はてなキーワード: ピタリとは
以下相互さんと呼ぶ。
その途中、何だ...あれは。
近くに人がいるわけでもない。
私は一瞬奇妙に感じたが、ひとまずこう解釈した。
『あれ、新種の案山子(かかし)じゃない?きっと!今まで動く案山子なんか無かったから、
農家の人か誰かが考えたんだ!多分さっきから吹いてる風で動いてるんだよ!』
相互さんは、私のズバリ的確な解釈に納得した表情だったが、その表情は一瞬で消えた。
風がピタリと止んだのだ。
相互さんは『おい...まだ動いてるぞ...あれは一体何なんだ?』と驚いた口調で言い、
気になってしょうがなかったのか、家に戻り双眼鏡を持って再び現場にきた。
ふと見ると、私達はまだ相互関係だ。
私もブロックしていない。
青白い光弾が飛びだし、女の霊を吹き飛ばした
「ハゲタカジャーナル」という言葉がアカデミアに現れて数年が経つ。
「査読あり論文」を「国際英文誌」にどのくらい出版したかが研究者の「業績」で最も重要視されるものであり、競争的資金の獲得も、大学や研究所でのポジションの獲得も、一にも二にもどのくらい業績を持っているかが左右する。
競争が苛烈だという問題はあるものの、研究という活動に、競争的要素がある以上、競争があるのはやむを得ない面もある。
しかしながら、10年程前よりこの業績評価の穴を突くような商売が現れた。
それが Predatory journal、通称『ハゲタカジャーナル』と呼ばれる粗悪学術雑誌である。
身もふたもない言い方をすれば「金さえ払えばお前の論文を『査読付き国際英文誌』に載せてやるよ」という商売である。
オンライン上にしか存在しない「国際誌」を創刊し、「査読がある」と謳う。
投稿された論文は、実際には査読などされない。内容にかかわらず規定の金額を支払えば、雑誌に掲載される。掲載料は数万円から20万円くらいと聞く。
研究者は研究費(そのかなりの割合は公的機関から出ている。つまり原資は税金である)から掲載料を支払えばいいので、自分の懐は痛まない。
対価として得られるのは、「査読付きの国際誌に論文が出版された」という業績である。
上手いことを考えたもので、「業績が欲しい研究者」と「金が欲しい業者」の思惑はピタリと一致し、この商売は流行りに流行っている。
日本では2018年ごろに新聞で問題が報じられたことで学界においても良く知られることになり、ハゲタカジャーナルへ出版することは悪だという認識が広まった。
もしかしたら、多くの研究者はそんな問題は過去のものだと思っているかもしれない。
しかし、未だに数多くの日本人研究者がハゲタカジャーナルとおぼしき雑誌に論文を掲載し続けている。
(ここでは具体的に雑誌や個人名に言及することはしない。実際、普通のオンライン雑誌とハゲタカ雑誌の境界はあいまいである)
どのような研究者が未だに論文をハゲタカジャーナルに掲載しているかは、簡単に調べることができる。
恐らく多くの研究者は、怪しい雑誌からの論文投稿勧誘メールを受け取った経験があるだろう。
試しに、そのメールに記載されている雑誌のサイトを見てみよう。
多くの場合、そのような雑誌のサイトには、膨大な数の姉妹雑誌も掲載されている。
試しに「Japan」と入れてみよう。
思ったより多くの日本人著者の論文が出てくるだろう。もちろん2020年出版のモノもゴロゴロ出てくる。
その論文PDFを開いてみよう。もちろん著者名が載っているし、著者の所属が明記されている。
ほとんどの場合、著者はちゃんとした大学や研究所や病院に所属している。
どれどれ、著者の名前でResearchmapで検索してみよう…おお!ちゃんと出てくるではないか、確かに実在の研究者だ。
研究室を主催している人間のようだ・・・当たり前のように科研費取得の経験もある。
業績欄を見ても、見知った雑誌名が並んでいる。…あぁ!そんな中に先ほどPDFを見たハゲタカ雑誌に載った論文もあるぞ…「査読あり」と明記してある…。
…そのようなことが当たり前に起こっている。
粗悪雑誌から距離を置き、誠実に業績を積んでいる研究者も、競争的資金やポジションの獲得で競争相手が、このような粗悪雑誌を利用して業績を水増しした研究者である可能性がある。
かつて、とある二次創作小説書きにマシュマロを送りまくってたことがあった。
私はいわゆる腐女子というもので、その時はあるゲームにハマり二次創作を漁っていた。
そんな中、ピクシブで大変好みの作品を書く小説書きさんを見つけた。基本的に1万字を超えない短い作品で、パロディが多い。そのどれもが設定・展開ともに好みにどストライクで、「こういうのが読みたかったんだよ!!!」となるものばかり。短いからサクッと読めるし、きちんとハッピーエンドで終わるので安心感もある。一方でどこか仄暗い場面もあってそこも好みだった。
しかし、その作品たちはブクマ数が少なかった。コメントもつかない。作者のTwitterの垢にも飛んでみたが、フォロワーも少ない。
しかし、その小説書きさんはマシュマロを置いていた。これは僥倖だった。私もそれなりに二次創作の小説を書くのだが、どうも人との交流が苦手でTwitterはRom垢しか持っていなかった。当然、リプを送るような勇気もない。
マシュマロがあって良かった。感想を伝えれば喜んでもらえるし、もしかしたら新作を書いてもらえるかもしれない。パロディ大好きです!とかけばまたパロディものを書いてもらえるかも。
そんな現金な考えをしつつ、感想を書いた。引かれたりしないように丁寧な口調で書いて、挨拶や体調を気遣うようなメッセージも添えた。長すぎないようにもした。結局4回ほど書き直し、ついに投稿した。その後すぐ小説書きさんのツイート通知をオンにした。返信をワクワクしながら待っているのが少し恥ずかしかった。
程なくして、返信のツイートが来た。丁寧なお返事で、なにより「ありがとうございます!」「嬉しいです!」と書かれているのが嬉しかった。絵文字もたくさん使ってあった。正直、知り合いでもなんでもない人の作品を特に対価も支払わず見せてもらっているのに罪悪感めいたものを感じていたので、「ありがとうございます!」はこっちの方だよ!と言いたかったが嬉しかった。
早速スクショを撮った。勢い余って2枚くらい撮った。その後もう一度作品を読みにいった。やっぱりド好みだった。
そんな感じでホクホクしていた訳だが、小説書きさんに他のマシュマロは届かなかった。私が見逃しただけかもしれないが、マシュマロは私のものだけだったと思う。
それで、少し不安になった。感想が届くのは創作者にとって基本的に喜びだろう。しかし、それがマシュマロ1個だけだったら?勿論、0か1かは大きな問題だし、たとえ1個であっても嬉しいだろう。でもマシュマロが来ない内ならまだしも、1個でも来たら「また来ないかな?」と思うことも増えるだろう。それで他のマシュマロが来なかったら、ひょっとすると全く感想が送られて来ない時より辛いかもしれない。0か1かも重要だが、ひとつか複数かというのも重要だろう。結局マシュマロがコロッと1個来るだけの作品なんだ、大して面白くもないんだ、なんて思われて小説書きさんが新作を上げなくなったらどうしよう。最初のマシュマロお返事がかなり喜んでいたようだからなおさら心配だった。とんでもなく自分本位な心配である。
悩んだ結果、またマシュマロを送った。マシュマロは匿名なので、どれが同じ人から送られてきたかは分からない。ならば違う文体で送れば、複数人から感想が来ていると思われるのでは?という思考だった。
初めてのマシュマロはかなり丁寧に書いたので、あまり中身がない短めのものと、勢いが凄いタイプの2種類を送った。
同一人物とバレないかヒヤヒヤした。幸いバレなかったし、それぞれのマシュマロにお返事が来た。短めマシュマロには短めのお返事、テンション高いマシュマロには同じくテンション高い感じのお返事が来ていた。小説書きさんの律儀な感じが伝わってきてほっこりした。相当毛色が違うマシュマロだったが、どれも喜んでもらえた。スクショした。
そうしていると、新作がアップされた。大好物なシチュエーションと設定だった。3回くらい読み返してから、マシュマロを3,4個送った。ひとつひとつにお返事が来て、小説書きさんのプロフィールのツイート一覧には作品をアップしたツイートと、マシュマロのお返事がずらりと並んでいた。萌ポイントをわかってもらえて嬉しい!とお返事が来て小躍りした。
その後も、作品が上がるたびに私はマシュマロを投げまくった。基本的に、丁寧に好きな部分について語った長めのものと、「大好きッッ!!!!」みたいな勢いで書いたっぽいものと、「振り込めない詐欺ですか?」みたいな奇をてらったようなものの3つを書き、さらに他のマシュマロも書いた。バレないように漢字変換や句読点の打ち方にも変化をつけた。大体、作品がアップされた日に複数送って、1日2日3日後にさらに送る感じにした。
作品だけでなく、ツイートに対してもマシュマロを送った。ある時、自分の文章の書き方が読みにくいんじゃないか、おかしいんじゃないかと悩んでらっしゃるツイートがあった。私は小説書きさんの文章の書き方のどこが好きで、内容はしっかり伝わってきていて、最近の作品ではここの書き方がツボだったとマシュマロを送った。ツイートを監視しているようで気持ち悪がられたら不味いと思い送ったあと後悔したが、お返事には「救われた」、「励まされた」と書かれていた。
たくさんお返事されるマシュマロのほとんどが私のもの。そんな奇妙な状態だった。
小説書きさんはコンスタントに短めの小説を上げてくださっていた。それがマシュマロのお陰なのかは分からない。私がマシュマロを送り始める以前から作品を書かれていたのだし、ツイートだけでは彼/彼女の人間性は分からない。
そうしてしばらく経つと、小説書きさんの作品のブクマが増え始めた。フォロワーも増え、界隈の他の人とも繋がり、仲の良い人同士リプでたくさん会話するようになった。リクエストを受けるようになり、スロットメーカーで自作したCPスロットが界隈でも使われるようになった。当然、マシュマロも作品をあげるたび何個も来ていて、返信をするのも一苦労だろうから私は1作品につきマシュマロ1個送ることにした。それが普通だけれども。
小説書きさんが続き物や長編を書くことも増えて、ますます作品を読み、待つのが楽しくなった。相変わらず癖の少ない文章で、好みにピタリとはまる展開で、原作とかけ離れたパロディでもきっと登場人物たちはこう行動するだろうな、と思わせる書きぶりで、そして予想のつかないストーリーだった。原作軸の話も素敵だった。
くだらない心配をすることもあった。勿論マシュマロについてだ。ある方のツイートで、マシュマロの送信者をブロックすると、その送信者から過去送られてきたマシュマロも見えなくなる、と書かれていた。実際は、マシュマロの公式サイトをみると非表示にはならない、と書いてあるし、私の見間違い・勘違いか不具合の可能性もある。だがその当時は、少々怖かった。私がもし小説書きさんが不快に思うようなマシュマロを送って、ブロックされてしまったら過去のある期間のマシュマロがごっそり消えてしまう。一人で送っていたことがバレてしまう。そんな風に考えた。相手はどんな人か分からないのだし、何を嫌うかも分からない。
結局のところ、全くの杞憂だった。第一ブロックされても消えないのだし、小説書きさんは私をブロックしなかった。元々マシュマロを送るときは「他作品と比べない・『〜けど』を使わない・リクエストしない」を徹底していたぐらいだったし。(3つ目に至っては全然OKだった。)これは余談だ。
小説書きさんがR18の作品を上げた。こっちはドッキドキのワックワクである。
しかし私には1つ困難な点があった。R18作品はぷらいべったーでリスト限定公開だったのだ。リプでリスインの申請をしなければならない。
書いてきた通り、とにかくネットでのコミュニケーションが苦手なのだ。基本的に無言フォローだし、ツイートもリツイートもしないのにフォローだけは数百。小説書きさんにもあれだけマシュマロを送ったのに、直接のやり取りはしたことがない。
一日経ってから意を決してリプライした。「いつも素敵な作品ありがとうございます」みたいな文言とリスイン申請の、酷く無難なリプを送った。
リプライのリプライはすぐ来た。その中に、「いつもいいねくださりありがとうございます。」と書かれていた。認識されていた。認識されていたのだ。
ツイートやぷらいべったーの作品は必ずファボしていた。「めっちゃファボしてくる人」と認識されていておかしくはない。驚いて、恥ずかしくなって、舞い上がった。ふわふわした。R18作品は大変スケベだった。リスインへの感謝と作品が最高だったとリプライで送った。それが、小説書きさんと交わした最初で最後の会話だった。
初めて作品に出会ってから1年半弱。小説書きさんが二次創作活動を止め、筆を置くと決めた。突然のことだった。個人的な理由とのことで、悪意のあるマシュマロとか界隈の面倒ごとに巻き込まれたとかではなさそうだったが、それ以上は分からなかった。
最後のマシュマロは送らなかった。たくさんのリプと、おそらくたくさんのマシュマロが送られているだろう。結局のところ、私は誰だか分からない投稿者の一人で、いくら送ろうと連続性はない。私が言いたいことはもう送られているだろう。アカウントを消す前に返信しなければなのだし、いたずらに増やしても迷惑だ。
寂しくなるな、と思った。
その月の末に、小説書きさんはアカウントを削除した。最後の挨拶には、「たくさん感想を送って下さりありがとうございました。」「皆様の応援でとても幸せな日々を送ることができました。」と書かれていた。
数ヶ月が経った。不意にあの人の作品が読みたくなり、ピクシブのブクマを遡った。
なかった。
フォロー一覧にもいなかった。
よく考えれば当たり前だった。Twitterのアカウントはなくなり、ぷらいべったーも見れなくなった。ピクシブのアカウントについて最後の挨拶では特に触れられていなかったが、消されていてもおかしくはない。Twitterのアカウントを消してもピクシブは残しておく人が多いから、つい残っているような気になっていた。
ペンネームで検索しても、過去に作られたCPスロットが出てくるだけだった。それと、何枚も撮ったマシュマロお返事のスクショだけが残ったものだった。
あれから、もう1年以上経つ。好きだった文章も内容ももうほとんど覚えていない。過去のマシュマロスクショから作品の題名と設定の一部が辛うじてわかるくらいだ。
この話の経緯も朧気だ。もしかしたら、委細が間違っているかもしれない。
悪意のあるマシュマロが話題になったり、同人女の漫画が流行ったりするたびあの人の作品を思い出す。
あの人の文章は妙な癖とか違和感とかがなかった。また二次創作を始めていたとしても、気付けるか自信がない。
作品が好きだった。それだけははっきりと覚えている。
あの作品をもう一度でも読めたら、なんて。
男の人を好きになっていた小中高校生活。
女の人に本気で恋をした大学生活。
バイセクシャル……そういうのがあるんだ。どちらの性別をも好きになれるなんて幸せな事だなあ。
社会人。今までよりも多くの人と深く関わるようになったら相手と自分の内面をより見られるようになった。より考えるようになった。同年代の人が結婚していく。子供が生まれたらしい。
あれ?一般に女性の幸せとされていることを羨ましいと思えない。そういえば昔から女性として扱われるとムッとしてしまっている。なりたい自分を思い浮かべても女性的な姿ではない。可愛らしい容姿ではないからそういう格好も似合わず、好みでもなかったから似合うための努力もしてこなかった。自分が女性らしさを出すなんて気持ち悪い。そんなコンプレックスが派生して、女性として接されること自体がからかわれていると感じるようになってしまった。そういう話かと思っていたが完全にそうではないようだ。
心は男性ってこと?でも男性的な特徴に強い憧れがあるわけじゃないな。女性的な身体は嫌だけど。
女性扱いは嫌だけどそれは男性扱いじゃない事に対する不満ではない。ただ、男性扱いは嬉しい。
エックスジェンダーに近いようだけれどピタリとハマっている感じはしない。そもそもまだ勉強不足だ。
勉強不足ながら今のところ気になっているのはこういうものは先天的なもので元の形から変わらなかったりするのだろうか。自分はこうだったと気付いた、という記述があるならそのように考えられるが、性格が変わっていくように自認も変わるものなのだろうか。
レターケースを開けたら、宛名シール貼ったヘニャヘニャのビニール袋が出て来た。
袋の周りをぐるっとマステで封してて、このまま郵便局に出すつもりだったんだろうなって感じ。
中身はワレモノだった。郵便局でレターパック薦められたんだろうな。
マステ貼ったやつそのまま出したらはがれるかもとかビニール袋や中身が破損するかもという発想は姉にはないらしい。
"まいにちハッピーに過ごそうね🌸"的なメッセージカードも一緒に入ってた。
相変わらず頭ん中ハッピーで若作りしてインスタやってそう。加工しまくった自撮りや料理載せてそう。知らんけど。
性格は真逆なのに、何故か私がその時欲しいものや私の好きなものをピタリと当てて毎回送ってくれる所はやっぱり姉なんだなと思う。
ホットエントリに入っている増田を読んで、自分の事のように胸が痛くなったので、増田に意見を書く。なぜ君は素直な感情を吐露しただけなのにクソ味噌にマウントをとられるのか。私も若い頃に散々悩んだが、答えはシンプルで、恋愛が「Easy game」だからだ。
パートナーに暴力を振るう人の痛みがわからない人、職場にいる刺激臭のする不潔なおじさん、約束の時間に毎回遅れてくる良い加減な男、ギャンブル狂いで金銭感覚麻痺してるヤツ。第三者が見れば君より外見、内面共に「下等な」タイプの人でさえ、なぜかパートナーがいたり、結婚していたりする。
そんな「Easy game」だから、世間の人はパートナーを見つけられない人のことを、分数がわからなかったり、自転車に乗れない人と同レベルの下等生物と見なしてしまう。君に対してつまらない奴だとか、性欲ギラついていてキモいとかあらんかぎりの罵声を安全地帯から投げるのはそんな見下しからだろう。だけど悲観しなくていい。君の人間性はパートナーがいる人たちに決して劣るものじゃないと私は思う。たった一つの人間心理、「誰か孤独を埋められる存在になれるか」というポイント、もっと言えば、「相手の孤独の定義は何か」ということさえ注意深く観察できればすぐにでもパートナーができると思うのだ。
少し寄り道的な話をしよう。私は技術者として生計を立てており好奇心旺盛な性格だったので、文系の人やお年寄りの「メカやハイテクが怖い」という感情を理解することができなかった。両親に外国人の友人が多く、子供の頃から海外に行ったことがあったので、「外国人が怖い」という感情も理解できない。そう言う世間からの感覚のズレが多々あり、ずいぶんと変人扱いされて苦労した。
人付き合いの距離感でもマジョリティと異なっていた。一人っ子として生まれ、進学で親元を離れ就職後も転勤続きで1人暮らしに慣れていたためか、「孤独でさみしい」という感情がどうやらずれていたのだ。長期休みにに1人で地球の裏側までバックパック1つで旅しても「孤独」とは感じなかったが、大勢の飲み会でパチンコや風俗と言った男性的なゲスい話題で盛り上がっているのに、全然共感できない時の方が「孤独」を感じたのだ。
そんな世間ずれした私に偶然にもパートナーができたのは「孤独」という感情をお互いにピタリと埋めあえる相手が見つかったからだが、「孤独」と一口に言っても捉え方は本当に人それぞれらしい。例えば飲み会のゲスい話題にはイマイチ乗れないけれど、露骨に距離を置いてハブられるのはもっと嫌だという人は、私と価値観が似ているようで全然違う。暴力を振るうパートナーと食事をすることさえ、1人で家で過ごすよりマシだという女性も山ほどいる。そんな些細な違いだが、日常生活を共にする上では居心地の良さに大きく響いてくるものだ。恋愛においてはなおさら「孤独」の捉え方のウェイトが重くなるだろうし、この感覚がマジョリティに近ければ近いほどパートナーは見つかりやすいのだと思う。
個人的な体感だが、「孤独」をどう埋めるかは外見や内面、年収なんかすっ飛ばすくらいの強いファクターだと思ってる。なんていうかゲームのバグ技級の強いファクター。君は大学生になって初めて一人暮らしをするような真面目な女の子、それも「ワキ毛」くらいの単語を聞くだけで顔を赤らめるような子が、留年を繰り返し、半分社会からドロップアウトしてるような遊び人にコロっとやられて、あっと言う間に同棲を初めて気がつけば喜んで男性器を加えこむようになるという、まるでAVかエロゲかというような衝撃的な場面を見聞きしたことは無いだろうか。私はある。
「孤独」への共感はそんな悪夢を現実にしてしまう強力なバグ技なのだ。確信は無いけども、ナンパ師や恋愛工学の技術が非難の声を浴びながらも、時として効果を発揮してしまうのは、意図的に「孤独」を埋めにいっているからだろうし、ろくでなしでもパートナーを見つけられているのは、「孤独」の感覚がマジョリティ側なので、努力せずとも共感出来る相手の母数が多いからなのだろう。多くの人がMサイズのTシャツを着るのに努力を要しないのと同じように。
さて、いろいろ話が脱線して長くなってしまったが、私が言いたいことは2つ。
あなたは決して外見、内面共に劣る存在ではない。そして、あなたは努力が出来る人だと思うので、パートナーにしたい女性の「孤独」を埋めるにはどうすれば良いかをよく観察して、自分の無理のない範囲で合わせられれば問題なくパートナーができるはず。必要以上に悩まなくても良いと思う。(最後に余談だが無理のない範囲で合わせるというのは本当に重要。これを無視するとパートナーシップは長続きしない。)
実例が出せずに申し訳ないが、ここしかないタイミングでうまいこと言える人が羨ましい。
・ギミック
この部分は実は〇〇をモチーフにしている。という隠れたこだわりと、その意図がわかったときは快感。ディズニーリゾートの楽しみの8割はギミックでできている。
最近だと鶏のささみの茹で汁で、モロヘイヤ・チンゲン菜・油揚げをただ一緒に煮ただけなのに、存外に旨い出汁が採れた。
・豆腐
家の近くまで豆腐屋がラッパ吹いて売りに来る。まず今どきラッパを吹いてくるのがいい。ボウルを持って買いに行くのがいい。ボウルで買いに行くとおまけがもらえるのもいい。うまいのがいい。
・羽田空港国内線ターミナルの搭乗ゲート間を結ぶ動く歩道
トランポリンのような反発があって、つい跳ねるように歩いてしまう。足取りも軽くなり、これから飛行機に乗るという期待感もあって、すごくテンションが上がる。
・スーパーのセルフレジに小銭を適当に突っ込んだらちょうどだった。
溜まった小銭の最適化を狙って適当にレジに投入するんだが、ちょうど500円とか777円とかよりも自分だけのピタリ賞感がある。
・散歩
自転車・バイク・四輪、それぞれ良さがあるが、歩くとすぐに立ち止まって立ち寄れるのがいい。そもそも急がず歩けるという時間がいい。30kmぐらい歩いたときは、わざわざ歩いていいのかという多幸感でいっぱいだった。
ジャズでもなく、クラシックでもなく、ポップスでもなく、融合しているのがいい。ドライブの途中に聞くと最高。
シティ・ポップスも好きだな。もう解散したけど4〜5年ほど前にシティ・ポップス調の曲を歌うアイドルグループにドハマリした。メンバーのうち2人がそれぞれ今でもソロで活躍していてコロナ明けたら現場行きたい
・喫茶店で過ごす
店の売上の貢献になってなくて申し訳ないが、喫茶店であれこれ考え事をするのが好き。次の休みの計画とか、次のボーナスの使い道とか。まずは冷蔵庫を買い替えて風呂場をリフォームしたい。
外したときはとことん呪うが、当ったときはうれしい。スーパーで予算以上の価値のある買い物ができたとか、たまたま降り立った街で美味い店に出会うとか。
・奥さん
好き。
小さい頃、祖母と仲が良かった。
実質孫はわたし一人みたいなものだったので猫可愛がりをされたのだ。話を聞いてくれて、好きなものを買ってくれて、家に行けばわたしの好きなものが用意されていて、お小遣いをくれてと来れば、好きにならない訳がない。
いつからそうなったのか、祖母は自分の思い通りに行かないことや自分が不幸だと感じている理由を、全て別のものの責任にするようになった。
祖母の家はうちから電車で40分はかかるのだが、何か欲しいものがあるとUberEats感覚で母を呼び出す。自分の家の前には、わたしから見て叔父にあたる、息子夫婦が住んでいるのに。
祖父は一昨年亡くなったのだが、そのもうこの世にいない夫が何十年も前に不倫していた云々と未だに延々と愚痴っている。わたしには寝耳に水の話だった。昨年わたしの両親と一緒に4人で逗子へ行った時、祖母と同室だったわたしは、その話を深夜3時まで聞かされた。
母がそれに対して何か口にしようものなら、まるで自分が被害者のように母を責め立てる。
いっそ認知症だったら諦めもつくが、そういう感じではない。母に聞いた昔の祖父母の行動もなかなかだった。
わたしの家族って結構クソなんじゃないかと気づいたのは最近である。
物心ついた時には両親は喧嘩ばかりしていたし、その原因が父親の不倫だと知り、そしてそれがどういうものなのか理解してからは、生理的に無理になった。
母がキレて父親が作ったスープが入った鍋をキッチンの壁に投げつけたこともあった。仕事から帰宅した父親を家に入れないように玄関にチェーンをして、ガンガンと鳴るドアにわたしが開けに行こうとすると、「あれは悪魔が入ってこようとしているのだ」と引き止められたこともある。
この際だから書いてしまうが、その癖二人がセックスに雪崩れ込む場面を目撃してしまったことも何度かあるので、幼少期のわたしの情緒は今考えてみるとめちゃくちゃである。
何かの拍子に、母の恨み辛みが書かれた日記を読んだこともあった。それもあってか、明らかに責任の一端はあるのだけれど、母に対して恨めしく思った試しはあまりない。
とにかく一番酷かったのは、母が離婚裁判用に用意でもしていたのか、パソコンに保存された父親の写真を見た時だ。旅館の宴会場らしい所で、備え付けみたいな浴衣を着た父親が知らない女性の乳首を口に含んでいる姿が写されていた。
わたしの幻覚だったら良かったのだが、二十年近く経った今でも覚えているので、たぶん見間違いではないと思う。最悪だ。
文章にすると、よりひどい気がしてきた。これで父親を尊敬しろと言う方が無理である。
百歩譲って、父親が今は改心して良き人間、良き父親となっていたならわたしも少しは関係修繕に努めたかもしれない。
こんな人は嫌だな、と思う要素のほとんどを彼は兼ね備えている。
人種差別主義者だし、女性差別的だし、ホモフォビアで、口を開けば昔の自分の武勇伝(しかも遡ること小学生まで)しかせず、相手の話は全く聞かないばかりか、高尚で価値があるのは自分の気に入ったものだけで、他人の趣味は平気で貶す。
具体的に言うと、何か事件が起きたり街でマナーが悪い人を見ると「日本人じゃない」と言い、「痴漢にも選ぶ権利がある」と娘の前でのたまう。わたしが聞いていないと思ったのか、わたしが仮にレズビアンだと言ったら「家から勘当する」らしいし、母やわたしが好きなものは「くだらない」と鼻で笑う。
父親でなくても好きになる方が難しい。
恐らく、自分があれだけ働いているのに、家でわたしがぐうたらしているのが許せないのか、「人としてどうかと思う」とかなり強い口調で言われたことも一度や二度ではない。ある時耐えかねて「子どもが幼稚園の時に不倫する方が人としてどうかと思う」と返したら、それからピタリとこの言い回しだけは使わなくなった。
加えて彼は、典型的な「誰が金を払ってやってると思ってるんだ」人間である。これはわたしが明らかに生意気な口を利いた時だけでなく、例えば赤リンゴを彼が「青リンゴだ」と言った時に「いや、それはどう見ても赤いリンゴだ」とわたしが否定したとしても発せられる。どんな理由があっても子どもは親に逆らってはいけない、というやつである。
そもそも子どもは望んで生まれてくるわけではない。親が勝手に作っただけの話なのに、それを感謝しろと言うのは屁理屈にも程がある。
なので「産んでくれと言った覚えはない」と言ったところ、「こっちだって生まれて欲しかったわけではない。勝手に生まれていた」と返ってきた。
さすがに呆れ果てて「だったらコンドームしろクソ野郎が」と言いかけたが、雅ではないのでやめた。ちなみに母によると、父親は妻が体調を崩した時に「大丈夫だよ、俺外で食べてくるから」と、病気の妻も小さな子どもも置いて外に行くタイプの男だったらしい。まさかこんなに身近にそんな人間がいるとは思わなかった。
世界的に見れば人口は増え続けているし、大半の人が子どもを欲しがる理由は「可愛いから」とか「寂しいから」とか「自分の生きた証を残したいから」とか、挙げ句の果てに「老後の面倒を見て欲しいから」とか奴隷扱いに近いものばかりだ。
親は子どもの一生の面倒は見れない。
どんなに大切に育てても、学校で虐められ自殺するかもしれないし、害悪企業に就職して過労死するかもしれない。もちろん、成功して幸せな生活を歩めるかもしれないが、そんなことは誰にも分からない。
そして死は、多少の差はあれど、たぶん苦しいものである。だから人生が嫌になっても簡単には死を選べない。
であれば、人生というのは始まる前からマイナススタートである。そんな状況で同意も取れないのに子どもを作るのはかなりのチャレンジャー(マイルドな言い方である)だと、わたしは思っている。
こう言うと大抵の人に信じられない顔をされるのだが、もうこれは完璧にわたしの家庭環境のせいだとようやく最近気づいてきた。
冒頭で実質わたしが一人孫だと書いたのは、叔父も一度離婚していて、それ以来まともに自分の子ども達と会ってすらいないからである。養育費を払っているのかすら怪しい。
不倫騒動で揉めていた際、あちら側がわたしのことを「いらない」と言ったのだと母が憤慨していたのを覚えているので、会おうとも思わない。
やっぱり文章にするとかなり酷い家庭環境だなと思う。まともに育った方だ。
こんなクソみたいな家族の中で育って、家庭を持つのに希望を抱く方が馬鹿である。
そうでなくても、社会から人種差別は無くならないし、女性差別が消えるのには後99年かかるらしいし、日本で生きていくには過重労働と低賃金とパワハラとセクハラを受け入れなければならない。生きるって何なんだろう。
それでも世の中には、結婚して、いずれその流れで子どもを持つことに何の疑問を抱かない人もいる。というか、そういう人が過半数だろう。幸せなことだと思う。
そして、わたしはどう頑張っても、そういう風には生きられない。
そう思うと、何か、死にてえなと思う。
車庫にヒナが落ちてた
しろっぽい色だから落ちたときにケガしたであろう頭のあたりの血がよく見えた
ああーと思ってとりあえず発泡スチロールのトレーに入れて車庫のすみっこによけた
なんとか巣に戻したい
でも俺も用事がある
でかけて帰ってきたときもヒナはまだ生きてたけどだいぶ弱ってた
あああと思ったけどどうしようもない
そのあとなんやかんや俺の悪事がばれて俺は送電塔に抱きついて死刑になって死んだ
最初は電気マッサージくらいだったけどだんだんきつくなっていった
という夢をみた
巣がぎゅうぎゅうに見える
俺が車庫から出ると親が1羽さっと出ていった
でもだいぶツバメっぽい顔つきになってた
こっちをじっと見てた
とりあえず無事でよかった
今まで相互フォロワーは、死んでさえしまわなければ何でもいいと思っていた。
アカウントを消して自分の前からいなくなったとしても、変な話ブロックという悪い関係性になってしまっても、ただ生きてさえいればよい。
その人の人生に自分が関わらない事は、大した問題ではないからだ。
私はTwitterをやってもう10年になる。それだけ長くやっていると、前兆もなく突然ピタリと失踪してしまった人が何人もいる。
生きているのか死んでいるのかも分からない。生きている事を願うしかない。Twitter自体に飽きたり、別のアカウントに居場所を見つけたとかならよいのだが。
中には「なんか今日ちょっと体調悪いなあ」「お大事に!」「ありがとう!」というやりとりを最後に、5年間更新がない人だっている。
そう、ただ生きてさえくれたら、生きてさえいてくれたらいい。
と思っていたのだが、フォロワーが壊れてしまった事で考えを改めた。
「政治的な発言ばかりするようになった」的な生ぬるい崩れ方ではなく、本当にメンタルそのものが壊れてしまった。
Aさん。相互フォロー歴ももう長い。Aさんは自ジャンルの絵師をはじめとする表現者を発掘して回り、RTやシェアで応援するような立ち位置の人だった。
私もこれまでAさんに幾度となく感想をもらったり、自分の作品をシェアしてもらったりした。
私はAさんに自分の作品を褒めてもらえるのが嬉しかったし、別の誰かを褒めて回してくるAさんの事も好きだった。
Aさんは今年の2月頃から、仕事が忙しそうな事をたびたび口にしていた。残業。仕事。残業。
そしてある日突然、壊れてしまった。
他のフォロワーに支離滅裂で脈絡もないリプライを飛ばしまくるようになった。
イメージ的には「今日はサイゼリアで昼食~!」に「私はひよこです!ありがとうござい!ます!」みたいな感じ。
あまりの脈絡のなさに、Aさんのフォロワーたちは最初は「誰かに乗っ取られていませんか?」「リプライ先自分で合ってますか?」と確認していたが、
徐々にそれが「Aさん」であると皆がうっすら理解するようになると、やがて誰も口にしなくなった。
何人かはDMでやりとり出来ないかと頼み込んでいた。DMなので内容は知らないがAさんの悩みを聞いたりしていたのだろう。
「ひよこってかわいいですね!」と無理やり世界観を合わせて発言しようとする人間も少なくなった。
Aさんのフォロワー数は確実にゴッソリ減っていたので、恐怖に縁を切ってしまった人間もいるはずだ。
私は少し前にインターネットでよく流行った「支離滅裂な思考・発言」という画像を思い出した。
元々あれは精神病理系の書籍の出典で、もともとは「今日は晴れですね。晴れといえば、僕の誕生日は来月だけど君はお肉が好き?」という文章だった。
少し前ならこれを笑っただろう。だがこの時私は「ああ、Aさんの文章だ」と思った。
沢山のものを追いかけてきらきらしていた、あの頃のAさんはもういなかった。ただ支離滅裂な文章をひたすら投稿し続けるbotになってしまった。
でもそれでも、そんなに支離滅裂でも、利用語彙そのものはAさんだった。好きなものたちの、好きな人たちの名前だけは忘れなかった。それが余計にやるせなかった。
このコロナ禍でテレビ局は収録を行えず、音楽番組は歴代のヒットソングを流し続けている。
私はこの手の音楽番組は嫌いじゃない。小中学生時代にうんざりするほど聴いた曲を「懐かしむ」という新鮮な感覚で聴けるようになった今は、テレビの中の歌手と大合唱するのが楽しくて、つい観てしまう。
この日もまた、その手の音楽番組で盛り上がっていた。学生時代、熱心に聴いていた00年代のヒットソングメドレーとなると、私は息つく暇もなく歌声を重ねる。
歌詞を見ずとも完璧に歌えるその数々に酔いしれ、天井を仰ぐご機嫌な私の歌声は、ある曲がかかった途端ピタリと止んだ。
2005年のヒットソング、レミオロメンの「粉雪」。この曲は、当時14歳だった私の「初体験」を彩るテーマソングだ。仰いだ天井とそのイントロが、あの日のラブホテルの天井をだんだんと思い出させる。
中学校生活の終わりをもうすぐ迎える私は焦っていた。その焦りとは、受験や、進学で離れ離れになる友達との別れに対するものではない。「初体験」を済ませていない自分に対する、ハッキリとした焦りだった。
私の周りの女の子たちは皆早くて、それぞれどこかで仕入れた「年上の男」とさっさと初体験を済ませていた。
中には「2回目は公園でヤった」とか、「毎日学校のトイレでパコってる」と語る者もいて、私は公園やトイレに行く度に「ここでパコパコ…」と感心していた。
一方私は、友達の家でファミチキを食べて帰るだけの中学生。身なりはギャルで、毎日公園やトイレでパコっていそうなのに、処女なのだ。
私は心底情けなかった。親からも毎日公園やトイレでパコっていると思われているのか、夕食の時に突然「コンドームは付けなさい」と注意される自分が。「まだパコってねえよ!」とも言い返せず、部屋にこもってeggのアニマルトークを読む日々が。
そもそも、中2の時に「塾に行きたい」と親に頼んだのが間違いだった。周りの女の子たちと同じように、夜中にどっかの年上の男にナンパされ、雑木林で初体験を済ませることを夢見ていた私は、夜遊びをするために塾に通うことを思いついたのだ。
それで私は、親に「高校に通いたいから塾に通わせてくれ」と懇願した。雑木林でパコりたい私の目論見を知ってか知らずか、親は「そうか、そうか!」と快諾し、私に2人の家庭教師を付けた。
高校に通いたいなんて嘘をつかずに、「雑木林でパコりたいから塾に行くフリをしたいんだ」と正直に言えばよかった。バカだからと2人も家庭教師を付けられ、週4日、16時から始まる授業に間に合うように、家に帰る生活を送ることになるとは。
だからといって、親に反発することはなかった。「お金がない」と言いながら月謝を払う親を裏切ることはできなかったし、口火を切ったからにはやってやるというギャルの意地があったから。
そうして夜遊びと無縁な日々を送った私は、2人の優しい先生のおかげもあって、中3の夏頃に実施された定期テストで89点という高得点を数学で叩き出した。
それ以外は50点前後というしょっぱい点数で、この奇跡の89点は功を奏さず、成績の5段階評価がオール1からオール2に上がる程度だったが、私の中にはいつしか「高校に行きたい」という思いが芽生え始めていた。噓から出た実とはまさにこのことである。
そうなると志望校を決めなければならない。しかし、私の学力でいける校則のゆるい高校を探すのは困難を極めた。いくらページをめくっても、「ゥチの高校は鬼ギャルの格好ができるょ↑↑」とか、「ルーズは120センチまでォッケー⭐︎」と、eggのノリで高校を案内しない『首都圏高校受験案内』に何度失望したことか。
選べる身分ではないことに気付き始めた頃、私はインターネットの力に頼った。すると早速、OBが受験生の質問に答えてくれるという優しい掲示板を探し当て、「ゥチの行ってた高校はギャルの格好ができるょ↑↑って人L lますヵゝ??」と書き込んでみた。
しばらく経って、スレッドが埋まりかけた頃、ようやく1件のレスがついた。「教えてあげるから、会わない?」という、見るからに怪しいレスだった。
その怪しさに、私は戸惑うよりも先に沸き立った。「この怪しいレスをつけた人に会えば、初体験を済ませられるかもしれないぞ」と。このバカは、いくら優秀な家庭教師でもなおせなかったのだ。
私はうぶなふりをして、20歳の男のメールアドレスを聞き出し、「静かなところで話したいから、ホテルで会わない?」という誘いに乗った。ああ、お父さんごめんなさいなんて、一瞬も考えなかった。
私にもついにこの時が来たかと思うと、感慨深いばかり。土曜の昼間のラブホテルだなんて、夜中の雑木林より立派じゃないか。誕生日を間近に控えた14歳の冬にして、ようやく初体験を済ませることになったのだ。
いつもより濃い化粧と派手な服に身を包んだ私は、待ち合わせ場所の改札前で20歳の男を待っていた。あと10分もすれば、初体験の相手が改札の向こうから現れる。
周りの女の子たちには、インターネットで出会った男と昼間にパコったなんて恥ずかしくて言えないから、夜中にナンパしてきたギャル男とラブホでパコったと言おう。そういろいろと考えていると、後ろから「あの…」という細い声が聞こえた。
振り向くと、うつむいた男が立っている。私は、その男が何者かということより、「私より髪が長いなあ」というぼんやりとした感想を抱いて、返事もせずにその長髪を眺めていた。
すると男は「…行こうか」と言って歩き出した。私はようやく「この男が私の初体験の男なのだ」ということに気付き、何とも言えぬままなびく髪を追いかけた。
道すがら、男は何かを話しかけてくるのだが、喧騒に遮られて聞こえない。その何かが物騒なことだったらどうしようと、この期に及んで恐怖を感じた。
それでも私は、時々見える男の表情が笑顔であることだけを頼りについて行く。男の声がはっきりと聞こえたのは、ラブホテルのロビーに入ってからだった。
男は「どこでも良いよね」と言って光るボードのボタンを押すと、小さな窓から鍵を受け取り、エレベーターのボタンを押した。その一連の流れを見て、こう言っちゃなんだが、こんなもさい男でも慣れているんだなと変に安心した。
部屋に入り腰掛けた瞬間、私はどんな顔をしていればいいのかわからなくなって、一気に緊張した。もしかしたら本当に高校について教えてくれるだけかもしれないけれど、黙ってテレビを眺める男の様子からはその気配を感じられない。
男が突然、「俺、宮崎あおいが好きなんだよね」と呟いた。テレビを見ると、宮崎あおいが何かの新商品をとびっきりの笑顔で宣伝している。そして、「シャワー浴びてくる」と言って風呂場へ消えていった。
その時、なぜかわからないけど落ち込んだ。この感情は、同級生の男の子に告白をした時、「今は勉強に集中したいから」と言ってフラれた悲しみに似ている。だけど、それとは全く違う。なぜかわからないけど、泣きそうになった。
タバコの匂いとシャンプーの香りが入り混じる部屋で、私はシャワーの音が止むのを待った。そして、揺れる長い髪と、かすめるラブホテルの天井を、私はぼんやりと見つめていた。
別れ際、男の顔が聖徳太子に似ていることに気付いた。参考書でよく見た顔だからか、それとも肌を重ねた相手だからか、この時になってようやく男に親近感が湧く。しかし男は名残惜しむことなく、私の「ありがとうございました」をかき消すように「じゃあ」と言って、改札を抜けていった。
私は、股が痛くて歩きづらいことや血は意外と出ないという、ありきたりな初体験の事後を実感したけれど、この心と体にしっくりくる初体験の感想は見つからず、モヤモヤした。
それからしばらくして、いよいよ志望校が決まった頃、私はまだ何かに焦りながら音楽番組をよく観ていた。誰かの曲の歌詞や声、MVの演出といった美しいものに、あれからずっと見つからなかった初体験の感想を当てはめて、早く落ち着きたかったのかもしれない。
そして私は、「粉雪」を歌うレミオロメンのボーカルを見て「聖徳太子に似ているな」という感想を抱いた時、ようやく落ち着いた。求めていた美しいものではない、その味気ない感想が、初体験の感想としてしっくりくるものだったのだ。
揺れる長い髪やかすめた天井、宮崎あおいや最後になぜか聖徳太子に似ていることに気付いて沸いた親近感、「何がありがとうございますだったんだろう」と考えながら歩いた帰り道、全てが無色だったことに気付いたのだ。
聖徳太子に似ているような気がするレミオロメンのボーカルが、私の初体験を彩る色はなかったことを知らせるように、心と体の深いところで鳴り響いただけなのだ。
天井をぼんやりと見つめている間に、音楽番組は10年代のヒットソングメドレーを流していた。初体験を白く染められたなら、この天井よりももっと高いところに返せるのになあ、などと考えている間に。
このコロナ禍でテレビ局は収録を行えず、音楽番組は歴代のヒットソングを流し続けている。
私はこの手の音楽番組は嫌いじゃない。小中学生時代にうんざりするほど聴いた曲を「懐かしむ」という新鮮な感覚で聴けるようになった今は、テレビの中の歌手と大合唱するのが楽しくて、つい観てしまう。
この日もまた、その手の音楽番組で盛り上がっていた。学生時代、熱心に聴いていた00年代のヒットソングメドレーとなると、私は息つく暇もなく歌声を重ねる。
歌詞を見ずとも完璧に歌えるその数々に酔いしれ、天井を仰ぐご機嫌な私の歌声は、ある曲がかかった途端ピタリと止んだ。
2005年のヒットソング、レミオロメンの「粉雪」。この曲は、当時14歳だった私の「初体験」を彩るテーマソングだ。仰いだ天井とそのイントロが、あの日のラブホテルの天井をだんだんと思い出させる。
中学校生活の終わりをもうすぐ迎える私は焦っていた。その焦りとは、受験や、進学で離れ離れになる友達との別れに対するものではない。「初体験」を済ませていない自分に対する、ハッキリとした焦りだった。
私の周りの女の子たちは皆早くて、それぞれどこかで仕入れた「年上の男」とさっさと初体験を済ませていた。
中には「2回目は公園でヤった」とか、「毎日学校のトイレでパコってる」と語る者もいて、私は公園やトイレに行く度に「ここでパコパコ…」と感心していた。
一方私は、友達の家でファミチキを食べて帰るだけの中学生。身なりはギャルで、毎日公園やトイレでパコっていそうなのに、処女なのだ。
私は心底情けなかった。親からも毎日公園やトイレでパコっていると思われているのか、夕食の時に突然「コンドームは付けなさい」と注意される自分が。「まだパコってねえよ!」とも言い返せず、部屋にこもってeggのアニマルトークを読む日々が。
そもそも、中2の時に「塾に行きたい」と親に頼んだのが間違いだった。周りの女の子たちと同じように、夜中にどっかの年上の男にナンパされ、雑木林で初体験を済ませることを夢見ていた私は、夜遊びをするために塾に通うことを思いついたのだ。
それで私は、親に「高校に通いたいから塾に通わせてくれ」と懇願した。雑木林でパコりたい私の目論見を知ってか知らずか、親は「そうか、そうか!」と快諾し、私に2人の家庭教師を付けた。
高校に通いたいなんて嘘をつかずに、「雑木林でパコりたいから塾に行くフリをしたいんだ」と正直に言えばよかった。バカだからと2人も家庭教師を付けられ、週4日、16時から始まる授業に間に合うように、家に帰る生活を送ることになるとは。
だからといって、親に反発することはなかった。「お金がない」と言いながら月謝を払う親を裏切ることはできなかったし、口火を切ったからにはやってやるというギャルの意地があったから。
そうして夜遊びと無縁な日々を送った私は、2人の優しい先生のおかげもあって、中3の夏頃に実施された定期テストで89点という高得点を数学で叩き出した。
それ以外は50点前後というしょっぱい点数で、この奇跡の89点は功を奏さず、成績の5段階評価がオール1からオール2に上がる程度だったが、私の中にはいつしか「高校に行きたい」という思いが芽生え始めていた。噓から出た実とはまさにこのことである。
そうなると志望校を決めなければならない。しかし、私の学力でいける校則のゆるい高校を探すのは困難を極めた。いくらページをめくっても、「ゥチの高校は鬼ギャルの格好ができるょ↑↑」とか、「ルーズは120センチまでォッケー⭐︎」と、eggのノリで高校を案内しない『首都圏高校受験案内』に何度失望したことか。
選べる身分ではないことに気付き始めた頃、私はインターネットの力に頼った。すると早速、OBが受験生の質問に答えてくれるという優しい掲示板を探し当て、「ゥチの行ってた高校はギャルの格好ができるょ↑↑って人L lますヵゝ??」と書き込んでみた。
しばらく経って、スレッドが埋まりかけた頃、ようやく1件のレスがついた。「教えてあげるから、会わない?」という、見るからに怪しいレスだった。
その怪しさに、私は戸惑うよりも先に沸き立った。「この怪しいレスをつけた人に会えば、初体験を済ませられるかもしれないぞ」と。このバカは、いくら優秀な家庭教師でもなおせなかったのだ。
私はうぶなふりをして、20歳の男のメールアドレスを聞き出し、「静かなところで話したいから、ホテルで会わない?」という誘いに乗った。ああ、お父さんごめんなさいなんて、一瞬も考えなかった。
私にもついにこの時が来たかと思うと、感慨深いばかり。土曜の昼間のラブホテルだなんて、夜中の雑木林より立派じゃないか。誕生日を間近に控えた14歳の冬にして、ようやく初体験を済ませることになったのだ。
いつもより濃い化粧と派手な服に身を包んだ私は、待ち合わせ場所の改札前で20歳の男を待っていた。あと10分もすれば、初体験の相手が改札の向こうから現れる。
周りの女の子たちには、インターネットで出会った男と昼間にパコったなんて恥ずかしくて言えないから、夜中にナンパしてきたギャル男とラブホでパコったと言おう。そういろいろと考えていると、後ろから「あの…」という細い声が聞こえた。
振り向くと、うつむいた男が立っている。私は、その男が何者かということより、「私より髪が長いなあ」というぼんやりとした感想を抱いて、返事もせずにその長髪を眺めていた。
すると男は「…行こうか」と言って歩き出した。私はようやく「この男が私の初体験の男なのだ」ということに気付き、何とも言えぬままなびく髪を追いかけた。
道すがら、男は何かを話しかけてくるのだが、喧騒に遮られて聞こえない。その何かが物騒なことだったらどうしようと、この期に及んで恐怖を感じた。
それでも私は、時々見える男の表情が笑顔であることだけを頼りについて行く。男の声がはっきりと聞こえたのは、ラブホテルのロビーに入ってからだった。
男は「どこでも良いよね」と言って光るボードのボタンを押すと、小さな窓から鍵を受け取り、エレベーターのボタンを押した。その一連の流れを見て、こう言っちゃなんだが、こんなもさい男でも慣れているんだなと変に安心した。
部屋に入り腰掛けた瞬間、私はどんな顔をしていればいいのかわからなくなって、一気に緊張した。もしかしたら本当に高校について教えてくれるだけかもしれないけれど、黙ってテレビを眺める男の様子からはその気配を感じられない。
男が突然、「俺、宮崎あおいが好きなんだよね」と呟いた。テレビを見ると、宮崎あおいが何かの新商品をとびっきりの笑顔で宣伝している。そして、「シャワー浴びてくる」と言って風呂場へ消えていった。
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私は、股が痛くて歩きづらいことや血は意外と出ないという、ありきたりな初体験の事後を実感したけれど、この心と体にしっくりくる初体験の感想は見つからず、モヤモヤした。
それからしばらくして、いよいよ志望校が決まった頃、私はまだ何かに焦りながら音楽番組をよく観ていた。誰かの曲の歌詞や声、MVの演出といった美しいものに、あれからずっと見つからなかった初体験の感想を当てはめて、早く落ち着きたかったのかもしれない。
そして私は、「粉雪」を歌うレミオロメンのボーカルを見て「聖徳太子に似ているな」という感想を抱いた時、ようやく落ち着いた。求めていた美しいものではない、その味気ない感想が、初体験の感想としてしっくりくるものだったのだ。
揺れる長い髪やかすめた天井、宮崎あおいや最後になぜか聖徳太子に似ていることに気付いて沸いた親近感、「何がありがとうございますだったんだろう」と考えながら歩いた帰り道、全てが無色だったことに気付いたのだ。
聖徳太子に似ているような気がするレミオロメンのボーカルが、私の初体験を彩る色はなかったことを知らせるように、心と体の深いところで鳴り響いただけなのだ。
天井をぼんやりと見つめている間に、音楽番組は10年代のヒットソングメドレーを流していた。初体験を白く染められたなら、この天井よりももっと高いところに返せるのになあ、などと考えている間に。
気をつけた事と言えば頻繁に体重計に乗るようにしただけだ。
そもそもナントカダイエットといった面倒な理屈は不要で、500グラム食ったら500グラム体重が増えるのである。
食ったものが低カロリーなら早く抜け、高カロリーだったら腹に貯まって抜けにくい、ただそれだけである。
それを忘れてナントカダイエットなど言い始めるからややこしくなる。痩せたいなら食わなければ良い。
食う前に体重計に乗って、これから食う量をコントロールしてやれば良い。簡単じゃないか。
このダイエットを始めるとすぐに体重が減った。が、早々に減るのが止まってしまった。
食ってないのになぜだ?と思ったのだが実はウンコの回数が激減していた。
俺は1日に最低1回はウンコをしていた軟便野郎だったのだが食う量を減らした途端にウンコの回数がピタリと止まった。
結果、ウンコは異様に固くなり俺は痔になりかけた。
逆にこの体の状態で食う量を戻したら痔は解決しないまま体重は一気にリバウンドするはずである。
ちなみにお前らは知らないかもしれないがウンコを出すと体重が減る。ウンコはダイエットに効く。
次に寝るだけで体重は結構減る。寝る前と起きた後では2キロぐらい違う事がある。
だから起床後に体重を測ることは大事だ。その日の食事量をそれで決め増える量を抑えるのである。
寝てる間は空腹を感じないので辛くないし起きるとその空腹感はまぁまぁ消えているからである。
どうしても寝る前に腹が減って仕方がないならほんだしを湯で割って飲むといい。塩分は空腹を紛らわしてくれる。
最後に空腹感を楽しむ。これに勝てないからダイエットに失敗する。
ある程度慣れてくるとそこまでキツくはない。
そういえばこの前は久々にお腹が鳴った。下手したら10年ぶりだ。
ちなみにこの空腹感に勝てないやつがヤク中を批判する資格はないと思っている。
きっとヤク中になるとこれよりももっと苦しい空腹感に苛まされるのであろう。俺は絶対に薬物には手を出さない。
みんなウンコしようぜ。
腐女子の「〇〇地雷なんだよな~」っていう呟き何なの?お前の地雷とか知らんけど?ていうかそれが私の推しカプなんだけど?
いや別にさ、地雷踏み抜いちゃって「(うわ~~~~地雷踏んじゃったよまじか本当に無理)〇〇地雷なんだよな~」なら分かる。それはドンマイご愁傷様気を強く持って頑張れよと思う。
でも私がTwitterで〇〇の検索をかけるたびに出てくるお前、おいそこのお前だよ、ピンク色の花ちりばめたキャラアイコンのお前。
お前は何?私一日に一回は〇〇の検索かけるけど、お前三日に一回ぐらいそれ言ってない?踏み抜きすぎだろ本当に自衛してる?ミュートワードとか入れてる?本当に?本当に??????
いやね、〇〇が最大手みたいなカプなら分かるよ。数が多けりゃカプ名を何故か濁してツイートするような馬鹿もいるしな。あいつらは本当になんなんだよ、自衛させろよ、なにひらがな二文字でツイートしてんだ自衛できる訳ねーだろ殺すぞ。
話が逸れた。ピンクアイコンのお前に文句を言うために書いてんだ私は。
でもさ~~~~~~~~〇〇めちゃくちゃマイナーじゃん!!!!!!一日一回は必ず検索かけてんのに全然数増えてないじゃん!!!!!!!!!正直お前の「〇〇地雷だわ~」ツイートの方が絵とか小説より増えてるよ!!!!!!!!何見てんだお前!!!!!!!!!!は?私より〇〇見てんの?何それ、どこにあんの?つーかこっちは数少ない〇〇を見ようと検索してんのにお前の地雷だわツイートしか増えないから本当に悲しくなるんだよ、否定しかされてないの、〇〇が。私はこんなに好きだし、少なくとも私のフォロワーの人数分は好きな人いるのに。まじで嫌いなら黙ってくれよ。絶対お前のツイートしてる回数と〇〇見かけた回数比例してないだろ。だって増えてないもん。絵も小説も、なんならツイートだって増えてないもん。文字すら私には見えてないのにまじでお前は何を見てんだ。
あまりにも邪魔だったからブロックしてやろうと思ってトップに行ったら「♡好きなものの話だけ♡」とかプロフィールに書いてたけど正気?お前の地雷だわツイートで検索結果軽く埋まるぐらいになってるけど。怖いわ最早。大丈夫?
話したことないけどブロックしたよ。検索結果がピタリと動かなくなった。お前とはもう二度と関わることはないだろうよ、例え別ジャンルで推しカプが被ったとしても。私は自分の地雷の話より推しカプの話してたいタイプなので。
日本政府は、ウイルスの驚異から国民を守るべく、先手先手で駆除を行ってきており、もうすぐ世界も驚くような目覚ましい成功を収める見込みである。
こう書くと「新型コロナウイルスの感染者は国内で増えていくばかりではないか」とか、「ダイアモンド・プリンセスの件は大失敗で、新型コロナウイルスを撒き散らす結果になってしまったではないか」と言う声が聞こえてきそうだが違うんだ。前提条件が違うんだよ。みんな「日本政府は新型コロナウイルスの驚異から国民を守る」と思っているでしょう?全然違うんだ、そうじゃないんだよ。
はっきり言っておく。新型コロナウイルスなんて今日本が直面している大きな国難に比べれば大したことじゃ無い。新型コロナウイルスは驚異かもしれないが、日本にはもっと恐ろしいウイルスが存在するのだ。その名をA型ウイルスと言う。A型ウイルスは日本政府に感染し、政府を大暴走させる恐ろしいウイルスである。実はそのA型ウイルスは特に新しいウイルスではなく、もう日本政府に感染して何年も経過している。最近、新型コロナウイルスに便乗して活動が活発化してきており、日本が国難に直面しているのだ。しかも、そのA型ウイルスは過去に一度日本政府に感染したものの駆除されているが、再感染が発生して今に至るという、生命力の強い厄介なウイルスである。
さて、そこで日本政府が行った先手先手の対策というのは何かというと、ダイアモンド・プリンセスの件である。厚生労働省の職員が少なくとも90人船内に入っており、ウイルスの検査をせずに仕事に復帰したというニュースに注目して欲しい。
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200222/k10012296751000.html
なぜこのようなことをしたのか?それは新型コロナウイルスの特性に着目すれば答えが出る。新型コロナウイルスの致死率は50歳以上で高く、さらにその中でも男性の方が致死率が高いことがわかっている。
https://www.asahi.com/articles/ASN2L3CPPN2KULZU00M.html
そう、その条件にピタリと当てはまるのがA型ウイルスなのである。つまり新型コロナウイルスの対策をするフリをして、大本命のA型ウイルスをコロナウイルスを用いて駆除しようとしているのだ。そのために大量の職員をダイアモンド・プリンセスに送り込み、職員経由でA型ウイルスにコロナウイルスを感染させて駆除しようという作戦である。
新型コロナウイルスは潜伏期間が2週間程度だ。厚生労働省の職員が検査せずに仕事に復帰したというニュースは2月22日に公開されている。そろそろ作戦成功の兆候がで始めるころだ。作戦が成功すれば、これには世界もあっと驚くに違いない。
https://anond.hatelabo.jp/20200203232919
https://anond.hatelabo.jp/20200218234717
お金の掛かる趣味なので、友人には公言できないからね。値段を言うと確実に引かれてしまうよ。いい機会なので、一介のエンジニアがエドワードグリーン(EDWARD GREEN)のMTO(Make to Order:個別受注生産)に手を出し始めるまでの革靴遍歴についてまとめてみようと思う。ちなみにグリーンのMTOは、日本でオーダーすると25万円くらいの高級品。これを連発することになるだなんて誰が予想できただろう?
初めて買った本格靴はトリッカーズ(Trickerʼs)のBOURTON(バートン)だった。ちなみに “本格靴” って言葉はバズワードなので定義はないんだ。自分は “グッドイヤーウェルト製法で作られた靴” という意味で使ってる。
社会人1年目のボーナスで買ったから8年前かな。当時は日本に直営店が無かったから、渋谷にある革靴のセレクトショップ “トレーディングポスト” で購入した。本格的な夏を迎えた蒸し暑ーい日に、現金7万円を財布に入れて電車に揺られてた。靴に7万円だなんで自分はどうかしてると思って、心臓がバクバク脈打ってたのを覚えてる。高級靴店に汗だくはマズいよなーと思って、お店近くのファミマで涼んでた。汗が引いたら、ついにトリッカーズとご対面。第一印象は「かっこいい!!」だった。これまでの雑念はついぞ忘れて、迷わずに買った。スーツは着ないしTシャツもOKな職場だけど、雨の日以外は必ず履いてた。新社会人の自分を大きくみせてくれる相棒だった。
のちに、革靴は一度履いたら2日間は寝かせた方が良いことを知った。革靴は水分をよく吸収するからね(だから、もちろん木製のシューツリーを入れるんだ)。そして相棒が寝ている間、僕のテンションを上げてくれる2足目の靴を探すことになった。この頃から革靴の沼に片足を突っ込んでいたのかもしれない。
初めての本格靴にトリッカーズを選んだ理由は、 “ロイヤルワラント” に認定されているためだった。これは英国王室からメーカーに送られる認定制度で、 “所定の評価基準を満たす品質がありますよ” という指標になる。ただ当時の自分は品質なんて気にしていなくて、「ロイヤルワラント!?かっこいい!!」とだけ思ってた。007のボンドとか、シャーロックのホームズが纏ってるような英国紳士の装いが大好きなんだ。そんな彼らが愛用するチャーチ(Church's)やクロケット&ジョーンズ(Crockett&Jones)に手を出すのは自然な流れだった。
この頃から伊勢丹新宿のB1F、丸の内のブリティッシュメイド、表参道のチャーチ路面店にヴァルカナイズロンドンなど、イギリス靴が置いてあるお店に月一くらいで顔を出すようになった。モデルを眺めてると「これ、最高級靴読本で見たやつだ!!」となることもあって、顔のニヤニヤが抑えられなかった。イギリスはもともと家具とか鞄とかを親子世代に引き継いでいく文化があるらしい。靴になると “子に引き継ぐ” のは難しいけど、それでも一生モノとして使えるように、靴底を張替えられるように手間をかけて作られてる。“一生モノ” っていうのが靴業界のセールストークなのか今はまだ分からないけど、自分にはとっても魅力的に映ってるんだ。
2足目に選んだのはチャーチのDiplomat(ディプロマット)だった。トリッカーズのBOURTON(バートン)がアメフト選手だとすると、Diplomatはその名の通り外交官のような落ち着いた雰囲気。高い買い物になるので悩んでたけど、チャーチが過去に扱ってた伝説のラスト“73” の限定復刻モデルということで、頭の中では両親に「こんな自分でごめんね……」なんて謝りながら、勇気を振り絞って買ったのを覚えてる。トリッカーズのような質実剛健さはないのですっごく丁寧に扱ってた。ゲリラ豪雨に遭った日なんて、靴をその場でぬいで抱えてたから今思い出しても恥ずかしくなる。後述するようにもうお別れしてしまったけど、今この瞬間でも同じ行動をとったと思う。それくらい大事だった。
これの経験がトラウマになって3足目にはクロケット&ジョーンズのPembroke(ペンブローク)を選んだ。グレインレザーになっているモデルだったので、多少の雨でもへっちゃら!これで雨の日も晴れ日も、(病めるときも健やかなるときも笑)革靴と一緒だー!なんて思って一人でテンション上がってた。
そうそう、イギリス靴ってモデル(型番)が人物名や地名になってるんだよね。英数字の羅列よりも愛着が湧くし、ある界隈では擬人化されてるとかされてないとか……も納得だね笑
チャーチのくだりでも書いた “ラスト” って何だ?って思うよね。ラストというのは靴製造で使う木型のこと。職人さんはこのラストに革を被せて靴型を作ってるんだ。ラストの形状がそのまま足を入れる空間の形状になっている。だから、ラストの種類は革靴を選ぶ上ですっごく重要なパラメータなんだ。ただ、例えばチャーチだったらDiplomat(ディプロマット)はラスト173、Burwood(バーウッド)はラスト81、って具合に各モデルと紐付いてることが多い。なので、自分の足型には81ラストが合うのに、モデルとしてはDiplomatが欲しいよーっていうときは、困る!笑 (こんな悩みも、のちにエドワードグリーンが解決してくれるなんてびっくりだよね。)
本格靴のサイズ表記には、一般的なサイズに加えて “幅(ウィズ)” と “ラスト” が併記されている。サイズとウィズよりも大事なのがラストで(ラストはもう大丈夫だよね?)、自分の足型に合ってないと僅かな空間ができたり、小指の先が少し押されたりする。つまり既製品で満足するためには、この3つの組み合わせが足型にピタリと一致しないといけない。加えて本格靴は中物がコルクでできているので、しばらく履くと形状が変化する。つまり自分に合ったサイズを見つけるという行為は、トンデモない組合わせ最適化問題を解くようなものなのだ。
一度「このサイズ、足型に合ってるのかなあ?」と思い初めたが最後、喉に刺さった小骨のようなもので、一日中違和感を感じるようになった。伊勢丹や阪急で仲良くなった店員さんに相談したところ、自分は甲高幅広の日本人系でおまけに左右の足幅が数ミリ違うので、完全に合うサイズを見つけるのは至難の業と診断された。それならチャーチ、クロケット&ジョーンズ、チーニーから主要ラストのモデルを集めるぞ!とおかしな発想をしてしまい、最終的にチャーチの81ラストが一番合う!と結論するまで本格靴を10足も買うことになってしまった。
話はここでは終わらないんだ。ある出会いをきっかけに、思い入れのあるトリッカーズのBOURTON(バートン)を残して、集めたイギリス靴を全て処分してしまった。それは革靴界の老舗名門エドワードグリーン(EDWARD GREEN)との出会いだった。価格は20万近いので、文字通りこれまでの本格靴とは価格が1桁違う。もともと手が届かないと思ってたんだけど、妻とフラフラ散歩してたとき、気になって直営店に入ってみたんだ(高いから買うつもりはなかったけど、革靴ってこんなに素敵なんだよーって言いたくて、少し背伸びしたのは内緒ね笑)。そのとき僕が履いてた靴はクロケット&ジョーンズのISLAY(アイラ)だった。007スカイフォールでボンドが履いてたことで有名で、とっても鼻高々だった。エドワードグリーンの靴にも引けを取らないかっこよさだと確信していた。ただ、CADOGAN(カドガン)のラスト202を試着させてもらったとき、かっこよさよりも大事なことに気付いたんだ。CADOGANに足を入れ進めると、行き場を無くした空気が圧縮されて、ぷしゅっと踵から抜ける音が鳴った。そして、右足の土踏まずから甲を回って右小指まで滑らかに包まれる感覚があった。極めつけにヒールカップは僕の小振りな踵をしっかりと掴んでくれた!すぐに「これだ!!」と思った。妻の手前、さすがに即購入はできなかった。「なーに言ってんの!買わないでしょ笑」と言われるのがオチだった。そして1週間後、またお店の前に立っていたのはみんなの想像通りだ。
エドワードグリーンのラスト202との出会いは、サイズに悩んでいたこれまでの自分を肯定してくれるようだった。これまで集めたDiplomat(ディプロマット)やPembroke(ペンブローク)といった本格靴は、僕の足には合わなかったけどとっても魅力的な靴だった。もっと履いてくれる人の元で大事にされて欲しいと思って売ることにした。処分した後は胸にポッカリと穴が空いたようだったけど、あの子達を想うと不思議と寂しくはなかった。少しずつあの子達のいない生活に慣れ始めた頃、胸の中には黒くモヤモヤした霧がかかっていた。それは、ジョンロブ(JOHN LOBB)やガジアーノ&ガーリング(GAZIANO GIRLING)は果たしてどういったフィッティングなんだろうというものだった。この頃の自分は、大事な靴をまた手放すことになるんじゃないかって、まともにエドワードグリーンを直視できなかったように思う。
すぐに銀座三越にジョンロブのCITY2(シティ2)とWILLIAM(ウィリアム)を試着しにいった。エドワードグリーンと同じ衝撃だったなら、その場で買う決意をしていた。値段をどうこう言っている精神状況ではなかった。結果、どうサイズ調整しても踵が緩かった。次に表参道のトレーディングポストでガジアーノ&ガーリングのST.JAMES(セント・ジェームズ)を試着させてもらったけど、幅広な自分の足にはとっても窮屈だった。
全てが報われた気がした。僕の足にはどんな高級靴よりも、エドワードグリーンの202ラストが合うって確信した。今まで積み上げてきた経験は無駄じゃなかったんだよって、別れた靴達が言ってくれた気がした。ST.JAMESを履きながら、泣き笑い顔をしてたから店員さん驚いてたんじゃないかな。
エドワードグリーンの良いところは、モデルに複数のラストが割当てられているところなんだ。だから、「モデルはCHELSEA(チェルシー)にして、ラストは202にしよー。」なんてことができるんだ。例外はあるけどね。そうこうしてるうちに、エドワードグリーンが4足になっちゃった。もちろん全部ラスト202だし、雨用に “ユタカーフ” っていうオイルドレザーを使ったモデルも揃えちゃった。雨の日でもグリーンを履きたいっ!!
ただモデル毎に推奨ラストっていうのがあって、それを満足しない組み合わせだとMTO(セミオーダー)になる。僕はとってもGalway(ガルウェイ)っていうモデルが欲しかったんだけど、なかなかラスト202で販売されないのでオーダーしてみることにした(もちろん、雨の日でも履けるようにユタカーフで頼んだ笑)。日本で価格を聞いたらsurcharge込みで25万円!うちは子どももいなくて共働き、おまけに妻は革靴を理解してくれてるから払うことはできるんだけど、少し尻込みした。8年前のように、靴に25万円だなんで自分はどうかしてると思って、心臓がバクバク脈打ってた笑 念のため、モデルについて過去に問い合わせていたロンドン本国のsales担当にメールしてみたら、関税込みでもずっと安い!ということでロンドン本国にオーダーしてみることにした。彼とはすごい気が合って、2モデルもオーダーしちゃった!ここまで来て、増田に “革靴” の文字があったからビックリしてこれを書いてるよ。
エドワードグリーンに出会ってからとっても散歩が増えた笑 一緒に歩く時間が本当に幸せなんだ。けど最近、革靴の個体差が気になってる。本格靴には手作業の工程があるから、職人さんの “くせ” からくる数ミリオーダーの僅かな偏りがある。気にしたくないんだけど、ちょっとだけ気になる。この先にあるのはフルオーダーのBespoke(ビスポーク)なのも分かってる。去年の年末時点で、これ以上ないくらい最高峰のジョンロブとガジアーノ&ガーリングのBespoke価格は6500ポンドと5000ポンド。今日時点のレートだと933533円と718102円。革靴は怖い。時計とかと違って、最高級品も手が出せちゃうんだ。。。