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2021-03-10

anond:20210309175404

敢えてキツいこと書くけど、

現実を見てないのは庵野氏の方なのではないのかなあ、

と俺は思ってるんだけど

まあ、自分は未見なんで勘違いしているのかもしれんけど…

というか、宮崎駿氏にしても坂本龍一氏にしても安易に、原発なくせ、だの「たか電気」だの、

人類なんか滅びちゃえばいいんです、だの、コンピュータとかゲームは頭がおかしい人が作ったもんなんです、だの、

マクロスアクエリオン河森正治氏も地球少女アルジュナみたいなエコロハスでスピな新興宗教アニメ?みたいなの作っちゃうし、

そういうのにどことな違和感を感じることがあったのだけど

例えば、オネアミスとかロケットの話だけど、やっぱり庵野氏というかガイナックスというかアニメーターなわけで、

自分のような理系視点から見た宇宙ロケットの壮大さに対する感動とは同じようで異なっているのではないか

まり、彼らは理系というより文系視点というか、センス・オブ・ワンダーなところに惹かれているのであって、

からピラミッドのレンガを積み上げるような泥臭い本当の開発現場感が、

アニメーターはアニメ制作に関しては当然あるのだろうけど、別の世界のそういう地に足のついた視点には欠けていて、

というのも、リアル研究や開発を脚色なく描いてもドラマがないというか物語として面白くなくなる可能性がある

まり天才的な科学者とか理系女性が登場したり、こんなこともあろうかとミラクル超兵器がいつの間にか登場したり、

実際の研究や開発は、たしか歴史的天才偉人と呼ぶべき人々も存在するのだけれど、

ほとんどは凡人、サラリーマンの集合であって、地味でつまらない日々の仕事ベースになっていると自分は思っていて、

ちょっとした思いつきや閃きで壮大な宇宙艦隊戦の形勢が逆転したりとか、そんなことはありえないと思うのです

三国志だってフィクションを多く含むはずです

でも、リアルすぎる研究や開発、リアルすぎる戦争を描いても面白くならない

からビジュアルとして美しい部分だけを切り取るのはアニメというか映像を作る側としては当然の選択なわけです

しかし、敢えてキツい言い方をするなら、アニメ作ってる人もスタジオの中に閉じ込もって、その世界しか知らないのではないか

恐れ多いのだけど、宮崎駿だってから晩までスタジオにこもってアニメを作ってる

もちろん、通勤の途中に障害のある人に出会って云々みたいな話もあった気がするのだけど、

でも、これは個人思想とか価値観問題でもあるのかなあ、

電気なくても構わないか原発なくせみたいな主張をされても、電気なければアニメは作れない、作曲や録音もできない、

アルジュナには水中分娩の話があるらしいけど、なんの資格もない助産師が水中分娩をさせて死亡事故が起きたりしてたと思うのだけど、

まあ、理系でも同じなのかなあ、現代社会に疲れてるのかなあ、

そういった左翼的というか、極端な自然回帰というか、そういったエコロハススピリチュアルなのに走っていってしまうのは

そういえば最近だと膣にパワーストーンだのジェムリンガだのもあったけど、膣の声に従って、仕事辞めて、孤島に集まってしまうとか、

SFというか、どちらかというとSF寄りのファンタジーを描いてる人たちってオウムみたいなのと親和性がある気がするんだよなあ

SF寄りのファンタジーって何のことを言ってるのかというと、スターウォーズ、そしてガンダムのことだったりするのだけど、

宇宙宇宙船が登場してるけど、一方で超能力とか、それが宇宙空間で開花するとか、

こういった話はLSDとかアイソレーションタンクとかアルタード・ステーツとか、ジョン・C・リリーティモシー・リアリー

それとジョン・レノンとかヒッピーメリープランクターズ、フラワー・チルドレンとかサマー・オブ・ラブとか、

LSDのような幻覚剤がなにか人類の発展に寄与するのではないか、そういう時代背景だったというのもあるけど、

結局は理系研究者でさえ幻覚剤に溺れ、なんでか自然を超常的なものとして扱うスピリチュアルな方向へ走ってしま

人間には何か根源的にそういうところがあるのだろうか

考えてみればユナ・ボマーことセオドア・カジンスキー天才的な数学能力がありながら、

世捨て人のように山奥で自給自足生活を送るようになり、しかしながら当然その生活は長く続かず、

将来的にテクノロジー人類破滅的に不幸にすると思ったこから

だったら将来性がある科学者爆弾で○せば、悲劇的な未来回避できるんでないの?と考えたんだかどうなんだか定かでないが、

これはターミネーター2ストーリーベースになっているが、フィクションなら面白いが、現実なら単なる爆弾魔の犯罪である

話が大幅に脱線したが、エヴァは終わっても就職氷河期が救われない、というのは言い得て妙であって、

エヴァリアルタイムで放映していたとき就職氷河期近辺ではなかっただろうか

その時期に庵野氏は、今は飽食時代なので心の問題を描いた、アニメではなく現実を見ろ、みたいに語っていたわけだが、

こちとら現実就活戦線は異常ありというか悲惨な状況だったわけで、

庵野氏はエヴァを作っているときちゃんニュースとか新聞とか世相を眺めてましたか

なんだかんだ、バブル世代自分価値観アニメを作ることしか考えてなかったんじゃないですか?

と恐れ多いながらも思ってしまうのが正直なところであって

まあ、たしか現実を見ずにアニメだとかフィクションに没入しているだけの人というのもいるのかもしれない

というか、そういう人たちに人生出会たこともあるが、自分がいうのもなんだが、たしかちょっとおかしいというか、

差別的になるけど軽度の知的障害ケーキを切れない非行少年少女?みたいなタイプも多かったし、

そういうところで昨今のDQNヤンキーの方がアニメ親和性がある状況というのを理解できる気もする

自分で言うのもなんだが、昔は良かった話みたいになるが、

SFとかサイエンスフィクションなわけだけど、どちらかというと理系との親和性というか、

理系からするとそのフィクションに野暮なツッコミを入れるのがネタとして話が盛り上がるというか、

自分大学時代にみんなで誰かの家に集まって、アニメとか映画の上映会というか、

どちらかというと映像を流しっぱなしにして、各自やりたいことを黙々とやるみたいなことをやってたわけだけど、

テレビに映ってるアニメ登場人物女性が、

「このディスクには地球誕生からの全てのことが記録されてます

とか言うと、「すっげー、どういう原理だよw」みたいにツッコミを入れる奴が現れ、

その後に真面目な記録媒体の話とかネタが続いたりするという、そんな日常だったわけだけど、

多分、大阪芸術大学とか偏差値も低いし、そういう視点では観てない気がするんだよなあ

やっぱり根底にあるのはビジュアルとしてのセンス・オブ・ワンダーであって、それはチャイナさんみたいなもんであって、

電子工学科、情報工学科、機械工学科、バイオなどのオタクが集まって話すツッコミとはちょっと異なるのだと思う

まあ、ストーリー本質技術ではなく、結局は人間関係なわけで、

今回のケンケンアスカではないが、そういうところにツッコミを入れるのは理系文系偏差値関係ないのだけど、

まあ、でも、やっぱりなんか違う世界に生きてるんだなあ、

当たり前だけど、恐れ多いけど、庵野氏と自分の関心の距離感みたいなのがあるとしたら、

リアルタイムでエヴァを観ていたときは近いのかと思っていたのに、

シンエヴァは未見だけど、シンゴジラ観たときでも、意外と遠いというか、同じものを見ているようで違うものを見ていたのではないか

まり庵野氏と自分が同じ赤いバラを見ているのに、互いに赤いと認識しているのに、脳内の赤はまったく異なっていた、

みたいな、まあ、勝手自分が同じような価値観を持ってるのかな、と思って勘違いしていただけなんだろうけど

そんな感じで、最近自分アニメゲームへの興味が皆無になりつつあるし、

アニメとかフィクション現実が完全に追い越してしまった、

それは東日本大震災だったり、原発事故だったり、コロナだったり、自分個人的な人生イベントだったり色々なわけだけど、

そう考えると、シンエヴァは未見だけど、同窓会みたいなもんなんだろうかと思ったり、

同窓会と考えるとやっぱり劇画オバQだよなあと思ったり、

自分は死んでも大学大学院以外の同窓会には出ないと心に決めてるので、

大人になれよって言われても、同窓会でしみじみしはじめたらもう老人だと思うし、

老人になってもゲーテみたいに二十代女性に振られたり、若いつもりで技術趣味に打ち込んで、さっさと死にたい

2021-02-26

anond:20210226162419

拝啓ジョン・レノンあなたがこの世から去り ずいぶん経ちますがまだまだ世界暴力にあふれ 平和ではありません僕があなたを知ったときブルース・リーと同じようにこの世にあなたはいませんでしたね十代中頃でファンになってから真心ブラザーズ。1996

2021-01-03

anond:20210103173441

コールドターキーって曲知ってますか?ジョン・レノン麻薬の禁断症状の地獄のような苦しみを歌った曲です。

依存すると後で余計に苦しい思いをするのが麻薬本質です。

あなた赤ん坊に戻ることも死ぬこともできません。

麻薬あるいは麻薬的な思考とは縁を切りましょう。

2020-12-22

……我々はジョン・レノン論破しなければいけない……戦争は終わる君がそれを望むのならば……と言う歌詞文言は確かに感動的ではあるが……望むと望まざるとに関わらずと言うクソみたいな日本語に既に論破された事も含めてその歌詞論破しなければいけない……という訳で……天才の皆さん考えてください……

2020-12-19

anond:20201219222849

武漢で初めて正式に原因不明肺炎確認されたのが昨年の12月8日。

12月8日といえば釈迦悟りを開いた日であり、真珠湾攻撃が実行された日であり、ジョン・レノンが殺された日でもある。

ここに新型コロナ記念日が加わるということである

2020-10-17

レジェンドを教えて

その人の登場が大きな影響を与えて今後の世界を変えていくようなレジェンドを教えて。

個人だったら手塚治虫とか黒澤明とかスティーブ・ジョブズとかジョン・レノンとか。

現在進行形だったら庵野秀明とか大友克洋とか。

2020-10-12

村上春樹ノーベル賞を取ることは100パーセントない。

毎年、この時期になると村上春樹ノーベル賞を取るんじゃないか、と話題になる。

で、なぜかハルキストや母校の関係者は本気で受賞を信じて、そのたびにガッカリするわけだが、彼らはノーベル賞特性をまったくわかっていないと言っていいだろう。

断言するが、村上春樹ノーベル文学賞絶望的だ。

なぜなら、ノーベル財団村上春樹に受賞させる理由が、まったくないからだ。

理系部門と違い、平和賞文学賞は受賞理由政治性を重視しているからだ。

平和賞文学賞は、功労者や優れた結果を残した人に与えられるわけではなく、ノーベル財団から世界へのメッセージ意思表明に近い。

たとえば、2016年ボブ・ディランに関しては、ドナルド・トランプ代表されるような排他的ナショナリズムに傾きがちな人々に対して、「あの頃の公民権運動戦争反対燃えた、反骨の気風はどこに行ったんだ?」というメッセージに近い。ボブ・ディランが良い歌を作ったから受賞、ではないのだ。与えるべき受賞理由メッセージがあるとノーベル財団判断たから与えられたのだ。これがジョン・レノンが生きていたら、100パーセント彼に与えられただろう。

莫言アリス・マンローに与えられたのはアジア文学女性文学に目を向けましょう、というメッセージだし、それを通した一部の国や差別の現状への牽制である

これに対して、村上春樹はどうか?彼が受賞したとしても、なんのメッセージにもならないのである

村上春樹の特徴はその無国籍性や非政治性であり、それが理由世界的にも売れているのだが、それゆえ、ノーベル財団が彼に受賞させる理由がないのだ。

村上春樹ノーベル賞を受賞しても、世界に対してなんのメッセージにも、牽制にもならない。

それを意識してか、最近村上春樹政治的なメッセージを受賞コメントなどで言ったりしているが、どれも抽象的なお題目で、彼が言う必然性がない。彼の国籍や生い立ちに裏付けされた「凄み」がないので、受賞にはほど遠い。

ノーベル賞アイデンティティ政治性、そして文学性が合わさり、さらノーベル財団が伝えたいメッセージ合致した人物に与えられる。村上春樹はどれも欠けている。ノーベル賞とは一番遠い人物だと言っていい。おそらく、次に取るのはサルマン・ラシュディだ。

村上春樹ノーベル賞を取ることは絶対にない。彼はただ「すごく人気がある」というだけで、受賞させるほどの理由がない。音楽でいえば「GLAY」や「ラルク」みたいなもので、彼らがいくら人気でも、政治的に権威ある賞を取らないのは当然だろう。

2020-08-23

集英社少年ジャンプ関係者応援する署名を作った

http://chng.it/RxHGtCvM

以下、署名キャンペーン原文ママ貼り付ける。

言いたいことは全部書いたつもり。

文章が長くてごめんなさい。

概要だけ読んで貰えれば大体わかると思う。

概要

この署名目的は、株式会社集英社特定要求をするものではありません。

署名の主眼は、少年ジャンプ応援作品応援する人がこれだけの数いるのだと、集英社に知って頂く事にあります

私は下記の事柄集英社様にお伝えしたいです。

暴力や性、悪意といった汚いものを描いたフィクションが、傷つき抑圧された誰かの心を浄化解放して救う事が確かにあります

そこには小さな社会貢献が確かにあります

いろいろな批判真摯に受け止めても、クレームには安易に負けないで下さい。

キャンペーン詳細】

昨今、少年ジャンプ漫画作品について、暴力シーンやお色気(性的と取れる)シーンを含む描写批判の声がインターネット上であがっています

そのうちのいくつかは、マンガ表現が読者に悪影響を与え現実差別犯罪助長するのではないかという想像根拠とし、治安向上のために表現の改変や規制を望む声が多く含まれます

作品批判のものに異議はありません。

漫画作品が読者にどのような影響を与えるかは複雑で予想がつかないと同時に、一定責任が付随するものと私も考えています

しかし同時に、集英社様には安易クレームに負けて作品取り下げや改変などといった性急な判断を下す事なく、漫画果たしている様々な社会的貢献と責任について、あくまで慎重に考え判断してほしい、そして私達の愛する作品をどうか守って欲しいと願っています

賛同下さる方はぜひご署名下さい。

キャンペーン動機

(※自分語りが入る事をお許し下さい。読み飛ばして下さってもあまり問題無いです。)

このような考えを私が持つに至った理由個人的経験に由来します。

まず私は少年ジャンプラブコメ作品を正直あまり好きではありません。

おそらく一般家庭よりも性的に抑圧された教育を受け、また一方で性的嫌がらせとも言えるとても不快行為幼児期経験してトラウマを抱えた私は、気が付けば「強い女性男性支配され傅き、あるいは苦しめられる描写」を愛好するようになり、恋愛ものフィクションでもそのような人間関係描写に憧れ、またポルノでもそういったジャンルしか興奮できないようになっていました。

そんな私にとって、世の中のポルノに限らず純愛と呼ばれる恋愛ドラマラブコメ殆ど生理的不快ものとして映ります少年ジャンプラブコメ漫画例外ではありません。昔から男女間の軽いセクハラ嫌悪し、純愛ラブストーリーにしらけ、ラッキースケベと呼ばれる不自然性的描写にも眉をしかめていました。

しかしそれは、私のごく個人的な嗜好の問題に過ぎない事も強く自覚していました。

なぜなら、逆に女性男性暴力を振るうという暴力的・性的フィクションがたしかに私の心を救ってくれて、汚いものを好み申し訳ない存在だと思っていた私でもこの世界存在しても良いのだという自己受容を得る事ができたからです。辛い子供時代を過ごした私にとって、これは確かに必要ものだったのです。

私が価値観の違う他人尊重し、その心情や痛みを想像する事を覚え、また卑屈にもならず自分の心を守る事ができる様になったのは、その自己受容のお陰による所が大きいです。

世の中には私にとって不快表現が沢山あります

しかし私の「見たくない権利」を過度に押し通せば、大勢の人の「見たい権利」を侵害する事になります

から私は「見ない努力」をし「見ない自由」をできる限り行使して日々過ごしています

【皆さんにお伝えしたい事】

私にとって、少年ジャンプには好きな漫画もたくさんありますが、個人的不快に思う漫画も沢山あります

ジャンプ作品の全てを愛している読者では決してありません。

しかし、しかしです。

純愛健全と呼ばれるエロやお色気を嫌悪し、インモラルとも言える暴力性愛を描いたフィクションに心を救われた私だからこそ、

暴力的・反社会的表現が、抑圧された誰かの心を浄化・開放する事を知っています

私の心を不快にする表現が、他の誰かの自殺を食い止め生きる希望を与えている事を知っています

ハラスメント暴力性的描写フィクションとして消費しながら、同時に人と健全関係を築き、お互いを尊重し合う事ができる事を知っています

エロに「健全エロ」と「不健全エロ」といった単純な区分など本当はできない事を知っています

フィクション表現が読者にどんな影響を与え、時に狂わせるかは製作者にもコントロール不能な難しい問題だと思います

ジョン・レノン殺害した犯人ライ麦畑を愛読し、コロンバイン高校射殺事件犯人マリリン・マンソンを愛聴していた様にです。(※賛同者さまからご指摘を頂いたので訂正します。当時メディアによって犯人マンソン愛好者だと報道されバッシングが行われましたが、これは後にデマだった事が発覚しており事実無根のようです。)

刺激的で過激フィクションが人の認知を歪め犯罪に走らせ、世の中を悪くする可能性が100%無いとは私は思いません。そういう事もあるのかも知れません。

しかし私は「事はそんなに単純ではない」と言いたい。

特定表現規制たから悪影響が減る、といったシンプルな考え方は思慮に欠け危険ものだと思います

最後に】

あらためて集英社様にお伝えします。

暴力や性、悪意といった汚いものを描いたフィクションが、傷つき抑圧された誰かの心を浄化解放して救う事が確かにあります

そこには小さな社会貢献が確かにあります

いろいろな批判真摯に受け止めても、クレームには安易に負けないで下さい。

世の中の大勢少年少女が読むであろう漫画出版する企業として、本当の意味での責任は何なのか、深く考えて頂ければと思います

また、読者である私達の良識をどうか信じて下さい。

もし私達がなにか問題を起こしたとしても、それは少年ジャンプのせいではありません。私達がもっと勉強すべきだったのです。

私達は多様な表現作品、またそれを作るクリエイター権利が守られる事を望んでいます

そしてどうか元気を出して下さい。私達が応援しています

私に賛同いただける方は、是非とも署名よろしくお願いいたします。

2020-08-02

日本マンガに一番多く登場した外国人

主要キャラクターとして登場、またヒトコマだけ登場したのとかも含めると、やはりヒトラーとなるのかな

チョビヒゲの小男を描けばそれとわかるし、誰でも知っているし、時代背景をあらわすのに使いやすいし、なによりキャラクターが立ちすぎている

その次はマリリン・モンローだろうか

豊満で色っぽいキャラの口元にホクロをつければOK

お色気のアイコンとして今まであり続けてきたし、彼女を超える存在も現れていないのでこれからも使われるだろう

たぶんこの二人が双璧ではと思うんだが、その次はというとこれがあまりよさそうな候補がいない

チャーチルガンジーマンガで見かけることは少ない

ミュージシャンではジョン・レノンだろうけど、それほどマンガで見かけることがない

存命当時はすごかったのだろうか

マイケル・ジャクソン黒人としてうまく描くのは難しい

俳優ではまずオードリー・ヘプバーンが思いついたが彼女の魅力を絵であらわすのはなかなか難しそうだ

そう考えるとターミネーターシュワルツェネッガーは、マッチョサングラスをかければ記号として十分成立している

これからの展開次第ではドナルド・トランプも有力かもしれない

そんなことをhttps://anond.hatelabo.jp/20200731111310を読みながら考えていた

2020-05-03

音楽家芸術家舞台やってる人もアーティストとかあと左向きなの坂本龍一ジョン・レノン的な活動家とか

そういうもんは為政者ガス抜きのために殺さず生かしてやってるだけで

有事邪魔になってきたら殺して根絶やしにしようとするに決まってるじゃん

中世だぞ?

ほんとに困っててどうにかしたいなら、おまえらアートの力とやらで大衆を突き動かして数千億出せる太いスポンサー抱えて国の形を変える動きをしてみろよ

せいぜい仲間割れ関の山だろ

いつも好き勝手に遊んで大衆を見下してる連中が食い詰めて泣き叫んでる程度にしか見えないんだよ

キリギリスどもが!

2020-01-27

今の方がマシかもと思えるメソッド

平安時代を思い浮かべてみます

2000円札の絵柄にもなった紫式部のような人が思い浮かびましたか

では、日常生活を思い浮かべてみます

歯を磨きたくなりました。

そもそも何で磨くのか?

恐ろしいですね。

うんちがしたくなりました。

そもそもどんなトイレなのか?

恐ろしいですね。

肛門が切れました。

ボラギノールはありません。

切れっぱなしです。

恐ろしいですね。

風呂に入りたくなりました。

そもそもどんな風呂なのか?

ていうか、どのくらいの頻度入るのか?

臭そうです。

恐ろしいですね。


どないどす?

今の方が自分の方が少しマシだと思たんと違います

ジョン・レノン先輩はイマジンで「想像してごらん天国なんてないんだ」と言わはりました。

でも、令和の日本人的には一も二もなく風呂トイレ想像してしまますね。

ないわーウォシュレットない世界ないわー

ないわーボラギノールない世界ないわー

ケツが大事にされない世界ないわー

切れっぱなしやないか!!

なりますよね。

せい!せい!エビデセイ

ケツソングいくぜ!

せい!せい!せい!

ケツ痛くて悲しくてこらえた夜

血が出ててるぜ血が出てるぜ

ケツが切れてるーー!

ピーピーピーピーピーピーピー

痔主にはやり切れないですね。

生きていける気がしませんね。

それじゃあバイバイ益田でしたぁ。

え……えきだちゃうわ。

2019-12-27

愛、ができない

タレントりゅうちぇるが、不登校の子に「もっと素の自分を愛してほしい」とアドバイスしていた。

ありのまま自分もっと尊重してほしい、というような事だろうとは思う。ニュアンスはわかる。つもりだ。

歯切れが悪いもの言いになるのは、この手の場面でよく出てくる「愛」という感覚が、私にはよくわからいからだ。

愛するという行為の実感に乏しいのだ。

私は既婚者だ。大恋愛の果て、とは言わないが普通に相手を好きになり一緒に生活するのが楽しいので特に波乱もなく結婚した。愛してると口走った事もあるだろうが、告白してしまえば、それは「好き」を言い換えただけのものであった。

私は、多分、愛する、の実感を知らない。

幼少期、両親は共働きで、放っておかれがちではあったが、ネグレクトのような事もなく、ただあまりかまっては貰えなかったという程度である。だからまり、愛される事は知っているのだと思う。

ときどき、ではあるが、自分は心の在り様に問題があるのではないかと思う事がある。愛する、ができない。

ジョン・レノンLOVE&PEACEと言った。なぜ愛と平和を並べるのだ。「平和」だけではだめなのか。たぶん、だめなのだろう。

音楽家はみな愛を称える。RADWINPSが「愛にできることはまだあるかい?」と歌っていた。いい歌だと思った。

でも、私はこれを歌えない。私には愛をもってして誰かに何かできることがないからだ。何もないからだ。

頭でっかちの私は、りゅうちぇる言葉を「こういう意味なのだろう」と勝手に読み替えて納得している。だが、

それは本当に本人の意図に沿っているのだろうか。

私が「愛」というものを実感したことがないから分からないだけで、世の中の大半の人は、ああ、あの感覚ね、というように、発言どおりに「理解」できているというような事はないのだろうか。

時に、冴え冴えとした闇に掴まれるような心もちになる。

2019-12-20

歌詞の歌い出し

小説の書き出しを愛でる、という趣向がある。例えば、フランソワーズ・サガン悲しみよこんにちは』の書き出し、

 

ものうさと甘さとがつきまとって離れないこの見知らぬ感情に、悲しみという重々しい、りっぱな名をつけようか、私は迷う。 」

 

であれば、楽曲の歌い出しを愛でる風潮があってもいいじゃないか。というわけで、いくつかいろいろな意味で気に入っている歌い出しを挙げていく。

 

スピッツ運命の人

バスの揺れ方で人生意味がわかった日曜日

 でもさ君は運命の人から強く手を握るよ」

 

平易な文だが、わけがからない。「バスの揺れ方で」「人生意味がわかった」「日曜日」。それぞれの繋がりに全く論理性がない。飛躍も飛躍。猛スピードで爆走するバスが聴き手を置いてけぼりにしている。行間を読む力が試される。

さら難解なのは、次段である。「でもさ」と逆説になっている。そこにいるのは「運命の人である運命に対して逆説で語るかね。ちょっとした諦めみたいなものさえ感じられる。果たしてこれはラブソングなのか?

だいたいにして、歌詞の序盤で唐突に出てくる「運命の人」という重要且つ雑なフレーズについて、以降の歌詞で全く説明されない。繊細な歌詞を書くスピッツのことだから、これは意図的にやっているとしか思えないのだけれど、だとすればますます謎は深まるばかりだ。

スピッツ屈指のポップな名曲だが、歌い出しからしてわけがからない。それを含めて名曲たる所以なのかもしれない。

 

aiko「星のない世界

「あたしの髪が伸びて驚くほど久しぶりになってしまわぬ様に

 昨日より少しだけ多めにあたしのことを考えてほしい」

 

aikoは曲も素晴らしいが、歌詞も素晴らしい。一番好きなのがこの曲である

歌い出しの部分、要するに「ずっと好きでいて」ということを言っている。西野カナならそのまま「ずっと好きでいて」と歌うか会いたくて震えるだろう。だが、aikoはたったそれだけのことを、これだけの文量で詩的に語っている。胸に迫る。

 

その続き、

「初めて逢った日にもう一度逢いに行って そしてまた同じ様に

 ぎこちなく合った目の奥にいるあたしを愛して欲しい」

 

これは要するに「ふたりが初めて出逢ったあの日を思い出してね」ということを言っている。実際に西野カナは「トリセツ」で「ふたりが初めて出逢ったあの日を思い出してね」と歌っている。しかaikoはたったそれだけのことについて、何でこんな奥行きのある言葉が思いつくのだろう。

ちなみに、私は西野カナのことが嫌いなわけではない。西野カナメロディーにいい感じの歌詞を乗せる技術に関しては天才的だ。BGMとして心地よく聴ける。

 

LOSTAGESF

「酒、飲ます

 

アルバム『GO』一曲目の歌い出しでいきなりこれである。聴きながら「おや、歌い出しが『酒、飲ます』って聞こえるな」と空耳かと思って歌詞カード確認したところ、紛れもなく「酒、飲ます」であった。助走もなくいきなり飲んでる。

ついでに言えば歌詞の続きは「学校最近どう?」であり、誰に酒を飲ませているんだ。

 

ももすももす「Confession

「海から巨大生物が現れて僕を襲うときには

 あらゆる絶望に食い尽くされているか

 もう食べられるところはないんだ」

 

最近一番インパクトがあったのはこれである爆笑した。巨大生物って何だね。メロウバラードと言ってもいいほどの楽曲で、タイトルに「Confession」とか仰々しく付けられているにも関わらず、歌い出しでこれ。

ももすももすという人は、メランコリック写楽というバンドの元ボーカルももすのソロ名義であるメランコリック写楽時代を含めてほぼ全ての楽曲作詞作曲編曲をこなしている。それにしたってメランコリック写楽とは何だ。ももすももすってなんだ。ロンゴロンゴかよ。

余談だが、相対性理論以降、ポップな楽曲かわいい系のボーカル意味不明な歌詞を乗せることを特徴とするアーティスト散見される。最近だとネクラトーキーとか。もしや遡れば椎名林檎丸の内サディスティック」に行き着くのかもしれない。何だ歌い出しの「報酬入社後」って。

こういうジャンルにそろそろ名前が欲しいと思うものの、名前をつけてしまったら陳腐だなとも思う。

 

THE BEATLESHello, Goodbye」

You say yes, I say no,

 You say stop and I say go go go.」

 

ポール・マッカートニー作品である。甘くポップな曲調に、上記のような特に意味のないような平易な歌詞が乗せられる。

この曲に対してジョン・レノンが「君の曲には主義主張ってものがないからだめなんだ」みたいなことを言ったらしいけれど、個人的に、音楽主義主張を抜きにしてポップであればあるほど好ましいと思っているので、この曲は私の中でポップ賛歌みたいな位置づけとなっている。

歌詞も気が抜けていていいじゃないか。ゴーゴーゴー。何も考えずに聴けて幸せになれる珠玉一曲である

 

 

この歌い出しが好き、意味わかんない、笑える、などあれば教えてほしいです。

2019-10-17

三大真っ赤ではじまる曲



あと一つは?

2019-10-12

アートに関するよくある勘違い

表現不自由騒動きっかけなのか、最近アート」に関する勘違いを頻繁に耳にする。

とりあえずポリティカルなことや特定展覧会人物の動向は抜きに、アートに対して人々が抱いている勘違い淡々と正してみる。

文章が読めない人向けに繰り返すが、別に表現不自由展」など特定展覧会作品の是非について語っているわけではなく、人々が抱く「アート芸術」に対する先入観について語っている。


自費でやれ?

基本的に、人間芸術で食っていけないという前提がある。

前史時代から現代に至るまで、金銭作品発表場所など、なんらかの「補助」なしで歴史に刻まれ芸術作品芸術はいない。

「補助」は大まかに分ければパトロン系、政府系に大別されると思う。

パトロン

バッハミケランジェロボッティチェリレオナルド・ダ・ヴィンチ…今も知られる芸術家のほとんどは貴族王族庇護のもとにあった。特に有名なのはメディチ家。かなりの数の美術作品メディチ家庇護のもと、もしくは依頼で作られている。

モーツァルトのようにフリー音楽家に転身した例もあるにはあるが、彼ですら転身後、晩年は困窮していた。それどころか、主な収入源はやはり貴族などに委嘱されて作った楽曲によるものだそうだ。

現代だと、欧米では自らの作品を売り込んでファンドを得る、ほとんどビジネスマンみたいなアーティストが多い。ビシッとしたスーツに身を包み、自らの作品に新たな価値付けをして売り込む姿は、ベンチャー起業家のそれと変わらない。

政府

こちらは王政封建制より後の政治体制下の芸術に対する補助。大まかに分けると、プロパガンダ芸術と、政治思想のない(あるいは薄い)経済的補助がある。

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政治思想とは一定距離を置いた経済的補助で、一番大規模かつ有名なのはアメリカが1930〜40年代に行った「連邦美術計画」だ。ニューディール政策の一環として、政府が数千人から1万人単位アーティストを雇い、パブリックアート制作などをさせるというぶっ飛んだ規模の政策である

因みに「連邦美術計画」の効果は凄まじいもので、その後巨匠と呼ばれることになるようなアーティストを多数輩出し(ポロックベン・シャーンなど)、抽象表現主義などのアメリカ発の芸術運動バンバン興った。

それまでヨーロッパ中心だったアートシーンは、この時代前後を境にアメリカに移ることになった。さらに因むと、未だにアートシーンの中心はアメリカである。その市場規模は、世界アート市場の5割弱を占め、日本円にするとおよそ3~4兆円。しかも年々拡大し続けている(参考までに、日本美術市場は2,000億円強 / 中国は1.5兆円弱)。

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一方、プロパガンダ芸術で有名なのはソ連ナチスなど。政府意向政治思想に沿った作品を、政府が補助して制作させるというもの。作られた作品政府思想を広める宣伝ツールとして使われることが多い。

上述した政治思想とは一定距離を置いた経済的補助とは違い、題材やテーマなどは厳密に決められており、メディチ家などのパトロンの元での芸術活動に少し近いかもしれない。

ただ、これらの政府体制下で作られたプロパガンダ芸術は、今のところ芸術としてはあまり評価はされていない。

あくま個人的見解だが、プロパガンダ芸術はその性質大衆向けにならざるを得なく、どうしても前時代的なものになってしまうのが要因かと思われる。 ※ グラフィックデザインなど、一部評価されている分野もある。

なお、これらの国では、現代アート前衛芸術は「退廃芸術」として弾圧対象となっていたことも言及しておく。弾圧されたアーティストアメリカ渡り祖国に残ったアーティストを横目に名声を得たという例はかなり多い。


政治色をもつ作品芸術ではない ?

上述のようにプロパガンダ芸術にあまり価値が見出されていない現状を考えると、一見正しい意見に思える。

だが「20世紀代表する作品の一つ」とまで言われる、ピカソの「ゲルニカ」をはじめ、政治的なアティテュードを有する芸術作品は意外と多い。

現代であれば例えばバンクシーは思いっき政治的な作品で知られるが、今やアートシーンにはなくてはならない存在だ。

文学音楽映画だって政治的な意味合いが強い作品はたくさんある。

政治色をもつ作品アートじゃない」という言説は、「ジョン・レノンの"イマジン"は政治的なメッセージがあるから音楽じゃない」と言ってるのに等しいのだ。


大衆に受け入れられないもの芸術ではない?

しろ現在享受されている芸術作品で、大衆向けに作られたものはあまり多くはない。

バッハミケランジェロボッティチェリレオナルド・ダ・ヴィンチなどに代表されるような近代以前の巨匠たちは、先述の通り貴族王族むけに作品を作っていた。そもそも一般大衆向けの芸術ではない。

時代大衆向け芸術だと、例えば音楽では吟遊詩人酒場で歌うリュート曲とかがあるが、現代でも聞かれているかといえばNOである。もちろん、歌舞伎ケルト音楽など、現代まで残っている大衆芸術もあるにはあるが、近代以前の大衆芸術ほとんどは淘汰されている。

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現在大衆に受け入れられるアーティストでいえば、おばちゃんが大好きなモネは発表当時ヘタクソだの何だの批判されまくったし、今や知らない者はいないゴッホはご存知の通り作品が1枚も売れないまま精神を病んで死んだ。ストラヴィンスキージョン・ケージなどは、初演で暴動間際になったこだってある。

これらの例から、むしろ後世に残る作品は、同時代に生きた大衆感覚からはかけ離れていたことが分かる。でも、モネは今や企画展花形だし、ストラヴィンスキーバレエ曲の定番だし、ゴッホの絵を見ては「俺の方がうまい」とか宣うおっさん美術館の風物詩だ。どの分野に関してもそうだが、専門性が高くなればなるほど、大衆感覚はあてにならなくなる。自分感覚と相容れない現代美術作品を「こんなの芸術じゃない」と一蹴することは自由だが、それらの作品は100年後にはもしかしたら現代におけるモネのように広く受け入れられているかもしれないのだ。

かつて相対性理論が発表当時「完全に理解できるのは世界で数人しかいない」と言われていたのに、(専攻科にもよるが)現在では大学で習うのと似ている。これまでの価値観をひっくり返すような価値のあるものは、常人には理解できず、時間をかけて少しずつ受け入れられていくものなのだ

グリーンバーグ論文

この問題については、未だ現代美術に大きな影響を与えているグリーンバーグという美術評論家のおっさんが書いた「アヴァンギャルドキッチュ」っていう論文が分かりやすい。

この論文は、日本語訳もされているし、原文はインターネットでも読めるが、大衆感覚芸術作品価値乖離について論じている。要するに、「大衆迎合し消費される美術」と「前衛的な美術」ならば、後者の方が価値があるっていう内容だ。

80年前の論文なのだが、芸術分野では未だに影響力が大きい教科書の一つ。とても短く、すぐ読み終わるので、興味があればぜひ読んでみてほしい。


不快作品公序良俗に反する作品芸術ではない?

作品の題材として「裸の女性」というのは時代を問わずポピュラーだが、19世紀までは神話聖書出来事以外で裸体を描くことは不道徳とされた。端的にいえば、不快であり、公序良俗に反するとされた。

実際、マネによって描かれた「草上の昼食」や、裸体の売春婦を描いたとされる「オランピア」は発表当時大問題になった。「現実女性の裸を描くなんて、淫猥である不道徳まりない!下品メスゴリラを描きやがって!こんなのはアートではない!」というわけだ。

しかし、どちらの作品も今やマネ代表作。オルセー美術館に収蔵されていて、後の時代芸術からオマージュ対象とされるような絵画として扱われている。

一例を取り上げただけだが、時代を問わず同じような現象枚挙に遑がない。


写真みたいに写実的に描けている作品は素晴らしい?

簡単にいえば、写真実用化された時に「じゃあ写真でいいじゃん」ってなった。「写真絵画は違う」という考えに立脚し、ある時点でそれぞれ全く別の路線を歩むことにしたのだ。

で、モネみたいに空気感を描く作家や、セザンヌピカソみたいに多視点的にものを捉えて一枚の絵に表現する作家が登場した。これらの手法写真では(簡単には)表現できない。要は「写真じゃなくて、絵画からこそできる表現」というものが重視されていくようになった。

そして「じゃあ絵画価値ってどこにあるの?本質って何?」って突き詰めていった結果、「絵の具じゃね?」という話になり登場したのがポロックなどの抽象表現主義。「コンセプトじゃね?」という話になり登場したのがコンセプチュアル・アート特に後者現代美術への影響は色濃い。

もちろん、写真のようにリアル作品価値がないわけじゃなく、スーパーリアリズムのような動きもあった。ただ、20世紀以降のほとんどの芸術家は、「写真みたいにリアルであるかどうかとは別の土俵表現をしていることは知っておいてほしい。アーティストにとって「写真みたいリアルですごい」というのは必ずしも褒め言葉ではないのだ。


終わり

分かりやすさを第一に書いたので、表現が正確ではないところもあるし、時代的に前後したり乖離していたりもするが、だいたいこんな感じ。

文章中でも少し触れたが、アメリカ中国欧州比較すると日本美術市場はかなりちっぽけだ。国内アートがよりよく理解され、シーンが活性化することは、大きなマネーが動く「市場」を生み出すことにも繋がる。先述の「連邦美術計画」などは、政府美術に注ぎ込んだ「補助」に対して、「年間3兆円強のマネーが動く市場」という計り知れないくらい大きい対価をもたらした。アートにはそんな力があるし、前衛を受け入れる懐を自ら作り出したからこそ、現在アメリカ立ち位置がある。兆規模の市場から得られる税収は、控えめに言ってもバカにできないはずだ。

アートの受容と活性化は、普段アートに触れない人にも価値がある。少しでもみんなのアートに対する誤解が解けることを願ってやまない。

2019-10-01

anond:20191001164619

ジョン・レノン「あるよ、君にとっていい国は。俺にとっては無いけど。」

2019-09-24

anond:20190924104630

俺もよく知らんけど、ジョン・レノンって人は「天国なんて下らねえぜ!」って感じの歌を歌ってるのは知ってる。

2019-08-03

anond:20190803162217

ネトウヨ戦前軍部暴走戦争する可能性があるから危険なのに当のネトウヨはその自覚がないから怖い。

リベラルガーというがリベラル太平洋戦争なんてやらかすことは絶対にしないのはジョン・レノンを聴けばわかる。

だがネトウヨジョン・レノンより艦隊これくしょんアニソンを選ぶような奴らだ。

ネトウヨ安倍日本を衰退させてるという現実から逃げジョン・レノンを聞かずFate/Grand Orderプレイしてる。

日本の衰退とともにFateが人気になってるリアル。君はもう気づいてるね。

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