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2020-10-12

友だちが欲しい

中高生の時から友だちがいない。予備校生時代にやっとできた仲良しは数年前に亡くなってしまった。今は友だちはゼロ

50近くにして、友だちがいない寂しさを感じ始めた。これまで割と平気だったんだけど。本当に寂しいのか、ともだちが作れない自分絶望した寂寥な感情なのかもわからない。

初老入口からの友だち作りって、どうやって作ればいいのだろうか。SNSは辛くてやめた。人の幸せ自慢ほど、心を細らせるものはない。

みんなはどうやって友だちを作っているのか。多分息をするように友だちを作ることができる人もいるだろう。私は本しか友だちがいない。いや、本とも距離があって、友達かどうか怪しい。

やっぱり寂しいんだ。友だちが欲しい。

2020-09-20

弟に捧ぐ、地方なんちゃって進学校から塾無しで東大合格するためには

東大に入ったからといって自慢気に勉強法を語るやつは、未だに勉強法しかイキれないつまらないやつに違いないので私は大嫌いなのだ

一回り年下の弟が現在高校生ということで、100% 彼のためにこの記事を書く。

先日勉強法を聞かれたが、SMSLINE で長文を書く気にはなれないのだ。そのため、この記事URL を君に共有する。

note あたりは新規登録が面倒だったからこの匿名ダイアリーで許してくれ。

心構え編

からないことに慣れるな。

東大入試といえども所詮高校までの範囲なんだからガチれば誰でも理解可能だ。

あるのは高校3年間という時間制限だけ。私もギリギリではあるが合格水準レベルには理解した。

君の同年代にも合格水準に達している人もたくさんいるだろう。

私や彼・彼女らにできて君にできないものなんてないと信じろ

今まで習ったこともこれから習うことも君が理解できないわけがない。勉強に関して傲慢であれ。

一方で、わからないことに関しで敏感であれ。

例えば化学で「液体を加熱する際に沸騰石を入れる理由を答えよ」という問題があったとする。恐らく君はこう答えるだろう、「突沸を防ぐため」と。

テストではこれで十分かもしれない、でもこれで本当にわかったと言えるのだろうか?

そもそも突沸とは何か?急な沸騰だ。急な沸騰を防ぎたい理由はなにか?急な沸騰により容器からあふれた液体が予期せぬ場所にかかるた危険からだ。

高温でやけどするもそうだし、常温でも人体に危険な液体を取り扱っているかも知れない。

では急じゃない沸騰があるのか?そもそも沸騰とはどのような現象か?沸騰石とは何か?沸騰石である必要性とはなにか?

これらの問に答え、自分の中での論理の飛躍を解消して初めてわかったと言えるのだ。

丁寧に論理の間を埋める癖をつけよ。これはすべての教科に、ひいては今後の人生において必ず役に立つはずだ。

私の高校時代と変わりがないなら、君の高校では批判的思考を身に着けろと先生方が口を酸っぱくして言っていることだろう。

しか批判的思考定義を教わった記憶はないし、君も教わってないであろうことは想像に難くない。

その上で私は「批判的思考」を「世間一般で言われている当たり前のことを、分解し、自分の中で再構築することで理解議論を深めるための営み」だと解釈した。

批判的思考を無批判に身につけさせる教育方針はどうかと思うが、この「批判的思考」を身につけるのは悪くないのではと言いたい。

勉強時間

私が受験生とき本屋勉強法について書かれた本をあらかた立ち読みして実感した。

異世界転生チートのような簡単に劇的に成績が上がる勉強法など無い。

ググればすぐ様々な文献が出てくる通り、成績と最も強い相関があるパラメータ勉強時間だ。

勉強時間とは机に向かっている時間だけではない。

朝起きて身支度をする時間、通学時間、お風呂に入っている時間等、隙あらば自分テストしろ

「点と直線の距離公式を導出できるか」「because of とほぼ代替可能なほかの言い回しは思い出せるか」といったことを考えるのだ。

思い出す訓練、これも勉強だ。これで勉強時間は飛躍的に伸ばせる。

逆に、机に向かって参考書を開いただけで勉強しているつもりになってはいけない。

君のクラスにもいるだろう、君より勉強時間が長いはずなのに成績が君より下なクラスメートが。

彼・彼女らは勉強したつもりになっているのだ。

勉強時間集中力という名の効率パラメータで容易に裏切られる

集中力を以下のように私は定義していた。

100%:気がついたら時間が経っていたといったようなある種のトランス状態

0%:ただ参考書を開いているだけの状態

自分の中で今どれくらい集中できているか常に意識せよ、でもって 50 % を切るようなら気分転換をするか寝ろ。

勉強したつもりになって仮初の安心感を得るのが一番危険だ。

勉強法

私にとって一番成績が伸びた勉強法を白状すると、大学合格後に経験した大手予備校の採点アルバイトだ。

具体的には予備校生が解いた過去入試答案にひたすら赤ペンを入れる作業である

私が最も得意とした化学担当した。東大だけでも過去 10 ヵ年分について各年度ごとに少なくとも 10 人分は採点しただろう。

1 答案に付き○円の出来高制で結構稼がせてもらった記憶がある。

過去問を 10 周もやると東大といえども入試問題パターンゲーだということが見えてくる。

現役時代私の化学得点率は6〜7割程度だったが、荒稼ぎ後に気まぐれにその年の東大入試化学を解いてみたら9割ほど得点できた。

また、採点バイトは、ただ過去問を何周もする以上に内容が身についた。

なぜなら各回答に対し模範解答と答案をにらめっこし、生徒がどこで躓いたのかを明らかにした上で

正解までの道筋相手がわかるように文章説明する必要があるのだ。

すべての問題に対して、解ける、ではなく、教えられるの水準を要求されるのであるしかお金をもらっているので逃げることが許されない。

同級生東大志望の人が他にいるようなら実践模試の返却答案を土下座してでもコピーさせてもらうといい。できれば5人分ぐらい。

それに赤ペン先生になったつもりで添削指導をしてみてほしい。その添削結果を再度同級生に返却するかはおまかせする。

騙されたと思って試してみてほしい。普通に解く以上に身につくからマジで

最後

勉強法以外で私が高校時代に知りたかったのは、東大生にもアホはたくさんいるということだ。

日本地図がまともに描けない人(本州を北東から南西ではなく北西から南東に向かって描くのだ、その人、関 "西" 出身なのに)とか、

2を素数じゃないと勘違いしている人(英語が得意で合格した人は数学が壊滅的がち)とか、

魚が跳ねるの跳ねるという字が漢字で描けない人(私)とか...

こういう等身大東大生にふれる機会がないので、あんなアホどもが合格できるんだから自分合格できると錯覚できる機会がないのが地方の痛いところだなと。

東大を目指す目指さないに関わらず、あまり東大東大生を神格化すべきでない。彼・彼女らも君と同じ所詮人間なのだ

というわけで、これ以上私をつついても勉強については何も出てこないので、ここまで読んだなら今後勉強に関して私に質問はしないでほしい。

2020-08-15

夏の懺悔

終戦の日は、Y君の命日です。

高校時代同級生Y君とは、それほど親しくありませんでした。同級生とは言っても、三年間で同じクラスだったのは一年生の時だけでした。その後は、時折廊下などで会った時に軽く話をし、稀にメールをする程度の仲でした。

Y君は、予備校の友人と二人で海水浴場に行って事故に遭ったそうです。酷く天気の悪い日で、彼らの他に誰も泳いでいなかったと伝え聴いています。それ以上Y君の死の理由は誰も話しません。みな察しがついているからです。

しかし、僕は彼の死の理由と向き合う必要があります。悼むだけでは足りないほどの仕打ちを、僕は彼にしてきました。

Y君と最初に話したのは、高校入学初日です。僕らの高校は、マンモス私立高校で、大概は公立高校受験に失敗した人間が行く学校でした。お世辞にも賢い学校とは言えません。それでも、それなりの生徒を集めて、特進クラスが二クラス編成されます。僕らのクラスはその一つでした。

入学からしばらくは、みな口々にどこの高校に落ちてこの学校に来たのかを話していました。例によってY君も学区一番の難関公立高校に落ちたそうです。最も、僕らの高校の進学クラスの大半は、その高校か、県下トップ公立高校を落ちてきた人間でした。

はじめは出席番号の近い者同士で輪になるものです。彼と僕の出席番号は二番違いでした。ゴールデンウィークに入る頃には友情の再編成が済み、僕らは別々の交友グループに加わって行きました。

から見ていて、グループの中のY君の地位は極めて低かったと記憶しています。彼らのグループはみなテニス部でした。Y君はいつもいじられる役回りを演じていました。自分から話を切り出しても「調子乗るなよ」という言葉を掛けられている様子をよく見かけました。

入学式が終わってすぐに、実力試験を受けさせられます。Y君の試験結果がどうであったか僕は知りません。少なくとも、僕より上ではなかったことは確かです。学年トップ十人は公表され、僕は四位でした。

第一志望でこの高校に進んだ僕は、周囲から奇異の目で見られていました。ただ一人、Y君だけは、周囲と少し違う反応をしていたのでよく覚えています。Y君の同じ中学校で、学区トップ合格間違いなしと言われて落ちた二人を、僕は下しました。そのことをY君は自分のことのように喜んでいました。

「四位なのに、第一志望でこの学校にきたんだね。」

「こういう人も来るくらいの高校なんだから俺も勉強しよう」

その時の僕にはまだ、そんな理由勉強をはじめようと思う理由理解できませんでした。彼にとって高校はどのような意味をもった場なのかと怪訝に思いました。今になって思えば、不本意入学した学校について、明るく思える理由を見つけられた日だったのでしょう。

とは言っても、その後Y君が試験ライバルとなることはありませんでした。二年生からは、進学クラス文系理系とで別れてしまい、一緒になることはありませんでした。英語の授業だけは進学クラスクラス合同で、レベルごとの三グループに別れて開かれていたが、ついに一緒になることはありませんでした。二年間、Y君は成績下位クラスから上がって来ませんでした。

交友グループが完全に別れてからも、僕はたまにY君と話す機会がありました。というのも通学に使う電車の駅が同じだったのです。そうかと言って一緒に通う約束をするような仲でもありませんでした。遭えば多少話をするといった具合でした。Y君はよく話しかけてきましたが、僕から何か話しかけたという記憶はあまりありません。

彼の家はごく近所でしたが彼の家に遊びに行ったことはありません。詳細な場所も知らず、団地の名前で知っているだけでした。僕は中学卒業後にこの街引っ越してきたので、同じ中学校出身というわけでもありません。彼が普段通学路にしていた道が、僕の部屋の窓から見えますしかし、駅との直線距離上に住んでいる人と思っているだけでした。

Y君はテニス部に入部していました。中学から続けていたと聴いていますしかし、同じクラステニス部から伝え聞くかぎり、部の中での実力ははじめから下位だったそうです。Y君は小柄で、先も細く、よく中学生のようだとからかわれていました。

Y君と同じグループテニス部員は、高校二年にあがるまでに部活を辞めてしまいました。部員の層は厚くないものの、後輩にも実力で追い抜かれ、Y君は引退まで団体戦メンバーに入ることはなかったそうです。

とき一年生の頃にY君と同じ班だったM君は強豪のサッカー部員でした。髪を染めピアスをしていたM君は、Y君に対していつも高圧的な態度をとり、掃除当番を押し付けて、誰よりも早く部活練習に行き、後にレギュラーの座を得ていました。少なくともY君はそのような気概を持ち合わせてはいないように見えました。

僕らの通った高校には、進学クラスを中心とした三泊四日の受験勉強合宿がありました。合宿中は山のように課題を出されました。ホテルに着いて早々、会議室に籠ってひたすらに特別授業を聴かされました。それが終われば翌日までに解いてこいとプリントを大量に渡されました。まともに取り組んで解き切れる量ではなく、教師もその事を知った上で出していた節がありました。それでも僕らは、教師の鼻を明かしてやろうと思って夜を徹して問題を解いていました。

Y君は、ちょっと問題を解いては周りに話しかけていました。「どこまで進んだ?」「この問題どう解くの?」と。そして周囲が邪魔そうな顔をすると自虐的に謝った後、「よし、俺も集中する」と宣言して問題に取り組み、三十分と保たずに振り出しに戻るのでした。

高校二年の頃、しばしば僕はY君のクラスでごく親しい友人と受験勉強ノウハウや、進行状況について情報交換をしていました。そこに、部活休みになってY君が加わったことが何度かあります

Y君が、自分勉強について詳細を語ったことはありませんでした。自分より成績の良い人間発言には同意をし、自分と「同等程度以下」と思っている人間発言にはあまり信用していないような素振りをしていました。しかし、前者が後者発言賛同すると、途端に賛同し出す、風見鶏な態度で話に加わっていました。

僕らはみな自分に合わせて勉強スタイルを組み立てていました。Y君には、そのような節はなく、彼の尊敬する誰かの勉強の仕方を真似しているだけでした。正確には、真似している「つもり」なだけでした。

僕がセンター試験模試で九割をマークした時、Y君が英語勉強内容について尋ねてきました。その頃僕は学校で配られた基礎的な問題集で文法問題毎日大量にこなしていました。ケアレスミスを減らしつつ長文問題に十分な時間を確保するためでした。自宅学習英語の長文に充てられるよう、学校での細切れの時間文法勉強していた方が都合よかったのです。

そのような事情は告げず、学校で配られた問題集を解いているとだけ告げると、Y君は基礎的な問題集にずっと取り組んでいました。かなり後になってから知ったことですが、Y君は毎度の模試では長文問題で大量失点を繰り返していました。長文を読む訓練からはじめるべきだったのに、同じ文法問題集に何周も取り組み続けていたのです。その後も彼は模試の度に取り組んでいる問題集を尋ねに来ましたが、僕は同じ問題集だと答え続けていました。

時を同じくして学年上位の人間が「単語力が足りない。」と言ってハイレベル英単語帳に噛りつくと、Y君はそれを無条件に肯定し、同じ単語帳に取り組み出しました。

学年上位の彼女場合、元から基礎的な語彙力・単語力がしっかりあり、それに支えられて文法問題を解きこなし、身に付けた語彙・文法で長文を読み解き、総合的な英語力を身に着けた後に、日々取り組む実践問題の中で単語力の不足を感じていたのでした。Y君は、そのような事情を知る由もありません。

すべての教科の勉強がこのような具合で、Y君の受験勉強は日々、一貫しないものになっていきました。誰かが「基礎をしっかりしないといけない」と言えば同意をし、しばらく基礎的な勉強を繰り返し、また誰かが「基礎ばかりで実践レベル問題が解けない」と言えば、応用問題を解き始めました。Y君は、自分の実力を冷静にみて勉強する習慣がなかったのです。

試験が終わっても模試が終わっても、Y君はいつも「次で挽回する」とだけ言って答案用紙を二つ折りにして閉まってしまい、自分が何を間違えたのか何が不足しているのか反省をしているようには見えませんでした。僕らは答案を見せ合い、点数をひけらかし合い、同時に何を間違えたのかも見られ、ときには馬鹿にされ、それを恥じ、次には同じ過ちをしまいと心に誓ったのです。そして口々、「次の試験では負けない」と言い合うのでした。

Y君は、ただひたすらに成績上位の級友に勉強方法勉強内容を尋ね、それを真似してみるだけでした。あるいは、それで成績の落ちた級友に反省点を尋ねてみるだけでした。自分の頭を使って、自分必要勉強をして成績を上げようという姿勢が見られませんでした。

高校二年の秋頃から、学年トップ十人の常連の内で、制服に細工をするのが流行りました。理科実験から拝借してきた薬品で五円玉や五十円玉を磨き上げ、ブレザーの左胸にある校章の裏に挟むのです。すると鳥をあしらった校章が後光の差したように見えます。上位三人が五円玉を、残り七人が五十円玉をはさみ模試のたびに奪い合うのです。

事情を知らぬ者が見れば、何のこともない遊びです。どんなにかよく言っても「お洒落」程度のことです。何も知らないでY君がそれを真似して校章に五円玉を挟んでいたのを、僕らは影でクスクスと笑いました。自分の手で掴む喜びを知らないで、努力する苦しみを知らないで、努力した者の成果にだけ憧れるY君の態度を、僕らは気づき、そして内心侮蔑眼差しで見ていました。鈍い色の五円玉が、それを象徴しているように思えたのです。

勉強をしたかテストの結果が伴うのだという自信が、僕らの中にありました。また、勉強していないから全国模試で他校の人間に負けるのだと悔しがっていました。進学クラスの同志とともに学内順位一喜一憂するのは全国模試で泣くほど悔しい思いをした腹癒せであり、本懐はみな志望校への合格でした。

正直に言えば、僕は心底彼を見下していました。大した進学校でもない私立高校の成績上位だけを見て、「◯◯君、勉強できるもんね」と言えてしまうY君の姿勢を、僕は内心唾棄すべき存在だと思うようになっていました。

僕は、努力方向性を間違える人間愚か者だと思っていました。そして努力すらしようとしない人間軽蔑していました。他の何もかも投げ打って練習に取り組むわけでもなく実りのない部活動にただ漫然と時間を費やすY君の姿勢は、まさに軽蔑対象でした。「三年の夏に部活引退したら、本格的に受験勉強をする」というY君の弁に至っては、この時点でもう勝負はついていると僕は思いましたが、哀れな奴だと思うことにして黙っていました。

当時進学クラスの上位面々にしても、実際には大した学力は持ち合わせていませんでした。勉強すればするほど募る不安を振り払うべく、ビックマウスで自分鼓舞させ、歯を食いしばって受験勉強に打ち込んでいたのです。

みな手の内を知っているから言い合えた言葉がありました。「普通クラスの連中が努力して行くような大学から日東駒専は滑り止め」「明青立法中はセンター利用入試で一学部学部抑えて、あとは試験慣れ」「本命早慶国公立大学

Y君が目指したのも、早慶文系学部でした。折りに触れ志望学部を聞いた時に「受かったらいいなぁ」という言い方をしていたので、どこまで本気で受験していたのか分かりません。また彼が将来どういう職業に就きたくてその大学を目指したのかも知りません。いずれにしても、当時のY君の実力からすれば、合格絶望的なので記念受験だったと思います

日本で双璧をためす有名私立大学どころか、当時のY君は本気で日東駒専第一志望にして対策を組んで然るべき成績でした。それにも関わらず、十分な対策をしていなかったのでしょう。そのレベル大学を「滑り止め」として受験し、行き場がなく浪人が決まりました。

先にテニス部を辞めたある級友は、有名私立大学合格しました。Y君から学業面で「同等程度以下」と思われていましたが、彼は初めからY君より成績は良く、そして努力甲斐あって志望校合格しました。Y君が、センター利用試験で抑えるつもりだったレベル大学です。

高校卒業式で、Y君は自宅浪人をするつもりだと話していました。図書館勉強している方が集中できるからだと本人は話していました。それを聴いて、受験勉強のやり方を根本から間違えているのだから予備校に通わなければY君は同じ失敗するだろうと、僕は思っていました。

僕も浪人が決まっており、同じ境遇の友人らと、どこの予備校に行くか、予備校が始まるまでどう過ごすか情報交換をしていました。しかし、僕は、彼と同じ予備校に通うのは自分精神衛生に悪いと思い、誘いませんでした。

僕は気心が知れた戦友二人と予備校生活を送りました。定期的に他の予備校に通っている元同級生とも食事に繰り出し、情報交換とリフレッシュをしていました。時には勉強会を開き、時には悪い遊びに繰り出し、予備校生活を満喫しました。僕はY君に対して意図的に声をかけませんでした。

Y君が亡くなった後、彼がどのような浪人生活一年目を送ったのか、聴いて回っても誰も知りませんでした。分かっているのは結果だけです。一年後の再戦にY君は敗れました。彼が受かったのは、日東駒専文系学部一つでした。浪人してそんな大学行けないと、二浪することを決めたそうです。Y君と伴に最後までテニス部にいた普通クラス出身者が、予備校生活の後に地元国立大学教育学部合格したのも少なからず影響があったと思います

Y君の二浪目については、僅かながらに噂が流れていました。僕らが通った予備校とは別の大手予備校に通ったと聴いています。そしてそれはY君の両親の望みだったという話です。しかしそれ以上のことは誰も知りませんでした。

Y君は、限りなく記念受験に近いであろう第一志望の早稲田大学に落ちました。それでも、今度は明青立法レベル大学に手応えを感じていたそうです。高校時代担任教師の元には、今度は大丈夫そうだとメールが来たそうです。滑り止めに受けた日東駒専合格は決まっていました。

しかし受かった手応えを感じていた青山学院大学は、不合格だったそうです。その結果が判明した時、既に日東駒専手続き期日は過ぎていたそうです。二浪して予備校に通い、親に負担を掛けたくない気持ちが働いたのでしょう、Y君は日東駒専入学一時金を払わなかったそうです。

かくしてY君は三浪目が決まりました。その頃のことは、Y君の級友何人かが打ち明けられていました。「一浪二浪までは変換できるけど、三浪って、ケータイ変換できないんだね」Y君からある友人に宛てられた最後メールには、そう書かれていたそうです。

苦しさは後に喜びがあると知っているから耐えられるものです。喜びのために経験する苦しさと、苦しさの後にある喜びとは、価値が全く異なります。失敗の先に成功を掴んだ人間けが成功評価できますしか成功を掴めない人間には、そのような言葉は無力です。苦しさの中でも特に失敗は辛く、とても重ねていられるものではありません。

三浪目の夏、Y君は、予備校の友人と二人で海に行き、事故に遭ったことになっています。酷く天気の悪い日で、盆過ぎの海水浴場には彼らの他に誰もいなかったと伝え聴いています

同行したのが同じ予備校の友人であるのかは分かりません。しかしその新聞を調べてみると、天気予報では、県内は午前曇、午後から雨となっていました。海水浴に出かける天気ではありません。実際の天気を調べてみても、前日から曇り、実際に曇のち雨だったようです。

二人は遊泳禁止柵を超えて、外へ外へと泳いでいったそうです。友人はしばらくして怖くなり引き返し、Y君のことを警察通報したそうです。海上保安庁警察が捜索したものの、Y君が発見されたのはそれから二日後のことでした。

沖に流されて生還した人の体験談を、折りに触れ読んでみました。だんだんと手足の感覚が無くなって行き、全身が重く感じられ、乾きと苦しさと絶望のあまりに、自ら沈もうとしても身体は死を受け入れず、数時間に渡って浮かんでいると言います。その間、Y君は何を思ったのでしょう。

暗く塩辛海の底に引きずり込まれるまでの数時間、海に来たことを後悔するのでしょうか。自らの力の無さを恨むのでしょうか。早くから勉強しなかったことを悔やむのでしょうか。時代を恨むのでしょうか。日本社会を恨むのでしょうか。

人生の遠回りを許さな日本空気に、Y君は命を奪われました、一体誰が仇をとってくれるのでしょうか――僕はそう思うことで、Y君の死は、自分責任ではないと思い込もうとして来ました。そんな綺麗事では済みません。彼を死に追いやったのは僕らです。

彼の学業上の相談に乗らなかったのは、彼が気楽に、好きなことをしていたことに対する妬みです。彼が、僕の思う独善的な「努力」をしないことについて、快く思っていなかったからです。「努力」などと呼んでいいものではありません。自分の味わった苦しみを人も味わえばいいという意識は、酷い嫉妬心に過ぎません。

彼が学業面で悪循環に陥っていると知りながら、僕ら「成績上位者」を誤解していることと知りながら、僕らが手の内を明かさなかったのは不当な仕打ちです。Y君は、級友の受験勉強という、励まされる理由にも自信を持つ理由にもならないものを盲信していました。そして、僕らはそのことの具合の悪さに気づいていながら放置し、影で嘲笑っていました。僕らはY君の話を聞ける関係にあったのに、聞かずに見殺しにしました。

こうまで酷い仕打ちをして、どうして彼の死を受け止めて来られなかったのでしょう。

今なお、僕は「僕ら」でないと責任を背負えない弱い人間です。そんな僕にも毎年夏は訪れますしかし、今に自分一人、罪の念を免れたいがために記憶を上塗りし、忘れ去ってしまうことでしょう。あるいは、もうそれは始まっているのかも知れません。

実家にある、かつての僕の部屋からは、一車線しかない県道が望めます。Y君が三年間、高校に通うために歩いた道です。なんの変哲もなく、田んぼと林に囲まれ田舎風景です。僕が彼から奪ってしまったものの一つです。

今はまだ、入道雲青空に彩られたこ風景に罪の意識を覚えます

2020-07-19

「TOWN AGE」、閉塞感というコンセプトがしっかりしてるんだなあって今さら。そう思って聴くと歌い方がまた刺さる。色んな声が出るなあ。

必然的予備校生大学生モチーフの曲が多くなるというか、やっぱりそういう世代特有の……やっぱり刺さるというか、手のひらで踊らされてるというか、マーケティングが上手いというか、マイベストアルバムというか。

2020-04-21

馬鹿大学生反省してください

なぜ君は大学生になった?

うん、勉強するためじゃないよね

遊んでたもんね

東京出てきたのもミーハーな気分8割でしょ?

クソ田舎嫌だもんねー

んでバイト無くなった今実家にも帰れず支援して欲しい???

甘えるなクソボケカスガキゴミチンマン

学費払えないなら大学やめて働け

なんでお前の就職予備校生活を税金で支えなあかんねん

反省しろ

あ、ちゃん勉強してる大学生は頑張ってください

2020-03-17

若者貧乏になった」って言うけど、それを感じさせるバンドがいないよね

みんな服装も顔も予備校生みたいなのばっかじゃん。

貧乏若者って、どこでなにしているわけ?

自分の窮状を訴えようとか、しないの?

2020-01-16

眉毛すら描けない。ゆとりから

はじめに、わたしはおばさんである

40代後半。

ネットなんて当然ない時代少女期を過ごした。

化粧なんてしたことのない高校時代(なんとか平成)からコスメが好きだったが、情報といえばTV雑誌

自分で取りに行かなければ何も得られない時代である

雑誌に新製品の発売日情報が載ればデパート専門店に見に行った(まだドラッグストアはない)。

カルトQ化粧品の回に、今で言うインフルエンサーとして雑誌で顔を売り始めていた植村朗子さんが優勝した時も、

「今の問題は全部わかった!わたしが出ていたら優勝していたのに!高校生だから出られなかった」

などと臍を噛んでいた。酸っぱいぶどうである

まだ所謂デパコスなんて買ったこともないのにね。

とは言え、雑誌掲載された情報を読み込み、製品の特徴を完璧に覚えていたか

テレビの前でクイズに正解したのは本当である。若くて記憶力が良かったのだ。

この頃、VOCEだの美的だのという美容雑誌存在しない。

最新のファッション誌のメイク情報を読み、プロ向けの季刊誌ムック本を大切に大切に読んだ。全部覚える勢いで読んだ。

そしてカウンターへ赴き、テスターを触らせてもらってBAさんに話を聞いたり、やり方を教わったり。

大人に近づくにつれ、自由になるお金が増え憧れのフランス製ブランド化粧品を買えるようになると香りだけで製品ラインを当て、リップネイルの色を見れば番号がわかるほどに熱中した。

その頃のわたしはまるでフリーターのような予備校生であった。

予備校の向かいにあるバイト先に、プロを目指すメイクアップアーティスト養成学校生がいた。ある時、彼女に「メイクモデルになって欲しい。バイト代と交通費は出すから」と依頼される。

あなた可愛いし何より肌が綺麗だから、と。

あれだ。

プロになる人だから、どんな顔でも美しく粧えなければならない。顔は正直関係ない。

若くて、肌が綺麗だったから誘われたのだ。そして勉強してなさそうだったからであろう。

二つ返事で承諾し、青山まで。

有名アーティストの名を冠したメイクアップスクールで、プロを目指す授業を見学し、実際に教室に入って実技のモデルになる。

その日のテーマに沿って受講生が施したメイク講師が直す。毎回毎回、講師がいいと思うメイクに正してくれる。鏡張りの教室で、その技をじっと観察することもできる。

何より、メイクを落とす前に作品であるところの自分の顔をいくらでも研究する事ができた。

これは得難い経験であった。

その技は今でも活きている。

化粧品のものの質が向上し、技術が古くなるかと思いきや、今でも通用する。

何なら今の若い子が初めて知って「大発見であるかのように発信し、万単位でバズってしまうような内容である

時代と共に古くなるメイクはあるが、技法は変わらないものもあるのだ。

ところで本題。

眉毛の話。

去年辺り、イガリノブ氏のアイブロウブラシが絶賛されていた。

ご覧になった事があるだろうか?ぽってりと太め、大きめで毛足の短いブラシである

これが若者に大流行、大絶賛であった。挙って欲しがり欠品が続いた。

わたしはその様を、頭の中を【?】でいっぱいにしながら眺めていた。

なんで?

眉毛って一本ずつ描くものでしょう?

かに今の流行ぼんやり薄く真っ直ぐな眉毛。ぼかしやすいのかも知れない。

わたしだって一本ずつ描いても最後には馴染ませる。

しかし、そのブラシを手に入れることは憚られた。

なんで?

それにしたって描きづらいでしょう?

なんで??

その解は思いもよらぬ所からしかも後頭部に殴りかかってきた。

色々あって人気(割愛)の、CHICCAのブランドクリエイター 吉川康雄氏の語ったという言葉である

吉川氏はどう見てもおじさんで、我々と同じ時代を生きた先人である。「必ずしも左右対称の眉でなくていい」などと、多くの美に迷う羊たちに救いの手を差し伸べてきたその人が言う。

毛を1本ずつ描くと言われているが、特殊技術なので素人には無理。ペンシルを細く刀で削り、本当に生えているように毛の動きを出すのがプロが行う「1本ずつ描く」ということ。素人パウダーで軽い影と重い影を作るといい。


なんでだよ!

昔は練習して、技術を身につけてナンボだったじゃないか。出来ない奴は置いていかれるのが当たり前。

まあ、そんな人の為に細さを保てる繰り出し式のアイブロウが発売されたりしたのだけれど。

テクニックが欲しければ、自ら動いて情報を得て、試して、自分のものにする。それができる人が独占するものだったんだ。

できる人だけが垢抜けて綺麗になれるものだったのに。

その時気付いて愕然とした。

ガリ氏のふとましいブラシは「毛」を描く為のモノではないのだと。

今、情報はそこら中に氾濫し

得ようと思えば誰でも手に入れられる。

お金をかけなくても。

そこへいかなくても。

バズって廻ってきた同じTIPSを誰もが平等に受け取ることが出来る。

自分だけ綺麗になっては「ズルイ」のだ。

情報を共有してバズる事の方が価値があるのだ。

なにそれ。

全員で手を繋いでゴールする徒競走か?

ゆとりか?


少なくとも、20世紀メイク好きコスメ好きが誌面で教えを乞うたアーティスト達は、技術練習して身につけろ と言っていた筈だ。誌面で解説しているから、と。

吉川氏は初めから素人に期待をしていなかったのだろうか。

それともどこかの時点で諦めたのだろうか。

ーー

自分の考えが古いのは重々承知で。

それでも納得いかない。

誰でも同じように出来ることを目指したから、個性が消されるんじゃないの?

から中国韓国の方が面白いことやってるんじゃないの?

2019-01-02

東大までの受験の思い出

私は、中学受験御三家に入り大学受験を経て東大入学した。

中学受験

動機は3つ。小学校で好きだった子や友人と張り合うため。先生に勧められたため。行きたい学校を見つけたため。

小学校東京郊外私立に通った。いわゆる東京私立というイメージとは遠く、付属中学もなく田園の教育という方針実践しているのんびりとした学校だった。学年に男女合わせて30人ちょっとしかおらず、当然クラスひとつしかなかった。

私は四年生の時に親の母校であるその私立へと転校した。学校では何もしなくても成績が良かった。テストはいつも早く終わり、ほぼ満点しか取らなかった。いつもトップを争う子がおり、私はいしかの子好意を寄せるようになった。その子とは度々一緒に学級委員に選出されて囃されたが、実際悪い気はしなかった。

五年生になって周囲が塾という習い事のため足早に帰ることに気づいた私は、特に深く考えもせず受験がしたいと親に申告した。担任先生相談すると、可能性を広げる良いチャンスなので多いに推奨すると言われた。この時の先生一言だけで私は世界が広がった気がした。

学校をいろいろ見学した結果、最後に訪れた御三家一角を目指すことになった。門を叩くまで母は恐れ多いと躊躇していたが、行ってみると風通しが良く自由校風で私は一発で気に入った。ここしかないと強く思った。

好きになった子とは家族ぐるみの付き合いがあり、テーマパークへ行ったり共学を一緒に見学したりした。同じ学校で無敵の青春時代を過ごす妄想が捗ったが、世間的に知名度の高かった共学も思ったほど私には語りかけてこなかった。試験日程も遅かったので、お互いそれぞれの御三家第一志望となった。

塾は近所の個人塾に通った。寺子屋みたいな雰囲気で、先生塾長奥さんの2人、生徒は4人、そして授業中は正座だった。私だけ必要な科目数が多かったので、マンツーマンで教わる時間も多かった。回答を間違えると「バカチン」と先生はよく言った。指導は厳しかったが、頻繁に飴を配ったり可愛がってくれた。

塾は行ったら行ったで面白いし好きではあったのだが、束縛に耐えられなかったのか、私はよく直前にお腹を壊したり、自転車で行くふりをしてバックレたりした。もちろんすぐバレた。何度もやめてもいいよと親に諭されたが、そう言われると余計に引けなかった。何より勉強は楽しかった。自宅で勉強と称して漫画を読むのも楽しかった。

大手の塾には模試と講習だけ行ったが、普段学校や塾とはまるで異質な空気に圧倒された。何点取ったらゲームもらえるとか、模試で何位だったかお小遣い増えたとか、そんな会話が横行しできない奴は容赦なくバカにされた。私は萎縮してしまい、模試や講習では御三家を狙うにはギリギリ偏差値をいつも取っていた。

そんなこんなで中学受験第一志望の受験日は2月1日受験番号は402。母が「フォーチュンだね」と言ったので覚えている。大手塾特進クラスの連中はまるで家にいるみたいに寛いでいた。田んぼ学校に通いちっぽけな寺子屋からひとり送り出された私は、担任塾長言葉を思い出しつつ、昼休みに母の作った弁当を噛みしめた。

手ごたえはあった。得意科目算数だったが、特に国語ができた気がした。第二志望以降も受けたはずだが、第一志望で力を使い果たしておりほとんど記憶がない。2月3日に結果が出るとその後はもう受けなかった。サクラサク

大学受験

東大受験することにした。理由は、別の進路を断念したため、学費が安かったため、そして周囲のほとんどが目指していたため。

はじめは芸大の先端芸術表現科というところに行きたかった。アートを学び実践たかったのだ。しかし、東大からでも道はあるという説得と、受験対策のための出費がかさむという理由で断念した。今思えば金をかけずに挑む方法模索して食い下がればよかったが、当時は思い至らず折れてしまった。

私が中学の頃に父は長年勤めた会社早期退職したが、その後仕事が奮わず家計は火の車となった。学費生活費の捻出に家族があくせくする状況の中、私だけ美大受験意志を押し通すことはどうしてもできなかった。大学受験は塾に通わず授業と自習で挑むことになった。

幸い有数の進学校には通っていたので、目標東大に変えることは自分の置かれた環境を最大限活かすことにもなった。上位25%が東大に進学する学校で私は時折圏内に食い込む程度の成績だったので、そう遠くない目標に思えた。

ところが、目指し始めた頃には届きそうに思えた赤門も、時間が経つにつれ遠のいていった。ハイレベルな塾に通う周りからは目に見えて離され始め、模試の判定も振るわなかった。いくら寝ていても自習をすると眠くなり、分からないところがあっても差を感じると素直に質問できなくなった。焦るほどに時間けが過ぎていった。

願書を出す段になると、父と腰を落ち着けて話した。弱気になった私とは裏腹に、父は自信に満ちていた。「滑り止めに金は出さない。行きたいところだけ受ければいい」と父は言った。それもそうかと妙に納得し、私は東大のみを受験することにした。東大一本なら正直落ちてもカッコつくと思った自分がいたのは事実である

余談だが、父は学生紛争東大受験がなくなった年に受験生だった。成績優秀で東大を目指していた父はその年第一志望に挑戦することすら叶わず第二志望へと進学した。私はその話を本人からではなく母から聞いた。複雑に絡み合った様々な思いを背負って私は試験に臨んだ。

結果はボロボロだった。足切りこそされなかったものの、センター試験合格者平均を大きく下回っていた。二次試験数学に至っては頭も回答用紙も真っ白だった。案の定、私は東大に落ちた。

大学受験2】

浪人した。親の期待と、自分の意地だけだった。

東大に落ちて私は忸怩たる思いでいっぱいだった。自分が周りに一目置かれたいがためにいたずらに東大を目指した気がした。東大しか受けずに落ちたと言うと、周囲はその勇気を讃え不運を嘆いた。だが私が一番良く知っていた。それは勇気ではなくただの処世術で、不運ではなく純然たる力不足だった。

私が卑屈にも自分と比べていた仲間たちは一足先に合格をその手で掴み大学生となってしまった。毎日通っていた高校卒業してしまった。私はからっぽになった。現役受験が終わってから、これは他人との競争などではなく自分との戦いなんだとやっと気付いた。

就職浪人かという選択肢を前に、働くと言いかけた私に親は浪人を勧めた。もったいないから、という言葉に私は到底納得できなかったが、ある種自分を見直す時間だと捉え受け入れた。親に頭を下げ予備校に通った。

浪人の前半期はくすぶっていた。授業は新鮮で楽しめたが、予習復習には身が入らなかった。借りた小説を読み漁り、レンタル映画を見倒した。私は物語の主役であり、困難に立ち向かう若者であり、世界の広さを思い知る冒険者であった。自由を求め無頼を気取っていたが、その実何の変哲もない予備校生だった。

後半期になると配属クラスが上がった。自分でも気持ちが乗ってきているのが分かった。模試では結果を出せるようになり、勉強試験のサイクルが単に知識の吸収と確認をする作業なんだと理解できた。高校教科書をはじめから読んだり、資料集を飽きるまで眺めたりした。そこに書かれていたのは試験のために記憶すべき情報ではなく、世界を紐解く手掛かりだった。

この頃から私はセンター試験をひたすらやった。現役受験の際に感じた基本の不足を徹底的に見直そうと思った。周りは東大対策に余念がなかったが、私は自分が一番手応えを感じられる道を進めばいいと思えた。センター試験で満点が取れるようになると、不思議二次試験過去問も解けるようになった。

結果からいうと、私は当時の前期日程試験不合格だったが、後期日程で理科一類合格した。

前期日程で落ちたのは予想外だったが、余計な要素が削ぎ落とされるほどに私はなぜか冷静になれた。後期日程では科目の絞り込みに加え選択もあるため必要試験が少なく、私の場合はほぼ英語数学のみだった。そして私にとってはそれが望ましかった。

試験前日はよく眠れた。朝は自然と目が覚め、焦りや気怠さを感じることなく落ち着いて試験に臨むことができた。数学はあっけなく終わり逆に不安になったが、英語会心の出来だった。やるべきことはやったという清々しい心持ち試験を終えた。

結果発表では安堵と高揚感からか、現実感が薄らいですべてがぼやけた夢のように思えた。勝鬨をあげたり号泣したりする見知らぬ同志たちを横目に、私は特に湧き上がる感情もなく立っていた。アメフト部に合否を聞かれ、小さく頷くと胴上げされた。着地の際に自分体重が戻ってきたのを感じ、それまでの漂うような気持ちは消えた。

こうして私の受験は終わった。

最後に】

小学校で好きだった子は私と同様に第一志望の御三家合格したが、中学進学以来疎遠になった。私は大学を出て10年になる。

受験競争心を煽って奮い立たせる仕掛けが多く、そういう経験を経て比較しか物事を測れなくなる人間もまた多い。実際に私も周囲の人間環境に大きく影響を及ぼされたが、最終的に納得の行く結果は自分選択からしかまれなかった。

正月受験生たちに、あけましておめでとう

2018-08-22

anond:20180822093033

日能研のNバッグ背負ってガキのくせに一丁前に電車に乗ってる小学生とかも自意識パンパン肥大化して破裂しそうでキモいよね

津田沼コピペエリート予備校生みたいに肩で風を切って歩いとるんやろなあ

2018-07-25

女子大生殺害事件

柴又女子大生放火殺人事件

異能主婦」21年前の上智大生殺人放火事件の犯人を視る

https://www.news-postseven.com/archives/20170609_562200.html

桶川ストーカー殺人事件

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A1%B6%E5%B7%9D%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%BC%E3%82%AB%E3%83%BC%E6%AE%BA%E4%BA%BA%E4%BA%8B%E4%BB%B6

レッサーパンダ帽男殺人事件

https://matome.naver.jp/odai/2140573719102419301

茨城女子大生殺害事件

https://ja.yourpedia.org/wiki/%E8%8C%A8%E5%9F%8E%E5%A4%A7%E5%A5%B3%E5%AD%90%E5%A4%A7%E7%94%9F%E6%AE%BA%E5%AE%B3%E4%BA%8B%E4%BB%B6

松戸女子大生殺害放火事件

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%BE%E6%88%B8%E5%A5%B3%E5%AD%90%E5%A4%A7%E7%94%9F%E6%AE%BA%E5%AE%B3%E6%94%BE%E7%81%AB%E4%BA%8B%E4%BB%B6

埼玉入間女子大生殺害事件

埼玉入間女子大生殺害 沼田被告無期懲役判決

https://www.sankei.com/affairs/news/151007/afr1510070017-n1.html

福岡県予備校生殺害事件

交際断られて一方的に恨み、惨殺」女子予備校生殺害元少年懲役22年求刑 福岡地裁公判

https://www.sankei.com/west/news/171017/wst1710170067-n1.html

2018-05-01

底辺校出身田舎者が、東京に来て絶望した理由

これらの記事話題になっているので田舎出身の私の事をここに書いておこうと思う。

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/55353

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/55505

私は今年で30才を迎える正真正銘東北田舎底辺校出身都内勤務の人間である

私の両親は共に高卒父親土木業、母親スナックママという家庭に育った。

勉強しろと言われたことは人生で一度もなく、部活動アルバイトをして早めに社会勉強しろといって育てられ、中学生の時から新聞配達をはじめ、高校に入ってからコンビニスーパー引越し屋アルバイト等をしながらお小遣い自分で稼いでいた。

テスト赤点であっても宿題をやらなくても怒られることがなく、お小遣いが貰えなかったため自分アルバイトし、また勉強を疎かにしてバイトを増やしても怒られない家庭だったので、お小遣いが欲しかった私は勉強はまったくせずアルバイトに精を出し稼いだお金ゲームに費やして過ごした。

さらに遡ると小学校低学年の時に分数計算でつまづいていた私は家で父親宿題を見てもらおうとしたが「わからいからオレに聞かないで」と一蹴された事もあった。

さてそんな環境で育った私が高校三年生を迎えた時に進路について考える必要性がでてきた、周りの友人に話を聞くとだいたいが就職するか専門学校に進学すると言い、大学に進学すると答えるものクラスに1、2人くらいだったと思う。

私も友人同様、当時ハマっていた漫画ゲームの影響で車関連の専門学校に進学しようと思ったが家庭の環境がちょうど悪くなっていた時期でもあり進学するのが厳しかったため進学をせず、また就職するわけでもなく、アルバイトして貯めたお金東京上京フリーターになった。

そこで一番最初に知り合ったバイト仲間は予備校生だった。

私は当時、専門学校自分が就きたい職業専門性を磨くという場所でとても大切な場所だと思っていたのに対し、大学に行く意味というのが全くわからなかった。

大学に行っても中学のように相変わらず”将来役に立つとは思えない”5教科を勉強する場所と思っていたのだった。

そこで、そもそも大学に行く意味がわからない私が、その大学に入るために1年ないし2年かけて大学に入る勉強をするという予備校生出会ったのだから私にはとても衝撃的な出来事だった。

しかし、それからそのバイト先で出会うさまざま大学生と仲良くなるにつれ自分の考えがおしかった事に気づかされていく。

そのバイト先では東大生慶應生、早稲田生、明大生と、日本で上位に位置付けられる大学生達と出会い、仲良くなり、彼らの頭の良さ、教養の高さ、人間性、将来目指している(自分とはまるで縁のない)職業、育ちの良さを目の当たりにしてしまったのだった。

また彼らと話していて大学というのがどういう場所想像することができ、その中で私がショックだったのが、彼らには当たり前のように配られている弁護士官僚新卒大企業に入るというエントリーチケットを私は持っていないという事だった。

もちろん全員が夢叶うわけではないが、そもそも私は今のままではそのエントリーチケットすら持っておらず彼らとは全く別の人生を歩まないと行けないんだという事実にその時初めて気が付いたのであった。

そもそもそれまではそんな職業に就く人や、目指す人が自分と同い年にいるという事をまったく想像すらできなかったのだ。

医者弁護士は元より大企業で働くサラリーマンですらどこか異世界の話、自分とはまるで縁のないものと思っていたのだ。(プロ野球選手芸能人を思い浮かべればわかりやすいだろうか?)

彼らは小中高と勉強をしてきて、当たり前のように塾に通い、進学校入学し、予備校に入り模試を受け、入試を受けいい大学に入る。

これらが彼らの周りでは至極当たり前のことで、彼らにしてみれば私の方が異端児だったのだ。

その時19才の私は、例えるならレースをしていてスタート地点から1/3程度進んでから貴方が走っているのはコースではないのでコースを外れた地点まで戻ってレースに戻って下さいと言われているようなとても理不尽感覚に襲われた。(コースアウトしていたのであれば、コースを外れたその瞬間に教えてくれないとあまり先行者と差がつき過ぎて追いつく事ができないよと)

私の場合スタートした時点で明後日の方向に走ってしまたかスタート地点をグルグルと回っていたのだ。

そして世の中の仕組みを教えてくれなかった両親や生まれ育った田舎を恨むようになった。

誰も世の中のルールを教えてくれなかった、知ってさえいれば努力ができたはずだと涙する事もあった。

間はだいぶ端折るが、その後私は一念発起し世間一般ブラックと呼ばれるような待遇零細企業就職し、自分学費を捻出し国立の夜間大学へ通い、無事卒業し、転職をして最終的に東証一部に上場している業界大手企業に勤める事ができた。

私はまだ人生のやり直しが聞く時期に、たまたま運良くバイト先でそういった人たちと巡り会うことができ、気がつき、努力ができた為、今はそれなりに普通暮らしを送ることができているが、もしそういった気づきが今だになければ30才の今フリーターを続けていた可能性もある。

こんな経験をしてきたから思うのだが、

世の中には私が若かった頃と同じような境遇の人が沢山いて、そういう人たちに勉強してこなかった自分が悪いんじゃんと一蹴することは簡単だが、そもそも勉強の意義を知らない人は勉強するはずもなく、単に怠けて努力しない人とは違うということである

そして私は宝くじに当たったのと同じように運良く気がつくことができた為、そこから脱出できたのである

もし全員が生まれた瞬間に同じカードを配られていたとしたら、それをどう使おうが(または使わないか)は個人勝手だが、はなから配られたカードが違うのでは理不尽である

人生というのは往々にして理不尽ものだが、せめてその理不尽が少しでも縮まるのであればそういう世界の方がいいと私は思う。

田舎と都会の情報格差が少しでも縮まればいいなと私は思うのである

2018-02-24

JDや専門生や予備校生の多い街に住みたい

候補御茶ノ水高田馬場

どっちかというと高田馬場が住みやすいと感じてる

2017-10-12

アジカン世代が聴いてきたナンバーガール。雑感。

小学生から中学生時代ナルトハガレン放送され、

カラオケリライトしまくった世代にとってナンバーガール名前は「あの伝説のバンドね」という印象だろう。

この世代楽器を持ったことがある奴なら、聴いたことはなくても名前は知っているはずという存在だ。

当時は飾り気のない、そこらへんのお兄さんが楽器を構えているようなバンドが人気を集めていた。

今考えるとそれはAIR JAM世代モンパチHYといった沖縄出身バンドの躍進でインディーズレーベル存在感が増したことや、

ヴィジュアル系ブーム代表されるオーバープロデュース気味だった90年代から反動があったんだろうと思う。

ELLEGARDENバンプベボベはまだしも、アジカンフジファブリック志村は飾り気のないというラインを超えて、モッサい予備校生しか見えない出で立ちだった。

思えば一世を風靡したオレンジレンジも全身スウェットMステに出たりしていたな。

とにかく普段着ステージインタビューの場に出て、

そのくせCDジャケットMVはお洒落で、

そして地上波にやってるテレビ番組にはあまり出演しない、

というのが中高生にとってのカウンターカルチャーになっていた。

アジカンくるりメガネロックという雑な括りでメディアに取り上げられることもあった。

当時はバンドフロントマン公務員のような銀縁眼鏡をかけているというだけでも斬新に映ったのだ。

そのメガネロックのはしりとして紹介されていたのが、僕がナンバーガール通称ナンバガを知るきっかけなのである

当時既にYouTubeWikiが浸透していたので、聞きなれないバンド名を見聞きしたら僕はすぐにググっていた。

ヒットしたサイトからアーティスト写真簡単プロフィールを見るところでは、

マスオさん風の堅そうな男がボーカルで、

華奢な女性ギターアンガールズ風のきのこ頭がドラムらしい。かっこいいと思った。

僕が思い出す限りではWikiを見ると

eastern youthやbloodthirsty buchersらと並び、ピクシーズなどに代表されるオルタナティブロック日本でいち早く取り入れた」とか

向井のシャウトは『喉を切り裂いたようだ』と評された」とか、

くるりスーパーカー中村一義と共に97年世代と呼ばれた」など、

よく知らないアーティスト名ばかりでいまいちピンとこなかったが伝説ぽいフレーズオンパレードで胸が高まった。

そしてつべで「透明少女」「Omoide in my head」の動画を見てみたのだがその時はあまり良いと思えなかった。

理由は単純で「School Girl Bye Bye」「School Girl Distotional addict」収録の曲はどれも構造が複雑なのである

AメロBメロサビというポップスに慣れきった中学生にとって「透明少女」はアブノーマル過ぎた。

ボーカルにまで楽器マイクを使い、福岡にある馴染みの貸しスタジオで録ったローファイな音もとっつきづらかったのかもしれない。

はいナンバガにはすぐにハマった。

終始キメキメな「U-REI

無闇矢鱈にソリッドな「鉄風、鋭くなって」

ひさ子のソロバリかっこいい「TATTOあり」

アルバム「SAPPUKEI」は特に何回も何回も聴いたお気に入りである

無論他のアルバムZAZENToddleVolaもよく聴いたが。

イントロがいい。

すごくいい。ギターの響き?専門的なことはわからないけど、そこはかとないエモを感じる。演奏から滲み出る哀愁というか、明るさというよりはがむしゃらさ。

それは向井の「俺押さえ」と、ジャムセッションをする上での向井ギターのひさ子のコンビネーションによるところだ。

ナンバガにおいて向井はローポジコードをカッティングしていることが多いが、

左手人差し指を欠損しているためか、

開放弦を織り交ぜた我流フォームで弾いている。

理論上ではジャズで用いられるセブンスコードと似た響きを持つこれらのフォームは「俺押さえ」と呼ばれている。

その「俺押さえ」にジャムセッションを重ねていく過程で、ひさ子がギターの音を補完すべくハイポジで弾きまくるわけだが、

何せ向井オリジナルコード絶対音感があるわけでもないひさ子が勘で合わせていくので結果的分数コードになっているときもある。

分数コードジャズで多用される手法で、

複雑でごちゃつきながらも何故かスムーズに聞こえる、そんな奥行きのある響きを作り出せる。

まりナンバガはバッキング主体で深いディストーショントーンという疾走感あるオルタナスタイルにのっとりながら、

実はコードトーンでジャズっぽい哀愁を醸し出している。

最近流行りのバンドは、何となくやっぱりルックスで売る傾向が強くて、

なんとなくわかる。

BLUE ENCOUNT04 Limited Sazabysとか

Mrs. Green Appleとか何かみてくれいいもんな。

かにかっこいいんだけど。

すごい。すごいぞナンバーガール

くるりの「図鑑キャッチコピー元ネタか。

高校生感があんまりない増田だけど

この時代に改めてナンバガを褒めちぎられているの、すごくテンション上がった。

現役高校生だとするならば、一昔前の、

僕ら20代学生時代流行った様な音楽が好きな子なんだろう。ラッド、テナーももろそうだし。

https://anond.hatelabo.jp/20171010224023

2017-09-30

中退した甲南大学・知能情報学部のレビュー投稿して掲載された

レビュー自体について

本式バージョン ttps://www.minkou.jp/university/school/review/20584/1738/rd_362857(魚拓甲南大学の口コミ:甲南大学知能情報学部知能情報学科の口コミ | みんなの大学情報

略式バージョン のんびり過ごしたい人におすすめ:甲南大学知能情報学部知能情報学科の口コミ | みんなの大学情報魚拓ttp://archive.is/lEnOK)

偏差値受験生や在学生の目に留まりやすいように、投稿先は「大学 口コミ」でググってトップに出る頭が弱そうなサイトを選んだ。本式バージョン投稿してみて偏向的すぎて掲載を蹴られるかと思い略式バージョンも続けて投稿したが、なぜか両方とも掲載されていたので記念に魚拓をとっておいた。ちなみに本式バージョンタイトル掲載申請した時には「滑り止めでもやめとけ」だった。なぜ本文未修正掲載されたのにタイトルだけ修正されたのかサイト運営方針不明。そこの君!滑り止めでもやめとけ。

追記:連投だったし、事実しか書いてないけど中傷目的だし、在籍者や卒業生ではなく中退者による投稿から、仕方ないとも言えるが本式バージョン運営検閲なのか削除されていたことを確認した。Googleに残りやすいように2chスレttp://rio2016.5ch.net/test/read.cgi/student/1473946293)にもレスしておいた(>>60) 。

レビュー中の訂正や補足

近畿圏でここより低偏差値情報学科大阪工業大学大阪電気通信大学しかありません。

大阪産業大学工学部電子情報通信工学科もあった。産近甲龍では団栗の背比べだが偏差値順に甲南大学・知能情報学部・知能情報学科 <= 龍谷大学理工学部・数理情報学科 <= 京都産業大学コンピューター理工学部コンピュータサイエンス学科 <= 近畿大学理工学部情報学科だと思われる。京産大ITイベントで筆記型AO入試最近アピールして(仮に学力不足でも)技術力がある学生を集めようとしている姿勢は、専門学校とはいえ甲南大よりは評価できる。

院進率は9%で、そのうち内部進学が7.5%、他大学院進学が2.5%

足し算が間違っている(正しくは9% = 7.5% + "1.5"%)が、私はFラン大学・低知能情報学科の中退者なので大目に見てくれ。数値は年度や計算方法でズレるがイメージが変わるほどの誤差は出ないはずだ。

ほぼ全員が入学時点から大学院に進む気はない学部就職予備校です。院進しないので、講義でもTOEIC対策とかはやりません。

予備校生は将来的には関関同立以上に進学する者がほとんどであるため甲南大学生より遥かに格上であり、甲南大学就職予備校というより後述のとおり専門学校表現した方が正しい。院試の科目となる教養英語TOEFLせめてビジネス英語TOEICについて、院試そもそも受けないか必要とされない事実自体揶揄した。講義内容の半分が就職対策専門学校的なので、大学なのに初年次教育情報技術資格を取得するよう勧められたりする。

追記:「大学校」や新設される「専門職大学」という区分を知った。専門学校というより、「専門職大学」の方が実態に近い。知能情報学科は多少マシな「国際工科専門職大学(校)」である職業訓練学校再就職する大人のための学校職業訓練学校専門学校専門職大学校 < 甲南大学・知能情報学部 << 大学予備校実態の近さを表せる。

図書館では出入り口に音声を発するロボット

案内ロボット「KoRo(コロ)」をご紹介します。 | 甲南大学図書館ブログ のこと。

中の下の公立高校から推薦入試で入る(この大学の全入学者に占める推薦入学者の割合は約61%です)か、一般入試勉強をサボって偏差値50未満で滑り止まる(ほぼ4割?私を含む)か、ブルジョア子弟が甲南高校で遊び呆けて内部進学するか(1%?)で学生構成されています

ランク下の摂神追桃追手門学院大学 履修登録抽選で大荒れ 教務課に爆竹を投げ込まれ、打ち上げ花火も上げられる騒動 - NAVER まとめ)と違い治安は皮一枚で保たれている。劣悪な運営が綺麗なスターバックス風に表面コーティングされて隠蔽されているので初手退学しづらい辺りが逆に陰湿だが。

内部バカ脳筋バカ・推薦バカ私立専願・国公立落ちという区分が的確だと思う。大学偏差値高校偏差値-10妥当なので、受験組の出身高校「中の下の公立高校」の偏差値は55だろう。全学生の六割を占める推薦バカはもう少し下という程度か。私立専願は妥当バカ、国公立落ちは身の程知らずなバカで、全員バカなわけだが。内部バカブルジョア子弟まり中小企業社長教育投資失敗した没落アホ3代目ことだ。おそらく「経営学部」「マネジメント創造学部」に集中している。そもそも彼らに大卒を与えコネ入社させ将来経営させるために創立された大学だ。ブルジョア階級は社会1%程度しかいないので、子息が集まるこの大学でも全体の一割もいないだろう。そもそも教育投資成功しているなら慶應に進めるはずだ。甲南高校の偏差値は60あるので一般受験して上を目指せる偏差値学生が大半のはずなので、内部進学者最下位層に限られる。コネ入社できる内部バカか、スポーツ選手体育会系就職できる脳筋バカが主役の大学で、他は彼らの搾取対象に過ぎない。

知能情報学部と理工学を合わせても学生数では全体の15%しかいません。85%が文系です。

私立文系大学に小さい理系専門学校がおまけで併設されていると捉えればよい。文系学部より理系学部偏差値が5程度低いし。学内でも二級市民カタカナ学部理系フロンティアサイエンス学部文系マネジメント創造学部)の存在を忘れて計算していたかもしれない。割合計算し直してもカタカナ文理二学科相殺されて大して変わらないだろう。

中央値正社員中央値と同等の320万円程度だと個人的には推測します。学歴フィルターに落ちる偏差値なので非正規雇用就職失敗もそれなりにいるでしょう。

就活経験なしの中退者の想像なので不当に下げすぎかもしれない。就職先は中小企業プログラマだろう。正社員採用なら30代で420万円くらいだろうか。非正規雇用率は不明非正規雇用なら210万円くらいかしか中退前にJob Hunter(学内求人サイト)で採用実績があるIT企業リストアップして手元にデータを保存しているので、暇があれば年収価格帯を調べることはできる。

サブカルオタクヤンキーの混合物しか居ません

書籍『融解するオタクサブカルヤンキー』を読了した直後だったので表現を引きずられてしまった。ヤンキー7割とオタク3割で占められている。Twitter検索で「甲南大学」と特に大学シーズン入力すれば画面にヤンキー色が広がる。集合写真は ttps://twitter.com/keikei06081/status/870514186031251456(魚拓ttp://archive.is/JIcXA)。ググったら意識だけ高そうな学生生活の一例を見つけた。

プログラミング自主的にしている個人は少しは居るようですが、ネット上やIT勉強会などで活動している様子はあまり観測できませんでした。

低学歴から在籍大学自称を控えているのかもしれないが、GitHubはてなブログTwitterプログラミング独学の成果を公表する活動ほとんど観測できない。私自身が学力からプログラミングへ逃避しITイベントに参加する「意識高い系」の一種だったので書いた。プログラミング独学は最終的には就職の準備であり、低偏差値情報学科とはいえ学問すべき大学生がやるべきことではないから、プログラミングしないことは責められる話ではない。

プログラミングはよくある『C言語入門』みたいな文法教科書を丸写しでなぞるだけの講義

一年次の必修通年科目「プログラミング実習」が前期後期に分割され、前期はCからProcessing言語を変更したようだ。入学する学生レベルが下がったからだろうか。専門科目でプログラミング必要講義ではEmacsなどではなくVisual Studio使用を、確率統計講義ではPythonなどではなくExcel使用強制される。

2016-05-07

mixiを復活させたい!!

高校卒業した2006年大学へ進学した友人の招待でmixiの会員になった俺は、

予備校から帰宅すると、彼らの楽しそうなキャンパスライフが語られた日記を読んでいた。

何か月か前まで、時にはオナニーした日まで報告し合う、常に一緒だった馬鹿な友人たちとの仲も、

こうして立場が変わり、歳を重ねるごとに疎遠になってしまうのだろうか

という漠然とした不安を払拭してくれた、画期的ツールだったように思う。

そして、SNSの主流はFacebookInstagramに変わった。

多くのユーザー写真ネットにアップし続けているが、

「その時、あなたは充実した時間を過ごされていたんですね」

被写体や背景が何であろうと、これしか感想を抱けない。

友人のアカウントにしても芸能人アカウントにしても、

この感想自分非リア充っぷりを噛みしめる他何もない。

mixiは楽しかった。

大学生予備校生という立場の違いから、

アクセスすることで鬱屈した感情を抱くこともあったものの、

会って接する時と違う一面を文章で見せられたり、

招待されて仲の良い友人たちと、こそこそネット上でつながったりすることが

しかったのだと思う。

SNS黎明期だったこともかなり大きい。

FacebookInstagramのようなSNS存在否定するつもりはないが、

今のSNSに足りないものは、

写真主体ではないこと

・こそこそ感

これなんじゃないかと思う。

今見てきた、63人いる俺のマイミクの中で1日以内にアクセスしていたマイミクは2人だった。

ミクシィは、モンスターストライクが柱で株価も昔より良いから、

オワコンmixiなんて放置しとくかってことかもしれないし、63人中61人が非アクティブという、

地方の平日のイオンのような雰囲気はこれはこれで好きだが、

こんなものを取り入れたら、また、画期的mixiが復活するのではないだろうか。

1年以内にアクティブ化していないユーザー強制退会させて一旦リセット

システム移行のため、mixiへの関心がないユーザー排除

複数人招待制導入

招待制を復活させると共に、3,4人といった複数人から招待されないと会員になれないシステムを導入。

これによって、知人ではなく、「仲の良い人とだけつながるSNS」というスタンスを構築。

見たけりゃ自分アクセス

mixiでも他のSNSでも、友人の更新のお知らせをタイムライン確認できてしまう、

この便利さを、最大3人までの「とびきり仲の良い人枠」に制限

基本は、「その人の近況を知りたいならお前が自分で見に行けよ」というスタイルで、あえて不便にする。

こうすることで、自分にとって興味のある人とのつながりを促進。

必ずしも興味のあるという想いが双方で確立しているとは限らないので、

SNS疲れ考慮し、足跡機能廃止

一定期間無アクセスマイミク取り消し

SNS問題になっている、そこまで仲良いわけじゃないんだけど、もしくは、会社上司

仕方なく友人として登録してしまったがために、発言写真に気を使うことも増え、

SNS疲れや裏アカ再構成などといったことを防ぐ。

“お互い”が登録当初は1か月、3か月、6か月…最長1年という具合で無アクセス場合運営側システムマイミク関係自動解消。

結果、仲の良い友人だけと、こそこそとしたつながりを実現。

(異性間や会社人間関係において、“どちらか一方”とするかは要検討)

2016-03-03

http://anond.hatelabo.jp/20160303185149

最近ニュースから福岡予備校生のやつ見てみた

女が悪いって書き込み自体が少ないし、やっと見つけたのだと

想像しかないけど、さしずめ交際申し込みを断られたとかかな。だったら殺されても仕方ないよね。

最近はなんでもかんでもストーカー扱いされるようになった。

交際できない男性が増えると非婚化・晩婚化に繋がるのだから交際を断る女が悪いよ。あくまで推測だけどね。

そう思う 6 そう思わない 57

それほど優秀なら、

何故浪人しているのか?

確かに

国立大二次試験がちょうど前日だが、

まともな浪人生合格発表も出ない内に、

試験が終わったぐらいで、

うかれて夜に出歩くものか?

そう思う 27 そう思わない 103



思ってたよりは「そう思う」が多いな。やっぱヤフコメ糞だな。

2015-05-22

ひとりで生きるのがつらい

高校休学引きこもりニートから脱出したけど毎日が辛い。

引きこもっていた頃は焦りと、社会から取り残された孤独感、酷い鬱症状で毎日自殺しか考えてなかったけど

いざ自分を奮い立たせて脱出しても

結局はまた違う別の苦しみが襲い掛かってくるだけ。

から仲の良い人達とはことごとく離れ離れになり、関係を続けられるほどの能力も無かった私は結局ひとりになってしまった。

もう誰も社会的に魅力的な立場にいるわけじゃない私と友達になってくれるはずがない。

親は軽い発達障害みたいで、引きこもっていた頃から発狂したり死にたい死にたいと泣き叫んでいた。

それを聞くとイライラして何度も何度も殺したいと思ってしまう。

それが親に対する殺意だけならいいのだけど

次第に周囲の人間、よもやテレビ画面の中の人間にさえ殺意を持ってしまうようになると

これは遠くない将来、殺人犯として名の残してしまうようになるんじゃないかとおびえた。


引きこもりになった理由自分で全部説明できない。

中学から不登校高校通信に転校したけど

いじめられていたわけでもないし、勉強についていけなかったわけでもないし

友達も居たようだけど、とにかく毎日が辛くて自殺しか考えてなかった。

通信高校に入ってもスクーリングにろくに行けず、今は休学中。

社会底辺としてまっとうな人生を送っているつもりだ。

だけど、だけどたまに夢をみてしまう。

街を歩いていて、楽しそうな高校生学生たちを見ると

そんな未来最初からなかったはずなのに、うらやましくて虚しくて泣きそうになってしまう。

2年弱引きこもっていたけど、正直得られたものなど何もなかった。

鬱がひどいときには引きこもれる安心感に何度も救われたけど、

わりと調子が良いときは朝起きて絶望感、昼に自己嫌悪焦燥感で息が苦しくなり、夜は頭の中で自分拷問して殺すような妄想をする毎日だった。

もう、あんな思いはしたくない。

から引きこもるのをやめたのに

今度はなんだ?

社会と繋がりを持ったらもったで、今度は自分能力の無さを実感し、周りと比べて酷く落ち込み苦しむだけ。


今は一人暮らしをしながら予備校に通っている。

勉強は好きだから朝勉強して昼予備校行って、夕方帰ってきて晩御飯食べて自習室に行って、22時まで勉強している。

でも周りの予備校生は、みんなちゃんと学校行って暖かい家庭に恵まれ人達から

昼に親が作ってくれたであろうお弁当を食べ

週末に行ったライブイベントや将来の遊びの約束などを嬉しそうに話している

私はひとりで冷めたコンビニおにぎりを食べている

今住んでいるこの県に知り合いや友人は誰もいない。

実家も帰れる距離じゃないので、

毎日自分生活には責任を持たなきゃならないし、

誰かが助けてくれるわけでもないから

せめて周囲の人間迷惑をかけないようにと身だしなみに死ぬほど気を遣わなきゃいけない

それは普通の人からみたら当たり前なんだろうけど。


大学に行ったら人生スタートきれるんじゃないかと思って

その為だけに勉強している


でも毎日朝起きた瞬間から家事をやって、予習して予備校行って復習して24時過ぎに寝る。

そんな風に過ごしていたら今日とうとう熱が出て

予備校を休んでしまった

不登校でろくに学校行けていないから勉強死ぬほどやらなきゃいけないことがあるし

自分時間を削いで削いで勉強ばっかりしてもまだ普通の人たちには追いつけない

絶対来るとは限らない明るい希望のためにここまで努力する意味は何なんだろうと

生きてる意味はなんだろうと涙がぼたぼた流れてしま


家でも予備校でもひとりだからせめて友人が欲しいと話しかけた予備校の子達は

私が話しかけてから予備校に来なくなってしまった

なぜ?

私は孤独でいるべきということか



身体が全身だるくて重い。

こんなこと書いてどうにか整理していかないと本当に来月生きているかどうかもわからない

ひとりがつらい

2015-05-05

CMに見る、日本社会の『女児嗜好』

予備校CMポスターって、いずれも女性(というか少女)が採用されてる。

 つまり予備校志望者の大半が「男子」だから、「男子が好みそうな少女」をポスター起用してるのか?

 (女子予備校生存在無視してるよね?)

 高校受験が主力な早稲田アカデミーは、キャラクター高校生程度の美少女採用し、男子高校受験生のニーズ満たしてる。

★謎なのは中学受験が主力な四谷大塚が、小学生少女採用してる件。

 高校受験以上は塾選びは「本人が決める」が、中学受験は「親が塾を選ぶ」。

 となるとつまり小学生の親世代、つまりパパ世代の「ロリコン心」を刺激しようという四谷大塚戦略か?

 塾を決めるのはパパじゃなくママな気もするが

★というか、普通テレビCM見てても、家族連れか登場する場合、「2対1の割合」で女の子の登場回数のほうが男の子の登場回数より多い。

 4人家族の設定なら「女の子1人男の子1人」の設定が多いが、3人家族設定だと、大半が「女の子一人っ子」な気がする

 これって、現代日本の「潜在的女児待望心理」を反映しているよね?

 CMは「その社会理想的家族像」を指し示す。

 日本CMに登場する家庭の子供の性別女の子が多いというのは、つまり日本社会が「子供を持つなら女の子がいい」と理想に思ってるということ

★この辺は、是非外国CM事情を知りたい気がする。

 外国でも、ファミリーの登場するCM場合、登場するのは「女の子」が多いのか?

 直感的には、外国だとむしろ男の子」の方が多い気がする

 特に男児嗜好の強い中国とかインドとかだと、ほとんど登場するのは男児ななじゃないか、と推察している。

 こういうCMジェンダー分析をやってる社会学者は、いないのかな?

2014-12-18

金は貸すもんじゃないな

正式には元カノになるんだが、別れてから

結局、お互い好き(今となってはわからない。)で、

そいつは家庭の事情で、大学に通いたくても通えないって

人だったかお金貸してやった。

借りたのもあるし全力で、受験勉強するために、携帯から距離とって

予備校生してたら、ストレス記憶障害になったらしく、自分と一緒にいた

記憶ほぼ覚えてなくて、その間に前から仲よかった男友達に言い寄られて

今はその人のことが好きかもしれないって、連絡きた。

こちとて、受験終わるまでお互い我慢しよう!って

クリスマスまで我慢してたんだけどな。

友達とは会ってたんだな…とりあえず三回くらい死んで欲しい。

なんの寝取られエロゲーこれ?

自分は親に十分に大学通わせてもらったか

複雑な家庭に同情してお金100万以上貸したんだが、

なんだ?これ??とりあえずなんだ?

必殺仕事人いたら、あの2人ともども成敗して欲しい。

こっちが、この人のこと全部なかったことにしたいわ。

ほんと。

お金は人に貸すもんじゃいね

2014-10-03

ラノベ以下のしょうもない人気小説10作品

なんか前書いたやつがブクマ300超えちゃったみたい。コメント読んでないんだけど、調子に乗って、ぼくがこれはラノベよりひどいなと思った有名な人気小説を紹介したいと思う。

どれも超人作品なのでぼくの感覚おかしいだけなのは十分わかってはいるのだけど、こう思うひともいるってことで。本気でラノベのほうがマシだと思っている。こういう小説を好んで読んでるくせにラノベ批判してるやつらって頭おかしいんじゃないのって思う。

というか、そもそもフォークナーナボコフ原書で読むような日本に1万人いるかもわからないガチ文学オタクのひとたちがわざわざラノベだけを指定して批判するなんてことがありうるのかってことなんだけど。世界レベルの傑作を読んでしまうと、ラノベも一般層向けの大衆文学も大差ないよねって話になるわけで、ラノベはだめで一般層向けの大衆文学はすばらしいなんて話には絶対にならないと思うんだが。

ラノベはたしかにくだらないが、一般層向けの大衆文学だって同じようにくだらない。一般向けの大衆文学擁護するくせに同じ大衆文学カテゴリーラノベ批判するのは意味がわからない。どっちも同じだよ?

でははじめます

1 湊かなえ告白

ひどすぎて絶句する。プロ小説とは思えない。こんなものが大量に売れる日本は終わってるなと思わせてくれる。ぺらっぺらで何もない。ラノベ1冊読むのに40分かかるぼくが20-30分で読み終わる程度のうすーくかるーいゆるふわ小説

>http://www.amazon.co.jp/dp/457551344X/>

愛美は死にました。しか事故ではありません。このクラスの生徒に殺されたのです」我が子を校内で亡くした中学校女性教師によるホームルームでの告白から、この物語は始まる。語り手が「級友」「犯人」「犯人家族」と次々と変わり、次第に事件全体像が浮き彫りにされていく。

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2 重松清流星ワゴン

重松清って有名だからどんなもんじゃいと思って読んでみたが、ほんとにしょうもない。こういうくだらないの読んでなにかいもの読んだ気になっちゃうのはどうなんだろうな。まあ小中学生までかな。ラノベのほうがまし。

>http://www.amazon.co.jp/dp/406274998X/>

死んじゃってもいいかなあ、もう…。38歳・秋。その夜、僕は、5年前に交通事故死した父子の乗る不思議ワゴンに拾われた。そして―自分と同い歳の父親に出逢った。時空を超えてワゴンがめぐる、人生の岐路になった場所への旅。やり直しは、叶えられるのか―?「本の雑誌」年間ベスト1に輝いた傑作。

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3 村山由佳天使の卵

アホか! と叫んでしまう。「みずみずしい感性」ってこんなものかよ。エンタメのだめさが如実に表れている。こういうのを読んでいい話だと思っちゃうひとはあぶないのでは。『半分の月がのぼる空』でも読んだほうがまし。

>http://www.amazon.co.jp/dp/4087484920/>

そのひとの横顔はあまりにも清洌で、凛としたたたずまいに満ちていた。19歳の予備校生の“僕”は、8歳年上の精神科医にひと目惚れ。高校時代ガールフレンド夏姫に後ろめたい気持はあったが、“僕”の心はもう誰にも止められない―。第6回「小説すばる新人賞受賞作品。みずみずしい感性で描かれた純愛小説として選考委員も絶賛した大型新人デビュー作。

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4 薬丸岳天使ナイフ

評価が高かったから読んでみたが、ほんとにしょうもない少年漫画か! と言いたくなる、糞みたいな人間関係ストーリー展開。主人公はさっさと死ねと思った。例外中の例外神様のメモ帳』のほうがまし。

>http://www.amazon.co.jp/dp/4062761386/>

生後五ヵ月の娘の目の前で妻は殺された。だが、犯行に及んだ三人は、十三歳の少年だったため、罪に問われることはなかった。四年後、犯人の一人が殺され、檜山貴志疑惑の人となる。「殺してやりたかった。でも俺は殺していない」。裁かれなかった真実必死に向き合う男を描いた、第51回江戸川乱歩賞受賞作。

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5 J.K.ローリングハリー・ポッターと賢者の石

日本語訳がひどすぎるという話は知ってる。それにしてもひどすぎる。ファンタジー大好きなぼくでも全然内容が頭に入ってこなかった。かといって原書読もうとも思えない内容だった。要するに俺TUEEE小説。これだったら「さすおに」こと『魔法科高校の劣等生』読んだほうがよい。

>http://www.amazon.co.jp/dp/4915512371/>

ハリー・ポッター孤児。意地悪な従兄にいじめられながら11歳の誕生日を迎えようとしたときホグワーツ魔法学校から入学許可証が届き、自分魔法使いだと知る。キングズクロス駅、9と3/4番線から紅色汽車に乗り、ハリーは未知の世界へ。親友のロン、ハーマイオニーに助けられ、ハリーの両親を殺した邪悪魔法使いヴォルデモートとの運命の対決までの、息を飲む展開。9歳から108歳までのファンタジー

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6 カーレド・ホッセイニ君のためなら千回でも

ハヤカワepi文庫積極的に集めているのだけど、そのなかでもしょうもなかった作品がこれ。まずタイトルがアホ。原題はこんなんじゃないのだが、日本人向けあほタイトルにしたらしい。もうね、日本人はなめられてるよ。内容はほんとにくだらない。アホかって千回叫んでしまう。

>http://www.amazon.co.jp/dp/4151200436/>

君のためなら千回でも!」召使いの息子ハッサンはわたしにこう叫び、落ちてゆく凧を追った。同じ乳母の乳を飲み、一緒に育ったハッサン。知恵と勇気にあふれ、頼りになる最良の友。しかし十二歳の冬の凧合戦の日、臆病者のわたしはハッサン裏切り、友の人生破壊した。取り返しのつかない仕打ちだった。だが二十六年を経て、一本の電話がわたしを償いの旅へと導く―全世界八〇〇万人が涙した、衝撃のデビュー長篇。

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7 ジャック・ケッチャム『隣の家の少女

やたらとネットで絶賛されてるので読んでみたが、ほんとにしょうもなかった。構成は下手だし、描写もなんだかなあ。もっとヘビーでまともな文学はいくらでもあるよ。ケッチャムは有名になりすぎちゃったね。一部のカルト的人気でおさまっていればよかったのに。萌えラノベのほうがましなのは言うまでもない。

>http://www.amazon.co.jp/dp/459402534X/>

1958年の夏。当時、12歳のわたし(デイヴィッド)は、隣の家に引っ越して来た美しい少女メグと出会い、一瞬にして、心を奪われる。メグと妹のスーザンは両親を交通事故で亡くし、隣のルースチャンドラーに引き取られて来たのだった。隣家の少女に心躍らせるわたしはある日、ルース姉妹折檻している場面に出会いショックを受けるが、ただ傍観しているだけだった。ルース虐待は日に日にひどくなり、やがてメグは地下室に監禁されさら残酷暴行を―。キングが絶賛する伝説の名作。

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8 トニ・モリスン『ビラヴド』

言わずと知れたノーベル賞作家なのだが、まあつまらないものはつまらない。でも海外サイトおすすめ文学みたいなリストにはよく入ってる。ちょっとよくわからない。これだったらフォークナー読んでたほうがずっといい。モリスンは調子に乗りすぎ。ラノベのほうが読みやすいしおもしろい。

>http://www.amazon.co.jp/dp/4151200576/>

奴隷のセサとその娘は幽霊屋敷暮らしていた。長年怒れる霊に蹂躙されてきたが、セサはそれが彼女の死んだ赤ん坊復讐と信じ耐え続けた。やがて、旧知の仲間が幽霊を追い払い、屋敷平穏が訪れるかに思えた。しかし、謎の若い女「ビラヴド」の到来が、再び母娘を狂気の日々に追い込む。死んだ赤ん坊の墓碑銘と同じ名のこの女は、一体何者なのか?ノーベル賞受賞の契機となった著者の代表作。ピュリッツァー賞受賞。

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9 カズオ・イシグロわたしを離さないで

しょうもなさすぎる。イシグロはブッカー賞作家なのだが、ブッカー賞作家でいえばクッツェーの足元にも及ばないと思う。ぼくは世界的な作家ではモリスンとイシグロが大嫌い。ラノベ読んでたほうがまし。

>http://www.amazon.co.jp/dp/4151200517/>

優秀な介護キャシー・Hは「提供者」と呼ばれる人々の世話をしている。生まれ育った施設ヘールシャム親友トミールース提供者だった。キャシー施設での奇妙な日々に思いをめぐらす。図画工作に力を入れた授業、毎週の健康診断保護官と呼ばれる教師たちのぎこちない態度…。彼女の回想はヘールシャム残酷真実を明かしていく―全読書人の魂を揺さぶる、ブッカー賞作家の新たなる代表作。

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10 志賀直哉暗夜行路

純文学だが、とにかくつまらない。これ以上つまらない小説存在しないのではないかというくらいにつまらない。文体うつくしいというが、個人的にはそこまでいうほどかなと思う。なんか置きにいってキレイに整えているだけで、文章おもしろさを感じないんだよな。純文学にもラノベ以下のがあったんですねえ。

>http://www.amazon.co.jp/dp/4101030073/>

祖父と母との過失の結果、この世に生を享けた謙作は、母の死後、突然目の前にあらわれた祖父に引きとられて成長する。鬱々とした心をもてあまして日を過す謙作は、京都の娘直子を恋し、やがて結婚するが、直子は謙作の留守中にいとこと過ちを犯す。苛酷な運命に直面し、時には自暴自棄に押し流されそうになりながらも、強い意志力で幸福をとらえようとする謙作の姿を描く。

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と、いろいろ中身のない愚痴を言ってみたけど、これらはどれも超人小説なのであり、世間評価されてるわけで、グダグダ言ってるぼくがおかしいのは間違いない。つまり、逆に言えば、自分が平均的な人間だと思うなら、ここで挙げた小説を読んでみたら楽しめるかもしれないってことだ(『ビラヴド』『暗夜行路』以外は)。ただ、ぼくみたいな人間も一部にはいるというのはたしかなことで、そういう人間にとっては、これらの人気小説よりもラノベのほうが価値がある。ちなみにぼくはべつにラノベばっかり読んでる人間というわけではない。

ラノベ擁護したいのは、一般層向けのくだらない大衆文学しか読まないような人間ラノベ馬鹿にしていたからだ(前も書いたのだけど、かれらはカントヴェーバーアドルノなど文学部で絶対に読むような本すら読んでない。そんな無教養人間が多い)。きみの読んでる小説ラノベと大差ないのだがねといいたいのだけど、いちいち突っ込みいれてたらなんかけんかになるしいえない。というわけでここで書いたわけ。

いや、ほんとにラノベとその辺の大衆文学に差はないよ。基本的にどっちもくだらないのが多い。そしてラノベにも見るべきものはあるってこと。そんなシンプルな話なんだが、なんで議論になるのか。ひとによってはぼくみたいに、ラノベノーベル賞作家作品ですらあるわけ。ラノベからくだらないってのはおかしな話だわな。

ラノベを見下したいやつらってなんなんだろうね。上でも書いたけど、文学オタクラノベを見下すってほとんどありえないことだよ。だってまず最初から相手にしてないんだからラノベを見下しているのは大衆文学のファンなんだよね。ラノベ大衆文学の一部なのに。読み捨てのエンタメ同士仲良くしろよって思う。

 

 

言っておくけど、べつに釣りではないよ。いつも思ってることを書いてみただけ。

2014-08-23

代ゼミ 27拠点→7拠点 に思う

よく三大○○というものがある

そして、三大予備校と言った場合は、河合塾代ゼミ駿台である

少なくても、僕が予備校のころは、「今でしょ」でお馴染みの東進なんかは

授業を放送で切り売りしているなんかうさんくさいところであった

本日読売新聞によれば、代ゼミは全国27の拠点を7つに減らすという

そしてその削減校の中に、仙台校も入っていた

私が予備校時代の話である。聞いた話で真偽は不明だが、だいたいその通りだと思う

「全国の代ゼミで、寮生が一番多いのは仙台校」

そう。仙台校は東北6県より学生を集めるマンモス校だったのだ

はっきり言えば、私大の多い宮城をのぞけば

大学とは高校の中でもトップクラスの限られた人間が行くところ」

と思ってる地域は多い。その中でも、大学に行きたい、ちょとでも都会に出たい。

そんな地方民が中核都市仙台に集まり、同じ環境の人たちと寮生活をし

そして東京なりなんなりの大学へ進学していく。

田舎には戻らないという固い固い意志

その舞台が、代ゼミ仙台校だったのだ

削減された理由

そんな意識が変わってきたこともあるし

しろ、今は他県の地方都市でも「今でしょ」でお馴染みの東進の授業も受けられるし

予備校生活なんてだっさい一年間を過ごしたくない

そんな思いしなくても、大学だったら行けるし

たぶん、こんなとこなんだろう

僕は予備校にいた。そういった人たちと頑張った思い出がある

さようなら代ゼミ仙台校。さようなら予備校

2013-07-16

既卒採用という名の機能不全。改善は今後も無しの予感

学生の5人に1人程度の割合しか新卒内定が決まってない昨今、既卒者が毎年5人中4人出ているという現状を顧みて

未だに新卒以外ゴミクズといった風潮があるのは“時代”を理解できていない。

新卒を逃すと、納税義務(納付猶予があるものの、件の風潮から30過ぎても就職できない現状がある)や奨学金返済など二重苦の借金地獄が待っていたり、

既卒になってしまうと就活セミナーや説明会などへの参加リスクが高まり、結果として新卒が優先され既卒は炙り出される。

リクナビマイナビ既卒求人既卒採用された実績のある企業は全体の一割にも満たない事は先日日経やTDBの調査で明らかになったばかりだ。

新卒の間に就職ができなければ、「人生終了待ったなし」になる。

しかも、社会では既卒就職出来ないのは自己責任だとし、不況による雇用情勢の悪化、企業が二の足を踏んで就職採用実施しなかったといった背景があるにも

関わらず、そのせいで就職出来ず卒業して既卒となった人に対する思いやりが皆無だ。

一方で景気が悪いのは不況のせいだと矛盾かつ無責任に嘆く企業が多い。

不況が悪いといいつつ、同じように不況によって就職出来なかった学生ゴミを見る様な目で蔑むのはどうか?

また、大学生社会の影響で学生生活を謳歌できず、就職するための大学就活予備校生と化してるのは如何なものか?

こうした不況煽りもあり、早い段階から就職活動を急かす大学が増えた事は喜ばしいものの、その時点で大学としての機能が失われている。

さらに、就職活動調査票なる採用実績企業欄を作るための進路調査を実施し、学生の本分である勉学については何ら感知しないというのは悲しい話だ。

そして、新卒者には大学が惜しみない支援をするが、既卒は当然のようにゴミクズのようにぞんざいなのは現在大学組織らしい。

まりつの時代も、企業大学新卒者には優しいが既卒者には熱い掌返しが待っている。

そして、既卒採用を国が実施せざるを得ない状況だが、主催する経団連厚労省既卒切り捨てによってこの機能不全を解消いや無かった事にしようとしている。

悪いのは新卒中に就職出来なかった既卒者。だから我々は例年通り新卒者を雇用し続ければいい、と。

国までもが既卒者を切り捨てに掛かっているので、今後もこれが改善されることはないだろう。政権が代わってもだ。

努力が報われる事はない。これが既卒者の現状だ。

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