレてしまい同じ会社の営業部門に営業支援技術担当として異動してしまった。
ちなみに会社は外資系のIT企業日本法人で、中途入社して10年以上の勤続年数である。正社員で、特に部下もいない一般スタッフ。
エンジニア(ぽい仕事)の時は、契約に基づいて作業することが求められていたので、細かい実現方法やトラブル対応などの難しさはあったものの、「やることがわからない」ということはあまりなかった。
仕事自体もお客さんや営業が持ち込んでくるのでそれを捌けばよかったのだが、営業職に移ってからはまさに「何したらいいのか」がわからずしばらく暇をぶっこいてしまった。
ある程度周りをみたり、同僚のやってることを真似していろいろ始めてはみたものの、大した成果は上がっていないというのが現状。
俺はお客さん(アカウント)を固定で持たないで、特定のソリューション(データベースとか、セキュリティとか)に関する営業を担当しているのだが、
そもそも話が来た時点で俺の担当ソリューションの話じゃなかったり、間違えた使い方をしようとしてたり、競合と天秤に掛けてきたりと無駄な会話も多い。
一番気になっているのは、「時期に関する感覚のギャップ」ってやつで、会社のマネージャー層は「すぐ売れる」って思っているがお客さんは「じっくり比較検討して予算執行時期が来たら買う」って感じだし、
一緒に動いているお客さん担当は「早く買ってくれないかなー」と思いながら俺は「どういうスケジュールでこの話は動いているんだ」って思ってる。社内ではマイルストーンとかパイプラインとかいう表現で
どんな案件が今どんな状況で、今後どれぐらいの売上がいつ上がりそうなのかをシステムで管理しているのだが、これがそもそも内容がめちゃくちゃだったり更新されてなかったりするので、俺も含めて色んな人が情報に振り回されている。
それでも、エンジニアやっていたときよりは仕事は忙しくないし、プレッシャーもきつくないんだよね。で、給料も同じレベルだったら営業部門のほうが良かったりする。なんなんだろうな。
もちろん売上が上がらなかったらリストラもあると思うんだが、エンジニア部門でも10年で3回ぐらい、デカいリストラがあったからエンジニアの方が厳しいかもしれない。
ついでにいえばリストラで割増退職金が出るならむしろ喜んで出ていくと思う。自分でやめた時は出ないからね。
別にうちの会社が特殊なことは無いとおもっていて、よそのITの営業部門でもこんな感じなんだろうな、とは思うんだけど、この仕事うまくやっていけるのってどういう人なんだろうな。
言語化できる能力があればいいんだけど、無いから悶々としている昨今ではある。そんな事考えてても給料もらえてるので幸せなんだろうけどね。
幼稚園児の悲しい習性 なんでおれのものにならないんだろう おかしくね
なんでおれが中田しできないんだよ しね なんでおれのものにならないんだよ
はあ味わいたかったな サッシ能力ってどうやって磨けばいいんだろうな 京都にいけばいいのか
ロックマンエグゼ スタイル ナビカスタマイザー わかってて行動できないってなんだよ
わかっててうごかねえって 電話しなきゃいけないのに やることがおおすぎて頭ぱにくっちまう
死んでもいいわ まつりになろうがなんだろうが 大成功しようが どっちでもいい
金 女 焼肉 焼き鳥 軽井沢 草津温泉 アップルパイ アブニャン ピットーレ
猫ちゃんそあそびてーなー カブトムシ手にのっけてえなー 目的に追われたくない
ずっと寝てたい 情報をゲットしたい あ おれしたいことあるじゃん でもジレンマ どっちか諦めなきゃいけない
一気に仕事行く気なくなってきた おれだけ力使う仕事多くない? それに気づいて
親の子とどうこういったってどうしようもねえてわかってるんだけどね 頭でわかってるんだけど
全部リセットしてえ 仕事も人間関係も いま耐えてるけど 3人くらい残してリセットして
間違ってるってわかっててもそっちにいくとき 無駄も全部ひっくるめてやっちまうか 無駄だってわかってても もうめんどくせえや
やるべきことがおおいのってのと すごい大量のオーダーがあってなにからつくっていいかわからないとき うわああ 配信資格トレーニング恋愛
ほんとは電話しなきゃいけないのに わかってて ジレンマ 本当は仕事あるのにバックれて自己嫌悪 わかってて行動に移してないのなんなの
自分では自分が分からねえよ ほかの連中は月なんじゅうまんかせいでるのに わかってるのに 目に入ってね 考えてしまうんですよ 40
今は全然違うけどね なんで払ってくれないんだろう やることがおおすぎて頭パニくっちまう マイルストーン やる気って言葉はないんだよ
その作業に没頭していく 作業興奮 わかってんだけど ごめんって言えない 言い訳ばかり お菓子のゴミ片付けれなくてごめんでいいんだよ
ネタだからで逃げて謝らない 店員でもないのにいらっしゃいませーっていう遊び 君ら信じてたんだ 高校のころとれるのかよ 電顕二種 なぜ愛するんだ
うまいから 脳にライター デカルト作戦 1から10 123123123 困難を分割せよ だいちゃんにヒモ梨バンジーやらせてえ ビルからつきおとしてえ
いや、そもそもさ、1年の目標ってでかすぎてPDCAまともに回らねえじゃん。
ひとまず「今月の目標」でいいだろ。
いや……実際には「今週の目標」……だと小さくなりすぎるか……。
「今週のマイルストーン」ってのはどうだ。
ひとまず何かやってみるか。
そうだな。
最近本を読んでないから「一ヶ月で本を10冊読む」とかにしてみるか。
まあ楽勝だな。
適当に図書館でゴミみたいな自己啓発本を10冊借りて読むだけだ。
ガチれば1日で終わるだろう。
とりあえず今週はその10冊を入れて1冊読もう。
来週は2冊。
その次は3冊。
最後に4冊。
終わりだ。
群馬大学のアカハラが文集で取り上げられているけど、OBとして個人的お気持ちをつらつら書きたいと思う。
自分は学生時代に非医学部の学生として服部教授の「性と死と家族の倫理学」という授業を履修しており、また2016年にアカハラを受けた学生とも顔見知りである。
個人情報や現在進行中の裁判にもある程度影響しそうな話も知っているので詳細は伏せながら書き連ねたい。
まず、非医学部の学生から見えた服部先生は「気難しくて厳しいけど、面白い先生」という印象であった。
倫理学という観点から自分の中にあった(授業で取り上げられたテーマについての)価値観を切り崩され、また、再確認する機会となった。
あの経験があったことで、より視野が広がり、弱者やジェンダーの問題について考えることが増えたように思う。
あと、授業中に正しいコンドームの付け方を教えてくれたのは結構役に立っている(セクハラのような雰囲気はなかった)
次に人から聞いた、医学部生視点の服部先生の印象であるが、概ね「『医療倫理』の授業に比べたら『性と死と家族の倫理学』の授業の先生は相当優しい」という意見であった。
また、「医療倫理」の授業について、当時は「真面目に授業を聞いて、教授に噛みつかず、圧倒的量のレポートをこなせば単位はもらえる」という声が多数であったと思う。
噛みつく学生や変に拘りの強い学生、頭の硬い多浪生は単位を貰いずらく、また、生徒と先生が対立すると授業が進まないから険悪なムードが漂うことがあったと言う話も聞いた。
ちなみに、「医療倫理」授業は医学部生だけでなく、医学系の院生も必修に入っているため履修していた友人がいたが、その人曰く「医学部の学部生」以外にはゆるい評価である、とのことであった。
(個人的には「医療倫理」の授業では外部講師も招くことが多く、ジェンダーの観点で生き証人のような研究者が招かれていたのでモグリをしたかった)
記事にもある通り、単位が降りるのが厳しいため、病院実習が始まるまで(群大医学部では病院実習が始まると卒業まで難なくこなせるという風潮があった)の各学年におけるマイルストーンとなっていた授業の一つだった。
いずれにしても、当時の服部先生は賛否両論はあれど、個人的には一番もう一度授業を受けたい先生と思っていたので、どうしてこのようになってしまったのかという思いが強い。
あと、群大内で(学外に出ないものも含めて)やらかしが多いのは決まって医学部である(今回や前回のアカハラ、「私は学長です」事件・論文不正、附属病院であるが腹腔鏡の医療ミスなど)、という風潮があった。
そういった風潮は、(私が学生であった当時は)新入医学生が医学部の教授会に自己紹介を兼ねた一発芸を披露する必要があり、女子医学生も含めて一部は裸踊りに近いものを披露することがある、と聞いていたので、
醸されていったのだろう。そのような「昭和な雰囲気」が、医学部が不祥事の温床となる風土を作り出しているのだと思う。
医学部が大学としての稼ぎ頭であるのはわかるのだが、いちOBとしてちゃんとした風土改革が必要だと思う。他学部の方では「医学部だけ県立福祉大と合併すればいい」、「医学部以外宇都宮大学に合併すればいい」などといったジョークが出ることもあった。
そういったブラックジョークがなくなることを願う。
自分の身を守るため、名誉毀損や誹謗中傷にならないように、あえて肯定的なことと無難な伝聞や組織体制へのお気持ちしか書いていないから、擁護をするように読める文になってしまったけれど、書かれていない批判的なことが本当は知ってほしいことだってのは、読み取ってくれとは言わないけど、(立場を)理解してくれたら嬉しい。
群大の医学部は年齢差別が酷い、のような言説があるけど、むしろ医学部への再チャレンジが開かれたの大学だよ。
国立大医学部で編入制度のあるところがまず少数な中で、弘前大の20名についで15名受け入れている。
私に良くしてくた医学部の先輩複数名も編入組で、年齢もバラバラだった。
年齢差別裁判以後は変わったんじゃないかと思う(裁判以前を知らないからそこは語れない)
一発芸の話は私もドン引きしたし、当時は医学部に未練が残っていたけど、そんな気持ち一気に吹き飛んだよね。
今でも医療現場の人間関係の話聞く度に、医療職にならなくてよかったと思ってしまう。
ちなみに、私は授業中に(授業妨害にならないレベルで)噛み付いた側の学生だったけど、普通に(2ch文化のようなものではないちゃんとした)「論破」をしてくれたし、それによって下げられるようなこともなく良い成績で単位は貰えた。
はてぶにもちょっとだけ書いたけどあっちは文字数制限あるので改めてこちらに。
僕(アラフィフおっさん・既婚)からの意見だけど、それ、詰んでないと思うよ。そこからスタートで普通だよ。
同じクラスにいるという関係性を増田は「クラスでしか」というくらいだから軽く扱っているようだけど、それ、結構濃厚なつながりよ?
というか、増田のゴールまでの道のりが短絡的に過ぎる気がする。
今は「同じクラスにいる」という関係性なんだよね。で、増田が書いてる「ネットで毎日会話する」とかその先にある「現実での交友」とかは、かなり先のマイルストーンだと思うんだけど、それを「同じクラスにいる」の直後に持ってくるから詰んだような気がしちゃうんじゃないかな。
多分、人間関係を構築するのってすごく時間がかかってしまっても良いと思うのね。
なので、せっかく今手にしている「同じクラスにいる」を少しずつ育てていってチャンスを狙おうよ。
僕なら、まずは相手に「増田君」を認識してもらうところからだと思う。
ちょいちょい彼女のことを気にしておいて、彼女が困ってそうな時に増田が勇気を奮い起こして一声かけてあげる、というような小さくて地味なことを積み重ねていくのはどうだろう。
例えば花粉症でつらそうなときにティッシュ貸してあげるとか、本人が気づいていない落とし物(文房具とか)があったときに教えてあげるとか、そういう小さなチャンスを拾おう。
多分、最初のチャンスは増田が見送っちゃうような気がする。仕方ない、それもありだよ。次のチャンスをまとう。
チャンスを生かして声をかけたのにめっちゃ噛んじゃったとかうまくいかないかもしれない。それもありだよ。また次の時に声をかけてあげなよ。
てかむしろ一度うまくいかなくても「この間も助けようとしてくれた人(前回はニーズがなかったけど)」というステップに進めるよ。
そうやって少しずつ少しずつ、「名前も知らない男子」から「増田君」になっていくの。
そしたら何かのタイミングでLINE教えてもらえるかもしれないじゃん。「SNSで会話」は、現実である程度の関係性になった上で築くほうが絶対にいいと思う。
あと、「男女混合で遊ぶ」は地味に要求水準が高いからおすすめしない。男子とも女子とも仲良くするのすごく大変。男子の中でも競争が発生するし。
いや、EV信者が何を言おうと、EVアンチが何を言おうと、EVの受け入れには関係ない。
消費者の行動を決めるのは、理屈や能書きじゃない。環境正義も国内産業保護も関係ない。
EVが補助金込みでICEと同等以下の価格になったときに、ICEやHVは過去のものになり、一気にEVへの移行が始まる。
そして、そのタイミングはそれほど遠くない。
ICEに比較してEVの価格を押し上げているコストファクターは、バッテリと空調しかない。
そのバッテリは、今のところマイルストーンを着実以上のペースでクリアし続けている。
だからいずれ、BEVのほうがICEやHVより安くなる。そういうものなんだ。これは確定した未来だ。
だから、EV普及のためには、別にEVを応援しなくてもいいし、EV信者を滅ぼす必要もない。
ただ見ていればいい。
昨年、資産が1M USD、1億円相当を超え、副業だけで1000万円以上収益が出た。この2つのマイルストーンの達成を誰かに共有したかったわけだけど、金がらみの自慢話を非匿名で不特定多数にするのはトラブルのもとでしかない。じゃあここで書き捨ててしまおうというわけ。それだけではあまりにも時間の浪費感を正当化できないし、読む側としても身が無くて面白くないので、2つ目の目的を混ぜこんだ。ついでに5時間のフライトの中で何かすることを見つけたかったのが3つ目の目的。
セキュリティ系のソフトウェアエンジニアを15年程度。本業の年収は株(RSU)を含めて290K USDくらい。カナダに10年住んでいる。
3年ほど、日本でセキュリティ関係の研究開発を行った。最終年収は650万と、地方出身文系学部卒としては悪くない額で幸せだったものの、英語の重要性を辛く体験したことから、退職し、ワーキングホリデー・プログラムでカナダに引っ越し、語学学校に通った。この時TOEICは400点台。約半年後、運よく現地の会社でリバースエンジニアリングの仕事を見つけた。この時の給与は45K CAD。現地の大学新卒より低い給与だったが、英語学習や異文化交流的な楽しさ、ワークライフバランスの良さから幸せで、当初は1‐2年で帰国する見込みだったにもかかわらず、結局定住した。
「英語で十分、仕事と生活ができる」という自信がついた。日本語しか使えない場合よりずっと気楽に旅行ができるので人生の楽しみが増えた。技術情報を英語で収集できることも、技術者としては大きな利点で、翻訳を待つ必要がないし、カンファレンスも楽しめる。
ワークライフバランスが良くなった。カナダの最初の会社では、5時になるとほぼ人がいなくなり、6時になると上司から「帰らないのか?」と聞かれ衝撃を受けた。その後2回転職をしているが、この傾向は変わらない。ここ3年は「1日9時間厳守」に腐心していたにも関わらず昇進したり昇給したりと、「頑張ることが素晴らしい」と教え込まれた自分の価値観が崩壊しかかっている。加えて、住環境が東京と比較して圧倒的に良い。家は広いし、自然がすぐ近くにあるし、人混みはほとんどない。
額面の年収でいえば5倍くらいになった。年収が増えた理由の一つは、エンジニアの市場価値の違い。経験5年以上(シニアポジション)のエンジニアの相場は、日本では~1500万円くらいのようだが、USだと150K USD~だ。自分のように10年以上の経験だと250K USD前後は珍しくない。日本と北米のエンジニアに技術力の差があるわけではなく、雇用する側の金の量の違いだ。関連して、副業で稼ぎやすい。英語ができると、北米と欧州のほとんどが潜在顧客になる。競合もあるが、それ以上に母数が大きいので、日本の金銭感覚で育った人一人を満足させるには十分な額(eg, 1000万円)くらい簡単に稼げてしまう。
将来リタイヤしたり、体調を崩した場合でも日本に帰国できる。日本は十分に綺麗で、安全で、食事のおいしい国だ。さらに円はUSDと比較して弱いし、そうであり続けるだろうから、USDで稼いで帰国し円で生活する場合、金銭的な余裕ができやすい。端的に言えば安い国に移住する状態だ。
そうかもしれない。だから、あなたは自分で調べて自分に合う選択をすればいい。この記事ではデメリットは1つも挙げず、単に「私には合っていた。よかった」と主観を書いた。フライトはあと1時間未満なので、ここで終わりにする。
情報処理技術者試験の時期になり様々な駆け出しエンジニアのツイートがTLに流れてくる中で、(個人的意見ではありますが)努力の方向性が間違っているのではと思われるものが散見されました。
努力の量は関心しますが、やり方が悪いために全てが水の泡だというのはあまりに気の毒なので、散々語り尽くされているであろうこのトピックに触れることにしました。
タイトルにもあるように、今回触れるのはあくまで「辞めた方がいいこと」なので、こうするべき!こうすれば必ず成功する!というものではありません。加えて、あくまで個人的意見です。しかし、おおよそのまともなエンジニアは同意するのではと思います(もしそうでないのであれば多分この記事がツイッターで燃やされることになると思うので、「へー、違うんだ」と思ってこの先を読み進めるなり、ブラウザを閉じていただいて結構です)。
ちなみに、自分はIT業界には大卒未経験で入ったweb系自社サービス企業の中堅エンジニアです。
やめた方がいいことは2つあります。
おそらくモチベーションの維持や情報収集のために同じ駆け出しエンジニアをフォローする方が多いかと思いますが、これは良くないと思います。
理由のひとつ目は、あなたが誤った理解や努力をしていたとしても彼らがそれを訂正してくれることはないからです。それに、彼らの情報は成功に裏付けられたものではありませんし、正しいという保証もありません(間違っていることが多いと思います)。この間違った情報のスパイラルにハマって誤った情報に翻弄され、気の毒な努力を積み重ねている駆け出しエンジニアをよく見かけます。
ふたつ目は、他人の努力をモチベーションにするならば、その対象は初心者ではだめだからです。駆け出しエンジニアが一人前になるには他人の何倍も努力が必要です。その「他人」というのは同じような初心者ではいけません。スター企業で働くようなエンジニアに追いつきたい(= スター企業で働きたい)のであれば、そこで働くような人の何倍も努力しなければいけません。努力の基準を求めているならば、「こうなりたい!」と思うようなエンジニアを参考にした方がいいと思います。
ではどのような人をフォローしたりすればいいのかですが、ひとつの案ですが、自分の持っている技術書の著者がTwitterなどのSNSをやっていないかを調べ、フォローしていくのが良いかと思います。優れた技術書を書いている人は正しい情報を発信している可能性が高いので、有益な情報を得られる可能性が高いです。他には、所属を明らかにしている人をフォローするのもいいと思います。そういった人たちはある程度責任を持った上で発言しているはずなので、完全に匿名のアカウントよりかは正しい情報を発信している可能性が高いです(めちゃくちゃ自己矛盾していますが)。
未経験の駆け出しエンジニアにとって一番やらないといけないのは「実務経験を積むこと」です。決してたくさん資格を取ることではありません。まずは「どうやったらIT企業に潜り込めるか」をマイルストーンに据えて、何が最短ルートなのかをよく考えた方がいいと思います。むやみに受験するなとは書きましたが、「受験はするな、意味がない」ということを言いたいのではありません。「どうやったらIT企業に潜り込めるか」を調査した上で、資格を取得するのが最短ルートなのであれば積極的に受験するべきだという主張です。よくプログラミングスクールが批判されていますが、それが手段として最も有効なのであればそれを活用するのも良いと思います。とにかく、資格もスクールもIT企業に入るための手段として考え、手段が目的になってしまうようなことにはならないように注意したほうがいいと思います。
ここでは「じゃあ何が一番最短ルートなのか」については敢えて触れませんでした。人それぞれ、これまでの経歴や適正、環境や運によって答えは異なり、確実な再現性はないからです。キャリアの積み方はベテランエンジニアでも最適な答えは分かりません。結局はみんな自分で判断していくしかありません。ぜひ色々情報を収集し(くれぐれも信頼できるソースから!)、"自分の頭で考えて"みてください。よき駆け出しエンジニアライフを!