はてなキーワード: 事務的とは
自治体が人を雇う場合、一般的な雇用契約をすることができない。少し前までは曖昧にされてたが、総務省が古い解釈を今更示したせいで、一時的であれ短時間であれ、明確に公務員として任用せねばならなくなった。令和2年度4月から施行された会計年度任用職員てやつだ。地方公務員法の根拠規定によりパートタイム(第22条の2第1項第1号)とフルタイム(〃第2号)の二種類があるが今回はパートタイムのほう。本来は。その場合は地方自治法第203条の2第1項により「報酬」の支給となり、勤務条件に関して県の条例の適用も、労働者として労働基準法の適用もある。任用条件の通知も当然行われる(「会計年度任用職員の任用(再度の任用を含む)時に交付する「勤務条件通知書のイメージ」の作成等について - 全国町村会」)。
だが任用するとなると埼玉県の条例で定めた諸々を適用せねばならず手間がかかるから、「報償費」の支払いでごまかしたんだと思う。講演の謝礼の支払いなんかで使われる方法。いわゆる謝金。横行する「有償ボランティア」(実態が労働のやつ)もこれ。
「報酬」として支給せず「報償費」も避けるとなると、自治体の指揮命令下でやってもらう仕事を個人への「請負(いわゆる業務委託)」にして委託料というわけにもいかないから、派遣会社に業務委託して人を派遣してもらうしかない。こういう突発的で大人数の仕事は自前で労務管理するのも大変だろうし派遣なら派遣でいいと思うが。
この足立区の資料を見ると似たような支出でも区別されているのがわかりやすい。
https://www.city.adachi.tokyo.jp/documents/42523/kouhyoukamoku.pdf
よく見ると「賃金」の項目があるけど、これは「雇用契約は自治体には存在しないはず」という解釈の辻褄合わせのために改正されて今は無くなった。自治体は、今までは何だったの?と右往左往した。
<地方自治法施行規則中、歳出予算に係る節の区分(第15条関係)について>
○ マニュアルⅡ2(1)⑥のとおり、地方公務員法は、地方公共団体に勤務する者について、一般職にも特別職にも属さない者の存在を予定しておらず、雇用契約による勤務関係の成立を想定していないため、自治法施行規則歳出予算に係る節の区分(第15条関係)中、「7節 賃金」を削除したものである。
会計年度任用職員や臨時的任用職員については総務省のページにある「会計年度任用職員制度の導入等に向けた事務処理マニュアルの改訂について(平成30年10月18日総行公第135号・総行給第49号・総行女第17号・総行福第211号・総行安第48号)」の中の「会計年度任用職員制度の導入等に向けた事務処理マニュアル(第2版)」に、非常に詳しく説明されている。もはや自治の余地がない。
また、埼玉以外でも、自治体の議会に載ってる予算の資料を見ると、たいがい集団接種の医療従事者に支払う「報償費」が計上されている。集団接種は国からの事業費の補助がないとできない規模だと思うが、その補助金が報償費としてしか出なかったのかもしれない。そうだとしたらその金を「報酬」として支払うことができない。
地方公務員法第58条第5項による労働基準法の規定の適用除外と上書きにより、基本的に労働基準監督署の監督権限が及ばない(例外は同項で除外される労働基準法別表第1の第1号から第10号まで及び第13号から第15号までに掲げる事業に従事する職員(保健所等)と地方公営企業法により同条が適用除外される水道等の公営企業職員、単純労務職員(技能労務職員))ため、労働関係の相談に乗るセンターは、基本的に地方公務員の制度には無知無力無関心だから、動かすのが容易ではないのかもしれない。労基署の代わりに人事委員会等が監督することになってるが、その有様は元記事のとおり。大方の弁護士も公務員制度をわかってない。
そして地方公務員は基本的に公務員制度も労働法もよく知らないし、支払う相手が困るかどうかの意識も乏しいし、加えてふだん報償費を出す相手は講師なりボランティアなりの支給額に頓着しない相手なので、今回も同じように雑にやったのではないかと思う。
今回の運用のされ方からして非常勤の地方公務員の問題に近い話だと思うけど(官製ワーキングプア研究会)、同じかというとそうでもないかもしれない。
ただここから先どうするかとなると、支給された内容がおかしいと審査請求をして否応なく言い分を聞き出すくらいしか自分は思いつかない。解決のためではない。県のコンプラを掌理する部署が出てこざるを得なくなり、せめて事情を詳しく聞けるかもしれないと思うからだ。却下するにも裁決書は書かねばならないし、説明して審査請求を取り下げてもらえるなら、役所だってそれにこしたことはないだろうと。
"看護師の皆様への依頼は、保政第569-1号通知に基づく業務応援(つまりは雇用関係になく、スポットで応援を依頼している)という業務形態です。
そのため、労働基準法は適用されないこと、及び、休業補償は行われないことについて、何卒ご理解くださるようお願いいたします。"
なぜこれを最初にしっかり説明しなかったのだろうか。どういう関係かも明示されず働かせて、声を上げたらこれって。民間よりよっぽどブラックだ。
最初に説明しなかったのは、応じた看護師が被る不利益についての関係者の認識が無かったからと思うが(通常は本当に1日、2日の単発業務で使う手法なのだと思う。)、これが今さら雇用だということになると県は大変困る、事務的にも大変だし議会で質問されるのが更に大変なので、否定してかかるのは予定通りではあるだろう。
保政第569-1号通知とは県庁内部の訓令通達の類だろうか。内容を読んでみたいが、基本的にそうしたものは県の内向けの文書であって、対外的な法律効果を左右できるものではない。ゆえに、 後出のhamachanブログ様で紹介いただいた裁判例のように、役所の側の理屈を否定して雇用契約だと認定されることもある。これは役所相手だと珍しいが民間企業ではザラにあると思う。
件の裁判例、県もまだ知らなかったのではないか。こういう道筋ができていた以上、実態からしてこれは雇用だったという主張が認められる可能性も出てきたとは思うものの、孤軍では負担が大きそうだ・・・
「自治実務セミナー」という雑誌があるのだが、その2021年8月号に、「公立学校における有償ボランティア活用の留意点について」という記事があった。この記事はタイトルどおり、教育現場における「有償ボランティア」の労働者性が認定される可能性等を論じたものであるが(それはそれで教委関係者の心胆を寒からしめるかも知れないが)、その中で、
地方公共団体が活用している有償ボランティアが労働者とされた事例として、堺市の保健医療業務協力従事者制度(区保健センターで実施する乳幼児健診や予防接種の業務の補助をする看護師等に1回3時間程度で 謝礼金を支払う制度)がある。予防接種等の補助をしていた看護師が堺市に対して年次有給休暇を求めたところ労働者ではないことを理由にこの求めを拒否された事案について、堺労働基準監督署は当該看護師が労働者であると是正勧告している。
と紹介されていた。令和2年のことで、報道もされたようだ。
おそらく報償費で運用されていた事例であり、「区保健センターで実施する乳幼児健診や予防接種の業務の補助をする看護師等に1回3時間程度で 謝礼金を支払う制度」で労働者性が認定されるのであれば、元記事のような新型コロナワクチン接種業務の場合は、よりその可能性が高いだろう。
堺市ではその後、会計年度任用職員としての任用に切り替えたとの由。
実際にやったので、そこに行きつく流れと結果を残しておく。
長いけど興味ある人は読んで。
おれは普通の女が好きな新卒の男なんだけど、ずっとアレを咥えたらどんな感じなんだろうって興味があった。
咥えられるのは何度もやってもらってるけど、自分がするほうね。
それで、バナナとかソーセージとか口に突っ込んでみたものの、リアリティが足りない。
なもんで、男なのに女用のバイ●を買って口に突っ込んでみたりもした。
その時は「おお?こんな感じなのか!?」ってちょっとリアリティを感じたんだけど、やっぱり嘘っぽいんだよね。
もうそれからは、余計に「どんな感じなんだろう…」って気になって悶々として。
それで、どうにかして「実際に咥えてみたい!」って思うようになって、日に日にその思いが強くなって。
んで、それを実行しようとした場合、まず思いつくのはゲイの世界に踏み入れることなんだけど、おれはそこまでのことは求めてないし、別に男が好きなわけじゃない。
恋愛も性欲も対象は女で、単にアレを咥えたらどんな感じか実感してみたい!ってだけ。
SNSとかどっかの掲示板で募集しようかとも思ったんだけど、見ず知らずの人間ってのは抵抗がある。
そこで思い立ったのが男友達だった。
何人かいる中で「こいつのなら咥えてもいい」と思えるやつを考えた。(そいつをT君とする)
それからは、T君のあれを咥えてる想像をするようになって変な気持ちになった。
しかし、こんな話をどう切り出せばよいというのか。
ぜったい驚かれるし、下手すれば軽蔑されて友情が終わりだ。おれはすごく悩んだ。
で、どうやって切り出そう、なにか飲み会とかでそういう話題に持って行って相手の感触を確かめられないか等と色々考えたんだけど、コロナ禍で飲み会をやるわけにもいかない。
なので、もうね、正直に言いましたよ、LINEだと返事こないと嫌だから電話かけて。
おれ「あのさ、すげーことお願いするんだけど、ちょっと、アレなことさせてもらえない?」
T君「え?何?」
みたいに話して、相手は突然電話かかってきたからただならぬ雰囲気は感じてたみたいだけど、もうそこからは正直に話した。
変な気はないけど、単純にあの行為に興味がある、だからさせて欲しい、と。
T君は「え!?…ちと…何言ってんの?」みたいな感じで困惑しまくってた。
いいよとも嫌だとも言わずに、固まってしまった。そりゃそうだよな、こんなお願いなんてふつうあり得ない。
ただ、ここで下手に茶化すと良くない気がしたので、「ほんと申し訳ないけど、一回だけ!」みたいな感じで、真剣にお願いした。
そしたらさ、まさかの「…わかった」って了承してくれてさ、びっくりした。
その時の心の中は喜びのような、何か超えちゃいけない一線を越えたような、ぐちゃぐちゃな感じだった。
で、了承を得たわけなんだけど、じゃあいつにするかって話で、おれはT君の心変わりが大変怖かったので、「今から頼む!」と切り出した。
おれも相手も一人暮らしだったのと、結構家が近くてすぐ行ける距離だったから。
そしたら「えーー」とか言われたんだけど、ここまで来たらお願いしまくって、なんとかこのあとさせてもらえることになった。
場所はT君の家。
この時の緊張感は凄かった。急いで、なぜかシャワーを浴びて、あと歯をよく磨いてうがいして出かけた。T君も風呂に入ってくれるらしいw
そんで家についてインターホン鳴らして、拒否られると思ったんだけど入れてもらって。
向こうもこっちも完全にぎこちなかったと思う。
んでもう、間を置くと変な空気になりそうだったから、さっそく「じゃあ、ちと、頼む」みたいな感じでお願いして、T君も「あー、うん…」みたいになって、一気にズボン下げてもらって。
ここの緊張感はやばかった。女の子と初めてしたときよりも緊張したと思う。
おれは何をやっているんだろう…って自分で思った。
で、あれがあらわになってね…。
うわ、こんな形してるのか…ってめちゃくちゃどきどきした。男同士でも、そんな間近でまじまじと見ることなんてないからさ。
T君も「うわ…まじか」みたいな変な声を出していた。
ふにゃったままなんじゃないかって。だって男にされるんだよ。ありえないでしょ。
だからT君に「ちと、スマホとかで女にされる動画再生して」ってお願いしたんだよね。
そしたらT君もそうしてくれて。その隙に?パクっとさせてもらいました…。
そしたらT君がまた「うわ!」みたいな声出して。
でもって、おれは感動の瞬間だった!ああ、こんな感じなんだ!女ってこうしてるんだって!
ちと毛が邪魔でやりづらかったけど。
そこから、おれはまるで女がそうしてるように、顔を上下させたり、吸ったり、舌でこねくりまわしたりした。
男だから、この辺を刺激すると気持ちいいかなって考えながらやった。
そしたら!スマホの動画の効果もあるかもしれないんだけど、T君のが、まさかの立ってきたんだよ!まじか!って思った。
T君は顔を隠しながらスマホをひたすら見ていた。気持ちいいのだろうか、生理反応だろうか。
おれはそのまま様々なやり方を試した。手を使って見たり、たまに緩急つけたり。
そしたらまさかの、口の中でそれがどんどん大きくなって!!そしてまた感動した。
ああ、女ってこうやって、こんな感触味わってるんだなって。
すごかったよ。口の中でほんとにムクムク大きくなるんだよ。これはバナナともウインナーとも違う。固くてあったかかった。
そして、まさかのあれな汁も出てきて…なんというか、しょっぱ苦いのな。
これか!ってなった。自分のも舐めたことあるんだけど味が違う。ただこれも感動した。
しかし、男にされてこんなことになって、T君いま何考えてるんだろうとも思った。
ただ、ここまでくると別の欲求が出てきて…。
そう、出して欲しいって!
口に出されるのってどんな感じなんだろうって!すごい興味が湧いてきて。
なぜかね、T君のなら出されてもいいかなって、そう思えた。
男同士でも、生理的に受け付ける相手とそうでない相手がいるのがわかった。
だからおれは自分がされると気持ちいいと思える、ありとあらゆるやり方を試みた。
高速に動かしたり、手をスクリュー状に動かしてみたり…そしたらあれな汁がどんどん出るのな。
T君は顔を覆って目をつぶっているようだった。
それを1分くらいかな、続けてたらT君が「あ、やばい」とか言い出して、おお!?まさか!って思った。出そうなのかと。
ただ、T君は別に腰を引こうとはしてなくて、ただやばいとだけ言ってて。
おれはそれを聞いて、ここまできたら出してもらいたかったから、さらに高速で刺激を与えていった。
下手に喋ると、男の声だから萎えると思って、そのまま何も言わずに続けた。
そしたら…出ました。
びゅって。
「うお!?」ってなった。きた!!って。
最初上あごあたりに当たって、そのあと何発か舌の上にも出て、口の中であれが激しくびくんびくんなって。
「これかーーーーー!!」ってなったよ。
ものすごい感動した。これが口に出されるってやつか!って。
その驚きの後、出たブツの感触を感じ始めたんだけど、なんというか、生卵の白身っぽいというか…にゅるっとした感じ。
臭いはそこまできつくはなかった。くちのなかでにゅるにゅるしてて。
それで、発射が収まったんで口から離して、T君はまだ顔を伏せたままで、これどうしようかなって思って。
で、これも知的好奇心で、いったん女優がやるように手にどべーって出してみた。
そしたら口の中にちょっと残るのな。なんだろう、少し固まりかけの鼻水というか、固形っぽい部分が残って。
そして…また口に入れて…飲んじゃいました。「飲んじゃった」ってのをやってみたかったんだよ。
女ってどんな気分で飲んでるのかなって思って。不思議とT君のそれに嫌悪感はなくて、飲めてしまった。
そして、喉に少し引っかかる感じもしてまた感動。「これか!これがイガイガするってやつか!」って。
で、ティッシュを使ってT君のを拭いてあげました。「もういいよ」って言ったら、いそいそとズボンはいて。
ことが終わって…まあ、むちゃくちゃ気まずかったです。まさか最後まで出すとは思ってなかったと思います。
たぶんちょっと咥えて、あーこんな感じなんだねくらいで終わるはずだった。
で、かける言葉も見つからないまま固まってたら、T君から「もういい?」みたいに声かけてきて。
うん、って答えて、そのまま帰りました。何を言っても変な感じになりそうだったから、事務的に切り上げてくれて助かった。
そして家に帰ってきて、落ち着いていろいろ思い返して、おれの知的好奇心は大いに満足した。
そうか…これが女がやってることなんだな…って。棒とか液の感触を思い出して、感慨に浸ってた。
そして、自分の技でT君が最後まで行って、ちょっと嬉しい気持ちにもなった。
こうやって無防備な状態をさらけ出して身を捧げて最後までいったんだなって。
それからT君とは連絡取ってないんだけど、何事もなかったかのように会話しようと思ってる。
ただ、ちょっと困ったのが、T君のアレが脳裏にはっきり残ってしまったこと。なんか、すごく変な気持ち。
拒絶しているわけではないし声をかけられているのに気づいたら応えてたつもりだったけど、学校でのコミュニケーションが苦手だから社交の場を避けて応えられない期待を拒絶していたら周囲の人間が振り回された!と大騒ぎしだし、女の守護者ヅラした訳の分からん性欲男に悪人に仕立て上げられ、一方的に謎の敵意を向けてくる人間を実力でねじ伏せたら非難され、反論したら反論したで陰湿だの理屈っぽいだの言われ、呆れて誤解に対して釈明する気すらなくなり、全てが嫌になったから前の学校退学した。色々工夫してみたけど今通ってる学校もその繰り返しになりつつあるっぽいし、生まれつき学校に向いてないんだと思う。今さら社会に逆らう気もないし筋は通すつもりだけど、今後就職先などで発生する人間関係は全部事務的に完結させたい。自分が普通の社会では異物にしかなれないことを身をもって知った学生生活だった。
阪神淡路大震災とオウム真理教をめぐる事件で騒がしかった1995年に起きた、文藝春秋の雑誌『マルコポーロ』を廃刊にしてしまった事件の、そのホロコースト否定の記事の著者である西岡昌紀氏がその記事でも使った文章がこれである。
「なんと驚くべきことに、ガス殺の遺体は一体も見つかっていないのです」
西岡はそれ以来、繰り返しこのセリフを語った。今回はこれについて考えてみよう。
上の西岡が使う常套句は、実は微妙に嘘なのであるが、ほんとでもあるというややこしい話でもある。嘘であるというのは、見つかっていたという報告自体は存在するからだ。知られているのは二つあり、一つはマイダネク収容所のソ連犯罪調査委員会による報告書であり、1944年10月頃という早い時期にまとめられた報告書の中に、ガス殺遺体の発見の事実がさらっと書かれている。マイダネクはソ連赤軍の急襲にあって終戦前年の1944年7月にさっさとソ連に解放されてしまったので、ガス室やその遺体の処理が間に合わなかった、とされている。もう一つはロシア南西部の黒海に面するクラスノダールでもガス殺遺体が発見されたと報告されている。こちらの方は1943年初頭にさっさとソ連に占領されてしまっているので報告(裁判)の時期も1943年7月と最も早い。ガス殺遺体の写真まである。
このように実際には見つかっていたという話を知らないネットの否定派は多いようだが(西岡も1995年当時には知らなかっただろう)、見つけたのがソ連であるという理由で信じないのが否定派である。実は個人的にもマイダネクの報告書はちょっと怪しいと思っているが細かい話になるのでそれはここでは言わない。クラスノダールの方は写真まであり、その写真自体に「一酸化炭素中毒の死体」とまではっきりコメントが書いてあって、信頼性はあるように思うのだが、ソ連の裁判という理由で否定派は認めようとしない。当時ソ連は見せしめ的な裁判をやっていたらしく、それが信じない理由とされているようだが私は詳しくは知らない。
しかしこれが、否定派が主たる攻撃対象としている絶滅収容所、中でもアウシュヴィッツ収容所の話になってくると、確かに解放後に連合国によって一体も発見されていないのは事実である。定説では、それらのガス殺による遺体は全部焼却処分してしまったからである。が、ここでは少し否定派側の視点に立って考えてみよう。
確かに、そう言われると奇妙な気もしてくる。一般的に言って、死体なき殺人は肝心の殺された死体が存在しないため、その立証は困難である。かつて日本で起きた北九州一家連続殺人事件では家族七人が殺されたが、その死体は一体も見つからなかったどころか、犯行現場とされたアパートからも血痕の一つも見つからず物的証拠は何一つ存在しなかった。その為、主犯格の共犯者である愛人と逃げて助かった生存者の証言で事件を立証する以外になかったのである。
しかし、アウシュヴィッツは七人どころではなく、約百万人がガス室で殺されたとされている。ニュルンベルク裁判時点では250万人〜400万人という膨大な犠牲者数が述べられた。なのに、ガス殺死体は一体も見つかっていないというのは極めて異常な話ではないのか? ガス室による殺人は全く立証されていないじゃないか、と言いたくもなるのだろう。特に、青酸ガスという毒ガスで殺されたという類例のない事実を立証するには、遺体の検死解剖の一つくらいあっていいはずなのにそれすらないのだから、疑惑を持つ人がいても不思議ではない、とは思う。
では一体どうやって毒ガスによる大量虐殺を立証したのであろうか?
流石にニュルンベルク裁判やその他の裁判で具体的にどのように立証していったのかという全貌は知らない。よほどの研究者でもない限り、膨大な裁判資料に精通している人は限られると思う。ニュルンベルク裁判資料ですら素人には手に負えない。
しかし、物証の一つである文書資料もそこそこ裁判で採用されているようである。ナチス親衛隊は徹底的に大量虐殺の事実を隠蔽しており、例えば直接「毒ガスで殺した」などと文書に記述したりしなかった。ガス室についても、残されている図面には「死体安置所」としか書かれていないし、アウシュヴィッツの火葬場に関する使用データも一切残さなかった。収容所解放前にガス室のあったビルケナウのクレマトリウムは全て解体撤去・爆破処分しており、火葬炉の一つも残っていない。それでも、ある文書の中には「ガス室」とついうっかり書いてしまったのであろう記述があったりもしたし、クレマトリウムの残存パーツからシアン成分も検出している。
さらに、裁判で採用された証言者は何百人にも上り、その多くは非常に具体的にガス室のことを証言しており、詳細な証言もいくつもあった。ガス室での殺害の目撃証言も多数存在したし、ともかく大勢の元囚人がガス室に関する証言を行なった。中でも、遺体処理を担当したゾンダーコマンドの生存者の証言は極めて詳細であった。最も衝撃的だったのはアウシュヴィッツ収容所司令官を最も長く務めたルドルフ・ヘスのニュルンベルク裁判での証言であった。彼は、他の多くの加害者側の人間とは異なり、無罪を主張しなかった。それどころか、自分から進んで積極的にそのおぞましい犯罪の全貌を裁判で語ったのである。さらに彼は、拘置所において自らの意思で回想録を執筆し、裁判時の証言よりもさらに詳細な内容であった(この自伝は日本でも普通に売ってる)。
細かい話をすれば、例えばナチス親衛隊による大量虐殺の隠蔽に関する証言でさえも、囚人は証言している。「ガス室での殺害については、「特別処理」という表現を記載していました」などの証言も何人もしている。これは事務的な部署でも囚人が働いていたからである。さらにそうした証言をしている法廷で裁かれていた加害者側の被告であった親衛隊員たちは、ガス室を全く否定しなかった。それら親衛隊員が裁判で反論したのは、自らの意思に基づく非道な行い等についてのみであり、指示・命令で行っていた任務であるガス室に関しては否定しなかったのである。
結局、後々のナチ犯罪裁判を含めそれら戦犯裁判では誰一人、ガスによる大量虐殺を否定しなかった。少数の「知らなかった」と語った証人や被告が存在しただけである。果たして、こうした証言状況で、「ガス殺死体が一体も見つかっていない以上、それらの証言は全て疑わしい」と言えるのであろうか?
ネットに多い素人否定派程度では、まさかガス室・大量虐殺を認めることになる証言が何百件もある(裁判以外も含めれば何千件になるのか見当もつかない)だなんて知らないと思うし、それらの証言の一つもまともに読んだことすらないだろう。例えばその一つを任意に選び出してみよう。
証人:アウシュヴィッツで絶滅された子供たちの移送に関しては、ゾンダーコマンド(特別部隊)で働いていた同僚から聞いたことを繰り返すことができます。この子供たちはガスで殺されました。ビルケナウの最初の火葬場で行われたテストガスの犠牲者でした。
私は3週間の検疫を経て、クレマトリウム建設班に配属されましたが、そこで初めてグラブナーと出会いました。ある時、私の仲間が50キロのセメント袋を運んでいたのですが、その重さに耐えられず、グラブナーは私のカポーに向かってこう言いました。「あの犬にとどめを刺せ」と。カポーはシャベルの柄を折って、それと自分の足を使って囚人を激しく殴り、彼は本当に死んでしまいました。これはグラブナーの指示で行われました。
その後、私は火葬場から「カナダ」という兵舎に移されました。そこでグラブナーと再会しました。グラブナーは政治部の部長で、ガス処刑される人たちの書類をモルに渡していました。グラブナーはほとんどすべての輸送列車の到着に立ち会っていました。
ポーランドの戦争犯罪証言記録サイトに見る殺人ガスの証言証拠(2)|蜻蛉|noteより
人間の証言には、しばしば誤りが存在する。記憶間違いであったり認識間違いであったり誤解であったり、場合によっては意図的な嘘であったりもする。個人的に、こうした証言をたくさん海外のサイトから翻訳したので、そこそこ誤った内容を含む証言があるのも知っている。しかしだからと言って「ガス室」に関する証言のその全てが嘘になることなどあり得るのだろうか? 知っている裁判証言だけで数百件に上るのだが。
しかもそれらの証言に含まれる「ガス室」に関する内容は、ただ単に「ガス室があった」と言っているだけでなく、上にあげたたった一つの例ですらも具体的な内容を持つ証言の中で示されているのである。しかもそれらは裁判の中での証言であり、被告が法廷に存在しており、被告には証言者への質問の機会も与えられていたのに、誰一人被告はガス室を否定しなかった。
でも否定派は、それら証言をどんな難癖をつけてでも否定する。上の例では、「連合国の陰謀者によって、ガス室の証言をするように脅迫されている可能性がある」等。また、否定派が最も証言に対して使うセリフは「矛盾があるものばかりである」である。ルドルフ・ヘスに至っては、ほんの些細な記憶間違いとしか考えられない証言上の矛盾を元に、証言の全て(もちろんガス室・大量虐殺に関することだけ、であるが)が連合国によって強制的に嘘を言わされていることにされた。私はそれをいうネット否定派に対して、「ではあなたは数年前の出来事について一つの誤りもなく証言できるのですか?」と質問したがまともに答えが返ってきたことは一度もない。ひどい場合には、単なる翻訳上の間違いを元にして「この証言には矛盾がある」と難癖をつけられていたことさえある。
少なくとも、マルコポーロ事件の西岡昌紀は真面目とは言い難い。その理由は、絶対にただの一つとしてもホロコースト否定説には欠陥があることを認めようとはしないからである。実は、稀にこの「否定説の欠陥」に気付く否定派がいる。中でも否定説の最大の欠陥は、では「一体、数百万人に上るユダヤ人はどこへ消えたのか?」に答えられないことである。ユダヤ人がナチスドイツの手によって大量移送されたこと自体を否定する人はいないので(それすら知らない人は別だが)、殺されていないのなら数百万人の消えたユダヤ人はどこかに生存していなければならない。古くは、ソ連だった。ソ連のスターリンが収容所に収容しただとか、移住させたのだとか、色々言っていたらしい。だが、冷戦が終わってなお、そんなユダヤ人は全く確認することは出来ない。旧ソ連に関するそうした情報も公開されているのだが、どこにも出てこない。
ほんの僅かだけど、ネットで議論しているとそこに気づいた否定派もいた。確かにその質問には否定派は答えられない、と。欧米では、著名な否定派が、さらに高名な否定派の誰にそのことを聞いても「知らない」と返答されるだけだったので、否定派を辞めてしまった人さえいる。この重大な欠陥を認めるか否かが、ある種の分水嶺になっているとは思われる。
https://anond.hatelabo.jp/20210817051552
この増田、大変な思いしてきて充実した人生送れているようでよかった。
ただ、ここに出てくる役所の人は本当にひどいと思う反面、自分が接してきた役所の人と違いすぎてびっくりしている。
自分の担当ケースワーカーを振り返ると、ルールはルールとして毅然とした対応をしつつも、常識的な言動をしていたように思える。
自分が生活保護を受給することになったのは、障害福祉サービス事業所の支援者の提案からだ。
私は発達障害があり(就活中に医師から指摘され検査、診断)、大学から地元に帰り就職するも適応障害で退職。
通院先を確保するや否やハローワークに向かうも、職員から紹介された精神障害トータルサポーター(精神保健福祉士)から
「働くことを考えるのを辞めなさい」と言われ、日常生活の安定に専念するようになった(当時は週1日しか家から出れなかったが、なぜか自分はフルタイムで働けると思い込んでいた)。
その過程で、学びの中でライフスキルの獲得を目指す障害福祉サービス事業所(以下施設)を紹介され、見学後、通所することにした。
施設利用を始めるにあたり、症状やこれまでの人生について取りまとめるのだが、「よく生きてたね」と言われた。
こう言われるのは珍しいことではなくて、発達障害の診断を下した医師もWAIS-Ⅲの結果から同じことを口にした。
その時はよく理解できなかったけど、支援者(精神保健福祉士)が取りまとめた内容を読むと、自分でも「よく生きてこれたな」と思った。
発達障害や精神障害がある人のあるあるだけど、人前に出ると必要以上に頑張ってしまう特徴がある。
そして誰も見ていないところで再起不能に陥る。まさに自分はそれだった。主旨から外れるので割愛するが、ひどい人生を送っていたことに気付けた。
貯金が底をつきかけていたのだ。自分としても支援者、医者としても、今働くのは無理だという点で一致していた。
今は環境を整えて、自分を振り返って、自分らしく日々を送れるようになることが第一だ。
でもお金が無くなる。どうしよう。
自分なんかが受けられるわけがないと思っていたが、説明を聞くうちにそれがただの思い込みだということに気付かされた。
当時の自分は、話を聞くのも話すのも時間がかかり到底役所の人と話ができる状況にはなかった。
そこで支援者に市役所と日取りを決めて、自分がすべきことを教えてもらい、準備を始めた。
預金口座、保険の加入状況、残金、病状をまとめたペライチの作成……。
そして申請当日。
時間は1時間ほどだったと思う。話はほとんど支援者が進めてくれ、自分は事務的な話しかしなかったと思う。
元増田のように、市役所の担当者が不親切なことはなかったと思う。
今推測するに、自分が福祉とがっつり結びついていたから、ある種の信頼があったのだと思う。
福祉サービスを利用するには、居住地の福祉窓口を介して審査を経て利用をすることができる。
つまり、障害福祉の部署へ「就労不可」の情報が記録されているため、生活保護の窓口への根回しがある意味済んでいたのではないだろうか。
元増田のブコメに「〇〇党の議員に頼れ」とあるが、あれはその手段もある程度に思っていた方がいい。
議員に付き添ってもらおうが無理なケースは無理だ。
そのためには、福祉でもなんでもいいから支援を受けている実績を残すことが大事だと思う。
支援を受けているのに生活保護だけ断られることが起きたら、それこそ役所の中で大事件になる。
まあ、そのための議員なのかもしれんが、議員は自分の生活の面倒までは見てくれない。
何らかの形で支援者と結びついて日常的なサポートを受け続けることが大切ではないだろうか。
その後担当のケースワーカーが3回変わったが、特に可もなく不可もなくといった付き合い程度だった。
生活保護を受給している間に、障害年金を申請し、眼鏡を新調し、小学生からの腹痛の治療をようやく開始し、上からも下からも内視鏡を入れられ、ピロリ菌を除菌した。
医療券にはさんざんお世話になった。
また、生活保護を受給した最初の月、3万円も余ったことに驚いた。
生活保護は「健康で文化的な最低限度の生活」を保障するものと考えているが、
それじゃあ治るものも治らないし、布団の中から出られるわけがない。
あと大豆プロテイン始めた。筋肉は裏切るけどタンパク質は裏切らない。元気が底上げされた。
元気が出てくると外に出たくなって散歩を始めた。
施設に通うようになるといろんなことを学べた。
自分は自分らしい人生を送れること。同じ境遇の仲間がたくさんいること。そうした人たちが人生を取り戻していること。
自分もそうなりたいと思った。
一方でけんかもたくさんした。人間関係上手くいかないことばかりだった。
でも人生で本来得られるはずだった時間を追体験させてくれた施設には感謝している。
市役所には自分一人で行けるようになって、所得の申請と医療券の申請に毎月通っていた。
生活保護の担当の人との思い出はそんなにないけど、福祉の担当者の方とは温かい思い出が少しある。
そうしたつながりが生活保護の担当の部署からの信頼に繋がっていたのではないだろうか。
正規採用で就職することになったときには、スーツ代も申請したし、就労祝い金的なものももらえた。
人間らしい生活をするにはこんなにもお金がかかるんだと怖くなったけど、障害年金支給決定した時に一括で支給した分返済したから心残りはない。
今思うと、ハローワークの職員の方から始まり、主治医、支援者、障害福祉の担当の方に支えられて生活保護を受給することができ、
生活保護を受給することで人間として再スタートを切ることができた。
今振り返ると、その鍵は役所に自分という人間のありのままを知ってもらっていたことに尽きると思う。
でもそれは、元増田のような過酷な状況ではとても無理だと思う。
ただ一つ思うのは、生活を日常的にサポートしてもらえる体制が組んであれば多少は違ったのかもしれないということだ。
もちろん、元増田の出会った役所の人間は論外だが、相手が何者かわからないとき人も組織も非常に警戒するのははてなー自身がよく知っていると思う。
その疑問を解きほぐすための支援者がもっと増えてほしいし、もっと気軽に繋がれるようになってほしい。
支援を受ける自分たちも、もっと自分に必要な支援が何か、明確に言えるようになってほしい。
相手が何者か確認でき、信頼されるならば必要以上に無下にはされない。
ただ、現状はそこのハードルが高すぎる。
以下、Aという人物の特徴
本来はできるはずなのに数え切れないくらいの失敗をしているため誰からも信頼されていません。筆記等の試験はパスしているし受け答えはできるから知能の後れはない。けれど数々の事象から明確に発達の傾向があると思われます。A本人もそれとなく自身が広汎性発達障害と診断された経緯を数名に伝えてあるそう。転職前に通院歴があったらしい。
ただ、Aはかつての治療ではコンサータ等の治療薬を服用するもあまり効果が無かったらしい。発達の治療や社会復帰はかなり時間と労力を要するので人材不足の地方の会社で対応するにも限界がある。こういう人を抱え込んだ場合、多くはどうしているのだろうか。
ワクチンの接種率が割と高い県に住んでいる。
駅前に大学の名前を冠した大規模接種会場があって、そこでばかすかモデルナワクチンを打っている。職域接種のカテゴリの何かで大学生の自分も打ってもらった。筋肉痛きちぃ。
ワクチンを打つのは大学の歯科医師って話はニュースでもやっているのだけど、それ以外の人手をどこから出しているのかは報道されない。
一回目に行ったとき、誘導とか書類確認とかのスタッフがめちゃくちゃ若くて驚いた。病院の事務系のスタッフを借り出しているにしても、年齢層が20代前半に寄りすぎている。30代以降に見える人がほとんどいない。
コロナにまつわる事務的な仕事は学徒出陣する事態になるかもね、みたいな話はよくされていたが、ホントにそうなるとは思わなかった。
医学部の学生はボランティアで地域に貢献している、みたいなことを担当教員は言っててどん引き。あのバイト一回行った、って表現をしてる医歯薬系の友達がいたから謝礼金はちょっと出るんだろうなとは思うけど。
でも望んだ人だけで賄える人数じゃない。
ワクチンの摂取率を高めるってお役所の仕事であって、目標の接種ペース到達させるために学生が駆り出されるくらいならその目標は無理があるよ
中高大と全くモテることはなかった。容姿はもちろんのこと、陰気で卑屈な性格が災いしていた。
恋愛する資格すら与えられないような、集団の中にいても最初から選択肢に入っていないような空気のような存在だった。
二十歳くらいの頃にはすでに、もう私は一生セックスなんてする機会なんてないんじゃないか、と薄ぼんやりと思っていた。
今で言う自撮り裏垢のようなものであり、肌色が多かったり体のラインが露骨に強調されるような服を着た写真を撮っては投稿するようになった。
今までは毒にも薬にもならないような日記を書いていたことはあったのだが、陰気な内容であり知人以外で見る人もなかった。
それに対して、裏垢のブログはそこそこアクセスされるようになり(一日1500ページビューくらい)、コメントもつくようになった。
人に言えない趣味が増えたな、と私は思った。
しかし、そのブログを起点として、私は他人と肉体を重ね合わせるようになった。
ブログのコメント欄の常連の人であり、簡素なやりとりからチャットに発展してオフで会うことになった。
仕事の出張がてら関東に行き、新宿アルタ前の喫茶店で待ち合わせをした。そのままホテルに行き裸になって体を重ねたが、本番には至らなかった。
相手のよだれの臭いと重なったときの相手の体の重さを覚えている(相手の方が遥かに大柄であった)。
その後1回だけ会うことがあったが、それきりとなった。特に恋愛感情はなかった。
一人目と同じように、ブログのコメント欄をきっかけとしてやりとりを行うようになった。
一人目と同じように、出張がてら関東に行き、そのままホテルに行ったが、本番には至らなかった。
そもそもそういったことを目的にしたわけではなく、写真撮影を行いという相手の申し出があったのだ。
当日は年甲斐もなく女子高生の制服を着て2時間くらい写真を撮られた。もちろん両者の合意に基づいている。
この頃、ブログからTwitterに移行していて、そこからメールでやりとりをするようになった。
数回の事務的なやり取りの後、会うことになった。この時は自宅に相手を招き入れたが、本番には至らなかった。
私の部屋で相手は全裸になると、私はブーツを履いたまま相手の性器を踏みつけた。そういったプレイであり、もちろん両者の合意に基づいている。
このとき部屋では、coldplayのviva la vidaという曲が流れていたのだが、この曲のサビで流れている鐘の音に合わせて相手の性器を踏んづけていたら楽しくなった。
相手とは、新年にはあけおめメールのやりとりを行ったりしている。
街中で偶然声をかけられて、しつこくついてくるので渋々食事を一緒にとった。
その後もずっとついてきて、なぜかその流れで大阪の堂山あたりのホテルに入ることになった。
この時も本番には至らなかったのであるが、相手が性器を出してきたので私はそれを口に咥えた。
フェラチオは初めての経験だったが、そのまま相手は私の口の中で射精に至った。
それを飲み込むことはせず、洗面所で全部吐き出して口を濯いでいたら、相手もすっかり興醒めになったようであった。
私は終電で帰り、それきりとなった。
Twitterのやりとりから発展して会うことになった。神戸三宮で待ち合わせをして、その後自宅へ招き入れた。
着衣のままお互いに股間を弄りあったが、やはり本番には至らなかった。
そのときの相手はかなりの巨根であり、乳首でも感じることができる素質を有していた。
私が相手の胸を触ると喘ぐ姿を見て、男性でもこんなに乳首で感じるんだな、といった小学生並みの感想を抱いた。
が、その後会うことはなくそれきりとなった。
こちらもTwitterのやりとりをきっかけで会うことになった。大阪難波の個室ビデオ屋で待ち合わせをして、そのままの流れで行為に至った。
相手は緊縛が趣味であり、両腕をアームサックで固定し、口枷をはめられた状態で挿入に至った。もちろん両者の合意に基づいている。
五人目にして初めての挿入であったが、気持ち良いということはなく、相手の体重の重さと挿入に伴う鈍痛をいまだに覚えている。
このときの相手ともそれきりとなった。この頃から自分は不感症ではないかと思うようになった。
Facebookのアカウントを持っており、そちらのやりとりから会うことになった。
会うのは初めてではなく、大阪あたりのアングラ風味のイベントで何度か顔を合わせていた。
神戸の高台の方の街で待ち合わせをして、相手の自宅にお邪魔することになった。
相手はラバーフェチだったので、自分もラバーキャットスーツというものを着て胸とかを弄りあった。
行為としてはそれきりであるが、その後何度かイベントなどで会っている。
いずれの相手も恋愛感情も湧かず、心から気持ち良いと思えることもなかった。
このような経験を通して、自分はもしかしたらアセクシャルなのではないかと思うようになっていた。
しかし、転職した先の職場で見かけた同僚の女性に恋愛感情を初めて抱いたのである。
シンエヴァを見た。
ワクワクもドキドキもハラハラもしない、感動もない。ただ「綺麗に風呂敷畳んだね、見てる人に殴りかかるんじゃなくて、言葉で説明できるだけの理性はついたんだね、監督おとなになって偉いね」という意味で「良かった」と思った。EOEでぐちゃぐちゃにされた子供の頃の恨みみたいなものが成仏していたのに気がついた。シンを見て成仏したのではない。自分はとっくにおとなになっていて成仏していたのだ。そういう映画だった。
徹頭徹尾オタクが気にしてること、気にしそうなことを説明して潰しにかかっていたのは笑いそうになった。ミサトさんが無責任で酷いって気にしてたんですかね? 昔のエヴァならあんな違和感たっぷりの説明的なセリフ垂れ流さなかったでしょうよ。アスカやレイ、カヲルがベルトコンベアで流れてくる商品を選り分けるように、事務的に淡々と処理されていくのは本当に白けた。有名声優が何人も説明的なセリフを言うだけに参加してるのもシュールだ。
それでも終わっただけで「良かったよ」って言えたのは、多分今のエヴァに新鮮な楽しさや驚き、痛みや苦しみを描く力なんて無いとどこかでわかって、諦めていたからだと思う。ちゃんと終わらせること以外期待してなかった。
リアタイ世代で録画を何度も見て、映画もおこづかいをはたいて全部劇場で見た子供だった私も、大人になって見えてなかったものが見えるようになった。良質なエンタメにもたくさん出会った。少ない知識に狭い視野で、初めて見たショッキングなエンタメだったからのめり込んで、特別に思った時期があったのだろう。そういう期限は切れていた。期待しないようになっていた。
余談だが子供だった自分はアスカが生きたまま腸食い散らかされるのがあまりにも怖くて、ショックで眠れなくなったりうなされたりした。生きたまま食われるなんて考えたことも無かったので、本当に怖くて震えた。思えば初めて見たグロっぽい暴力的で悲惨なシーンだったのかもしれない。EOEまでは本当にいろいろと心に傷を刻んだ作品だった。
とにかくエヴァは畳まれた。シンエヴァは畳むために作られたものだ。物語として楽しくする気なかったでしょう? 嫌いなエヴァオタクと、終わってないことに言及されること消すために時間とセリフがあった。
監督ももうエヴァは見えないところにしまって、自由になりたかったんだろう。だから面白くなくてもファンやエヴァオタクががっかりしてもどうでもいいのだ。破まではエンタメとして良いものに作り変えようという気が見えたけれど、もうそんなのはどこにもない。
監督がエヴァオタクを嫌いっていうのは有名な話だ。インタで自分でも言っている。今も嫌いだろうと欠片も疑っていない。
でも彼の会社はエヴァの版権使用料がないとスタッフが食っていけなかったんじゃないかと思う。彼を慕い、憧れ、優しいスタッフと理解ある嫁を食わすには、大嫌いでもエヴァオタクからキャラクターで金を搾り取るのが一番儲かる。
ところがゴジラが当たった。ウルトラマンも撮らせてもらえる。もうエヴァがなくても稼ぐあてが出来た。だからエヴァはとっとと畳んで開放されても良い。というわけで前は急げで完成に至ったのではないだろうか。モチベ上がったでしょう。キャラクターをサクサクとエヴァオタクが金を払う気がなくなるような処理しをして片付けた。もうこっちくるんじゃねえぞってなもんで。
シンゴジの時はじめて心から嬉しそうな監督を見たからね。監督はあっちに行くし、エヴァオタには付いてきてほしくないのだ。ちなみにオタクにいちいち「エヴァ」ってつけるのは、監督は特撮オタに関しては嫌いではないし、彼自身オタクだから。アニメと特撮のオタク。エヴァに散りばめられたオマージュのおおさからして、けっこうディープなオタクだと思う。
シンエヴァの感想をいくつか読んだら、それぞれのキャラクターの処理について不満を漏らすと、案の定卒業しろよとかキモいと叩かれていた。まとめサイトに晒し上げられていた。流石にそれは酷いくないか?今までキャラ萌え的な商売しまくって、金を搾り取られた人たちが嘆いたって良いだろう。だって公式はそういう商売をしてたじゃん。中学生が脱衣する麻雀、ヒロインといちゃつけるゲーム、シンジをカヲルで落とせるゲーム。それを元にした漫画。同人作家にカヲルとシンジのBL描かせて監督が対談までしてる書籍もある。その他にも把握しきれないくらい色んなモノが出ている。エヴァくらい節操がなく金のためにキャラを売っていた作品も無いだろう。
キャラクター商品はキャラクターが好きだから買うものだ。キャラクターが好きだから金を出す人たちからずっと搾り取ってきた。それで飯食ってたんだよ何年も。Qから8年も食いつないでるんだよ。ゴジラがあっても、大半はエヴァの収入があったから8年完成させずにすんだんでしょう。もういらないからポイしたわけだが。所詮オタクは一方通行で金をつぎ込むだけで、優しくされるどころか捨てられたって文句は言えないものだ。でも悲鳴くらい上げても良いんじゃないの?25年前から根本的に変わらない作品にずっとついてきて、どんなにエグい商売でも金はらってきた猛者たちだぞ?流石に期待しなかったから文句もない私より愛があっただろう人たちが叩かれてるのは可哀想だ。好きじゃない人ほど簡単にさよならできるもんなんだから。
私は良かったと思ったから当初は否定的な感想や、点数の低い映画レビューを見ていなかった。けれど絶賛よりもTLに流れてくる苦言に、全部なるほどと納得したので見てみた。そうしたら感情的におかしくなって叩いてるとかアンチとかじゃなく、理路整然と嘆いていて、反論もなくそのとおりだと思ったものが多かった。ただ私にはそれに怒ったり悲しんだりする好意がもうエヴァにはない。良かったねー、終わったねーって流して終わった。
良かったで流した層、怒って細かく説明してる層が多くて、ほとんどの人が一回見ればリピートしない映画ではないだろうか。それでも何度かリピートしていろいろ考えてる人たちが少数いるけど、お金あるなあという感想だ。考察や小ネタ拾いは楽しくて好きだが、シンエヴァはそれをするには料金に見合わないと思ってしまう。そろそろ大抵の空白や説明のないところは、思わせぶりなだけでなんもない可能性が高い思いようになった。きちんと描けるなら描いてるだろうし、監督には無理だと思う。その上でエヴァは出来ないものはそれっぽく空白にしとけばファンが勝手に考察して想像して楽しんでくれるから、開き直って描いてないだけ。監督は25年かけても描けないものを描けるようにはならなかった。ピュアで傷つきやすく、作品が成功したために人間的に成長しなくても生きていけるようになった子供のままの人。それが痛いほどわかるのがシンエヴァじゃないか? 意味があるのかわからない考察をするなら、円盤をアマゾンで安く買えばいい。そもそも今回の映画、考察合戦する相手も少ないのでは。
監督とは反対に、声優は成長をひしひしと感じる人が多かった。声優の演技力にだいぶ助けられた映画だった。監督はそれに気がついただろうか。親子を多用するくせに父親も母親も描けないところに、それっぽい色を付けたのは声優陣だ。パンフのコメントは感慨深く読んだ。皆さんお疲れさまでした。緒方さん、宮村さん、山口さんは特にお疲れさまでした。シンジの声は最後まで緒方さんが良かったです。
貞本さんが参加されてなかったのは残念でした。彼の人間性とかは知らん。描く絵が好きだし、監督が投げ出したものを漫画版できちんと描ききったのを高く評価している。漫画版はキャラクターの心情もちゃんと丁寧に描いていたし、なによりきちんと完成させた。それが出来るか出来ないかが、本当のプロとアマチュアの差だと思う。貞本さんだってエヴァオタのいろんなものにさらされた人だったでしょうに、仕事を完遂した。傷ついたのは監督だけではない。エヴァの根本は監督の私小説だが、作品としてはたくさんの人の力で出来ているものなのだから、負の影響だって受けた人はたくさんいるでしょう。傷ついたからと膝を抱えて元気になるのを待ってても良いような環境にあった人は少なかっただけ。
独身27歳男。恋人も友達も家族もLINEする相手すら全くいない。
一応仕事はしてるけど仕事柄朝に事務的なやりとりをいくつかするくらいでこのご時世だし会話などはほぼない。
何も明日食う飯に困ってるわけじゃない。独身一人暮らしの生活とかほぼ金かからないし収入はあんまり関係ない気がする。
この孤独から抜け出したい。ここから抜け出すためならどんな努力したって構わない。
資格でも取る?でも目的もなく資格なんてとったところで孤立した男が資格もった孤立した男になるだけ。
宗教でも入るか?いや、流石にこのネットに毒された脳みそで今から神を信じるのは不可能だ。
別に世帯持つとかにこだわってないけど大人になってからだと週に1回一緒にモンハン遊べる程度の同性の友達を作るのすら難しいんだよなぁ。
もちろんあったほうが望ましいだろう。
仕事の関係で夜のほうが都合の良い人が一定数いることや、集中する予約を分散化すること、より速く接種を進めることを考えると、夜間対応があるに越したことはない。
ただ、急増する感染者や濃厚接触者への対応で現場が疲弊する中で、余剰人員がない中で、新たに24時間対応を行うというのは現実的ではない。
この点はおそらく、医師会の了解を取り付けた上で、無理のない範囲で、現実的に対応可能な機関(普段から夜間対応している救急医療機関)に引き受けてもらうことになったのだろう。
手順としては抜かりなく、問題なくやっているように見える。
全国初の取り組みであり、その行動力に、多くの人が賛辞を送るだろう。
会見内容だけ見ると、接種する大多数の人からすると、コンビニみたいで便利だ、画期的だとなる。
ただ実際に対応するのは、おそらくマンパワー的に余裕があり、夜間対応による影響が少ない一部の機関だけだろう。
言ってみれば、ごく一部の限定的な対応であるものを、万人に価値があるように大きく見せる。広報の常套手段だ。
大きく見せて、実際の作業量が少なければ費用対効果が高いし、作業が大変だったとしても、職員や利害関係者がカバーすればすむことなので、普段はこのような手法で問題になることは少ない。
しかし今回の場合、全国の医療機関で苦労している方々の中には、現場に余計な負荷がかかるように見えて、あまり好意的に捉えない人もいるのではないか。
その点でリスクのある発表の仕方であったと思う。
おそらくコロナの打開策が見えず、支援策もタマ切れになる中で、「強いリーダーシップ」を発揮することが前面に出てしまった結果なのだろう。
自分の親(特に母親)はもうどうしようもなく子の自分に対して過保護である。
どのぐらい過保護かといえば学生の頃、一日授業参観の日があれば他の親が1コマ2コマしか見ないところを朝一から終業まで参観して、
初めて彼女ができた日にはその詳細を聞くだけでなく、デートにこっそりついてきて
アルバイトの面接があればに本気で付いていこうとするぐらいには過保護だ。
人間関係から進路からお小遣いの使い方まで、絶えず口を挟まれることに嫌気が差してた自分は大学卒業後、すぐ家を出て連絡を絶った。
事務的な連絡だけして、無駄な連絡は全部無視している。定期的に連絡が来るが正直関わりたくはない。
少し応えようものならいつだって質問責めを受け、嫌味を言われる。
でも別に恩を感じていないというわけではない。
過保護なりに色々教育にはお金をかけてもらってた自覚はあるし、そのおかげで今の生活ができてると思ってる。
初任給だってなんかプレゼントを買ってあげようと思ったりもしてた。
親が死んだ類の話で、もっと親孝行をしておけばよかったという話を聞くたびに自分もしてあげたいと思っている。
でも、できない。
親と接点を増やそうとすると、どうしようもなく嫌悪感を感じてしまう。
きっとまた文句やら嫌味やら言われるんじゃないかと思ってしまう。
きっと親の中では自分はまだまだ未熟な子供で、たくさん支援してあげないといけないと思われているんだろう。
もしかしたら、自分の面倒を見ることが生きがいというか、それに依存しているのかもしれない。
そりゃ理想の息子には程遠いのかもしれないが、もうそれなりに自立していると思ってくれても良いんじゃないだろうか。
もう安心して、自分のことを放っておいてくれても良いんじゃないだろうか。
もう少し、肯定してくれても良いんじゃないだろうか。
思ってるのとは違うかもしれなけど、今なら誕生日にもっと良いものプレゼントできると思うんだけどな。
こうやって皆、親孝行できないことを後悔していくのだろうか。