はてなキーワード: 非業の死とは
宇宙世紀の「正史」を我が物顔で「偽史」に塗り替えてしまったからだ。
UC以前の宇宙世紀スピンオフはあくまで「稗史」としての分を弁えていた。
とはいえ、いやだからこそ、宇宙世紀を拡張できたのが福井晴敏だけだという事実も直視せねばならない。
富野亡き後もサンライズはガンダムシリーズを続けるつもりである。
閃光のハサウェイは映像面でのニュースタンダードを示したが、しかし原作は富野である。
次にアニメ化されるのはクロスボーンガンダムだろうか。これも富野原作である。
その次は?
その次は?
誰が新しい宇宙世紀を作り出せるのだろうか。
我々は次の百年も福井晴敏に苦しめられるのか?
新しい路線を貫徹することができず盛大に転倒し、
ガンダムはどうなるのか。
薄らと初代をなぞるだけの模造品など必要ない。
どうも、2ヶ月ほど前にanond:20210307134831という増田を書いたヘボトレーナーです。
あのあと、anond:20210328055646で書いたように無事うまぴょいでき、第2章も読め、今では厩舎に8人ほどAランクのウマ娘を抱えることができている感じ。残りのウマ娘も最高評価点は全部B+。チーム競技場ではなんとかCLASS 5を維持してる。GWではゴルシマニーのおかげで多くのウマ娘の覚醒Lvを上げられた。それもこれもみんな助言をくれた人たちのおかげだ。感謝の言葉もない。
で、ウマ娘の新イベントであるタウラス杯について。ギリギリBランク育成(イベントの中級リーグの参加条件が「Bランク以下」なので、B+にならないギリギリの範囲でステータスを最大限にしようという育成)が流行っているけど、正直評価値の計算とかめんどくさいので、どうしようかなーと思っていた。そりゃ勝ち目があるのは中級リーグの方だけど(最上位層はSSランクとか育成してるのでランク縛りのない上級リーグでは多分抜け落ちた尻尾の毛すら踏めない)、そのためにちまちま計算しながらプレイするのは手間だよなって。
しかし、これまでの増田で書いたように、俺は育成の下手なヘボトレーナーで、B+に到達させられずに終わった育成がいくつもある。そこで自分の厩舎をチェックしてみると、スピードがSに到達しているBランクのナイスネイチャ・グラスワンダー・トウカイテイオーがいた。他にも、A+のステータスを持ってるウマ娘が何人もいる。これらは(まだステータスを伸ばす余地があるという意味で)ギリギリBランク育成ではないけれど、Bランク以下限定のレースに出して競わせるには十分な出来なんじゃないか。
過去の失敗した育成が、新イベントの役に立つ。育成で思ったような成果が出なくて苦しんだ日々は、無駄じゃなかった。
そう思うと、なんだか救われた気がした。ナイスネイチャの育成は本当に苦しかった。一番好きなキャラなのにちっともURA優勝できなくて、初めて当たった温泉旅行券は決勝敗退で紙屑になった。今ではAにすることはできたけど、一番多く育成しているのにちっとも前に進めなかった苦い記憶はずっと残っている。グラスワンダーも全然B+に到達させられなかった。ようやくURA優勝できたと思ったら途中で敗退したやつよりも評価値が低かったなんてこともあった。お召し替えをしてようやくB+のURA優勝ウマ娘にすることができた。トウカイテイオーだって何度も育成に失敗し、無冠のまま終えた育成が何度もある。俺より後にゲームを始めた人がスイスイ名鑑Lvを上げて俺を追い抜いていくのを複雑な思いで見つめたこともあった。
けど、それらの失敗を繰り返したおかげで、高いステータスを持つBランクのウマ娘が、いま、何人も俺の手許にいる。もちろんギリギリBランク育成を頑張っている人たちの育てたウマ娘には敵わないかもしれないけど、ランク縛りがあるのなら十分に戦える出来だろう。
過去のうまくいかなかった育成が、こんな風に役に立つなんて思いもしなかった。ありがとうウマ娘。
とりあえず、評価値8,100ちょいでマエストロ持ちのマチカネフクキタル、同じく評価値8,100ちょいでマエストロ持ちかつ先行Sのオグリキャップ、評価値8,000ちょいでハヤテ一文字とマエストロ持ちのナイスネイチャとグラスワンダー、このへんを出走させてオープンリーグに挑戦してみることにしたい。評価値8,185で弧線のプロフェッサーとマエストロ持ちでマイルSのハルウララもいるんだけど、今回芝だからな……
ちなみに温泉旅行に行ったのは計5回です。ちっとも温泉旅行券が当たんねえじゃねえかと思ってたら最近立て続けに当たって驚いている。行った回数は、サイレンススズカと1回、グラスワンダーと1回、エアグルーヴと3回。エアグルーヴ先輩温泉旅行当てすぎだし、温泉旅行に誘ってくるときやたら強張った感じになってるし、旅行先では俺に緊張をほぐされていい雰囲気になってるので、間違いなく俺とうまぴょいしてるし3回もうまぴょいしたんだからもう実質俺のお嫁さんだと思うんだよね。お義母さまからの信頼も得てるしなワハハハ。スズカさんの温泉旅行はなんというか感無量だった。あの走ることを愛し走ることのみに集中してきた子が隣を歩きたいと言ってくれた、というその一点だけで感涙モノだと思うんだけどどうだろう。サイレンススズカ、大逃げが好きなのと非業の死があるので史実の段階で思い入れが深いんだけど、ウマ娘では楚々とした鈴を転がすような声で喋る儚げな美少女(中身は走ることしか興味のないド天然)という造形になっていて、こんなの大事にするしかないじゃん……! という庇護欲が湧いてきてしまって蝶よ花よとばかりに育てているので、温泉旅行であんなセリフ言われたらもう涙腺緩んじゃうわけで。グラスワンダーとの温泉旅行、さり気なく別室であることが示唆されてて草。いやどう見てもエアグルーヴ先輩とは同室に泊まってましたよね? と思ったけど、グラスちゃんは武士だからそのへんキッチリしてるんだろうね……
Yahoo! 映画の評価は4.32点で、お役立ち度の高い感想は概ね5点満点。概ね好評のようだが、ぼくはあまり楽しめなかった。ここ数日、このことをずっと考えていて、気持ちを整理するために書くことにした。
エヴァンゲリオンは、使徒という人知を超えた存在との、生き残りをかけた戦いがテーマだと思っていた。生き残りのためにエヴァという力にも手を出し、本当にギリギリのところで危うく戦っていく物語だと、少なくとも新劇場版の序と破までは認識し、そこに魅力を感じていた。
登場人物の内面を丁寧に描きつつ、ときに人類存続の危機を前に、個人の思いが非情に潰されてしまう。破で3号機に閉じ込められたアスカを守ろうとするシンジや、使徒殲滅のためにダミーシステムを使う判断をするゲンドウの行動、そしてその後のシンジの怒りなど、そのあたりはとても心に響いた記憶がある。
しかし、Qから雲行きが怪しくなってくる。使途との生存をかけた戦いというテーマは影を潜め、人類のために戦っていたはずのシンジは、逆に人類を滅ぼしかけた張本人になってしまう。そして戦いは使徒対人間ではなく、ネルフ対ヴィレ、つまり人間同士の争いになっている。シンジとアスカがエヴァで戦う羽目になるが、そこには使徒との戦いにあったような心に響く要素はなかった。
Qで共感できたのは、「何でこんなことになったのか、ちっとも分からない」と叫ぶシンジの声だけだった。
あれだけ切羽詰まっていた使徒との戦いはどうなったのか。勝ったのか負けたのか。結局人類を滅ぼしたのは使徒ではなくシンジだったということなのか。それなら、あの序と破で描かれた必死の戦いはなんだったのか。生き物がほとんど消滅した地球で、ゲンドウは今更何をしようとしているのか。Qを観たあとは疑問ばかりが残り、釈然としなかった。
ぼくは結局、「破の予告の続き」をQで観たかったのだと思う。しかし、それはQには描かれていなかった。
そしてシン・エヴァンゲリオン。そこに描かれていたのはQの続きであり、TV版と旧劇場版の再構築だった。終わらせ方としては、本当にきっちりしっかり終わらせたと思う。しかし淡い期待は裏切られ、「破の予告の続き」は描かれなかった。
ぼくは使徒とのギリギリ、ボロボロの戦い、多大な犠牲を払う戦いのなかで、最後の最後で使徒に勝利し、やっとのことで人類の存続を勝ち取るという展開を観たかった。しかし、描かれていたのはシンジの救済、そして主要登場人物の救済であり、戦いはある意味で添え物のようなものだった。
ひとつ言いたいのはゲンドウ。あいつはどうしようもない。ネルフの長であるゲンドウは、死んだ(消滅した)嫁さんに再会するためにヴィレと敵対し、ラスボスをやっていたのか? エヴァを使った謎の儀式は嫁さんに会うためにやった? 人類が滅ぶかどうかという状況で、それはあまりにも話が小さすぎる。共感できない。そんなことだから部下が離反するんだよ!
最後のほうの劇中劇のような演出、登場人物の内面語りと救済の展開は、やっぱりエヴァならこうなるよねと思ったし、救われていく人たちを観るのは悪くなかった。でも、シンジ以外は軒並み非業の死を遂げて、最後にやっとのことで使徒に勝ち、使徒が襲来しない世界が実現するという話も、やっぱり観たかった。
エヴァンゲリオン新劇場版は、Q以降、方向性が大きく変容しているように感じる。変容する前の新劇場版に魅力を感じていた身としては、シン・エヴァンゲリオンは不満の残る内容だった。
もちろんこれは、ぼくの「チラシの裏」であり、ほかの方の感想を否定するものではありません。気に障るようなところがあったら許してください。
ぐるぐる同じとこを同じような車がまわって黒い(銀色)のが勝つレースはショーとして見ると萎える。
今の状況を漫画的にとらえればどんな結果でも面白いし、レース中の無線も楽しめるし飽きないはず。
以下キャラ紹介
普段は王子キャラだが無線で見せるオラオラ感のギャップがいい。
その影には日本で非業の死をとげた兄と慕った先輩ドライバーがいた。
二世F1ドライバー。F1最年少デビュー記録を持ち、F1のルールすら変えさせた男。
同世代の中では圧倒的速さがあり、F1王座の地位は約束されていると言っていい。
3強のなかでは劣ったマシンを与えられながら常にトップ争いをし続ける。
ホンダを勝利に導いた救い人である。性格は苛烈。基本的に同世代は歯牙にもかけていない。
若い頃からしのぎを削ったメンバーの一人だが、同じチームだったこともあり仲がいい。性格はめんたま飛び出るほどのナイスガイ。だがそこが欠点とされる。
ただし、サーキットでのバトル能力は高い。フェルスタッペンに同じマシンでボコられていてピンチ。母親が刑務所にいったり、一度F2のシートすら失いかけたりした苦労人。
ルクレールはインタビューでライバルを聞かれるとアルボンと答えるのはエールか。
ルクレールと同じく非業の死を遂げたドライバー、ビアンキを慕っていたドライバー
ビアンキとは同郷であるフランス出身。クルージングでは速さをみせるがバトル能力にかける。タッペンにぼこられ、アルボンにレッドブルのシートを奪われたことに屈辱を感じている。フランス人らしい我の強さでその言動をマスコミに取り上げられがち。
サイコパス。ぶつけたフェルスタッペン笑いながら近づいて突き飛ばされるという場外乱闘起こして盛り上げた。とにかく誰とも仲良くできない男。お金のない家庭に育ち苦労をしてきたからという説もある。ガスリーとは実家も近いほんとうの幼馴染だが今は犬猿の仲。
ランドというスターウォーズから取られた名を持つゲーム好きの陽キャ。いたずら好きでパドックでも人気者。フェルスタッペンとはeスポーツチームではチームメイト。誰とでも仲が良い。速いし、うまい。
ラッセル、ノリス、アルボンの1,2,3でF1に昇格しており、もっとも速さをもっていたが、最も遅い車で孤独に戦っている。ただ、その才能は折り紙付きであることには変わりない。自分でパワーポイントでプレゼンしてF1シートを取ったという伝説を持つ。ハミルトンが引退してしまえば実は最速でチャンピオンになるかもしれない男。
ーーここまで同世代
わたしアラフォー寄りアラサーで年収350万くらいの正社員だけど
残業代とか要らないし投薬の関係で酒飲めないのでとにかくサッサと家帰らせてほしい
転職したら定時で帰れない日は月に1日あるかないか(というか無い、マジで毎日定時帰り)で
おまけに仕事内容が自分に向いてて楽しくて楽しくて仕方がないという天国ですわ
難点はあともうちょい近場に住める給料出ればなーってところ
あと欲を言えばコアタイムフレックス入れてほしいなってくらいか
現状サビ残経営者を刑事告訴できない以上、奴隷の身としてはとにかくスキル付けて「ゼニよこさんなら出てくやで」ってやるか(やった)、逆に「ゼニよこさんのやし働かんやで」ってやるしかない
前者は軽い人間不信がずるずる続いてたましいが腐っていく音がするようになるし
後者は自己肯定感が非業の死を遂げてしまいたましいが腐っていく音がするようになるので
何せただ判断を先延ばしにして何もしない状態を保ってるだけでも実質的に後者の戦略を取り続けてることにはなってしまうんだから
まず、当増田は
・女性で成人している。
・服薬しておりおそらく一生服薬する必要があるので献血はできない。注射がマジで嫌いで怖いのでこれまでもしたことはない。予防接種だけでたくさんだ。毎年インフル打ってるし麻疹風疹もこの前打ち直したんだぞ。
・「宇崎ちゃん」について侃侃諤諤の記事もブコメしか見てない。何なら火付け役になったという弁護士?さんの話も見てない。
・たぶん誰かと意見かぶってるし、「その話はもう決着してる」みたいなアレを繰り返してる可能性ある。
タイトルに関する結論から言うと、「二頭身キャラの無難路線かリアリティ追求型のドラマ仕立てにするとかしてほしい。エロキャラとか露骨に下ネタを連想させるものはやめてほしい」。となる。
ポスターはツイッターが話題になるより先に見た。新宿西口んとこの献血センターの前に出てた。
一番最近見たときは、確かAKBだか他の誰だか知らんけどそういうアイドル?の集合写真的なのになってた。あれもちょっとキモいなと思ってる。
ジャニーズとか韓流アイドルとか男性主人公もののアニメあるいはソシャゲとかでもキモいと感じるとは思う。
まず宇崎ちゃんはイヤだな流石に。あの巨乳強調ぷりのファンタジックな過剰さがイヤだ。宇崎ちゃん本人の無防備さが余計にイヤだ。
宇崎ちゃんに限らず、どころかオタク向けにさえ限らず、男女どちら向けであるかも問わず、あの「無防備にエロくある瞬間のエロさ」を狙って描いてる感じが最高にイヤだ。freeee!(だっけ?すいませんeの数よくわかりません)とか刀剣乱舞の裸体(なんかズタボロになると脱ぐみたいなヤツとだけ知ってる)とかもすげえイヤ。女児の逆上がりのパンツを盗撮する人間に対する嫌悪感に近い。
「見えた」は仕方がない。「見えて、エロいと思った」も仕方がない。その「エロいと思った」もののエロスを人と共有せんとして表現するなら場は弁えてくれ、という感じだ。
「無防備のエロス」をああいう風に肯定的に提示されてると「そう見られたくないならば自衛しなければならない」という警戒感を嫌でも喚起するし、献血という一定時間他人に身を任せてじっとしてなきゃならない場所&行為でまでなんでそんな警戒せなあかんのやという疲労感がやばい。医療なんて患者に不信抱かせたら終わりみたいなところあるのに本当よく起用したよなー。
話が飛ぶけど去年の夏だったか今年の夏だったか、FGOの菓子で、夏の限定のイラスト?かなんかのプリントのがあったろ?なんかすごいハイレグというかもはや尻だろくらいのやつ。昼ごはんのあとのデザートがわりに駄菓子漁ってるとあれが目に入ってマジで萎えてた。メシ食いたいときに性欲喚起狙ったもの出されても不潔感しか残らないんだけど、みたいな。そういうTPOマジわきまえてほしい。なんであの主人公の女の子さんが美味しそうにスイーツ食ってるとかの絵にしないのか本当謎。美男美女のでも昼時の空腹時に乳尻太もも見たくねえだろ普通。特に尻は。どんな美尻でもうんこが出てくるところだぞ。
さらに話はズレるが、大和証券のルパン三世の広告、駅で見かけるけどアレもやめてほしい。キモくはないけど不快。「ルパン一味に資産運用の兆し!」とかいう煽り文句が寒すぎて笑える。連中は資産運用してる奴らからかっぱらう側だろうが。そういうコンテンツとして精度が低いものはもう広告としても下の下で終わってるっていうの、いい加減偉い人は気がつかないのかね。
閑話休題、前述したように私は献血には行けないし行かない。輸血する機会もこれまでなかったし、予定としては今後もない。
自然、通勤の関係で毎日のように通る道で「無防備にエロくある瞬間のエロさを強調したファンタジー絵」を目に入れるという不快さだけ残ることになる。
良いんじゃないでしょうか、法制化。表現規制。ゾーニング。という気持ちだけが募る。わたくしもちゃんと性欲はあるし程度によるが加害的な性的コンテンツも好む日もあるので、そういうときはちゃんとおうちで一人で楽しめるようにはなってほしい。
でもブコメにあるみたいに、「女体大好きでもいいじゃん。男体も大好きだし。どっちもオーケーにしていこうよ」みたいなのはマジでイヤ。四六時中いつもどこでもセクシャルなものを見せられるのは嫌。脱・セクシャルな空間が欲しいし、公共の場はそうあってほしい。
故に、サンリオのキティちゃんさんとかポケモンみたいな二頭身系か、もっとガチの社会派ドラマ仕立てのオリジナルショートムービーとか作って献血業界(?)独自のコンテンツとして育てていくとかするのがいいと思う。
少なくともあのポスターはダメだし、「法律に従えばダメじゃありません」ということなら法制化に手を貸すよね、みたいな話。
あと献血ができない・したくない人を煽るのもやめろって話。
少なくとも免許持ってない人間がやったらお縄を頂戴するような行為なんだぞ他人に針刺して血を抜くというのは。恐怖感があって当然だ。やらない人間を「怖いんスかwww」とおちょくるのなんて最悪だ。そういう思いやりのない言動を血を抜く側が提示しちゃダメだろ。もはや心理的安全性が非業の死を遂げてまうし、いわゆる「男のジェンダー」を強化するという点でもクソすぎるセリフでしかない。そんなセリフしかつかない絵柄ならポスターに起用してんじゃねえよ。
最初は別に嫌いじゃなかったし、苦手とも思わなかったんですよ。
初めまして。トマレモです。
名前は、ちょうど目の前にあった、カゴメのトマト&レモネードドリンクから。
甘酸っぱくて美味しかったよ!
これは某グランドでオーダーな運命の二次創作で且つ、BLにも関する話なので、苦手な人、地雷な人、嫌悪感を覚える人は見ないでね。
そういう人で目に入っちゃった人は、速やかにバックして記憶をDELETEして下さい。
そして、私の言う「よく」は、大概、私のTwitterのタイムラインでのこと。
では、よろしくどーぞ。
えーと。うん、苦手じゃなかったんだよなぁ。帝都が来たあと、以龍か龍以か迷うくらいには。
でも、その後に、違う龍馬右のcpに轢かれて、そっちにどハマリしてから、ジリジリと苦手感が出てきた。
「なぁんかなあ……」
ってくらい。
これは、Twitterでフォロワーさんが、私の心境にドンピシャな呟きをしてたのを見て、「あーーー!!それーーー!!わかるーーー!!ありがとうございます!!」となったから、言語化しやすい部分。
ギャグにする人もたくさんいた、偶然誘われ忘れてしまった岡田以蔵。その立場を、私のタイムラインでは主に龍以の人が、かわいそかわいそしてお涙頂戴のネタにしてたのを見て、『あ、私はこれ、駄目だ合わない』と思った。
うん、ある時点では、それは間違いではないんだろう。龍馬は土佐を出た。以蔵は残った。
でもその後、史実ネタになるけれど、龍馬は以蔵に会って話をしてる。
龍以の人も以龍の人もこの辺ネタにするの好きだよね。「一緒に行こうよ」と手を差し伸べる龍馬。先生に義理立てしてか、その手を取らない以蔵。何回も色々なパターンを見た。泣いたこともあるよ。いい話は刺さるものだもん。
でも、ここで思う。
岡田以蔵よ、お前、どこが置いて行かれてんの?
先に出ていった。うん。でもその後に一生会えなかったわけじゃないだろ。
会いにきてくれて、何くれとなく、同じ未来を見ないかって話をきっとしただろうよ。
EXP先生の幕末むかしばなしでも、「土佐に戻ってこいよ」って言ってるコマあったじゃん。お前、望んで土佐に居たんだろう。望んで、武市に付き従ったんだろう。
自分で仕える相手を選び、単純バカ扱いに反駁せず、更には思考を放棄して、かと言って忠を貫き通せもせず。
それで、最後には原因は全部坂本龍馬で、おまんがわしを置いていったのが悪い???
どこの悲劇のヒロイン様だよ、勝手過ぎるだろうよ、その言い分。
そんでもって。
坂本龍馬は、抑止の守護者って立場で、記憶を保ってる。というのがよくある見解だよね。マイルームボイスでも明らかに、帝都のことを覚えてる感、ある。
帝都で、最後の最後で、かつての頃のように大切な幼なじみと笑いあえた。
それは、長く長く抑止力として過ごしてきたであろう龍馬にとって、どれだけぶりの、嬉しくて温かい記憶になったんだろう。
その記憶を持って、カルデアに来て、その近々の愛しい記憶を持たない、別人の同じ幼なじみに切り掛かられる。その別人とこれから仲間として戦っていく。
ねえ。どっちがしんどいよ、これ。
それで、イベントやらなんやら、基本突っかかって来るのは以蔵の方じゃん。
くっそ甘えてるよね。何かあれば「りょおまああああ!!」って叫んでさ。それで龍馬は、はいはいって来てくれる。
うん、以蔵スキーな方々は「素直になれないよね」と言ってるのをよく見る。
あれだけ、あれだけのことやらかしておいて(少なくとも、龍馬は手を出したりしてない。何か以蔵へきついことを言った訳でもない)、以蔵は自分勝手に頼るんだよ、龍馬を。
まあ、私は左右で言えば、右の立場に思い入れしやすい傾向がある。単純にキャラの好みとしても、龍馬の方が好きだ。
それにしたって、英霊の成り立ちやらエピソードやらがあるにしたって、横暴じゃない?
喧嘩して「自分、まだ怒ってるんですけど?」っていう面倒くさい奴かよ、被虐待児の試し行動かよ…どんだけ甘やかされりゃ気が済むのさ。
坂本龍馬、以蔵が本気で拒めば多分。「わかったよ」って離れてくれるよ。自分が寂しかろうと、それが大切な幼なじみの本当に願うことならね。(二次では、それを超えてくるところが尊い扱いされるやつね)
カルデアで以蔵から責められて、気をつかって、それでもぐだぐだ出身として一纏めに扱われて、その度にご挨拶代わりに何かにつけて大声で怒鳴られて文句言われて(以蔵にその意識はないだろうけど)さ。
そんなことが年がら年中起きてりゃ、そりゃあ、龍馬の方も疲れるだろうよ。偶然、思わず、誘いを忘れるくらいに。
というわけで、私の地雷蔵さんは多分、作者の同情をたっっっぷり詰め込んで「かわいそかわいそ、いぞーさんいいこいいこ、かわいいかわいい」されて造られる、ヒロイン蔵さんなんだろう、と自分の中で着地したわけだ。
スパダリ系・いっそ完全にクズ・ショタにポメなんかは、全然平気だしね。支部では今も、お世話になっておりますう。
てわけで、まあ、こんなのを読む人は居ないだろうけど、読んだ人が居たらお疲れさまでした。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%80%88%E5%AD%90%E4%BE%9B%E3%80%89%E3%81%AE%E8%AA%95%E7%94%9F
『〈子供〉の誕生』(こどものたんじょう、フランス語:L'Enfant et la Vie familiale sous l' Ancien Regime)は、フランスの歴史学者フィリップ・アリエスの著作である。1960年に公刊された。子供と大人の一線を当然視し、学校教育制度を当然視する現代の子供観に対して、疑義を呈する書物である。フランス語の原題は『アンシャンレジーム期の子供と家族生活』という意味であり、「〈子供〉の誕生」は、日本の翻訳者がつけたものである。
アリエスは、中世ヨーロッパには教育という概念も、子供時代という概念もなかった、と言う。 7〜8歳になれば、徒弟修業に出され、大人と同等に扱われた、と言う。飲酒も恋愛も自由とされた、と言う。なぜ大人と子供の一線を7〜8歳に引いたのかと言えば、この時期に言語によるコミュニケーションが可能になると考えられたためである、と言う。 7〜8歳以前の子供は動物と同じ扱いであり、大人がフリスビー代わりに投げ遊び、落として死なせたこともあるという。乳幼児死亡率が高く、5歳までは頭数に入れられなかった。もっとも、乳幼児死亡率が高かった理由として、医学水準が低かったことだけではなく、両親のベッドの中で、あまりにも頻繁に窒息により非業の死を遂げる子供が多かったといった理由も挙げられている。
教会は、嬰児殺しを厳禁していた。が、両親があれは事故だったと主張してしまえば、それ以上追及する者はいなかった。
近代的な学校教育制度が現れたのは、17世紀のことである。当時の教育者たちは、古代には存在した学校教育を倣い、「純真無垢」を理念とした。「純真無垢」とは何か。子供と大人を引き離すこと、特に子供にとってセックスを禁忌にすることだった。また、子供として保護される期間の延長も提唱した。この時期から、美術も子供をテーマにし始めた、それ以前は美術が子供をテーマにすることはなかった、と述べる。
近代学校教育制度は、大人とは異なる、子供服というものを編み出した、と述べる。この傾向は特に男児に顕著で、男児の特徴的な衣装である半ズボンが考案された。それに対し、女児の服装の変化には無頓着であった。女児は家事に専念すればいいのであって、学校教育を受ける必要性が少ないと考えられたためだ、と述べる。
これを受け、近代的な学校教育制度は、同年齢の子供を同一のクラスに編成した、と述べ、極端な場合には、寄宿舎制度を設け、子供を外部から遮断した、と述べる。
うちの同僚の親戚は霊感が強いらしく、沢山の人が非業の死を遂げたところに行くといろいろ見てしまうそうだ。新婚旅行で沖縄に行ったらゲートルを巻いた兵隊さんたちなどを見てしまい、あまり楽しめなかったという。
私は霊感がないので、沖縄だろうが広島の原爆ドームだろうが行っても何も感じないし、何も見えないけど、だからと言って霊感のある人の言うことを簡単に否定するのはどうかと思う。
同僚いわく、川中島はかなり有名なスポットで、ちょっと掘れば人骨が出てくるし、見える人にはいろいろ見えてしまうそうだ。川中島の合戦ってどんだけ昔の話だよとは思うけど、相当強い思いを残して死んだのであれば、一部の人にしか見えないとしても存在に気づいてくれた方が嬉しいのではないかと思う。個人的には彼らが生きていた頃を知っている人がいなくなったあたりで成仏した方が良いんじゃないかという気もするけど。
以前、新聞で東日本大震災の被災地ではかなり幽霊の目撃談があると書いてあった。自分が死んだ自覚がなく、タクシーに乗って目的地に着いたら消えていたり、家族や知人・友人のところに現れたりするという。真偽のほどはともかく、ある日突然自分のそばから去ってしまった人たちが縁のある人たちのところに姿を見せてくれたら嬉しいのではないかと思う。
科学的な根拠を問われると困るけど、私は幽霊が存在すると思いたい。見えてしまう人には迷惑なのかも知れないけど、戦争とか災害によって突然この世を去ってしまった人たちが、現世にちょっとでも帰ってくることができるなら、彼らに会いたい人々にとっては良いことではないのかな。
「いってらっしゃい。お仕事頑張ってね。お土産楽しみにしてるわ。」
そう。今回のシゴトは、私の一生を掛けた大仕事。最後までわずかなミスも許されない。
大手機械メーカーの大阪支社に勤める私は、大分県別府市内に建設計画中の工場案件の全てを任されている。
サマータイム導入から10年。すっかり国力の落ちた日本では、ベトナムに工場を作るよりも国内に作った方が
輸送費等の兼ね合いで安く済んでしまう。AIによる製造工程の自動化が進んだ結果、人件費も無視できるレベルに抑えられたのも大きい。
だが、それが一番の問題でもある。
雇用を産まない工場が地方にどれだけ敬遠されているのか、経営陣は本当に分かっているのだろうか…。
私はこの2年間、何度も別府市に行き、地権者から商工会関係者、市会議員から市長まで接待を繰り返した。
接待というものは、される側にはとても気持ちのよいものだが、する側の味わうストレスは大変なものである。
そんなストレスを解消するために、ある時より別府から大阪への帰路にフェリーを使うようになった。
別府 19:35 発~大阪 翌朝 7:35 着 のさんふらわあ号12時間の旅は、翌朝会社に直行するのにちょうどよい時間であったのと、
市街地の明かりが全く見えない海上で甲板から見上げた星空の美しさは言葉では表せない素晴らしいものであったのだ。
半年ほど前からは、携帯式の反射式望遠鏡を購入し、甲板からつかの間の天体観測を楽しむようにしていた。
フェリーの船長は、そんな私に気を利かしてくれて船の常夜灯を最小限の明るさに抑えてくれた。
その日は、数々の環境確保条例をクリアして工場着工に関する最終認可を別府市から得ることに成功し、
この2年間の苦労が報われた本当に長い1日だった。
もちろん、工場は建設が始まれば、後は全て現場任せにできるという簡単なものではない。
すべての設備が導入されて、最初の製品が出荷されるまではまったく気が抜けない。
私はいつものように甲板から星を眺めつつ、これからの仕事に対して、改めて、自分自身に気合いを入れるのであった。
朝 7:40 頃、私は大阪南港のフェリー乗り場の近くでタクシーを捕まえて会社に向かった。
気の良さそうなタクシーの運ちゃんにフェリーでの天体観測の話をしたのち、夜間、誰にも邪魔されないように切っていたスマホの電源を入れたところ、5分と経たずして、電話が鳴った。
警察から掛かってきたその電話は、妻の非業の死を告げるもので、自宅での現場検証に立ち会ってほしいとのことだった。
私はひどく狼狽し、しどろもどろになって、タクシーの運転手に自宅の住所を告げた。
朝 8:10。
自宅周辺に張られた規制線のそばで私を出迎えたのは、よれよれのコートを着た冴えない中年の刑事だった。
刑事「このたびは、まことに…なんといいますか、奥さまが亡くなられたことにお悔やみ申し上げます。」
私「社交辞令はいいので。いったい何が起きたのか教えてもらえますか?」
刑事「ん~。あたしもまだ詳しいことはさっぱりなんですがねぇ。。。
分かってるのは、朝6時半に親切な牛乳配達員が、玄関そばの牛乳箱の周りの血痕に気づいて、不審に思って半開きのドアを開けたら血だらけになった奥さまを発見して通報したことだけ。」
配達員は妻からなにか最後の言葉とか犯人の特徴とか聞いてないんですか?
刑事「ん~。この出血量だとねぇ。。心肺停止と言っても即死みたいなもんだからねぇ。。どうなのかなぁ。。」
要領を得ない刑事の言葉に少しイラッとしたが、玄関口から廊下の奥まで広がる血の海は、
配達員は間違いなく何も聞けていない...。
その後、警察は自宅内に残された犯人の指紋を探すとのことで、家人である私は鑑識に指紋を採られた。
自宅に出入りした可能性のある人物を聞かれ、親族と妻の友人数名の名を挙げた。
おそらく彼らの指紋も照合されるのだろう。
室内には荒らされた形跡があり、盗まれたと思われる妻の財布や貴金属、通帳などいくつかを警察に伝えた。
窓や勝手口などの出入り口については、1ヵ所ずつ状態を確認し、普段の施錠状況と合わせて異常の有無を説明させられた。
勝手口の鍵が掛かっていなかったことから、犯人はそこから出入りしたとも思われる。
例の刑事は、「あのー。大変聞きづらいんだけど。。これ。おたくさんの?」
と妻の寝室のゴミ箱から取り出した使用済みのコンドームを振って見せた。
私「…。その。。妻とはずっと、レスでして。。。」
刑事「あー。そう。」
しばらくの沈黙後。
私「分かりません。涙。」
仕事で大成功した翌朝に妻を殺されて、その直後に妻の不貞が発覚したとき、夫はどんな顔をすべきなんだろう?
何カ月も前からこの瞬間について考えていたのだが結局分からなかったので、私は泣くことに決めた。
全ては計画通りに進行しているので、本来、喜ぶべき時なのではあるが...。
昼13:30。
午後になると、私は警察署に連れて行かれ、妻の遺体と対面した。
(・・・おまえが全て悪いんだよ。私が心血を注いで集めたコレクションを二束三文で売り払ってしまうなんて。)
(・・・結婚前にもお互いの趣味について尊重するとあれほど約束したのに。。)
(・・・プレミアのついた「レイカは華麗な僕のメイド」 フィギュアをいったい、いくらで買ったと思ってるんだ・・・)
無言の妻を前にして、言いたいことは山ほどあったが、私は沈黙を貫き、ひたすら号泣した。
刑事ドラマでみかけるような取調室とおぼしき部屋で待っていたのは、あの刑事だった。
刑事「あのーですねぃ。ひじょーに聞きづらいことなんですが。。
これは捜査の一環として、どうしても関係者一人ひとりに確認しておかなければならないことがありまして。」
と尋ねた。
刑事「そうなんです。
べつにあなたを疑ってる訳じゃなくてね、容疑者から除外するために必要と言いますか、聞いておかないとあたしが怒られちゃうんで・・。」
私「はぁ..。私は昨日の夜19時半に別府港でフェリーに乗って、今朝7時半に大阪港に着きました。それからタクシーで家に戻りました。これでいいですか?」
おもむろに財布にしまってあった、フェリー乗車券の半券と大阪港から自宅まで乗ったタクシーの領収書を取り出した。
半券には 19:35発 7:35着の文字がくっきり書かれている。
間違いなくフェリーに乗っていたことは、天体観測している様子を見た船員が証言してくれる。
領収書は自宅到着時の印字時刻しか書かれていないが、タクシー会社は何時何分に客を乗せたか記録しているはず。
刑事は、私のアリバイ以外にも妻の普段の生活習慣のことや近所付き合い、最近のなにげない出来事まで、こと細かく聞いてきた。
一通り聞き終えた刑事は満足したようで、ようやく私は質問責めから解放された。
私が取調室を出て帰る瞬間、刑事は「すみません。あと1つ。」と呼び止めた。
刑事「おたくさん、お持ちのスマホは1つだけ?個人用と会社用と別に持ってない?」
私「うちの会社は経費節減で会社専用の携帯は支給されてないんですよ。個人のスマホで代用して仕事で使った通話料だけ請求するカタチなんです。」
刑事「あらま。実は、これから関係者の電話の通信記録を調べようと思ってましてね。もし犯人が奥さんの知人だった場合、過去に一度くらい電話してるかもしれないでしょう?見落としがあるといけないので聞いてみたんですわ。」
刑事「それにしても最近のスマホはすごいもんですなぁ。うちのかみさんがスマホを忘れた時なんて、パソコンでちょちょっと操作するだけですぐに置き忘れた場所が分かっちゃったんですよ。」
あの刑事は私を疑っている?
かみさんの話は私にカマを掛けたものかもしれない。ちょっと面白くなってきた。
最新のスマホは複数の基地局と同時に通信するため、およその居場所が通信局のログに残ってしまう。
だから私はフェリーに乗る時にスマホの電源を落とした。念には念を入れて、スマホをアルミ箔で包むことで
完全に電波遮断したので、スマホの移動履歴からアリバイを崩すのは不可能だ。
夜18:00。
自宅のリビングのソファに座り、長かった今日一日の出来事を考えていると、うとうとして眠くなってきた。
昨夜から一睡もしていなかったことを思い出してしばらく仮眠をとることにした。
夜23時過ぎに、リビングの窓を叩く音で目が覚めると、外にはあの刑事が居た。
刑事はどうしても確認したいことがあるとのことで、しかたなく私はリビングに招き入れた。
刑事「昼間聞いた、おたくのアリバイなんだけどね。もう一度、説明してもらえる?本当のところを。」
私「はぁ..。私は昨日の夜19時半に別府港でフェリーに乗って、今朝7時半に大阪港に着きました。それからタクシーで家に戻りました。これで満足ですか?」
刑事「でもねぇ。昨夜はサマータイムの切替え日だったでしょ?夜中に時刻が2時間巻き戻ってるよねぇ?」
夜19時半から航行時間である12時間後が何時になるのか?これ見よがしに数えてゆく。
刑事「1,2,3,4・・・12。ほらね?大阪港に着くのは今朝の5時半だ」
刑事「5時半に着いて、7時40分のタクシーに乗るまでの約2時間。おたくはいったいどこで何をしていたんです?
冴えない刑事の目が、一瞬、狼の目のごとく鋭く光ったように感じた。
それでピンときたね。
あれ?この人、もしかして奥さんが運ばれている様子を見ていたのではと。」
だから無意識に救急隊員という言葉を口にしてしまったことを思い出した。
迂闊だった。
私「そんなことで・・・」
刑事「そうだよ。
5時半に着いたあんたは、バイクか何かで自宅に戻り、6時過ぎに奥さんを殺した。
毎朝6時半に届けにくる配達員にわざと死体を発見させたのを確認して、7時半には大阪港に戻った。
違うかね?」
…素晴らしい。完璧だ。
…およそ完全犯罪というものは、良きライバルに巡り合えてこそ、真に完成するというものだ。
…だが、君がたどり着けるのはそこまでだ。
私「そんなことで。そんなくだらない妄想で、今日一日。初動捜査の貴重な一日目を無駄にしたんかっ」
私「この一日の間に真犯人が絶対捕まらないところへ逃げおおせたら、いったいどない責任とるつもりやねん」
顔を真っ赤にした私は、自分でもびっくりするほどの大声で刑事に怒鳴りつけた。
私「お前はなんもフェリーのことが分かっちゃいない。
サマータイム切替え日には、航行時間を10時間にしたり、14時間にすることで
時刻の辻褄をあわせてるんや。ほら、ここよくみいや。」
フェリー会社の「よくあるご質問」ページをスマホで開いて見せた。
Q:サマータイム切替え日の乗船/下船時刻はどうなるのでしょうか?
A:海上での航行時間(速度)で調整しますので、時刻表通りとお考えください。
無慈悲な一文が、刑事の考えた時刻表トリックをあっさりと打ち砕いた。
私「信じられんなら、明日フェリー会社に問い合わせてみるといい。
船長も船員も乗客も、そうじのおばはんも、み~んな朝7時半に着いたと証言するわっ。アホめ。
もうお前が私を疑っていると分かった以上、今後はいかなる質問も弁護士を通してもらうからな。
こんなクソの役にも立たない捜査官なんて、もう二度と顔もみたくないわ。」
これから先、あの刑事がどこをどう調べても私のアリバイが崩れることは無いだろう。
だって、私は本当に19:35発~7:35着のフェリーに乗っていたのだから。
アリバイ崩しをあきらめて、寝室で見つかった精液の持ち主を追い始めてくれたらそれで十分だ。
私が出張先の風俗店のごみ箱から拾った精液の持ち主がどうなろうと知ったことではない。
夜23:55。
私は自分の寝室に戻り、省電力モードで待機しているメイドロボット・レイカのスイッチを入れた。
レイカ「お帰りなさいませ。ご主人様」
魔改造を重ねられたレイカは、どんな命令をもこなせる最強メイドだ。
もちろん夜のサービスだって完璧だし、アイ・カメラからの映像をネット経由で遠隔地に飛ばすことも可能。
完璧なメイドに完璧な仕事をさせる。夜のいちばん長い今日を執行日に選んだのはそれが理由だった。
今日から、死が二人を分かつまで、彼女との二人きりの甘い生活が始まる。
妄想で頭をいっぱいにした私は、レイカの柔らかな胸に顔を埋めつつ、深い眠りにおちるのだった。(終
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参考)
https://www.ferry-sunflower.co.jp/route/osaka-beppu/time/
http://my-s-maid-reika.sakura.ne.jp/figure/index.html
レイカさん、良いですよねぇ。
原作は1冊のみで完結なんですが、番外編としてぐすたふ先生ご本人の同人誌が続くようでファンとしてはうれしい限りです。
最近、ミクさんと結婚された男性が話題になってましたけど、私が結婚するなら絶対レイカさんが良いデス。
http://b.hatena.ne.jp/entry/370544145/comment/gabill
http://b.hatena.ne.jp/entry/370569310/comment/tetsutalow
https://anond.hatelabo.jp/20180907005441
「19:35発」と書いた時点ですぐに、サマータイムで時間のズレがぁぁ
アリバイが崩れて不可能だった犯行が可能にぃってバレバレじゃないですか。
少しひねって、サマータイムの時差で2時間分の余裕ができたが、犯行に必要なのは3時間。残り1時間はどうやって?
としたら、ただの時刻表トリックと変わりなくなってしまいそう。
アリバイは崩れたけど証拠が無いよ系を面白く書くにはショート・ショートでおさまらないかなと。
推理モノなら、家宅捜索の時点で埃を被って動かないレイカさんが出てくるべきなんでしょうけど、
最初の草案では、正統派コロンボのように、天体観測が趣味なのに関連する書籍が本棚に少なかったり、荒らされた部屋の紛失物をすらすらと言える姿に疑いを深めてゆきます。
最後に、奥さまの体内のチタンプレートにこんな傷を負わせられるのはロボットしか居ない。とか、あなたはロボットの目を通してしか現場を見ていなかった。だからこんなケアレスミスをしたんだ。
みたいなことを考えていたんですが、これだと、魔改造によってロボット3原則を破れるようになったレイカさんは破壊処分されてしまいます。
それが嫌でこうなりました。
むしろ乙女ゲーというか少女漫画というかそういうのでありがちなパターンを思いっきり皮肉ってるのではないか、と思う。
イケメンの婚約者、その婚約者の為に他の男の求婚を断り独身を通すヒロイン、愛し合ってるのに結ばれない二人、
そして非業の死を遂げる婚約者とその志を継ぐヒロイン、美しい初恋の思い出…
実はそのイケメンは他の女にも同じような事ばかりやってるただのスケコマシのクズでしたー、ってさ。
スイーツ大河とは呼ばせねえぞと言う制作側の意図があるんじゃないか。
これまでの、爽やかイケメンとして描きながらどこか腹黒さや胡散臭さも感じさせる脚本も上手いし
歯の浮くようなセリフを言いながらやはりどこか心がこもってない薄っぺらさを演技で示した三浦春馬も上手い。
そういう面を見せないで視聴者を完全に騙してしまうと騙された!となるし
そういう面をあからさまに見せてしまえば何で主人公はあいつのクズさ加減に気付かねーんだよと視聴者イライラ、となるけど
絶妙な匙加減だったから、視聴者も「あいつ胡散臭いけど深読みし過ぎかな」程度で収まってたし
単純なカプ論争ではないことは既にhttp://anond.hatelabo.jp/20160508140654で指摘されてるので繰り返さないけど、仮に単純なカプ論争としたところで問題があるでしょ。
たとえば、ハリポの結末がロンハーなことが判明した7巻以降では、ハリハー派の人の大半は「まあ公式がそう言うんじゃしかたない。ハリハー妄想は薄い本でやろう」って割り切ると思うんだよね(pixiv見るとマルハーとか色々な可能性があるよ。まあそれは余談)。その段階でハリハーにしなかった公式ふざけんなとかやってたらアンチだし今からでも変えてくれとか言ってたらクレーマー。
でも4巻くらいの段階で(つまり、ロンハーという未来が読者にはまだ見えていない段階で)、「ロンハーにしてくれ運動」とかあったら顰蹙じゃない? ふざけんなって感じしない? アナ雪騒動で怒ってるのはそういう人たちだと思うんだけど。
(ハリポを例に出すのはちょっとこの文脈では問題があるかもね。あれ、1巻が出た段階でオチは決まってたわけだし、原作者がハリハーの方がよかったんじゃないかとか言ってるしw)
「映画でレズビアンが非業の死しか遂げないのはもううんざりだ! 幸せなレズビアンカップルが出てくる映画を作ってくれ!」ならわかる。これに反対する奴はホモフォビアで片付けてくれて構わない。アナ雪公式が続編で新キャラ出してカップリングを確定させるのもまあ別にいいだろう。これへの反対は、まあ、ハリポでのハリハー派やリリカルなのはでのクロはや派みたいな人たちが文句言うくらいはあるだろうけど、普通のファンはそこまで気にしないんじゃないかな。でも、「映画の中で○○というカップリングを確定させてくれ運動」みたいなのがtwitterで社会運動っぽく盛り上がるのは上の2つとは全然違う話だよね。受ける反撥の大きさが同じなわけないよね。
アメリカのファンダムには血で血を洗うようなカップリング論争とかないのかねえ。もしくはあんまり一般のアニメファンに知られてないのかねえ。そういうセンシティヴさがあれば出てこない発想だと思うんだよなあ。
どの国でもあるいはどの宗教でも、死んだあとどうなるのか? は一大テーマだ。キリスト教は神の国に行くし、仏教は輪廻転生するし、神道は死んだら神様になる(そしてまた人間に戻ったりする)。
http://www.hachimangu.com/cgi/kouwa/kouwa.cgi?mode=one&namber=199&t...
神道では、人間が死ぬと、すべて神になると考えています。これは、私たちの魂は神から頂いた、神の分け霊、分霊と考えるからです。神の分霊なんだから死んで霊界に帰れば神に戻ると考える訳です。
私たちが死ぬと肉体と魂は別々になります。死んでまもない魂は、霊界での初心者、若葉マークの霊であると思います。肉体と魂が離れても実感として分からない時期、まだ死を認められない霊なのです。病気やケガで足を切断した人が、ないはずの足がかゆくなったり、痛くなったりすると聞きますが、そのような、まだ肉体のあった頃の感覚が離れられないでいる時期が若葉マークの霊であろうと思います。肉体の感覚が残っている内は、この世での執着心も残っているのです。
「自分は死んでしまったのか。それではもうこの世にはいられない。神の世界、仏の世界、御先祖様の世界へ還ろう。そして、魂の修行をして、神となって子孫を守っていこう」と決心したならば、執着心も切れて、迷うことなく霊界へ行くことができるのです。
この引用は一例だが、洒落怖あたりをみてもなんとなくこういう意識を持っている日本人は多いように思われる。仏教が入ってくる前の神道だと魂の修行とか言うのはなかったと思うが、その代わり祈祷などで鎮めていたのではないかな。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%80%A8%E9%9C%8A#cite_note-Yahoopedia-2
憎しみや怨みをもった人の生霊や、非業の死を遂げた人の霊。これが生きている人に災いを与えるとして恐れられている[2]。
霊魂信仰の考え方では、霊魂が肉体の中に安定しているときその人は生きていられる、と考える[2]。怨みや憎しみなどの感情があまりに激しいと、霊魂が肉体から遊離して生霊となり災いを与える、と考える[2]。
ちなみにこの死者が安楽に辿りつけない場合もあるという考えは日本固有ではないが、一神教系だと地獄にいくことがおおいようだ。アミニズムは現世に災いをもたらすらしい。
有名なのは平将門ですよね。生霊といえば源氏物語の御息所。医療や科学が発達していなかった時代に、アミニズムはそれを神様がやったってことで納得していた。一神教の場合も神の試練だと、仏教は功徳が足りないと思っていたのか?
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BE%A1%E9%9C%8A%E4%BF%A1%E4%BB%B0
政争や戦乱の頻発した古代期を通して、怨霊の存在はよりいっそう強力なものに考えられた。怨霊とは、政争での失脚者や戦乱での敗北者の霊、つまり恨みを残して非業の死をとげた者の霊である。怨霊は、その相手や敵などに災いをもたらす他、社会全体に対する災い(主に疫病の流行)をもたらす。古い例から見ていくと、藤原広嗣、井上内親王、他戸親王、早良親王などは亡霊になったとされる。こうした亡霊を復位させたり、諡号・官位を贈り、その霊を鎮め、神として祀れば、かえって「御霊」として霊は鎮護の神として平穏を与えるという考え方が平安期を通しておこった。これが御霊信仰である。また、その鎮魂のための儀式として御霊会(ごりょうえ)が宮中行事として行われた。記録上、最初に確認できる御霊会は、863年(貞観5年)5月20日に行われた神泉苑で行われたもの(日本三代実録)である。
仏教的にはどちらかと言うと荒神の信仰に近いものかな。阿修羅とか。
靖国神社もそもそもはこの御霊信仰のもと建てられた神社である。
http://www.yasukuni.or.jp/history/index.html
靖国神社は、明治7年(1874)1月27日、明治天皇が初めて招魂社に参拝された折にお詠みになられた「我國の為をつくせる人々の名もむさし野にとむる玉かき」の御製からも知ることができるように、国家のために尊い命を捧げられた人々の御霊を慰め、その事績を永く後世に伝えることを目的に創建された神社です。「靖国」という社号も明治天皇の命名によるもので、「祖国を平安にする」「平和な国家を建設する」という願いが込められています。
前進は明治2年にできているので、戊辰戦争の御霊供養のために建てられた神社であり、その後の日本内の内戦および諸外国との戦争でなくなった人々の供養をしている、ということになっている。
政府のたてまえとしても、靖国神社参拝は御霊供養のため、ということになっており、単純に墓地に行くのとはまた違う意味合いを持っているようだ。そもそもが怨霊を鎮めるためのものなので、死に方(戦死・処刑)に関しては問わない。ところでここって空襲で亡くなった人は入ってるんですかね?それはまた各自か。そもそも神社って系列があるし、霊魂はどこでもいけるしな。
こうしてみると、靖国にA級戦犯が眠っているから参拝してはいけないというのは的外れで、むしろそういう人がいるからこそ供養はせにゃならんということになる。祈る内容は「もうしません」でも「つぎはぜったいかちます」でもなんでもいいわけだが、とりあえずこの観点から反対するのは無理筋だろう。
んで次に気になるのは、別に首相がいかなくてもいいんじゃね?という点である。
多分これは崇徳天皇のせい。
瀬をはやみ岩にせかるる滝川のわれても末にあはむとぞ思ふ
いろいろとロマンチックなひとだが、気性が激しいともいう。
[要出典]http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B4%87%E5%BE%B3%E5%A4%A9%E7%9A%87
一方『今鏡』「すべらぎの中第二 八重の潮路」では、「憂き世のあまりにや、御病ひも年に添へて重らせ給ひければ」と寂しい生活の中で悲しさの余り、病気も年々重くなっていったとは記されているものの、自らを配流した者への怒りや恨みといった話はない。また配流先で崇徳院が実際に詠んだ「思ひやれ 都はるかに おきつ波 立ちへだてたる こころぼそさを」(『風雅和歌集』)という歌を見ても、悲嘆の感情はうかがえても怨念を抱いていた様子はない。承久の乱で隠岐国に配流された後鳥羽上皇が、「われこそは にゐじま守よ 隠岐の海の あらきなみかぜ 心してふけ」(『遠島百首』)と怒りに満ちた歌を残しているのとは対照的である。
しっかり子供作ってエンジョイしてんじゃんとは思うが、日によっては荒ぶっていたのかもしれない。どちらかというと彼に対する罪の意識で、後々伝説が作られたような気がするが、なんせ千年前である。確かめるすべはないな。まぁいいや。とりあえず天上人の天皇が荒ぶって怨霊になってしまったので、天皇が御霊鎮魂をするようになったもよう。これが国のトップが御霊慰霊を行うようになった理由だろう。
1. 信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。
ちらっと調べた限り3がある以上それをひっくり返すのは無理筋だが、いまのところ行くこと自体は1で押し通している。奉納するとなると3に引っかかるのでそれが争点になるようだ。もし私費で奉納とかしてりゃ1があるので反対するほうが悪いが、そうではないのなら違憲判決が出されるのは妥当な所。
しかしそこまできっちりとやってしまうと、天皇制がそもそも違憲、内閣総理大臣を天皇から任命されるのも違憲になってしまうので極めてグレーである。
ただ天皇は戸籍がないので、日本国籍を持ってない。例外として日本国民ということになってはいるが、主権もないしこのへんもグレー。突っ込んではいけない領域である。
このうち1は明確に信教の自由があるので以降といくまいと自由。
2は前述のとおりグレー。
3は参拝が軍国主義につながるというのが主な反対の理由のようだが、参拝は御霊供養のためであり、反省するのも軍国主義を目指すのも当人次第(しかも信教の自由があるのでそれを規定することはできない)ので的外れ。一般的にキリスト教では参拝は神への信仰、仏教は魂は輪廻転生してしまっているので特に意味のない行為(参拝自体は功徳を積むため)で、御霊供養の概念はきちんと説明しないと伝わらないと思われる。4,5も同様。
したがって、問題の争点は政教分離の観点でOKなの?という部分だけだな。ちなみに諸外国がこれに反対するのは内政不干渉の原則に反するが、言うの自体は自由である。