はてなキーワード: 洒落とは
そして最初に言っておくが私自身は男で、LGBTではないのと、かなり勝手なことを書くので
本物のLGBTの方々が読むと不快になるかもしれないし、ストレートの人が読んでも不快なところ
があるかもしれない。
なので、そういうものを読みたくない人は、以下の散文を読まないことをお勧めする。
またコメントには返信をしないと思われる。
以上の点をどうかご了承頂きたい。
エンドロールが終わって、ダラス(エリカ・リンダー)の美しくも儚げな表情になるべく
長く浸り、官能で高揚した気分を持続させるために、伊勢丹の上のビストロで羊食って
赤ワイン飲んで、地下鉄の雑踏に混ざりたくなったので、タクシーで都内の自宅に帰ってきて、
すぐに書斎にこもり、愛用のキーボード HHKB Pro BTを叩いてこの散文を書き始めている。
これを誰に向けて書いているのか。それははっきりしていて、まず間違いないのは、
私は男性に向けてこれを書いている。
ただし全ての男に書いているわけではない。
家計のやりくりの都合上、この10月中劇場に足を運んで映画を観るためのポケット
マネーが映画一本分しかないときに、世界的に有名な日本人の監督が作ったヤクザ映画と
このビアン映画とを比べて、迷うことなくこっちを選んでしまうような、そういう嗜好を
持った男に向けて書いている。
あるいは、谷崎潤一郎の「細雪」や「痴人の愛」はもちろんいいけど「卍」も
捨てがたいよね、と思ってる男と言い換えてもいい。
そう。
そこのお前、お前のことだよ。心配しなくてもいい。お前は一人じゃない。というのも
俺もお前と同じだからだ。
で。この映画だけど。良かったぞ。
どのくらい良いかと言えば、俺と同じ趣味のお前なら、こう言えば分かってくれるかな。
マーク・ドルセルのポルノにおける、クレア・カステルとアンナ・ポリーナのビアンプレイ、
あるいは、今は亡き写真家ステファン・ヒックスによるDigitalDesire のビアン作品と同じか
それ以上に興奮できる。ましてや、最近クオリティが落ちたと言われてるTwistysの、単に
ズボズボやってるだけのWhen Girls Play の数々の動画よりも断然、萌えてしまうはずだ。
なぜならば、ビアンについてお前は俺と同じ願望を持っているからだ。
俺たちの願望とは何か。
それを説明する例として、まずはこういうものではあり得ない、という反例を挙げると、
たとえば六本木発の最高級の(もちろん本番までできる)デリヘル嬢を二人呼んで、店に
「お前らがレズってるとこ、見せろ」
と命令して、男としての自分の欲望を煽らせる目的でビアンプレイを鑑賞したいという、
では、お前や俺みたいな男がこの映画に託す願望とは何かといったら、ダラスまたは
ジャスミンになりたいという、どうやっても実現しない夢想、これに尽きる。
ということで、ダラスまたはジャスミンになりたいという願望を、お前と俺は
共有した。メデタシ、メデタシ。
いや。
ちょっと待ってくれ。
話はここで終わらないんだ。
というのは、ビアン小説や映画が好き言っても俺は男だから、映画に出てくる主役じゃない男、
特に不遇になって終わる男のその後の人生が気になるんだ。たとえば、LEGALLY BLONDE の
レビューには、負け犬で終わるワーナーって野郎のその後が気になるって書いたしね。
だから、この映画なら、ダラスに自分の婚約者を寝取られたライルって男のその後が気になるんだ。
ダラスみたいな超美形な女が、ガッツリぶっ込む気マンマンでビンビンなペニバンで、自分の
婚約者の女のことを後ろからバッコンバッコンやってるのを観てしまったら、ストレートの男の
精神はどうなるのか。
この映画自体は、ダラスとジャスミンが結ばれることを予感させるハッピーエンドで終わるけれど、
そうなると、邪魔者としてはじき出されたライルはどうなるのか。
もしかすると、あの後ジャスミンは自分の担当する雑誌で、モデルとしてダラスを起用する企画を
やってそれが大当たりして昇進し、ライルは意気消沈して降格どころか仕事が手につかず、ウツ病に
なりクビになるかもしれない。恋人の女を男に寝取られたならまだ正攻法で見返したり、立ち直る方法
はあると思うが、ダラスみたいな女に自分の婚約者の女をズコバコやられたら、男としてはもう、
どうにもならないんじゃないか。
「(タチのスキルが高い)女に自分の恋人の女を寝取られたら、男は取り返しがつかないぜ?」
みたいな台詞を、ある男が、女に恋人の女を寝取られた男に言うシーンがあった気がするしね。
この映画で、ライルが出てくる最後のシーンは、ジャスミンに気を取り直してセックスしようと
するのをやんわり拒まれるところだが、ああやって拒否られて、ライルは相当傷ついたと思う。
それでその後、その傷心はやがて女性全般に対する憎悪となって肥大化し、ライルは何か極端な
ことをしでかす気がする。
たとえば考えられるのは、こうだ。
いよいよ米国が北朝鮮に宣戦布告してライルは徴兵に志願する。それで北朝鮮の首都に空挺
部隊として降り立ち、何ら罪もない婦女を手当たりしだい強姦したあとに、全裸の女を火炎
放射器で丸焼きにするとか、軍用のごついナイフでメッタ刺しにして、膣とクリトリスを切り
取って食っちゃうとか、なんかそんな方向に彼は行くんじゃないか。
そんな風にしてミソジニーの極北としての殺人鬼となったライルは、そうやって婦女暴行を
やり尽くした後、こんどは逆に、そうやってライルに妻を殺された北朝鮮の男たちからアシッド
アタックされて両目を失明させられ、かつ両手足を面白半分に切断されたのち、豚小屋に鎖に
つながれ、北朝鮮の総統専属の高級娼婦の糞を食わされたり、パゾリーニの「ソドムの市」の
ようにガラスの破片をしこまれたパンを食わされて、口の中血だらけにして一生を終えるんだ。
どう?
まあ、ここまでいかなくても、女への憎悪が高じて、「アメリカン・サイコ」 のパトリック
みたいになる可能性はあると思う。
いずれにしろ、超美形な女に婚約者の女を寝取られた彼の人生は、湯山 玲子氏のいうところの
「男をこじらせ」まくって、ショボいものになって終わるだろうから、一応男として同性のよしみ
での同情はするものの、ダラスのような美しい女には、平凡な男の精神や人生をそうやってメチャ
メチャに踏みにじってよい権利があるような気がするんだがどうだろう? それはつまり、美しい者
だけが特権的に行使できる暴力みたいなものだ。その種の暴力に酔う快楽が、この映画には
潜んでいる気がする。
この映画の感想は以上なんだけど、ところで、お前、次は何観る予定?
両方ですか、そうですか。俺も多分、そう。
みんなに読んでもらいたい作文を書くために映画って観るもんじゃないしね、
追伸
ふと思ったが、この映画をストレートの女性がご覧になる場合、一番の女友達と行かれと
よいと思う。それも、本命の彼氏と東京カレンダーに出てくるような店でデートするときの
ように、バッチリお洒落して観に行く。それで映画が終わって劇場内が明るくなったら、
周りにこれ見よがしにその友人と腕を絡め合ったり、わざと周囲の客たちに見えるように、
ほんのシャレでキスなんかしてみると、無駄に優越感に浸れると思う。
逆に、本物のLGBTの女性はこの映画を一人でご覧になり、一番のセックスフレンドの
「アレ観たんだけど。エリカ・リンダーの出てるやつ。くだらなかったー。だってエロいだけなんだもん。
『アデル、ブルーは熱い色』のほうが絶対いいよー」
みたいなことを話すのではなかろうか。
カラオケでリライトしまくった世代にとってナンバーガールの名前は「あの伝説のバンドね」という印象だろう。
この世代で楽器を持ったことがある奴なら、聴いたことはなくても名前は知っているはずという存在だ。
当時は飾り気のない、そこらへんのお兄さんが楽器を構えているようなバンドが人気を集めていた。
今考えるとそれはAIR JAM世代やモンパチ、HYといった沖縄出身バンドの躍進でインディーズレーベルの存在感が増したことや、
ヴィジュアル系ブームに代表されるオーバープロデュース気味だった90年代からの反動があったんだろうと思う。
ELLEGARDENやバンプ、ベボベはまだしも、アジカンやフジファブリックの志村は飾り気のないというラインを超えて、モッサい予備校生にしか見えない出で立ちだった。
思えば一世を風靡したオレンジレンジも全身スウェットでMステに出たりしていたな。
というのが中高生にとってのカウンターカルチャーになっていた。
アジカンやくるりはメガネロックという雑な括りでメディアに取り上げられることもあった。
当時はバンドのフロントマンが公務員のような銀縁眼鏡をかけているというだけでも斬新に映ったのだ。
そのメガネロックのはしりとして紹介されていたのが、僕がナンバーガール、通称ナンバガを知るきっかけなのである。
当時既にYouTubeやWikiが浸透していたので、聞きなれないバンド名を見聞きしたら僕はすぐにググっていた。
ヒットしたサイトからアーティスト写真と簡単なプロフィールを見るところでは、
華奢な女性がギター、アンガールズ風のきのこ頭がドラムらしい。かっこいいと思った。
僕が思い出す限りではWikiを見ると
「eastern youthやbloodthirsty buchersらと並び、ピクシーズなどに代表されるオルタナティブロックを日本でいち早く取り入れた」とか
「向井のシャウトは『喉を切り裂いたようだ』と評された」とか、
「くるり、スーパーカー、中村一義と共に97年世代と呼ばれた」など、
よく知らないアーティスト名ばかりでいまいちピンとこなかったが伝説ぽいフレーズのオンパレードで胸が高まった。
そしてつべで「透明少女」「Omoide in my head」の動画を見てみたのだがその時はあまり良いと思えなかった。
理由は単純で「School Girl Bye Bye」「School Girl Distotional addict」収録の曲はどれも構造が複雑なのである。
AメロBメロサビというポップスに慣れきった中学生にとって「透明少女」はアブノーマル過ぎた。
ボーカルにまで楽器用マイクを使い、福岡にある馴染みの貸しスタジオで録ったローファイな音もとっつきづらかったのかもしれない。
終始キメキメな「U-REI」
無闇矢鱈にソリッドな「鉄風、鋭くなって」
アルバム「SAPPUKEI」は特に何回も何回も聴いたお気に入りである。
無論他のアルバムもZAZENもToddleもVolaもよく聴いたが。
イントロがいい。
すごくいい。ギターの響き?専門的なことはわからないけど、そこはかとないエモを感じる。演奏から滲み出る哀愁というか、明るさというよりはがむしゃらさ。
それは向井の「俺押さえ」と、ジャムセッションをする上での向井とギターのひさ子のコンビネーションによるところだ。
ナンバガにおいて向井はローポジでコードをカッティングしていることが多いが、
理論上ではジャズで用いられるセブンスコードと似た響きを持つこれらのフォームは「俺押さえ」と呼ばれている。
その「俺押さえ」にジャムセッションを重ねていく過程で、ひさ子がギターの音を補完すべくハイポジで弾きまくるわけだが、
何せ向井オリジナルのコードに絶対音感があるわけでもないひさ子が勘で合わせていくので結果的に分数コードになっているときもある。
複雑でごちゃつきながらも何故かスムーズに聞こえる、そんな奥行きのある響きを作り出せる。
つまりナンバガはバッキング主体で深いディストーショントーンという疾走感あるオルタナのスタイルにのっとりながら、
なんとなくわかる。
BLUE ENCOUNTや04 Limited Sazabysとか
Mrs. Green Appleとか何かみてくれいいもんな。
確かにかっこいいんだけど。
すごい。すごいぞナンバーガール。
この時代に改めてナンバガを褒めちぎられているの、すごくテンション上がった。
現役高校生だとするならば、一昔前の、
友達同士で集まった時に「夕飯は、じゃあ、料理でもするか!」って言ったら他の連中が誰ひとりとして料理できなくて
友達同士なんだから洒落たもんじゃなくていいだろ、と言ったがとにかく出来ないの一点張り
肉買って塩コショウで炒めたのと、レタスのサラダ、白いご飯、アゴだしのナメコの味噌汁
「こんなの作れるのな、すげぇな」って言われたけど、肉焼いただけだぞ、脂しいたフライパン、コンロに火入れたら肉並べて、塩コショウ降って、端っこが茶色に見えたらひっくり返すだけ、何の技術も要らんだろって思った
奥さんより洗濯物たたむの上手いし、掃除も丁寧だけど、だからといってそれで結婚出来たとは思えない、だって結婚前にそんなのしないだろう
逆に結婚前にそういうのってどうやって知るんだ?
あの時どうすれば良かったのだろう。
詳細は伏せるが海外在住で、彼は中華系クリスチャン。とあるアート系習い事でマンツーマンで習っているうちに好きになってしまった。
自分はアラフォー子持ち×イチで、この時点で脈がある可能性は相当低いし、万一うまくいってもお互い未来はないということはわかっている。
(普通の結婚をして子供を持つという相手の幸せを考えたり、自分の子供に対する責任を考えると私も再婚はない。)
が、好きになってしまったのでなんとなく押したり引いたりしている状態。
習っている間は割とレッスンに集中していたが、時折はさむ短いおしゃべりはお互い楽しんでいた。
日本のアニメや漫画を見て育っているので、日本人や日本文化に憧れのような良いイメージを持ってくれていて
そこが私のような年上にも良くしてくれている理由ではないかと思っている。
そして、たまに
(習い事関連でリマインドしてというので)「じゃメールアドレス教えて」というと「えっ、、職場の?プライベートの?」と焦ったり
(特に他意はなく)「今週忙しいの?」とかいうと「え、、、なんで?」と少しだけ挙動不審になったり
(おみやげ買ってくるよ何が良い?)とかいうと真っ赤になって焦ったり
その折に見せる反応がちょっと可愛すぎて、日本人だと27でこれはないよな・・大学入りたてくらいのピュアさ?そもそもBBAにこの反応はないよな・・
と思いつつ、そこも好きだったりする。
顔も比較的ハンサムで、こちらの人にしてはお洒落なのになぜ女慣れしていないのだろう。
彼のいる業界は女性の比率が高く、大学も所属する団体も女性が多い。
Facebookでも女友達・男友達に囲まれ、友達が多く楽しそうである。
(日本の若者は知らないが、住んでいる国の若者はFacebook友達1000人以上とか普通で、
FBやインスタに全体公開でアップしまくる人が多い。この為、彼が全体公開に設定していなくても
写真を見ると、楽しそうに囲まれているが、女友達の肩を抱くのはためらっている(堂々と触れていない)のが見てとれる。
・・童貞?
なーんて思いながら、インスタとFBに足跡機能があれば死ぬっちゅーくらい見に行った。ちなみに彼の友人たちはそろそろ結婚したり恋人の存在をアピールしたりしている。
彼は転職に伴い遠方に引っ越してしまったのだが、半年ほど経って私が習っていた事の報告で連絡を取り、
そこから2週間と開けずにWhatsAppでたわいもない話を続けるようになった。
一旦会話が終わり、2週間後に新たに連絡を取るのはだいたい私だが、いつも長いやり取りになる。
そして先月、私が好きなバンドのライブが彼の住む場所に来るので、
話の流れで「4年前からファンだったバンドがそっちに行くから観に行こうか考えてる」と話を振ると
「OK! interesting! When is the concert?」
となり、一緒に観に行けることになった。
ライブは夜なので泊まりでないと無理だ。(子供を見ててもらう段取りはなんとかできた)
私は舞い上がった。
相手がどう思ってライブに付き合ってくれるかはともかく、私には千載一遇のチャンスだ(なんのだ)。
宿については「どのあたりが便利?」と聞くと
ものすごく親身になって調べてくれて、「Air BnBはどうだ」とか「この辺がいいよ」「今これセールやってるよ」「予算教えてくれたら僕も調べるよ」
と送ってきてくれた。
それは私を誤解させるには十分だった。ホテルよりAirBnBのが部屋に寄りやすいかな!?とか、職場に近いエリアを勧めてきてるけど、どういうつもり!?とか
当日はライブぎりぎりに合流し、一緒に観て、終わったのは夜9時半。
「ごはん食べた?」と聞くので「食べてないよ」というと(えっっ、、)という反応をして、
そのあとタクシーで食べに行った。
雰囲気の良いレストランというよりはカジュアルな食堂に行った。
こんなおばさんと一緒に食べても嬉しくないんだろうな・・と思いきや
終電まで話は尽きず、楽しく過ごせた。
新しい職場は休みが少なく、ストレスが多いようだが自分の故郷に戻るときには雇われの身でなく起業したい!と、年相応の悩みを真面目な顔で語る彼を
もう1杯飲む?と聞いても明日も朝早いから!とビール1杯だけ、
「部屋についたら連絡して」と私の帰路はちゃんと心配してくれ、
「今日は付き合ってくれてありがとう」とお礼のメールをすると「そんなの言わないで、楽しかった」という意の返信が来た。
話は盛り上がったが、いい雰囲気になることはなかった。
そもそも私の中に半年以上ぶりに会う人で、初デートで、そこからやれたかもに持ち込む技量がない。
(年齢的にも引くだろう)
しかししかし、最近インスタグラムで、1年前の投稿を見つけた。彼が大学の友達数人に誕生日を祝ってもらっていて
「早く彼女作って会わせてよ!待ってるよ!」と全体公開で書かれていて(かわいそうに)、あーやっぱずっといないんだな~童貞か
と思った。
それならそれで、どうすれば、うまく持って行けたのだろうか。
「小説家になろう」が初出で、なんやかんやあってアニメ化まで漕ぎつけた作品は、ぱっと思いつくので「劣等生」「ログホラ」「ダンまち」「このすば」「Re:ゼロ」なんかがあるわけだけど、正直、こいつらはなろうの中では変わり種中の変わり種ばっかりだった。
そんな中、今期ようやく、素直になろう小説らしいなろう小説と言っていい「異世界はスマートフォンとともに。」(通称いせスマ)が放送された。
ネット小説界では前々から有名だった「なろう小説というジャンル」が、これまでイマイチピンと来ていなかったアニメファン達にやっと認識されることとなった。
でも、その結果として「これがなろう小説ってやつなのだ・・・!」って色々なところで議論・解釈されることになった「なろう像」は、なろうユーザーからするとやっぱりピントがずれているように感じる。
俺の目から見て、どうもこいつらはなろうをこういう風に誤解してるんじゃないかと思うポイントがこれだけある。
これらの点に関しては、ここでちょっとだけ誤解を解く努力をしてみたい。
実際、なろうで高ポイントを得られる作品といえば、異世界転移・転生から始まるチーレム(チート+ハーレム)系、さらに大抵はダンジョンか領地内政の要素が入ったものしか見かけない。
SFにミステリにホラーパニック、現代日本が舞台の異能ものや普通の恋愛小説まで多様な作品がいくらでも投稿されている。
しかも、それらにもちゃんと読者がついている。決して異世界転移・転生しか読まれないわけではない。
それなのに何故そいつらだけが高ポイントを獲得するかというと、それがなろうの最大公約数になっているからだ。
SFが好きで、かつミステリも好きであるようななろう読者は、俺の感覚では、あんまりいないと思っている。
けれど、○○が好きで、かつテンプレ異世界チーレムも読むようななろう読者は、体感ではかなり多い。
このことは、実際に他ジャンルの作品を開いた時、「この小説をブックマークしている人はこんな小説も読んでいます!」リストに全然関係ない異世界転生ものがズラズラ並ぶことからも示されている。
ここに小説感になろうというサイトの構造的な問題が隠されている。
なろうのポイントシステムは、ブックマーク1人あたり2点、プラス、1人がつけられる作品の評価が内容5点+文章力5点となっている。
ただでさえ、1点+1点を付けても純粋に2点加点される完全加点方式の上、サイト内では3点以下を付けると失礼だという風潮が漂っていて、実質、1作品に1人がつける評価は10点~12点のごく狭い幅に限られる。
つまり、ニコニコ動画やpixivのランキングと同じ、「固定点を無限個の作品に与えていく」タイプのポイントシステムなのである。
たとえば「SFが一番好きだけれど、異世界転生もまあ読むかな」というタイプの読者は、SFのいくつかの作品に12点、異世界転生のいくつかの作品に10点前後を与えるかもしれない。
同じように、「学園恋愛が好きだけど、異世界転生も略」な人は、学園恋愛ものに12点、異世界転生に10点を与えるだろう。
そうして幾人もの「第2位」が集まっていった結果、合計点で異世界転生が独走してしまう。
では何故、異世界転生チーレムは全員の「第2位」の受け皿になったのか?
なろうの検索は非常に使いにくい。従ってほとんどの読者は、総合ランキングか日刊ランキング、もしくは新着リストやレビューから読みたい小説を漁ることになる。しかし物凄い量の作品が毎分投稿されている今、新着リストから特定の作品が見つけ出される確率は非常に低い。また活発にレビューを書く文化もない。
ゆえに読者の「なんとなく何か読みたい」欲は、かなりの率でランキング作品に集まる。そこは既に異世界転生チーレムに支配されているため、特に抵抗のない限り、このジャンルを摂取することになる。
すると、特に欠点もなく読者を選ばない割に第一印象がそこそこ強烈なこのジャンルは、多数の読者に「ふーん。まあ軽く読めて暇つぶしになるし、これもブクマしとくかー」というポジティブな印象を与えるわけだ。
サイト登録時に入力する生年月日は非公開なので、読者の年齢層について確かな資料はない。感想欄には年齢を入力する場所もあるが、自由記入だし、嘘もつける。
したがって人気作品の傾向から推測するしかないが、前述のとおり、異世界転生が流行るプロセスには不可逆な面があり、参考にしにくい。
だからここでは、もっと以前にそういう話を考察しておられるこちらの評論記事
http://news.netpoyo.jp/2013/06/717
を紹介するに留めたい。
簡単に言えば、なろうの傾向を「性的な「ポルノ」としては、むしろ枯れている」「加齢臭が強いし、人生を諦めきった物語が多い」とし、そこから読者層を「20代後半~30代ではないだろうか」と推測している。
一体何をもってして「まともな小説」というのか知らないが、こういう意見がネットでは多い。
それこそ誤解だ。
俺自身に関して言えば、なろう小説はおまけで読んでいるに近く、本屋で売られているミステリもSFも大衆文芸もライトノベルも読むし、それらの方が読書量が多い。
にちゃんねるのなろうスレや、マイナージャンルの感想欄などでは、なろう小説の感想や評論に絡めてなかなかマニアックな文学作品の名も出てくる。
スコ速かどこかで見た意見だが、「重厚な小説を読む時と、なろう小説を読む時では、使う脳の回路が違う」のだ。
1人の人間がお洒落なフレンチにもファストフード店にも行くことかあるように、それぞれにそれぞれの期待される役割というのが存在する。
なろう小説の役割とは、暇つぶし、手軽な欲望の消費、そして出社前の元気づけである。
前述したように、なろう読者はなろうしか読まないわけではないし、なろうの中でもチートしか読んでいないわけではない。
それなのにチートが流行るのであれば、その原因は読者ではなく、サイトの特性に求めなければならない。
なろうの特性は、当たり前だが、「Webであること」である。要するに、紙ではないことである。
なおかつ、UIが非常にシンプルで、装飾もほとんどできず、横書きである。
つまり、普段は大好きな作品を熱心に読んでいたとしても、いつでも適当な作品を暇つぶしに使うことができるということである。
スマホで暇つぶしに読むと言えば通勤時間だ。すなわち、「毎日の通勤電車の中、数十分の時間を楽しく埋めてくれる作品」を、当然ブックマークし、場合によっては評価もつけるだろう。
「毎日一話ずつ更新される」「一話の読了時間が短い」という特徴は誰でも思いつくだろう。
それに加え、電車に揺られながらの暇つぶしにすぎないことを踏まえると、「理解に苦労しない」「情報を覚えさせる苦労を強いない」「伏線を張らない」「モヤモヤを残さない」「エピソードが一話単位で完結する」という性質も見えてくるだろう。
さらにさらに、①で述べた通り、現状一番読者に見てもらえる作品ジャンルは異世界転移である。
さて、これらの条件をもとに、あなただったらどういう物語スタイルを考えるだろうか?
チート、ハーレム、Wikipedia内政。テンプレと言われるこれらの要素は、なろうというサイトの特性から、先人達が研究に研究を重ねて練り上げた、ある意味での最終形態なのだ。
こういったテンプレがあることによって、作者も毎日一話更新という驚異の更新ペースを確保できている面がある。
それに、テンプレに全てを委ねて楽をしているわけでもない。
テンプレはありがたく使いながらも、どうにかしてオリジナリティを出せそうな隙間を見つけては工夫を施している作者はたくさんいる。
問題は、それが新たにテンプレの中に組み入れられるので、結局テンプレからは抜け出せない、ということなのだが。
(ついでに、なろう小説は文章力がない、という偏見についても物申しておく。
確かに豊かな表現だとか描写だとかいうものは削ぎ落されているが、それは意図的だ。それよりもさらっと読める文章、一目で意味が通るわかりやすい文章が優先される。人気の高い作品では、驚くほどそういう文章がうまく、悪文が少ないのがわかる。)
ここまでで散々主張してきたように、なろうには異世界チーレム以外の作品も山ほどあり、それを読む人もいて、評価もされている。
問題はそれらを日の当たる場所に引き揚げる仕組みがないだけだ。
単純に、マイナージャンルの日刊ランキングを見たり、適当なキーワードで検索して、ポイントの低いものを漁っていけば、埋もれている作品はいくらでも見つかる。
だが、そう簡単な話ではないのだ。
それらの埋もれている作品の大半は、まず間違いなくゴミだ。カスだ。文章とも言えないクズの山だ。
現在、なろうに登録されている作品は50万あるらしい。おそらく40万は読めたものじゃないだろう。
そして、残り10万のまともな物語の中で、読んで面白いと思えるものは、半分ないだろう。
そんなゴミの山から、キラリと輝く超面白い作品を掘り出してくる神のような方々がいて、スコッパー、と呼ばれている。
にちゃんねるとか、おーぷんにちゃんねるとか、まとめサイトなんかで見ることができる。
彼らの掘ってくる作品に一度触れれば、こんな作品が埋もれていたのか、ここはなんてすごいサイトなんだと、考えを改めるに違いない。
そうしたら、是非、皆様自身がスコッパーになってほしい。
以上です。
一番好きなのは醤油強めの家系ラーメン。乳化(白濁)した豚骨醤油ではなくて、醤油の色をした醤油豚骨スープが大好きだ。そこに浮かぶ鶏油も最高に好き。鶏の香りが大好きだ。そして海苔。スープを浸した海苔で麺を包んですする。なんて美味いんだろう。味玉も好きだ。半熟が好き。スープを吸ったほうれん草も美味い。あと、卓上の生姜も好きだ。にんにく派の人の方が多いと思うが、自分は生姜。生姜たっぷりのスープ、めちゃくちゃ美味い。ちなみにスープを吸った海苔でご飯を巻いて食べるのも大好きだ。申し訳程度に入っているネギも大好き。特に醤油ダレを丼に入れた直後に入れられたネギが一番美味い。なぜならばネギが醤油ダレを吸っているから。そこにスープがそそがれてもその味は変わらなく美味い。あと、家系ラーメンの昔ながらの店の雰囲気が好き。小洒落た感じだと何だか美味しさが半減するような不思議。あの野暮ったい如何にもラーメン屋ですっていう雰囲気があのラーメンの味をさらに引き立てるんだ。あー、食べたい。家系ラーメン食べたい。
帰りたくないよ〜!!!
せっかくなのでいいところをあげていく
授業中スマホ触ってても音楽聴いてもOK、飲食もOK みんな自由に喋ってる 私はよくりんごを丸かじりしてる それでも無秩序って訳じゃない 静かにする時はちゃんとする
ちなみに染髪ピアスタトゥー化粧オールオッケー スカートの長さも自由(宗教上の理由もあるため)スカートとズボンとマオリ(ニュージーランドの先住民)の衣装が選べる 友達のイスラム教徒の女の子はお洒落なジャケット着て、ロングスカートでヒジャブ巻いてばっちり決まったメイクして鼻にピアス開けてるんだけど たまんない
ふたつめ ご飯が美味しい
普通に美味しい 特にラムチョップが最高 日本食が寿司しか無いのとその寿司が寿司とは呼べないシロモノ(カルフォルニアロール、握りはサーモンオンリー、照り焼きチキンが酢飯の上に乗っかってるだけとか)だということ以外はいい でも太るね
みっつめ 授業が撰べる
時間割は必須科目(英数理)と好きな科目3つの計6科目を1日5時間でローテーションする この好きな教科っていうのがムチャクチャある 農業、園芸、演劇、木工、服飾、工業、保育、体育、歴史、美術、ダンス、料理…もっといっぱいある 書ききれない しかも全部個別に教室があり、授業内容はハイレベル(普通の公立高校なのに) 私は体育の授業でボルダリングをやってる めちゃくちゃ楽しい
よっつめ 人種差別が無い
会ったことない 以上
多い。白人黒人アジア人ヒスパニック系に中東系マオリ族と多種多様な生徒達 みんなスタイル良くて大人っぽい そしておっぱいが大きい…羨ましい
むっつめ すぐ帰れる
授業が終わるのは3時 皆終わったらダッシュで帰る 放課後残るとかない 教室でちょっと喋ってるだけで帰らないの?と聞かれる クラブもない(あるけど練習せずに試合だけとか) 先生もすぐ帰る 学校の近くに寄れるところがないので健全に帰宅する
ホームルーム教室がない 毎時間が全員異なった移動教室の為一緒に行動する人とかいない さっきも書いたが好きな授業を選択する為必然的に趣味が合う生徒とよく顔を合わせることになる スクールカーストを作ることが出来ないつくり ロッカーもないしカツアゲもない ケンカはたまにある
やっつめ フレンドリー
みんなやたらフレンドリー スーパーのレジ店員とか普通に話しかけてくる(どこの国から来たのー、ニュージーランドはどう?とか) 学校でひとりでいても何かと話しかけてくれる 不良っぽい人もなかよくしてくれる(会うたびにハイタッチしたりハンドサイン?ピシガシグッグッみたいなのをしてくれたり) 困り顔でうろつくだけでどうかしたのかと声をかけてくれる
ここのつめ ゆったり
ざっっくり言うと北海道と四国を取った日本に五百万人が散らばっているようなものなのでスカスカ ゆえに全てが広くゆとりがある いいことだ 映画館の座席も広かったぞ 体型もあんまり気にしないね
とお 緑が多い
今のところ見たことのある家は全部庭付きだ ていうか建物がないから緑が多い 見渡す限りwindowsの画面みたいなのが続いたりもする 景観が綺麗だし自然を大切にする国民性 あと柵が大体木
とりあえずこんなもん?
作者が「花とゆめ」をベースに活動している人らしいので、この作品も花ゆめだったんだろうけど、青年誌だったらもっと話題になって、ヒットしてた気がする。
(とは言え、白泉社だとヤングアニマルなんだよね。。花ゆめの方が部数多い?)
とりあえず、このマンガを花ゆめ読者だけのものにしておくのはmottainaiと思ったので、全力で推して行きたい。
ギャグ要素が強いラブコメで、ずっとボケ/ツッコミを繰り返している感じ。
ワンパターンで大味なのに、センスが良いというか、打撃力が高いというか、毎回ちゃんと笑える。男性にもウケる笑いだと思う。
まあ笑いは人によってツボが違うので何とも言えないところではあるけれど、自分はすごく笑えた。
個人的に好きだったのは宇田川が歌丸師匠のモノマネしてるとこ。
でもこれ、花ゆめ読者はわかんないよね?本当のお洒落さんは裏地まで気を使う的なやつ?
ラブコメとしては、男(片野)が女(宇田川)にベタぼれしてるパターン。構図的にはそれ町の歩鳥と真田に近い。あとはラストゲームとか。
最初のうち、笑いの要素に目を奪われがちだけど、何回も読んでて、ラブコメとしてもすごく良いと思った。
波長の合う異性と過ごす時間の楽しさが良く出てる。こういう楽しさをうまく出せてるラブコメって少ない気がする。
ショートヘアでまん丸お目目のヒロインはビジュアル的にはあまり男性ウケしないかもだけど(男性向けラブコメのヒロインはロングで猫目が多い気がする)、性格と良く合っていて何回も読んでるうちにかわいく見えてくる。
ショッピングモールの雰囲気も良く出ていて、二人が作る時間の流れと相まって、いつまでも読んでいたいと思わせる世界を作っている。
とりあえず、少女漫画が観測範囲外の男性に強くお勧めしたい。少女漫画は安いので外してもダメージ小さいでしょ。読んで読んで。
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内容的には、(1巻では)ローティーンの女の子のメンタリティにフォーカスした、割と良くある内容ではある。
ただ、1巻での話であって、最後どうなるかを見届けないことには内容を評価するのは難しい。
いつもの阿部共実的に着地感なく終わるのか、明確な着地点を見出すのか。(どっちが良いとかいう話ではなくて)
言語化しすぎとか狙いすぎとかいう批判もあるかもしれないけど、内容によくマッチしていて個人的にはグッとくる。
作画が凄い。ちょっと見たことが無いレベル。元々上手い人だとは思ってたけど、今回は気合いが違う。。
人もうまいと思うけど、背景が基地外じみて凄い。もっと言うと背景って言い方は正しくないのかもしれない。
周辺環境に関する作画が登場人物のメンタリティと明確に地続きなのがわかる。
夜の人の影が複数あるとか、大きな建物と人のスケール感がそれっぽいとか、外から教室を見たときに廊下側の窓まで描いてあるとか、手前の建物/後ろの街並み/その後ろの海山空まで全部ちゃんと描いてあるとか、窓越しの風景も窓枠から外の街/海まであいまいさがないとか、差し込んだ光の中に埃が舞っているとか、階段にできる影が段差を反映しているとか、日差しを遮れなかった方の目をしかめているとか、街がいちいち全部描いてあるとか、近くのものの細部や質感やステンがいちいち描かれているとか、遠くのものもぎりぎりまで細部を描き込んでいるとか、モブがモブってレベルじゃねえとか、立体や奥行きがやたら自然とか。
最初に目に入った時の構図のかっこよさ/美しさがまずあって、細かい部分もいちいち丁寧で正確。
手前から奥まであいまいさが無くて、絞って撮った写真のように全域でピントが合ってる。全部のコマが見どころ。
そして、それらは背景というレベルを超えて作品世界を作っているように見える。世界があって、そこに人がいる。
自分を取り巻く世界との関係性に戸惑う、あるいは美しい/居心地が良いと感じる女の子のメンタリティを、環境から完全に描き切ってるように見える。
隔週で掲載されてるみたいだけど、そのペースでこんなの描けんの?大方出来上がってから掲載開始したのかね。
取得して10年以上になるのだが、Paypalを解約した。
メアド一つで簡単に決済できるPaypalはまさに目から鱗だった。
利用し始めた頃はウェブサイトも英語のみでトラブルがあったら指定の時間内に
電話せねばならず、しかもカスタマーは日本語がろくにできない中国人だった。
実は昔よりトラブルは絶えない。
ロシア人や中国人からオークションサイトなどのアカウント名から適当に割り当てたであろうと思われる
ここ2年ほど利用を控えていたのだがハロウィンのおもちゃを買おうと
デイリーポータルZでおなじみアーチーマクフィーの商品を取り寄せようと試みた。
ところが支払いは完了したのにHopShopGo!にログインできずインボイスも送られてこない。
HopShopGo!もPaypalも電話窓口は非常に丁寧なのだが「責任は当方にない」「先方のシステム上の都合である」と責任の所在が明らかでない。
しまいには英語が苦手な日本人であると伝えてあるにもかかわらず長文の英語メールで
「我々に責任はありません、でも引き続き利用してね!」
なぞという訳のわからないメールが何通も送られてくる、顧客の引き止めもノルマなのだろう。
それで、何もかも一向に改善される見込みはなく、そもそも日本には絶対に発送しないシアトルの雑貨屋風情から
世話にはなったが礼は言わない。
豪邸に住んだり美人妻を抱いたりする生活とは縁遠く、それどころか無縁仏になる連中が増えているのに意外と幸福らしいのである。
これは大衆消費社会において誰でも持てるような製品がQOLを上げているからであろう。
やはりiPhoneは革命的だったのであろうし、そして技術がこなれてきて、中華製のAndroidでも十分過ぎる状態になっている。
究極の美は、やはり肉体によって体現される美なのであろうし、その素肌の熱さはセックスという行為で貪らなければ得られないが、
しかし、スマホの中の流麗なグラフィックを花鳥風月のように愉しむこともできる。
この満足が美人を抱くことに匹敵するとは言うまいが、代理満足としてそこそこ潤いにはなっている。
恋愛というゼロサムゲームは永遠の難題としても、有象無象の俗衆が手にできる生活の利便性は上がっており、
古来より問題であった孤独という問題もスマホが解決した。ネットでの関係など蜃気楼のようなものだが、
昔の隣近所のような煩わしさはないし、これなどは代理満足のほうがむしろ望ましい。
現在ではダイソーとかドン・キホーテのような安物の雑貨を売る店が大繁盛している。物を買うのは所有権の拡張であり、買い物でストレスは軽減される。
自分の所有物を増やすのが自分の世界の拡張だが、立派なマイホームを買わずとも、ダイソーの製品で安普請を埋めておけば事足りる。
豪邸や美人妻は手に入らなくても、意外と洒落た安物雑貨を自己所有し、自室に並べることはできるのだ。
ネットに生成されるバーチャルなアイテムは、ダイソーの百円商品と同じ文脈のものである。
われわれはネットにおいてあれこれと所有し、自らの版図を広げることができる。
女さえ断念すれば金持ちと大差がないと言うことさえできる。
もはや大塚家具を並べなくていいと思うし、ダイソーの整理箱で十分である。
巣鴨プリズンで拘置所暮らしをしていた戦犯は、それなりに暮らしやすい質素な生活と読書三昧によって、健康で教養豊かになって戻ってくる人も多かった。
先日、東京に行ってきました。
そんでもって、
フォトジェニックな綿あめ店やかき氷店の前で並んでる感じとか、
「私、良く生きてます」感がプンプンしてた。
テレビ見て、Yahoo!ニュース見て、はてブ見て、GitHub見て、Wikipedia見て、Twitter見て、Facebook見て、YouTube見てるだけの生活。
「これは運営様へのお布施なのだ」と、スマホのゲームへ課金するだけの生活。
私からすれば、彼らの生き方は、背伸びをしているようで、見栄を張っているようで、そんなことにエネルギーを使いたないと思わせた。
そんな「もしもの私」のために、今からちょっと背伸びをするのが良いのかなと思う。
とりあえず、先日はH&Mでお洋服を買ってきた。いつもはユニクロとGUとライトオンでしかお洋服を買わないから、だいぶ頑張ったと思う。
私の通った道なりに咲き誇ってて
壮大!
まあ使い込んでるから仕方ないんだけど。
もう何年も前に買った物だから、
買ったお店に行ってもおいてなくて売ってないのよね。
お気に入りだっただけにね。
そういう時は
でもこの際、
背に腹はかえられないわね。
同じ形だし。
食わぬタヌキの高楊枝とも言うじゃない。
こないだ届いてルンルンだわ。
でも鞄の入れ替え面倒くさくてやってないと言う始末よ。
うふふ。
混ぜご飯美味しいわよね。
なしウォーラー。
秋の果物も美味しくなってきたわ。
柿、ってなるといきなりお婆ちゃん臭くなっちゃうわよね。
好きな果物なに?って
柿!って答えると、
なんか変な空気になるわ。
覚えてね!
うふふ。
すいすいすいようび~
今日も頑張りましょう!
前回の続きである
あらすじ 高体重のため座っていた椅子のバネが折れ飛び出し、椅子の下に敷いてあるマットを傷つけ破り貫通し、床を傷だらけかつ抉ってしまったのであった。
09:01にパテを盛った。
続編である。
木工パテを盛ってそこそこ乾燥したとみて80番やすりで表面をならしてみた
まだ盛れてない場所、凹みヒケがあり清掃したのち再度盛った
11:22
となるとつぎは14時に開始となる
最近の床材は表面に硬い仕上げのUV塗装が主流、これらには水性ウレタンニスが定着しないとある
水性フローンリング用ニスやスーパーユカマモール、ユカピカールをお使いくださいとある
こまったもんだ
買わなくちゃいけないのか?
https://news.yahoo.co.jp/byline/shiraisatoshi/20170828-00075061/
この種爆弾は日本でも研究されこの実態もわかっていた程度のものである。従来の爆弾は横に及ぼす爆風の威力によって人、物を殺傷し破壊したが今回の敵のいふ新型爆弾は上空から地面に及ぼす垂直風圧の威力が大きかったのが新しいところである。ところで第一の熱線の焼夷的効力についてまづ上空に向かって遮断をすることが最も効果的である。この意味から地下壕は絶対的である。五体の露出部分は完全な防空服装によって包むこと。…(中略)…防空頭巾、手甲、脚絆、しかも顔面を包むことも考慮すべきである。かうした防空服装を整えて壕に入っておれば絶対安全である。
第二の爆風圧即ち爆風に対しても上空に向かっての遮蔽が有効であることはいふまでもない。…(中略)…熱線を防ぐため壕も入口より奥にまたとっさの場合は高位より伏せの姿勢が有効であるは論をまたない。この敵の新型爆弾に対処する途は今こそ一億総穴居、完全な防空生活に徹することの以外にはない。
広島視察後の談話。伏せは有効だって。みんな穴倉で暮らせって。