はてなキーワード: 立脚とは
表現の不自由展騒動がきっかけなのか、最近「アート」に関する勘違いを頻繁に耳にする。
とりあえずポリティカルなことや特定の展覧会や人物の動向は抜きに、アートに対して人々が抱いている勘違いを淡々と正してみる。
文章が読めない人向けに繰り返すが、別に「表現の不自由展」など特定の展覧会や作品の是非について語っているわけではなく、人々が抱く「アート・芸術」に対する先入観について語っている。
前史時代から近現代に至るまで、金銭や作品発表場所など、なんらかの「補助」なしで歴史に刻まれた芸術作品や芸術家はいない。
「補助」は大まかに分ければパトロン系、政府系に大別されると思う。
バッハ、ミケランジェロ、ボッティチェリ、レオナルド・ダ・ヴィンチ…今も知られる芸術家のほとんどは貴族や王族の庇護のもとにあった。特に有名なのはメディチ家。かなりの数の美術作品がメディチ家の庇護のもと、もしくは依頼で作られている。
モーツァルトのようにフリーの音楽家に転身した例もあるにはあるが、彼ですら転身後、晩年は困窮していた。それどころか、主な収入源はやはり貴族などに委嘱されて作った楽曲によるものだそうだ。
現代だと、欧米では自らの作品を売り込んでファンドを得る、ほとんどビジネスマンみたいなアーティストが多い。ビシッとしたスーツに身を包み、自らの作品に新たな価値付けをして売り込む姿は、ベンチャー起業家のそれと変わらない。
こちらは王政・封建制より後の政治体制下の芸術に対する補助。大まかに分けると、プロパガンダ芸術と、政治思想のない(あるいは薄い)経済的補助がある。
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政治思想とは一定の距離を置いた経済的補助で、一番大規模かつ有名なのはアメリカが1930〜40年代に行った「連邦美術計画」だ。ニューディール政策の一環として、政府が数千人から1万人単位でアーティストを雇い、パブリックアートの制作などをさせるというぶっ飛んだ規模の政策である。
因みに「連邦美術計画」の効果は凄まじいもので、その後巨匠と呼ばれることになるようなアーティストを多数輩出し(ポロックやベン・シャーンなど)、抽象表現主義などのアメリカ発の芸術運動がバンバン興った。
それまでヨーロッパ中心だったアートシーンは、この時代の前後を境にアメリカに移ることになった。さらに因むと、未だにアートシーンの中心はアメリカである。その市場規模は、世界のアート市場の5割弱を占め、日本円にするとおよそ3~4兆円。しかも年々拡大し続けている(参考までに、日本の美術市場は2,000億円強 / 中国は1.5兆円弱)。
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一方、プロパガンダ芸術で有名なのは、ソ連やナチスなど。政府の意向や政治思想に沿った作品を、政府が補助して制作させるというもの。作られた作品は政府の思想を広める宣伝ツールとして使われることが多い。
上述した政治思想とは一定の距離を置いた経済的補助とは違い、題材やテーマなどは厳密に決められており、メディチ家などのパトロンの元での芸術活動に少し近いかもしれない。
ただ、これらの政府の体制下で作られたプロパガンダ芸術は、今のところ芸術としてはあまり評価はされていない。
あくまで個人的な見解だが、プロパガンダ芸術はその性質上大衆向けにならざるを得なく、どうしても前時代的なものになってしまうのが要因かと思われる。 ※ グラフィックデザインなど、一部評価されている分野もある。
なお、これらの国では、現代アート・前衛芸術は「退廃芸術」として弾圧の対象となっていたことも言及しておく。弾圧されたアーティストがアメリカに渡り、祖国に残ったアーティストを横目に名声を得たという例はかなり多い。
上述のようにプロパガンダ芸術にあまり価値が見出されていない現状を考えると、一見正しい意見に思える。
だが「20世紀を代表する作品の一つ」とまで言われる、ピカソの「ゲルニカ」をはじめ、政治的なアティテュードを有する芸術作品は意外と多い。
現代であれば例えばバンクシーは思いっきり政治的な作品で知られるが、今やアートシーンにはなくてはならない存在だ。
文学・音楽・映画にだって、政治的な意味合いが強い作品はたくさんある。
「政治色をもつ作品はアートじゃない」という言説は、「ジョン・レノンの"イマジン"は政治的なメッセージがあるから音楽じゃない」と言ってるのに等しいのだ。
むしろ、現在享受されている芸術作品で、大衆向けに作られたものはあまり多くはない。
バッハ、ミケランジェロ、ボッティチェリ、レオナルド・ダ・ヴィンチなどに代表されるような近代以前の巨匠たちは、先述の通り貴族や王族むけに作品を作っていた。そもそもが一般大衆向けの芸術ではない。
同時代の大衆向け芸術だと、例えば音楽では吟遊詩人が酒場で歌うリュート曲とかがあるが、現代でも聞かれているかといえばNOである。もちろん、歌舞伎やケルト音楽など、現代まで残っている大衆芸術もあるにはあるが、近代以前の大衆芸術のほとんどは淘汰されている。
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今現在大衆に受け入れられるアーティストでいえば、おばちゃんが大好きなモネは発表当時ヘタクソだの何だの批判されまくったし、今や知らない者はいないゴッホはご存知の通り作品が1枚も売れないまま精神を病んで死んだ。ストラヴィンスキーやジョン・ケージなどは、初演で暴動間際になったことだってある。
これらの例から、むしろ後世に残る作品は、同時代に生きた大衆の感覚からはかけ離れていたことが分かる。でも、モネは今や企画展の花形だし、ストラヴィンスキーはバレエ曲の定番だし、ゴッホの絵を見ては「俺の方がうまい」とか宣うおっさんは美術館の風物詩だ。どの分野に関してもそうだが、専門性が高くなればなるほど、大衆の感覚はあてにならなくなる。自分の感覚と相容れない現代美術作品を「こんなの芸術じゃない」と一蹴することは自由だが、それらの作品は100年後にはもしかしたら現代におけるモネのように広く受け入れられているかもしれないのだ。
かつて相対性理論が発表当時「完全に理解できるのは世界で数人しかいない」と言われていたのに、(専攻科にもよるが)現在では大学で習うのと似ている。これまでの価値観をひっくり返すような価値のあるものは、常人には理解できず、時間をかけて少しずつ受け入れられていくものなのだ。
この問題については、未だ現代美術に大きな影響を与えているグリーンバーグという美術評論家のおっさんが書いた「アヴァンギャルドとキッチュ」っていう論文が分かりやすい。
この論文は、日本語訳もされているし、原文はインターネットでも読めるが、大衆の感覚と芸術作品の価値の乖離について論じている。要するに、「大衆に迎合し消費される美術」と「前衛的な美術」ならば、後者の方が価値があるっていう内容だ。
80年前の論文なのだが、芸術分野では未だに影響力が大きい教科書の一つ。とても短く、すぐ読み終わるので、興味があればぜひ読んでみてほしい。
作品の題材として「裸の女性」というのは時代を問わずポピュラーだが、19世紀までは神話や聖書の出来事以外で裸体を描くことは不道徳とされた。端的にいえば、不快であり、公序良俗に反するとされた。
実際、マネによって描かれた「草上の昼食」や、裸体の売春婦を描いたとされる「オランピア」は発表当時大問題になった。「現実の女性の裸を描くなんて、淫猥である!不道徳極まりない!下品なメスゴリラを描きやがって!こんなのはアートではない!」というわけだ。
しかし、どちらの作品も今やマネの代表作。オルセー美術館に収蔵されていて、後の時代の芸術家からはオマージュの対象とされるような絵画として扱われている。
一例を取り上げただけだが、時代を問わず同じような現象は枚挙に遑がない。
簡単にいえば、写真が実用化された時に「じゃあ写真でいいじゃん」ってなった。「写真と絵画は違う」という考えに立脚し、ある時点でそれぞれ全く別の路線を歩むことにしたのだ。
で、モネみたいに空気感を描く作家や、セザンヌやピカソみたいに多視点的にものを捉えて一枚の絵に表現する作家が登場した。これらの手法は写真では(簡単には)表現できない。要は「写真じゃなくて、絵画だからこそできる表現」というものが重視されていくようになった。
そして「じゃあ絵画の価値ってどこにあるの?本質って何?」って突き詰めていった結果、「絵の具じゃね?」という話になり登場したのがポロックなどの抽象表現主義。「コンセプトじゃね?」という話になり登場したのがコンセプチュアル・アート。特に後者の現代美術への影響は色濃い。
もちろん、写真のようにリアルな作品に価値がないわけじゃなく、スーパーリアリズムのような動きもあった。ただ、20世紀以降のほとんどの芸術家は、「写真みたいにリアル」であるかどうかとは別の土俵で表現をしていることは知っておいてほしい。アーティストにとって「写真みたいリアルですごい」というのは必ずしも褒め言葉ではないのだ。
分かりやすさを第一に書いたので、表現が正確ではないところもあるし、時代的に前後したり乖離していたりもするが、だいたいこんな感じ。
文章中でも少し触れたが、アメリカや中国、欧州と比較すると日本の美術市場はかなりちっぽけだ。国内でアートがよりよく理解され、シーンが活性化することは、大きなマネーが動く「市場」を生み出すことにも繋がる。先述の「連邦美術計画」などは、政府が美術に注ぎ込んだ「補助」に対して、「年間3兆円強のマネーが動く市場」という計り知れないくらい大きい対価をもたらした。アートにはそんな力があるし、前衛を受け入れる懐を自ら作り出したからこそ、現在のアメリカの立ち位置がある。兆規模の市場から得られる税収は、控えめに言ってもバカにできないはずだ。
アートの受容と活性化は、普段アートに触れない人にも価値がある。少しでもみんなのアートに対する誤解が解けることを願ってやまない。
行動主義はJ.B.Watsonが最初に提唱した心理学の哲学だ。この哲学は、現代では下火のように見なされてたり、あるいは棄却すべき対立仮説のように扱われることが多い。
しかし、実際には認知心理学者、あるいは認知科学者が槍玉にあげる行動主義は、誤解に基づくものか、そうでなくても「その行動主義を自称している行動主義者は現代にはいないよ」と言わざるをえないような藁人形論法であることが少なくない。
そこで、行動主義の誕生から現代的な展開までの歴史について、ごくごく簡単にまとめてみようと思う。
Watson の基本的な主張は、ご存知の通り「心理学の対象を客観的に観察可能な行動に限る」というものだ。
当時の心理学は Wundt の提唱した「内観法」を用いて人間の持つ「観念連合」を記述する、というものであった (余談だが、内観法は単なる主観報告ではない。これもよくある誤解である。Wundt の提案した心理学は、繰り返しの刺激に対し、同じように報告するよう徹底的に訓練することにより、人間の持つ感覚の組み合わせについて首尾一貫とした反応を得ようという研究方針である)。
Watson が反対したのは、Wundt の方法論である「人間の自己報告」を科学データとすることである。それに代わって、刺激と反応という共に客観的に観察可能な事象の関係を研究の対象とすべきであると主張した。Watson は Pavlov の条件反射の概念を用いれば刺激–反応の連関を分析可能であるし、人間の持つ複雑で知的な行動も刺激–反応の連鎖に分解できると考えた。
また、情動や愛のような内的出来事は、身体の抹消 (内臓や筋肉) の微細運動から考察された。Watson の心理学が「筋肉ピクピク心理学」と揶揄される所以であるが、現代の身体性を重視する心理学・認知科学を考えると、(そのまま受け入れることはできないにせよ) あながちバカにできない部分もあるような気がする。
さて、認知心理学者、認知科学者が批判するのは多くの場合 Watson の行動主義である。場合によっては、次に登場する Skinner と Watson を混同して批判する。
注意しなければいけないのは、Watson の行動主義の立場を取っている行動主義者は、この地球上にはもはや存在しないという点である。従って、Watson 批判は歴史的な批判以上の何物でもなく、現代の科学の議論ではない。
では、行動主義を自認する現代の研究者が寄って立つ立脚点は何なのか? その鍵になるのが、Skinner の徹底的行動主義である。
Skinnerは、Pavlov の条件反射を「レスポンデント条件づけ (いわゆる古典的条件づけ)」、Thorndike の試行錯誤学習を「オペラント条件づけ」として区別し、概念、および実験上の手続きを整備した。そのためあってか、Skinner は20世紀で最も影響力のある心理学者 1 位の座についている。
Skinner は、科学の目的を「予測 (prediction)」と「制御 (control)」とした。ここでは説明しないが、そのためにの強力な武器として概念としては「随伴性 (contingency)」、方法論として「単一事例研究」などを導入した。 彼の心理学は他の心理学とは大きく異なる用語法、研究方法を持つため、「行動分析学」と呼ばれる。
徹底的行動主義では、Watson が扱ったような客観的に観察可能な「公的事象」に対し、「私的事象 (ようは「意識」のこと)」もまた、同様の行動原理によって説明できると主張した。つまり、内的出来事も「行動」として捉えられる、ということだ。文字通り「徹底的」に行動主義なのである。実際に、Skinner の著書の中には「知覚」「感じること」「思考すること」といった、内的な事象についての考察も多く、それらは行動分析学の重要な対象であるとはっきりと述べている。
逆に Skinner が反対したのは、「心理主義的な説明」である。心的な活動は実在するし、それ自体研究の対象ではあるが、「心的な活動によって行動が駆動される」という因果的な心理主義に対しては、Skinner は反対であった。つまり、「原因としての心的概念」の導入に反対したのだ。この点を間違えると、Skinner を完全に誤解してしまう。
ただし個人な見解としては、行動分析学はほとんど顕在的な行動以外実際には扱っていないし、扱うための具体的な方法論を発展させてもいない。そこに関しては批判を免れないとは思う。
行動分析学の他に重要な特徴として以下の 3 つが挙げられる。
なお、帰納主義については「え?でも科学って演繹と帰納の両輪で回ってるんじゃないの?」と考える人もいるかもしれない。
Skinner は「行動について我々は知っているようでまるで知らない。そのような若い科学にはまず、具体的なデータが必要なのだ」と考えた。そのため、Skinner は環境 (刺激) と反応の間の関数関係のデータの蓄積を重視した。
つまり、あくまで当時の知的状況を鑑みての方針だったということは重要な点だ。
ちなみに、Skinner は自身の徹底的行動主義と区別するため、Watson の行動主義を「方法論的行動主義 (methodological behaviorism)」と呼んでいる。
また、次に述べる Skinner の同時代の行動主義も、同様に方法論的行動主義とまとめられることが多い。
Watson のアイデアを発展的に継承したのは Skinner だけではない。
ただし、Skinner 以外の新行動主義に与している研究者は、現代には皆無なので、あくまで歴史的な展開として捉えるべきである。
Guthrie は刺激と反応の間にできる連合は「時間的接近」によって生じることを述べた。また、Hull や Tolman と異なり、心理学の研究対象は客観的に観察できる行動に限定すべきであるという姿勢は堅持した。
Skinner と大きく異なる点として、Hull は「仮説構成体による演繹」を重視した。「習慣強度」という潜在変数を導入したモデルを考案し、その潜在変数の挙動の変化により行動の予測に挑戦した。
Hull の研究の問題点は、いたずらに潜在変数をいくらでも増やせてしまい、理論が肥大化する危険をはらんでいるためである。特に Hull や Skinner の時代は、行動に関するデータがまだまだ少なく、行動研究には強固な地盤がなかったのである。Skinner は「理論は必要か?」という論文で理論研究を批判していているのだが、Skinner が批判したかったのは Hull の心理学だったのである。
Tolman は刺激と反応の間に「仲介変数」を導入した心理学者だ。いわゆる S-O-R の枠組みである。彼は「潜在学習」の研究によって、「学習」と「成績」は必ずしも一致しないことを見出した。そのことから、刺激と反応の間には、それを仲介する隠れた変数がある、と考えた。
Tolman からすると、「感情」「期待」といった内的な出来事も、刺激と反応の間に存在する仲介変数である。
現代の視点で見ると、認知心理学の下地になるアイデアを提出したのが Tolmanだ。
ところで、Tolmanと地続きである認知心理学もまた、徹底的行動主義の立場からすると方法論的行動主義に立脚した心理学である。そう、私たち現代心理学徒のほとんどは、意識せずとも方法論的行動主義者なのだ!
なぜか?認知心理学でも、公的事象と内的事象を分ける。内的事象には直接アクセスできないので、公的事象の「操作」と計測を通じて内的事象の研究をする。公的事象の操作 (実験条件) を通じて、内的事象の定義を行う。これは、Stevens-Boringの「操作主義」と呼ばれる。操作主義では、操作と計測の対象は公的事象であり、内的事象については「研究者間での合意」に基づいて議論される。つまり、例えば「この条件によって反応時間に変化があったら、作業記憶に影響があったということにしようね」というのが、研究者集団によって暗に共有されている、ということだ。これが、認知心理学が「方法論的行動主義」と呼ばれる所以である。
1980年代以降、Skinner の弟子筋の研究者たちの間で、Skinner 以降の行動主義を巡って、研究方針が多様化しつつある。その中でも最も影響力のある 3 つについて、簡単に紹介したい。
Skinner の行動分析学はプラグマティックな科学であると言われているが、実は Skinner 自身は表立ってプラグマティズムに述べていたわけではない。例えば、近い時代を生きたパース、ジェームズ、デューイを直接引用して主張を行なっていたわけではない。一方、Heyes の機能的文脈主義の特徴は、Skinner の徹底的行動主義の持つプラグマティズムをより明示的に推し進めた点にある。
Skinner は心的概念を導入することを否定した。私的出来事 (内的過程) は外的な行動の原因ではなく、それ自体独立した行動として捉えるべきだと考えたためだ。また、心的概念による説明は、行動分析学の目的である予測と制御に寄与しないと考えたことも一因である。
Heyes の場合、そのような概念でも、予測と変容 (influence) に寄与する場合は、十分に有用であると考える。
具体的には、「態度」を測る質問紙研究が好例だ。質問紙で測る「態度」は Skinner であれば「質問紙に回答行動」として見なされる。しかし、Heyes の場合「そのような研究の問題点は、測ったところで、実際の行動を変容させるための操作変数が同定できないことだが、最終的に行動の予測と変容を目指すという目的がぶれない限り、足がかりとしては有用である」と主張する。
このような、伝統的な行動主義と比較してある意味で軟化した態度を、Heyes は「行動主義心理学の自由主義化」であると述べている。
少し脇道に逸れるが、Heyes は行動の「制御 (control)」とは言わず、「変容 (influence)」と表現する。これは、「制御」だと決定論的に操作できる印象を受けるが、実際の行動には確率的な変動性が必ずついてまわるため、表現を柔らかくする意図である。
また、機能的文脈主義では、研究の真偽の真理基準にも明示的にプラグマティズムを導入している。
行動主義の科学には必ず目的がある (多くの場合、それは現実の問題解決と結びついているが、そうでないものもある)。Heyes の標榜するプラグマティズムは、目的にかなうかどうかが、研究の真偽を決める、ということだ。
これは、「うまくいけばなんでもok」という主観主義ではない。問題解決としての科学として、発見というよりは創造のプロセスで知見が生まれるということだ。ただし、解決されるべき「目的」の方はどうしても恣意的にはなってしまう、と Heyes は述べている。
巨視的行動主義の特徴は以下の 2 つにまとめられる。
(1) 分析単位として「随伴性」ではなく「相関性 (correlation)」
Skinner はレスポンデント条件づけは刺激−反応という 2 項随伴性、オペラント条件づけは刺激–反応–刺激という 3 項随伴性によって定式化し、随伴性こそが考察されるべき基本単位であると考えた。
巨視的行動主義は、そうは考えず、よりマクロな「強化子–反応率」の相関性が行動主義心理学の分析単位であると主張している。
つまり、ミクロな刺激と反応の関係を捉えるよりも、マクロな環境と行動の関係を捉えることを重視しているのが、巨視的行動主義である。
行動主義心理学の目的を予測と制御に置くならば、結局はマクロな記述で十分であり、その方が有用であるというのが彼らの主張だ。
Skinner は外的な行動とは別に内的な出来事もまた行動として捉えられると考えた。巨視的行動主義ではそうは考えない。
彼らは、内的な出来事を「潜在的な行動 (covert behavior)」と呼んでいるが、心理学はそれを直接対象とする必要がないと論じている。なぜなら、潜在的な行動が実際に効力を持つならば、最終的には顕在的な行動 (overt behavior) として表出されるためである。
このことを彼らは「時間スケールを長くとる (temporally extended)」と表現している。瞬間瞬間に我々には豊かな精神活動 (mental life) があるが、それを相手取らなくても、長い時間観察すれば、観察可能な行動として現れる、ということである。
Staddon の主張は、他の行動主義と大きく異なる。彼の場合は、心的概念の導入を許容する。そして、それを用いた「理論」こそが心理学に必要であると考えた。その点は、実験結果から法則を抽出する帰納を重視した Skinner の立場とは異なる。また、「心的概念による説明」は Skinner の反対した「原因としての内的過程」でもあり、それを採用する点も Staddon の特徴である。
行動主義心理学の目的は、予測と制御だけではなく「説明」にもあると彼は主張した。Staddon の言う「説明」とは、概念同士の関係によって、現象を記述することである。わかる人にとっては、David Marr の「アルゴリズムと表現」の位置に心理学を位置づけている、と考えればすっきり理解できるように思う。
Staddon はやや言葉遣いが独特で、概念連関による記述を「メカニズム」と呼んでいる。そのメカニズムは必ずしも生理学的基盤を前提しないで、あくまで心理学的レベルでの記述である。
ようは、行動のアルゴリズム的な理解なのであるが、事実 Staddon は「私の言うメカニズムとは、アルゴリズムのことである」とも述べている。
Skinner は反応率 (時間あたりの反応数) を分析の基本単位としたが、Staddon はより多元的である。ただし、なにを分析の単位とするかは、それ自体が研究の立脚点を示しているものである。それを Staddon は「The model is the behavior」という言葉で表現している。
それでは認知心理学となにが違うのか?と思われるかもしれない。Staddon いわく、行動主義心理学が伝統的に堅持してきた「強化履歴」は理論的行動主義でも重要であるというのが大きな違いらしい。つまり、行動や内的状態は、それまでの環境との相互作用に基づいている歴史性を有しているとういうのだ。当たり前といえば当たり前なのだが、その点を強調するか否かである。
また、Staddon は「動的過程 (dynamics)」を重視した点も特徴である。他の行動主義は、基本的には刻一刻と変化するような過程というよりは、安定した反応の推移を対象としてきた。ややテクニカルな議論ではあるが、現代では複雑な時系列データを扱う方法もたくさん用意されているので、動的な過程を取り上げるのは科学として自然な展開であると思う。
一方、認知心理学では「コンピュータアナロジー」のように、入力–出力関係を固定して考えることが多い。動的に内的状態は推移していることを重視した点も、Staddon の理論的行動主義と認知心理学を分ける特徴の 1 つである。しかし、個人的にはこの差異は徐々に埋まっていくのではないかという期待もある。
色々なアイデアはあるものの、基本的に現在「行動主義」を標榜している人がいれば、Skinner の徹底的行動主義である。Watson、Hull、Guthrie、Tolman に依拠している者はいない。従って、歴史批判ではなく、科学の議論として行動主義を批判したければ、Skinner を相手にするべきである。
行動主義はとにかく誤解されがちである。それは行動主義心理学者サイドにも問題があるにはあるのだが、科学において、無理解の責任は基本的には不勉強側に帰せられるべきだろう。
個人的には、アンチは信者より詳しくあってほしい。認知心理学者も、自分たちが寄って立つフレームワークの出自はどこにあって、なにに対するアンチテーゼだったのかをきちんと理解してみたら、何か発見があるかもしれない。
人権とはなにか、それのもとにある権利とはなにかという事を根本的に理解出来てないみたいだから、まずはちゃんと調べたらいいと思う。そうすれば、もう少し建設的な意見も持てるようになると思う。怒っているだけじゃあ、何も進まないんだよ。
君こそそれを全く理解できていないから、平気で男性差別をし、無償の奉仕を要求する。
そもそも、何も調べず俺に要求ばかりしてた無知が言えたことでは無い。
君の怒りは正当だろう。しかしだ、君が男性差別を受けているという事実に対して、具体的な行動や解決に向けての議論を起こさずに、女性が特権を放棄すれば、女性が得たい権利を求めなければ、男性の問題も全て解決すると思っていることはよく分かったけれど、女性を貶めなくても、女性を引きずり下ろさなくても男性の権利は主張できるし、守ることが出来るよ。
いいえ、女性の特権が男性差別に立脚してる以上はその放棄は必須。
女性を貶めてるのではなく、本来あるはずのない権利を主張することを批判してるだけ。
具体的行動も議論も起こしているにも関わらず、無視して差別を推し進めてるのは女性側。
のらりくらりと逃げているだけ。
何故、不平不満の階層に、苦労してそれを抜け出した人が、わざわざ降りなければいけないんだい?
奪った側がそれを言う権利はない。
君が他者を無知だと思い込んで悦に入るのは君の勝手だけれど、君の権利が侵害されたからと言って、無実無関係の私には無償奉仕する義務はないのだよ、君の言うようにね。
差別をして他人を加害することを止めるのは無償の奉仕ではなく、人間として当然のことですが?
つーか、あれだけ綺麗事言っといて結局は論点全部投げ捨てて逆ギレ逃走か。見苦しい。
具体的なこと何一つ言えず、論理的に差別の正当化もできず、無実無関係の男性に無償の奉仕を要求する資格も示せず、自分の無知すら恥じることなく言葉尻一つ捉えて悦に入ってる。
やっぱどうしても我慢できなくなってきたから、じゃあズバリ「芸術」と見なされるために最低限必要なルールを説明してみる。
たったの2つだ。
芸術家も人間なので、主義主張はあるし、作品を通して伝えたい政治的なメッセージもある。公にそれを語る人もいる。
しかし最終的に求めているのは「作品に対する評価」だけである。背後にどんな大層な思想があろうが、作品が作品として評価されなければ丸っきり意味がない。そう考える人種を芸術家と定義する、と言ってもいいかもしれない。
(現代日本でなら、漫画やアニメの作者で例えるとわかりやすいかもしれない)
芸術家は、自分の作品が、個人的な経験や思いつきを超えた、もっと普遍的な価値に通じる何かだと信じている。
そうでなければ、何の実用的価値もなく、美しくも楽しくも何ともないような作品に、人生かけたりはしない。
しかし作品は常に「それは単にあなたの意見ですよね?」と相対化される危険に晒されている。
だから必ず、過去において普遍的な価値を持つとされてきた作品と、自分の作品とを関連づける。その形は継承であったり否定であったり様々だが、長い長い人類の芸術の歴史の一部なんだと立証することで、初めて
「これは"芸術的価値"があるね、だから大勢の前で展示したり、高い値段で取引する正当性があるね」
と認められるようになっている。
(お気づきのとおり、芸術史とやらの価値を証明する客観的な手段はない。その価値は長い歴史そのものと、現実社会に与えてきた影響の大きさによって担保されている)
以上が芸術と呼ばれる営みのルールだ。作品の評価が全て。作品の価値は芸術の歴史に立脚する。たった2つだ。
では、津田芸術監督は、会見で何を語った?「問題について議論するきっかけ」だの、「物議を醸す企画を公立の部門でやることに意味がある」だの、「劇薬」だの……何だそりゃ?
つまり作品を、社会に波風立てるための手段に利用しただけ、ってことだ。ただ純粋に作品を鑑賞して評価してもらう、自分が惚れ込んだ作品の力を信じる……そんな考えはサラサラないらしい。
芸術史に対する言及もまったくない。つまり作品の芸術的な価値をわかってもらおうと思ってない。芸術展の場なのに、だ!
つまりコレは芸術の営みと認められない。芸術家にとってとんでもない侮辱と言っていい。
……
少女像他の作者が、そういう意味での「芸術家」かどうかは知らない。別に芸術が政治活動より尊いと言いたいわけでもない。
ただ、芸術の場では芸術を尊重しろよ、尊重する気がない人間を運営に入れるなよ、そういう話だ。
(言うまでもないが、私個人の考えだ。暗黙的に感じられるルールを言葉にしてみただけだ。きちんと証明する力量はない。ただこの意見を通して、芸術について何か一つでも「ああそういうことか」と納得いく点があれば幸い)
でホッテントリした回答なんだけれど
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1463546664
高度に機能的な社会を作り、その互助作用でもって個体を保護する
個別的には長期の生存が不可能な個体(=つまり、質問主さんがおっしゃる"弱者"です)も生き延びさせることで、子孫の繁栄の可能性を最大化する、、、、という戦略です
……
(生物が子孫を増やすのは本源的なものであり、そのこと自体の価値を問うてもそれは無意味です。「こんなに数を増やす必要があるのか?」という疑問は、自然界に立脚して論ずる限り意味を成しません)
複数人でやったり、社員雇ったりしたけどだいたい得手・不得手というか好き嫌いがわかってくる。
こんな感じ。★(苦手・嫌い)☆(得意・好き)
営業:★★★
打ち合わせ:☆☆☆
他人への依頼:☆
進行管理:☆☆☆
請求:☆
ほとんどしない。初期に異業種交流会とか出たけど、苦痛でしかない上に成果ゼロ。今はほとんど紹介だけで成り立っている。
嫌いではない。直接会うことでスムーズになることもあるし、相手の感じもわかるからできるならやりたい。
ただ、頻繁にあると手を動かす時間が無くなるし、なにより疲れるからあんまり頻繁にやるのは嫌い。
打ち合わせの結果、どうやって課題解決を考えるか。手持ちの技術と人的ネットワークを使って考えるのは楽しい。
経験から割と外すことは無くなったけど、見積り作成はギャンブルみたいなものなので神経が磨り減る。
見積書メールを送る前に何度も躊躇する。何年やっても慣れないストレスはある。
プログラム中心の案件の仕様書作成はそれほどでもないが、ホームページ制作の場合はデザインメイン/ユーザーインターフェースメインになるのでスパッとした解が出しにくくて嫌い。
ちょー楽しい。万能感を得られる。これだけやっていたい。
しかしこれだけやってると多分年収が3分の1以下になることは何となくわかる。顧客が自分に求めているものはこの部分に立脚した企画や進行へのマネジメントだと思っているので。
今もデザインは外注するけど、気苦労のわりにこちらの実入りが少なくてできればやりたくない。
「他人への依頼」と反するかもだが、信頼できるパートナーにお願いするのであれば進行管理は楽。
問題はその信頼できるパートナーが少なくて、いくつも案件が重なった時…クラウドソーシングとか使ってる人をマジで尊敬する。あんな品質が安定しないものを使う気にはなれない。
これまでスケジュールをオーバーしたこととか炎上・泥沼化したことは無い。
そもそもそういう案件やクライアントは打ち合わせ時点でお断りするからだが。
月末の発行がついつい翌月10日発行くらいになってしまうことも…
ひとりなので、発行が遅れて入金が遅れるのは全然気にしない。
先日、スペインのサンチェス首相に対する数万人規模のデモがマドリードで開かれ、前与党・人民党のカサード党首や右派政党市民党のリベラ党首、極右政党ボックスのアバスカル党首、さらにノーベル文学賞受賞者バルガス・リョサ(ペルー出身だがスペイン国籍も保有)やバルス元フランス首相(バルセロナ出身)が参加しました。デモ隊はスペインの統一を支持し、サンチェス首相がカタルーニャ州政府に妥協の姿勢を見せていることに反対しています。日本で喩えるなら、民主党政権時代に国会前で数万人規模の「沖縄に妥協するな」デモが開かれて自民党総裁や維新の会代表やカズオ・イシグロや李登輝が参加してるような状態です。
さて、どうしてこういう状況になったのでしょうか。住民投票に至る経緯は「5分でわかるカタルーニャの住民投票と独立問題」(anond:20170910082231)とその補足(anond:20170912060013)で説明したので、今回はそれらを踏まえて住民投票後のカタルーニャ情勢について簡単に説明してみたいと思います。なお一昨年の増田ではPartido Popularを「国民党」と書いていましたが、今回は「人民党」と表記します。
2017年10月1日、カタルーニャ自治州政府は独立の可否を問う国民投票を強行します。中央政府は警官隊を派遣し、投票箱の押収や投票所の封鎖、投票者の鎮圧などの手段によって阻止を試みました。
この投票で独立賛成は9割を超えましたが、独立反対派はボイコットしたため投票率は5割を切っており、州民の過半数が独立に賛成したとは必ずしも言えません。ただし州議会が制定した州法によれば、たとえ1票でも独立派が勝てば独立宣言するとしています(中央政府はその州法は違憲無効であると主張)。翌日には中央政府のカタラ法相(1961年生まれ)が憲法155条に基づく自治権停止措置を示唆し、3日には国王フェリペ6世(1968年生まれ)が独立派を「法律と民主主義の外に出てしまった」と非難しました。
18日にプッチダモン州首相が自治権を停止するなら独立宣言を強行すると表明、翌日には自治権の部分的停止が決定されます。国王と最大野党の社会労働党はラホイ首相を支持しましたが、カタルーニャ州側ではプッチダモン州首相だけでなく独立反対派のクラウ・バルセロナ市長(1974年生まれ)も自治権停止を非難しました。
27日にカタルーニャ州議会はカタルーニャ共和国の独立を宣言します。同日、スペイン上院は155条適用を承認しました。翌日、スペイン政府は州議会の解散総選挙と州首相解任、州政府幹部の更迭、カタルーニャの在外公館閉鎖などの措置を発表しますが、この日は土曜日のため、週明けの30日にカタルーニャ政府の建物を制圧し、同国検察はプッチダモン首相ら当時の州政府幹部を国家反逆罪や公金横領罪の容疑で捜査すると発表します。スペイン政府のサエンス・デ・サンタマリーア副首相(1971年生まれ)が自治州首相の職務を代行することとされました。
(公金横領罪といっても、賄賂を取っていたとかそういうことではなく、違法な住民投票に公金を支出した容疑です)
11月3日、スペイン当局はジュンケラス副首相(1969年生まれ)を含む当時の州政府幹部8人の身柄を拘束し、ブリュッセルに逃亡したプッチダモン首相に欧州逮捕状を発行します。プッチダモン首相はブリュッセルで「これがあなたがたが作りたい欧州か」とEUを批判しました(EUは明白にスペイン側を支持)。スペイン憲法裁は独立宣言が無効であることを宣言し、州議会は解散され、選挙が行われることになります。
なぜスペイン側が自治権停止にこだわったか。それは州議会における独立派と反対派の勢力が拮抗しており、自治権を停止して解散総選挙に持ち込めば反対派が勝つだろうと踏んでいたからのようです(135議席中、独立宣言に賛成したのは70議席)。ところが12月21日に投開票された選挙では、独立派がギリギリで過半数(70議席)を維持してしまいました。ただし70人の当選者のうち7人が当局に拘束されているか国外滞在中であり、彼らが議会に出席できない限り過半数にはなりません。プッチダモン首相はSkypeを通して執務することを模索していましたが、ラホイ首相はプッチダモン首相が州首相に再任されるなら自治権停止を継続し再選挙も有り得ると警告します。州議会は独立派のトゥレン州議(1979年生まれ)を議長に選出し、プッチダモン首相の信任投票を試みますが、スペイン政府はカタルーニャ州議会を憲法裁に提訴し、結果として投票差し止め命令が出ました。
ちなみにこのとき、与党・人民党の政治家は「トゥレンには2人の子供がいる。(信任投票が行われると)どうなるか分かるだろう」と公言していました。州政府要人を何人も逮捕・拘禁している側がこれ言ってるんですよ。しかも同じ口で「カタルーニャの民主主義を守れ」とか言ってますからね。EUは流石に何か言うべきだったと思うんですが特に何も言いませんでした。まあ、人民党が加盟している欧州人民党はEUの与党ですからね、仕方ありませんね(EUの執行機関である欧州委員会の委員長は欧州議会選挙で勝利した会派から選ばれ、現在は欧州人民党のユンケル委員長[1954年生まれ]。ところで欧州理事会常任議長をEU大統領と呼ぶなら欧州委員会委員長もEU首相と呼べばスッキリすると思うんですがその辺どうでしょうかマスコミの皆様)。
最終的にプッチダモン首相は州首相就任を諦め、何人もの候補が模索されては消えていった結果、2018年5月14日に独立派のトーラ州首相(1962年生まれ)が選出されることになりました。スペイン語圏出身のカタルーニャ人に対してヘイトスピーチまがいの発言してた過去があり、また「本当の州首相はプッチダモンで自分は暫定的な州首相」と述べるなど物議を醸しましたが、ともかくも6月2日に新しい州政府が発足します。
これにより中央政府の直轄統治は終了したわけですが、今度は中央政府の方を危機が襲います。人民党幹部の汚職事件によりラホイ内閣に不信任案が提出されたのです。最大野党の社会労働党(84議席)は、極左政党ポデモス(67議席)だけでなくカタルーニャ独立派を含む各地の地域政党からも支持をかき集めました。2018年6月に350議席中180議席の賛成でラホイ首相は不信任、社労党のサンチェス書記長(1972年生まれ)が新首相に選出されます。
就任直後のサンチェス首相は自治権を拡大するための住民投票をやろうとトーラ州首相に持ちかけます。ところがトーラ州首相はあくまで独立を目指す姿勢を捨てず、提案を拒否しました。カタルーニャとの和解のためにバルセロナで閣議をやろう! と言い出して実際にバルセロナで閣議を開いたりもしたのですが、独立派による大規模な抗議デモで迎えられたりもしていました。まあそりゃ独立派にしてみれば彼らは占領者なわけですから、ケンカ売ってるようなもんですよね……。
社労党内部にもカタルーニャとの対話推進派とカタルーニャ絶許派がおり(http://shingokatoo.blogspot.com/2018/06/1811.html)、サンチェス首相自身は以前はカタルーニャを「ネーション」として認める案を支持していたようなのですが、現在は護憲派としてカタルーニャ自治州と対峙しています(http://shingokatoo.blogspot.com/2018/06/2017.html)。カタルーニャとの対話を訴えたポデモスがそのせいで支持を落としているようなので、あんまりカタルーニャに妥協することもできなさそうです。
スペインの主要政党がカタルーニャ独立問題に対して採っている態度は、概ね次のように分類できます(議席数は下院)。
- | 独立は憲法違反だしカタルーニャはネーションではないよ派 | 住民の意思を尊重すべきだしカタルーニャはネーションだよ派 |
---|---|---|
独立反対 | 人民党(134議席)、社労党(84議席)、市民党(32議席) | ポデモス(67議席) |
独立賛成 | - | カタルーニャ共和左派(9議席)、カタルーニャ欧州民主党(8議席) |
ちなみにスコットランドの独立を問う住民投票ではこんな感じでした。
独立には反対だけど住民の意思を尊重するよ派 | 独立賛成派 |
---|---|
保守党、労働党、自由民主党 | スコットランド国民党 |
スコットランド情勢が落ち着いててカタルーニャ情勢が荒れてる理由はだいたい上の表を見ればご理解いただけるのではないかと(こんな諷刺画もあるくらいです→https://www.eldiario.es/vinetas/mala-suerte_10_304919512.html)。
さて、人民党は下野後に党首選挙を行い、2018年7月、右派のカサード副事務局長(1981年生まれ)が新党首に選ばれました。カサード党首は、スペインの主権への攻撃に断固とした対処を取る、国民党は分離主義者と交渉しない、と主張し、分離主義に対抗して刑法改正を目指すとまで公言しています。中国共産党かな?
ところで、スペインの右派政党で最も国会での議席が多いのは人民党(134議席)ですが、右派政党である市民党(32議席)の人気も上昇しています。人民党は伝統的な保守政党ですが、市民党は経済的自由主義に立脚したスペイン・ナショナリズムを掲げる政党です(日本で言うところのみんなの党みたいな路線)。彼らは保守的価値観にはあまり興味を示しませんが、スペイン国家の一体性には強くこだわり、カタルーニャ独立に対する反対を表明しています。
もともと市民党はカタルーニャ・ナショナリズムに反対するカタルーニャ自治州の地域政党として2006年に誕生し、州内の行政や学校教育でのカタルーニャ語優先政策に反対、スペイン語使用の権利を訴えてきました。2006年のカタルーニャ州議会選挙で3議席を獲得後、2013年から他州にも拠点を築き、2014年には欧州議会、2015年にはスペイン下院に進出します。独立宣言後の州議会選挙ではアリマーダス州議(1981年生まれ)のもとで36議席を得て第一党になりました(選挙前は25議席で第二党)。ちなみにこの選挙では人民党が11議席から4議席に転落して惨敗しています。
そして2018年12月、アンダルシア州議会選挙で極右政党ボックスが議席を獲得します。ボックスは2013年の暮れに人民党右派が離党して結党された政党で、スペインの中央集権化とバスク・カタルーニャ独立への反対、反移民を唱えています。同選挙では
政党 | 議席 | 選挙前議席 |
---|---|---|
社会労働党 | 33議席 | 47議席 |
人民党 | 26議席 | 33議席 |
市民党 | 21議席 | 9議席 |
ポデモス・緑の党などの左派連合 | 17議席 | 20議席 |
ボックス | 12議席 | 0議席 |
このような議席分布となりました。過半数は55議席なので、右派連合は過半数を得るためにはボックスと手を結ぶ必要があります。2019年1月18日、人民党と市民党はボックスの支持を得て連立政権を発足させました。
このように、現在スペインではカタルーニャへの強硬姿勢を支持する3党の勢力が増しています。これが2019年2月10日にマドリードで開かれた大規模デモの背景です。もし今選挙が行われればこの3党が過半数を得る、と世論調査は予測しています。彼らはカタルーニャという共通の敵の存在と、それに対する政府の「弱腰」っぷりをアピールすることで政権交代を狙っているのです。
12日にはマドリードのスペイン最高裁でジュンケラス副首相らカタルーニャ政府要人の裁判が開廷されました。検察側はジュンケラス副首相に禁錮25年を求刑しています(弁護側は無罪を主張)。そして昨日、スペイン下院は2019年度予算案を否決しました。サンチェス首相が独立を問う住民投票の再実施を撥ねつけたため、カタルーニャ独立派が反対にまわり、過半数を確保できなかったのです。これによってサンチェス政権は解散総選挙の瀬戸際に立たされています。仮に総選挙になれば市民党やボックスが躍進し、きわめて反カタルーニャ的な政権が誕生する公算が高いでしょう。
ここまで来るとカタルーニャをネーションと認める方向で憲法改正した上で自治権を拡充するくらいしかカタルーニャの動きを鎮める方法はないだろうと思うのですが、人民党・市民党・社労党の一部は「カタルーニャはネーションじゃない!」で凝り固まっていて、カタルーニャもカタルーニャで急進的な独立派は「今更自治権拡充程度じゃ生ぬるい」となってるんで、なかなか難しいものがありますね……
アフリカの僻地の人は幸せそうに暮らしている顔をテレビで見せるし、テレビ番組はその部分だけを積極的にオンエアしようとするが・・・・
それは、先進諸国の医療や暮らしを知らないから幸せに生きていけている、という部分はあると思いますよ。
後進国の特に田舎の地域はちょっとした病気やケガ(それに起因する致命的な感染症など)で人がバタバタと死亡しており、日本より遥かに寿命が短い現実があるのですから。
それを証明するように、田舎から都市部へ移住する人のなかで、また田舎に帰ってそのまま寿命を迎える人は極めて少ない。
都市は飲食物から職業、文化すべてにおいて選択肢が多いですし魅力的ですからね。
日本でも都市部で生まれ育った人が田舎に妙な幻想を抱いて田舎への移住をしたが、結局、職や地域での行事、スーパーや病院等生活拠点との距離に辟易して都市部、都会での暮らしに戻る人が多い。
反論は、すでに
「生きづらさを抱える人たちが、自分らしく生きられるようにするための福祉行政全般を否定していると受け止められかねない」(橋本岳・自民党厚生労働部会長)
という公式コメントに尽きている。
同性愛者が子供を作らないことは誰も否定していないが(とはいえ養子を育てたり、そういう仕事についたり、そもそも社会人として税金を納めていることで、杉田議員の言う意味での社会的再生産にも十分に寄与しているわけだが)、それに対して。「『LGBT』支援の度が過ぎる」と題し、「社会は『常識』を見失うな」と主張することは、LGBTは「常識外」の存在であるという旧来の見方を堅持し引き続きLGBTに日陰者である「生きづらさ」を引き受けさせろという主張にしかならない。端的に言って「差別されてきたお前らは今後も差別されておけ。そしたら私(たち)は幸せ。」という主張である。「のび太のくせに生意気だぞ」のジャイアン理論、と言えばわかりやすいだろうか。そこに「理」はあるだろうか?
フランスで民主革命が起こったとき「封建制という社会秩序が崩壊する」と憤激した人もいた。アメリカで黒人が解放されるとき「奴隷制という社会秩序が崩壊する」と反対する人もいた。いずれもわかりやすいジャイアン理論である。だがそれらの改革で社会『全体』の利はどうであったか。「生まれ」に関係なく権利が保障された民主主義社会、人種にとらわれず社会的に活躍できる社会が実現されたことは、人類全体にとっては確実に「利」があった。ジャイアン的に「オレサマのかんがえるむかしのさいこうのしゃかいちつじょ」を守るのが政治のつとめではない。それは単なるノスタルジー、あるいは既得権益の擁護だ。社会全体に利がないという意味で言えば、それは社会悪ですらある。政治はあくまで現実に立脚し理想を実現する行いでなければならない。
では、なぜあなたの視界に杉田議員への「反論」が入ってこないか。その理由を併せて述べておこう。「理論/反論」というのは、議論する双方が誠実に事実に立脚して行うという信頼関係の上にしか成り立たないのである。感情の上に議論は成り立たない。
「これまでの社会にはこういう問題があるでしょ?」「だから、こういう新しい社会にしたら社会全体に利があるよね」という話をしているのに「私はこういう社会がいいんだもん」「社会全体に利があるとか分かんないもん」などと発言しているも同然な(杉田議員の「論」とやらを要約すれば、こういう事に過ぎない)人に対して直接「反論」を行うことはそもそも意味がない。それどころか逆上した相手が「再反論」という形でますます妄言をまき散らすキッカケにしかならないので、まっとうな人ほど「反論」をしない。私だって、杉田議員にこんな話を説明する役目など引き受けたくない。
私が今回説明したのは、相手があなただからである。あなたは問題の構造を理解しようとしているからだ。その信頼感がなければ、自分の貴重な時間を割いたりしない。
結局のところ、杉田議員の「論」的な何かは、信仰告白に過ぎず「論」ではない。もう少し正確に言えば、ある信仰の下に生きることにした人々の支持を狙ったあざとい政治的立場をとりますよ、という宣言と言ってもよい。ああいう下品な文章を書き散らしてまで議員の椅子にしがみつくことが、彼女が本当に実現したい何かにつながっているのか、それは私にはよく分からないが、私はそういうやり方はきわめて本末転倒だと考える。あの「論」の中身を彼女自身が信じている可能性? それはほぼゼロだ。いかにも叩かれそうなことを考えている政治家はたくさんいるが、そういう場合むしろ隠して耳障りのいいことを言う。スキャンダラスなやり方を平気で選ぶのは、彼女自身が別にそれを信じてない(しかしある種の人々にはヒットすると知っていてそのための手段としてやっている)からだろうと私は推測する。
>>今回の結婚ルールで言えば「男と女は合意ありゃ結婚できる」を憲法でOKと規定している
正確に言えば「国家は、男と女で合意ありゃ結婚できるようにしなきゃダメ」ということになります。
だから、婚姻届を出していない=婚姻制度に従っていない、内縁関係にも配偶者と同等の権利を与えるわけです。
また姪と叔父の関係では内縁関係を認めた著名な判例があります。
しかし婚姻制度に関しては、2の通り、「国家は、自由権平等権等々に立脚して制定しなきゃダメ」と書かれていることから
その他のことについて混ぜ込んではいけないという意味ではありません。
例えば上記の判例でも地域の慣習等を踏まえていますし、慣習法に法源=法の根拠を求めることは国際法などを見ても自然なことです。
また、法の施行、特に民法においては、その社会の伝統や習俗を無視することは法実証主義に反し、法の実学的価値を失います。
これらのこと、つまり憲法解釈からも民法の制定と解釈からも、兄妹婚はダメという社会通念を民法に入れるのは別にいいわけです。
よって兄妹婚を認めて欲しいのならば