「ナルシスティック」を含む日記 RSS

はてなキーワード: ナルシスティックとは

2016-09-28

音楽をやっていた訳ではないので、実践でどうとか理論とか詳しくないのだが

日本語詞に関しいては、「強さ」より「ナイーブさ」の部分を言い当てられた時の方がグッとくる。

自分の中に残ったどうしようもない感情とか、記憶を引っ張りだしてくる身体感覚とか、ちょっとナルシスティックな決意とか陶酔とか。

そこが濃すぎると「うぇぇ、ガキか」ってなるんだけど、ないと自分の中にある、他人と共有できない「個」の部分にいまいち刺さって来ない。

「いや、言ってる事はそいなんだろうけど、それは誰に取ってもそうなんだろうね」みたいな内容だと、なかなか感情までは来ない。

飲み食いしながら話して「そうそう、そうなんだよね、わかるよ〜、この前わかんないって言われたけどさ」位の塩梅がハッとさせられる。

2016-07-16

http://anond.hatelabo.jp/20160716001545

元増田と違って自分のことは大好きだが、

俺も余命宣告されて感動的に自己演出しつつ死にたいという

ナルシスティックな欲求がある

理想は死の数日後に遺作をリリースするデビットボウイだが

今敏みたいに志半ばで感動的な遺書を残すパターンでもいい

ジョブズみたいな自伝を書くのもいいな

たいした人生じゃないけど

2016-03-14

歴代の首相を採点する。

ニュースを見てもネットを見ても時の宰相は常に批判されている。権力批判されて当然という理屈なのだがそれも変ではないか。歴代の首相を考えてみてあいつもダメだこいつもダメだ、全員ダメだと思うなら、それはスケールのほうが狂っている。常に首相批判する人は、誰なら満足するのか?その選んだ人はそんなに立派な人か?完璧人間などどこにもいない。結局現実にいる人物からしか選択肢はないのだ。歴代の首相の半数は、半分よりも上の出来だ。そんな観点から歴代首相を採点してみた。

安倍首相 ○

アベノミクスは失敗だのなんだのとずっと言われているが、株価は上がって有効求人倍率も上がってパートの自給も上がってるので上出来なのでは。外交は近隣との関係が悪すぎてダメ経済成長重視、外交協調政策政党はないのかな?民主維新野合の党が名称だけでも経済外交党にしたらそれだけで票を入れたいですわ。経済外交ひとつでも出来たので○としたい。なんのかんのと3年以上続いてまだ支持率高いしね。

野田首相 ○

近隣との関係悪化が顕著になったのは野田首相の時期だし、経済政策財政再建重視しすぎて景気悪化させちゃって、結果的外交経済もいまひとつだったのだが、この方は自分に厳しく人格的に立派な人だと思いますわ。安倍首相もタジタジの解散の演説は名演説だったと思う。謹厳実直な人柄も良く出ていた。ただし経済政策は謹厳実直なだけではダメなのだ

菅首相 △

敗戦以来の、という言葉は安売りされがちだが、本当に敗戦以来の大事件だった3.11原発事故とき首相東電福島第一原発に乗り込んだトップダウンは、むしろ現場を混乱させたとも言われているが、では東電に任せておいたら良かった?原子力安全委員会に任せておいたら良かった?どっちも無責任でしょう。東電撤退したらつぶれる発言恫喝だとか撤退じゃなかったとも言われているが、首相覚悟は見えたよね。東日本に人が住めなくなる可能性だってあったのだ。少なくとも最悪の事態は免れたでしょう。首相の手柄ではなく現場の手柄だけど、首相覚悟必要だったよ。でもこの方は人徳がないというか、人から好かれないよね。そこがなんとも。

鳩山首相 ×

よくこの人首相に選んだよね。何言ってるかわからないよね。一目見て変だよね。周りの人だってそう思ってるだろうに、この人が首相になれるのだからまだまだ政治は金の力なんだね。民主党政権時代の悪印象って多くはこの方の印象だよね。

麻生首相 ○

漢字とかバーとかどうでもいいことで批判されたけど、英語も堪能だしオリンピック代表経験を生かして海外首脳と個人として親しい関係を築く力があったよね。あと切り返しの上手さもなかなかだね。在任中はバラマキ気味だったことしか記憶にないけど、まあ悪い首相じゃなかったよね。リーマンショックもあり1年未満。地合いが悪かったね。

福田首相 △

典型的番頭さんタイプ首相なっちゃったという状況で、首相になってもサラリーマン部長くらいにしか見えなかった。官房長官ときシニカルコメント面白かったけど、首相がそれじゃ人ごとっぽくて困るよね。よくも悪くも印象に残っていないし、在任期間も1年ちょうど。もう少し何か。

安倍首相 ×

今の安部首相と同じ人かとおもうくらい当時は頼りなさと弱弱しさがあったよね。担いでた人たちも子供じみてたし。強烈な小泉首相の後だったという不運もあれど、当初からうまくいかないだろうなという雰囲気満々で、そのとおりちょうど1年で退任。

小泉首相 ○

強烈な個性賛否両論あっても、平成大宰相だよね。在任期間もさら20年前に中曽根内閣を上回ってるし。郵政とか道路公団とか、国鉄民営化みたいな目覚しい成果はあがらなかったかもしれないけど、よくやれたものだと思うよ。郵政民営化の、殺されてもいい、それぐらいの気持ちでやっているという言葉国民の心を鷲掴みにしたよね。北朝鮮電撃訪問もあったね。ブラジル移民訪問でのヘリ降下エピソードも感動したし、変人で信念と合致しない部分では冷たいところもあるのだろうし、構造改革のせいかはともかく在任期間の自殺者数が最高だとかもちろん負の側面も多いが、20年に1人の首相であるのは間違いない。

首相 ×

彼の話をきちんと通して聞いてみると世間で言われるほどにはおかしな人でも頭が悪くもないとわかるのだが、それでも水準以上ではないよね。えひめ丸衝突事故ときに各局で流されたゴルフ映像は当日のものではなかったらしい。失言癖は目の前の人に露悪的なちょっと面白いことを言いたい気持ちが抑えられない(というかそういうトークでのし上がってきたから今更やめられない)のだろうね。

小渕首相 △

人柄がにじみ出ていて良い人であったのでしょう。一国の首相特に国際政治の場ではもう少し貫禄があってよいとも思うけど。在任中は株価2万円台も赤字国債公共事業をやっていたので賛否両論ですかね。公明党と連立を組んだのが小渕首相時代。それも若干いかがかと。娘さんはPCドリル破壊しつつも議員の座に留まれていますご冥福をお祈りします

橋本首相 ○

いわゆる1990年代後半の金融危機の頃ですかね。住専への税金投入は批判を浴びましたが後世から見れば妥当施策であったと思います消費税増税退陣となり経済失政の例として語られるようになってしまいましたが、当時はやむをえなかったのではないかと思いますし、それ以外は難しい時代を乗り切ったのではないかと思います山一長銀がつぶれ日本はどうなるのかと当時は思いましたが、3.11少子化社会インフラ維持不能な現代日本から見るとまだまだ余裕があったなと思います。強烈なナルシスティックな語り口は近くにいたら仲良くなれるかは疑問ですが、首相としての貫禄はありました。首相指名選挙の討論で若き小泉潤一郎が橋本相手に空回りして負けていたのを思い出すと、安部首相の1次2次の違いと並び、人は成長するのだと知りました。ご冥福をお祈りします

2015-05-16

純文学だって当時はラノベ扱いだったに決まってるだろ!!!

これを書いた増田だが、ただ殴り書いただけなのにちょっと反響があってしまって責任を感じている。

http://anond.hatelabo.jp/20150513013343

から今回はちゃんと俺の言いたいことが伝わるようにまとめてみたよ!

あ、タイトルは注目を集めるためにつけただけで、本気でそう思っているわけではなので悪しからず。

本気ではないが、半ばそう思っているけれど。

俺はナルシストだ。

そして品がない。

育ちも悪いしコミュ障だし、人の気持ちわからんデリカシーも無い。

そんな俺は映画で言えば『アルマゲドン』が大好きだ。

見る度に、チックが別れた女房と息子に会いに行くシーンと、インデペンデンス号が墜落するシーンと、ハリー自爆間際の走馬灯とで3回泣く。

俺の読書体験を要約すると、『スレイヤーズ』にハマって呪文詠唱覚えたり『星の王子さま』に感動したり『それから』を読んで代助のガキっぽさに読んでるこっちが真っ赤になったり『キノの旅』を読んで1巻目のプロローグエピローグ暗記したり『猫の地球儀』に号泣したり『世界の中心で愛を叫ぶ』に号泣した後で本屋平積みされてる『ジョン・レノンにだまさされるな』をワクワクしながら手にとって20ページほど読んでそっと棚に戻したり『いちご同盟』に号泣したり『バトルロワイヤル』に号泣したり『殺×愛-きるらぶ-』に号泣したり『天使の卵』に号泣したり『アルジャーノンに花束を』に号泣したり『涼宮ハルヒの憂鬱』を読んでわけもわから激怒したり『ゼロの使い魔』読んでルイズに恋に落ちたり『フルメタル・パニック!』に号泣したり『とらドラ!』に号泣したり『永遠の0』に号泣したり『生贄のジレンマ』に号泣したり、まあだいたい号泣している。

こうして振り返ってみると読んでる本に脈絡ないなと思う。

ふらっと本屋で20ページぐらい立ち読みして、面白いなと思った本を買って読むからだろう。

あとは気分で話題になってるのを読んだりする。

テレビで『風立ちぬ』やったらしいから原作読んでみようか、とか。

ラノベSFミステリも気ままに読む。

夏目漱石とか太宰治とか川端康成とか谷崎潤一郎とか、国語教科書に載ってるような文豪作品も気が向いたら読んでみたりする。

まあ、ぶっちゃけこの辺は純文学の中でも娯楽小説に近いよね。

ゲーテとかシェイクスピアとかカフカとかも、読んでみたことはある。

その中で、この人の書いたものは全部読まなきゃダメだ!って思わせてくれたのは秋山瑞人だけなんだよな。

イリヤの空、UFOの夏』を読むと、

「ぼくは笑わない」

浅羽は、ねじり上げられた襟元の隙間からそう告げた。

榎本の瞳の中に、どこか臆病な光が滲む。

「なぜそう言い切れる」

その説明は難しかった。浅羽は言葉を探して、

「ぼくは、あなたのことが嫌いじゃないから

何度読んでもここで泣く。

これこそが文学だと思う。

さて、自己紹介もすんだところで俺の陳腐なブンガクロンの話でもしようか。

俺がむかっ腹が立って仕方がないのは「読書教養を蓄えるための苦行と考えている人間」これに尽きる。

読書面白いからするのであって、苦しむためにするわけじゃない。

ギャグ萌え死語)で脳みそ空っぽにできるラノベに限らず。

ミステリが好きな奴は犯人探しにうんうん頭を悩ませるのが好きなんだろ?

重厚哲学書みたいなのが好きな奴は、難しい話を読むのが好きだから読んでるんだろ?

読書が好きな奴にとっちゃ、当たり前だよな。

まさかスタバMac広げるノリで、ファッション感覚で分かりもしない純文学読んでる奴なんていないよな?

世の中には少しはそんな奴いるんだろうけど、こんな所でまで文学にあーだこーだ言う物好きの中には居ないだろう。

からこの文章を読んでる人は、俺の嫌いな人間じゃないはずなんだ。

で、なんで読書が苦行と結びつくかと言うと、いわゆる「タメになる名作」って奴が歴史洗礼を受けて生き残った、古い小説になることが多いからだ。

古い小説には、現代に生きてる人間にとって見慣れない表現が多く使われている。

当時の人にとって「ぐいぐい読ませる美しい名文」の集まりが、読書経験の少ない人には、まるでお経かなんかみたいに見えてしまっているわけだ。

から教養の無い人間にとっての、教養のための読書」は苦行になる。

そして、少し本を読んでるってくらいの俺にとっても、やっぱり明治文豪の書いた文章は、血の通ったものには見えないんだ。

俺の思考、心、俺自身構成する言葉の一部とは思えないんだよね。

から俺はライトノベルを読まないといけない。

なぜならライトノベルは、俺の心を作っている言葉、そのもので書かれた物語からだ。

ダイレクト心臓を揺さぶってくるからだ。

俺の体の中にある思考や心を、本という形で取り出した物だからだ。

文学かじってるような奴らは、『不朽の名作』なんて小っ恥ずかしい妄想を本気で信じてやがる。

断言してやるが、そんなもんはこの世に1作品足りとも存在していない。

全て名作は朽ちていくんだよ。

それは、作品に込められたメッセージが古くなるのではなくて、俺達が読めなくなるんだよ。

自分はこの作品を完全に鑑賞できている、なんて思い上がりだ。

言葉文化も変わる。

作品が発表された当時の空気は、どうやったって感じられない。

俺達には手が届かない。

からどんな名作だって、その名作の本当の味を味わうことはできないんだ。

ショパンがその手で響かせていたピアノ音色を、俺達が耳にすることはできないように。

失われてもはや取り戻せない。

情動ロゼッタストーンなんてないからな。

だけど、俺達はその片鱗だけでも、味わうことができる。

きっと完全ではないが、味わえる。

だって、人の心には百年でも千年でも、最も深い所に変化はないからだ。

そう信じるに足る何かがある。

眩いだろう。

なんか胸がときめくだろう。

ナルシスティックな気分になるだろう。

何十年かしたら、今読まれているラノベは苦労なしに読めない物語になっていくのだろう。

教養のための本になっていくのだろう。

それでいいんだよ。

そしたらまた別の何かが読まれるさ。

そうして俺達は滅びていく。

俺達の感動は、俺達の号泣は、俺達のナルシスティック情動は、受験生一喜一憂させる国語試験の点数に押しつぶされて消える。

俺達が滅びた後で、意識高い系インテリ気取りが20世紀末から21世紀初頭にかけての文学として、読み解くのに苦労するものとして、ラノベを語るのだろう。

それがちっとむかつくってだけだ。

2014-08-12

http://anond.hatelabo.jp/20090120000623

気持ち悪くてスルーできず、ここで発言しちゃう位こだわってる事って、自分ナルシスティックな欲望の裏返しってこと多いよ。

大丈夫腐女子あなたを相手にしないから。徹底的に。妄想のなかでもスルーから安心してね♪

そう言われてまだ嫌悪感があるなら、腐女子に相手にして欲しいって事かな?

腐女子からして、増田のような男子に気持ち悪いって言われるのは、むしろ有り難いの。だって、嫌な男に嫌われるのは、面倒が減るからね。嫌な人間に構われたり惚れられるのが一番ウザイだことでしょ。腐女子嫌いだって主張するのは、大歓迎だから、お願い、腐女子に近づかないでね?

そしてね、同性愛って、10〜20人に1人はいるもんなの。普通のこと。気持ち悪くなんかないよ。(ついでに。腐女子嫌いを公言する男って、実は自分は気がついてない潜在的同性愛者やゲイ多いんだよ)

男女のメイクラブだって生殖器生殖器の結合、見た目は結構気持ち悪いものでしょう? 自分がするのは気持ちはいいけどね。

では腐女子以外の彼女又は彼氏を作って、青春を楽しんでね! 健闘を祈る!

2014-06-16

http://anond.hatelabo.jp/20140615174738

筋トレはそういうタイプもいるのかも知れないけど、ナルシスティックな理由も多くないですか?

ジムに通っている人は、粗暴な人ばかりでは無い(むしろ少ない)印象があります

2013-01-07

生まれて初めて、別れた女の子セックスした

生まれて初めて別れた女の子セックスした。別れた後もたまに電話したりで、良い友達と言えば友達だったが、昨日"寂しい"と電話がかかり、彼女の家にお邪魔して。

別れた後の「良き友人」の関係を続けていきたかったので、当初セックスを想定していなかったし、相手もそう考えていたようだ。半日以上相手の家にいて、映画見ながらベタベタしながら気怠い時間が流れてて、慰めてるだけだった。でも二人とも寂しさと雰囲気に負けた。いや俺が悪かったんだけど。

お互い若干の戸惑いを抱えたまま挑み、思った以上に淡々と済んでしまった。終わった後に虚しさを覚えたわけではないにせよ、明らかに以前のようなテンションは出せず、"好きって何なんだろう"という、中学生みたいな感情を抱えたまま、それでいて一気に歳をとったような感覚で以下のコピペを思い出してた。

付き合い始めてしばらく経っても、セックスの前にはデートしたほうがいい。

っていうか、相手の「公的な姿」をお互い見てからセックスしたほうがいい。

相手の家に行って、部屋着のままの相手と最初からセックスするのとか、慣れるとやばい

セックスの貴重さとか大事さとかが地に落ちる。相手の裸の価値も落ちる。

なんていうか、はいはいチンポチンポ、おつかれ、みたいな投げやりな気分になる。

どうでもいいセックスだったらしない方がいい。オナニーのがよっぽどいい。

セックスは頻度減らしても質を重視したほうがいい。主食じゃなくて嗜好品から

河川敷の散歩してその後スーパーに寄ってとかでもいいけど、

二人で外に出た後だとちゃんと燃える。相手のノリも全然違う。

「公的な姿」ってマジで大事だと思う。おろそかにしすぎるとお互いに恋愛対象として死んでいく。

http://copipe.cureblack.com/c/34380


今の僕は、今の彼女の「公的な姿」を知らない。僕が今知っている彼女は、部屋にいた気怠い彼女だけだ。それは以前の彼女でもあるが、同時に以前の彼女ではない。

好きなのか好きじゃないのか、良いのか悪いのか、重力に縛られながらも、それでもある程度地についていた自分感情観念が一気に重力から放たれて不安定になったような、何もかも不完全燃焼感情けが残った。誰かにとても話したいけれど、嬉しいとか悲しいとか腹立たしいとか、話す"主体性"が無いのだ。例えるなら、無重力下でコップからフワフワ離れていく水を見てるかのような、現実感があるような無いような、不思議感覚

ただ改めて感じたのは、寂しさの特性は鬱に良く似ていて、強烈に伝播する。そして痛いけれど何処となく気持ちいいからタチが悪い。

大事女の子っちゃー、大事女の子なんだけどさ。しかナルシスティックな文章だなぁー。

2012-10-03

http://anond.hatelabo.jp/20121003120025

揶揄されてきたような「意識高い学生」とは

君のいうそ不安感を攻撃性に転化させたようなやつらのことでさ。


「俺こんなに意識高い活動してるぜ~(チラッ チラッ)」みたいな

他人との比較やアピールをせずには居られない人達

意識高い仲間で集団自己陶酔しちゃってるような人達

そういうナルシスティック迷惑自意識が非難されていたと思う。


不安でいろんなことに手を出すの自体はいいこったよ。

2012-05-20

私の性的ファンタジーをみたしてくれるフィクションが見つからない

男性けが受け付けない理由

  • AV場合男優が気持ち悪くて見ていられない。デブおっさんDQNしか居ない。
  • 女優容姿を気に入って見てみても、「出会って4秒で合体」のような全く気持ちよく無さそうでしらける作品ばかり。
  • 女優が痛そうなことばかりされていて萎える。
  • 二次元場合、男が無責任。ウジウジして何股もかけたり人を傷つけたりして、なぜか許される。
  • 心が弱くて狭量な男が、清楚で寛容な女に受容される話ばかりに見える。
  • 女のキャラクターが、男の願望を様々な角度から組み合わせた「合成獣」に見えて魅力を感じない。

女性けが受け付けない理由

欲しいもの

2010-12-19

ノルウェイの森を再読している。

これを初めて読んだのは大学一年生の頃だったか無駄自分に肯定感があって、それでも醜い気質みたいなのは底流していて、それが絶妙に混ざり合って本当に醜悪な人間だった頃だ。(今では自信だけをなくし、卑屈に醜い気質が溶け合った生き地獄主観を生きる人間になっています。この七年間に何があったのか!何もなかったけど、こうなるには充分の時間が経ったのだ)

初読の時、ふんわりとした「よかった」感覚はあったのだけど、内容は一切として具体的に覚えていなかった。それはいつもの村上春樹と同じように。読み終えた直後から内容が思い出せないのだ。

今回村上春樹小説を手に取ったのは、タイミング的に随分久しぶりのことで、一応大学一年という自分精神史的に輝いていた時代に読んだものだという記憶もあったので、すこしばかり腰を据えて、というか幾分力んでこの小説に臨んだ。そして分かった。そりゃあ当時の自分がこの作品に好感を抱く訳だ。

自分は他人とは違う、誰しもが一度は通る通過点なのかもしれないが、その思いを強く持っていた当時の自分には、この作品が非常にマッチした。世間一般からは浮いている、でもその存在は“ただ在る”だけで肯定され、少なからず魅力的な人たちが寄ってくるんだ。こんな桃源郷があるかってんだ。

今となっては、この作品の傲慢さがすごく目につく。自分自分の好きなように生きていく、孤独に悩むことはない、こちらが動けばいとも容易く他人を懐柔できる、そしてその人たちは単なる背景として存在しているだけで、そう、それは完全にその人たちを「見下して」いるのだ。ある人が他人と接しようとするときに持っている“トライ精神(えいやと飛び込む度胸)”とか、一緒にいたいと思うから好感をもたれたいからする努力とか、全てを自分への陶酔に還元しているだけで、他者への思いやりなど一片もなく、それでもそういう生き方が魅力的に捉えられ、時たまナルシスティック孤独に浸る(←完全にパフォーマンス)だけで、せっせせっせと慕う人たちが寄ってくる。

もうこりゃ最強でしょ。

そしてこれは、誰しもが当たり前に持っている願望のようにも思う。自分は世間とは違和を感じる、そして誰かに自分のことを分かってもらいたい。時には誰かから必要とされたい。不十分な人間かも知れない自分だけど、誰かに求められ、認められたいんだ。

村上春樹世界の住人たちは、その夢のような願望たちをいとも簡単に実現していくんだ。ナルシズムを漂わせながら、とても格好よく、いとも容易く。

謙虚さなど、一切ない。傲慢に存在し、周りを見下すだけの人間

だって自分は周りと異なっているように感じるんだよ。それに苦しんでるんだよ。そしてそれでも誰かと分かりあいたいから、外に向けて努力をして毎日懸命に動いているんじゃないの?そう思うんだよなぁ。

そんな風に、初めて読んだ時とはえらく作品のとらえ方が変わってしまったので、驚きのあまりこのように綴ってみた。今の自分精神状態はそりゃあもう完全に病んでいるから、これがどの程度一般的な意見なのか分からないけれど、こう感じる人っていないのかな。

と、まぁ、まだノルウェイの森の上巻しか読んでませんがね。下巻買ってこよう。

2010-07-29

http://anond.hatelabo.jp/20100729131010

そこまで自分を見失っているようにも見えませんが…。

とりあえず、ナルシスティック自己満足男とは付き合わない方が良いかもしれません。

例えば、俺みたいな。

2010-07-28

http://anond.hatelabo.jp/20100728160245

美男美女が書いてるならまだしも不細工がこういう文章書いてたら反吐が出るな

村上春樹の文章から漂うナルシスティックさを思い出す

http://sankei.jp.msn.com/photos/world/mideast/090210/mds0902101637001-p1.jpg

2009-11-10

http://anond.hatelabo.jp/20091110234022

自己の生を豊かにしなければ他者の生を豊かには出来ない、というような理屈があるならともかく、

自己の生の充実を犠牲にして他者や社会に貢献しようとすること自体は、非難すべきことではないだろう。

自己の生の充実だけを求めるのは、エゴイズムでしかない、という理屈も成り立つ。

個別のケースで、どちらの理屈がより当てはまるか、というのは、自明に一般的に判定できることじゃないだろう。

仮に、自己の生をなおざりにして、大きなもの、国や社会に血道を上げることが非難すべきことであるとしたら、

それは、身近な他人や社会、身近な現実に貢献したり、寄与することなしにそうすることのもつ、ナルシスティック観念的な部分だろ。

しかし、そういう批判は当たっている場合もあるにせよ、それだからといって、自己の生の充実を優先目標にしないこと、を

非難する理由にはならない。

2009-07-03

http://anond.hatelabo.jp/20090703135320

そうそう、全く同じ状況。

今の日本には「政府行政のやることは全て悪」にしたい連中が少なくない数いて、そういう連中は国が何かリアクションを起こすたびに、変な揚げ足取りをやって政府を攻撃するんだよな。

で、そういう連中にとっちゃ国がやることは何が何でも「反対」であり「悪」であり、それを糾弾する俺たちカコイイ・・・みたいなナルシスティック幻想に浸っているだけ。

で、そんなナルシズムをより強化する為にそこかしこアジテートを繰り返して悦に入ると・・・

そして、そんな連中に振り回されるのは、いつも(彼らのいうところの)「か弱き市民たちw」なんだよな。

2009-06-25

http://anond.hatelabo.jp/20090625225854

一見もっともらしく見える「正論」、上辺だけの空疎きれいごと

既存の権威から借り物丸出しの浅薄で一知半解な思想や主義主張・・・

などなどをしかつめらしく、物知り顔に、ナルシスティックに並べ立てて

ちょいとポーズをつければ、それで自分がさも頭がよく、人間として優れた、

特別な存在なのだと心底思い込めるというのがはてサの卓越した得意技な

わけだけども、時としてそれが容易に反転してしまう現象がまま見られるのだよね。

あるいは、その反転した理路こそがはてサな人たちの根源的な行動原理

なのかもしれないとすら思うんだけどさ。

つまり、「自分は優れた人間なのだから(はてサにとってのアプリオリな前提らしい)、

自分の言っていることは絶対に正しい真理であり、素晴らしく価値のあるものであり、

否定されることなど許されない。それを理解しないのは愚民であり愚民はしねばいいのに」

というようなね。

で。この理路を逆方向に言い換えただけですよね。 >カスが何を言っても(仮にそれが正しいとしても)

カスカスであってその発言に価値などあるわけがないという発想

2009-02-11

http://anond.hatelabo.jp/20090211053506

罵倒と叩きは違うらしいよ。

以前、「なあに、その粗末なものは」みたいなファンタジー文言を持ち込む形で罵り方を指定して、罵ってもらって喜んでる人がいたけど、その人の文章センスの無さに対する指摘とか「あのしつこい人がいるからスレ行きたくない」みたいな感想とかが陰口として出されたら、その人いなくなった。

罵倒されるのが好きというより、そういう軽くてぬるいところで「こんなことしてる俺終わってるなーナハハハ」って即席かつナルシスティック絶望して、悦に浸るのが好きだったんだと思う。実際に叩かれる事の無い立場でフィクションのハラハラドキドキを楽しむ、昼メロ好きな専業主婦と同じような娯楽摂取スタイル

そういうタイプの人に、実際の生々しい憎悪存在をつきつけるのは酷だと思うんだ。罵倒に飢えるほどお気楽な生活してる人なんだから、耐性少ないと思う。別に酷だからやめときなさいとは言う気も無いし、弱点を突いて人を狼狽させるのが好きなタイプもいるだろうから、そこは各人の好き好きでやっていけばいいと思うけど、とりあえず自分が大元増田みたいなぬるま湯好きの人を見た時は、そうか気持ち良いんだね良かったねって、それこそぬるーく見守る事にしてる。最大多数の最大幸福

2009-01-31

ネットカリスマ有村悠(y_arim)序論その一 スマート出世主義

インターネットにおけるカリスマと目される人物「有村悠(y_arim)」とはどんな人物か。ナイーブで少々ナルシスティックで、だけど現実場面では慎重でけっこう要領がよくて、無意識なままリアリストにごく自然になれてしまう実用的な鈍感さと普遍的な知性を生来備えてる、そういう人物である。彼がナチュラルに自嘲する時、それは無意識的なメディア戦略として彼のビジネスに組み込まれているのである。これは、21世紀におけるグローバル出世大原則ではないだろうか。意識的に出世するのではなく無意識戦略により出世する。このスマートさを新たな世紀のビジネスモデルとして我々も見習わなければならない。(続く)



カリスマ論・ビジネス論として卒論に出すつもりで頑張ってます。

おかしな箇所があったら修正します。

2008-12-13

浅野いにお漫画がムカつく理由、あるいは一つの自虐風自慢 「童貞だったあの頃に戻りたいよ・・・orz

浅野はこの漫画がすごいに選ばれた作者だし世間では人気があるようだ。

mixiなどでも彼が中高生から絶大な支持を受けている様を観察できた。

だが僕は浅野漫画が大嫌いだった。

自分でもその理由がわからなくてなぜこんなに嫌いなのか不思議だったのだが

日雑誌で彼の新刊のレビューを読んでその理由がストンとわかった。

その雑誌レビューには「昔の彼女とヤってしまったような、若者なら誰でも持っている憂鬱さ」

浅野漫画に通低してるという趣旨だった。あぁ、僕はこういうファッショナブルな憂鬱さが大嫌いなのだ。

こういう憂鬱さを感じられる若者彼女をつくることができるという、人格が壊れない程度の安全な範囲で悲劇を消費している。

といっても僕は30で彼女いない暦年齢といった危険な範囲の悲劇を経験しろ、といってるわけではない。

そんな経験ができるのはある意味限られた人間だけだし、不幸なら不幸なほどエラいという認識も好きではない。

ならば浅野漫画の何がムカつくのか?

自分には何かが欠落していて、それを埋めるために漫画を描いてる」

浅野は書いていた。読者も自分の中の欠落したものを埋めるために彼の漫画を読むのだろう。

だがその欠落したものとは、実は欠落したままでも人生にほとんど影響がない。

それは絶対に硫化水素秋葉原トラック無双にまで至らない、安全装置のつきの欠落にすぎない。

にも関わらず浅野や読者が自分の(爪の垢くらい取るに足らない)欠落へとナルシスティックに"耽溺"している様がたまらなく気持ち悪いのだ。

 
アーカイブ ヘルプ
ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん