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2021-04-21

センター9割取ったけど駅弁大学の授業についていけなかった話

小学校の頃は勉強に関しては困ったことがない。

テストは大体100点だった。

ただ友達付き合いが壊滅的に下手で、中学に入ったこから学校に居場所がなくなり、年単位不登校になった。それはここでは省略する。

高校からは真面目に登校し、友達もできて、勉強も遅れを取り戻すことができた。

高3になり、大学受験に向けた模試では毎回旧帝薬学部が狙えるレベルだった。

緊張して臨んだセンター試験は9割。正直、自分スゲエと浮かれた。

旧帝薬学部が十分射程範囲に入るのだ。

でも待てよ、と立ち止まった。

もし落ちたらどうなる?

そう、自分自主勉が嫌いなのだ

学校や塾で授業を聞くのは苦ではないが、一人で勉強するとどうしてもすぐネットに手が伸びて1時間時間が溶けてしまう。

コツコツ一人で机に向かうことが本当に苦手だった。

からもし浪人すると絶対ネット漬けになり、ダメになってしまうという確信があった。

選んだのは合格確実な地元国立駅大学の非薬学部

親元から遠くなるのに不安を覚えたから、地元から出なかった。(これは正解だった。のちに引きこもりになり生活習慣も精神的にも不安定になったので毎週実家に帰って会話する相手がいてかなり救われた)

当然合格し、駅弁大学入学。どうやら50人以上の学科入試の成績が一位だったようで、表彰もされた。

入学するとオリエンテーションサークル勧誘で異性からたくさん話しかけられた。

新入生の女ならちやほやされて当たり前なのだが、こんな私でもリア充になれるかも?と少しだけ夢を見させてもらった。

しかしその少し後に、私は衝撃を受けた。

教授講義で話してる内容がまったく理解できなかったのだ。

どこがわからないのか考えても、一から十まで全部としか言いようがない。

からないところがわからない、お手上げ状態である

何せいきなり理解不能な単語概念が当然のもののように出てきて、それを前提にどんどん講義が進んでいく。

その専攻は高校では好きな科目だったはずなのに、しょっぱなから高校までで習ったことは嘘です。本当はこうなっています意味不明説明)」と打ち砕かれる。

極めつけは実験科目で、実験器具を目の前にして何をどうしたらいいのか教科書を見てもまったくわからず固まってしまい、「あ、これ無理だ」と確信してしまった。

授業にもついていけないし、人間関係も、最初同級生と仲良くできたものの一歩踏み込んだコミュニケーションが取れずに徐々に距離ができていった。

次第に私は大学に行かなくなった。一人暮らしアパートに引きこもってネットゲームに明け暮れ、昼夜逆転生活を送るようになった。

土日や長期休みには実家に帰ったりアルバイトをしたりして、そこでだけ人と会話できた。

当然、単位が足りず留年確実になった。

このままではいけない。なんとかしなければと学生支援センターのあたりをブラブラ歩いていると、入学後でも専攻が変えられることを知った。

これだ、これしかない。

私は文系学部試験を受けた。普通入試と似たようなもので、英語小論文があったと思う。

無事に合格し、心機一転、同じ大学で二度目のキャンパスライフスタートした。

この学部でも専門科目はわけがからなかったが、前の専攻とは違ってまだ理解の糸口がつかみやすかった。

また文系マンモス学部なので講義で人と関わることはほぼなく、かつ編入生という明確な立場の違いがぼっち安心材料になって、余計なストレスを抱えずに勉強できた。

あとはここで躓いたら二留か最悪中退するしかなくなるので、授業も試験も頑張るしかなかった。

幸いなことにその学部卒業要件がゆるく、ゼミはあるもの卒論すら不要だった。また、私が選んだゼミはゆるさで有名なゼミで、ぼんやりとしたテーマでなんとなく発表する程度で許されたのも運が良かった。

かくして引きこもりぼっち大学生は、一留したものの専攻移動という手を使ってなんとか卒業までこぎつけたのだった。

ちなみに授業と並行して資格試験学内講座も受けたが、そちらは教えるプロ試験突破目的とした講義をしてくれるので非常にわかやすく、自分が得意だった大学受験までの「お勉強」と似ていた。

そのため資格試験の方は余裕で合格し、無事に就職できた。

大学卒業して長いこと経つが、いわゆる優等生の方だった自分大学でなぜあそこまで躓いたのだろうとたまに考えることがある。

1.大学講義をするのは研究プロであり高校までの教えるプロとは異なるということ。

2.高校までの参考書パラダイスと異なり、底辺大学生に一から理解してもらうための参考書が乏しいこと。(当時の私も一生懸命探したが自分の専攻では見つけられなかった)

3.高校までは「AはBのためCになる」のようなシンプル絶対事実をいくつも積み重ねて理解を深めていくが、

 大学ではAからZやそれ以上のあらゆるパターンが先に出てくるばかりで絶対事実に辿り着かず、「結局確実に言えることは何なの?どこから覚えたらいいの?」と地に足がつかないままどんどん先に進んでいくこと。

 (よく考えたらお勉強ではなく学問研究世界なので当たり前である

など色々あるが、結局、答えの用意されたお勉強が得意だっただけで、答えのない学問を追究すること、つまり大学進学自体そもそも向いてなかったのだろう。

高校までのお勉強大学で学ぶことは全く異なるということは全高校生に知ってもらいたいと思っている。

ここまで読まれた方は、私は発達障害だと思うかしれない。診断は受けてないが傾向があることは自覚している。

しかし「高校までの勉強が余裕だったのに、大学の授業が全く理解できなかった」という話は発達障害界隈でもあまり聞かない。私だけなんだろうか。

2021-01-05

20代後半でVtuberをはじめた友人と仲たがいした

元・友人は今でもVtuberをやっている。私は性根が腐ってるので供養としてここに書き散らす。

登場人物は全員、女。文章はクソ長い。

追記】思ったより読まれていて自分の悪文が恥ずかしくなったので、半分の長さに整えた。1万文字バージョン読んでくれた人ありがとう、書き殴ったの読ませてごめんなさい。

【友人と仲たがいという敗戦ダイジェスト

スポーツをやってた。サッカーってことにしておく。(例えに良いので)

大学時代友達でつるんで、チームを作ってた。

チームの中には大学1回生の時から付き合いがあるCがいた。

そいつVtuberになって活動をはじめて、練習をすっぽかすようになり「サッカー大会にはもう出なくていいのか?」と聞いたら「がんばる」と言っていたが音信不通に。

サッカーがんばろーぜ!」って盛り上がってたのは私だけだったようだ。つまり片想いでフラれて今これを書いている。

長文読みたくない人向けに、↑ただこんだけの話だとお伝えしておくな。

あとはこれを書いてる私の性格の悪さだけが感じられる、くわしーい仲たがいの流れ。

【年齢とか意識して就職を目指す】

チームのメンツは全員20代後半。その中で、

私は新卒カードブラック企業に切る→給料未払い起こされて退職生活保護手前のフリーター

Cも一浪一留大学中退してのフリーター

履歴書のみで見れば(成人してからまだ若いのに学校会社リタイア経験があるという点で)お世辞にも優良とは世間から思われないであろう2人。私はCに仲間意識を持っていたし、時々将来のこととか生活の行く末を、チームの中でもCだけと語り合うことがあった。

私とCのなりたい職業は同じで、昨年私がなんとかその職業につけた。サッカーコーチの職だ。

それをきっかけに年齢やら職業意識したCは、私に「まだ募集があるようなら、私もその職場で働きたい」と、場合によっては紹介を希望する発言があった。私もCが同じ職場で働けたら楽しいだろうなと思ってた。

就職も見据えて大会に出るのを決める】

履歴書の内容がよろしくないので、せめて面接で話せる経験を増やそうとCと話し、田舎大会より少し大きい大会に出ることにした。サッカーコーチ目指してます! とか言って、アマチュアサッカー大会すらほとんど経験したことないってどうかと思ったので。

【Cに声かけを頼まれる】

Cは大学でも寝坊レポートギリギリ提出をするタイプで、普段大会1か月前からしか本腰の練習をはじめなかった。しかし今回は大会半年からしっかり体づくりや練習をしたい、サボりそうであれば声をかけてくれと本人も意気込んでいた。

Cは他のメンバーへの教え方がうまかったり、良いテクニックを持っていたのでチームでも慕われていた。チームの皆は「体力づくりやってますか、先生?」「先生は今がんばってる最中ですもんね~」とか言って声をかけてた。

チームとしては週末にグラウンドに集まって練習してた。

大会2か月前にVtuberになったC】

大会2か月前、CがVtuberをはじめた。

正直にいえばその時点でメンバーの皆が「ん????」と思った。

Cには幼なじみがいて、バーベキュー好きな人らしくCを含めて「バーベキューの会」を開いていた。手先が器用なその人は、最近Vtuberにはまったのをきっかけに、自分でもVtuberモデルを作ったのだった。そして「バーベキューの会」のメンバーにもモデル提供し、Cもモデルを貰っていた。

Cは「基礎体力作りとか、モチベがあがらないからさ。筋トレ動画とか、ドリブルとかシュート練習動画を上げることでモチベを維持しようと思う」とチームにV名などをLINEしてきた。

Vtuber活動にのめりこむC】

CはVtuber活動にのめりこんだ。

CのVじゃない個人Twitterつぶやきが私のタイムラインに流れてきて、生活の合間の時間は全部、機材の調達撮影動画資料作りに費やしているのが垣間見れた。週に3~4本は動画投稿していた。

キャラプロフィールには「大会に出るのですが、体力がヤバめ……。一緒に体力づくり&もっとボール友達になりましょう!」と書かれおり、キャラとしての定番挨拶も「みなさーん、ボール友達してますか~?」だったが……。

肝心の動画では「30分、筋トレします!」→自分筋トレグッズ語りを25分、残りの5分で「雑談多めになりましたね。ちょっと集中!」と、ゆーっくりとした有酸素な腹筋を数回して終わり。

ドリブルシュート練習動画では、自分が憧れてるプロ選手フォームの美しさを語る以外は、ほとんどボールは蹴らずに鏡を見ながら「体の重心が……」「いやもうちょっと足を……」と時々つぶやくのみ。30分間ほぼ無音・無言。ボール友達、おまえが一番できてないぞ……という感。

ちなみに動画説明欄には「ボールを蹴る音、ASMRにもどうぞ」と書かれていたため、ASMR好きの私はASMR(をがんばって撮ってるYoutuber)をなめるなと静かに怒っていた。その怒りは一番どうでもいいのだが、その内、「#30日間おすすめプロテインについて語るチャレンジ」「ホラーゲーム実況します!」という、定番Youtuberな流れになっていった。

【Cとチームの温度差が出る】

しかモデル作者の幼なじみさんやそのフォロワーがCを褒め、グッドボタンを押していくので、Cは大満足の様子。

チームの私たちは黙って静かに見守っていた。逆に誰も何も言わなかったからか、Cはなぜかチームの私たちは、誰も動画を見てないと思ってたようだ。

チームのメンバーは呆れはしたが、「でも今回はCもちゃん大会に出たいはず、本当にがんばらないといけない状況になったら、Cもさすがにがんばるでしょ」「やればできる子なはずだし……」と、まだ『仲たがい』まではいかなかった。

甘かった。

【仲たがいの決定打1】

決定打になったのは、全部で3点あってその1。

Cに「私たち動画を見ている、このままでは良くないと思う」と伝えた。

「もともと就職の話もあってCをメインに予定を組んでたから、このままだと大会への出場キャンセルも考えることになる。大会4日前のキャンセル期限までに決断したい」「できないことはできないと言ってほしい。それで友達やめるとかはない」と釘をさした。

Cは「こういうことをはっきり言ってくれる友達を持てて良かった。今、LINEを読んで泣いてます動画投稿頻度は落とします。できないならできないって言うし、正直に素直になります。私も自分人生をかけるつもりです」と返してきた。

このやり取りの翌日。

大会が近づいてきたので、実況プレイはお休みして、練習動画だけにします~」とは言っていたが、いつも通り筋トレという名の雑談動画を上げたCがいた。

更に数日後に投稿された動画では、よりによって家の階段から落ちて足をくじいたと告白。家の階段から落ちたのも、実況プレイをしていたゲームをやりこんでいて、徹夜して、寝不足が原因で足を滑らせたそうだった。

「全治2週間ぐらいなんでまあ……大丈夫です!」と語るC。

しかこちらにはまったく連絡なし。

「いやいや? それなりの怪我で、大会出場に関わりそうなのに、なんでこっちに一言も報告してくれないんだ?」となる私たち

これでCを心配するよりも、その誠実性の無さ(&先日LINEで泣いたとまで言ったのはなんだったのか)に抑えようのない怒りを持ってしまった。

【仲たがいの決定打2】

更に数日後。Cは夜更かしをしていることをTwitterで語っていた。

足をくじいたからどうせ練習できないしと言って、生活リズムおかしくなるレベルで、ずっとぶっ続けで野球ドラマを見ていた。

そしてくじいた足が治った頃(※大会6日前)に動画を上げ、「野球ドラマなんですけど、体力づくりの練習法が出てきてて、ありだなと思ったんですよね。今からこれやって、体づくりはじめます!」と動画で言った。

まず大会2週間前~1週間前の貴重な時間を、ドラマの視聴でつぶしたという事実

またその練習法をやってるメンバーは実はチーム内に既にいた。そいつは1年前からコツコツやってて、やっと実践に活かせるようになってきた感じだった。そういうメンバーがチームにいるのを、Vtuberとして生活しすぎて、忘れたらしかった。

なんというか……本当にチームの人間動画を見ているのも忘れているらしかった。そういう言い方をするのは、そのメンバー努力を軽んじてるようにも聞こえた。Cはメンバーに対して、悪く受け取るなら『自分が参考にするところはない』と軽い見下しを持ってるのかと思った。

しかった。Cとチームをやっていることが空しかった。また心が離れた。

【仲たがいの決定打3】

大会3日前。Cが音信不通になった。

大会の5日前にチームのLINEで「動画とか全部見てるよ。とてもメイン選手で出れる状態じゃなさそうに見えたけど、Cはどう思ってる?」と訊いた。

でもそのLINEは、いつもより既読が1足りなかった。Cの既読が付かなかった。

日付が変わる深夜0時までまった。絶対キャンセルできない日にもなった。チームのメンバーが知ってる連絡先に連絡したが、応答はなかった。

これで、チームの全員が怒った。Cとは7年ほど付き合いがあって、人生のそれなりの相談もし合う仲だった。Cが自分の向き合いたくないことと私たちを天秤にかけて、私たちを無くす方を選んだ事実がそこに転がってた。

2020-12-27

大学生自分を振り返る

22歳大学生男、二浪一留理系

悪いところ・苦手なことは人に弱さを見せること、弱さをいつか見せなきゃいけないと思うと人と関わるのを躊躇してしまメンタル自分の望みに素直になること、失敗や悩みを切り替えること、怠惰であること、先延ばし癖があること、表面だけの返事をしたり人の話を聞いてないときがあること、心の中でキレるとわりと態度に出てしまうこと。

(なので恋愛は確実に下手です)

得意なことは他人には気を配って想像できること、明らかに何か困ってる人には躊躇なく声かけられること、必要があれば自分から手を挙げて行動できること、ここぞのとき勝負できること、我慢強いこと。

コンプレックスは人より遅れて生きてしまっていることで見下されたりマウント取られる対象になりがちなこと。おそらく精神的に未熟であること。

目標は強く生きること。死なないこと。プロ野球スピリッツAで覇王リーグにいくこと。自分が大切にしたい人を大切にできる人間になること。心の平穏を保つこと。

大学入りたての頃は、上記の苦手なことやコンプレックスと向き合うためには自分を殻の中に閉じ込めるのではなくもっともっとさらけ出す必要があると思い、色々やってみた(漫才、おーいお茶俳句大賞への寄稿、未経験スポーツを始めるなど)

でそれ自体は間違ってなかったと思うけど、あるときぜんぶ疲れて燃え尽きてしまい何のやる気も出ない時期もあった。毎日今日は死のうと思ってたくらい孤独に悩んでた。今思うとしょうもない。まぁ目標が「さらけ出すこと」では実際ただキツくなったのは当然だと思う。今はそのスポーツだけ楽しく続けている。

留年自分無能証拠となるため自分が心の平静を保つ上でも人と関わる上でも損をすることが多い。浪人ですらそうではあるが。(ただ浪人はとても頑張ってやって偏差値でだいたい30近く上がった結果があるのでほんの少しの自信の根拠にもなっている)

人は悩んでるときは許しが欲しいだけのことがある。なので今後も自分は苦労すると思うけれど今は少し機嫌がいいということで少し自分を許してあげた。親にも迷惑かけたしダサいことばかりやってるし時間は戻ってこないし自分で損する道選んでるしまだまだ青二才フラフラしてる大バカ野郎なのだが、いいとこはあるし許してあげる。よしよしなのです。にぱー。

2020-11-25

anond:20201125214201

一浪して一留して卒業した人間から呪い

おめでとうは言わない

就職はするだろうか

この時期だと就職は決まっただろうか

就職決まってたならああ氏ねくそ氏ね畜生

なんだっけ

ああ、就職やら入社やらに際し自分を見つめろとか言う罰ゲームがあることがあるが、あまり自分客観視しないほうがよい

他の人と比べて2年余分にかかっているという負い目を感じることがこの先数年はあると思うが(30歳過ぎたら平気になるぞ)、それは歩みが遅かっただけで、必ずしも劣っていることを意味しない

2020-09-03

批判的思考と高い自己肯定感

一浪一留就活生で未だ内定がないし卒論全然書いてないんだが、まったく焦りもないし日々楽しく過ごしてる。

これは批判的思考と高い自己肯定感に根ざしてると思うんだよ。

「働いている人は偉い」という風潮をそもそも疑ってかかってるし、自己肯定感が高いから「俺を落とす会社の方がバカ、間違っている」と素直に思える。

仕事をしてでも生きていかないといけないって前提も俺には通用しない。マジで仕事をしないといけなくなった時点で死ねばいいやんと素直に思う。

親のスネをかじることに抵抗がない。俺は何も生み出さなくたって生きていていいんだという無条件の自己肯定根本にあるからな。

批判的思考自己肯定感オススメです。

2020-05-24

寝てる間に死にてえ

ワイは23、一郎一留しとるからまだ大学生や!

もう終わりや!

働きたくないねんな

ヘタに彼女作ってしもうたか自殺もできんし八方塞がりや 公務員試験受けるってことにしとるが勉強する気も全然でえへん

特技もない この前受けたTOEICがなぜか950点くらいあったのが唯一の自慢やが、正直ビギナーズラックや 英語わからん センスない 喋れへんし聞き取れへん 使いもんにならん

体力もない コミュ力もない 頭も悪い やる気もない 何もないね

ADHDの傾向があるんやが病院決めて予約するんがめんどくさくて先延ばしにし続けとる

この先延ばし癖が曲者で、年金の支払いを滞納し続けてアパート税務署の人が来たこともあんねんな 殺してクレメンス

毎晩このまま目が覚めなければええのにと思いながら寝とる それが一番ええねん

公営墓地管理人かになりたいわ 基本ボーッと座ってて、時々掃除したり応対したりする そういう仕事はあらへんやろか

ないなあ もうダメや ワイはこの世向いてないねん ホンマに堪忍や

コンビニ店員は色々やらなで大変そうやし、トイレ清掃は腰いわしそうや 介護やったらワイは植松くんみたいになることが目に見えとる せやかて生活保護も甘えや言われて貰えなさそう 

ホームレスになるくらいなら死にたいねんな 

死ぬことは怖くないねんけど、彼女邪魔やねん  ホンマに悪いことしたわ ワイみたいなクズと付き合うてしもて…

なんとか愛想つかしてもろて、振られて、連絡断てたら死ねるかな いまのところそれが最適解やけど、まあ振られたくないねんな

ワイは…終わりや 今晩にでも心臓発作で死にたいわ 彼女には悪いけどな

2019-07-27

一留一浪、そして大学院に進んで26歳になって社会に出ることになった。

大学院に行ったと言っても、目的があるわけでもなく、勉強するわけでもない。周りがそうしていて、親が金を出してくれるというからモラトリアムを延長しただけ

世の中では18から働いてる人もいるのに、自分はこうしてずるずると働くことから逃げ続けて、そういう立派な人と比べると8年も遅く社会に出ることになってしまった。思えば親に迷惑をかけ続けている。兄や妹はあまり親に頼らず立派に社会人として暮らしているのに。

実家高校予備校環境大学名、あと逃避癖から来た多少の虚言や誇張。そういったもの大学に行くことも、就職する事も出来てしまった。何も価値のない自分が。臆病で、利己的で、無責任で、何もできない自分が。

25歳に死のうと思ってたのに、しょうもなく生きてしまった。

今すぐ死ぬ準備して死ねば良いんだろうけど、それも怖くてできない。なんでも先延ばしする逃げ癖が自分で首吊るときにも出てる。

今は30になったら死のうと思ってるけど、ずるずる生きてしまうかもしれない。なんで生きてる価値がある人は死んでしまうのに、生きてる価値がない自分は生き続けているのだろう?

2019-04-03

わたしはこうしてアカデミアに潜り込んだ

学部

専門科目にまったくついていけずぼっちで息をするように一留一休

院試勉強は手につかず、ほぼノー対策で入れる大学院に移る。

博士前期

研究活動というものに適正と活路を見出す(なんとか効果)。

就活からの逃避を主目的として、実験にいそしむ。

博士後期

己の無知・無力さを自覚し始め、もれなくウツる。

就活なるものをしてみるが、当然のように無い内定

インパクトファクターなにそれ的な専門誌で博士号を取得。

ポスドク

賃金をいただいておきながらまともに働けず、ガチウツる。

回復期の途上でコネ採用の話が舞い込み快諾するも、プレッシャーウツる。

助教

どん底で辞める気だったがなんとか踏みとどまり、少しずつ自我をとりもどす。

科研費はとれたが、新しい仕事論文をだす目処が立たない。

雑感

末端の大学は、教員学生も深刻な人材不足です。

沈む船にしがみつく勇気があり、雑務もなんなくこなす気概があるなら狙い目かもしれません。

40くらいでブルーカラーに転身することも視野に入れています

2018-09-26

留年が決まってからメンタルが持たない

前期で必修の再履修を落としたので留年が決まった。大学に入るために一年浪人していたので一浪一留絶望大学生が生まれる。

最近悩みが尽きない。

まずは,学費を出してくれている親に申し訳ない

国立大なので学費はそこまでかからないが,5年分の学費を出させてしまう。あと,50万はなんだかんだでかなりの大金である。また,私のいとこには大学生が二人いてそれぞれ医学科,国立難関大学に通っている。彼らはストレート卒業する見込みなので彼らより劣っている学歴さら一年留年してしますというダメ人間がこの家の長男なんだと思わせてしまうことが辛い。

また,これからの進路も絶望である

私は現在の専攻に興味が持てず,大学院で情報系への分野転向を考えていた。独学でプログラミング勉強を始めたがなかなか楽しかったので将来的にエンジニアになりたいと考えていたからなのと,情報系でかなり興味がある分野があったので大学院でそれらの勉強をしたいと考えていた。

しかし,留年してしまったのである。必修の再履修は絶対に落としたくなかったので,最前列で受講し,全出席,課題も全て提出した。テスト勉強もかなり時間をかけたのに,学部内容の簡単テストを落としてしまったのである現在の専攻に興味がないとはいえ自分の中では頑張ったつもりだった。テスト感触もよかった。なのに単位を落とした。

こんな私が大学院への進学などできるわけがないだろう。

留年するのは本当にしんどい。今日も眠れない

2018-06-19

逃げ?キャリアデザイン

私は一浪一留情報系の院を卒業社内SE4年目の30歳、キャリアチェンジ転職を考えるならば

すでに棺桶に片足を(両足?)を突っ込んでいる年齢である

いまの仕事親会社システム部門が行ってきていた運用業務、平たくいえばヘルプデスクデータ加工などの雑用をうちの会社に引き継いで、チームとして会社として業務知識をアップさせよう!てな仕事を行っている。

そしてその業務はそれなりに忙しい。私が商品マスターを扱っていることもあって、マスターでの変更はものを売る業務大体に関わってくるので、やれ関係部署に調整だとかやれ関係システムに調整だとか、関係者の納得を得るための業務に終始してしまうことが大半である

エンジニアは手を動かしてモノを作っている時間が一番価値を生み出している時間であるはずである。なのに止むことのない問い合わせ電話関係者の納得を生むためだけの調整など価値を生み出していない時間だけで日々の業務時間が埋まっていくことにいい加減耐えられなくなってきている。

そんな毎日なので私は実装設計がみっちりと経験できる環境へ移りたいと願っている。就職活動から一貫してきた「プログラミングを書けるスキルを身につけてからマネジメント力」を身につけるのにヘルプデスクのような上っ面の現行業務をしているといつまでも技術的成長がないからだ。

そんなこんなで転職を考えている。だが私はいまの運用現場において仕事ができない位置カテゴライズされる。溜まり続けるバックログ。直近は問題いからと放置しいる不整合データ。どれもこれも問題なのだがそれを解決するための時間がもてない。

いまの位置のまま転職してしまうとただただ逃げただけ、という状態になってしまう。いや、逃げた事自体は悪く無いと思うが、辛いことがあったときに逃げてしま人間になってしまうのは非常にまずい。

からいま自分が携わっている仕事を誰かに渡せる形にして誰かでもうまく運用をやっていけるようにしてからやめようと心に決めた次第であった。

2018-06-11

安易医療学校に入ってはいけない

看護師理学療法士診療放射線技師などの養成校に就職目当てで軽い気持ちで入るのはやめた方がいい。

特に発達障害の傾向が少しでもある人には絶対にやめろと言いたい。

具体的には先延ばし遅刻癖、コミュ障のうちどれか一つでも当てはまったら別の道を考えるべきだ。

私はこれで20代前半の貴重な時間と金を失った。

7年、8年通った挙げ句卒業できず去って行った人を何人も見てきた。目的意識の高いはずの社会人学生ですら挫折した人が複数人いた。

ストレート卒業する人は約半分だ。

華々しくホームページパンフレットに飾られる国試合格率就職率の裏にどれだけの留年者・中退者がいることか。

コメディカルに向く人は、与えられた課題をコツコツやるのが苦ではないが、秀才になれなかった人だろう。

医療保健学学問ではないと思う。学問とはきつさの中にも面白さがあるものだろう。

医療保健学職業訓練以外の何物でもない。もし入学するならば、それこそ学生になるのではなく軍隊に入隊するのだというくらいの覚悟必要だろう。

やりたいことが見つからない高校生浪人生社会学科(社会福祉学科ではない)に行けばいいと思う。もちろん興味があれば哲学科だろうが数学科だろうがそこに行くのが一番いいが(哲学科に関して言えば、生きる意味といった人生哲学的なことをやりたいのなら慎重になったほうがいい。あそこは半分ドイツ語学科フランス語学科である)。

社会学科は卒論的な意味で潰しが利くと思う。アニメゲームや性産業まで研究対象になるから、在学中に何か興味の持てる対象が見つかりそれを研究に生かせる可能性は他学科より高いはず。

いかいかはわからないが、元AV女優東大院に入って本を出したなんていうこともあった。

コツコツ型でない人間が何よりも避けなければならないのは、中退である

就職云々の前にまずは卒業しなければ話にならない。

コメディカルを勧める人は口を揃えて「資格を取れば食いっぱぐれない」と言うが、ある年齢以上から給料は伸び悩むし、コスパが良い選択とは言い難い(看護師夜勤をやれば結構稼げるだろうが)。

もし人体に興味があるなら、それこそ医学科に行かなければ間違いなく後悔する。

どんなに研鑽を積んでも、制度新米医師にすら敵わないというのは非常に精神的にきついと思う。

しつこいようだが、就職目当てでコメディカル養成校に入っても得をするのは学校経営者のみである。既に泥沼に足を踏み入れてしまった人は、一留が決まった時点でなるべく早く撤退すること。

2018-02-06

大学に行く意味があるのだろうか

もともと、入学した大学には興味が無かった。研究室はもちろん、受けてみたい講義ほとんど無いことは受験する前から分かっていた。

その大学を選んだ理由受験すれば確実に入れることだけだった。親から浪人だけは絶対禁止されていたので、受かる可能性は低い、本当に入りたかった大学にはチャレンジしようとは思わなかった。どう頑張っても、センター試験の結果が足を引っ張ってしまい、二次試験ではかなりの高得点を取る必要があった。そんな実力はその当時の自分には無かった。だから諦めた。

幸い、その大学には編入試験があり、大学生も受け入れてくれる心優しいところだった。高校生自分はとりあえず別の大学入学して編入試験で本命大学入学できるよう頑張ろうと考えた。

高専出身の人なら分かるだろうが、たいていの大学は三年次から編入することになる。これは編入する前に取得した単位は編入先の単位として認定されるからだ。もちろん、編入先でも開講している講義けが認定される。一般教養や基礎科目なら十分単位認定されると考えていた。しかし、専門科目になるとそうは言ってられない。何しろ専門が違うのでせっかく取得した単位ほとんど認められない。つまり、編入しても入学した瞬間に留年が決まるということだ。

入試験を受ける前提で今の大学入学するという旨を両親に話すとあっさりとOKを貰った。もちろん、もし入学できても合計四年では卒業できないことは伝えている。その当時は、なぜ浪人ダメで編入は良いのか不思議だと思っていた。両親は予備校にカネを払うのが嫌だっただけなのかもしれない、というのが今の自分の仮説だ。理由は後で書く。

迎えた編入試験の合格発表。結果は不合格

原因は分かっていた。アルバイトだ。

今の大学合格した後、真っ先にアルバイトをした。編入試験や今の大学で使うのに必要お金を稼ぐためが最初目的だった。しかし、いざアルバイトをしてみると、高校生ときとは比べ物にならない大金銀行口座に振り込まれていた。高校生ときに欲しかったものを買い、あっという間に減っていく預貯金。そのために働く。その負のサイクルの繰り返しだった。その間の編入試験の勉強なおざりだった。結局、編入試験直前になってもアルバイトを辞めず(量は減らしたが)編入試験に臨むこととなった。少し言い訳をするなら、編入試験で出る範囲の半分は二年次の講義内容だったというぐらいか。もちろん、そんなことは入学するときに頭のなかでは分かっていたが。

どうしても、やりきれなく思い、両親に来年も挑戦させてくれと懇願した。両親はあっさりとOKを出した。もし合格しても、やっていることは一浪一留と同じことだ。この辺から両親の予備校いかもしれないという仮説を立てた。

大学からの編入には六十単位程度取得する必要がある。そんなもの二年次の前期にはすでに取り終わっている。もう一つはその大学に二年以上在籍したという証明が編入試験を受ける条件だ。

今の大学には在籍しているだけで良い。それだけでもう一度編入試験を受けられる。そう思ってしまった途端、今の大学に対するモチベーションが無くなってしまった。少しは受講している内容に興味を向けようと思っていても全くできなくなってしまった。もともと興味も無い状態入学したのだから当たり前なのかもしれない。きっと後期の単位ほとんどを落としているだろう。テストを受けているとき、頭の中ではこの解法を使えばいい、と分かっていてもどうしてだか自分シャープペンシルは動かないのだ。それでも、最初の方は無理やり手を動かして答案を書いていたが、後半になるにつれて全く手が動かなくなってしまった。わかっているのに書けないという気持ちは初めてだった。そのままテスト終了時刻までフリーズしてしまう。専門科目をほとんど落とすことになるので、この大学でも留年は確定しそうだ。

在学証明書やその他諸々の書類が編入試験には必要なので、このまま三年次に上がることになる。

もし、また編入試験に不合格だったらと思うことがある。これ以上編入試験は受けられないだろうと思っている。そうなった時、はたして今の大学に行く意味があるのだろうか。

2017-07-20

https://anond.hatelabo.jp/20170720094512

後の就職、ついては人生に響くかどうかを考えているのでは

男は留年しようが中退しようがどっかに就職は出来るだろ、最悪肉体労働でもすれば食っていけるだろ、と甘く見てるけど

女は学歴がないとろくな仕事に就けないし、女の肉体労働風俗しかないのでそれは何としてでも避けたいし

実際一留程度でも男より厳しく見られて就職の際より不利になるし

2017-06-27

もう希望が見えない

30歳 男

私は二浪一留で至って普通大学卒業した。

在学時から、毎年公務員受験し続けてきた。

しかし、今まで合格することはなかった。

卒業してからというもの非正規市役所で働き続けている。

フルタイムだがもちろん安月給。

働きながらの受験が難しいのか、それとも私が馬鹿なのか、こんな歳までずるずるきてしまった。

私なりに仕事は熱心にしてきたつもりだった。

それなりの信頼を得、沢山の仕事を任せていただき、頑張ってきた。

職場でも、人間関係は良好で、いつも頑張っていると評価されていた。

だが、合格しなければ意味がない。

毎年最終面接不合格が段々、一次で通らなくなった。

頑張っても、報われない。

わかっている、努力が足りない。

しかし、少しも前進できない。

足踏みするということは、無駄に歳をとり、人生が後退しているということだ。

思えば、10年ほど前から記憶力が低下してきている。

情けないほどに物忘れがひどい。

また理解力も低下し、自分の頭の中がうまく整理できず、適切な言葉が出てこなかったり、話す順番や優先度があべこべになってきている。

小さい頃は勉強スポーツも出来ていたのに、私はいつの間にか社会から落第点を告げられるようになった。

当時の私はもういない。

全くの別人だ。

障害というほどでもないが、病気を抱えたあの時から認識した時から私の人生は緩やかに直実に下降しはじめた。

長年交際してきた彼女結婚ができない。

もはや私が持っているもの彼女だけだ。

言い方が悪いとは思っている。

もう私は平凡な幸せを手にいれることはできないのだろうか。

ネガティヴな事は言いたくない。

常に明るい言葉を発して、前向きに生きてきたいのに、心がもう折れてしまった。

もう希望がないことを認めることができない。

ここ数年、外に出ようとするとえづきが止まらない。

きっと私の胃はおかしいだろう。

それでも外に出ると落ち着く。

自分文体も嫌いだ。

こんな状況ですら、自分の弱い部分を出せない。

今までの人生も人にダメな部分を見せ、教えてもらったり、助けてもらうことが苦手だから、こんな人生になってしまったんだ。

私は鬱なのか。

もし仮に鬱なら、より人生は下降するのか。

一体いつになったら、安心した毎日を送れるのだ。

なにより彼女申し訳ない。

私はこれからどうなっちゃうのか。

2017-01-14

スマホ婚活物語

呼んでもいないのに、また誕生日がやってきた。32歳になった。その時を大宮あたりにある自宅のワンルームアパートで俺は迎えた。

仕事公務員。俺は一浪で、とある無名大学入学し、一留卒業し、さら卒業後に一年公務員試験勉強をして入庁した。運良くストレートで入庁までたどり着いた奴らと比べると、3年余分に時間を食ったことになる。くそ、と思うことはいつもであるが、それでも、出身大学レベルからすれば随分立派な就職先に入れたのでその点は誇りに思っている。なんと言っても公務員は安定している。

まあ、どこかの国も破綻しかけたし、うちの国でもメロンの有名な某自治体破綻したりして、果たして将来も安定か?というツッコミどころもあるが、なんだかんだ自分の定年ぐらいまでは大丈夫だろう。

だべってばかりで働かない職員モンスターなんちゃらに囲まれての仕事は決して楽しくないが、生きていくためだ仕方がない。

ちなみに、一浪した時は、実家があまり裕福ではなかったので新聞奨学生をやりながら、予備校に通った。しかし、この新聞奨学生というのがひどいもので、配達作業時間のせいで十分に勉強時間がとれないという代物だった。今思えば、少し無理をして自宅浪人でもしてれば、早稲田筑波ぐらいならいけたかもしれない。本当に後悔している。

容姿は良い方だと思う。中学時代はそれなりにモテ記憶があるし、男友達からも、良い方だろうという客観的評価をもらっている。

だが、恋愛は不調だ。これまでの人生で一度だけ付き合った彼女美人で、スタイルもよかったし、若かったし(当時23歳だったか)、あっちの方も抜群だったが、いろいろいい加減な子だったので半年ほどで別れた。結婚も考えねばという年齢だったのでそれでは厳しい。その女との出会いは、数年前から流行りの街コン。当時は友達街コン婚活パーティーに出かけて出会いを求めていたが、そこで一度だけうまくいったのがその女だった。

と、それが二年ほど前の話。そう。今、俺の心を占めているのは結婚への焦りであり、結果として婚活自分プライベート時間の多くを占めるに至っている。婚活もいろいろやり方があると思うが、今の主戦場スマホ婚活アプリだ。

婚活アプリでは、それぞれ自分PRするプロフィール写真文章登録し、男女共々、異性のそれを見ることができる。気に入った相手がいれば「いいね」する。「いいね」されると、された相手には通知がいき、運良く相手も気にいって、「いいね」を返してくれたら、晴れてチャットができるようになる。あとはいかにうまく口説いて、「面接」に持ち込めるかだ。

面接」というのは婚活用語である婚活アプリでは、チャットいくらか続けたあとに、アポをとりつけて相手食事に誘い、そこではじめて相手と対面する。そして相手容姿や、学歴職業コミュニケーション能力などを見る。これがさながら企業における採用などの面接に似ているから「面接」などと呼ばれるのだろう。採用活動における面接ではおおむね企業側が一方的に見るものだろうが、婚活における「面接」では、お互いがお互いの値踏みをする。従って、当然ながら、「面接」に望む時の洋服には十分気をつけなければいけないし、会話を弾ませるよう自分の話術を最大限駆使する必要がある。そうでなければ、二次面接」、三次面接」には進むことが出来ない。お祈りメールを待つのである

俺が将来の伴侶に求める点は大きく、1)友達が羨ましがる容姿、2)自分よりも高学歴、3)結婚してもちゃんと働いてくれる人、4)性格がまとも、5)年齢は31歳まで。若いなら若いだけ良い、の5点である特に1)2)5)は重要だ。なぜかって?それは他人に羨ましがられる嫁が欲しいからだ。俺は正直に言って、自分に誇れるものがない。大学へは小学生時代から続けていたスポーツを極めたくて入学したが、結局自分には才能がないことを痛感した。プロなんて夢のまた夢だ。誇れることは、せいぜい、公務員になれたことぐらいである。これがなかったら、ぶっちゃけ、ただのクズなんじゃないかとすら思う。だからこそ、婚活では一発逆転したい。

実際、俺はかなり婚活に入れ込んでいる。中毒といってもいいかもしれない。平均で週に2回程度は「面接」をしているし。婚活アプリも4つ程度を同時並行で利用している。

金もかかる。課金額は月にそれぞれ5000円程度だ。「面接」にだって金はかかる。飲み屋でディナーとなれば、安くても一回4000円は飛ぶ。もちろん支払いは男持ちだ。男女平等が叫ばれる昨今であるが、婚活では関係ないらしい。交通費だって地味に痛い。

トータルで「面接」した人数は50人はくだらないと思う。しかし、未だに婚活は終わっていない。

俺が求めるレベルの女には、一次「面接」で切られてしまう。そのレベルに達していない場合だと、付き合うところまでいけそうということも何度かあったが、どうしても本気になれず、最後まで続かない。

もう本格的に婚活をはじめて3年になる。最近は、周りの友人なども結婚しているやつが多くを占めてきたし、子供ができたというのもFBなどでよく見かける。そういうのを見ると、自分は何をやっているんだろうと思う。俺はちゃんとした家庭を持つことが幸せ重要な要素だと考えているので、何のために生きているのだろうという思いにかられることもある。「面接」がうまくいかないのはコミュニケーション能力が低いせいもあるのだろう。そういえば、うちの親はどちらもコミュニケーション能力に乏しい。遺伝なのか育った環境問題なのか。くそ

しかし、あきらめない。絶対にいい女を捕まえてみせる。

仲の良い友人の1人はそこそこの女で妥協した。しかし、俺はそんな情けないことはしない。

そう思いながら、今日スマホで女の写真を眺めては、取り憑かれたように「いいね」をしている。

2016-10-06

学歴就職年収に関する独り語り

今年38歳。

関東だけど人口1桁万人の港町に産まれ、育った。

小中くらいはさしたる努力もせずにクラストップクラスの成績。

ミニ四駆ドラクエが好きなどこにでもいるような子供だった。

なんとか通学できるか、って距離まで伸ばしても圏内には進学先の高校は5,6校。

商業科や工業科、水産科なんかもあって、大学進学の可能性が残る普通科があるのは2校程度。

そのうち1校に入ったものの、ガクガクと成績は落ちていった。赤点をなんとか回避、ってことも何度か。

Jリーグが始まったのがこの頃か。

大学進学の可能性が残るという表現を使ったけど、田舎学校なんでレベルは低い。

平均の偏差値は50切ってたと思う。

同学年でMARCHに入れるのが5人以下、早慶は数年に一人いるかも、くらい。

実際には高卒就職する者、専門学校に進む者も多い。


低成績の俺は地方私大しかからず、親に頼み込んで浪人させてもらった。

条件は予備校の寮に入ること。ほぼ軟禁生活。泣いて嫌がったけど仕方なかった。

それでも、そんな環境であっても勉強は怠けてしまっていた。

当時田舎者にはあこがれだった渋谷タワレコに平日昼間から行って、 TK新譜試聴したな。

高校の頃からそうだけど、「勉強法勉強」は好きで、あの方法勉強すれば俺の成績は上がる、って謎な自信だけもっていて、でも勉強はしない。

明日やれることは今日やらない。よって数学的帰納法により、受験日まで勉強しない。

本当にダメ人間だった。

メタ勉強だけは好きってのは10年前にライフハックにハマったのと、今思えば同じ根っこだったんだろうな。


そんな訳で一浪しても入れたのは偏差値50アンダーの私立理系大。Fランク。最近はGランクであるんだっけ?

ここでさら実験科目の出席日数が足らず、留年

成績不良じゃないくて出席日数不足ってところがつくづくダメだな。


ただ、振り返ってみてこの頃ラッキーだったのが2つある。

1つはコンピュータサイエンス教官実力主義者で、当時の第二種情報処理技術者、今の基本情報処理技術者試験合格すれば単位をやるって人だった。

ちょうどインターネットが普及し始めて、テレホタイムになると同時にISDNで繋いでいた時期。

コンピュータ勉強面白くて、出席外で単位とれるならと合格できた。ここで基礎を固められたのはラッキーだった。

もう1つは留年したせいで一般教養科目を余計に取れる余裕ができたこと。

心理学の少人数上級版で、自分テーマを決めて教授と毎回議論できるってクラスだった。

就活に備えた自己分析を、心理学者とサシでできたのはラッキーだった。(ドラッカープロフェッショナルの条件を読めたのもこの頃だったな)


で、就職活動2002年卒、有効求人倍率 0.54 倍。世はまさに大氷河期時代日韓共催ワールドカップの頃。

周りや就活相談室の(ストレートな分、俺より有利な奴の)を聞くと、数十名の小規模企業に入るひと、地元に戻って地元会社に入るひとも多かった。

一浪一留偏差値40台という自分スペックと向き合った。

このままだとヤバいなと、底辺だなと(当時は今のような使われ方をしていなかった言葉だけど)思った。

どうするか。資格もあったせいで業界IT特に SI が有利だろうと思った。

計算機室でCOMPUTER WORLDを読み耽けり、大学図書館日経コンピュータバックナンバー2年分を通読して業界を知った。


そして採ったのは某国コンピュータメーカー1社のグループ会社に絞る集中戦略

親会社企業研究(成り立ち、歴史挫折チャレンジ)を深めれば子会社はいくらでも応用が効くし、心理学者と深めた自己分析と付きあわせて「あなた出会えた私」のストーリーでっちあげれば、志望動機入社後の目指す姿も十分語れた。

このストーリー説得力と、新人研修で取らせることの多い資格を既に持っていることがあれば、自分スペックをある程度カバーできるだろうと思った。


これはうまくハマって、そのグループ会社では全戦全勝、本体でも最終面接まではいった。落ちたけど。

自分が出た大学では「誰もが知っている名前のついた会社に(子会社はいえ)入れる奴」はレアで、まして一浪一留でってのは劇レアだった。


待遇親会社と同一で、初年度、24歳で年収300万円くらい。

でもトレーナーとソリが合わず(今に思えば子供じみた理由だ)、転職

就活の時にはコンサルなんて職種が世にあることを知らなかったけど、

たまたま募集してたITに強い外資コンサルに移って26歳年収400万。

国内限定学歴揶揄する人もたまに見るけど、ボストン採用の同期とか普通にいたな。

そこでのコンサルスキル海外経験のおかげで別のコンサルに移って28年収750万。貯金1000万超えたのもこの頃。

タイミングが超ラッキーで、この直後にリーマンショックがあった。こんな大幅年収アップの転職案件はすぐになくなった。

さら上級SEに戻って30歳800万円。

35歳くらいで外資ベンダー転職して年収1000万円超えて、38の今は1200万円。

年齢で見た年収は社内の平均からは下がるようだけど、まぁ十分満足してる。

株とETFで4000万円くらい持ってる。

金融資産の半分くらいは100年に一度の株の大バーゲンリーマンショック)の時に買った株のおかげ。

その時期にセールワゴンにしがみつくだけの定期定額収入があったのも、またラッキーだったな。


転職活動では、卒業したFラン大学一浪一留は何の問題にもならかった。

しろ英語力の低さを指摘されることが多かったな。



そんな感じ。



基本、世は学歴社会ではあると思う。

俺はあまりその是非の議論には興味はない。

学歴は時には一発でゲームを決める強力なカードであると思う。

でも自分対峙するフィールドでどういう力学が働くかを理解して、持ってるカードを限られたターンの中で増やし、切っていくだけだ。

現在自分収入タイミングの良い転職のおかげだと思う。

自分が好きなタイミングで職を選べるのは、2つ目の外資コンサルであらゆる「ビジネス知的基礎体力」を身につけさせてもらえたおかげだと思う。

自分学歴とは不釣り合いな場所にいられるのは、ここに、大学を出てからラッキーたちに、集約されると思う。

でも、それでも「大卒である」ことだけは一定程度以上の会社では最低条件、前提条件だった。

大手コンピューターメーカーの大ベテランの中には、時代的に高卒の人もいたし、高卒工場勤務から叩き上げで働いている人もいたけれど、もうそれはない。

今の勤め先も入社時にはbachelor以上の英文成績証明書必須だ。

俺はラッキーだけで現状があるとは思っていない。

ただ、ラッキーに加えて必要だったのは、俺の場合は「Fランだろうが大卒」というチケットそれ自体ではなく、浪人留年学費生活費を捻出してくれた両親だったと思う。

父は企業奨学金日東駒専クラスに通い、卒業後に職業選択の自由はなかった。意に添わない異動も俺たち子供のために受けいれてくれた。

母は家が貧しく、家族に反対されながら働きながら自費で通信制高校卒業資格を得た。

学ぶことで人生選択肢が増える。学ぶことは自由につながる。

そのことを身をもって知り、身をもって子に示し、ダメな俺が大学を出るまで支えてくれた両親こそ、俺が今の俺であるために必要だったと思う。

月並みだが、本当に感謝している。

繰り返すが、学歴は強力ではあっても、いくつかあるカードの一枚に過ぎないと思ってる。

俺は馬鹿ダメ人間だったから「Fラン一浪一留」なんて貧弱なカードしか得られなかった。

でもそれも、そんなカードも、両親が必死になって繋いで手渡してくれた大切なカードだった。

その大切な一枚を活かせるような生き方ができて本当によかったと思ってる。

そろそろ俺が浪人する許しを請うた時の親の年齢に、俺がなる。

あの頃の両親のようにありたいと、そうあるための今の収入資産だと思う。

読んでくれてありがとう

2016-07-20

エピソードで2社内定ゲットした

発達うつ持ちノンサーぼっちコミュ障一留だけど、とりあえず面接の数こなしてたらペラペラ嘘つけるようになって東証一部上場企業から2つ内定出た(いわゆる1を10にする嘘)

ほんと就活って慣れればなんとかなるわ

あと笑顔で愛想よくするのは大事かな

みんなも気楽にやろうぜ

2016-06-19

http://anond.hatelabo.jp/20160618211423

四年前の俺のようだ。俺はリーマンショックから就職氷河期に見事にぶち当たって、大学就職浪人制度使って一留して

それでも無い内定のまま卒業してしまって、就活期間2年近くずっと毎日自己否定感に苛まれ死にたいとばかり思っていた。

実家で猫撫でてたらいきなり涙が止まらなくなって心療内科に通ったりした。

でもある日、惰性で受けた社団面接で意外なくらいトントン拍子にあっさり内定が出て、むしろ拍子抜けした。

入る前は「世の中というものは俺にどれほど高い能力要求するんだ」と恐れに恐れていた大人世界というのは、入ってみればなんのことはない、

就活の苦労に比べたら信じられないほどヌルくて雑多で、多様な世界だった。

周りには「就職したらもっと苦しいんだぞ」なんて言う奴もいたけれど、就活の時の苦労に比べたら仕事での苦労なんて俺にとっては正直屁でもなかった。

就活の時の苦労は一体何のためのものだったんだ、と正直ムカついたくらいだ。

就活で測られるもの、求められるものは、要するに社会に適合するためのスキルでもなんでもなく、ただただ就活という歪んだシステムを乗り切るためのスキルしかない。

あなたより不誠実で不真面目で、「社会に適合するための正当な手続きたる就活」を踏まえていない大人なんていくらでもいる。

自分幸運を棚に上げて、あなたのような弱っている人間マウンティングをかまそうとする言説も世の中に溢れている。

就活で植え付けられる自己否定感は、今のあなたにとっては紛れも無く真実で、あなたを苦しめていると思う。

実のところ俺も、今でもその解消に難儀してる。

でも就活理不尽運ゲークソゲーだ。就活なんてもんはペテンだ。

からあなたが今感じている「自分社会必要のない人間」という烙印、なんてものも誰かのついた嘘だ。

そんなもんであなた価値は決まらない。

あなた幸せ自己肯定できるようになる日が来ることを祈る。

2016-05-08

自分の家庭が中流家庭なのかどうかが分からない

父親年収はおそらく900万くらい ただ55くらいという年齡を考えればそんなに特別な額ではないと思う

母親はなんかパートなのか正社員なのか分からないけど十年前くらいに再就職して週4勤務で年収200万くらいらしい

住んでるところは地方10階建てくらいのマンション 貯金いくらあるかは知らない



例えば俺は一浪一留私大卒でなに不自由なく生活させてもらえたけども、特に贅沢をしたわけでもない

家賃も7.5万円のところに住んでいたか東京大学生の中ではごくごく普通なレベルだろう 小金持ちな家庭はやっぱり一人暮らしでも10万くらいのところ住んでるしね

バイトしないでもやっていけるだけの仕送りは貰っていたけれど、遊ぶ金は全部バイト代からだった。大学も忙しかたから月5万弱くらいか

一応兄がいるけど、兄は国立大出たし全てストレートでいったから相当負担も少なかったんじゃないかと思う



必要情報は大体書けたと思うが、改めて書いても中の中の家庭というか、なんなら中の下な気もするんだけど(実家普通マンションだし)、たまに恵まれてると言われることがあるのが分からん

実際どうなんですかね?

2015-12-09

恋愛コンプがつらい

私もしかしたら結婚できねーんじゃねーのって最近めちゃくちゃ思う。

別に私は彼氏いない歴=年齢とかでこのままではヤバいみたいに悩んでるわけではなく、つい数ヶ月前まで恋人はいたし、経験人数も多い。いや、かなり多い。

人にモテなくてうめいているのではないと理解して欲しい。

先にも書いたのだけど、経験人数が多すぎることが最近コンプレックスになってはちゃめちゃに辛くなってきた。

何がどうコンプレックスかというと、こんなに誰かに好きになってもらうことはできるのに、どれ一つとして恋愛が長続きしない私は人として何か重大な欠陥があるのではないのか、と思えてきて、一人の人間恋愛関係を一生をかけて築ける自信がまるでない。なくなった。

ここ1年くらいでトラウマもの恋愛経験をしたりして、自暴自棄になって数がいたずらに増え、つい最近、その人とは普通の付き合いをしていたんだけど、此の期に及んで「好きかどうかよく分からなくなった」とたった4ヶ月で振られた結果、本当に自信をなくした。

自分経験人数の多さについての話になるけれど、高校入学してすぐに部活の先輩と付き合ったのが初めてで、現在大学4年に至るまでで10人。

将来、自分に気を持って近づいて来た人に「何人くらいの人と付き合ってたの?」なんて聞かれて正直に答えようもんならめちゃくちゃ引かれると思うし、加えて自分がどちらかと言えばサバサバ系に当たるあまり女らしくない人間なので(別に見た目も普通だ)、めちゃくちゃ驚かれるだろうし、地雷臭がするからやめとこうと思われるだろうな、と思う。

実際地雷なんじゃないかと思う。

この問いに対する適切な答えをわりと真剣に考えている。

男をとっかえひっかえするような付き合い方をしてきたつもりは、自分ではないつもりだけど、ほとんどの付き合いが、半年ちょい以下、次の交際までが長くても半年以下で、それをとっかえひっかえと人は呼ぶのかもしれない。

自分でも「私ってとっかえひっかえしてるのかな……」などと気持ち悪く悩んでるような時もあったが、同学年の友人が「そろそろ彼氏乗り換えよっかなって思ってる」みたいなことをカバン買い替えるかみたいな感じで話しているのを聞いて「マジか」ってなったし、自分恋愛の話に対して「増田さんって結構とっかえひっかえだよね笑」とか言う人は大抵恋愛経験皆無の人だったので、一旦は気にしないことにした。

話がそれたけど、どの人もそれなり以上に、基本的には大好きで付き合い始めたし、それぞれに理由があって別れたりした。(たいてい私が別れを切り出ししている)

この経験人数の多さは、自分なりに分析するところによれば、私がかなり惚れっぽいところと、おそらく恋人関係の間に問題が生じた時にいちいち解決するほどの執着がないところにあると思っている。

要するに熱しやすく冷めやすいのだ。

そういう反省から、生じた問題に熱心に取り組んだ結果、立て続けに絶交案件が立ち上ってきてわりと死にたくなった。

あとこれは途中から気がついたことなんだけど、どうやら自分好きな人に対して「女」を切り売りするのがなかなかうまいらしい。

し、大抵付き合った男性恋愛経験ほとんどない人が大半なので、切り売りされた女をやすやすと買ってくれたのだろう。

自分で言っててかなり悲しい。

昔めちゃくちゃ好きでアプローチしていた(が、交際には至らなかった)後輩に、恋愛が長続きしないと相談した時に「増田さんのアプローチの仕方はすごくドキドキするから好きになってしまうんだけど、多分それじゃあ本当の増田さんを好きになってもらえないから結果的幸せになれないと思う。もっと時間をかけて自然に好きになってもらった方が良い」と言われ、真理すぎて理解〜〜となって、理想として頭に入れてはおいたが、好きになった男とは付き合いたいので、飽きずに女を切り売りしてしまった。

ていうか、誰でも好きになったら女を切り売りしてしまうだろ!!!しょうがないじゃん!!!?とか書いてて思った。

その後輩は当時、運命の女とやらを見つけて交際に至ったばかりで、ひととしてのステージ一次元上にシフトできた自覚ある人間の心の余裕からくる発言だとそれなりに受け止めておくことにした。

その後輩はその女の子と長い付き合いを今も続けているらしく心底羨ましい。

私にも運命の相手をくれ。

あいろいろと脱線が激しくて申し訳ないが、恋に落ちやす性質と交際に至りやす性質と別れを切り出しがちな性質を合わせ持ってしまった結果、飽きもせず恋愛サイクルを繰り返すことになってしまった。

あと恋愛が上手くいかないコンプレックスが、次へ次へと自分を走らせていたような自覚がある。

そんな感じで過去にお付き合いした人数が10人にも至った結果、「うぅ〜〜、女を切り売りすることでしか誰にも愛してもらえないんだ、誰も本当の私なんか好きになってくれないんだ、つらい〜〜」となるし、周りのお互いにいい感じで愛し合ってるようなカップルを見るとめっちゃ死にたくなる。

いい感じで愛し合ってなさそうなのに長い付き合いをしているカップルを見ると「お前らなんか間違っているだ、そんなの本当の幸せじゃないんだからな」と死ぬほど負け惜しみみたいなことを考えてしまうようになり、すさまじいカップルコンプレックスを抱くようになった。おそらく恋人もちの友人たちに人を殺すほどのガンを飛ばしてるので申し訳ない。

はいえ、別れたばかりで未練があるからか(というか、ある)、「もう恋なんてしない」とセンチメンタルになるほど疲れてしまたからか、誰かとつがいになるような気分になれない。

もっと包み隠さず言えば、もう恋愛沙汰で傷つくのはゴメンなので次は最後がいいし、うっかり上手くいかなかったらめちゃくちゃ死にたくなるから嫌だ。

はいえ、そもそも普通に結婚願望があるし、普通にひとりはいやだ!!!と思うので、このままうかうかコンプレックスをこじらせていたらいわゆる婚期を逃してしまうのではないかとめちゃくちゃ不安になってる。

今が一浪して大学4年で23歳、一留するので、新卒1年目で誕生日を迎えたら25歳。いわゆる普通に結婚する年齢を27歳と設定したら、社会に出てすぐお付き合いして、素敵な恋愛関係を築かねばならぬということになる。

先に長々と述べたコンプレックスからもう無理だろ!!という気持ちになってる。

きっと私は然るべき時が来ても、私はこの人と一生の関係を築くことができるのだろうかと疑心暗鬼になって結婚できない。子供も生めない。そんな気がする。

別に20代のうちに結婚しなきゃいけない決まりはないけれど、そんなにも長い時間東京とか新たな土地就職して、孤独社会人女性として生きたくない。

幸せ恋愛がしたいのに、「恋愛 長続きしない」とググってみると、「あなたには自己肯定感が足りません」とばかり書いてある。

そんな勝手自己肯定感まれてこねーよ。

趣味もある、将来的な目標だってある。

だけど、頑張って自分をひとり抱きしめ続けても私はひとりだ。

私は幸せパートナーを見つけることはできない。

といいつつ、自分は惚れっぽいのでそのうちにそんなことは忘れて適当恋人を作っていそうだなとも思う。

でもすぐまたそのうち別れそう。

という感じで、将来先5〜10年くらいに渡っての孤独不安を抱えて時々めちゃくちゃうつになっている。

エントリーシートとかで10年後のビジョンを教えてくださいとか聞かれたら「殺すぞ」という心境になる。

だれか私を助けてくれ。

具体的には明日学校に行けるくらいに慰めてくれ。

2015-09-16

仕事モチベーション

今までは、仕事モチベーションが、風俗だった。

大学一浪一留

大卒後、一度、正社員になった。

ニートフリーターの時に神戸友達三宮ヘルスに連れていってもらった。

写真指名をして、

きれいなお姉さんが三つ指をついて、挨拶をしてくれた。

  

気持ちよかった。

気持ちよかったのは、最後までイって、抜かれた感じで、です。)

  

それから就職活動をまともに、はじめたよな。....。

お金というものの、有り難みを身体で、覚えた。

それまで、親のスネをかじって生きていた。

  

太宰治人間失格ではないが、なんか、ずっと、生きている意味を感じられなかったよな。

  

風俗で、本当に気持ちの良い体験が出来た。

大学で、確かに、不細工彼女サルのようなセックスを何度もしたけれど、

やっぱり、きれいな人とやりたい。

働くモチベーションになった。

25才から40を超えた今でも、金がないときは、メンズエステで、20代の子に抜いてもらっている。

唯一の趣味というか、楽しみだ。

月に2度ぐらい通ってきた。

  

だけど、今じゃ、単なるストレス解消だな。

感激はするが、初めての時やお気に入りの子メルアドをゲットしたときのような感動は、もう、ない。

  

だけど、きもちいいー。

あー。頭悪い文章だね...。はは。

疲れた

疲れたよ。

 

働きたくないなー。

  

  

追記...

(なんで、ブコメで、私に嫁がいると、バレたのだろう。エスパーだろうか。)

(つか、こんなクズにも、ブクマがついて、かうじて承認欲求が満たされています。。)

   

初めての風俗東海地方の、暗いぼったくりピンサロで、体重100kg程度の巨漢の女性が、相手でしたよ。

から

三つ指をつくなんてことや、天井に大きな鏡があったりしたことに、すごく驚いて、印象に残っています

そんな高級店じゃないけど、京都とか大阪とは、もちろん神戸でも特殊なのかも。

気持ちよかったのは、最後までイって、抜かれた感じで、ですよ。

  

  

あ。実際、会社休職していて、適応障害という病気で、半年ほど、休んでるんですけどね。

嫁はんと嫁はんのお義母さん、二人が、就活しろって、いうんで。

失業手当(あるいは傷病手当)をもらうことをアテにすな、的な感じですね。

風俗通いは、出張とかの合間にいっていたりで、内緒やけど。

 

嫁さんに、バレたら、やばい

  

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